第二十六話 いざ、地球の大空へ
26.a
外殻部。下層と中層を外界から守っている殻のようなものだ。テンペスト・シリンダーの外は大いに危険だ、かく言う儂もこの目で一度も見た事がない。何が待ち受けているのか検討もつかない、それなのにも関わらず儂の心はいつになく興奮していた。
かの有名なコロンブスと呼ばれた男も、大航海時代に新大陸を見つけた時はきっと、儂と同じ気持ちであったことだろう。まさか、人の身を捨て、マキナになった恩恵をこのような形で享受することになるなど、あの時は夢にも思わなかった。それだと言うのに...
「えぇー行きたいたくないんですけどぉ」
「観念しろ、お前にしか操縦できないんだ」
「そうだよ、何のためにここまで苦労したと思っているのさ」
[私が操縦出来れば良かったんですけどね]
「…あんたやってみる?案外いけるかもしれないわね」
「お前ら…」
かのナポレオンも、仲間に恵まれずに最後は討ち果たされたと聞くが、儂もそうだろうか。この気持ちを誰とも共有出来ないことがこんなにも心苦しいことなんて。
[…やってみましょうか?]
「いい加減にせんかぁ!さっさと準備をしろぉ!」
儂の怒鳴り声で慌ただしく準備を始める。外殻部は未知の領域だ、いきなり艦体を突入させる訳にもいかんので、まずはスイにカメラと受信機を持たせて周囲の偵察に行かせる。ディアボロスが放った駆除機体のような敵性体がいないとも限らないので、空対地ミサイルも装備させ、パイロットはナツメにやってもらう。
「なぁマギールさん、私操縦したことがないんだが、それでも行くのか?」
「お前さんの役目はただトリガーを引くことだけだ」
それならあなたでもできるだろうにと小言を言うナツメの尻を蹴り上げた。
「こらぁ!誰のお尻を蹴っているのよ!私のお尻よ?!ナツメにすけべなことすんな!」
馬鹿な司令官の頭を片手で掴み、ぎゃあああと叫ぶのを無視してメイン・コンソールへ押し込む。
「ここに座っていろぉ!!」
「こんのくそ艦長め…」
プエラの一言に少しだけ機嫌を良くしながらも、格納庫へ檄を飛ばす。
「スイ!装備類のチェックを急げ!」
[今やってますよーうるさいですねー]
「ナツメ!フライトスーツに着替えたらそのまま搭乗しろ!操縦はスイに任せてお前はレーダーに集中しておけ!」
[今格納庫に着いたばかりなんですが]
「テッド!カメラ映像をサブ・コンソールに回せ!」
「もう?早すぎじゃありませんか?」
何て緊張感の無い連中か、今ならナポレオンと酒を酌み交わせる自信がある。
スイの機体情報をモニタリングしていたコンソールに、グリーンのランプが点灯した。全ての準備が整った、後は発進させるのみだ。
「スイ!目前の外殻部へ発進せよ!」
[待ってくれスイ!今乗ったばかりなんだ!少しはぁぁあ?うわうわうわぁ?!]
[さっさと行きましょうナツメさん、早く街に上がって艦長を降ろしましょう]
「それいいね!スイ、あんたたまには良いこと言うじゃない!」
「それなら艦長は誰がやるんだ?」
「グガランナにでもやらせておけばいいでしょ、元々あいつの艦体なんだし」
「女艦長かぁ、それもいいな」
何やら不穏な相談事をしているが、聞かないことにした。
儂の苦労を何だと思っているんだ?誰がごねてこの艦体を中層に持ってきたと思っているのか...
ナツメのおかげで開いた一枚のミラーへと、スイが真っ直ぐに飛んで行った。
✳︎
あー...私の座席にナツメさんが座ってくれている...一番優しい人だ、そんな人に座ってもらえるのがやっぱり一番嬉しい。最近は対応が雑になってきているような気もするけど。
[スイ、艦長から指示が来た、このまま外殻部の中を突っ切れと]
「はい!」
がいかくぶ、そう呼ばれた場所は、狭いようで広い。ミラーの裏側には、さらに奥の壁からにょきっと伸びた柱が一枚一枚を支えているのだ。その数は圧倒的、綺麗に配置された支柱はグカランナさんの艦体と同じぐらいの幅がある。そして、その支柱に白い糸のようなものが垂れ下がっているのだ。
[スイ、これ何か分かるか?何だこの白い糸は…]
「分かりません、何でしょうね」
速度はいつもの半分くらい、気持ちゆっくりと飛行しているので何だか遊覧飛行をしているようだ。と、言っても元が戦闘機なので速いのは速い。支柱沿いに飛んでいるけど、すぐ後ろへと流れていくので見ることすら出来ない。ナツメさんはきっと、遠くにある支柱を見ながら話しをしているのだろう。
(何でナツメさんは…操縦桿を撫でるの?)
気になって仕方がない。ナツメさんは無意識にやっているんだろうけど、まるで背中当たりを優しく触られているような感覚になってしまうので、出来れば今はやめてほしい。帰ってからならいくらでもやってほしい。
(なーんだか、この姿が当たり前になっちゃったなぁ…)
何の恨みも不満も無い。むしろ、消えそうだった私をナツメさんとプエラさんが救ってくれたのだ、感謝しかない。けど、それと戦闘機のままでいるのはちょっと、何というか、そろそろ替えてほしい?私だって女の子なんだ、いつまでも排気ノズルを吹かせて空をびゅんびゅんと飛んでいる訳にもいかない。
[スイ、奥の壁が見えてきた、速度を落とせるか?]
「ふぁい!」
考え事していたので、ナツメさんの呼びかけに驚いて変な声が出てしまう。
推力偏向を用いて、速度を落としながらホバリングするように機体をその場で待機させる。ホバリングは私が勝手に付けた名前だ。
私が見えている視界は、艦体で付けさせられた外部カメラと連動しているので、艦長やプエラさんにも見えているはずだ。
[スイ、もう少し近づいてくれ]
「はーい」
ゆっくりと近づき、にょきっと伸びている支柱を、さらに支えている爪のような固定具の隙間から、白い糸が速度を持って私の方へ飛んできた。
[?!いやぁああ?!]
「!!」
ナツメさんの可愛い悲鳴を聞きながら、左側の前進角が付いた主翼を下へ傾ける、ダメ間に合わない、機首が白い糸に当たってしまい、装甲の一部が飛んでいく。そしてそのまま機首にひっついてしまった。
[えぇ?!引っ張られてる?!スイ!]
「はい!」
今度はきちんと返事が出来た、けど白い糸が機首にひっついたまま糸が伸びている方向へ力が働き、ホバリング状態の機体が徐々に傾いていく。踏ん張りがきかずにされるがままだ、挙句には高度を保てず失速警報まで出てしまった。この状態から速度を出して振り切るのは不可能、それなら!
「ナツメさん!ミサイルの準備!トリガーに指をかけておいてください!」
[な、何をするつもりだ!突っ込む気か!]
「ふぁい!」
糸の力に逆らうのが無理なら、力が働いている方向へ速度を出せるはず。
引っ張られる糸に逆らわず、その力に一旦機体を預けた。瞬間的に重力が機体に加わりナツメさんが汚い声を上げた。
[ぐぅえ!]
「そのままーそのままー」
糸に引っ張られ機体が徐々に水平になっていく、凄い力だ。そして水平になった同時にエンジンの出力を全開にして、引っ張られる糸のスピードに負けないぐらいの速度を出す。あとは、我慢比べだ。壁に当たるすれすれまで速度を出してあげれば糸ごと振り切れるはずだ。
[スイ!スイ!!お前チキンレースをするつもりかぁ!初めての飛行ですることじゃないだろう!]
「ふぁい!」
[それ絶対わざとだろ!可愛く返事しても無駄だぁ!]
バレた。速度計は音速の半分を超えたあたり、壁がすぐそこまで迫ってきていた。そして、心の中でナツメさんに謝りながら機体を急制動させ上方向へと舵を切る。
[ーーーーーっ!!]
目前まで迫っていた壁を避けて、今度は壁沿いに束の間機体を飛ばす、だが糸の力も強かったようでお互いのパワーバランスが均衡を保ち、今度は下方向へと機体が振られてしまった。けども!
「見えました!」
糸の射出元!機械だか何だか知らないけどよくも私の機体に........んぇ?!何…あれぇ?!!気持ちっわるぅいい?!
「いやぁぁあ?!ナツメさんナツメさん早く!早くトリガー引いてどっかんしてくださぁぁい!!」
ダメ元で叫んでみたら私の右側の主翼、下あたりが熱くなった。それと同時に地対空ミサイルが煙の尾をなびかせながら、沢山と目玉と…ぬらぬらと光った皮膚と…細かい足がうじゃうじゃ…うぇぇぇ
敵に当たり、赤色と黄色の爆炎を上げて吹っ飛ばした。機首にひっついてた糸の力も弱まり爆風でどこかへといったようだ。
すぐさま機体を持ち直しグカランナさんの艦体へと、排気ノズルから私の悲鳴を上げさせて飛んで行った。
26.b
「…」
「…」
な、何今の...生き物...なの?目は全部で八つ、出っ張ったお腹の横から小さな足が数え切れない程沢山生えていたし、それに皮膚も何か光沢があって...うぇぇ
思い出しただけで気分が悪くなってくる。艦長ことマギールに向き直り、アレを突破するのか迂回路を探すのか、判断を仰ごうとすると、何やら感動しているようだった。
「ま、マギール?」
「いや、すまない、感動していてな」
えぇ...
「アレが、何か分かるの?」
「あぁ、あれは蜘蛛と蛙だ」
くも?かえる?
「もうこのテンペスト・シリンダーで見ることはないと思っていた生き物だよ、昔は沢山おったのだ」
「ろくでもないわね、昔」
「それはお前さんが何も知らないからさ、まぁ今さっきのように蜘蛛と蛙が合体した生き物はいなかったがなぁ」
顎に手をやり、懐かしむようにモニターに映し出された生き物を見ている。こいつ正気か?何がいいんだこんな生き物...
「ねぇ、昔はいたのに今はいないのよね?」
「あぁそうさ、残念なことにな」
「どうして?やっぱり気持ちが悪いから?」
「…必要がないからさ、この作られた大地には」
小さく被りを振りながら、まるで悔いているような仕草が気になった。けどどうでもいい。今はあそこを突破するかどうかだ。
「艦長、どうするの?突破?迂回する?」
「…あぁそうさな迂回をしている余裕は無い、突破するぞ、スイが戻ってき次第、カメラと受信機を外してミサイルに換装させよう」
攻撃力を上げて蹴散らす算段か、分かりやすくていい。それなら、
「あれは?出せばいいんじゃない?こういう時のためにあるんでしょ?」
「あれは虎の子だ、ここを突破してさらに適性体が現れた時のために取っておきたいんだが…」
「そうも言ってられないんじゃないの?何が出てくるか分かったもんじゃないし、それに周りへの牽制にもなるんじゃない?」
「残念だが奴らに感情はない、見たところで同じように攻撃をしてくるだけだろうて」
何て厄介な。
すると外部カメラこと牛の目玉が、ほうほうのていで飛んできたスホーイを捉えた。機首に付いている先尾翼はひん曲がり、白い糸をなびかせながら格納庫のハッチへと進んでいく。一度艦体を通り過ぎてUターンをしてから、再び艦体と編隊飛行をする。ミラーを開ける作業をしている時に、誤って開くハッチでスホーイ当てて飛ばしてしまったことがあった。それを気にしてか、随分と距離を開けているように見える。
「スホーイ、当てたりしないからもうちょっと近づきなさいな」
[…]
私の言われた通りに距離を縮めているので、さっきの衝撃によほど堪えているのだろう。いつもの減らず口が返ってこない。
速度を合わせて牛のお腹あたりにあるハッチを開き、スホーイがヨーイングを制御してゆっくりとお腹の中へと入っていった。
「少し休憩にするか、連続飛行はやめた方が良さそうだ」
✳︎
「何てものを見せるんだマギールさん!私はこんな物を見たくて声をかけたんじゃない!」
フライトスーツのままナツメさんがブリッジに上がってきて、さっきの敵についてマギールさんに質問すると、問答無用で蜘蛛の画像をコンソールに表示した。僕?もちろん見ていない。あんな画像よりも僕は、フライトスーツ姿のナツメさんばかり見ている。
耐Gスーツとも呼ばれているあのスーツは、スイさんと同じカラーに統一されていて、基本は赤色だがポイントに茶色を使っている。脇、うち太腿、そして胸。もう一度言う、胸。空いているのだ、胸が。丸見えではないが少し、ほんの少し肌色が見えているだけで目が離せなくなってしまう。何故?あんなスーツで空を飛んでも大丈夫なのか?脇とうち太腿だけで目が幸せになるというのに。ちなみに脇とうち太腿は丸見えだ。万歳。黒いインナーが...あ
「テッド、こっちに来い、そんなに見たいならいくらでも見せてやろう」
「いえ!もうお腹一杯です!」
おかしいな、さっきからテンションが高すぎるような気がする。ナツメさんもドン引きしている。
「…テッド?」
「おいテッド、お前さんは休めと、」
「いえ!マギールさんのは見たくありません!」
見たいと思う?おじぃちゃんのうち太腿、きっとしわだらけだと思うよ。だれがおじぃちゃんだ!と怒られた、あれ口に出していたのか、それなら黙って、、、このまま寝てしまおうか、、な
✳︎
「…その話しは本当か?ナツメよ」
「はい、私の責任です、彼は何一つ悪くありません」
「誰が悪いかなど聞いていない、事実かどうか、聞いている」
「……事実です」
静かに目を伏せる。何も言わない、何かを言って欲しかったがそれは甘えだろう。
「そうか」
「…テッドは寝ていないんですね」
「あぁそうさ、初めての事ばかりで興奮して眠れないと言っておった、まさかそんな事があったとは思わなんだ」
マギールさんに、中層の街で私だけが助けられた事を話したのだ。この艦体に来てからのテッドは、何と言えばいいのかいつも通りなのだ、あんな事があったというのに。それは健気なように見えて異常なことだった。私も、触れていいのか、黙ってそばにいるべきなのか決めあぐねていた矢先のことだった。
恐らく、いいや、間違いなく私以外の隊員を巻き込んでビーストを破壊した事に悩んでいたのだろう。
「マギールさん、アドバイスを求めるのは重々失礼だと承知なのですが…私は一体どうすれば、いいでしょうか…」
「ふぅむ…」
またさっぱりと言い返されると思ったのだが、思いの外考え込んでしまい何だか申し訳なくなってしまった。
手で顔を覆い、ずっと被りを振っている。何を言われるのか、やはりテッドが責められてしまうのか、怯えながら待っていると今度は勢いよく手を払いあっけからんと言い放った。
「分からん!どう考えても答えが出てこん」
「…そう、ですか」
少しほっとしような、そんな気持ちになる。
「一つだけ言える事がある、心して聞けナツメよ」
…何を言われるのだろうか、今仕方分からないと言ったばかりなのに。緊張して次の言葉を待つ。
「はい」
「よいか、お前さんもテッドも一人で抱え込むなよ」
その目はどこか優しい、さっきまでの口うるさい艦長の顔はなりを潜めている。
「は、はい、そのつもりですが…」
「いいや、これがまた難しい、今日はお前さんも言いたくないことを教えてくれだが、毎回続くとも限らないのさ」
「…」
「何にせよだ、答えが出るまで一緒に悩んでやるさ、もうお前さんもテッドも見放すつもりは毛頭ない」
目線を下げて机の上で組んでいるマギールさんの手を見る。
「はい、ありがとうございます…」
また何かあったら遠慮なく言えと優しく言葉をかけられ、テッドの部屋を目指した。その言葉に返事はしなかった、少しでも声を出すと泣いてしまいそうだったからだ。
「聞いてた」
休憩スペースを出てすぐ、プエラが通路の角で待っていた。端的にそう言って、ゆっくりと私の方へ歩いてくる。
「…ひどいと思うか?」
「さぁね、私はナツメが生きていてくれただけで、他はどうでも」
プエラらしいというか、歯に衣着せぬ言い方は今の私にとって心地よかった。
「本当は?」
「………信じられない、あいつがそんな事する奴だったなんて」
それを聞いてまたほっとしてしまった。
「私がそうさせたのさ、あいつは悪くない」
「ナツメが、殺せって言ったの?」
その目には不審があった。睨むでもなく計るような目だった。
「………私はそう思っている、私が奴に投げさせた」
「それ、何か意味あるの?」
「それはどういう…」
「ナツメが自分でやらせたとか、テッドは悪くないとか、どうしてナツメが庇うの?ナツメがテッドに助けられたんだよね?」
少しはっとした。思い上がっていた自分がここにいた。
「…そうだ、私が助けられたんだ」
「…お礼、言ったの?」
小さく被りを振って、気づかせてくれたお礼に頭を撫でようとすると、テッドと同じように避けられてしまった。
「そういうのは嬉しくない、子供扱いしないで」
「…悪かった、そんなつもりはなかったんだ」
「あそう、私はナツメにとって頼られる相手でいたいの、子供になって甘えたい訳じゃない」
「悪かった、また私の思い上がりだ」
「…あそう」
「ありがとう、テッドの所へ行ってくるよ」
今度は頭を撫でずに口でお礼を言って、再びテッドの部屋を目指した。
◇
テッドに割り当てられた部屋はもぬけの殻だった。寝ているだろうと思い起きた時に食べられるように食事の用意をして、こっそりと入ると寝ているはずのテッドがいなかったのだ。捲られたシーツは冷たく、部屋を出て行ってから時間が経っていることが分かった。私は大いに慌ててしまった、艦内を走り回りテッドを探すが見つからない。ブリッジにも、一番後ろにある展望デッキにも、艦内に二つある休憩スペースにも、エンジンルームや至る所を探したがテッドの姿を見つけることができなかった。
私を見かねたスイが、テッドに内緒にしてほしいと頼まれていたことを打ち明けてくれて、私達が初めて訪れた格納庫よりさらに奥、もう一つ格納庫がありそこにテッドがいると教えてくれた。
その格納庫に訪れてみると大型のマテリアルが一体横たわっており、その前に膝を抱えてそのマテリアルを見上げていたテッドがいた。
(こんな所にいたのか…)
走り回ってせいでうるさい息を整えて、ゆっくりとテッドに近づく。横たわっている大型のマテリアルはまるで人のようだった、頭も手足もきちんとあり、胴体より少し上には中に入り込めるスペースがあるようだ、コンコルディアと似たハッチが今は開いていた。
「テッド」
私の声に振り返るテッド、その顔は憔悴しており目の下は窪んでいた。
「スイには黙っておくように言ったはずなんですけどね」
「探し回っている私を見かねてな、教えてくれたんだ」
「僕を探していたんですか?僕なら大丈夫ですよ、寝不足が祟ったみたいで、心配をかけてしまってすみませんでした」
いつも通りだ、何も変わらない。その態度に気後れしてしまい、まるで拒絶されているような感覚を覚えてしまった。
「…………」
悩んだ、何と声をかければいいのか、何と踏み込めばいいのか。二人の間では私が怒鳴ったっきりになっている、私が触れなければテッドから持ち出すことはないと、今になってようやく分かった。
「ナツメさん?もしかしてさっきじろじろ見ていたこと、怒っているんですか?それなら言わせてもらいますけど、」
「悪かった」
そう一言だけ、悩んだ挙句に出てきた言葉は謝罪だった。
「何が…ですか?」
「あの時、お前が他の隊員を見放してでも私を助けてくれた時だ」
テッドの顔が驚いたように目を見張っている。
「…私があの時怒鳴ったのは、お前が自暴自棄になっておかしな真似をしてしまうんじゃないかと思ったから、だから釘を刺したつもりだったんだ」
「…いえ、その対応は合っていたと、」
「だが違った、あの時私はお前にお礼を言うべきだったんだ、助けてくれてありがとうと、いいや、」
惚けたように私を見ているテッドに向かって、きちんと頭を下げた。
「テッド、ありがとう、こんな私を救ってくれて」
テッドは何も言わない、今さらだっただろうか。恐る恐る顔を上げると、声も出さずに泣いていた。流れる涙を拭おうともせずただ静かに泣いていた。
「私は、お前が犯した罪を背負った気でいたんだ、私のせいだと思い込んで、私も人殺しだと勝手に決めつけていた」
次第に下を向き、顔を隠してしまった。こんな時でも意地を張っているのか、私はこんなに優しい奴に救われたんだと、改めて感謝した。
「思い上がっていたよ、悪かったテッド、こんな私だが、これからもどうかついて来てほしい」
小さく、何度も頷いてくれた。私も涙が溢れそうになってしまった。鼻がひくつき、目頭が熱くなったがなんとか堪えた。ここで私が泣くのは何だか違うような気がしたからだ。
私も泣くのを堪えながらゆっくりと歩き、テッドの隣に腰を下ろす。何も言わず同じように大型のマテリアルを黙って見上げる。
ちょうどハッチが開いている胸のあたり、マテリアルから見て右腕の前に座っている。このマテリアル用の寝台だろうか、固定具に装着されてまるで眠っているようだ。その装甲は不思議とドアノブと同じように滑らかなで、触り心地が良さそうに見えた。
「……すみません、思わず、泣いてしまいました、」
私は何も言わずテッドを見やる。
「…僕は嬉しかったんですよ、ナツメさんが守ってやると言ってくれたので、それだけで十分だったのにあんな事をした僕にお礼まで言ってもらえるなんて…」
それでも何も言わずに黙って聞く。
「もう…大丈夫だと、思います…ナツメさん?」
何も言わない私を不審に思ったのか、無遠慮に私の顔を覗きこもうとするテッドを押しやる。
「ちょ、ナツメさん?何で顔見せてくれないんですか」
鼻をすすりながら抗議をしてくる。泣かないと決めたのに何て弱い涙腺だろうか。何も言いたくなかった、言った拍子に泣いてしまいそうだったから。
「……すまなかった、助けてもらったのにお礼も言わずに…」
「もういいですよ、気にしてませんから」
涙で歪んだ視界の中で、いつものように笑うテッドがそこにいた。その笑顔におかしなところはなく、安心して見ることが出来た。
26.c
[うむ、了解した、ではその手筈で空間保護システムを一時的に解除しよう]
[お願いしといてあれなんだけど、大丈夫なの?空気が無くなったりしない?]
[大丈夫だ、それよりアマンナお前に聞かねばならない事がある]
[あ、ちょっと待ってね、ひねくれプエラからかかってきた]
[誰がひねくれだ!何?あんたもタイタニスと喋ってたの?というかあんた会話できるの?]
[はぁ?わたしのことバカにしてるの?]
[あらあんた凄いじゃない、前会った時は赤ちゃんみたいに産声しかあげてなかったのに]
[はぁ?!バカにすんな!プエラこそ拗ねてばっかでいじけてたくせに!だってぇ、だってぇ、私なんかがぁ、とか言ってたじゃん!]
[何それ私の真似?凄いわねあんた、会話できるならまだしもモノマネまで出来るようになってるなんて、次会ったとき頭を撫でてあげるわ]
[誰が喜ぶか泣き虫ひねくれら]
[はぁ?!そのあだ名で呼ぶなって言ってんでしょ!それに泣き虫じゃありませんーもう卒業しましたぁー]
[本当にぃ?あれだけめぇめぇ泣いてたくせにぃ?司令官じゃなくて羊に変えたら?]
[どこの世界に羊を名乗るマキナがいるのよ私の前に連れて来い!]
[いやだから泣き虫ひねくれらのことだよ]
[こんのくそガキ!]
[二人とも静かしにしろ、切るぞ]
[…]
[…]
[プエラ、お前の用件を聞こう]
[…はぁまぁいいわ、ちょっとこれ見てくれない?外殻部で撮った映像なんだけど…]
[うわぁ…]
[ふむ、こいつか]
[タイタニスは見たことあるの?何なのこいつ]
[詳しくは分からん、この街を建造した時に数匹見かけたな、そのまま潰してやったが]
[そんな前から?]
[あぁそうだ、発生源は不明だ、というより外殻部は生存可能領域ではないはずなんだがな]
[せいぞんかのう…要するに住めるような場所じゃないってこと?]
[そうだ、アマンナ]
[いやでも、間違いなくこのテンペスト・シリンダーのどこかで生まれた?のよね、マテリアルではないから有機生物だろうし…]
[ディアボロスは何と言っている?奴は生存種の把握と管理が主な役割だろう]
[あいつかぁ…前に通信ぶつ切りにしてやったから、何だかかけにくいなぁ…]
[何やってんの司令官のくせに]
[私羊だから、めぇめぇ]
[アマンナ、お前がディアボロスにかけてみろ]
[めぇめぇ]
[そんなに奴のことが嫌いなのか…]
[喋るぐらいなら羊になった方がマシ]
[ならそのまま羊になっちまえ]
[!]
[!]
[ディアボロスか、ちょうどいい、この映像を見てくれ]
[悪いなお前らの用事に付き合うつもりはない、決議が決まった、そのお知らせだ]
[決議?誰をかけるんだ]
[テンペスト・ガイアだ、他にいるか?]
[あんた正気?]
[あぁ、奴の行動は疑惑だらけだ、かけるに値すると思うが、プエラ・コンキリオもそっちの方がいいだろう?好きな人間と好きなだけイチャイチャできるんだから]
[このクズ]
[最低]
[何でだよ!事実だろうが!]
[あんたが羊になっちまえ]
[ほんと何にも変わらないねディアボロスは]
[あんたアマンナなんかに哀れみを向けられているのよ?少しは反省したらどうなの]
[何だと?]
[こんなしょんべん臭いガキに何を向けられても痛くも痒くもない]
[何だとこのやろう!!]
[三人とも静かにしろ、切るぞ]
[…]
[…]
[…]
[まぁいい、それでこの俺に何を見ろと言っているんだ]
[この生物についてだが…]
[結局見るのかよ]
[結局見るのかよ]
[うるさいぞそこの二人!!]
[あの二人にいちいち構うな、これについて何か把握していることは?]
[何だこれ…品も美学もあったもんじゃないなこれは…ひどい生き物だ]
[ねぇアマンナ…言わなくていいの?あんたがそれを言うのかって…]ヒソヒソ
[司令官はプエラでしょ?品も美学もないかわいそうな部下を叱ってあげなよ…]ヒソヒソ
[こいつはどこに住んでいるんだ?俺は見たことがないぞ]
[外殻部だ]
[管・轄・外!知るわけねぇだろ!]
[はーつっかえ]
[何しに来たの?]
[お前ら黙って聞いていれば好き勝手言いやがって!この街にこのキモい生き物複製して放つぞ!いいのか?!]
[…]
[…]
[何なんだこの二人は…アマンナ、お前も決議の場には出ろ、いいな!]
[いや]
[拒否権はない、何が何でも出てもらう]
[もう何アマンナ?いきなり回線を繋げてこないでちょうだい、今忙しいのよ?]
[…]
[…]
[…]
[ディアボロスが決議の場に出ろって、わたしに変な事してきたから]
[何もしていないだろうが!あぁグガランナ、久しぶりだな…]
[えぇ]
[(いきなりはやめてくれよ何を話せばいいのか…)すまないがお前にも出てもらう、アマンナを連れて来てくれ]
[分かったわ、もういいかしら]
[きっつぅ…]ボソ
[ディアボロスは何をやったんだ?あんな冷たいグガランナは初めて見たぞ…]ヒソヒソ
[…]カクカクシカジカ
[ディアボロスよ、その絵画とやらを我に見せてみろ、興味が湧いた]
[ーーー]
[あ、逃げた]
[アマンナ!あなたね困った時だけ呼ぶのはやめなさい!それにタイタニスと話しはついたの?]
[あ、うんついたよー、大丈夫だって]
[もう!早く言いなさい!アオラ達が待っているのよ?!]
[ごめんごめん]
[何?何の話ししてるの?]
[まぁあなたプエラじゃない、久しぶりね、もうポエムは書いていないの?また読ませてちょうだいな]
[なっ?!]
[ポエム?!何それ?!え?!プエラ、ポエムなんか書いてるの…?]
[えぇ、一度読ませてもらったことがあるけど、とても素晴らしかったわ、私の源流になっていると言っても過言ではないくらい、アマンナ、あなたも読ませてもらいなさいな]
[ぷふっ、読ませて!プエラ!私にもポエム読ませて!誰にも言わないから!ぷくくっ]
[ーーー]
[あ、逃げた]
[?まぁいいわ後で会えるんだし、アマンナ、まだ準備が残っているんだから早くなさい、いいわね?]
[はいはーい]
[全く騒がしい連中だ…アマンナ、話しを戻すがいいか?さっき言いかけたことなんだが]
[ん?何?]
[この間、受取所のシステムにアクセスするのを手伝たっだろう?その時に悪いがお前のことを調べさせてもらった]
[えっち]
[ふざけるな、下層にお前のポッドが見当たらないんだ]
[…]
[我らに割り当てられた、あるはずのポッドが何故ないんだ?]
[それは…]
[お前は何者なんだ?]
26.d
「各員、持ち場に着け!これより外殻部へ向けて艦体を発進させる!スイ!」
[はいはい]
「ナツメ!」
[あー、これがこうなって、これはあーなって…いきなりパイロットをやれだなんて無理に決まってますよ!マギールさん!]
「テッド!お前さんは寝ているな?!絶対に起きてくるなよ!」
ー馬鹿か!寝ている人間に檄を飛ばしている奴なんて初めて見たわ!寝かせてあげなさいよ!ー
「司令官!準備は良いか!」
ーはぁもうまさかのぶっつけ本番なんて…いいわよやってやるわよ!堕ちても知らないからね!ー
「その時はその時だ!スイ!先行しろ!」
ナツメにテッドの事を告白された時は、どうなるかと思ったがあの司令官がナツメ以外を気づかったのだ、良い傾向だと捉えて前向きに考える。
スイが、飛行機曇を残してミラーへと再突入した。続いて、この艦体も時間を置いてミラーの中へと突入する。先行したスイが外壁を開けて、艦体が間を置かずに外殻部を抜け出す算段だ。あの敵、蜘蛛と蛙を合わせたような生物には大変興味を引かれるが、調べるのは今ではない。
今まで聞いたことがないエンジン音が聞こえてきた、普段なら核融合によって莫大なエネルギーを得た高性能カーボン製タービンが、粛々と静かに回転するだけなのだが、まるで壊れたようにタービンが回転して唸っているようだ。まさか、
「おい!司令官!まさかお前さんこのままはっ」
言葉が出てこなかった。何故なら、立っていられない程の加速が起こったからだ。
「待たんかぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
✳︎
[ナツメさん!大丈夫ですよ!まだ私が機体から離れると決まった訳ではありませんので!]
速度計を見ると今は亜音速だ。初回の探索飛行とは比べものにもならない程に速い。座っているだけなのに体が見えない力に、Gと呼ばれる力に抑えつけられ意識が飛びそうだった。
「ーーー!」
声すら出せない、歯を食いしばりとにかく耐える。何とか視線を下ろしてレーダーを確認する、十一時と二時の方向に赤い点が現れた。敵だ!冗談じゃない!
「スイ!敵だ!何とかしてくれ!」
[はいよー!]
機体が左側へ、確かヨーイングと呼ばれる上下を軸にして左右の水平運動を行う制御、だったはず。プエラに教わった知識が頭の中に浮かんでくるが、今は何の役にも立たなかった。
スイが、ヨーイングの制御から敵を射線に入れ、そのまま機首に装備された機関銃を撃つ。敵は被弾し膨れ上がったお腹から頭にかけて蜂の巣にされ、後ろへと吹き飛ばされた。
「次は二時方向!」
[はいよー!]
今度は大胆にも右へロールを行い、敵を射線に入れ素早く機関銃を撃った。同じように蜂の巣にされた敵が支柱の固定具に叩きつけられる。
「これで終わりならいいんだが…」
[フラグ?!]
[ちょっ!ナツメ?!]
私の言葉に応えるように、支柱の隙間から数えるのも馬鹿らしい程の敵が現れた。おびただしい程の目と足と、口から垂れていた糸が目に焼き付いた。
「わた、私が悪いのか?!」
さらに機体を右へロールさせ、進行方向を艦体側へと向ける、一旦離脱ということだ、さすがにあの数は対処しきれない。
[ナツメは操縦交代!スイは機体の換装!急いで!]
[はいよー!]
[真面目にやれ!]
[ナツメさん!タイミングはお任せします!好きな時に操縦桿を握って下さい!]
恐れていた事が現実になったようだ。
敵の戦力次第では、私が戦闘機のパイロットを務め、スイは、テッドと見たあの大型マテリアルに換装?乗り換えて戦うという作戦だったのだ。あぁ何てことだ...私はただの特殊部隊員だぞ?こんなことってあるのか?
[気をつけろ!さらに敵数増加!周りの支柱にわんさかおるぞ!]
「というか何でマギールさん達は既にいるんですか!突入はまだ先でしょう!」
[司令官に文句を言え!スイ!早くしろこのままでは不味いぞ!]
[ナツメさん!]
「あー!!こうなりゃヤケだ!やってやるよぉ!!」
勢い良く操縦桿を握った。瞬間、機体のバランスが前に傾き、見えていた艦体が視界から姿を消した。勢い良く握りすぎた、前へと押し込んだ操縦桿をゆっくりと手前に引き戻す。すると今度は目前に牛の顔が現れて雄叫びを上げた。
「ぎゃああああ?!!」
[ぎゃあああああ?!!!]
私の悲鳴だけでなく、プエラの悲鳴も聞こえてきた。叫ぶ暇があるならどいてくれ!
[馬鹿もの!見ている暇があるなら艦体を傾けろ!向こうはトーシロだぞ!]
何だトーシロって初めて聞いた...
✳︎
あーあ、せっかく戦闘機から変わったと思ったらまた戦闘機だなんて、まだ人の姿に近いからいいけどさ。
[スイ!準備は?!いけるなら早く出撃して!]
そうだった、今はそんな愚痴を言っている暇はないんだった。何の訓練も受けていないナツメさんが戦闘機を操縦しているんだ。私が助けないと!
[いけますプエラさん!]
[艦長!ハッチ解放して!]
あれだけ艦長風を吹かせていたマギールさんが黙ってハッチを解放したので驚いてしまった。何で無言なの?!急はびっくりするでしょう!
私の新しい機体を固定していたボルトが外れる音がする、バキンバキンとしたかと思えば体が宙に浮く感覚、そして背中と腰で合わせて四基の排気ノズルと、足のふくらはぎ、足裏にも一基ずつ、計八基の排気ノズルもとい人型機エンジンを出力全開にして空中で姿勢制御を行う。
「あつあつあつあつあつぅぅい?!!」
火傷するかと思った...この機体は飛行型機ではなかった、人型機に換装していたのを忘れていた。私の体内に直接取り付けられた人型機エンジンが空気を吸い込み、燃焼室で機体を飛ばす出力へと変えているのだ、それは熱いはず。
[スイ!さっさと向かって!ナツメがヤバイ!]
「行きますともー!!」
飛行型戦闘機とはまた違った飛び方をするので最初は戸惑ったが、ナツメさんの悲鳴が聞こえてきたので慌ててすっ飛んで行った。
✳︎
[助けにきましたよー!ナツメさーん!]
テッドと見た大型マテリアルが喋りながら飛んでくる。衝突しないように機体を操縦するのに精一杯だ、返事も返せない。
何とか機体を動かしているが、いつ衝突してしまうか分かったものではない。早くこの作戦を終わらせたかった。
[行きますよー!]
支柱にも当たらないように旋回しながらチラリと捉えた視界には、スイが手にしていたアサルト・ライフルのようなもので攻撃しているのが見えた。人間が手にする武器とは比べものにもならないマズルフラッシュが辺りを明るく照らす。その、大きさも検討がつかない弾丸の餌食となった敵が次々と飛ばされて、支柱から落ちていく。そしておびただしい敵の残骸、見ていられない。
[ナツメ!何を飛んでおる!お前さんはスイが攻撃している間に外壁を開けんか!]
「このクソじじぃぃぃい!!!」
テッドのことでお世話になった恩も忘れてひたすら叫ぶ。
[いくらでも罵倒しろ!お前さんがやらねば儂らが奴らの餌食になるだけだ!]
あったまにきた!何でもかんでも初めてなのにやらせやがって!もう少し練習するとかあっただろうに何で私が重要な役目をしなければいけないんだ!
(あいつに自慢してやろう、こんな事できるかって!度肝を抜かせてやる!)
がむしゃらに操縦している間、不思議とアヤメの顔が頭に思い浮かんでいた。あいつはこういうのが好きなはずだ、とくに第六区にあった船やらなんやら、機械やら機体やら。あいつがグカランナ達と一緒にいる理由はこれかもしれないと、合っているのかも分からない一人合点をしていると、白い糸が私にも飛んできた。
(?!!)
さっきスイがやったようにロール回転を行い躱してみせた。機体を水平に戻せずしばらくきりもみ回転をしてしまったが、今ので根性がついた。まぁ、有り体に言えばただのやけくそだ。
[ナツメ!そのまま真っ直ぐ!外壁横に開閉スイッチがあるはずよ!]
「なんだ?私に降りて押せと言うのか?」
[馬鹿!変なこと言ってないで向かって!機銃でも当てれば開くでしょう!]
そんな簡単にいくのか不思議だったが、やるしかない。
言われた通りに操縦桿を正し、変な事せずに真っ直ぐ持つ、だが支柱にいた一体の敵があろうことか身を投げてきたではないか!このままでは...!
「うぐぅ?!まさか乗ったのか?!」
戦闘機の後ろに衝撃と共に何かがぶつかる音、そして私の横にはキャノピー越しに見える敵の足...
「ーーーっ?!!」
全身鳥肌が立ち、操縦の難しさも忘れてエンジン出力を上げた。早く!早く出口へ!速度が上がった戦闘機にしがみつこうとしているのか、敵が呻いている。声も出せるのか?!何て気持ち悪い!!
機体が揺れて敵も呻いて、不協和音の中異常な精神状態の中でも機銃のトリガーを引き、前回の探索飛行の際に発見した開閉スイッチの辺りを、天に祈りながらひたすら撃った。壁に当たって火花が散るだけで何も起こらない、そんな馬鹿なと思った矢先...
「開いた!」
[開いた!]
[開いた!]
[開いたぞ!]
[ナツメさん!]
外壁が開いたところを、全員が異口同音に叫んだ。
重く、固く、不協和音にも負けない程の大きな音を立てながら、恐らく初めて開くことだろう、外壁が左右に開き始めた。
そこが一体どんな場所であるか、私達は何をしでかしたのかも考えずに、戦闘機に乗った敵を振り落とす事だけを考えてひたすら飛ばした。そして、左右に開いた超大型の扉を抜けて外へとまろび出た。
「くっ!!」
待っていたのは真っ白の世界だ。何も見えない、キャノピーには激しく水滴が叩きつけられ、今まで聞いたことがない風切り音も聞こえる。機体に何かが当たり続けているように、真っ直ぐ飛ぶことが出来ない。戦闘機の後ろに乗っていた敵もいつの間にか落とされたようだ、きもい呻き声が聞こえなくなっていた。
[ナツメ!操縦桿を後ろに倒せ!雲の外へと出るんだ!]
言われた通りに倒したら、壊れるんじゃないかというぐらいに機体が激しく揺れた。それでも倒し続け、次第に弾丸のように叩きつけられていた水滴も勢いを弱め、機体の揺れも収まったころ、白い凶悪な世界を抜けた。
「ふぁ…」
そこに待っていたのは、中層の空よりもなお広く、高く、広大な青い世界だった。上層の街にあった煙も無い、遮るものがない空は圧倒的に広い。中層で見ていた空は作り物だったんだと直感する程に、外の世界はただただ広かった。
マギールさんの独り言が聞こえて、その言葉がとても気になった。
[そうか…まだ地球はこんなにも汚れているのか…]
✳︎
[あれは何だ?!説明しろ!!私はあんなものを街に入れる約束はしていないぞ!!!]
「えー?ちゃんと説明しましたよー?まぁ私も本当に来るなんて、思ってもいませんでしたけど…しかしでかいなぁ…」
ヒルトンさんの電話越しの罵声を聞きながら、紫色に染まりゆく空を見上げる。太陽がもう沈もうかという時に、それは現れた。街の東から現れたグカランナのマテリアルは、通り過ぎて来た他の区からビーストの侵入として知らせを受けていた。まぁ他に想像できるものがないんだ、ビーストとして捉えるのはあながち的外れでもないような気がする。
ヒルトンさんからの鬼電と、グカランナがこの街に来たと教えてくれたのが同じタイミングだったので、鬼電を無視してグカランナ達を車に乗せて軍事基地へと向かったのだ。車で走っている時も窓ガラスの向こうに、街の明かりを艦体の底に受けて飛んでいる姿が見えていた。通りを歩く人は、慌てることもなく手にしていた端末を向けて写真を撮っていたし、逃げている人もいたが極少数だ。
「これで、下層へ向かえるのね」
「…」
嬉しそうなグカランナとは対照的に、アマンナは沈んだ顔をしている。最初はこの街から離れたくないのかなと思っていたが、どうやらアマンナは怒っているようだ。たった数日の短い付き合いだが、顔に出ている心の中ぐらいは読めるようになっていた。
「アマンナぁ、私と離れ離れになるからって泣くなよぉ?」
冗談めかして言うが、まるで相手にしてくれない。
「泣くわけないよ」
私を見ず、降りてくる艦体を見上げたままだ。怒っているのは分かるが、何に怒っているのかまでは分からない。
「お前、しばらくは会えないんだろ?もうちょっとマシな顔をしろよ、何を怒っているんだ?」
「怒ってない」
肩を竦めて降参の合図をする。こりゃだめだ、機嫌が直りそうにないので基地の中央へと足を運ぶ。そこには、降りてくる場所の目印になるよう、今日の昼間に私の話しを聞いて馬鹿にした無職の隊員共に合図灯を持たせて立たせていた。その内の一人が私を見つけて開口一番こう言った。
「お前なぁ、いくら芸人になったからってこれはやりすぎだぞ?どうやってネタにするんだよ」
「あれを見てまだそんな事が言えるお前が芸人になったらどうだ?あれは本物だよ」
「まてーりある、だっけか?しっかしまぁ、本当に空を飛ぶ舟があったなんてなぁ…」
合図灯をだらんと下げて、口を開けて見ている。気持ちは分かるが仕事しろ。
私も隣に立って降りてくるのを待つ。思っていたより艦体が静かなことに驚いていた。車の中から見えている時も、あんな重たそうなものを飛ばすぐらいだから、さぞかしうるさいんだろうと思って見ていたからだ。けれど、そこまでうるさくない。レッドゾーンぎりぎりまで回した私の車のエンジン音の方がうるさいくらいだ、それはさすがに言い過ぎたかな。
そうこうしている内に、艦体の底が目前に見えてきた。危ないので無職共と一緒に下がり、無事に着陸するのを見届ける。基地内の白線も植え込みも関係なく、その巨体をついに基地へと降ろした。高いしゅるしゅると鳴るエンジン音が徐々に静まり、完全に停止した。艦体の前方から四人の人影が見えて、その内の二人が見たことある人間だった、ナツメとテッドだ。
「すまないな、お前には迷惑をかけた」
「元気にしていましたか?アオラさん」
「…」
何て当たり前な挨拶であることか、逆に自分の耳を疑ってしまった。
「何とか言ったらどうなんだ、せっかくあんなでかぶつを連れてきてやったというのに」
すると、気づかなかったが私の後ろに立っていたグカランナが挑発的に挨拶をした。
「ご機嫌、ナツメさん、とお呼びすればいいですか?私としては、是非呼び捨てにしたいのですが」
「…あー、でかぶつと言ったのは謝るよ、好きに呼んでくれ、こっちは私の部下のテッドだ」
「初め…ましてでいいんでしょうか、一度お顔だけ拝見したことがありましたけど、あの時はそれどころではなかった、ですよね」
「ええそうですね、私はグカランナと申します、あのでかぶつの持ち主みたいなものと解釈してくださいな」
「グカランナ、くどい」
私の注意に目だけで訴えてくる。
「グカランナさん、あなたのマテリアルを無断拝借したことは謝る、だがそのおかげで私もテッドも助かることが出来た、礼を言わせてくれ」
...驚いた。こいつがこんなに真っ直ぐお礼を言うなんて思わなかったから。お礼を言われたグカランナも観念したのか、溜飲を下げたようだ。
「…いいえ、私のマテリアルがお役に立てたのであれば幸いです、私のことは呼び捨てで構いません、この喋り方は癖のようなものなのでお気になさらず」
「分かった、改めてよろしく頼む、グカランナ」
「僕もよろしくお願いしますね、グカランナさん」
「はい、こちらこそ、ほらアマンナも」
「…」
ナツメが緊張したのが気になったが、やはりアマンナが気になる。こいつまだ怒っているみたいだ。
「…私に何か言うことは?」
「…あの時の飛び膝蹴りに後悔はない」
何だそれ、この二人の間に何があったんだ?
「ほぉ、お前面白い奴だな」
「あんたなんかに褒められても嬉しくない」
「…?」
「あーあーほら!せっかく皆んなで空の旅を楽しめるのでもっと朗らかにいきましょう!」
「まぁいいさ、ゆっくり話そうか、もう下層へ向かうのか?」
「…ええ、そうですね、向かいましょう」
グカランナがアマンナを気づかうように見ているが、あのグカランナも何故怒っているのか分からないみたいだ。
そこでようやく、アマンナが私を見て素っ気なくお別れの挨拶をしてくれた。
「アオラ、ばいばい」
「あぁさよならだ、お前がいなくなってせいせいするよ」
少し意地悪に返す。案の定、アマンナは少し悲しそうな顔をする。
「いいかアマンナ、気づかってくれる人を無視するんじゃない、私もさっきまでお前に無視されて悲しかったんだぞ?」
「ごめんアオラ、わたしそんなつもりじゃ…」
そこでようやく、アマンナの機嫌が戻ったようだ。
「これからは気をつけろよ、またここに戻ってこい、そん時はお前をドライブにでも連れてってやるよ」
ひらひらと手を振る。それにアマンナはぶんぶんと手を振り返した。
「うん!またね!アオラ!」
そう、いつものように元気に挨拶をして、艦体の方へと歩いていく。奥にいた少女と禿げた頭をした男のことが気になってはいたが、紹介してくれるタイミングも逃してしまったので、まぁいいかとまた肩を竦めた。
そして、四人と新しく加わった二人が艦体へと乗り込み、再び空へと登っていくのを少しだけ惜しいことをしたかも、と思いながら見上げていた。
艦体も遠くなり見えなくなったところでさぁ帰ろうかという時、肩を叩かれて振り返るとそこにはヒルトンさんが和かに笑いながら立っていた。嫌な予感しかしないので無視して通り過ぎようとすると、肩を掴まれ手にしていたペーパーブックを見せつけられた。そこには...
「は?私が軍事基地代理責任者?」