TRACK 13
メイク・ア・ニュー・ビギニング
「そっちにいったよ!!」
三胴船からリリースされたスルーズ機が、群れから外れたアーキアの跡を追う。サーフボードのスクリュー回転率はのっけから最大であり、激しい水飛沫が宙を舞った。
ウィゴーをリーダーとした狩猟隊から先行していたノラリスが群れの先頭に躍り出た、アーキアたちへ威嚇を行ない誘導するためである。
「ナディちゃん!あまり出過ぎないように!」
「オーキードーキー!!」
進路を北へ取っていたアーキアの群れが、ノラリスの威嚇に怯え北西へ逃げ始めた。ナディはカットバックを行ない素早く距離を縮め、群れから少し離れた位置にいる三体のアーキアたちに照準を合わせた。
しかし、アーキアたちも間抜けではない。狙われていることを瞬時に理解した他の個体がその三体を庇うように転進し、そのままノラリス目がけて突進をしかけてきた。
「うわうわうわ──」
ナディたちが追いかけている個体はイルカとトビウオを合わせたような外観をしており、体格は最大で一〇メートル近くはある。そんな巨体に、それも三体いっぺんに襲いかかられたら特個体と言えどもひとたまりもない。
ナディは攻撃することを断念し、再びカットバックで距離を空けた。
「なにあいつら後ろに目玉でも付いてんの?!」
三胴船で指揮を取るウィゴーが答えた。
「だからアーキアは群れで移動している時は連携が厄介だって言ったでしょ!僕の朝の講義聞いてた?!」
「皆んなおはよう、までは聞いてた」
「それただの挨拶だから!──アネラちゃん!」
三胴船には計四つのトーイングボートが装着されており、その先には狩猟隊が扱う特個体があった。
トーイングボートは作戦海域まで特個体を文字通り引っ張るボートであり、今は二つが空になっている。三つ目のトーイングボートにはポンコツブルーが下半身を没した状態で待機しており、そのコクピットにはアネラが乗っていた。
ウィゴーから出動指示が下りたポンコツブルーが幾筋もの飛沫を上げながら屹立を始め、三胴船とサーフボードの相対速度が一致した途端、ぱっと離れていった。
「アネラが行きますよ〜」
「やる気がまるで感じられない」
「私いる?ナディとマカナがいたら余裕でしょあんなの」
「いやそれが無理だからアネラちゃんにも…というか狩猟隊は四人編成が絶対だから!」
「え〜私後方支援の担当だと思ってたんだけど「だからその後方支援が今なの!!」
うぃ〜と適当な挨拶を返したポンコツブルーが海の底に沈んでいた特個体用長射程ライフルを構え、味方に何ら合図を送ることなくトリガーを引いた。
その弾丸はノラリスより一番近い個体に着弾し、易々と頭部を粉砕してみせた。
「こっわ!」
「こっわ!──ちょっとアネラ!無言射撃は止めろっていつも言ってるでしょ!それマジで怖いんだから!」
「大丈夫だって当たんないんだから」
そうこうしているうちにアーキアの群れが再び進路を北に取り、早々に逃げていった。
彼女たちが仕留めた獲物は一体だけ、アーキアはノヴァウィルスを核とした単細胞生物なので取れるのも一つだけだ。
三胴船にトーイングボート、それから特個体の燃料など必要な物は全てアーキアの核で賄われている。ウィゴーたち狩猟隊は結果的に言えば赤字、これなら猟に出ない方がマシだと言えた。
ウィゴーは三胴船のブリッジから、溜め息を吐きながらも笑みをこぼしていた。
「あんなにはしゃいでまあ…あれじゃ文句も言えないよ」
ナディにマカナ、それからアネラは仕留めたアーキアに接近し、解体用の手袋と刃物類を取り出し海へ飛び出していた。
彼女たちの頭上には夏らしい熱した太陽が昇っている。それから、少しでも涼みになればと思ってか、入道雲も空に昇っていた。
ガイア・サーバーが復旧してから約一ヶ月、そこには彼女たちの新しい日常があった。
◇
「最近のアネラがやる気なさ過ぎな件について」
「それな」
「それな」
午前の猟を終えたウィゴーの班は、最近増設されたポートに足を運んでいた。通称"サイドポート"には新都から移住してきた人たちが多く住んでおり、その中には食べ物を提供する家があった。
そこは所謂"レストラン"であり、この出店にはカウネナナイ人もウルフラグ人も大いに喜びを見せていた。まるで昔の日常が戻ってきたようだと、メニューは数えるほどしかないが、それでも連日賑わいを見せている。
レストランのように解放的に作られた家の中に、ウィゴー班のメンバーもいた。魚とサラダとドリンクしかないテーブルを四人が囲みながら、アネラについて話し合っている。
「いやアネラって昔っからこうだったけどさ、それにしても何で急に?ちょっと前までやる気あったじゃん」
サラダを口の中へ放り込みながらマカナがそう言うと、言われたアネラはぐて〜とテーブルに突っ伏した。
「何でってそんなのナディが戻ってきたからでしょ〜私はそれまでの繋ぎ役〜みたいな?そんないつもいつも真面目に働けないよ」
こんがり焼けた魚を食べ、シュワっシュワの炭酸飲料で胃袋に流し込んだナディがこう言った。
「言っておくけど私もめんどくさがりなんだけど」
「言われてみればそうだ」
「マカナちゃん、お願いだからこの二人を二人っきりにさせないでね。ようやく僕たちも班を組めるようになったのに、このままじゃ赤字しか出さないとか言われて解散させられちゃう」
「そんなケツの穴の小さいこと言って、いつかドカン!と大物を仕留めればいいのよ!──あ!タンサンお代わりー!」
マカナは近くを通りかかった人にそう注文を取り、すぐに運ばれてきたメロンソーダをごくりと喉に通していた。
「──くぁ〜!このタンサンってマジで美味いわ!ウルフラグってこんなのばっかりなの?」
マカナに限らず、カウネナナイに住んでいた人たちの食生活は決して豊かだったとは言えなかった。だからこそウルフラグ人が開いたこの家で出される食べ物はどれも美味しく、マカナたちの舌を唸らせ虜にしていた。この炭酸飲料が絶大な人気を誇っている。
「うん、私からしてみれば味がちょっと薄いんだけどね」
「まあね、言われてみれば確かに」
「そういやウィゴーも向こうに行ってたんだよね」
「そうそう、僕はこの炭酸にお酒を混ぜたカクテルっていうのを売ってたんだ。それも美味しいよ〜」
「え〜飲んでみた〜い!ね?アネラ」
「私は別にいい」
「え〜食に興味を失くしたら人間として終わりだよ?」
「そこまで言うか」
と、食に会話にと花を咲かせていたウィゴーたちの所へぞろぞろと人がやって来た。
やって来たのはミガイとその取り巻きたちだ。彼はジュヴキャッチ内で最も稼ぎを出す大黒柱であり、故に彼の発言はポート内において絶大な威力を発揮する。
彼がやって来るなり開口一番、
「──お前ら全員クビ!!猟に出れば出るほどハフアモアが減っていくんだよ!!今日から海に潜って掘り出しもんを取ってこい!!いいな?!」
と、言うだけ言って颯爽と踵を返していた。
言われた四人は、
「…………」×4
ぽかんと口を開けることしかできなかった。突然過ぎて。
✳︎
ガイア・サーバーの復旧後、日常が変化したのはジュヴキャッチのラフトポートだけではなく、ホワイトウォールの向こう側にあるウルフラグにもその影響を与えていた。
「間違いありませんねマイヤー団長、海面が一ヶ月前と比べて明らかに下がっています」
「やっぱりそうなのね…」
第三ビル群の上層階、元はカンパニーフロアだった所にレイヴンの研究所が置かれ、パーティションで区切られた団長室に一人の調査員とジュディスがいた。
二人はここ最近の調査結果が記された電子ペーパーに目を落としている、その内容はホワイトウォールを基準とした海面の高さであった。
「この一ヶ月の間で海面が、干満に関係なく約五メートル近くも下がっています。この結果は他のビル群から寄せられた報告内容とも合致しています」
「下がった原因は何だと思う?」
「分かりません…けれど、海面が下がったお陰で水没していたフロアが使えるようになりましたから、今のところは利点の方が大きいです」
「そうよね〜…でも開発者としてこの現象を手放しに喜べないのよ〜!」
五年前までは髪の毛の先を赤色に染めていたツートンだったが、今ではその色がすっかり落ちている。けれど、目立つ色に染めることはジュディスにとって、両親に対する反抗の表れであり、またアイデンティティにもなっていた。だから、今は右側の揉み上げだけを赤く染めていた。
そのジュディスが机に突っ伏し手足をバタつかせた、彼女に報告していた調査員は(マイ天使…)と目の肥やしにしている。
ツナギ服が正装になっているジュディスがばっ!と顔を上げた。
「まあいいわ。それと、保証局の二人の動向は?何か掴めた?」
「いいえ、それがさっぱり。前回団長が対応したのを最後に、ぱったりと姿を見せなくなりました」
ホシとヴォルターがポセイドンと会ったあの日の事だ、あの時ジュディスはランドスーツに搭乗し、兵士たちの手助けをしていた。
「でも、どうして団長がそれを気にするんですか?管轄外ですよね」
「あん時の搭乗テストの代わりにね、群店街の警備をしろって言われてたのよ。それで私が取り逃したとか、今でもあいつから責められんのよ」
「あいつって…総団長ですよね?そんな言い方して大丈夫なんですか?」
デスクに置いてあった短距離用の通信機にコールが入った、噂をすれば何とやらで、その相手は総団長からだった。
ジュディスはこれでもかと顔を渋らせ、嫌そうに受話器を取り上げた。
「──何?はあ?こっちに来てる?何で?私別に呼んでないんだけど」
(うわあ…あそこまで喧嘩を売れるのは団長だけだよ、ほんと)
調査員がとばっちりを食らいませんようにと祈る中、ジュディスは塩対応を続けていた。
「その件については私も聞かされていないわ、だからこっちに来ても無駄、大学へ行きなさい。──そんなおべっかを言う暇があるんだったらオイルでも差したらどうなの?あんたが喋る度に軋む音が聞こえるんだけど。──はいはいじゃあね」
ジュディスが受話器をがしゃん!と叩きつけるようにして置いた。
「な、何だったんですか?」
「指名手配犯の二人が大学に現れて、ホワイトウォールの試料と引き換えにリッツを連れ去ったらしいの」
「……はあ?!それ本当なんですか?」
「しかも一ヶ月も前の話らしいよ。さすがの総団長様も直々に動くらしいわね、普段ならスカイシップに首ったけのくせして」
「一ヶ月?!…どうしてそんなに報告が遅れたんでしょうか」
「さあ、どうせロザリーが研究を独り占めしたかったんじゃないの──今から大学の方へ行くってさ」そこでジュディスがふいと椅子を倒し、窓ガラス越しに階下を見やった。第三ビル群の一階ではちょうど、その総団長が水上車へ引き返しているところだった。
「……………」
「マイヤー団長?どうかしたんですか?」
「──何でも。私たちも大学の方へ行きましょうか、ホワイトウォールの試料ってのも気になるし、あいつが出て行った後にでも」
レイヴンを束ねる総団長から視線を外したジュディスの顔には、まるで温かみというものがなかった。死体か、もしくは敵か、そういう物を見る時と同じ目をしていた。
「だ、団長…お願いですから総団長と揉め事は起こさないでくださいね」
調査員がやんわりと釘を刺すも、本人は気にしていなかった。
「大丈夫よ、今のあいつは機械だから何を言われても気にしないわ。きっと朝食はミルクの代わりにエンジンオイルでも飲んでいるのよ」
「だからそういう事は本人の前で言わないでくださいね」
「はいはい。──そろそろ他のビル群へ出掛けましょうか、ここのところずっと調査船だったから報告がたんまり溜まっているはずよ」
「お供します」
二人は団長室を出て、日々開発や製造に勤しむ人たちの喧騒を耳に入れながらフロアを後にした。
✳︎
「はいはい飯っスよ〜早く起きてくださ〜い」と、リッツがおなべでフライパンを叩きながら船内の通路を歩いていた。
その音は喧しく、明け方になってようやく眠りについたホシとヴォルターの鼓膜を否応なく攻撃していた。
リッツはまずヴォルターの部屋に突入した、部屋のそこかしこに煙草の臭いが染み付き黄ばんでいる。けれど、リッツも慣れたものでとくに文句を言うでもなく、ヴォルターの耳元でもう一度フライパンを鳴らした。
「──うるせんだよ!!見りゃ分かんだろ!!」
「ご飯っスよ〜早く食べないと冷めますよ〜」
「毎回毎回なんで真っ先に来るんだよ…ホシの所へ行け!!」
「いやちょっとまだ緊張するんで「知るかボケえ!!」
一月前からヴォルターたちはリッツと共同生活を送っていた。マリサの脚部にしがみついてまで付いてきたのはリッツの責任だが、連れ去った以上はもう確実に犯罪者だということで、二人は今の生活を受け入れていた。
リッツは二人が働いている間(盗み)、廃船で食事を作ったり、洗濯をしたり掃除をしたり、所謂家事をこなして過ごしていた。
その生活がもう一ヶ月続いている、それなのにリッツは未だホシと十分に話せていなかった。
ヴォルターの部屋から出たリッツがホシの所へ向かうも、その部屋は既にも抜けの殻で誰もいなかった。
(また避けられた…まあでも、仕方ない…)
リッツは無意識に自分のお腹を撫で、それから三人で使うには十分過ぎるほど広い食堂へ足を向けた。
◇
「海面が下がってる?それはほんとなんっスか?」
「らしいぜ。昨日会った連中が騒いでた、もうこれでイカダ酔いとはおさらばだっつってな」
"ビル群"、それは大災害時に生き残ったビルの総称であり、生き残った人たちはそのビルの群れに名前を付けて区別していた。
第一、第二、といったように、そしてそのビルから伸びるイカダの道を"郡道"と呼び、ビルの足元で賑わう商店を"群店街"と呼んでいた。ヴォルターたちの仕事場でもある。
食事の手を進めていたホシが、なるべくリッツを見ないようにしながら口を開いた。
「空いたフロアはどうせビルに住む人たちの物になるんじゃないですか?一桁のビル群にはレイヴンやら陸師府やらが住んでいるでしょ」
ホシの話した内容にリッツが「そうなんだ?」と相槌を打った。ホシは「うんまあ…」などと言葉を濁しながら視線も泳がせている。
この一ヶ月、二人はずっとこんな調子だった。それでもリッツは彼の元から去ろうとしなかった。
その理由に概ね見当がついているヴォルターが話題を変えた。
「海面が下がった理由についてだが…おそらくサーバーが復旧したんじゃないか、と思っている」
「サーバーって──ああ、あのポセイドンがって事ですか?」
「それ以外に理由があるか?ここ最近で変わった出来事と言えばそれぐらいだろう」
「それならここにいたマキナたちはどうなったんでしょうか。確か、何人かは海に渡って…ええと何だっけ…」
何かを思い出そうとしていたホシに代わり、ヴォルターがその続きを話した。
「テンペスト・ガイアと四人の探偵たち」
「あっそうそう!「何スかそれ「マキナたちが開いた探偵事務所の名前だよ。メンバー確か…「テンペスト・ガイア、ティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、バベル・アキンド、ポセイドン・タンホイザー、だったはずです」
つらつらとマキナたちの名前を上げたホシに向かってリッツが「凄い、良く覚えているね」と褒めた。褒められたホシは「そうでもない」と言いながらそっぽを向いた。
リッツは今の状況を面白がっていた。フった相手が自分に気があると知り、手を出すわけでもなければ突き放すわけでもない。居心地悪そうにしている相手を見て、リッツは自尊心と嗜虐心が同時に満たされ、ホシを揶揄っていた。
「………」
ヴォルターはリッツの心情にそれとなく察しがついていた。決して恋愛経験が豊富ではないにしても、歳を重ねれば他人の心の動きもある程度読めるようになる。
注意すべきどうか、それとも放置すべきか、ヴォルターは食べ物を口に運んでいる間だけ悩み、結局棚上げすることを選んだ。
「──ご馳走さん。煙草でも吸ってくらあ」
食事を終えたヴォルターがすっと席を立ち、後は一目散で甲板へと向かった。
(めんどくさいめんどくさい、痴情のもつれが一番めんどくさい)
甲板に出たヴォルターは一面白の世界に変わっていたことに驚き、それが干された洗濯物であることにすぐに気が付いた。
リッツのお陰でヴォルターたちは随分と快適な生活を送れるようになっていた。食事に洗濯、寝床の掃除は全部彼女がやってくれていることだ。
干された洗濯物の向こうにはオレンジとパープルの機体が駐機されている、装甲板が太陽光を強く反射し、この白い世界をより強めていた。
煙草に火を付けたと同時に、ガングニールがヴォルターに呼びかけた。
《臭え、マジ臭え》
《うるせえよ》
《頼んでいた件はどうなったんだ?》
《まだだ。そう急かすんじゃねえよ》
《頼むぜマジで、オレたちの船が誰かに奪われちまったんだから》
《そうは言うがな、今の俺たちに何ができるんだよ。日がな盗みを働いている盗人だぞこっちは》
《んな事言われても、こっちだって頼めるのはオッサンしかいないんだから》
《ホシにも頼めばいいだろうが》
《昔の女に弄ばれている奴に頼んでどうすんだよ。頼りないにもほどがある》
《それは確かに》
煙草の煙が潮風に煽られて流れていく。ちょうどその先に駐機されていたガングニールの腕が一人でに持ち上がり、「臭い」と言わんばかりに振られた。
《星と星を行き来する船、ねえ〜》
《何だよ、信じてないのか?それマジだからな》
《だったら何で今まで黙ってたんだ》
《オレたちはオリジナルのコピー、だから共有データも少ないし、ノウティリスにそうだと教えられるまで知らなかったんだよ》
《何だっけか、あのマリサって奴と喧嘩してるんだっけかお前ら》
《喧嘩っつうか〜…ああ、何?オレたちはとばっちり…みたいな?》
《どいつもこいつもゴタゴタ持ち込みやがって、巻き込まれる身にもなれってんだ》
《そういうオッサンは身軽過ぎんだよ、もうちょっと人付き合い頑張れよ》
《はっ、まさか特個体に人間関係の事で説教される日が来るとはな、生き残った甲斐があったよ》
《そういう皮肉を言えるのもオレがいるからだろ?ちったあ自分の振る舞いを見直したらどうなんだ》
《………》
煙草を吸い終えたヴォルターはガングニールに返事を返さず、干された洗濯物を避けながら機体に近付き、仕返しとばかりに機体の脚部に吸い殻を押し付けていた。
《──あ!そういう事する?!マジで信じらんねえ!》
《──ちょっと待ってろ、今日中には何とかあたりを付けてくる》
《素直じゃないとかっていうレベルじゃないぞそれ!何で仕返ししてからこっちの頼み事聞くんだよ!》
ぎゃんぎゃんと喚くガングニールを無視し、ヴォルターが再び船内へ戻っていった。
✳︎
風通しが良い家の中で額を集めているのは四人。ここはメインポートの外れにある監視櫓兼ウィゴーの自宅である、下ろし窓が開けられ海の風が四人の額をびゅんびゅんと通っていた。
相談している内容は、いかにしてミガイを認めさせるか、というものだった。
そう、四人はミガイからクビを言い渡され大いに焦っていた──
「セレンの双子山に行こう」
「セレン?」
「セレン?」
「ふぁ〜…」
──一人を除いて。
「そ、ポセイドンのお陰で海面がぐんと下がったでしょ?で、聞いた話によればセレンの双子山が見えてきたそうじゃない」
「それで何でセレンに行くことになるの?」
「これも聞いた話だけど、その双子山にデカい奴が棲みついてるって「うわ〜おとぎ話みた〜い「いやそれがマジらしくてさ、見かけた奴らも逃げてきたんだって「Zzz…」
ナディの隣に座っていたアネラが舟を漕ぎ始めた。
議長を務めるウィゴーが口を開いた。
「それを僕たちで狩ろうって?リスキー過ぎない?」
「でも、そうでもしないとミガイの野郎をギャフンと言わせられないでしょ?」
「いやギャフンとまではいかなくていいからさ、普通に狩りをしようよ…「いや!どうせならガツンとデカい獲物を狩りたい!──ナディもそう思わない?!」
アネラの頭を撫でていたナディが「ん?そうでもない」と答えた。
「何でよ?!」
「今の生活でも十分満足っていうか、皆んなと街作りしているだけで手が一杯というか、まあそんな感じかな」
「新都のリーダーとしてはどう?もう慣れたの?」
「ああそっちはまあ…アリーシュさんたちがフォローしてくれるからなんとかって感じですね」
ウィゴーの家もマカナたちと同様円形型であり、三六〇度見回せるよう東西南北に下ろし窓が取り付けられていた。
今は南北の窓が開けられ、その中心に四人が座っているラウンドテーブルが置かれていた。
吹き抜ける風は強くて涼しい、この暑い季節でも四人は汗をかいていなかった。
「何だか、ナディちゃんも変わったね」
「そうですか?」
「見た目だけじゃなくて中身大人っぽくなったっていうか。再会したばかりの時は毎日怒ってたからね〜勝手に出て行くし、それも二回も」
「あーね、あん時のナディは私より手が付けられなかった」
「それは反省してるってば、だからこうして頑張ってるんでしょ」
南側の下ろし窓の床、そこには梯子がかけられており、たんたんと小気味良い音が鳴っていた。誰かが上ってくる音だ、先に気付いたのはウィゴーで「誰かな?」と言ったそばから一人の女の子が床からにょきっと顔を出した。
「あ!いた!」
その女の子はナディを見つけ、ぱっと笑顔を咲かせていた。
「サフィじゃん、どうかしたの?」
その子の名前はサフィ、ナディが新都から連れて来たあの女の子だった。
「お化けがお姉ちゃんのこと呼んでるよ!」
「お化け?」
サフィは母親を亡くしたショックから立ち直り、ラフトポートの中を他の子供たちと一緒になって走り回っていた。ナディも元気になったサフィを見て喜んでいた。
「そう!お化け!うねうねお化け!」
「ちょっとナディ、あんたの交友関係どうなってんの?」
「いやちょっと待って、私もさすがに誰だか分からないって。サフィ、その人の名前は?」
「いいから早く来いって!これ以上よを待たせるなって言ってたよ!」
「よ?──あ」
ナディはその一人称にピンときた。
舟で漕ぎ出したアネラを家に置いて三人はサフィの跡を追いかけ、やって来た対アーキア迎撃用ポートに人だかりができているのを見つけた。
「何かあったら皆んなあそこに集まるよね」
「あのポートが一番だだっ広いからね。イベントが発生しやすいんでしょ」
人だかりは何かを囲っているようだ、サフィが言っていたうねうねお化けの姿も見えない。
けれど、ナディはその囲いの向こうに見慣れた頭を見かけた。
「──あ!あれもしかして──」
ナディはウィゴーとマカナを置き、サフィと一緒になって走り出した。
人垣をかき分け、人々の注目を集めている中心に近付くにつれ、ナディの心臓が大きく跳ねた。
「──ラハム!!」
名前を呼ばれたマキナが振り返る、ピンクの髪がふわりと舞った。
「──ナディ〜さあ〜ん!!」
大災害を経て、二人は五年ぶりの再会を果たしたのであった。
※次回 2023/7/1 20:00 更新予定