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副隊長ギーリ・刹那、司厨士テクニカ・キリオール



 若い頃に伸ばした前髪だけを残し、私の髪の毛はつむじからその姿を消している。モップの毛先を頭からすっぽりと被ったような髪型だ。

 その前髪に隠れている目は日々の業務に澱み、暗く沈んでいる。アルターは「労苦が表れている立派な目」だと賞賛してくれたことがあったが、果たしてそうだろうか?私はそう思わない。

 見ていてもつまらない自分の顔が学長室の窓ガラスに映っている。その向こうには一人でに帰ってきた練習機が駐機されており、整備候補生を交えて教官たちがくまなく点検していた。そのグループに国防軍、それから星管連盟の人間も加わっている。

 どうやら点検が終わったようだ、点検にあたっていた教官から連絡が入る。


「キャメル学長、点検が終わりました。とくに異常は無さそうです」

 

「あんな飛行機動をしておきながら?」


「ああいえ、細かい所が故障しているのでオーバーホールが必要ですが、ソフトウェアに問題はありません」


「遅い時間までご苦労だった、生徒たちにもよろしく伝えておいてくれ」


「感謝の言葉より内申点を上げろって言ってますよ」


「善処しよう」抜け目がない子供たちだ。


「それから、国防軍の方がキャメル学長と話がしたいそうです。案内してもよろしいですか?」


「できれば日を改めてほしいんだが…この後最終審査でね、応援しているグループを見たいんだ」


「今日中にお願いしたいと」


「分かった、案内してくれ」


 その国防軍とやらが私の元へ来る間、急いで動画配信サイトのサブスク登録を済ませた。


(料金が高いんだよこのサイト…できれば登録したくなかった…)


 この後すぐに始まるオーディションの配信は無料で視聴できるが、その動画が再視聴できるまで少なくとも一週間は待たないといけない。そんなに待てない。だから私は渋々サブスク登録をした、これで今日中に視聴することができる。

 学長室の扉をノックする者が現れた、私は応援しているグループの動画を楽しみにしながら「どうぞ」と入室を促した。

 部屋に入って来たのは私と年齢がそう変わらない、恰幅の良い軍人だった。


「コンキリオ・新垣・レオンです、突然の訪問失礼致します。所属は国防軍、階級は少佐、以後お見知り置きを」


「私の自己紹介は必要ですかな?」


「いいえ結構。──それから」と、コンキリオと名乗った人が胡乱げにしながら横へ視線をやった。

 あともう一人いた。聞いてないぞ。


「どうも初めまして、私は星管──「自己紹介は結構、そのフレアより眩しいバッジを見れば一目瞭然ですから。それで、お二人はどのような用件でこちらへ?」


 軍人というものは性急な人間が多いようで、前口上もなく本題に入った。まあ、オーディションもたった今始まったのでどのみちだが、サブスク登録をしておいて正解だった。


「アルター・スメラギ・イオの所属を正式にこちらへ移していただきたいのです、その許可を取りに参りました」


「………はい?」


「報告を貰っていませんか?」


「質問に質問で返すのは円満なやり取りとは言えません。もう一度お尋ねします。はい?」


 コンキリオ少佐の代わりに、星管連盟の人間が答えた。


「今日取り逃がした逃走犯の名前はホシ・ヒイラギという人間です、現在は下層のモーテルに潜伏しています。また、スパインターミナルでミトコンドリアの隊員を誘拐した人間の名前はヒュー・モンロー、この二人は同グループに在籍しており、さらにインターシップの乗組員でもあります」


「つまり、私どもの大切な教官をその捜査に参加させたいと?」


 私の質問にコンキリオ少佐が答えた。


「今回の一件は根が深い、約一年前に入国を果たしたこれらのグループは国内で諜報活動を行ない、アフラマズダに関する情報を集めていました。約半年前、我々が張った網にかかり、現在は下層へ移動していますがまだ諜報活動が続けられています。由々しき事態だとテンペスト・ガイアが判断し、特別捜査チームが結成されることとなりました」


 コンキリオ少佐の目に揺らぎはない、今の話に虚偽はないのだろう。粉飾までは見抜けないが。


「ミトコンドリアを指揮しながらその特別捜査チームも指揮すると?私と同じで大変な苦労をされていますね、どうです?私と一緒にリ・ホープを応援しませんか?心が安らぎますよ」


「与太話は結構、私はただアルター教官を推薦したに過ぎません、特別捜査チームの指揮はグレオ星管士が担当します」


 誰?──ああ、隣にいる星管連盟の人間か。

 コンキリオ少佐が続けて話す。


「本日、オーディンからアルター教官の所属を一時的に私の下へ移すと報告がありました。調べてみれば、本人がオーディンにそう打診し、逃走犯を逮捕すべく練習機の制限を解除したそうです」


「………」


「その後、私はミトコンドリアに配備された各機の性能テストを兼ねて、サラン隊長が指揮する部隊へ逃走犯の捕縛指示を出しました。結果はご存知の通り、すんでのところで奴らの電子ハックを食らいレーダーに偽のミサイルが反映され、アルター教官の指示の下、イーオン飛行士が離脱したことにより取り逃しています」


「………」


「バベルの診断の結果では、そちらに在籍する──「結構結構、もう十分ですよ。お話は良く理解しました、確かにあなたの言い分であれば、私どもの教官が分不相応にも作戦に影響を与えてしまい、あなたたちに恥をかかせてしまったのでしょう。ええ、それはよく分かりしまた」


「話が早くて助かります「──ですが、チームに参加するために軍へ移籍するかは本人が決めることです、違いますか?」


「感謝致します、お話を通してくださるだけで御の字です」


 あた〜そういう事...これはしまった。佐官にもなれば軍人と言えども話術に磨きがかかるらしい、これなら先にアルターの報告内容とやらを教えてもらった方が良かった。後の祭りだ。


(アルター…これでは言い逃れできんぞ…いや、そもそも私が拒否し切れなかったのがいけなかったのか…)


 すまないアルター、迷惑をかける。

 いやというかアルター、報告上げてくれない?

 用件を済ませたコンキリオ少佐が、白髪がまだらに混ざるブラウンの頭に軍帽を乗せさっさと腰を上げた。ここに来て一〇分と経っていない。


「おや、あなたもやはりオーディションの結果が気になるのですかな?」


 そう茶化すと、こちらを小馬鹿にしたように微笑んだ。


「生憎と、下層のアイドルグループには興味がありません。私にとっての歌はミーティア・グランデ、ただその人だけです」


 私は思わず腰を上げてしまった。


「いやいや、彼女たちの歌はミーティアの再来だと評価されています。一度視聴されることをお勧めしますよ」


「それはどうも。──それでは失礼します、ミトコンドリアの出立を明日に控えていますので、あなたと同じで私も多忙なのですよ」


「そうでしたか。星管連盟には私の方から苦情を入れておきましょう」


「嫌ですね〜私がここにいるのに、その皮肉は面白くありませんよ」


 コンキリオ少佐はグレオ星管士の言葉に取り合わず、さっさと出て行ってしまった。

 あの、こいつも連れて行ってもらえませんか?邪魔なんですが。





 リガメルの宇宙港ドックに帰港したラグナカンの上部甲板で発声トレーニングをしていると、コンキリオ少佐から問答無用の通信が入った。


「君たちの出立が明日で確定した、予定通り隊員らと打ち合わせを行ない、ブリーフィングの開始時間をこちらに報告してほしい」


「それなら既に決まっています、あとでメッセージを飛ばします」


「ご苦労。──ところで、君は歌に磨きをかけていた戦術歌唱候補生だったね?」


 プライベートの話をするだなんて、意外だった。

 どう答えたものかと思案していると、あちらから話を振ってきた。


「いやなに、リ・ホープというグループについて訊ねようと思っていたんだ。先程ある人からそのグループを紹介されてね」


「ただの真似事グループですよ、ミーティア・グランデには遠く及びません。彼女の歌を奥深く聴いていた人であれば、すぐにその幼稚さに気付けるはずです」


「と、言うと…君も一度だけでも聴いたことがあると?」


「ええ、なにせグループ名の一部に彼女の栄光を乗せているんですから。聴いた上で批判コメントを連投しましたよ」


「そ、そうか…あまりやり過ぎないように…」


「もしリ・ホープを聴かれるのであれば、一番マシな楽曲を送りましょうか?」


「そんな暇があるならミーティアの歌を聴くよ。──すまない、与太話につき合わせてしまった。明日はよろしく頼む。以上だ」


 そりゃそうだ、私もそんな暇があるならミーティアの歌を聴く。

 問答無用の通信によって集中が切れてしまった。胸の中に澱んでいた汚い気持ちを吐き出している時は、気にならなかった空の模様が、今頃になって目に飛び込んでくる。

 光の速度でもうんと時間がかかる距離にある星たちが、誰に賞賛されるわけでもないのにただひっそりと、寂しく輝いていた。

 その星々の明かりも、上部甲板のライトによっていくらか減衰してしまっている。私はそれを勿体ないと思った。

 気分が削がれてしまった私は、甲板に設置されているミュージックシステムにアクセスし、ブリッジホープのトラックをいくつか選曲、ランダムにプログラムして再生ボタンをタップした。


「…………」


 甲板の床下に埋め込まれたスピーカーから、エアハーヴィットのノズル一体型スピーカーから、哀愁と情熱を誘うピアノの旋律が流れ始めた。

 

(ああ…良い歌…いつ聴いても、目頭が熱くなる…)


 恋をした人間がその想いを歌に乗せ、叶わぬと知りながらも、その相手に届ける無謀な歌詞だ。

 ありふれた歌詞だと言えよう、恋を歌う楽曲は数え切れないほど存在している。でも、ミーティアが歌えば、その埋もれるほど存在する楽曲の中から一際強い輝きを放つ。

 今まさに天に瞬いている星のように。彼女の歌声はただ鼓膜を震わせるものではない、心を震わせるものだ。

 私には無理だ、彼女に遠く及ばない、足元にすら届かないだろう。

 エアハーヴィットのカーテンのお陰で、上空の外気が甲板に侵入してくることはない。ストレス発散をかねて歌い続け、かいた汗も引かぬほど、ここの空気は暖かいまま循環している。

 一つ目の曲を聴き終えた後、彼女の歌に心を揺さぶられた私は、空に瞬く星々を観客を見立てて同じ歌を歌った。

 届ける相手がいないこの歌詞を、いつか燃えるような恋をすると信じて、宇宙へ届けと歌い上げる。

 歌い終わると同時に、背後から声をかけられた。

 イーオンだ、あの子が船内フロアへ続く扉の前でひっそりと立っている、空に瞬く寂しげな星々と同じように。

 ようやく未読のメッセージを受信していたことに気付いた、差出人はこの子、内容はギーリ副隊長が私を呼んでいるとのこと。ギーリとはまだ連絡先の交換をしていなかった。

 でも、何故この子が?

 私はすぐに向かうと返事をし、甲板の床に放っていた上着を手に取った。

 イーオンは顔を俯けたままだ、きっと私の顔を見たくないのだろう。私も見たくなかった。

 扉の前でイーオンとすれ違う。

 

「………」


「………」


 交わす言葉は一つもなかった。



「先に言っておくけど、私下層出身だから」


「それが何?そんなの百も承知なんだけど」


 ギーリは灰色の髪をポニーテールにし、頬に流れ星のテクスチャを貼り付けている。大方、ハレー彗星だろう、白い光が鼻の付け根から右頬へかけて流れていた。

 どうやら診察を受けた医療機関から真っ直ぐにこっちへやって来たらしい、ギーリは私服姿だった。

 握手をしながら私のことを睨んでいる。かと思えば、ふっと緊張を解いていた。


「変な顔しないんだね、下層出身って分かっても」


「別に、そんな事気にしていられるような状況でもないでしょ?だって明日から誰も旅したことがない地球の空を行くんですもの。そうね、デートする相手だったら眉を顰めていたかもしれないわね」


「何それ。ティーキィーが世話になった、私からもお礼を言うよ」


「ティーキィー?──ああ、テクニカのことね」


「あの子からも聞いてると思うけど、私たち恋人同士だから。気を遣わせるような真似はしないよ、任務優先で動くからそこは安心して」


「お願いだから痴話喧嘩は止めてね、そんな事したらどこかのテンペスト・シリンダーに置いていくかもしれない」


 なにそれ、とギーリがまた微笑む。それから、ようやくギーリが私の手を離した。握手長。

 ギーリは船内フロアの見渡しながら、話を続けた。


「副隊長っていう立場に就いているけど、別に知識が豊富なわけじゃないから、悪いけど色々と指示してくれると助かる」


「私だってそうよ、歌うことしか能がない、誰かを束ねるなんて柄じゃないわ。お互いに助け合いましょう」


「あなた…変わってるね、下層の人間を対等に扱うだなんて」


「それめんどくさい、自分の出身を卑下するぐらいならミトコンドリアの話を受けないで」


「ストレートパンチ、いただきました〜…」


「いやジョブのつもりなんだけど」


 ギーリがその場にしゃがみ込む、両手で頭を抱えてがりがりとかいている。仕草が粗野っぽい、服装とあまり合っていないように思う。

 そのままの姿勢でこっちを見上げてきた、ギーリの谷間が覗いている。


「ま、私ってこんなんだから、そこも含めてよろしくね」


「よろしくね、私のパンチに耐えられるぐらい強くなってね」


 もう一度手を差し出す、ギーリは遠慮なく掴み、立ち上がった。

 ギーリと共にレストスペースへ向かい、それから互いのプライベートルームに入った。


(道理であの子が来たわけだ…クルルはもう眠っていたのね…)


 誘拐事件の聞き取り調査を受けているテクニカは、宇宙港のホテルに宿泊すると連絡を受けている。つまり、あの子は嫌々私の元にやって来るしかなかったというわけだ。

 先程のトレーニングで汗をかいている、体がベタついて気持ちが悪かったので就寝前にシャワーを浴びることにした。

 服を脱ぎながら未読のままになっていたメッセージを開く、バナーに表示されていた「ギーリ副隊長が探しています」というイーオンの項目をタップすると...


「…………」


イーオン:ギーリ副隊長が探しています。


イーオン:あなたの歌を聴いている星が羨ましいです


 言葉を失った、こんな褒め方をされたのは初めてだった。

 

(私の顔を見ようともしなかったくせに──いや、見たいんじゃなくて、見られなかったんだ…)


 何故?それはきっと、感情的になって私へ暴言を吐いたからだ。また邪魔しに来たのかと、そう言ったことを後悔していたのだ。

 ほんと、あの子は私を引っ掻き回すのがとことん上手らしい。

 下着のまま、ベッドに腰を下ろしてメッセージを作成した。


サラン:そんなことないわ、星って聴く耳が肥えているから厳しいのよ


 意外と、すぐに返事があった。


イーオン:訪問先の人たちならきっと褒めてくれますよ


サラン:それならもう十分、あなたに褒められたから


イーオン:いつ?


サラン:惚けるつもり?


イーオン:すみません、さっきは言い過ぎた


サラン:私以外にああいう言い方はしない方がいいよ、絶対泣く


イーオン:サランにしか言わないよ


「なんじゃそりゃ」


サラン:そんなに嫌だった?


イーオン:嫌だった、邪魔されるの嫌い


イーオン:サランだって嫌でしょ?だから歌い終わるまで待ってた


サラン:よく分かってる


サラン:偉い偉い


イーオン:えっへん!


「いやほんとこの子誰?別人過ぎる…」


サラン:顔を合わせた時もそれぐらい素直だったらやり易いんだけど、なんとかならない?


イーオン:無理


イーオン:なんか恥ずかしい


サラン:なんとかしろ!


イーオン:いやほんと無理、恥ずかしい


サラン:なんとかしてください


イーオン:ほんとサランって折れないよね


サラン:なんとかしてくれないなら今からそっちに行くよ?


イーオン:頑張ります!


 ふふっと笑みを溢し、シャワーのことも忘れてイーオンとやり取りを続けた。



 相手が下層出身者かどうかは、名前を聞けばすぐに分かる。

 私たちの場合、先祖の名前を受け継ぐ習慣がある。私の母の名前はユスカリア、祖母の名前はターニャ、だからサラン・ユスカリア・ターニャ。

 下層出身者はこの習慣に習わない、自分の名前と家柄を示す苗字の二つだけ。

 そう、伝説の歌姫も下層の生まれである。ただ、彼女が持つ歌声が上層と下層の垣根を超え、伝説と言わしめた。

 ミーティア・グランデ。死してなお、今を生きる私たちに影響を与え続ける。

 彼女も誰かに褒められたことがあるのだろうか?あなたの歌を聴いている星が羨ましい、と。



 今日はいよいよ出立の日である。隊員らが事件に巻き込まれ、今日まで延期になっていたが、ついに私たちの部隊が地球の大空へ向かう。

 その旅は困難なものになるだろう、なにせ五億平方メートル近い惑星をたった五人で、たった一つの船で行くのだから。

 ブリーフィングの開始時間前、皆が正装を着用して船内フロアに集まっていた。どうやら私が一番最後らしい、イーオンはクルルと話をし、ギーリはテクニカに身嗜みの整えてもらっていた。

 ──そう、テクニカは私たちの船内生活をサポートする司厨士だ、だからギーリの元を離れて私の元にやって来たのも、きっと自分の衣服に乱れがあったからだと思った。

 今日はアップにせず、肩甲骨まで金の髪をすらりと伸ばし、とても生真面目に見えるテクニカが私の胸元のリボンにすっと手を伸ばしてきた。


「ありがとう」


「隊長なのに、きちんとしないと示しがつかないよ?」


「そうね、気を付け──っ」


 距離近っ、テクニカがすっと私の右頬に触れてきた。


「テクスチャの解像度も悪いよ、昨日の夜、肌の手入れをしてなかったでしょ?」


 いや確かに頬にミトコンドリアのシンボルマークを添付しているけど、それにしたって、ねえ?この子の距離感が分からない。


「だ、大丈夫だから、ブリーフィングまで直してくるから──っ」


 申し訳ないと思いながらテクニカの親切な手から逃れようとする。体を逸らし時、テクニカの後ろに隠れていたイーオンの視線が突き刺さってきた。


「…………」


 怒っている、うん、紛れもなく嫉妬している、そういう顔だった、ほんとあの子もあの子で遠慮しない。クルルが話しかけているのに全無視してこっちに視線の集中砲火を浴びせていた。

 頬の火照りを感じながらさらにテクニカから距離を空ける、それでもテクニカは私の傍から離れようとしない、事もあろうに、


「あと、これをあなたに預けておく。下層に売られている避妊具、使いたくなったらいつでも言って」


「…………」


 それにはさすがに絶句した。テクニカの手には見たこともない、封がされている正方形の何かが握られ、こっちに向けられていた。


「い、いや…避妊具って…え、遠慮しておくわ…」


「そう?──あいた」背後からギーリがテクニカの脳天にチョップを入れた。止めるの遅くない?


「ごめんね、この子気が多いから、適当にあしらってくれていいよ。──時間だよ、ブリーフィングルームへ行こう」


 ギーリが副隊長らしく皆を促し、パブリックスペースへ向かう。テクニカ、それからクルルが続き、最後にイーオンが歩き出した。

 私とすれ違う瞬間、「ちっ」と舌打ちしてきた。


(おっほこっわ〜…ちゃんと断ったでしょうが!)


 まだ旅は始まってない、始まっていないのにもう修羅場。前途多難、今すぐ船から降りたくなってしまった。





 まず、他人の汗の臭いが鼻につき、ついで目に差す街灯の明かりで目を覚ました。

 ブラインドカーテンの隙間から、下品な明かりが室内に入り込み、私たちが眠っているベッドを照らしている。

 固くて汚い枕に頭を預けたまま、床を見やればホシが汚いカーペットの上に転がっていた。彼の近くには酒瓶がいくつも転がり、さらにカーペットを汚していた。

 怠くて重たい体を無理やり動かして寝返りを打つ、街灯の明かりから隠れるようにマリサが丸まって眠っていた。

 昨日は宴会した。やっすいお酒とちょっと値段が張るおつまみを揃えて、四人でホシの無事を祝って乾杯したのだ。

 ガングの姿が見えないあたり、きっと途中で抜け出したのだろう、ほんと面倒見が良い奴だ、ヒューの元へ帰ったのだ。

 二日酔いで頭が痛い、インプラント通信の受信音が勘に障った。


「うるさい〜もう〜…」


 相手はナツメだ、さらに勘に障った。当然無視る。

 応答しないと知るや否や、メッセージが飛んできた。


ナツメ:出ろ。モーテルの宿泊代をそっちに払わせるぞ


 私は飛び起きた。


「起きろ〜!「──んむぅっ?「──ああすいません!」


 所持金は飲み代に消えている、綺麗さっぱり。

 私の号令に二人も飛び起きた。



「進捗状況の確認だ」


 下層のモーテルの一室、起きたとは言え、皆んな二日酔いでダウンしていたので、三人とも寝転びながらナツメの声に頭を傾けていた。


「ヴァルヴエンド、それからアダムの特別個体機を管理しているアフラマズダに関してだが、未だその足取りが掴めていない。アダムが情報を持っていないのは仕方がないとして、ヴァルヴエンドでも情報が掴めないのはいささか不可解に思う」


「本当は何も知らないんじゃないの?」


 床やベッドは汚れているくせに、天井は染みが一つもなく綺麗なものだ。その天井を見つめながらナツメの話に私がそう茶化した。

 すぐ隣に同じように天井を見つめているホシがそれを否定した。


「それはないと思うよ、議会が発足して一〇年以上は経つ、その間に色々な情報が地球上を行き来しているはずだから、ノラリスのような全域航行艦について何も知らないってのは考えにくい」


 ホシの次はヒューが喋った。


「だが、ヴァルヴエンドはその議会の輪から外れている。俺たちの故郷が相手にしてやっているみたいだが、今現在の世界の進み具合に対して確実に遅れを取っているはずだ」


「それでもですよ、星管連盟が各地のテンペスト・シリンダーの文明を保護していたんですよ?それに彼らはインターシップと発言していた時期もあった。──考えられるとすれば」


 私が言葉を挟む。


「お口直し?「──口封じだ馬鹿たれお前こそ口を閉じろ「アマンナ、冷蔵庫の中にデザート入ってるからそれ食べて」


 ホシとヒューからいっぺんに突っ込まれてしまった。

 枕元にあったティッシュ箱をホシに投げ、マリサは電動マッサージ機を投げていた。ベッドの下から「痛っ!」と悲鳴が上がった。

 じゃあそのデザートを食べてやろうと、スプリングがへたっているベッドに手を付いて体を起こした時、愛しのアヤメの声が頭の中いっぱいに満たされた。


「口封じって、アフラマズダに関する情報を全て消したってこと?」


「そうだろう、この一年をかけてくまなく調べたというのにその痕跡すら掴めなかったのだ」


「それと、アフラマズダに関する情報を持っている人間をコロニーへ上げたか、その両方だと思う」


「あるいは殺した、か。この国は自分の体をゲームのガチャのように引き直せるからな、何でもありなんだろう」と、ナツメが嫌そうに話した。

 マリサの手を解いて冷蔵庫へ向かう。ブラインドカーテンから漏れ出る街灯が床を照らし、何かの染みを汚く照らしていた。それを踏まないようにしながら歩き、これまた汚れている冷蔵庫に辿り着く。冷蔵庫の扉には、過去の利用客が張っていったらしいシールが沢山あった。その一つ、くるくると間抜けに回転し続ける何かの惑星を見ながら扉を開けた。

 入ってへんやないか!空やないか!

 期待させるんじゃねえ!とホシに向かって中指を突き立てる。本人は気付いていない。


「ガーデン・セルに登録した人間は魂を別の素体に転移させることが可能…なんだよね。それ本当なの?」


「ああ、カッパドキアでも似たような技術が確立されている。こっちと違ってあっちは乱用して問題になっていたが…死ぬという考えが形骸化しているんだろ、それはこっちも同じだ」


「なら、失った情報を探すのは一筋縄ではいきませんよ。どうするんで──」


「ん?ホシ?どうかしたのか?」


 嘘を吐いたホシに制裁中だ、無防備になっていた股間に枕を何度も叩きつけた。


「──いえ、何でも」とナツメに返事をし、「止めろ!」と肉声で私に注意してきた。


「今後どうするかだ、ヴァルヴエンドでも最大都市であるリガメルとサマルカンドでも成果を得られなかった。間抜けな男どもを逃す手間だけかかってしまったが」


 ナツメの皮肉にヒューとホシが、「さーせん」と声を揃えて謝罪した。あれ、もしかして流行ってる?


「あと探れるのはこの下層と…市民でも立ち入りが制限されているアレクサンドリアか…この二つが駄目なら…お手上げだな」


「議会になんて報告すんの?駄目でしたって?」


「そう言うしかないだろ。ま、そん時はツケていた請求がいっぺんに来るだけだな、皆んなで借金生活だ」


「そん時はノラリスを売ればいい、良い値段で買い取ってくれるでしょ」


 私がそう冗談を言うと、ノラリスから「いい加減にしろ」と言われた。

 

「あの、そういうくだらない会話は結構なんで、今後の方針を決めません?」と、真面目で融通が効かないデュランダルが先を促した。


「とりま上層での調査は一旦切り上げよう、このまま無理くりやっても埒が明かない。チームを二つに分ける、下層でアフラマズダを調べる班とアレクサンドリアに侵入する方法を調べる班だ。班分けについてはモーテルで呑んだくれているアマンナたちが帰ってきてからだ」


「うえ?なんで呑んでるって知ってんの?」


「ガングが教えてくれた」


「この裏切り者!」

「ガングも呑んだでしょ!」

「せっかく僕がガングの分まで買ってあげたのに!」


 ガングからの返事は「べぇ〜」だけだった、帰ったらお仕置き確定だな。


「最後に、セバスチャンの行方を知っている奴はいるか?」


 皆んなが口を揃えた。


「知らん」

「オレも」

「知らない」

「ほっとけば?」

「知りません」

「同じく」

「一人で出ていくのは見た」

「どっかで捕まってんじゃないの?」

「皆んな…もっと心配してあげようよ…」

「そういうアヤメは知ってるの?勿論私はアヤメ以外に興味無いから知らないわ」

「ううん私も知らない」


「なんじゃそりゃ。まあ、そのうち姿を見せるだろ。以上だ。──三人はさっさと戻って来い!」


 三人とも、大きな溜め息を吐きながら身支度に入った。





 一番端からクルル、私、テクニカ、サラン、ギーリの順番で座っている。どうやら、初めに座った席がそれぞれの定位置になっているらしい。

 ブリーフィングはもう間も無くだ、皆が席に座って始まるのを待っている。ただ待っているのも退屈だし腹も立っていたので、私はテクニカ越しに部隊のピンバッジをサランへ投げ付けていた。


「…………」


「…………」


「…………」


 サランの頭にヒットする、床に転がる、それをテクニカが拾って私に渡す、また投げる、その繰り返し。ギーリもクルルも見て見ぬふり。

 ムカつく!ムカつく!ムカつく!ムカつく!どれだけピンバッジを当ててもサランは知らんぷり。テクニカもお澄まし顔でピンバッジを拾うだけ。

 テクニカから受け取ってまた投げる、頭にヒットしたが今度は床ではなく、サランが座っているデスクの上に落ちた。

 サランはそれをさっ!と手に取り胸ポケットにしまった。あ!と思った時にはブリーフィングルームに誰かが入って来た。

 入って来たのは驚いた事にコンキリオ少佐だった。

 皆がんん?と疑問に思いながら、素早く席から立った。

 さらに驚いた事に、コンキリオ少佐に続いて二人が入って来た。


「席に着きたまえ、これより最終のブリーフィングを行なう」


 私のピンバッジを奪った(いや私が悪いんだけど)サランが、挙手もせず最もな事を言う。


「少佐、対面であれば事前に連絡を、私もそうですが皆が困惑しています。それからそちらのお二人は?」


「予定が変わった、こちらの二人がどうしても君たちに直接会いたいと言ってね、事前連絡もせずに悪かった。──グレオ星管士、それから麻布弁護士だ」


 紹介を受けた二人はゆっくりとお辞儀をしただけ、とくに挨拶はなかった。私たちもそれに合わせて礼をし、席に着く。

 

「君たちの任務はヴァルヴエンドにとってとても意義深いものになる」というコンキリオ少佐の前置きから、ブリーフィングが始められた。


「知っての通り、今から一〇年前に星管連盟が制定していた文化保護法が廃止され、地球の各地で稼働しているテンペスト・シリンダー同士の文化的交流が正式に認められた。これらの交流は一二塔主議会という組織が管理し、現在も議会を通じて各地で交流が盛んに行なわれている」


 誰もが知る話だ、私もアカデミーの一般講義でそうだと教えられていた。

 しかし、とコンキリオ少佐が話を継ぐ。


「交流が行なわれるようになり、今まで発生しなかったテンペスト・シリンダー同士の争いもまた発生しているのが事実である。主な地域として北欧で稼働している二基、それから北欧とアメリカ大陸、それとオーストラリア大陸と北欧、最後に中東大陸とその他の大陸である」


 クルルが小さな声で「仲悪」と言った。


「我々が知らないだけで他にも争っている所があるかもしれない。さて、君たちの主だった任務は各地のテンペスト・シリンダーへ赴き、内部を調査することだと事前に説明している。その調査内容についてここで正式に伝えておこう」


 思わず背筋が伸び、サランに対する怒りもすうっと収まっていく。その話は事前説明では語られなかった部分だ。


「君たちには、各地のテンペスト・シリンダーが保有している特別独立個体総解決機の所在、稼働状況、または紛失の有無について調べてもらいたい。そのアドバイザーとして、ウルフラグ顧問弁護士である麻布に参加してもらうことになった」


 そこでようやく、麻布と呼ばれた弁護士が「どうも」と簡単な挨拶をした。細身で還暦前に差しかかろうとしている壮年の人だった。

 クルルが「はい!」と挙手をした。訊きたいことは何となく分かる。


「何かね?」


「特別独立個体機の紛失ってどういう意味ですか?」


「現在、オリジンとマリーンの特別個体機が各地のテンペスト・シリンダーを訪問していると報告を受けている。であれば、別のテンペスト・シリンダーでも同様の事が起こっているかもしれない、だから君たちがそれを調査する」


(そんな事になっていたなんて…)


 初耳だ。特別独立個体機はそのテンペスト・シリンダーを影から監視し、時に介入して問題解決に尽力すると聞く。そんな重要な役割を持つ機体がテンペスト・シリンダーを離れ、旅をしても問題ないのだろうか?

 クルルがまた「はいはい!」と言い、許可を待たずに質問を重ねた。


「それはウルフラグの人たちがもう既に把握しているのではありませんか?だからオリジンとマリーンの機体が旅をしていると知っているんでしょう?どうして僕たちに調査を任せるんですか?」


「………特別独立個体機を開発し、各地に配備させたのは確かに我々ウルフラグですが、その責任者はもう何千年と昔に亡くなっているのです。我々でも把握し切れていない事があります、だからあなたたちミトコンドリアに出資し、調査をお願いするのです」


 麻布弁護士が返答するまでやや時間があった、それにその話も初耳である。

 ウルフラグがミトコンドリアに出資した、言わばスポンサーという事だ。


(意義深いというよりも…きな臭いって言った方がいいかもしれない…)


 クルルも何かに勘づいたのか、「ありがとうございます」と礼を言い、さっさと引っ込んでいる。

 ウルフラグの人がここに来たという事は、きっと星管連盟もミトコンドリアに何かしら関わっているのだろう。グレオと紹介された人は短い白髪に日焼けしたような肌、軍人のように体格が整っている人だった。そのグレオという人は、薄らと笑みを湛えながら私たちをじっと見ているだけだった。

 コンキリオ少佐が話を続ける。


「特別個体機以外にも、君たちには各地のテンペスト・シリンダーの経済、紛争、政治状況などについて調査を行なってもらう。一二のテンペスト・シリンダーを束ねる議会と言えども、一つ一つの詳しい状況については把握し切れていない。各地の文化的摩擦を軽減し君たちの任務をサポートするため、星管連盟の参加も決まった。──だからここにこの二人を連れて来たのだよ、分かったかね?サラン隊長」


 ん?何故そこで?

 ついサランを見やる、サランは頬をちょっぴり染めて「分かりました」と返事していた。

 そこでようやくグレオ星管士が「よろしくお願い致します」と丁寧に挨拶した。


「ブリーフィングは以上だ。質問は?」


 誰も挙手しなかった。



「いや絶対めんどくさくなるって、あれやこれやと使いっぱしりになるのが目に見えてるよ」


「まあまあ」


「イーオンはね、そりゃ飛べたら何でもいいんだろうけどさ、スポンサーにアドバイザーって、職権を悪用してコンキリオおじさんとは別に絶対指示出してくるよ」


「そう言うクルルだってラグナカンの操縦ができれば満足なんでしょ?」


「まあね〜」


「だったら文句を言うな〜」と、クルルの頭を掴んで軽く揺さぶった。


「うえ〜。──というかさ、サランとまた何かあったの?ずっとバッジ投げてたよね」


「あ!」そうだ、早く返して貰わないと、この後出航前の記念撮影があるんだった。

 アプリを起動してサランへメッセージを飛ばす。


イーオン:すみませんでした、返してください


サラン:何の話?


(ええ〜そう来る〜?)


イーオン:バッジです、投げてすみません


 返事が返ってこない。

 代わりにギーリ副隊長からグループ内の一斉送信があった。


ギーリ:撮影の準備が整ったから甲板に集合、バッジの着用をお忘れなく


 クルルがにやにや笑いながら、「こりゃ大目玉だね」と揶揄ってきたので、遠慮なくクルルのバッジに手を伸ばす。


「いや何でさ!これは僕の!」


「貸して!お願い!」


 クルルがだっと駆け出し、私を置いてブリーフィングルームから出て行ってしまった。

 観念して私もクルルの跡を追いかけ、上部甲板を目指す。

 上部甲板は船内フロアの螺旋階段を上がり、斜め後ろにある左右の扉から行くことができる。

 嫌だな〜と思いながら(自業自得)甲板へ出られる扉を開ける、エアハーヴィットのお陰で甲板は適温に保たれている。

 昨日の夜、サランが独りで歌っていた甲板には私以外の四人、それから指揮官を務めるコンキリオ少佐、そしてカメラマンとあの二人が隅っこで待機していた。

 隊長、副隊長、操縦士、飛行士、司厨士の順番に整列するよう少佐から指示が飛ぶ。どうかこのままバレませんようにと、クルルとテクニカの間に立った。

 冷や冷やしながら薄い青空を見上げていると、テクニカにつんつんと腕を突かれた。


「なに?──あ、さっきはありがとう」


「ごめんじゃなくてありがとうで草。──バッジは?返してもらってないの?」


「取り上げられたまんま…」


「あ〜…ごめんね、私がちょっかいかけたから」


「それ私に言う?」


「え、隊長のことが好きなんでしょ?」


「………?」


「あ、無自覚系ですか、影ながら応援しますよっと」


「え、それどういう──「イーオン飛行士、バッジは?」


 はあ!秒でバレた!

 コンキリオ少佐の厳しい目が私の胸に注がれている。

 ごめんなさいしようとした時、サランが「落ちていましたよ」と列から離れて私の元にやって来た。


「気を付けたまえイーオン飛行士、君はもう学生ではないんだ」


(私ばっかり〜!いや私が悪いんだけど〜!)


 皆んなが見つめる中、事もあろうにサランが私の胸にバッジを付けてくれた。

 公開処刑。サランの薄い唇は一文字に引き締められているが、目元は半分の月のように細められていた。私を揶揄ったのだ。


「〜〜〜〜!」


 その後、アナログカメラでパシャリと撮られた写真のデータがすぐに私たちの元に届いた。そこには、顔を真っ赤に染めている私がものの見事に収められていた。





 ざまあ。


(ふふん、良い気味)


 仕返しの記念撮影も終わり、我らが指揮官と面倒臭そうな二人が退艦したあと、出航準備に入っていた。

 網膜モニターに先程の記念写真が表示されている、イーオンは悔しそうに、泣きそうな顔をしており頬が真っ赤に染まっている。良い写真、あとでプリントアウトして部屋に飾っておこう。

 網膜モニターから意識を外し、眼下に広がるリガメルの街を見やる。今日は大気に砂が混じっているのか、街全体が白くぼやけていた。

 ブリッジで出航手続きを行なっていたクルルから通信が入った。


「デリバリーから出航許可が下りたよ〜メインエンジンを起動するね〜」


 上部甲板に出ていた私の元に、この船の心臓部たるメインエンジンの豪快なタービン音が届いてきた。ついで、ラグナカンを囲っていたドック壁が収納され、ふわりと船体が持ち上がった。


「最初の目的地はアメリカ大陸のファースト、移動時間は約一八時間、余裕を持って二日後の朝には到着する見込みだよ〜」


 南西方面を向いて出航したラグナカンの船首が北東方面へ向けられた、緩やかな角度がついた甲板から、イーオンの母校であるアカデミーの滑走路を見下ろすことができた。

 ──もし、私とあの子が同い年で同じアカデミーに通っていたら、今頃はどうなっていたのだろう?

 そんな妄想をしてしまい、私はすぐにそれを否定した。


(あんな広過ぎる場所じゃ、そもそも出会っていなかったかもしれない…)


 旋回飛行を終えたラグナカンがさらに船首を上向け高度を上げている、おかしな妄想をしている間にリガメルの街が見えなくなってしまった。

 さて、次はいつここに帰ってくるのだろう?

 薄い青空の向こうには宇宙の入り口たる成層圏が見える。それを見届けたあと、懐かしい思いに駆られながら甲板を後にした。




テンペスト・シリンダー第三章『アミール』



〜プロローグ〜



 第四次AI懸念事項案より二五年後、世界は大きく様変わりを果たしていた。

 世界各地のテンペスト・シリンダーが星管連盟に抗議を行い、交流の妨げとなっていた文化保護法の撤廃を求めた。それと時を同じくして、世界連盟組織たる一二塔主議会が発足、第三次並びに第四次AI懸念事項案が発生したテンペスト・シリンダー同士が交流を開始したことを皮切りに、世界各地でも保護法が撤廃される早く文化的交流が行われるようになった。

 星管連盟を擁する中東方面第二テンペスト・シリンダー『ヴァルヴエンド』は、世界の転換に遅れを取っていた。これを憂慮した国防軍が調査派遣隊『ミトコンドリア』を設立、同部隊に選出された五人の隊員が地球の空へ旅立った。

 『ファースト』、『オブリ・ガーデン』、『フェノスカンディア』、『ノルディック』、『漢帝』、『L0・イヴ』『ガイアの枝葉』、『カッパドキア・アナトリア』、『地質観測所アダム』。

 ──ミトコンドリアは知る事になるだろう、この世界の構造を、この世界の真実を。

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