表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
テンペスト・シリンダー  作者: tokusin
第二.五章
253/335

TRACK 2

トゥーフィッシュ・トラッキング



 彼女はただ愕然としていた。

 ただただ愕然としていた。


「な゛っ…えっ…ええ〜?」


 その女性は黒く焼けた肌をしており、髪はこの地で良く見かける黒い色をしていた。長い髪をざっくばらんに一つにまとめており、良く整えられた背中が大きく露わになっていた。

 彼女は水着一丁の姿だ、下は勿論短パンを履いている、が、ファスナーを下ろしているせいで下に履いている水着が見えていた。

 その女性が居る場所は、ラフトポートと呼ばれる彼女たちの新しい住処から特個体の速度で一時間ばかりの所、ハリエの館であった。

 ラフトポートとは、海面の水位が急上昇した五年前の『大災害』を生き残った人たちが作ったイカダの群れの事を言う。大小様々なイカダがくっ付き合い、その上に家屋を建ててこの海だらけの世界のスタンダードとなった新しい居住空間だった。

 時刻は夜、深い群青色からイカの墨をくまなくぶち撒けたような夜空に変わっており、電気が通っていない暗い館の中で彼女はハンディライトの明かりをある室内に向けて立っていた。

 その部屋とはナディが眠っていた所である、つまり彼女は一足遅くこの館にやって来たのだ。

 古くからの友人であるナディがいない、彼女はその事実に困惑し、そして衝撃も受けていた。

 起きたのだ、五年間も眠り続け、ポートにいる仲間からも「そろそろ諦めろ」と言われていた友人が起きたのだ。けれどその本人がいない!


(起きたんだ…でもいない、荒らされた形跡はない…どういう事?)


 早く友人に会いたいと思う気持ちと、早く探し出さないとと焦る気持ちがせめぎ合い、彼女は上手く思考することができなかった。

 ハリエの館にやって来たのは彼女だけではない。大災害を生き残り、奇跡的に再会したもう一人の友人と共に来ていた。

 その友人が遅れて彼女の元に辿り着いた。


「もう〜マカナ〜置いていかないでよ〜私まだ駐機姿勢を取るのに慣れてないんだから〜」

 

 マカナと呼ばれた、最初に辿り着いた女性は友人に愚痴られても部屋の中から視線を外そうとしなかった。


「ねえ、聞いてるの?……え、どうかしたの?部屋の前で固まって…」


「あ、アネラ…見て…ナディが…」


「──っ!」


 特個体の扱いに慣れていないアネラと呼ばれた女性が、マカナの言葉を耳にして慌てて駆け出した。

 アネラの服装はマカナと違い、ダイバースーツを着用していた。本人が「水着は嫌!」と拒否し、肌が露出しない全身すっぽりタイプの物を選んでいたが寧ろそっちの方が体のラインが如実に分かり、ポートに住まう男性たちの視線を奪っているがこの事を本人は知らない。

 アネラもマカナと肩を並べて部屋を見やった、二人揃って愕然とした表情をしていた。


「え、え、え…な、ナディは…?何でいないの…?」


「し、知らない…一人で起きたみたい…荒らされた形跡は無いし」


「ナディ、まだ何も知らないよね…?私たちジュヴキャッチの事やカウネナナイの事…」


 ハンディライトに照らされた室内は、ナディが起きたままの状態で時を止めていた。

 健康的な出立ちをしたマカナと、マカナと同様に長くて黒い髪を持ち、清楚な感じにまとめているアネラが二人目線を合わせた。


「…………」


「…………」


 見つめ合う二人。そしてどちらからともなく叫び出す二人。


「マズい〜〜〜!!」

「マズいよ〜〜!!」


 二人は揃って踵を返し、浸水した床に足を取られながら館中を走り回った。

 程なくして再びナディの部屋に戻って来た二人。


「いないんですけど!え?!いないんですけど!ナディってそんなにアグレッシブだった?!」


「な、ナディは追い込まれたら真価を発揮するタイプだから…追い込まれるまで何もしないタイプだから…」


 何気に失礼な事を言い合う二人、こんな所で居ない友人の悪口を言っても事態は好転しないが、とにかくマカナもアネラも大いに焦っていた。


「ど、どうする?!二人で探しに行く?!表にあったボードが無くなってるから多分それで外へ行ったんだろうしまだそう遠くへは行ってないはずだよ!」


「二人だけで探すの?!一旦ポートに戻って人を集めた方がいいよ!それにライトもきちんと装着しないとナディをサーフボードで吸い込んじゃう!」


「確かに!──あ〜〜〜!マクレガンめ〜!あいつが戦闘禁止区域で狩りをするからこんな事になったのよ!」


「とにかく戻ろう!話はそれから!」


「まさかサーフボードでもう吸い込んでないよね…」


「それならスクリューに引っかかってセンサーが反応するはずだよ!──私に悍ましくなるような事言わせないでよ!」


「いやそっちが先に言ったんでしょ」


「いいからほら早く!」


 来た時とは打って変わって途端に凛々しくなったアネラがマカナの手を引き、館の外に駐機させていた二機の特個体へ走って行く。

 ハリエの館の周囲は比較的に浅瀬のため、二機の特個体は膝を海中に没した姿で駐機されていた。

 一つは大災害の折に鹵獲したウルフラグ軍の機体であり、もう一つはマカナの愛機であるスルーズだった。

 マカナが所属していた部隊ヴァルキュリアは半ば解散状態の為、また本人が望んでコードネームを捨てたことから『スルーズ』の名前は機体だけの物になっていた。

 二人がそれぞれ自分の機体に乗り込み、大災害前とは驚く程に変化したコクピットに収まった。

 ハッチを閉じる間際、通信機能が一切使えないのでアネラがマカナに向かって声を張り上げた。


「いい?!ポートに戻るからね!勝手な行動は厳禁!」


「わあっーてるよ!!」


 特個体に限らずカウネナナイでは全ての通信機器が使用ができなくなっていた、原因は未だ不明であり、こうして機体に乗り込む前に打ち合わせをするのが常になっていた。

 機体のパワースイッチをオンにすると、海中に沈んでいたサーフボードのスクリューが下方向へ向けて回転し始め、数十トンはある特個体を悠々と持ち上げ始めた。

 スクリューの馬力はジェットエンジンに匹敵する、だが空気の燃焼によって得られる内熱エネルギーよりエネルギー交換率が優れているため、従来の物より少ない燃料で特個体を運行することが可能になっていた。

 海面まで上昇した後、サーフボードのノーズ側(先端部分)に取り付けられた吸水口から海水を取り込み、ジェットエンジンと同格のスクリューが回転エネルギーを生み、そのエネルギーがテール側(後方部分)のフィンモーターを回転させて特個体を進ませていた。

 スクリューにも推進力があるため、特個体の速度は海上において約四〇ノット、時速にして約八〇キロのスピードまで出せることが可能になっていた。

 館を出発したスルーズ機が先行し、通称『ポンコツブルー』の名を持つ鹵獲機がその跡に続く。

 マカナが、コクピットからアネラが操縦する機体を羨ましそうに眺めていた。


「ほんと…パイロットをやっていたからなのかな〜上手だな〜…」


 スルーズ機は本物の波乗りをしているような姿勢で海の上を滑っている、使用しているボードもショートサイズであり、それは波乗り上級者である証でもあった。

 一方、生活の為に仕方なく特個体に乗っているアネラのボードはロングサイズである。

 サーフボードの長短にはそれぞれメリットとデメリットが存在する、ショートサイズは回転効率が最大だが波に飲まれやすくまた安定はしない。ロングサイズはその点安定性は抜群に高いが小回りが効かないというデメリットがあった。

 どちらにせよ、ショートサイズは波乗りに慣れた人間にしか扱えない、というセオリーがあり、その事を少なからずアネラは気に病んでいたが今はとにかく友人が先決である。


(早くポートに行ってウィゴーさんに助けを求めないと!)


 スルーズ機のサーフボードが排出する海水を頼りにしながら、アネラも先を急ぐため機体の操縦に集中した。



✳︎



 彼はただ憂えていた。

 彼はただただ憂えていた。


「ふう…いつまで経っても慣れない景色だ…」


 彼が居る場所、そこはかつてカウネナナイの中で最も栄華を誇った王都である。

 だが、その栄華はもう見る影も無く、あの大災害を免れた瓦礫の城と、その城に取り付く市民たちが作ったイカダの街だけが残されていた。

 彼は城の本殿の最上階、かつて神童と崇められ恐れられ、カウネナナイ中を支配下に置いたガルディア・ゼー・ラインバッハの私室で、すっかり変わってしまった王都を睥睨していた。

 彼はその街を見やりながら思考に耽る。


(教会の者を招き入れたのが失策か…あるいは奴を迎え入れたのが失敗か…どちらにしてもこのままでは私が望むものが手に入らない)


 彼は元機人軍の左官であり、大災害によって大打撃を受けた軍と教会を統合し、新たに『機星教軍(きせいきょうぐん)』という組織を樹立させた立役者であった。

 機星教軍の役割は生き残った人々を束ね、少ない資源を元に街を成り立たせ、またある脅威から市民たちを守るというものだった。

 それは所詮前時代の真似事に過ぎない、いずれ必ず破綻する、けれどどうしたって古い政治体制を再構築し無理くりに存続させる他に人を束ねる術を持っていなかった。

 彼の元に部下が駆け足で入って来た、元左官の男性は胡乱げに扉へ目を向けた。


「──報告致しますダルシアン大佐!ノラリスのパイロットが目を覚ました!放っている偵察用ドローンが追跡を継続しています!」


 男性はさっと顔色を変え、喜色に富んだ声を上げた。


「そうか!それは良い報告だ!──スミスを呼べ!迎えに行かせるんだ!」


「はっ!」


 彼の名前はダルシアン、いつかの日、カルティアン家の令嬢の誘拐を企てラインバッハ家を失墜させんが為に画策した生き残りであった。

 彼は生きていたのだ、もう一人の主犯格はあえなく天に召してしまったが彼は生き永らえていたのだった。

 王の私室から去って行った部下を見送り、無政府樹立を目論んでいたダルシアンは人知れず大きく息を吐いた。

 ノラリスのパイロットがようやく目覚めた、この世界を混沌から救う鍵を握る女が、約五年に及ぶ睡眠からようやく目覚めたのだ。

 これで世界が一歩足を進められることができる、それは新しい世界を望む彼にとって福音だった。


(ようやくだ…ようやく鍵が手に入る…ノラリスを手中に収めれば…私の勝ちだ)

 

 それは即ちこの世界にとっても福音であるに違いない、ダルシアンは強くそう実感した。



✳︎



 大災害を生き残った王都の城は、今となっては流れゆく心許ないイカダを繋ぎ止めるボラードの役目を果たしているに過ぎなかった。

 その城の水位一階部分、格子窓の向こうに飛び出せばすぐに大海原に抱かれることができる後付けの独居房に、その女性は居た。

 定刻通りに来る官吏がその姿を見せ、項垂れていた女性が時間外に来た事に驚きと共に面を上げた。


「アリーシュ・スミス、大佐からの命だ、直ちにバハーへ乗艦し任務に就け」


「任務……?」

 

 その女性はアリーシュ・スミスという。大災害前に、ウルフラグとカウネナナイ両国合同の調査チーム『セントエルモ・コクア』に所属していたウルフラグ海軍の少佐であった。

 長かった金の髪は短くばっさりと切られており、窪んだ目とやせ細った頬のせいもあって、精悍な顔つきをする男性に見えなくもなかった。

 アリーシュに尋ねられた官吏が答えた。


「詳しい内容については乗艦後に説明される。急げ」


「分かった…」


 "独居房"というのは彼女たちウルフラグ人の例えであり、扉が鉄格子である事以外はしっかりとした造りになっていた。

 ベッドもあるしソファもある、大災害を生き延びた貴重な本も何冊か机の上に置かれている。ただ、プライベートが守られていなかった。

 アリーシュはソファからやおら立ち上がり、外出用のコートを羽織って己の貧相な体を隠した。それから屋外で作業する時に被っている帽子も手に取り、南京錠もかけられていない鉄格子の扉を開いて部屋の外に出た。

 このフロアは他かにもいくつか似たような部屋が用意されており、ここを利用しているのはウルフラグ人、それも女性ばかりであった。

 セントエルモ・コクアに所属していた男性メンバーは全て城の外、イカダで作られた街で生活をしている、アリーシュたち女性陣だけが城の中で、囚人とまではいかなくても半ば強制を強いられている形で大災害後のカウネナナイで生活を続けていた。

 何故、ウルフラグ人がこのような形でカウネナナイ人と共に生活を営んでいるのか、それは大災害を引き起こした"張本人"とされているからだった。


(誰かのせいにしたいのだろう…現に、あの映像を流してみせたのは彼らが追いかけているノラリスだ…)

 

 アリーシュは他の部屋を通る間際、中にいた知人たちへ挨拶をしている。だが、皆が皆、アリーシュへ挨拶を返しているわけではない、ある一部屋の住人二人はベッドの上で静かに横たわっているだけ、それも五年間もの間、一度として起きたことはない。


「…………」


 一人はピンクの髪を持つ女性であり、もう一人は金色の髪を持つ女性であった。

 マキナである、大災害後にぴたりとマテリアル・コアの稼働が停止してしまい、それから今日まで目を覚まさないラハム、それからグガランナ・ガイアだった。

 アリーシュは、とくにグガランナ・ガイアに対して何とも言えない視線を向け、それからフロアを後にしていた。

 

 元王城の周囲を囲うようにして興されたイカダの街、彼らはここを『新都』と呼び、残された数少ない資源と畜産、それから農作物をやり繰りしながら営みを続けている。

 新都の中心に城の本殿があり、そこから北方面に尖塔がある。本殿と尖塔の間に橋が架けられ、機星教軍が所有する港との連絡橋になっていた。

 連絡橋の下にはイカダの街が広がっている。元々王都は周囲を肥沃な山々が囲んでいたため、大災害後も海水から露出した大地から木々を伐採し、イカダの材料となっていた。

 マカナたちが住処にしているラフトポートも初めはここ、新都にあった。だが、機星教軍とのやり方にそりが合わず、比較的早い段階で彼らと袂を分けていた経緯があった。

 アリーシュは港へ続く連絡橋の上から街々を見やり、感慨に耽った。

 人は強い、世界がこんな風になってしまっても木を組んでイカダを作り、その上に家を建てて生活を営んでいるのだ。

 かたや自分はどうだと、アリーシュは重い溜め息を吐いてみせた。憧れていた父のように軍人になり、尊敬していた上官のように訓練に励み、そして晴れて左官に昇進することができた。

 けれど、味方だったグガランナ・ガイアの暴動によってバハーの指揮系統が大幅に乱れ遅れを取り、あの時はなす術も無くただ波に流されてしまった。

 あの大災害の時、バハーに乗艦していたメンバーは生き残ることができた、それ以外に出撃していたパイロットたちは行方知れずであり、生き残ったアリーシュたちもカウネナナイに拾われ今に至っている。


(何と言えば良いのか…私はこんな状況になってもまだ人の命令がなければ動けないというのか…)


 それが軍人である、という事はアリーシュも良く理解している。しかしそうではない、この状況は誰かの命令を待っているだけでは改善できない、という事が今のアリーシュを悩ませていた。

 先行きが見えない不安と焦燥にこれからも悩まされ続けるのだろうとアリーシュは思っていたのだが、乗艦したバハーで任務の内容を聞かされ考えが変わった。


「ノラリスのパイロットが目覚め、今はハリエからセレン方面へ向かって進んでいる。これより救助任務にあたる」


「──え」


 バハーを掌握している機星教軍の男性がそう説明し、けれどアリーシュの耳にすんなりと入ってこなかった。何て言ったんだ?


(ノラリスの…パイロットが…目覚めた…?)


 行方知れずになっていたと思っていたパイロットが...生きていた?

 返事を返さないアリーシュを不審に思った男性がギロリと睨んでいる。


「あ、その…今何て?」


「だから!ノラリスのパイロットを保護しに行くと言ったんだ!ウルフラグ人であるお前を連れて行けば向こうも安心しやすかろうというダルシアン大佐の配慮だ!」


「ナディが…生きていた?」


「だ・か・ら!そうだって言っている!」


 ナディが生きていた...本当に人違いではなく?

 信じられないアリーシュは男性に詰め寄った。


「え、映像か何か、ありますか?自分が確認します」


「確認する必要は無い!今日まで我々がドローンで監視していたから問題も無い!」


「そんな話一度も聞いたことがない!──ナディだけですか?!他のパイロットの消息は、」


 詰め寄ってくるアリーシュに男性が一喝した。


「知らん!!自分の家族すら消息が分からないというのに他国の人間を気遣う奴がこの世のどこにいる!!」


「──っ」


 男性の言葉は、この世の誰もが持つ不満と不安を代弁したものだった。その迫力にアリーシュはぐっと口をつぐむしかなかった。

 でも、ナディは生きていたのだ、そして今から自分たちが助けに行く。その事実がアリーシュに多大な気力を与え、久方ぶりに肚に力が入るようであった。


「──分かりました、僭越ながら自分も協力致します!」


「…ふん」


 途端に元気を取り戻し、精悍な顔つきで瞳を輝かせているアリーシュからついと男性が視線を外していた。



✳︎



 ハリエの館を飛び出したマカナたちは、ラフトポートの近くに停泊させている元機人軍の軍艦が放つライトの光りを視程に収めた。

 特個体の脚部に装着されたサーフボードと連動している、アタッチメントデッキがマカナの足に波の感触を伝えている。

 風は穏やかだが波は荒い、そのせいでアタッチメントデッキが素直に反映させてくるものだから足が痛んでいた。

 それでもマカナは機体の速度を上げ、一目散にポートへ向かって飛ばしていた。


(早く救助に行かないと!)


 ポートが近付くにつれ、付近に停泊させている様々な船が薄らと見えてきた。

 狩りに特化した三胴船がずらりと並ぶ横をかっ飛ばし、夜間警戒を行なっている仲間からやじを飛ばされつつ、マカナとアネラはジュヴキャッチの母艦になっている軍艦の水上カタパルトに帰って来た。

 母艦になっている船は航行ができないため、彼らの手によって改造が施されている。腹を割かれてぽっかりと空いた船体部分の中にはズラリと特個体が並らんでおり、その奥に船内倉庫兼パイロットたちの乗り場があった。

 空いていたスペースにマカナが機体を突っ込み船が悲鳴を上げ、当直中だった男性が雄叫びを上げていた。


「こらああ!!!マカナあああ!!誰が修理すると思ってるのおお!!!」


 その男性は体格が武器のように大きく、また髪には刈り込みが入っていたため見た感じからして強面の人だった。

 その人にマカナは怯むことなく言い返していた。


「そんな事どうでも良い!!ウィゴーも早く準備して!!ナディが目を覚ました!!」


 ウィゴーと呼ばれた男性が、手にしていたグラスと携行武器を落としていた。


「──何だって?!それ本当なの?!」


「そう!!けどいなくなってた!!一人でどこかに行ってしまったみたいなの!!だから手伝って!!」


 ナディと面識があるどころか、命を救われた事があるウィゴーは「ほいきた!」と準備に取りかかろうとするが、マカナが起こした騒ぎを聞きつけた別のメンバーがぞろぞろと船内倉庫に入って来た。


「駄目だ、持ち場を離れるな」


 ウィゴーをそう嗜めたのはジュヴキャッチを預かるリーダー格の男だった。

 凛々しい眉に涼しげな瞳を湛え、ウィゴーほどではないが体格も素晴らしく非の打ち所がない。

 そんな彼にウィゴーが反論した。


「だけどヴィスタ!ナディちゃんが目を覚ましたんだよ?!ノラリスだって起動するかもしれないし何よりマカナたちが今日までずっと看病してあげてたんだから!ここで見捨てるなんて可哀想だよ!」


 ヴィスタと呼ばれた男性が「それでも駄目だ」とさらに反論で返した。


「何で──「ウィゴー、そもそもナディに食糧を割く事自体ポート内で反対が出ていた。それからここ最近は人手も足りなくってきている、だからハリエの館に滞在していたマカナとアネラもこっちに呼び寄せて仕事をさせているんだ。これ以上の特別扱いは許されない」


 ナディが何故あんな所に一人でいたのか、それはポートに住まう人たちから反対意見が出始めていたからだった。

 大災害直後はナディはノラリスと共に彼らに拾われ同じ場所で看病を受けていた。しかし、年月が過ぎるにつれて人々がナディの復帰を諦め始め、それでもアネラとマカナが彼女を匿っていた。

 しかし、『復帰を見込めない人に割く食糧は無い』という数の決定に従わざるを得ず、仕方なく住処をポートからハリエの館に移していた経緯があった。

 それならばとポートの住民たちも渋々納得を示していたが、ここ最近は増え続けるタスクを前に人手が足りなくなり、館で生活を続けながら看病していたアネラとマカナがポートに住処を戻していた、それが約半年前の事だった。

 

「そうは言っても…」


「ウィゴー、諦めてくれ。俺たちではなく新都の連中が彼女を救ってくれるかもしれない」


 厳かに話し合う二人の元へ、怒り肩でマカナがやって来た。


「それでいいの?ナディは起きたばかりでこの世界について何も知らない、新都の連中に騙されて取り込まれたらノラリスが向こうに渡っちゃうかもしれないんだよ?」


「…………」


「あの機体はスルーズすら拘束してみせた、それも一度に複数、そんな相手を敵に回したらここはどうなると思う?──考えたら分かるだろ!!」


 しゃあっー!と荒ぶる猫のようにマカナがヴィスタに噛み付いた、どうどうとウィゴーが彼女を嗜めている。


「やめなさいって!」


 ヴィスタの背後からマカナを笑う男性が現れた。長身痩躯で強い髪がウェーブしている男性だった。


「お〜怖い怖い、せっかくの美人が台無しだな」


「──こんのくそミガイめ!!あんたがあんな所で狩りをするからナディが目を覚ましたんでしょ!」


「知らねえよ、戦闘禁止ってそもそもお前たちが勝手に作ったルールだろ。ま、でも館を飛び越えた時はちと焦ったけどな、でもそのお陰で大物を狩れたんだ、文句は言わせねえぞ」


「──ちっ!ヴィスタ!お願いだから私たちを行かせて!」


「駄目だ」


 そこへ、やっと駐機を終えたアネラが合流した。

 そして、自分の兄であるヴィスタにこう告げていた。


「お兄さん行かせてください、他の人の手は借りませんから」


 そう呼ばれた途端、ヴィスタが悔しそうに、けれどどこか嬉しそうに顔を歪ませた。


「…分かった、許可する」


 敵対していたはずのマカナもミガイも即座に突っ込んでいた。


「おい!」

「何よそれ!私が駄目で妹なら良いってわけ?!」

「てめえマジでふざけんなよ!どれだけ身内贔屓したら気が済むんだ!」


「知らん!こんな時だけ兄と呼ぶアネラに文句を言え!」


「それでも兄か!」

「それでも兄貴か!情けねえ!」


「うるさい!」


 そんなこんなでナディ救出の許可が下り、三人は即座に準備に取りかかった。

 ヴィスタを含めた他のメンバーは既に船内倉庫から引き上げており、大小様々のカンテラに灯された中で三人だけが特個体用の大型ライトの装着を行なっていた。

 石油燃料で灯された火がゆらゆらと揺らめく、それに合わせて三人の影も動き、一つのカンテラの火が消えた所で作業を終えていた。

 すっかり人が居なくなり、がらんどうになった倉庫に三人が集まった。これからどうやって探すのか、捜索時間にどれだけかけるのかなどの打ち合わせが始まった。


「確認だけど、ナディちゃんは館にあった服や食べ物を持って一人で行ってしまったんだよね?」


 作業で汗をかいていたマカナが答えた。


「そう、他にも使えなくなった通信端末やコンパスなんかも無くなってたから、その辺りも持ち出したんだと思う」


「つまり、ナディちゃんは方角は分かるって事だよね。もしかしたら新都方面へ向かったかもしれない」


 同じように汗をかいているアネラも言葉を挟んだ。


「そうだと思います、館からポートに来るまでナディを見つけられませんでしたから」


 汗をかいて髪が首筋や頬に張り付いている艶かしい二人をあまり見ないようにしながら、ウィゴーが具体的な方策を提示した。


「ウィゴー、どこ見てんの?」


「──僕たちも新都へ向かおう、そして三機並んでお互いの照射範囲をカバーする、発見したらライトを点滅させて、もし軍と鉢合わせしたらライトを消す。それでいい?」


「だからどこ見てんの?」


 あからさまに明後日の方向を向きながら話すウィゴーを不審に思ったマカナが、んん?と首を傾げながら顔を覗き込もうとしている。腰に手当てて体を屈めているものだから、ウィゴーの視点から水着に包まれた胸が強調されて形で見えていた。

 カンテラの淡い灯りと合わさって大変魅力的に見えてしまう、ウィゴーはほとほと困っていた。


「マカナ、その胸揉むよ」


「駄目です〜これはアネラの物です〜「こら!」というかウィゴーもそういう事に興味あるんだね。ムッツリ?」


「世の中の男子は皆んなムッツリさんなんだから、マカナはもう少し自分の事を守った方がいいよ」


「はいはい。──ウィゴーの提案で良いと思う、新都まで行って引き返す、それを朝まで繰り返す、それでも見つけられないならまた作戦会議ってことで」


「大変な夜になっちゃったね〜」


「行きましょう!ナディは絶対寂しがっているはずですから!」


「きっとアネラのお兄さんも寂しがっていると思うんだけど…」


「あれは放っておけばいいの」


「うわあ…」

「酷い…」


「もう!そういうウィゴーさんだってよくあの人と喧嘩をしていますよね?!」


「ああ、僕?それはね、こっちに戻って来る時にそう約束したんだよ、彼とね。もう道に迷いたくないから、遠慮なく文句を言ってほしいって」


 ウィゴーとヴィスタは大災害が発生する直前、当時は渡航が禁止されていたにも関わらずウルフラグからカウネナナイへ渡っていたのだ。

 この二人は元からジュヴキャッチに所属しており、当時から良いように扱われていたので自分たちの存在に疑問を抱いていた。

 ヴィスタに限ってはカウネナナイの大使として国外派遣の任を受けていたが、本国のごたごた(国民投票の事)のせいで放っておかれ、挙げ句に「今すぐに戻って来い」などと好き勝手言われてしまう始末、そんな時にウィゴーと再会し船の上でそう話し合っていた。


「僕も結局はその日暮らしの考え無しだったからさ、そこまで言うんならヴィスタに付いて行こうと思ってね。まあ、それだけだよ、こんな所で無駄話をしていないで急ごう」


 ウィゴーより頭一つ分背が低いマカナが、彼もより大仰な態度で背中をぱしん!と一つ叩いていた。


「良い奥さん見つけなよ」


「心に決めている人はいるんだけどね、生憎と壁の向こう側なんだ」


 そして、三人はそれぞれ機体に乗り込み、ナディ捜索の為に母艦から出発した。



✳︎



(何で私…こんな時間に船出したんだろう…あの部屋に戻りてえ〜…)


 ナディは一人、満天の星空を眺めながらひたすら後悔していた。

 見渡す限りの黒い海!陸地なんか一つもありゃしない、館から持ってきた頼みの綱の通信端末もまるで反応しない、使えるのはコンパスだけだった。

 

(あいた〜…ボートで行き来してるからきっと近くに誰かがいると思ったのに…)


 そして、通信端末で助けを求めればすぐに誰かが迎えに来てくれるはず、というのがナディの考えだった。

 持ち込んだ食糧もそう多くはない、もって二日が限界、それも節約しての話である。

 どうしたものかと夜空を見ながら考えているナディの頭上を、何かが横切った。


「ん?」


 きらきらと輝く星が何かに遮られている、それは鳥のような動きではなく、規則的にナディの頭上を周回しているようだった。


「何あれ何かムカつく」


 館から持ってきた瓶の中から木の実をいくつか取り出し、ナディはその物体目がけて数度投げ付けた。

 そろそろ勿体ないなと思っている時に木の実がヒットし、ふらふらと揺れながら折良くボートの上に落下してきた。


「これ…ドローンだ!」


 大きさはバスケットボールほど、四枚のプロペラに四つの足、それから広角レンズを携えたドローンだった。

 ボディの横には見慣れないマークがペイントされている。


「何だこれ」


 そのペイントは、一つ星を背景にして人が銃と本を手に持つシルエットをした物だった。


「まあいいや…ドローンって事はバッテリーが…コードか何かあったら──あったあった!これを携帯に繋げられたら──よし!いけた!」


 ドローンのボディからケーブルを引っ張り出し、ナディが持っていた自分の携帯端末に挿した。程なくして使用できるだけのバッテリーが回復し、彼女は慌てて電源を点けた。

 通信アンテナは勿論立っていない、ナディが確認したかったのは月日だ。

 誰もいない、海しかない、そんなボートの上でナディは大きな声を上げた。


「五年〜〜〜?!嘘…私五年間も眠っていたの…?──ひっ」


 携帯の画面に驚きの数字が表示され、食いるように見ていたナディの耳元にもその音は届いてきた。

 方向にして後ろ、何か大きな生物が水飛沫を上げた音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ