TRACK 37
マリーン・パレード
マキナを束ねる彼は今、教会に身を寄せていた。
ドゥクス・コンキリオ(マキナ前六〇歳)、生まれて初めて祈りを捧げていた。
「星人様はあなたの事をいつでも見守っておられます、ですから安心なさい…」
(いやすぐ隣にいるんだが…)
「Zzz…」
「Zzz…」
(グガランナ!何でお前まで眠って──)
教壇に立ち、説法をしていた女性が「おっほん」と咳をしてドゥクスへ注意を促した。
「──よろしいですか、星人様のお恵みは天からの捧げ物ではございません、泥の中で育まれる花の蕾のような物なのです。ですから──」
(それは蓮という植物の事だ馬鹿たれが、この私に偉そうに説法しやがってからに、私がその文章を考えたんだぞ!)
彼は今、自分が一から作った教会の中で自分が一から考えた聖典を他人の口から聞かされていた。
早く終われ、早く終われ!と念じながらドゥクスはぐっと辛抱し続けていた。
◇
「は〜葉巻が吸いたい…この際だから紙煙草でも電子煙草でもいいから吸いたい…」
新都から南に下った所には、ちょこんと海から突き出た山の頂上があった。山、というよりは丘に近い。その山と丘の中間ぐらいの山は浸水を免れ、威神教会がそこに新しい教会を建てて総本山として再起を遂げ、身寄りの無い人たちを招いていた。
その中にマキナの司令官がいた、だって行く所が無いし、ヘイムスクリングラと敵対してしまったのでヴァルキュリア本土にも行けない、だから彼はここを選んでいた。
「ほんと贅沢は人の為にならん…ウルフラグで株を扱っていたあの頃が前世に思えてくる──最後は失敗したんだったな…ほんとろくな事がないな現実世界」
さっきの女性に教会の入り口前の掃除を命ぜられ、箒でさっさっと枯れ葉を払っていた彼の元へ、付き人を伴ったリゼラが現れた。
「………」
「………」
彼女はこの世の全てに興味が無いように、誰と目を合わせても反応を向けず、それはドゥクスも例外ではなく、だからどうして良いのか分からなかった彼はとりあえずぺこりとお辞儀をした。
付き人と共に教会へ入り、それと入れ替わるようにしてグガランナとプログラム・ガイアが中から出てきた。
「ガイア、今日も暇なので海辺へ行きましょうか」
「…………」※こくりと頷く。
「…………」
「…………」
他人行儀のようにぺこりとお辞儀をしてさっさと去ろうとしていたグガランナの首根っこをドゥクスがむんずと捕まえた。
「──ああ!もうほんとここの人たちは暴力ばっかり!」
「色々と言いたい事があるが何でお前がそう優雅に過ごしているんだ!それが一番気に食わない!」
「あなたは宿無し職無しの乞食でしょうに!このご時世ご飯と寝床を提供してくれるだけありがたいと思いなさいな!」
ドゥクスがその場で膝を付いた。
「何だって私がこんな目に遭わねばならんのだ…誰がこのマリーンをここまで大きくしたと…」
グガランナは乱れた衣服を正し(プログラム・ガイアはさっさと海辺へ向かった)、面倒臭そうには〜と溜め息を吐いてから、
「常々私はあなたと敵対しないようにと祈っておりましたが、まさか…人の身になって教会に住み込みで働くとは夢にも思いませんでしたよ」
「ぐぬう〜…」
「人もマキナも得てして、山あり谷ありの日々を過ごすものなのですね。これを機に心を入れ替えなさいな「お前が言うな!お前の愚行は耳にしておるのだぞ!「だからこうして私も教会に身を置いているのですよ?「だから何でそう偉そうなんだ!」
ドゥクスが復帰し、立ち上がって膝に付いた砂をぱんぱんと払った。
「──それで、向こうの調べは付いたのか?」
「ええ、新都の人たちから教えていただきましたが、ジュヴキャッチの街は今や大盛況らしいですよ。ティアマトが製造した子機が空を飛び交い、ウルフラグの携帯電話までもがカウネナナイの人々に流通し始めて飛躍的に発展を遂げているそうです」
「それは良い事だ。私が聞きたいのはそっちではない」
「分かっています、ガングニールとダンタリオンの事でしょう、新都にまで版図を広げてきたラハムを捕まえて密偵させているところです」
「それは密偵と言えるのか?」
ドゥクスは掃除する気分ではなくなったので手にしていた箒をぽいと投げ、グガランナと共に教会前の道を歩き始めた。
「何でも、今のラハムたちは労働組合に所属しているらしくて経験や知識の同期が任意になったそうです」
「何だって?」
「ラハムズ・ユニオンという組織が個の尊重というルールを設け、強制同期という昔ながらのクソみたいな掟からラハムたちを解放したそうです」
「は〜…煎ずる所は我々と同じになったと──ところで口が悪いな」
「まあですから、依頼をしたラハムが同期さえしなければ密偵している事は露呈しないという事です」
「ドローンも末だな」
「あなたがそれを言いますか。──というか!あなたが自分で蒔いた種でしょうに!どうするのですか?このままあの街が発展し続けたらいずれヴァルヴエンドから派遣された者たちの目にも止まる事になるのですよ?」
「だから早く手を打たねばならぬと言っているがこの空腹と喉の乾きだけはどうにもならん!だからこうしてやりたくもない掃除をやって貧しい食事にありついているんだ!」
「それ、教会に失礼ですよ」
「お前はどっちの味方なんだ」
ドゥクスたちが道を歩き、周囲をぐるりと囲う海辺に付いた。海辺と言っても砂浜はもちろんなく、建てられた教会の向こう側にまで続く桟橋がぐるりと囲っているだけだ。その上をプログラム・ガイアとアリクイの赤ちゃんが走り回っていた。
長閑、と言える光景だった。
「──あれはどうなっている?」
プログラム・ガイアの事だ。彼も彼女が一言も話さなくなった事は耳にしている。
「分かりません、ですが私には反応を示すようでして…まあ、黙っていれば可愛らしい子供なので──」そこでさっ!と、遠くにいるはずのプログラム・ガイアがグガランナの方を向いたので、二人はびく!っとした。
「ま、まあ、とにかく、プログラム・ガイアの現状についても調査を進めているところです」
「何か分かった事は?」
ドゥクスたちは桟橋へ続く階段を下り始めた。なだらかな坂に沿うよう花々が植えられ、ささやかながらも憩いの空気に満ちていた。
「五年前、ウルフラグからカウネナナイへあの生命体が渡る直前に、プログラム・ガイアは自身をリブート処置しています」
「──自殺したという事か?」
「諸々と不審な点はありますが、有り体に言ってそうですね。プログラム・ガイアは深層レイヤーへの侵入を防ぐ為、自殺してその道を閉ざした事になります」
「信じられない…」
「不審な点があると言ったでしょう、まだ調査中です。バベルはあの時の事故をエレクトロ・インパクトと名付けていますが、その実異なっています。──エレクトロ・イントルージョン、電子的大侵入です」
「破壊ではなく同化が目的だったという事か」
生き残った陸地を囲うようにして設けられた桟橋は、海水がすれすれまで上昇した事によりひたひたになっていた。ホワイトウォールに穴が空いた影響である、プログラム・ガイアとアリクイの赤ちゃんは桟橋の上に溜まった海水を蹴り上げるようにきゃっきゃっと遊んでいた。
「おそらくはそうでしょう、だからポセイドンが電力供給ラインを回復させたと同時にサーバーも立ち上がり、この五年間仮想展開型風景も機能していたのです。──私が知っているのはこれくらいでしょうか」
「なら…あのノウティリスという船も何かしら関わっているのだろうか──何かね」
先程まですらすら〜っと語っていたグガランナがドゥクスへ胡乱気な瞳を投げかけていた、端的に言ってめんどくさそうにしていた。
「ほんと…男の人って外で何をしているのか全く分からないし、分かったかと思えばただの面倒事だし…熟年離婚する人たちってきっとこんな感じなんでしょうね「例えが生々し過ぎる」
カウネナナイの空でもすっかりお馴染みとなったラハムがぴゅ〜っと二人の元へやって来た。やって来るなり「お主も悪よのう〜」とラハムが言ってきた。
「何だ今の挨拶は」
「知りません、マイトレンドなのでしょう。──それでラハム、向こうの状況は?」
「はい〜ガングニールとダンタリオンは、誰がラフトポートのマスコットキャラに適しているか選手権!に参加しています〜」
「………」
「………」
「ちなみにラハムたちもエントリーしましたが予選敗退でした〜」ちくしょうめえ!とラハムが叫ぶ。
予想以上に予想外な事をしていたラフトポートの住民たちの行ないに、またドゥクスが膝を折った。
「…本当に自分たちが何をしているのか分かっておるのかああん?自ら目立つ行為をするなど…信じられん!」
「ラハム、ダンタリオンはドゥクスが射殺したはずでは?」
「え、普通にしていましたよ」
「と、いう事は…」その続きをドゥクスが継いだ、「我々と同様にマテリアル・コアを換装した、という事だ。クジラの電脳にメンタル・コアを保存し、ハフアモアを使ってマテリアル・コアを再現している。──どうしようもない」
「ラハム、ノウティリスはどうしていますか?」
「別料金です〜」
「何だって?」
「何だって?」
「ラハムはそのお二人を調べるようにとしか承っておりません〜なのでそのノウなんとかは別──あ!別シルキーですね失礼しました「そういう事ではないのよ」
グガランナは即座にラハムとの契約を切った。料金として支払ったハフアモアは返ってこなかった。
*
新都の兵士たちの詰め所、そこには『無気力』という名の空気が蔓延していた。
「やってらんね」
「あっちは良いよな〜…街の人から聞いたか?」
「聞いた聞いた」足を組んで椅子に座っている兵士がぎこぎこと揺らしながら、
「ケータイっていうやつがあるんだろ、いつでもどこでも連絡が取れて、しかもえっちな絵が見放題だってな」
「ガチかよ」
「しかもタダ「ガチかよ!」
「俺たちゃ女に手を出すのも一苦労だってのに…そういやあいつは?侍女と上手くいってんの?」
「聞いてないのかよ、フラれたらしいぞ「うわ可哀想「それでもうここにはいられないって向こうに渡ったよ「そりゃそうなるわな」ただの密航である。
「あっちは楽しそうでいいよな〜」
「何で俺たちはこんな所で…もういい加減ここも限界なんだからあっちに移りゃいいのに…」
彼らの詰め所には元々五人の兵士がいた、けれど今は二人だけ、残りの三人は行方知れずである。
「あの赤い死神から生き残ったかと思えば、今度はポートに侵攻を仕掛けて…」
「それで返り討ちの蜻蛉返り。お上は士気って言葉を知らんのか」
「知らないからこんな無茶な事ばっかり言うんだろ、あいつらの頭にあるのは足元の人間の事じゃなくて達成不可能な理想だけだよ」
ぐだぐだぐだぐだと愚痴を言っている二人の元へ街の人がやって来た。食糧が乏しくなって皆ひもじい思いをしており、皆揃いも揃って痩せ細っているが、その街の人の目はギラギラと輝いていた。
「──ちょっと!暇してるんなら手伝いな!」
「──え?なに?これでも仕事中なんだけど」
「海に浮いている小さい玉ころ集めているんだよ!それがあったら向こうの食べ物と交換してくれるんだってさ!あんたらだってたまには美味いもん食いたいだろ!」
そのおばちゃんの手には既に小さな玉ころがあった。
「いやでもな〜」
「食いもんだけじゃない、あんたらが好きな物と交換してくれるよ!「行く!「行く行く!」
兵士たちは詰め所をほったらかしにし、おばちゃんの跡に付いて行った。
新都の人たちはハフアモアのコピー能力に頼らず、自前で食べ物を用意していた事からハフアモアが沢山余っていた、というか誰も手を付けていなかった。その為、新都近海にはわっさわっさとハフアモアが大量に浮いており、新企業RAHAZONはここに新しい市場として目を付けやって来たのだ。
新都の街にもちらほらとラハムが飛んでいる、ラフトポートから持って来た物品を運んだり、依頼を受けてばびゅん!と飛んでいったり、ここでも忙しく働いていた。
おばちゃんに連れられてやって来た兵士二人の元にもラハムが一体降りてきた。
「どうも〜!ラハムです〜!」
「おお!喋るドローンってガチだったのか!」
「常識ですよ?」
「な、なあ!ケータイってやつも貰えるのか?」
「ケータイでしたら…」これこれいくらです、とラハムが数を提示した。
「──これならすぐに集まるじゃないか!買った!」
「前払いです〜輸送中の故障、盗難などは全てRAHAZONが保証致しますので少しお高めになっています〜」
「わ、分かった!集めてくりゃいいんだな?!──ほら行くぞ!」
「あ!ラハムたちは皆んなラハムなので数が集まったら適当なラハムに声をかけてください〜」
兵士二人はおばちゃんと共に海へぴゅ〜っと走りハフアモアを集め、付近にいたラハムへ渡した。
ケータイが届いたのはたったの一時間後だった。
「お、お〜…こ、これがケータイ…」
「どうやって使うんだ…?あ、これが使い方の紙か…」
「本体横のボタン…ってこれか、長押しして…付いた!」
「初期設定…え、なに?パスワード?ただの端末なのに?めんどくさ──いやでもえっちの絵のためにも…」
そこへバン!と扉を開けて彼らの上官が詰め所に入って来た。
「貴様ら!!今は任務中だぞ!!一体何をやって──「うるせえんだよ静かにしろ!!「──っ?!?!」
ケータイをゲットした兵士たちはもう必死になって初期設定を済ませ、それはもう必死になってネットに慣れようとしていた。
突然の激怒に上官は、
(昔であればすぐにクビにできたものを…今となっては人も減っておいそれと注意もできん…これも時代の変遷か…)
上官は思うように注意もできず、時代の流れを染み染みと噛み締めながらひっそりと詰め所を後にしていた。
──とまあ、こんな感じでラフトポートの勢いは新都の街にも伝播し、ラハムの市場開拓という名のイントルージョンが市民の心を奪っていた。
新都の人たちは「こんな所におっても腹いっぱいご飯食べられへんやん」と強い諦観を持っていた事もあり、ラハムたちはさぞ救世主に見えたことだろう。海に浮かぶ真珠みたいな玉を渡すだけでご飯が貰えるのだから、そりゃ機星教軍の話など耳を傾けるはずもない。
『命』を前にして、『旧体制のルール』なぞもはや風前の灯火だった。
*
「良いか諸君!決して粗相の無いように!」
「うい〜!」
「うい〜!」
「スポッ!」
「これから会う御人はラハムズ・ユニオンを大きく発展する上で重要な人物である!」ちなみに三体のラハムたちに話をしているのはスーパーラハムである。
「カウネナナイで一番の開発力を持ち、かつ生産工場を有しているのは今から向かうヴァルキュリア本土のみ!」
「目指せ一番〜!」
「更なる高みへ〜!」
「スポッ!」
「それから同伴者であるフレアさんにも粗相の無いように!怒らせたら怖いから!」
「あ!フレアさ〜ん!」
「組合長が陰口叩いてます〜!」
「投稿投稿投稿投稿〜!」
ラハムズ・ユニオンの遠征メンバー並びにフレアは今、ヘイムスクリングラの船内にいた。
向かう場所はスーパーラハムも言ったようにヴァルキュリア本土、そして会う御人とはセボニャンの事である。
船内通路の端も端、掃除用具がしまわれているロッカー前でコソコソやっていたラハムたち、その一体がフレアを見かけてそう呼びかけた。
「──あ!そんな所にいた!もう何やってるの〜探したんだよ〜そろそろ島に着くから準備しろってモンローさんが言ってたよ〜」
「す、すみませ〜ん!大事な話がありまして〜」
「何の話?」
「組合──」すぱん!「怒らせたら──」すぱん!「スポ──」すぱん!と、スーパーの名を冠するが如く、組合長が三体のラハムを立て続けに叩いて回った。
何も言ってないのに〜!と広報担当のラハムの文句を無視して、「何でもありません!」と組合長が言い切った。
「そ、そう…でも、私に出来ることがあったら何でも言ってね、協力するから」
(神様やんけ〜!)
(神様やんけ〜!)
(神様やんけ〜!)
(バズりの神様〜!)カシャカシャカシャカシャ!
ヴァルキュリア本土に渡ったのはフレアとラハムズ・ユニオンの交渉メンバーのみ、それ以外はラフトポートでタスクを消化中である。
先日の嵐が嘘のように穏やかな海を渡り、ヘイムスクリングラが本土の港に到着した。
桟橋のボラードにぶっとい縄がかけられ強襲揚陸艦が停止する、船との空いた隙間に渡り橋がすい〜っと挟まり道ができた。その上を四体のラハムとフレアが進み、ヴァルキュリア本土に上陸した。
「へ〜!ここがマカナちゃんが言ってた所か〜!──んん〜空気が濃い〜!」
渡り橋の先に人影が三つあった。一人はジャーキー、もう二人はガングニールとダンタリオンである。
ラハムたちもすいすい〜と進み、その跡にフレアが続いた。
フレアたちが出迎えに来てくれた三人の前に立ち、ジャーキーがにかっと微笑んでみせた。
「ようこそ、あんたの噂は耳にしてるよ、何でもスルーズを何の説明も無しに操縦したって?」
「え、ええ〜まあ、あの時は無我夢中だったので良く覚えていないんですけど…」
「カンだけでも動かせりゃ上等さ。私たちがみっちり訓練してやるから覚悟するように!」
ずずん!とガングニールがフレアに大きな手を差し出した。
「よろしく!オレはガングニールだ!」
「おっきな手…」その大きな手に自分の手を重ねながらフレアが訊ねた。
「向こうにもガングニールっていう子がいるんですけど…姉妹ですか?」
「ん?あ〜まあ…そんなカンジかな!コイツと同じ名前の子供もいるんだろ?」
「え、ええ…まあ…」
「何で引き攣り笑顔?」
「い、いえ!──よろしくお願いします!フレアです!」
「うん、よろしくお願いします」と、ダンタリオンが丁寧なお辞儀をしてみせた。
「──で、あんたらが噂のスーパードローンか…」
「はいです〜!この度はお招きいただけましたこと大変感謝しております〜!」
「まあ、本当に招いてもらえるかはセボニャン次第だけどな。私らは繋ぎ役だから後は自分たちだけでがんばんな」
「分かっております〜!」
(ラハムたちはどうしてここまで来たんだろ…理由を訊いても教えてくれないし…)
一通り挨拶を済ませた皆んながぞろぞろとセボニャン室へ向かって行った。
◇
向かいはしたものの、セボニャン室の前でそのセボニャンから入室を許可されたのはガングニールとダンタリオンだけだった。
「何で?」
「さあ〜…」
フレアたちは一旦引き返すことになり、ジャーキーから工場内を見せてもらうことになった。
ガングニールの大きな手が自動扉のボタンを押し、ふんと開く。いつもと変わらない、たまには模様替えしろよと思う室内でセボニャンは目を閉じて車椅子に体を預けていた。
「おい、人のこと呼んでおいて居眠りか?」
「お部屋へ案内しましょうか?」
すうっとセボニャンの目蓋が開き、瞳がチカチカと点滅した後むくりと体を起こした。
「すまない、アプデしていた。──お前さんたちだけだな?」
「見りゃ分かんだろ」
「お話とは何でしょうか」
「ドゥクス・コンキリオの計画について。オペレーションコードはネクスト・チルドレン、この計画にお前さんらが深く関わっているから呼び出した」
「はあ…」
「…また子供を連れて来るのですか?」
すい〜っと車椅子を動かし、セボニャンが壁際に置かれていたデスクの前に移動した。
「いや、もうその必要は無い、金輪際ヴァルキュリアのパイロットを育成することもなければ機体を製造することも無い。最後に作ったスルーズ・ナルーで打ち止め、故にジ・エンドだ」
「そうですか…それは良かったです。戦争中のように身寄りの無い子供たちを引き取ることは賛成でしたけど、攫って来るのはどうかと常々疑問に思っていました」
「じゃあオレらも用済みって事か?」
デスクに置かれていた端末を操作し、セボニャンがガングニールの問いかけを無視ってメインモニターに研究結果の画面を表示させた。
「これを見てほしい。何に見える?」
モニターに表示されたのは、ウィゴーたちが採取してきたホワイトウォールの破片だった。白濁した固形状の物体の中には、宝石のように光っている小さな石のような物があった。
「何って言われてもな…」
「原石…ですか?」
「原石か…簡単な視点で良い、理解もし易い」
「あ?そっちが訊いたんだろうが」
セボニャンが言った。
「──これはお前さんたちだ」
「──はあ?」
「それはどういう…」
「この小さな石のような物は、このテンペスト・シリンダー内に貯蔵されているナノ・ジュエルと呼ばれる万能物質の一部だ。──これがその相関グラフだ」
「見ても分かりません」
「右に同じです」
「全く…」
モニターにパッと表示されたグラフは試料とナノ・ジュエルの原子吸光量、並びに成分分析の結果を示したものだった、見事にぴたりと一致している。
「ホワイトウォールは六色の原石を含有し、ここいらで採取できるノヴァ・ウイルスはまちまちである、オレンジであったりレッドであったり、とな」
「………」
「…ガング、寝ちゃ駄目」
「何故、ナノ・ジュエルの一部がホワイトウォールに含有しているのか、時期とその現象を鑑みた結果、ガイア・サーバーに接触したノヴァウイルスはライアネットに通じていたのではないか、という推察が得られた」
「…おい、オマエが寝るなって言ったんだろ」
「……Zzz」
「ガングニール、それからダンタリオン」
長ったるい話の途中に突然名前を呼ばれたものだから、二人はびくりと肩を震わせた。
「お前さんらはドゥクスと同じマキナではなく、特別独立個体総解決機のオリジナルである。オレンジ、そしてブラウン、他四色は第一、並びに第三テンペスト・シリンダーを監視する個体群のパーソナルカラーであり、故にそれらを管理、あるいは管轄する母体、プログラム、システム、アプリ、あるいはハード、ソフト、何れかの形で存在する物にノヴァウイルスが感染している事を示す。だからノヴァウイルスの集合体がガイア・サーバーに接触した際、ナノ・ジュエルとナノマシンが暴発を起こし、その中にパーソナルカラーを含むナノ・ジュエルの一部が混ざったものと思われる」
セボニャンが言うノヴァウイルスの集合体とは『スーパーノヴァ』の事を差し、それは五年前、ナディが長い眠りにつく直前に見たアレであり、さらに約一〇年前、オリジンのハデスが撃ち抜いた生命体の事も差す。
「──長ったるい話はいいよ〜何が言いたいんだ?」
「自決すればホワイトウォールは消滅する、あれはお前さん方特別個体機が存在するが故に存在している物だ」
「で?」
「それは複製品ではなくお前さんたちオリジナルだ、と言いたい」
「だから?」
「…ラフトポートにいるお前さん方のコピーはどうするかね、と問いたかった」
「話長過ぎんだよ!!」バコン!とガングニールが壁を殴り、穴が空いた。
「工場長…前もお伝えしましたけど、その本題を先延ばしにする話し方は止めてくださいと言いましたよね?」
「すまん…口下手なものでな。お前さんら、自分の正体に気付いておったんだな」
「ったりめえよ、こちとら何年生きていると思ってんだ馬鹿たれが、千年も生きてりゃさすがに気付くわ」
「はい、コンキリオさんがやたらと遠ざけていましたから、ガングと何でだろうねって話したことがあるんです」
「その上で訊ねるが、ラフトポートにいるお前たちのコピーはどう思う?」
「好きにしろ、って感じ」
「是非会ってみたいです、自分の子供みたいな感じですね」
「分かったもう良い。行け」
え〜すげえタンパク〜、と言いながらガングニールたちがセボニャン室を出て行った。
(真実を伝えてもあの反応、乖離が忘却を招いたのかまたその逆か…いずれにせよ、自決は免れん──あ、ネクスト・チルドレンの話をするのを忘れておった。まあいいか)
◇
工場内のトレーニングルームにて、アヤメとナツメは日々の訓練メニューをこなしていた。
アヤメは僧帽筋と呼ばれる背中の筋肉、まあおっぱいの重さから来る肩凝り防止として鍛えていた。
ナツメはおっぱいが無いので背筋ではなく専ら体力作りをしていた、ひたすらランニングマシーンと共に走っている。
アヤメがラットプルダウンを引きながら「ねえ知ってる?」とナツメに話しかけた。
「なん、だ」
「ナディちゃん、引き篭もりなったんだって」
「そう、なの、か」
「これって…チャンス?」
「なん、のだ」
「仲良くなって〜…みたいな?そのまま〜みたいなっ!」ふん!とバーを強く引っ張った。
ナツメは息継ぎの途中で話していたので片言だった。そのナツメがランニングマシンをピッと止め、
「お前、ちょっと乱れ過ぎているんじゃないか?「お前が言うな」
アヤメもバーを戻し、
「そういうナツメだってプエラが引っ付かなくなって随分と遊んでるみたいだね〜モンローさんと良い勝負だって聞きましたよ〜」
「ちゃんとフォローはしている、あんな男と一緒にするな」※既に二人もモンローに口説かれている。
くっだらない話をしている所へジャーキーがフレアを連れてトレーニングルームに入って来た。ここが〜とか、時間外でも〜とか、見学の途中であった。
すぐに食い付く二人。
「ちょ──あの子見なよ!ちょ〜かわ!」
「どことなく見たことあるような…でも髪の色が…しかし美人だな〜」
アヤメもナツメも頭をくっ付け合ってフレアをじろじろと眺めている。
「純粋というか…汚れていないというか…」
「汚したくなるというか…染めたくなるというか…」言っている事が「ピンクの花が咲き乱れる!」と言ったセバスチャンと大して変わらない。
フレアにあれこれと説明していたジャーキーが二人に気付き手招きした。
さっ!とハンターの如く動いたのはナツメだった。
「──何か?」
爽やかかつ頼りがいがあるようにナツメがふっと微笑む。ジャーキーがこいつ気色悪いなと思いながら、
「お前、ここに来て暫く経つだろ?この子に色々と教えてやってくれ」
「喜んで「気色悪「心の声が出ていますよ、教官」
フレアは二人の会話が聞こえていなかったかの如くニコニコと微笑みを湛えているだけだ。そのフレアが「よろしくお願いします!」と元気良く挨拶した。
「君はもしかして…」とナツメが秒でプライベートの事を聞き出した。
「姉妹がいたりする?どこかで見たことあるような気がするんだ」
「はい!姉がいます!」
「マカナの妹だよ」とジャーキーが教えた。
(ガチか!)
「姉をご存知ですか?姉もここで訓練を受けたことがあるそうです!」
「ああ勿論、一緒に訓練を受けていた(※嘘)、君のお姉さんとは仲良くしてもらってたよ(※足を見てただけ)」
「んん?そうだった──」そこへアヤメも輪に加わり、「フレアちゃんって恋人とかいるの?」とジャーキーの疑問を遮断した。
「え!い、いえ、恋人はいません!」
ぽうと頬を染め、真面目にフレアが答えた。
その様子にアヤメもナツメもノックアウト、これは素晴らしい逸材が入ってきたと喜ぶがジャーキーの話しで一気にクールダウンした。
「この子、何の説明も訓練も無しに特個体を動かしたんだと、しかもサーフボード付きのな」
「え…」
「え…」
「鍛え甲斐があるってんでうちで面倒を見ることになったんだよ、セボニャンも一発オーケー出した、普段はそんな事しないんだが…あの爺さんもよほど気になっているらしい」
「そ、そうなのか…」
「そ、そうなんだ…」
「──そうだ、射撃訓練の様子を見せてやってくれ、確か…射撃が上手いのはアヤメだったな」
「え”」
(あ〜良かった射撃が上手じゃなくて)ホッとするナツメ。
期待されている新人の前で自分の能力を見せるものほど緊張するものはない、フレアは期待の眼差しでアヤメをピカ!っと見つめていた、それも怖い。
フレアは太陽の子である、くっだらない下心を持った人間でも遍く照らす。
冷や汗が止まらないアヤメが先を行き、フレアたちが射撃訓練室にやって来た。やって来るなりナツメが小声で「頑張れよ」とエールを送るが余裕が無いアヤメはナツメの横腹を肘でどついた「いや何でだよ!」
「お二人は仲が良いんですか?」というフレアの質問にジャーキーが、
「ああ、あちこちの人と仲良くして次の日には別れているみたいでな〜この二人は人と交わることが好きなんだよ」と、二人のガールミーツガールを暴露した。狭い島である、ジャーキーの耳にも入るのは当然と言えた。
「え?次の日に別れるってどういう──「ま、まあまあ!今はとりあえず射撃訓練だからその話はまた後で…「あ、はい!よろしくお願いします!」
射撃訓練と言っても人が扱う銃器ではなく、特個体の銃器で行なうものだった。だがここは室内である、実際の訓練となれば数キロメートル規模の場所が必要になってくるので拡張現実方式を採用していた。
「あれが特個体の武器…」
フレアはガラス張りになっている向こう側を見下ろした、そこには人の武器の何倍もある特個体用のライフルがアームに支えられて鎮座していた。
「そうだよ、これから君はあの武器で人を撃つんだ。その覚悟はある?」
ジャーキーの鋭い質問にもフレアは何ら迷うことなく「はい!」と明確に答えた。ナツメは「この子こえ〜」とビビり始めていた。
特個体の武器では実寸大、その先は大きく湾曲した壁があり、ヘッドマウントディスプレイを装着した人だけが映像を見ることができる。
アヤメがシートに座り、ディスプレイをかちゃりとセットした、手元には実機と同じ構造をしたコントロールレバーがあり、それをくいくいと動かすとアームに支えられたライフルもくいくいと動いた。
見慣れない光景にフレアが「お〜!」と感嘆し、「ほんとこれだけで終わってくれたら良いのに」とアヤメはまた冷や汗を流した。
期待されている新人の前で今から腕前を披露しなければならない。後日談だが、この時の射撃がパイロット人生の中で最も緊張した瞬間だったという。
訓練内容は静的、動的、実戦、ランダム、日替わりメニューがあり、静的は的当て、動的は的が単調に動く、実戦は名前の通り、ランダムは前三つがランダムに配置され、最後の日替わりメニューは教官が好きなように的の設定をイジれるものだった。
「アヤメが得意なのは──「静的で!!「はいはい、じゃあ頼むわ」
と、言ったところで信用ならない、アヤメからではジャーキーの設定画面が見えないからである。
(静的でお願いします静的でお願いします!今日だけは嘘つかないで!)
ジャーキーやそれ以外の教官たちはこの時平気で嘘を吐く、「動的」と言っておきながら日替わりだったり、「実戦」と言っておきながら日替わりだったり。
アヤメのマウントディスプレイに見慣れた丸十字の的が複数現れた。静的であればこの的は動かない、だが日替わりだった場合、この的がスナイパーのようにスナってくるわイカしたマニューバをかまして回避行動を取るわでろくな事をしてこない、勿論被弾したら訓練失敗である。
アヤメは集中した。
(動く前に墜とせばどうという事は無い!!)
スパパパパパ!と的を撃ち抜き、フレアに何ら解説する暇も無く一瞬で訓練を終えた。
「──良し!どう?!こ、こんな感じだからね!!」
ディスプレイをさっさと外してシートから離れる、結果は全弾命中。
ジャーキーが静かに「ちっ」と舌打ちをしたところを見てアヤメは心底ホっとした。
(やっぱり日替わりだったわこの人!ほんと鬼畜!)
フレアはアヤメのディスプレイと同様の物が表示されているモニターを見やりながら「なんか良く分からないですけど凄かったです!」と拍手していた。
「じゃ、せっかくだから君もやってみようか」
「は、はい!」
アヤメから射撃訓練シートの使い方を学び、おっかなびっくりといった体でフレアが腰を落ち着けた。
手にしたレバーを動かすと連動しているライフルも動く、ふむふむとフレアが具合を確かめ、「い、いけます!」とゴーサインを出した。
「はいよ。じゃあまずは静的からで…」
◇
フレアの工場見学の様子を確かめに来たガングニールとダンタリオンが、射撃訓練室の前で項垂れている二つの人影を発見した。
「ん?」
「あれ、アヤメちゃんとナツメちゃんだね」
アヤメとナツメは壁に背中を預けて座り込み、顔を俯けていた。どんよりとしたオーラをこれでもかと放っている。
「おい、どうしたんだよ、またジャーキーにイジメられたのか?オレが代わりにシメてやるぞ」
声をかけられた二人がぬうっと面を上げ、
「才能ってここまで残酷に人を傷付けるんだな…」とナツメが言い、「やっとの思いで借りたあのマンションに帰りたい…」とアヤメが言った。
「何なんだ?」
「中に入れば分かる…」
それからナツメとアヤメは立ち上がり、死んでもないのにゾンビのようにのろのろと去って行った。
「な、何なんだいったい…」
「とりあえず中に入ろうよ」
ガングニールとダンタリオンが訓練室に入る、そこでは小刻みにアームが動く聞き慣れた音が響き、そしてすぐ異変に気付く。
聞き慣れた?座っているのは新人のフレアではないのか?
ジャーキーはと言えば、口元を手で押さえながら眉間にしわを寄せ、モニターを食いるようにして凝視している。
「おいおいジャーキー、あの子に一体何やらせて──日替わりメニューじゃねえかコレ!初めての子に何やらせてんだよ!」
「見ろ、着弾率が七割を超えている」
「え?ガチ?」
ダンタリオンはシートに座って訓練を受けているフレアを見やる。口を一文字にして集中しているようだ、すぐ隣にダンタリオンが立っていることに気付いていない。
「静的、動的、実戦もランダムもクリアしたから日替わりにしたんだが…この鬼畜設定で七割を超えた奴は初めてだよ。私ですら四割がせいぜいだというのに…」
「え、フレアってバケモノってこと?」
「そうなるな──いやはや…本当に惜しい、パイロットの育成が打ち止めになった直後に来るだなんて…彼女だったら歴代でトップどころか伝説を作れたかもしれなかったのに…」
長年戦乙女のパイロット育成に携わってきた三人は、伝説になれたかもしれない新人の訓練の様子をその後も暫くの間眺め続けていた。
*
「Oh〜NO〜…」と、ラハムが突然、船の上にことりと落ちた。
同伴するようそのラハムに依頼を出していたロザリーはんん?と首を傾げた。
「どうしたんだい?カウネナナイの風が合わなかったのかい?」
ロザリーたちは今、ホワイトウォールのカウネナナイ側出口からラフトポートへ向かって進んでいるところだった。もう間も無く到着する頃合いだ、そんな時にラハムが一人でに落ちたのだ。
「ああ、もしかしてバッテリー切れ?最近の君たちはとかく忙しそうにしているからね〜」
勝手に撃墜したラハムが復帰し、ふよふよと浮き始めた。
「ち、違います…先に渡っていたラハムたちと同期したのですが…あの組合長め〜!一世一代の交渉に失敗しやがりました〜!」
「何か面白い事やってるね君たち、私の仕事は忘れないでおくれよ」
「くぅ〜!ヴァルキュリアの生産拠点を押さえてラハムたちをサポートする新型ドローン爆誕計画が〜!仕事って思ってた以上に大変だから手伝いが欲しいのに〜!」
「シンギュラリティってこういう事を言うのか…ドローンが新たにドローンを作る…」
「見ます?組合長がボコボコにされているところ。Bluetoothでラハムと同期したら見れますよ」
「見たい見たい!船旅はほんと暇との戦いだからね〜」
ビビッと接続し、ロザリーの携帯からラハムアイの動画映像を見てみると『Live』と表示されており、今まさに二体のラハムと一体のラハムが熱いドッグファイトを繰り広げているところだった。
「おお〜!こりゃ見応えあるね〜!このランドセルにバッテリーを付けた個体がまた良い動きを…」
「むむ?!そこじゃない!そこ!いけ〜!組合長をやっつけろ〜!!──ああカウンター?!」
ロザリーと共にいるラハムも熱が入っているのか、シャドウボクシングのように体を動かしながらしゅ!しゅ!とパンチをしている。
防戦一方だった組合長が一体を地面に落とし、「皆んながセボニャンって呼んでたからラハムもセボニャンって呼んだだけなのに〜!それで失礼とか言われても知るか〜!!」とキレていた。
そんなこんなでラハムたちの余興を楽しんだ後、ロザリーが乗っている船がラフトポート近海に到着した。
「これはまた…ホワイトウォールに穴が空いて一月と経っていないのに…」
「全てしゅくて──ジュディスさんの「もう宿敵でいいんじゃないの?」ジュディスさんの計画とラハムたちの労働が成せる技です!」
ジュヴキャッチが大災害の後に作った街は全て木材で出来ていた。海に漂流していた物や海中に沈んでいた木々を伐採し、座礁した母船で乾燥後のハフアモアを使って大量コピーし、それらが街の材料となっていた。
だから建物の高さはせいぜいが二階建て、見張り櫓で最も高い物でも三階建てがやっとだった。
だが、ロザリーが望むラフトポートの街にはビルが建っていた、正確には建設途中のビルである。
さらに、その建設途中の躯体の向こう側にはロケットエンジンのような白くて高い筒状の物も聳え、さらにさらにそれらを囲うようにして、ぐるりと海抜三〇メートルはあろうかというコンクリート性の柱もぽんぽん立っていた。
異様とはまさにこの事である。
「あれを全てマイヤーが…居なくなった総団長の代わりでもしているのかね〜」
「総団長はまだ見つからないんですか?」
「MIAの認定が下りたよ、行方不明になって数週間も経つんだ、生存は絶望視されている」
「そうですか…」
「無理もない、人はいずれ海へ還る。──あるいは連れて行かれてしまったか…」
ロザリーが乗船する船が港に到着した。
◇
「いやはや!海から望む景色も異様だったけど港から見る景色はさらに異様だね!ここは一体何処なんだね?!」
「ハフマンさん〜こっちですよ〜!」
「ああ、今行くよ!」
もう凄いのなんの、見上げるコンクリート性の柱は高く、その影がラフトポートにいくつも立っている。それを踏みながら進んでいるイカダにも改良が加えられ、ロザリーは知る由もないが波による揺れが随分と低減されていた。
縁が鉄製の板で補強された道を歩き、歩きながらもロザリーは上ばかり見ていた。
「何あれ、信号機?嘘でしょ、それにラハムの数といい…あれはランドスーツ──ラハムが操縦しているのか!あんな重たそうな建築素材を軽々と…」
「──ビビっとな!」ラハムはまた同期を行ない、これまでのラフトポートの変遷内容を取得した。
「ラハムたちの渋滞緩和と事故防止の為に、信号ドローンを開発して設置したそうです〜ルールに従わない者は即時本国へ更迭、並びにカウネナナイにおける労働資格の剥奪だそうです〜」
「事故を起こした場合は?」
「当のラハムたちで示談交渉、折り合いがつかない場合はラハムズ・ユニオンの下で調停が行なわれるそうです〜」
「私たち人間と変わらない法体制だね、感心するよ、それは所謂裁判というものだろう」
「そうです〜」
ロザリーたちの真上にちょうど信号ドローンがぷかっており、その手前でラハムたちが列をなして待機していた。
その信号ドローンと交差する向かい側ではラハムたちがかっ飛ばすように進んでおり、中には安全運転を心がけるようにゆっくりと進んでいる個体も存在していた。
「あれ?速度規制はないのかい?そのうち追突事故が起きそうな気もするけど」
「あの遅い個体は精密機器を運んでいるんです〜輸送中の破損は全てそのラハムが保証する決まりなので弁償したくないんでしょう」
「ぶつかったら相手に対する慰謝料と破損した物品の損害賠償、それは確かに慎重にならざるを得ないね」
「損害賠償〜!ラハムたちが今一番恐れている言葉!あわあわ!何の得も無い!」
「嫌なドローンだねほんと…いやでも、人間たちも責任を企業にではなく個人に帰結させていれば、交通事故も防げたかもしれないね〜」
信号が変わり、向かい側を進んでいたラハムたちが停止するのを確認してから、手前にいたラハムたちが順次進み始めていた。皆、輸送している物品は何であれ壊したくないのだ、だから全てのラハムが安全に心掛けていた。
空からポートに視線を移しても、そこでは人による渋滞が起こっていた。どこもかしこも人!人!人!海の上は船!船!船!、沢山の人と船が行き交い、ラフトポートは活気付いていた。
それらの人混みの向こう側、コンクリートの柱が作り出す影の中に一つの建物があった。そこでは、ジュディス率いるウルフラグ側の首脳陣とジュヴキャッチ側首脳陣による会議が連日のように行なわれている所だ。
建物の屋上には二本のポールが立ち、レイヴンのシンボルマークが描かれた旗と、威神教会のシンボルマークが描かれた旗が、互いを認め、そして互いに競い合うようにして風に靡いていた。
行き交う人の波を越えラハムがぴゅ〜と先を行き、「こちらです〜」と案内した。
「さてさて、ではではマイヤーの元へ行こうかね」
カウネナナイ人もウルフラグ人もドローンもランドスーツも関係なく、メインポートはごった返している。
「──お?ここはコンクリートなのか!やはり足元が安定するのは良い、いい加減イカダの揺れにも飽きていたところなんだ」
ちょいとごめんよ〜と言いながら、ロザリーがその人混みを突っ切って行った。
◇
各首脳陣が集まる会議室にて。ここでは日々発生している問題について話し合い、早急な解決策を講じる場となっていた。
つい数週間前までは皆んな胡座をかいていた会議室には椅子と机が置かれ、一人一体ずつのラハムがその机にちょこんと座り、録音兼メモ帳の代わりを務めていた(ウルフラグ側が一括でシルキーをラハムに支払っている)。
大災害を前にして環境が激変することに慣れっこのヴィスタが、早速ウルフラグ側へ苦言を呈していた。
「連日連夜行なわれている建設工事だが、ポートの市民から騒音の苦情が来ている。タイムシフトを組むなり休日を設けるなりして考慮してもらいたい」
ジュディスが解答する。
「今建設を進めているラウンドサークルは、大津波に備えるための高台としての役割があります。ホワイトウォールの崩壊を防ぎ二度目の大災害を回避することはできましたがいつ同じ目に遭うか分かりません。故に焦眉の急であり、建設工事の手を止めることは懸命な判断とは言えません」
肩っ苦しくそれらしい事をつらつらと話すジュディスに対し、ヴィスタは「いやいや」と手を振りながら、
「だから、一日二日でいいから休みを設けてだな、静かな夜を作ってくれたらそれで──「ダメったらダメなの!早くあそこの基礎工事を終わらせて母神組(※ラハムスーツによる建設会社の名前)の人手を他に回したいの!──まだまだ作りたい物が沢山あるの!」
ジュディスがバンバン!と机を叩いて駄々をこねるものだからヴィスタは追撃できず、「わ、分かった…」と引き下がっていた。
次はレセタである。
「このケータイってやつ、年齢制限とか設けられない?小さな子たちも動画に釘付けになって外で遊ばなくなったってお母さんたちが嘆いているの」
「それ、皆んなが通る道です」
「いや知らんけども。確かにこれは便利だけど外に出る機会が減るのは喜ばしくないわ〜」
「それなら撮影大会と称してイベントをしましょう、参加者には何かプレゼントするとか、そんな感じで。イベントの企画はラハムが行ないます「──WHAT?!「写真や動画を投稿して皆んなからイイねを貰うんです」
「それ出る目的変わらなくない?結局はこのねっとってやつが主体よね?「それ、皆んなが通る道です「いやだから知らんて。お母さんたちはケータイを持たずに外で遊んでほしいってだけよ」
ラフトポートの母親代表を務めるが如くそれらしい事を言ったレセタに対してジュディスが、しら〜っとした目をしながら、
「それ、子供が邪魔で家事ができないから外へ追い出したいってだけでは?そりゃケータイ見ながら家の中に居られたら迷惑ですもんね」
「……………」
「それなら親子でケータイを持って記念撮影大会にしましょう、写真は思い出を深めていつでも思い出させてくれます。これは決して悪い事ではないでしょう?」
「──はいはい分かった分かった、そんな感じでお母さんたちを言いくるめておくから。ラハム、頼んだわよ「聞き間違いではなかった!」
とまあ、ジュディスが理路整然とたまに駄々をこねながら会議が進行し、そこへロザリーが入って来た。
「いやはやどうも〜!遠路はるばるやって来たロザリー・ハフマンで〜す!いやあカウネナナイってどういう「空路交通法に関してラハムから進言がありました「呼んでおいてその対応は無いんじゃない?」
ジュディスは自分で呼んでおいてロザリーをガン無視、ラハムたちを取り締まる空路交通法について話し始めた。
「いやほんとに無視なんだけど!「──真下に目的地があるのにわざわざ信号を通って迂回しなければならない事に不満があるそうです。できれば信号の撤廃、もしくは今まで以上に細分化された交通路を設けてほしいそうです。皆さんの意見は?」
ヴィスタが手元にいるラハムの頭を撫でながら「人型サイズであれば…」と怖いことを呟いてから、
「信号の撤廃は駄目だ。この間も、もう絶対に事故は起こさないと言っておきながら民家の上で正面衝突事故を起こし、輸送していた果物をばら撒いた事があっただろう、その回収にえらく難儀した。被害を受けた民家の者から、この果物は慰謝料代わりだ!と言われて結局我々が積荷の弁償を行なったのだぞ?」
「私もヴィスタに賛成。空を飛んで運んでくれるのは助かるけど、事故が起きた時の被害が大き過ぎる。交通路を整理するのは別にいいけど、絶対民家の上には作らないようにして」
「分かりました、その意見を踏まえた上でラハムたちに提案して新しく交通路を整理します。──さて、ここにお招きしたのはロザリー・ハフマンです「え?え?今の話を挟む必要はあったの?いや聞いてて面白かったんだけどさ」
頭を撫でられ半泣きになっていたラハムの頭をもう一度撫でてからヴィスタが席から立った。そして胸に手を当て挨拶をしている。
「あなたの噂はかねがね聞き及んでおります、ロザリー・ハフマン教授。私はここを預かるヴィスタ・マルレーンと申します」
「ご丁寧にどうも。君の妹さんのご不幸は耳にした、大変残念に思う」
「いいえ、それを申し上げるなら、この街をここまで大きくしたレイヴンを率いていた総団長のご不幸も残念に思います。是非一度お会いしてみたかった」
「君は今の街についてどのように考えている?我々ウルフラグは侵略者かな?それとも新しい隣人かな?」
「新しい隣人です。住む環境が良くなっていく事は市民にとっても喜ばしい事と考えています」
「それならば良い、私も君たちに協力すると約束するよ」
と、二人が挨拶を交わしてそれぞれ席に付いた。
ジュディスが口火を切る。
「ハフマンを呼んだ理由は一重にホワイトウォールの調査をより深めるためです、当座の目標は穴をさらに広げで船の往来を安全にする、最終的には空路も確保してさらに人や物の行き来を活発化させる事にあります──」と、口火を切ったのも束の間、会議室にいたラハムたちが「プォ〜ンピピピーン!プォ〜ンピピピーン!」と騒ぎ始めたので皆んなが耳を塞いだ。
「そのインパクトフラッシュ何とかならんのか!うる過ぎんのよ!」
「事故発生〜!事故が発生しました〜!」
「なにい?!」×会議室の全員
先程議題に上がって終わったばかりだというのに、懸念していた事故がまたすぐに発生してしまった。
「ば、場所は?!」
「ラウンドサークル建設現場上空〜!事故に巻き込まれたラハムは現時点で一二体〜!負傷者は今のところ分かりませ〜ん!」
「じゅ、十二体って…」
空路交通法が施行されて今まで一番大きな事故だ。
不幸中の幸いと言えば、民家の上ではなかったことぐらい。
固まっていた面々の所へポートの人たちも駆け込んできた。
「──レセタ!ヤバいよ!ラハムが事故を起こして色んな物を落っことした!現場で働いていた人も巻き込まれたみたい!」
「──すぐに診療所の人を呼んで!暇人どもかき集めてすぐに救助!私も行く!」
ジュディスもヴィスタも他の皆んなも口々に「ヤバいヤバいヤバい」と言いながら慌てて会議室を後にし、ロザリーだけ取り残された。
「こりゃまた、随分と腰が軽い組織だ。事故の原因は?」
「今調査中です〜ラハムアイから事故直後の映像を割り出しています〜」
「ドライブレコーダーだね「ダッツライト!」
飛び出したはずのジュディスが戻って来て「あんたも手伝え!」と唾を飛ばすが、
「私はここに残って事故の原因を調査するよ、そういう役割も必要だろ?」
「──頼んだわよ!」と言い、またダダダ!と走って行った。
サーバーに上げられたラハムアイの動画を洗い出していたラハムが「むむむ!」と言った。
「どう?」
「最悪です〜事故に巻き込まれたラハムたちは複数で建築用の鉄筋を輸送していたみたいです〜」
「そりゃまた…」
「前方を飛んでいたラハムが急停止して、あとはごつんごつんと」
「玉突き事故ってやつだね、それは。緊急停止した原因は?ラハムの飛び出し?」
「いいえ、ランドスーツです〜離着陸の場所が厳しく定められているのに指定外の場所から発進したみたいです〜」
「搭乗者は?ラハム?」
「いいえ、人間用のランドスーツです〜個体番号とフライトレコーダーの割り出しを行なっています〜」しばしお待ちをと言い、また「むむむ?!」と呻いた。
「誰か分かった?」
ラハムが答えた。
「ナディさんです〜〜〜!!事故直前にランドスーツを操縦していたのはナディさんです〜〜〜!!!!」
※次回更新 2023/12/2 20:00