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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
274/335

TRACK 23

トゥーグッドトゥーバッド



 それはあまりに強い存在で、その強さのあまりに機星教軍の兵士たちの意気地を砕いていた。

 「いやもう無理やろ」「こんなん絶対無理やわ」「あいつほんま何考えてんの?」云々、新都を守る男たちはそう口々にしていた。

 理由は不明、目的も不明、意味不明な侵攻が何度も続き、「これいつになったら終わんの?」という不満も限界値を超えつつあった。

 士気は下がる一方であり何の手応えも感じられない、それはあまりに(TOO)『BAD』、 ダルシアンも「もうええわもう止めようや」と匙を投げ出しくなっていた。

 しかしそうはいかない、街つぐりに奮闘してくれたお姫様切ってのお願いである、それはガイア・サーバーを赤い死神から守ること。

 お姫様の願いを断ることそれ即ち市民から反感を買うことであり、先の『チャイルド・ウォー』から蓄積しつつある教軍へ対する不満がオーバーフローすることを意味した。

 それはあまりに『BAD』と言わざるを得なかった。





 グガランナ・ガイアから支援要請を受けたグガランナがその日の夜に関係者を休憩スペースに集めた。

 集められた人たちは「何やねん」と悪態をつきながらも、普段では滅多にないグガランナからの要請内容に興味を持っていた。


「いや実はね──」何の余興も前座もなく始められたグガランナの話に皆が耳を傾け、真っ先に「ええで!」と返事をしたのがナディだった。


「喜んで討伐しましょう!」


 ナディはあれだ、プエラの部屋に忍び込んでいた事を周りに流布されたくないが為に、グガランナの犬になる事を選んだのだ。哀れなり。素直とも言う。


「いやだがな…相手は相当の手練れなんだろ?私の傷もまだ癒えていないし」そう言えばナツメは怪我をしていた。

 病み上がりのナツメが難色を示す。

 「じゃあ部屋で休んでいろ、わん!」と吠えたのはグガランナの犬だった。


「わん!わんわんわん!わん!「人語でおk──それとちなみに、あなたがプエラの部屋に忍び込んでいたのは皆んな知ってるわよ「わあーん!!」


 ナディがテーブルに突っ伏した、アヤメが可哀想なものを見る目をしながらよしよしと頭を撫でた。

 

「あんな奴のどこが良いの?」とアマンナがナツメと同じ事を訊くと、アヤメが「あんな奴呼ばわりするなんてアマンナは性格が悪いね」と嫌味を言い、二人の間に挟まれてたナディはそそくそナツメの隣へ逃げた。


「めんどくさい…」


「全くだ。喧嘩をこの場に持ち込むな」


 アヤメとアマンナ、二人揃って「ふん!」と顔を背けた。

 同席していたウィゴーも喧嘩の雰囲気には慣れたもので、「ナディちゃんも大概だったけどね」と言ってから、


「僕としてはグガランナさんのお手伝いをしたいと思ってるんだけど…「だけど?」僕たちはチームで動いているからリーダーの許可が要るんだ、勝手に動けないんだよ。それに、山モドキの件もあるし…」


 ナツメがウィゴーに訊ねた。


「何か迷惑でもかけたのか?寧ろお前たちは貢献したはずだろ、あんなデカい塊を持って帰ったんだから」


「いや実はそれがですね──」ちなみにウィゴーはナツメのことが少し苦手である、ずっと敬語だった。


「僕たちが持って帰ったハフアモアがどうやらアーキアを呼び寄せているらしいんですよ、それで毎日のように奴らがポートに現れてヴィスタのチームが迎撃にあたってくれているんです」


「それで毎日毎日拡張したり色んな物を作って消費していたのか…道理であのオーディンが次から次へと…」


「そうなんです、だから今ちょっと僕たちの立場が弱いと言いますか…」


 ナディがぼそりと「私の立場も弱いです」と呟き、「いやそれはナディちゃんが変態なだけだから」とウィゴーに突っ込まれていた。


「わああーん!!「私たちとしてはその赤い死神とやらは無力化しておきたい」


「それはどうしてですか?」


「テンペスト・シリンダーの機能が落ちてしまったらどうなるか分からないからだ、お前たちにとってもあまり、というより絶対的に良くない」


「そうならまずはリーダーを説得しないと…」

 

「リーダーってのは誰なんだ?」


「ヴィスタです、彼が班長を務める部隊がアーキアの迎撃にあたっています」


「分かった、私の方から交渉してみよう」


「ガチ?」と、言ったのはウィゴーでもナディでもなく、ヴィスタだった。

 グガランナの船から皆んなでポートへ赴き、メインポートで対アーキアの作戦会議を開いていたヴィスタへナツメが言ったのだ、「アーキアの迎撃は私たちが行なう」と、それに対するヴィスタの返事が「ガチ?」だった。


「ああ、その代わり頼みたい事がある」


「ギブアンドテイクというやつか…」


「そうなるな」


「いやもうほんと正直言うとガチで助かる、こっちは毎日毎日海に出ているから疲れも限界だった。──ちなみにあなたは男か?」


「あ“?」


 疲労とストレスで口が軽くなっていたヴィスタはつい性欲に任せてそう訊ねていた。


「──忘れてくれ。それで、頼みというのは?」


 ナツメからグガランナに代わり、新都で起こっている死神の話になった。

 話を聞き終えたヴィスタが渋い顔になった。


「あなたの話は理解できた、しかしこちらには何の得もない」


「損得で判断するの?ガイア・サーバーの危機なのよ?」


「それは新都の軍もよく理解しているはずだ、わざわざ俺たちが出張ることはないと考える」


「新都に手を貸す得がないと?あなたはそう言うのね」


「そうだ、理解が早くて助かる。それに新都の軍とは今日まで何度もやり合ってきた、今さら手を取り合うことは難しいだろう、俺が納得できてもパイロットを殺された家族は納得できないはずだ」


 ナツメも交渉の場で自分の舌を鍛えたことがある、その経験が今に活かされた。


「なら、さっきの話はナシだ」


「──ああいやちょっと待ってくれ」


「恨み辛みがあるのは理解できる、こちらとしては納得できない奴に無理やり手伝わせるつもりは毛頭ない」


「分かった、分かったから、俺が説得して人を集める、だから君たちには一晩だけでも奴らの迎撃を頼みたい」


 まあただのゴリ押しである。


「良いだろう、お前の働き次第では一晩と言わず二晩でも何日でもやってやる」


「それはベッドの上での話か?「あ”?」


 こうして話がまとまり、ナツメたちオリジンチームがアーキアの迎撃任務に就くことになった。



 迎撃ポートに焚かれた篝火の向こう、そこには深い青色をした機体が海上で待機していた。

 

「見たことない機体だ…」

「あのボディラインはなかなか格好良いな」

「でも弱そう」

「確かに、ワンパンで沈みそうだ」

「ほんとにあれで大丈夫なのか?」

「あいつが沈むかアーキアがやられるか、賭けようぜ!」

「その話乗った!」と盛り上がっているのはヴィスタの班のメンバーたちである。

 時刻は深夜前、海中に潜むアーキアは海洋生物の生態を模倣しているのか、陽が沈んでから活発になる個体が殆どだった。

 そのせいで迎撃にあたっていたヴィスタたちは夜きちんと眠れず、疲労困憊──のはずだが他のメンバーは迎撃ポートに赴きナツメの機体を冷やかしていた。

 そんな彼らに喧嘩を売る者が、アマンナである。


「はん!あんたらみたいな粗ちん野郎に代わってナツメがやってくれるんだよ、感謝しな!」

 

 メンバーが口々に「そちんって何?」「知らん、聞いたことない」と言い合う。


「粗ちんも知らないとは!これがジェネレーションギャップ!「いやそれ多分違う」とアヤメが即座に突っ込んだ。

 馬鹿にされていることは理解したらしい一人のメンバーがアマンナに向かって誰何した。


「というかあんた誰なんだよ!体が透けてんじゃねえか!どうせノラリスかピンク頭の仲間なんだろ?!」


「──ぐっ」


「余所者は引っ込んでろ!」


「透けてないもん!」


「いや普通に透けてるけど」


 迎撃ポートの縁に座って皆んなが賑やかにやっているところへ、深夜の海では第一ウェーブが開始された。

 そう、アーキアは波状攻撃を仕掛けてくるのだ、第一ウェーブ、第二ウェーブといったように、どこぞのゲームのように倒しても倒してもリポップしてラフトポートを攻めてきた。なお、倒した所で経験値は入らない。

 ただの見物客と化したメンバーたちが早速ナツメを囃し立てた。


「そおらやってきたぞ〜!」

「早く動かないと喰われちまうぞ〜!」

「俺たちが食っちゃうぞ〜!」


 篝火が焚かれたポートにぎゃはは!と下品な笑い声が上がった。


 A1-D002『バルバトス』内のコクピットには、機体パラメータやレーダーなどを表示するコンソールの類いが一つも無い。あるのはパイロットが座るシートだけだ。

 コクピットの中は静寂に満ちていた、彼女も目蓋を閉じて静かにしている。まるで戦い前の精神統一のように──けれどそうではなかった。

 

(ああ…やはり良いな、この感覚はいつになっても飽きない)


 ナツメはバルバトスと一体になっていた。彼女の視点はバルバトスの屈折式対物レンズであり、彼女の体は延べ一八メートルに及ぶ鋼鉄の体であった。

 これが特別個体機のパイロットに授与された特権であり、ハーフマキナに身を転じて得られた最大の高揚感だった。

 ナツメがラフトポート周辺に出現したアーキアたちをくまなくロックオンした。


「まずは小手調べだ」


 バルバトスの肩部にマウントされたミサイルポッドが火を噴いた。計二発の多弾頭マイクロミサイルが半円を描きながらアーキアの群れの上空を目指し、到達した途端にぽんっと炸裂した。

 ラフトポートを目指していたアーキアたちはマイクロミサイルの餌食となり、あっという間に全滅してしまった。


「ふう…あいつがいないと処理が大変だな」


 ヴィスタのチームは第一ウェーブをこなすのに約一時間は有する、それをナツメはものの数分でこなしてみせた。

 ナツメは気付きもしないが、迎撃ポートで見物していたヴィスタ班のメンバーは皆んな呆気に取られていた、手にしていた炭酸入りアルコールを落として衣服を汚している、それでも彼らは海上のバルバトスに釘付けになっていた。

 続けて第二ウェーブが開始された。

 第二ウェーブは第一ウェーブと違ってアーキアの個体数が減り、代わりに中型が押し寄せてくる。

 ナツメがもう一度アーキアをロックオンし、残っていたマイクロミサイルを放った。

 変わらない軌跡でアーキアの群れを目指し、決められた通りにマイクロミサイルを切り離した。


「──ん?」


 ナツメの計算では第二ウェーブも即座に終わると考えていた、しかしマイクロミサイルの雨をやり過ごした個体が存在し、ラフトポートを目指していた。


「そんなはずは──まあいいか、いい加減体を動かしたかったんだ」


 空になったミサイルポッドをパージ(後でグガランナが回収)、身軽になったバルバトスが手近の個体に向かって進路を取った。

 彼女は今バルバトスと一体になっている、視覚と聴覚を残し、嗅覚、味覚、触覚はカットされていた。

 それでも彼女は潮の香りが鼻に届いたように感じた。黒い海は亜音速を前にして溶けて後方へ流れ、すぐ群れの先頭に差しかかった。

 ナツメは速度を落とさず腕を伸ばし、海面を移動していた個体を掴んでそのまま空へ引きずり出した。

 そのアーキアは以前、ナディたちが仕留めた個体であり、体長は一〇メートル近くもあった。ナツメは掴んでいたアーキアの背鰭から尻尾に持ち替え少し高度を上げた後、方向転換しそのアーキアを海面にいた他の個体めがけて叩きつけた。

 ド派手な水柱が上がる、叩きつけられた個体は細切れ、巻き添えを食らった個体も細切れ、バルバトス周辺が酷い有り様になった。


(──んん?予想していたよりも固い…私の検討違いだろうか…)


 何かに引っかかりながらもナツメはアーキアの駆逐を行ない、半時間とかけずに第二ウェーブも終わらせた。


 一方、迎撃ポートでは...


「ナツメさんマジかっけえ〜!」

「あれヤバいっしょ!今の何?!あいつら叩きつけてたぞ!」

「アヤメさんもあそこまでできるんすか?!」

「ま、まあ〜どうかな〜」

「いやガチで舐めてたわ、アーキアぶん投げのマジ最高っ!」


 アヤメもたじろぐほどの手のひら返しである。海の男は仲間と認めたらすぐ手のひらを返す。その逆もまた然り。


(名前教えたのまずかったかな…いやでもあんなに熱心に訊かれたら…)


 ヴィスタ班のメンバーはナツメのあまりの強さに大盛り上がりを見せていた。

 手足が透けて半分消えかかっているアマンナが、彼らに「暗いのに良く見えるね」とフレンドリーに訊ねていた。

 彼らの一人が答えた。


「ああ、自分ら体の一部を機械に替えてるもんで、どうせなら夜でも動きやすいようにって目ん玉をカメラレンズにしてるんすよ」


「ああじゃあなに?常に暗視スコープ状態ってこと?」


「そんな感じっす」


「なにそれチートじゃん」


「いやあんたも似たようなもんでしょ、それ光学迷彩ですよね」


「え?──あ、ああ、そんな感じかなうん、そんな感じそんな感じ」


 アヤメの「ほんと誰とでも仲良くなるな」光線に気付かず、アマンナが彼らと和やかに談笑している中、海では異変が起こっていた。

 海では立て続けに第三ウェーブが発生しており、バルバトスは大型のアーキアと戦闘していた。

 相手はクジラだ、ナツメは特個体と同等の体格を持つアーキアに苦戦している様子だった。

 ナツメのことをさん付けで呼ぶ一人が、訝しみながら言った。


「特個体用のライフル弾が弾かれている…そんな事ってあるのか?」


 彼が言ったように、バルバトスが所持しているライフルがクジラの皮膚に弾かれていた、現に今も真っ暗な海に跳弾の火花が散っている。

 日頃から機体の整備を行なっていたアヤメも不思議そうにしていた。


(劣化弾を使っているわけでもないのに…細菌すら吹っ飛ばす五〇口径弾が効かないなんて…)


 バルバトスはクジラ型アーキアに囲われ進退き窮まっている様子だった。


「──ん?」


 アヤメは戦闘が行われている海の上、薄い雲のさらに上に()を見つけた。


「あれなに?星かな」


 アヤメの独り言にアマンナも反応する、がしかし絶賛喧嘩中なので話しかけたりはしなかった。

 アマンナも釣られて夜空を見上げ、そしてすぐにそれを見つけた。


(なにあれ、おもちゃみたいな星だな)


 二人が見上げる点は星のようであり、けれどその輝きは本物っぽくなく、アマンナが言った通りチープな光りを放っていた。

 ここはテンペスト・シリンダーだ、囲われた大地、ここ自体が作り物の世界──その認識が二人を誤認させた。


「アヤメさん!」


「──えっな、なに?!」


 ぽけっと眺めていたアヤメが名前を呼ばれ、慌てて彼らを見やった。


「ナツメさんがヤバそうですよ!ガチで追い込まれてる!あのままじゃマズいですよ!」


「ナツメなら大丈夫でしょ、ほっときゃいいよあんなの」


 普段からナツメに怒られてばかりいるアマンナはそう吐き捨てた、ちっとも心配ではないらしい。


「アマンナ」


「………」


「そういうのは良くないんじゃない?それに、何の為にここまで戻って来たの?私と喧嘩してナツメを見捨てるため?それだったら向こうで休んでた方が良かったんじゃない?」


「──分かった分かったよ行けばいいんでしょ行けば!!」


 うるああ!!アマンナが叫ぶと迎撃用ポートの真ん前に白炎色の機体がぽっと出現した。赤と白のカラーリングをし、稀代の変態パイロットに「フレッシュスカート」と名付けられた彼女たちの特別個体機、A1-H001『アマンナ』。


「──なんか出てきた!」

「こっちもかっけえ〜」

「俺アヤメさん派だわ」

「俺ナツメさん派」

「一緒にデートしてくれるんなら正直どっちでもいい」


 メンバーが口を揃えて「それな」と言い、素粒子流体に分解されて機体に格納されたアマンナが「そんなに元気ならあんたらも戦え!」と文句を言った。


「いいぜ!俺たちの方が早く倒したらデートしてもらうからな!」


「その話乗った!「いや乗らないで!アマンナも勘定に入ってるからねそれ!」


 こうしてヴィスタ班も結局戦線に加わることとなった。


 おもちゃのような星の瞬きの下、ナツメは冷や汗を流していた。


「何故効かん!あの頑丈な細菌すら吹っ飛ばせるはずだぞ!──ちっ!図体はデカいくせに!」


 当たればひとたまりもない尾鰭がバルバトスの眼前で振るわれた、ナツメはすかさず後退するが背後にも別の個体が控えていた。


「──!」


 避けられない、ナツメの背後にいたアーキアが『死ねば諸共』と言わん限りの体当たりを敢行していた。

 激しい衝撃がナツメを襲った、触覚がカットされているので痛みはない、だが明らかに機体パフォーマンスが低下した。

 ナツメも『死ねば諸共!』と反撃に転じ、体当たりをしてきた個体の口に手を添えて無理やりこじ開けた。


「ビーストが固いかお前が固いか!今確かめてやるよ!」


 ナツメはアーキアの口の中にライフルを突っ込み引き金を絞った。マズルフラッシュが発生する度にアーキアの体がびくんびくんと跳ね、ぱたりと動かなくなった。

 これでようやく一体、ナツメはヴィスタが疲れ果てていた理由が何となく分かったような気がした。


(こんなのを毎日相手にしていたのか、そりゃ疲れもするだろう)


 他人の心配より自分の心配だ、まだ大型アーキアは存在している。

 はてさてどうやって始末しようかと思案していると、海上を飛ぶ一つの光点を見かけた。

 助太刀に来たアマンナだ。


「助けてくれなんて一言も言ってないぞ」


 ただの照れ隠しである、ナツメは正直ほっとしていた。


「正直にありがとうって言いなよ、その歳のツンデレはどこにも需要ないよ」


「うるさい!」


 ナツメに皮肉を放ったアヤメが、稼働式排気ノズル(スカートの事)の下に隠していたブースター仕込みのハンマーを抜き放った。

 アヤメは速度を殺さずハンマーヘッドを持ち上げ、海面に頭をさらしていた一体に狙いを付けた。


「後始末の事を考えてスマートにな」


「それは無理だね」とアヤメが言った途端、ハンマーヘッドのブースターが点火した。ハンマーが振り下ろされる様は流星のようであり、眩い軌跡を残しながらアーキアの頭部に吸い込まれていった。

 アーキアにヒット、その瞬間ありとあらゆる物が周辺に飛び散り、五〇口径弾を弾いていたクジラが一瞬で絶命した。


「相変わらず威力がヤバい」


「物理を上げて殴れば良い!それがこの世の最適解!」


 アマンナが言ったように、残りのアーキアもハンマーの錆びに変えて第三ウェーブが完了した。

 ヴィスタ班のメンバーからアヤメたちに通信が入った。


「凄いのはほんと良く分かるんだけどこっから先は何が攻めてくるか俺たちにも分からないぞ!」


「どういう事だ?」


「アーキアは魚と一緒で夜行性なんだ!つまり朝が来たら途中で帰るんだよ!俺たちはさっきのクジラとやり合っている時にいつも朝を迎えていたからこっから先は知らない!」


「クジラは魚ではないだろう」とナツメが真面目過ぎる突っ込みを入れた。

 直後に第四ウェーブが開始された。超大型か、あるいは第一から第三までの個体てんこ盛りか。

 攻めてきた個体はそのどちらでもなかった。


「んん?!あれは──」


「んげえ?!あれってまさか特個体か?!」


「ガチ?!」


「IFFに反応がない!あいつら特個体に化けて出てきたぞ!」


 闇もそのまま飲み込んでしまいそうな水平線からやって来たのは、彼らが言った通り人の形をしたアーキアだった。その数は六、ナツメたちのチームと同数である。

 ヴィスタ班のメンバーは意表を突かれて尻込みを見せるが、特個体との戦闘に慣れていたナツメたちは「先手必勝!」と先陣を切っていた。


「ナツメさんたちガチやべえ!」

「一生付いて行きます!」


 男性に対して良いイメージを持っていないナツメが即座に「付いてくんな鬱陶しい!」と返していた。

 初手はナツメのライフル弾、海上にマズルフラッシュが焚かれ、赤く熱した一本の線が先頭にいた特個体型アーキアに向かっていった。

 敵は難なく避けてみせた、けれどその軌道を予測していたようにアヤメのハンマーが振るわれ、二人の連携でまずは一体が海の藻屑となった。


「手慣れてんな〜」

「俺ら負けてらんねえぜ!」


 手際の良い連携を見せつけられた彼らもエンジンスロットルを上げ、巧みにアタッチメントデッキを操り一体のアーキアに狙いを絞った。


「お手並み拝見だな」


 ナツメの言葉にアマンナが茶々を入れる。


「勝ったらナツメがベッドの上までデートしてくれるってさ」


「そんなわけないだろ──「ガチ?!──やってやるぜえ!「ナツメさんとデート!「負けてらんねえ!取ったモン勝ちの恨みっこなしだぜ!「俺は5Pでも構わない「ふざけるな!」


 ヴィスタ班はダイヤモンド、菱形の編隊を組みアーキアに接近。先頭にいたメンバーがアンカーを放ったと同時に残りのメンバーが散開し、アンカーボルトが敵に食い込んだ瞬間に袋叩きにしていた。

 ライフルでアーキアの足を狙い、態勢が崩れたところを近接武器で頭部を叩く、ナツメたちと同様に優れた連携能力でさらに一体を撃破していた。

 『常勝不敗のアイリス』も彼らの練度に感心していた。


「へえ〜凄い、まるで四機で一つみたいな戦い方するね」


 アヤメに褒められた一人が嬉々とした声を上げた。


「マジっすか?俺とデートしてくれるんすか?!「いや何でそうなるの。普通に褒めただけだよ」


(この四人とあのリーダーを合わせて五人編成…そうか、この四人が好き勝手暴れるからあいつがフォローに回っていたのか…どこの世界のリーダーも苦労するものなんだな…)


 ヴィスタがアーキア相手に疲れていたのではなく、身内に振り回されていたんだなと、ナツメは彼らの戦いぶりを見てそう考えた。

 残るは三体である、生き残った特個体型アーキアはナツメたちの様子を窺うようにして距離を取っていた。

 一触即発の空気の中、おもちゃのように輝いていた星がキラン!と一際強い光りを放った。

 次の瞬間、さらなる異変が起こった。

 最初に見つけたのはナツメだった。


「向こうに動きがあった、気を付けろ」


「俺たちと同じように編隊を組んで──ん?」


「あいつら距離が近過ぎやしないか?あれほとんどぶつかってるだろ」


「ぶつかってるとかじゃなくてあれは──合体してくなくないか?」


「そんなわけ──なんかちょっと大きくなってないか…?」


「まさかの合体機能付き〜!人類の浪漫!」とアマンナが場違いに声を上げ、生き残った三体がナツメたちの前で合体してみせた。

 そう、合体である。ナツメたちの位置からでは良く見えていなかったが、特個体型アーキアたちはゲル状に己の体を変化させ、核となる一体に纏わりついて融合し、超大型の特個体へと変化していた。

 それはまさしく強化人間が搭乗するようなサイコ◯ンダムのようであり、ナディたちが戦った山モドキのようでもあった。しかも飛び道具付き。


「──ロックオン?!──全員今すぐ距離を取れ!」


「駄目!間に合わない!──アマンナ!フレアを全部出して!」


「つーん」


 ナツメとアヤメから「こんな時にふざけるな!」と怒られ、アマンナは「私がいつ真面目だった?!」と逆ギレするも、言われた通りきちんとフレアをばら撒いていた。

 真っ暗だった海上が真昼のように明るくなった、アマンナが発射したフレアの一つ一つが強く輝き、敵が発射したミサイルにミスリードを図っている。

 目標を見失ったミサイルがナツメたちの前で誘爆を起こし、さらに明るくなった、昼間とほとんど変わらない。その強い輝きを前にしてヴィスタ班のメンバーは恐れ慄いていた。


「あんなにデカくてミサイルも撃つのかよ?!」

「いやあれはさすがに倒すのは無理だって…」

「朝まで持久戦に持ち込むしか…」

「でもナツメさんとアヤメさんのダブルデートが…」


 合体した超大型アーキアがまたしてもミサイルを放った、まさかの無限撃ち、これはさすがに無理だとナツメたちも諦めて撤退を選んだ。


「私たちの手には負えない!一旦引くぞ!」


 そこへ待ったをかける者が現れた。


「逃げるんだ?」


「──え?」


「私の知ってるナツメはどんな時でも諦めなかったよ?」


「え?」


「私に手を伸ばしてくれた時のこと、今でも良く覚えてる。あの時の頑張りを皆んなに見せてあげたら?」


「え?」


「──さっきからえ、え、って言い過ぎじゃない?──聞こえてるんでしょ!私が誰だか分かるんでしょ?!──あなたの愛おしいプエラ・コンキリオよ!!」


 ここに来てオリジンのコンキリオが復活。


「あんなちゃちなミサイル屁でもないんだから!」


 バルバトス(本人)から譲渡されたアクセス権を行使し、プエラは空飛ぶミサイルにハッキングを仕掛けた。

 アーキアは何でも模倣する、真似をする、その生命体のDNAからミサイルの構造まで、それが仇となってプエラに掌握されてしまった。

 

「よし来た!」


 ナツメたちに迫っていたミサイルが突如として方向転換、サイコ◯ンダムへ殺到し大爆発を起こした。


「ふふん♪私にかかればこんなものよ!──というよりアマンナ!あんた抜け駆けしてこっちに来てんのに何でハッキングしないのよ!」


「しゃーない、来るのに精一杯だったからリソースが足んないの」


「やーいざーこ、ざーこ♪さっさとアヤメに捨てられてしまえ〜♪」


「もう捨てられそうな時にそういう事言わないでくれる?絶賛喧嘩中なの私たち」


「いきなり重たいこと言うの止めてくれない?「お前が言うな」×3


「というかプエラ、来るなら来るって言ってくれないか?こっちにも心の準備ってもんがあるんだよ」


「何その言い方ナツメ私と会えて嬉しくないの?せっかく来たのに!知らない間にリンクが戻ってたから急いで来たのに!──ナツメは私と会えても嬉しくないんだ!私はいない方が良かったんだ!──うわああ〜ん!!」とプエラが自分で自分を追い込み勝手にクライマックスを迎えていた。

 これがアマンナが言う「嵐のような性格」である。

 けれど三人は慣れたもので「静かにしろ」としか言わなかった。


「何よそれ…会えなかったこの五年間がどれだけ辛かったか…ナツメは違うんだね…そう、ならこんな世界もういらない!消し炭にしてやる!」と大爆発を起こして沈黙したサイコ◯ンダムに再度ハッキングを仕掛け、プエラが四方八方にミサイルをばら撒き始めた。


「おまっ──」

「プエラ!ここマリーンだよ?!」

「相変わらずやべえ女だ…」


「うるさいうるさいうるさいうるさい!皆んな消し飛べえ〜〜〜!!」


 ミサイルの雨を前にして付近にいたヴィスタ班は颯爽と逃げ出し、彼女たちの直上で輝いていたおもちゃの星もささっ!と逃げ出していた。

 この日の戦闘に介入し、彼女たちをずっと観察していたおもちゃの(エレクトロスター)(ティック)に気付いた人は誰もいなかった。





 翌る日。


「どうも〜プエラ・コンキリオで〜す!よろしくね〜!」


 晴天。空は雲が一つもなく良く晴れていた。昨日も無事にアーキアの進行を凌いだラフトポートは爽やかな風に吹かれており、メインポートに沢山の人が集まっていた。

 何故なら信じられないぐらいに美しく、そして真っ白な女性が訪れていたからだ。

 彼女の名前はプエラ・コンキリオ。五年前の大災害を経てさらに成長し、まさしく美貌の全盛期を迎えて最愛の人と並んで立っていた。

 メインポートの人垣の中にはセレン三人衆も混じっていた。


「やば…あの人すんごい綺麗だね」


 マカナがそう褒め称え、アネラが言った。


「ナディよりお姫様っぽい」


「急なディス。なんなの一体」


「べっつに〜一人だけ牛さんでのんびりしてたのかと思うと無性に腹がたったから」


「別に──」ナディはグガランナの船でやらかした愚行を思い出し、何も言わずにそのまま口を閉じた。

 

「どうかしたの?」とマカナが突っ込む。


「ううん別に何でもない」


「──そういえばさ、ナディの恋人も──」マカナがそう訊ねようとした時、人垣の中心にいたプエラがナディの名前を口にした。


「この中にナディ・ゼー・カルティアンって人はいる?」


「!」


 ナディは瞬間ぎくりとし、嫌な汗が流れ始めた。

 プエラの隣で死んだ顔をして立っていたナツメがきょろきょろと頭を動かし、そしてすぐにナディのことを見つけ「あいつだあいつ」と指を差していた。

 ポートの人たちも一斉にナディへ視線を寄越す、いとも簡単に注目を集めてしまった。

 ナディはとんずらをここうと親友二人へ目配せをする、しかしこういう時に限って頼りにならない。


(あ!逃げやがった!)


 二人はさっとナディから距離を空け、「私たちは関係ありません」と野次馬に徹していた。

 これは逃げられないと観念したナディがプエラの元へ寄った。


「へえ〜あんたがナディって人?確かに綺麗な人ね、ここいらで一番の美人さんらしいじゃん」


(ああ…ライラと全然違う…)


 ナディの方がプエラより若干背が高く、少し見下ろした先にいた相手は恋人と似て非なるものだった。

 値踏みをするような目はとても挑戦的で、その綺麗な胸を持ち上げるようにして腕組みをしている様はとても自信家で、いつでもどんな時でも一心に愛情を注いでくれるライラとは違った。


「え、あ、私がナディですけど…美人かどうかは…」

 

「美人でしょ。まあ、ナツメの方が凛々しいし、ナツメの方がプロポーションは良いし、」そこでプエラの視線がナディの胸へ移り、「う、ナツメより胸が大きい…」と人様の胸なのにプエラが残念そうにしていた。

 メインポートには─グガランナとデュランダル除いた─オリジンのメンバーが揃っていた。アヤメと喧嘩して仲が上手くいっていないアマンナが、『死ねば諸共!』の精神でナディに向かって「ごめんなさいしなくていいの?」と話を振ってきた。


「?!?!?!」


 突然のキラーパスに困惑するナディ。


「何の話?」


「え、ああいや…」


 普段は仲良くないのにこういう時に限ってナツメがアマンナに便乗した。


「どうだ、私の恋人は?眠った姿より立って動いている方が様になっているだろう?」


「ああいやまあ、ははは…」


「だから何の話?──ねえ〜ナツメ仲間外れにしないでよ〜」


 プエラに甘えた声を出され、割りかし本気でウザそうにしているナツメの元へジュヴキャッチのリーダーが現れた。


「随分と賑やかだな。──昨日の件は礼を言う、お陰様で少しはゆっくりと休めたよ」


「それはどうも。私たちは務めを果たしたぞ」


「分かっている、こっちもある程度メンバーを揃えられた」


「それは良い。具体的な事に関しては改めてこちらから指示を出させてもらう」


「分かった」


 二人の会話に耳を傾けていたナディがついとプエラへ視線を寄越し、ぞわわと背筋に悪寒が走った。

 今度はプエラが死んだ目つきをしていたのだ。


(こっわ!!)


「ねえナツメ…私の事を無視するの?それに昨日から態度が素っ気ないし…私に飽きた?私はどうすれば良い?ねえ、教えてくれる?」彼女に別れるという選択肢はない。

 ナツメはプエラを相手にせず、ヴィスタに向かって「こいつは私の恋人だ、昨日の化け物を倒した実力者でもある」と紹介していた。

 そう褒められたプエラの顔がぱああっと明るくなり、途端に笑顔になっていた。


「もう!人前でそんなに褒めないでよ〜!照れるじゃ〜ん!」


(うわあほんと凄い人…ナツメさんもよく疲れないな…)


 プエラは喜怒哀楽常に百パーセントである。

 女には興味が無いヴィスタは「そうか」とだけ口にし、「なら、この場にいるメンバーが新都へ出向くという事でいいんだな?」と訊ねた。

 オリジンのメンバー、ヴィスタの班と他複数、そしてナディたちセレン三人衆、新都へ出向いてグガランナ・ガイアの頼みである赤い死神を倒しに行く。


「──そうなるな。どんな相手か楽しみだよ」


 錚々たるメンバーだった。

※次回 2023/10/14 20:00 更新

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