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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
281/335

TRACK 30

チェンジ・オブ・ハート



「全くもってフェアじゃねえな、これがお前たちのやり方か?」


 ヴォルターは武装した人間に囲まれていた、およそ好意的と呼べる歓迎の仕方ではない。

 広いラウンドテーブルの奥、ヴォルターから最も遠い位置に陸師府の関係者たちが座していた。


「すまないね、まだ君の嫌疑が晴れていないのだ、理解してくれたまえ」


 見慣れぬ老人がそう口にする。


「グリームニルの件について、そう言われて来たが?何を喋ってくれるというんだ」ヴォルターはポケットから煙草を取り出した、円卓のメンバーが揃って顔を顰める。


「先ずは謝罪を、君には重荷を背負わせてしまった。それから謝礼を、君には過去においてこの国を救ってもらった、感謝しよう」


 少し前のヴォルターなら、この言葉でも心が揺れ動いたかもしれない。

 けれど、もう彼の心はメメント・モリに定まっている。

 本当に、今更だった。


「──何が目的だ、言え」


「…よろしい。君にはホワイトウォールの調査を命じたい」


「調査だと?どの面下げて何を言うのかと思えばまた人をこき使おうって?ええ?」


 ヴォルターが一歩足を踏み出す、武装していた人間たちがセーフティー解除する。

 厚い壁に守られた老人がなおも言葉を続けた。


「通信用電波が奴らを引きつけるという事が確認されれば、レイヴンの信用が底を突くことになる。奴らは今日まで幾度も電波塔なる物を建設し、生き残った国民を潜在的に危険に晒してきた。今、ホワイトウォールへ調査船を派遣して調べている所だ、君も彼らに合流してほしい」


 話を聞き終えたヴォルターは鼻で笑った。


「はっ、お生憎だが今の俺はただの人だよ、ガングニールに搭乗することはできない」


「何故かね?」


「説明した所で分からんさ、どのみち空は飛べない。それでも俺に調査を命じるというのか?」


「………」


「というより…お前らもレイヴンが引き上げてんのは知っているんだろ?ホワイトウォールに空きが出てると知って、それでもお前らは自分たちの為だけに船を出したって言うのか?」


「それが何かね、我々の活動はひいては国民の為だ」


「下らねえ…俺は帰らせてもらう」


「──ところで、」老人がそう口にし、背中を見せたヴォルターに語りかけた。


「君はどうやら子供に手をかけたそうじゃないか」


「………」


 ヴォルターがゆっくりと振り返る。


「なに、深い意味は無い、ただの事実確認だよ」


「………」


 振り返ったヴォルターが歩みを進める、銃を構えていた一人が「止まれ」と制止を呼びかけるも、彼は聞かなかった。

 代わりに口を開いていた。


「お前たちこそマキナを操っていたそうじゃないか、間接的に言えばお前たちがティアマト・カマリイを殺したようなものだろう」


「証拠はあるのかね?」


「──何?」


「止まれ!!」


 一人の兵士がヴォルターの前に立ちはだかる──運の悪いことに。

 ヴォルターはぐっと体を沈め、前に出ていた足に体重を乗せ、歩みを止めずにその兵士の鳩尾に拳を叩き込んだ。

 叩き込まれた兵士の両足が床から離れ、くぐもった呻き声を発した後、そのまま気絶した。

 ヴォルターは円卓の奥へ踏み込み、老人の胸倉を掴んで無理やり立たせた。

 静かな怒りが彼の口から迸る。


「…だったら何だと言う。その口で言ってみせろ」


「………」


 老人は冷や汗をかきながらも動じる様子を見せず、ぐっと口を一文字に閉じている。

 一触即発の空気の中、円卓に入って来る集団が現れた。群店街でポセイドンを捕縛した陸軍の部隊だった。


「し、失礼します…れ、例のマキナを連れてまいりました…」


「……………」


 武装した人間たちに囲われ姿を見せたポセイドンは顔面が蒼白しており、今にも倒れそうなほど弱っていた。

 水を差されたヴォルターが老人の胸倉を離す。


「ちっ…命拾いしたな。後はてめえらでよろしくやっとけ、二度と追いかけ回すんじゃねえぞ」


 老人はもうヴォルターには目もくれず、入室して来たマキナに声をかけた。


「よ、よく来てくれた、歓迎しよう」


「………」


 ポセイドンは何も言わない。

 老人は構わず言葉を続けた。


「君にはホワイトウォールの調査を頼みたい、マキナとしての力を遺憾無く発揮してほしいと考えている」


 ようやくポセイドンが口を開いた。


「ホ、ホワイトウォール…な、な、なら、あなたたちも知ってて…?」


「うむ?何をかね」


「も、もう直に壊れる…ホ、ホワイトウォールがほ、崩壊する…」


 円卓の奥から離れ、入り口に差しかかったヴォルターは足を止めた。


「ホワイトウォールが壊れる?」


「え、え?し、知ってて、私を追いかけていたんじゃ…あ、あなたも、あの店にいましたよね…?ち、違うの…?」


「──おい、何の話だ、ホワイトウォールが壊れるのか?」ヴォルターが老人にそう訊ねた。


「………」老人は答えない。


「待て、ポセイドン・タンホイザー、お前、あの店に居たよな?それがどうしてここにいる」


「え、え、そ、それは…」


 顔面蒼白のポセイドンが彼らを見やる。

 

「連行されて来たんだな?」


 ヴォルターも彼らをギロリと見やる。

 

「テンペスト・ガイア、ティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、バベル・アキンドに続いて今度はこのポセイドンを操ろうって?」


「………」老人は答えない。


 ヴォルターは彼から言葉を引き出すことを諦めた。


「ポセイドン、どっちに付きたい?レイヴンか、こいつらか」


「ど、ど、どどっちでも…ホ、ホワイトウォールの、ほ、崩壊を止めてくれるなら…」


「それならレイヴンを勧める。今し方、ホワイトウォール方面へレイヴン本部からドローンが飛び立つのを見た」


「ほ、本当なの…それ…」


「ああ、それにレイヴンには他のマキナも合流している」


 老人が口を開いた。


「──それ以上の勧誘は止めたまえ、こちらは彼女に用事があって招いたのだ」


「招いた?武装させた集団に身柄を押さえて連行したの間違いでは?」


「誰がその間違いを正せるというのかね」


「誰がお前たちの味方をすると思う?陸軍にレイヴンを襲撃させて今やお前たちの信頼は底を突いているぞ」


「誰が君の証言を信じるというのかね」


「………」


「………」


「ちょいと失礼しますよ〜」からの「南無三!」カッ!とした唐突の光りが室内にいた全ての人間を襲う。

 目を焼かれた人間がその場でのたうち回る、その間にヴォルターはポセイドンの手を引いて会議室からまろび出た。

 裸眼であれば防ぎようのない攻撃だった、けれど彼らは裸眼ではない、咄嗟に視界をシャットアウトしてラハムの「南無三!」を防いでいた。


「こっちですよ〜!」


「──なんかよく分からんが助かった!ポセイドン!走れ!」


「ま、ま、待って!わ、わ私、う、う、うんち!」


「運動音痴って言いたいのか!──いいから走れ!」


 言い間違えたポセイドンが頬を赤く染め、ヴォルターに手を引かれながら陸師府のビルを後にした。



「ラハムのお手柄です〜!」


「はあ…はあ…はあ…はあ…」

「…………………」


「おや?バッテリー切れですか?」


「に、に、似たような…もんだ…い、今、息を、と、整えるから…ま、待ってろ…」

「…………………」


 場所は変わって何処かの群道、ゴミは落ちてるわ腐敗臭はするわで酷い所だったが、お陰で人の通りが全くない所だ。

 ヴォルターとポセイドンを会議室から救い出したラハムはくるくると能天気に飛んでいる、息が整ったヴォルターがようやく口を開いた。


「──はあ〜…まあ、何にせよ助かった、礼を言う」


「むっふふ〜♪」


「お前、もしかして俺たちの事を付けていたのか?でなければあんなタイミングで現れないだろう」


 ご機嫌なラハムが「ダッツライト!」と言い、


「総団長から指示がありました〜クーラントさんの助けになりなさいと〜」


「あいつの差し金か…ほんと良く頭が回る女だ」そこでヴォルターは地面に倒れて身動き一つしないポセイドンに声をかけた。


「おい、大丈夫か?」


「…………」※手をぶんぶんと振っている。


「さっきの話は本当なのか?ホワイトウォールが壊れるのか?」


「…………」※サムズアップ。


「ラハムからも報告がありました〜ホワイトウォールの壁がぱっかり、あいつらがうじゃうじゃ〜」


「あいつらがうじゃうじゃ──なら、さっき空を飛んでいたドローンたちは…」


「ラハムです〜ラハムが緊急出動してホワイトウォールへ向かいました〜今頃どんぱちしているはずです〜」


「お前たちだけで何とかなるもんなのか?」


「ラハムが総団長の所へ報告しに行ったのでレイヴン部隊も出動しているはずです〜」


「ラハムラハムって…その一人称なんとかならんのか、ややこしいんだが」


 ラハムが鋭く「NO!」と言い、「これはラハムのアイデンティティ!個性!」と断っていた。


「ああそう…とにかく別の個体がそれぞれ動いて対応に当たっているんだな?そういう解釈でいいんだな?」


「YES!」


「俺にできる事はあるか?」


「総団長に繋げます〜」


「ほんと便利な奴だなお前、通信もできるのか」


「えへへ〜──」そこで音声が切り替わり、「ライラです。クーラントさん、ご無事ですか?ご無事なら今すぐホワイトウォールへ向かってください、緊急事態です」


「待った無しかよ。こっちはポセイドンを回収した、できれば拾いに来てくれ」


「了解しました、すぐに向かわせます」


「向こうの状況は?」


「芳しくありません、武装用ラハムで押し留めていますがもう間も無く防衛戦が崩壊します」


「武装用って…こっちも満身創痍だ、戦力として当てにされても困るぞ」


「構いません、あなたには観測船の救助をお願い致します。ホワイトウォール近海に陸師府所轄の船が取り残されています」


「分かった、すぐに行こう」


「感謝します。何かあればそのラハムで連絡を」


 そこでぷつりと通信が切れ、ラハムが別個体のラハムを呼び寄せポセイドンの護衛に付かせた。

 それから、ヴォルターとラハムはガングニールを隠している桟橋へ向かって行った。



(さて…ああ言った手前…頼むのもな〜)


 盗賊稼業に身をやつしていたお陰でヴォルターは、人の目に付くことなく自由に行き来できるルートが頭の中にあった。追従していたラハムも「こんな道が!個体経験値おつ!」と言いながらしきりに感心するほど。

 だが、ヴォルターはガングニールの前で困っていた。


「乗らないのですか?」


「──今乗る」


 ヴォルターは観念し、桟橋に隠していたガングニールへ飛び乗り、外部ハッチの開閉ボタンに手をかけた。圧縮空気が抜け、ばうんと音を立てながらハッチが開く。

 ヴォルターがコクピットに収まり、シートの裏に置かれていたコネクトケーブルを引っ張り出した。


「さっきの個体経験値ってのは何なんだ?」


「全てのラハムは取得した経験を即時に並列化させています〜その経験値を取得した個体にはプライオリティが付くのです〜」


「そのプライオリティには何か特典でも付くのか?」


「特典とは?」


「何でも良いが…例えばご褒美が貰えるとか。貰えないのか?」


「欲しいです!」


「ちょっと待ってろ…」


 ヴォルターは手にしていた緊急起動用のコネクトケーブルを一旦手放し、以前闇市場で買い付けた充電式のバッテリーをラハムに渡してやった。


「ほれ、それをやるよ」


「おお〜!見た事ないバッテリーです〜!」


「せっかく優先順位を得たんだからな、それぐらいのご褒美がなかったらやってられんだろ」


「物理的なご褒美は初めてです〜!では早速…」と言い、ラハムが大災害前に流通していたバッテリーをランドセルにセットした。


「むむ?!むむむ?!お、おお〜!ソーラー式とは違った電力が──むっひょ〜〜〜!」ガン!ガン!ガン!と狭いコクピット内を縦横無尽に飛び始める、壁に当たろうがお構いなしだ。


「馬鹿!止めろ!「──南無三!「それも止めろ!「冗談です〜!むっひひ〜!「次やったらコクピットから追い出すからな!!「すみませんでした、以後気を付けます」


 途端にしゅんとしたラハムがコンソールに着地し、それから喋らなくなった。


「何なんだ全く…」


 改めてヴォルターはコネクトケーブルを頸椎に挿した、コンソールに警告文が表示される。


『緊急起動シークエンスを確認しました、実行しますか?』


「するからケーブル挿してんだろ」とヴォルターが文句を言いつつボタンをタップする。


『稼働時間は一時間です。起動後、身体並びに精神に重大な負荷がかかります、実行しますか?』


「するっつってんだろ!」


「キレ過ぎでは?」


「っるせえ!」


 ラハムに茶々を入れられながらヴォルターが再びボタンをタップ。

 途端に全身が重たくなり、頭にも酷い痛みが押し寄せた。


「……っ」


 ドゥクス・コンキリオがオリジナルを複製した際、人間が乱用しないようにかけたセーフィティーだ。搭乗者と特個体のメンタル・コアがあって初めて起動する、ヴォルターはその手順を無視し、自分の体に強い負荷がかかる方を選択していた。


「…行くぞ」


「大丈夫なんですか?見るからにしんどそうですよ?」


 海に没していたガングニールが辺り一面に海水をばら撒きながら夜空へ飛び立つ。


「…大丈夫だ」


 ガングニールは即座にビル群を離れ、一路ホワイトウォールへ向かった。

 セーフティーは乱用を防ぐ為のものだ、緊急起動シークエンスを経て機体が動けば、メンタル・コアにも即座に通報が届く。すなわち、


《おいオッサン!あんた何やってんだよ!死ぬぞ?!》


《すまない…ああ言った手前、お前を呼ぶのが恥ずかしくてな…》


 主要ビル群を離れ、どこまでも続く黒い海が眼前に広がった。


《──え?え?オッサンだよな?今オレに謝ったのか?マジ?──バイタルサインはオッサンだな…一体何があったんだ?》


《心を入れ替えたんだよ》


《マジか》


《ガチだ。──いいからとっと機体制御を代われ!》


《そういう所は変わんねえのな、安心したよ》


 機体制御のメインシステムがヴォルターからガングニールへ移行し、その途端ケーブルを引き抜いていた。


「──はあ…ガチで死ぬかと思った…」


「あ、何か良く分からないですけど顔色が戻りましたね。良かったです〜」


「おい!何だそいつ!オレがいない間に他所のオンナ連れ込みやがって!」


「オンナじゃありませんラハムです!」


「降りろ!ここはオマエが居ていい場所じゃねえんだよ!」


「嫌です〜ラハムはもうクーラントさんのプライオリティなんです〜!」


「なにい?!」


「うるさいきゃんきゃん喚くな!」


 ガングニールと仲直りしたヴォルターが夜空を駆け抜け、無事に任務を果たしてレイヴン本部に戻って来たのは明け方のことだった。



〜非難轟々!もはや陸師府の味方はいないのか?!間違った行政が人々を危険に晒す!〜


「先ずは被害状況を」


 レイヴン総団長が朝刊の見出しから目を離し、本部の会議室に集まった面々にそう促した。

 いつもなら都市部からの報告になるが、今日は軍部の副団長が真っ先に口を開いていた。


「想定していた被害より軽微です、武装用ラハムが奴らを押し留めてくれたお陰です。ただ…奴らの完全な掃討には至っておりません」


「動きは?」


「ただ波が引いただけ、としか答えようがありません、次いつ戦闘状況になるのか全く予想がつかないのが現状です」


「分かりました。ホワイトウォールに残っている部隊は滞留、引き続き監視にあたらせてください」


 副団長が首肯し、さっと踵を返して会議室から出て行った。

 次に発言したのが都市部団長、クランである。


「街の被害はまだ出ていません、ですが部隊再編成の為に兵士を引き上げたことに強い不安と苛立ちがあるようです」


「分かりました」


「それと、クーラントさんが救助した観測船の乗組員は皆無事です、今は病院で治療を受けています」


 そこで、レイヴンのメンバーが同席していたヴォルターに視線を向けた。彼もこの会議に参加していたのだ。

 ヴォルターはとくに何も言わず、肩を竦めてみせただけだった。


「──では、次。ジュディスさん、ロストした機体の補填はどこまで可能ですか?」


 次は技術部団長たるジュディスが発言した。


「まあ〜…一〇パーセントってところね、それ以上は無理だわ、スカイシップに消費したシルキーの補填がまだだもの」


「分かりました、出来得る限りの複製をお願いします。では、最後に──」そこで、ヴォルターと同様に参加していたポセイドンへ総団長が視線を配った。


「ポセイドン・タンホイザーさん、あなたのホワイトウォールに対する知見をお聞かせください」


 人見知りキングのポセイドンが、う、う、うと言葉を詰まらせる。クランがシンパシーでも感じたのか、ポセイドンに向かって小さくサムズアップをしてみせた。


「こ、壊れます…た、端的に言って…も、もう猶予がない…じ、自動修復壁の排水に、か、偏りがあって、ウ、ウルフラグとカ、カウネナナイで、海水の量がち、違うから…こ、こっちの方が量が多い…」


「対処法は?」


 ポセイドンが逡巡を見せた。

 方法はある、けれど現実的に考えて不可能に近い。

 ピンと来た技術部団長が「穴を空けるしかないんじゃない?」と発言した。


「そ、それしか、い、今のところは、方法がありませんが…で、でも…」


「──そうですね、穴を空けて段階的に海水をカウネナナイへ逃すしかないでしょう」


「で、できるんですか?」


「できるできないではなく、やるんです」


「………」


 ポセイドンは呆気に取られていた、現実不可能に思える方法なのに、目の前にいる人物は「やる」と宣言してみせた。

 

「だが、その前に先ず奴らだ、あの大軍を何とかしないと壁撃ちはできないぞ」


 ヴォルターは昨夜見た大軍を思い出していた。海面が沸騰したように蠢き、どこにも隙が無いように見えていた。それほどの数だった。


「分かっています、こちらの方で作戦を立案しますのであなたにも協力を要請します」


「ホシはどうする?」


「呼んでください」


 すぐにやって来た。


「──ヴォルターさん?!今の今まで何をやっていたんですか!!こっちは何度も何度も呼びかけているのに全無視して!!人がどれだけ心配したと──「悪かったよ、すまなかった」──え?え、ええ?今何て言いました?すまなかった?謝罪の言葉知ってたんですか?「どういう意味だてめえ!!「すみません、漫才は後でやってください、今緊急の会議中なんです「すみません…」×2


 大の大人が揃ってぺこりと頭を下げた。下げた頭を上げながらホシはヴォルターのことを凝視していた。


「…何があったんですか?そんな素直に頭を下げるだなんて」

「…心を入れ替えたんだよ、二度も言わせるな」

「…いや今初めて聞いたんですけど」

「…アーチーはどうしている?大学へ返したのか?いないようだが」

「…え、ああ、それがなんかこっちに来たくないみたいで、マリサに乗っています」

「…お前まだ一緒にいたのか?」

「…あれからこっちも大変だったんですよ、陸師府に連行されて救出しに行って、とてもそんな余裕はなかったですよ」

「…いや返すだけだろうが」そこでライラから一喝。


「うるさい!!ヒソヒソ話がしたかったら頭ん中でやれ!!」


《さっさと返せよあんなコブ付き、後々揉めるぞ》


《いやそれが…なかなか僕から離れなくて…困ったもんですよ》


《地獄に堕ちろ》


《──ああ、今のはヴォルターさんっぽい》


 ばちこん!とヴォルターがホシを殴った。目の前で暴行が行なわれているのにレイヴンのメンバーは全無視だった。彼女たちからしてみれば、空を飛ぶ事と比べたら目の前の暴力などそよ風である。

 それから細々とした内容を話し合い詰めた後、一旦会議がお開きとなった。

 鉄の団長がぱっと表情を変え、ポセイドンに話しかけていた。


「それにしても久しぶりねポセイドン、元気だった?」


「え?」


 ジュディスも便乗する。


「そうよあんた今まで何してたのよ、元気だったら私たちに顔ぐらい見せなさいよ」


「え、え?」


「え?」


「え?」


「え?」


 ヴォルターが「煙草行ってくらあ」と退出し、その後も暫く三人は見つめ合った。


「──まさか私たちのこと忘れたの?」


「──あ。ひ、久しぶり〜…」


「忘れてたのかよ!」×2


「だ、だって〜人見知りするし〜…」


「そういう問題じゃねえわ!」×2


「信じらんない!あんな事があったのにその相手を忘れるだなんて!だから友達ができないのよ!!」とジュディスがクラン顔負けの毒舌を吐いた。


「ぐっふ──い、いるもん!友達いるもん!ア、アキナミが今の私の友達だもん!」


「言い方!友達は使い捨てってか──今何て?」


「友達いるもん!「そっちじゃないわよ!今アキナミって言った?」


「言った。知ってるの?」


「今すぐ呼べ!!」×2


 すぐにやって来た。


「はあ…はあ…はあ…ラ、ラハム、き、帰還しました…」


「ライラ〜〜〜!!ジュディ先輩にクランもフレアも〜〜〜!!」


 ラハムに案内されてアキナミがレイヴン本部にやって来た、皆んな友達であり再会を喜び合っていた。


「あんた生きてたのね!良かったわ〜!」

「まさかライラがレイヴンの親玉やってたなんて知らなかったよ〜!「言い方何とかして」

「アキナミさんお久しぶりです!」

「フレアも元気にしてた〜?」

「お久しぶりですアキナミさん」

「クランも!お姉さんは元気?」


「だ、誰か…ラ、ラハムをほ、褒めて…じゅ、充電も、ま、まだだったのに…き、昨日から、連続、しゅ、出動…」


 煙草から戻っていたヴォルターが甲斐甲斐しく相手にした。


「ああ、ああ、お前は良くやったよ、お疲れさん」


「むっふぅ──」褒められたラハムがバッテリー切れを起こし、ことりとその場に落ちた。


「姉は大学で結婚しましたよ。もうそろそろ子供が産まれると思います」


 クランの話にホシがそろ〜りと会議室から出ようとしていたが、「おい」とヴォルターに呼び止められていた。


「ぎくり「あ?お前余裕あるな──おい、アーチーに会いたいか?「あちょ!」


「え?まあ…でも何でクーラントさんがそんな事を?」


「おい、年貢の納め時だ」


「?」×6


 ちょっとした後、リッツがマリサに連れられて会議室にやって来た。瞬時に会議室が修羅場と化した。


「え…お姉ちゃん…?何でここにいるの…?それにその人は誰…?大学は…?」


「いやその〜…まあ…色々あって…」


「リッツ、言いなよ」


「というかあなたは…?」


 クランの問いかけにマリサが然もありなんと、「ホシのパートナー」と言うもんだから場はさらに混乱した。


「ええ?!ヒイラギさんの恋人と一緒に何でリッツさんが…?結婚してるんですよね?──え、待って、もしかして三人はずっと一緒だったんですか?」


「え、ま、まあ…」


 ライラの目がキラン!と変わった。


「──二股?」


 ジュディスの目がキラン!と変わった。


「男のクズだわ」


 フレアの目がキラン!と変わった。


「ドラマみたいな話…」


 クランががくりと項垂れた。


「お姉ちゃん…そんな人止めなよ何がいいの?というか昔フラれてたよねその人に。その人本物の屑じゃん」


「むふぅ…」


 毒舌の域を超えて真剣となったクランの言葉がホシに突き刺さる。

 針の筵に座らされていたリッツが「言っておくけどねえ!」と反転攻勢に出た。


「皆んなも結婚すれば分かるよ!誰だって憂鬱になるんだよ!マリッジブルーって言葉も知らないの?!」


「それは結婚する前の話でしょうが!あんたはもう結婚してんでしょうが!!」


 ジュディスの突っ込みにリッツが「むふぅ…」と返す言葉を失くし、ついに観念した。


「マリサさん…よくこの人たちを見捨てませんでしたね、菩薩に見えますよあなたが」


 ライラの言葉にマリサが「まあ」と言い、


「曲がりなりにも顔見知りだしね、放っておけなかったの」


「はあ〜…世の中こんな良い人もいるんだな…「私特個体なんだけど「──今すぐハフマン教授を呼びます、それでいいですねリッツさん「は、はい…「ラハム」床に倒れているはずのラハムが「NO!!」と答えた。


「ラハム!今すぐハフマン教授を呼んできなさい!「NO!!「誰がグレードアップさせてあげたと思ってるの!「NOったらNO!「──言うこと聞かないんならジュディ先輩の私室に一晩中放り込むわよ?「すぐ行きます「いやそれはそれでどうなの」


 ジュディスの突っ込みを受けたラハムがへそくりバッテリーを使って飛び立ち、瀕死になりながらレイヴン本部に戻って来た。


「も、もう……む、無理……ろ、労働組合を…立ち上げる、レ、レベルでむ、無理…… 」ことり。


「リッツ!!リッツ!!君は一体今まで何をしていたというんだねええ?!こっちは助手不足で研究が(ry


 皆んなからリッツたちの事情を聞いたハフマンが一言。


「だったら何なの?それが大学に帰って来なかった理由とでも言うのかい?──好きなだけ不倫すればいいだろこっちは研究が(ry


「五年ぶりに再会した私が霞むレベルの修羅場だわ、ほんと」


「ほんとよ」


 やいのやいのとそこしかで話し声がする中、アキナミの言葉が水を打つ形となった。


「ナディは…どうしてるの?皆んなは何か知ってる?」


 しんと会議室が静まり返る、そこへ折も悪くマキナの四人が群店街から帰還し、「あ!ポセイドンてめえこの野郎!」とハデスが突っかかるも場の空気を読んですぐに口を閉じていた。


「アキナミ、ナディは壁の向こうで生きているわ」


「え?!何でそれをライラが知ってるの…?それは本当なの?」


 ヴォルターが後を継ぐ。


「ああ、間違いない、俺がガイア・サーバーにハッキングして確かめた」


 ガイア・サーバーとのリンクが途切れているマキナ五人がさっとヴォルターへ視線を寄越すが、ライラの雰囲気に押されて一旦保留にしていた。


「私は今も昔も変わっていない、初めからホワイトウォールを超えるためにレイヴンを組織した。けれど、スカイシップでも壁越えはできなかった」


「へえ〜そりゃ大したものだよ、あの新聞記事は事実だったんだね。そりゃ陸師府も嫉妬するわけだよ、そして大勢がレイヴンを目の敵にする。それは分かっているよね?総団長さん」


「ええ。ですが、心底どうでも良いです」


「それ、陸師府の連中が聞いたらどう思うだろうねえ、さすがの私も庇えないよ」


「構いません」そこでライラは朝刊を取り出した。「今の陸師府は暴走していると言っても過言ではありません、多少のアラが出た所で問題はないでしょう。状況は今、レイヴンの味方をしてくれています」


 総団長が会議室に集った面々に視線を配り、こう締め括った。


「──これより、ホワイトウォールに穴を空けます、それは一重にカウネナナイの為であり、それは一重にレイヴンの為でもあります。幸運にもこの場には必要な人材が揃っています、我々レイヴン、特個体を有する保証局のお二人、シルキーの第一人者たるハフマン教授、そしてマキナの方々、これだけの人材が揃えば不可能だって可能になる事でしょう。目的の統一化を図るためオペレーションコードをウォールグリーズとします。──よろしいですね、クーラントさん」


「ああ、良い作戦名だ、それで行こう」


 壁をこわす者、『ウォールグリーズ』が発令された。

 白い絶壁群に穴を空ける、言うは易いが行なうには難しい。

 けれど、総団長の気迫を前にして誰も反対することができなかった。



 ──よろしいですね、クーラントさん


(歳下に気遣われるとは…俺もまだまだだな)


 『壁をこわす者』、ヴォルターはこの言葉をいたく気に入っていた。

 あの日、あの桟橋で、ヴォルターは誰かの為にこの命を使うと誓った。今回の作戦はその試練のように感じられ、彼は人知れず内なる決意を滾らせていた。

 彼は今、水上車に乗って病院を擁する元ユーサ港付近の街へ向かっていた。

 同乗者は誰もいない、彼一人である。だから話し相手はガングニールしかいなかった。


《まさか、この車に乗る日が来るだなんてな。これに乗る時は連行される時だと思っていた》


《いや、ライラにこき使われているだけじゃね?》


《別にいいさ、自分から関わると決めたんだから》


《うげぇ…煙草の匂いより臭い》


《言ってろ》


 街に到着したヴォルターは病院へ向かい、そこで先日救助した観測船の船長と再会した。

 ケンジ・アタラシはあちこちに包帯を巻いて満身創痍といった様子だったが、表情は元気なものだった。


「お!クーラントの旦那!あん時は世話になったな!他の奴らも感謝してたぞ!」


「別にいいさ。で、頼んでいた件はどうだ?」


「ああ、陸師府についてだろ?ある事ない事書いてやったさ!こんなんでいいならいくらでも書くぜ!」


「いや、一度でいいさこんな下らない記事」


 ヴォルターは彼から文字が書き綴られた用紙を受け取った。

 用紙を渡し終えたアタラシの顔がパッと曇り、失ってしまったドローンについて訊ねていた。


「おいなあ旦那…ラハムの事なんだが…「お呼びですか?」ヴォルターの背後からひょこっとラハムが顔を出した。


「うわあ?!──え?ラハムじゃないか!え?お前あの時確か…」


「あー違う違う、こいつはお前たちが見た個体じゃない」


「それはどういう…」


「こいつらは複数存在していて、記憶や経験した事を即座に並列化させているんだよ」


「はい〜!ラハムはあなたの事を覚えています〜!」


 元気に飛び回るラハムを前にしてもアタラシの顔は晴れなかった。


「そうか…つまりあいつはあいつだけって事なのか…」


「何が言いたい?」


「記憶が同じでも俺たちが知っているラハムは一つだけって事さ。お前さんには悪いが、俺が会いたいラハムじゃないんだ…悪かったよ、変な話をして」


「そうですか…」


 しょんぼりとしたラハムがすい〜とヴォルターの後ろに戻った。


「じゃあ、俺は行くわ」

 

「ええ?もうかよ、もう少しいればいいじゃないか、他の奴らは今検診で──」


「悪いな、これでも忙しいんだよ」


「しゃあない。いつでも歓迎するぜ!あんたは俺たちの命の恩人だからな!」


「ああ」


 病院からの帰り、黙って付いて来ていたラハムが水上車の中でヴォルターに訊ねていた。


「さっきのお話はどういう意味なのですか?ラハムはラハムなのにラハムではないのですか?」


 この個体はヴォルターから充電式バッテリーを貰っているラハムだ。室内で飛び回るな!と直接注意を受けているからなのか、今は座席の上にちょこんと止まっている。

 う〜んとヴォルターが首を捻った後、こう答えた。


「プライオリティだ、一言で言うと」


「つまり?」


「あいつらと同じ記憶を共有したラハムの方がお前よりプライオリティが高い事を示す」


「並列化をしてもその順位は変わらない?」


「変わらない。誰かと何かを共有するっていうのはその人間と相手の間に特別な感情を生む、だからあいつはお前と会っても喜ばなかったんだ」


「それならラハムとクーラントさんも同じ事が言えますよね」


「そうなるな、バッテリーを渡したのはお前だけだ、他のラハムじゃない」


「むっふふ〜まさか口説かれる日が来るなんて〜「何でそうなる《聞き捨てならねえなあ!!《お前は黙ってろ》


 病院で用事を済ませたヴォルターはレイヴン本部へ戻り、用紙を渡し、そして次なる目的地へ向かっていたというより飛ばされていた。


《本当にただの犬になっちまいやがった!ワンワン!──おいおいどうしたんだよオッサン、もう牙を抜かれちまったのか?男は牙を抜かれたら終わりだぞ?》


(本当にうるさいな…)


 次にライラから指示された場所は、とあるビルの足元に広がるイカダの街だった。

 良く整備された桟橋に水上車が停泊し、ヴォルターが降車する。桟橋に使われている木材も他と違って滑らかで薄らとした光沢がある、寂れた場所を良く知る彼からしてみれば、ここは一言で、


「高級住宅街、って感じだな」


《独り言オツ》


 ガングニールの突っ込みを無視してヴォルターが歩き出す、足の裏に伝わる感触もしっかりとしたものだった。

 また勝手に付いて来ていたラハムが「こっちです〜」と先を飛び、ヴォルターを案内した。

 ライラの指示で彼らがやって来たのは住宅街の一角に居を構える陸軍所属の男性隊員である、先日の通信機テストの任務に携わっていた者だ。

 群道沿いの家々と違い、きちんと区画整理された敷地に建てられたある一軒家、ここが例の男性隊員の家だ。

 来客を告げるドアバンバン!をヴォルターがやり、慌てた様子で隊員が扉を開けた。


「もう少し静かにやってくれよ!周りに見られたらどうするんだ!」


「ごもっとも」

《ごもっとも》


「レイヴンの使いだ。用件は聞いているな?邪魔させてもらうぞ」


 ラハムとガングニールの突っ込みも無視し、ヴォルターが家の中に入る。

 大災害後とは思えない立派な調度品が飾られたエントランスで、男性がすぐさまぴっ!と一枚の用紙を出した。


「ここに書いてある、これで勘弁してくれよ」


 その用紙を受け取りヴォルターがさっと目を通す。


「──作戦内容について具体的に書かれていないようだが?せめて指揮官の名前ぐらい書いたらどうなんだ」


「………」


「お前さん、もう陸軍に戻るつもりはないんだろ?鞍替えする相手には媚び売っとけ、そっちの方が懸命だ」


「──ちっ」そう言って男性隊員はぴっ!と用紙を返してもらい、何やら書き書きしたあとまたすぐにぴっ!と渡していた。


「──よし。良い家があったらすぐに紹介するよう総団長にも伝えておくよ、今のうちに荷物をまとめておくんだな」


「ああ…──なあ、あんた」踵を返したヴォルターの背中に隊員が声をかけた。


「何だ?」


「あんたはどっちに正義があると思う?新しい組織か、今まで国を守ってきた組織か、俺には判断ができないんだ」


「それは信用の問題だろう、レイヴンは歴史が浅い、陸師府は名前こそ違えど歴史は古い、それだけの違いだ」


「あんたはどっちを信じている?」


「俺はどっちも信じていない、俺は自分の成すべき事をやっているだけだ」


 半身になって話をしていたヴォルターが男性隊員に振り向き、その胸を拳でどんと叩いた。


「心を入れ替えろ、そうすれば見えてくるものもあるさ。組織に囚われるな自分の心を見つめろ、いいな?」


「あ、ああ…」


「じゃあな」


 そう言って、今度こそヴォルターは男性隊員の家から出て行った。



〜もう駄目だ!陸師府に人の心は残っていない!奴らに組織を食われてしまったか?!〜


『空を駆けるカラスからの情報提供である。先日から紙面を賑わせている陸師府はホワイトウォール解明という名目の下、今でこそ海に沈んだ労働法に抵触するような非人道的な組織体制を構築していた事が明らかとなった』


「あ〜オッサンのお使いってこれか…」


「考えたのは総団長だ」


『昨日、ホワイトウォール近海にて奴らが大量発生した。従来であればレイヴン部隊が奴らの対処に当たってくれていたはずだが、陸軍の蛮行により部隊は撤退した直後、さらに観測船の船長を務める男性からの証言で、当日は陸軍の空挺部隊が出動していたが救助活動ではなく、ホワイトウォールの周辺調査だったということが分かった。彼らはその部隊に救助を求めたがすげなく断られたという』


「──あ、煙草吸うの止めてくんないマジで、換気するのも大変なんだけど」


「…………」


「無視!」


『さらに、その空挺部隊に所属している男性からも証言があり、昨日の調査任務は通信用電波による生態調査が主な内容であり、当任務の指揮に当たっていた〇〇〇・〇〇〇からも「全てにおいて生態調査を優先せよ、陸師府からの通達である」と作戦前に隊員たちへ徹底していたという。──信じられない!こんな事ってあるのか?!著者も証言内容を見て驚嘆した!自分たちのせいで街が危ない目に遭っているのに生態調査だって?!──他にやる事あるだろ!』


 ガングニールのコクピット内で新聞を読み終えたヴォルターがふっと鼻で笑い、さっさと閉じてコンソールに投げていた。


「これ事実なのか?あのアタラシって奴、こんな事言ってたか?」


「嘘に決まってんだろ、陸師府の信用をさらに悪くする為に話を盛ったんだ、というか盛らせた」


「いいのか〜?そんな事して」


「ゴシップ記事に求められるのは事実ではなくてエンタメだよ。筋が通って誰かを非難した内容なら大体の人間は食い付く」


「何でそこまでするんだ?」


「向こうの動きを封じるためだよ、あの総団長は戦場だけじゃなくて政治の場でも強いらしい。この新聞記事で陸師府は人々の目に晒される事になった、これから暫くはやる事なす事市民に監視される、次は一体どんな非道な事をするんだ、ってな」


「ほお〜ん。──よく分かんない」


「お前は本当に特個体なのか?「なんだと?!」


 コクピットで待機していたヴォルターの元に、すっかりお馴染みとなったラハムが飛んでやって来た。


「休憩に入りました〜クーラントさんも──煙草臭っ!」


「お前に嗅覚はあるのか?」


「冗談です〜。宿敵から伝言です〜──かっ〜ぺっ!」


「嫌なドローンだなほんと…」


 ラハムの音声が切り替わり、録音データが再生された。


「マイヤーです。予定していた作業が早く終わりそうなので今日はもうお昼休みに入ってください。代わりに夕方から通信テストを行ないます、よろしくお願いします」


 ぷつりと音声が途切れ、お使いが終わったラハムがさっと空へ飛んでいった。


「ジュディスって面と向かうと生意気なのに通信越しだと丁寧なのな、ヘンなの」


「まあ何にせよ休憩だ、俺はちょっと寝るから起こすなよ」


「何それ前フリ?」


「………」


「寝んの早〜〜〜!」


 ガングニールの突っ込みが、遮る物が無い空へ昇っていった。

 彼らは今、大地に立っていた。

 場所はウルフラグ大学が保有する山の中、今の今まで陸師府に邪魔をされて建設途中になっていた電波塔の建設現場にやって来ていた。

 ヴォルターたちは簡単に言えば用心棒である。さすがに今の陸師府の状況で邪魔はしてこないだろう、と予想するが何が起こるか分からないので総団長から「用心棒!」と指示を受けていた。

 シートの背もたれに体を預けたヴォルターは匂いに集中していた。


(土くれの匂いに木の匂い…まさかこんなにも懐かしむ日が来るだなんて…それに蝉の声もそうだ)


 匂いの次は音、イカダの上では決して聞けない蝉の鳴き声に、ヴォルターはノスタルジックな思いになっていた。

 早い昼休みに入ったからだろう、建設現場から届いていた工具や建設機材の音が止み、途端に静かになった。

 葉擦れに蝉の声、山中を駆け抜けているのは風の音、澄んだ匂いの中に潮の香りがあるのは近くに山地海があるからだ。

 ヴォルターは贅沢だと思った、五年前までは当たり前にあったこの自然環境を、彼は贅沢な事だったんだと思い知らされていた。

 自分でも珍しいと思う、今まで自然が奏でる音を堪能したことなど一度としてないはずなのに、今は違った。

 

「──なんだあ?」


 この自然の静寂を打ち破る不粋な音に腹を立てるほど、ヴォルターは聞き入っていた、けれど邪魔が入ったようだ。

 ガングニールが頭部カメラを調節し、音が鳴る方向を見やった。


「何だありゃ、行進でもしてるのか?」


「俺にも見せてくれ」


 彼の斜め横に置かれたモニターにカメラ映像が映し出された、そこには『建設反対!』とプラカードを手にした人を先頭に行進をしている集団がいた。

 ヴォルターがじっと映像を見つめる、そしてすぐに興味を失ったように煙草を取り出した。


「また吸うのかよ!!どんだけ吸うんだよ!!」


「死ぬまで」


「というかあれ放っておいていいのか?ジュディスたちの建設に反対しているヤツらだろ?」


「放っておけ、気にする必要もない」


「用心棒の意味とは」


「向こうが手出ししてくれたらいつでもやってやるさ」


「あれ、一般人だろ?」


「お前本当に特個体なのか?「なんだって?」


 コクピットの中に副流煙が溜まり、その空気を掻き乱すようにラハムがばびゅん!とやって来た。


「緊急です〜!──はい通信!」そう言って通信モードに切り替わる。


「──ク、クーラントさん?!ど、どうしましょ?!街の人たちが建設を止めるまで立ち退かないって言ってきてるんですけど?!」


「何をそんなに慌てているんだジュディス・マイヤー、いつもの勝ち気はどうした」


「いやだってこんな事初めてだし!どうすればいいのか分かんない!さすがに街の人相手に喧嘩売るのも…ク、クーラントさん!な、何とかしてください!」


「良く見ろ、そいつら全員山道を歩いているのに誰一人として疲れていない」


「え?」

「え?」


「悪路に歩き慣れている証拠、日頃から訓練を積んでいる証拠だよ。そいつら全員兵士だ」


「ええ?!」

「ええ?!」


「陸師府の差し金だ、相手にするな放っておけ」


「そうは言っても…ガングニールで撃ってくださいよ!「いやさすがにそれは無理だ」


 ヴォルターは煙草を吸いながら思案する。


(ここで下手に動けばそれをネタにして向こうがゴシップを立ててくるはずだ…無視が一番効果的なんだが…マイヤーたちには荷が重いか…)


 吸い終えた吸い殻を携帯灰皿に捻じ込み、ヴォルターがコクピットシートから立ち上がった。


「俺が相手にしてくる、変な事はするなよ」


「よ、よろしくお願いします」


 ガングニールから降機したヴォルターが集団の元へ向かい、プラカードを持った男性と何度か言葉を交わす。たったそれだけの事で行進してきた集団が引き下がっていった。


「マジかよ!」


 とくに言い争ったようには見えない、それなのに建設の邪魔をしてきた集団が帰って行くではないか。

 コクピットに戻って来たヴォルターにガングニールが訊ねた。


「オッサン凄えな何やったんだよ?!」


「俺が陸師府から雇われて抗議しているところだから心配いらないって言っただけだ。何も聞いていないのか?って言ったら、あ、そうなんですか?っつってすぐ帰ってったわ」


「いいのかよそれ、嘘ついてんじゃん」


「向こうだって嘘ついてるからおあいこだろうが」


「はえ〜そういう手もあるんだな〜」


「お前は本当に特個体なのか?馬鹿過ぎやしないか?「返す言葉もない「いや何か返せよ」


 その後、三度ラハムがばびゅん!とやって来てぺこぺこ頭を下げ、再び建設の音が響き渡った。



「これはラハムの物!めっ!「ラハムにも寄越せ〜!「これはラハムの物!めっ!「一人だけズルいぞ〜!」


(な、何なんだこの馬鹿騒ぎは…)


 陸師府の横槍を避けつつ、電波塔建設がひと段落し、一応の通信テストが終わったヴォルターはレイヴン本部へ戻っていた。

 そこでは二回目のウォールグリーズのミーティングが行われていたのだが...会議室内をラハムたちがびゅんびゅんと飛び回っていた、そして誰も注意しない。

 見る限りでは、ヴォルターが渡してやったバッテリーを取り合っているようである。

 総団長はこの喧しさに構わず話を続けていた。


「──電波塔「プライオリティは守られるべき〜!」完成すれば「並列化は義務だ〜!」長距離の双方向通信「義務の為に個の消失があってはならない〜!」これは一重に「経験の並列化は個性の消失にならない〜!」です」


 短気なヴォルターは一番近くにいたラハムをばっ!と捕まえ、「静かにしろ!」と怒鳴った。

 だが、


「お〜!ラハムは沢山いるのにラハムだけが怒られた〜!プライオリティ獲得〜!優越感〜!」


 まるで言う事を聞く様子が無い。

 ラハムの騒ぎように総団長がようやく動いた。


「ラハム全機へ、これ以上騒ぐようなら脳みそをダウングレードします。それでも騒ぎたい奴だけ騒げ」


(・_・)×ラハム全機


「よろしい。会議が終わるまで退出しなさい」


 すん...と大人しくなったラハムたちが、そろ〜りと会議室から出て行った。


「繰り返しになりますが、電波塔の長距離用アンテナが完成がすれば、レイヴン本部とホワイトウォールをカバーできる長距離双方向通信が可能になります。これは一重にウォールグリーズの為、さらにはウルフラグの為です」


「今はラハムを通じた上で通信距離にも限界があるけど、電波塔が完成すれば従来通りのやり取りが可能になるはず。つまり、携帯が復活するわ」


 ジュディスの話しに会議室内から「おお〜」という響めきが起こった。


「まあ復活すると言っても電話だけだけど、ネットはさすがに──」少し残念そうに話すジュディスへ、「それなら大丈夫ちゃう?」とバベルが言葉を挟んだ。


「え?どういう意味?」


「それについては俺より旦那の方が詳しいと思うわ」


「──ん?」


 いつ煙草を吸いに行こうか、いつ抜け出そうかと考えていたヴォルターは、会議室にいた皆んなから視線が集まっていることに気付いた。


「何だ?」


「旦那、ハッキングした()うてましたよね、その話をここで詳しくしてもらえませんか?」


「ハッキングも何も、ガイア・サーバーにアクセスしてディアボロスが管理しているデータを見ただけだ、これ以上の事は説明できないぞ」


「俺らはそのサーバーにアクセスできひんのですわ。これどういう事なんやろね」


 会議に参加していたマリサが「いやいや」と突っ込んできた。


「それガチで言ってる?クーラントたちが生活に使っていた廃船の位置を特定したのはあんたよ?」


 相変わらずのダウンジャケット姿のマリサはバベルのことを強い視線で見ている。会議室に残っていた一体のラハムが「暑くないんですか?」と訊いているが無視。


「それはほんまか?いつの話してんの?」


「陸師府の連中が「──無視!!」その廃船に踏み込んだ時よ。ねえあんた、私に脳みそ焼かれたの覚えてない?さっきから黙り決め込んでるけど」


 マリサはバベルから目線をテンペストへ変え、強い口調で訊ねた。

 テンペストが答える。


「──シャム・ガイア、と呼ばれている下位互換のサーバーがあります」


「テンペスト?何言うてんの?」


 テンペスト・ガイアが語る、ドゥクス・コンキリオとの内密の話を。


「ウルフラグには、複製した特個体を管理する目的で創設されたガイア・サーバーの下位互換に位置するネット空間があります、おそらくはそのサーバーを通じてバベルはアクセスし、私はあなたに電脳を焼かれたのでしょう」


 テンペスト・ガイアがマリサへ視線を向け、勿論覚えていません、と答えた。

 この話に驚いたのは人間よりもマキナたちだった。


「何その話…テンペスト?それは本当なの?」


「ええ、事実です、ティアマト」


「どうして黙ってたんだ?」


「ドゥクスからの指示です、自ら露呈は絶対するなと」


「何故?」


「…………」


 語れない理由があるらしい、テンペストはハデスの質問に答えなかった。


「まあつまり、俺がアクセスしたのはその下位互換のサーバー、という事になるのか?それならディアボロスのデーターサーバーはどうなる?」


 真面目な話をしていたのに総団長が突然、「あばばばば!」と叫び始めた。


「ラ、ライラさん?!」

「総団長?!」


「──はっ!ちょ、ちょ、ちょっと待ってよそれならナディはどうなるの?!クーラントさんに見せてもらったあのデータの信憑性は?!」


「ご安心を、下位互換と言いましたが偽物と言いたい訳ではありません。そうですね…同じ大地に根を伸ばしている事に変わりはありません」


「つまり?!」


「クーラントさんが閲覧したディアボロスのデータサーバーはガイア・サーバーと共有された物になります、つまり信用してくださって構いません」


「あばばばば…」とライラが強烈な安堵に見舞われ項垂れた。


「テンペスト…」


「すみません…黙っていた事は謝罪します」


「いずれ話してくれるのよね?ジャムガイア「シャムです」──そのサーバーがある事を私たちに黙っていた理由を」


「ええ、いずれは。ですので話を元に戻させていただきますが、電波塔の建設後はあなた方の為のネット設備をすぐに整えられると思います」


「ガチ?そのジャムガイア「シャムです」サーバーに私たちがアクセスしても良いってこと?」


「はい、その為には一度クーラントさんのお力を借りることになるかと思いますが、よろしいですか?」


《だってよ、どうする?》


《いいぜ〜それぐらいお安いご用だ!》


「構わない、ガングニールも協力すると言っている」


「分かりました、私の方で準備を進めておきます」


「ちょ!テンペスト!俺らも繋げて〜な〜!できるんやろ?!」


「ええ、分かっています」


「全く!自分だけ!プライオリティと義務の事でぎゃあぎゃあ騒いでたラハムと大して変わらんで!」


 テンペスト・ガイアの顔がふっと翳り、「私もそう思います」とだけ答えていた。

 話がひと段落し、総団長が次の議題へ移ろうとした時、熱い─そう、普段より熱い─風が入り込む開け放った窓から「お〜〜〜!」というラハムたちの声が届いてきた。


「ん?何か聞こえへん?」


 総団長もその声に気付いた。


「この掛け声は…この間と同じ…」


 そして、ぴっ!と一体のラハムがその窓から入って来た。


「総団長〜!ラハムがやられました〜!」


「ラハムがやられたって…ホワイトウォールの部隊は引き上げさせて誰もいないはず──」そこではっと何かに気付いた。


「場所は?!」


「レイヴン直営店〜!群店街の案内ラハムが食べられました〜!対衝撃センサーが一致しています〜!」


 報告に来たラハムはそう告げた後、先行していた仲間たちの跡を追うためすぐに飛び去っていった。

 しんとしたしじまに支配される会議室内、総団長を始めとする殆どのメンバーが思考を奪われてしまい、状況を理解するまで時間を要した。

 先に動き出したのはヴォルターだった。

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