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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
287/335

TRACK 36

リユニオン・イン・ザ・ウォール



 一人の女の子と一人の男の子が手を繋いで立っていた。

 女の子は垂れ目で、髪の毛は癖っ毛で、捨てられた猫のように寂しげな顔をしており、目元を腫らしている。

 男の子は女の子のような見た目をしていて、どこかのゴミ箱にでも入れられていたのか、酷い臭いを放っている。そのせいか、男の子は拗ねた顔付きで俯いていた。

 ここはホワイトウォールの中、歪に空いた穴の中に突入した直後である、ナディたちが船から持って来たハンディライトに照らされ、その二人は輝いていた。

 文字通り、女の子は手足の端をオレンジ色に、男の子は側頭部から胸にかけてブラウン色に、仄かに光っていた。

 二人の子供はカウネナナイ側の入り口、ナディたちの前に姿を現していた。

 当の本人たちは「お化けが出た!」と無言の大パニック中である。


(──え!あれ?!でもあの子見たことあるようなというか二人とも知ってるような…)

(アネラは出て来ませんようにアネラは出て来ませんように天国でだらけていますように〜!)

(どっちも子供か──興味無し!)

(白けた面じゃの〜余が一から仕込んで鍛え直してやりたいぐらいだ!立派な家臣にしてみせようぞ!)

(────)


 案外そうでもなかった、一番パニックになっていたのは気が弱いウィゴーだ。

 モンローの鋼鉄の足が一歩前に出た。その金属が砂を擦り潰す音が洞窟内に反響し、皆んなをびくり震わせていた。


「モ、モンローさ「静かにしろ」


 さっきまで散々マイハニーなどと言っていたのに、モンローはナディの制止を切って捨てていた。

 モンローは垂れ目の女の子に視線を注いでいる、その子も大柄な男を見上げていた。

 彼は確信していた。手足がオレンジ色に光っている。この子は間違いなく──


「ヒュー・モンローだ」


「ア、アンタがさっきの…?」


「ガングニールだな?」


「そ、そう…オレはガングニール…それからこっちはダンタリオン…「──んむぅ?!」


 ガングニールの言葉にさささ!とセバスチャンが男の子に近寄った。


「何ともまあ…おぼこい顔をして…私のメンタル・コアがこんなにも将来有望な女の子だっ─「そいつ男だゾ「──で、何故お前さんらはここにいる?」


 セバスチャンの変わり身の早さに、再会の喜びに耽っていたモンローですら「うわあ…」と引いていた、勿論皆んなも「うわあ…」だった。

 ダンタリオンと手を繋いだままのガングニールが「良く分かんないけど…」と言い、


「なんか、立ってた…そんで、こいつもいた」


「良く分からんの、察するにお前さんらは特個体のメンタル・コアだろう?ガングニールとダンタリオン」


「そ、そう…」


「その体は?」セバスチャンがガングニールの光る手を取った瞬間だった(決してやましい気持ちは無かったのに!)、モンローが激昂した。


「触るなああっ!!!」


 ガングニールもダンタリオンもモンローの怒鳴り声にぎゅっと体を竦め、他の皆も目を見開き驚いていた。何で急に怒ったの?みたいな感じに。

 セバスチャンだけは無視していた。彼もまた、未知に魅入られた男である。


「──機体に付着している泥と似ておるな、凝固して形を成しておるのか…私らがここに来たことと何か関係が…あのクジラも同様に…」


「聞こえているのかお前、ガングニールに触るなと──「クジラって言ったか?おい、ジイさん、あのクジラは何処へ行ったんだ?」


 ガングニールがセバスチャンの呟きに反応を示した。モンローはこちらを見ようとしない目の前の女の子に激しく嫉妬していた。


「お前さんこそ、あのクジラを知っておるのか?」


「知ってるも何も、オレたちはずっとそこにいた、クジラが可哀想だったからアレコレ頑張ってくっ付けたんだ」


「くっ付けた?──そうか、お前さんもハフアモアを使ってあの光るクジラを再生させたのか」


「ん?そうなるのか?よく分かんないけど、多分そんなカンジ」


 ガングニールとダンタリオンが着ている服は粗末な物だ。もう何年も買い替えていないような、二人はお揃いのワンピースを着ていた。

 だからこそ良く見えるというもの、「子供は興味無し!」と言ったセバスチャンは「胸は別腹!」理論でガングニールの胸ばかり見ていた。

 彼の心を読んだかのように、洞窟の奥から「ぼいん!ぼいん!」と発しながら初老の男性が現れた。

 この初老の男性もダンタリオンである。

 皆んなは「何か変なのが来た!」と臨戦態勢を整える、ウィゴーはショットシェルを込めていた。


「──待たんか待たんか、こいつもダンタリオンだ。そうだろう?」


「いかにもセバスチャン。こうしてお目通り叶った事、恐悦至極にございます」


 その初老の男性は以前、パラダイス・ロストを企てていた人物であり、アダムとイヴのお世話をしていたあの老人である。

 

「お前さんにはいつも助けられている、礼を言うよ」できれば女が良かったが、という愚痴をダンタリオン(初老ver.)はスルーした。


「私たちがこうして立っていられるのは一重にこの二人のお陰かと、そう推察します」


「聞こう「いえ、もう終わりです、これ以上の考えはありません」


 微妙な空気になった二人は見つめ合い、それ以外の皆はその二人を無視して女の子と男の子をじいっと見やった。

 ナディは、忘れられてたら嫌だな〜と思いながらガングニールに「やあ」と声をかけると、垂れ目の女の子の顔色が見る見る変わった。


「──ナディ!!」


 ガングニールはモンローもセバスチャンも跳ね飛ばし、ダンタリオン(男の子ver.)の手を繋いだままナディへ抱き付いた。


「百合満開!「お前デッカくなったな〜!すげえ身長伸びてんじゃ〜ん!「僕はちょっと前に会ったことありますけどね「あ?だったら何なの、急にマウント取らないでくれる?」


 確かに、ナディもガングニールからそう言われて自分の身長の高さを改めて思い知った。五年前ではナディとガングニールはほぼ同じくらいだったのに、今となってはガングニールが爪先立ちしてもナディと同じ目線にはならなかった。


「人の子の成長ってすげえ〜な〜!「お前さんもいつかは「ライラの奴も元気にしてたゾ!ちょっと顔色悪くてなんか王様っぽく振る舞ってたけどな!」


「────え?今何て…今何て言ったの?」


「百合満開と言っ──「お爺さんは黙ってて!!──ガング!今何て言ったの?!ライラが元気にしてる?!」


「あ、ああ…」ガングニールはナディの必死な様子にびっくりしている。


「ライラが生きているところをちゃんと見たの?!」


「み、見たよ…なんか帽子被って夏なのにコートまで羽織って──あ!そうそう、レイヴンっていう組織の親玉もやってるゾ」


「れいゔんの…──ああ、うそ、信じられない…じゃ、じゃあ!ディアボロス君の管理は?!」


 首を捻って「んん?」とした後、ガングニールがぱっ!と顔色を変えてこう言った。


「それは間違いだ!オレたちも確認したんだけど何故だか死亡扱いになってて、ライラも勝手に殺すな!ってガチギレしてたゾ!」


「────」


 ナディは頭の中が真っ白になると共に、僅かな希望が確定的になったことに大して強い喜びを覚えた。ディアボロス君〜!!と恨んだところで彼はいないナウ。

 そんな事よりも、


「──ナディちゃん!」


「ナディ!早く行こう!大事な人が向こうにいるんでしょ?」


「う、うん!」


「え、なになに?向こうに行くのか?ならオレたちも付いて行くゼ!──な、そうだろ、モンロー」そこでガングニールは大男を見上げた。


「オッサンのこと、調べてくれるんだろ?」


「──あ、ああ…その通りだ」


 その返事を受けて、ガングニールがにへらっとだらしなく笑ってみせた。

 さあいざ行かん!と、進行を再開したナディたちの足を止める不粋な声が背後から追いかけてきた。


「──待ちたまえ」


 予想外の声に皆が一斉に振り向いた。

 そこに立っていたのは、軍服に身を包み拳銃を構えたドゥクス・コンキリオだった。





「街を抜けたかと思えば今度は森の中…」


「森を抜けたかと思えば今度は逆さまになった遊園地…」


「その次はロボットが沢山働く工場…」


「その次が宇宙ステーション…ああ駄目だ、今すぐお酒を呑んで横になりたい…」


 ホシの愚痴に皆んなが「それな」と言い、洞窟の冷たい壁に背中を預けて座り込んだ。

 端的に言って、ジュディスたちはライラと違う道を歩んでいた。そして、その道中で遭遇した光景に己の価値観をやられてしまい、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が勝っていた。

 派遣された調査団もまだ未到の領域である、ジュディスたちから見て左を見やれば宇宙空間を望めるステーションがあり、右を見やれば薄暗い闇が広がっている。


「ライラの奴…よく一人でこんな所抜けられたわね…」


「いいえ、今のライラさんは精神的にかなり追い詰められているので、きっとこの景色が見えていなかったんでしょう…」


「ライラさん大丈夫でしょうか…」


「大丈夫じゃないから僕たちが追いかけに来たんだよ。一休みしたらすぐに出発しよう、手遅れになる前に」


 ホシの現実を突き付けてくるような言葉に三人がむっとするも、否定しようがない正論でもあったので、重たい腰を無理やり持ち上げた。

 ホシが先頭に立ち暗い闇の中を慎重に進んで行く、他の三人はおっかなびっくり銃を構え、その跡に続く。

 洞窟内は暗く、ライトの範囲でしか分からないがどうやら白い結晶の塊のようであった。所々に宝石でも埋まっているのか、キラキラと光る物体があった。

 色はこれまで見たきた物であれば、オレンジ、ブラウン、パープルにブルー、レッドとグリーンである。今し方通った壁の中にもパープル色の宝石が埋まっていた。

 洞窟の中を進むにつれて、風の度合いが変化してきた、温かくなってきたのだ。


「──出口が近いよ」


 ホシはヴォルターを迎えに行った時、一度だけカウネナナイ側に立ったことがある。あの時は特個体で通過することができたが、今は崩落が進んで通ることができなかった。


「それ本当なの?なんで分かるの?」


「風が温かい、カウネナナイの方が温かいんだよ」


「──良し!あと一踏ん張りね!」


「これ…帰り道のこと考えたら…」


「クランさん、それは今言わない約束ですよ…」


「あ〜やだな〜またここを通るのか〜」とホシもげんなりした時、洞窟を抜けた。

 

「今度は何?──何でもかかって来い!」


「ここは…どこかの建物でしょうか…」


「SFっぽくない、残念」


「あの大きな階段は…いやほんと、ここ何処だ?ビルの中っぽくもないし」


 洞窟を抜けた先には大きな階段があった、上りと下りを分けるように中央には手すりが設置され、その先を階段下から窺い知ることはできない。

 また、天井もおそろしく高かった。湾曲した窓ガラスがはめられており、朧気な光りをホシたちに落としている。

 ホシたちは階段の手前で腰を下ろし、再び小休止を取った。この階段を休みなしで上るのはキツい。

 ここって何なんだろうね、なんて言いながら休憩がてらに雑談していると、その階段の上からかつん、かつんと誰かが下りてくる音が響いてきた。しかも複数。

 四人は「え!」と驚き、とくにビビりのジュディスは「ひぃぎゃああ?!」と叫びながら、こういう時は遠慮なく頼るクランの大きな背中に隠れた。

 混乱が復帰したホシが即座に銃を構える、階段を下りて来たのは一組みの男女だった。


「まあまあ、そんな怯えなくても」と、マリサ機と同じ髪の色をしている女の子がそう言い、


「僕たちは敵ではありませんよ、ただ調べ物に来ただけです」と、女の子と見紛う男の子がそう言った。

 それでもホシは警戒を解かなかった。


「どうやってここに入ったんだい?入り口は厳重に管理されていたはずだよ」ライラは見逃していたが本来はそうである。


「そんな、敵ではありませんって」


「なら、僕たちの事は見逃してほしいんだけどね」


「そんな釣れないこと言って、せっかく出会ったんだし一緒に調べましょうよ」


「生憎と人探しでね、調べ物ではないんだ」


「──ああ、白い髪をした女の人ならこの先にいるよ、何だか慌ててたみたいだけど」


 一組みの男女、マギリとテッドが四人を塞ぐように、階段の中腹で足を止めた。

 マギリが言った白い髪をした女の人、それはホシたちが探していたライラの事である。


「──用件は?」


「話が早くて助かります」とテッドが言った。用件を叶えてくれるまでここは通さない、という迂遠な物言いでもあった。


「ノウティリスについて僕たちは今調べているんです。何か知りませんか?」


 ホシは一度も聞いた事がなかった。


「それが何?」


「知りませんか?宇宙空間も航行可能な空を飛ぶ船の事」


「空を飛ぶ…船?」ジュディスが反応を示した。


「そうですよ。あなた、自分の手で一から航空艦を作ったそうですね、凄いじゃないですか。まあ、そのせいでヴァルヴエンドの企業秘密に抵触してマーキングされてますけど」


 ジュディスはあの日の事をぱっ!と思い出していた。マキナたちにナビウス・ネットでスカイシップの再現を依頼し、『企業秘密』という事で再現ができなかったあの日。

 けれど、ジュディスは本当にビビりなので何も言わずぐっと口を閉ざしていた「痛い痛い!痛いですよ先輩!」


「生憎だけど、誰も知らないってさ、そのノウ…何とかって言うのは他所で調べてくれる?」


 かつん、かつんと二人が再び階段を下り始めた。


「それなら…お兄さんの特個体、貸してもらえません?所持していますよね、一二番目の人類(ひとるい)


「ひとるい?」


「マリサですよ。一二番目、性格には三四番目に選ばれたスーパーセルの人です」


「──こうも一方通行だと寧ろ腹も立たないというか…君たちが何を言ってるかさっぱりだけど、それ以上近付いたら撃つよ」


 二人は階段を下り、ホシの目の前に立っている。もう目と鼻の先だ。二人ともまだ未成年のように見え、けれど瞳に宿っているのは未成年のそれではなかった。

 人ではない、ホシは瞬時にそう理解した。


「僕に触れられると思わないで、怪我をしたくなかったら離れ──「えい」とマギリが言い、ホシの薄っぺらい胸をぺたっと触った。


《マリサああ?!何やってんの!!エマージェンシーなんですけど!!》


《──ああ、ごめんごめん、RAHAZONのページ見てた》


《何やってんのほんと!!》


《だってしょうがないよ年会費が高いんだもん!買い物しないと損じゃん!》


《それラハムの商法に引っかかってる──どうでも良いからこの二人をどっかにやって!!》


《はいはい》


 本当はもっと格好良く追い払うつもりだったがグダグタになってしまった。けれどマリサ機のマニピュレーターがぽんと出現し、蝿を追い払うようにさっ!と二人を吹っ飛ばしていた。危うくホシも道連れになるところだった。

 洞窟の奥へ姿を消した二人を一瞥し、ホシが階段を駆け上がり始めた。


「急いで!今のうちに!」


「あ、あの二人は大丈夫なの?!」


「大丈夫!あれは人間じゃない!「そういうあんたも人妻に手を出すろくでなしだもんね「今それ言うの止めてお願いだから」


 ひいひい言いながら階段を駆け上がると、彼らの前に一つの帽子が落ちていた。


「あ!あいつの帽子!」


 それはライラが常々着用していた軍帽だった、彼女がここを通った証拠だ。

 ジュディスはその軍帽を拾い上げ、持ってても邪魔だからと自分の頭に乗せた。


「なんておこがましい!!「あんた後で覚えてろ!!」


 丁寧にボケてくるクランへ突っ込みを返しながら、ジュディスはホシの跡を追いかける。

 ホシたちは正体不明の二人から逃げることと、追いかけているライラの事で頭がいっぱいだった、だから周囲の景色が見えていなかった。

 そこは駅だった。ウルフラグに存在していた物ではなく、いずれかの国にあった大きなセントラルターミナル。天井から電光掲示板が吊るされ、全てのプラットフォームの時刻と行き先を案内している。その一つの行き先が『REGAMEL』だった、けれど彼らは気付いていない。

 帽子が落ちていた場所は改札口前の大広間になっており、彼らは進む先が壁になっていたことから舵を切って駅構内へ足を向けた。

 その大広間の地面には星が散りばめられた青赤、白の三色の国旗、赤と白の二色の国旗、など、複数の国旗がレリーフとして描かれていたが彼らがそれに気付くはずもなく、足早く駆けて行く。

 ずらりと横一列に並ぶ改札口を通り、彼らはぴた!と足を止めた。


「な、何だこりゃ、何で二つが改札口が?!」


「それぞれのホームへ続いているようですけど、何で二つも?」


 そう!彼らの前には改札口を通ってまた同じ改札口が待ち受けていた、意味が分からないとはこのことである。

 立ち止まったからなのか、辺りを窺う余裕ができ、フレアが「あ!」と鋭く叫んだ。


「あそこ!あそこだけ赤いランプが点灯してます!」


「──ライラが通った後だ!──あっちへ行くわよ!」


「ま、ま待って…い、息が…うえ〜」


「アーチーさん急いで!」


 フレアが赤く点灯している改札口を飛び越え、その隣をホシが駆け抜け、さらにその隣をジュディスが駆け抜けようとした時バーが下りなかった。


「何でやねん!!今ホシが通れたでしょうが!!「──飛び越えたらいいでしょ!」


 二つ目の改札を抜け、ホシたちはライラが下りたと思われる『E4』番ホームへ向かった。

 階段の途中から大きな駅のプラットフォームを目の当たりにすることとなった。


「なん──じゃこりゃ…」ホシも思わず足を止めてしまった。

 もう端が見えないほどズラーーーリとホームが並んでいた、何ならホワイトウォールの中を横一直線に突き抜けていそうなほどに。

 ホシが止めたことにより、残りの皆んなも足を止め、異様とも言えるプラットフォームをぽけっと眺めた。

 ──銃声が一つ、そう遠くない場所から木霊し、四人の鼓膜をびくりと震わせた。





「ああ…ダンタリオン…」


 ガングニールと共にいたダンタリオンの眉間に穴が空き、ただの肉塊となって冷たい地面に倒れた、ぐしゃりと。そして、次第に分解が始まりダンタリオン・マッドに付着していた泥のようになってしまった。

 撃ったのはドゥクスだった。彼の手にはリボルバー式の大型拳銃が握られており、足元には薬莢が一つ落ちていた。


「指示に従わないからだ。もう一度言う、そこにいる複製品をこちらに渡せ、それは生きてはならない存在だ」


「……っ」


 真っ向から全否定されてしまったガングニールは何の遮蔽物も無しにドゥクスを睨み付けた。


「良いかね、それなる物はお前たちだけに留まらず、この世界そのものに迷惑をかける存在だ。大災害の折に消えていれば良かったものの…心の底から迷惑だよ」


「ざけんなテメえ!!オレの命を何だと思ってるんだ!!」


「命?違う、お前のは命とは呼ばん、ただのコピーだ。──モンロー、それからダットサン、誰のお陰でカウネナナイへ渡って人並みの幸せが手に入ったと思う?ここで今、その恩を私に返すんだ」


 ドゥクスは何かに焦っているようにも見え、自身が支離滅裂な事を言っていることに気付いていなかった。ただ、迫力だけは十二分にあり、彼と対面しているナディたちは動くことができなかった。


「………」

「………」


「聞こえているな?そのガングニールをこちらに渡せ、その後はあのクジラを回収してそれで全て終わりだ」


「──デューク公爵よ、この者は一体何なのだ?ハフアモアの力を借りてこの世に存在し、私の機体にも存在している」


「知っているのではないのかね?君はそうだと知ってて複製品をオリジナルに留めさせている」


「だから分からぬ事もある。あの人工島にいるガングニールとダンタリオンは?何故彼女たちは自分の事を自覚しておらぬ」


「あれがオリジナルだ。そしてそこにいるガングニールはオリジナルからコピーされた複製品だよ。──そして、その者は私が犯した罪の象徴だ、故に捕えなければならない」


「何と身勝手な──」ドゥクスの言葉にモンローは憤りを感じた。


「あんたは自分の罪が露呈しないためにガングニールを捕えに来たというのか?」


「そうだと言っている」ドゥクスが撃鉄を上げ、次弾を込めた。


「それには研究する価値がまだ残っている。──だがまあ、己の命と引き換えにはできんよ、お前たちが抵抗とすると言うのならここで始末する。よいな」


 モンローがガングニールの前に立ち、自らを盾とした。


「お、おい…モンロー…」


 モンローはガングニールの言葉に耳を傾けず、ショットガンを構えていたウィゴーにそっと合図を送った。


「…走れ、いいな」


「………」


 ウィゴーが他の者たちへ目配せをする。

 モンローが雄叫びを上げながら走り出した。


「──うぅぉぉおおお”お”!!」


「馬鹿な男だよ──」


 ナディがガングニールの腕を取り、洞窟の奥へと走って行った。





 一度、二度、三度と銃声が響き、その耳を裂くような音でライラが目を覚ました。


「ここは…ああ、小さな…電車の中…」


 いつの間に走り出したのだろう、乗った時は確かに止まっていたはずなのに、今は何処かの湖の側を走っていた。

 きらり、きらり、海とは違う限られた輝きがライラの目に飛び込んでくる。


(──こんな事している場合じゃない、早く探さないと…)


 もう体の怠さも感じない、他人の体を操っているような気分だ、それでもライラは腰を上げ、向かい合わせのシートが置かれている車両の中を歩いた。

 連結部を通った途端、走っていたはずの電車がぴたりと止まっており、乗ってきた時と同様、ずらりと並ぶ他のプラットフォームが車両の中から見えていた。

 ──ちらりと何かが走るのが見えた、それは向かいのホームだ。

 動かないと思っていた足に力が入り、ライラは駆け出した。


「──ナディ!!」


 間違いない、ナディだ!あの黒い髪に健康的に焼けた四肢!


「待って!ナディ!」


 ライラは小さな車両から降り、ホームを走った。ナディは隣のホームを走っており、階段を駆け上っていくところだった。


「待って、ナディ、お願いだから──私はここにいるわ!!」


 声が届いたのか、階段の途中からナディがこちらに振り返った。──相手もライラに気付いた、大きく口を開けているのが見える。

 ライラの中に喜びと解放感が弾けた、ようやく終わる、長かったこの苦しい生活も終わる、私は人殺しではない、やっと普通に戻れる、もう誰かを指揮することもなければ指示を出すこともない!

 ライラも階段を目指し、最後の力を振り絞って駆け上がった。

 ──ああ、いた、ナディが階段の先で待ってくれている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()


「ナディ……会いたかった……」


 ライラがナディの胸へ飛び込んだ。





「?!」


 洞窟を抜けた先は馬鹿げたことに駅のプラットフォームだった、ナディたちの前にはレールの続きが無いというのに、小さな車両が停まっていた。


「今のは?!銃声だよね?!」


「まさかあの白ひげ親父の仲間がいるの?!」


 そのプラットフォームに入った途端、銃声が響き渡ったのだ、背後ではない、前方からだ。

 ウィゴーが背後を警戒しながら皆に合流し、「僕が前に出るから付いて来て!」と先を促した。

 走り難いレールの上を走り、すぐ近くにあったホームへよじ登る。ウルフラグの大型車両とは違う小ぢんまりとして電車は一つのホームを挟んだ向かい側にあった。

 誰かが乗っていたのだろうか、一つの扉が中途半端に開いていた。


「ナディ!急いで!」


「う、うん!──モンローさんは?!」


「彼は自分から盾になったんだ!気にしなくて良い!──僕が帰りに拾う!」


「分かった!──ガング!走れる?!」


「大丈夫だ!」


 ウィゴーたちは息吐く暇もなく走って階段を目指した。無我夢中で階段を駆け上がり、そこで鉢合わせした。


「──あああ?!?!?!」


「ひいいい?!?!」


 連絡通路の途中には一つの自動小銃が落ちており、その銃を拾おうとしていた子供がいた。身長は低く、けれど赤いメッシュを入れている女の子。

 その後ろには──


「──あんた…」


「──あれ…君まさか…」


「──ジュディさん……?」


 ナディに名前を呼ばれたジュディスがぶるりと体を震わせた。


「あ、ああ、あんた…も、もももしかして…ナディ…ナディなの…?」


「…………」


「…………」


 ジュディスはぼけっと口を大きく開き、すっかり大人になったナディを凝視していた。

 ナディもちっとも身長が変わらないジュディスのことを凝視していた。

 二人がそうだと理解した途端、二人とも「あああ!!!」と大声を上げて抱きしめ合った。


「あんた何よその姿!!ヨルンさんにそっくりじゃないの!!」

「ジュディさんこそちっとも身長が伸びていないじゃないですか!!この五年間何やってたんですか!!」

「うるさいわよ!!──フレア!!」

「お姉ちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!!」

「フレア!あんたも大きくなったね〜!私たちに全然似てないじゃない!」

「お、お姉ちゃんっ…お姉ちゃ〜〜ん!!」フレア号泣。

「ナディさん…本当にお久しぶりです」

「誰かと思ったらクラン!!は〜すごい美人さんになってる〜!」

「いや、ナディさんに褒められても嬉しくありません」

「そういう口が悪い所は変わらないんだね」


 お互い追われている事も忘れ、再会を喜び合った。

 だが──


「ねえ!ちょっと、ライラ見なかった?」


「──え」


「これ!あいつがパクっていった銃なのよ!この付近にいるはずなんだけど…」


「…………」


「ナディ…?」


「ライラは…ライラはいないんですか…?」


「いないというか…一人で突っ走ったというか…見てないのよね?」


「……………」


「──一旦ここを離れよう、これ以上の捜索は危険だ。皆んなもいいね?──それと君は…」


「ウィゴーだよ、もうテロリストじゃない。この先を案内してくれると助かる、僕たちは追われている身でね」


「奇遇だね、僕たちもなんだよ。──ウォーカーさん、いいね?」


「…………」


 ライラとだけ会えなかった。

 ナディはライラとだけ会うことができなかった。

 ライラがいた、という痕跡だけを見つけて。

 ライラだけがいなかった。





《おい》


《………》


《おい、モンロー》


《………》


《え?死んでないよな?》


《…大丈夫だ、生きている》


《お前…大丈夫なら大丈夫って言えよ!人を心配させるな!》


《そっちはどうなったんだ…?》


《無事に向こうへ行けそう。お前は?》


《さあな…カメラをやられたから周りが見えん。船に助けを呼んだところだ》


《あっそう…あ〜その…ありがとな》


《…………》


《じゃ、しっかりやれよ!オッサンの事、調べてくれるんだろ?》


《お前…自分で調べようと思えば──》


《なに?何か言ったか?》


《…何でもない》


《待ってるからな、来いよ》


《──ああ、一休みしたらすぐに行く》





 ナディたちが聞いた銃声は、どうやらライラが所持していた自動小銃が床に落ち、その反動で発射されたものらしい、という事がウルフラグ側の出入り口で判明した。

 弾が足りていない、銃器を管理している者がそう断言した。

 ジュディスたちはライラの偽葬儀の真実を打ち明け、大所帯の捜索隊を結成してもらった。休憩を終えたばかりのウィゴーたちも捜索に出るが──

 ライラ・サーストンをホワイトウォール内で発見することはできなかった。

 ウィゴーたちは、三胴船で待機していたディアボロスにカウネナナイ側の出入り口から人は出てこなかったか、と訊ねた。

 答えはノー、誰も出て来ていないと、ディアボロスがそう断言した。

 ライラ・サーストンが忽然とその姿を消してしまった。

 この事に一番取り乱したのはナディだった。

 彼女は親友を失いあまつさえ、もうすぐそこにいたはずの恋人も失い、精神を大いに病んでしまった。

 再起不能。彼女は五年ぶりに再会した人たちの励ましの言葉にも耳を傾けず、塞ぎ込んでしまった。

 有り体に言って、引き篭もりになってしまった。





「──先ずはご苦労、と言っておこう。あの馬鹿三人組の事は耳にしている。私からしてみれば、海へ還ることができて羨ましい、とでも言っておこうか」


「………」


 ウィゴーは腹の底から喉に迫り上がってきた怒りをぐぐぐと飲み込み、工場長の言葉の続きを待った。

 

「カルティアンについてだが、あれは論外だ。邪魔になったら外へ放り出しておけ、このご時世に食う寝るをただ貪る奴は人殺しと同義だ」


「──あんたねえ!!!!「どうどう──セボニャン、こいつは余所者だ、私たちの礼儀ってのを知らないんだよ」


「──そうだった、あいすまぬ、言葉が過ぎた」


 ウィゴーの隣にはジャーキーも立っている。彼は工場長から依頼されていたホワイトウォールの試料を単身で届けに来ていた。

 ただ、本土へ帰港するヘイムスクリングラに試料を託して彼もラフトポートに留まることはできた。

 ウィゴーは一人になれる時間が欲しかった。まだ、アネラの死と向き合えいない。それなのにこの酷い言われよう、頭にも来るというものだった。

 受け取った試料を束の間眺めていた工場長が面を上げ、じっとウィゴーの瞳を見つめた。


「何でしょうか、僕たちはきちんと仕事をこなしましたよ」


「望みを言え」


「結構です「──それは駄目だ、命を賭した者に失礼な行為だ。お前はマルレーンの死を軽んじているのか?それ相応の対価は確実に払わねばならない」


 ウィゴーは困った、何も答えを持ち合わせていなかった。


「…時間をください」


「よろしい。欲しい物ができたら遠慮なく私に言いなさい」


「…一ついいですか?」


「何かね」


「ドゥクスと名乗ったあの老人は一体何なんですか?どうして子供二人を攫おうとしていたのですか?あなたは何か知っていますか?」


「………」


 今度はセボニャンが困った、答えを持ち合わせていたがおいそれと他人に教えられるものではなかった。


「──知らぬ。他に訊きたいことは?」


「…ありません」


「体が休まるまでここに居て良い。その後は自分の居場所へ戻れ、自分の居場所でしかその傷は癒えぬ。ではな」


 すい〜っと動いて工場長室を後にするまでウィゴーはセボニャンを見送り、退出した後にぶは〜と大きく息を吐いていた。

 付き添いで隣に立っていたジャーキーはくっくと笑い、遠慮なく大男の背中を叩いた。


「ほんと図体がデカい奴は気が小さな〜」


「は、はあ…別に好きで体がデカくなったわけでは…」


 ウィゴーがドレッドノートの頭をがりがりと掻き、ジャーキーがまた背中をぱしん!と一つ叩く。


「──人を失った痛みは日にち薬じゃないと治らない」


「日にち薬って…」


「時間が経つしかないって事さ。一日二日でぱっと取れるようなもんじゃない」そう言い、ジャーキーもセボニャン室から出ようとしたので、ウィゴーもその跡に続いた。

 長い廊下をジャーキーが先を行き、ウィゴーは右に左に揺れる結った髪を眺めながら歩く。


「だからあんたもその子も正常な反応って事だよ。引き篭もってるんだって?」


「ええ…ホワイトウォールから帰る時も既に…ずっと塞ぎ込んでて…」


「無理もない、立て続けに大事な相手を失ったんだ、次は私やあんたかもしれない。覚えておくんだね、人の心は決して強くない」


「はい…」


 それからウィゴーは頑張れよ!とか、辛気臭い顔は止めとけ!とか、ジャーキーにバシバシ背中を叩かれながら別れ、一人港までやって来ていた。


「…………」


 ここを出た時、彼女はいた。ナディたちと一緒にあの変態爺さんを海へ落とそうと躍起になっていた。

 その時の事を思い出しながら、ウィゴーは潮風に吹かれた。

 心無しか風が湿っぽいのは雨が降った後だからだろうか、それともまた降ろうとしているのか。それとも...

 ヴィスタに「許さない」と言われてから引っ込んでいた、中途半端に流した涙が瞳に溜まり始め、

 あの時の判断に間違いがなければ今も彼女は生きていた、

 と、そう考えた時、


「──ああアネラちゃんっ……ごめんよ…本当にごめんっ…」


 彼はこの時、初めてアネラの死と向き合った。

 自身の胸の内には悔やんでも悔やみ切れない深い後悔が存在し、泣いても泣いても留どめなく溢れてくる申し訳なさがあった。

 

「ああそうだよ、こんな涙、兄貴の前で見せて良いものじゃない…」

 

 ウィゴーはヴィスタが静かに激昂した理由を理解し納得した。

 ずびびと鼻を啜り、ウィゴーは面を上げる。


(絶対こんな真似は二度としない。良く調べて何が出来るか調べて敵を知る、それでも駄目なら諦め──られないけど、あの時のように過信から誤った判断はしない)


 死と向き合う事は並々ならぬ力が要る、それは他人であったとしても自身であったとしても。

 港の桟橋で己の心と向き合い、一先ず涙を流し切ったウィゴーは、たっぷりと一週間も本土に滞在してラフトポートへ戻った。



「遅過ぎるわ!!」


「ご、ごめん…色々あって」


「なに?サボりはアネラの特権なんですけど真似しないでもらえます〜?」ああん?とマカナはウィゴーを下から覗き込み、これでもかとメンチを切っていた。

 ウィゴーが不在にしていたこの一週間、ラフトポートは大きく変わっていた。

 まずラハムである。


「ご機嫌よう〜!ウィゴーさ〜ん〜!お久しぶりです〜!」


「──え、あ、なに?え?──ラハム?!」


 ラフトポートの港でマカナからああん?されていたウィゴーの元へ、一体のラハムがぴゅ〜っと飛んで来た。その出立ちは五年前と大きく変わり、こけしから人形にグレードアップしていた。手もぶんぶん振っている。


「ラハムはあなたの事を覚えています〜!」


「あ、ああ、そりゃどうも…え?いつからここに?」


 キレた途端に機嫌が直ったマカナが「ウィゴーが出てすぐ」と教えてくれた。


「ウルフラグからって事だよね?」


「そうです〜!ラハムたちはしゅ──ジュディスさんからの依頼でこちらでも仕事をこなすようにと言われて飛んできました〜!ばびゅ〜ん!」ぐるぐるとラハムが旋回し、ごつん!とマカナの頭に当たっていた。


「痛いでしょうが!「ご覧の通り耐久性も折り紙付きです〜!「人の話聞け!」


「あ、まあ…元気そうならそれで…よ、よろしくねラハム」


「はい〜!」それでは〜とラハムが去って行った。


「何か凄い事になってるね…」


「あれだけじゃないから。──ねえ、ウィゴー」またマカナが下から覗き込んできた。


「な、なに?」


 マカナの綺麗な瞳がきちんとウィゴーを捉えている。


「もう平気なの?アネラの事」


「な、何で?」


「いや、ちょっとはマシな顔付きになったからさ」ぷいと視線を逸らし、背筋良くぴんとマカナが立った。

 彼女は黄金色の瞳は動体視力だけでなく、人の事もきちんと見抜ける力があった。


「いつまでもメソメソしてないで仕事手伝ってよね、ほんと大変なんだから」


「わ、分かったよ」


「それと〜ウィゴーの押しかけ女房がずっと待ってたよ〜?ジュディスさん、だっけ?あんたってああいうのが好みだったんだね〜」


「もういいから!行くよ!」


「はいはい」


 港から離れ桟橋を歩いている時からもうラフトポートの空はラハムで渋滞していた。「気を付けろ〜!」とか「十ゼロでそっちが悪い〜!」とか、見た目が全く同じラハム同士が喧嘩している。

 随分と賑やかになった空の下を歩き、次に驚かされたのが、


「何あれ〜」


 メインポートとイベントポートの中間地点、そこには新しくポートが増設され、そこでは長さ一〇メートルにもなるロケットエンジンが作られていた。


「あれ、あんたの女房が作ってるんだけど「その言い方止めて──え?ジュディスちゃんが?」


 港ポートからメインポートへ続く桟橋の中間辺りで「え?」とウィゴーが立ち止まり、マカナが「それ行け〜!」と大男の背中をどしん!と押した。


「じゃ、後はよろしくやってね〜」


「…な、何なの一体──」彼は背後から強い殺気を感じた!「──は!」


 さっ!と振り向くとジュディスが立っていた、仁王立ちスタイル、着ている服はジュヴキャッチの物。


「…………」


 ウィゴーはとんでもない違和感を覚える、だってラフトポートにジュディスって、みたいな。

 ジュディスは無言である。ただそこに立っているだけで怒っているのがよ〜く分かった。

 ウィゴーは何と言えば良いか分からなかったのでラハムを真似て「ご、ご機嫌よう〜」と挨拶すると、弾丸の如きスパナが飛んで来た。





 背後からごつん!とくそ痛そうな鈍い音が聞こえ、マカナが去ったばかりの桟橋へ振り返ると、涙目になっていたジュディスがウィゴーにしがみ付いているところだった。


(早速やってら〜)


 抱き着いているのか締め付けているのか、マカナからでは良く分からない。

 ウィゴーを迎えた港へ取って返し、スルーズ・ナルーが駐機されている三胴船へ足を向けていると、「マカナちゃん」と名前を呼ばれた。

 マカナのことをちゃん付けで呼ぶのはウィゴーしかいない、けれどそう呼ばれた、それも女性の声で。

 マカナを呼んだ相手は、その三胴船へ架けられている橋の前に立っていた。

 フレアである。


「なに?」


「乗せて」


「駄目って言ったわよね?」


「いいから乗せて」


 これが約十数年ぶりに再会した姉妹の会話である。フレアは実の姉をちゃん付けで呼ぶ。それだけ仲が良かった、という事でもあるのだが、今の二人にはそんな空気は微塵も感じられなかった。

 理由はフレアにある。


「マカナちゃんが使わなくなった機体に乗せて」


「──駄目って言ってるでしょ!何度も同じ事を言わせないで!」


「そっちこそ何度も言わせないで!私だってマカナちゃんと同じように戦いたいの!」


 マカナから見てもフレアは本当に良く育ったと思う。自分とは違う茶色の髪は、自分と同じように黄金色の畑を思わせ、亡くなった父と同じようにすんと高い鼻は凛々しさを表していた。

 だがしかし!フレアもマカナと同じように、こうだと言ったらこう!タイプだった。

 マカナがフレアの手を払い戦士になる事を選んだように、フレアもマカナの制止に耳を傾けず戦士になろうとしていた。


「あんたが戦ったところでたかが知れているわ!」


「何もしないよりはマシだよ!黙って見ているだけなんて私はもう嫌!」


「誰に頼まれたの?──私がそいつを引っ叩いて来てやる!」


「私!自分がそうするって決め──」パシン!と、強烈な平手打ちがフレアを襲った。

 だがしかし!マカナの妹である、その決意に漲る瞳は小揺るぎもしていなかった。


「あんたねえ〜〜〜!いい加減にしなさいよ!アネラが死んだばかりなのよ?!」


「だから私が戦うって言ってるの!アネラお姉ちゃんの為にも!私がお姉ちゃんとマカナちゃんを守る!──守りたいの!」


 これは駄目だ言っても聞かないと諦めたマカナがすん...と大人しくなり、三胴船へ乗るよう顎をくいっと持ち上げた。


「なに?乗せてくれるの?」


「──一人で乗りなさい、私は絶対に教えない、それでも良いってんなら一人で乗れ!」


 その後、


「うそや〜ん…」と、海の上を華麗に滑っていくスルーズ機を見て、マカナがそう独り言を呟いた。

 後日、フレアがウィゴー班に所属する事が決まり、ウィゴーはその場で胃を痛めてポートの診療所へ運ばれたという。





 こうして、カウネナナイとウルフラグが交わり、様々な事が進んで行く中で一人、取り残されている者がいた。

 ナディである。彼女は一度入ることを躊躇ったはずの家に引き篭もり、何をするでもなく、ただただベッドの上で過ごしていた。

 太陽の光りがウザい、カーテンを閉めて日中でも闇を作り出す。

 人の話し声もウザい、ラハムから買い付けたイヤホンを耳にはめて静寂を作り出す。

 時折り誰かが家にやって来る、心配してくれているのはナディにも分かっている、けれど人と会う気になれない、なれなかった。

 ウザい、ウザい、ウザい、ウザい、ウザい!

 もうこの世の全てが嫌になり、自分にもあった希望すら嫌になり、何もかもが嫌になり、何かを目指すことも頑張ることも何から何まで嫌になっていた。

 今日もまた、誰かが家にやって来た。


「お、お姉ちゃ〜ん…だ、大丈夫〜?」


 妹のフレアだ、自分と違って太陽のように明るい子。

 ──挫折、という言葉を知らないのだろう、だからいつでもどこでも輝けるのだ。

 ナディが妹に向かって、小さな声でこう言った。


「死ね」

※〜⭐︎2023/11/18 20:00 更新予定〜✴︎

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