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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
285/335

TRACK 34

デッド・フライト



 頭部のサイドから前方へ飛び出たピラーは空気抵抗を低減させる役割りがあり、それは外側へ弧を描くように曲線で構成されていた。

 

「ドゥクス、君の計画は失敗に終わったのではないかね、いい加減この島から解放させたらどうか」


 ボディーカラーは滑らかな白色、光沢があり、深みがある色合い、工場長がとくに力を入れたものだ。


「データも結論を出せるほどの量になった。特別個体機はただの摩耗テストだ」


 先代グレムリン、工場長が佇む欄干の前には一機の特個体がハンガーに収まっていた。

 その機体名は『スルーズ・ナルー』、大災害の後、ヴァルキュリア本土で開発、製造されたノヴァシリーズの最終機(ジ・エンド)である。


「オリジナルの複製が姿を見せないのは君の仕業かね──そうか…まだ生きているのか…ウルフラグも馬鹿にはならんな」


 パイロットの第一候補者はマカナ、今朝の模擬試験は合格、後は本人がこの機体を受理するかどうか。


「あのうつけ者にオリジナルを渡したのは本人の性格適正が合格ラインに達していたからだ。あれは女の事しか頭に無い、悪用をしたところでたかが知れている」


 ロールアウトされたばかりのスルーズ・ナルーの出来を確認した後、背骨が曲がってもう何十年と経つ先代グレムリンが機体の前から離れ、ゆっくりと歩き始めた。


「次代が私物化しているオリジナルはいずれ回収するつもりだが…何故複製されたメンタル・コアが機体に収まっている?──そうか、君にも分からない事があるのだな」


 格納庫から退出した工場長が入り口に置かれていた車椅子に座り、自動走行モードでゆっくりと動き出した。フランもこれを使っている。

 つるりとした禿頭は皺だらけ、鼻が魔女のように突き出ており、頬の肉も重力に逆らえず下に落ちている、けれど工場長の瞳は産まれたばかりの赤ん坊のように無垢なものだった。


「ノヴァ・ウイルスの兵装転用の件については感謝する。お陰で資源消費無しの攻撃力を身に付けることができた──何の為に、とまでは訊かぬがね」


 格納庫から伸びる廊下はうんと長い、そこを静かに車椅子が進んで行く。


「いや訊きたくないと言っているんだ」工場長が素の声でそう言い、「──あれのせいか…全く…同じ名前を持つこの身が恥ずかしい。よい、回収は無しだ、奴に責任を取らせる。それでよいな──知らぬ、私に露呈したのは君の方だ。切る」


 その廊下の途中で工場長が車椅子を停止させ、取り付けられた大きな窓の向こうへ視線を寄越した。

 工場の入り口の反対側、そこは綺麗な色を宿らせた花が咲く畑があり、なだらかな傾斜から少し急勾配のものへと変わり、断崖絶壁を望める平原が広がっていた。

 その花畑には一組みの夫婦の姿がある、大災害の直前からここに棲み始めたコールダーと名乗る者たちだ。

 母親は娘と会えないショックから心神耗弱状態に陥っている、父親は甲斐甲斐しく世話を続けており、常に傍らにあり続けていた。

 ドゥクスとの通信を終えた工場長は、その母親の姿を見やりながらこう呟いた。


「ああ、おっぱい揉みたい…」


 そう言い、長齢にしては老い過ぎている老人が、()()()()()()眠りについた。





 死んだように眠ってから二日も経ち、ライラはひどい空腹と喉の渇きを覚えて目を覚ました。


(──ああ、こんな事してる場合じゃない)


 ライラは水を飲み干したコップを乱暴に置き、自身の姿を鏡で見ようともせず、脱ぎ散らかしていた服に袖を通して私室を出ようとしていた。

 だが、オールグリーズの前から蓄積していた疲労が全身へ行き渡り、思うように足が動かず床に倒れてしまった。その痛みもあまり感じない、そんな体の痛みよりも彼女は心の痛みを抱えていた。


(クーラントさん、どうして…どうして死んでまで私の願いを叶えたの…)


 彼女は壊れかかっていた。恋人に会いたいという気持ちが義務によって上書きされ、さらにヴォルター・クーラントの死によって覆せないものに変化していた。

 『ナディを連れて来なければ私は人殺し』。

 その強迫観念めいたものが今の彼女を支配していた。


(早く…早く会いたい…会わないと…会わないといけない…)


 携帯に通知が入ろうが、街がレイヴンという大黒柱を抜きにして活気付こうが、今の彼女にとって全てが些細な事だった。

 ライラ・サーストンは母親と同様に、壊れかかっていた。


(怖い…行きたくない、でも…行かないと…)


 ホワイトウォールに穴が空いた、彼女が心から願っていた事だ、だが、それすらも今の彼女には何ら響きを与えなかった。

 ナディがいないこの世の全ては灰色だった。

 ライラが床を這うようにして部屋の出口を目指す。





(ライラ…)


 モンローの勝利が何だって?それに従うメリットが私にはあるのか?無い!

 死んでしまった──はずの恋人を思いながら、ナディは高い高い絶壁の縁に腰を下ろして海を眺めていた。

 風は強く、時折り飛沫が顔にかかる、ナディは崖にぶち当たり荒れる海を上の空で眺めていた。


(ディアボロス君が言った事が本当なのか…それとも間違っているのか…)


 ──この僕にミスは無い、故にテンペストが間違っている。ライラという人物は間違いなくこの世を去っている。


 生物の生死を管理するマキナがそう断言したのだ、だからナディはその言葉を信じた。

 確かめる術は一つだけ、ウルフラグに戻って彼女の安否を確かめる、この目で、恋人の遺体を確認する。それだけの事だ。

 けれど、ナディは今更になってホワイトウォールを越えることが怖くなっていた。もし、ディアボロスの言葉が真実だったら、もし、テンペストが嘘を吐いていたのなら、この胸に湧き起こった僅かな希望が永久に失われることになってしまう。

 彼女はライラの死を確かめたくなかった。もしかしたら、ディアボロスの方が間違っており、彼女はどこかで生きているかもしれない──という、麻薬にも似た安寧を胸に抱えて生きた方が良いかもしれないと、ナディはそう考えていた。

 怖いものは怖い、一度手にした希望を失うほど怖いものはない。


 ──ライラと名乗る人物からお前に伝言だ、迎えに行くから、だそうだ。


 その時は喉の奥から心臓が飛び出るかと思った、瞬時に目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。

 だが、ディアボロスがライラの生存を即座に否定していた、そんなはずはない、と。

 自身の心とは正反対に荒む海を眺めていたナディに声をかける者が現れた。


「こんな所にいたのかマイハニー、そろそろ出航だ」


 モンローである。


「………」


「どうした?悩み事か?顔に書いているぞ、俺に訊いてほしいとな!」


「………」※中指を突き立てる。


「俺の花嫁は本当に照れ屋だ、しょうがない…皆が待っている!早く来るんだぞ!俺が他の女に取られても知らないからな!」あっはっはっはっ!と、モンローが優雅に歩きながら坂道を下りていった。


(あいつ頭おかしいんじゃないの…)


 モンローのくそ馬鹿げた物言いにナディの沈痛した気持ちが切り替わり、重かった腰がいとも簡単に持ち上がった。

 ナディも坂道を下り始めた時、空を飛ぶマッドグリーンが現れた。ハーフサイズ特個体を操縦するラハムである。

 外部スピーカーからラハムがナディへ呼びかけていた。


「ナディさ〜ん!皆さんが待ってますよ〜!早く来ないとダットサンさんがナディさんの下着に顔を突っ込むと言ってます〜!」


 ナディは死に物狂いで走った。



「はあ…はあ…はあ…はあ…」


「ようやく来たかナディよ、出航の時だ」


「わ、私のし、下着は…」


「安心せい、私の御神体として大事に保管しておる。──そう!土くれからフィギュアを作れるほどに大切にしておるわ!泥沼のルーデ「ようやく来たか」のようにな!」


 息が整ったナディは、工場のすぐ下にある港の桟橋に駐機させていたラハムに向かって、「この人海に沈めて」と言い、「そ、それはできません!」と断られたのでセレン三人衆がセバスチャンを海へ沈めようとした。


「ま、待たんか!じょ、冗談だから止めろ!この老耄(おいぼれ)に何たる仕打ちか!「ナディちゃん、遠慮は要らない思いっ切りやった方がいいよ「アヤメ!お前さんまで何てことを──ああ危ない?!」


 桟橋に停泊している船は二隻、一つはウィゴー班の母船である三胴船、そしてその数倍はあろうかというヴァルキュリアの母船、ヘイムスクリングラだ。

 ホワイトウォールへの遠征並びにラフトポートへの寄港はジュヴキャッチとヴァルキュリアで行なう、オリジンのメンバーはお留守番だ。

 今回の遠征にはセバスチャンも同行する、変態爺いが居なくなると知ってオリジンのメンバーの顔色は晴れやかなものだった。

 朝日より爽やかな顔をしているナツメがナディに声をかけた。


「ナディ、いつでも()れ、お前が背負う咎は人類を救う」


「怖い怖い」


 車椅子に座っていた工場長が「殺すのは後にしてくれ」とフォローになっていないフォローをしてから、


「こいつにはオリジナルのテストを言い渡してある、データが取れるまで生かしておけ。──良く聞け次代よ、お前はグレムリンの恥晒しだ、その汚名を返上したくば私の言う事に従え」


 セバスチャンが「メリットは?」と端的に問い返す、指示に従う意味はあるのかと問うているのだ。


「ダンタリオンの解明は子供たちを救う「何を馬鹿げた事を──「文字通りだ。お前はこの世界を崩壊へ導こうとした、なら、この世界に救済を与えなければならない、それが贖罪というものだ。行け」


 工場長はセバスチャンの反論も待たずにさっさと行ってしまった。

 ナディを含めた女性陣はセバスチャンを大いに避けていた、だって胸揉まれるし、けれど彼女はこの老人のことをどうしても心底嫌いになれないでいた。


「………」


 馬鹿げた発言と卑猥な言動の狭間に見せるもの、それは夜の海より暗い翳を落としている表情だった。

 ヴァルキュリア本土、言わんや人工浮遊島は一から人の手によって作られた場所だ、だから工場前の平原から港へ続く石造りの階段も()()()()設計の元で設置されており、ちょー自然な感じで崖と一体になっているその階段をモンローが優雅に下りてきた──罵倒されながら。


「二度と戻って来るんじゃねえーぞー!」

「お前さえいなければ!かみさんに振られることはなかったんだよ!」

「アーキアに食われちまえ!」


 モンローが移住してきた男性たちに向かい、


「俺に女を取られたお前たちが悪い!空も陸も男は戦わねばならない生き物だ!俺が居ない間に精々男を上げておくんだな!」


 彼に石の雨が降る、「や、止めろ!カメラが割れたらどうしてくれる!」と、モンローが慌てながら階段を駆け下りていく。

 そんなこんなでやって来た出航の時。二隻の船が本土を離れ、一路ラフトポートへ向かう。一度寄港し、ラフトポートに残った住民たちに無事を知らせてからホワイトウォールへ向かう。

 邂逅の時は近い。





 木舟に乗せられた鐘が鳴る、その重い金属音が人々に厳粛さを与え、新都の街は静けさに満ちていた。鐘の音が空気を震わせ、空へ人々の悲しみを届けたせいか、細かい雨が新都の街に降っていた。

 白く煙る街並みを王城の一室からバベルが見下ろす。街は陰気臭く、何とも言えない空気がそこに満ちていた。


「限界だ」


 バベルが放った言葉も空気を震わせるが、雨のせいで街へ届くことはなかった。


「アーキアを喰らうか、ポートを襲うか、二つに一つだ」


「…………」


 彼と共にいたダルシアンは固く口を閉ざし、室内に重い沈黙を与えていた。

 ダルシアンが口を開く。


「…私は常々、こういった問題に直面しないようにしてきたつもりだが…なかなかどうして」

 

「………」


「──仕方あるまい…軍を派遣しよう。今のジュヴキャッチは主戦力を欠いている状態だ、事を成すにはちょうど良い」


「早くしないと奴らが戻って来るぞ、ホワイトウォールが無事だと分かったんだからな」


「一体誰だ?あの山に穴を空けるなどと、にわかには信じられん」


「さあな、あっちに英雄でもいたんだろ──命を落とす時代遅れの英雄が」


 街の外から届いていた鐘の音が止み、彼ら二人はそれに釣られて口を閉ざしていた。



「巡礼ご苦労だった。死した者たちも君の(かいな)に抱かれ安らかな眠りについたことだろう」


 細々とした雨が降り続ける中、バベルとダルシアンは王城を離れ、軍艦が居並ぶ港に足を運んでいた、機星教軍の一角を担う教導長を迎えるためだ。

 死んでいるな、この女と、バベルは思った。ダルシアンが声をかけても反応一つ見せず、ただ付き人のなすがままになっているだけだった。

 元威神教会のリゼラが鎮魂のために鐘を鳴らしながら街をぐるりと船で回る、それを巡礼と言い、機星教軍が街の支配体制を確立するため教導長に行なわせていた。

 フードを目深に被った二人に連れられ、リゼラが桟橋の上を歩き始める。城に寄って休息を取った後、新都周辺で唯一生き残った山頂へ帰る、そこが教えを導く者たちの拠点になっていた。

 雨に打たれながら去って行く背中を見送り、ダルシアンたちはノウティリスを見上げた。

 

「せっかくの鎮魂が無駄になってしまったな」


 それはこれから行なわれる戦闘で散ろうとする兵士を思ってか、それとも...


「生憎と俺に魂というものは無い。感傷は他所でやってくれ」 


 バベルが先に歩き出した。





 本土を離れ、ラフトポートへ向かい始めてから数時間経った後、どうやら雨雲の下に入ったようで雨が降り始めていた。しとしとからざあざあと本降りに変わるが、ヘイムスクリングラのブリッジ内も雨音に負けないぐらい騒々しいかった。


「ダンタリオンが可哀想だろうに!中に入れてやってくれ!」


「駄目だ、あんな泥塗れの機体を収納する訳にはいかん」


「聞こえんか?!このダンタリオンの可哀想な声が!雨に打たれるだなんてどんな仕打ちだ!──後でナディのパンツ(御神体)を拝ませてやる」


「──デッキに駐機させているダンタリオンを今すぐハンガーへ入れろ!」そこへすぱああん!とカゲリがモンローの頭をぶっ叩いた。


「死ね「シンプルかつこれ以上無い暴言だ」


 モンローは全身を義体に換装している、故にダメージは入らないが心は別だ。ちょっとだけ傷付いた。


「お前さんも可哀想とは思わんか?!絶壁ロリよ!」

 

「いいえ、口を開けばぼいんぼいんしか言わない奴なんてこの世に居ない方がマシです。──あと絶壁とロリを一緒にするな!厳密には違うんだよ!」


 ヘイムスクリングラのブリッジにはモンローとセバスチャン、それからカゲリがいた。フランはヒルド・ノヴァに搭乗して待機中、オハナは偵察任務中、マカナは自室でスルーズ・ナルーの仕様書と睨めっこしていた。

 マカナ以外のジュヴキャッチメンバーは三胴船に乗船しており、ヘイムスクリングラよりやや後方の位置を航行していた。

 (モンローに三回も手を出されて次手を出してきたらヴァルキュリア本土の工場に転職しようと固く決意している)管制官から「ヘルフィヨトゥル帰還しました」と報告が上がった。

 ノヴァシリーズ 二機目(セカンド)の機体、オハナが搭乗する『ヘルフィヨトゥル』は大型制空支援戦闘機であり、特個体ではない、大型の主翼を持つ鷲の外観をした紫色の機体である。

 全長は二五メートルにも達し、特個体より大きい、その巨体の中には偵察、支援、攻撃、空対空、空対地、おトイレ、お風呂、仮眠室まで兼ね備えた、各種ヘカトンケイルから居住スペースを有している。

 ヘルフィヨトゥルが新都方面から姿を現し、激しく降る雨を切るように主翼を翻して航行中のヘイムスクリングラのデッキに垂直着陸した。

 司令官として職務をこなしている間は割とまともになるモンローがオハナに報告を求め、


「艦隊が姿を消しています」と、オハナから返ってきた。


「行き先は?」


「おそらくラフトポート周辺か、あるいはホワイトウォールの方角かと思われます」


「ふうむ…三胴船に繋いでくれ」


「………」


「聞こえたか?繋いでくれ」


「……ちっ」


 管制官の舌打ちと共に三胴船へコールが入り、程なくしてブリッジの通信機からウィゴーの声が返ってきた。


「ちっ」


「舌打ちは止めてくれないか…」モンローは味方からもウィゴーからも嫌われているのである。


「ヴィシャス班長、そちらにマキナがいるな?少し訊ねたい事がある」


「何?」


「新都の軍がホワイトウォールの方角へ船を出したようだ。新都にいると思しきグガランナ・ガイアというマキナはホワイトウォールの現状を知り得るか、それを訊ねてほしい」


 答えは「可」、文字通りウィゴーが「可」と一文字だけ発言してさっさと通信を切っていた。


「新都もホワイトウォールを目指しているとなれば俺たちと衝突するやもしれん。カゲリ──「不可」カゲリ「不可」エクレア四つだ「何でしょう」お前という奴は…まあいい、ラフトポートへ先行して新都の状況を伝えてこい「前払いでお願いします」


 モンローからエクレア四つを受け取ったカゲリがブリッジを後にし、その一つをモグモグしながらデッキへ向かった。

 その途中で帰投したばかりのオハナと鉢合わせした。


「カゲリ、任務中にお菓子は感心しません」


「〜〜〜」※今さっき口の中へ放り込んだばかりので頑張って噛んでいる。


「本当にあなたという子は…ゆっくり食べなさい、喉に詰まらせてしまうわ」


 オハナもこの五年間で成長し、キツかった目も柔和なものへと変わり、体のシルエットもふんわりとしていた。「え?お母さんですか?」と言わんばかりの母性もその困ったような笑みから滲み出ている。

 見逃してもらえたことに感謝を示しているのか、カゲリがかみかみしながらサムズアップをし、モンローから貰ったエクレアを一つオハナにプレゼントしていた。

 オハナから「気を付けて行きなさい」と母親みたいなことを言われたカゲリがデッキに出る、そこには着陸したばかりのヘルフィヨトゥルが駐機されていた。


(ほんといつ見ても変な機体、昔あの馬鹿な王様が作った奴と似てるわ)


 ヘルフィヨトゥルはヒルド・ノヴァと同様フルパノラマ型モニターを採用しているのでハッチが存在しない。六角形の装甲板で隙間無く覆われ、水溜まり一つ作らず雨を下に落としていた。

 それにやはりとても大きい、特個体を丸々飲み込んでしまいそうなほど。ヘルフィヨトゥルは特個体の運搬運用も想定されているので、その分ノヴァシリーズの中で一際大きかった。

 カゲリがトビウオに搭乗し、ブリッジに連絡せずに飛び立ち、「あ!忘れてた!」と思い出した時にはモンローから叱られていた。





「え、これランドスーツなの?」


「はい〜ラハムの関節可動域に合わせてこの大きさになりました〜攻撃機能はありません!そう!ラハムの愛が全て形になった──「あのお爺さんが居ないだけでほんと平和だよね」なんです!」最後まで聞いてあげなよ」


 ナディたちの前に駐機されているのはマッドグリーンのハーフ特個体、ラハムの専用機体である。

 三胴船の格納庫に彼女たちはいた、雨は降り続き、けれど船全体を覆う振動と音で格納庫まで届くことはなかった。

 ナディとアネラがラハムの機体を見上げ、ラハムはその機体の前で「むふん!」と腕を組んでいる。


「これぞウルトララハムの名に相応しい機体!その名前はポラリス!そう!ノラリスの支援機として開発された北極星!「分不相応って言葉知ってる?」そろそろラハム泣きますよ?」


 ヴァルキュリアの製造技術はマリーンで随一である、その島で復刻されたガングニール・オリジナルのマッハ運動量ですらこの機体は受け止めてみせた。ヤバいくらいの防御能力である。


「ポラリスって…」


「ラハムが決めたわけではありません!あのセボニャンが決めたんです!「誰?「工場長のことじゃない?「通信交換で進化しそうな名前」


 名称は『ポラリス』、セファイド変光星の一つとして、かつては北極星と位置付けられていたかの星の名前を冠する機体、攻撃機能は皆無、代わりに島一番の嫌われ者の突撃ですら防いでみせる防御能力を有する。ラハムの愛が成せる技である。

 むふん!と胸を張っていたラハムがポラリスの前から離れ、むふふ〜♪とナディに擦り寄った。


「ナディさ〜んラハムの愛は「マカナが乗ってたあの機体はどうするのかな?「お下がりで誰かにあげるんじゃない?「ついにアネラさんまでフォローしなくなった!」


 ガーン!とラハムが天を仰いでいる隙にナディがすっと離れ、そのまま格納庫を離れようとしたがウィゴーから船内アナウンスがあった。


「──全乗組員へ、ヘイムスクリングラから未確認IFFの報告あり、第二種戦闘配置にて待機、パイロットは自前の機体に搭乗して、僕もすぐに行く。繰り返す──」


 めんどくさがりのパイオニア二人が「めんどくさ」という顔をし、踵を返して渋々自分の機体へ向かった。

 それからすぐ、マカナの穴埋めとしてウィゴーが格納庫に姿を現し、ポンコツオレンジのコクピットに収まった。


「いや〜君たちと一緒に海に出るのは久しぶりだね〜」


 ポンコツオレンジのメインスイッチを入れて機体パラメーターを確認、久しぶりにも関わらず良好だった。整備士の腕前に感心しながらウィゴーが二人へそう話しかけていた。

 班長の微妙な物言いにアネラが引っかかる。


「どことなく嫌そうに聞こえるのは気のせい?」


「ううん気のせいじゃないよ「なんだと?」×2「いやだって僕がマカナちゃんの代わりとか荷が重過ぎるんだけど」


 ウィゴー班のエースは新機体受理のためヘイムスクリングラに移っている、というか彼女の母船だ、そこでセボニャンからオンラインによる機体講座を受けていた。

 ウィゴーの代わりを務めているのはディアボロスである、その代理班長から通信が入った。


「ブリッジから全機、未確認のIFFが新都方面からこちらに接近ナウ、出動して様子を確認してきてほしい、戦闘配置は第二種を維持しておく」


 ウィゴーがディアボロスに訊ねた、接近しているのに様子見とはどういう事なのかと。


「向こうに攻撃の意志は無いってこと?」


「違う、船舶の動きではない、もしかしたら新都の新型かもしれない、下手に刺激するのはマズいと判断した」


「了解。──いい?ナディちゃん、アネラちゃん」


「おっけ〜」

「ワズ〜」


 三胴船のリニアカタパルトはアタッチメントデッキに対応した特殊な物である、特個体の足に装着されたサーフボードをアンカーで固定し、そのまま海へ放り出す。

 信号機がイエローからグリーンへ、サーフボードが前方へ強く引っ張られ、ポンコツオレンジら三機が雨雲の下へ飛び出した。

 着水前から回転させていたボードのスクリューが水を掻き、射出時の勢いを殺さず三機は海の上を滑走した。


「ウィゴーからブリッジ、距離は?」


「──近い、速度を上げている、方角はそのまま固定、五分後に会敵予想」


「そりゃ近いね、でもこの雨のせいで良く見えないや。ヘイムスクリングラに応援は頼めない?」


「偵察から帰投したばかりだから再出動に時間がかかるらしい、それと赤い死神は切り札だから温存だそうだ」


「しゃーない」


 三機が進行方向を固定したまま滑走を続ける、沖に向かうにつれ、波が激しくなり機体が上下に揺れ始めた。

 ナディが「胃袋の中身がシェイクされそう」と言った時、突然海水が真上に噴き出した。


「──あっぶ?!」


「何今の?!」


「ブリッジ!──あれ、通信が──ブリッジ!応答!応答〜!」


 雨は激しさを増し、波は山あり谷ありを築くかのように荒れ、風も吹き始めていた。この嵐のせいか、ブリッジとの通信が途絶えていた。

 アネラがさっとレーダーを確認する、あと数分後の会敵予測だった光点が自分たちの足元にいた。


「──海中!もしかして潜水艦?!」


「そんな馬鹿な!いつの間に新都はそんな物を──」


「──来るよ!」


 ナディが二人に注意を呼びかけた直後だった。

 ざっぱああああん!!!とそいつが現れた。

 クジラである。


「え?」×3


 クジラだった。





(この人、私のこと忘れてるんだろうな)と思いながら、「オレンジとブラウンに光るクジラですか?」と、カゲリが訊き返していた。

 

「そうだ、最近までこの辺りを彷徨いていたんだ。街の皆は崩壊の予兆だと言って怯えていたんだが…」


 そう答えたのは、連日連夜の迎撃任務の疲労から少しは回復したヴィスタである。彼の顔に生気が戻っている。

 ラフトポートに到着したカゲリはメインポートに赴き、ジュヴキャッチのリーダーであるヴィスタにホワイトウォールの無事を報告したのだ。その返しが「クジラに困っている」だった。

 ついさっきまで屋外にいたのだろう、全身ずぶ濡れになり、髪の毛から滴をぼたぼたと落とすヴィスタが「クジラを見なかったか?」とカゲリに訊ねていた。


「いえ、この雨ですから視界が悪かったのもありますが見ていません」


「そうか…何処かへ行ってくれたら助かるのだが…」


 ちら、ちら、とヴィスタがカゲリに意味ありげな視線を配る。良い方にも悪い方にも聡いカゲリは「これは面倒事に巻き込まれるな」と思い、


「──じゃ!そういう事なんで!」と帰ろうとしたがあっさり止められていた。


「俺たちの仲間を引き受けてくれた事には感謝する、だが今人手が足りない、ウィゴーたちもそっちに行ってしまったしな」


「それならあなたも移住する方が良かったのではありませんか?」


「いいや、ここに残ると決めた人がいる以上、俺は離れるつもりはない、たとえ死すと分かっていても」


(そういう責任感が強い所は昔と変わらない。この人の爪の垢を直接モンローに飲ませてやりたいぐらいだ)


 一度降り出した雨は一向に止む気配を見せず、まだ昼間だというのに外は薄暗かった。

 カゲリは一度外の様子を見た後、ヴィスタにこう言った。


「──私のこと覚えていますか?覚えていたら頼みを聞いてあげても「リン家の従者だろう、他の者たちは本当に残念だった」


「…………」


「何だ?まさか俺が忘れていたとでも思っていたのか?」


「──だったら少しぐらいその話題に触れてもいいじゃないですか!完全に無視られてると思ってましたよ!」


「それは…すまないと言わないといけないのか?」


「ああもういいですよ」逃げる口実を失ってしまったカゲリが前髪を掻き上げ、「で、何をすればいいんですか?」と観念した。


「俺たちの目になってくれ、低高度でも空を飛ぶ機体は貴重だ、周囲を索敵して俺に報告してほしい」


「エクレアあります?」往生際が悪いカゲリがそう訊ね、「そんなお菓子がここにあると思うか?」とヴィスタが返した。


「私エクレア食べないと動けないんですよね〜」


「ここにある嗜好品はアルコールぐらいだが…」カゲリが目をギラリン!と輝かせた。


「じゃあそれで!!!「ダメに決まってるだろ」


 結局カゲリはノーギャラで任務に就くことになった。


「は〜これだから派遣任務は嫌なのよ。体良く使われるからほんとに嫌」


 ぶちぶちと文句を言いながらトビウオを操縦する、こんな嵐だ、視界は酷くろくすっぽ周囲が見えない。

 ラフトポートを飛び立ち当てもなくぶらぶら飛んでいるとレーダーに反応があった。


「ん?──これガチ…?」


 方角は北東方面、距離は五〇キロ先、反応数は一〇は下らない。

 新都の軍隊だった。

 すぐさまカゲリはヴィスタへ一報入れ、ラフトポートへ引き返した。





 ラフトポートや新都の街を支配した雨雲がその勢力をヴァルキュリア本土まで伸ばし、青空が迎撃に入ったが負けてしまった。空はくすんだ灰色をし、大粒の雨を人工島にも降らしていた。

 

「ドゥクス、モンローから報告があった、クジラが出現したと。あれは厚生省が開発した回遊型の監視端末だろう?──そうだ、当時のセントエルモにより壊されているはずだ、それが何故生きている?──知らぬではすまん」


 セボニャンは現在訓練を受けているアヤメたちの成績を眺めていた。二人とも高得点を叩き出しており、ヴァルキュリアのパイロットと比べても遜色はない。

 

「さらに報告によれば、クジラの体表面の一部がオレンジとブラウンに発光しているそうだ。今、ラフトポートの人間が対応に当たっている──撃破するしかなかろう、回収はヘルフィヨトゥルでも不可能だ──そこまで言うなら君が出たらどうかね?」


 マルチモニターから視線を外したセボニャンが車椅子を手動で動かし、大型のモニター群の前で止まった。

 カウネナナイ、それからウルフラグの全てが映し出されていたモニター群も今では約半分が沈黙しており、生きているモニターも嵐を映しているばかりで外の情報が得られそうにはなかった。


「──奴らの対応なら次代に任せると言ったはずだ、君は現在の状況に介入したまえ──知らぬ、それなら私とサーストンはどうなる?死ぬことすら許されず君に付き合っているのだ。私からすれば死の恐怖と不老不死の恐怖は同義だよ──待て、カゲリから連絡があった、機人軍の残党がラフトポートへ進軍を開始したらしい」


 セボニャンはトビウオのカメラ映像をメインモニターに切り替えた、そこには嵐の中をずんずん進んで来る戦艦がいくつも並び、その後方にはある一隻の船があった。


「ドゥクス、最後の人生を歩みたまえ、君が探していた船が姿を見せたぞ」


 機星教軍と共に荒れる海を進んでいたのは、ダルシアンの手に落ちたノウティリスだった。

 セボニャンは一時停止状態にしていたオンライン通信を復帰させ、ヘイムスクリングラにいるスルーズ・ナルーのパイロットへ呼びかけた。





 嵐の海の中、それぞれが対応に移る中でそれらの状況を見下ろす者がいた。

 ラフトポート周辺ではジュヴキャッチと新都が衝突寸前であり、新都周辺ではウィゴー班とクジラが邂逅を遂げていた。

 ここはいつかの空中庭園、遠くに世界の受け皿を望める場所に彼らがいた。

 一人はラムウ・オリエント、もう一人はドゥクス・コンキリオ。

 マリーンの実質的支配者が口を開く。


「これ以上の介入は不可能だドゥクス、捕鯨するなら今のうちだ。──この嵐だ、多少無理をしたところでバレはすまい」


「分かっているさラムウ」


 ドゥクスは怯えていた、ここ(ガイア・サーバー)を離れたら最後、彼は二度と戻って来られず、それは生物で言うところの『死』を意味していた。

 マリーンのガイア・サーバーに電子的大()()が起こった事により、今日までの彼の行ないが全て露呈、ヴァルヴエンドにメンタル・コアを保存している彼は尋ね人になってしまった。現界したら最後、ヴァルヴエンドに捕捉され、プロメテウス・ガイアによる刑罰が執行される。

 彼は自らの罪を暴露した。


「特別個体機の掌握から始まり無断の複製、転用、使用、並びにウルフラグ特別法令で定められているペルソナエスタの生成、静電基盤基礎理論の模倣使用、上げたらキリがない」


「ドゥクス…何故そこまでして…何の為に?」


 彼が答えた、「師の教えを体現する為に」と。


「──ラムウよ、私の代わりにヴァルヴエンドに赴く覚悟は出来ているのか?」


「…………」


「まあ良い、君が望んだ事だ、止めはしない。──最後の仕事か…実に惜しいよ。人は生死の苦しみから避けられないようだ、かのマギールもそうであったように…ふう」


 ラムウはドゥクスの焦りようを目の当たりにしたくなかったので自ら話題を変えた。


「…複製したメンタル・コアが消去されずに残っていた原因はあのクジラにある、そうだったな?」


「…ああ、そうとも。あのコピーはウルフラグが大波に飲まれた時に消えているはずだった、保存していた空軍の地下ドッグが水没してしまったからな、それなのにまだ存在している。セバスチャンはそうだと知っていてまだ使っているようだが…」


「オリジナルとコピーが出会ってしまった場合はどうなる?ペルソナエスタと同様に自我崩壊が始まるのか?」


「いいや」彼が答える、「未知だ、何が起こるか私にも分からない。何せ法令を犯しているのは世界でも私だけだからな、前例が無い」


「それはまた…」


「だから何が何でもあのコピーは回収せねばならん、ライアネットに把握されたら後々が面倒な事になる」


「まだ諦めていないのか?」


「無論、それが生きるという事だ──行こう、世話になった。推薦状なら向こうに送ってある、達者でな」


「待て──」


 あれだけ現界することに迷いを見せていたのに、ドゥクスは簡単な挨拶をしただけでさっさと行ってしまった。





 荒れ狂う波に飲まれないよう必死になりながら、ナディはクジラを観察するように旋回していた。


「あれって…あんなだったっけ?」


「違う、見る限りではどうやらハフアモアが体にこびりついているようだが…あの色はガングニールとダンタリオンか?」


「色ってなに?何か関係があるの?」


「パーソナルカラーだ、私が管理する機体には全て色が設定されてい──るん?!」がつん!とした波に当たり、ノラリスが言葉も途中で噛んでしまった。


「ふざけるの止めてもらえませんか〜?」

「いや今のは波に──」


「ちょっと!ナディちゃん?!そっちこそふざけるのは止めて!この波に飲まれたら洒落にならないんだよ?!」


「うい〜」

「人の注意はちゃんと聞こうね」


 ナディたちの前に姿を表したクジラはとくに何をするでもなく、ただそこに浮いているだけだった。だが、ナディたちが移動するとそれに合わせてクジラも移動し、付かず離れずの距離を維持していた。

 激しい雨は変わらず、海に浮かぶクジラが放つオレンジとブラウンの光りで雨雲の下でも明るかった。

 アネラは膠着状態を早く抜け出したかった。


「ウィゴー!どうするの?船に帰るの?!倒すの?!」


「こんなの連れて帰れないよ!ブリッジとも連絡が取れないし!倒すにしてもこの波じゃ──うわっ」


 大きくうねるように進んでくる波にポンコツオレンジが足元をすくわれそうになり、態勢を大きく崩したが何とか持ち堪えた。

 ナディは波に飲まれるのも時間の問題だと思い、ノラリスをクジラへ近付けた。


「ナディ?!」

「ナディちゃん?!」


 アンカーボルトの射程距離に入る。ナディは二人の制止も聞かずに発射、放たれたアンカーが発光している体表面に突き刺さり、機体の揺れがぐっと収まった。

 クジラは体に異物が刺さっているというのに反応が無い、反撃する素振りが一つもなかった。──に思われたが、


「──うわうわうわうわ?!」


「ナディ!」

「言わんこっちゃない!すぐにアンカーをリリース!」


 何かのスイッチが入ったようにクジラが動き始め、アンカーボルトを刺したナディはノラリスごと持って行かれそうになってしまった。

 急いでアンカーボルトのワイヤーをリリース、クジラはアンカーが刺さったまま潜水を開始し、ウィゴーたちへ反撃することなく来た道を引き返していた。


「な、何だったの…」

 

「何故アンカーボルトを打った?」


「いや、あのクジラに刺せば機体を固定できると思って…」


「そういう事は──」ウィゴーはかんかんだ、ノラリスの言葉を奪うようにして、「そういう事は事前に相談して!!あと少しで持って行かれる所だったんだよ!!」


 初めて聞くウィゴーのマジギレの声にナディはつい反論で返してしまった。


「で、でも!このままっていう訳にもいかなかったでしょ?!」


「もういい!──とにかく今のうちに距離を空けるよ!」


 クジラが離れていくほど不思議な事に、波が収まり風も止み始め、途絶していた通信も復活していた。

 ディアボロスから早速通信が入った。


「ウィゴー?!状況はどうなっている?!」


「クジラが逃げたワズ!方角は──嘘でしょ…ラフトポートだ!!──ディアボロス君モンローにも連絡入れて!!」


 まるでクジラが嵐を連れて来たかのように、去った後の海が凪ぎ、雨雲に隙間が空き始めて光りの柱が立っていた。

 

「ヘイムスクリングラもヒルド・ノヴァを出すと返答があった、それからヘルフィヨトゥルは一時本土へ戻るらしい、マカナの機体を受け取りに行くと連絡があった!──今はお前たちだけでもラフトポートへ行け!あんな巨体が暴れ回ったらひとたまりもない!」


 ウィゴーが先行して進み始め、アネラが「まあ、ナディのせいじゃないよ」とフォローしてくれた。

 ナディは、うん、とか、まあ、とか適当に返事を返してからウィゴーの跡を追いかけ、アネラもそれに続いた。

 それから暫くもしないうちに、ウィゴー班の上空をかっ飛ばす赤い機体が現れた。フランが搭乗するヒルド・ノヴァだ。

 赤い死神は嵐を追いかけるように、ラフトポートへ真っ直ぐに飛んで行った。





 ラフトポート周辺の空は未だ厚い雨雲に覆われひどい雨を降らしていた。海上は激しく降る雨によって白く煙り、その中をジュヴキャッチと新都の部隊が行き交う。

 突然の宣戦布告であった、カゲリから報告があった新都の軍はただ奪うとだけ宣言し、部隊を出動、ヴィスタたちはその対応に追われ、心許ない数でラフトポートを死守していた。


「絶対に突破されるな!!」


 ヴィスタがそう檄を飛ばし、味方の機体が敵を撃ち抜いていく。また、敵の機体も味方を撃ち抜き、数を減らしていく。


(あれがウィゴーから報告があった空を駆ける船か、動かれたら厄介だ)


 視線の先には、他の船から護られるようにして鎮座している変わった外観を持つ船がいた。動く時ではないのか、ただ状況を静観しているように見える。

 その船に視線を向けていたヴィスタの機体が敵機にロックオンされた、聞き慣れたアラート音が耳を襲い、ヴィスタは瞬時に緊張感を高める。

 だが、ヴィスタ機を囲っていた敵機の一つが見えない銃で撃たれたかのように動きを止め、滑走しながら爆発していた。


「何だ?──いや、間に合ったのか」


 ラフトポートの空に現れた機体、新都が赤い死神と恐れていた存在、ヒルド・ノヴァである。

 ヴィスタに通信が入る。


「助けに来たわ!後から応援も来るから持ち堪えて!」


「感謝する!」


 彼は心から礼を伝えた。

 流動性可変型兵装をガンビット形態で使用していたフランは次々に新都の機体を落とし、ヒルド・ノヴァを後方に位置しているノウティリスへ向かわせた。


「さっさと落とすに限る!」


 赤い死神を待っていたかのように、ノウティリスから二機の人型機が姿を現した。フランはガンビットを呼び集めてお馴染みの鉄筋コンクリートへ変換させるも、新都の船から新たな機体が飛び出していた。


「──しまった!「良い!お前はその船を押さえてくれ!あとは俺たちが何とかする!」


 新都の軍は赤い死神が出現すると予測し戦力を温存していたのだ。

 彼らの策にはまったヴィスタたちはヒルド・ノヴァの支援を受けられず、さらに心許なくなった機体で対応しなければならなかった。


「ここが正念場、奴らも同郷の民を食い物にしなければならないほど必死という事だ、こんな侵攻は二度も起きない。──行け!!」


 ヴィスタが味方部隊へそう号令をかけた時、防衛線に陣取っていたバハーから通信が入った。


「バハーだ!未確認のIFFがこの海域に急速接近中!注意しろ!」

 

「──クジラか?!こんな時にっ」


「防衛線まで撤退しろ!あの巨体に巻き込まれたらひとたまりもないぞ!」


 ジュヴキャッチの足並みが乱れた、進む者後退する者に分かれ、その乱れを突くようにして新都の部隊が進撃、味方がさらに撃たれていく。

 ヴィスタの頭に『降伏』の文字が浮かぶ、これ以上の戦闘は無駄に命を散らすだけ──そこへ彼らに止めを刺すかのようにクジラが現れた。

 ラフトポートの海域に姿を現したクジラはテールスラップという、尾鰭を水面に叩き付ける行動を取っていた。これは自身の位置を知らせる、あるいは敵に対する威嚇行動である。

 新都の部隊は初めて見るであろう巨大生物を前に取り乱し、進撃の手を中断して一時海域からの離脱を試みた。しかし、運悪くクジラの進行方向に進入してしまった機体がその巨体に跳ね飛ばされ、いとも簡単に海へ墜ちていった。

 クジラは新都の部隊を巻き込みながら前進、向かう先は後方に鎮座しているノウティリスだった。

 酷い波を起こしながら進んでいたクジラが一度潜水し、ノウティリスの直前でブリーチングを敢行した。数十メートルはあろうかというその超重量の体を空飛ぶ船へぶつけていた。

 クジラの行動理由は分からない、だがヴィスタはこれを好機と捉え、三度進軍の号令をかけた。


「向こうの足並みが乱れた!今のうちに墜とすぞ!」


 波乗りに慣れた部隊である、平たい所が一つもない海を素早く進み、新都の部隊の背後についた。

 そこへウィゴー班も合流した。


「──ヴィスタ!遅れてごめん!」


「良い!クジラが敵の船に体当たりをかましてくれたお陰でこっちが優位に立てている!今のうちにお前たちも押し返してくれ!」


 ナディやアネラもトリガーの安全装置を外し、先行するウィゴーの跡に続いた。

 ナディたちから見てそこは戦場だった、海面には撃ち抜かれた機体の残骸が浮かび、中には息絶えたパイロットの姿もあった。

 ナディは躊躇いを覚えた、無理もない、今まで人を撃ったことがないからだ。新都のパイロットにも家族がいる、そう思うとトリガーがいつも以上に重たく感じられた。

 それだというのにウィゴーは遠慮なくトリガーを引いている、今も敵の機体を撃ち海へ墜としていた。


(敵と味方の区別…けれどそれは命を奪うとか…)


 ジュヴキャッチの機体に撃たれたらしい敵の機体が黒煙を上げながらこちらに向かってくる、ウィゴーが発砲し、ナディたちもそれに習った。

 誰が撃ったのかは分からないが敵機が被弾し、さらに動きが鈍った。


「後は任せたよ!」


 ウィゴーがそう後を託して先を行く、だがナディには撃てなかった。


(お願いだからもう行って!)


 ナディはそう願った、いや無理でしょもう、そんなんじゃ戦えないよ、と。

 被弾し今にも海へ墜ちそうな機体が発砲してきた。

 その弾丸がポンコツブルーのコクピットを撃ち抜いた。


「────え」


 シグナルロスト。アネラが搭乗していた機体がレーダーから消失した。


「アネラ?」


 コクピットに穴が空いている、そこにアネラが乗っているのに、コクピットには穴が空いていた。


「アネラ!応答して!」


 返事は無い、返ってこない。

 堪らず踵を返してポンコツブルーの元へ──向かおうとしたが、火花が燃料タンクに引火し爆発してしまった。


「アネラーーー!!うそうそうそうそうそ、そんなはずない、そんなはずない!!アネラ!応答してアネラ!!──うそうそうそうそ」


 アネラの無事も確認できぬまま、ポンコツブルーが海の上で燃え始める。そこでアタッチメントデッキにロックがかかり、無慈悲にも海へ沈み始めたポンコツブルーからノラリスが離れようとした。


「何やってんのノラリス!!このままじゃアネラが危ない!!火に当たって火傷するかも──「即死だ」


 その言葉を耳にして世界の全てが静かになった。

 即死。アネラが死んだ。もう二度と会えない。

 頭でそう理解していても心がその事実を拒絶した。


「────」


 今さっきまで生きていたのに、ちょっとした失敗をやらかした自分をフォローしてくれたのに。

 自分はその時何と答えた?フォローされた事が恥ずかしくてムカついて、生返事しかしなかったのではないか?

 死んだ。──アネラは本当に死んでしまった...?後でちゃんと謝ろうと思っていたのに、ちゃんとありがとうって言おうと思っていたのに。

 アネラが乗っていた機体が盛大に燃え、けれど雨水と海水によってすぐに鎮火された。残骸に変わった機体が海へ沈んでいく、それでも彼女から返答が無かった。

 ──ああ、そうだ、と心が認めた時、今度は頭が理性を手放した。

 聴覚が戻り、エンジン音が、届いてこなかった外の雨粒の音も耳に届き始め、ナディはアタッチメントデッキを強く踏み込んだ。


「──ぁぁあああ”あ”あ”!!」


 親友を失った痛みと悲しみが涙となって発散し、それでも激情が収まらなかった彼女が敵機へ接近、発砲されようが被弾しようが取り付いた。

 コクピットハッチを無理やり剥がし、中にいた人間をマニピュレーターでコクピットシートごと外へ引きずり出す。


「あんたさえ居なければ!!アネラが死ぬことはなかったんだ!!」


 ──そのまま握り潰した。

 それでも何も戻って来ない、彼女の命は海へ還ったままだった。

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