TRACK 41
リブレアンワールディリア・3
セブンス・マザーから数ヶ月が経ち、ライラ・サーストンが戻った世界に秋が訪れていた。
真夏の太陽は「もう十分照らしたで」と勢いを衰えさせ、代わりに大地に実りをもたらす柔らかな光りを投げかけていた。
ヴァルキュリア本土は黄金色に染まり、またラフトポートの円卓街で栽培が開始された畑も初めての収穫を迎えていた。
あなたはそんな変貌を遂げたラフトポートの街を今日までずっと、飽きることなく眺め続けていた。
「ふふっ…」
あなたの目はライラ・サーストンばかり追いかけている、自分の事を娘だと言ってくれた人のことを、湖に映ったその人は今日も満面の笑みを湛えていた。
嬉しい、あなたはそう思った。誰かの手助けをすることができ、かつそれが叶ったのだ、とても嬉しいことだ。
──たとえこの世界が消え行こうとも、いずれ自分が消え行こうとも、その恐怖と共にあなたの胸の内には沢山の喜びがあり、少しばかりの後悔もあった。
幸福と不幸を切り分けることは不可能だ、生と死も切り分けることは不可能である、あなたはその事を学ぶことができた。
ライラ・サーストンとのコミュニケーションで学べたのだ、愛する人がいるから悲しみ、愛する人と会えないからこの世界を牢獄だと言ってみせた。
「──ああまた…ほんとに懲りないな〜」
ラフトポートの円卓街にアラートが響き渡った、ナディ・サーストンと共にいたライラが緊張した面持ちになり、とりあえず恋人の白いメッシュが入った前髪を払い、キスをしてから共に走り出していた。
二人が向かった先はラフトポートの軍港である、この数ヶ月で拡張されて何倍にも大きくなり、一隻の黒い船と無数の小さな船があった。
円卓街のコンクリートエレベーターに二人が乗り込み海上へ降りる、そこには昔ながらのイカダの街があり、その中を二人は他の仲間たちと合流して走り抜けた。
やがて軍港に到着し、ライラたちは黒い船に乗り込んだ。アラートは外敵の侵入を報せるものだ、そして外敵は限って天井の穴からやって来る。
「今日は…へえ〜一個中隊か…割と本気っぽい…」
あなたは湖の水面をタップして視点を切り替えた。ほんとこの湖便利。切り替わった視点は天井を映し出しており、広がった穴から六隻の船が降りてきた。
ヴァルヴエンドの派遣部隊である、今日も懲りずにやって来た。航空艦から計六〇機の人型機が出動し、ライラたちがいるラフトポートへ侵攻を開始していた。
「今日はどれくらいもつのかな…あっそり終わりそう」
ヴァルヴエンドの部隊に対してライラたちの船は一隻のみ、けれど今日までこのマリーンを守り続けていた。
ラフトポートの軍港から黒い船が出航し、出航したかと思えば海の上から垂直離陸を開始した。
「いつ見ても圧巻。こっちの方が格好良い」
海水を辺りにぶち撒けながら薄い桃色の空へ昇り、進路を天井へと向けた。
マリーンの空はあなたがいる世界と同じように、薄い桃色をしていた。空中に散布されたナノマシンが花弁を開き、空を桃色に変えていたのだ。
その空の中を黒い航空艦が進み、やがて一個小隊が出動した。
機体数は五、足に一対の羽を生やした二機、スキーボードを装着した一機、普通に空を飛ぶ二機の編成である。
六〇対五である、どう見ても黒い船が不利に見える。けれど、今日まで負け知らずの部隊だ。
ヴァルヴエンドの部隊とラフトポートの部隊が空で邂逅し、束の間睨み合いが続けられた。互いに手を出さず相手の様子を窺っている、この時決してナディが乗る機体は攻撃をしなかった。
そして、決まってこの睨み合いを破るのはヴァルヴエンドの部隊だった。
「あちゃ〜…だから先に攻撃するのは母艦なんだって…勝てっこないよ」
ヴァルヴエンドの機体がノラリスへ向かって発砲した。ノラリスは一対の羽を足元に展開し、ナノマシンの波に乗った。赤い飛沫を上げながら華麗に波を捌き、外敵たちを翻弄する。
ナディは攻撃してきた敵を容赦しない、決して見逃さず、何処までも追いかけ必ず墜とす。
ノラリスが赤い飛沫をジグザグに刻みながら敵機が放ったミサイルの群れをいなし、発砲してきた機体へブーメランを投げ付けた。ヒット、ノラリスへ発砲した機体が空の中で散り、もうこの時には部隊の足並みが乱れていた。
その隙を突くようにして他の機体が攻撃を開始し、ヴァルヴエンドの機体数が三分の二になった時、早々に撤退を開始していた。
「それ見たことか。逃げられるものなら逃げてみろ、撃ったあなたたちが悪い」
撤退を開始してもノラリスは下がらず、発砲してきた機体を墜としにかかった。追撃し、追いかけ、次から次へと空の藻屑へ変えていく。一見すると残酷にも思え、ハッピートリガーにも見えるがその実は異なる。
ナディは過去の過ちから学び、もう二度傍にいる人を失わないよう、攻撃を行なった敵を倒すようにしているのだ。だから撃った方が悪い、撃たなければナディは攻撃しなかった。
ノラリスの追撃によりさらにヴァルヴエンド側の機体数が減り、母艦へ逃げた後、マリーンから去って行った。
「は〜私もいつか波に乗ってみたい…お?」
あなたの言葉に反応し、ちっぽけな湖に波が生まれた。ありえんてぃ。でもあなたはサーフボードを呼び出してその波に乗ってみた。
失敗した、上手く乗れない、けれどあなたは夢中になって波乗りの練習を続けた。
十分に堪能し、波乗りに疲れてずぶ濡れになったあなたは湖の傍で仰向けになって寝転んだ。心地良い疲労が全身を覆い、安らかな眠気が押し寄せてきた。
(ああ…私も…)
壊れ行く空を眺めながら、あなたは眠りについた。
うにょっと目が覚める。
「お腹空いた…」
横向きになっていたあなたの目の前にいつもの選択肢が現れる。
→エビフライを食べる。
→エビフライを食べる。
→エビフライを食べる。
思わずエビフライを食べたくなったが、あなたはライラに言われた事を思い出し、選択肢を選ばなかった。
──野菜も食べろ。
「んむ〜…」
あなたは嫌々ながら野菜を食べようと思い、そして湖のすぐ傍にぽぽん!と出現した。
「え…なんで全部フライされてるの…」
野菜のオードブルである、キャベツもレタスもにんじんも玉ねぎもブロッコリーも全部フライされていた。結局高カロリー。
けれどまあ良いかと、あなたはもそもそと野菜フライを口に運び、ゆっくりとはむはむする。
そこへ彼女が現れた、数ヶ月ぶりにあなたの前に姿を現した。
彼女は「久しぶり」とも「元気だった?」とも言わず、「あんた何食べてんの?」だった。
「野菜食べてる」
「全部オイル塗れ…体に良いのか悪いのか…マヨネーズと合いそう」
彼女がそう言うもんだからあなたはマヨネーズを呼び出し、ブロッコリーフライにたっぷりとかけて口にしてみた。
「どう?」
「〜〜〜」
あなたは彼女にサムズアップを返した、とても美味しい、これはこれでイケる。
彼女も一緒になって野菜フライオードブルを平らげ、何しに来たのかとあなたは訊ねた。
あなたにはもう選択肢は必要無かった、訊きたい事を口にし、知りたい事を口にし、与えられた物以外を選ぶことを学んだ。
「この湖に用事があってね、ヴァルヴエンドについて調べたかったの」
「え〜でも私円卓街の皆んなを見たい」
「駄目」
「え〜…調べてどうするの?」
「どうもしないけど…単なる興味本位?あなたと一緒よ」
「ここってもうすぐ壊れるんだよね?そんな事してて良いの?」
「あなたがそれを言うの?」
彼女があなたの頭を叩いてきた。痛い。
「痛っ…もう何するの」
「あなたがナディって人にあんなメッセージを送らなければこんな事にはならなかったのに。ほんとあれから大変だったんだから、あなた自分で自分の首を締めているのよ?」
「だって…あの人が可哀想だったから…それに、私のこと子供みたいだって言ってくれたし…」
「なにい〜?!私ですらお母さんに言われたことないのに〜!贅沢者め!」
また叩かれた。
「痛い!──あなたが私を産んだくせに!その言い草はなんだ!」
あなたは生まれて初めて人に手をあげた。ペチン!と彼女の頭を叩く。叩くと自分の手のひらも痛むことを初めて知った。
「叩きやがった!この〜〜〜!」
それから湖の傍で熱い白兵戦が行なわれ、両者引き分けで終了となった。
あなたは初めて他人と喧嘩をし、体中が痛み、けれど不思議と心が軽くなっていることを感じた。
「ねえ…私…」あなたは思っていた事を素直に口にした。
「このまま消えたくない、あの人の傍にいたい」
「駄目」
「そっか…そうだよね…」
「このままってのは無理だけど、傍にいられる方法ならある」
「──え、そうなの…?」
「うん、その為にあっちこっち奔走して来たんだから」
「それはどんな方法なの?」
彼女が答えた。
「それは秘密、トップシークレット」
あなたはまた彼女の頭を叩き、第二回戦を始めた。
◇
「ここまで手こずる相手は初めてだよ…良くもまあ…あんなに汚れた空で戦えるものだ」
「あんたの心が汚れてるのよ」
「うんうん」
第二回戦も引き分けに終わったあなたは、彼女と一緒に湖の前で寝そべり、ヴァルヴエンドの人たちを眺めていた。
湖に映し出されているのは今し方撤退した航空艦の艦長を務める男性だ。艦長席に座り自分の目を手のひらで覆って何度も被りを振っている。
あなたは彼女が呼び出したポテトチップに口を付けながら続きを眺めた。うすしお美味い。
「ここまで手こずったのはいつ以来か…ああ、北欧のデビラリティ発生の時か…」
艦長の傍らには一人の男性が付いており、その男性が「第一次の鎮圧作戦です」と言った。
「あの時もオーディンが我々を外敵と見做して激しく抵抗したのだったな、人とマキナが手を組み次から次へと戦場に兵器を投入して…」
「艦長はその際、武勲を上げられたと耳にしています」
「私ではない、ただ指揮を取っていただけだ。ここもこれ以上難航するようであれば出動要請が下るだろう」
「そうなれば第三テンペスト・シリンダーも…」
「北欧方面第二テンペスト・シリンダーと同様だ、そうなってしまえば後始末に数十年とかかる、だからお上の連中は私たちに任せてくるんだ」
「──所詮は人材と資金ですか…」
「そうだ、ディヴァレッサーを出すぐらいなら我々を行かせた方が安く済む。組織の判断はそういう安っぽいものだよ、君も昇進したいのなら覚えておきたまえ」
「はい」
航空艦のブリッジでそう話す二人の男性、一人は年老いておりもう一人はまだまだ若い、あなたと同じくらいの年齢かもしれない。
彼らに限らず、ヴァルヴエンドの航空艦を所有する軍の部隊は各地のテンペスト・シリンダーで発生した事案に対し、星管連盟から要請を受諾しこれの解決を主な任務としていた。
北欧方面の第二テンペスト・シリンダーで発生した技術的逸脱点は、当プログラム・ガイアが秘匿事項に関する情報を人類に開示したことに端を発する。これにより技術のみならず、法体制、組織体制、道徳、論理体系にも逸脱が発生し、ヴァルヴエンドはこれを事案と認定し介入を行なった──と、湖にテキストが表示されたのであなたと彼女はふむふむと読んだ。
「どうして開示したのかしらね」
「皆んなの為に…とか?」
「ヴァルヴエンドに恨みがあったのかも。こうも一方的な介入をしてくる奴らなんてろくでもないでしょ、ノラリスみたいに事前に連絡するならまだしも」
「まだ船は返してないの?そろそろ怒られるよ」
「返してって言ってこないからまだ返してない」
「いやそれ向こうが待ってるだけじゃ…」
ヴァルヴエンドの人たちを見飽きたあなたは彼女とそう話す、すると声をかける人たちが現れた。
「やっはろ〜」
「こんな所にいたんですね」
「あ〜こっち来ちゃった感じ?」
一人は女の子、もう一人は男の子である。
あなたは二人に「初めまして」と挨拶をした。
「え〜何この子〜めっちゃ素直〜」
「初めまして。あなたもこの人にこき使われた系ですか?」
「え、え〜裏切った系…?」
マギリとテッドである、二人もレガトゥムへ戻って来たのだ。
二人もあなたたちと合流し、それからお喋りタイムになった。
「何やったの?」
「え、ここにいるよって向こうの人に教えてあげたの」
「ガチ?道理でノラリスに捕まるわけだよ」
「あんたが余計な事しなければ…ぐぬぬぬ」
「いやいや、どのみち僕たちは用済みになって消えていたんですよね、それなら彼女は僕たちの命の恩人ですよ」
「え?そうなの?」
「ガイア・サーバーと同化した後はオンラインの海へこの世界を解き放つつもりでいたんですよ、彼女は」
「うん邪魔だから。でももう無理かな、だから違う方法でリリースする」
「また何か企んでる…」
「それよりティダは?あいつ全然見かけないんだけど」
「分かんない」
「分かりません」
「み、湖にも映らない…」
「く〜何やってるんだか…で?あんたたちはどうするの?」
「私とテッドはここにいるよ、向こうに居ててもしょうがないし。暫くの間よろしくね〜」
「あ、うん、よろしく」
「僕もよろしくお願いしますね」
あなたはマギリから差し出された手を握った。
壊れ行く世界で初めて友達が出来た。あなたは嬉しくなり、にひっと微笑んだ。
──それだけに止まらず、さらに嬉しい事が起こった。
あなたが持っていた携帯に一通のメッセージが届いたのだ。
ライラ:ほら、これがナディよ!その目にとくと焼き付けろ!
ライラ:[画像]
(もう知ってるよ〜にひひっ)