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第二十五話 ブレイク・パレード

※25.a 会話→通話です。誤記がありました、誠に申し訳ありませんでした。

25.a



 何日かぶりに訪れた軍事基地はもぬけの殻で誰もいない、と思っていたのだが、意外と沢山の人がいて驚いた。皆んな何やら慌ただしくしている。


(あぁあれか、荷物の移動か…)


 これまた久しぶりに訪れた整備舎の中も埃が舞っていがらっぽい。私物やら何やら、挙句の果てには備品扱いの机や椅子、さらには整備がされるだけされて倉庫に眠っていた武器の類いまで持ち出されている。これではただの火事場泥棒ではないか。

 私の近くを通りかかった元隊員に声をかける。


「こら!備品を勝手に持ち出すんじゃない!」


「びっくりしたぁ、アオラ隊長じゃないですか驚かさないでくださいよ」


 抱えた段ボールで私のことが見えていなかったみたいだ。名前は、何だっけか最後に入隊した新人なのは覚えているんだが、忘れてしまった。


「お前なぁ、軍事基地が破棄されたからって、あれこれ持ち出すなよ」


「聞いていませんか?ここにある備品は、警官隊が買い取ったんですよ、その手伝いをしているだけですよ」


 あぁそういう。


「ところでお前は、新しい仕事見つかったのか?」


「………本当に何も知らないんですね、ここに来ている連中、皆んな職無しですよ、だから手伝っているんですよ、日雇いで」


 何と健気な労働であることか。


「今の責任者は誰なんだ?」


「あぁ…誰でしたっけ、確か警官隊の警視総監だったはず…名前は覚えてませんけどね」


 健気な日雇い労働をしている元隊員に別れを告げて、整備舎を後にする。私のデスク周りも片付けようかと思ったが、私物はあの使えない七色に光る間接照明だけなので、そのままにしておくことにした。


(警視総監か、そいつに話しをつけたら…まぁいけるのか?)


 よく分からない。この軍事基地に二百メートル級の飛空艦を降ろしたいなんて話し、誰にすればいいのか検討もつかない。かと言って投げ出す訳にもいかないし、何よりアヤメの安否も気になる。

 整備舎を出て、一番近くにある食堂へと足を運ぶ。ここで働いていた時はよく利用した所だ、ナツメと鉢合わせした時にはよく言い合いをして喧嘩もしたし、他所の恋人に手を出してしまってここが修羅場になったこともあった。ろくでもないな、私。けど、そんな思い出に浸ってしまえる程には、何だかんだと好いてたのだ。

 いつから置いているのか分からない、枯れていないのが不思議な観葉植物に挟まれた入り口から食堂に入る。中にもある程度隊員がいるようで、思い思いの席で食事を取っていた。ここもいつもなら人で溢れかえっていて、席の取り合いをよくしたものだ。ナツメと喧嘩していた理由でもある。こんな光景にもいちいち感傷的になってしまう。


(いやぁ…苦手なんだけどな、感傷に浸るのって…離れたくなくなってしまう)


 すると、私を目ざとく見つけて声をかけてきた隊員がいた。だが残念、いちいち覚えていないので誰だか全く分からない。


「おお?!アオラじゃないか!珍しいな、仕事もないのに基地に顔を出すなんて、さてはお前…無職だな?」


「違うわ、ちゃんと就職しとるわ」


「はぁー!私らだけかぁ!無職なの、まぁいいけどさ」


「お前らは何やってんだ?引越しの手伝いにでも来たのか?」


 黒い髪を適当に束ねた女が、頬杖をつきながら答える。


「違う違う、私らは面接に来てるのさ、今この基地に警視総監が来てるから、警官隊として雇ってもらえるように、そういうアオラは何しに来たんだ?さてはお前…馬鹿にしに来たのか?」


「違うわ、いいか…ちょっと耳を貸せ」


 席に座りながら、耳打ちするように小声で話す。興味津々の無職の隊員共に、


「ここだけの話し、もう少ししたら空を飛ぶ船がこの軍事基地に着陸するんだよ、その許可を取りに来たのさ」


 数回の瞬きの後、


「だぁっはっはっはっ!馬鹿じゃないのか!第六区からっ飛ばしてくるのかっはっはっつはっ!」

「あっはっはっは!そんな話しがあるわけ!あっはっはっはっ!」

「し、失礼ですよ!ぷふぅ!」


 それはそれは盛大に笑われてしまった。まぁ無理もない、私も当事者じゃなかったら同じように笑い飛ばしていたことだろう。


「笑っていられるのも今のうちだぞお前ら、ここにはな、二百メートルを超える船が来るんだぞう」


「わか、分かったから!お前のネタは面白いよアオラ!お前、芸人に就職したんだな!あっはっはっは!」


 こいつ...


「それよりも、警視総監とやら今どこにいるんだ?」


「はぁー、笑ったよ、ん?あぁ今、通信舎の方にいるはずだぞ、まさかお前…」


「じゃあな、そん時はよろしく頼むよ」


 口を開けてぽかんとしている失礼な無職の隊員共を後にして、食堂を出て行った。



✳︎



 控えめなノックと共に秘書官が、私に割り当てられた通信舎の部屋へと入ってくる。確かに今は食事だと伝えたはずである、何事かと叱りつけようかと思ったが、秘書官の発言に気が動転してしまった。


「あの、ヒルトン警視総監…前のカリブン受取所で起こった強盗事件について、詳しく聞きたいと…ここの元隊長の方が急いで取り次いでほしいと言っていまして…」


「何故私にそんな事を聞くんだ?」


「わ、分かりませんが…あと、アルトナ?という方は元気にしているかと…警視総監のお知り合いの方ですか?」


 その名前は...さすがに肝を冷やしてしまった。何故あの時の計画を今になって、もしかしたら私は売られてしまったのか?顔に出ないように苦労した。


「分かった、通してくれ」


 軽く会釈をして下がる秘書官、だが部屋の外で待っていたのか、赤い髪をしたそばかすが目立つ女が堂々と入ってきた。


「いやぁ!すみませんねお食事のところ」


「何の用かね」


「一つお聞きしたいんですが、この基地の責任者は貴方ですか?」


「それが何か」


「あそうですか、それならエレベーター出口前に飛空艦を停泊させてもいいですか?二百メートルを超えてしまうので、さすがに黙ってやるのも悪いかなと思いまして」


 .........................は?


「もう、一度言ってくれないか?停泊?」


「ちょっと待って下さいね…」


 そう言いながら、部屋のモニターへと端末を繋げて一枚の画像を表示させた。そこに映っていたのは、確か、うしだったか?一度博物館で見たことがある動物の顔を模した、確かに船のような形をした物が画像に収まりきらずに表示されていた。


「…これは何かの催しものかね?」


「いやいや、皆んな大好き第六区のイベントではないですよ」


 第六区には広大な泉と所狭しと船が浮かんでおり、クルーザーだったり日光浴だったりと、楽しむ事が出来るのは知ってはいるが...そのイベントではない?なら何だこれは?


「なら何かねこれは?」


「グラナトゥム・マキナと呼ばれるマテリアルですよ、このテンペスト・シリンダーを運営しているAIです、この街もタイタニスと呼ばれるマキナが興したらしいですよ、私は会ったことありませんけどね」


 ....................SFの話しか?何故急に?


「すまないが、SFは門外漢なものでね、良ければ愛好家を紹介しようか?私では、君の話しに、」


「ニラタザさんですか?それとも、レウィンさん?あぁ、あとは甥っ子のダンドラさん?」


 この女...よくもまぁそんな事を口調も変えずにのうのうと言えたな...


「失礼ですが、何も私はあなたをゆすりに来たのではないんですよ、ただちょっと軍事基地をお借り出来ればと思いまして…」


「勝手にしろぉ!二度と私の前に現れるなぁ!」


「そうですか、許可していただけるということで!今日か明日にでも到着すると思うのでその時はよろしくお願いしますね、お金大好きヒルトン叔父さん!」


 女が出て行った後に、手近にあった受話器を思いっきりに扉にぶつけた。



✳︎



 いやぁ怖かったぁ、アマンナに教えてもらった通りに相手がびびってくれて良かったよ。まぁ許可と言いながら、何かあった時の責任転換なんだけどな、まぁいい。これで軍事基地に用はない、後はゆっくりと飯でも食べて...

 私のポケットに入っていた端末にコールがかかってくる。表示はアヤメの自宅からだ、忘れていたのに嫌な事を思い出してしまった。


(嫌だなぁ、せっかく忘れていたのに…)


 嫌というのも失礼なのは分かっている。中層でアヤメがお世話になった二人だ、何とかしてあげたいという気持ちはあるが、さすがにアレは重すぎる。ふと、コールが途切れラッキーと思うがすぐにまたかかってきた。私は観念して通話ボタンを押す。


「あ…アオラ?もう…終わったの?…いつ…戻ってくるの…?」


 ..........聞いたか?これアマンナだぜ?あの元気の塊りのようなアマンナの声とは思えない。


「あぁ…今から飯を食いに行こうと思ってるんだが、もうちょっとかかりそうなんだわ」


「…分かった…すぐ…戻ってきてね…それじゃあ…」


 気が重いよ...あんな声を聞かされておちおち飯だって食えやしない。諦めてアヤメの自宅へ向かうことにした。



✳︎



 世界が...暗雲に包まれてしまった...私を覆っているのは先行きも分からない真っ暗闇だけ。あぁ…世界の全てがどうでもいい、何を見ても触っても聞いても何も感じない...アヤメがティアマトに連れて行かれて、もう既に十五時間と八分一二秒...こんなに長い時間、彼女と別れたことがなかったので、マテリアルもエモートも支障をきたしてしまっている。


[グガランナ?今どこにいるの?]


 こうしてアヤメと離れてみて、その大切さが身に染みて分かった。どれだけ幸せな時間であったことか、アヤメはなにかとアマンナを気づかい私は後回しにされてしまい、やきもちを何度も妬いた。苦しかったけど、今にしてみればそれすらも幸福であったと言える。    

 どうしてあの時もっと真剣になってアヤメを止めなかったのか。力づくでも、羽交い締めにしてでも、あの瓦礫が崩れてきた天井の向こう側に行かせなければ...


[嘘?グガランナそれ大丈夫なの?]


 ティアマトに連れて行かれることもなかった、そうしていれば今この時間は大好きな彼女と共に過ごせたというのに...あぁ後悔ばかりだ。


[…気をつけてね、グガランナ]


 今すぐにでも彼女の元へ行きたい、けれど私のマテリアルは今、中層から出られないでいる。あの巨体さを誇る艦体だ、当たり前だがエレベーターシャフトを通ることは出来ないので、一度テンペスト・シリンダーの外へ出てからこの街までやって来るつもりだ。


[グガランナ、グガランナ、グガランナ、グガランナ…]


 アヤメとの最初で最後の通話を録音していたので、それを聞いている。まさかあの時、耳から幸せが流れてくるのを感じている時にこんな事になるなんて思いもしなかった...私の名前を大事そうに呼んでくれる部分だけ、リピートして聞いているとプエラから通信が入った。


[気持ち悪いわぁ!!!!しっかりしなさいよグガランナぁ!!!!]


[…]


[また無視ですか、まぁいいけど、悪いけどもう少しかかりそうだわ]


[…]


[はぁ…ねぇグガランナ?アヤメは無事なんでしょ?ギリギリのところをティアマトに助けられたのよね、それなら大丈夫よ、心配しすぎだって]


[…]


[はぁもう、何なのこの二人は!アマンナも似たような反応だし、いい加減にしてほしいわ!]


[…]


[もういい!]


 彼女は、プエラは元気になれたようだ。きっと、大切な人を助けることが出来たのだろう。

 重い体を起こして、部屋を見回すとアヤメのベッドの隣にクッションを抱いて蹲っているアマンナがいた。帰ってきた時から同じ姿勢だ、マテリアルが故障しないか心配だが、私も人の事は言えない状況なので、何も声をかけずに再びベッドに突っ伏してしまう。

 アマンナ...元気がないあの子を見ているとこっちまで落ち込んでしまう。悪い相乗効果だ、どちらも顔を伏せて何も言わない。ただ、無為に流れる時間にアヤメへの想い共に身を任せているだけだった。

 玄関の扉が開く音がした、瞬間的に体を起こすが軍事基地へ出かけたアオラが帰ってきたのだろう、再び落胆と共にベッドに倒れ込む。


「お前らなぁ…いつまでそうしているんだよ…」


 アヤメの寝室に入ってきたアオラ、溜息と共に私達に声をかけるが、私もアマンナも一言も発しない。


「いやアマンナ?お前が帰ってこいって言ったんだぞ?何で無視するんだ」


「………お帰り………」


 あぁ聞きたくなかった...そんなに元気がないなんて...余計に落ち込んでしまった。


「お前らアヤメに依存しすぎ」


 どうしてアオラは平気なのか、アオラもアヤメのことを可愛がっていたはずなのに。やっとの思いで体を起こしアオラに振り向いた時に、手に何か持っているのが見えた。


「……アオラ?……それは、何かしら?」


 私の言葉にアマンナも頭を上げる...見るんじゃなかった...何あの顔、生気がまるで無い、マギールの地下で見た人形のような顔をしている。


「これはな、アヤメが小さかった頃の動画だよ、見たいか?」


「…え?」

「…小さかった、頃?」


 その手にあるのは小さなメモリースティック、あそこにアヤメの神秘が?


「ちょうどアマンナぐらいの頃かな?見たいか?見ないならそれでいい、好きなだけこの部屋にいろ」


 そう言って、扉も閉めずに部屋を出て行く。アマンナと目を合わし、どうするか目線だけで相談していると、


[うわぁ!何あれすっごぉい!見て見て!あれ何かなぁ!]


 天使の声が聞こえてきたかと思えば、あんなに動かなかった体が勝手にベッドを降りて、気づいた時には既にアマンナの姿は無かった。

 私も部屋を出て、モニターに映し出された天使を直視してしまった...そこには、確かにアマンナと同じ背丈をしたアヤメが、楽しそうにはしゃいでいる姿があった。映像のアヤメは、髪は今よりも短く後ろで一つに纏めている。その笑顔たるや、私の心に覆っている暗雲を吹き飛ばす程だ、心が...心が浄化されていく...何も言わずにただ黙って見つめていた。


[あー…まんなぁ?何これ?あまんなって読むの?]


「アオラ?!何で?!何でわたしの名前を呼んだの?!」


 あんなに元気が無かったアマンナが、モニターから天使の声で名前を呼ばれて喜んでいる。あれ、やっぱりやきもちは苦しいわね。何でアマンナだけ?私は?私の名前は?


「さぁ…何でだろうな…確かこれ、第六区に遊びに行った時だから、似たような名前でもあったんじゃないか?」


「いくらですか」


「は?」


「このデータ、いくらですか」


「はぁ?見せてもらっておいてなんだそれ」


「いくらですかこのデータ!わたしの!わたしの体で払います!ください!」


「いらんわぁ!何で敬語で喋ってんだよ!」


「ふわぁー…アヤメに…アヤメに名前、呼んでもらえるなんて…あぁ可愛いなぁ…」


 アマンナはモニターの前に陣取り蕩けるように見つめている。私も負けじと横に座り、束の間アマンナと陣取り合戦をする。


「いいじゃないアマンナ!あなたは名前を呼ばれたのよ?!少しぐらい譲りなさい!」


「嫌っ!アヤメが!わたしと同じアヤメが名前を呼んでくれているんだよ?!どくわけないよ!」


「どうせあなたもアヤメの声を録音してずっと聞いていたんでしょ?!分かっているのよそれぐらい!あの時は私のマテリアルの話しにすり替えたけどバレバレなのよ!」


「それが何だ!今何か関係あるのか!わたしはわたしと同じアヤメに応えないといけないんだよ!いくらグガランナでも邪魔したら怒るよ!」


[ふわぁ!あの舟おっきいねぇ!わたしも乗ってみたい!いいよね?行こう!]


「…」

「…」


「お前ら本当に落ち込んでるのか?」



25.b



 俺の目の前には、銀の髪をした男が端正な顔をしかめてチェス盤を睨んでいる。髪は短髪、まるでこいつの心を現すように逆立たせていて、耳の上から後頭部にかけて刈り込みを入れている。それにしても、その髪もしかめている顔も様になっている男だ。俺への当て付けか?


「む、待ってくれ、さっきのは無しにしてくれ」


「そんなルールがあるか」


「そんなはずはない、俺の知っているチェスでは出来たはずだ」


「どこの世界のチェスなんだ、むしろ俺にも教えてくれ」


「いいだろう、ではこのゲームはご破算だな」


 そう言ってあろうことか、チェス盤をひっくり返したではないか。


「ばかっお前いい加減にしろよオーディン!何度やり直したら気が済むんだ!」


「お前も少しは手を加えたらどうなんだ?ディアボロス、一方的なゲームをして楽しいのか?」


 そもそもお前が誘ってきたんだろうが!

俺のナビウス・ネットにいつの間にかログインしていたオーディンが、今まで作った事もないくせに完璧な容姿で入ってきた時は度肝を抜かれた。どれだけ人間の容姿を作るのが難しい事か、一度こんこんと説明してやりたいぐらいだ。

 俺が作った迎賓館と呼んでいる場所は、地球がまだ綺麗だった頃、ヒマラヤ山脈と呼ばれた標高の高い山間に築いている。全てはデータによる偽物だが、再現するのに苦労した。オーディンとチェスに興じていた部屋からは眼下に低い山々の頂上が、雲の絨毯を突き破りその姿を見せている。一つ一つの山に雪を散らせて、薄い雲を漂わせるのは根気のいる作業だったがこの景色には満足している。

 窓ガラスに写る冴えない男の顔は、俺のものだ。黒髪で髪型はざっくばらん、怠そうにしている目はただの失敗だ、とくに意味は無い。体つきも中肉中背だ、これには意味がある。細かい作業をするのに適しているからだ、どこぞのマキナのように使いもしない筋肉は邪魔なだけだ。

 とにかく何かを作る事が好きな性分だった、初めは人間の体なんざ持たなかったが、データログにある絵画や、世界の名だたる芸術品は全て人間の手で作られた物と知り、このデータをこしらえたのだ。顔や髪なんかはいくらでも作り直せるが、愛着が湧いてしまったのでそのままにしている。

 ヴィンテージ調に仕立てたソファに身を預けながら、どこぞのマキナに声をかける。


「それで、どういう風の吹き回しなんだ?お前がそんななりで現れるなんて」


「ただの気紛れだ、気にするな」


 オーディンは俺が作った景色を見ているようで...見てはいないだろう。長い付き合いだ、金色の瞳は...どうやって作ったんだ?気になるな、後でそれも教えてもらおう。とにかく、その目は何も見てはいなかった。


「俺達と別れてから何があったんだ?」


「…サニア、という人間にな、負けてしまったよ」


「そんな事は分かっている、お前のマテリアルを回収するのにどれだけ苦労したと思っているんだ」


「この俺を救ってみせると言ったんだ、あの女は」


「…それが?」


 窓の外に向けていた瞳を部屋の中に戻し、ひっくり返されて何も無くなったテーブルを見つめている。そして、徐に顔を上げて今度は俺の顔を見る。


「お前にとっての恐怖とは何だ?ディアボロス」


「考えたこともないな、お前にはあるのか?」


「俺の役割だよ、何のために存在しているのか、それが分からない」


 おかしなことを...


「お前はマキナの中で唯一、攻撃手段を獲得している、」


「そんな事は分かっているさ、だがお前はどうだ?ピリオド・ビーストや駆除機体を使って人間を攻撃しているではないか」


「あれは攻撃とは言わない、駆除だ」


「屁理屈ではないか?」


「違うさ、攻撃と駆除は違う」


「何が違うんだ?」


 頭に手をやり少し考える。


(こいつも人間に当てられてしまっているな…)


 タイタニスと同じだ。奴も最初はそこまで人間に興味を示していなかった。だが奴と当時の中層に訪れてこのままでは資源が枯渇し、生活が困難になってしまうことを説明しに行った時から、奴は...人ではないな、マキナが変わったようになり、次第に人間の言いなりになっていったのだ。


「…オーディン、一つ忠告しておくが、人間の言う事は真に受けるな」


「…」


「次に会った時はまた別のことを言うさ、それが人間だ」


「…俺はただ、自らの役割を知りたいだけなんだ」


「それを知らずにくたばるのが怖いと?忘れていないか、俺達がどんな存在か、死はありえない」


「…そうだな、お前の言う通りかもしれん」


 頼むよ兄弟。これ以上仲間を失いたくないんだ。

 今度はさっきと打って変わって挑発的な目を向けながら、とんでもないことを聞いてくる。


「それで、お前はティアマトやグガランナに何をしたんだ?あの嫌われようはさすがに気になるぞ」


 俺と同じようにソファに身を預け、顎に手を当てている。だから何でお前の方が様になっているんだ?今すぐに追い出すぞ。


「…オーディン、俺にも恐怖があったことを思い出したよ」


「ほう、それは何だ?気になるな」


「受け入れられないことさ、あの時はせっかく新人のところに挨拶しに行ってやったというのに、あの対応といったら…」


「何をしたんだ?」


「グガランナのネットがあまりにも粗末だったからな、俺のデータをあげようと思ったのさ、それなのに先にログインしていたティアマトと口論になってしまって」


「文句を言われる程か?この景色も十分に良いではないか」


「…俺が描いた絵画を飾った美術館のデータをあげたんだよ」


「…」


 あのオーディンが絶句している。


「お前…」


「いや!今なら分かる、確かにあれは酷かった!けどな!見向きもされなかったんだぞ!せっかく描いてやったというのに!分かるか?!この気持ち!」


「重いだろう…いや、お前それはさすがにグガランナが可哀想だ」


「お前もか?!そんなにか…良かったと思ったんだが…」


「いや全然分かっていないだろうお前」


 あの時の口論が蘇ってくる。渡したデータの説明をしただけで、まるで虫を見るような目を向けられてしまい、ついカッとなったのが最後、最初は俺のことを何だかんだと気づかってくれたグガランナにまで八つ当たりをしてしまい、二人から総スカンを食らってしまった。あの時の目といったら...恐怖だ。


「あと、お前のその喋り方は何だ?つい真似てしまうからやめてほしいんだが」


「うっせぇ!これは俺のアイデンティティだ!いくらお前でもそこまで言われる筋合いはない!ダサいとか言いやがって!」


「少なくとも、あの二人には受けていないぞ」


「なん…だとぅ?そんな馬鹿な…あんな引きこもりにすら受けないのか…」


「お前なぁ…そんなだから嫌われたままなんだぞ?いい加減に直したらどうなんだ」


「うっせぇバーカバーカ!頑張らなくても何でも出来るお前みたいな奴に、俺の気持ちが分かってたまるかぁ!」


「何だその言い方はぁ!せっかく心配してやっているというのに!」


「余計なお世話だぁ!」


「もういい!勝手にしろ!馬鹿者がぁ!」


 いつものように口論になり、怒ったオーディンがログアウトするかと思ったが、


「最後に!言い忘れていたが、テンペスト・ガイアの対応に不審に思っているマキナが多数いてな、直に決議にかける流れになっている、覚えておけぇ!」


 そう親切に啖呵を切って、今度こそログアウトした。


(あ、金色の瞳の作り方、聞くの忘れてた)



25.c



 マギールさんとプエラが躍起になって中層の外壁を剥がす?とかなんとか...このマテリアルから遠隔操作をして、開けようとしているらしいが苦戦しているようだ。昨日の夜には外壁へと到着していたが、夜が空けてもまだ開きそうにはない。


(というか、外壁自体も初めて見たんだがな…)


 中から見ているのに外壁というのか?内壁?よく分からないが、ブリッジへの直通エレベーターの前の通路から見えている景色は、太陽の光を反射している巨大なミラー群だ。端も見えない程の馬鹿げたサイズをした長方形のミラーが、一枚一枚繋ぎ合わさっている。その内一枚を剥がそうとしているらしいのだが...剥がせたとしてこの艦体は通るのか?通るのか、ギリギリいけそうな気もする。

 それと、私達が船と呼んでいたこのマテリアルは、艦体と言うそうだ。正式な名前は、飛空型艦体マテリアル、だったか?飛空型ということは他にもあるんだろうか。

 眺めていた景色にも飽きてきたので、私に割り当てられた部屋に戻る。この艦体の居住区エリアは、スイがいる格納庫から出て右、ブリッジとは逆の方向に進んだ先にある。ちなみにスイは今、外壁のシステムに艦体から伸ばしたケーブルを繋げる役割をしているので、昨日の夜から今まで飛びっぱなしだ。大丈夫だろうか...

 格納庫を通り過ぎて、プエラがバウムクーヘン型と呼んだ、少し湾曲した居住区エリアへと入る。ブリッジと同じ形をしているのが気になったが、理由を聞いても誰も知らないらしい。

 一階から三階まで吹き抜けになっており、私の部屋は三階の真ん中、手摺りしかない少し怖いエレベーターに乗って三階へと向かう。エレベーターから降りてちょうど真ん前にあるので使い勝手は良い、質素に見える扉だが手触りの良いドアノブを掴んで部屋に入ると、ヘッドホンをかけてベッドにうつ伏せに寝転んでいるプエラがいた。何やら読んでいるのか、それとも携帯ゲームで遊んでいるのか、部屋に入ってきた私に気づいていない。


(またか…)


 前の仕返しのつもりで、何の凹凸もない可愛らしいお尻を音が鳴るように叩いた。


「うっひゃぁあ?!びっ!もうナツメ!」


「ほら、ここは私のベッドだぞ?自分の部屋に行け」


 ヘッドホンを取りながら、少し頬を赤くしたプエラが怒ってくる。


「もうーあと少しでノーコンだったのにぃ、この音ゲーむずいんだよ?」


「知るかよ、私に尻を向けたお前が悪い」


 なんだそれと言いながら、再びヘッドホンをかけようとしている。そしてそのままゲームを再開してしまった。まるでこっちを見ない、話しもせずに一人趣味に興じるなら自分の部屋でも出来るだろうに。

 ため息をつきながら、ベッドに下ろしていた腰を上げ、部屋を出て行く。私の隣にあるプエラの部屋へと向かう、すぐ隣にあるのに何でこっちに来るんだ?

 同じように手触りの良いドアノブを掴んで部屋に入る。そして、プエラに取られてばかりだったベッドにダイブした。ふかふかで初めての感覚だ。一人で堪能していると部屋の扉が開き、歩きながらゲームをしているプエラが入ってくるではないか。


「お前、なんでこっちに来るんだ?」


「そこ、私のベッドだもん」


 プエラが寝転がっている私の隣にすとんと腰を下ろした。


「私のベッドで一人でゲームしていただろう?いいじゃないか、私だって寝転びたいんだ」


「じゃあこれでいいじゃん、何で部屋変えたのさ」


 拗ねてるのかこいつ?ゲームをしながら答えるプエラ。


「私と遊びたいなら、ゲームをやめろ!」


「あ、ちょっと!取らないでよ!それ街のネットから落とすのに時間かかったんだよ?!」


「ただの違法ダウンロードじゃないか!重罪だぞ分かってんのか?!」


「いやほら、今から街に行くんだからそん時にお金払うよ」


「そういう問題じゃない!」


 プエラが遊んでいたゲームの画面を見てみるがちんぷんかんぷんだ、全く分からない。


「プエラ、お前は何がしたいんだ?私の部屋に入り浸ってるだけでゲームばかりしているし、私にどうしてほしいんだ?」


 取り返そうと私に向かって腕をぶんぶんと振っていたプエラが大人しくなり、


「何も、しなくていい…ただ一緒に時間を過ごしたいだけ…ゲームならナツメに迷惑かけないと思って…」


 こいつ...そんな事を考えていたのか。


「め、迷惑なら…出ていくから、ごめんなさい…」


「あぁもう!分かったよこっちにこい!」


「うわぁ」


 ベッドに寝転びながらプエラの細い体を後ろから抱きしめる、遊んでいたゲームも返した。


「これでいいだろ?」


「う、うん…」


 後ろから抱きしめているので顔は見えないが、いつか抓ったおもちゃのような耳が赤くなっているので、まぁまんざらでもないんだろう。

 すると、ゲーム機に別のデータも落としていたのか、さっき見たものとは別の画面になっていた。


「それ、面白いのか?」


 少しプエラのお腹をキツめに抱きしめながら聞く。位置が悪い、もう少し身を寄せた方が楽になる。


「そ、そうでもないけど…こっちはゆっくり遊べるから…」


 暫く無言で過ごす。間抜けな音楽を聞きながら、細くて柔らかいプエラの体を抱きしめていると自然と眠たくなってしまう。


(あの時とは、えらい違いだな…)


 病院で一度、プエラにひどい事を言ってしまいお互いに何を言えばいいか分からずに、ただ無言で過ごしていた。あの時と同じように、お互い何も喋らないが無言が心地よく思えてしまう。

 うつらうつらとしていると、また扉が開いた。今度は勢いよくだ、せっかくの眠気が吹き飛んでしまった。


「見つけたプエラ!探したぞ!何をやっているんだ!」


「げ」


「げ、じゃない!マギールさんも探していたぞ、さっさと作業に戻れ!」


「はぁ?この状況見てよくそんなこと言えるわね!今ナツメに抱きしめられてるから無理ですぅ」


 一瞬、誰だか分からなかったが怒りながら入ってきたのはテッドのようだ。敬語を使わない奴は珍しいな、初めて聞いた。


「ほらナツメさんも、こんな奴甘やかしたらダメですよ!その手を離してください!」


「あ、あぁ」


 テッドの勢いに言われるがままだ。


「やきもち?ねぇやきもち妬いてるの?後であんたもやってもらったら?」


「…」


「あ!今絶対考えたでしょう!このエッチ!すけべえ!」


「う、うるさい!いいからこっちにこい!」


「ばっ触らないでよ!すけべえがうつるでしょうが!」


「うつるか!」


「離してっ、やだぁ!せっかくナツメと二人っきりになれたのにぃ!!」


 プエラの手を引きながらテッドが部屋から出て行ってしまった。


「何だったんだ…」


 あいつらいつの間にあんなに仲良くなっていたんだ?



「いいですかナツメさん、あんなのは放っておけばいいんですよ」


 テッドの作業が落ち着いたこともあり、艦内の休憩スペースで二人して食事を取っている。もう驚くことはないだろうと思っていたが、この艦体には人間が取れる食事が、バリエーションこそ少ないもののきちんと常備されているのだ。驚いた。


「お前あまりあいつのこと、悪く言うなよ、あれでも可愛いところはあるんだ」


「それ、絶対ナツメさんの前だけですよ」


 テッドは、マギールさんから説明を受けた、グラナトゥム・マキナやマテリアルについて少しでも勉強がしたいと、外壁を剥がす作業に自ら志願していたのだ。最初はテッドも、プエラには丁寧に対応していたそうだが...


「あいつは隙があったらすぐ逃げようとしますからね、それで逃してマギールさんに怒られるのは僕なんですよ?理不尽にも程がある!」


 ぷんぷん怒りながらも食事を取っている。

作業が始まってものの一時間もしないうちに今の態度に切り替えてたそうな、こいつは何を言っても無駄だと悟ったらしい。


「私の方からも言っておくよ」


「はい、何かすみませんでした、愚痴を言ってしまって…」


「いいさ、お前はあまり愚痴を言うタイプではないからな、新鮮味があって面白かったよ」


 ふぁいと言いながら咀嚼している、行儀が悪いと頭を小突いた。


「それにしてもだ、お前、あの時の事を覚えているか?エレベーターを降りてアヤメと再会した時のこと」


「………はい、覚えていますけど」


 きちんと飲み込んでから返事をしたので、今度は褒めるつもりで頭を撫でようとしたが、何故だか避けられてしまった。


「アヤメの隣に立っていた女を覚えているか?身長が高い方だ」


「あぁ…あのとても綺麗な方ですよね、それがどうしたんですか?」


「奴のマテリアルなんだそうだ、この艦体は」


 すると、持っていた食器を置いて、額に手を当てて何やら唸っている。


「えーちょっと待ってください、確かマテリアルは色々な形に変えられて、さらにマキナさんには専用のマテリアルがあって…」

 

 マキナさんって誰だ。面白い覚え方をしているな。


「あぁはい大丈夫です、マテリアル、大丈夫です」


「いや私が言いたいのはマテリアルについてじゃなくて、いずれはあの女達に会わないといけないんだろ?」


「あぁ確かに、ナツメさん出会い頭に飛び膝蹴り食らいそうになってましたもんね、大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃないだろ、あの二人、間違いなく私を敵視しているだろうからな」


 そんな事ってあるか?出会って数秒で相手の膝を見たのは生まれて初めてだ。アヤメから私の事を何て聞いて...あぁ絶対あの事だ。今度は私が額に手を当てて唸ってしまった。


「ナツメさん?どうしたんですか?」


「…テッド、お前には伝えておくが…アヤメにな、私、キスをされたんだ、前からずっと好きだったと言われて、多分そのことをあの二人は聞いていたんだろう」


「…………………………………はぁ?!好きだった?!いやでも、アヤメさんも女性…あぁそういう…」


「いやいや、もう振られたんだ、過去形で言われてな」


「………………………………は?キスされたのに振られたんですか?何ですかその起承転結が激しい話しは…」


「私もよく分からんよ」


「ん?でもいつキスされたんですか?確か、あの二人と別れた後にナツメさんとアヤメさんが二人っきりで話しをしたいと…ん?」


「………いや、忘れてくれ、今の話しは聞かなかったことにしてくれないか」


そうだよ、何を誤爆しているんだ私は、アヤメとキスをする前に既に飛び膝蹴りを食らいそうになっていたではないか。


「無理っ!」


「?!」

「?!」


 またさらに頭を抱えていたら、いつの間にか隣に立っていたプエラに驚いてしまった。


「ナツメ、今の話し、詳しく聞かせてほしいな」


 とびっきりの笑顔で言われてもな。


「断る」


「何でさ!何?!アヤメが?!あの子があなたと?!き、き、ききキス?!」


「うるさいよプエラ、今食事しているだろ」


「テッド!あんたもいいの?!ナツメのファーストキスが奪われているのよ?!いいのそんなんで?!」


「いや、アヤメさんはノーカン扱いだから、男の人だったら泣いてたと思うけどさ」


「ノーカンってお前…」


「はぁー、あんたはそんなんだから私にも先を越されるのよ」


「はぁ?そんな訳ないだろ、僕だってナツメさんと抱き合ったことぐらいあるよ」


「…」

「…」


「……や違う!間違えました!抱き合ったというのはそういう意味じゃなくて!抱きしめてくれたという、ね?!そういう意味ですから!」


「プエラ、いいことを教えてやろう、昨日の戦闘中にな、せっかく守ってやったというのにこいつ、私の胸を鷲掴みにしてきたんだぞ」


「けだものじゃん、そんな可愛い顔をしてただの性欲お化けじゃん」


「違うよ!あれは!勢いあまってそうなっただけで!」


「ち、近づかないでこの性欲お化け!」


「誰がお前なんかに手を出すかぁ!」


「いい加減にせんかぁ!!!!!」


 三人揃って大音量の怒鳴り声に身を竦めた。休憩スペースの入り口にはこれまた顔を真っ赤にしてマギールさんが立っていた。


「プエラとテッド!!いつまで休憩しておるのだ?もう休憩時間はとっくに過ぎておるわぁ!!早く戻ってこぉい!!」


 すごすごと休憩スペースから出て行く二人、励ましの言葉を送ろうとすると、


「ナツメ!貴様も手が空いているなら手伝わんか!!」


 とばっちり?まさかの私がとばっちりを受けたのか?時間を持て余していたから手伝うが...何をすればいいんだ?



[す、すみませんナツメさん、手伝ってもらって…恐縮ですぅ…]


 艦体から伸ばした接続用ケーブルが、風でなびいて仕方がないとスイからマギール達に苦情を言っていたらしく、それならお前が乗って直接なんとかしろと言われて、スイに搭乗していた。


「何とかしろと言われてもだな…」


[す、すすすすみません!私のせいで、わ、私が余計なことを言ったから…はわわ]


 とかなんとか言ってはいるが、こいつもこいつで口が強いからな、私のいないところでは何を言っているのやら...あの二人がスイの言う事を聞くぐらいだぞ?


「いいさ別に、それよりスイ、お前昨日から飛びっぱなしなんだろ?休憩とかしなくていいのか?」


[だ、大丈夫です!この作業が終わったらきちんと休みますので!]


 私が座っている前席には、長いケーブルが巻かれた状態で置かれている。はっきりと言って邪魔で仕方がないが、どうやらこのケーブルを直接ミラーに挿しているらしい。最初はスイの機首にケーブルを固定し、ミラー脇にある直接入力用の端子に打ち込んで作業を進めていたみたいだ。


「なぁマギールさん、これ直接入力出来るってことは昔に何かあったんですか?人が触れるようにしてあるのは何故なんですか?」


[緊急時は全て、プログラム・ガイアの手ではなく人間の手で直接復旧するためにある]


 何を言っているかさっぱり分からんが、要は何かあった時は自分達でどうにかしろということか?


「まぁよく分かりませんが」


[なら聞くな!こっちは忙しいんだ!]


 何をそんなに怒っているんだ、聞いただけじゃないか...


[マギールさんのことは気にしない方がいいですよ、作業する前に少しでも予定が遅れるとピリピリする性分だから構うなと言われていたのに私、めったんこに怒られましたもん]


「可哀想に…」


 ただの八つ当たりではないか。


[で、でも!ナツメさんと二人きりになれましたので、これはこれはで…いや、何を言っているんでしょうか私はっ、あはははっ]


「はいはい」


[えぇ…適当…]


 スイの自動操縦に任せて、ミラーの近くまで飛行してもらう。後ろを振り返ってみればグガランナ・マテリアルが空中で寛いでいるよう漂っている、まるで牛だ。草原に足を折り曲げて座っている牛の両側に、翼を付けてそのまま空へ飛ばしたような形だ。ん?


「おい、艦体からケーブルを繋げているんじゃないのか?ケーブルが見えないぞ」


[あぁやり方を変えたんですよ、艦体から出してもらった電波を私が受信して、無線でやり取りすることにしたんです]


 それ私いるのか?


[あ!今回私は受信機を取り付けていますので、代わりにナツメさんが射出機で端子を狙ってください!]


「私に任せろ」


 はわぁかっこいいと言うスイの操縦桿を撫でてあげる。これで失敗したら笑われ者だ。

 視界一杯のミラーの前で、プエラが降りる前によくやっている操作をスイも行い、空中に漂わせている。体にぶつかるように感じていた重力はなくなり、今度はお尻に全体重がかかり少し苦しい、だが、ここで失敗する訳にはいかないので射出機のトリガーに集中する。

 ミラーに眩しい光を送っていた太陽が、束の間雲に隠れてくれた。太陽光を反射して見にくかったミラーの接続端子を見つけ、すかさずトリガーを引こうと思ったが端子の上に赤いボタンを見つけた。え?いかにもすぎて頭がパニックになった。

 射出機に取り付けられたレティクルから目を離さずに、スイに呼びかける。


「スイ!あの赤いボタンは何だ!」


[ふぁい!わか、分かりません!]


 私の急な怒声に驚いている。


「撃つぞ!いいな!」


[ふぁい!]


 間抜けなスイの声を合図にトリガーを引き、重い反動と共にケーブルが射出される。先端の重りに引っ張られる音を聞きながら見守っていると、見事赤いボタンに当たった。

 すると、


「うわぁうわぁヤバイヤバイ!スイ!早く逃げろ!」


 巨大なミラーが軋む音を立てながら、ゆっくりと上方向へ開いていく。危うくミラーに当たりそうになったので慌ててしまった。


[こんな簡単に開くんですねー、私の苦労は一体何だったんでしょうか]


[おい!貴様ら何をやったんだ!何故勝手にミラーが開いておるんだ!報告せよ!]


[えぇ私らの苦労は何だったんですかぁ、最初からナツメにやってもらえば良かったじゃあん]


[な、ナツメさん!お見事ですよ!]


 艦体にいる三人が好き勝手に通信してくる、いやテッドだけだな気を使ってくれたのは。後でうんと撫でてあげよう。

 開いたミラーの向こう側は、期待していた景色では無かった。白い糸に覆われ汚い銀の色をした...そうだな、数年ぶりに上がった天井裏のような景色がそこにはあった。こんな所に入るのか?凄く嫌なんだが。



25.d



「ピクニックだぜぇ!」


「…え?私行かないよ?行くなんて一言も言ってないよ」


「い、いぇーい!ピクニックぅ!」


「装備良し、食料よし、インカムよし!アシュ!はしゃぐ前に確認しなさい!」


 エディスンの街に、四人の女の子の声が響く。場所は観光用か娯楽用か、必要性は一切感じないが豪華なホテルの入り口だ。彼女らの近くにはホテルの従業員が使っていた四輪駆動式のバギーもあった。

 服装は特殊部隊で着用している軍用の物ではなく、どうやらホテルに置かれていた私服のようだ。

 真っ先に声を上げた女の子が早速バギーに乗り込む。髪は茶色、ショートカットでわざと耳を見せているのだろう。服装は赤と黒のツートンカラーのウィンドブレーカーに、マスタード色のハーフパンツ、足を虫やら草から守るためにレギンスも履いている。いや、確か虫はいないんだったか。

 生真面目な子にアシュと呼ばれた女の子が、皆んなを急かしていた。


「早くぅ!早く行こうぜ!」


 バギーのクラクションを鳴らしながらはしゃいでいる。それを迷惑そうに見ているのは、黒いパーカーに黒い...いいのか?そんな格好で、全身を真っ黒にした、目にかかった前髪をそのままにしている女の子だ。髪の色は染めているのか地毛なのか、薄い水色をしている。染めているなあれは。


「ミトン!何だねその目は!君に冒険心というものはないのかね!そんなんだからぁぁ?!こらぁライフルを向けるなぁ!!」


 ミトンと呼ばれた女の子が、味方であるはずのアシュにライフルを向けていた、しかもアンチ・マテリアルライフルだ。


「…うるさいアシュ」


「ま、まぁまぁ!せっかくのピクニックなんだからさ、喧嘩はよそうよ」


 そう言って仲裁に入ったのが、アシュよりもいくらか濃い茶色の髪をした女の子だ。ピンク色のピーコートに、からし色をしたフレアスカートを穿いている。ん?ピクニックでスカートとはまた、大胆なのか何も考えていないのか。一番女の子らしい格好をしてはいるが。すると、ミトンが一つに束ねてポニーテールにしていた、カリンと呼んだ子の髪を引っ張る。


「いたっ、こらぁ!ミトン何するの!引っ張ったらだめでしょう!」


「…カリン、帰りたい」


「まーたミトンはそんなこと言って!そんなんだからライフルを向けるのはやめなさい!すぐに切れる最近の若者かね君は!!」


 ミトンに指をさしながら年寄りくさいことを言うアシュ、本当に騒がしい子だな。それに呆れたようにため息をつく生真面目な女の子。その子の格好は、まぁ何と言うか、普通だ。山道を歩くための服装に固めているので、とくに何も思わなかった。

 被っていた帽子を取り、両サイドに纏めていた髪を直している。白のチェック柄のシャツに紺色のハイキングベスト、明るいベージュ色のパンツに、暗めの茶色をしたトレッキングブーツ...よく観るとお洒落だなこの子。街中でも通用しそうなカラーコーディネイトには、気合いを感じた。案外この子が一番楽しみにしていたのかもしれない。

 エディスンの街に展開していた上層の特殊部隊は、束の間の休暇を楽しんでいた。ディアボロスが放った駆除機体は殆どが破壊され、さらにはピリオド・ビーストと名付けられた巨大駆除機体も特殊部隊に倒されている。中層に来てから今まで、長い緊張状態が続いていたのだ。目前の危険が取り除かれ、彼女らが羽目を外すのも仕方がないことだった。私もテンペスト・ガイアから暇を言い渡されたので、彼女らをサーバーから観察することにしたのだ。マキナをクビになった訳ではない。


「さ!早速行きましょうか、と言っても当てもないんだけどね、アシュどこか行きたい所はない?」


「あーるーわーけーないじゃあーん!」


「ねぇアシュ、そのテンション何とかならない?マジでウザいんだけど」


「そ、そいつはすまねぇ…」


 自分で自分の頭にゲンコツを当てながら謝っている、全く反省していないなこいつ。


「はぁ…カリン、あんたは?」


「えーと…ここって、私達の街の下にあるんだよね?端っこは、どうなってるのかなぁって、ちょっと気になる」


「言われてみればそうね、私はあの太陽に見えるやつも調べてみたいけど、端っこも気になるわね」


 あの太陽は偽物だ。主にラムウが管理している仮想展開型風景といって、太陽や月といった本来ここには無いものを、空間に投影してくれるものだ。太陽に近づいたところで何も無い...無かったはずだ、いや直接見たことがないから実際にどうなっているのか分からない。


「じゃあそこでいいんじゃない?私は遊べたら何でもいい快楽主義者だから目的も何でもいいのさ!」


 それ一番危なくないか?


「本当に、あんたと組んでよくここまで無事でいられたわ」


 被りを振りながらバギーへと乗り込む女の子、この子だけ誰にも名前を呼ばれていないので分からない。早く誰か呼んでくれないか。

 そうして、アシュが運転席に座り他の三人も皆、バギーへと乗り込んだ。少し大げさなエンジン音と共にバギーが動き出し、ホテルから出て行った。



[ハデス、話しがある]


 アシュのはらはらする運転を見守っていると、通信が入った。今はそれどころではないんだ、後にしてほしいが相手はあのディアボロスからだった。


[何だ?今目が離せないんだが]


[目が…離せない?何を見ていたらそんな事になるんだ]


[中層に展開している特殊部隊の彼女達さ、バギーの運転が危なっかしくてそろそろ介入しようかと思っているんだ、後でもいいか?]


[おまっ、俺の敵だぞ?!助けるのか!俺の目の前で?!]


[いつから人間がマキナの敵になったんだ?お前の思い違いだろうに]


 アシュがすんでのところで崖から落ちそうになるのを回避する。何でそんな道を選んだんだ?見ていない間に何があったんだ。アシュは楽しそうだが、他の三人は能面のように死んだ顔をしているのが面白い。


[いいや、奴らは敵だ、この箱庭を壊す輩だよ]


[なら、お前の味方は誰なんだ?]


[…それを交渉しに来たんだ、ハデス]


[他を当たれ、私にはお前の期待に応える程の力は無いよ]


[…テンペスト・ガイアを決議にかける]


[何だ票を取りに来たのか、そういうことなら早く言え]


[奴を否決させ計画を止める、このままでは俺達マキナも危なくなってくる]


 どうでもいい、まるで興味が無い話しだ。

崖を越えて、道なき道を行く四人組。さっきまで死にそうな顔をしていた三人が、元気を取り戻したのかアシュを袋叩きにしている。本気で殴ってはいないのだろう、皆んな楽しそうな顔をしていた。


[…聞いているのか?ハデス、答えてくれ]


[お前の話しよりも、今見ている映像の方が面白くてな、すまない]


[…その人間達すら食い物にされるんだぞ?いいのか?]


[レガトゥム計画、だったか?]


[?!何故それを…]


[私は奴の言いなりでな、概要ぐらいなら聞いたことはあるさ]


 殴り飽きたのか、今は大人しくアシュの運転に身を任せて風景を楽しんでいる。崖を越え、屹立した木の合間も抜けて、今は真っ直ぐに伸びる道を、向こうに見える丘を目指して走っているようだ。見事な芝生に挟まれた道は緑色と茶色のツートンカラーで、所々に背丈の低い木が点在しており、まるでゲームのような世界だと四人共喜んでいた。アシュは顔を輝かせ、ミトンは面倒くさそうにしながらも周りに視線をやり、カリンは涙腺を緩ませながら見つめていて、そして生真面目な女の子は目を見張って感動していた。


(楽しそうだ…)


 羨ましいと、心から思ってしまった。マキナに心があると言えるのか甚だ疑問だが。この四人には特別な役割があるのだろうか、それとも私と同じように誰かの言いなりになっているのか、分からない。分からないが、この四人は私には無いものを持っているように思えた。それが何のか知りたい。


[ディアボロス、言っておくがテンペスト・ガイアを否決して退場させたところで、何も変わりはしないぞ]


[どういう意味だ?]


[私さ、代わりに私が受け継ぐことになっているからな]


[…]


[それにだ、もう直にティアマトの権能も引き継ぐことになっている]


[お前の役割は…]


[あぁ、誰かの代わりだ、お前に想像出来るか?自分では何一つ役割も目的も持てず、誰かの席が空くのをひたすら待っている私の気持ちが]


[…]


[出来ないだろうな…もう一度言う、仲間が欲しいなら他を当たれ、私に出来ることは何も無い]


[浅慮だったことは謝る、だがな一つだけ言わせてもらうが、お前楽しいか?]


[何が言いたい]


[そのままだよ、指を咥えて待っているだけの今の状況が]


 モニターから、彼女らの笑い声が聞こえてくる。自分達でバギーを運転して、道なき道を行く彼女らは、当ても目的もないはずなのに、楽しそうにしているのが不思議でならなかった。


[…楽しいはずがない]


[だろうな、立ち止まっているからだ]


[…]


[役割や目的なんてもんは、自分を楽しませる手段でしかない、足を動かし、手を伸ばし、自分で決めていくことだ]


[…何をだ]


[考えろ、それすらも楽しむ気概を見せてみろ、目的や役割が自分を楽しませて、意義を持たせてくれるのではない、自らの行動に意義を持たせ、楽しんでいくんだ]


[…]


[考え方が逆なんだよ]


[!]


[邪魔したな、もう連絡することは無いから安心しろ]


[…あぁ、感謝する]


 もう、ディアボロスは去ったようだ。全く読めない奴だ。

 モニターの彼女達はどうやら、外壁へ向かうことを諦めたようだ。生真面目な女の子がこのままでは帰りの燃料が無くなって立ち往生してしまうと、少し悲しそうにしている。だが、アシュは今度はたくさんの燃料を積めばいいと言って、励ましていた。

 そして、また楽しそうにしながらバギーを運転して、来た道を引き返していった。

※次回 2021/1/13 20:00 更新予定

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