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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
269/335

TRACK 18

サーフィン・コミュニケーション



 『波に乗る』。字で書く分には容易いが、これを実現しようと思うと大変だ。

 サーフィンの起源を作ったポリネシア人たちは、漁から帰る際の移動手段として用いていた。彼女たちナディの母船にも採用されているアウトリガー、これを彼らもカヌーに用いて漁に出て、波に乗りながら魚を獲っていた。

 彼らポリネシア人は良く知っていたのだ、波に乗るという事を。それから波乗りがハワイへ伝わり、そこで『サーフィン』という明確な文化が形作られた。

 一般人のみらなず王族もサーフィンを嗜むようになり、国主催の大会が開催されるほど、アメリカからやって来た宣教師により「なんか卑猥そうだからサーフィン禁止」と宣告されて一時期は廃れるも、後に禁止宣言が撤廃されて彼らの元にサーフボードが戻ってきた。

 言うなれば、ハワイに住む人たちは"波に乗る"という知識とテクニックが遺伝子レベルで刻まれているのだ。ハワイという国はサンゴ礁 (リーフ)に囲まれた地形である事から、沖から岸に向かって浅瀬になり、このお陰で波が良く立つようになっている。


「ほらあーーー!さっさとパドル漕がないからそんな事になるんだよーーー!」


 だからと言って、誰しもが簡単に波に乗れるわけではない。先述した通り、ただ波に乗るだけでも一苦労なのだ。

 大自然(マリーンは人工建造物だがここでは大自然としておく)が作り出す波はランダム、誰も予想ができない、大きさも違えば波の速度も異なる。だからサーファーは自分から波に合わせていく必要があり、その時に必要な技術がパドリングと呼ばれるものだった。


「いきなり波乗りできるわけないでしょーーー!」


「ナディが教えてって言ったんでしょ!自己満足に付き合わされる私の身にもなりなよ!できもしない事にこっちは付き合ってあげてるんだよ!」


「ぐぎぎっ………」


 ボードの上に腹ばいになり手で漕ぐ、これをパドリングといい、サーファーはこの動作を行ない波乗りをする。この時、波の速度に合っていなかった場合はナディのように足元を取られて海に落ちる。

 波に乗れずに海へ落ちたナディは悔しそうにしながら、海面を力強く叩きつけた。その様子をグガランナの主翼の上からマカナが眺めていた、サングラスとメガホンを持って、折り畳み式の椅子に座り足を組んで。

 マカナがメガホンを口に当て、ナディへ檄を飛ばした。


「ほらあ!次の波が来るよ!休んでないでさっさと漕ぐ!」


 ナディはもう一度パドルを漕ぎ、背後から迫ってくる波に自分のボードを合わせようとしたが、いかんせん波は止まってくれないので中途半端な角度になってしまった。


「うわっ──ちょっ──」


 波は止まらない、人間になどに合わせてはくれない、乗り切れなかった板切れなど人間ごと攫ってしまう。またしてもナディは波に乗れず、勢いよく背後へ倒れてしまった。

 海面に叩きつけられて背中が痛み、口や鼻から海水が入ってツンとした痛みも襲ってきた。近くにあったボードのフィンが体に当たって擦りむき、全身ぼろぼろになっていた。

 それでも、海中から顔を出したナディの顔に諦めの色はなく、鬼教官ことマカナも慰めたりしなかった。


「波にビビるからそんな事になるんだよ!そんな臆病者が山モドキに勝てると思うな!」


「ぐぬぬっ…」


 アヤメとナツメの母艦、グガランナにお邪魔していたオーディンとディアボロスは、首を傾げながら彼女たちを見つめていた。


「あれは何をやっておるんじゃ?」


「どう見てもサーフィンの練習のように思うけど…何故このタイミングで?もう猟は諦めたのだろうか…」


「全く最近の若いのは…辛抱強くないのはいかん」


 主翼へ続く整備用通路の扉から見つめていた二人の背後から、この船の主であるグガランナがやって来た。


「見ての通りサーフィンの練習よ。決戦に備えてね」


「なにい?決戦?ナディはサーフィンをしながら戦うと言うのか?」


「まだ諦めていなかったのか…オーディンのクラーケンが大破したというのに…」


 第三テンペスト・シリンダーのマキナたちと初めて会うグガランナは、少し失礼だと思いながらも二人をまじまじと観察した。

 一人は少女、もう一人は子生意気そうな男の子。オリジナルの彼らを知るグガランナからしてみれば、この二人はとても新鮮だった。

 グガランナの視線に気付いたオーディンが口を尖らせた。


「何かえ?じろじろ見られて良い気はせん」


「──ごめんなさい、あなたたちは何処でも仲良しなんだと思ってね」


「それは──ああ、オリジナルの事を言っておるのか?」


「向こうの僕たちは一体どんな個体なんだ?」


 グガランナは第一テンペスト・シリンダーで起こった出来事をありのままに語った。本来であれば他言無用の秘匿事項である、だが、それでもグガランナは語った。


「そうか…」


「それは何というか…」

 

「どうしようもない事だった、彼らがビーストを製造して数の調整をしなければ、どのみち資源不足に陥って人は生きられなかった。彼らも自分たちの行ないには自覚があった、だから人からの憎悪も真正面から受け止めていたわ」


「同じ個体だからだろうか、オリジナルの僕の考えには共感する部分がある。きっと人間に数の調整を依頼したところで断られるのは目に見えている、だから自ら汚名を被ったのだろう」


「だろうな、そして向こうの余もディアボロスと共に同じ道を歩むことを決意した」


「向こうのお前まで僕に甘えていたのか、それは考えものだな」


「え?そうなるの?お前の頭は一体どうなっているんだ?──個体間を超えた友情に感動するところだろう!!」


「ふふっ」


 目の前で喧嘩を始めた二人を前にして、グガランナはそっと微笑みを溢した。

 互いに一発ずつ殴られたところで喧嘩が終わり、ディアボロスがグガランナに訊ねた。


「何故その話を僕たちにしたんだ?本来であれば守秘義務が課せられているはずだぞ」


「先人たちの失敗を糧にして、これからの為に生かしてほしかったから。これじゃ駄目かしら?」


「駄目ではないが…何か隠しておらんか?」


「うん、僕もそんな気がする」


「さあね、それはどうでしょうか。──それよりも、彼女たちに声をかけてきてもらえないかしら、そろそろ休まないと熱中症で倒れてしまうわ」


「そうだの。──グガランナや、ちょいと頼まれてはくれんか?山まで一っ飛びしてきてほしい」


「あなたの子機のことね?分かったわ」


 グガランナはそれだけを言い、後は踵を返してさっさと行ってしまった。

 さっきのは何なんだろうね、なんて二人が会話をしながら主翼の上に出て、マカナたちに声をかけた。


「休憩させてやれ、もうかれこれ二時間近くは練習しているぞ」


「というより何をやっておるんじゃ、山モドキは諦めて水遊びか?──何故余も誘わんのだ!「静かにしろ」


 どごぞの鬼教官のように足を組んで腰かけていたマカナがサングラスを外し、天から降り注ぐ太陽光を手で遮りながら言った。ちなみに、サングラスとメガホンはグガランナからの貸与品である。


「ナディが決戦前にサーフィンを教えてほしいって言ってきたのよ、きちんと波乗りできないと山モドキに勝てないって言って」


 オーディンが大きく首を傾げた。


「なんで?ナディは上手いではないか、とくに訓練する必要もないと思うが…」


「さあね。でも、あの子のライディングは乱暴だから、本人にも思う所があるんでしょ」


「グガランナから休憩しろと指示が出た、いい加減休ませてやれ」


「はいはい──あれ?ナディは…」


 マカナたちが辺りを見回すも、ナディの姿がどこにも見当たらない。つい先程までマカナの声が届く距離で悪戦苦闘していたはずなのに。

 ディアボロスがナディを見つけたようだ、「あ!」と鋭く声を上げた。


「あいつ!波に攫われてるぞ!」


「え?!──ああ!引き潮に捕まったんだ!ヤバいヤバい!」


 ディアボロスが指し示す先に点のようにぷかぷかと浮いている物があった。ナディだ。慌てたマカナがメガホンとサングラスをほっぽり投げ、勢いよく海へ飛び込んだ。


「喧嘩していてもやはり友のピンチには駆けつけるのだな。うんうん、感心感心」


「波の性質に気が付いていなかったんだな…マカナがちゃんと教えていなかったのか」


「波は一様に進んでいるように見えて、沖へ向かう悪戯者のような引き潮がおるからな」


「全く…人間は命が一つしかないというのに何と無謀なことを…」


「その無謀者たちが山モドキに再戦すると誓ったんだ、暖かく見守ってやろうではないか」


 あっという間に泳いでナディの元に辿り着いたマカナから視線を外し、オーディンは眼下にいるオーディンを見やった。熱い日差しと熱風のお陰で二人とも汗をびっしょりとかいている。オーディンが肌に張り付いた鎧(どこからどう見ても水着だが本人が鎧と言い張る)をパタパタとあおいでいた。


「──えらく余裕そうだが、もう大丈夫なのか?長年連れ添った内縁者が未だに山で果てているんだぞ」


 クラーケンの事である。

 クラーケンの事を訊かれたオーディンの態度が一変した。


「──思い出しただけでイライラしてきた!!ああーーーー!!こんな屈辱は初めて!!あのクソ山モドキめ…今に見ておれ余の可愛い家臣が今すぐにでも…「他力本願かよ」


 それから程なくして、波に攫われ危うく帰らぬ人になりかけたナディがマカナに連れられて戻ってきた。


「し、死ぬかと思った…ほ、ほんとにありがとね…マカナ、ありがとね〜〜〜」と本人は号泣してマカナに抱きついている。抱きつかれたマカナは鬱陶しそうにしながら「いい加減自分の足で泳げ!」と怒っていた。



「私たちにもできる事はないのだろうか…黙って見ているというのも…」


「退屈だしね」


「そういう問題じゃない──いやまあ、あの超巨大生物に立ち向かうのはちょっと羨ましいと思うが…」


 ブリッジで待機していたアヤメとナツメの元にグガランナがやって来た。


「──それならナツメ、ちょうどいいわ、オーディンから依頼があってね、子機の確認をしてきてほしいの」


「あの山へぶん投げられた生き物をか?いいだろう、お安い御用だ」


「私も行こうっと」


 ナツメの跡を追おうとしたアヤメをグガランナが呼び止めた。


「アヤメは駄目、船に残って私のお手伝い」


「え〜〜〜」


「え〜じゃない。ナツメ、よろしくね」


「はいよ。何をしても怒らないが、私が帰ってくるまでに掃除は済ませておけよ」


「っ?!」

「っ!!」


 ナツメの言葉に二人が途端に顔を赤くし、ナツメは何も見なかったようにしてブリッジを離れた。

 ブリッジ直通のエレベーターを降り、バルバトスが格納されているハンガーへ向かう。通路の窓の向こうには異国の海が全面に広がっており、ナツメは足を止めてその景色を束の間眺めた。


(…………)


 年輪を重ねたその双眸は実に様々な感情を宿し、ゆっくりと右から左へ動いていた。

 彼女は良くこの通路に立ち、これまで沢山の景色を眺めてきた。

 それは生まれ故郷のカーボン・リベラ(現在はフォレストリベラ)の建設途中の工事現場であったり、地球の大海に浮かぶ第三テンペスト・シリンダーであったり、または()()()の下に浮かぶ青々とした島々だったり。

 彼女は景色を眺めながら物思いに耽るのが好きだった。


「…………」


 つい、自分が今から何をするのか何のためにブリッジを後にしたのか忘れそうになりかけた時、先の通路から慌ただしい人の声が届いてきた。


「──うん?」


 届いてきた声はマリーンの者たちだった。オーディンにディアボロス、それからマカナと呼ばれる女性のもの、何やら誰かを担ぎ込んでいるらしい。


「どこか!どこか横になれる所は──」

「無茶をするからだ!何時間も休憩無しで訓練させて!マカナ!お前の監督問題だぞ!」

「分かってるから!今私を怒ってもしょうがないでしょ!」

「急にぐったりするなんて──あ!おい!そこの者!」


(オーディン…オーディン・ジュヴィだったか…やはり見慣れんな、あの筋骨隆々としたオリジナルと会わせてやりたい)


 呼ばれたナツメがオーディンたちに駆け寄った、事情は訊かずとも大体は察する、この暑さにやられて熱中症になってしまったのだろう。


「──はいはい、部屋まで案内してやるからこの子を運んでくれ「貴様が一番大きいんだから貴様が運べ!」それと君──「マカナ!」マカナは飲み物を持って来てくれ、この通路を進んだ先にあるから」


 オーディンにぎゃあぎゃあ言われながら、結局ナツメがナディをおんぶして部屋へ運んだ。

 空室のベッドにナディを寝かしつけ、ナツメはその苦しそうにしている顔をまじまじと見つめた。


(凄く綺麗な子だ…体のプロポーションも整っている…まるでマキナだな)


 けれど、マキナのような無機質感はどこにもなく、人間が本来持っている『野生的』な魅力がナディにはあった。

 つい、本当につい、この船で過ごすようになってからそういった貞操観念が麻痺しつつあるナツメはついナディに手を出しそうになった。どこにも欠陥がない、完璧な円を描く二つの乳房をこの手で揉んでやろうと手を伸ばした時、背後から凄い勢いで頭を叩かれた。


「──?!?!?!」


「いくらナディが綺麗だからってこんな時に手を出すの?」


「い、いや──違うんだ、誤解だ、誤解」


「私の接近に気付かないぐらい見入っていたのに誤解?」


「わ、悪かったよ、悪かったから」


「ナディと寝たかったら私とアネラからちゃんと許可を取って!!」


(そういう問題なのか?)


 ナツメの頭を叩いたマカナは冷徹な眼差しを向け続けている。これは分が悪いと判断したナツメは逃げる事を選び、「後は頼んだぞ」と言って部屋から離れた。


(いやでも頼めば相手をしてくれるのか?)と馬鹿げた事を考えながらハンガーに着いたナツメが発艦準備を進め、それから程なくしてバルバトスが出動した。



 ナツメは青い空を飛ぶといつも思い出す事がある、それは仮想世界で過ごしたあの名も無き街の風景だった。

 初めて空を飛んだ時に見た模型のような街並み、水平線まで延びる海、そして海面に影を落とす白い雲の群れ、どれも新鮮でナツメの価値観に多大な影響を与えた。

 だからこそだろう、考えてしまう、どうしたって忘れることができない、たった一人の副官の事を。


「…………」


 思わず汚したくなるほど綺麗な青空に飛行機雲を残し、セレンの双子山を目指す。視界は良好、自分の汚れた内面が露呈してしまいそうな程に空は晴れ渡っていた。

 コクピットの隅に双子山を捉え、山モドキが周囲にいないことを確認してから高度を下げた。山肌には奇怪な大型クラゲが今なおのびており、ナツメはセンチメンタルな気分を切り替えた。


「ナツメだ、今から調査に入る」


 通信コンソールから返事があった。その相手はクラゲの親方であるオーディンだった。


「頼む。それから寝床の提供も感謝する」


「気にするな」と言いつつ、マカナが余計な事を言っていないだろうなとナツメはびくびくした。


「何を調べれば良い?私はエンジニアではないから詳しい事はできんぞ」


「構わない、ブリッジに入って非常電源を起こしてくれ、後はこっちで何とかする。それから目視による損傷具合も確かめておくれ」


「了解した」


「貴様の働きによってはナディへ働いた愚行を黙っておこう、よろしく頼むぞ変態」


(マカナ!!)


 ナツメがさらに機体の高度を下げ、クラーケンから一番近い海面に着陸させた。それからナツメは泳いで海を渡り、露出している山肌に到着した。

 

「──酷い臭いだ…何だこれは」


 つい最近まで海に没していた山は酷く、至る所が海水により腐っていた。もはや木々は原型を留めるのがやっとであり、地面もぬかるんでひどく歩き辛かった。それでもナツメは歩みを進め、仰ぎ見るほどに大きいクラーケンを目指した。

 腐って今にも折れそうな木々の枝から、異国の土地で作られたクラーケンが見えていた。


(ヴァルヴエンドの製造品…世界の終わり──いや、世界の受け皿か…)


 遠くから見た限りではクラーケンの装甲は薄らとした光沢があり、それが却って生き物のように見せていた。

 目の前に聳える未知の大型船に注意を取られるあまり、足元を疎かにしてしまい木の根っこに足を取られてしまった。


「あっぶな──ん?……んん?」


 表面が水膨れを起こしたようにでこぼことした木の根っこの側に、ナツメは奇妙な物を見つけた。

 ゆっくりと腰を下ろして手に取ってみる、それは、


「エビの…尻尾か、これ…?何でこんな所に…」


 ナツメが手にした物はエビフライの尻尾だった、今し方捨てられたように赤々とした物だ。とてもではないが、数年間も海に没していたようには見えない。

 つまり、山が露出した後に誰かが捨てた、としか思えなかった。

 次の瞬間──「あなたもエビフライがお好き?」と、他人の声が耳元から聞こえた。


「?!」


 ぞわりと悪寒が走り、ナツメは素早い身のこなしで距離を取った。

 兵士としての鍛錬で培った身体能力はまだまだ健在で、他人の接近に気付けなかった事自体にナツメは動揺していた。

 臨戦態勢を整えたナツメが背後へ振り返る、しかしそこには誰もいなかった。


「…………」


 注意深く辺りを観察する、腐った木々、その向こうに見える鏡のような海、見えるのはそれだけで人影はどこにも見当たらなかった。


(気のせい…?いやそんなはずは…)


 何本か、木の裏を確認してみれど、およそ人影らしい人影はなく、ナツメは狐に包まれたような気分になった。


「いやほんとに気のせいなのか?──歳を取るってこういう事かもしれない…」


 さっさと任務をこなして船へ戻ろう、そう気持ちを切り替え歩みを進めた。

 




「どうやら私はまた仮想世界に来たようだ…」


 目覚めたナディの視界には、知らない天井が映っていた。


「体が重い…頭痛と吐き気も…熱中症かな〜仮想世界でも熱中症になるんだな〜」


 五年ぶりに目覚めた時と同じようにナディは怠い腕を持ち上げ、手をグーパーとさせた。

 喉の渇きを覚えたのでゆっくりと体を起こす、知らない部屋の中は簡素なものでテーブルとベッドだけ、そのテーブルの上には飲料水が置かれていた。

 とくに考えるでもなくナディは飲料水が入ったペットボトルを手に取り、無心で飲み干した。冷たい水が喉を通って渇きを癒し、幾分か心の余裕を生んでくれた。

 ゆっくりと立ち上がり窓際に立つ、締められていたカーテンをしゃっ!と開くと、不愉快にも感じる日光が肌を刺したのですぐにまたしゃっ!と締めた。

 見覚えがない部屋で目覚めるのはこれで二度目だ、『人を待つ』という概念を持たないナディがふらつく足取りのまま部屋を出て辺りを観察し始めた。


(何だここ、何で円形なの?変なホテル…あれは…?あれってもしかしてエレベーター?それともリフトかな…)


 ナディはまたぞろ浸水していないかと心配になり、手すりを掴んで下を覗き込んだ。とくに浸水した様子はなく、綺麗なものだった。

 さらに辺りを確認すると、ナディがいた部屋のすぐ隣の扉が薄らと開いていることに気付いた。ナディは悪いと思いつつ、薄く開いた扉越しに部屋の中を確認した。


「…………」


 ここが何処なのか、また、熱中症で倒れた体の倦怠感、その全てを忘れてナディはベッドに横たわっている人をまじまじと見つめてしまった。

 すらりと長い体、それから真っ白い髪。

 

「──ライラ………?」


 どくんと心臓が強く脈を打った。

 死んだと思っていた相手が目の前にいる、そう思うと居ても立ってもいられず扉を開けようとしたが、誰かに止められてしまった。

 ナディの手首を掴んだのはグガランナだった。


「覗きは感心しないわ」


「す、すみません…知っている人に似ていたので…」


「体の具合は?」


「え、あ、まだしんどいです…」


「でしょうね、あの炎天下で数時間も波乗りの練習をしていたんだから」


「あ、あの…あの人は…?」


 ナディが横たわっている人を指差し、グガランナに訊ねた。


「──プエラよ、私たちと同じ出身のマキナ」


「そう──ですか……」


 人違いだと分かり、ナディはひどく落胆した。

 それから、ナディは後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、グガランナに案内されるまま艦内のフードコートへ向かった。



 艦内のフードコートには、目が覚めたばかりのナディ、鬼教官ことマカナ、その二人が仲直りできるよう気を遣うアネラ、とりあえずナディの傍に居たいラハム、それからグガランナとアヤメが席に着いていた。オーディンとディアボロスはブリッジでナツメと作戦中である。

 

「何と言いましょうか…」

 

「何かしら?」


 六人でテーブルを囲んで食事を進める中、ナディの隣をホールドしているラハムはグガランナのことをまじまじと見つめていた。


「グガランナさんに似ているようで、似ていないような…そうは思いませんか?ナディさん」


「うん、見た目はそっくりだけどなんか違う」


「こっちのグガランナってどんな感じなの?」


 アヤメの質問にラハムが答えた。


「──お嬢様?浮世離れした雰囲気があります。けれど、こちらのグガランナさんは、なんか人間臭いというか「そうそう」そんな感じがしますね」


 ラハムの説明に興味が湧いた二人が、マリーンのグガランナは何処にいるんだという話になった。

 事の経緯を知っているラハムは眉を曇らせた。


「それが…ラハムとグガランナさんは同じ所にマテリアルが保管されていたらしいのですが、再起動した時にはラハム一人でした。おそらく、皆に合わせる顔がないのかと…」


「それは何故?」


 ラハムがうっと言葉を詰まらせ、代わりにナディが説明していた。


「実は──」ナディも人から聞いた話をグガランナに聞かせた。


「庇護対象を射殺しただなんて…にわかには信じられないわね。私たちマキナはアプローチは違えど、人間を守っていく存在だから」


「グガランナさんの身に何かあったんでしょうか」


「そう見るべきだわ。けど、当の本人から聞き出さない限り真相は分からない」


「そうですよね〜…はあ、ラハムは心配です…」


「心配と言えば──」グガランナがそこで言葉を区切り、ナディとマカナに意味ありげな視線を送った。


「あなたたちも心配と言えば心配ね、大事な作戦中だというのに仲違いをしているのでしょう?」


「………」

「………」


 指摘された二人はついと顔を背け、徹底抗戦の構えを見せた。


「ええ〜〜〜?まだ仲直りしてないの〜〜〜?さっきは一緒にサーフィンしてたじゃない!」


「一緒にはしてないし、教えてもらってただけだし」

「そうそう」


「ナディ!マカナに助けてくれてありがとうってお礼が言えたんでしょ!だったらごめんなさいも言えるよね?!」


 ずっと二人に気を遣っているアネラはお冠になって怒っていた。

 それでもへそを曲げた二人は言う事を聞かなかった。


「私は悪くない、勝手に怒ってるマカナが悪い」

「私も悪くない、勝手に怒ってるナディが悪い」


「もう!いい加減にしなって!明日がラストアタックなんだよ!喧嘩したままで勝てると思ってるの?!」


「サボり魔のアネラが言っても説得力ない」

「右に同じく」


「なんだと〜〜〜?!「──まあまあ、アネラも落ち着いて。喧嘩の原因はなに?」


「………」

「………」


「じゃあ、どうして二人は協力関係を築けるの?そんなに相手が嫌なら普通は手を組まないわよね?」


 二人が異口同音に答えた。


「セレンの為」

「セレンの為」


「セレンっていうのは…あの山がある島の名前?」


 マカナが力強く答えた。


「あそこは私たちの生まれ故郷なの。昔、ウルフラグに攻められて陥落した私たちの故郷、そこにあんな訳の分からない化け物が住み着いて戻ることができないなんて許せない。私は戦う力を手に入れるため軍人になった、だから諦めない」


 島育ちの人に共通するもの、それは徹底した『仲間意識』だった。外敵を決して許さず、味方をどこまでも守り抜く、その精神が彼女たちの中にもきちんとあったからこそ、クラーケンが撃破されても怯む事なく、むしろより一層の決意を燃やしていた。

 セレンを自分たちの手で取り戻す、それがセレン三人衆の偽らざる思いだった。

 次はナディが語る番だった。


「私もそう、けど今のままではきっと勝てない、だからマカナに波乗りのやり方を教えてもらって少しでも強くなりたかったの」


「だからあんな無茶をしていたのね──為になる話をしてあげるわ。聞きたい?」


「ノーセンキュー」

「ノーセンキュー」

「二人とも!!」


「いいわ、教えてあげる「この人も人の話聞かない系ね」──アヤメが住んでいたテンペスト・シリンダーはね、ある事が原因となって未曾有の危険を招くことになったの」


 埒外の話をされた三人は口を閉ざし、ただ耳を傾けた。


「それは…ラハムたちも関係している事でしょうか?」


「そうよ、ここに紛れ込んだノヴァウイルスは元々スーパーノヴァと名付けられた存在の種子なのよ」


「すーぱーのゔぁ…」


「あなたも見ているはずよ、五年前のあの日、アヤメとナツメも介入したけれど、結局止められなかった超常的存在」


(──あ、あの虫みたいな…)


「そのスーパーノヴァはプログラム・ガイアとテンペスト・ガイアが主導で作った存在、けれど向こうでは起動時に失敗して超新星爆発の如き散ってしまった。それが人類に与えた影響は計り知れないもので、多くの人が犠牲になってしまった」


「──で?その原因は何だって言うの?」


 マカナの挑発的な問いにグガランナがたった一言。


「あなたたちと一緒」


「はあ?」

「どういう意味?」


「コミュニケーション不足、この一言に尽きるわね」


「………」

「………」


「向こう、第一テンペスト・シリンダーのマキナたちは皆んな仲が悪かった、だからコミュニケーションを取らず皆んなが好き勝手にやって対立を繰り返していた、その迷惑を被られていたのがそこに住む人たちだったの」


「だから…仲直りしろって?」


「違うわ、喧嘩していても連携が取れるぐらいには上手く人と付き合った方がいいと言いたいの。二人が喧嘩したまま出撃して大怪我をしたら、まず間違いなくアネラが悲しむことになる。規模は違えど私たちもそうだった、マキナたちの喧嘩の成れの果てが人類の大量虐殺だった」


「………」

「………」


「良く考えてちょうだいな、外様の私が言えることはこれぐらいよ」


 グガランナが席を立ち、アヤメが「のんびりしていってね」と優しく告げ、二人がフードコートから離れていった。

 第一テンペスト・シリンダー、言わば埒外の事の顛末を聞かされた三人は黙して何も言わず、暫くその場でじっとしていた。

 先に口を開いたのはマカナだった。


「…私ね、もう嫌なのよ、誰かのリーダーをするのが」


「それは…どうして?」


「私の指示で皆んな死んでしまった、生き残ったのは私だけだった。だからもう嫌、自分の為に誰かを動かしたくない、動いてほしくない」


「………そっか、それで私に怒ってたんだね」


「そう、ナディが私に指示を求めてきてから、だからあの時怒ったの」


「そう。それを聞いた上でマカナに言うね」


「なに?」


「──だったら何なの?」


 第二ラウンドの開始である、胸の内を相手に伝えたからといって上手くいくわけでもない。


「は?」


「マカナは自分にビビってるだけでしょ、皆んなの信頼に怯えて縮こまってるだけでしょ?──人から信頼されるのってねえ!すごく大変な事なんだよ!それをたった一回失敗したぐらいでメソメソすんな!」


「何ですって──あんたに分かるの?!自分の指示で人が死ぬ怖さが!!あんたなんかに分かるの?!」


「軍の将にもなれば一度に数百、下手すりゃ数千人の命を失うことになる、それでも私の知ってる人は逃げずに指揮を取っていた、正々堂々と指揮を取ってたよ!」


「だったら何なのナディは取ったことがないんでしょ!経験もないのに偉そうな事言わないで!」


「マカナは失敗したことがあるんでしょ?!だったら何でそれを活かそうとしないの?!成功しか知らない指揮官より失敗を知っている指揮官の方が信頼できるのに!」


「言わせておけば──」と、後は掴み合いの猫パンチの応酬戦に入り、場を後にしたはずのグガランナたちが騒ぎを聞きつけまた戻ってきた。


「──こら!何やってるの!」

「止めてください二人とも!仲良くしましょうよ〜〜〜!」


 荒ぶる猫たちの大乱闘が繰り広げられている騒がしいフードコートに、ブリッジで作戦遂行にあたっていたディアボロスがやって来た。やって来るなり不愉快そうに顔を顰めた。


「何の騒ぎなんだ?」


「あ、ディアボロス君。これは何て言うか…熱い青春?」


「遅い青春の間違いではなく?少なくとも成人した女性がする喧嘩ではないだろ──それよりもアヤメ、訊きたいことがある」


「何かな?」

 

 頭一つ分低いディアボロスは、怖いぐらいに真っ直ぐにアヤメのことを見つめていた。


「クラーケンの調査に向かったナツメから連絡があった──マギリ、テッドと名乗る二人組と遭遇し戦闘状況に突入した」


「────」


「この名前に聞き覚えは…あるようだ、すぐに援護に入ってほしい」


 忘れるはずがない、忘れようがない。アヤメとナツメ、二人にとって忘れ難い名前だった。

 魂が抜けたような顔つきをしていたアヤメが、未だ喧騒に満ちているフードコートに背を向けてハンガーへ向かった。

 マギリ。アヤメを命懸けで助けた仮想生まれの親友。彼女にとって、二度も失った大事な友の名前。

 それが何故ナツメと敵対しているのか、本当に本人なのか、冗談ではないのか。様々な疑念が頭に渦巻き、気が付いた時にはもうハンガーに到着していた。


「…………はあ、さっきのは冗談に思えない。それに…」


 彼女は知っている、復讐の花となったあの日、擬似的に人格を再現した存在がいる事を。

 その名前はペルソナエスタ、故人の記憶と人格を再現し、ただ生者の自己満足の為だけに生かされる哀れな存在、またはクソふざけた技術の総称。

 そうだと分かっていても、アヤメはマギリと会うのがとても怖かった。





「──ちっ!」


「ナツメさん、隠れていても無駄ですよ、あなたの癖は全部お見通しなんですから。観念して早く僕にお顔を見せてください、その為にここまでやって来たんですから」


「私もいるよー」


 少年のように幼い声と、場違いに明るい声が通路の向こうから届いてくる。それはナツメも聞き覚えがあるもので、決してこの場に──この世に居ていい存在ではなかった。

 ナツメは悪い夢を見せられている気分になっていた。二人とも死んだはずである、十年も前に。それなのに、クラーケンの船内、ブリッジ前の薄暗い通路の向こうから明るい声で話しかけ、それと同時に遠慮なく銃を撃ってきている。

 悪い夢としか思えなかった。


「ナツメさん、あの時、どうして僕を撃ったんですか?生前の僕はあなたの行為に納得していました、けれど今の僕は納得できません。どうして助けてくれた人を撃てたんですか?」


「それは──」答える必要はない、そう思うのにナツメはついと口を開いてしまった。

 ──もう助からない、何があっても助からない重症を負ったから、だから撃った。言葉にするのは簡単だが口にするのは憚れる。


「それは、何ですか?ほら、言ってくださいよ」


「ちょっと、虐め過ぎじゃない?ナツメさんが可哀想だよ。──ナツメさ〜ん、今そっちに行きますからね〜だから撃たないでくださいね〜」


「来るなっ!!」


 ナツメは恐怖心に駆られて何度も撃った、壁越しに何度もトリガーを引いた。放たれた弾丸は壁のあちこちに当たり跳弾し、手応えは感じられなかった。


「ひどーい、仮想世界ではあんなに大事にしてくれたのに…」


 それに、この状況には似つかわしくないこの声音、およそ同じ人間だと思えず、生理的嫌悪感も募った。


「何でお前たちがここにいる!死んだはずだぞ!それがどうしてここにいるんだ!」


「アヤメさんから何も聞いていないんですか?」


「アヤメ…?」


「彼女は僕たちの存在について知っているはずですよ、月の周回軌道にあるプラットフォームへ行ったことがあるはずです」


「何の話を──」


「アヤメさん、何も説明していなかったんですね」


「アヤメってそういう所あるからね〜本当に大事な事は何も話さない」


 知ったような口の聞き方に腹を立て、ナツメは壁から身を乗り出して拳銃を構えた──それがいけなかった。


「やっとお顔を見せてくれましたね」


「────」


 居た、そこに確かに居た。

 たった一人の副官が、無事であればどれだけ良かったかと後悔し、生きていてほしかったと切望した相手がそこに居た。

 紛れもなくテッドだ、くりくりの髪に幼い顔つき、十年前と何も変わらない。沸騰した怒りがすぐに冷めてしまった。


「僕の記憶と違いますね、大人の顔つきになっています。──ああ、嬉しい…僕が愛して僕を殺した人とようやく会うことができました…」


「殺したわけでは…」


「いいえ、僕はあなたの銃弾で息を引き取りました。それがどんな気持ちだったか、あなたに想像できますか?」


「…………」


 テッドはひどく恍惚した笑みを浮かべ、一歩ずつナツメの方へ歩み寄った。


「──なら、あなたも…経験してみませんか?その方がいいですよ、きっと罪の意識から解放されますから…」


 ナツメは後悔した、相手にすべきではなかったと、接触したタイミングで逃げ出すべきだったと。

 世の中、決してコミュニケーションを取ってはならない相手がいる。けれど、ナツメはその事に気付くのが遅かった。

 テッドが銃を構え、素早くトリガーを引いた。弾丸はナツメの肩に当たり、鮮血を出しながら瓦礫だらけの床に倒れてしまった。

 ナツメは態勢を立て直す暇もなく、副官の亡霊に押さえつけられてしまった。


「逃げたら駄目ですよ」


 仰向けに倒れている彼女の胸をテッドが足に体重を乗せて押さえている。ぼきり、ぼきりと嫌な音が鳴り、ナツメは上手く呼吸することができなかった。


「ほら、僕が見た時と同じ光景ですよ、気分はどうですか?」


「…………」


「僕に何か言うことがあるんじゃないですか?」


「…………」


「あの時、助からないと分かっていても救護に入ってほしかった。僕はあなたの腕の中で息を引き取りたかった、あんな鉄の塊の中ではなくて」


「あの時は…」


 話す必要は無い、この亡霊の正体がいずれにせよ偽物なのだから、そう思うがナツメはまたしても口を開いていた。


「あの時は、楽にしてやろうと…そう思ったんだよ、だから撃ったんだ」


「こんな風に?」


 ナツメの眼前でマズルフラッシュ、視界が焼け、腹部にも焼けるような痛みが走った。

 ナツメが亡霊に撃たれた。急激に遠のく意識の中でも、耳元で薬莢が落ちる音が聞こえた。

 

「あの世で待っていてくださいね、僕もすぐに追いかけますから」


「お前……」


 愉快目的の行動だと、ようやく理解したナツメが副官の亡霊を睨みつけた。

 

「──その辺にして、もう実験は十分だから」


(この声は…さっき聞いたものと一緒…)


 テッドの背後に突然一人の女が現れた。その女の髪は無造作に伸びており、服装も奇天烈な物だった。

 仕立ての良いワンピースの裾から覗いているのは登山用のブーツ、細い腰に太いベルトを巻いてピッケルや登山用の道具を吊るしており、空軍パイロットが好むブルゾンのジャケットも羽織っていた。

 突如として現れた女がテッドたちを諌めた。


「殺す必要はなくない?そんな事のために君たちをここへ向かわせたわけじゃないんだけど」


「殺してませんよ、見れば分かるでしょ?」


「いや普通に虫の息なんだけど──」そこで女がナツメに近づき、すっと腰を下ろした。

 ナツメは女の顔を近くで見ることができた。


(解像度が荒い…グラフィックボードが壊れているのか…)


 処理落ちを起こしたモニターのように女の顔がブレており、表情まで確認することができなかった。

 それよりも限界が近い、腹部の痛みも和らぎ始め、意識の隅から徐々に眠気がやって来た。

 ナツメは最後に、彼女たちの会話を聞いて意識を落とした。


「ここの調査はどうだった?」

「白です、監視装置は組み込まれていません」

「なら、今のところあの一機だけか…お母さんめ、虫を海に逃しやがって…」

「虫て」

「早く見つけないとトライができない…このままだと天に召されちゃう」

「──こっちに向かってくる機影があります、数は一、速度は推定マッハ四、到着まで五分」

「アヤメかな〜?ああ〜会いたいな〜でも今は止めておこうかな〜」

「撤収撤収〜実験も終了〜はい解散〜」


 女がそう号令をかけると、まるで()()が仮想世界だと言わんばかりに、ぱっと消えてしまった。





 ──反省するように!!いいわね?!明日までこの部屋で反省していなさい!!


(私は歳上に怒られる素質でもあるのだろうか…そんな事よりも)


 フードコートの大乱闘を制したのはグガランナだった、つまり喧嘩両成敗。ナディとマカナは艦内の一室に放り込まれ謹慎を言い渡されていた。

 部屋に閉じ込められる間際、ナディはグガランナにある物を貸してほしいとお願いしていた。

 それはロックが納められたコンパクトディスクだった。


(アヤメさんの私物らしいけど…)


 良く使い込まれたヘッドホンを装着し、再生ボタンと停止ボタンしかない変わった端末を操作し、ナディは一曲目から再生した。

 彼女はウィゴーの言いつけを守っていた、『波乗りをしたければロックを感じろ』意味はちんぷんかんぷんだが、ナディは何でもいいから色んな物に手を出して自分の力を付けたかった。

 ヘッドホンを装着したままベッドに寝転がる、ウーファーから規則正しいバスドラムの音が聴こえ、男性ボーカルがイントロを歌い始めた。


「…………」


 とくにこれといった感想はなく、ナディは粛々と曲を聴き続けた。ロックってこんな感じだよね、と思いながら二曲目、三曲目と聴き終え、いやいやこれでは駄目だと思い直した。


(普通に聴いてるだけじゃ駄目だ。これと波乗りが関係してるって事なんでしょ?どこが?)


 もう一度一曲目から聴いてみる、また規則正しいドラムから始まり、男性ボーカルが歌い始めたと同時にアコースティックギターの音色が細やかに流れ始めた。

 一度目に聴いた時は気付かなかった音色だ、このアコースティックギターが歌のサビで大いに盛り上げてくれる。


(気付かなかった。このギターとドラムが良いんだよね〜)


 ドラムは安定してリズムを打ち続け、ギターは変則的に音色を奏でる、それらが男性ボーカルの歌声を支え、一つの曲として完成していた。

 曲と言えども奏でられる音は決して一つではない、ナディはその事を何となくだが理解することができた。

 ここに来てウィゴーの『ロックを感じろ!』という言葉の意味が生きてきた。


(波もそうなのかもしれない、一つだけじゃない…いや、向かってくる波だけじゃなくて他の波も見る必要があるのかも)


 それからナディは色んな曲を聴き続け、気付かないうちに意識を手放していた。

 決戦は明日、泣いても笑っても最後、船に積み込んだ食料や燃料の関係上、明日にはラフトポートへ戻らなければならない。

 ナディは寝落ちする間際、親友の事を考えていた。

※次回 2023/9/9 20:00 更新予定

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