TRACK 20
パーソナリティ・サブスタンス
よく晴れていた空が一天にわかにかき曇り、厚い雨雲に覆われ始めた。
ラフトポートに住まう男共が猟に出かけ、寂しくなった船溜まりから空の様子を眺めていたレセタがふうと息を吐いた。
(嫌な感じ…)
その溜め息は風に乗り、少し離れた位置で洗濯物をしていたアリーシュの元に届いた。彼女が手を止め、レセタの元に歩み寄った。
「どうかしたのか?そんな大きな溜め息なんか吐いて」
アリーシュを含め、新都からやって来た者たちはよく働いてくれている、その事を良く知っていたレセタはそんな彼女たちに心を開いていた。だから、レセタはアリーシュに素直に答えていた。
「…嫌な感じがしたのよ、さっきまではあんなに晴れていたのに」
「この辺りではよくあることだろう?通り雨だなんて珍しくもない」
「そうだといいんだけどね、胸騒ぎをした日に限って誰かが戻ってこないのさ」
「君は本当にここにいる人たちが好きなんだな」ちなみにレセタはアリーシュより歳が若い。
「そんなことないさ、ただ世話好きってだけ」
空を雨雲が覆った後、ついで湿った匂いも立ち込め始めた、これから雨が降るのだ。
一面の青い海と一面の灰色の空を二人が眺めた後、どちらからともなくその場を離れ、それぞれの持ち場へ戻っていった。
*
ラフトポート上空に広がった雨雲はその裾野を延ばし、ナディたちがいる空も灰色に変えていた。雨はまだ降っていないが時間の問題だ、今にも降り出しそうなほど海の上が陰っていた。
そんな中をナディたちの機体が駆け抜ける、空にはアヤメも追従しており山モドキの元へ向かっていた。
準備万端──とはいかないが、少なくとも努力はしてきた、あとは結果を出すだけである。
海面に白い筋を残しながら、セレン方面へ向かう三つの機体を空からアヤメが眺めていた。今日は一人、相棒は空ではなくベッドの上にいた。
(ナツメ…)
ナツメが重症を負った経緯は全て耳にしている、この世に居ないはずの二人から攻撃を受けた、と。
アヤメはオーディンとディアボロスからの報告を受けてすぐにピンときていた。
夢か現か、迷い込んだ街で出会ったもう一人の恋人、そしてすぐに射殺されてしまった。
──ペルソナエスタ。親友と副官の擬似人格がこっちの世界にやって来たのだ。
(スーパーノヴァの力…なんだろうな、あの時も仮想世界の訓練生がこっちにやって来たんだし…でも、よりにもよってなんであの二人が…)
考え事をし過ぎたせいか、機体の進路が少しだけズレてしまった。アマンナから修正するように指示が入る。
《めっちゃズレとるやんけ》
《…はいはい》
《………》
コントロールレバーの角度をいくらか調整し、アヤメは再び三つの機体に追従した。
複雑な心境で空を飛ぶアヤメを知ってか知らずか、ナディはノリノリで海の上を滑っていた。
「やっぱサントラだわ、ロックとか色々言われてたけどよく分かんないし」
「私からしてみればどちらもよく分からない」
ノラリスのコクピット内はナディがセットしたBGMがそれなりの音量で流されており、パイロットは小刻みに体を揺らしながらアタッチメントデッキを操っている。
ノラリスは心配だった。
「本当にそんなんで大丈夫なの?お気に入りのサウンドを聴きながら楽しむドライブじゃないんだよ」
「そんな事分かってるよ〜♩」
ナディは音楽に集中しているのか目蓋を閉じ体を揺らしながらそう答え、こりゃダメだとノラリスは匙を投げた。
そうこうしているうちにセレンへ到着し、山モドキが潜伏している双子山が彼女たちの視程に収まった。
(一応)リーダーを務めているマカナが二人に声をかけた。
「これが最後だからね!気を抜かないように!」
「気なんて一度も抜いたことないわ」
「全力でやって負けてるんだよこっちは」
すぐに文句が返ってきた。
やる気十分!と判断したマカナが指示を出す。
「私とナディで先行するからアネラはバックアップね!」
アネラが「はいはいいつも通りね」と軽口を叩く。返事が返さなかったもう一人のパイロットにマカナが三度呼びかけ、ナディはすう〜っと目一杯空気を吸い込み、
「──Don't be afraid!」
"恐るな!"と曲名を叫んでエンジンスロットルを最大にまで上げた、つまり一人で突っ走った。
「いや結局直進進行かよ!私との訓練はなんだったの?!」
マカナが怒ったようにナディは波を全無視してただひたすら真っ直ぐに突き進んだ。
ノラリスの前方約一〇キロ先には山モドキが待ち構えている、動かざるは山の如し、何度も仕掛けてくる小蝿の様子を観察するようにジッとして動かない。
ナディはアネラから借り受けた長射程砲を構え、挨拶代わりに一発お見舞いした。四〇センチからなる運動エネルギー弾、徹甲榴弾が山モドキの胴体に着弾、しかしぴくりともしない。
「──ダメ!アネラの武器はダメだ!」
「私が悪いみたいに言わないで!」
「何とかして頭を取らないと──アヤメさん!」
「あいよ任されて〜!」
お次は空からの空対地ミサイル、推進装置を有しない投擲爆弾である。目標が目標だからさして狙いを付ける必要もなく、アヤメはグガランナの船から積み込んだ年代物のミサイルを惜しみなく投下した。
爆弾の雨に見舞われた山モドキにようやく動きがあり、腕を持ち上げて自分の頭を守った。爆弾の雨が過ぎた後、山モドキは手近にあった腐敗した森を乱暴に毟り取り、アマンナ機に向かって投げつけていた。
「──あっぶ?!」
まあまあな速度で腐った木々が空を飛ぶ、当たればさすがのアマンナ機も無事では済まない。
「こりゃ変態より厄介な相手だな〜」
「だね〜狙いやすいけどまるで効き目がないんだもん」
アマンナとアヤメが言う変態とは、もうこの世にはいない稀代の天才パイロットの事だ。
ナディたち、それからアヤメはそれからも執拗に山モドキの頭部を狙い続け、けれどそのどれもが失敗に終わっていた。超体積に対する有効な攻撃手段が無いこともそうだが、山モドキが嫌がり必ず防御に徹するのだ。
つまり狙いは合っているということ。
──よいかナディよ!奴めの弱点は頭にある!そこがアキレスの腱なり!──なに?アキレスじゃなくてアキレウス?どっちでもいいわ!
クラーケンごと空へ投げ飛ばされた時、オーディンは見ていたのだ、山モドキの後頭部に位置する所が光っていたのを。そこがおそらく山モドキの弱点、つまり──
(頭にシルキーの核がある!)
攻撃を続け、山モドキが動く度に波が一つ、二つと生まれてナディたちへ襲いかかる。その波一つ一つをナディは吟味しその時を待っていた。
(──来た!)
その波は山モドキから近く、また高さも角度も申し分ない、速度最大で駆け上れば山モドキの頭を取れる。
「ごめんちょっと悪いんだけど皆んな援護して!」
「はあ?!──ナディ!」
山モドキの射程圏内を横切るようにしてノラリスが移動を開始し、ナディ以外のパイロットが皆慌ててしまった。いい加減プチンと来そうになっていた山モドキはその大きな腕を振り上げ、小蝿を殲滅せんがため振り下ろそうとしていた。
「ちょっとナディちゃん何やってんの!」とアヤメが怒りつつも山モドキへ発砲し注意を逸らす。
ナディは山モドキの後方からやって来た大きな波に進路を定めていた。
周囲の状況を全無視したカットバックを行ない角度を調整する、山モドキから一旦離れたノラリスが再び進路を戻し、シャムフレアエンジンに悲鳴を上げさせた。
「いや操られてる本人も分かってないんだけど!何するつもりなの?!」
ノラリスの悲鳴にナディが答える。
「波を駆け上って頭を取る!」
そういう事は先に言え!と皆んなから怒られたナディが波を捉えた。
ノラリスがぐんぐんと波を上りそのまま上空へ飛び出した、重力の軛から解き放たれた機体がコントロールを失うが、そこはナディが気合いで何とかしてみせた。
「──あれだ!」
見つけた、オーディンの話は嘘ではなかった、確かに山モドキの後頭部が淡く光っていた。
あそこへ弾丸でも近接武器でも日頃の恨みでも叩き込めばこちらの勝利──しかして戦場はそこまでご都合主義には進まない。
クラーケンが伏している山の方角から一本の熱線が延びてきた、それはノラリスを捉えたものであり、つまりはナディに対する明確な攻撃行動だった。
「──?!」
予想外にも程がる攻撃にナディは困惑し咄嗟の判断ができなかった、代わりにノラリスがオートパイロットへ切り替えて回避行動に移った。
「誰だ?!死角撃ちだなんて卑怯だぞ!」
ノラリスの誰何にいつかの声が応えた。
「いやあ〜ごめんね〜私たちもそいつに用事があってさ〜」
(──この声は!!)
ナディがホワイトウォールの壁越えに挑み、そして失敗したあの日、迫り来るアーキアたちから守ってくれた女性だった。
「その声には聞き覚えがあるぞ…やはり味方ではなかったのか」
「敵でもないよ、一応は。まあ、ただ状況が悪いっていうか、まあそんな感じだから、そいつは諦めてくれる?」
「目的は何だ?」
ノラリスの質問にマギリが答える。
「エレクトロ・インパクトの為、かな」
腐敗した森の中から二機の人型機が姿を見せた。そのうちの一機を見かけたアマンナがひどく困惑した様子を見せた。
「ああ…嘘、なんで…」
失ったはずの兄の機体だったからだ、厳密には家族ではないが、家族に近い時間を互いに過ごしていた。
テッドの機体である、アマンナが送ったアネモネの花がペイントされていた。
アマンナは約一〇年ぶりにテッドの肉声を聞くことになった。
「久しぶり──まあ、僕はあなたたちに会うのは初めてなんですけどね。こういう形で会いたくなかったのですが…」
オートパイロットのお陰で海の上に軟着陸したノラリスが距離を取る、空では二機の人型機──現存する全ての戦闘用機体の基となったオリジナルが、ナディたちに向かって銃口を構えていた。
「エレクトロ・インパクトとは?初耳だが」
「スーパーノヴァがガイア・サーバーに接触した事だよ。箱庭の裏切り者が付けた名前だけど、なかなか正鵠を得てるよ、これのせいでレガトゥムとこっちの垣根がなくなったことになる──だったっけ?説明合ってるよね?」
「え、僕に訊きます?僕もよく分かってませんよ」
状況にそぐわない、ひどく間抜けな声音で会話をする二人を前にしてノラリスはまた匙を投げた、こりゃダメだ、と、相手にしてはならない部類の人間だと。
「──ナディ、それから他の皆んなも、ここは撤退を推奨する」
「何でさ?!」
「あれには勝てない、君たちが乗る機体は全てあの機体のダウングレードに値するからだ、パフォーマンス精度も半分以下に相当する」
マカナがノラリスに訊ねる。
「機体性能からして勝ち目がないって言いたいの?」
「その通りだ」
「ふ〜ん…あっそう──」マカナはノラリスの警告を無視し、マギリたちに向かってトリガーを引いた。
マギリはライオットシールドでマカナの弾丸をいとも容易く防いだ。
「──なに?私たちと喧嘩しようって?」
「助けてくれた恩はあるけどね、それはそれ、これはこれ、ってね──山モドキが欲しいんなら自分たちの手で取りな!──早い者勝ち!」
マカナの宣戦布告にナディとアネラが「応っ!」と応え動き出し、ノラリスが「嘘でしょ?!」と悲鳴を上げていた時にはもう山モドキに攻撃を仕掛けていた。
「聞いてた人の話?!あの大型アーキアですら手に余るのに人型機の相手もするって?!無理は良くないよ!」
「無理じゃないから!これは無茶だから!人生一度は無茶をしなくちゃいけない場面があるんだよ!」
セレン三人衆はがむしゃらになって山モドキへ攻撃を続け、空から見守っていたアヤメもそれに釣られて動き出した。
彼女は親友と敵対する事を選んだ。
「──いいね?」
「──いいよ、あれはテッドじゃない」
「敵対するんだ?助けてくれた相手と敵対するんだ」
マギリはどこか楽しそうにしている、その事にアヤメは嫌悪感を抱いた。
「あなたはマギリであってマギリじゃない」
「アヤメを助けに行って、意識が途絶える瞬間までの記憶があるのに?それでも私は同一じゃないって言うんだ?」
「…………」
「でも、アマンナは違うんでしょ?」
「──え?」
思いがけない所で自分の名前が出てきたアマンナは、小さな驚きを見せた。
「あの街でアマンナが殺されて、それでアヤメは強い怒りを覚えたんでしょ?それって同一だって認めてる証拠だよね?」
「…何の話をしてるの?」
「………」
(──あ)
特別個体機とハーフマキナは意識下で繋がっている、故に相手の考えが分かるし思いも手に取るように分かる。
──だが、アマンナはこの時に久しく感じていなかったものをまざまざと感じていた。
『他人である』という事。いくら繋がっているとはいえ、アマンナはアヤメとの間に距離を感じていた。久しく感じていなかったものだ。
その距離とは何か──"アイデンティティ"である、自分が自分である理由、あるいは目的、その心根。神経系に有機性ケーブルを通して意識を繋いだとしても、決して交わらない領域。
それがアイデンティティというものである。
アヤメはアマンナに対して、あのおかしな街で起こった出来事について多くは語っていなかった。あの時に感じた不条理も、憤りも、今を生きるアマンナには伝えていなかったのだ。
「もしもーし、この距離でシカトはキツいよ〜」
アイデンティティを形成するものは良い物ばかりではない。他人には伝え難い物、あるいは伝えたくない物、隠しておきたい物で形成されることもある。
今のアヤメを形成するアイデンティティには、あのおかしな街で起こった事が十二分に関わっていた。
「マギリ、早く介入しましょう。あの三人組、本気で落としに行くつもりみたいです」
「あいよ〜。──じゃ、そういう事だから」
「──!」
「──!」
微妙な空気に陥っていたアヤメとアマンナは相手の動きに遅れてしまった、先手を取られて後退せざるを得なかった。
「もしかしたらこういう組み合わせもあったかもしれないね〜私とテッドがペアで、アヤメとアマンナがペア」
「……そうかもね」
「どっちが強いかな?」
フレア(太陽面爆発)を彷彿とさせる小規模な爆発がシャムフレアエンジンに起こり、マギリ機がほんのひと時で距離を詰めていた。
アマンナ機は相手の接近を蹴りで躱そうとするも、背後に控えていたテッド機の射撃を受けてあえなく失敗し、早速一太刀浴びてしまった。
「っ!」
マギリ機の近接武器をコクピットに食らい、激しい衝撃に見舞われた。稀代の変態パイロットに「手のひらショットガン」と呼ばれた格納式散弾銃で応戦しようにも、やはりテッド機による射撃によって邪魔をされてしまった。思うように戦えない。
「あれ?常勝不敗のアイリスってこの程度だった?もっと強かったと思うんだけどな〜」
「僕たちの機体パフォーマンスが高過ぎるのかもしれませんね」
マギリ機の格闘戦、テッド機による射撃にアマンナ機はなす術もなくただのサンドバックになりかけていた。
空のドッグファイトを眺めていたマカナは冷やりとした汗を流した。
(あれ結構マズくない?アヤメさんの支援がなかったらマジヤバなんだけど…)
二対一による空域戦闘は相手側に軍配が上がっている、このままではこちらが負けてしまう。
いや勝ち負けではないが、せっかくここまでやって来たのにこのままでは無手で帰港することになる。ミガイの「それ見たことか!」と高笑いが今にも聞こえてきそうだった。
マカナは一旦コントロールレバーから手を離し、自分の両頬をぱしん!と叩いて気合いを入れ直した。
「──よし!──どんびーあふらい!!」
ナディが口にしていたよく分からない言葉をマカナも口にし、とにかく海の上を駆けた。
急に突出したマカナを前にしてナディとアネラは「何やってんの!」と戸惑っていた。
「私がチャンスを作る!だからナディはさっきのやつもう一回やって!アヤメさんがあんな状態だから援護は期待できない!」
「そんな何回もぽんぽんできるもんじゃないよ?!さっきのはほんとまぐれなんだから!」
「もう一回やればまぐれじゃないでしょ!──いいの?!あんな変な奴に山モドキ横取りされて!それでも私たちは頑張ったって言って誰が慰めてくれると思うの!皆んなに笑われるよ!」
「昨日まであんなにリーダー嫌がってたくせに──「私はナディの無茶苦茶なセンスを信じるよ!──あんたはどうするの?!」
その一言にナディも何かが吹っ切れ、山モドキと空の戦闘に泳いでいた目がピタッと定まった。
「あの山モドキの頭を狙い続けて!さっきと同じように波を沢山作ってもらうの!──できる?!」
「やったろうじゃん!見てなさいよ私の腕前!」
「マカナ一人でできる?」
「ここに来てまでサボろうとすんな!」×2
阿吽の呼吸で突っ込みを受けたアネラが「え〜」と言いつつも、長射程ライフルを構えた。
そこへ遅れて到着した新型三胴船の艦載武器も加わり、彼女たちの総攻撃が始まった。
彼女たちのリーダーを務めるウィゴーが着いて早々、乗組員に号令をかけた。
「持ってる弾全部使って山モドキを攻撃!これが最後だよ!」
新型三胴船、それからナディたち三つの機体から壮大なマズルフラッシュが発生し、昼間にも関わらず一際明るくなった。
山モドキが堪らず後退する、その時にいくつか波が発生したが、そのどれもがナディが狙っていたものではなかった。
「まだまだ!」
「ナディ!狙いは分かるがあまり近づき過ぎてはいけない!山モドキの腕に掠っただけで海の藻屑だ!」
五月蝿い小蝿を追い払うように山モドキは腕を振り回している、そこに最も接近しているのがノラリス機だった。
山モドキの射程圏内ギリギリを躱しながらナディはひたすら波を待った。待っている間に山モドキの態勢が崩れ始め、新型三胴船の主砲が敵の顔面にヒットした、ボクシングで言うところのアッパーである、敵が体を大きく仰け反らした。
あれ?このままこれでいけるんじゃね?と皆が思った矢先、空で異変が起こった。
突然の乱入者の相手をしていたアヤメとアマンナがここに来て喧嘩を始めてしまったのだ。
「──私が悪いって言いたいの?!」
「他に誰がいるの?!何でそんな大事な事私に黙ってたのさ!」
二人の口喧嘩はウィゴーの三胴船にも伝わっている。
「ちょ、ちょっと?!何やってんのこんな大事な時に!」
ウィゴーの糾弾も二人の耳には入らない、さらにヒートアップしていった。
「いちいち私が何でも報告すると思うな!自分なんか私のことほったらかして遊び回ってるくせに!このジゴロ!」
「そっちが束縛してくるからでしょ?!誰だって逃げるわ!──今そんな話してないの向こうで会った私ってなに?!前にもそんな事言ってたよね?!」
「だったらなに?!アマンナに関係あるの?!」
「あるから訊いてるんでしょうが!!」
「誰にだって言いたくない事の一つや二つはあるんだよ!」
「ほんとお願いだから喧嘩するんなら他所でやって!」
「うるさい!」
「うるさい!こんなデカブツさっさと倒せばいいだけでしょ!」
「ちょ!!」×6
セレン三人衆、ウィゴー、それからマギリもテッドもアヤメの行動にぎょっとしていた。腕を振り回しているだけでも十分危ないというのに、アヤメは遠慮なく後頭部に向かってトリガーを引いていた。
「──BrrrRRRoooOOO!!!」
山モドキが未だかつて聞いたことがない声で雄叫びを上げ、さらに暴れ回った。アヤメが放った弾丸は急所を免れており、山モドキは初めて命の危険を感じ取ったのだ。
四方八方を腕で叩き、その度に大きな波が生まれる、その波が双子山の山肌に当たって反射を繰り返し、どんどん高さを増していった。
「ナディまさかとは思うけどあれに突っ込む気「──Don't be afraid!」
ナディは掛け声と共に体重をアタッチメントデッキの前方に乗せ、機体のスピードをぐんと上げてみせた。さらにBGMの音量もマックス。ドラムの音に合わせて体を揺らし、前方から差し迫る不要な波をすいすいと避けていった。
「──ナディ!上見ろ上〜〜〜!」
「っ!」
上が疎かになっていたナディは山モドキの腕に気付くのが遅れ、射程圏内に入ってしまっていた。ノラリス機の進行方向には山モドキの振り上げた腕がある、このままでは衝突は免れない。
「そこを何とかするのが私たちの役目よ〜!」
アネラの珍しくやる気のある掛け声と共にライフルが発射され、山モドキの腕の付け根に着弾した。
パニックに陥っていた山モドキは、普段であれば大したことはない攻撃にも怯えを見せ、振り上げた腕をそのまま自分の頭部へ持っていった。
アネラのお陰で道が開けた、ナディは目当てにしてい大きな波へ角度そのままで突っ込んでいく。
いや、突っ込み過ぎた、速度が出過ぎたせいで山モドキの頭部を遥かに越す高度にまで達してしまった。
「ヤバ!速度出し過ぎた!──ん?」
生憎と飛行ユニットは装着していない、後は自由落下に身を任せるだけかと思われたが、ナディは空でおかしな物を見つけた。
濃い塊が空に浮かんでいた、その正体は分からない、雲には見えないが確かに何かがそこにあった。
その塊はコクピットと同じ高さにある、そして帯状となって山モドキの上空へと続いていた。
(──ぼけっとしてる場合じゃない!早く何とかしないと──)──んん?!」
上に向いていた機体を下方向へ切り替えた途端、サーフボードに何かが当たった、波より固く、そして手応えがしっかりとある。
「これなら!」
なんだかもうよく分からなかったがナディはエンジンスロットルを上げ、サーフボードの操作に専念した。
滑る、空の上にいるのにサーフボードが滑った。
上手いこと方向転換ができたナディは山モドキの後頭部目掛けてアンカーを放ち、後はそれを起点にして機体を進ませた。
山モドキが後頭部に刺さったアンカーをいとも容易く引き抜く、しかし、
「もう遅い!」
十分な速度が乗ったノラリス機が近接武器を構えて突進し、その刃が山モドキのコアに突き刺さった。
*
どんちゃん騒ぎ。
「いやっほう〜!これで僕たちが一番だ〜!」
いつの間に作っていたのか、新型三胴船のその船内の一室がダンスクラブのようになっており、七色の光りを放つカラーボールの下でウィゴーが喜びを爆発させていた。
生憎とカウネナナイ人は音楽について詳しくなかったが、体を揺さぶるようなバスドラムの音に体を揺らし、はたまたいつの間に積み込んでいたのか、お酒を口にしていた。
「ナディのお陰〜!いえ〜い!」
あれだけ喧嘩をしていたマカナも上機嫌、グラスを片手にナディの肩に手を回していた。
そしてナディも、生まれて初めてお酒の味に酔いしれていた。勝利を収めていたのなら尚更、誰も彼もが限度というものを知らないかのようにお酒に手を伸ばしていた。
アルコールに酔っていたナディは両手でピースサインを作り、「皆んなのお陰で勝てました〜!」うえ〜い!とやっていた。
出だしは最悪だった班だ、その班が超特大の獲物を狩ったのだから浮かれるのも無理はない。
「まさかナディがカットバックドロップターン決めるだなんてね〜!」
ナディが山モドキに止めを刺した時、海上からそんな風に見えていたのだ、偶然の産物以外の何物でもなかったナディは適当に「凄いでしょ〜!」なんて言いながら誤魔化していた。
皆んな、ラフトポートに帰港するまでの間騒ぎ続けていた。
※次回 2023/10/7 20:00 更新