表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
258/335

TRACK 7

ディフィート・ザ・ウォール



 つまらない、つまらない、つまらない!


(──ちっ!結局人間ってもんはジャンヌ・ダルクのような奴が現れたらあっという間に態度を変えるもんだ!)


 ガイアの手を引くバベルは腹を立てており、乱暴な足取りで桟橋へと向かっていた。

 彼の傍には誰もいない、いるのは何も話さない抜け殻だけだ。

 斜陽に染まる病院ポートを抜けて桟橋に辿り着いた。西へ傾いた太陽が容赦なくバベルたちを照らしている。彼の移動を支えた船は燃え、イカダで組まれた道も燃え、何もかもが眩し過ぎて見難かった。

 ──バベルたち機星教軍のやり方に異を唱えた彼女もそうであったように。


「誰のお陰で飯が食えると思ってんだ──さっさと乗れ!」


「…………」


 物言わぬガイアの手を引き、あまりに乱暴過ぎたため甲板の上に仰向けになって倒れてしまった、それでも一言も発しようとしない。

 彼らが乗り込んだ船の上から新都の海が見えていた、生臭さと塩の匂いが彼の鼻腔をつき、幾重にも広がる波が寄せていた。

 

「アレに食われたら終わりだってのに、何で人間ってもんは──ちっ」

 

 バベルが向けていた視線の先は街ではなく、海だった。そこには斜陽の明かりをものともしない大型のアーキアが一体、バベルに代わって街の方向へ頭を向けているところだった。

 ──突如、バベルは背後から声をかけられた。


「良く出来た街だ、奴らに食われそうになっているが」


 バベルは驚いた。


「──ああん?誰だお前、勝手に乗ってくるんじゃねえよ」


 フードを目深に被って顔を隠している男が、バベルに構わず話を続けた。


「こうしてリアルで会うのは初めてだ、キラの山では君の悪戯に随分と手を焼いたよ」


「キラの山……──お前、まさかっ──何でこんな所にいる、肉体を捨てたはずじゃなかったのか?」


「彼女のお陰だ、所謂使者のようなものだ」


「プロメテウス・ガイアに取り入ったのか?」


「アレに性別は無いだろう、何を言っているんだ」


「なら彼女って誰の事を言っているんだ?──こいつか?」


 バベルは未だ倒れているガイアの頭を鷲掴みにし、乱暴に引き上げた。


「まさか、私が二人目のアンドルフという事さ。最初はどうなる事かと思っていたが娘をこの目で見ることができた、それだけでもう十分だ」


「分かるように話しやがれ」


「情報を司るグラナトゥムとあろう者が…情けない言葉だ。──悪いけどこの子は返してもらう、彼女からの命令でね」


 バベルが掴んでいた手を離し、再びガイアが甲板の上に倒れた。ごん、と嫌な音が鳴っても二人はまるで関心を示さなかった。


「持ってってどうするんだ?こいつでもサーバーは復帰しなかったぞ」


「それは僥倖だ、確認する手間が省けた」


「…今なんつった?僥倖?」


「ああ」


「──そういう事か、ならお断りだ」


 バベルは軍から預かっていた拳銃を抜き、何の警告も発さずトリガーを引いた。

 眉間に弾丸を受けたフード姿の男が仰向けに倒れ、そのまま海へ落ちていった。

 斜陽の明かりで海面も見難い、バベルが海を覗き込んでも、鏡のように光を反射していたため血の確認もできなかった。



✳︎



 城門前の戦闘を下士官に任せたヘンダーソンがコクアのメンバーを連れ、船溜まりへ続く連絡路に差しかかった。その前方には当然と言うべきか、教軍全体を指揮しているダルシアンが待ち構えていた。

 日陰になった尖塔の入り口に立つダルシアンが口を開いた。


「自分が何をしているのか、その自覚はあるのか?」

 

 端的に尋ねられたその問いにヘンダーソンが答える。


「分かっていますとも、彼らを連れてアーキアの討伐へ向かいます。──命令に背いていることも理解しています」


「お前たちに帰る場所がなくなったとしてもか?命令違反を自ら犯すのだ、それぐらいの覚悟はあるのだろう?」


「…………」


 無言を肯定だと捉えたダルシアンが脇へずれ、船溜まりへ続く階段をヘンダーソンたちに譲った。


「後はせいぜい、あの化け物たちを口にしているジュヴキャッチを頼ることだ──受け入れてくれたらの話だが」


 攻撃する意志はないと見なしたヘンダーソンが歩みを再開し、その跡にコクアのメンバーが続いた。

 ハンズがすれ違い様に、


「──ありがとう大佐殿、下水の近くで食う飯は美味かったぜ」


「…………」


 捨て台詞を吐いてみせた。

 その後、バハーに到着した彼らは五年ぶりの乗艦の喜びに耽る暇もなく、慌ただしく発艦準備を進め、いくらかの乗艦希望者を乗せて新都の海へ出発した。

 目標は大型アーキアの討伐である、艦載機は一つも無し、あといくらも無いガトリング砲や対アーキア用に温存していた艦対艦ミサイルのみ。

 ブリッジから海を見渡していたヘンダーソンが、即座にアーキアを補足した。


(やはりいたか──化け物め!)


「街を迂回しながら西へ転進せよ!討伐目標は病院ポート付近!射線を確保したらC.I.W.Sを起こせ!」


 ぐんと加速した船が進み、速度を殺さず左へ舵を切った。

 姿を見せた大型アーキアはじっとして動かず、不気味にただ街を見ているだけだ。


「あのままじっとしていてくれたら」というアリーシュの言葉にヘンダーソンが「すぐそういう事言う!!」と突っ込みを返し、それを合図にしたかのようにアーキアがぬっと動き出した。


「それ見たことか!」


「私のせいにするな!」


 動き出したアーキアは病院ポートへ近付いている、ヘンダーソンは構わずC.I.W.Sによる攻撃を命じていた。


「救出隊は大丈夫なのか?!まだナディたちがいるかもしれない!」


「いないことを祈れ!どのみち足止めしないとポートが破壊される!」


 攻撃の手はバハーの方が早かった。

 手を大きく持ち上げたアーキアの横っ腹に、二〇ミリのガトリング砲が突き刺さった。木片のような黒い欠片が海の上に舞い、アーキアの動きが止まった。


「──艦対艦ミサイル放て!」


 バハーから発射されたミサイルが濃い煙を吐き出しながら飛翔する、だが、少し高度を上げただけで爆発してしまった。


「──何故だ?!」


 発射前の確認シークエンスに問題があったわけではない、ミサイル本体にも何ら異常がない事はヘンダーソンも確認していた。

 問題があるとすれば、空だ。


(まさかっ──こんな低い高度にハフアモアが──)


 ヘンダーソンは再びC.I.W.Sによる攻撃を命じた、一秒間に七五発を発射するガトリング砲により激しい黒片をまき上げさせるが、致命打にはならなかった。

 アーキアがもう一度、その大きな腕を持ち上げた。


 激しい黒片がばら撒かれる様をナディは真近で見上げていた。


「──いいから行って!!」


「ですが!」


 動かない重篤患者を抱えた兵士がポートの入り口でたたらを踏んでいる、ナディはその彼に向かって逃げるように指示を出している。

 その中間にはアーキアが存在し、今まさに手を振り下ろそうとしていた。


「あなたは先に戻って!──いいから!」


 ナディがそう言った途端、アーキアが腕を下ろしてポートの入り口を破壊してしまった。

 ポート全体が大きく揺れ、あちこちで木が軋み、ナディは大量の海水と木片を浴びる羽目になった。


(あ、危なかった、あともう少しで!)


 びしょ濡れになったナディは大型アーキアには目もくれず、最後のチェックのためポート内の家屋を見て回った。

 人が居なくなった建物はどれも寂しさに溢れており、窓から差し込む茜色の光だけが唯一室内を照らしていた。

 最後の家屋に入った時だ、簡素なベッドが並ぶその合間に置かれたサイドテーブルの上、先程まで誰かが書いていたらしい一冊の日記を見つけた。

 患者の忘れ物だと思い、ナディはその日記を手にした。閉じる間際にある一文が目に飛び込んできた。


『あの光景が私を惹きつける、あの場所は私が行くべき所──』


 書かれた文の意味を考える暇もなく、ナディは反射的にその場で身を屈め、ついで強烈な破砕音が頭上から降り注いできた。

 大型のアーキアが家屋の屋根を破壊したいのだ、薄暗かった室内が途端に明るくなり、一つの大きな影を落としていた。

 ナディは大型アーキアを真近で見上げた。昨夜、ナディのボートを転覆させたのもこの個体だった。


「……………」


 そのアーキアには目があった、それも理性を宿した目が、ナディをナディだと認識して見ている。

 

(まさか私を狙って──)


 そうだと理解した途端、悍ましい寒気が背中を駆け上がり、それと時を同じくしてアーキアの頭が爆発した。

 ナディから見て左側、バハーとは反対方向からの攻撃によるものだ。

 金縛りにあいかけていたナディが海へ視線を向けた、その先には三機の特個体がこちらに向かって来ていた。


 マカナは喝采を上げた。


「ギリちょんセーフーーー!──よく当てたわウィゴー!あんたも後で私の胸を揉みなさい!」


 長らく沈黙を続けていた通信端末から「それは遠慮しておく」と返事が返ってきた。

 これは決して通信機器が復活したわけではなく、一重にノラリスのお陰であった。特定の機体をノラリスが掌握し、パイロットと同じ固定周波数を用いて連絡を可能にしていた。

 

「ノラリス!アーキアの傍にナディがいるのね?!」


「そうだ、一刻も早く助け出したい」


「──任されて!」


「っ?!」


 二日はかかると言われていた交換作業をたった一日で終え、その突貫工事によって取り付けられたアタッチメントデッキをマカナが思い切り操作した。

 ぐぐんと上がったスピードにノラリスが不快な声を上げている。


「ああ気持ち悪い!胃カメラを突っ込まれた気分だ!」


「静かにして!──というか胃カメラ飲んだことあるの?!機械のくせに?!」


「冗談だよ」


 周囲の景色が溶けるように流れていく、進む先は大型のアーキア、ウィゴーが放った無反動砲がまた一つ炸裂していた。

 それからすぐ近くに停泊していた教軍の船もガトリング砲を放っており、アーキアは動かぬ的となって蜂の巣にされていた。

 

「待って!あいつらナディが傍にいるって知ってるの?!」


「知らないはずだ──連絡を入れよう」


 マカナはノラリスから教わった通りにレーダーに表示されていた光点をタップし、間を置かずしてバハーのブリッジと繋がった。

 ポートを出る時も同様の手順でウィゴーたちとの通信を確立させていた。


「──撃ったら駄目でしょナディが傍にいるんだから!!」


「説明がいきなり過ぎる」


 何の説明なくそう通信を開始してしまったため、バハーのブリッジから混乱した空気しか返ってこなかった。

 ヘンダーソンがマカナに応えた。


「な、何だ?!どうやって通信している?!」


「んな事は今はどうでも──「ノラリスだ、通信方法についてはまた後で説明する。君たちが攻撃を行なっている個体の傍にナディ・ウォーカー、つまり私のパイロットがいる、計画性の無い攻撃は控えてほしい」


「それは間違いないのか?」


「間違いない。一時協力を求む」


「…お前たちはジュヴキャッチだよな?こちらを信用するというのか?」


 ウィゴーとアネラの機体が左腕に装着されているアンカーフックをアーキアに構えている、ついで圧縮空気が解放されて対象を束縛する鉤爪が射出された。

 二つのアンカーがアーキアの頭部に深く食い込み、ようやくその動きを止めた。


「君たちとの関係性については予め教わっているが、今はその事について議論する必要は無いと判断する──「そうよ!助けるか助けないかってだけの話でしょ!「お願いだから邪魔しないで「そっちに小回りが効く特個体はあるのかしら?!私たちがあんたたちの前に引っ張ってやるから止めは任せた!」


 ヘンダーソンに代わってアリーシュがマカナに応えていた。


「任された!──艦対艦ミサイルがあと一発残っている!先程発射したが空にいるシルキーの群れに邪魔をされて誘爆を起こした!できるだけポートから離してくれ!後はこちらで何とかする!」


「聞いたわねウィゴー!アネラ!」


「そうは言っても!!」


「岩を引っ張ってるみたいで──ちっとも動かないよ!!」


 通信機から届く声はノイズ以外にも苦しさが混じっていた。

 マカナはノラリスに持たせたライフルを構えアーキアに向けて発砲する、決して致命傷には至っていないが嫌がる素振りを見せていた。

 アーキアが頭に刺さったアンカーを抜こうと腕を伸ばし、相手の態勢が崩れた隙を突いてウィゴーとアネラがさらに引っ張った。

 それでようやくアーキアをポートから十数メートル程引き剥がし、さらにその隙を突くかのように誰かが桟橋へ向かって思いっきり駆けて行った。

 マカナの位置からでもその人が見えた、手袋をはめ、ライフルと一冊の本を抱えた友人だ。


「──ナディ!!──ノラリス!コントロールをこっちに移して!」


「また無茶をするつもりか!ええい!この際仕方がない!」


「そっちが波乗りを教えろって言ったんでしょ!気持ち悪がってないでさっさと寄越して!」


 ノラリスのコントロールを預かったマカナが機体を屈めさせ、海面すれすれまで機体の手を下ろした。速度は変わらず、殆ど曲芸に近い機体操作だった。

 

「直接ナディを拾うつもりか!」


「そうでもしないと間に合わないでしょ!」


「うわ?!こいつ急に──駄目だ!ロープが切れる!」


 ウィゴーがそう叫んだと同時にワイヤーロープが切れ、アーキアが動き出した。

 アーキアの狙いはナディだ、彼女が通ったばかりの道をその拳で叩き壊している、間一髪であった──アーキアは振り下ろした拳を海面に潜らせたままナディの方へ向かって打ち上げた。


「止まって!!「いやコントロールはそっち!!」


 マカナがノラリスを急停止させ、またしても宙に上げられたナディを見やった。


(今度こそ──)


 態勢を戻してハッチを開く、距離が足りない、マカナは急いでコクピットから出てノラリスに腕を伸ばすよう指示を出した。


「任された!」


 伸ばされた腕の上を走り、ノラリスの手のひらでナディを待ち構えた。


「ナディ!」


「──マカナっ!」


 ノラリスの手のひらの上で二人は感動的な再会を──果たせなかった。


「うぶぅえっ!」

「ぐえっ!」


 いくら軍人として訓練と鍛錬を積んできたマカナとはいえ、空から落ちてくる成人女性を受け止め切れるものではない、二人はぶつかるまま手のひらの上に倒れた。

 先に起き上がったのは受け止めてくれたナディの方だった。


「めっちゃ大人になってるマカナ!」


「いやそれが第一声っておかしいから!」


「あ、でも胸はそんなに変わらないんだね」


「それもおかしいから!──ノラリス!アーキアから離れて!」


 マカナから指示を受けたノラリスが発進した。


「パイロットの救助が無事に終わった、後は任せる」


 そう連絡を受けたバハーのブリッジが歓声に包まれ、ついで発射指示が下された。


「誘導ビーコンはカット!手動補正にてアーキアを撃て!──残り一発だぞ!慎重にやれよ!」


「プレッシャーかけるな!」


 まあ、ミサイルが外れるような事はなく、アーキアは教軍とジュヴキャッチを前にして撃破され、囲われた海の底に沈んでいった。

 今度こそ歓声が遠慮なく上がり、喜ぶ声に支配されたブリッジにジュヴキャッチから通信が入った。


「ナディ・ウォーカーです、今はマカ──友人の助けでノラリスのコクピットにいます。提案ですが、今からジュヴキャッチのポートへ行きませんか?」


「ナディから教えてもらった、あんたたち命令違反を犯したんでしょ?行く当てが無いならうちに来る?」


 ジュヴキャッチからの申し出を不審がる人たちもいたが、結局賛成多数で受けることになった。

 赤い光を放ちながら沈みゆく太陽に向かって一隻の船と三機の特個体が進んで行く。

 元々歪み合っていた者同士であったが、新しい風に吹かれた『心』を前にして、それはもはや些細な事であった。



✳︎



 熱帯夜。それは日中に受けた太陽からの熱が抜けず、日没後も平均気温が摂氏二五度以上になることを差す気象用語だ。

 そんな暑苦しい夜に、男三人は廃棄されてどの団体にも補足されない船の上で話し合いを繰り広げていた。

 海から吹く風も生暖かくて一つも汗が引かない、嫌な夜だった。

 

「──お前の言いたい事は分かったポセイドン、だが、何度も言うように高高度を飛行することは出来ない」


 ヴォルターがそう結論し、もう何本目になるか分からない煙草に火を付けた。


「ですが、ポセイドンの言う事が本当ならこの状況を大きく改善することができます。試す価値はあるかと思います」


 ヴォルターに反論したのは上半身裸のホシだった。五年前と比べていくらか痩せてはいるが、それでもパイロットとしての訓練で培った筋肉に衰えは見せていない。

 ポセイドンの頼みは「ガイア・サーバーを復旧させる手筈が整った、だから向こう側に連れて行ってほしい」というものだった。


「そ、そこを何とか頼むよ…れ、レイヴンにも陸師府(りくしふ)にもお願いしたけど…」


「断られたんだろ?そりゃそうだ」


「自分の身分は明かさなかったの?」


「そ、れは…他のマキナたちは陸師府に囚われている。身分を明かしたらどうなる事か…」


 ヴォルターが大きく煙草の煙を吸い込み、吐き出した。真夏の夜空に白い煙が上っていく。


「大災害の原因はお前たちマキナにある、と考えているのが陸軍と医師会、それからウルフラグ政府の生き残り連中の考えだからな。実際の所はどうなんだ?」


「そ、それについては、そうだと断言はできない…む、寧ろ原因はマリーンの人たちにもあると言いたい。政府からの回収要請に応えずずっと隠し持っていたんだから、全員の責任だと考えている」


「終わった話より建設的な話し合いをしましょう。ヴォルターさんが言ったように特個体は高高度の飛行ができない、それは知ってるよね?」


「し、知っている」


「なら、君は飛び越える以外の方法を持っているって事なの?」


「確立した方法ではない、試してみたい事があるんだ」


 ポセイドンが徐にポケットからシルキーを取り出した、直径にして一五センチほど、まあまあな代物である。


「デカいな…それがあれば一週間は食うに困らないぞ」


「それをどうするの?」


「り、陸師府が公表した情報によれば、ホワイトウォールはシルキーの大規模な暴発現象だとされている。つ、つまり、絶壁群はシルキーそのもの…だから、これをぶつけたなら…」


「暴発する──何だ、壁に穴を空けようって?」


「そ、そうだ、それなら向こう側に渡れるかもしれない」


「仮に渡れたとしてどうする?あの海域からカウネナナイまでは船の速度でも半日はかかるんだぞ?泳いで行こうって?」


「それは後で考えるべきでしょう、今はポセイドンの予測が当たっているかどうか検証すべきです」


 煙草を吸い終えたヴォルターが携帯灰皿の中に吸い殻を突っ込んだ。


「──いいだろう、お前の申し出を受ける」


 ヴォルターの言葉にポセイドンがぱっと顔を輝かせた。


「ほ、本当か?!」


「ああ、ただし今すぐに出発する。ホワイトウォールの付近にはレイヴンと陸師府の観測船が常に停泊しているからな、バレそうになったらすぐに引き返すぞ」


「そ、それは良いけど…何で二人はレイヴンに狙われているんだ?」


 ポセイドンの問いに二人が声を揃えて「こっちが聞きたいわ!!」と突っ込んだ。



「畢竟、レイヴンを組織している奴は何者なんだろうな」


「畢竟って言葉を話す時に使う人初めて見ました」


 ヴォルターがホシの突っ込みを無視して、


「ポセイドン、お前はレイヴンの本部にも足を伸ばしたんだろ?どんな奴なのか見たか?」


 彼ら二人のセーフティーハウスにもなっている元ウルフラグ海軍の軽空母の甲板では、二機の特個体が離陸準備に入っていた。

 ポセイドンはホシの機体に乗り込み、ノラリスと同様の手順で確立した通信機越しにヴォルターと会話している。「ヤニ臭くてかなわない」とホシの機体に逃げてきたのだ。


「い、いや、見ていない。噂によれば軍の元トップが牛耳っているとか何とか…」


「そりゃそうだろ、あれだけの大規模な組織を動かしているんだ、一般人であるはずがない」


「僕が聞いた限りでは複数の人物が動かしているとか何とか…それから、大災害の責任回避の為に名前も公表せず、決して人前に現れない…らしいですよ」


 離陸準備が整い、それぞれの機体のメインエンジンが起動した。

 何の明かりも無い海へ向かってガングニールとマリサが飛び立った。

 一定の高度になると途端にエンジン性能が落ちて飛行が困難になる、そのため二機は海面すれすれの高度を飛行した。

 彼らのセーフティーハウスは元ユーサの第二港近海、カウネナナイへ向けて北に進路を取っている。


「お、俺が見た限りでは、レイヴンの構成員はどこか…狂信的というか…組織に対して盲目的になっている節が見受けられた。トップに対して絶対の忠誠を誓って、一つの不正も許さないような…だから断られたんだけど」


「まあ…レイヴンのトップが世直しと贖罪を目的としているのなら、他の奴らからしてみれば英雄のように見えているんだろうさ」


「そういう組織は自浄作用が弱いせいでトップの間違った命令にも気付けない、だから一転して市民に危害を加えかねない──これから先、気を付けたほうがよさそうですね」


 お喋りを続けながらホワイトウォールへ向かい、そう時間をかけずに目的地に到着した。

 弱い月明かりの下でもその異様な光景はすぐ目に飛び込んでくる。標高四〇〇〇メートルの壁が視界の隅から隅へ延びており、ヴォルターたちはある種の"圧迫感"を感じていた。

 

「ついたぜ。で、こっからどうするんだ?」


「な、何か亀裂ような…もう少し接近してほしい」


 言われた通りホシが機体を操作してホワイトウォールに接近した、近付けば近付くほど壁に圧倒されそうになった。

 機体の手を伸ばせば触れられる距離までやって来た、夜という事もあって壁の表面が見えない、ポセイドンはライトを点けるように指示を出した。


「ライト?う〜ん…」


「い、嫌なのか?で、でもこれじゃ何も見えないぞ」


「仕方がないか…ヴォルターさん、周囲の警戒をお願いします」


 返事の代わりにライターで火を付ける音が聞こえた。


「──はいはい、のんびりやれや」


「また煙草吸ってる…」

「あのコクピットほんとに臭かったぞ…」


 機体のライトを点灯をすると、ホシとポセイドンはあまりの眩しさに思わず目蓋を閉じてしまった。

 至近距離から照らされた機体のライトを壁が見事に反射しており、目が慣れるまで数瞬かかった。

 

「これは…宝石でも中にはまっているのか…?」


「赤…緑…青…それからオレンジ?そんな宝石あった?」


 ホシとポセイドンが見たホワイトウォールはとてもカラフルであり、『ホワイト』というより『カラー』の方が近いとさえ思った。


「ガーネット、サファイア、エメラルド…オレンジ色の宝石ってあったっけ?」


「いやそれ僕がさっき聞いたやつ」


「お喋りしてないでさっさとやれ。ライトを点けているんだ、他の連中に見つかったら事だぞ」


「そ、そうだった…何か裂け目や窪みのような所があれば──あ!あった!あそこだあそこ!」


 ポセイドンが指差す先には直径で約五〇センチほどの切れ目が入った箇所があり、持ち込んだシルキーをセットするにはちょうど良さそうだった。

 機体のハッチが開いてポセイドンが外に出る。


「うわあっつ…」


 熱帯夜の暑さと機体から排出される空気のせいでひどいものだった、ポセイドンは一気に汗をかいてしまった。

 見つけた切れ目にシルキーを投げ入れる、まあ外れるようなこともなく、ポセイドンは慌ててコクピットへ逃げ込んだ。

 けれど、予想していた反応は何も起きなかった。


「あ、あれ?」


「何も変化がないね」


「次の手は考えているのか?」


「嘘だ!シルキー同士は爆発するはずなのに!そんな〜…いやマジで何も起きない…」


「ヴォルターさん、ちょっと殴ってみてください」


「ああ?こちとら掘削機じゃねえんだぞ?」


「このまま手ぶらで帰るわけにもいかないでしょ、耐久性の確認だけでもした方がいいですよ」


「ちっ…」


 ガングニールが艦対艦打撃武器を起動させ、右肩に搭載した三本目の腕を高々と持ち上げた。そのまま間髪入れずに振り下ろし、またしても予想外の出来事が起こった。

 入った亀裂は優に百メートルを超えている、見た目以上にホワイトウォールは脆いようであった。


「柔らかっ!クソ雑魚じゃんこの壁っ!」


 さらに予想外の出来事が。


「──んん?!何だこれっ!壁が腕にへばり付いていやがるっ!」


 壁の一部を安易と粉砕したガングニールの腕に、泥状に変化したホワイトウォールの破片が引っ付いていた。


「気持ち悪っ!──あ、ヤバい!観測船の奴らがこっちに向かって来た!」


 彼らから見て三時方向、三つの光点が素早い速度で海の上を走っていた。


「対処は後だ!今はズラかるぞ!」


「ほんと悪役の台詞!」


「──待ってくれ!俺をここで下ろしてくれ!」


「はあ?!」

「はあ?!」


「亀裂の向こうに道があるんだ!こうなったら壁の中を進んで行く!」


「お前正気か?!向こう側へ渡るのにどれだけかかるか分からないんだぞ?!」


「そうだよ!それに本当に抜けられるかも分からないのに!」


「ちょっとした衝撃で壊れるんなら道を作ればいいだろ!──武器を貸して!船に置いてきた他のシルキーは全部あげるから!」


 無謀極まりない事を言い出したポセイドンを二人が止めにかかるが、それでも言う事を聞かなかった。それに観測船もすぐそこまで迫ってきている、あまり時間が残されていなかった。


「君たち人間だって自分が生まれてきた意味を人生の中から見つけるものだろ?!俺だってそうさ!この場に俺が居合わせたのはこの為なんだって今ならはっきりと分かる!たとえ何年かかってでもガイア・サーバーを復旧させる!その為に俺はここへやって来たんだ!」


「──もういいホシ!そいつをリリースしろ!」


「ヴォルターさん!何て薄情な──」


「馬鹿言え!使命を自覚した奴は何を言っても聞かん!──ポセイドン!期待しているからな!」


「──ああ!!」


 ホシから携行武器を預かったポセイドンが機体の外へ出て、何ら迷うことなく開けた切れ目の向こう側へ飛んで行った。

 そして、二人は観測船に補足されないため来た道を引き返したのであった。

※次回 2023/5/20 20:00 更新予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ