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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
268/335

TRACK 17

ザ・ロック・フィーリング・フィーリング・フィーリング!



 世に言う"万策尽きる"という言葉は、入念な準備と細かい作戦を立案し、それでもなお雲行きが怪しくなってきた人たちが使うものである。決して彼女たちが使って良い言葉ではない、が、この時ばかりは使うしかなかった。


「──もう〜!!どうしようもないじゃん!!打つ手が無いよ!」


 三胴船のブリッジ内で指揮にあたっていたウィゴーが言った。


「万策尽きた〜!!」


 ウィゴーと共にブリッジに詰めていたディアボロスが、そんな彼らを叱咤した。


「初めから分かっていた事だろ!──まだ手はある!補足されないようにとにかく動き続けるんだ!」


 先頭隊を務めるナディとマカナの援護に入っていたアネラが、小さな声で毒を吐いた。


「これだから体育会系は…「聞こえているぞ!」


 でもまあ、と()()を相手にしている皆が同じ事を考えていた。だからマカナが弱音を吐くのも無理はないし、それはディアボロスも十分承知していた。

 しかし、それでも彼は言わざるを得なかった。


「お前たちが始めた戦いだ!勝った負けたは勝敗が決してからだ!」


 海水に没し、甚大なダメージを受けた山が露出しているその間、そこには小高い()がもう一つあった。しかも動き回る、結構なスピードで。その質量が生む速度によって発生した衝撃は、海をも山をも動かしナディたちを翻弄した。

 ノラリスが叫ぶ。


「四時の方角から反射波飛来!推定二〇メートル!」


 二〇メートルともなれば特個体ですら易々と飲み込む高さだ、両脇に立つ山が波を乱反射させてナディたちの機体コントロールを容易く奪っていた。


「──!」


 ナディは回避を断念し、山の如く聳えるアーキアから進路を変えて波に照準を合わせた。


「──馬鹿!止めなって!あれを乗り越えても次が来る!」


 マカナの制止も聞かずにナディはスクリューの回転速度を最大にし、果敢に向かって行った。

 裂帛の気合いと共に高さ二〇メートルの波を駆け抜けて──


「やるぅ!」

「乗った勢いで敵を──」


 上空から臨戦態勢を整えいたアヤメとナツメが喝采を上げるも、「あ!」とナディが叫んだ。

 

「さっきまでそこにいたのに!!なんでいないの〜!!──あ″ーーー!!」


 推定四〇メートルを越す超大型アーキアは海中に潜水しており、さらにクジラと同じように背中側にある鼻腔から勢いよく空気を排出していた。しかも水付き。それはもはや兵器に等しく、鉄砲のように速くて破壊力を持っていた。

 ノラリスがもろに被弾してしまった。


「ぶへっ!!」


「遂行能力五〇パーセント以下まで低下、これ以上の続行は不可能と判断する。援助頼む、動けない」


 上空で待機していたアマンナ機がびゃっ!と駆けつけ、航行不能に陥ったノラリスを抱えて戦線を離脱した。

 これで三戦三敗、今日も彼女たちは敗北を喫したのであった。



「何をやっても駄目駄目駄目の三づくし…」ぶはぁ〜と、ウィゴーが大仰な仕草で項垂れた。その太い指が三本折られており、彼の苦労が滲み出ているようだった。


「アンカーの誘導もできない、そもそも動かない…どれだけ撃っても効果が無いから弾の無駄使い…挙げ句の果てには巨体に似合わない俊敏性…」


 ブリッジにはナディたち、それから何とか誤解を解いて仲間に入れてもらったアヤメたちもいた。

 補足のつもりか、それともウィゴーに止めを刺すつもりか、ナツメが発言した。


「空からの攻撃もまるで効いていなかった」


「そうなんだよ〜〜〜…あ〜あ…ま〜た穀潰しって馬鹿にされるのか…」


「そんなジメジメした事言ったってしょうがないでしょ!一番図体デカいくせに気が小さ過ぎるのよ!」


 ブリッジの艦長席で項垂れているウィゴーの広い背中を、マカナが遠慮なくバシバシと叩いた。

 そこへナディが小言を挟んだ、「ウィゴーさんには優しくするんだね〜」と。


「は?」


「は?聞こえなかったの?」


 喧嘩している二人が一瞬で触発状態に陥り、睨みを効かせていた。どんなに怠け者でも、二人が喧嘩したとあらば即座に動くアネラが動いた。


「──もう!やめなって二人とも!アヤメさんたちの前で!」


「………」

「……ふんっ!」


 二人を遠巻きに眺めていたディアボロスが話を戻した。


「もう仲直りは済んだか?「今のどこが仲直りに見えたんじゃ?「──今はともかくあのアーキアの撃破が最優先だ、個人的な摩擦は終わってからにしてほしい」


 マカナとナディが同時に舌打ちをし、「了解…」と怒りが込められた返事を同時に返していた。


「ウィゴーが言った通り僕たちが持てる攻撃手段を試してみたが、全て失敗に終わってしまった、まさに打つ手無しの状況と言える。あとは…」


 ディアボロスが意味ありげな視線をアヤメたちに投げかけた。二人はすぐにその視線の意味に気付いた。


「あ〜…私たちを当てにしてる?」


「そうだ、この船に乗ったのだから僕の配下と見なしてい「──余だ!余のは・い・かだから!「──僕たちの配下だから、当てにするのは当然の権利だ」


 マリーンでは見慣れないパイロットスーツに身を包んだ二人が視線を合わし、申し訳なさそうに眉を下げた。


「すまないが、私たちの船も万全ではないんだ、だから当てにされるのは困る。動けもしない船が作戦に参加するのはどうかと思う」


「そもそも、私たちの船を修理してほしいっていう事で力を貸しているわけだし…」


「ふむ…そういえばそうだった…」


 さっと二人が顔を寄せ合い、小声で「あれがあのディアボロス…?」とか「私こっちの方が好み…」とか、色々と囁き合っている。それから、今度は二人がオーディンに意味ありげな視線を送った。


「──なんじゃ、余に何か言いたいことでもあるのか?」


「あ、いや──別に…」


「ああ、ああ、そういう事か、さては貴様ら、余のクラーケンを当てにしておるのだろう?──駄目だめ!クラーケンなら腕の一つで一捻りだろうが、これは家臣である貴様らの戦いだ!だから将たる余は手出しはせん!良いな?!」


 さらに二人が小声で「ああいう独りよがりな所は…」とか「力に固執するのは基本的な人格設定…」とか、ぶつぶつと言い合い始めた。


(あの人…絶対会ったことあると思うんだけど…)


 これ以上、喧嘩しないようにとアネラがマカナを引っ張り、そしてラハムに腕を取られていたナディがアヤメのことを凝視していた。

 アヤメがナディの視線に気付き、さっ!と逸らしていた。


「………?」


「オーディンちゃ〜ん…「駄目」まだ何も言ってないよ〜…「駄目ったらだめ、クラーケンを貸してくれって言いたいんだろう?駄目!」


 戦に関して一家言を持つオーディンが、ウィゴーの頼みを厳しく断っている。彼女も戦いに加わりたいの山々だが、可愛い子供たちの成長の場を奪うと考え自粛していた。


(ほんとは余だって暴れたいのに〜!そんな顔で頼んでくるな!)


 アネラに後ろから羽交締めにされているマカナが提言した。


「それなら、クラーケンで足止めするのは?直接的な攻撃は私たちが担当する、それならいいでしょ?」


「うむむむ…」


「オーディンちゃんが言う私たちの戦いだって言うのは分かるけど、船に残された資源も乏しいし、そろそろ帰港しないといけない。それにはっきりと言って、ポートの皆んなからすれば誰が倒したかなんて二の次で、得られるリソースの方が大事だと思うよ」


「うむむむ!──よし分かった!クラーケンで足止めしよう!しかしそれだけだ!良いな!」


 あっさりと態度を変えたオーディンを前にして、アヤメとナツメがまた小声で「本当は自分も戦いたかったんじゃないの…?」とか囁き、耳敏く聞きつけた小さな戦神にお尻を叩かれていた。

 残されたトライは少ない、彼女たちは次こそ仕留めるべく、早速準備に取りかかっていた。



 かの有名な孫子は次の言葉を残した、『彼を知り己を知れば百戦危うからず』と。

 この意味は『敵を良く知り、味方についても良く知る事で何度戦っても勝てる』とかそんな感じであり、何でかんでも無鉄砲ではいかんよ、という事である。

 彼女たちはまさに孫子が危惧していた事であり、敵について良く調べていないわ味方同士で喧嘩しているわと、最悪な状況と言えた。どんなに優れた将でも、彼女たちを前にして裸足で逃げ出すことであろう。

 しかし逃げない者がいた、それはオーディンだった。

 三胴船からクラーケンのブリッジへ戻り小さな腕で腕組みをして一人でうんうんと唸っていた。


「何を悩んでいるのですか〜〜〜?というか話しかけてオーラ出すの止めてくれます〜〜〜?」


「──喧しいわ!貴様はいつもいつも…まあ良い!今は良い!後で覚えておけ!」


「見た目通り器が小さいですね〜〜〜「うるさい!」どうせ自分が倒したくて仕方がないんでしょ〜〜〜?あんなデカブツ、さっさと倒して帰りましょうよ〜〜〜」


 クラーケンの頭部内に設置されたブリッジは、三六〇度方向に回転できるジャイロ支柱の頂点にある。その支柱は数十本からなり、正式名称はダイナミクスジャイロセンサー、それからブリッジを全ての衝撃から保護する二重真円ボールも置かれていた。

 これらの設備は全てヴァルヴエンドで製造された物であり、だからこそクラーケンはこれらの設備がいかに"異常"な物か良く理解していた。

 クラーケンはオーディンによって生み出されたAIでしかない、身の丈に合っていない服はいつでも窮屈に思えた。


「オーディンちゃ〜ん「その呼び方止めろって言ってるでしょ!他の人に聞かれたらどうするの!」あのアヤメとナツメという人を調べてみましたけど〜〜〜やっぱり異文化人ですね〜〜〜」


 オーディンの表情が途端に険しくなった。


「やはりそうか…」


「はい〜〜〜特個体の性能がここより著しく高いです〜〜〜それと停泊しているあの牛みたいな船もなかなかです〜〜〜うちと良い勝負しています〜〜〜」


「ヴァルヴエンドの回し者か?」


「それはどうでしょう〜〜〜本当に招いて良かったんですか〜〜〜?」


「ナディが決めた事だ」


「うちらより可愛がっていますよね〜〜〜嫉妬で死にそうです〜〜〜」


「よく言うわ。──可愛い家臣が頑張っておるんだ、そう簡単に見捨てられん」


「まあ何でもいいですけど〜〜〜イエローアラートで待機しておきますね〜〜〜」


「うんよろしく、いつでも参戦できるようにしておいて」


「手柄を横取りする気満々…ほんとそういう所ですようちらが尊敬してない所」


「文句を言う時だけハキハキ喋るの止めてくれない?」


 可愛いがるだけでは戦に勝つことはできない、オーディンも重々承知していたが、ナディのあのやる気を前にして手を引くことができずにいた。


(あの面倒臭がりがあそこまで…人の成長はうんと早い…余も良い所を見せねば!)


 オーディンが何やら良からぬ考えを巡らせている頃、三胴船のハンガーでは急ピッチで機体の整備が進められていた。

 ノラリスの整備にあたっていたジュヴキャッチのメンバーは、皆が一様に険しい顔をしていた。


「あんだこれ…骨董品みたくボロボロじゃねえか…」


「いやこれマジでヤバいっスよ、海から引き上げたみたいに…」


 彼らが言う『骨董品』とは、海の水位が下がったことにより引き上げられるようになった五年前までの物資全般の事を言う。アネラが持つ長距離用ライフルも機人軍が紛失した物であり、暇を見つけては海に潜って回収し自分たちの生活の足しにしていた。

 五年間も海に没し、ボロボロになっているが如くノラリスの足回りも酷い有り様になっていると彼らが困っていた。


「パイロットは誰だ!呼んでこい!一言文句を言わないと気が済まねえ!」


「ナディさんっス」


「………」


「………」


 呼んでこい!と怒った先輩もナディの名を口にした後輩も、ただジッとしているだけ動き出そうとしない。

 ()()ナディである、絶世の美貌とスタイルを持ち、ラフトポートの華と謳われているマカナとアネラの親友その人である。

 これは貧乏くじを引かされたな、と二人は瞬時に理解した。お近付きになりたいと思えど誰も説教などしたくはない、しかし言わねばならない。


「…呼んできてくれ、どのみち機体の足回りがヤバいって話はしないと、いずれ戦闘中に大怪我を負うことになる」


「──ついでに俺の連絡先を教えてきてもいいっスか?」


「駄目に決まってんだろ!!」


 それから程なくして、ナディが後輩に連れられてハンガーに現れた。


「何ですか?」


 マカナと同じスタイル、上は水着で下はハーフパンツ姿のナディがやって来ただけでハンガー内の空気が一変した。具体的には皆んなの集中力がいっぺんに切れてしまった。ふわふわ、そわそわ。


「あ──そのだな…足回りが…」


「足回り?──あ、ブーツ駄目でした?すぐ脱ぎますね「──ああいやいや!そういう意味じゃなくてっ」


 男性はハッキリと見てしまった、ナディが身を屈めた時、重力に引っ張られて揺れる胸元を。男性はそれだけで「役得だ…」と喜んだ。男は単純なものである(人によるが)、胸の柔らかさの為なら自分の命すら賭けられる(人によるが)。

 男性は角を立てぬよう、慎重に説明した。


「足回りがボロボロ?」


「そう、まるで骨董品のように、とくにサスペンションが酷い。ショックアブソーバーもスタビライザーもアームもダメージが深い」


「はあ…」


「サスペンションって分かる?」


「あのズボンを吊り上げるやつですか?」


「それはサスペンダーっスね」と後輩が割って入ってきた、そしてそのままサスペンションの説明に入った。


「サスペンションは機体が移動する時に地面から受けるショックを和らげる装置っス。今で言えばボードから受ける衝撃の事っスね」


「あ、そういう…詳しいんですね」


 褒められた後輩は嬉しそうに「そうでもないっスよ〜」と微笑み、先に一本取られた先輩が小さく舌打ちをした。


「というか…波乗りしてても衝撃って受けるんですか?」


 ナディの何気ない質問に二人が固まった。


「え」

「え」


「え?」


「え、知らなかったのか…?」


「は、はい…」


 視線を合わせる二人、それから先輩が口を開いた。


「結論から言えば受ける、波も平らじゃないしボードの進入角──ああ、進み方によってガツンとした衝撃を受けるんだ」


「え、でも何も感じませんけど…」


「それはサスペンションがショックを吸収してくれているからだよ」


「ああ、なるほど」


「どんな操作してるんスか?」


「どんなって言われても…自分でもよく分かってないです…」


「ああまあ、とにかく今の操作方法は足回りにダメージを与え過ぎるから変えた方がいい。このままだとこの機体が使い物にならなくなってしまう」


「わ、分かりました…」


 ナディは首を捻りながらハンガーを後にし、元いた作業場へ向かった。


(変えろって言われても…何が駄目なの?)


 船内から甲板へ出ると、湿気を多分に含んだ空気の匂いが鼻をついた。空の端には入道雲に混じった雨雲も存在し、互いの領土を奪い合うように角逐しているように見えていた。

 ナディは整備士から言われた言葉について考える、が、何が駄目なのか分からなかった。


(今の操作方法が悪いからノラリスの足が悪くなっている…ノラリスに聞いてみれば分かるのかな…)


 ナディが向かっていたのは、甲板に設置されたアーキア迎撃装置の所だった。屈強な男たちと一緒になって装填作業を行なっていた。

 その中にはアヤメとナツメの二人もいる、二人も指示を仰ぎながら手伝いをしていた。

 アヤメがナディに声をかけた。


「あ、お帰り。何だったの?」


「いやそれがですね…」


 そう話し始めると、折良く休憩に入ったので二人は日陰の方へ回った。ナツメは屈強な男たちに捕まって腕相撲をやらされていた。


「機体の操作が悪い?」


「このままだと使い物にならなくなるって、そう言われました。私ってそんなに変なんですかね」


 アヤメが「う〜ん…」と曇り始めてきた空を見上げ、自分の顎に指をあてて考える素振りを見せた。ナディはその白い首筋をじっと見やり、それからアヤメの横顔に視線を向けた。


(この人絶対会ったことあるよね…)


 それは五年前、街にタガメ型のシルキーが襲ってきた時のこと、アヤメは当時陸軍としてナディの前に現れていた。ナディはその時のことを覚えていたのだ。

 日差しが遮られた空の下、ナツメは今なお腕相撲大会を続けており、額に玉のような汗をかいていた。そして、また一人屈強な男を負かして笑い声を上げていた。

 アヤメがその様子を見てふふと微笑み、それからナディに向いた。


「ナディちゃんはね、なんか直線って感じがする」


「直線ですか?」


「そうそう、マカナちゃんとアネラちゃんはカーブを描きながら進んでるけど、ナディちゃんだけ直線。上から見てるとね、そんな感じかな」


「直線…まあ、言われてみれば確かに…ズバババって進んでますね」


「それが原因かもしれないね、ボードが反対方向の波とぶつかってその時に衝撃を受けているのかも」


「ああ──え、でもどうすれば…」


「波を読む…とか?二人がカーブを描いているのはきっと波に合わせて進んでいるからじゃないかな。聞いてみたら?私波乗りとかしたことないからよく分からないや」


「アネラに聞いてみます」


「まだ喧嘩してるの?」


「私は悪くありませんから、向こうが悪いんです」


「向こうも同じ事言ってそうだけどね〜」


「………」


 そこで一旦会話が途切れ、二人は絶賛腕相撲中のナツメを見やった。ナツメは女性だ、けれどこれがなかなかどうして、一向に負ける気配がないので皆が挑戦を申し入れていた。

 ナツメはとても楽しそうにしている、無邪気な笑顔がよく目立った。


「ナツメね、昔は色々あって男の人を遠ざけていたんだよ。それが今となっては、ああやって楽しそうにしてる」


「何かあったんですか?」


 アヤメが「ビースト」と、その名前を口にした。


「びーすと?」


「そう、私たちが住んでた街はビーストっていう化け物に襲われててね、私もナツメも特殊部隊に所属してたの。もう一〇年も前の話だけど、ほんと色々あったんだ…」


 アヤメは昔を懐かしむように遠い目をしている。その目にはきっと、マリーンの景色は映っていないだろう。

 

「あの…どこの生まれなんですか?びーすとって聞いたことがないですし…」


「う〜ん…」とアヤメが再び同じ仕草をし、ナツメと同じ身長を持つナディを見上げた。


「──まあいっか。私とナツメはね、ここの生まれじゃないの」


「ここって──「ここは第三テンペスト・シリンダー、そして私たちが第一テンペスト・シリンダー。他の人たちがオリジンって呼んでる所」


 さっと湿った風が吹き付け、二人の髪を攫っていった。


「オリジン…ってことは、外にある世界から…」


「あ、ここがどういう所かは知ってるんだね。そうだよ、私たちは異文化人になる、本当はこういう事喋っちゃいけないんだけど」


「そうなんですね」


 ナディの返事はそれだけだった。


「え?それだけ?興味湧かない感じ?」


「まあ…へえ〜としか」


「ええ〜…結構思い切ったんだけど…」


 ナツメに勝てないと悟った屈強な男たちが、プライドをかなぐり捨てて三人がかりでナツメに挑戦していた。さすがのナツメも太刀打ちできず、ようやく自分の手の甲をテーブルの上に付けていた。

 それでも彼女はよく笑った。今の彼女に暗い影は一つもなかった。


「──まあ、何が言いたいかって言うと、人は変われるって事だよ。あのナツメですらああやって男の人たちと笑い合っているんだから、君も仲良しだった友達と仲直りできるってこと」


「ああそういうやつですか、それなら向こうにも同じ事が言えますよね」


「君は頑固だね〜〜〜」


「それよりも──」とナディがアヤメを真正面から捉え「私たち、会ったことありますよね?」と訊ねていた。


「──え」


「いや、え、じゃなくて、昔ウルフラグで会ったことありますよね」


「え、ええ〜人違いじゃないかな〜」


「いやいや、陸軍に所属していましたよね?それで私を前線基地まで運んでくれましたよね?」


「いや〜どうだったかな〜…あ!ナツメが呼んでるから行くね!」とアヤメが逃げようとしたが、ナディが壁ドンで逃げ道を塞いだ。


「いやいや、さっきはあんな事暴露したのにそれは言いはぐらかすんですか?」


 上背があるナディに抑えつけられたアヤメはなす術もなく、見上げる他になかった。


「な、ナディちゃん…?ちょっと怖いよ…?」


「アヤメさんが逃げるからでしょ?」


「君はいつもそうやって人を口説いているの?」


「ええ?何でそんな話になるんですか」


 予想外の事を言われたナディがぐっと顔を近付け、アヤメは恥ずかしそうに顔を逸らした。心なしか頬も赤い、決してこの暑さのせいだけではなさそうだ。

 なんならこのまま押し倒してやろうかと考えた時、後ろからぐいっと肩を掴まれた。


「こらこら、何やってるんだ、そこまで仲良くなっていいなんて言ってないぞ」


 腕相撲で連勝したナツメだ、びっしょりと汗をかいて肌着が張り付いていた。


「いや別にそういうつもりはないんですけど」


「いやいや、その様子はどう見たって口説いているようにしか見えないぞ。君は自分の容姿をもっと理解した方がいい、そんな事をされたら誰でもグラっと来てしまう」


 ナディの胸に隠れながらアヤメが「ナツメもそうなの?」と訊くがナツメはその質問を無視した。


「そろそろ準備が終わる、君も待機に入った方がいいんじゃないか?」


「はあ、それじゃあ──」


「!」


 アヤメから距離を置き、離れると見せかけてナディはナツメの腕を取って壁に押し付けた。壁ドン二回目。壁ドンされたナツメもうっと頬を赤らめた。


(ほんとだ…頬が赤くなってる…)


「え──なんか凄いドキドキする!」


「馬鹿なこと言ってないで──ナディ!なんの冗談だ!」


「ナツメさんもオリジン…の人なんですよね」


「アヤメから聞いたのか?」


「はい」


「え、それと壁ドンとなんの関係があるんだ?」


「いえ、とくにないです」


「──だったら離せ!普通に恥ずかしいんだよ!」


 ドン!とナディを突き飛ばし、それからアヤメの手を引いてナツメが船内へ戻って行った。



「ロックに身を委ねろ?何を言ってるんですか?」


 急ピッチによる整備も終わり、ノラリスのコクピットで待機している時、ナディはウィゴーからアドバイスを貰っていた。それが「ロックに身を委ねる」である。

 ナディの方からウィゴーに訊ねていた、自身の機体操作に何か悪い所はないか、とその返答がアヤメと同じだったのだ。

 通信機からウィゴーの野太い声が届く、今回も彼は指揮官を務めるためブリッジに詰めていた。


「確かに、アヤメさんの言う通りナディちゃんは直線で動くことが多い、僕も気になってはいた。マカナちゃんもあのアネラちゃんですらちゃんと「その言い方はなに? 」──ちゃんと波に合わせている」


「波に合わせてって言われても…具体的にどうすれば?というか波って見えるものなんですか?全部同じようにしか見えませんけど」


「だからロックに身を委ねるんだ!音楽も一つ一つの楽器が奏でる音で作られている、それは海も同じで、一つ一つ違う波が靡くからこそ僕たちは波乗りができる!」

 

 急に熱く語り出したウィゴーを前にしてナディはお手上げ状態、何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「え、え、じゃ、じゃあ、何かおススメの曲ってありますか?習うより慣れろです」


「それ自分で言う台詞じゃなくない?」


 マカナが通信に割って入る、それだけで火花が散った。


「え?なに?何か言った?」


「別に。無理しなくてもいいよ〜私たちでやってくるからさ〜ナディは船でゆっくりしておきなよ」


「なんだと…」


 孫子がこの場にいたらどう対応するのか、皆目検討もつかないがその心中は決して穏やかではないはずだ。

 それは小さな戦神も同じで、二人に向かって怒鳴り声を上げていた。


「こら!!よさんか!!次喧嘩したら海に放り投げるからな!!」


「やれるものやってみろ!!こっちは遠泳に慣れてるんだよ!!」

「カウネナナイ人舐めるな!!皆んな泳げるんだよ!!」


 そして二人同時にオーディンへ噛み付いた。

 クラーケンのブリッジで待機していたオーディンも「これはアカンやつや…」と困り果てたように被りを振っていた。

 

「オーディンちゃ〜ん、あの人たち大丈夫なんですか〜〜〜?」


「さすがの余も心配になってきた…まさかお前たち以上に聞き分けが悪いとは…」


「なんだって?パワープラスからコンフォートに切り替えてほしい?」


「誰もそんな事言っておらん!絶対コンフォートにするなよ!」


「ふん、分かればいいのです分かれば」


「全くどいつこいつも…」


 もう誰もが上手く連携を取れない中、三胴船とクラーケンがセレンに向かうべく漕ぎ出した。


 出航してから一時間程で作戦海域に到着し、三胴船内に発進準備が言い渡された。


「発進スタンバイ、今回はオーディンちゃんの助力があるからね!足止めした後に総攻撃!フレンドリーファイアに注意して!」


 主軸となる三人のパイロットから「了解」と素直に返事があり、補助の二人からも「了解」と返ってきた。

 今日の海はとにかくややこしい、激しいかと思えば海面が突然凪いだり、かと思えばあらぬ方向から波がやって来たりと動きが読み辛かった。

 ハンガー内に設置された出撃ランプ(信号機みたいなやつ)が赤色から黄色に変わり、緊張感が高まってきた。


「………」

 

 それぞれがそれぞれの思いでその時を待っている中、緊張した空気をさらに高めるような通信がアヤメたちから入った。彼女たちは一足先に離陸しており、空からセレンの様子を観察していたのだ。


「アーキア多数出現!潜水しながら真っ直ぐそっちに向かってるよ!」


「多数?!あのデカブツの仲間?!──全機発進!」


 出撃ランプが緑色に変わり、三機が勢いよく船から発進した。

 ナディ、マカナ、アネラの順に着水、三機は弧を描くようにターンし三胴船へ進路を取った。──はずだったが、アネラのポンコツブルーがつんのめるようにしてバランスを崩し、


「──うっそ!!」


 立て直しをはかるも、あえなく海に落ちてしまった。


「アネラ!」


「何で?!」


「二人とも気を付けろ!海から出てくるぞ!」


 海中から現れたアーキアは長い触手を複数有しており、その姿はクラーケンと同じくイカのようであった。


「あいつに足引っ張られた?!──あっぶな!!」


 言ってるそばからマカナの進行方向からにょきりと触手が出て、ぶわん!とスルーズの足元目がけて振るわれた。それを間一髪で回避し、マカナは距離を取った。


「出鼻を挫かれた!──ナディ!一旦仲直りして二人でやるよ!」


「そっちが先だけどね〜〜〜!」と憎まれ口を叩きながらナディも同意し、にょきりにょきりと姿を見せたイカもどきアーキアの掃討にかかった。幸い、イカもどきの装甲は紙のように薄く、被弾しただけですぐに事切れていた。

 しかし数が多い、一体何処に隠れていたんだと言わんばかりに数が多い、立派な飽和攻撃と言えた。


「これ!ちょ──数が多いんだけど!このままだとこの船もやられちゃう!」


 低高度で待機していたナツメから通信が入った。


「二人を遠ざけてくれ、私とアヤメで攻撃を行なう」


 はい来た!と二人がさっ!と離れ、三胴船の前にうようよと溜まっていたイカもどきにミサイルの雨が降った。

 海面で爆発が起こる度にイカもどきの亡骸が宙を舞う、圧倒的と言える攻撃を前にしてアーキアたちもなす術がなかったようだ。

 それでも生き延びた個体が存在し、マカナとナディで駆逐に入った。あれだけ喧嘩していたのに二人の息はぴったりと合い、互いの射線に被らないよう、また死角を補うようにして華麗な銃捌きを見せた。


「あちょ!こっちに近付いてくるアーキアがいるよ!倒して!」


 それでも生き延びた一体のイカもどきが三胴船へ特攻をかまさんと接近し、ウィゴーが助けを求めた。三胴船に設置された近接防御火器の間合いから外れており、二人の攻撃がなければ討伐は無理だった。


「──ナディ!どっちが先に倒すか勝負よ!負けた方が勝った方に頭を下げる!」


「その話乗った!!」


 二人の位置は三胴船から同程度、ナディの方が若干近い。マカナは素早く転進し、左右にボードを切りながら進んでいった。

 対するナディはすっかり慣れたカットバックで転進し、マカナと違って一直線に船を目指した。

 波は万華鏡の如く、波同士がぶつかり勢いを殺すこともあれば、相乗効果を表し勢いを増すこともある。結論から言えば、ノラリスが波に足元を取られてしまった。


(──うっそ──)


 大きくバランスを崩して速度が落ちる、ナディが態勢を戻そうにもさらに波が押し寄せ、ここに来て初めてノラリスが海に落ちてしまった。

 背中から海に落ち、強い衝撃がナディを襲う、肺の空気が一瞬で押し出されてしまい咄嗟に動き出すことができなかった。

 またすぐに喧嘩モードに入ったマカナから「ざまあみろ!」と通信が入り、「波を読まないからそうなるんだよ!」と叱責を受けてしまった。


「くっそ〜〜〜!ムカつく〜〜〜!」


「マカナの言う通りだナディ、少しは自分を省みてほしい」


「ノラリスも言ってよ!気付いてたんなら言ってよ!」


「習うより慣れろだ。失敗はどんな教えにも勝る」


「くぅ〜〜〜!」


 マカナが難なく生き残りのイカもどきを倒した、だが、三機中二機が行動不能に陥り作戦の続行は困難に思われた。孫子がこの場にいたのなら即座に撤退命令を出していたことだろう、そもそもが未成熟な部隊だ、まず間違いなく帰る。

 しかし、ここにかの有名な思想家はいない、いるのは戦闘狂の小さな北欧神。


「この時を待っておった!今に見ておれ山もどきめが!我がクラーケンの錆にしてくれようぞ!」


 そもそも、何故イカもどきが一斉に発生したのかというと、我慢が利かなかったクラーケンが海中を泳ぎ回っていたからであり、それに驚いた群れが逃げ出していたのだ。

 その事に露とも気付かないオーディンがクラーケンを駆り、セレンの双子山へ真っ直ぐ進んでいった。クラーケンが通った後に降る飛沫はまるで大雨のようであり、パッと見ると、


「あの子の方がアーキアみたい」

「だな」


 意気揚々と進むクラーケンの方が圧倒的であり、その異様さに釣られて超大型アーキアも海中から姿を現した。

 さながら怪獣決戦、特個体が入り込む隙は一つも無いように見えた。後日談だが、アネラが「あの時は海に落ちてよかった」と言っていたほどに。

 相対する化け物同士、先手を打ったのはアーキアの方だった。素早い身のこなしでクラーケンへ接近し、鯨と同じ胸びれを叩きつけるもオーディンは難なく避けていた。


「甘いわ!」とオーディンが叫び海中へ、ボクサーでいうところのアッパーの要領でアーキアの顎下を強かに打ち付け、三胴船のブリッジが「おお!」と響めいた。


「あのアーキアが態勢を崩したぞ!やるじゃないかオーディン!さすがは戦闘狂!」


「褒め言葉と受け取っておこう!」


「もう足止めとかいいからそのままやっちゃって!僕たちはもう疲労困憊だから!」


「よし来た!」


 クラーケンは海中から触手の殴打を見舞う、腹にパンチをもらったアーキアがさらに態勢を崩し、一気呵成に攻め立てた。


「おらおらおらおらあ!待ち望んだ好敵手!その腹に風穴を空けようぞ!」


「パワープラスからアンリミテッドに切り替えま〜〜〜す、見た目以上にダメージが入っていませ〜〜〜ん」


「やれやれえ!──え?これでダメージ入ってないの?」


 制限が解除されたクラーケンの船体が仄かに光り始め、ただの触腕だった腕にメリケンサックのような突起物が発生した。殴られたら堪らなく痛いことだろう、見ているだけで痛々しい触腕をさらに叩きつけていく。


「うわぁ…さすがに余も同情せざるを得ん…可哀想に…」


「………っ!!」


 クラーケンが裂帛の気合いでさらに叩き込む、だが──


「んむぅ?!ブリッジが傾いた!何故に?!」


「ま、マズいですよオーディンちゃん…こいつ…強い!!」

 

「え?!」と言ったそばからさらにブリッジが傾き、なんなら何かに持ち上げられている感覚が押し寄せてきた。


「持ち上がってる?!嘘でしょこの図体が持ち上がるの?!」


「や、ヤバいです全然攻撃が効いてないです〜〜〜!」


 超大型アーキア、態勢は崩したもののダメージは入っておらず、その胸びれでクラーケンを掴み海中から引きずり出そうとしていた。

 全てのエネルギーを拳に送っていたクラーケンは踏ん張ることすらできず、製造されてから幾星霜、生まれて初めて全身を空気中に晒すことになった。


「嘘でしょ〜〜〜?!?!ぎゃあ持ち上がってる持ち上がってる〜〜〜!!」


 オーディンも生まれて初めて見た景色、それはいつも眺めていた空ではなく、その空から眺める海面だった。


(──ん?!あれは──余の戦いは無駄では──なかった!)


 クラーケンを持ち上げたアーキアが大きく振り被り、双子山の山肌目がけて投げた、ただ投げただけ。けれど投げられた方はたまったものではなく、甚大な被害が出てしまった。


「船体の破損率が八〇パーセントを超えました、航行不能、直ちにリペアモードへ移行します。モード滞在中はいかなる命令も受け付けません、搭乗者は速やかに安全な場所へ避難してください。繰り返します──」


「ああ…クラーケンってこんな喋り方するのか…初めて聞いた…」


 取り乱すと子供っぽくなるオーディンが、クラーケンの無機質なアナウンスを前にしていよいよ項垂れてしまった。

 山に打ち上げられたクラーケンを前にして、ジュヴキャッチのメンバーもそれはそれは絶望したという。頼みの綱だった規格外のクラーケンが敗れてしまったのだ、誰もが撤退の二文字を頭に浮かべていた。


 そんな中でも、絶望に染まらない人たちがいた。

 それはセレンの三人衆である。

※次回 2023/8/26 20:00 更新

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