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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
284/335

TRACK 33

ゲッコウ・ステイト



「お〜いおいおい!お〜いおいおい!」びええん!と、唐突にピンク頭のデカラハムが泣き始めてしまい、ナディたちはどうしたら良いのか分からなかったのでとりあえず距離を置いた。


「引くわ〜」と、言ったのはナディである。


「いやナディが連れて来たんだから何とかしなさいよ」と、他人事のように言ったのはマカナだ。

 

「二人とも、ちゃんと構ってあげようよ私は行かないけど」と、ひどいことを言ったのがアネラである。

 マカナとアネラに尻を叩かれたナディが観念し、ラハムの元へ向かった。


「もう〜ラハム〜いきなり泣いてどうしたの?お腹が痛むの?」


「ナ、ナディさ〜ん!ナディさんはラハムのことを何処までも連れて行ってくださいね〜!」


「ああはいはい、トイレねトイレ。というかラハムってトイレする必要あるの?」


「トイレじゃありませ〜〜ん!プライオリティです〜〜!」


「な、何?プ、プラ?」


 地面にぺたんとお尻をつけておいおい泣いていたラハム、それを面倒臭そうに相手をしていたナディの元へ強い風が吹き付けた。

 ラハムもナディも堪らず目を瞑る、頭上から低いタービン音が爆音で聞こえ始めてきた。

 二人には聞こえていないが、畑作業をしていたマカナが「こんな所に降りてくるなー!」と怒鳴っている、せっかく葉を生やしたというのにぷちりと千切れ、あっという間に風に流されていた。

 通称エデンの島に一機の特個体が降り立った。

 簡素な躯体からちょー進化を遂げたガングニール・オリジナルである。搭乗者は皆んなの嫌われ者、ヒュー・モンロー。

 スマートなフォルム、オレンジカラー、背中には二本の槍を携え、肩にも追加腕部を携え、「どこの弁慶やねん」みたいな近接仕様の白兵戦専用機体、死す時は仁王立ち、標準装備。

 周囲に迷惑をかけながら着陸し、ばうむと音を立てながらハッチが開く、中からノンパイロットスーツのモンローが姿を見せ、爽やかな声でナディたちへ呼びかけていた。


「ナディ!俺と一緒に飛ばないか?」


「………」※中指を突き立てている。


「なら仕方ない!アネラはどうだ?」


「………」※親指を下に向けている。


 何をしに来たのか分からないモンローが速攻で振られた後コクピットへ戻り、「私は無視かよ!」とマカナの突っ込みを受けながら再び離陸し、「ラハムもいますよ〜!」という声は彼には届かなかった。



 彼女たち、ジュヴキャッチの大半のメンバーはヴァルキュリアの本土とも言うべき浮遊式人工島に移り住んでいた。島なのに浮いているのである。モンローのように。

 島の面積はおよそ五〇平方キロメートル、西暦時代の島換算で鹿児島県の喜界島に相当する。まあまあ広い。端的に言って、ラフトポートに住む人たちが一人ずつ家を建てても土地が余るほど。

 モンローのように浮いているお陰でヴァルキュリア本土は大災害を免れ、五年前と何ら変わらず在り続けることができた。資源も潤沢、とまではいかないが、自家製野菜や牛、豚、鶏などの畜産物も揃っているので食べ物にも困らない。

 まさしくエデンの名に相応しい島である。ホワイトウォールの崩壊を前にし、ここへ移り住むことを選んだラフトポートの人たちは「天国や…」と皆感動したらしい。──モンローさえいなければ。

 日課である畑仕事を終えた四人は、『工場』と皆から呼ばれている建物を目指して歩いていた。

 手足は土で汚れ、額は汗に塗れている。仕事用のスコップやら桑やらが入ったバケツを持ち、四人は足取りも軽く帰っていた。

 時刻は太陽がもう間も無くやる気を失くす時間帯、水平線の向こうにある家へ帰りたそうにしながら落ち始めていた。大体三時くらい。

 傾斜が付いた道を四人は肩を並べて下りて行く、さっきまでびええん!と泣いていたラハムも今は落ち着いており、手にしたバケツを振り子のように振っていた。

 ナディがラハムに訊ねた。


「さっきはどうしたの?」


 ナディに構ってもらえて嬉しいのか、無駄に大きい胸を張り、「ふふん♪何でもありません」と答えるものだから三人が雑談を始め、ラハムがすぐに泣きついた。


「む、無視はよくありません…」


「──全く、ラハムがはぐらかすからでしょ」


「それで、何かあったの?最近のラハムってちょいちょい奇行が目立ってたよ」


 そう訊ねたアネラはダンタリオンから貰ったロングスカートに足を通し、いつでもお菓子を食べられるようにとポケットが沢山ついたチョッキを着用していた。ちなみに子供たちからたかられるのですぐに無くなる。

 ラハムが答えた。


「ラハムの熱くて切な〜い気持ちがビビビ!とラハムにも伝わってきたのです…どうしてかラハムにも分かりませんけど」


 「水着なんてモンローに乳曝してるようなモンだぞ!」とガングニールに言われてからすっかり長袖を着るようになったマカナが、「そのラハムっていう一人称なんとかならないの?」と苦言を呈していた、彼女からしてみれば話しの内容が分かり難いらしい。


「NOでございます!これはラハムのアイデンティティ!ラハムはラハムなのです!」


「ラハムのアイデンティティってそんな一人称ごときで決まるようなちっぽけなものなの?」


「ガーン!」


「もうマカナ、めんどくさいって」

「そうだよせっかく機嫌直ったのに」


「さらにガーン!いやお二人の方がマカナさんよりひどいですからね?!」


「で?ラハムってのは他にもいるの?その他のラハムからビビンと何かが来たんだよね」


 振り子のように振っていたバケツを止め、ラハムが自分の顎に人差し指を当てて空を見上げながら答えた。


「そうなんです〜ラハムはラハムだけではありません、個の群体種、と言えばいいでしょうか「──今日の晩ご飯なんだと思う?」難しい話になりそうなのでマカナは速攻飽きていた、「聞いてください!──その個体から様々な情報が送られていたのですが、そのどれもが感情に関するものばかりだったんです」


「ふ〜ん…」とナディアが言い、「それでラハムは急に泣いたり怒ってたりしてたの?」


「はい、ラハムもどうすれば良いのか分からなかったので外へ向けて発散していました」


「頭がおかしくなったのかと遠巻きに眺めてたわ」

「ナディさんってラハムに対する扱いが日に日にひどくなっていきますよね」

「元からそうだったよ」

「ラハムに飽きたんじゃない」


 ラハムが盛大に「NO〜〜〜!!!」と叫んだ。まるでそれが合図になったかのように、道の先にいた子供たちがだっ!と駆け出して来た。


「おかえり〜!」

「お菓子〜!」

「ああ、はいはい」

「土食べた?あれおいしくないから食べないほうがいいよ!」

「なに〜?それ先に教えてよ〜!」


 子供たちがわっと笑い声を上げた。

 子供たちの手を引き、散歩に出掛けていたガングニールが「よお」とナディたちへ挨拶をした。


「畑仕事は終わりか?」


「そだよ〜ん」


 ガングニールのボリューミーな髪が風に煽られ、ライオンの立て髪のごとくふぁっさふぁっさとしていた。


(ほんと、あのガングニールとは大違い、垂れ目な所はそっくりだけど)


 ナディはあっち (ウルフラグ)のガングニールと面識がある、そのせいもあって目の前にいる大女にちょっとした違和感を感じていた。

 ガングニールがナディのじっとした視線に気付き、「どうかしたのか?」と声をかけていた。


「あ、い、いえ。お、お腹空いたな〜って」


「ああ、メシならダンタリオンが作ってるぜ〜あとで手伝いに行ってやんな。──皆んな行くぞ〜!走れ〜!」わ〜!と、走り出したガングニールを子供たちが追いかけていった。


「ほんとガングって子供好きだよね〜」


「ね〜」


「ラハムは子供とか別に好きじゃなさそうだよね」とナディが冗談をかますと、


「え?どうして分かったんですか?」と返ってきた。


「………」

「………」

「………」


「ラ、ラハムは何と答えれば良かったんでしょうか…」



 工場。もう見たまんま工場である。正面入り口は自動扉になっており、中に入るとまず下駄箱が列をなして置かれている、工場の中で住む人たちのための物だ。

 天井が高い、所謂昇降口から真っ直ぐに伸びる廊下と左へ進む廊下に分かれている。帰ってきたナディたちは下駄箱で上履きに履き替え、左へ伸びる廊下へと進んだ。


「この靴を履き替えるシステムが面倒臭いんだけど」と、また苦言を呈したのはマカナである。生まれも育ちもカウネナナイっ子なので、屋外と屋内で靴を履き替える習慣がなかったのだ。

 その点、ナディはウルフラグの学校に通っていた事もあるので慣れていた。アネラは何にでも面倒臭がるので逆に慣れていた。


「ん?でもマカナもここに居たんだよね、可愛らしい字でまかなって書かれてたよ「え、そうなの?どれどれ?」


「もうそんなのいいから。──もう忘れました〜そんな小さな頃なんてとっくにぱあです〜」


「頭がですか?「何?さっきの仕返し?」


 マカナがラハムの胸に水平チョップをかまし、やいのやいのとやっている間に皆んなの食堂へ付いた。

 外観は完全な工場だが内装は全く異なる。屋内なのに木々が生え、その枝には小鳥たちが止まっている。各テーブルは芝生、赤レンガ、衝撃吸収材の床で区切られており、工場で働く職員や教官らが既に食事を取っていた。

 ナディたちは木々のアーチを抜け、すうと鼻につく森の匂いを嗅ぎながら赤レンガのテーブルへ向かった。

 土で汚れたバケツをその赤レンガの床に置き、芝生エリアを越えて手洗い場へ向かう、その道中、芝生エリアでご飯をハムハムしていた教官の一人に声をかけられた。


「お疲れさん」


「あ、どうも〜」


 名をスルーズ、またの名をミルキージャーキー。頬には重ねた年月を思わせるしわがあり、けれど強い光りを目に宿していた。

 

「今日も食べないの?何なら私が牛乳を貰ってこよっか?」


「そんな食べ方はもうしていない、下らない冗談は止めなさい」


 マカナが軽いやり取りをし、それから四人は手洗い場に付いた。

 手洗い場には大きな窓が一つある、外の景色は超高層ビル群が建ち並ぶ「ここどこやねん」みたいな街並みだ。昨日は大きな滝、その前は海の中だった、この窓は毎日毎日景色を変え、食堂で食事を取る人の目を楽しませる役目があった。

 手を洗い、ぴ!ぴ!と水を落としてカウンターへ、そこには一人の女性っぽい職員が割烹着を着て立っていた。


「ダンタ〜ご飯〜」


「その前に挨拶は?」


「ご飯〜」


「全く、マカナは昔っから人の言う事を聞かないんだから」と、母性満載の困った笑みを浮かべたのはダンタリオン・オリジナル。性別不詳。いや性別ダンタリオン。

 その艶やかな髪の色は黒、どこぞの放牧娘のように、括った毛先を手の込んだ三つ編みにしている。

 アネラがそっとナディに耳打ちした。


「…この人、ほんとに男の人なの?ナディよりお淑やかだよね」

「…そういう事は私がいない所で言ってくれる?」


「はい、二人も、挨拶は?」


「ご飯〜」

「ご飯〜」


「子供って悪い所ばかり真似をするよね〜「大人だわ!」×3「ラハム、配膳を手伝ってくれる?「了解しました〜!」


 ラハムが配膳してくれたご飯をハムハムし、後でラハムも合流して四人でハムハムしているとオリジンのメンバーも食堂へやって来た。

 パイロットスーツを着たままのアヤメとナツメ、それから普段着のアマンナとプエラである。食いしん坊の称号を持つアマンナは手洗い場をパスしてカウンターへ向かい、「ご飯!」と言うも「手を洗いなさい!」とダンタリオンに叱られすごすごと退散していた。

 オリジンのメンバーもナディたちに合流した。

 ナディは隣に座ったアマンナに話しかけた。


「訓練はどうですか?」


「ちょー暇、私ら眺めてるだけだから」


 今度はプエラがナディに話を振った。


「畑仕事してるんだって?私も手伝いに行こうか?どうせ暇だし」


「え、いや〜、まあ…機会があれば「その断り方は絶対ないわよね。何なの?私何かした?避けてるわよね?」


 ナディの愚行を知る三人はにやにやと笑っているだけでフォローはせず、鶏肉のソテーをハフハフしているだけだ。

 そう!ナディはプエラの事を避けている、だってバレたら洒落にならないし。それなのにこの白い女はぐいぐいと突っかかってくる。


「避けてるわけでは…あ!そう!私綺麗な人って苦手なんですよね〜!「は?喧嘩売ってる?それをあんたが言うの?「すみません…」


「訓練の方はどうですか?ここの教官って訓練中は人の心がないでしょ」


 マカナがアヤメたちにそう話を振ると、「それな」と返ってきた。


「鬼畜にも程がある、いや指摘してる事は正鵠を得ているんだがな」


「いや〜基礎ってきちんとやったつもりだったんだけど、まだまだだって思い知らされたよ。フランちゃんもここを卒業したんでしょ?」


「そうですよ〜まあ私の方が成績はトップでしたけどね」


「なんだと?」

「なんだって?」


「良ければ手合わせてしてあげてもいいですよ」


 アヤメとナツメ、二人はラフトポートにいた間、フランから手解きを受けていたが一度も勝てていない。だからこの島の教育機関で訓練を受け、雪辱の機会を窺っていたのだ。

 目の前に座る、長袖短パンという目のやり場が足しかないマカナの方がフランより上と知り、二人の目付きが変わった。決してその御御足(おみあし)を触りたいとか、そういう事ではない。

 ふふんとマカナが、思わずベッドの上で懲らしめたくなるような笑みを浮かべて二人を挑発するも、「駄目に決まってるだろ」とミルキージャーキーから嗜まれていた。


「工場長から呼び出し受けてただろ?きちんと時間は守りなさい、だからこんなに早く晩飯食べてるんだから」


「ああそうだった。何の話?」


「知らない、私たちも聞かされていない。それ食ったらさっさと風呂入って身支度を整えるんだな」じゃ〜な〜とミルキージャーキーがテーブルから去って行った。


「マカナちゃん、良かったら私たちと一緒に行く?」風呂的な。


「ええ?いやいいですよ、ナディたちと一緒に行きますので」工場長の所へ的な。


「いつも三人は一緒なのか?」風呂的な。


「まあ…そうですけど」親友だから的な。


「寝る時も?」えっち的な。


「はい」川の字的な。


 アヤメもナツメも「ガチか…」と目を合わせ、驚きの様子を見せる。

 主語が無い、お互いに誤解を生んでいる会話の隣では、ナディが少し暗い顔をしながら食事の手を進めていた。メインディッシュはカレーだ、肉汁も野菜の汁もスパイスと共に溶けて大変美味しい。

 けれど、彼女の心はラフトポートに向いていた。

 ナディの顔色にすぐ気付くアネラが「どうかしたの?」と訊ねた。


「それ美味しくなかったの?」


 アネラのメインディッシュはアヤメたちと同じ鶏肉のソテーだ。


「ああいや…残った人たちはどうしてるのかなってさ」


 あんまりジメジメした空気が好きではないマカナが「ナディ」と名を呼び、


「それ、気にする必要は無いって散々言ったよね?残るって決めたのはその人たちなんだから」


「いやそうだけど…私があの時気付いていたら、こんな事にはならなかったのかなって思うとさ」


 良く事情は知らないが、プエラは口を挟んだ。


「あんた、王様にでもなるつもりなの?」


「え?」


「他人が決めた選択にまで気を配る必要がどこにあるのよ、その人たちの人生なんだから。津波に飲まれるかもしれないと分かってて、残るって決めたのはその人たちよ。他人の人生に口出しできるのはせいぜい神様から王様ぐらいなもんでしょ」


「まあ…」


「プエラさんの言う通りだと思うよ。──まあ、気にするなって言われても気にするのは分かるけど、ナディが暗くなる必要は無い」


「まあ…」


 それから悶々としたままスプーンを進め、ナディは美味しいカレーを平らげた。

 そして時間になり、呼び出しを受けた面々が工場長の元に集まった。

 ナディたち一同はホワイトウォールの件についてだろうと考えていた、崩壊はすぐそこにまで迫っている、だから悪い話に違いない、と。

 けど違った。



「──え?崩壊していない…?」


「うむ」と、重苦しく頷いたのは工場長だ。


「この画像を見ての通り崩壊はしているが、それは局所的なものだ。我々が不可能だと結論付けた段階的放水、つまり、ウルフラグにいる者、あるいは団体がホワイトウォールに穴を空けたんだ。信じられんよ」


 工場長が差し示すモニターには解像度が荒いものの、白い山の中腹辺りから黒い穴ぼこが発生し、海は高い水飛沫を上げていた。


「…………」


「今朝方から島周辺の水位が僅かにだが上昇し、それは今も続いている。この速度であれば懸念していた大洪水は無く、ノアの方舟も不要だろう。誰だか知らぬが、穴を空けてくれたお陰だ」


「じゃあ…つまり…」


 ナディの問いに老人が答える。


「カウネナナイは無事だ、二度目の大災害は起きない、私がそう断言しよう」


「────」


 工場長が発した言葉の意味が遅まきながら頭に浸透し、皆んなが作ったしじまを皆んなが「やったー!」と破っていた。

 とくにセレン三人衆は抱き合いぴょんぴょんと飛んでいる。彼女たちの第二の故郷となりつつあったラフトポートが無事なんだ、喜ばないはずがない。


「──今すぐ戻って皆んなに知らせよう!!」


「そうしよう!」


「今すぐ出たら明日の朝には着くよね?!」


 まあ待て待てと工場長が三人を止めた。


「まだ話は終わっとらん、辛抱しなさい」


「でも!」


「無事だと分かったんだから一日二日遅れたところでどうもせん。それよりも、ホワイトウォールの調査をお前さんたちに頼みたい」


 そこで三人はくるりと後ろを振り返った。そこにはオリジンのメンバー、ヴァルキュリアのメンバー、それからミルキージャーキーを筆頭にした鬼畜メンバー。工場長が「いやお前たちだ」と素で言った。


「え?私たちが?」


「他に誰がいる。お前さんら三人が一番適している、ラフトポートにいる人たちへ無事だと報告し、その足でホワイトウォールへ向かってもらいたい」


 ナディとアネラは「めんどくさ」と顔に出している。が、


(──あれ待てよ、穴が空いたってことは向こうに行ける?)


「──行きます!!」

「あ〜変なやる気スイッチが入った」

「たまにあるよね」


 なんだと?!と、三人がそのまま雑談に入ったので、ミルキージャーキーが工場長に訊ねた。


「で、この子らに何を調査させようって?」


「うむ、調査と言っても研究用の試料を取ってきてもらうだけだ。それならこの馬鹿三人「なんだと?!」×3──見た目だけが取り柄の「なんだとおっ?!」×3──難しい事をさせるつもりはない。安心しなさい」


「それならいいけど…」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた三人を無視し、今度はナツメが工場長に訊ねた。


「新都の軍はどうするつもりですか?ここへ来る時は大所帯だったから見逃されたようなものの、三人だけなら何をしてくるか分かりませんよ」


「うむ…この三人なら大丈夫だと思うたが…お前さんら、この三人には勝てないだろ?」


「なんだと?」

「なんだって?」


 工場長の物言いに、スナイパーの如く反応する二人。


「この島での最高戦力はそこの馬鹿三人だ」誰が一番頭が悪いか選手権を開いていた三人は工場長の暴言に気付いていない、「機体制御、射撃、格闘性能は平均的だが連携精度が随一だ。この私もあそこまでのものは今まで一度も見たことがない、だからこの三人が一番適していると言ったんだ」


「………」×オリジンメンバー。

「………」×ヴァルキュリアメンバー。

「………」×鬼畜メンバー。


 ほお...とそれぞれが熱い視線をセレン三人衆へ送る中、島の嫌われ者ヒュー・モンローが工場長室に入って来た。


「遅れてすまない!いや〜彼女たちがなかなか離してくれなくてね、困ったものだ。で?話というのは?」


「──ちょうど良いのが入って来たではないか。オーディンと名乗るうつけ者よ、お前さんに渡したガングニールでそこの三人と勝負をしなさい。もし勝てたらその中から妾を一人選んでも良いぞ」


「──それは本当なのか?選んでいいのか?ボールを投げた途端に弾かれたりしないか?」


「何を言っているのかさっぱりだが条件は忘れるなよ、勝てたらの話だ」


「いいだろう!このヒュー・モンロー!未来の花嫁のために尽力すると約束しよう!」


「え?」

「え?」

「え?何か言った?」


 モンローの二本のアンテナがやる気を表しているのか、くるくると回っていた。



(もう何で私がそんな馬鹿げた勝負しないといけないの!草か〜?!水か〜?!それとも私は炎タイプなのか〜?!)


 ナディが激おこぷんぷん丸になりながら、一人で工場内の廊下を歩いていた。お風呂の帰りである。

 その手には湯煙セットが握られ、石鹸の香りを辺りにばら撒きながら長くて無機質な道を歩いていた。

 マカナが「私が一番頭が良い!」と言い出したもんだからナディとアネラは食ってかかり、結局泥試合になった馬鹿選手権の間に、本当に下らない模擬戦の話が決まっていた。

 ヒュー・モンローとの模擬戦、もし負けたら三人のうち一人がゲットだぜ!される。


(早く向こうに行きたいのに!アリーシュさんたちも心配だし!それなのに模擬戦て!)


 ぺたぺたとスリッパの音が長い廊下に反響し、等間隔に置かれた一つの明かり取りの窓に差しかかった。

 窓の向こうには緩やかな傾斜が付いた坂が見え、その中腹から月光に照らされたのどかな畑の群れがあった。常々海を見ていたナディにとって、ここは新鮮で、そして懐かしさを覚える場所だった。

 

「──ん?」


 歩き始めた途端、ナディはその畑の中でキラリと反射する物を見つけた。


「んん〜?──え、ラハム?」


 薄ぼんやりと見えたのは複数の人影が畑の中でしゃがんでいるところだ、この時間帯に畑仕事だろうか?その中にラハムがいた。

 何をしているのか興味が湧いたナディは、怒りで燻った頭を冷やすため、外へ出ることにした。


「──おや、ナディさんじゃないですか。どうしたんですか、こんな時間に」


「いや、それこっちの台詞なんだけど…あの、こんばんは」


 下駄箱で靴を履き替え、工場から一番近い畑へやって来た。ここで栽培されているのはキャベツである、野菜の中で最も難しい。

 ラハムは畑の中でしゃがみ込み、ハンディライトを囲いの柵に括り付けようとしていた。ナディの視界に入ったキラリはこのハンディライトの明かりだった。

 そして、ラハムと共にいたのが──


「こんばんは」


「………」


 ナディの恋人であるライラの両親、リアナとカイルだった。

 カイルは最後に会った時と何ら変わった様子がない、柔和な笑みと思慮深い光りを目に湛えている。

 ただ...リアナは違った。白化症に罹っていた。


「え、と…この畑はカイルさんたちが?」


「ああ、ここいらは僕らのお手製でね。けれど、この畑だけどうにも実りが悪いから彼女にお願いしてライトを付けてもらっているんだ」


「──虫避けですか?」


「まあ、そうなるかな、ライトの明かりで虫たちを誘導できないかと思ってね。リアナの案なんだよ──そうだろう?」


「………」


 カイルに話を振られてもリアナは地面から視線を外そうとせず、けれど言葉の意味は分かるのか、こくりと僅かに頷いた。


「すまないね、今日は少し調子が悪いみたいだ。いつもならお喋りくらいならできるはずなんだけど」


「いえ…」


 リアナはじっと地面を見ている。その瞳がキャベツを捉えていない事ぐらい、付き合いが浅いナディにも分かっていた。

 娘だ。リアナの瞳は娘の姿を追いかけている、ナディはその姿を痛々しいと感じていた。

 ライトを柵に取り付けていたラハムが元気良く「できました!」と言い、ナディはどこか救われたような気持ちになっていた。


「手伝わせてしまってすまないね、助かったよ。新鮮なキャベツが獲れたら真っ先に君へ渡そう」


「ありがとうございます〜」


 カイルがそうお礼を言い、優しい声音で「帰ろうか」とリアナを促している。彼女がゆっくりと立ち上がり、そこで初めてナディの存在に気付いた。

 リアナと目が合う、思っていたよりも生気はある、ナディはその事に驚いた。


「──ライラは?今日は一緒じゃないの?」


「い、いえ…」


「そう」


 その一言がまるで、「どうして一緒じゃないの?」と聞こえてしまい、ナディは胸が締め付けられた。

 二人が畑から去るまで、ナディは俯けていた顔を上げることができなかった。


 その帰り、ナディは久しぶりにラハムと二人っきりになった。

 さくりさくりと地面の土を踏む音、それからすぐ隣にいる他人の気配、そして夜空から降り注ぐ月光が夜の世界を遍く照らしていた。

 ナディは自分より少しだけ先を行く、甘えん坊で困らせ屋のラハムに声をかけた。


「ラハムって、こんな遅い時間でも人の手伝いをしてるの?さすがに断りなよ」


「いえいえ、それがラハムですから」


「何それ」


「ラハムたちはアイデンティティから人を助けるようにインプットされています、ですからこれは使命のようなもので、鎖のようなものなんです」


 さくりさくりと二つの足音、鈴虫の声、ひんやりと冷たい風が二人を包み込む。


「邪魔だと思ったことはない?そのアイデンティティを、それが無かったらラハムは自由になれるのに」


「まさか」とラハムが即答、「アイデンティティがなければラハムたちは生まれてきませんでした。──まあ、アイデンティティというのは要はAIロボットを作るためのコンセプトのようなもので、ラハムたちはカマリイさんが政府から依頼を受けたから生まれてきただけなんです」と、事もなげにそう言った。

 己の存在を俯瞰したかのような物言いだ。ナディは何だか新鮮さに当てられ、こう訊ねていた。


「人助けって楽しいの?」


「なかなか根幹を突く質問ですね。──そうですね、とても辛いです」


「え?辛いんだ…」


「はい、ラハムたちは人を助けるようインプットされて生まれてきたのに、生まれた時からラハムたちは相手にされませんでした。どうして駄目なのか、何が駄目なのか、全く分からずじまいでいくらラハムたちと共有しても答えが分かりませんでした」


「………」


 ナディは黙って彼女の話に耳を傾けた。


「もう止めよう、人助けは諦めようと皆んなで結論を出し合った時、ラハムたちはあなたに出会いました。覚えていますか?ウィゴーさんが経営していたあのバーのこと」


(ナディは一瞬、え?何の事?と、慌てて思い出そうとするがなかなか思い出せず、この空気で正直に言ったらさすがに申し訳ないと思ったので)覚えているよ、と答えた。


「あの時、あの日が全ての始まり──いいえ、ラハムたちの再起の日でした。ああ、人助けってこういう事なのかと、ラハムたちは学ぶことができたんです」


「そっか…」


「はい、今のラハムが──いいえ、ウルフラグにもいるラハムたちがあるのはあなたのお陰なんですよ、ナディさん」


「お、重いな〜…私そんなんじゃないのに…」


「だからなんですよ、ラハムたちが救われたのは」


「そういう謎かけは止めてくんない?」


「ふふふっ」


 ラハムの軽やかで、甘みもあって、人懐っこい笑い声が夜の中へ溶けていった。



「海へ出ている者たちへ告ぐ、これは実戦形式での模擬戦であり、勝敗が分かれる」


 翌る日、朝日が昇って間も無い時間、つまりまだ太陽も寝ぼけ眼の時、工場長の重たくてどこか眠たげな声が各機に届いた。


「進行する者、ヒュー・モンロー。守る者、マカナ、ナディ、アネラの三人。進行する者は設定された線を越える事を目的し、守る者はこの線を防衛する事を目的する。始め」


 所謂防衛訓練である。

 ガングニール・オリジナルに搭乗したモンローが旋回飛行を止め、激しい水飛沫を上げながら進行、沖から本土に向かって約二〇キロ地点からのスタートである。

 そして、マカナたち三人は防衛線から沖に進んで約一〇キロ地点からのスタート、中間地点で迎え撃つ形だ。

 だが三機は全く動かない!始め、と言ったのに始めない!

 カメラドローンの映像を工場内の食堂から観戦する他のメンバーたち。毎日毎日風景を変えている窓っぽいモニターには、「壊れたのか?」と言いたくなるほど動こうとしない三機が映し出されている。

 観戦メンバーのカゲリはのっけからクライマックスを迎えていた。何故なら、


「動いて!動いてよー!私のお菓子が無くなるでしょ〜!」お菓子通貨で賭け事をしていた。

 アヤメやナツメたちも観戦している。


「あれどういう事?何か考えでもあるのかな」


「さあ…あの爺さんが太鼓判を押すくらいだからなあ…何か考えがあって止まっていると思うが…」


「ガチで壊れてるんじゃないの?あれ大丈夫なの?」


「〜〜〜♪」※アマンナは焼き魚を頬張っている。


 鬼畜メンバーもとい、ミルキージャーキー一向はガングニールが勝つ方に賭けていた。


「さすがに線を越えるだけなら単機の方が勝つに決まってる、しかも進行側、三機で守る方が大変なんだよ。──カゲリ!あんたのエクレアは私のもんだ!ミルクに付けて食べてやるよ!」あっはっはっは!と未成年相手に高笑い。


「このくそ教官め…そんなんだからジュヴキャッチの男たちから相手にされないんだよ!!」


 やいのやいのと観戦しているのか騒ぎたいだけなのか、よく分からないメンバーたちとは違い、フランだけはじっとモニターを見つめていた。その目は真剣そのもの。ちなみにフランもお菓子をマカナたちにベットしている。


「──大丈夫よカゲリ、私の考えが当たっていればマカナたちはわざと後ろへ通すはず、そして背後を曝した途端に──「ドカン!「──そう!モンローは戦って勝つ事が目的ではないのよ!線を越える事が目的なの!だから止まっている三人に背後を見せざるを得ないのよ!」


 フランの読みに、他のメンバーたちから「お〜」と感嘆の声が上がった。


「そうか!あいつらが止まっているのはそういう事だったのか!」とジャーキーが感心している。


「罠だと分かっていても進まざるを得ない!そこを三人が突く!」と興奮気味に言ったのはナツメ。


「そんなんで本当に上手くいくのかな〜?」と懐疑的なのはアヤメだ。


「さすがに三機の攻撃は躱し難いんじゃない?三つの射線を避けないといけないのよ?」と注釈を加えたのがプエラ。


「ご飯お代わり〜!」とねだったのがアマンナだ。


 メンバーたちが見守る中、ずんずんとガングニール・オリジナルが進んで行く。


 そして、当のセレン三人衆と言えば──


「やってらんね」

「そうそう、試合放棄でいいでしょ」

「馬鹿ばかしい」


 考え無し!


「このまま船に戻ろっか、ウィゴーも一人ぼっちで寂しいだろうし」


「それもそうだね、そのままラフトポートに戻ろ」


「じゃ、かいさ〜ん」と、三機がすい〜っとその場から離れ、ウィゴーが待機している母船へと向かって行った。この動きに観戦メンバーは勘違いを起こして「予想外の動きに出た!」と盛り上がっているがただの勘違いである。

 ガングニール・オリジナルに対して斜め四五度に進み始めた三機の前に、海中からざぱあん!と新たな機体が現れた。


「ダンタリオンここにあり!」

「ぼいん!ぼいん!」


 変態爺いの称号を欲しいままにするセバスチャンの登場に、さすがのセレン三人衆も踵を返していた。


「聞いてないんですけど〜?!」

「あの人はガチでヤバい!モンローさんよりガチでヤバい!」

「もういや〜〜〜!!」


 スリーサイズは訊かれるわ風呂場は覗かれるわ寝床に襲撃してくるわで三人を大いに困らせていた、だからセバスチャンは人工島に上陸させず、ヘイムスクリングラの一室に閉じ込めていたのだが普通にそこにいた。

 彼を檻から解き放ったのはモンローである。彼は勝つ為なら手段を選ばない男だ。──司令官としての秩序?そんなもの海の底に沈めたわ!と言わんばかりに。


「童貞野郎!今だけは共闘の時だ!」


「うむ!協力の暁には炎タイプを貰い受ける!」


「いや駄目だ、俺が炎タイプだ、昨日相談して決めただろう。お前は草タイプだ!」


「まあどっちでも良いがな!「ぼいん!ぼいん!「誰を選んでも伝説級には変わりまい!──ではモンローよ!殿堂入り後に会おうぞ!」


 その言葉を聞いたモンローがその場ピタっ!とガングニール・オリジナルを停止させた。


「──お前が先に行け」


 何故動きを停めたのか、自分で言っておいて遅まきながら理解したセバスチャンもダンタリオンを停止させていた。


「いやお前が先に行け。先に殿堂入りしたライバルに勝つのが主人公だからな」


「分かってるんなら先に行け、お前がライバルだ」


「いやお前がライバルだ」


 と、二人が謎に先を譲り始めていた。

 全く模擬戦が進まないことに業を煮やした工場長から「制限時間を決める、五分以内に突破できたらモンローの勝利、五分以内に一機でも撃墜できたらマカナ側の勝利」とルールが追加された。

 目の色を変える四人。突破できたらゲットだぜ!一機でも、とはセバスチャンの参戦を認めたことになる!マカナたちからしてみればたまったものではない。

 

「殺せ〜!」

「行け〜!」

「もうほんとやだ…」


 スルーズとノラリスが先行、ダルそうにしながらポンコツブルーが跡に続く、いつもの陣形である、これが滅法強い。

 対する二人は博士の前で図鑑を貰う前からバトルを繰り広げていた、端的に言って味方同士で攻撃し合っていた。


「炎タイプを選んだ時点で貴様は最初のジム戦で詰みなのだ!大人しくここで負けよ!」


 ダンタリオン・マッド(いつも泥を被っているから)が機体にこびりついたハフアモアをライフルに替え、挨拶代わりに発砲した。


「抜かせ!ナディの魅力がイワークごときに通じぬはずがないわ!」


「──ああ?!なんか凄い寒気がした!」と一人叫ぶナディ。


 ガングニール・オリジナルが一本の槍を手に取り右前半身構え、突きの姿勢で突進した。


「このロンギヌスの錆にしてくれる!」

 

「どうせもう一本はカシウスとか言うのだろう!シン・劇場版で見たぞ!」


 ダンタリオン・マッドの弾丸をものともせずガングニール・オリジナルがさらに接近、モンローはロンギヌスで相手の頭部を狙った突きを放ち、ハフアモアの塊を削いだ。


「──グングニルだ」


 ばこん!と追加腕部が展開、オーディン(北欧神の方、こいつではない)が所持していた槍、グングニルも解き放った。


「ガングニールがグングニルだと?!何だその哲学めいた兵装名は!りんごがアップルを持っているとでも言いたいのか?!」


「ほざけ!ここで貴様を墜としてナディをゲットする!」


 などと、味方として引き入れておきながらモンローがセバスチャンと戦い始め、何も始まっていないのに混戦と化した二機の元へセレン三人衆が行く。

 四本の腕で二本の槍を持つガングニール・オリジナルと、泥状のバールのような物で応戦するダンタリオン・マッドの激しい近接戦、そこへスルーズとノラリスが一切の躊躇なくトリガーを引いた。

 

「セバスチャン──「どうせ二秒後に被弾とか言うのだろう!「いいえ、実弾です「なにい?!」


 ダンタリオン・マッドの頭部に寸分違わず被弾、スルーズの鬼畜のような射撃が彼を襲う。


「水タイプめ〜!模擬戦で実弾を使いおってからに!ちょっと胸揉まれたぐらいで根に持ち過ぎだ!──ぬん?!」ダンタリオン・マッドのコクピットハッチにも被弾、撃ったのはノラリス「これも実弾じゃないか!!あの娘たちは馬鹿なのか?!模擬戦だって言ってるのに!「セバスチャン、彼女たちはあなたを殺す気です「一時退避だ!ダンタリオン!」


 ダンタリオン・マッドがその場で海中へ、ざぱん!と水飛沫を上げながらその姿を消した。彼は逃げることには慣れている。

 残った一機と言えば──


「行け行け行け行けガングニール!!」

「墜とせ墜とせ墜とせアネラ様ー!!」


 競馬場で野次を飛ばすかのごとく、ジャーキーとカゲリはモニターに向かって吠えていた。

 カメラドローンの映像は三機の包囲網を抜け出し、疾走するガングニール・オリジナルが映されている、速度はもう間も無く亜音速、このまま行けばモンローの勝ちである。


「もう何やってんのよ〜〜〜!敵の策にまんまと引っかかってんじゃないわよ!」と、フランが叫ぶ。


「今の変態爺いは撃墜判定ではないのか?」とナツメの質問に答えるように、工内アナウンスから「逃走判定、故に勝敗はお預け」とあった。

 映像を見る限りではガングニール・オリジナルに最も近いポンコツブルーに動きは無い、じっとしている。

 その本人はと言えば、


(は〜めんどくさ、どうせ選ばれるのはナディかマカナなんだし別にいいや、後でお赤飯を炊いてあげよう)


 ぼけ〜っとしながら疾走するモンローの機体を眺めているだけだった、観戦メンバーたちから「あいつが何かをするばすだ!」と熱い視線を向けられているとも知らずに。

 アネラに通信が入る。


「ちょっと?!アネラ!何やってんの!!」


「え〜もういいじゃん別に、モンローさんに初めて捧げなよ、私がお赤飯炊いてあげるから」


「ふざけるな!」×2


「この距離とあの速度は当たんないって」


「いいから撃ちなさいよ!何の為にロングバレルのライフル持ってると思ってるの!」


「そうだよ!あのフランちゃんに一発当てたんだからあれぐらい余裕でしょ?!」


「はいはいもう」と言いながらアネラがライフルを構え、適当に銃口を逸らしてトリガーを引いた。

 勿論当たらない、ガングニール・オリジナルは避けようとすらしなかった。

 そこでさらに通信、その相手はモンローからだった。


「待っていろ炎タイ──ナディ!「私が炎タイプか〜い!」このウェディングランを駆け抜けて君の心を貰い受ける!その体を清めて待っているがいい!」あっははは!と豪快に笑いながらマッハに到達。さらに通信、「草タイ──アネラよ!君のその無垢なる体はこのセバスチャン・ダットサンが頂こう!明日の朝にはピンクの花が咲き乱れる!」という気色悪い言葉にアネラのスイッチがようやく入った。


「無理無理無理無理!!」

「撃て撃て撃て撃て!!」

「私関係なかったわ。二人とも頑張ってね〜」


 防衛線まで残り五キロを切った。快走を見せるガングニール・オリジナルを邪魔する者は存在せず、ナディとアネラが慌てて追撃に移るが時既に遅し。

 食堂でもカゲリが「あ〜エクレア〜!」と叫び、ジャーキーが「ミルクを持って来〜い!」と叫んだ時、それは現れた。


「──なに?!」


 防衛線より沖へ一キロ地点、もうほんと目と鼻の先の地点からざぱあん!とまた新たな機体が出現した、セバスチャンではない。

 その機体は特個体より小さい、大きさは半分くらい。練習機と同じマッドグリーンに塗装された機体だった。

 その機体がマッハで飛行するガングニール・オリジナルの鼻先でライオットシールドを構えた。


「この俺を受け止めるつもりか!!──いいだろう!!」


 モンローは正体不明の機体ごと弾き飛ばすつもりで速度を落とさず突撃を敢行。

 音割れする程の激音、鉄と鉄が衝突し──


「なにいいっ?!」


 マッドグリーンは弾き飛ばされることなく、ガングニール・オリジナルをライオットシールドで受け止めていた。

 ただ、エンジンのパワーが負けているせいで押されている、にじりにじりと防衛線へマッドグリーンが下り続けていた。


「行け行け行け行け行け!今のうちに!」

「墜とせ墜とせ墜とせガングニール!!」


 唐突な助太刀の出現で、負けを確信していたカゲリが「行け!」と吠え、勝ちを確信していたジャーキーが「墜とせ!」と吠える。

 追走していたナディとアネラが「チャーンス!」と目を輝かせる、そのすぐ後ろをマカナが「ふわぁ…」と欠伸をしながら続いた。

 このまま不明機がガングニール・オリジナルを抑えてくれれば、マカナたちもワンチャンある、越えられる前に辿り着くか、モンローが押し切るか、その均衡を破るようにセバスチャンが、「ざぱあんとな!」と再び姿を見せた。


「邪魔!!」×2

「お爺さん危ないよ〜」


「この際水タイプでも構わないというかお前たち三人なら誰でも良い!!いい加減右手と愛し合うのも飽きていたところだ!!」


 ノラリスとポンコツブルーが左右にぱっと散り、その空いた空間からスルーズが狙撃する、ダンタリオン・マッドが──


(──あ、これアカンやつや…)


 逃げ場が無い!左右にはノラリスとポンコツブルー、正面にはスルーズがいる、三機の間合いにのこのこと入ってしまったダンタリオン・マッドは逃げ場を失っていた。

 見逃してくれる乙女たちではない、頭部に再度被弾したダンタリオン・マッドの脚部にナディが近接武器を叩き込み、「やっぱ逃げよう!」と上昇を開始しようとしたがポンコツブルーからも攻撃を受けた。

 飛行ユニットの破損、外部カメラ全損、脚部半壊、たった一瞬の出来事である、セレン三人衆は機体の速度を一切落とさずこれをやってみせた。

 往生際の悪いセバスチャンが「ではさらばだ!」と最後の力で潜ったせいで勝利判定はお預け、後はガングニール・オリジナルとの勝負に持ち越された。


「そこの機体!!あともう少しだから頑張って!!」


 ライオットシールドを構え続けている機体のパイロットから返事があった。


「ふんすなのです!!」


「──え?ラハム?!──良い!とにかくお願いだからそいつ抑えてて!」


「了解です〜〜〜!」


 先行していたポンコツブルーの隣にスルーズがサーフボードを付けた、「これで貸し一つだからね!」と言いながらロングバレルのライフルを借り、波のせいで小刻みに揺れるレティクルをものともせずガングニール・オリジナルを撃ってみせた。

 モンローの機体が被弾するたびにカゲリは歓声を上げ、ジャーキーは机を拳で叩く。

 ──そして勝敗が決した。

 アンカーボルトの間合いに入った、三機から一斉に射出され、ガングニール・オリジナルの背中に突き刺さった。


「よっしゃ〜!!」×3


「──あ!!」


 ラハムの不吉にも感じる間抜けな声、しんと静まる食堂。

 マカナたちからは見えないが、モンローが機体から降りて海へ飛び込み、あと数十メートルという距離を自力で泳いでみせた。必死にも程がある。

 

「勝負あり、勝者はヒュー・モンロー。──私の見込み違いだったか…」


 工場長が機体に隠れて見えていない三人へカメラドローンの映像を送った。そこには大の字になってぷかぷか浮いているモンローの姿があった。握り拳を作って空へ伸ばしている。


「NO〜〜〜!!!!」


 ナディの叫び声はラハムにも負けない、それはそれは大きなものだった。

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