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第108話

.殴り合いの海〜冴えないシックスセンス〜



 それは一通のメッセージから始まった──。



✳︎



「何じゃらほいこのメッセージは…」


「く〜?」


 そのメッセージは突然やって来た。

 あのいけ好かない我が儘女王のために一肌脱ぎ、厚生省が所有しているドックに入港して暫く経ってからだった。

 ウルフラグ有数の大企業、ユーサが夏へ向けてネットに上げた広告サイトで金髪と黒髪の女性が二人、溢しながら瓶ビールを飲んでいる写真を見ている時にそいつが割り込んできた。文字化けした状態で。


「意味が分からない」


「すぅ…すぅ…」


 我が友が興味を失くしたように寝息を立て始め、趣味のネットサーフィンを邪魔されたわたしはそのメッセージを開くことなくゴミ箱へ移動させた。


「ビールって美味しいのかな…ごくり」


「Zzz…」

 


✳︎



 そのメッセージが届いたのは出資していたカジノでトラブルが発生し、その事後処理を行なっている時だった。

 先程まで私の執務室にいた子機の「本当に君は何がしたいんだ!迷惑だからすぐに退去したまえ!」と叫ぶ声がまだ耳に残っている。


(は〜面倒臭い…カジノ系は利率は良いがトラブルも多い、今後暫く控えよう。まあ私のせいなんだが)


 ホシ・ヒイラギという青年を勝たせるために仕組んだのがカジノ側にバレてしまった。

 そして運も悪く私が席を外している時に、あまり仲が上手くいっていない子機がカジノ関係者の来訪を相手したがために、先程まで散々文句を言われる羽目になった。


「──にしてもこの女…美味そうに酒呑むなあ〜…」


 私物のタブレットにはユーサの広告サイトを表示させている。カウネナナイで共にしたアマンナ、それから落星の功労者の片割れ、ナツメという女性が二人して青空の下、ビールをあおっている画像だった。


「何を考えているのかこの二人は…自分たちが余所者だって──まあ良いか、もう私には関係が無い。たまには酒でも呑むか…」


 こういう実りが無い仕事はいつになっても億劫極まりない。執務室で一人、愚痴を溢しながら処理を続けた──送られてきたメッセージの事も忘れて。



✳︎



 そのメッセージが届いたのはこれで二通目だった。前に貰った時はあの子がまだこっちにいた時である、今はフレアがこっちに来ていた。


「お母さ〜ん」


「──ああ、はいはい」


 キッチンからフレアの呼ぶ声が聞こえ、仕事の電話をしていた私はあの子の寝室から携帯を持ったまま戻った。


「仕事?」


「そうよ。それと変なメッセージも貰った」


「何それ。まあお母さんはモテるから」


「そういうあんたはどうなの?お姉ちゃんと違って活発だし明るいし、男の子が放っておかないでしょ」


「残念でした〜私がいるのは観光課だから関係ありませ〜ん。あとそんな褒められ方されても嬉しくない」


「はいはい。あ、それもうお皿に乗せていいから」


「は〜い」


 綺麗に焼けたハンバーグをフレアがお皿に乗せ、私は残った野菜のあり合わせで作ったサラダをボウルに乗せた。

 フレアは本当に良く出来た子だ、自分の血が情けなくなるぐらいに。あの子もやれば出来るのだがいかんせん、私の怠け癖を几帳面に受け継いでしまっていた。

 

(リゼラはどうしているのか…)


「お母さん?」


「何でもないわ、早く食べましょう」


 フレアにリゼラの話は禁句だ、というよりこの子はうんと小さい時だったので自分の母親のことはあまり覚えていない。リゼラもマカナだけを相手にしていた節があったので...


「フレア、彼氏が出来たらちゃんとお母さんに紹介しなさいよ、いいわね」


「またその話…」


「可愛い娘から浮いた話が一つも出てこないお母さんは心配してるのよ。これでも」


「──あっ、そういえばね、この間職場にすっごい綺麗な人が来てたよ。オリーブっていう人でね、取材に来てたみたい」


「何でそこで女性の話になるのよ。──駄目よフレア、あんたまでお姉ちゃんの真似しなくていいから、孫の顔を見せてちょうだい」


「うえ〜説教くさい…せっかくのハンバーグが不味くなる…」


「ほんと、文句の言い方はお姉ちゃんそっくりね」


「そりゃ妹だからね」


 血の繋がりはなくてもフレアは私の可愛い子供だ。リゼラの代わりに私がうんと可愛いがろう。



 二人で夕食を済ませ、食休めをしている時に来客があった。


「やっほ〜遊びに来たよ〜」


「こんばんは、お邪魔します」


 二人ともフレアと同じ職場で働いているジュディスとクランだ。この二人と最後に会ったのは年末のナイトクルージング以来だったが、フレアが入社してから度々遊びに来てくれるようになった。

 以前、ナディの事で対立したこともあったけれど今となっては良い友人である。私にとっても。

 二人も車座に加わり、私はまだ会ったことがないクランの姉、リッツという人の話になった。


「最近、毎晩のようにお酒を飲んで私にウザ絡みしてくるので…今までこんな事なかったのに」


「それはあれね、きっと失恋したのよ」


「あら〜可哀想に…」


 その相手を知っているらしいジュディスがおしゃまな感じ(本人に言ったら絶対怒るので言ったりしないが)で微笑み、クランに話を振った。


「そういうあんたはどうなのよ、王子様とは」


「え?何その話、詳しく」


「もう〜お母さん…」


「いやそれがですね、前に会ったことがあるイケメンの人が実はカウネナナイの大使様だった話で。ほら、たまにテレビに出るあの人」


 浮いた話に飢えていた私は年甲斐もなくはしゃいでしまった。


「え?!そうなの?!凄いじゃない!あの二枚目俳優みたいな人よね」


「そうそう!でも実はテロリストのリーダーだったっていう黒い噂もあったりして…」


「え〜!絵に描いたような主人公じゃない!クラン!この家に連れて来なさい!」


 奥手なクランはそう言われただけでポっと頬を赤らめた。


「いや、何でそうなるんですか…それにヨルンさんに会わせたら私が芋虫みたいになってしまいます」


「そう?そんな事は〜あるのかもしれないわね!」


「もうお母さん!恥ずかしいよ!あっち行ってて!」


 はしゃぎ過ぎたようだ。

 すごすごとあの子の寝室に引っ込む、リビングから楽しそうにお喋りをする声が聞こえてくる。


(う〜ん…やっぱりフレアも一人暮らしさせた方が…あの子みたいに距離を取られたら精神がもたないわ)


 それに、私もそろそろこの家を出ないといけない。あの子名義の口座から毎月家賃が引き落としになっているから「ラッキー!」と今までズルズルと...

 次の家を探そうかと携帯を取り出す、その時にメッセージのことを思い出した。


(このメッセージは一体何なのかしらね…)


 やる事もなく時間潰しにいいかと思い立ち、仕事用のパソコンを立ち上げた。携帯に入ったメッセージを一度パソコンに移し、様々なソフトで変換を試みるが、


「駄目ね。──ああ、コードが違うのかもしれない、それなら…」


 文字をパソコンに表示させる際、"文字コード"というあるルールに従っている、らしい。このルールが入力側と出力側で異なると文字化けが発生する、らしい。


(面倒臭いけど…まあいいわ、他にやる事もないし)


 こういったメッセージの不具合は仕事をしているとたまに起こる、だから他の社員に文字化けの対処方法を学んでいた。

 エンコードがどうとかデコードがどうとか、機械オタクの社員に教わってもらったが理屈はどうでも良い、やり方さえ分かればそれで良かった。

 無事に直ったメッセージ。


「何て書いてあるのか…」


 それは──助けを求めるメッセージだった。



✳︎



 断崖絶壁の縁に沿うよう建てられた官公庁専用のホテルの一室、優雅なモーニングを楽しんでいたわたしの元に一本の電話が入った。


(げっ…我が儘女王からだ…)


 昨夜は思う存分電子の海をサーフィンし、我が友も質の良いベッドの上で惰眠を満喫した後だ、はっきりと言って出たくなかった。

 出ない。無視を決めることにした。

 ふっとコール音が止み、アチアチのコーヒーをズズと啜りながら再び窓の外に視線を向ける。

 穏やかな海、政府専用の港だから漁船の一隻たりとて浮かんでいない、静かな景色だった。

 扉の向こうからトトトと軽い足音が、嫌な予感。


「ガイアー入るよー」


 扉を開けるのと断りを入れるのが同時だった。


「ノックしてーノックぐらいしてよー」


「ごめんごめん」


 全く悪びれた様子がない。駄目だ、我が儘女王の傍にいる人はわたしを敬おうとしない、子供扱いをしてくる。


「どうせ我が儘女王でしょ、わたしが電話無視ったから」


「そうそう、今すぐクルーザーまで来いってさ」


「いや」


「そう言わずにさ」


「アキナミはどっちの味方?誰のお陰で公休扱いになってこんな素晴らしいホテルに泊まることが出来たと思ってるの」


 そう、アキナミは社会人である。けれど我が儘女王の事もあり、"身辺のお世話"という本音を"プログラム・ガイアと政府のお手伝い"という建前で包み込んで休みにさせてあげた。

 嘘は吐いていない、バレたらヤバいけど。


「それは感謝してるけどさ、ライラも大事なセカンドパートナーだから」

 

「何その爛れた関係。や!」


「しょうがないな〜」とアキナミが連行することを諦めた。

 それもそのはず、わたしはパパッと現れてパパッと消えることが出来るから強硬策は取れないのである。今日まで何度かやって我が儘女王から逃げていたから。

 アキナミが自分の携帯を取り出し電話をかけた、さらに嫌な予感。スピーカーモードに切り替えてベッドの上に置いた。

 

[こらあ!ガイア!今すぐこっちに来なさい!いつまでも逃げるんじゃないわよ!]


「うえ〜せっかくの朝が台無しだ〜」

 

 わたしの皮肉に反応せず、我が儘女王が言った。


[ヨルンさんから連絡が来たの!私のパパとママが囚われているって!あんたの力が必要なの!]



「で、これがそのメッセージなの?」


「読んでみて、私は読めないから」


 やって来たクルーザー、既にタドコロも我が儘女王の傍に仕えており、メッセージも読んでいたのか暗い顔つきをしていた。

 渡された我が儘女王の携帯には『ヨルンさん@将来の姑』とあり、そのメッセージとやらが綴られていた。


『エデン、囚われの園、人類に必要、母なる大地より北、囲われた大地の東にあり、カイル、リmナ、ガンopg9、ダpg××p、他、子供たち』


「は?」


 は?


「昨日の夜にヨルンさんから電話があって、文字化けしたメッセージを修復したら私の両親の名前があるって教えてもらったの。それで気になったから二人に電話をかけてみたら…」


「繋がらなかったの?」


 我が儘女王がふるふると首を振った。


「普通に繋がった」


「じゃ平気なんじゃないの?」


「それはそうかもしれないんだけど…」


 我が儘女王の話では普段と雰囲気が異なっていたように感じられた、らしい。

 それにしても何だこの文章は、RPGで良く見かける下手な謎解きではないか。

 何かやる気出てきた。


(ん?文字化けしたメッセージ…?確か昨日わたしの所にも…)


 ゴミ箱に入れたが念のためコピーは取ってあった。我が儘女王に勘づかれないよう「何で急に黙るの?何か知ってるんじゃないの?」慌ててメッセージを開封し文章を検める。

 全く同じ文章だった。ただ──。


(まただ…リアナという人物の音声データと同じ、アドレス関係が一切不明…これは何処から送信されたものなんだ…?)


「ねえちょっと、人の話聞いてるの?」


「──待って、今調べるから」


「………?」


 タドコロも「お手上げ」だと言わんばかりに肩を竦めているが気にせず作業を頭の中で続ける。


(母なる大地…ガイア…サーバーがあるルカナウア・カイを差している…囲われた大地?──ああ、マリーンの事か…東、ルカナウア・カイより東に島なんか無かったはずだけど…)


 ラムウに連絡を取った。


[何だ?手短に頼む。今派遣軍の編成を行なっているところだ]


[ご苦労様。聞きたいことがある、ルカナウア・カイより東に人が住める環境はあった?]


[何を言っているんだ?最東端はルヘイのはずだぞ、それより先に島はない]


[そう。囚われのエデンという言葉について何か知っていることは?]


[謎解きか?その手の話題は私ではなくドゥクスに尋ねてくれ。切る]


「…………」


「ねえ、ちょっと…そろそろ何か言ってほしいんだけど…」


 我が儘女王が不安そうに眉根を寄せている、さすがに家族の身に何かが起こったと知れば不安になるのだろう。傍らにいるキャンベル親子も心配そうにしていた。

 だが、告げねばならない。


「ライラ、このメッセージは信憑性が高いことが分かった」


「それって…」


「君の両親は地図には無い島に囚われている可能性が出てきた。ラムウが吐いてくれた」


 いや〜ラムウが簡単に引っかかるんだもん、私は"人が住める環境"としか言っていないのにラムウは"島"だと言った、つまり彼は何か知っている証拠だ。

 それにラムウはドゥクスと懇意にしている節がある、きっとヴァルヴエンド絡みで贔屓を受けているのだろう。


(あの時、ラムウがドゥクスの採決直後に復帰したのは…う〜ん、まあしょうがない、わたしたちマキナもそう簡単に一枚岩にはなれない)


「以前、君の両親がカウネナナイ領で軟禁されていた事があったよね?覚えてる?」


「勿論、あの時はギリギリでガングニールに助けてもらった」


「あの時裏で糸を引いていたのはドゥクス・コンキリオだ、きっと彼もこの件に絡んでいる」


「………どうして」


「理由は分からない、ただ、彼らと敵対する可能性が濃厚だ。それでもやる?」


 我が儘女王の決断は早かった。


「当たり前よ」


「分かった、手を打とう」


「ありがとう」


 初めてお礼を言われたような気がする。



✳︎



 信頼できる青年に任せていた自分の店でモーニングショットを決めている時に連絡があった、「網にかかった」と。


(想定していたよりも感知されるのが早い…何故?──昨日のメッセージか)


 その場でメッセージを検める、即座に後悔した。


(プロメテウス経由のメッセージ、だと?)


 それはプログラム・ガイアも知らぬ回線だ。私とラムウの守秘回線にも使っているサーバーからだった。


(誰がこんなものを…私とガイアに送信するその意味は…?──あたたた…」


 私の言い付けをきちんと守る青年が声をかけてきた。


「大丈夫ですか?」


「いや何…昨日は呑み過ぎてしまってね、少し考え事をしただけで頭が痛むんだ」


「お酒も嗜むんですね、マスターは。良いお店知ってますよ、今度一緒に行きましょう」


「楽しみにしているよ」


 昨日はアマンナのせいで酒が呑みたくなり、適当に入ったバーで久しぶりに呑み明かしてしまった。また、そのバーの椅子の座り心地が悪いこと...腰も痛めてしまったのでダブルパンチで酷い状態だった。

 青年に別れを告げて店を出る、頭痛と腰痛でまともに考え事ができる状態ではなかったが早急に手を打たねばならない。


「こういうやり方は好まないんだが…」


 朝の通勤ラッシュで混雑している大通りに出ると、運良くタクシーが通ってくれたので呼び止めた。


「議事堂まで頼む」


 防犯対策のビニールカーテン越しに運転手が無言で頷いた。

 慌ただしい合流の仕方にまた腰が痛んだ。


「いたたたっ…ゆっくり頼む」



✳︎



「うう〜ん?!ラボにアクセスできない?!」


「は、はい…それで皆んな朝から待機しておりまして…このままでは義眼の制作に遅れが…」


 眉をハの字にしてやって来たのは義眼の制作チームの主任を務める人物だった。

 わたしが彼らに用意してあげた制作現場は"仮想世界"である、つまりわたしのナビウス・ネットに招待していた。これならどんな邪魔だって入らない、思惑通りで義眼も完成間近に迫っていたのだが...


「ま、待って…今ちょっと立て込んでて…」


「は、はあ…よろしくお願いします。他の皆んなもあなたが用意してくれた場所をいたく気に入っておりまして」


「そうなの?なら今すぐ─「ちょっとガイア!」……またすぐに追いかけるから待ってて」


 我が儘女王の我が儘が炸裂し、わたしはクルーザーに残った。


(うう〜んこのタイミングでナビウス・ネットに誰がハッキングを…?──いや、ドゥクスだ、彼は頭がとことん切れる──そうか、ラムウが彼に連絡を入れたのか。でもどうやって?ずっと見張っていたのに…)


 キャンベル親子がマリーンの世界地図を眺め、我が儘女王の両親が囚われている島に当たりを付けているところだった。

 けれど、向こうが既に動き出したのだからこうもうかうかしていられないのかもしれない。


「残念だけど一歩遅かったようだ」


「どういう事なの?」


「わたしたちの動きが彼らに勘付かれてしまった。こちらの動きを鈍らせるためにドゥクスがわたしのナビウス・ネットにハッキングを仕掛けてきたんだ」


「それ中にいる人たちは大丈夫なの?」


「大丈夫、でもファイヤーウォールを再構築しないと再アクセスできないからその間君の義眼制作が止まることになってしまう」


 我が儘女王があっけからんと言い放った。


「別にいい、そっちは止めてくれても」


「え、いいの?もう完成間近なんだよ?」


 さらにあっけからんと言った。


「目が見えるようになっても喜んでくれる家族がいないんじゃ意味ない」


「──分かった、そっちは後回しだ。タドコロ、当たりはついた?」


「う、う〜ん…何とかね。本当に私たちだけで行くのかい?」


「嫌なら降りてくれても構わない」


「いや私は良いんだ、ライラの事が心配でね」


「あれ、お父さん私は?」


「アキナミは大丈夫だろう」


「あっはは〜これ泣いていいやつ?それともお父さんを泣かしてもいいのかな」


「そこ、親子漫才始めないで」


「行こう。兵は神速を尊ぶだ」



✳︎



(ううん…?何故?何故出航したんだ…?ナビウス・ネットは放置したのか…)


「ドゥクス!聞いているのか!」


「分かっているからそう大きな声を出すな…」


「全く……次の要望だが──」ああ、子機が邪魔だ、だが今は自分が選んだ席に座っているのだから仕事はこなさなければならない。

 政府所有の港の八番ドックから民間のクルーザーが出港したとラムウから連絡が入った。彼は今、海軍と共にいるから海にまつわる情報が全て入ってくる、タダも同然で。

 つまり、コールダー家の娘は自分の目より両親を優先した事になる。


(なかなか堂に入った娘よ、侮っていた)


 市民から寄せられた政府に対する要望にあれやこれやと応えながらラムウに指示を出す。が──。


[止めろ、通報内容は何でも構わない]


[それが──]


「──何い?!もう既に出払った後だと?!」


「──っ!びっくりした!びっくりさせるな!」


 どうやら向こうはこちらの先を読み、既に誤報で海上警備隊を出動させていたらしい。


[すぐに戻ると思うが時間はかかる]


[くそう…この私がこんな事で出し抜かれるとは…]


 体調不良も相まって段々腹が立ってきた。


[空軍に出動要請を─[ドゥクス、彼らは仲が悪いことを知っているだろう?空軍が要請を受けても海軍がそれを良しとしない]


「ドゥクス!上の空ならそのまま空に上がったらどうだ?!んん?!雲の上なら君のその腰も痛まずに済むだろうさ!」


「静かにしろ!今考えをまとめている最中だ!」


[ドゥクス、ここは見送ることを推奨する、どのみち海中のシルキーがクルーザーの動きを止めるはずだ]


[──ああそうだった、そうだったよ、シルキーは船底に引っ付いて花粉のように運ばれる習性を持っていたんだ、忘れていたよ]


「ドゥクスっ!!」


「やかましいっ!!だからシルキーの習性でクルーザーの動きは止まる!!空軍の出動は必要無いと言いたいのだろう!!」


 子機がこれ見よがしに口を開け、肩を竦めながら「はあ〜?」とまずは言い、人差し指を自分の頭に向けて言った。


「頭は大丈夫かドゥクス?──おおドゥクスよ、一体何の話をしているんだ?悪いことは言わないから今日はママに面倒を見てもらった方がいい!私は君の事が心配だよ!」


「〜〜〜っ!」


 健全な魂は健全な肉体に宿るとは良く言ったもので、普段ならどうということはない子機の程度の低い文句が勘に障った。それもこれも全部体調が悪いせいだ、ラムウに言うべき言葉を誤って子機に伝えてしまった。


[あー…ドゥクス?いつもと様子が変だが…]


[……構うな。クルーザーの動きが止まったらまた連絡してくれ。何、大型輸送船ですらシルキーの付着によって速度が落ちる、クルーザーなら間違いなく止まるだろうさ]



「止まらないだって〜?!易々と突破したとはどういう事なんだ!!」


 発声する必要が無いのに私は声を張り上げてしまった、周囲にいた大統領補佐官たちが何事かと奇異な視線を向けてきた。


「あ〜…コンキリオさん…?」


「──いやすまない、少し席を外すよ」


 昼を前にし、行政室のメンバーで午後からのセッション(打ち合わせ)を行なっていた時にラムウから連絡があった。

 クルーザーがビレッジ・コアを通過したと──。

 心配半分、興味半分の視線が背中に突き刺さる、その中でも子機だけは私に容赦なかった。


「そのままママに会ってくるがいい!今日の君は少し変だぞドゥクス!」


「だ、大統領…その言い方はあんまりっスよ…」


 質の良い扉を閉めて質が悪い子機の罵倒を遮る、行政室エリアに敷かれた真っ青の絨毯を踏み締めながら休憩スペース向かう。


[現在位置は?]


[ハウィ港まで戻って来た。どうやら内々に燃料を補給して国境線を越えるようだ]


[港まで戻れば再出航できなくなるからか…その協力者を指名手配しろ]


[いいのか?]


[構わん、邪魔さえできればすぐに釈放する]


[違う、分かりやすいアクションを取っていいのかと訊いている]


[たかがクルーザーごときに何が出来る。乗っているのは娘っ子一人に民間の親子、それから千年近く引き篭もっていたマキナだけだぞ?]


[ドゥクス、それはフラグと言わざるを得ない。ガイアが攻勢に転じたと見るべきだ、この協力者は明らかに罠だ]


[うむ……君の意見を聞こう。今日の私は本調子ではない]


[感謝する]


 通話を切って一〇分もしないうちに再びラムウから連絡があった。


[すまないドゥクス…本当にただの協力者だったようだ…ガイアたちが国境線に向かって進み始めてしまった]


「何い〜?!」


 駄目だ...泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、踏んだり蹴ったり、前厄と本厄がいっぺんに来たような気分だった。

 せっかく気を取り直して会議室に戻ってきたというのに、またぞろ声を張り上げてしまい、私を毛嫌いしている子機にすら本気で心配されてしまった。


「……ドゥクス、今日は帰った方が良い。私も君がそんな調子だとは本気で思わなくてね、言葉が過ぎたよ」


「──黙れ!貴様なんぞに心配されるぐらいならアナルにシルキーを突っ込まれた方がまだマシだ!身の程を弁えろ!」


「〜〜〜っ!!」


 子機との溝はこれで決定的になった。



✳︎



「何かスイスイ行けたね、あれだけガイアが絶対に邪魔される!って言ってたのに」


「ね〜大して役に立たない勘「──聞こえてるよ〜!」


 港を出た私たちはお昼を前にして国境付近の街、ハウィまで到着していた。そこでタドコロの知り合い兼貸しが山ほどあるらしい男性の助けで燃料と食べ物を補給し、私たちはさらに北上するためクルーザーを進めていた。

 アキナミに付き添ってもらい私も甲板に出ていた。びっくりするぐらいクルーザーは速く、そのせいもあってまだ少しだけ冷たい風がびゅんびゅんと私を通り抜けていった。

 何かとベッドの上で過ごしている私にとって爽快だった。


「気持ち良いね〜」


「ね〜早く目も良くなるといいね〜」


「そうね、見えたら真っ先に仕返ししてあげるから」


「いや何でさ!」


「く〜!く〜!」


 命名『くうちゃん』くーくー鳴くから。そのくうちゃんも飼い主の元を離れて私たちの足元ではしゃぎ回っているようだ、時折くうちゃんの体が私の足に当たっていた。


「おいでくうちゃん、抱っこしてあげる」


「く〜!く〜!」


 目が見えないことを悟っているのかこの子は自分から私の腕に抱かれてくる、賢い子だ。

 その飼い主はキングサイズのベッドで一人寂しく女王様ごっこだ、甲板に上がってくればいいのに「海は見飽きたわたしをもてなせ!」と騒いでいたので無視した。


「そろそろ戻ろっか、あの子が可哀想だよ」


「あんなのほっときゃいいのよ、そのうちベソかきながらこっちに来るから」


「あのねライラ〜あの子は君のために協力してるんだよ?その態度はないな〜」


「うぐっ…」


「くーくーくーくー」


 良く分かんないけど「気にするな」と言ってくれているような気がする。うん、きっとそう。


「まあ良いよ、私が相手にしてくるから。気が済んだら呼んでね、迎えに来るから」


「…ありがとう」


「そういう素直な所をあの子にも見せてあげなよ〜」


「考えとく」


 アキナミが「全く」と言いながら私の鼻をきゅいっと摘んできた、そういうウェットなスキンシップはあまり好まないので目が治ったらマジで仕返ししよう。


「ね〜くうちゃんも海見たいよね〜」


「…………」


 あれ、返事がない...もしかしたらこの子も海は見飽きているのかもしれない。

 くうちゃんの温もりを感じながら暫く風を感じ、段々と体が冷えてきたので「ヘルプ!」した。

 アキナミに連れられて船内に戻る、一人寂しく過ごしていたはずのガイアは思っていたより拗ねていないようだ、のほほんとした気配が伝わってくる。


(というか、よく私が使っているベッドに上がれたわね。そんなに嫌われていない?)


 私なら絶対嫌だけど。

 ベッドの主が帰って来たのに退こうとしなかったので端のほうに腰を下ろした。

 ガイアがとんでもない事を言ってきた。


「投げた?」


「何を?」


「我が友は投げられるのが大好きだから、海に投げたら大喜びしたのに」


 胸に抱いていたくうちゃんが「くぅ〜…」とどこか不満そうに鳴いた。


「え?ほんとに?投げた方が良かった?」


「え、今の鳴き声で分かるの?」


「何となくだけど。投げてほしかった?」


「くぅ〜!」と鳴くものだから私はアキナミに「ガイアの傍に立って」と言い、大体の当たりを付けた。


「立ったけど、何するつもりなの?」


 不思議そうにしているアキナミが発言してくれたのでさらに位置を絞り込めた。

 そして私はガイアに向かってくうちゃんを投げつけた!


「くぁー!「──うべえっ!」


「よし!「よしじゃないよ何やってるの!」


「くぅ〜〜〜!わたしに投げてくるなんて「く!く!くっくぅ〜!く!く!「こらそこ!喜ぶな!「く!く!くっくぅ〜!「ざまあみろとか言うな!色んな人に投げてきたけど投げられたのは初めてだ!「く!く!くぅ〜!」


 いや何か凄い喜んでいるんだけど...くうちゃんも大概だな...いや投げた私が言うのも何だけど。

 それから暫くくうちゃんは心底楽しそうにベッドの上を跳ね続けた。



「もう間もなくカウネナナイの領海線だ。はっきりと言って地図に無い島を見つけ出すだなんて無謀極まりないけどやるしかない」


「宝の島を見つけるみたいでワクワクするね〜「くぅ〜」


「ちょっと、私の両親が捕まってるのよ、変にはしゃがないでよ」


「でも、両親って宝みたいな存在だからあながち間違ってなくない?」


「良い事言う」


「くー」


「アキナミ…お父さんの事をそんな風に「あやっぱ今のナシで」


「さてだ、キャンベル漫才も見たところでここで不確定要素を潰しておきたいと思う」


「それはアキナミの私に対する愛情のことかな?それは是非とも私がいない所でやってほしいな〜「ちょっと黙ってて」


「あれ、まだ漫才続いてた?前座はもう終わり!──こほん、不確定要素とはつまり、ライラの両親が本当に囚われているか否かについて。メッセージの内容が真実であれば連絡は取れないはず、それなのに連絡が取れるということはメッセージが嘘か、あるいは囚われてなお自由な環境にいるのか、あるいは「──ここで連絡を取って確かめましょうって事よね「まだわたしの話は終わってないよ!「だって話が長いんだもん「そんなにじゃなくない?」


「それで、三つ目の可能性は一体何なんだい?何か言いかけていたよね?」


 タドコロの合いの手にガイアが少しだけ険しい声になった。


「ライラが話をしていた人物はドゥクスが作成した偽物であるという事」


「偽物って…それはあれ?子機的なやつ?」


 ガイアがさらに険しい声をしながら「違う」と否定し、こう言った。


「メッセージの出所、それからわたしが知らない回線を使ってやり取りをしているラムウとドゥクスを鑑みるに、考えられるのはガイア・サーバー外、つまり上位監視サーバーであるプロメテウスが絡んでいる可能性が濃厚だということ。激アツと言ってもいい、全回転クラスの当選確率だ」


「ごめん、ちょっとその例えが分からない」


「要するに今回の一件はプロメテウス・サーバーからのコンタクトという事、そしてそのサーバーには人の記憶と性格を模倣したペルソナエスタという技術がある。ある一点の記憶を元にその人物を構築し、仮想世界内で復元することを可能としたものだ」


「それが…私が喋っていた相手だってことなの?」


「うん。そして、このペルソナエスタの真偽を確認する上で最も有効な手が一つある、それはたとえ擬似的に生成されたとはいえ、一個の人格を獲得した生命体を死に追いやるものだ」


「…………それは何?」


「お前は誰だと尋ねること、つまりゲシュタルト崩壊を誘発させること。ペルソナエスタは自己に関する認識が生身の人間より脆い。自分自身を疑うという、誰しも一度は行なう精神的問いかけにペルソナエスタは耐えられない。即座に自己崩壊を起こして自我が消失する」


「それは…何というか、グロいね」


「グロいよ、でもやらないといけない」


「…………」


「ライラ…」


「ドゥクスも手の込んだ事をやる、その相手がペルソナエスタだと分かっていても手出しができないようにしてあるのだから」


 どんよりと心が暗くなった。

 電話で喋っていた相手がたとえ偽物であったとしても、既に生きているのであればそれは立派な"人"であって、自分の都合だけで"偽物は消えろ"という気にはなれなかった。

 どうすれば良いのだろう?

 そんな時、私の携帯に電話がかかってきた。


「──!」


 人によって着信音を変えている、このメロディーはママからのものだった。

 ガイアが険しい声音で「スピーカーモードで」と言ってきた。


「………分かった」


 物理ボタンを押して通話を開始する、いつもと変わらないママの声がスピーカー越しに聞こえてきた。


[ライラ?目の方はどう?何だか心配になって電話しちゃったわ]


「う、うん…まあ、いつも通りだよ」


[…どうかしたの?声に元気が無いわ]


「うん、だってママたちと会えないし…今どこにいるの?」


 ピリピリとした緊張が船内を包む、皆んな固唾を飲んで私たちの会話に耳を傾けているようだ。

 電話口で何やら誰かと話し合う微かな声が聞こえ、そしてママからパパに変わった。


[ライラ、ちょっとすまないんだけど今は会いに行けなくてね、もう少し辛抱してくれるかい?]


「ほんと?それ本当なの?医師会に私の居場所を伝えたのはパパたちなんでしょ」


 あれ、思っていたよりも私は怒っていたようだ、こんな所でこんな話を口にするなんて...相手は偽物かもしれないのに。

 対するパパの答えはこうだった。


[そんなはずないよ、どうしてパパが医師会にそんな連絡を?]


 私が答える前にガイアが割って入った。──正直助かったと思った。だって今はもう...


「失礼。わたしはプログラム・ガイア、今君の娘と共にいる」


[これはこれは!お噂はかねがね。それで、どうしてマキナの座敷わらしがうちの娘と一緒なんだい]


「君たちがカウネナナイに囚われていると聞いてね、娘と一緒に迎えに来ている」


[カウネナナイに囚われているって…それはつまり…]


「君たちは今どこにいる?本当にカウネナナイにいるのかな?それともウルフラグ?──どちらにしても一般回線で娘の携帯に電話をかけることは不可能だ。わたしたちはもうカウネナナイの海にいるのだから」



✳︎



[ドゥクス、ペルソナエスタが消失した]


[想定内だ。後はこちらが預かる]


[進言させてもらうが今のカウネナナイの状況で軍を動かすのは得策とは言い難い。既に派遣軍の編成も終えて出航を間近に控えている、下手な動きはウルフラグを刺激することになるぞ]


[構わん、既にガルディアの存在意義は消失した、好きなだけ作戦開始を早めてくれたら良い]


[了解した。切る]


 あ!待たぬか!と言う前に通話が切れてしまった。


(せっかちな男だ……)


 ヴァルキュリアの動向も探っておきたかった、ラムウにその件を依頼しようと考えていたが...


(まあ、あのプレイボーイがあの状態なら当分部隊として動くことはないだろう…フラグにならないことを祈るが)


 ようやく体調も戻りつつある午後の時間帯、時計の針は天辺を一回り過ぎた頃合いだった。

 本に囲われた執務室でこの国における活動資金の調達のため、次の出資先を見定めたり、新しい店舗の場所の選定を行なったりと実りある仕事、思考に時間を費やせていた。


(ペルソナエスタが消失したとは…いくらガイアの手引きがあったにせよ、コールダーの娘は手をかけることを選んだのだな…なかなか激しい娘よ)


 プロメテウス・サーバーに復元したコールダー夫妻のデータは単なる"抑え役"だった。

 いずれ両親の不在に気付いた娘が何らかのアクションを取ると考えていたからだ、それが今日だった。

 想定していたよりも事態が早く進んだ原因は全て昨夜のメッセージにある。それが何故私とガイアの元に送られたのか、未だに不可解であった。

 だが、チェックメイトだ。


(カウネナナイへ不法入国、どのみちそれより先には渡れんのだよ、ガイア)


 王室へ連絡を──と、思った矢先、荒々しい足音が扉の向こうから、嫌な予感。

 ノックもせずに子機が執務室へ踏み込んできた。


「何だ?ノックぐらい出来んのか?」


「ヨルン・カルティアン」


「………?──っ!」


「この名前に聞き覚えは?──デューク公爵様にお目通りをとの事だ!いや!というかもう連れて来た!君!入りたまえ!彼が逃げる前に!」


「失礼致します」


「…………」


 何でおるん〜?ここウルフラグやで〜...

 微笑を湛えたカウネナナイ(いち)の女性が私の目の前に座った座って良いと一言も言っていないのに。

 その背後には鼻息荒く子機が立って私たちを見下ろしていた。


「大統領、申し訳ありませんが席を外していただけますか?後できちんとご報告致しますので。それから、私のような一市民をここまで厚くお迎えしてくださった事、感謝致します」要は「早く出て行け」という事だ。


「そう畏まらなくても良い!私がここにいる以上はウルフラグ国民は皆家族も同然だとも!困った事があったらいつでも頼りたまえ!」


 カルティアンには微笑みを、私には軽蔑の眼差しを向けて子機が去った。

 一対一だ。


「して、用件は?」


「昨夜、私の元にあるメッセージが届きました。それは文字化けを起こしており、一見ただのスパムメールかと勘違いをしてしまうような、そのようなメッセージです」


「────」


 もう本人には悪いが遠慮なく天を仰がせてもらった。その話で合点がいったからだ。


(差出人は絶賛行方不明中の厚生省大臣!つまりはこの者の夫!ティダ・ゼー・ウォーカーだ!)


 無地の白い天井から視線を下ろし、私の行動を不可解そうに見ていたカルティアンにこう尋ねた。


「何故私だと分かったのかね?」


「………っ」


 カルティアンの表情がほんの少しだけ変化した。私が素直に吐露したからなのか、それは分からない。


「私も今日、メッセージの内容は確認したよ。だが、私の名前は記載されていなかったはずだ」


 カルティアンが答える。


「コールダーの一人娘であるライラから私にメッセージがあったからですよ。ドゥクス・コンキリオという人物に是非この一件の話を聞いてきてほしいと」


(うぬぬぬっ〜〜〜!あの娘っ…両目の失明に両親の誘拐…そんな状況にも関わらずその判断力に決断力!侮っていたどころの騒ぎではない、一番に抑えておかなければならなかった人物だった)


 覚えておこう、ライラ・コールダー。今回は完全に私が後手に回ってしまった。


「すまないがその話は後日改めてでも構わないかね、今立て込んでいてね。私の連絡先を君に預けよう」


 そこでカルティアンが余裕の笑みを湛えた。


「よろしいのですか?」


「何がかね?」


「ここで私があなたに乱暴されたと大統領に報告すればどうなるのか…」


「分かりやすい脅しだが、効かんよ。寧ろ君の方こそ訴えられてしまう立場になると思うが」


「そうでしょうか?──ところで、有罪無罪はどのようにして決まると思いますか?残念な事に多数決なのですよ、私と大統領があなたに乱暴を受けたと嘘を吐き、あなただけが無実を証明したとしても、この数をひっくり返せますか?」


「…………」


 無理だあ〜!子機は間違いなくカルティアンの証言を信じる!

 いやきちんと法廷で裁判を行なえばこんな濡れ衣いくらでも晴らせるが、今はとにかく時間が惜しい。途轍もなくどうでも良い事でこれ以上時間を奪われるわけにはいかなかった。


(あたぁ〜…いくら自分の下位互換とは言え、仲良くしておくべきだった…)


 子機とは絶賛喧嘩中だ、私の話など耳を傾けることすらしないだろう。

 その事を良く理解しているらしいカルティアンが勝ち誇った顔で言った。


「まずは足元から、それは家庭においても職場においても変わりません」


 また本人には悪いが目の前で頭を抱えた。使い古されたテーブルの木目が見え、彼女の影がすぐ目の前に落ちている。

 そして、私は顔を上げてこう言った。


「本当に…本当にお願いだから…時間をくれないか?…頼む」


「…………」


 年甲斐もなく駄々をこねた。



✳︎



「そんなに落ち込まなくても別にライラの両親に何かあったわけじゃないんだから。あー…月並みな言葉だけど元気出しなって、アキナミだけに!」


「うん…」


「くぅ〜…くぅ〜…」


 ゆっくりと扉を閉めて操舵室に上がる。

 カウネナナイの領海線を超えたというのに静かなものだ、きっとライラからメッセージを受け取ったヨルン・カルティアンが上手く動いてくれているのだろう。


(本当に気転が利く子だ)


 ──末恐ろしいまでに。

 操舵室に上がったわたしをタドコロの険しい目線が出迎えた。(そのセンスはどうかと思うが)色付きの眼鏡の奥にある、普段は柔和に細められている目が今は鋭くわたしを捉えていた。


「さっきの話、ライラに伝える必要はあったのかね。あれではあの子が可哀想だ」


 横に撫で付けた薄い金色の髪がカウネナナイの風に靡いている、頬もたぷんたぷんとクルーザーが波を超える度に揺れていた。


「彼女は間違いなく人の上に立つ存在だ、だからわたしの方から教育をしてあげた」


「…………」


 タドコロが無言の催促をしてきた、「続きを話せ」と。


「人は生きている以上、他者と戦わないといけない。そうならないよう為政者が細心の注意を払うが、それでもどうにもならない時がある」


「概ねは同意しよう」


「そして、彼女は女王になるべくして生まれた存在、このわたしが妬むほどにライラはその素質を持っている。個人で完結するならまだしも、将来的に彼女の下には人が集まってくる、否が応にでも。その時になって他者から何かを奪い取る覚悟がなければ、彼女の下に集った大勢の人たちを不幸にしてしまう。だからあの話を先にしたんだ」


「ライラにそんな素質があるのかね?私からすれば、強がっている寂しがり屋の女の子にしか見えないよ」


 ルヘイの島が見えてきた、薄らと霞んでいるように見える先には小さな船が何隻か浮かんでいるよう。気の早い入道雲がルヘイの綺麗な島を見下ろしていた。


「わたしは今日まで沢山の支配者たちを見てきた。そして、支配者たるものが一番に持たねばならない素質は自信だ。自分なら絶対に幸せに出来るという自信がなければ人を導くことはできない」


「同意しよう」


「だが、その自信は時として自分を不幸にさせてしまう。行き過ぎた自信が人の話を拒むようになり、やがては暴走して国一つを駄目にしてしまう。だからと言って自信が無いのも駄目、人の話に耳を傾け過ぎて優柔不断になり、周りから反感や不信を買って本人が不幸になってしまう」


「同意しよう」


「ライラはこのバランスが素晴らしく取れている、絶対の自信を持ちながら他者の話に耳を傾けることができる。本来であれば両立しないはずの素質を彼女は生まれながらにして手にしているんだ、これに嫉妬しないはずがないよ」


「それなら君には他意があったと?」


「同意しよう。わたしもまだまだだ、自分が情けない、嫉妬から彼女に意地悪したくなってしまった」


「それなら…」ずっと前を向いていたタドコロがわたしに視線を寄越してきた。


「意地悪をしたのならライラに謝らないとね」


 抜けるような薄い青空、そこに一粒の点を確認した後、わたしは安心しながらこう言った。


「それはやだ」


「う、う〜ん…今の流れならいけると思ったのに…最近の子は何を考えているのか分からない…」


「いや子供じゃないから見た目だけだから子供なのは!」


「子供は皆んなそう言うものさ」


「どこの子供が支配者の素質を語れるというんだ!」


「悪い事をしたと自覚を持った時、素直に頭を下げられないのが子供というものなのさ」


「むきっーーー!タドコロ嫌い!」


 はっはっはっ!と、タドコロが爽快に笑い声を上げた時、ついにカウネナナイの軍が動いた。

 だが、こちらの方が一手早い、この時間を稼いだのもライラだ。

 ルヘイの島からずんずんと近付いてくる駆逐艦を見ながらわたしは()()した。


(彼女だけは絶対に敵に回してはならない。彼には同情するよ、何せ視界を奪われ心の拠り所を失くした今でも最善手が打てる指揮官なのだから)



✳︎



「カイルさーん」


 彼...いや彼女?うう〜ん、もう暫くの付き合いになるけど未だに性別の判別がつかない。よし、今は"彼女"という事にしておこう。

 長閑な草っ原を軽やかに駆けてくるダンタリオンが僕を呼びに来た。


「お昼ご飯が出来ました、遅くなってすみません」


「いやいや、気にしなくていいよ」


 放牧的な装いに身を包んだ彼女が風で乱れた長い黒い髪を整えていた。

 長い髪は後ろで赤いリボンで一つに束ね、チェックの柄が入った厚手のスカート、子供たちをいつでも喜ばせようとお菓子を忍ばせている沢山のポケットがついたチョッキ姿はどこからどう見ても女性である。しかし...


(う〜ん…胸が全くないんだよな〜…)


 いや、そういうのもアリだけどね?


「カイルさん?どうかされましたか?」


 彼女のあどけない瞳がじっと僕を見つめてきた。男でもアリかな!


「何でもないよ。片付けたら皆んなの所へ向かうから」


「はい!」


 そう言ってダンタリオンがまた草っ原を駆けて行った。



「リアナー飯だぜー」


 彼女がそう声をかけてきた。彼女の回りには一緒に暮らしている子供たちもいる。

 私は傾斜が付いている平原へもう一度視線を向けた。この人工島に移動してから暫く経つけれど、いつ見てもこの景色に飽きることはなかった。


「ほんと好きだな〜リアナは。飯食べたらまた崖見に行く?」


「行く〜!」


 元気に応えたのは子供だ、ガングニールは子供から人気がある。

 傾斜が付いた平原の先は聳り立つような崖になっており、見応えのある景色がいつもそこにはあった。人工島全体が斜面になっており、崖の反対側には広い敷地を持つ建物とグラウンドがあった。そこは子供たちの教育を行なう講義室と...訓練場があった。

 私たちがいる所は畑だった。綺麗な野菜の花々がなだらかな斜面一面に咲いていた。


「カイルは?」


「ん〜?ダンタリオンが呼びに行ったぜ、農具庫の方じゃねえか?」


 子供たちをあやしていたガングールがそう答え、先に建物のがある方へ歩き出した。彼女のオレンジの癖っ毛が風に揺られている、オーバーオールの裾を捲って女性にしては太い腕を晒していた。

 ガングニールは女性だ、けれど口調が粗野で初めて会った時は何度も注意した。けれど「これがオレなんだよ!」と言い返され、改める素振りもなかったので今はもう諦めていた。

 私も畑の手入れを終えて彼女の跡を追う、建物の中には講義室だけではなく私たちの生活空間もあった。

 ご飯を作ってくれているのは私たち以外の大人だ、中には教育を担当している人もいる、さらに戦闘訓練を行なう人もいた。

 皆女性だ、元軍人の女性たちだ。

 その所属していた部隊の名前は『ヴァルキュリア』。



✳︎



「ふん!不法入国の報せが届いて来てみれば!貧弱なクルーザーが一隻のみとは!」


[こちらコブシワン!どうしますか!殴りますか?!]


[コブシツー!期待外れにも程があまりす!どうせなら空母一〇隻でも来てほしかったものですが!どうしますか!殴りますか?!]


[コブシスリー!とりあえず一発殴っておきますか?!]


「リーダーより各機へ!これより不法入国を行なったウルフラグ籍のクルーザーに鉄拳制裁を加える!銃火器の使用は禁止する!己の拳だけが武器だと思え![ウィーーー!]×3男ならば一に拳!二に拳!三四も拳!五も六も七も八も九も一〇も全部拳拳拳拳拳だぁーーー![ウィーーー!!!!]×3


[コブシスリーより全機!高速で接近する機影あり!]


「何だあ?早速拳が飛んで来た──ぶっはあっ?!?!」


[リィーーーダァーーーっ!!]×3



✳︎



 駆逐艦から放たれた部隊の先頭機を、応援に来てくれた特個体が見事なストレートでぶん殴っていた。

 きれーな放物線だぁ...あ、ぎりぎりで持ち堪えて着水を免れた。


「ラウンドツゥーーー!」


「ガイア!ふざけている場合ではないだろ!早く島を見つけるんだ!」


 三機が三位一体となって味方機に襲いかかる。

 拳!拳!拳!空中ドッグファイトは鋼鉄の剛腕から放たれるパンチの応酬戦だった。

 一発かまされた先頭機が戦線に復帰し、三機から猛打を受けている味方機の背後に回った。


「卑怯だぞーーー!正々堂々と勝負しろーーー!」


 わたしの声が届いたのか、その先頭機、おそらくリーダー機がくるっとこちらに振り返り、味方機の背後からそっと離れていった。

 ──そこへ遠慮なく味方機、ナディが専属パイロットに指定されている機体ノラリスが綺麗な回し蹴りを放ち、今度こそリーダー機が海に着水した。


「よっしゃあ!まずは一機!──ふぃ〜!ノ〜ラリ〜ス!」


「めっちゃ楽しんどるやんけ」


 リーダー機がリングアウトしたからといって猛打を緩めるつもりはないらしく、寧ろさらなる激しさとなって三機がノラリスに襲いかかる。


「あ!危なっ──横から!そう!右を弾いて!次は左!そう!」


 凄い凄い!あのノラリスは凄い!三機の流れるようなパンチの乱舞を見事にいなしている、それだけではなくフックパンチとボディーブローを的確に決めて相手の体力をじりじりと削ってさえいる!


「お前がチャンピオンだぁーーー!いっけぇーーー!」


「めっちゃ楽しんどるやんけ。その辺にしとかないとライラにぶっ叩かれるよ」


 またしても私の声援が届いたのか、ノラリスの拳が一機を捉えて海に叩き落とした。


「うぃーーー!ノーラーリース!ノーラーリース!うぃーーー!」


 せっかく盛り上がっていたのにわたしの背後から誰かが頭をむんずと掴んできた。


「なんっもうっ邪魔するなっ──あ」


 アイマスク越しでも分かるその怒った顔、わたしの頭を鷲掴みにしているライラがこちらを見下ろしていた。


「人が落ち込んでいる時にあんたは…「あたたたっ?!」─何がウィーーーノラリスよ!「きゃーーー頭が割れるぅーーー!」ノラリスってナディの機体でしょ?!まさかナディが乗っているわけではないでしょうねっ?!「乗ってません乗ってません無人ですオートモードですぅーーー!「気の効かない!ナディも一緒に連れて来なさいよ!「そんな無茶言わなきゃーーー!痛いーーー!」


 万力のようにこめかみからギリギリと締め付けられる!

 パッと手を離されその場に倒れる。


「くっ……」


「〜〜〜♪」


 我が友めっ...まるで長年付き添った従者のように我が儘女王の足元でふんぞり返っていた。


「裏切り者っ!ちょっとはわたしを助けろっ!」


「こら!くうちゃんに手出ししたら承知しないよ!」


「くぅっ〜〜〜!」


「き、君たち…ここ一応戦場だからね…?」

「心配してた私が馬鹿みたい」


 ハードパンチャーノラリスが三機目を海に落とし、邪魔する者がそろそろいなくなりそうになっていた。

 一対一なら勝確だ、下段2テンパイリーチと同等、外れても暴走モードに突入するから安心である(実際に外れることは無いので当たる)。

 ルヘイ機人軍とハードパンチャーの打ち合いが青い空で続けられた。



✳︎



[何でここでノラリスが出てくるん〜?まだ先やろ〜今とちゃうで〜…]


[ドゥ、ドゥクス…?喋り方がいつもと違うが…]


 ノラリスが?ガイアたちを助けている、だと?

 ノラリスってそれノウティリスの事だろう!あの機体だけは唯一把握できていなかった、間違いなく母艦の艦載機だ!


(くそったれぇ〜ガイアめ!ここでノウティリスを投入してくるとはっ…駄目だ、どちらに対処すべきなのかプライオリティが付けられない!)

 

[すまない、現実逃避をする時はいつも口調を変えているんだ]


[よ、良く分からないが…機人軍のパイロットカメラから取得した映像の限りではノラリスで間違いない、それも銃火器の類いを使わず近接格闘のみでルヘイ側の部隊を圧倒しているようだ]


[どこのハードパンチャーやねん]


[このままでは突破されるぞ。それからウルフラグがルヘイの機体を捉えて第二種戦闘配置に付いた]


[良い、お前はここで手を引け、これ以上こちらと関わっていると立場が悪くなる]


[いいんだな?]


[構わん]


 あ!そのまま通信を切られた...ヴァルキュリの動向を...


(ああもう、災難続きだ…)


 カルティアンに頭を下げてしまったがために私の資産の殆どを取られてしまっていた、その甲斐も虚しくルヘイの部隊は撤退、挙げ句に捕獲目標だったノウティリスの艦載機もこのままでは逃してしまう。


(──いや、駄目だ、そういう約束ではない)


 時間は午後を半ばにしたところだ、柔らかい日差しが窓から差し込み室内を照らしている。

 私の執務室は心情とは裏腹にとても静かであった。静寂に満ちた船長室、まだまだ知り得ぬ知識が綴られている本が棚に所狭しと並べられていた。

 かの有名なネモ船長も苦難に直面した時は頭を抱え、そして活路を見出すべく知識の宝庫を頼っていたのかもしれない。


「はあ……仕方ない、今回は運に任せるようとしよう」


 駄目な時はとことん駄目だ、今の冴えないままではついた傷を無駄に広げかねない。

 私は椅子から立ち上がり、本棚の端から背表紙を眺め始めた。



✳︎



「うぃー!ノラリース!」

「ありがとーノラリース!」

「見事だったぞノラリース!うぃー!」

「ノラリスー!ノラリスー!うぃ〜!」

「く〜!くっくぅ〜!く〜!くっくぅ〜!」


 最後の試合が凄いの何の、生き残った一機がノラリスと互角に戦ったのだ。

 つい白熱してしまい、目が見えないライラですらわたしたちの解説を聞いて熱狂し、最後らへんは皆んなで応援しまくっていた。

 無事に勝利を収めたノラリスがくるりと回転しこちらに向いた、ウィナーパフォーマンスのつもりなのかずびし!と指を差してきた。


「きゃー!ノラリスー!」

「私にファンになっちゃいそう〜!」

「ボクシングは興味無かったがこれはこれでアリだな!実に楽しかった!」

「──ん?何か聞こえない?」

「くぅ〜?」

「あー!ノラリスー!わたしを抱いてー!」


 ばしん!と遠慮なく頭を叩かれてしまった。


「痛っ?!何す─「特個体のエンジン音!方角は…北から複数!」え、普通にすご、ライラがいたらレーダー要らないね」


 そう褒めたのはアキナミなのに何故かまたわたしが叩かれた。この人叩き癖付いてない?


「わたしじゃないよ今のアキナミだから!」


「これ追加投入ってことよね?!ノラリスのスタミナは大丈夫なの?!」


「いやあれ特個体だからスタミナとか──北から?それは間違いないの?ここから北の方面に機人軍の基地は無かったはずだけど…」


 ついで──いや、この順番はおかしいんだけどついでノラリスが反応した。北の方角へ機体を向けて臨戦態勢を整えた。

 ファイティングポーズを取ったノラリスを襲ってきたのは勿論拳なんかではなく、精密射撃によるライフル弾だった。


「飛び道具なんて卑怯な!正々堂々と勝負しろー!「いい加減ボクシングから離れろ!」


 ぐいっとタドコロに腕を引かれ船内へ引っ張られた。


「危ないにも程がある!流れ弾一発で私たちは海の藻屑だ!」


「あの機体はっ──」


 見えた、ライラの予測通り北から三機の特個体が飛来した。見たことがないシルエットだ、カウネナナイでもウルフラグの物でもない、特別独立個体機でもない、あれは一体どこの機体だ?


(──エデンの戦士たちだ!)


 マッドグリーンに塗装した機体はまるで練習機のように見える、装備も最低限、しかしパイロットたちの練度が異様に高かった。


「そんなっノラリスがあっという間にっ…」


 後衛二機の射撃がノラリスの動きを封じ、前衛の一機が即座に距離を詰めた。

 ノラリスがご自慢のパンチを見舞う、だが、エデンの機体はそれを軽くいなしてみせた。


「なっ──?!」


 船内にある通信機から聞き慣れぬ声が流れてきた。


[──即刻この場から退去されたし、そちらの機体は既に制圧した]


 わたしは通信機に飛びついた。


「待って!あなたたちは何処から来たの?!もしかしてエデンから──」


 上空から炸裂する発射音が降り注ぎ、クルーザーを中心として激しい水柱がいくつも立った。

 音が止んだ時はもうびしょ濡れだった。


[繰り返す、この場から退去されたし]


 低い声だが女性のものだ、一切の温かみと歩み寄りを感じない、絶対零度の拒否がそこにはあった。

 それでも我らが女王である、怯むことなく通信機に向かって宣言した、「両親を連れて来い」と。


「私の名前はライラ・コールダー!あなたたちが幽閉しているカイルとリアナの娘よ!自分たちの行ないに恥じることがないのであればこの場に両親を連れて来なさい!それでも拒否するというのなら全面戦争してやる!──聞こえているわよね?!」


 通信機から小声で「え、どうすんのこれ?」「マジなやつ?名前も合ってるし…」「威嚇にビビらないってヤバくない?」と聞こえてきた。

 そして程なくして、


[……待たれよ、今本人たちに繋ぐ]


 それからまた程なくして──ああ、確かに偽物ではなく、本物の親子とはこういう会話をするものなんだと、そう思うような会話を聞かされる羽目になった。


[……ライラ?]


「パパ!」


 彼女の声がわっと華やぐ、だが、


[どうしてこんな所まで…ああ、嘘だろ、どうやってここまで来たんだ?いや、どうして僕たちがここにいるって分かったんだ?]


 父親の声は暗かった。

 彼女は困惑していた、無理もない、助けに来たのにこんな反応をされるとは思っていなかったのだ。


「どうしてって…ヨルンさんから教えてもらったのよ!パパたちが囚われているって!だから助けに来たの!」


 聡い子だ、きっと何かしらの事情があって自分たちから移ったと既に理解はしていた、けれど感情がまだ納得していないのだろう。

 縋るような声音で話す娘を父親は拒絶した。


[そんな大袈裟な…いや、説明していなかった僕たちも悪いけど大丈夫だよ、心配しなくて良い。それより目の方は?お爺ちゃんから聞いているけどもう出来上がりそうなんだって?]


「…………」


 その陽気な声音が逆に彼女を傷付けた。


[ライラ?何かあったのかい?──でもまあ、君の事だ、大丈夫なんだろう?]


「本当に…帰ってこないのね」


 その質問は彼女にとっての最後の確認だった。


[うう〜ん…こっちにはね〜まだ年端もいかない子たちが沢山いてね、それに──ああ、スルーズって覚えているかい?前に紹介したことがあったと思うけど、ここは彼女のホームグラウンドなんだ!そろそろ戻って来ると聞いているからまた会いたくてね、暫くそっちに行けそうにないんだ。ああ、事業のことならドゥクスという人に「──もういい!!」


 握り拳を作って肩を震わせている、わたしもキャンベル親子もただ成り行きを見守っていた。


(ライラ、子はいずれ親元を離れなければならない。わたしからしてみれば良いスタートだと思う。けど…)


 それは彼女が決めること。ここで膝を折るようであればそれまで。

 けど、彼女は膝を折らなかったどころか啖呵まで切ってみせた。


[ら、ライラ…?「…実の娘なんかよりも他人の子供を心配するような親なんか知るかあーーーっ!もうどうにでもなっちまえっ!何がコールダーよふざけんなっ!こんな名前捨ててやるんだからあああっ!!」と、天高らかに吠えたのとノラリスが頭上を仰いだのが同時だった。

 ──神出鬼没のヴァルキュリア、その名はやはり伊達ではなかった。


[エンゲージ!エンゲージ!高度三〇〇〇!]


 エデンの戦士たちが素早く銃口を構え、高高度から飛来した強襲装置に向かって発砲した。

 ほんのわずかだが、通信機から戦士たちの声が漏れ聞こえてきた。


[これ!あの子たち──]

[構うな!今は忘れているんだ──]


 通信回線が繋がりっぱなしになっていたことに気付き、慌てて切っていた。


(そういう絡繰か…)


 一際大きい装置が分裂し、青い機体を先頭に計三機の特個体が出現した。

 レギンレイヴ機のレールガンが炸裂し間合いを作る、その隙にスルーズ機とフロック機がノラリスの捕獲に走った。

 狙いは初めからノラリスのようだった。

 標的が自分たちではないと知るや否や、エデンの戦士たちが踵を返して戦線を離脱、この場に残ったのはわたしたちとヴァルキュリアだけになった。

 なす術もない、ノラリスを彼女たちに奪われてしまった。

 我が女王が吠える。


「──スルーズ!その白い機体はスルーズでしょう!応答しなさい!」


 ノラリスを鹵獲せしめた白い機体がくるりと回転した。


「その機体はあんたにくれてやる!けどねえ!パイロットだけは絶対に渡さない!ナディ・ウォーカーは私のものよ!」

 

 通信機から応答はない、それでも女王は吠え続けた。


「カイル・コールダーもリアナ・コールダーもあんたにご執心よ!良かったわねえ?!──私の名前はライラ・サーストン!覚えておきなさいっ!!」


 女王はきっと、溜まった鬱憤を晴らす相手がほしかったのだ。

 ただの八つ当たりを受けたスルーズ機は何を発言するでもなく、ノラリスを連れて絶海の空を舞い上がっていった。


 それから、ライラが本当にファミリーネームを変えたのは翌日のことだった。



✳︎



[質問いいかな]


[どうやら上陸は出来なかったようだな]


[そう。君はこうなると最初っから分かっていたね?それならばどうしてわたしたちの邪魔をしたの?]


[情報漏えいを防ぐ為だ。だが、どのみちメッセージを失念した時点で失敗していたがね]


[端的に訊こう、彼女たちは一体何なの?君の言いなりになっているようには見えなかった、そればかりかコールダー夫妻も自らエデンに赴いた節がある]


[次世代の子供たち(ネクスト・チルドレン)]


[何?何だって?]


[君が端的に言えと言ったんだろう]


[端的に訊くと言ったんだ。次世代の子供たちだって?あそこはヴァルキュリアの養成機関ではなかったの?]


[そうだ──表向きは。だから標本を集める必要があったし特個体のシステムも解明する必要があった]


[君は一体…何処まで見通して指揮を取っているんだ?]


 目を通していた本を閉じ、私は自信を持って答えた。


[銀河の果てまで]








[…………確かそういうフレーズがあったような…[うん、すまん…ここで終わってくれないか?根掘り葉掘り聞かれるのは恥ずかしいんだが…[あれか?君はあの子たちを歌って戦うアイドルにでもしたいの?[それ以上は言わない方がいい[それならわたしは一番新しい世代の歌が[聞いているのか人の話を[いけないボー[だから言うな!それに私は星間飛[ああいいねえ!わたしもその歌は好きだ]


 ガイアと四方山話に花を咲かせ、長かった一日を終えた。

※次回 2023/1/28 20:00 更新予定

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