LAST TRACK
モーニング・グローリー
ヴァルヴエンド軍による侵攻作戦、並びにキラの山の占拠、これら一連の騒動は『ハワイ戦役』と名付けられ、ハワイの歴史を飾ることとなった。
ハワイ戦役から数ヶ月が経ち、戦闘によって傷付いた街、人の心に瘡蓋ができて痛みも和らいだ頃、ハワイでは追悼式が挙行された。
沢山の人を失ってしまった。その人たちは「じゃ、先行ってるわ〜」と海へ還り、安らかな眠りについている。案外暇過ぎてさっさと生まれ変わっているかもしれないが。
追悼式はハワイ初代国王であるナディ・サーストンが喪主を務め、国民を代表して戦死者へ哀悼の手向けを行なった。その壇上、国王であるナディはボロボロに泣きまくったという。
ハワイ戦役を無事勝利に収めたのは良いものの、戦後処理に追われ、追悼式を迎えるまで多忙な日々を過ごしていたという。その間、瞳の縁に堰き止められていた涙が追悼式の当日に溢れてしまったのだ。その式に参加していた子供からも、「あの人大丈夫なの?」と心配されるぐらいひどい有り様だったという。
ナディ・サーストンはその壇上でこのように声明を出している。
「い、今の…は、ハワイが…あ、あるのは…み、皆様方の、お、お、お、お陰です…ど、どうか…これかも…ぐすん…ご、ご愛顧い、いただけたら、さ、幸いです…」
同様に参加していたライラ・サーストンから「それお店がお客さんに対して言う台詞だから!」という突っ込みが入り、追悼式に参加した国民を大いに笑わせたという。
悲しみに暮れている時間は無い、人生は戦いである、どんな時でも前を向いて懸命に生きなければならない。
「この国王に任せていたらハワイが駄目になってしまう!」と国民の皆がそう思い、この追悼式を皮切りにして街に活気が戻ったのは笑い話である。
*
ナディが国王としての責務をこなし、なんかよく分からんうちに娘になったレイアの母親役が板に付いてきた頃、新しい問題に直面していた。
「え?マリーンの外へ行きたい?──行けば?」
「いやいや、君が私の主人なんだからその言い草はないんじゃない?」
「いや一緒に行かないかって言われてもね、興味無い」
「嘘でしょ地球だよ?他のテンペスト・シリンダーも見て回りたいとかないの?」
「ない。そんな暇があるなら家でゆっくりしたい」
「いやいや…」
「ノラリスの主人にはなったけど保護者までやるつもりはない、行きたいんなら自分の好きにすればいい。──言っておくけど最後に休んだの一週間も前だよ?!その日だって結局買い物に付き合わされたし!しかも一日中!」
「一週間で根を上げる国王って…」
「七連勤って…昔働いてた会社でもしたことなかったのに──あ、そういう法律を作ればいいのか!」
「待って、新法案の協議と可決は後にしてくれない?こっちの話が先だから」
場所は円卓街の一角、ハワイ戦役後に建設された行政区、そこにナディが働く執務室があった。
そこでナディは自前の端末に向かって話をしている、ノラリスが勝手にアクセスしてあれやこれやと話しかけてくるのだ。
ハワイ戦役を最後にナディは空を飛ばなくなった、だってその必要がないし、そもそも望んでパイロットをしていたわけでもないし。
ナディは先日行なわれた会議の議事録をまとめ、ネットにアップした。行政に関わる会議の内容は全て公開することが義務付けられており、その内容を編集、アップするのが国王の仕事となっている。
一仕事終えて休憩しようとナディが席を立った、その後をノラリスの声が追いかける。
「ちょっと?!まだ話終わってないんですけど?!」
「コーヒーぐらい飲ませろ!」
ドリンクサーバーからコーヒーをドリップし、くたくたの新米国王が口を付ける。それを律儀に待っていたノラリスが再び話しかけた。
「マリーンの外へ行くのも理由があっての事なんだ、他の船から面会したいと申し入れがあっんだよ」
「面会の申し入れ?何それ」
「私と会って話がしたいんだと。インターステラーシステムを持ってるのは私だけではないって前に言ったよね?全部で六隻存在している」
テンペスト・シリンダー二塔に対して一隻の計算である。
「あ〜そんな事言ってたっけ。で?何処の誰さんがノラリスに会いたいって言ってるの?」
「ファーストのイスカルガ」
「一人で行けばいいじゃん、何で私まで行かなきゃいけないの?」
「だからーーーっ!!」
「言っておくけどねー!私だってオリジンの要請を──」最近こればっかりである、二人が口を開けば喧嘩に言い合いばっかり。隣人を愛せよとはよく言ったものである。
それから二人がきゃんきゃんと言い合いをした後、ノラリスが折れて「もういい!」といつもの捨て台詞を吐いて通話を切った。
◇
「ナディが冷たくなった件について」
ナディと喧嘩したノラリスはそれから母船に戻り、ろくでなしたちを相手に愚痴を溢していた。
すっかり溜まり場になっている、モンローにホシ、それからセバスチャンの三人だ。
まあ溜まり場というか、マリーンの特別個体機の母船でもあるわけだから、そのパイロットである三人が居るのは当たり前というか。それを建前にして、居場所を失った女ったらし三人はノウティリスに入り浸っていた。邪魔だからそろそろ出てってくんない?
管制席の一つに座って何やらはむはむしていたホシが「僕は外へ出てもいいですけどね」と、咀嚼の合間にそう口にした。
「居場所が無いもんな」モンローの突っ込みに「あなたもね」とホシが切り返す。
「イスカルガ、だっけか?そいつはどんな奴なんだ?女か?」
ホシの切り返しを無視してモンローが訊ねる、答えはイエスだった。
「性別設定は女性、だったはず「──今すぐに会いに行こう!いや──行くべきだ!「は〜何でナディにはこういう気概がないのか…」
ハワイで大流行中のドーナッツを食べ終えたホシが、「そうやってナディナディって言うから向こうも嫌気が差すんだよ」と注意した。
管制席でエロビデオを鑑賞していたセバスチャンが「そうそう」と口を挟んだ。
「お前さんはちょっと甘え過ぎだな、そりゃ保護者じゃないと怒られるわ──ああこれは凄い!網膜に直接表示されるのは何ともダイナミック…」
「いや、彼女は私の主人であって、連れて行くのは当然だと思うんだけど──というかエロビデオ見るの止めてくんない?」
「ナディがいないと出航できないのか?」
「──そんな事はない」
「だったら俺たちで行けばいいじゃないか。ホシほどではないにしろ、俺たちももうここに居場所はないからな「いやあなたが一番ですよ「いつでも発てる「股間が?「爺いは黙っていろ」
「う〜ん…君たち三人だけ、か…」
「心許ないならオリジンの連中も呼べばいい。あの三人も足を失くして故郷に戻れないみたいだからな、行くついでにオリジンまで運べばいい」
「う〜ん…私はナディに付いて来てほしいんだが…まあ、君たちの言う通り少し甘え過ぎているのかもしれない。彼女たちに頼んでみよう」
一方、ハワイ戦役でお牛さんを失い、ハワイに滞在していたオリジンのメンバーであるナツメは、第一テンペスト・シリンダーと連絡を取っていた。
帰還する方法、についてではなく、まだ調査すべき事が残っていると室長のゼウスに進言していた。というか駄々をこねていた。
「いいから帰って来なさい!もう問題は片付いたんだから!そこに居ても仕方ないでしょ!」
「いやいや、それがそうでもないんだよ。ありがたいことに私たちも頼りにされていたな、毎日忙しいんだ」
「こっちも忙しいわ!君たちがいない間にまたマキナが問題を起こしてフォレストリベラと対立してるの!」
「え〜」すごいめんどくさそう。
オリジンのメンバーは全員「帰りたくない」と意見が一致し、今日までゼウスの帰還要請を断り続けていた。
ここは過ごし易い、実に良い、何処を見ても青い海が見えるし食べ物も美味いし。それにハワイ戦役が終結するまでナツメたち皆んなは働き詰めだった。だからこうして毎日のんびりと過ごせるのは久しぶりだった。だいたい七年ぶりぐらい?信じられる?その間ずっと働いていたんだよ。
円卓街の賃貸マンションを皆んなで借りて、少し狭いが皆んなで一緒に過ごす。そして皆んなで働きに出て皆んなでご飯を食べる。毎日充実してるんですが?戻る必要ある?
戦役の功労者として支払われた報奨金を元に借りたマンションのリビング、ナツメはそこで優雅に足を組みながら話をしていた。開けたベランダから優しい潮風が入り込み、潮の香りと一緒にパンが良く焼ける美味そうな匂いも鼻についた。
「それから、アオラも面会を求めているみたいなんだけど断られているみたいでね、何か知らない?」
「知らん、ナディに訊いてくれ。あの子も忙しいんだよ」
「駄目だ話にならない…ちょっとアヤメと代わってくれない?」
「あいつ、というか他の奴らに言っても無駄だぞ、皆んな忙しくしているからな」
「嘘つけ!この間あまちゃんねるに皆んなで出演していたじゃないか!僕だってチェックしてるんだぞ!」
「しょうがないだろ皆んな帰りたくないって言ってるんだから──というかそもそもお前がこっちに寄越したんだろ!」
「あのね〜ナツメ、今結構大変な事になってるんだからね?マリーンが独立しちゃったもんだから他のテンペスト・シリンダーも独立を求めて──「ああ、ああそういう話は聞きたくない!──切るぞ!「あ、ちょっ──」
騒がしいゼウスの声を遮った途端、静かになった。代わりに潮風とさざなみがナツメの耳を満たす、本当にここは素晴らしい所だ。
通話を切ったばかりの端末にまた着信が入った、自然の音を堪能していたナツメは眉を顰めながら画面を確認し、「ん?」と声を漏らした。
「ノラリスから?」
画面に表示されていた名前はノラリスだった。
*
ハワイでもそうであったようにヴァルヴエンドでも、先の戦いによる戦死者を偲ぶ告別式が盛大に行なわれていた。
静止軌道上で行なわれた大規模な防衛作戦、並びにアメリカ方面第三テンペスト・シリンダーで行なわれた鎮圧作戦(一応、そういう事になっている)における戦死者は一千人近くに上り、その中に伝説の歌姫であるミーティア・グランデも含まれていた。
不運だったと言わざるを得ない、何らかの事象によりSPSに通信障害が発生し、オフライン状態でミーティア・グランデを含む小型ヴィークルの搭乗員が全て死亡してしまった。
スカイダンサーによって破壊されたエラム級航空母艦の巻き添えにあったのだ、小さなヴィークルは落下してくる数百メートル規模の鉄の塊を前に成す術もなかった。
ブリッジホープの歌姫を失った国民は大いに悲しみ、国家が主体となって告別式を挙行することとなった。
SPS障害により帰還できない魂は今日まで沢山存在していた。いくら魂を科学で視認し、学術体系に組み込もうとも事故というものは必ず発生する。
その告別式はヴァルヴエンドの各都市で行なわれた。
主要都市の一つであるリガメルにて、スパインターミナル前の全天候型モニターの前には大勢の人が集まり、戦死者たちに哀悼の意を捧げていた。
「…………」
モニター前に集まった殆どの人が目蓋を閉じて黙祷している、その中で一人の女の子だけはモニターを見上げていた。
その瞳には強い光が宿っていた。歌姫の死を悼み、セブンス・マザーを偶然見つけたあの女の子のような憧れを持ち、他の子供たちから一歩離れた所に立っていた。
死者を偲ぶセレモニーが始まり、その子は奏でられる音楽に合わせて歌い始めた。
子供らしくない、力強く澄んだ歌声だった。
──かつてのミーティア・グランデのように。
*
時刻は夕暮れ、トワイライト、働きを終えた人たちが寄り道しながら帰路に着く時間帯であり、その中にアヤメたちの姿もあった。
「アヤメ、陽に焼けてんじゃん」
「ええ?──ああ、ほんとだ、ハーフマキナでも焼けるんだね」
円卓街の雑踏の中、人で賑わう通りを歩いているのはアヤメ、プエラ、それからデュランダルの三人だ。
プエラが言ったように、アヤメの二の腕が服の裾に合わせて黒い所と白い所に分かれていた。
「ちゃんと保護してあげないから…いや日焼けしてるのもセクシーだと思うけどね?」
「そういうプエラは日焼けしてないね、デュランダルちゃんも」
「私は内勤なんで」
「もう職場には慣れた?」
「慣れたからお給料貰ってるんですよ」
デュランダルはずっとこう、というか皆んなに対してこう、ずっとつんつんとした態度を維持している。
アヤメたちも慣れたもんで、とくに気分を悪くした様子を見せず寄り道しながら自宅へ向かった。
そして、帰ってくるなりナツメにこう言われた。
「ノラリスが一緒に旅に出ないかって」
「──え」
「急」
「いやほんと急ですね」
おかえりもなしにナツメがそう言うものだから、アヤメは寄り道先で買った袋を落とし、プエラとデュランダルは口を尖らせていた。
「旅というか…他の奴らから会いたいって言われてる…みたいな?それでナディが行きたくないって渋ってるらしくてな、それで私らを誘ったらしい」
「誘ったらしいって…それで、ナツメはその話を受けたの?」
「いや、まだ返事はしていないよ」
「旅…旅に出る…」
「ん?アヤメ?どうかしたの?」
アヤメの瞳は大きく開き、うわ言のように「旅…」と繰り返している。様子がおかしい、落としてしまった袋も拾おうとしない。
ナツメもアヤメの様子に気付いた。
「アヤメ?どうかした──「出たい!!ちょー旅に出たい!!」
話が秒で決まり、興奮状態に突入したアヤメを放置してナツメがノラリスへ連絡を取った。
「出たいってさ、私らで良ければ連れて行ってくれ」
「返事軽くない?ここを出たら次いつ帰ってくるか分からないんだよ?」
「別に良い、そもそも私ら故郷にも帰るつもりもなかったし」
「あ、そう…ならいいけど。ってことは、アマンナも来るよね?」
「いやそれはそうじゃないか?一応アヤメのパートナーなんだし」
ナツメがちらりとリビングの方へ視線を向ける、興奮しているアヤメは早速荷造りを始めていた。まるで子供だ、ピクニックに出かける前のように。
「あの子も来るのか〜…」
「何だ、アマンナのことが嫌いなのか?」
「嫌いというより苦手かな、あの子何考えているか分からないし、なんか裏でこそこそやってたでしょ」
「──あ〜ライアネットがどうとか言ってたな、あいつ。きっとお前が目当てだったんだろ」
「だからナディを誘っていたんだけど…まあ良いか」
「心配しなくてもあいつの頭はアヤメの事でいっぱいだ。それにアヤメのやつ、どうやら宇宙にも出たいらしいからな」
「宇宙〜?」間延びしたノラリスの声が耳元に届く。
「宇宙は駄目だ、ケェーサーの部隊が待ち構えている。でもまあ…低軌道上なら何とか」
「行けるのか?宇宙に?「──宇宙?!今宇宙って言った?!「──うわ、びっくりした」
ナツメの声が耳に入ったのだろう、私服を胸元に抱えたアヤメがすっ飛んできた。
「今すぐ行きたい!宇宙に行きたい!」
「うるさいうるさい──ま、そういう事だから、お前の船に乗せてくれ。同乗者は他にいるのか?私らだけ?」
「ろくでなしたちも一緒」
「ガチか」
その後、遅番のグガランナとアマンナが帰宅し、『ろくでなしたちと宇宙旅行に行くか』会議が開催され、時計の針が日を跨いだ時に賛成多数で可決された。
プエラとデュランダルが最後の最後まで反対していたが、アヤメの熱量に押されて渋々賛成派に回った。
翌日、ナツメたちはナディがいる行政区へ赴き事の経緯を報告しようと思ったのだが、国王の執務室でちょー喧嘩が繰り広げられていた。
「何よこの国王募集の案内!王様を一般募集するなんて聞いたことないんだけど?!」と、ライラが一枚の紙を持っている。
「私だって似たようなもんでしょうが!王様だって一般採用されるべき!──いや!その時代がやって来たんだよ!──いいや!私がそうする!」
喧嘩をしていたライラとナディの二人、それから執務室のソファにはレイアがお行儀良く座っていた。
ライラは何処へ行くにも必ずレイアも連れて行く、凄まじい公私混同、皆んな慣れたもんである。
ナツメたちに気付いたレイアがソファから立ち上がり、「お騒がせしてすみません」とお行儀良く頭を下げた。
「あ、いや…急用ではないんだが、大事な話があって…」
もう一度ぺこりと頭を下げた後、レイアが喧嘩中の両親へ近づき、「いつまで喧嘩してるのお客さん来てるよ!」と両親相手にガチギレしていた。
「レイア!あんたからも何か言ってやってよこのだめだめ国王に!」
「レイア、後でデザート奢ってあげるから私の味方になって」
「お母さんの味方する」
「レイア!!」
二人の喧嘩を観戦していたプエラがナツメにそっと耳打ちした。
「どっちがお母さんなの?」
「ナディの方。それからライラはあの子にママって呼ばせているらしい」
「ほ〜ん…あの親子、なんだかんだで仲良いよね」
「職場に子供を連れ出すのはどうかと思うけどな」
ようやく休戦に入り、ナツメたちもナディたちの所へ近付いた。
「すみません、見苦しい所をお見せしてしまって」
「気にするなら喧嘩なんかするな」
「火の玉ストレート…いただきました〜…」と言いながら、ナディが机に突っ伏した。
だめだめ国王が娘に頭を撫でられ、代わりにライラがナツメたちの相手をした。
「それで、ご用件は?」
「かくかくしかじか」
「まあ、本人がそれで良いんなら良いんじゃないですか?」
「返事軽くないか?一応お前たちの船だぞ?」
「本人が外へ行きたいって言っているんですから好きにさせてあげればいいじゃないですか、レイアも一人で遊びに出かけますよ?」
「ノラリスを子供扱いするのか…」
「私たちノラリスの保護者じゃありませんので。──それにこっちもこっちで忙しくて、オリジンの…アオラさん?っていう人から面会を申し込まれているので、その対応もしなくちゃいけないし」
「あ〜」
「お知り合いだったりします?」
「知らん」
ナツメが秒で嘘を吐き、机に突っ伏していたナディが「ぎくり」とデカい独り言を漏らした。
「何がぎくりなの?──まさかまだ返事してないの?!」
「いやだって別に興味無いし──「そういう問題じゃないってあれほど言ったでしょ?!いつまで向こうを待たせる気なの?!交渉の場でこっちが不利になっちゃうでしょうが!」
「だったらライラが面会すればいいでしょ!」
「国王はナディでしょ!務めを果たせ!」
「果たしてるわ!だから毎日毎日二人が眠る時間に帰って──」
またぞろ喧嘩を始めてしまった二人を放置し、ナツメが「もう行こ行こ」と執務室を後にした。
*
「プログラム・ガイアの位置が判明しました、北欧方面第二テンペスト・シリンダー、ノルディックです」
子機であるプロメテウス・ガイアがそのように報告し、受け取った主人であるプロメテウス・ガイアが大仰な仕草で頷いた。
「隠れ蓑にはちょうど良いか…あそこはヴァルヴエンドの厳重監視区域に指定されている所だ。何故このような事になった?事実は掴めたか?」
「はい」花嫁衣装を身に纏ったプロメテウスが答える。
「SPSシステムにハッキングした後、プログラム・ガイアは自身のエモート・コアをガーデン・セルへ上書きし、リボーンリンクに強制介入したものと見られます」
「ガーデン・セルへ踏み込めたのは──レガトゥムか…確かオリジンに原木があったはずだ」
「これが意図されたものなのか、それとも偶発的に発したものなのか、まだ判明していません」
「どちらでも良い。レガトゥムを管理していたあの者は?」
「位置の特定には至っておりません」
「急げ」
まあ要は、マリーンのプログラム・ガイアはガーデン・セルに忍び込んで『生まれ変わり入場券』を盗んでゲートを通過し、晴れてノルディックと呼ばれているテンペスト・シリンダーに転生したわけである。
子機を下がらせ、主人であるプロメテウス・ガイアは神の名を冠する大山を仰ぎ見た。
オリンポス山。実に雄大であり、宇宙の力強さと自然の逞しさを同時に感じ取ることができる見事な山だった。
第四次AI懸念事項案の折、ウルフラグ社が製造し勝手に配置させたインターシップが明るみに出ることとなった。各地のテンペスト・シリンダーではそのインターシップを探す動きが活発化しており、早速ファーストがイスカルガと呼ばれる全域航行艦との接触に成功したようである。
(止められない、ユーフラテスの営みを一人で止めるようなものだ)
また、事実上マリーンがヴァルヴエンドから独立した事により各地のテンペスト・シリンダーでも独立運動が活発化する事態となり、星管連盟はその対応に忙殺されていた。
(ここにマキナたちを閉じ込めたところで意味は成さない…それに漢帝の帝が言ったように共存の関係にある、テンペスト・シリンダーが稼働しなければヴァルヴエンドが墜落してしまう)
めっちゃ怒られたよ?星管連盟のお偉いさんに「なんでマキナたちを解放したんだ!お陰で独立させろと毎日抗議を受ける羽目になったんだぞ!」と八つ当たりを受けていた。いや知らんがな。
(プロメテウスが天界から火を盗んで人間の時代が訪れたように、ヴァルヴエンドがリソースを独り占めする時代も終わりを迎えるという事なのだろう)
最高神ゼウスですら身内の反逆に合い、その手から栄光を溢した。
時代は変遷する、当たり前、宇宙ですら一秒たりとも同じ状態を維持することが不可能なのだ。
だからこそ、進んで行くことができる。
生き物も国家も星も宇宙も停滞することは許されない、常に前へ進み続けなければならない。
それが万物の法則である。
たとえその先に『死』が待っていようとも、生き物も国家も星も宇宙も停滞することは許されなかった。
──この法則を破った者たちが存在する。
それが『ケェーサー』だった。
*
ナツメたちが執務室に来たその日の夜、円卓街に置かれた病院にナディたちは集まっていた。
ジュディスが第一子を出産したのである、医者や看護師の鼓膜を突き破らんばかりに産ぶ声を上げ、大いに困らせていた。
元気過ぎる男の子だった。
晴れて父親になったウィゴーは分娩室の前で膝を抱え、母親になったジュディスと同じようにくたくたになっていた。なんで?
「ああ…良かった…無事に産まれて良かったよ…」
「ほら、早くジュディスさんの所に行ってあげなよ」
ナディたちと共に集まっていたマカナがウィゴーのつむじをぱしんと叩き、無理やり立たせた。
「ま、待って…まだ心の準備が…」
「なっさけないわね〜」
「じゃ、私らが代わりに行ってきますね」
ナディがラインバッハ姉妹を引き連れ、なんか戦場に似た雰囲気を放っている分娩室に入った。そりゃそうだ、母親と子供の命がかかっている所だ、空気だって戦場のようにピリつくことだろう。
無事に勝利に終わり、緊張感から解放されたリラックスに代わりつつある部屋の中で、ジュディスは澄み切った笑顔で我が子と対面していた。汗で前髪が張り付き、目元も口も疲れ切っているが、心から嬉しそうに笑っていた。
「無事に出産できて良かったですね、ジュディさん」
「ああ…来てくれたの、仕事で忙しいのに…わざわざありがとう」
「そんな、気にしないでください。ライラたちはパーティーの準備をしているところですよ」
「主役抜きでパーティーって…何それ」
ジュディスは産まれたばかりの子供を見やりながら、慈しむように微笑んでいる。
「皆んな、ジュディスさんの子供を楽しみにしていたんですよ、私も楽しみにしていました。これでようやく子育て仲間が増えるってもんですよ」
「そうね、あんたの方が先輩だもんね」
それから退出していた医者が再び姿を見せ、お見舞いに来ていたナディたちは問答無用で追い出された。
命を守る医者の戦いはまだ続いているのだ。ウィゴーだけその場に残し、ナディたちは病院も後にした。
ラインバッハ姉妹はパーティーの足しにと買い出しへ出かけ、ナディは一人で会場に向かっていた。
一人っきりになったのは本当に久しぶりだ、朝起きてから夜眠るまで、常に誰かが傍にいる。
家では母親、表に出れば国王、とんでもない二足の草鞋を履きこなし、今日まで走り続けて来た。
季節はすっかり冬のはずだが、ナディの頬を撫でていく風はまだまだ暖かい。
一人で浴びる風はとても心地が良かった。
(一人って贅沢だ、ほんと)
パーティー会場はクーラント地区にあるここも喫茶店、ナディはその道から外れ、コンクリートエレベーターへ向かった。
ランスロット地区の目抜き通りを抜ける、人通りもまばらになり、街頭に照らされただけの道をゆっくりと歩く。
コンクリートエレベーターに到着しても中へ入らず、ナディはクーラント地区方面へ向かって縁沿いに歩き始めた。
左手には広大な海、そして右手には今も明かりを灯しているビルが並んでいる。ナディたちが作った新しい街だ、ここには古い時代のしきたりやルールは無く、毎日見直され人々の暮らしに適していくよう刷新されていく。
ナディたちが守った街である。その事実が確かな充実と満足を与え、それから責任を強く意識させる。
ここが好きだ、自分の部屋が世の中で一番好きであるように、マリーンが一番好きだった。
自分は生涯、ここを離れる事はないだろうとナディは確信する、だからノラリスの誘いも断った。
もし仮に出て行くとすれば、それはマリーンごと宇宙へ飛び出す時だろう。果たしてそんな日がやって来るのか、案外もしかしたらやって来るかもしれない。
(なんてね、テンペスト・シリンダーが移動するだなんてそんな夢物語…)
一人の時間を満喫し、なんかもうパーティーに行くのも面倒臭くなってきたのでこのまま自宅へ帰ろうかと思った矢先、電話がかかってきた。
その相手はライラからではなく、グガランナからだった。
「あなたが一人でいるだなんて珍しいわね、いつも人に囲われているのに」
「別に好きで囲われているわけじゃないよ。というかいつも監視してるの?」
「そんなまさか、そこまで暇じゃないわ。──以前あなたにお願いされていた件についてなんだけど、やっぱりあなたのお父さんはここにいないみたい」
「そっか…」
ガイア・サーバーを掌握し、マリーンそのものになったグガランナ・ガーディアンとはこうして時折り連絡を取り合っていた。相手はサーバーそのものみたいな存在なので、マリーン内の通信端末へ好きなようにアクセスできる。
ナディはグガランナに父親であるティダの捜索を依頼していた。その結果が「いない」だった。
「彼はどうやら素粒子流体を使用して自分の体を構築していたみたいね、本来なら素粒子が崩壊しても大丈夫なんだけど…」
「サーバーからも消えちゃったんだね、私のお父さん」
「そうなるわね」
「お父さんは魂を電子に代えてグガランナたちみたいになったんでしょ?それなら…もし死んだらどうなるの?」
「電子化した魂が何処へ行くのか、ってことよね?」
「そう」
「分からないわ…そもそも魂が何処から来て何処へ行くのか、まだ解明されていないもの」
「この海に帰ってくれたら嬉しいんだけどね…」
ナディは足元に向けていた視線を上向け、左手に広がる海を見やった。
冬にしては暖かい風が吹き、波が小さく揺れている。ここには命が収まり、そして死んでいった魂が眠っている。
グガランナとは顔を合わせていた時は何かと衝突していたが、不思議と今の関係になってから仲良くなっていた。そのグガランナがひどく優しい声音で「父親と会いたいの?」と訊ねてきた。
「うん、まだまだ言い足りないことが沢山あるからさ」
「それが強がりだってことぐらい私にも分かるわ。私だってピメリアと会って訊きたい事が沢山ある」
「どんな事?」
「色んな事よ、でも会えない、そういう悲しみは誰でも持ち合わせているものだと思うわ」
「止めてよ説教は」
「いや説教じゃないんだけど。──今からパーティーでしょ?楽しんできて」
「グガランナもたまには誰かと会いたいって思わないの?」
「それはなに?物理的なって意味?」
「そう、ずっとサーバーから見てるだけってつまらなくない?」
「つまらなくないわ、とても充実しているわ」
「私と一緒だね」
「テンペストたちも顔を出すって言ってたから、新米のオーディンたちも相手にしてあげて」
「分かった」
「──ラハムのことは本当に良かったの?」
「いいよ、あの子はあの子だけだから、ライラとも話し合った結果だよ」
「そう…それじゃあまた」
電話を切り、携帯をポケットにしまう。
海から視線を外して前を向いた時、目元が少しだけ冷んやりとした。
◇
なんか知らんうちにノラリスとオリジンのメンバーが旅立つことになっていた。いや別にいいんだけどさ、急じゃない?
その報告はどんちゃん騒ぎで終わったパーティーの翌る日、生憎と雨が細かく降る朝のことだった。
「また雨か!!」とサーストン家が戦々恐々とする中、アヤメがナディの自宅へやって来たのである。
「いやごめんね朝から、雨が本格的に降っちゃったら外出できなくなるからさ、会って話がしたかったし」
「別にいいですよ、今日は休みですし。で、いつ出て行くんですか?」
「明日」
「いやほんと急」
リビングに通したナディはアヤメと話をし、ライラとレイアは寝巻き姿のまま家中を走り回っている。「天気予報は晴れだって言ってたのに!」とか、「ほんと自然の天気は気まぐれね!」とか、ぶつくさ文句を言いながら家篭りの準備をしていた。
「ナディちゃんは本当に良かったの?ノラリスに付いて行かなくても」
「いいですよ、本人にも好きにしろって言ってますから、私はこの家とこの街を守らないといけません」
「へえ〜…」
「なんですか?」
「ううん、母親ってやっぱ違うな〜って思ってさ」
「そう言うアヤメさんは出産の予定とかないんですか?」
「え?私?い、いや〜ないかな〜」
「なんで顔が赤くなってるんですか?」
「ナディちゃんって変なタイミングでぐいぐい来るよね」
「???」
ナディは頬を染めているアヤメを前にして首を傾げた。
その後ナディはアヤメと雑談を交わし、家の中にいても雨音が聞こえ始めた頃、「ガチでヤバいですよ早く家に帰ってください!」とアヤメも家を飛び出していった。地球の雨はヤバい、ガチでヤバい。
家篭りの準備を終え、ひと段落したライラが二つのコーヒーカップを持ってリビングに姿を見せた。一緒に準備をしていたレイアは、キッチンのダイニングテーブルでフォークを握ったまま撃沈している、元々朝が弱い子である。
ライラがコーヒーカップをナディへ渡し、隣に腰を下ろした。
「随分と楽しそうにお話されてましたね〜」
「敬語止めて」
「私たち親子はほったらかしにして〜?自分は美人パイロットとお話しですか〜」
「…………」無視してコーヒーを一口。とんでもなく苦い。これ賞味期限切れてない?
「ライラも聞こえてたでしょ、明日ノラリスとここを発つって、その挨拶に来ただけだよ」
ジト目だったライラがすんと真面目な顔付きになった。
「ナディは本当に行かなくていいの?」
「どうしてそんなこと訊くの?」
「あれだけ綺麗に空を飛んでたじゃない、あれからめっきりノラリスに乗ることもなくなったし。なんか遠慮してないかなって思って」
これ賞味期限切れてますよね?あまりの苦さに耐えかねたナディがライラのコーヒーカップを奪い口に付けた。美味しい...やっぱりただの嫌がらせだった。
アヤメと交わした雑談で渇いていた喉を潤し、それからナディが言った。
「パイロットをやってたのはその必要があったからだよ、始めから好きでやってたわけじゃない」
「そう…」
「それと、私はライラとノラリスに背中を押されて王様になったんだよ、その役目を放棄してマリーンの外へ行くだなんて、そんな事できないでしょ」
あの時、ヴァルヴエンド軍の総合空母を前にして、ナディは王になることを選んで決めた。そのお陰であの局面を乗り切ったと言っても過言ではない。
ライラとしてはそんな愛する人を誇りに思う、けれど別の心配もしている。
「ずっと王様を続けるつもり?」
「いいや、そのうち無くす。一人だけの支配者が国を預かるだなんて良くないでしょ、今は民間政治を目指してあれこれやってる」
「辞めた後はどうするの?」
「辞めた後は造船所で働きたいかな、ライラと同じ所、あそこフレックス制度導入してるでしょ」
「や〜もう〜どんだけ私のことが好きなの〜」
「朝から重いよその照れ隠し…」
「そのコーヒーとどっちが重い?」
「ライラ」
「あら嬉しい、嫉妬した甲斐があった──」
ライラがほんの少しよそ見をした隙に、ナディが上から覆い被さった。
ソファの上で見つめ合う二人、ナディはライラの瞳を覗き込んでいた。その目元は愉悦に細められ、まるで肉食獣のようであった。
たまにこんな日があるのだ、朝から血の気が多いというか、普段は淡白なくせに朝から襲ってくることがナディにはあった。
ライラはそんなナディのランダムな性欲が堪らなく好きだった。いつ襲われるのか分からない緊張感がとても良い、飽きさせてくれない。
最後の一押し。
「もしかしてアヤメさんに我慢してた?私でいいの?」
いや意味なかった、ライラは問答無用で唇を奪われた。
そして──
「朝からお盛んですねー私妹が欲しいな〜」と言いながら眠っていたはずのレイアが乱入し、「ママの口でお口直しするならお砂糖かけてあげますよー」と二人の頭に砂糖をぶっかけていた。
*
ノラリスの旅立ちはその翌日──ではなく、約一週間近く延期になった。当初の予定では身内だけお見送りするつもりだったのだが、ノラリスの旅立ちを聞きつけた市民たちから「もっと盛大にしないと駄目だろ!ノラリスのお陰でマリーンが守られたんだから!」と叱られ、ハワイ国王は「じゃ、やりまーす!」とセレモニーの開催を宣言した。
その準備が一週間割り当てられ、日々の仕事と合わせて国王が主体となって進められた。ハワイ国王は後日、この一週間をヘル・セブンスと呼んだ。
それほどまでに地獄だったという。家に帰れず執務室が一時自宅と化した。テイジタイシャ?何それ、どこの国の言葉?
*
セレモニーの準備期間中、悪天候に見舞われながらも何とか舞台が整い、ついに旅立ちの日を迎えた。
ハワイ軍港には大勢の人たちが集まっている。皆、ハワイ戦役を生き延びたつよつよ市民たちであり、国王相手にすら啖呵を切る猛者たちばかりである。船を見上げる面構えが違う。
以前、ノラリスから提供された通信型金管楽器を抱えた音楽隊も軍港の桟橋にずらりと並んでいる。
指揮者はレセタ、音楽隊の中にはウィゴーやヴィスタ、クランの姿もある。
歴戦のパイロットが何故音楽隊に入隊しているのかというと、軍が縮小されつつあるからだ。国王がそうであるようにハワイ戦役に参加した者たちは退役しており、将来的には軍を解体するつもりでいた。
ハワイの国防は今後マキナたちが担当する事になる。一部市民たちから「マキナに任せて大丈夫なのか」と批判の声も上がったが、「なんとかなるでしょ」と国王が解答し、決定したのである。
そのマキナたちもハワイの軍港に参列していた。ハワイ市民たちと同じようにハワイ戦役を乗り越え、プロメテウス・ガイアの庇護下から離れることを選んだつよつよマキナたちである、やはり面構えがそんじゃそこらのマキナとは違う、ノウティリスを見上げるその面には漲る生気があった。
そんなつよつよ市民やマキナたちが集まる中、国王だけは一味違った。
今にも泣きそうになっていたのだ。
「もう!何だよ泣くぐらいなあんな喧嘩腰にならなくても良かったのに!」
あれ、今ちょっと目元拭った?まだ離陸すらしていないのにもう泣いてるの?
ノウティリスのアウター・ユーザーフェースに全乗組員が集合していた。オリジンのアヤメ、ナツメ、デュランダル、それからグガランナ、アマンナ、プエラの六名、全員女性。
それからマリーンのヒュー・モンロー、ホシ・ヒイラギ、セバスチャン・ダットサン、それからガングニール、マリサ、ダンタリオン、パイロットは全員野郎。
集まったメンバーを見てノラリスが一言。
「これまた凄いのが集まったな」
「褒めるな、何も出ないぞ」
ノラリスはモンローを無視し、離水シークエンスに入った。バラストに溜め込んだ水を盛大に放出し、エンジンを起動をすれば後はもうマリーンばいば〜い!である。
国王とは簡単な打ち合わせをしている、バラストタンクの水を放出したと同時に、音楽隊の演奏が始まるのだ。
それがお互いにとってお別れの挨拶である。
噴き上げられた水が飛沫に変わり、ノウティリスを囲うように大きな虹ができた。輝くように飛沫が舞い、その飛沫が桟橋にまで届く。
音楽隊が奏でるメロディーもその飛沫と一緒に空へ上がる。音が重なり厚みを増し、けれど軽やかに、ノウティリスの門出を祝うように。
この時点で既にナディは涙を流していた、本音を言えばノラリスと地球を旅するのも面白そうではあったけれど、王になると決めた以上その責務は果たさなければならなかった。
主人が涙する所を見て、ノラリスもようやくその事実に気付いた。
《ナディ、今日が最後の別れではない。次はいつになるか…もしかしたらうんと長い年月がかかるかもしれないが、ここに戻って来る》
《うん、いつでも戻って来て、ここはあなたの家だから、私たちが守ってるから》
バラスト水を全て放出し終え、ノウティリスが離水した。音楽隊のメロディーもより一層厚みを増していく。
離水と同時に市民たちが手にしていたピンク色の風船が放たれた。いつかのナノマシンの雲を思わせる風景が蘇り、その中をノウティリスが上昇していく。
開け放たれたマリーンの天井を飛び越え、ノウティリスが地球の大空へ向けて出発した。
出発してもメロディーは止まず、いつまでもいつまでも演奏が続けられた。王の泣き声を掻き消すように。
グガランナ・ガーディアンはそんな人が織りなす光景を万感の思いで眺めていた。
海盆に咲いたベントスのように、そこには人々の想いが群生し、どこまでも広がっていた。
彼女はその光景をとても美しいと思った。
あとがき
本作I.O.W編は、2005年に放映されたBONES制作アニメ『交響詩編エウレカセブン』をイメージして書き上げました。
コーラリアンという未知の生命体からL.F.Oという人型搭乗ロボットを作り、トラパーという粒子が流れる大空をボードで駆け巡る、そんなSFロボットアニメです。
本アニメの主人公であるレントン・サーストンは祖父の元で過ごしながら自身の将来や境遇に悩み、いつかはホランド・ノヴァクのようなイカしたリフをしたいと夢見る少年です。
その少年の元へ、ニルヴァーシュと共にエウレカが現れ、そこから本アニメの物語が始まります。
レントンが憧れていたホランドは、ゲッコーステイトと呼ばれる天才リフ集団のメンバーでありリーダーでもある人物です。レントンもメンバー入りを果たすのですが、抱いていた理想と現実のギャップを目の当たりにしてショックを受け、ホランドと何度も喧嘩をするようになります。
また、出会った時に一目惚れしたエウレカには三人の子供(実子ではありません)がいて、その事にもショックを受け──と、レントンは様々な壁にぶつかり葛藤し、そしてトラパーの波に乗りながら乗り越え、成長していくのです。
共に愛し合うも子供をなすことができないビームス夫妻の話や、ニルヴァーシュと同型機に搭乗するアネモネ、その少女を管理し近くで見守るドミニクの話など、見所が沢山あります。
そんな人間味に溢れたSFアニメをオマージュしようと決意したきっかけになったのが、本アニメを五〇話に渡って飾った各OP曲、ED曲です。
FLOW『DAYS』、高田梢枝『秘密基地』、HOME MADE 家族『少年ハート』、伊沢麻末『Fly Away』、ビバッチェ『太陽の真ん中へ』、HALCALI『Tip Taps Tip』、ニルギリス『sakura』、canvas『COOLON』
そして、とくに鮮烈なイメージが湧いたのが劇中曲、スーパーカー『STORYWRITER』です。この曲を聴いて本作TRACK40『星に願いを』の場面が頭に浮かび、このTRACKを書くために2.5章が誕生したと言っても過言ではありません。それぐらいに良い曲です、今でも聴いてます、はい。
2章から2.5章にかけて、『義務』という他人が勝手に作ったルールに縛られ、自分がやりたい事を見失っている主人公が、最後の最後には自分で選んだ道を進んで行く、そんな話を書きました。
まあ、主人公の名前が同じサーストンですし、ロボットが波乗りしてますし、なんならゲッコウ・ステイトとタイトルにもしましたし、あちこちにエウレカセブンをオマージュしてます感は出していました。
本アニメにご興味がありましたら是非視聴してみてください、とても面白いです、初めて視聴してから二〇年近く経ちましたが今でも覚えています。
続きます、ナディたちの物語は完結しましたがテンペスト・シリンダーは続きます。
次回で最後です、はい、長くなってすみません。
最終章『アミール』の連載開始時期はまだ未定ですが、それまでにBONUS TRACKとしてナディたちの幕間をアップするつもりです、その際に改めてアナウンスしようと思います。年内には開始すると思います。
以上があとがきとなります。
ここまでお付き合いくださり心から感謝申し上げます、読まれた皆様方が一人でも多く面白いと思っていただけるよう精進していく所存です。
最後に、大変僭越ながら申し上げますが、交響詩編エウレカセブンを世に送り出してくれたBONSEへ、心から感謝申し上げます。本作はエウレカセブンがあったからこそ生まれた作品です。