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テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
261/335

TRACK 10

ラザー・マイセルフ・ザン・ザ・ルール



 海面に突っ伏すようにして停止しているノラリスを見て、マカナたちは冷水を浴びせられたような気分になった。

 それだけではなく先行していた教軍の特個体も存在し、ノラリスに向かってその銃口を突きつけていた。

 ウィゴーが操る特個体、通称『ポンコツオレンジ』がライフルを構えてすかさず発砲した、教軍の動きを封じるための威嚇射撃である。

 教軍の一機がマカナたちに反応し、応戦を試みるもその手に持ったライフルが中途半端な高さで止まってしまった。


(故障?──とにかく今のうちに!)


 ウィゴーが先行、マカナとアネラが弧を描くようにしてノラリスへ接近し、コクピットハッチが開いていることに気付いた。

 素早く駐機姿勢を取ってナディの救出へ、しかしそのノラリスから通信が入った。


「私は大丈夫!大丈夫だから外に出てこないで!」


「ナディ──そんな言い方しなくてもいいでしょ?!」


「違う!怒っているんじゃない!」


 ホワイトウォールはアーキアの巣だと言われている、それはその通りでナディたちの周辺には既に大型のアーキアが複数体存在した。

 その異様さを瞬時に察知したマカナはコクピットの外へ出ることを諦め、代わりにナディへ確認を取っていた。


「あいつらの機体が止まっているのはナディのせい?!そうなんでしょ?!」


「そう!でもアーキアがいる!──何でマカナたちまで来たの?!」


「はあ?!そんなのナディのことが──まさか死ぬつもりだったなんて言わないよね?!私たちが折角看病してあげたっていうのに!」


 売り言葉に買い言葉、マカナは事前に考えていた謝罪の言葉も無視して感情のまま口を走らせていた。

 それはナディも変わらない。


「誰もそんな事頼んでない!」


「何ですって──「マカナちゃん!喧嘩している場合じゃないよ!アーキアが来た!」


 威風堂々と不自然な絶壁が立ちはだかるその海に、複数の大型アーキアが出現した。前回の戦いで辛くも勝利を収めた大型のアーキアが今度は複数、どう見ても勝てる見込みがなかった。

 逃げるしか道はない。

 けれどアーキアがそんな猶予をくれるはずもなく、最も近い位置にいた個体が移動を開始した。

 ナディはノラリスのシステムを利用して動きを封じた教軍のパイロットたちへ、通信を入れていた。


「聞こえますか?!今だけ協力できますか?!」


 返事はすぐにあった。


「──いいだろう、手を貸す」


 ナディはロックコマンドを解除し教軍の機体をフリーにさせた。


「──何て馬鹿な事を──」


 教軍の特個体らはノラリスに向けていた銃口をアーキアへ変え、何の躊躇もなく攻撃を開始した。

 鼻頭に銃弾を叩き込まれたアーキアが束の間動きを止め、その隙に教軍たちが──。


「ああ?!あいつら逃げやがった!!」


 手を貸すと言った傍から秒で裏切り、ナディたちに背を向けて遁走を開始していた。


「ざっけんなあいつら──「マカナ!放っておいて!今はナディが先!」


「機体は諦めるよ!パイロットだけ保護!僕が回収に向かうからマカナたちはアーキアを寄せ付けないで──「その必要は無いよ、私たちが手を貸す」


「?!」

「?!」

「?!」

「?!」

「?!」

「?!」


 その場にいた全員が割り込んできた通信に驚いていた。ノラリスもポセイドンも、今まで一度も聞いた事がない女性の声に目を剥いている。

 短距離間の通信網を確立させているノラリスがその声の主に誰何(すいか)した。


「誰?!というか何処から?!どうやって私の通信網に入ってきたんだ!」


「その説明は今必要なの?──そうだねえ…アイリスの知り合いとだけ答えておくよ」


「あいりす…?──まさかアマンナという機体か?!兎にも角にも自由奔放な個体だと聞いているが!」


「あっは!懐かしい名前。──私は一三番機」


「わ、分かるように言ってくれると…それは君の型式か何かなの?」


「──音響魚雷を今発射した、下手に動かないようにね。──ちゃくだーん……今!」


 「今!」と合図した途端、最も傍にいたアーキアがその巨体を宙へ持ち上げさせた。ついで爆発した飛沫が周囲へ散り、辺りが白く煙ってしまった。

 これでは逃げたくても逃げられない、とマカナたちが思うが正体不明の助っ人はさらに魚雷を発射し、残っていた個体も次から次へと沈黙させていった。たった一発の魚雷で。

 ノラリスですら戸惑う事態が起こっている、ナディたちは尚更でただ成り行きを見守るしかなかった。


「これで全部?……ああそう……それはいいんじゃない?……それは駄目じゃない?約束と違うよ……いや知らんけど君の思い人はここにはいないよ」


 正体不明の女性は他の誰かと会話をしているようだ、その緊張感の無い声がナディたちの間を通り抜けていった。


「名前を教えてもらってもいいだろうか?私はノラリス、第一と第三の特個体の母艦を務める者だ」


「パスで」


「いや何が?」


「ポセイドンというマキナをガイア・サーバーへ連れて行きなよ、それが私たちの願いでもあるし君たちにとってもプラスになる、だから手を貸した」


「──状況によっては我々の敵に回ると?」


「そう言ったつもりだけど?──状況終了、帰投します」


「あ、ちょ!」


 ぷつりと通信が切れ、後はひどく静かになった海だけが残されていた。



✳︎



「だから私ははなっから反対だったんだよ!今すぐカルティアンの娘を新都に追い返して!あいつがここに来てからロクな事が起こらない!」


「レセタ、落ち着けって」


「落ち着いていられるわけないでしょ?!シュシュの旦那が殺されたのよ?!」


 ジュヴキャッチの本部として扱われている建屋の一室では、怒髪天になっているレセタがヴィスタとミガイに遠慮なく文句を言っていた。

 

「それは軍のせいであってカルティアンの娘のせいではない、履き違えるな」


 ヴィスタがそう冷静に説くが、レセタはまるで聞いていなかった。


「その軍に跡をつけられているのがカルティアンの娘でしょうが!これ以上余計な火種がばら撒かれる前にさっさと追い出してよ!私が言っている事ってそんなに変?!またパイロットが死ぬかもしれないのよ?!」


 「それがパイロットの務めだ」と言うのは易い、だがその言葉でレセタを納得させられないのは火を見るより明らかだった。


「お願いだからこれ以上人との争いにパイロットたちを巻き込まないで!皆んな世帯を持っている人たちなんだから!下らない戦争は五年前に終わったはずでしょ?!」


 怒るととことん気性が荒くなるレセタがテーブルをこれでもかと蹴り上げ、それから怒り肩で部屋を出て行った。


「──はあ〜〜〜あいつの相手は疲れるぜ…」


「ミガイ」


「ああん?──謝ったらこの場で殺すからな、余計な気遣いはするなよ」


「…そうしよう」


 気遣わしげな目をしていたヴィスタをミガイが一刀両断し、そして部屋の中に置かれていた通信機に反応があった。

 この通信機はノラリスから複製した物であり、少し変わった形をしていた。


「んおう?!これ、電波が入ったって事なのか?」


「となると…ノラリスは無事だったようだな…確かこのピストンを押せば…」


 その通信機は金管楽器の一つであるユーフォニアムの形を模していた。ヴィスタが一番ピストンを押すと、少し上向きのベルからノラリスの声が流れ始めた。


「無事だ」


「いや報告が端的過ぎる。何か弁明はあるか?何故彼女の暴挙を許したんだ」


 幾重にも巻かれた管を通り、トロンボーンと比べて柔らかいテノールの音と混じってノラリスの声が再び届いた。


「必要な処置だった。彼女は五年も眠り、その間君たちが緩やかにかけて諦めてきた気持ちを一度に味わったんだ。どこかで発散しなければ捻れる、そう判断したから彼女の我が儘を聞いた」


「こっちではナディに対する反感が強くなっている、とくにレセタだ、あいつは今すぐ新都に追い返せと怒っているぞ」


「どのみち彼女は好かれていないんだろう?気に病む必要は無いと判断する。それに、少々荒っぽくなってしまったが私と彼女の──そうだな…仲が深まったと言っておこう、そのお陰もあってこの長距離間の通信が可能になった。今後、私が提供した通信機のコピー品を各機体に搭載すれば従来の通信が可能になるはずだ」


「それは喜ばしい、と言っておこう。訊いてもいいか、ノラリスよ」


「何だ?」


「どうしてお前の通信機はユーフォニアムなんだ?」


「私が好きだからだ。とくに高校を舞台にした吹奏楽部の話が良くて、それで私はファンになった」


 ヴィスタはノラリスの話についていけず、「そうか」とだけ答えた。

 それと、とノラリスが枕詞を付けてから、


「機星教軍の船は撒いてきたから安心してほしい」


「それは本当に大丈夫なのか?」


「無論、通信とレーダーを有した我々を捉えることはほぼ不可能に近い。この優位性こそステルスだ、技術レベルが異なればそれだけ差が生まれる」


「──とにかくすぐに帰ってきてくれ、これ以上の揉め事はごめんだぞ」


 ヴィスタの言葉にノラリスはややあってから「心得た」と返事を返した。



✳︎



 煮る、焼く、蒸す。ヴォルターたちは採取したホワイトウォールの破片を試せる範囲でその成分を調べようと試みていた。けれど、そのどれもが失敗し、廃船の厨房内は酷い臭いが充満していた。


「うわこの臭い…ヴォルターさんの服より臭い…」


 厨房のシンクの上には焼け爛れた暗褐色の汚泥物質があり、それがホワイトウォールの破片のなれの果てだった。

 成分分析をしようにもここには分析装置が一つもない、だからヴォルターたちは原始的な手法しか試せなかった。


「失礼な事を言うな──さて、こいつをどう料理すべきか…」


 端的に言ってヴォルターたちは日々の盗みを働く以外にやる事がなく、暇を持て余していた。咥え煙草をしているヴォルターは悪臭を放つ物体の前で腕組みをしていた。


「ヴォルターさん、こいつを大学へ届けるというのはどうですか?僕たちの手で調べるのは無理ですよ」


「捕まったらどうする。ここまで来たんだ、俺は絶対嫌だからな」


「けれど、この破片がホワイトウォールの謎を解く鍵になるかもしれないんですよ、機体に付着した破片ももう残り少なくなってきていますし」


「ならお前が一人で行け」


 厨房の通用扉が開かれており、外から太陽の光りが中に差し込んでいた。ホシはその光りを顔面に浴び、眩しいからかヴォルターの言葉に反応してか、渋い顔をしていた。

 それからホシが廃船から姿を消したのは、その太陽が水平線に沈みゆこうとする時間帯だった。


「──あんのクソガキ!マジで行きやがったのか?!」


 ホシが操る紫色の機体、マリサも船から姿を消している。自室で優雅に紫煙を燻らせていたヴォルターはホシの行動に怒りを露わにしていた。


「パクられたらこっちにまで迷惑がかかるって──ああもういい!行けばいいんだろっ!」


 ヴォルターが船内から甲板へ移動し、ガングニールに付着していた破片があらかた無くなってることに気付いた。どうやらホシは本当に大学へ行ってしまったようだ。


 一方、破片を持ち出し単独でウルフラグ大学のキャンバスへ向かっていたホシは、大災害が発生してから初めて山地を目の当たりにしていた。


(山が海に浮かんでいるようだ…)


 今となっては見る影もなくなったウルフラグの首都、ビレッジ・コアは島の南部にコンクリートの摩天楼を擁し、そこから北東方面にかけて大自然が広がっていた。

 ホシはエンジンストールしないギリギリの高度を飛び、ちょうど国会議事堂があった周辺の空を飛行していた。

 操縦桿を握る手に力がこもる、ホシも危険な賭けに出ていることは重々承知していた。


(ヴォルターさんの言う通り、僕たちがレイヴンに捕まる可能性は十分高い、だけど、だからといってこんな貴重なサンプルを無為に消費するのはあまりに勿体ない)


 擬似太陽原子炉内熱機関、通称『アトミック・シャムフレアエンジン』を搭載したマリサの機体が、その美しい装甲板に太陽光を反射させながら空を飛ぶ。ボディラインはなだらかで麗しく、パイロットを務めるホシも心を鷲掴みにされていた。

 また、それと同じくらい、海に飲まれず生き残った自然をホシは美しいと思った。最も日照が強くなるこの時間帯の太陽光を浴び、山地に群生する木々が一枚の葉のように光り輝いている。それから、その木々の合間を縫うようにして小さな煌めきを放つ大小様々な湖もあった。

 通称『山地海』。大災害後に上昇した海水が山地に留まり、海洋生物にとって生存が可能なこの世界において最後の『海』だった。

 ホシの眼下に広がる海はアルカリ濃度が高く、およそ生き物が生存できる環境ではない、これはテンペスト・シリンダーの外に広がる死んだ海の混入が原因となっていた。

 ホシがウルフラグ大学の制空圏内に差しかさった時、生き残った自然に紛れるように建っていたキャンバスに変化が起きた。


「いやまあそりゃ、普通に敵が襲ってきたと思うよね」


 どこか他人事のようにそう独りごち、ホシは機体の高度を下げてキャンバスへ接近を試みた。

 そのキャンバスの屋上では警戒に当たっていた私兵たちが大慌てで走り回っているところだった、中にはレイヴンの人間も混じっている。


「渡す物渡したらとっとと帰ろう」


 五年前までは立派な庭園だった場所が解体され、特個体の駐機場になっているキャンバスの中庭に機体を降ろした。ホシは廃船から持参したホワイトウォールの破片を無造作にその場に置き、後はさっさと離陸しようとフットペダルに足を乗せるが、駐機場へ駆けてくる武装集団の中にある人物を見かけて動きを止めてしまった。


「──!!」


 その人物とは、五年前に別れたっきりの女性、ユーサで秘書官を務め、大統領専任補佐官にまで出世したリッツ・アーチーだった。

 五年前は少年のように短かった髪も今は伸び、マリサが排出する圧縮空気に煽られその長い髪が宙を舞っていた。

 そのリッツが周辺にいる兵士たちへ何事か指示を出している、ホシはそれをコクピットの中から眺め、そしてある事に気付いた。

 ズームされたカメラ映像はリッツの左手を映している、ホシは胃の中身をぶち撒けそうになってしまった。


「結婚してる…………」


 リッツの左手、薬指に指輪があったのだ。

 その事実に大災害以上のショックを受けたホシは打ちひしがれ、ものの数分と経たずに制圧されてしまった。



「レイヴン (いち)のお尋ね者がこうもあっさりと……やっほ〜私のこと覚えてる?ロザリー・ハフマンとは私のことさ!」


「いや…初対面でしたよね…というか自己紹介してるし…」


「そうだっけ?まあ細かい事はいいんだよ、君のことはリッツから沢山聞かされていたからね!会わずとも君の軟弱さが手に取るように分かるほどさ!」


「…………」


「で、昔フった女に今更のこのこと会いに来て復縁でもしに来たのかい?それは止めた方がいい、リッツのお腹にはもう新しい命が宿っているんだ」


「………………………」


 あっさりと制圧されたホシはキャンバス内の一室に連行され、ロザリー・ハフマンから死体蹴りとも呼べる言葉の暴力を受けていた。

 大災害を経ても大学の有り様は変わらず、シルキーの研究と市民の保護、それからレイヴンと協力関係を結び様々な研究を行なっていた。

 その第一人者がロザリー・ハフマンであり、彼女は五年前の姿を維持しているかのようにまるで容姿に変化がなかった。

 だが、それは見た目だけの話であって中身はまるで違い、彼女は現状のウルフラグを変えるべく日夜奮闘を続けていた。五年前までは私利私欲の研究だったが、今は世界そのものを憂い研究に明け暮れていた。

 だから、ロザリーはホシの身柄をレイヴンにすぐに明け渡そうとせず、駐機場に置かれた正体不明の汚泥状物質について話を訊こうとした。


「──で、君が持ってきた物は何かな?状況から察するにあれは試料か何かでしょう?」


「……ホワイトウォールの破片です」


「──何だって?」


「破片です、ホワイトウォールの。僕たちの手には余るのでここまで持って来ました」


「………」


 ロザリーは自分の耳を疑った。ホワイトウォールと言えば危険地帯であり、レイヴンですら容易に近付こうとはしない。


「ええと…それは…ふざけてないよね?君、今この状況がどんなものか把握してる?ホワイトウォールはレイヴンや私たち、それから陸師府が躍起になって解明を進めている異常現象なんだ。その試料を持ってきましたと言われてもにわかには信じられないよ」


「僕がここで嘘を吐くメリットは?」


「リッツに会いに来るための口実」


(ええ〜そうくる〜?いやもう会いたいとか会いたくないとかそういう次元じゃないんだけどこっちは)


 ホシは力なく「それは違います」とだけ答えた。

 ホシたちがいる場所は昔でいうところの講義室であり、室内のあちこちに段ボールや使われなくなった長机や椅子、言うなれば倉庫のようになっていた。

 二人は入り口側一番手前の席に座り、横並びで話をしていた。

 講義室の窓の一部が開けられており、外から潮の香りが室内に届いていた。

 ホシの言い分をまだ信じられないロザリーは、それらの室内に目を向けてから質問していた。


「では状況確認からいこうか。君はどうやってホワイトウォールの破片を入手したの?」


 ホシは詳らかに答えた、それでもロザリーの顔色は晴れない。


「──分かった。では次に、君は何故その試料をここへ持ってきたの?自分たちが指名手配されているのは分かっているよね?私が一番不可解に思っている部分はそこだ、君の行動は自身にとって何らメリットを与えるものではない、だからにわかには信じられない」


 ホシは正直に答えた。


「このまま自分たちが浪費してしまうのは勿体無いと思ったからです、だから大学へ届けて詳しい分析をしてもらおうと判断しました」


「その根拠は?」


 ホシは正直に答えた。


「ウルフラグの為に」


 ホシの解答はロザリーも持つ根拠であり、また今のモチベーションにもなっていた。

 ここまで尋ねて無下にするわけにもいかない、ロザリーはホシに対して強烈なシンパシーを感じ、一先ず信じることにした。


「──いいだろう、君の言い分を信じよう」


「と、いうと…?」


「君が持ち込んだ試料が本物かどうか調べさせてもらう。それから、その真偽が確定するまでレイヴンに身柄を引き渡さないと約束しよう」


「そ、それは願ったり叶ったりといいますか…」


「うんうん、感謝したまえ。このご時世において他者を優先して行動する者はとても貴重だ、英雄と言ってもいい。──どうして君のような人間が指名手配されているんだろうね」


 途端に親しみを見せてきたロザリーに対し、ホシもまた素直に尋ねていた。


「あなたたちはレイヴンと協力関係にあるんですよね?何で僕たちが指名手配されているのか知りませんか?良い迷惑なんですが」


「それは私も知らないよ、聞いた話によると総団長が直々に君たちを指名手配したらしいけど、その罪状については彼女しか知らない」


(彼女…?レイヴンを束ねている人は女性だったのか…)


「その女性について何か知っていることは?」


「あ〜駄目だめ、あれは駄目、人間の皮を被ったマシーンだ。耳にしていた人物像と実際会った時の印象がかけ離れていてね、きっと五年前を境に人間の心を失くしたんだよ、そんな感じ」


「そうですか…」


 ホシがその人物の名前を尋ねようとすると、ロザリーが彼の手を引っ張って立たせた。


「君はこの瞬間から客人だ、私たちご自慢の湖へ案内してあげようではないか」


「──え、何でですか、急に良くしてもらっても困るんですが」


「君は聡いね〜それは勿論!これからも馬車馬のように働いてもらうためさ!空を自由に飛べる特個体付きの独身男性なんてこの場では超優良物件だ!逃す手はないよ!」


「あ!僕は別にいいのでこのままで──「駄目だめ!いいから付いてくる!」


 ロザリーに引っ張られるままホシは講義室を後にし、大学の敷地内から続く山道へ足を踏み入れた途端、まるで砂浜に来たかのような錯覚を覚えた。


(凄い香り…五年前ではこの香りが当たり前だったのに…)


 山道沿いに植えられた木々の隙間から件の山地海が見えている、そこでは一隻のボートが浮かんでおり人が釣り針を垂らしているところだった。

 

「あそこは養殖、私たちの手で魚たちを育成しているんだ。一つは食べ物として、もう一つは今の海の環境に適応できるように遺伝子配合の研究を行なっている」


 ホシはロザリーの話を耳に入れながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。口の中は塩味でほっかほかに焼けた魚でいっぱいだった。


「あれが噂の養殖魚…巷では超高額で取引きされて富裕層しか食べられないという…」


「ああ、そうみたいだね。君も食べる?」


「っ!!」


「食べた瞬間から永遠にここから出られなくなるけど」


「…………」


「それであっちがリラクゼーション用の湖、大学に籍を置く人なら誰でも利用できる超小規模の海水浴場といったところかな」


 養殖用の湖の隣に、一際小さな湖があった。そこでは確かに水着姿の人たちが狭い湖の中を自由に泳ぎ回っていた。

 ──見た、ホシは見てしまった。


「帰ります」


「え?どうして?魚食べたくないの?」


「帰ります!」


 その湖では水着姿のリッツが見知らぬ男性と肩を並べて、辺りに設置されたベンチに座っていたのだ、遠目からでもすぐに見つけてしまった。

 ホシは忸怩たる思いを抱えたまま来た道を引き返したのであった。



✳︎



 高い高度から落下し大破してしまったノラリスが、スルーズとポンコツブルーに引っ張られながらラフトポートに戻ってきた。

 空の端から夜が広がっている、そんな遅い時間帯になって彼女たちはようやく帰ってきた。

 マカナが五年ぶりに復活を遂げた通信機越しに声をかけている、その相手は喧嘩してからまだ一度も顔を合わせていないナディだ。


「…大丈夫?」

 

「…うん、平気」


 交わした言葉はたったそれだけ、お互いに何と言えば良いのか分からず痛い沈黙が流れた。

 その沈黙はすぐに破られた、ヴィスタたちが彼女の元にやって来た。


「無事だったか、とりあえずは何よりだ」


 ポンコツオレンジから降りたウィゴーが彼の相手をする、まるでノラリスを隠すようにして。


「──まあね!とりあえず女の子たちを休ませてやってくれない?──ほら、色々大変だったから!」


 ノラリスたちは母船に寄らず、アーキア迎撃ポートに機体を寄せていた。一日の終わりを告げる赤い太陽が水平線の向こうに没し、いよいよ夜が広がろうとしていた。そんな寂しい空の下、ウィゴーもどこか寂しそうに眉を下げていた。


「──何かあったのか?」


 ウィゴーの異変にヴィスタがすぐに気付いた。


「んん?!い、いや何で?普通だけど──いやそりゃ色々あったからね!」


 ヴィスタがウィゴーの背後へ視線を向けると、ちょうどノラリスのコクピットからナディと見知らぬ男性が降りているところだった。

 一人で出たはずなのに帰りは二人、さすがの冷静沈着さを誇るヴィスタも色めきだった。


「あれ誰だ?!あんなのうちにいたか?!──おいウィゴー!──いやというかノラリス!これ以上の揉め事はごめんだと言ったはずだぞ!」


 ノラリスは返事の代わりに、ボロボロになった左腕を上げてサムズアップを送っていた。


 それから小一時間ほど経った後、ヴィスタはバハーの主要人物もメインポートに招集し、ナディたちが連れて来た男性について会議を開いた。

 ジュヴキャッチの本部となっている建屋の二階部分は会議用に作られた大部屋であり、椅子や机の類いはないが大きな円型ラグが一枚床に敷かれていた。そこにめいめいが座り、その中心に発言者が立つ。今はヴィスタが皆の視線を集めながら立っていた。

 参加者はラフトポート内でリーダー的な立場に立つ人たちであり、その中にヘンダーソンやアリーシュ、それから彼らに付いて来た一部下士官らも混じっていた。

 ヴィスタが前口上も無しに会議を始めた。


「集まってもらったのはポセイドンという人物について、彼が話す内容のその真偽を皆で確かめたいと思い、招集させてもらった。──入ってくれ」


 部屋の入り口からナディに連れられてポセイドンが入って来た。初めて彼を見る人たちはそれぞれに驚いた反応を見せている、ウルフラグ人ではないカウネナナイ人でもない、およそ日常的に見かける人相ではなかった。

 ナディが、他意が込められた視線を無視して口火を切った。


「ホワイトウォールの前で出会いました、名前はポセイドン、知っている人は少ないかもしれませんが──」そこにレセタが待ったをかけた。


「いやあんたさあ、私らに何か言う事があるんじゃないの?何でさも当たり前のように仕切ってんの?」


「…………」


「皆んなそれ待ってんだけど、勝手に話を進めないでくれる?」


 レセタはその場にいた、主にジュヴキャッチ側の人間を代表してそう発言した。レセタの発言を支持するように何人か首肯で応じていた。

 対するナディは、


「──勝手に出てすみませんでした」


 その簡易的な謝罪にレセタは納得を見せていない。


「それ本気で言ってんの?あんたのせいでこっちは人死にが出てるんだよ?それを墓前で言ってみなよ」


「──レセタ、それは違うとさっきも否定したはずだぞ。パイロットを撃ったのは軍の人間であってナディではない、履き違えるな」


「だからその軍に狙われているのがあの子なんでしょ?何で私らが迷惑をかけられないといけないの?おかしいでしょうが」


 ミガイがレセタを嗜めた。


「人が増えれば迷惑も増えるのは当たり前だろ、それにあいつは沢山の人間を連れて来た、人手が増えて助かったと言っている連中もいる。プラマイゼロでいいじゃねえか、これ以上の言いがかりはやめろ」


「──ちっ!!あんた、後で覚えておきなさいよ…」


 よく響く舌打ちをしたレセタが下がり、ようやくポセイドンの話に移った。


「それでは…さっき言いかけた事なんですが…ポセイドンさんはマキナです」


「はあ?!」と声を荒げたのはほとんどの参加者だった。


「ふざけないでよ!ここに来てまで何でそんな嘘が吐けるの?!」


「嘘ではありません、ポセイドンさんはウルフラグからこちらに渡って来たそうなんです」


 マキナを知らない人たちは「んなアホな」と半信半疑の目をしており、そこへウィゴーが調べてきたことを告げた。


「この人の言う通り、確かにホワイトウォールの一部に避け目ができていたよ。この目で見てきたからあの壁の中を突っ切ってきたのは間違いないと思う」


「ちょっとウィゴー!あんたはこの男がマキナだって信じるの?!」


「信じるよ、ウルフラグではマキナの人たちが当たり前にいたしね。僕にも知り合いがいるにはいる」


「…………」


 場にいた人間たちが「いるんならいるんだろう」と、概ねポセイドンの存在を認知し始めた辺りでヴィスタが口を挟んだ。


「話し合いたいのは彼の出自の真偽ではなくその依頼内容だ。──自分の口から話してくれ」


 話を振られたポセイドンがようやく口を開いた。


「お、俺は…ここにあるサーバーの復旧をしに来たんだ、だから、俺をサーバーがある所にまで連れて行ってほしい…」


 場がしんと静まり、それぞれがポセイドンの内容を理解しようと頭の中で咀嚼した。

 真っ先に立ち上がったのはレセタだった。


「──馬鹿ばかしい冗談じゃない、新都へ連れて行けって?──ヴィスタ、私は抜けるわ、だからこの会議は無かった事にして「理由も聞かずに抜けるんですか?」と、挑戦的な態度でレセタを呼び止めたのはナディだった。


「はあ?」


「ポセイドンさんが言うのはこの世界全体を支えているガイア・サーバー、それが復旧できれば皆んなの暮らしも少しはマシになるかもしれません」


「確定した事項ではないんでしょ?そんな危険な賭けに自分たちの仲間を預けられると思う?」


「だからそれを皆んなで話し合って決めてもらいたいと、だからヴィスタさんにこの会議をお願いしたんです」


「だいたいあんたさあ」とレセタがまた喧嘩腰になっていた。


「自分が今どんな立場なのか分かってる?五年間も看病してくれたマカナたちを裏切ってウルフラグへ逃げようとした人でなしなのよ?誰がそんな奴の言う事を聞くと思ってんの?」


「……っ」


「マカナたちは私らに反抗してまであんたの看病を続けていたの、五年もの間、目が覚めたらあんたと一緒にこのポートを盛り上げるって二人がずっと頑張っていたのよ?──それが何?家族が心配だから恋人が心配だからって皆んなに迷惑かけて一人で暴走して、挙げ句の果てにはこの世界を救いたいから命を貸せって?──どれだけ周りが見えていないのよ!!」


 レセタの呵責がナディの胸を貫いた。それはナディが知らなかった事であり、レセタに言われて初めて気付かされた、マカナが怒っていたことに。

 何度でも静まる会議の場、その場にいた誰もがナディの発言を待っていた、依頼に来たポセイドンも空気を読んで口を閉ざしている。

 全員の視線を受け止めたナディが口を開いた。


「──一人で行きます」


 この発言にはさすがのレセタもあんぐりと口を開けてしまった。


「私が一人でポセイドンさんを連れて行きます」


「──あんたねえ!!!「ちょ──どうどう!!落ち着いて!!「そういう事じゃないでしょうが!!マカナたちに恩を返せって言ってんのよ!!」


 レセタに怒鳴られっぱなしだったナディも堪忍袋の緒が切れてしまい、声を荒げていた。


「──だからやりたくない事でも我慢しろって言うんですか?!それが皆んなの為になるからと言って押し付けてくるんですか?!それができなかったら人でなし?!──ふざけるな!勝手な枠組み作って勝手に人をはめ込んでそれが幸せだって決めつけているそっちが人でなしだ!」


 もう完全にヒートアップした二人、場に招かれていたポセイドンが霞んでしまうほどにナディとレセタは口論をしていた。


「誰がルールの話をしてんのよあんたは世話になった人間に恩を返せたのかって訊いてんのよ!!マカナとアネラのためにあんたが頑張ったんなら好きにすればいいけどまだ何もしていないでしょうが!!あの二人は!!寝たきりで言葉も話せないあんたのために!!私たちと喧嘩してまで助けたのよ!!それがどれだけ大変な事かあんたに分かるの?!それをあんたはできるの?!」


「それを今から私がするって言ってるでしょ?!サーバーが復旧すれば良くなるかもしれないってさっきから言ってるのに!!」


「そんなありもしない可能性のために──「けど!!それで良くなったら大勢の人を助けられる!!だからあの人はここまでやって来た!!何でそれが分からないんですか!!」


 これ以上言っても無駄だと判断したレセタの方から切り上げた。


「──あっそ、もう好きにしな、あんたのことなんか知らないから、こっちに帰ってきても自分の居場所があると思わないで」


 望むところだわ!と返したナディにレセタがまたすぐにキレ、結局この日の会議は二人を宥めるだけで終わってしまった。

※次回 2023/6/10 20:00 更新予定

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