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第111話

.三つ巴の戦い



 私たち三人は仲良しだった。

 ナディ、アネラ、そして私。周囲の大人たちからも良く似ているねと言われ、気付いたら良く三人で遊ぶようになっていた。

 何てことのない、何気ないスタート。

 特別な事は何もない、運命のようなスタート。

 それが『セレン』だった。

 セレンだった、そこが私にとっての全てであり、私の家だった遊び場だった囲われた楽園だった。

 それがセレンだった、毎日こんな日が続けば良いのにと思う所がセレンだった。

 けれど今は無い、戦いによって壊されてその残骸()だけが残された。

 だから私は戦うと決めた。過去を払うために未来へ目を向けるために。

 だから私は戦士になることを選んだ。まだ幼かったフレアの手も払って。

 そして私は未来と過去、その狭間で揺れ動いていた。

 「本当に今のままで良いのかと」──。



 管制官の報告が耳に届く、そこで私は自問自答から思考を切り替え目の前のコンソールに集中した。


[ルヘイ軍の艦隊、距離一〇キロ圏内まで接近中、パイロットはオレンジで待機。五キロ圏内に接近した場合は直ちに出撃してください]


「スルーズ了解」

「フロック了解」

「ヨトゥル了解しました」

「…………」


[レギンレイヴ、応答願います]


「レギンレイヴ了解」


[いつもの牽制射撃かと思います、出撃後はこちらから手を出さず様子を見守ってください]


「全機了解。オレンジに切り替えます」


 出撃ステータスを示すサインがグリーンからオレンジへ切り替わる、その一瞬の間、眉間に縦じわを刻んだ私の顔がバイザーに映った。

 ここ最近、レギンレイヴと上手く連携が取れていない。前回の─ 私の名前はライラ・サーストン!覚えておきなさいっ!!


(ああもうっまた!)


 不明機、私に暴言を吐いた女性が言うには『ノラリス』を鹵獲した時は奇襲だったので互いのパフォーマンスで何とか乗り切れた。

 だが、今からは戦闘である、互いの連携が取れなければ何かが起こった時に対処できない。


「レギンレイヴ」と彼女に語りかける。「何だ」とつれない返事が返ってきた。


「私たちと連携は取れる?」と尋ねる、「まるで手前がニュービーのような言い方だな」と喧嘩口調で返ってきた。


「そうよ、今のあなたはニュービーも同然、こちらと連携を取る気が窺えない」と言い切る。

 返事は無かった。



✳︎



 戦いというものは──いや、均衡という目に見えないバランスはいとも簡単に崩れる。それは長年の経験から培った"勘"、それから戦場の"空気感"というもので概ねの予測ができた。

 復活した護衛艦一隻のみでカウネナナイの海を渡る、目指すは王都近海、絶対の防衛線を引く他国の本丸である、無事で済むはずがない。

 それからその海域では既に味方同士で戦端が開かれようとしていた、機人軍とヴァルキュリアである。

 私の傍に付く士官が言う。


「本当に彼らを本国へ帰して良かったのですか?水中戦を得意とする数少ない部隊ですよ」


「大将からの指示だ」


「…………」


 曲がった事を嫌う出来た士官が不服そうにしながらも一旦は下がった、状況が終われば文句を言われることだろう。

 程なくして管制官から報告が上がる、カウネナナイ国内にいるコクアのメンバーから「準備完了」との報せだった。


「副責任者と要救出メンバーの全員が揃いました」


「よろしい、後は我々が回収ポイントに到着するだけだ。到着間際になったら号令をかけよ」


「了解しました」


 これで後戻りはできない、どのみちカウネナナイの海を無断で入った時点でそれは同じ事だった。

 我々が停泊していた海域では現在も復旧作業が続けられている、作業が済み次第戦力が随時追加投入される見込みだった。

 天気は晴れ、春を抜けた太陽が上り風も穏やか、けれど海が荒れている。船が何度も激しい上下を繰り返しながら回収ポイントへ進んだ。



✳︎



[報告致します!南西二〇〇キロ地点にウルフラグの護衛艦と思しき反応を感知!数は一!王都方面へ向けて進んでいるようです!]


「国内にいることは知っていたけど…このタイミングで進軍を開始したの?──無謀?」


 管制官の報告を聞いたルカナウア・カイ機人軍のエースパイロットが余裕の笑みを見せた。

 私は彼に教えてあげた。


「おそらく国内にいるメンバーの救出に来たのでしょう。崩冠式は今日ですから、カルティアンを含むウルフラグ人を助けに来たのです」


 酷いナルシストだが他者への礼儀もきちんと持ち合わせている青年が、優雅に眉を顰みて言った。


「まるで我々が捕らえているような言い方ですね、向こうから勝手にやって来たというのに」


「前王の采配によるものです。本来であればガルディア政権の下で機能する予定でしたがそれを崩したのはヴァルキュリアです」


「ええごもっともです、ノエール侯爵。だから私たちカイの軍もあなたの傘下に加わり裏切り者を討ちにきました。司令官のオーディンとガルディア前王の姉君であるリゼラ教導長は裏で繋がっていた可能性があります」


「ここでカルティアンの子女が玉座に付けば、ヴァルキュリアの暴動は帳消しにされることでしょう。スルーズを務めるパイロットとカルティアンの子女は懇意の間柄、であれば今度は我々が国の裏切り者になってしまいます」


「そうですとも、だからこの戦いは玉座に付く者が誰か関係なく我々の勝利で終わらなければなりません。──ノエール侯爵、いいえ、時期国王陛下、号令を」


 締め付けられるような胃の痛みもすっかり消えてしまった今日この頃。デューク公爵に命ぜられてからすっかり自分の体質が変わってしまったように感じられる。

 勝たねばどのみち自分たちが不幸の道を辿ることになる、それは相手も同じ、だから負けられなかった。


「──全艦へ通達、攻撃を開始、牽制射撃も必要ありません、今日で終わりにしましょう」


 管制官がそれぞれの艦長に向けて発報した。

 ヴァルキュリアは強襲揚陸艦の一隻のみ、王都に近付いてくるウルフラグの船も今のところは一隻のみである。

 対する我々は全艦合わせて一〇隻からなる部隊だ、数の上ではこちらが圧倒的に有利である。

 艦の主砲がヴァルキュリアの船を捉え、それと同じくして四機の戦乙女が空に上がった。


「──撃ってください、これで仕留めます」


 鼓膜を震わせる主砲の音がブリッジを揺るがした。



✳︎



 ルヘイの母艦から放たれた砲弾が過たず私たちの船に着弾した。見る限りでは船の前方、強襲用リニアカタパルトが大きく損壊していた、これでもう私たちの電光石火は使えなくなった。


[本気じゃん向こう!何で今頃になって!]とフロックが叫ぶ。


「ローテーション維持!──スルーズよりブリッジ!被害報告を!」


 そう皆んなに檄を飛ばすが私も内心は焦っていた。


[被害は強襲用リニアカタパルト、スタンゲート、第一エレベーターです!航行に今のところ問題はありません!]


 スタンゲートは海上から陸上へビークルを下ろすゲート、そしてエレベーターは船内のハンガーと甲板を行き来するのに使用する。

 まだ甚大な被害ではない、だが、今日まで牽制射撃と降伏勧告を繰り返すだけだったルヘイ軍がついに本腰を上げたのだ。

 ルヘイ側の部隊は総数一〇隻からなる討伐軍だ、かなり厳しい、一斉砲撃を受けたらひとたまりもない。


[おそらくルヘイは今日の崩冠式に合わせて武勲を求めてきたのでしょう、いかがなさいますかスルーズ様]


 この戦場を冷静に分析するヨトゥルの声が、沸騰しかけた私の頭を冷やす。──が、私が答えるより先に寝たきりになっている司令官から通信があった。


[オーディンだ、直ちに戦闘行動を中止して艦に帰投せよ。帰投後は俺の体を持ってルヘイ軍の母艦へ、降伏勧告に従う]


 せっかく冷えた頭が瞬時に沸騰した。


「それではあなたがっ─[元より俺が始めた暴動だ、責任は取る、それだけだ]


[レギンレイヴ了解、帰投します]


 レギンレイヴ機が私の指示も待たずにローテーションから離れ、単機で船へ向かって行った。



✳︎



「どういう事なんでしょう、何故戦乙女が船へ?」


「分かりません」


 だが、その理由はすぐに分かった。今日まで沈黙を貫いていたヴァルキュリアの艦長から通信が入ったからだ。──今さらだった。


[ヴァルキュリア司令官のオーディンだ、私の身柄をそちらに差し出す、煮るなり焼くなり好きにして構わない。ただし、こちら側への攻撃を現時点で中止してもらいたい]


 ブリッジにいる管制官やシューミット少佐が固唾を飲んで私がどう発言するのか見守っている。

 通信機の通話ボタンをタップした。


「ルヘイ軍指揮官のポリフォ・エノールと申します。オーディン司令、あなたの申し出をお受け致します、ただし、本国へ帰還後の乗組員たちの処遇はお約束できかねます。それでもよろしいですね?」


[それでは私の首を差し出しす意味がない、であればウルフラグに亡命する他なくなってしまう。戦況はまず間違いなく君たちに傾くことだろうがこちらも手練れ揃いである、無傷では済むまい。君は国王の席に私と味方の首を引っさげて座るつもりなのか?]


「ウルフラグがあなたたちの亡命をお受けするとは思えません」


[そう思うだろう?あちらにはカルティアン家の現当主であるナディ・ゼー・カルティアンの母親がいる、決して無謀な亡命にはならないはずだ]


「何故そのような事をあなたが…」


 シューミット少佐が私に敬礼をし、ブリッジから去って行く。先を見越してハンガーで待機するつもりのようだ。


[威神教会の教導長から手紙を貰った。確かに私の指示でヴァルキュリアは本国に傷を付けた、だが、それもカルティアン家の娘が国王の座に付けば我々は無罪放免になることだろう、そして現在はそのカルティアン家に人望が多く集まっている]


「…………」


[だから君たちも私の首を欲したのではないのかね?そして私はこれらの実情を踏まえて上で自ら首を差し出すと言ったんだ、全乗組員とパイロットたちの今後の無事を確約してもらえないのであればこの話はこれまでだ]


 何も戦闘指揮に長けているだけではないらしい、自分たちを取り巻く国の状況を踏まえ、最も有効かつ被害が少ない指揮を取る、それがオーディンという人物であった。


(その被害に自らの命も含める…確かに立派な司令官だがそれでは無理だ、これからを生き抜くことはできない)


 ──決心した。そしてその決意を形にしたように管制官から報告が上がった。


「護衛艦より通達!北北西方面より未確認の船舶群が多数接近中とのことです!速度四〇ノット!対艦攻撃機器も確認!」


「せっかくのお申し出なのですが、お断りさせていただきますオーディン司令」


 相手の返事を待たずこちらから通信を切り、そして、


「──攻撃を確認!護衛艦、駆逐艦に被弾!被害甚大!──奇襲です!」


「第五から第七艦隊を後方に回してください、残りの艦隊でヴァルキュリアへ攻撃を開始します。甲板待機の全部隊へ出撃指示、対艦砲と近接防御火器で離陸の援護をお願い致します」


「了解!」



✳︎



「報告致します、南東方面に展開中の両部隊が戦闘を開始しました。プロイ方面から進出した船舶群がルヘイ艦隊の後方へ攻撃を開始、それから前方に展開しているルヘイ艦隊がヴァルキュリアの船へ攻撃を開始しました」


「予定ポイントの到着までの時間を報告せよ」


「あと一時間の予定です」


「了解した、バハーへ作戦開始を指示せよ、我々は予定通りポイントへ向かう」


「了解しました」


「報告致します、修復中の護衛艦二隻から終了の連絡がありました。直ちにこちらへ合流するとのことです」


「結構だ、こちらから別命あるまで待機せよと指示を出せ」


「了解しました」


 味方同士でついに戦端が開かれた、この状況が我々にとって吉と出るか凶と出るか、まだ分からない。

 随伴しているラムウ・オリエントは遠い目をして海を眺めていた。


「ラムウ、オーディンの様子は?」


 一拍置いてから返答があった、海を見ながら。


「──奴の船も修復中だ。海中に潜むシルキーは自走する物体に付着する習性を持っている、奴のクラーケンとて例外ではなかった」


「……下手な事はするなと厳命を頼む。オーディンは元々プロイの島に滞在していたのであろう?」


 またラムウ・オリエントが黙り込む。そして返答があった、今度は私へ振り返って。


「シュナイダー大佐、あなたが直接指示を出すべきだ。恥ずかしながら私ではあいつをコントロールすることができない」


「分かった、通信機に繋げてくれ」


 窓際から離れたラムウが右耳の後ろからケーブルを伸ばし、通信機の外部端子に接続しようと手を伸ばした。私はその手を掴み、小声で尋ねた。


「…何故シルキーの習性について事前に報告しなかったんだ」


「…確認を取るのに手間取っただけだ、他意はない」


「………」


 不十分な返答を聞いた後、手を離した。


(不確定要素があまりに多過ぎる、無事に終われば良いが…果たして)


 ラムウ・オリエント越しに通信が繋がり、すぐにオーディンと連絡を取った。


「シュナイダーだ。現在位置を報告せよ」


[クラーケンに取り付いたウィルスを除去している最中だ、まだお主らの艦隊群の下におる]


「自ら志願してくれたことには感謝する、だが、こちらから指示があるまで攻撃はするなよ、絶対だぞ」


 以前の修復作業任務の際に見せたオーディンの苛烈な性格であれば、プロイの船舶群の援護も容易に行なうことであろう。

 案の定であった。


[それは出来ぬ。プロイに残った者たちがヴァルキュリアの援護をしているのだ、余も参列せねば武人として名折れである]


「お前の今の立場はウルフラグだ、お前の行動いかんによって我々も戦闘に巻き込まれる恐れがある。そして我々の目的はあくまでも邦人の救出任務であって戦闘ではない」


[──だが!「聞け!…良いか?自らを武人だと名乗るのなら他者との連携も心掛けよ、一人で武勲を納めることだけが全てではない。他者を思い遣るその心が時として戦場を広げてしまうことになる。状況を見極める目も必要だと言っているんだ」


[……心得た、今はお主の言葉に従う。復旧が完了次第ラムウに連絡を入れよう]


「了解した」


 管制官の何名かはあからさまにほっとした様子で胸をなでおろしていた。以前、奴の奇行を目の当たりにした管制官たちだろう。

 

「大佐、今回の状況はどのように見ているのだ」


 ラムウがそう私に尋ねてきた。


「我々が戦闘に巻き込まれる可能性はまだ低い。カウネナナイの軍を指揮しているのは時期国王に抜擢されている貴族だ、であれば、コクアのメンバーが国外に出て行くのを黙って見逃してくれるはず、そのように考えている」


「それならば、いっそのことカウネナナイへ護衛を頼んでみるのはどうだろうか、ヴァルキュリアとナディ・ウォーカーが懇意しているのであれば逃したくないはずだぞ」


 そうであろう、ナディ・ウォーカーが国王になれば、ヴァルキュリアの王都襲撃の件を有耶無耶にする事ができる。翻って、現状はヴァルキュリアにとって好ましくない、この戦闘に負けても勝っても自分たちの居場所を確保するのに苦労するはずである。


「まだだ、まだ我々が巻き込まれたわけではないし、あちらが最後まで手を結んでくれる保証も無い。最初から最後まで我々が任務を遂行する、その心づもりでいろ」


「了解した」


 そう答えたラムウがまた窓際へ寄り、物言わぬ像になってしまった。



✳︎



 旗艦バハーより連絡有り、「開始セヨ」と。

 館に集まったコクアのメンバーは全部で数十名に及ぶ、王都だけではなく別の島へ出向していた人もいた。その人たちと合流するのにいくらか時間を取られてしまったが、今のところは概ね順調に推移している。

 先日、ナディの傍に仕えているカゲリが誘拐された折に、ドローン型のラムウを街中に散らせたのも今は良い方向へ動いている。これだけ沢山の目があればすぐに異変を察知できるからだ。

 その確認を行なっていたグガランナさんが厳かに言う。


「周囲に問題無いわ、急ぎましょう」


 ナディの傍に仕えているもう一人の女の子、ヒルドが玄関先に立った。


「それじゃあねナディ、頑張って」


 彼女はナディの影武者として今から表にいる人たちの相手をする、そのため長かった髪をナディと同じ長さまで切っており、フードも目深に被っているのでくまなく観察しない限りはそうバレることはないだろう。

 その隙に私たちは館の裏から抜け出し王都の港へ向かう手筈になっていた。


「……うん。ヒルドちゃんも、何かあったらこっちに来てくれてもいいからね」


「私を誰だと思ってんのよ」


 全く気負った様子を見せないヒルドが表に出る、あっという間に歓声が沸き起こり騒がしくなった。


「行こう」


 私の言葉を合図にして皆が動き出す、館の庭へ出てそのまま雑木林に突入する。

 その林も抜けて人目に付かない通りを選んでひたすら歩みを進める、皆の背中は緊張で張り詰めていた。

 左手にカウネナナイの肥沃な大地を眺め、右手に王都の家並みを見ながら街の入り口に近付いた時だった。

 ナディに良く懐き、そして信頼を寄せていたカゲリが突然、


「申し訳ございません、ナディ様」


 そう言い、列から離れて街の方へ走って行ってしまった。彼女には港までの護衛をお願いしていたのだが...


「──待って!カゲリちゃん!」


 彼女の跡を追いかけようとしたナディをグガランナさんが止めた。


「やめなさい!今はそんな余裕無いわ!」


「でも!どうして急に…」


 途端に雲行きが怪しくなる、それとは裏腹に空は晴れ渡っていた。

 突然の離脱者に困惑しながらも皆が歩みを進めていく中、さらに予期せぬ事態が起こった。

 背後からだった、その太くて敵意を剥き出しにした声が届いてきたのは。


「止まれーーー!」


 私は瞬時に"売られた"と思った。

 皆が後ろを振り向くことなく一斉に走り出す、最後尾にいた私はちらりと背後を覗った。街の衛兵たちだ、十数人近くはいる、皆が武装をしていた。

 走る、とにかく走る、街を抜け出しそして港へ向かう、そこまで行けば我々の味方がいる、"何とかなるはずだ"と自分に言い聞かせるが走っている以上に鼓動が早い。

 街の出口に差し掛かった時だ、反対側からも街の衛兵が押し寄せ挟み撃ちにあってしまった。

 先頭にいたコクアのメンバーが彼らの手にかかる。


「──離せっ!」


「離すものかっ!カルティアン家を騙ったその罪!ここで裁いてやるっ!」


「何の話だ─「その手を離せっ!」と一人の女性が衛兵の無防備な背中を斬りつけた。

 鮮やかな血飛沫が舞う、その女性はヒルドに付いていたはずのナターリアさんだった。

 全力疾走をして来たのだろう、喘ぐような呼吸をしていた。

 その彼女が私たちに向かって叫ぶ。


「ヒルドが裏切った!自分こそカルティアンだと名乗って我々を不敬の輩だと王室に売り飛ばしたっ!──急げ!私も付いて行く!」


 絶望の空気が皆に広がる、だが、背後からなおも追い縋ろうとする街の衛兵たちに駆り立てられるように私たちも走り出した。

 ホルスターに収めていたハンドガンを取り出す、セーフティーも解除、いつでも撃てるように心づもりをする。

 その時はすぐにやって来た、ナターリアさんの介入でたたらを踏んでいた残り衛兵たちが盾を構えて突撃してきたのだ。私はその無防備な横っ面目がけてトリガーを引いた。

 トリガーを引く度に衛兵が倒れていく、今度こそ彼らは距離を取った。


「何と卑怯な真似をっ!我ら王都守備隊に楯突いたこと万死に値いするっ!」


「抜かせっ!貴様らこそ偽物の王に籠絡した愚か者だっ!ナディ・ゼー・カルティアン様に剣を振るったこと必ず後悔させてやるっ!」


 ナターリアさんはそう怒声を放ちながらもコクアのメンバーの盾になってくれた。

 走った、私たちはとにかく走って王都を抜け出した、中にはウルフラグへ亡命を希望するカウネナナイ人も少なからずいる。

 

(本当にあのヒルドがこれを指揮したというのか?──信じられない、だけど、カゲリが離れた途端に彼らが──)……っ!」


 遠くにカウネナナイの港が見える、その長い一本道の途中で背後から(いなな)く声が届いてきた。

 王都の騎兵隊だ、決して逃すつもりはないらしい。私は走りながら声を張り上げた。


「走れーーー!弓を構えているぞーーー!」


 張り上げたところでどうなるのか、叫んだそばから放物線を描いた矢が私たちに降り注いだ。

 その矢に何人かが刺さり、地面に倒れてしまった。


「──くそっ!」


 誰が倒れたのか確認する余裕もない。

 "運"だ、私はそう思った。運が悪ければ当たる、運が良ければ当たらない、たったそれだけの差で命を落とす、もはやここは戦場だった。

 前から一台の装甲車が走って来るのが見えた、天井部にはガトリング砲と地対空砲もある、その一つの砲身がパッと輝いたかと思えばひゅるひゅると間抜けの音が天から聞こえてきた。


「走れ走れ走れーーー!爆風気を付けーーー!」


 着弾。鼓膜ももぎ取る程の爆音に風、王都の騎兵隊が一瞬の内に木っ端微塵になった。

 ──あとほんの少しだったのに、あとほんの少し間に合っていれば犠牲者は出ずに済んだのに。

 それが戦場だった。


「怪我をしている人がいれば一先ず乗ってください!港まで送ります!」


 その装甲車に乗っていたのは驚いた事にアルヘナ・ミラーという女性だった、ナディのお付きとして随伴していながらカウネナナイで一時期行方をくらましていた人である。

 その彼女の手引きで矢の攻撃を受けてしまった何人かが車に乗り、代わりにアサルトライフルを所持した艦上警備隊の兵士が降りてきてくれた。


「感謝する!」


「お気になさらず!ピストン輸送しますのでとにかく港へ急いで!」


 走ると言ってもまだまだ距離はある、軍人として鍛錬を積んでいる私でもそろそろ限界だ、コクアのメンバーはもう足を動かせない者もいるはずだ。

 先頭はナターリアさん、最後尾は私、そして中腹辺りにいたグガランナさんが途端に立ち止まり、眉根を寄せて空を睨み始めた。

 嫌な予感しかしない。案の定だった。


「──王都の守備隊が特個体を出撃させたわ!数は見える範囲で三機!──アリーシュ!バハーへ連絡を入れなさい!「間に合いません!ここからでは間に合いません!「いいから早くしなさい!あいつら私たちを皆殺しにするつもりなのよ?!」


 立ち止まるわけにはいかないのに私は立ち止まった、私たちの様子に気付いたナターリアさんも止まり、そして止まってはいけないのに皆が止まった。

 もう動けぬことだろう、全員がその場でしゃがみ込んでしまった。

 メンバーの一人が大声を張り上げ、仲間の死を悔やんでいた。


「何で俺たちがこんな目に遭わなきゃならねえんだよっ!!何であいつがこんな所で死ななきゃならねえんだよっ!!」


 彼の声を耳に入れながらバハーへ緊急通信を入れる、これでカウネナナイの軍本部にも聞かれたことだろう、しかし躊躇はしていられない。

 

[スクランブル発進させても一〇分が限界です!持ち堪えられますか?!]


「無理に決まってるだろう!!こっちは生身だぞ?!装甲車もそっちへ向かったばかりだ!」

 

 最悪だ、いや、よしんば装甲車がいたところで特個体に太刀打ちできない、無駄な被害が増えるだけだ。

 装甲車に乗ったメンバーは助かる、だが、私たちはこのままでは──地対空砲によって穿たれた通りの向こうから空を舞う三機の特個体が見えた。バハーでは今頃パイロットが機体へ向かって走っていることだろう。

 つまり、何があっても間に合わない。この辺りには遮蔽物も何もない、なるほどと、過去の国王は海からの侵略者を皆殺しにするためわざと真っ平らにしたのだろうと、これから死ぬというのにひどく冷静な部分でそう納得していた。


「──ってえええーーー!!!!」


「っ!」


 それは少女の掛け声だった。何も無かったはずの空間に蜘蛛型の特個体が突然現れ、上半身を露わにしたあのカゲリが天に向かって腕を伸ばしていた。

 三機のシュピンネから放たれた迫撃砲が空を飛ぶ特個体を一機捉えた、爆発四散しただのガラクタとなって地上に降り注ぐ。

 彼女の姿を認めたナターリアさんがカゲリに詰め寄った。


「──カゲリっ!貴様という奴は今まで─「目立たないようにシュピンネを動かしていただけです!とにかく今は港へ!ここは私たちが受け持ちます!」


「カゲリちゃん!カゲリちゃんも!」


 ナディにそう呼ばれてもカゲリは振り返ろうとさえしなかった。年端もいかぬ少女が見せて良い顔ではない、それは"決死の覚悟"であった。

 私たちからシュピンネに狙いを変えた残りの二機が着陸した、それと同じくしてシュピンネが単独で散って行く、時間を稼いでくれるようだった。

 そしてさらに、港から複数の装甲車がこちらに向かって来た、あの台数なら私たち全員が乗れそうだ。

 その装甲車が無事に到着し、それぞれ分乗している時、一機のシュピンネから火の手が上がった。


「──カゲリちゃん!!」


 もう彼女は涙を払うようなこともせず、最後の最後まで少女の名を呼び続けた。



✳︎



「オーディン!!どうしてガングニールを出撃させないんだ!!このままではジリ貧だぞ?!皆んなが死ぬんだぞ?!分かってんのかっ!!」


「うるさい女だ、少し静かにしていろ」


「静かにできるか!」


 状況はすこぶる悪い、いくら戦乙女が四機束になってかかったところで一〇隻の戦艦相手では分が悪過ぎた。

 ヘイムスクリングラは南東方面に向けて遁走していた、逃げた所で隠れる場所もないのだがとにかく今は逃げ続けていた。

 応戦しているあの四人も限界に近い、いつ墜とされてもおかしくはない、それだというのにこの司令官はガングニールの出撃を拒み続けていた。

 ベッドに横たわり、指の一つも動かせないオーディンが言う。


「お前はウルフラグの人間だ、俺たちの戦いに関係ない。フロックと仲良くしてくれているみたいだがそれはそれだ、余所者は引っ込んでいろ」


「ああ?じゃあ何か?お前の為に戦って裏切り者扱いを受けているあいつらが死ぬのを黙って見ているというのか?この場でお前を殺すぞ?」


「怖い女だ、こんな状態で暴言を吐くのはお前だけだよ。──レギンレイヴに密命を与えている、セントエルモ・コクアの船を見かけたら全員諸共攫えと」


「──は?何の為に──……ああ、ナディ・ウォーカーを……」


「そうだ、カルティアンの娘さえ確保できればこちらにも勝機はある、今は辛抱するしかない。それにだ、ガングニールを出撃させたら必ず奴が動く」


「誰だ?」


「ドゥクスだ、必ず動く。だからガングニールをこの戦場で投入することはない」


 船が大きく揺れた、そしてアラート音が追加されて苛立ちのシンフォニーがより一層音を奏でるようになった。

 ここで艦内放送が流れ始めた、管制官の声ではない、女の子の声だった。


[──繰り返す、現在王都近海において戦闘を続けているルヘイ、ならびにルカナウア・カイの軍は即刻矛を収めよ。この私、ナディ・ゼー・カルティアンの名において、此度の戦いは双方に過失無しと断言する。前国王であるガルディア・ゼー・ラインバッハから万人に開かれるべき神聖なる扉を奪い返す必要があった、だからこそ戦乙女が王都を襲撃するという前代未聞の事件に発展した。しかし、それはこの私、カルティアンが命じた事である。よって、これ以上の戦闘行為は私に対する不敬とみなし、いかなる者でも処罰する。繰り返す──]


(この声どこかで…)


 記憶の片隅から引っ張り出している間、オーディンがベッドの上で悶え始めた。


「ああくっそ…ヒルドめ何をやって──ああそうか、カルティアンの娘の傍にずっといたのかっ…こんな事をさせる為に船から下ろしたんじゃない…」


「…ヒルド──ああそうだ!この声はあの女の子の声だ!でも何故?この通信は王室からのものだろう?そんな簡単に潜り込めるものなのか?」


「違う、セントエルモ・コクアは今脱出作戦の最中だ、きっとその時に本人と入れ替わったんだろう。それが同意の元か、騙し討ちかは知らんが」


「どっちでも良い、こうしてハッタリが効いているじゃないか、攻撃がぴたりと止んだぞ」


 アラート音は変わらずうるさいが、船を揺るがす攻撃がなくなった、それでもオーディンの声音は優れない。


「こんな事にすぐにバレる、バレたらその場で処刑だ、貴族の身分を騙るなんぞこの国にとって一番の重罪だ、いつ殺されてもおかしくない」


「それはまた…だが、ヒルドって奴は私たちの為にやった事なんだろ?だったら今のうちに逃げるしかない」


「…そうだな、お前の言う通りだ」


 オーディンが床に伏しながら矢継ぎ早に指示を出し始め、私は艦内の医務室を後にした。

 出番はまだ先らしい。



✳︎



(ヒルドっ!何をやって──あなたはそんな事をするために船を下りたというの?!私たちから記憶を消して!こんな事をするためにっ!)


 機内のスピーカーからヒルドの声が流れ続ける、その度に私の心は揺らいでしまった。

 けれど、彼女のお陰で相手側の動きが止まった、きっと王室へ確認を取っているのだろう、もし仮にこの放送が本物であれば処罰されてしまうからだ。

 だが、それは絶対に無い、この声はヒルドのものだ、突然私たちの前からいなくなった寂しがり屋で強がりの女の子。

 何故?


[──全機直ちに帰投せよ。完了後は機体の整備から補給、後に南東方面へ向かう]


 オーディン司令官からだ。


「司令!何故ヒルドが王室にいるのですか!そしてこの放送は何なんですか?!あなたが指示したことですか?!」


[違う。とにかく今は逃走の準備をしろ]


 私は鬱憤を爆発させた。


「あなたがヒルドの除隊を認めたのでしょう!!私たちには何も告げずに!!記憶まで消してっ!!一体何がしたいのですかっ!!」


 戦えと言ったり逃げろと言ったり、私たちを指揮する人間に迷ってなどほしくないというのに。


[──分からないと言っているだろうっ!!俺たち大人が迷わず道を進めるとでも思っているのかっ!!]


 まるで私の心を見透かしているような物言いだ、そんな事を言われたら何も言い返せなくなってしまう。


「……全機帰投します」


[謝罪はしない。お前たちの無事が確認された時に頭を下げる、それまでは辛抱してくれ]


 何と情けない司令官であることか。

 私たちの情けない会話を聞いていたはずのフロックから、何の気負いも感じられないいつも通りの声で通信が入った。


[フロックからスルーズ。相手の動きが変だよ、少数だけど王都へ機体を向かわせたようだ]


「……何故?わざわざ現地にまで行かせて確認を取らせにいったってこと?」

 

[ボクの考えだけど、今のうちにコクアのメンバーを叩きに行ったんじゃないのかな?王室からの通信は偽物確定だし、ここでどさくさに紛れて本物も始末してしまえば…]


「エノール侯爵の一人勝ち…そんなまさかっ!」


[ボクならそうするね、勝確の道筋は誰だってほしいだろうし、本物も始末してしまえばこれ以上の戦闘も必要ない。汚いね〜、ま、汚さで言ったらうちの司令官も負けてないけど]


[フロック]


[すみません、口が素直なもので]


「司令!ウルフラグの所へ─[認めない!これ以上余分な戦いをできるほどの余裕は無い!今すぐに戻れ!「それならせめて入電だけでも!前回の事でまだチャネルが残っているはずですよ![…分かった、連絡だけは入れる]


 はあ...本当に私は一体何をやっているのだろう。友も守れぬこの力、一体何のために手にしたというのか。

 機体の操縦をオートパイロットに切り替える、背もたれに体を預けて外の世界を見やった。


「…フロック、ルヘイの通信を傍受できない?」


[止めておいた方が…聞いたところでどうしようもないよ]


「お願い」


 返事がない変わりにルヘイ側のやり取りがスピーカーから流れてきた。


[…王都周辺でシュピンネと戦闘中、残り二機]

[…王都の守備隊が?奇襲か?]

[…光学迷彩を展開中に撃ったらしい、全く汚いやり方だ]

[…その中に本物がいるのか?]

[…間違いない、ここで撃たないと俺たちが危うくなる]


 ──気が抜けていた。ヨトゥルの鋭い声で虚脱状態から復帰した。


[レギンレイヴ様っ!!]


 まただ、また彼女が勝手な行動に出た。母艦に向かっていたローテーションから外れて、その青い翼を翻して王都方面へ一直線に向かっていた。


(綺麗……)


 綺麗だった、何の迷いもないその飛ぶ姿。

 とても綺麗だった。



✳︎



「だから!何度も言うがここは通せない!あんたたちは身分詐称の疑いがかけられているんだから!」


 もう何度目になるか分からない言い合いを私たちは続けていた。

 カゲリたちの援助もあって何とか辿り着いた技術府と呼ばれる組織が所有している港、そこで私たちは足止めを食らっていた。ここにある船に乗り、沖へ向かう手筈だったのだが守衛が通してくれないのだ。


「ですから!王室にいる者が偽物でここにいる彼女が本物なんです!」


 そう言い募るが守衛の厳しい顔色は変わらない。


「だったらどうして本人が何も言わないんだ!さっきから黙ってばかりじゃないか!怪しいにも程がある!」


「…………」


 そう、当の本人が口を閉ざしたままなのだ。ここで自分が本物だと主張すれば、王室にいるヒルドがどうなるか──いや、間違いなく危険が迫る、それを思って彼女は何も言えないのだ。

 人を思う心が仇となってますます私たちが怪しまれる。他のメンバーたちもナディの態度に不満を露わにしていた。

 針の筵だった。


「……………」


「あんたたちの嫌疑が晴れるまでここは通せない!何度も言わせるな!」


「ですから!──っ?!」


 言い合いを続けていた私たちを大きな爆発音が襲った、とても大きい、シュピンネがやられたのかもしれない。特個体を抑えるカゲリたちが敗れてしまえば、次は私たちである。

 他のメンバーたちの苛立ちが募り始める、中には裏切り者を庇って俺たちを見殺しにするつもりか、と糾弾する者まで現れた。

 皆、自分の事で頭がいっぱいなのだ、無理もない、身の危険が迫っているのだから。


(可哀想な子だ…ここまで大人の都合に振り回されて…)


 その彼女が意を決したように一歩前に出たのと、守衛が守る道の奥から艦上警備隊の部隊が走って来たのが同時だった。


「退け退け退けーーー!」


「なっ?!」


 凄まじい気迫だ、アサルトライフルを所持した者たちにそう迫られたらさすがの守衛も小屋の中に引っ込んだ。


「何があった?!」


 部隊を指揮する隊長が答えた。


「ヴァルキュリアの一機がシュピンネの戦闘に介入した!それからヘイムスクリングラからも入電があった!気を付けよと!」


「気を付けろって──いい!とにかく今はいい!」


 港にいた部隊がこうして強行突破を促したのだ、余程の事態に発展したらしい。

 待ちぼうけを食らっていた私たちは急いで桟橋へ向かった。

 道が開けても嬉しそうにしていないナディの肩に手を置き、先を促した。


「ナディ、君の優しさは分かっている。皆んなに言われた事は気にするな、いいな?」


 ぶわわと彼女の瞳に涙が溢れた。

 今はそれで良い、感情を圧迫するような事になればその時こそ危ない。

 バハーへ緊急通信を入れる、「埠頭を突破せよ」と。



✳︎



 刻一刻と状況が悪化しつつあった。


「第一から第三までスクランブル!こちらに向かってくるルヘイの部隊を追い返せ!」


 復帰した艦がこちらに到着するまで時間がかかる、私の判断が裏目に出てしまった。

 バハーから通信があった、「ルヘイの軍がウルフラグを狙っている」と、理由はまだ分からない、だが、通信があった通りこちらに真っ直ぐ向かってくる機影を確認した。

 

「ラムウ!」


「まだ復旧作業中だ!今は持ち堪えろ!」


 オーディンの手も借りられない。


(くそっ!一体何故っ?!)


 遅まきながらその報告がようやく私たちの元にも届いた。現地にいるバハーの管制官から「ヴァルキュリアがコクアの作戦に介入した」と連絡があった。


「何だと?!何故?!」


[わ、分かりません!コクアの現地人を助けたかったのか──青い機体です!青い機体がシュピンネと呼ばれる蜘蛛型の機体を守っていました!]


「………それでは我々もっ──ええいくそっ!バハーを強行突破させろ!すぐにこちらへ向かわせるんだ!」


[艦長より連絡がありました!もう既に発進準備は整っています!]


 アリーシュ!出来た部下だ!


「よろしい!発進せよ!──操舵手!我々の船も王都へ近付けろ!」


「アイアイサー!」


 事は一度動き出せばとんとんと進む──時がある。

 ラムウも、険しくも凛々しい顔つきで報告してきた。


「大佐!オーディンから復旧完了の連絡あり!」


「よろしい!すぐにこちらへ向かうよう指示してくれ!」


「了解した!」


 スクランブル発進した三つの部隊が、飛行機曇を残して飛び去った。

 そして、時を置かずして、約六年間に渡って守られた停戦協定が互いの手によって破られた。

 前回はハリエ軍の暴走によると当時の国王から直々に連絡があった、だから免除された、けれど今回は違う、明らかな戦闘行動であった。

 我々の部隊とルヘイの部隊が空で混じり合う、激しいドッグファイト。


(でも何故?何故ヴァルキュリアがコクアに加担した…ナディ・ウォーカーを担ぎ上げるため…?それを阻むためにルヘイが我々を直接…?そんな事をすれば本国同士でも争いになると分かってそこまでするのか…)


 分からない、陸の上まではさすがに情報が入ってこない。

 ラムウに尋ねようにも「グガランナとは通信不可」と返事が返ってくるだけである。彼が言うにはガイア・サーバーの不調は前代未聞らしい。


(シルキーの習性を黙っていた奴が良く言う)


 我々も一枚岩ではない、この微妙な人間関係の温度差が戦果を分ける。

 何か言いたくない事でもあるのだろう。だからわざわざ「ガイア・サーバーの不調」などと嘘まで吐いて...


(思考を切り替えよ、無能な味方より助けるべき民間人だ)


 戦場になった海を眺めた。



✳︎



「へえ〜…ここが噂のブリーフィングルーム…贅沢な所だな〜」


「戦乙女以外の人間が入室したのはお前が初めてだ、そしてこれが最後になる」


「お前がここまで運べって言ったんだろ?まさか処刑されるのか、私」


「違う。──休め」


 とても綺麗な所だった、戦乙女が集まるブリーフィングルーム。

 彼女たちのシンボルが刺繍された絨毯、本来であれば五人で座る─それでも十分過ぎるほど─大きいソファ、まるでここだけスウィートルームのようだった。

 今この場にいるのは三人だけ、スルーズ、フロック、ヨトゥル。

 ぽつりぽつりと穴が空いているのは不在の証だ、ヒルドとレギンレイヴの二人。

 オーディンの言葉通り、敬礼の姿勢を取っていた三人がソファに腰を下ろした。


「知っての通り、もう我々には打つ手が無い。あとはこの女に出撃してもらい、ガングニールのハッキングでルヘイ側を混乱させるだけだ」


「いつでもやる」


「ならボクもお供します」


 フロックがそう軽やかに答えた。

 ちっとも嬉しくなかった。


「現状、王室から通信があったようにヒルドのお陰で戦場が一時的に麻痺、その甲斐もあって我々は何とか逃げ延びた。そして、ルヘイはウルフラグに標的を変えて軍を進行させている、その間にプロイと合流し態勢を立て直す」


 どこか疲れた顔を見せるスルーズがすっと挙手をした。


「その後はどうされるのですか?」


 もっともな質問である。


「一つ、ウルフラグへ亡命する。二つ、ルヘイの部隊を全滅させる。三つ、俺の首を差し出す」


「…………」


「…………」


「…………」


「誰も何も言わないなら私から言わせてもらうが、三つ目だけだな、現実的なのは。現に元国王陛下に言われたんだろ?王都襲撃の責任は司令官に取らせると」


 フロックとヨトゥルが微かに首を縦に振った。

 どうやらこの男、女を口説くテクニックは優れていても自分が言いたい事は下手くそに喋るらしい。


「──で?お前はどうしてここまでこいつらを好き勝手に扱ったんだ?それを聞きたがっているぞ、私はそう思う。それを聞かない限りはこいつらも三つ目の選択肢は取らないだろうさ」


 フロックが肯定した。


「ナツメさんの言う通りです司令、教えてください、何故ボクたちに王都を襲わせたのですか?」


「…聞きたいか?」


 「ざけんじゃないわよ!」とか「この期に及んで言葉を濁すんですか?!」とか「見損なった!」とか、もう三人が好き勝手自分の上官を罵倒していた。やっぱりこいつら仲が良い。


「──分かった。お前たちの標本化を防ぎたかったんだ」


 およそ聞き慣れぬ言葉が出てきて私も「は?」となった。


「ひょうほんか…標本にされるって事なのか?こいつらが?」


「そうだ、それが戦乙女の宿命なんだ」


 気配を殺すことに長けているヨトゥルがすうっと手を挙げた。戦乙女は発言する前にどうやら挙手するらしい。


「以前、ガルディア国王陛下の前でも仰られていた事と同じ内容でしょうか」


「そうだ。戦乙女たちは必ず居なくなる、カウネナナイのどこにも存在していない、これらは全てドゥクス・コンキリオという男が仕組んだものだ。お前たちに都度行なってきた記憶操作はある実験によるものだ」


「情報漏えい防止ではなく…実験?」


 私の合いの手にオーディンが続きを答えた。


「特個体だよ、オリジナルの特別独立個体機は起動する度に記憶消去がなされる。ドゥクスはこのシステムの解析と再現のためだけにヴァルキュリアを創設した」


「私たちが実験体って…」


「だから特個体の収集に執着してたんだね」


「そうだ、ガングニールにダンタリオン、それから先日鹵獲したノラリスなる機体を集めていたのもそのシステムを解明し、お前たちを軛から解き放つことにあった。だが…失敗に終わったよ、ガイア・サーバーを襲撃しても結果は同じだった」


「標本とは…文字通りの意味ですか?それはつまり、私たちが死んでしまうと…?」


「俺はそう捉えている」


 しんと場が静かになる。


「そうやって記憶操作を受け続けた人間を集めてデータの解析を行なっている。そして、その後はまた新しい戦乙女と司令官が補充されるという仕組みだ。貴族からの支援があって成り立つだなんて話は真っ赤な嘘だよ、俺たちを牛耳るのはドゥクスと国王だけだ」


 話の流れを切るように、突然オーディンが「気分はどうだ?」と皆に問いかけた。


「気分がひどく落ち込んだり、以前の自分なら全くしないような言動を取ったり、ここ最近で変化はないか?」


 いや、話は変わっていない、それはおそらく...

 皆んなに代わって私が尋ねた。


「記憶操作を中断した副作用とでも言いたいのか?」


「そうだ」


 三人が同時に互いの顔を見合わせた。

 フロックが...以前と比べて様変わりしたフロックがこう言った。


「嫌だね〜まるで薬漬けのモルモットじゃんか、つまり記憶整理をしないと精神的に悪影響をきたすってことなんでしょ。ボクは今のままがいい」


「二人はどう思う?」


「どうって言われましても…」


「お答えできかねます」


「従来通り記憶整理を行なえば平常心は取り戻せる。しかし──「ここまでの記憶がなくなってどうしてここにいるのか分からなくなってしまう、そうですよね?」


「ああ、レギンレイヴは既に行なっている、自分の意志で。──無駄だったみたいだがな」


 三人の驚く顔、そして時を見計らったように本人の帰還報告が艦内放送を通じて流れてきた。


[レギンレイヴが帰還しました。ただ…セントエルモ・コクアが所有していたシュピンネと呼ばれる機体も一緒です、どうやらここまで運んだようです]


「スルーズ、それからナツメ、お前たちが出迎えてくれ。フロックとヨトゥルは機体に搭乗して待機していろ」


「司令官…まさかレギンレイヴが裏切ったとでも─「違う、シュピンネに何が仕込まれているのか分からない、あれはガルディアが製造した新型機だ」


 不承不承の体でスルーズが納得し、残りの二人はブリーフィングルームから素早く出て行った。

 オーディンを司令官の席に残し、私とスルーズで甲板に向かった。

 互いに無言だ、いつものやり取りも無い。

 ただ、レギンレイヴと会う前に訊かなければならない事はあった。


「どうするつもりなんだ?」


 考え事をしていたわけではないらしい、すぐに返事があった。


「どういう意味なんですかそれ」


「オーディンはお前の判断に任せたんだよ、そして私は鉄砲要員、ってね。部下の処罰は隊長が決めるもんだ」


「私は…」


「お前たち二人が仲違いしてるのは見ていて分かる、何があったのかも訊かないし、お前たちも何も喋ろうとしない。だったらお前たちで落とし前をつけるしかない、だからオーディンもお前に任せたんだよ」


「…………」


「しっかりしろよ、今は正念場だぞ、生き残る事だけ考えろ。その道中にレギンレイヴが必要なら部隊に残せ、不必要なら私に撃てと指示を出せ」


 暗い顔付きを良くするようになったスルーズが私から拳銃を奪い、一人でさっさと甲板に出て行った。まさか自殺するつもりじゃないだろうな?

 風吹き荒ぶ甲板にはレギンレイヴの機体と半壊した蜘蛛型の機体があった、その周りを兵士たちが銃を構えて囲っている。

 レギンレイヴ機の前に立ったスルーズが拳銃を構えずに言った。


「出てきなさい!」


 戦闘と、それから機体を持ち上げここまで飛行してきたレギンレイヴ機はボロボロだ、過負荷による電装系の故障があちこちで起こっていた。

 火花を散らしながらコクピットのハッチが開き、中からレギンレイヴと四人の子供たちが現れた。

 その子供たちは全員ボロボロだ、レギンレイヴ機と同じように。


「その子供は何?!」


 レギンレイヴに引っ付いていた一人の子供が何かを答えようとするも、その本人に止められていた。ざっくばらんに伸びた髪を一本に束ねている子供だ。


「我がディリン家に仕えていた従者たちだ!コクアに拾われ使い捨ての駒にされそうになっていたからこうして連れて来た!」


 スルーズが拳銃を構える。彼女の動きにならって周囲にいた兵士たちも一斉にセーフティーを解除した。


「なら!あなたは自分がリン・ディリンだと認めるの?!──セレンを襲わせたくせに!私からセレンを奪ったくせに!自分だけはその子供たちを助けようって?!それを認めるっていうの?!」


 蒼天の下、リン・ディリンという名を持つ戦乙女が真っ直ぐに答えた。


「そうだ!手前が憎ければ殺せ!だが!この子たちだけはどうかっ…」


 強い一陣の風が吹き、レギンレイヴの言葉と流れ出た涙をさらっていった。

 これで撃てるならスルーズはクソ野郎である、そんな事になるなら自分からこの船を離れる。

 けど、そんな事は勿論無く、スルーズも兵士たちも銃口を下ろした。

 スルーズがフロックとヨトゥルに指示を出し警戒を解除、それからレギンレイヴと四人の子供たちに外へ出るよう促した。

 レギンレイヴと対面したスルーズが一言。


「ズルい、あんな所で泣かれたら怒る気も失せちゃった」


 レギンレイヴは一言だけ。


「………すまなかった」


 あの武骨な女が滂沱(ぼうだ)の涙を流し始めた。



 オーディンと二人で囁くように会話をする。


「…なあ、もう記憶整理の話はいいんじゃないのか?私はあっちの方が自然に見えるが」


「ううん…ヨトゥルがああも相貌を崩すとは…」


 レギンレイヴが連れて来た子供たちは艦内の食堂で少ない食事を取っているところだった。

 「リンちゃん!」と呼んだだけで私をぶっ叩いたレギンレイヴはスルーズと共に医務室である。私も連れて行ってほしかった。頬が痛い。

 どうやらフロックとヨトゥルは一人の子供と面識があるようだった、その子供の名前をカゲリという。

 

「その節はどうもお世話になりました、お陰様で私の手元には一箱も残ってません」


「それで何でお礼を言うの?」


「大丈夫よカゲリ、あのお菓子、まだまだ沢山残ってるから」


 カゲリという女の子が「本当ですか?!」と勢い良く立ち上がり、「こんな貧相な食事よりバターサンドクッキーです!」ととんでもなく失礼な事を口走った。

 残りの子供たちが「いつも若頭がすみません」と保護者のような事を言い、「お菓子は当分与えなくていいですから」と保護者のような事を言っていた。

 そうやって会話をしている間、ヨトゥルはずっと嬉しそうに微笑んでいる、本来はああやって笑う奴だったのだろう。


「記憶整理ってもんはてっきり依存性が高いやつかと思っていたが…別に止めても平気なんじゃないのか?」


「うう〜ん…今のあいつたちを見る限りでは、だが…」


「その標本ってのは本人が言ってたのか?」


「そうだ、間違いない」


「標本ってのは生きたまま剥製にしたり形を残した状態で保管することを言うんだろ?…殺すような真似するかな〜」


「そうだが…」


 子供たちを遠巻きに眺めていた先程の兵士の一人がお菓子を渡していた、カゲリや子供たちはそれは嬉しそうに受け取って──そして、この団欒を邪魔するようにアラート音が響き渡った。

 どうやら、ルヘイの連中は私たちを見逃すつもりはないらしい。

 私の肩を借りて(死ぬほど重い)この場に居合わせたオーディンが速やかに指示を出した。


「戦闘配備だ急げ!ヨトゥルとフロックはスクランブル!スルーズは後から向かわせる!レギンレイヴの整備と応急処置も急げよ!」


 皆、名残惜しさを残して散って行った。

 せめて、せめてあともう一部隊いれば、十分な戦闘が可能なのに。



✳︎



 王都の守備隊が全滅した、ヴァルキュリアの横槍によって。

 さらに、セントエルモ・コクアを擁するウルフラグの戦艦も埠頭から脱出していた、周囲に停泊していた軍艦、民間船に甚大な被害を与えて。

 このまま逃してしまえば国民からの糾弾は免れない、たとえ私が玉座に付くことがあってもその禊ぎは行なわなければならない。

 であれば、取るべき選択肢は一つである、自分でも些か無謀に思えるが、私なんかに今日まで付いてきてくれた皆を思えば──。


「シューミット少佐、ヴァルキュリアは任せます」


[こちらシューミット、太陽光のせいで自分の顔をちゃんと確認できませんが…了解しました、こちらは我々カイにお任せください]


「よろしくお願いします。ヴァルキュリアと内通していた疑いがあるウルフラグはこちらが対処致します。立派な内政干渉、さらに埠頭への無差別攻撃、停戦協定などあったものではありません」


[どちらが先に破ったか、ではなく、どちらが戦いに負けたのか、が重要になってきますからね。勝てば官軍負ければ賊軍、多少キツいですが今この場で両方とも落とさねば私たちには後がありません]


「ごもっともです。それから王室にいるカルティアンについても直にその正体を暴けるはずです、あの通信のせいで足並みが乱れてしまいました」


[ええ、期待していますエノール侯爵。それでは失礼]


 こちらの被害はまだ想定内、領海内に踏み込んだウルフラグの船へ偵察に向かわせた部隊は現在も交戦中、まだ戦える。

 

(もし仮に、ウルフラグとヴァルキュリアが結託しているのであればまずい…両面から叩かれたらさすがにこちらも分が悪くなってくる。戦闘開始から一時間を経過しても終わらないのであれば撤収も視野に入れなければ…)


 先程まで高い位置にあった太陽がもう沈み行こうとしていた。

 国王の頂きから冠が外されるのは今日の夜である。そして、それぞれの功績を鑑み、国民による投票で時期国王が推薦される、そう、"推薦"されるだけだ。

 後は本人が望むかどうか。そこに私が選ばれていなければ、ルヘイのみならずシューミット少佐の部下たちも海の底に沈められることだろう。

 カルティアンの娘はヴァルキュリアを擁護し、そして攻撃を加えた私たちは罪人扱いとなる。


(それだけは絶対に回避しなければ)


 レーダーコンソールにしがみ付くようにして、くまなく戦況を確認している管制官へ報告を求めた。


「ウルフラグの現在位置は?」


「王都より南西へ二〇キロ地点です、それより先にウルフラグ海軍の護衛艦と思しき反応があります」


「合流される前に捕らえてください、その船には身分詐称の罪を幇助したコクアが乗っています。第五、第六艦隊へそちらへ回してください」


「了解しました」


 プロイの船舶群との戦闘でいくらか消耗しているのが気掛かりではあるが、合流されたら手出しがし難くなる。

 主戦力の一部を割き、王都の埠頭から脱出を図った船に向かわせた途端だった。


「感あり!一機の特個体が急速接近!IFF──ノラリスです!」


「方角は?」


「──東?と、東経一五八度より接近しています!」


「東?それはつまり──」ヴァルキュリアからの増援?


(これは本当に結託していたのか?いつの間にウルフラグとやり取りを?そんな余裕が今まであったか?いや…確か以前、三機だけが目的不明の出動を…)


 その機体はすぐに出現した、最大速度で飛行しているようだ。 

 ブリッジからでもその姿を確認した、太い飛行機雲を空に走らせながら真っ直ぐに向かっている。

 報告によればあの機体には目立った兵装が無い、ただ、()()戦乙女たちを空で拘束してみせたようである。

 

(──退こう、戦力不明の機体が先に駆け付けてしまった、ここからの戦いは勇敢ではなく蛮勇になってしまう)


「失礼、先程の指示を撤回し、直ちにこちらへ合流するよう各艦に発令してください」


「は、はい!」


 ──運が良い、そう思った。

 手のひら返しの指示を受け取った二隻の護衛艦が速度を緩めた時だ、海中から突如として何かが出現してきたのだ。


「あ、あれは一体っ…」

「何だよあれ、ウルフラグはあんなもの持ってるのか?」


 普段は滅多に私語を使わない管制官たちも驚きを隠せず、皆が騒がしくして海の先を眺めていた。

 触手だ、いや、イカが持つ触腕に似た物が海から出て空へ伸びていた。

 チャンネル不明の通信が割り込んできた。


[勘の良い。余はオーディンなり、名を尋ねよう]


(オーディン…?ヴァルキュリアの司令官ではない…名を騙っているのか?)


「…ルヘイ艦隊を指揮するポリフォ・エノールと申します。失礼ですが、あなたはヴァルキュリアの関係者ですか?」


[うむ!オーディンたちとは良く語らい合った仲である!…さて、勘の良い指揮官よ、これより先は何人たりとも通さぬと他の者たちにも伝えよ。余は一二のマキナの一柱にして戦を司る者だ、骸になりたくばかかってこい!]


「…………」


 ま、マキナ...?星人様が過去に封印されたというあのマキナなのか...?本当に? 

 冗談ではない、だがあの化け物じみた触腕がそれを雄弁に物語っている、決して相手にして良い存在ではない。

 ウルフラグ、そしてヴァルキュリア、さらに封印されたマキナまでもが私たちの敵だと?

 冗談じゃない、こんな所で皆を海の藻屑に変えるつもりは毛頭なかった。

 だが、ここは戦場だった、逃げたくても逃げられない時があった。


「──司令官!ヴァルキュリアと交戦しているシューミット少佐からメーデー(※救難信号)です!」


「何だって?!あの人が?!」


 艦隊を指揮するようになってから慌てる事は無くなったと思い、また自負もしていたが、管制官のその報告にはさすがに色めき立ってしまった。

 国内随一の腕を持つシューミット少佐が、いくら手負いの獣であるヴァルキュリアに遅れを取るだなんて信じられなかった。


「何があったんですか?!」


「所属不明の部隊から挟撃にあったようで…それ以上の事は分かりません!」


「──全艦へ直ちに撤収指示を出してください!第一、第二艦隊へはルヘイまで逃げ延びるようにと入電を!」


「は、はい!」


 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ、何なんだこの戦場は、どうしてこうも不確定要素が乱入してくるんだ。

 

(であれば、私が政権の場で取るべき剣は──)


 方針は決まった、ウルフラグも巻き込む事になるがそれは向こうも承知の上だろう。

 気付けば太陽が海へ没しようとしていた、どちらにしても我々の敗北である。

 この戦場でヴァルキュリアとナディ・ゼー・カルティアンの両方を叩こうとした私の失敗だった。



✳︎



「骸になりたくばかかってこいって言ったのにい〜〜〜!言ったのにい〜〜〜!」


(あれ…?あの子って…何でこんな所にいるの…?)


 何とか、本当に何とか無事にバハーまで帰って来られた。

 王都の埠頭で乗った民間船からバハーに乗り換えた時だ、後部甲板であの子供が悔しそうに地団駄を踏みまくっていた。

 ラハムも健在である、今はべっっっったりと私に引っ付いていた、さらにノラリスも何処へ行っていたのか突如としてこちらに戻って来たのである、ラハムが「もう家出は十分ですか〜!」とノラリスに向かって手を振っていたのは謎だけど。

 

「お怪我はありませんか?!」


「う、うん…私は大丈夫だけど…他の皆んなが…」


 他の人たちは...私に目を向けようともしない、仕方がないと思う反面、「どうして私なの?」と不服に思う所もあった。

 その子供が私に気付いてだっと駆け出してきた。


「ナディ〜!余の可愛い家臣よ〜!」


「え?ああちょ──」そのままどすんと私に抱きついてきた、小さな頭が私の胸辺りにある。


「オーディンさん!ナディさんはお疲れなのですよ!」


「お、オーディン…?──え、ってことはこの子ももしかして…」


「うむ!マキナである!そしてあれを見よ!」ばざあああん!突然と海の中からソレが現れたので甲板にいた皆んなが逃げ出し、そして私は腰を抜かして尻餅をついてしまった。


「あ…ああ…」


「余の子機であるクラーケンだ!──ほれ!挨拶せぬか!」


 クラーケンと呼ばれた化け物がその巨大な触腕を持ち上げぶんぶんと回し、勢い余って船のレーダーにぶつけていた。

 船内から強面の人が飛び出し「今すぐ海に沈めるぞ!」と怒鳴ってきた。


「すまんすまん!再会できたのが嬉しくてつい!ついな!」


「全く…全軍を指揮するリヒテン・シュナイダーだ、どうぞよろしく」


「ど、どうも…」


「コクアのメンバーに一部死傷者が出たのは報告で聞いている。決して病むな、君の責任ではない」


「……っ」


「──と、アリーシュから聞いている。今はとにかく休め、良いな?」


「は、はい」


 そう促されはするけど、自分の足が動こうとしなかった。

 コクアの皆んなが船内へ入ってようやく足が動いてくれた。

 傍らにいたオーディンちゃんが言う。


「本当に、お主は優しい子よの〜」


「別にそんなんじゃ…ただ、皆んなと一緒にいたくなかっただけだから」


「皆を気遣って先へ行かせたのだろう?誰のお陰でこっちまで帰ってこられたのかにも気づかない皆を」


「…………」


 変わった髪型は相変わらず、奇抜な服装も変わっていない。でも、凛々しい顔付きで私を励ましてくれた。


「それが持つ者の宿命だ、お主は人とは違う。そして、お主はそれに応えるだけの器を持っておる、ちと自分に自信が無いのはいただけぬがな」


「…何を持っているっていうのさ」


「人の上に立つ素質、この場で言うなら王の素質だ」


 沈んでいく太陽の強い光りに照らされたオーディンちゃんは、どこかきらきらと輝いていた。そんな子にそこまで言われたら...でも、昨日まで私の傍にいた人が殆どいなくなってしまった。

 それもショックだった。ヒルドちゃんにカゲリちゃん、アネラもそうだ、彼女も影武者として立候補したヒルドちゃんに付いて行ったのだ。

 どうして皆んな、そう、突然動き出してしまうのだろう。


「ナディ?まだ中に入るのが怖いのか?」


 どうして私は、こう、じっとしたままなのだろう。

 また置いていかれてしまう。


「──ナディさ〜〜〜ん!さあ!ラハムたちの愛の巣へっ──どうかされたのですか?まさかオーディンさんに意地悪されたんですか?!」


「何でそうなる!ナイーブになっているだけだ見れば分かるだろう!」


「ナディさん……?」


「ほれ、しっかりせぬか!」


 パン!と背中を叩かれて、また止まっていた足が動き出した。

 入った船内は意外と空調が効いているようで、潮風にあたって冷えていた体を暖めてくれた。

 ──一人ぼっちになったわけではなかった、ずっと私たちのママ役としてお世話をしてくれていたナターリアさんがいた。


「………ナターリアさん、良かったんですか?」


 主語がなくても通じたようだ。


「構いません、元より海を越える覚悟はしておりましたから。それと、他の者たちから言伝を預かっています」


「何でしょうか…」


 砂に塗れ、返り血で汚れ、それでもなおナターリアさんは朗らかに笑い、「キツくあたって悪かった」と、そう言った。

 ずっと私の傍にいるオーディンちゃんが「自分の口から言わせろ!」と吠え、ラハムが「そんな事より体を休ませるのが先です!」と吠え、ナターリアさんが「あなたたちが一番騒がしい!」と注意した。

 私はたったそれだけで、その一言で胸に蟠っていたしこりが解けたような気分になった。



✳︎



「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「凄い島」

「謎に斜めってるのもお洒落な感じ」

「あれ、どうして皆さん固まっておられるのですか?ここが本拠地なのでしょう?」

「バターサンドクッキーとかあるかな」

「お前のその言葉が出てくるのが凄い」


 ────どうして忘れていたんだろう、この景色を。

 ナツメさん、それからカゲリとその他の子供たちは皆んな目を輝かせて島全体を見回している、そして私たち戦乙女と司令官は魂が抜かれたようにただただ見つめていた。

 工場だ、ここは工場だ、私たちが育ち、知識と戦い方を叩き込まれた工場だった。

 ルカナウア・カイの部隊に追い込まれていた私たちを助けてくれた三機の特個体が空から舞い降りて来た。

 柔らかい着地で私たち前に立つ、先頭にいた機体のハッチが開き、中からパイロットが出てきた。

 バイザーを解放し、隠していた顔を露わにした。


「久しいな、マカナ、リン、スザク、オハナ。フランはどうした?」


 たっぷりと時間をかけてそのパイロットを見つめる、見つめる、沢山見つめた、それでもこう言わざるを得なかった、それは皆んなも同じようだった。


「誰?」×4


「〜〜〜っ!!」


 いや間違いなく過去に会ったことがあるんだろうけど全く思い出せないパイロットが機体から飛び降りて追いかけてきた!



「こんな事ってある?せっかく助けたのに!オレを忘れるだなんてあ〜ちくしょう!悲しいよ〜全く!」


「す、すみません…」


 殴られてしまった、その太い腕で私たち四人はぽかりぽかりと。いやほんと誰?

 斜面になった平原を背景にしてその女性は腕組みをして立っていた。オレンジの髪はウェーブしてライオンのよう、少し垂れ目になっている瞳は拗ねたように細められている。

 そして、パイロットスーツに隠れたそのボディラインは何というか、全体的にボリューミーだ、胸もそうだし腕もそう、あの...あの腕でで殴られたら...痛いの何の...ん?

 本名はオハナという可愛い名前を持つヨトゥルがぽつりと「男女…」と呟き、その名前を聞いた途端電気が走った。


「──男女!」と私も叫びつつ、つい指を指してしまった。

 残りの二人からも「そうだそうだ!」と声が上がる。

 思い出せた!


「男女だあ〜!思い出した〜!手加減しない男女だ〜!」


 "男女"は決して良い言葉ではない、それなのに男女は嬉しそうにしていた。


「そうそう!やっとオレのこと思い出したのか〜いや〜実技訓練が始まると皆んなから一斉に嫌われるからな〜無理もないかな〜とか思ってたんだけど」


 ぽろりと、何かが剥がれるようにして記憶が蘇り、それを皮切りにして他の事も思い出せるようになってきた。

 名前は...この人の名前は確か...


「…ガング…ニール…だよね」


「っ!」


「そうそう──って!何だよあんた!急に寄ってくるなよびっくりするだろ!」


 まだ万全の状態ではない司令官がガングニールへ素早く近付いていた。


「俺が誰だか分かるか?!」


「はあ?」


「俺だ!ヒュー・モンローだ!お前のパイロットを務めていた元軍人だよ!」


「はあ?!オレのパイロットって──気色悪い言い方すんじゃねえよ人違いだ!」ばごん!と、ガングニールがその太い腕で司令官の顔を殴り飛ばした。

 呆気なく尻餅をついた司令官はそれでもガングニールから視線を外そうとしなかった。


「お前の機体は船にある!今はこの女が乗っているが──「ちょいと、その話は後だよ。あんたらケツ追っかけられてたみたいだね」


「ミルキージャーキー!」


 私がそう名前を呼ぶと心底嫌そうにしながら「そんな食べ方はもうしていない!」とミルキージャーキーが言った。

 ガングニールと共に出撃したパイロットの一人である、あともう一人はずっと機体に乗ったままだ。


「工場の制空圏に侵入機有り!あんたたちはとっとと中へ行って!」


「馬鹿言え!俺たちを誰だとっ─「替え玉の司令官さん、あんたらに戦う体力はもう無いはずだろう?だから助けてやったんだ──つべこべ言わず行きなさい!──ガング!ダンタ!迎え撃つよ!」


 ダンタ?──ダンタリオン!!

 私たちを助けてくれたマッドグリーンの機体が再び空へ上がっていく。陽が沈み始めてから空を厚く覆う雲が現れ、その隙間から太陽光が延びていた。

 

(ああ──……私はあれに憧れて頑張ったんだ…パイロットになろうって、スルーズになろうって)


 そして──『セレンの仇を取る』。

 太陽の光りに祝福されたように輝く三機が、雲の向こうへ消えて行くのを私は童心に帰って眺め続けた。

 


「スルーズ!」


 それは予期せぬ出会いだっ──いいや、()()だった。


「あ〜忘れてる?僕たちのこと」


「でもいいの、私たちはあなたの事を覚えているから」


 私は咄嗟に耳たぶを触った。何も付いていない、当たり前だ。

 『工場』というのは私たちが付けた名前で正式な名前ではない、そもそも正式な名前は誰も知らない。単に細長くて無機質な建物だからそう呼んでいた。

 その工場の入り口、昔と変わらずここに住まう人たちの下駄箱が並ぶエントランスでその二人は立っていた。

 カイルさん、それからリアナさん。

 私の一言目は「ごめんなさい」だった。


「どうして謝るんだい?」


「その…忘れていたから、忘れてしまったから、貰ったイヤリングを捨ててしまって…」


 ああ──どんどんどんどん記憶が戻ってくる、そうだ、ルヘイの館でもそうやってリアナさんは微笑んで──。


「いいのよ、いいの。心細い時に仲良くなったあなたの事を忘れた時なんて一日も無かったんですもの、こうして再会できたことが本当に嬉しいわ…」


「リアナさん…」


 帰りを待ってくれている人がいる、それがどれほど心強くて嬉しいことか。

 そして、それと同じくらい私はフレアに酷い事をしたんだと痛感させられてしまった。

 フレアの帰りを待つ人は私しかいなかった、それなのに...


「失礼、再会の喜びに浸っているところ悪いがすぐに部屋へ来てくれ。本来であれば関わってはならない私たちと君たちがこうして逢瀬に至った理由について語りたい」


 エントランスの奥から現れたのは背骨がひどく曲がった老人だった。肌は黒く、それと相反するように髪は真っ白だった。


「私はここの長を務めている、またの名をグレムリン、ダンタリオンの前任者だ」


「えっと…」


 ここの関係者であれば私も会っているはず、でもいくら記憶の糸を手繰り寄せてもピンとこなかった。


「覚えていなくて当然だ、そもそも私は滅多に部屋から出ない。よいかね、コールダーの二人も」


「はい」


 ナツメさんの肩を借りて立っている司令官がおずおずとした様子で尋ねていた。


「それは…私も同伴してもいいのですか?」


「無論だともガングニールの前任者よ、君の働きもここからつぶさに見ていた。それと、ここにいるガングニールとダンタリオンはただの人だ、特個体としての自覚はまるでないからいくら話しかけても無駄だ」


「その理由についても…「ああ、ドゥクスから許可は取っている、話そう」


 そう言って背を向けた老人の跡を皆んなで付いて行く。フロックもヨトゥルも懐かしい懐かしいと言いながら建物内に視線を向けている、あのレギンレイヴも頬を緩ませていた。

 着いたのは工場の屋上だった、ひっそりとした扉はただの用具庫にしか見えないけれど、どうやらここが工場責任者の部屋らしい。

 一歩足を踏み入れて私たちは度肝を抜かれた。


「こりゃ凄い…通信機の類いでびっしりだ…」


 レギンレイヴが言った通りその部屋はさながらブリッジのようであった。監視カメラの映像を映しているモニターは数え切れないほど、島周辺だけでなくカウネナナイの王都、それから初めてみる街並みの映像もあった、きっとあそこはウルフラグなのだろう。

 案内をした老人が質素にも程があるパイプ椅子に腰掛け、そして何の前置きもなく語り出した。


「非常にマズい事になっている、ここが危機に見舞われる、世界が崩壊しかねない」


「…………」


「テンペスト・シリンダーという言葉は?」


「概ねは…」と答えたのは司令官である、他の皆んなもここが薄々閉じ込められた世界だという事には気付いてはいた。

 あの穴が空いた月を見れば、誰でもそう思う。


「五年前から出現頻度が増したノヴァウイルス、カウネナナイではハフアモア、ウルフラグではシルキーと呼ばれている外的生命体の事であるが、この分裂がここ最近で爆発的に増加している」


「分裂…するのですか?」


「さよう。このまま増加速度が推移すればここは圧迫されてやがては崩壊するであろう。こう…風船の中に水を入れ続けたらどうなるか、分かるね?」


「いずれ間違いなく破裂します」


 そう答えたのはフロックだった。


「その通り、ドゥクスとラムウがこのウイルスの増加の速度と量を調べ予測した結果、ここはあと一年と保たないことが分かった」


「一年足らずで…ここが崩壊すると…?つまり我々は…」


「皆殺しだ、そうなった時に助かる術は何も無い。これを緊急事態としてドゥクスは現任の戦乙女も集め、対処する運びとなった、だからスルーズに君たちを助けるよう命令を出したのだ」


 老人が言うスルーズは私のことではない、ミルキージャーキーのことだ。

 彼女は歴代で最強の"スルーズ"だった、と聞かされていたのを今思い出した。


「それは、特個体の力を使ってもですか?」


 司令官の質問に老人が答える。


「無理だ。ノヴァウイルスは電子の海から誕生した電子的生命体であることは間違いない、けれどそのホストがいつまで経っても見つからない。いくら優れたハッキング能力を有する特個体でも根本的な破壊は不可能だ」


「では、あのガングニールたちは一体…」


「オリジナル・エモートの人格である。あの二人が覚醒する前にドゥクスが掌握し、そしてすぐにこの島へ移したそうだ、そう聞いている」


「ずっと…ずっとここで?」


「そうだ、奴が師と定めたアッシリアの名前を冠した暦、A.D.がその年輪を刻み始めた時からあの二人はここにいる」


「二〇〇〇年近くも…」


「語弊があった、あの二人はただの人と言ったがマキナとしての自覚はある、だが、特個体としての自覚が無いだけだ」


 マキナ...そう聞かされてもいまいちピンと来なかった。

 ガングニールは普段は優しいが戦闘訓練になると途端に厳しくなる、ダンタリオンはずっとお淑やかだけどたまにすこぶる機嫌が悪い時がある、そんな些細なイメージしか持ち合わせていなかった。

 けれど、司令官は違ったようである。


「なら、俺が接していたガングニールは?偽者だったと?」


「何故執着する」


「それは…「まあ良い。君もそうだし私もそうだが、ウルフラグで扱われていた特個体はドゥクスの手によってダウングレードされたものだ。疑似的に再現されたものであり、特個体の全ては起動する度に記憶が消され、使用履歴も消去される仕組みになっている」


「……なら、俺を知っているガングニールは…」


「この世にはもういない、私を知るダンタリオンも存在しない、それが特個体のルールだ」


「………………」


 長い沈黙の後、司令官はナツメさんから離れて床に座り込んだ。

 余程ショックらしい、私たちに見せたことがない程に肩を落としていた。


「司令官…」


 司令官は細かく首を振り、その度にうさぎの耳と見紛うアンテナが揺れた。


「初めて心を開いた相手なんだ…馬鹿げていると思うが…俺の初めての相手だったんだ」そう言い、司令官が自分の話を始めた、これも初めての事だった。


「俺は昔から女が怖くて仕方がない生き物だったんだ、それでも女が好きで良く口説いては抱いて捨てられて、その繰り返しの中を生きてきた。そんな俺を見かねた当時の指揮官が特個体の研究機関へ出向辞令を出してな、そこで俺はガングニールと出会った」


「話が長い、一言でまとめろ」とナツメさんがとんでもない事を言い出したので私たち四人で袋殴りにした。


「いたたた!いたたた!」


「酷すぎるよ!」

「そうだよ!司令官に向かって何て事をっ!」

「これでも私たちの司令官です!」

「ちゃん付けした仕返しだ!」


「何でだよ私はお前たちを思って──あれだけこき使われていたのにこいつの初恋話を聞きたいのか?!私なら我慢できない!」


「よせ、ナツメの言う通りだ、少し感傷的になり過ぎた。一言で言うなら俺はガングニールのお陰で変われたんだ、その恩返しをしたかっただけなんだよ、でももういないんならそれで良い」


「そ、それで良いのなら…」


 私たちをただ眺めていた老人が「良いかね」と催促してきた。


「すまぬがそういう話は事が解決してからにしたまえ、それだけ事態は重い」


「で?私たちを集めて何をしたいってんだ」


「まずはここの防衛、次に海に蔓延るウイルスの駆逐だ」


「ウイルスを駆逐するって…その方法はあるんですか?」


「ドゥクスが考案中だ、しばし待たれよ」


 少し離れた位置で話を聞いていたカイルさんとリアナさんが老人へ話しかけた、何故自分たちがここにいるのかと。


「あまり関係がないのに重大な話を教えてもらったようで…」


「そんな事はない、君たちはあのポンテアックの子孫だ、この世界に必要な人材である」


「それは…どういう──」リアナさんの言葉を遮るように、一つのモニターからアラート音が流れ始めた。

 老人が素早く報告を求めた。


「何だ」


[ジャーキーとガング、ダンタの部隊が突破されそうです、マズいです、あの三人でも抑えられないのならこの島は終わりです]


 あれだけ毅然とした態度を取っていた老人が「そうか…」と俯き、「もはやこれまで」と速攻で諦めていた。


「いや諦めるの早っ!」


「誰?!誰が襲ってきて──ヒルドだ…」


 フロックの言葉に皆んながモニターへ視線を向けた。

 本当だ、赤い機体に二本の近接格闘武器を所持したあの機体はヒルド機だった。


「何でここが…いや、というかあいつは国王の身分を詐称して王室に──あいつまさかっ!」


 モニターの映像では確かにヒルドの機体が三機を圧倒していた、まさに"鬼神"、歴代最強と謳われたスルーズも押され気味だった。

 というか何で戦う?


「──司令官、どうしてヒルドは部隊を去ったのですか?」


「至極私情的だが、お前たちの事を忘れたくないと言っていた、だからお前たちの記憶を保持したまま部隊を去ったんだ」


「ほんと馬鹿…」


「戦乙女から抜ける時はそういう決まりだったからな、今となってはただの茶番と分かったがあいつは何も知らないままだ」


「ヒルドのコネクトギアと機体は──ああ、そうか…国王陛下が管理していたから…」


「だからあいつが偽者を演じて王室に忍び込んだ?だったら何で部隊を去ったんだ、意味が分からないにも程がある」


 司令官の言う通りである、ここはとっ捕まえて真相を聞き出すしかない。

 身内の不始末は身内が取る。

 皆んな同じ考えのようだった、真剣な目つきで私に頷き返してくれた。


「私たちが相手にします、司令官、それでよろしいですね?きっと、ヒルドはコネクトギアを装着して記憶整理を受けているはずです、であればぶん殴ってでもここを思い出させないといけませんと思いますがどうですか?」


 凛々しかった司令官の姿はもはやなく、「ああ…」とか「うん…」とか曖昧な返事を返すだけだった。

 ヒルド。私たちの中でもトップクラスの実力を持つパイロットである。

 本名はフラン。フラン・フラワーズ、初めて出会った時は「お花のように可愛いからそう名前を付けてもらった」と教えてもらった事があった。

 その可憐で鬼神の如く暴れ回る子供を今からぶん殴りに行きます。

 どうかお許しくださいフランのご両親、きっと正気に戻してみせますとも。



 こりゃとんでもない戦いになってしまった。

 私たち現任の戦乙女、歴任した戦乙女と戦闘教官たち、そして──私たちを単機で圧倒する、間違いなく歴代最強のヒルド。

 沈みゆく太陽が空を真っ赤に彩るその戦場で、私たちは三つ巴の戦いを繰り広げていた。

 どうしてこうなる?理由は簡単、ジャーキーたちが下がろうとしないのだ。


[誰があんたらみたいなひよっ子の力を借りるか!黙って引っ込んでろ!]てな具合で、しかも遠慮なくこちらを撃ってくる。


「っざけんなっ──」


 正確無比の射撃がギリギリで稼働している自機を襲う、避けるのに必死だ、一発でも被弾すれば間違いなく墜ちる。

 

「ヒルド!応答して!ヒルド!!」


 呼びかけるも返事がない、狂ったように武器を振り回すだけで私たちに応えようとしなかった。

 洗脳されているんじゃないかと思うが意識はあるようで、ヒルドは私たちの牽制射撃と接近をいなしつつ、主にジャーキー部隊に攻撃を加えていた。

 現にさっき撃ってきたジャーキー機へ猛打を加えている。


[──何なんだこいつはあ!こんなに強かったかっ?!]


[オレの教育が良かったんだよきっと。うんうん、教官冥利に尽きるゼ!]


[喜んでいる場合ではなく]


「ダンタリオン…ダンタっ!」


 先程は顔を見せてくれなかったダンタへ、昔の呼び方で呼びかけた。


[お帰りなさいマカナ、君たちの活躍はずっと見ていたよ]


「それならどうしてさっきは…」


[忘れたの?僕、人見知りするんだよ、久しぶりに会うのが何だか恥ずかしくて──[ダンタっ!]


 ジャーキーに猛打を与えていたヒルド機が突然標的を変え、私と会話をしていたダンタ機へ襲いかかった。

 ダンタ機の脳天に武器が叩きつけられる寸前、レギンレイヴ機のレールガンが炸裂し間一髪で防いだ。

 奇襲に失敗したヒルド機はそのまま横滑りするように距離を置き、太陽の光りで黄色、赤色、白色のトリコロールに変色された分厚い雲へ突っ込んでいった。

 せっかくレギンレイヴが助けてあげたというのにダンタが、


[──駄目だよ、横取りしたら、今ちょっと僕機嫌が悪いからお灸をすえるね]


[いや何でだよっ!]


 ダンタ機がレギンレイヴ機に急速接近、腰部ホルスターに収めていた短刀型の近接武器を取り出し、襲いかかろうとしたその刹那、何かいきなり私に狙いを変えてきた。


[やっぱりね、マカナの良い癖だよ]


「──っ?!」


 レギンレイヴを援護するためライフルを構えた直後だった、ゲームの世界ではないのでキャンセルできない、ダンタ機がその短刀をこちらに投げてきた。


(当たったらマズい!)


 だったら狙い撃つ!とレティクルの微調整に入った途端、ヨトゥルが「失礼します!」と言って私の機体を弾き飛ばしてきた。

 何が起こったのかすぐに理解した、私の癖を利用して足止めし、他の二機が狙いを付けていたのだろう。 

 向こうはガチだ、大人気ない。


「大人気ない!!ちょっとは子供に譲れっての!!」


 他の三人も「そうだそうだ!」と加勢してくれた。

 対する大人気ないチームは、


[お前たちでは荷が重いって言ってんだよ!]

[オレたちを頼ってくれてもいいじゃんか!]

[僕たちも格好つけたい時があるんです!]


「いや普通に負けかけてたじゃん!──もうこうなったらっ」


 ヒルドは一旦脇に置く、大人気ないジャーキー部隊を制圧するのが先だ!邪魔で仕方がない!

 レギンレイヴのレールガンで先制攻撃、ぱっと散ったそれぞれの機体に私たちが張り付いた。


[やれるものならやってみな!スルーズ同士で勝負だ!]


「おばさんスルーズはもう引退ですよ!」

 

 何だって私はまだ三〇代だ!とか何とか宣うジャーキーへお返しの射撃を見舞った。

 カナードの位置、角度で動きを先読みして撃つ、撃つ、たまにフェイント、そしてまた撃つ。


[あ!こいつ──危な──引退したパイロット相手にマジになるなよ!]


「おまいう!」


 通信回線は繋げっぱなしだ、ダンタ機に張り付いたフロックの会話が耳に届いてきた。


[今さらだけどね、スザクって男の子だよね?何でうちに来たの?]


[ほんと今さら!ルヘイの少年兵だったボクを女の子だと勘違いして連れて来られたの!拾ったのはリンちゃんだよ!]


[その呼び名止めろ!背後から撃つぞ!]


「味方割れする暇あったらジャーキー撃って!」


[撃てるものなら撃ってみろ!リンちゃん!]


 レギンレイヴが無言で本当に撃った。

 電磁投射砲の光りがフロック機に直撃するその瞬間、さっと避けてダンタ機へ殺到した。


[ああ、嘘──ブラインド──]


 ダンタ機が対電磁線スキンを張ったライオットシールドで受ける、大きな隙ができた。

 そこへ姿を隠していたヒルド機が出現し、分厚い雲から飛行機雲を残してダンタ機へ襲いかかった。

 楯受けからの奇襲である、さすがの戦闘教官も捌き切れなかったようだった。飛行ユニットに激しいダメージを受けて戦線から離脱した。


「いよっしゃああ!ざまあみろ!」


[す、スルーズ様、目的が変わっています…]


[汚い戦法使いやがって〜!オレが教えた熱血根性論はどうしたんだ!戦いの基本は熱意と仲間とやる気だって教えただろ!]


「トイレで一緒に流してました」

[ボクも]

[私もだ]

[私もです]


[皆んなかよ!──ええいその曲がった根性を叩き直してやる!──スルーズ![はいきた!]


 ヒルド機の通信壊れてんの?さっきはちゃんと連携取れてたよね?

 とか言っている間に大人気ないチームの生き残りがツーマンセルで接近してきた。

 あれはヤバい、ガチの戦い方である、私たち五人の最終試験でもあれだけは勝てなかった。

 正確無比の射撃を行なう後衛のジャーキー、それから巧みな楯捌きで接近戦を得意とするガングのペアがフロックへ襲いかかった。


[あ、嘘──ボク──]


 デバフ仕様の機載機器(光学迷彩、チャフ、通信切断など)を起動する暇もなさそうだ、ジャーキーの射撃によって大幅な行動を制限され、その隙にガングに接近され、


[はーいまずは一機〜!]


 秒殺だった、接近戦に持ち込まれたフロック機がガング機から盛大な兜割りを食らってしまい、戦線離脱を余儀なくされていた。


「どっちが汚いのよ!後衛から狙うだなんて卑怯よ!」


[弱っちそうな奴から殴る!戦闘の基本だろう!]


「それは覚えてた」

[私もだ]

[私もです]


 戦線から離脱したフロックも「ボクも」という通信を残して消えていった。

 お次の標的はヨトゥルである、対人兵装を積載している彼女の機体では太刀打ちできないとか言ってるそばから同じ戦法でリングアウトしてしまった。


[申し訳ございません。お二人が帰還したらダンタ先生直伝の毒を料理に盛っておきます]


「よろしく頼む」


 残りは私たち三機とジャーキー、ガングだ。

 先手必勝と言わんばかりにレギンレイヴがレールガンを放つ、ぱっと散開した二機へ私と─呼吸だけは合う─ヒルド機で襲いかかった。

 

[さあ〜てどっちが強いか勝負だお子ちゃまスルーズ!]


「さっさと引導を渡してお婿さんまで紹介してあげますよおばさんスルーズ!」


 それマジ?!とか余裕を放つジャーキーへ牽制射撃、右へ左へブースターを上手に使いながらすいすいと避けている、そこへ再びレギンレイヴのレールガン、少しだけ掠った。


「惜しい!」


[いいね〜いいね〜!実戦を経験して確実に腕が上がっているなお前たち!私はそういう飛び出た鼻をへし折るのが生き甲斐なんだよ!]


「うわあ…」


 射撃を繰り返しても埒が明かない、撃ち続けていたライフルを下げ、私の思惑に気付いたレギンレイヴが代わりにレールガンを炸裂させる。

 大人気ないチームがやった戦法と同じだ、レールガンで動きを制限して──


「はいそこおおお!!」


[──っ!]


 斬るか斬られるか、互いの間合いにいながら私は大胆に斬りかかった。慎重さを旨とするジャーキーにはない戦い方である、これは大胆さを旨とするガングから教わったものだ。

 だが、横っ面から謎にライオットシールドが飛んできたので振りかぶった近接武器を下ろすことができなかった。


「しまっ──[ナイスガング!]


 足並みが乱れた、その隙を突いてジャーキーが反転攻勢、無防備になった私の胴体へレティクルを合わせながら後方へ下がった。

 そして──ガングとタイマン勝負をしていたはずのヒルドがジャーキーを背後から叩き斬っていた。


[嘘だろおい──]


 ちゃんと私たちの動きを見ていたのだ、あのガングと戦いながら、である。


(部隊から抜けて腕が落ちたかと思えばその逆)


 そのガングはこのままでは分が悪いと判断したのか、後衛に徹していたレギンレイヴに狙いを替えて、大人気なくマジモードで制圧していた。


[不覚っ!]


[ヒルドがスルーズを抑えた時点でオレを撃たなかったお前が悪い!教育のし直しだ!]


 いやだ〜!と叫びながらレギンレイヴも戦線離脱。

 残るは私たち二人とガングである。


[なあおいマカナ、もうこの勝負はここで終わりにしよう。ヒルドの機体は何かしらの通信不良で会話ができないだけだ、オレたちを害するつもりがないのはもう分かってるだろう?]


 私はこう答えた。


「負けるのが怖いんですか?」


 見えていなくても分かる、絶対ガングの顔には青筋が生まれたことだろう。


[何だって〜…オレはただ「負けるのが怖いんですよね、分かりますよ、その気持ち」


 安い挑発にガングが乗ってくれた、爆発的なスピードで接近してくる、一つ瞬きをしただけでもう目の前にいた。


[大人を揶揄うもんじゃない!──説教してやる!]


 ワンステップでガングの兜割りを避ける、構えていたライフルのトリガーを引く。弾丸は当たることなく、ガングの背後にあったかなとこ雲へ消えていく、避けた先ではヒルドが構えていた。


[バレバレ!]


 ヒルドの攻撃を楯も持たないガングが捌き、大胆さを旨とするパイロットが直後に距離を取った。

 そこへヒルドがライフルを構えてみせた、滅多に使わないミドルレンジの武器。


[なっ──]


 私とヒルドでガングへ猛射撃、蜂の巣にされた熱血戦闘教官がついに戦線離脱をした。

 戻ってきたら覚えていろ〜!と負け犬の遠吠えを残して消えていった。


「…………」


 この場に残ったのは私、それから通信ができないヒルドだけである。

 今の彼女は誰と戦っていたのか、ここが何処なのか、何故私たちが逃亡しているのか分からないはずである、コネクトギアを装着してしまったために記憶に乱れが出ているはずだ。

 それでもヒルドは私たちの動きに合わせてきた、けれど決して近寄ろうとしない、それは分かっていた。

 通信ができないのではない──。


「………はあ」と大きく息を吐き、私は積載している武器を全てパージした。

 ぽろぽろと落ちていく武器、自分を守ってくれる銃や剣が雲へ飲み込まれていく。

 これなら大丈夫だろう。

 ゆっくりと機体を彼女へ近づける。

 "逃げてしまった"という記憶だけが残った彼女は私たちのことが怖かったはずだ、だから通信を自ら切っていたんだ。

 そっと彼女の機体に触れる、コンタクト通信なら無視はできまい。


「ヒルド、ハッチを開けて」


 開かない。

 トリコロールが深まった雲を横切るように、()()()()()が通っていくのが視界の隅に映った。


(今のは…?)


 意識を再びヒルドへ向けた。

 少し意識して優しい声を出す、「あなたの顔が見たいから開けてほしい」と。

 ごうごうと鳴る風の音を聞いた後、ようやく「分かった」と細い声で返事があった。

 ハッチが開かれる、私もハッチを開いた、途端にアラート音が鳴り、強制的にオートモードに移行したことをコンソールが告げた。

 

(やっぱり…)


 ヒルドの機体に乗り移り、そっと通信機をタップして──。

 ヒルドは華やかなドレスを身に纏っていた、煌びやかで鮮やかで、そして後頭部には思っていた通りコネクトギアが装着されていた。

 そして本人、ひどく怯え、パイロットシートで丸くなるように座っていた。

 私が「ヒルド」と呼ぶと、彼女はスイッチが入ったように喋り始めた。


「──違うの!私は逃げたんじゃない!皆んなの記憶を守りたかっただけなの!「ヒルド」──ねえさっきの戦いはどうだった?!私まだいけると思う!皆んなの役に立つと思うの!「──ヒルド」だから!お願いだから──ひっ」


 あまりに喚くものだから彼女の両頬を手のひらで挟んでやった、たったそれだけの事でヒルドは今から怒られる子供のように縮こまってしまった。


「私をちゃんと見て、頭に何が見える?」


「……な、何も…何も無いよ…え?どうして…」


「コネクトギアはもう必要無いの、無くても空を飛べるの」


「嘘…そんなはずない…これがなければ私はヒルドになれない…だから裏切ったのに!」


「落ち着いて。大丈夫だから、勇気を出して自分で取ってみて、ね?大丈夫、私が傍にいるから」


「でも…でも…」と言いながら彼女が自分の後頭部に手を伸ばした。

 かちり、と音が鳴る。これで彼女は"ヒルド"ではなくなり、フラン・フラワーズに戻った。


「────ああ、嘘…本当だ、外しても機体が堕ちない…」


 私は彼女の頬から手を離さず質問した。


「自分の名前、言える?」


「……ヒルド、ううん、フラン。両親が花のように可愛かったからそう名前をつけてくれたの」


「そう。私の名前、分かる?」


「マカナ、マカナ・ラインバッハ」


「うんうん。フロック、ヨトゥル、レギンレイヴの名前は?」


「……スザク、オハナ、ディリン様」


「うんうん。私たちが育った場所の名前は?教官たちの名前は?」


「工場……ミルキー・ジャーキーに男女とオカマ暗殺…」


 "オカマ暗殺"とはダンタの事である、一応補足。


「そうね。──何も忘れてないじゃん、除隊する時は全部忘れるって、あれ司令官がついた嘘だから」


「嘘……じゃあ私は何の為にナディを騙してアネラに迷惑をかけてこんな事を…」


 ちょっと聞き捨てならないけど今は流す。

 そうです、彼女を正気に戻すのが先決なのです。

 天国のご両親、見ておられますか?あなたの娘さん、見る見る顔を赤くされていますよ、良かったです、自ら正気に戻ってくれたようです。


「あっ…ああっ…わ、私っ…私はっ…そ、そうだと知らずに一人で勝手に舞い上がってっ…」


「うん、言っちゃ悪いけど…イタい、かなあ〜?」


 私に頬を挟まれたままヒルドがまずは奇声を発し、「黒歴史〜〜〜!」と大声で叫んだ。


「ああ〜〜〜!恥ずかしい〜〜〜!私そうだと知らずにああ〜〜〜!」


「皆んな聞こえてたよね?」


「えっ?!」とヒルドが驚き、通信機から皆んなの声が届いてきた。


[うん、聞こえてたよ黒歴史さんっ──ぶっふぅ……]

[ふ、ふふ、フロック、わ、笑うなっ、し、失礼であろう──くくくっ…]

[お二人ともヒルド様に失礼です。お帰りなさいヒルド様おまちぃひぃ〜〜〜ふふふっふふふっ…]


 あのヨトゥルですら笑いを抑えられなかったようだ。


「──嫌だ!私帰りたくない!このままお星様になるから手を離してお願い〜〜〜!」


 もうさっきの落ち込み具合は見る影も無い、うんうん、やはりヒルドはこうでなくちゃ。


「ま、それはそれとして、私たちに黙っていなくなったことに関して罰を与えないとね、私の気が済みません」


 フランのご両親、申し訳ありません、やっぱり我慢できないので一発だけ叩かせていただきます。


「──あいたぁ〜〜〜!殴られてばっかり!」


[それ、私の台詞ですよヒルド様。それてくろれきしとは一体何なのか、戻ってきたら教えてください]


「──え゛…まさか、カゲリもいるの…?」


「うん、リンが連れて来たよ」


 ぎゃあ!とかここから飛び降りる!とか、とにかく騒いでうるさかったフランと一緒に工場へ降りていった。



 あの時、見たあれは一体何だったのか...

 こんなに高い高度まで果たして届くのだろか...


(あれは、やっぱりどう見ても…)


 トリコロールの雲を横切ったのは──たんぽぽだった。

※次回 2023/2/18 20:00 更新予定

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