TRACK 12
リブレアンワールディリア・1
この世とは思えない景色が彼女の目の前に広がっていた。
あなたは途方に暮れる彼女に声をかけられず、ただその後ろ姿を眺めているだけだ。
「ここは…?」
長い金の髪が風に靡いている、その色は薄く、ライオンのように雄々しい。
あなたは目覚えのある服装に戸惑う。それはユーサと呼ばれる、ウルフラグ有数の企業が正装として着用していたチョッキだった。
それだけではない、高い身長に豊満な胸、女性らしからない彼女の後ろ姿にあなたは懐かしさが込み上げていた。
そう、彼女は元連合長のピメリア・レイヴンクローであった。
どこまでも続く、天の川銀河団と同じくらい距離がありそうなその世界で、あなたは他に見知った人はいないかと探し回った。
あなたのすぐ傍にはノートで作られた家があり、その中庭に設置された蛇口からはとめどなくニュートリノが流れており、さらにはメソポタミア文明で初めて記録された、アマルガム法が用いられためっきが施された特個体の姿もあった。
──ああ、あれは...深海の花嫁に魅入られ、圧殺されたアーセット・シュナイダーが搭乗していた機体だと、あなたはすぐに理解した。
"理解する"、その思考プロセスはこの世界において──レガトゥムにとっては重要な要素であり、あなたがアーセット・シュナイダーを思い出したと同時に彼がその姿を現した。
彼はあなたに気付かず、彼女に話しかけていた。
「お久しぶりです、連合長」
「お前は…そうか、ここは天国なのか…そうか…私は海からここへやって来たんだな」
彼が彼女の推測を否定した。
「いいえ、ここは天国ではありませんよ。ここは理想郷です、レガトゥムワールド、僕たちはそう呼んでいます」
二人の会話をあなたはもどかしく思いながら、盗み聞いていた。
そうじゃないよ、ここはそうじゃないんだよ、しかし、声帯が誰かに奪われたように声が出てこなかった、さらにあなたはもどかしく思った。
「レガトゥム…それは何だ?」
「覚えていませんか?連合長も一度ビビット・ガイドと出会っているはずですよ。セントエルモが調査に出かけた時、あなたは死んだはずの自分の父親と会ったはずです」
その話について、あなたは何も知らなかったこともあり、ただ耳を傾けていた。
ピメリアはアーセットにそう訊かれ、頭の片隅に押し込めていた記憶を呼び、程なくして「あ!」と声を上げていた。
「確かに…ああ、私はその時から目を付けられていたんだな…」
「はい、ここは有能な人しか来ることができません」
「そりゃ光栄なことって──おい、まさかここにナディはいないよな?」
「はい、彼女はまだ死んでいませんから」
「ならライラは?」
「はい、彼女はまだここに来ていません、きっと現実の世で生きていることでしょう、なんとも嘆かわしい」
「何がだ?生きていることは良い事じゃないか」
「まさか。こここそ真実ですよ世界の真実、三次元世界に構築された四次元原子の集積痕、原子の亜無限結合の最極地。ここでは自分の理想が即現実となる場所です」
「何を言ってるのかよく分からんが、天国ではないということはよく分かった」
いつも通りのピメリアの様子に、あなたはここに来て初めて笑みをこぼした。
「簡単な事ですよピメリアさん、あなたが思い描いたものが現実になるんです。試しに誰かのことを想像してみてください」
ピメリアは全身で風を浴びるように、悠々と頭上を仰いだ。
彼女のすぐ近くにまた人が現れた、その一人は黒い髪と黒い肌を持つ少女で、もう一人は白い髪と白い肌を持つ少女だった。
ナディとライラ、彼女が深く関わった女の子たち。
「──わあお、こりゃ凄い、本当だ」
レガトゥムで再現された二人の少女が口を開く。
「今日は休みのはずですよね」
「またウィルスに何かあったんですか?」
「彼女たちはある時の記憶を基に再現されています、もし彼女たちがこちら側へ来ているのならこうはなりません──あなたが僕を思い出したように、レガトゥムの人間は距離など関係なく何処へでも行ける」
突然、アーセットがあなたに視線を合わせてきた。
あなたは逃げ出そうとした、盗み見ていたことがバレてしまったから、けれど体を動かすことができなかった。
まるで夢の中にいるように。
目覚めの時は近い。
あなたはそう思った。
意識、視界、あるいは記憶の片隅で「待て!」と聞こえたような気がした。
「起きなさい」という言葉にあなたは目を覚ました、意識を失ってからどのくらいの距離を進んだのか分からない。
時間は距離を表し、距離は時間と同等である。
三次元に住む者たちは知らないだけである、四次元に位置する存在がどうやって宇宙を移動しているのか。
けれど今は──あなたは思考を中断し、声の主を探った。
あなたが立っていた場所は、ピメリアが立っていた場所だった。
あなたは地平線の彼方に視線を向けた、山はない、あるのは紫と白の混濁色で表現された雲だった。まるでヘリオポーズのようだとあなたは思った、宇宙空間において太陽が自身の縄張りを表しているかのような、他の惑星圏と角逐しているような、なんとも間抜けな風景である。
次に、あなたは足元に視線を落とした。着色された四方形のコンクリートが敷き詰められ、ちょうど緑と赤の部分に足を乗せていた。
背後へ振り返る、ノートの家はなくなっており、代わりに一本の樹が立っていた。酷い装飾がされていた、葉っぱの一枚一枚が光っているのだ。
SF小説の読み過ぎだと、あなたは批判した。今すぐ視線を逸らすべきだと考えたが、そこには一人の女性が立っていた。夢現の境目に──そう、ヘリオポーズで他惑星圏の引力にも巻き込まれ、何処へも行けない宇宙チリのようにただ彷徨っているあなたをその人はじっと見ていた、だから視線を外せなかった。
「ようこそ」と、その女性が言った。
「ここは新しい世界よ、そして私の故郷でもあるの」
あなたに発言の機会が与えられた。
→「新しい世界なのに故郷でもあるの?」
→「そんな事よりお腹空いたんだけど、何か食べる物はない?」
二つの選択肢の狭間で揺れ動いたあなたの目の前に、閉店間際のタイムセールで売られているような揚げ物のオードブルが現れた。
それでもあなたは空腹を満たせると喜んだ。
「ふふふ、やっぱりあなたは違うのね、ここで空腹を感じるだなんて。ここはね、一二人の母が夢見た場所なの、そして私は…その、何て言えばいいんだろ…」
その女性が顎に手を添え、考え事を始めてしまった。
あなたはしなびたエビフライにタルタルソースをかけながら、その女性の発言を待った。
考え事をしていた女性がきっぱりと言った。
「──ま、どうでもいいわ、どちらにしても私はこの世界で初めて生まれた子供だから、だから自由に行き来ができるの。で、あなたに協力してほしいことがあったから呼んだのよ」
あなたはエビフライを食べながら、女性に言われた言葉を咀嚼した。
どうすべきなのか、あなたは自分が何者なのか未だ分かっていない、記憶もない、名前もなかった。
もう一度、あなたに選択肢が与えられた。
→エビフライの尻尾も食べる
→エビフライの尻尾は捨てる
※次回 2023/6/24 20:00 更新