TRACK 8
サムデイ・グロリアス
「ナディーーー!!!!」
「アネラーーー!!!!」
「いや通信すれば良くない?何の為に周波数を同期したと思ってるの?」
「ノラリス、再会の喜びに水を差すもんじゃないよ」
新都を離れたバハー一向は、ジュヴキャッチのメンバーであるマカナたちの誘いを受けてラフトポートへ舵を切っていた。
時刻は夜、彼女たちにも熱帯夜の暑苦しさが押し寄せていたが今は何のその、再会の喜びに耽っていたので流れ出す汗など気にもとめていなかった。
ナディはすっかり変わってしまったコクピット内をぐるりと見渡し、当然というべき質問をマカナにしていた。
「その足に装着されているのは何?初めて見たんだけど」
「これはアタッチメントデッキと言ってサーフボードを操作する物なの、で、こっちが従来の操縦桿ね」
元々コクピットに座していたパイロットシートは取り外され、マカナは中腰の姿勢を取っていた。
彼女の足元にはサーフボードと似た板状の操作端末が設置されており、そこに両足を固定させている。
その端末からパイロットのお尻へかけてベンチシートが延びており、いつでも腰をかけられるようになっていた。
「へえ〜〜〜」
それからベンチシートの支柱からフレキシブルアームが二本伸びており、その先にコントロールレバーが備え付けられていた。
ナディは思った事を口にした。
「何だか昔と比べて操作が大変そう」
「まあね、最初はね、でも慣れると楽しいよ、本当に波乗りしているみたいで──やだ、ちょっともうなに?」
ナディは機体について説明を続けているマカナの頭を撫でていた。突然のスキンシップにマカナが慌て、少しだけ機体のバランスが崩れてしまった。
「いや〜マカナがすっかり大人になってるから。格好良くなったね〜やんちゃな雰囲気は変わらずだけど」
「いやそれを言うならナディの方こそ…おばさんにそっくりじゃんか。それにおばさんより目元が凛々しいというか…」
「そう?──マカナたちだよね、私の看病をしてくれたのって」
「そうだよ、ほんと心配してたんだから」
「ありがとう」
「アネラにも言ってあげてね、あの子が一番心配してたんだよ」
ナディは返す刀で、開けっぱなしになっているハッチから再び身を乗り出し、「ありがとう〜〜〜!」とアネラへ向かって叫んだ。
時速八〇キロに迫る勢いで走っていても、熱帯夜の風は火照る体を一つも冷ましてはくれなかった。
◇
再会の喜びを分かち合ったのは彼女たち三人だけではなかった。
「──ヘンリー!!」
「──その声は……ああ、嘘だろ、こんな所にいたのか!!」
ラフトポートに到着したバハーの乗組員たちはポートに上陸することができず、艦内で待機を言い渡されていた。
その事にいくらか不服の声が上がれど従う他になく、かといってひどい扱いを受けていたわけでもなかった。
彼らの為にポートの住民が食べ物を運び入れ、そこで五年前を境に別れていた家族たちが再会を果たすことになったのだ。
ヘンリーはヘンダーソンのニックネームである、生き別れていた家族と再会を果たした彼の表情もさすがに相貌が崩れていた。
再会を果たせたのは彼だけではなく、他の兵士たちも同様に喜びの涙を流していた。
バハーの船内、船外の至る所で人々が抱擁を交わし、その熱気はラフトポートにも届いていた。
メインポートからバハーの姿を眺める二人の男、ジュヴキャッチを実質的に引っ張っているヴィスタとミガイだった。
「どう思う?」
強い髪を束ね、熱気に晒されて泳がせているミガイがヴィスタにそう尋ねた。
「慎重に迎えるしかない、事の経緯はウィゴーから概ね聞いてはいるが、密偵が紛れていないとも限らないからな」
「ああだろうさ、ノラリスが完全復活したんだ、あの生き残り大将は確実に奪いに来るぞ」
「だが…正直助かる面はある。ポートの増設に伴って日々タスクが増えていくばかりだ、人手が増えるのは喜ばしい」
「だな、人が集まりゃ大抵の事は何とかなるんだ──で、俺たちは誰と話をすればいいんだ、バハーの艦長か?」
ヴィスタはほんの数瞬考え、すぐに答えを出していた。
「──いや、懐柔するのは教軍ではない、コクアのメンバーだ」
「ああ、ウルフラグ人か…確かにあの船は奴さんの持ち物だもんな〜。行くか」
「行こう、鉄は熱いうちに叩かねば」
そう言った二人が歩き出した。
メインポート内も突如としてやって来たバハーに驚き、どうやら向こうに自分たちの家族がいるかもしれないと、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
本来であればアーキアを呼び寄せないために就寝する時間帯だが、この日ばかり誰も気にせず騒いでいた。
ヴィスタたちがメインポートの出入り口に差しかかるのと、ナディたちがポートにやって来たのが同じタイミングだった。
二人は五年ぶりに目を覚ましたナディにすぐに気が付いていた。
「こりゃまた…」
「ヨルン様にそっくりだ…」
ナディのあまりの美貌に言葉を失う二人、出入り口という天下の往来で固まっているヴィスタたちにナディたちも気が付いた。
「ヴィスタ!ナディのご帰還よ!何か言葉をかけてやったらどうなの!」
マカナは上機嫌だ、日頃からそうであればいいのにと思うがヴィスタは口にせず、「良く無事だった」と端的に労った。
「何それ、それだけ?」
「俺たちはこれから用事があるんだ、急いでいる」
「ああ、コクアの人たちと話し合い?それならブリッジにいるわ」
「というかだな…バハーの乗組員にはまだ上陸許可は下りていないはずだぞ」
「はあ?それナディに対して言ってんの?元々ナディはポートの住民でしょうが」
見る間に機嫌が悪くなっていくマカナを前にして、ヴィスタは言葉を濁した。
「色々とあっただろうに、その事はお前の口から説明しておけ。では」
「あ!コラ!」
マカナが颯爽と逃げて行った二つの背中に罵声を浴びせ、またすぐにナディたちへくるりと向き直った。
ナディも何となくは事情を察している、初めて訪れたジュヴキャッチのポートも決して豊かだとは思えず、日々の営みの厳しさもそれとなくは理解していた。
だからマカナたちの会話が気になっていた。
「ねえマカナ、私の看病って大変だったんじゃないの?」
「ん〜?まあね、色んな人から反対されてたよ「マカナ!」別にいいでしょ、どうせ言わないといけないんだから」
ラフトポートに寄港してから片時もナディから離れようとしないアネラが先を促し、三人はメインポートに入った。
「大変な思いをしたばっかりなのに!マカナはもうちょっと気遣いを覚えた方がいいよ!」
「あ、アネラ、私の事はいいから。それより二人の家を見せて」
彼女たちがバハーを離れてメインポートにやって来たのはこれが理由だった。マカナとアネラは共同生活をしており、同じ屋根の下で暮らしていると教えてもらったのだ。
「もうすぐだよ。この辺りは入り組んでいるから迷わないで、もし迷っても誰も助けられないかもしれないから」
「普通にこわ」
「もうマカナったら冗談ばっかり。私も半日迷子になったことがあったけど」
「いや普通にこわ!」
三人は肩を並べてくすくすと笑い合った。
様々な人が行き交うメインポートをナディたちは歩く、イカダの下には広大な海の一部が横たわっているので絶え間なく揺れて、時には歩き辛くなることもあった。
それでもナディから見たジュヴキャッチのラフトポートは、どこか「賑やか」だと感じていた。
(新都と比べてカラフルだな…)
増築を繰り返した家々を差別化しているのは、入り口に掲げられた小さな旗だった。その旗が右へ左へ延び家々を繋ぎ、蜘蛛の巣のように縦横無尽に広がりを見せていた。
メインポートの光源は驚いた事に電気だった、それぞれの家の屋根に豆電球のような明かりが設置され、ポート全体を明るく照らしていた。
「ここって電気通ってるんだ」
「──ん?ああ、あれね、最初はランプとか設置してたんだけど、家に燃え移ったら大変だから数年前に変えたの。結構大変だったんだから」
「どこからあんな物持ってきたの?」
「私たちの母船からコピーしたの、証明器具とか発電機とか全部ね」
「コピー?──ってああ、シルキーを使って…」
「ほんと皮肉な話よ、こんな状況になってから市民の生活水準が上がったんだもん。──あ、着いたよ、私たちの家」
所狭しと乱立する家の隙間を縫うようにして歩き、ナディたちは一軒の家に到着した。
家の周りは家、家、家、玄関口の真ん前に別の家の壁があるほどに狭い。薄ぼんやりとした明かりに照らされたマカナたちの家は、濃い影に覆われていた。
ナディは強い圧迫感のようなものを感じていたが、いざ家の中に入ってみるとすぐに払拭された。
「広っ!」
メインポートに建つ家はどれも円形であり、真ん中に立つ大黒柱を中心として約一〇メートルほどの広さがあった。
壁を伝うようにして家具が配置され、円錐形の天井には明り取りの窓も備え付けられていた。
「広いでしょ〜これが案外悪くないのよね〜」
「住み始め時に文句を言っていたのは誰だっけ?」
「数年前の私でしょ。今ここにいるのはこの生活に満足している私しかいないわ」
「何その言い方──ねえナディ、良かったらベッドに寝てみて」
「ん?」
ナディはそう言われ、室内にあったベッドへ目を向けた。アネラはベッドに上がっており十分過ぎる広さがあった、幅は五メートルほどだろうか、とても大きい物だった。
「広くない?二人で寝ても十分過ぎると思うけど」
ベッドに腰を下ろしたナディは「お」と思わず声が漏れていた。
「何これ…ふかふか…」
「ふふふ、私もマカナもお気に入りなんだ」
ベッドの造りも頑丈で軋んで音を立てたりもしない、フレームに使われている木材も手触りがとても良かった。
ナディはベッドの上に寝転んだ。
「あ、めっちゃふかふか〜これ良い〜…」
見上げた先には窓があり、雲一つない夜空が広がっていた。
ナディは目を閉じた、溜まっていた疲労がベッドへ染み込んでいく感覚に囚われ眠気に襲われた。
けれどすぐさま吹き飛んだ。
「ナディ…お帰り、ずっと待ってたんだから…」
「アネラ…」
アネラがナディの首に手を回し、添い寝するように体を寄せてきた。
彼女の体重が肩から足にかけて乗せられている、ナディは大人になったアネラの柔らかさにドギマギとしていた。
「ごめんね心配かけて」
「いいよ、こうして戻って来てくれたんだから」
パントリー(食材置き場)へ行って夜食を用意していたマカナが二人の元へ戻り、「あ!」と声を出してからトレイをサイドテーブルに乗せていた。
「ズルい!私も!」
そう言ったマカナもナディにべったりと引っ付き、三人揃って川の字になった。
「暑苦しいよ〜」
「いいでしょ別に、こうしてまた三人揃ったんだからさ。前までは個別で会っていたけど、やっぱり揃っている方が落ち着くよ」
「そうだね、昔は私たちずっと一緒だったもんね。何をするにしても一緒で…それが離ればなれになって…」
「そうだね〜…何だかすっごい久しぶりな感じがする…」
三人はそれぞれ今日までの出来事に思いを巡らせた。故郷を襲われ散り散りになり、三人は別々の道を歩み始めた。
他国へ渡り違う文化に触れ、復讐を誓って戦士になり、影武者として並いる貴族を相手にしてきた、それぞれ違う道だがこうして交わり再び一つになった。
その道は、たとえ世界の基盤が崩壊しても壊れることはなく、無事に再会を果たせた。
ナディは親友二人の温もりを感じ、大災害後に目覚めてから常にあった緊張感のようなものが、次第に抜けていくのを感じた。
重たくなっていた目蓋を開き、ナディが言った。
「お風呂に入りたい」
「え?」
「え?」
予想外の言葉に驚く二人。
「お風呂に入りたい「いや聞こえてるよ?」
何気疲れていたマカナは寝落ちしそうになっており、その声にも元気がなかった。
「え…お風呂…?お風呂に入りたいの…?」
「うん、凄く入りたい。眠っていた期間も含めたら私五年間もお風呂に入ってないんだよ?」
アネラとマカナがゆっくりと体を起こし、突然我が儘を言い出した友人に視線を落とした。
「お風呂、ねえ〜…」
「…やっぱり無い?」
「──それがあるんだなあ〜!「うっそお?!何処にあんの?!」
マカナの勿体ぶった言い方にナディが素早く体を起こした。
「私らの母船にあるよ。というかバハーに乗った時に入らなかったの?」
眠気がなくなったマカナが意地悪そうに笑っている。
「いや何回も言ってるんだけどウルフラグの人たちってお風呂に入る習慣がないからさ「いや初めて聞いたんだけど」バハーにお風呂はないんだよ!」
「う〜んでもあそこ変わりばんこだし…私たちついこの間入ったばかりだから…」
「いや別にいいんじゃない、今日は賑やかだしきっと誰も入ってないよ。──善は急げだ!」
マカナの号令にナディも素早く起き上がり、当然のようにアネラも二人に続いた。
勇み足で玄関へ向かっている時、ナディは床に落ちていた何かを踏んづけてしまった。
「うわびっくりした──何これ?」
ナディが拾いあげたのは柔らかい素材で出来ており、網目のようなものがあった。漁に使うにしては小さい、さらに良く見やれば網目のようではなく一つ一つ独立した袋になっていた。
「いやほんと何これ」
「ああ、それゴム網って言って──ま、詳しい話は明日にしよう。それより今から風呂だよ風呂!」
「あ、ああうん」
初めて見る道具に興味を引かれながらもナディは家を後にし、お風呂がある母船へ向かった。
──だが、家々の隙間を進んだ先に思いがけない人物が立っていた。
ヘンダーソンだ。
「──ヘンリー!!」
「…くっ!やはり聞いていたか…」
ナディは彼が家族と再会する所をばっちり見ていた、揶揄うつもりでニックネームを呼んだ。
「どうしたんですかこんな所で」
「いや何、お前にお礼を伝えたくてな、だからポートに入らせてもらった」
「お礼?」
家族と再会を遂げたヘンダーソンの表情は柔らかい。その眉間に刻んだしわは取れていないが、薄らと微笑みを湛えていた。──まあ、後で他意があったとナディは気付くのだが。
「そうさ、こうして家族と再会できたのは一重にお前のお陰だ、だから感謝の意を表したい」
「いや、私はとくに何もしていませんよ」
「いやいや、お前の発破を耳にして心を入れ替えたと病院ポートに詰めていた者が口にしているんだ。実際、彼らが動き出さなければ俺たちは助けに行こうともしなかった」
「いやいやいや、私はただきっかけを作っただけで実際に活躍したのは兵士の人たちです」
「いやいやいやいや、そのきっかけを作ることがどれだけ大変か、皆が口を揃えてお前のお陰だと言っている」
何か変だぞこの人と思いながらも、ナディは最終的に根負けして彼の言い分を受け入れていた。
「そ、そこまで言うなら…」
「そうか!」とヘンダーソンが喜色を浮かべた。
「これでお前がバハーの代表だな!「はあ?!」いやなに、今ちーと話し合いが難航していたな、誰が代表を務めるかで揉めているんだ。俺はもう軍を抜けたつもりでいるし、アリーシュたちもやりたがらない、それなら共通の相手にしてもらおうという流れになって満場一致でお前になった」
「いやいや!絶対やりませんからそんなの!何で私がバハーの代表になるんですか!」
「ここへ誘ったのはお前だろうに」
「なっ──「お前になら俺たち余所者の代表を任せてもいいと皆が言っているんだ!「知らんがな!私は今からお風呂に入りに行くところなんです!「それ言うなら俺だって入りたいさ!皆んな我慢して船に残っているんだぞ?!「そういうのを同調圧力って言うんですよいい加減止めたらどうなんですか!「分かった分かった止めるから。──来てくれ、お前にも是非参加してほしい」
ナディはさっ!と二人へ振り返った。
「あ、私たちはお邪魔みたいだから先に行くね〜「いや駄目だから!さっき再会を喜び合ったばかりじゃん!「嫌!もう話し合いに参加するのは嫌なの!」
ナディが非情にも見捨てようとしたマカナの腕を取り、もう片方の手で割と本気で嫌がっているアネラの手も取った。
「この二人も連れて行きます!」
「好きにするがいい!」
肩の荷が下りたヘンダーソンはバハーへ向けて軽やかに歩き始めた。
✳︎
(あれは一体…男?それとも女?)
「………」
「………」
バハーのブリーフィングルームでは、ジュヴキャッチとコクアの主要人たちが互いに睨みを利かせていた──わけでもない。
ヴィスタがアリーシュに送る視線は『懐疑』よりも『好奇』が勝っており、些かおかしな雰囲気に包まれていた。
アリーシュの隣に座っていたハンズがそっと耳打ちをしていた。
「…やたらとお前のことを見ているが、知り合いだったのか?」
アリーシュは心底嫌そうにしながら、
「…そんなまさか。名前ぐらいは知っているが会うのは今日が初めてのはずだぞ」
ブリーフィングルームにはジュヴキャッチ側としてヴィスタ、ミガイ、それからコクア側としてアリーシュとスミス、そしてこの場にいない教軍側としてヘンダーソンが話し合いを進めていた。
今は彼の帰りを待っている、互いに見知った間柄でもないので気さくな会話などできず、気まずい時間を送っていた。
その気まずさを破ったのはヴィスタが先だった。
「──失礼だが、名前を教えてもらってもいいだろうか?」
「スミスです」
「いや、うん…それは先程教えてもらったがそっちではなく、下の名前を…」
「スミスです」
頑として自分の名前を言おうとしないアリーシュの様子に、ミガイとハンズが揃って笑い声を漏らした。
「止めとけってヴィスタ、嫌われているのが分からないのか?」
「まだ何もプライベートの事を話していないのに?──そうなのか?」
アリーシュの代わりにハンズが答える。
「おたくの熱い視線に参っているんだよ「ハンズ!」初対面の割にはちょいと不躾に見過ぎじゃないか?」
「そ、それは失礼な事をした…すまない」
素直に頭を下げたヴィスタを前にして、アリーシュは少々面食らってしまった。
(これが本当にテロリストのリーダーなのか?にわかには信じ難い…少しホシ君と似ている所がある…)
ブリーフィングルーム内に飾られている時計にアリーシュが視線を寄越し、短針が半周ほど回ったのを確認していた。
まだいくらか、ヘンダーソンが戻ってくるまで時間があるだろうと判断し、今度はアリーシュの方から彼に尋ねていた。
「こちらも失礼な事を窺いますが、あなたはテロリストのリーダーだったのですよね?」
「それが何か?」
「それは今も変わらずなんですか?」
その直裁な物言いにミガイが反応した。
「おたくも失礼な事言うね〜俺たちがポートの人間を使って悪巧みしているように見えるって?」
「いえ。ですが、事実はきちんと確認しておきたいのです」
「その答えはノーだ、今は奪略行為などしていない。以前はユーサの港からハフアモアを持ち出したが…」
「──お前たちだったのか…」
アリーシュの顔に緊張が走った。
「あの作戦で死傷者が出た。何か弁明することはあるか?」
「それはこっちも同じだよ、ウルフラグの軍人さん。俺たちの仲間だって何人も犠牲になったんだ」
ミガイの言葉を最後にルーム内が沈黙に包まれた。
そこへナディたちを連れたヘンダーソンが戻って来た。
「──待たせてすまない!ナディとその他御一行をここに──何だ?喧嘩でもしたのか?」
「御一行とか言うなし」
「私は備品扱いでいいから…」
「急な自分ディス」
一触即発の空気に包まれていた四人は、ナディたちの登場にどこか毒気を抜かれた顔になっていた。
ヘンダーソンは何かあったな、と分かりつつも話し合いの音頭を取った。
「──さて、これで各主要人が揃ったわけだから早速再開することにしよう。時間も遅い、あまり互いに我が儘を言わないように留意してほしい」
「ヘンリー「その名で呼ぶな」随分とご機嫌だな〜?新都にいた時の方がもっと凛々しかったと思うぞ」
アリーシュの冗談もヘンダーソンにとっては立板に水であり、あっさりと受け流されていた。
「そりゃそうだろう家族と再会できたんだ。それに関してはジュヴキャッチの面々に頭が下がる、妻も良くしてもらっていると話してくれたからな」
「…………」
ヘンダーソンの謝辞をヴィスタが首肯で受け止めた。
「だが、コクアのメンバーにとっては新都もジュヴキャッチもそうは変わらない、結局他国だ、自分たちの環境がどうなってしまうのか分からないという不安がある」
お次はハンズがその言葉に首肯で応えた。
「俺やスミスでも代表は務まるが…まあ、摩擦は避けられないだろう。だから、お前を呼んだんだナディ・ゼー・カルティアン」
「どうして摩擦が起きるんですか?」と、ナディが間髪入れずに質問していた。
「俺は教軍の指揮官、今日まで何度かジュヴキャッチと対立してきた。そしてスミスはウルフラグの人間だ、この大災害を起こしたとされているし、やはりスミスたちも俺たちカウネナナイと敵対してきた間柄にある」
「それで私なら良い、という理由は?」
「お前はウルフラグに渡っていた経緯があるのだろう?コクアのメンバーとも面識がある、そしてカウネナナイでは王族の血を引く人間だ。これ以上の適任は無いと判断する」
「そ、それは他の皆さんの意見も聞かないことには…」
「俺は賛成だ」
「俺も賛成だ」
「私も賛成だ」
「すまんな──俺も賛成だ」
ナディが「ガッデム!」と叫び、話し合いが無慈悲に進められた。
「では決まりだな。次にポート内における我々の扱いについてだが─「ちょ、ちょっと待って!私の意見は?!」
「どうせやりたくないと言うのだろう?それは文句であって意見ではない」
「や、やりたくないと言っているのに無理やりさせるんですか?!それはどうなんですか?!」
「どうと言われても…世の中の役職って大体そんなもんだぞ」
ハンズの言葉にコクアもジュヴキャッチも関係なく、皆一様に「うんうん」としていた。
「人ってそうでもしないと責任持たないだろ。立場ある責任を持たされる時はいつも急だよ」
「知りませんよそんなの!え、私が皆さんを束ねろって言うんですか?こんな青二才に?「急な自分ディス」アネラは黙ってて!!」
ヘンダーソンは崩していた相貌を戻し、指揮官らしい威厳に満ちた目でナディを諭しにかかった。
「そんなに嫌がることないだろうに。目立ちもしない人間に白羽の矢は立たん、皆んなある程度の信頼を寄せているからお前を選んだんだ」
「そんな事言われても…私は…」
ナディは押し流されそうになっている空気に抗うように、意を決して自分の気持ちを伝えた。
「私は──ウルフラグに戻りたいんです!」
「それは…前も説明したが─「皆んなが心配なんです!」
そう口にすると、押し殺していた気持ちがぶわりぶわりと沸き起こり、ナディは居ても立っても居られなくなってしまった。
「フレアのことやお母さんのことも!他の皆んなだって──まさかこんな事になるとは夢にも思わなかったので最後に連絡をしたのだって──「ナディ、その気持ちは良く分かるよ、私たちだって同じ気持ちだ。でも、無理なんだ」
アリーシュに諭されてもナディは食ってかかった。
「それなのに私にやれって言うんですか?!自分たちだってできないのに?!それって変じゃないですか?!」
大人たちは何も言わずナディのことをじっと見ているだけだ。それが堪らなく不愉快で、ナディは怒りでどうにかなってしまいそうだった。
結局、ルールや組織にはめ込もうとするのはどこも変わらないらしい、ナディはそう思った。
規模が違うだけで、新都のように大きな組織だろうとたった五人の大人たちだろうと、若い人間を自分たちのルールにはめ、「それが大人だ」と暗に決め付けられているような感覚があった。
とても不愉快だった。
その"不愉快"はマカナにもあった。
水を打ったように静かになったブリーフィングルームにマカナがぽんと言葉を放った。
「──そんなにライラって子に会いたいの?」
「──っ!」
「私たちを置いてナディはウルフラグに戻りたいって言うの?」
「何でそんな言い方──「私たちがナディの看病を続けていたんだよ?それなのにナディは何もしていないライラって子に会いたいかって聞いているの。そんなに大事な人なの?」
マカナもマカナでナディの言葉に我慢がならなかった。
どれだけ心配してきたか、それは友人であるアネラも同じで、何度か、もう駄目かもしれないと諦めかけていた時もあった。それでも励まし合い、目覚めると信じて今日まで看病を続けてきたのだ。
その本人が自分たちに目はくれずウルフラグに帰りたいと言う、マカナは黙って話を聞いているアネラが不思議で仕方なかった。
「私の…恋人だよ、ライラは私の恋人」
「──っ!!」
短い導火線に火が付き、あっという間に爆発していた。
「へえー!!あっそう!!ナディには恋人がいたんだ道理で〜〜〜!!そりゃ私らみたいなただの友達より恋人の方を大事にするよね〜〜〜!!──さっさとあっちに行けばいいじゃん!!「マカナ!──ごめん、私たちは席を外すね」
「いや、いい」とヘンダーソンがアネラを引き止めた。
「今日はお開きにしよう、さすがに疲労が目立ってきた。再開は明日だ」
と、そう言った。
✳︎
「首尾は?」
「はい、密偵が放ったドローンの帰投コースの割り出しをしています。位置の特定までもう少しかと」
「よろしい。教会側にももう間もなくだと一報を入れてくれ、それで少しは大人しくなるだろう」
「分かりました」
「──おい、ダルシアン、分かっていると思うがあまり傷を付けるなよ」
「何故かね?君の言う星間管理システムは物理的な破壊は不可能だと言ったはずだ。多少手洗な真似をしても問題はなかろう」
「それは憶測であって事実じゃない、今のところそのシステムにアクセスできるのはノラリスだけなんだ。その端末を破壊してしまうのはよろしくないだろう?おたくが掲げた世界の為にも」
「──とりあえず君の言う事には従うよ、バベル」
「そりゃどうも」
(この男もまた危険だ、思想支配を目論む奴は総じて屑だ。教会の人間たちとそうは変わらん)
✳︎
ブリーフィングルームを後にしたナディたち三人はお互いに口を聞くことなく船内で別れ、それぞれの所へ戻っていった。
マカナに寄り添うアネラはとても不安げで、優しそうな細い眉は今にも消えてしまいそうになっていた。
(マカナの気持ちは分かる…でもナディの気持ちも分かる…)
アネラにとって肉親はヴィスタ一人だけ、口が悪くて粗暴で何度か殴ってきた母はもうこの世にいない。それが却ってアネラにとっては気が楽だった。
けれど友人はそうはいかない、一度も見たことがない絶壁群とやらの向こうに家族と恋人がいる、安否を確かめたくても確かめることができない、常に不安が付き纏っているのかと思うとアネラは心が苦しくなった。
「ほら、もう少ししたら家に着くから」
「…………」
マカナは人の目も気にせずボロボロと涙を流していた。
目の前で泣く友人の気持ちも痛いほど分かる。今日まで、何年間もずっと面倒を見続けてきたのだ、その苦労もあるし何より故郷ではずっと一緒だった友人だ、思い入れも強い。
そんな友人に置いて行かれそうになると思ってマカナは強い不安に駆られ、それと同じくらい強い不満を抱えたのだ。
声を荒げた本人が泣いてしまうほど取り乱してしまうのも無理はないと、アネラはそう思った。
「明日は仲直りするんだよ」
「無理だよ…出て行けって言ったんだし…」
「マカナは本当に出て行ってほしいの?」
「何であんな事…言ったんだろうね私…自分でも信じられない…」
「とりあえず今日はもう寝ようよ、明日になれば元気になってるよ」
「…うん」
マカナは友人の優しい言葉に頷き、ベッドに上がった。
ああ、けれどナディは自分のせいで今は一人ぼっちなんだ、とマカナは思い、また涙を流したのであった。
一方ナディは、
「駄目です」
「どうして?私はパイロットだよ、乗る権利があると思うんだけど」
「ナディちゃ〜ん、ノラリスもこう言ってるんだから今日は大人しく…」
普通に母船の格納庫にいた。
(ムカつく〜〜〜!!いいよこっちから出てってやる!!)
「嫌です、自分の目でホワイトウォールとやらを見てきます」
「それ今じゃないと駄目なの?」
「マカナには出て行けって言われたし〜?アリーシュさんたちからはお前がリーダーをやれって押し付けられたし〜?──ほんと何なんですか!」
「だからナディ、それは何度も言ってるけど本心ではなくてマカナは本当に君の事を心配していたんだ。リーダーについては…よく分からないけどそれをダシにして私を怒るのはやめてほしい。それ何て言うか知ってる?八つ当たりって──「うるさい!!」
「な、ナディちゃ〜んお願いだからそんなに怒らないで、ね?それにノラリスも帰ってきたばかりで整備もまだきちんとしていないんだ、だからせめて明日にしよ?」
「そう言って逃げるつもりなんでしょ」
「…………」
「ねえノラリス、お願いだから行かせて、見るだけでいいの、皆んなが言う通り本当に無理なのかどうか調べたいだけなの」
「だったらなおのこと明日でも構わないんじゃ?──君は直接戦闘をしたわけではないからその危険性が分からないだけで、確かにアーキアは脅威だ。もし会敵したらとてもじゃないが私一人だけでは太刀打ちできない」
「……………」
「日を改めることを推奨する、そして友人と仲直りするこもすい「それは嫌、文句を言ってきたのはマカナが先なんだから!」
もうカンカンに怒っていたナディは、軽やかな動きで駐機されているノラリスのコクピットへ向かい、入るなりハッチを閉めていた。
「ええ〜こういうのは嬉しくないんだけど…」
「別に私が何処で寝ようが関係ないでしょ」
「ほんと、君でもそこまで不機嫌になることがあるんだね。彼女とは付き合いが長いから?」
「……………」
ナディはコクピットシートが取り外され、少しは広くなったコクピット内でごろりと横になった。
「はいはいお休み、明日の朝には機嫌を直すんだよ」
ノラリスの優しい言葉にも返事を返さず、ナディはぎゅっと目蓋を閉じただけだった。
(マカナはどうしてあんなに怒ってたの?それにライラの事も知ってるの?どうして?──ほんと意味分かんない!)
コクピットは眠るような所ではない、固い感触が背中に当たっている。それでもナディは体の芯から何かが滲み出てくる感覚を覚え、それが疲労だと理解した時にはもう既に意識の半分を手放しかけていた。
誰かが何かの作業をしている音が聞こえ、それを子守唄にしてナディはすぐに寝入ってしまった。
次回更新 2023/6/3 20:00 予定