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第二十七話 マギリ

27.a



「…二千年代初頭から、世界中で深刻化した資源の採取問題について国連主導の元、各国が開発を進めていた外核エネルギー化技術的課題に対して、当時のアメリカ合衆国が大きくアドバンテージを有することになり…」


 眠い。昼ご飯を食べて一発目の講義はどうしてこうも眠いのか、隣に座っている私の親友も講義が始まったと同時に船を漕いでいた。私より少し大きい胸を気にしながら、親友の脇腹をつつく。


「んひゃい?!」


「「………」」


 壇上に立った、どこか見覚えのある教授と講義室内にいた殆どの学生が私達を見る。


「…アヤメ君、何かな?」


「へ?私…では、」


 隣を見ると親友が素知らぬ顔で、皆んなと同じように私を見ている。いやいやマギリじゃん今の声!少し睨み、無言でマギリに抗議をする。何て変わり身、さっきまであんなに眠っていたのに。


「せっかくだ、君が続きを読みなさい、タブレットの十八ページ」


(そんなぁ…)


 手元にあるタブレットを慌ててスライドさせて、教授が指定したページを表示させた。そこにはアメリカ合衆国が南極にマントリングポールと名付けられた、新開発のマントル掘削機械を設置した経緯などが記載されていた。


「えー…掘削にあたり様々な諸問題が懸念されるため、掘削拠点を国内に配置しない条約を国連が、発展途上国を中心として採決を取り正式に制定した、これを受けてアメリカ合衆国と日本の共同開発チームであるウルフラグが南極を掘削拠点とする計画案を国連に提出し、」


「ありがとう、そこまでで十分だ、次はおかしな声を出さないように」


 何人か仲の良い学生が、くすくすと口に手を当てて笑っている。


(私じゃないってば!)


 また無言で抗議をしようと隣を見ると、マギリが懲りずに船を漕いでいたので溜息をついてしまった。



「そんなご無体なぁ!えぇ私は?!仲間外れですか?!」


「さっきの仕返し、せっかく起こしてあげたのに、私のせいにしたマギリが悪い」


「うぇえん!アヤメがいじめるよぉ!」


「はいはい、あんたら本当に仲良いよね、羨ましいよ」


「えへ?そうかな?」


 長かった一日の講義も無事に終わり、皆んなでご飯でも食べに行こうと相談しているのだ。場所は大学の本館屋上、質素な鉄柵に囲まれた庭園に四人並んでベンチに腰をかけていた。レンガが敷き詰められた庭園には、どこかの国を真似て作られた、ライオンが水を吐き出す噴水があり、その周りには他の学生らも思い思いに過ごしていた。


「どっか行きたいとこある?マギリはなしで」


「なんだとぅ?アヤメイコールのこの私にお店を聞かないなんて」


「警察呼ぼうか?アヤメ、怖かったらいつでも電話してきてね」


「うん、ありがとう」


「さっきから冷たくないですかアヤメさんや」


 私の服を遠慮がちに、ちょんちょんと引っ張る。マギリは冷たくされるのがとても嫌なので、私はたまに仕返しでわざと冷たくする。これぐらいしないと、マギリはすぐに調子に乗るのだ。


「はいはい、そんなことないよ」


 服を掴むマギリの手を離しながら、皆んなに向き直る。もう太陽も沈みそうな明るさだ、本館の屋上から入れる講義棟の向こうの空は、深い青い空に変わりつつあった。

 行き先は大学の近くにある商店街の中、カツ丼がびっくりするぐらい美味しい小さな定食屋さんに決まった。講義終わりに食べるあそこのカツ丼はヤバいということで、女子四人が選んだにしては何の華もないお店となったが、気にする必要もないだろう。


「いやぁーにしてもカツ丼って、男子に知られたらゲンメツされるかな?」


「いいんじゃない?どうせ気にしている男子もいないんだからさ」


 他愛もない会話を聞きながら、本館屋上の出口へ向けて仲良く四人、肩を並べて歩き始める、他にも学生がいるのにも関わらず、レンガの床には私達の影しかないことを不思議に思いながら。



27.b



 訪れた商店街は古く、どこか下町風情といった雰囲気があった。今の時代に珍しく現金決済のみでキャッシュレスの支払いは受け付けていなかった。でも、私達学生にしたら現金のやり取りをするのもいちいち楽しく、よく商店街で買い物をしている学生を見かけた。

 お目当ての食堂は商店街のゲートを潜って、古い建物が並ぶ通りを真っ直ぐ歩いた、端のほうにあった。時間帯もあってか、商店街の通りにはたくさんの人が買い物袋を下げて歩いていた。


「えー見てあそこの家、追い出されてんじゃん」

 

 友達の一人が指を差した方を見ると、商店街の通りに面した一軒家の玄関に、青いホログラムシールが貼れられているのが見えた。あのシールは...


「外縁に知り合いでもいたのかな…」


「いたのかもね、ほんとよく見つけられるよね、こんな古い家に誰も匿ってるなんて思わないじゃん」


「誰かが陰口でもしたんじゃない?あそこの家が空けば誰かは住めるんだしさ」


「あー…そっち?」


 いつ見ても心が苦しくなってくる。ただ、人として当たり前の行動を取っただけなのに、それを罰せられてしまうなんて。

 いくらか落ち込んでしまった気持ちと一緒に、そのまま食堂へと足を運ぶ。周りには、いつものように過ごしている人達がたくさんいて、さっき通り過ぎた一軒家を気にする素振りもない。


(私だけなの?こんなに気にしているのは…)


 おかしくないか?だってあの一軒家に住んでいた人達は、街の一番外側に住んでいた知り合いか、もしくは友達か、どちらにしても大切だった人を家に泊めてあげただけで、警察に捕まってしまったのだ。


「…アヤメ?どうかしたの?」


「何でもないよ」


 私の顔色を伺うようにマギリが声をかけてくる。いつものように笑顔で答えることが出来ない、あんなものを見てしまった後では。

 すっかり沈んでしまった太陽の代わりに、街頭が心許なく明かりを照らし始めた。いつもなら、軒先でしゃがれた声を張り上げて魚を薦めてくるおじさんがいるはずのお店には、誰もいないようだ。ここを通り過ぎてようやく食堂が見えてくるのだが...


「あれ、いつものおじさんいないね」


「あ、ほんとだ」


「ん?食堂の前に人だかりができてるけど、何かあったのかな」


 友達の声で、まだ口をぱくぱく動かしている魚から目を離し食堂の方へ向けると、入り口の前に数人の人が、何やら大声を出して怒鳴っているのが見えた。そこには、しゃがれたおじさんも一緒になって怒鳴っている。


「えー今からご飯食べるんだけどなぁ」


「あれ警察官じゃん」


 腰に手を当てて、まるで説得しているかのように話しをしている一人と、無線に向かって何やら呼びかけている警察官が合わせて二人、食堂の前に立っていた。とても嫌な予感がしてしまった。


「まさか…」


「…」


 私達がいる所にも声が聞こえてきたので、立ち止まって成り行きを見守ることにした。


「あのねぇ!法律で住める人数は決まっているんだよ?!このお家はあなたと奥さんの二人だけのはずでしょうが!」


「何のことだか知りませんな!いい加減に帰っとくれ!商売の邪魔なんだよ!」


「そうはいかないんだよお父さん!近隣の方から通報があったんだから調べないと私達まで罰せられるんだ、それにこの間もこの商店街から違法宿泊して捕まったお家があるでしょうに!」


 警察官と、いつも笑顔で注文を取ってくれているお店の人が言い合いをしていた。聞くところによると、この食堂も黙って人を泊めていたらしい。

 しゃがれたおじさんが、食堂の人を怒っていた。


「頼むぜおやっさん!おかしな真似はするなよ!いくら孫娘だからって勝手に匿うなよ!この商店街の評判が下がっちまうだろう!」


「知らん!知らないものは知らんのだ!お前もさっさと店に戻らんか!」


 ...とてもじゃないが食堂でご飯を食べられそうな雰囲気ではなかった。警察官二人としゃがれたおじさんに詰め寄られた食堂の人が可哀想だった。


「…」


 マギリが私に何か言おうとした時、食堂の前で怒鳴っていた警察官に異変が起きた。あれだけ騒がしくしていたのに、急に静かになったのだ。


「あー…見るんじゃなかった…」


「…ほんとだね、あの子かわいそう…」


 少し前に立っていた友達二人が、苦しそうに呟いた。私も恐る恐る食堂を見てみると...


「ごめんなさい…」


「…」

「…」

「…」


「おじぃちゃんも、迷惑かけてごめんなさい…」


 警察官とおじさんに頭を下げて、今度は食堂の人にも頭を下げた女の子の姿が見えた。私達の位置からでは顔は見えないが、落ち込んだように謝っている。


「ねぇ行こう、見てらんないよ」


 友達がここから去るように促すが、私の足が地面にくっついたように離れなくなってしまった。マギリも私の手を掴んで引っ張るが、無意識に振り払っていた。


「お前ら…お前ら!この人殺しが!こんな年端もいかない子を殺すのか!それなら俺を殺せ!私が死ねばこの子がここに住めるのだろう?!だったら今すぐに俺を撃てぇ!!」


「お父さん…!この子の前で言うことではないでしょう…!」


 警察官とおじさんの隙間から見えた女の子に見覚えがあったから、その場から動けずにいた。強烈な既視感、二つに纏めたお下げ髪と、その髪の色は私と同じ金色で、その瞳の色も私と同じ...青色だったのだ。その子と目が合った...ような気がした、それだけで私の胸は何かに掴まれたように苦しくなり、いても立ってもいられなくなってしまった。足を一歩前へ踏み出した時、マギリが遠慮なく私の腕を掴み引っ張っていく。


「ま、待ってマギリ!私、私あの子と会ったような気がするの!知らない子じゃない!絶対に!」


「…」


 マギリは何も言わない、そのくせ締め上げるように私の腕を掴んでくる。

 無言で来た道を戻って行く。いたはずの二人の友達もいつの間にかいなくなっていた、名前は...あれ、誰だっけ。おかしいな、確かに仲が良かったはずなのに。

 後ろを振り向くと泣きながら警察官に縋っている食堂の人と、どこか達観したように佇む女の子の姿が見えた。

 そして、はっきりとその女の子が私を見た。何かを訴えるように見つめるその子の目は、歳不相応に見えたのが少しだけ、不気味だった。



 商店街を出て、私とマギリが住む寮へと帰るため最寄駅へと向かう。道中、何も喋らない。私も、マギリも。少し前を行く親友の後ろ姿を見つめながら、さっきあった出来事を思い返していた。

 あの子は何も悪くないのに、どうして酷い目に合わないといけないのか。それもこれも大昔に資源に困ったからといってマントルを掘削した人達が悪い...のだろうか。きっと昔の人達もまさかこんな事になるなんて夢にも思っていなかったことだろう。けど、その夢が現実となって苦しんでいるのは今の私達なんだ。

 商店街を出た先は、線路沿いに歩いて駅へと向かう。電線の向こうには、私が通う大学がスポットライトを浴びて、中世風に作られたお洒落な外観を堂々と見せつけている。後ろから電車が走ってくる音が聞こえてきた、連結部に乗り上げる度にガタンゴトンと音を上げて通り過ぎようという時に、マギリが私を見ていることに気づいた。その目は、とても悲しそう。そういえばまだ、冷たくあしらったことを謝っていなかった。


「………ごめんねマギリ」


「………何が?」


 その顔は分かってて聞いてるのがバレバレだ。マギリはこんな奴なんだ、甘えん坊で怒られるのも冷たくされるのも苦手で、そのくせすぐ調子に乗って、そして一番に私を気づかってくれる。


「マギリが私のせいにして寝たこと、かな?」


「…それ私のセリフでは?え、まだ怒ってたの?アヤメが悪いんだよ?いきなり脇腹つついてくるから」


「分かってて謝ってこないマギリもマギリだよ、それとさっきはありがとう」


「…別に、さっきのアヤメは何か変だったから」


 私もそう思う。会ったこともない女の子に、あそこまで取り乱してしまうなんてどうかしていた。あの時感じていた既視感も、今はさっぱりだ。


「晩ご飯どうしようか?今日はマギリが当番でいい?」


「え、今から作るの?どっか食べに行こうよ」


「近くに良いお店あったっけ?さっきの所はもう行けなくなっちゃったし」


「それなら良さげな所があるんだよ、アヤメも気にいると思うよ」


「じゃあ案内して」


 そう言いながら差し出した私の手を、マギリは嬉しそうに握った。


「しょ、しょーがないなぁアヤメは、ほんと甘えん坊さんなんだから」


 また電車が通り過ぎて行った、電車の光にマギリの顔が照らされる。小さな頃からずっと一緒だったその顔は、子供の頃の面影を残しつつもしっかりと大人へと成長しているのが分かる。言動とは全く異なって、マギリの顔は大人っぽい。少し太めの眉毛は凛々しく、目は猫目になっているが組み合わせは抜群だ。それに体のスタイルもモデル顔負けで、よく男子学生から告白されているのを何度も見てきた。髪は紫色、昔よく一つしかない公園で月桂樹を作ってあげてその頭に乗せて遊んで...............月桂樹?げっけいじゅって...何?それに一つしかない公園って、どこにあるの?そんな街が...あったの?

 混乱してしまった私を他所に、マギリは嬉しそうに手を振りながら駅へと向かって行った。



27.c



「ぶぅえっくしょっおん!!」


「ばっちいな…マキナも風邪を引くのか?」


「ずびっー、そんな訳ないじゃん、誰か噂でもしてるんじゃない」


「おーい!マギールさぁん!どうだぁ!」


「ポンコツマギール!まだぁ?!早くしてぇ!風邪引いちゃうよぉ!」


「お前今さっき風邪は引かないって言ってなかったか?」


 ほんとナツメは細かいな。少しはアヤメの寛容さを見習ってほしい。でもまさか、飛び膝蹴りをかまそうした人と一緒に作業することになるなんて。

 わたしとナツメがいる場所は、グカランナ・マテリアルのエンジンルーム。外殻部から抜け出す時にエンジンをレッドゾーンまで急激に上げたのが原因で、部屋の空調がおかしくなってしまったのだ。


[まだだな出力が安定しない、それとアマンナ、儂はポンコツではない!]


「はぁー…しょうがない、そこのバケツを持ってくれ」


「…あ、わたし?わたしが持つの?」


「お前以外に誰がいるんだ」


「えーアヤメはこんな事させたことなかったのにぃ…」


 そう言いながらも言われた通り、今さっき置いたばかりなのに部屋の温度で床と一緒に凍ってしまったバケツを剥がす。

 この部屋は、核融合エンジンが稼働している時は常時温度が一定になるよう空調で調節されるのだが、さっきも言った通りプエラのせいで、空調が壊れてしまい氷点下まで下がるようになってしまったのだ。そのおかげで、エンジン以外の設備が軒並み凍ってしまい、わたしとナツメでお湯をかけて回っているところだった。


「あいつが優しいからって、何でも甘えるなよ」


「ナツメみたいに振られちゃう?」


「こいつ!」


 片手に持っていたバケツをわたしの方へ振ってきたので難なく避けた。


「アマンナ、お前とグカランナが私のことを嫌っているのは分かるが、だからと言って暴言を吐いていい理由にはならないぞ」


「暴言じゃないよ、事実だよ」


 エンジンルームを出ると一気に暑くなる。そりゃそうだ、空調が壊れているのはエンジンルームだけなので、今みたいに防寒対策をしたままでは常温に保たれた空間でも汗をかいてしまう。

 頭に被っていたフードを取り、やたらとモコモコしている上着のファスナーを開けながら休憩スペースに向かう。そこでお湯を汲んでここまで持ってきているのだ、ほんと重労働だよ。


「相手の嫌がることをするなと言っているんだ」


「はいはい」


 ナツメも同じように上着を取りながら、一緒に休憩スペースへと向かう。

 鼻で溜息をついたナツメに何だかムカついてしまったので、さっきのバケツの仕返しと言わんばかりにお尻を叩いてやった。派手な音が鳴ったと同時にナツメとわたしがその場で身を屈めた。


「いったぁぁあ?!」

「いったぁ!!!!」


 ナツメはお尻を押さえ、わたしはじんじんとする手を押さえる。

 痛すぎる、猛烈な痛みが襲ってきた。そうか冷えきった手で叩くと自分も痛いのか、だからナツメはさっきバケツでわたしを叩こうとしていたのだ。


「お前…馬鹿か?何でこんな時に本気で叩いてくるんだよ…」


 涙目になりながらナツメが抗議をしてくる。


「た、叩いた方だって痛いんだよ…」


「自分が悪いんだろ…何が可愛くてこんな奴の面倒をみていたんだあいつは…」


 立ち上がりながら独りごちた言葉に今度はタックルをしようと思ったが、プエラからの艦内放送で一旦休戦...ではなかった、休憩となった。


[ナツメ、お尻見せてくれる?あとアマンナ、次やったら追い出すからね]



✳︎



 何をやっているのかしらあの子は...何だか身内に恥をかかされてしまったようで、私まで居心地が悪くなってしまう。ブリッジにもナツメさんとアマンナのやり取りは見えていた、プエラが心配だからと勝手に映像を繋げていたのだ。


「仲良し…になれたんですかね、ナツメさんとアマンナは」


「そ、そうですね…」


「…」


「…」


「…………あー、グカランナさん、僕のコンソールに空調設備のステータス画面をスライドしてもらってもいいですか?さっきの作業で回復した設備があるかもしれないので」


「は、はい」


「…」


「…」


 アマンナはさておき、私とテッドさんはさっきからずっとこんな調子なのだ。主に私が原因で。


(な、何を話せばいいのか…全く分からない…男の人は初めて…)


 事務的なやり取りなら何とか出来るが、それ以外の会話は端的な答えを返すのに精一杯になってしまい、ろくに会話が続かない。作業を始めた時は、テッドさんも気さくに声をかけてくれていたがこんな調子の私を嫌になってしまったのか、あまり声をかけてこなくなった。


(女性だったら…どうしてそんな顔をしているのに男の人なのよ…)


 最初は女性だと思って接していたのだ。何て可愛らしい方なんだろうと思いながら話しをしていくうちに、テッドさんが自分のことを僕と呼んでいるのが気になり始め、まさかと思いながら恐る恐る聞いてみると、近くに立っていたナツメさんが代わりに答えてくれた。


(こいつ、付いてるぞ)


 何が?!何が付いているのかしら!いいえその言葉の意味は分かるけどもその言い方何とかならないのかしら!


(思い出しただけで恥ずかしい…)


 はぁーまさか付いてるなんて...いいえそっちではなく。テッドさんが男の人と分かってから一気に緊張してしまい、何を話せばいいのか分からなくなってしまって今に至る。


「ふぅー…あと少しねー」


 艦体との接続を切って少女型のマテリアルに復帰してきたプエラ、私はなり振り構わずメイン・コンソールに飛びついていた。


「プエラ!その席を私に譲りなさい!元はと言えばこの艦体は私のマテリアルなのよ?!どうして貴女が未だに艦体を掌握しているのよ!」


「………」


 すると、起きてきたばかりなのにまた安らかに眠ってしまったではないか。再び艦体に接続し、物言わぬマテリアルに変わってしまった。


「プエラ!」


 悲痛に近い叫び声を上げてしまった。艦体に接続してしまえばこの空間から逃げられると思ったのに。私の声を聞いてかテッドさんが休憩をしようと言ってくれたが、その気づかいすらも申し訳なさすぎて辛い。


「グカランナさん、休憩にしましょうか、根を詰めすぎても良くありませんし…あ!それに僕も作業しっぱなしなので疲れてきましたから!」


 少女のような笑顔で途中で思いついたように自分のせいにする、何て優しい男の人なのか。そんな人にすら緊張してしまう自分が情けない。緊張して喋れず、その事を責めて落ち込み、さらに気づかってもらって情けない自分をさらに責めて...喋れなくなってしまう悪循環に陥ってしまったが、自分ではどうすることも出来なかった。



27.d



 マギリの舌は一体どうなっているのか...あんな辛いラーメンは初めて食べた...一度でも辛いのが好きと言った事があっただろうか。

 マギリに連れて行ってもらったお店は、私達の寮がある最寄駅からすぐ近く、高架下に詰め込まれたように軒を連ねている中にあった。


「マギリぃ?私、辛いの好きって言ったことあったぁ?喉も舌もヒリヒリして痛いんだけどぉ」


 拗ねながらマギリの肩をぱしぱしと叩く。痛い痛いと言いながらその顔は全く反省していない。


「いやぁー…あそこのお店、一度行ってみたかったんだけど、一人で入る勇気がなくてさぁ」


 あはは笑いとながら誤魔化している。

寮までの道のりは、とくに何もない。何もないことはないのだが、あるのは小さなオフィスビルやもう誰もいなくなってしまったクリーニング屋さん、後とはコンビニぐらいだろうか。車もたまにしか走ってこないので、初めてこの駅に降りた時は、場所を間違えてしまったのはでないかと焦った記憶がある。

 マギリと二人並んで、寮を目指す。駅前を出て、シャッターが開いているところを一度も見たことがない写真屋さんの前を通り過ぎると、辺り一面の畑が見えてくる。収穫を終えたのか、何も植えられていない裸の畑の向こうには、規則的に並ぶ電柱と、隣町にあるオフィスビルと、そして、建造中の大きな土台を見ることが出来る。この距離からでもその異様な程に大きい土台が見えるのだ、近くで見たら一体どんな物なのか、想像も出来ない。土台と私達がいる間には隣町のビルが建っているのだが、まるでビルが玩具のように見えてしまう程だ。


「まーた明かり付けて作業してるよ」


 マギリが眉根を寄せながら文句を言う。


「しょうがないよ、あそこが完成しないと皆んなの住む場所が無くなっちゃうもん」


「いやぁだからと言って明かりは付けないでほしい、いくらカーテン閉めても入ってくるんだよ?気が散ってしょうがない」


 ちょうどマギリが使っている部屋からも、あの土台を見ることが出来るのだ。つまりはずーっと明るい。


「けど、私の部屋で寝るんだから関係なくない?」


「え?今日も一緒に寝てほしいの?しょうがいなー」


「そんなこと言ってない」


 どうして容姿は大人びているのに中身は子供っぽいんだろうか。

 大きな土台を横目に見ながら、また仲良くマギリと手を繋いで誰もいない、車も走らない道路を歩く。まるで世界に二人っきりになってしまったみたいだ、そんな時に前から歩いてくる人影が見えた。


「珍しいね、こんな所ですれ違うなんて」


「お化けだったりして、うらめしやぁ〜」


 マギリが手を離してお化けの真似をする、苦笑しながらマギリの手を取り再び前を向くと、遠くにいたはずの女性が目の前に立っていた。


「?!」


「!!」


 驚く二人を他所に、亜麻色の髪をサイドテールにしている女性が話しかけてきた。


「やっと見つけたわ、アヤメ」


「…」


 何も言葉が出てこない。どうしてこの人は私の名前を知っているのか、どうやって距離を詰めてきたのか、まさか本当にお化け?自分が置かれている状況を理解することが出来ずにただ、女性の目を見つめることしか出来ない。


「それとマギリ、あなたがついていながらこの体たらくは何?」


「走って!アヤメ逃げよう!」


 勢い良くマギリに手首を掴まれ、女性から逃げるように走る。どうして、あの人は私とマギリの名前を知っていたのか。


「マギリ!さっきの人は?!知り合いなの?!」


「知らないよあんなヤバい女!」


 走るマギリの背中と、遠慮なく掴んでいる手首の痛さしか分からない。どうして逃げないといけないのか、何も悪いことなんかしていないのに。後ろを振り返ると女性はいなくなっていて、代わりにドラゴンが空を飛んでいた............はぁ?!!ドラゴン?!!


「マギリぃ!!!あれ何ぃ!!!」


 大きさは人の倍くらい、茶色の翼に黒い角、そして爛々と輝く赤い瞳に、鈍く光る銀の牙。その瞳と牙を見た時、何も持っていない自分の手を心許なく感じた。


「やばっ、本気だっ」


「何?!何て言ったの?!」


 武器は持っていないが、今は代わりに親友がいると自分を慰めた時に、とても違和感を感じた。武器なんて生まれてこの方一度も持ったことがないはずなのに、どうしてそんな事を考えてしまったのか。


(武器って何?!ここはゲームの世界じゃないんだよ?!)

 

 マギリの掴む痛さが何よりの現実だ、それを頼りにして私と親友はひたすら寮を目指して走った。

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