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第107.5話

.アマンナ来訪!



「特別個体機の一人が民間で働いてる?しかも普通に?どういう事なの?」

 

「カジノで大損こいて無一文、寮の家賃が払えないらしいから働くことになったってさ。そこに私の知り合いがいるから遊びに行きたいんだけどいい?」


「遊びに行くって…」


「いいじゃん、アヤメも私がいない間ナツメとキャッキャうふふってしてたんでしょ?」


「それとこれとは別」


(いや何が?)


「いつ帰ってくるの?その間連絡できる?何かあったらすぐこっちに戻ってきてもらうからね、それでもいいんなら行ってもいいよ」



 最近のアヤメは私のやる事なす事にうるさい。何をするにしても関わりたがるし、何なら一日の終わりに連絡入れろとか私からの連絡は無視するなとか。


(アヤメってこんなに束縛激しかったっけ?)


 買い物袋を引っ提げ、やげん軟骨のような丸い雲がぽつぽつと浮かぶ青空の下マリサの元へ向かう。

 ユーサの社員寮は敷地内にあるにも関わらず、一般の人も立ち入りが許可されていたのですんなりと入ることができた。

 マリサとどうやら成人男性も一緒に住んでいるらしい寮に到着し、彼女がいる部屋の呼び鈴を鳴らした。


「………」


 なかなか出てこない、時間は八時を少し回った頃合いだ、起きているはずだけど...


「──ああ、仕事に行ったのか」


 扉の向こうから人がいる気配が伝わってこない、留守のようだ。私は踵を返してユーサの職場へ向かった。

 まあどうせそうだろうなと思い観光課に顔を出すが、意外にもマリサの姿が見当たらなかった。


「あっれ〜?」


 観光課は女性中心の職場だ、男性が苦手なマリサのことだから絶対ここにいると思ったのに。

 一番近くにいた社員に声をかける。


「え…その、あなたは?というかどうやってここに?社員以外立ち入り禁止なんですけど…」


「マリサ・クルツさんにご用がありまして、私はこういう者です」と偽の名刺を見せた。バレたらヤバい。

 女性社員がお待ちくださいと言って下がり、代わりにとんでもなく目が死んだ男性の社員を連れて来た。


「ご、ご用件は何でしょうか…」


 少しビクビクしているのも気になった。


「以前、陸軍に所属していたみたいなのでそのお話を窺いに参りました」


 あからさまにほっとした様子を見せた社員が再びお待ちくださいと言い、割と時間が経ってから戻って来た。


「クルツさんは漁業課にいますのでそちらへ。今は休憩中みたいなのでお話が聞けるかと思いますよ、向こうの課長にも用件は伝えてありますから」


「ありがとうございます」


 去り際、その男性社員が他の社員に「仕事があるだけでもマシだと思わないとダメだね」と言い、その社員から「完全に自業自得ですからね、誰も同情してませんよ」とキツく返されているのが耳に入った。

 はてさて、やって来た漁業課の船溜まり、屈強な男たちが上半身裸で仕事をしていた。社員同士の会話が全部怒号という、とんでもなくうるさくそして見るからに怖そうな所だった。


「そっちじゃねえつってんだろ真面目にやれやあ!!」

「ちんたらしてんじゃねえさっさと持ってこおいっ!!」


(うわ、こわ……こんな所で本当に大丈夫なのマリサのやつ…)


 いた、マリサ発見。

 一隻の漁船にいたマリサはデッキブラシで掃除しているところだった。休憩中ちゃうやんけと心の中で突っ込みを入れながら彼女の元へ。

 てくてくと向かうその途中でマリサが同じ漁船にいた男性社員に話しかけられていた。


「………」

「………」


 遠くから見ているので二人の会話は聞こえない、けれどとくに怯えている様子もなく自然な笑顔で受け答えをしていた。


(おお、あのマリサが…)


 そしてその漁船の乗組員がボラードにかけていたロープを解き、船のエンジンをかけて...


「──あ!え?!出航すんの!ちょっと待ってえ〜〜〜!」


 ぽっぽっぽっと可愛いエンジン音を響かせ桟橋から離れていった。

 私の間抜けな叫び声が運良く届いたのか、マリサが目を大きく開いてこっちを見ていた。

 そして、彼女が私の方へ手を伸ばして、


「──助けてアマンナさあああんっ!!」


 と、彼女も負けじ劣らじの間抜けな叫び声を上げていた。



 先程の観光課の社員へ取って返し「話が違うやんけ」と問い詰め、「いやあなたがあまりに怪しかったので警察を呼ぶ時間を稼いだんです」と返されたので速攻頭を下げた。

 どうやらこの男性、会った女性は全て覚えられるという特技を持っているらしく、以前は陸軍大尉の肩書きだった私を覚えていたようだ。軽くホラーである。

 これこれこのようにと事情を説明するとすぐに分かってくれた。


「ああ、あなたも特個体だったんですね」


 その一言で納得したこの人もホラーである。

 でもまあ事情は分かってもらえたのでマリサの自宅で待たせてもらうことができた。


「何にもねえ…」


 マリサの自宅は何にもない。必要最低限の物しかないので寂しい印象を受けた。

 テレビはあったのでスイッチをオン、午前中のワイドショーを眺めながら時間を潰し、腹が減ったから近くの市場で買い出しして料理を作り、昼からは昼寝したりサブスク登録しているアニメを見たりと悠々自適な時間を堪能した。

 

「あ、一人暮らしめっちゃ良いかも〜」とデカい独り言を言いながら再び市場で買って来た食材でマリサの晩御飯を作ってやった。あと私の分も。

 ちょいちょいアヤメから連絡が入っていたけど、こうも自由な時間に埋もれてしまうと返信するのが億劫だった。報告は帰った時でいいや。

 テレビの前に陣取りストレッチをしながら再放送のサスペンスドラマを見ていると、玄関からかちゃかちゃと鍵の音が聞こえてきた。

 やっと帰ってきたぞと家の主を玄関先で待つ私、いや待てよ、これはもしかしたら成人男性の方かもしれないと思い至った私はトイレへ逃げ込み隠れた。

 案の定だった。


「ただいま〜」


(男の人!──ん?この声どこかで聞いたような…)


 え、マジ?本当にマリサって男性と二人暮らししてんの?


「マリサ〜…は仕事か。本当に仕事できてるのかな…ん?この作り置きは…」


 と、独り言を言っていた男性がテーブルの上に置いておいた私の料理に気付いた。


「え?これマリサが作ってくれたのかな、へえ〜凄い美味そう…これ食べてもいいんだよね、まさか自分用かな」


 良く喋るな〜、ずっと独り言を言っている。

 キッチン回りで鳴っていた足音がこっちへ...あ、マズい!と思った時には私が隠れていた扉をガチャガチャと回してきた。


「ん?──あっ!ごめん!」


 と、それだけを言って彼が再びキッチンへ戻っていった。中に入っていた私をマリサだと勘違いしてくれたようだ。


(ほっ…)


 キッチンから食事をとる音が聞こえ、かと思えば彼の携帯に着信が入った。


「はい、はい、すぐ伺います」と低姿勢の声が聞こえ、そしてそのまま彼はすぐに家から出て行った。

 ふうと息を吐きながらトイレから出る。


「忙しくしてるんだな〜……げっ」


 嘘だろおい...ものの見事に残していやがる...お皿の近くに走り書きで「ご馳走様」とメモが置かれていた。全部食え!


「はあ〜〜〜っ現代っ子め!出された物は全部食べろっての!」とぶつくさ文句を言いながら三度市場へ買い出しに出かけた。私の分が無いし。

 もう作るのも面倒臭かったのでお惣菜を買ってマリサの自宅へ。出かける時はちゃんと電気を消したはずなのに明かりが点いていた。

 ようやくのご対面である。

 扉をガチャリと開く、目にもの止まらぬ速さでマリサが私に抱きついてきた。


「アマンナさあああん!」


「はいはい」


 久しぶりの再会である。



「ほしひらいぎ……誰だっけ」


「保証局の人!ほら、おぼこい顔をした人ですよ」


「おぼこいって何?」


「ふふん、それはですね〜…幼いという意味です!」


 テンションが高いマリサが小さな胸を張り、自慢げにそう言った。

 何もないリビングで二人、並んで座り晩御飯を食べていた。テレビでは『料理が苦手なお笑い芸人』と題したトークショーが流れている。

 

「というかさ、マリサも普通に喋れるようになったんだね、男の人」


「──ああ、ウエスタンさんですか?あの人は別です。男性嫌いは変わらずですよ」


「それにそのほしひいらぎって人とも一緒に生活してるんでしょ。知らない間にどんどんマリサが成長していく…」


「アマンナさん…私と会えなくて寂しかったですか?」


「ううん別に」──ええ、そういう事言わないでくださいよ〜」


 マリサがしなだれかかってきた。──と、思いきや、少し真面目な口調で尋ねてきた。


「…私に訊かないんですか?」


「なにほ?」


 バター醤油で炒めたホタテをもぐもぐしながら訊き返す。


「ノウティリスについて…ですよ」


「そのうひね」


 一緒に炒めたエリンギももぐもぐ。市場に並んでいた辛口のお酒をちびりと呑んで流し込む。


「うま〜〜〜うまうま〜」


「ほんとアマンナさんって…花より団子ですよね」


「私が誰かを束縛するような人に見える?だからマリサもこっちで好きなように過ごしてたんでしょ、あのバベルとかいうマキナと手を組んで」

 

「もう別れました」


「あそう。そんで次は今の人?」


「彼、人間じゃないんですよ、子機だそうです」


 ──ああ、そういう事か。マリサが何をしたいのかすぐにピンと来た、そして私はこう言わざるを得なかった。


「マリサ、止めた方がいい」


「束縛しないんじゃなかったんですか?」


「うう〜ん…そう来るか…」と言い、湯呑みに入れた冷酒をまたちびり。プロイから渡ってきたこの『ニホン酒』なるものに最近ハマってます、はい。

 マリサがつんとした顔で食事を再開し、会話が途切れたのでまあ良いかと私もニホン酒に集中した。

 すぐに機嫌が直ったマリサが「それ美味しいんですか?」と尋ねてきたから呑ませてやった。


「どう?」


「……何かこう、塩辛い物が欲しくなりますね」と言うもんだから今度は二人で市場へレッツらGO、店員におつまみの話を訊きながらあれやこれやと買い、家に戻ってそのまま宅飲みが始まった。

 こやつ、知らない間に酒の味も覚えていたようだ。うんうん、アヤメはアルコールを好まないので一滴も呑もうとしない、こうして一緒に酒を呑める相手が欲しかった。


「アヤメはさ〜お酒好きじゃないから私に付き合ってくれないんだよね〜」


「そうなんですか?こんなに美味しいのに勿体ない、そのまま別れたらどうなんですか」


「いや何でやねん。今彼は?お酒呑める人なの?」


「あー駄目だめ、あの人にお酒呑ませたらベロンベロンになるまで呑み続けますから。初めて出会った時も臭いのなんの、その時に住んでいた場所に連れて行って身包みはいで水ぶっかけようとしたらバケツごと当てちゃって」


「何その話っ!詳しく」


 マリサの話が面白く、買ってきたおつまみもまたニホン酒に合うものだから二人揃ってぐびぐびと呑んでしまった。"一生"瓶という、怖いネーミングが付いた酒瓶をたった数時間で空にしてしまうほど。

 ここまで来たらもう二人ともぐでんぐでんの酔っ払いになっていた。


「アマンナさあ〜ん私の想いに気付いてくださいよ〜本当は私がパートナーになりたかったのに〜」


「無理に決まってんじゃーんお互い特別個体機なのにさー」


 私のお腹辺りにしがみついているマリサのお尻をべちべち叩く。叩く度にマリサが犬みたいにわんわんと鳴き真似をするから面白かった。私も叩きながらわんわん鳴く。


「わん!」

「わんわん!」

「わんわんわん!」

「わんわんわんわん!」


「な、何事…」


 コンビニの袋を携えた知らない男の人が立っていた。


「お!今彼帰ってきた〜!いらっしゃ〜い!どうぞどうぞこちらに〜!」

「帰ってくるなあっち行け〜!」


「あれ…もしかして君…ノアさん…でしたっけ?」


「そんな名前ちゃうわ!アマンナでえ〜す!しくよろ〜!」


 べろんべろんの私たちを見て男の人が一歩後ろに下がった。


「あ、何か僕お邪魔みたいなんで外に出て「いやいや!いやいや!ここは君とマリサのラブハウスなんだからいなよ!私が許す!」

「ははあ〜有り難き幸せ〜…ほら!君も頭下げるんだよ何やってんの!」


「ええ〜…というかマリサ、下着まで見えちゃってるから…お酒は程々にしておきなよ「おまいう!」


 今にも逃げようとしていた今彼の手を取って無理やり座らせた。


「いやもうほんと、今日は疲れているのでマジで勘弁してください」


「君、私のご飯食べたでしょ、しかもお残し!贅沢病許すまじ!」


「──え?ああ、あれ、あなたが作ったんですか?」


「何い〜?!ヒイラギ君もしかしてアマンナさんの手料理食べたの?!代わりに私の手を食え!」


「何やっ──ぶえっ!ほんと何やってんの!口の中に指を突っ込むな!」


「そうだよマリサ、男の人は男の部分を口に入れたがる生き物なんだから!「凄い偏見」


「男の部分〜?何ですかそれ〜」


「ちょっち見せてみ「は?」ちょっち見せてみ君の男の部分「は?」


 今彼にしなだれかかっていたマリサが「この人子機なんでそんな物ありませ〜ん!」と言い、湯呑みに入っていたニホン酒をごっくんと一飲みした。


「うえ〜重たい…喉が焼ける…」


「もう何やってんのそのお酒一気飲みするものじゃないよ「脱げ」黙っててくれる?「脱げ!」脱ぐわけないでしょいい加減にして!「脱げ〜!」と私も今彼にしなだれかかり、マリサが「この人は私のモノ」発言をしたので俄然ヤル気になってしまった。

 今彼のパンツに手をかける。


「止めなさいって!見せないから!」


「いいじゃ〜ん私だって見たことないんだも〜ん!初体験!初体験!あそ〜れは〜つ体験!」

「あそ〜れは〜つ体験!あそ〜れは〜つ体験!」


 同じように今彼のパンツに手をかけていたマリサにずびし!と指を差す。


「勝負だマリサ!どっちが今彼をその気にさせるか!」


「受けて立ちましょう〜!世には貧乳を愛する人もいますから!──私は貧乳じゃなあ〜い!!」


「うえ〜い私の方がおっきいもんね〜!アヤメほどじゃないけどおっきいもんね〜!や〜いナツメ以下!ナツメ以下!」


「ヒイラギ君は魚を捌ける人ですか?!私の胸で魚捌きますか今から!ほら!どうぞ〜!」


「ああもう!色気もへったくれもない人に勃つか!いい加減にしなさいって!」


「たつ?何がたつの?」

「たつの?男の部分ってたつの?」


「…………」


「たつって何〜?ねえねえ、たつって何〜?」

「見せてよ〜たつところ見せて〜私も見たことな〜い」

「──は!待ってマリサ…これ、もうたってるのでは…?ほら、二本の足で…」

「ほ、本当だ…男の部分って…この二本の足だった?!──無理い〜!こんなの口に入らな〜い!」


 げーらげらと二人で笑い、床に寝転がった。


(あ、ヤッベ…)


 横になった途端、酔いが一気に回り猛烈な眠気に襲われそのまま意識が途絶えた。

 翌日。

 

「…………」

 

「…あ、お、おあようございらす…」


 ガンギレしているアヤメが謎にいた。

 


「本当にすみませんでした」


「いえ。僕は今から仕事なので後よろしくお願いしますね」


「はい…この度は本当に失礼しました…」


 バタンと扉が閉められる。

 あ、ちなみにマリサは私が意識を失った後も「お酒が足りない!」と騒ぎ出し、一人で市場へ出かけてそのまま帰ってこなかったそうだ。

 つまり、マリサの自宅には私とアヤメの二人っきり。散々迷惑をかけた今彼もガンギレ状態で職場へ向かった直後だった。

 気まずい。


「何か言うことは?」


「ご、ごめんなさいでした…」


「ごめんなさいでした?」


「す、すみませんでした…許してください…」


「全くもう〜、グガランナもかんかんに怒ってるんだからね?向こうに戻ったらいの一番に謝るように」


「あ、あれは別に…」


「あれ?あれって何?」


「あ、謝ります…はい…」


「ほんともうっ……水持ってくるから飲んで」


「あい…」


 やっさ、ほんとアヤメは優しい。他人の家で飲みまくって主に迷惑かけた奴見捨てるぜ普通。

 マリサのベッドにごろんと横になる、頭もそうだがお腹もとんでもなく重たい。


(ああ〜今月遅かったから…あちゃ〜…)


 二日酔いに生理痛のダブルパンチだ、気分最悪。

 水を持って来てくれたアヤメに今の状態を伝えると心底困ったように眉を寄せた。


「ええ〜?どうするの?それ動けないやつじゃん」


「うん…マジで無理っぽい…」


「うう〜ん…うん、ヒイラギさんにお願いしてみるよ」


「うん…というか、何でこの家知ってるの…」


「昨日、アマンナの携帯から私にかかってきたの、回収しに来てくれって。どんだけ恥ずかしかったか」


「さ、さーせん…」


 再び部屋から出て行くアヤメ、程なくしてリビングから「本当にすみません、本当にすみません」と社蓄みたいにペコペコしている声が聞こえてきた。

 再び戻って来たアヤメ。


「良くなるまでここに居ていいって、帰ってきたらちゃんとお礼言うんだよ」


「あ、ありがとうございます…」


「私じゃなくてヒイラギさん。何かあったら連絡しろって番号まで教えてくれた優しい人なんだから」


「今のお礼は…アヤメ…」


「全く…」



 お昼を前にした時、マリサが男の人に抱えられながら帰ってきた。


「あんたは?」


 オラついた声が玄関先から聞こえてくる、対応しているのは一切関係がないはずのアヤメだ。

 私たちの知り合いとだけ答えたアヤメに男の人が同情を示した。


「あんたも災難だったな、こんな呑んだくれの面倒を見させられて。──ほら!とっとと入れ!」


「う〜…」


「しこたま水飲んどけよ!それと今日は有休出しといてやるからゆっくり休め!」


「す、すみませんでした…」


 向こうも酷い状態らしい。

 アヤメの肩を借りて家の主が寝室に戻ってきた。


「アマンナさ〜ん…最悪です、気分が…」


「み〜とぅ〜…」


「ほんと馬鹿な二人。ほら、君もベッドに横になって、ちょっと狭いだろうけど我慢してね」


「あい〜…」


 マリサとベッドの上で合流し、二人して暫くうんうんと唸り続けた。



 午後の昼下がりになってようやく二日酔いから回復した私たち、またしてもリビングで二人並んでもそもそと出されたご飯を食べていた。


「どこに行ってたの?」


「それが…目が覚めたら私、一升瓶抱えてバス停のベンチにいて…」


「──ぶふっ」と食べ物を吹きかけた。


「何その古典的な…ぷぷぷ」


「もうお酒は飲みません…いや、程々にしておきます」


 アヤメは買い出し中である。迷惑をかけたからとひいらぎさんの為に晩御飯を作ると言っていた。やっさ。

 そして、アヤメが帰ってくると謎にプエラも一緒だった。


「ぷぷー!何その顔ー!お酒に呑まれた哀れな奴め〜」


「何しに来たひねくれら…」


「こらアマンナ、心配して様子を見に来てくれたんだよ」


「そんなわけあるか…」


「あんたがマリサ?どうも初めまして、私はプエラよ」


「ど、どうも…マリサと言います」


「へえ〜、アマンナなんかには勿体ない良さそうな子ね」


「いやいや、マリサも呑んだくれて一升瓶抱えて外で寝てたらしいから、私と同類」


「そんな、同類だなんて…」


「今の話に喜ぶ要素あった?」


 プエラが図々しくでんとど真ん中に座った。

 こいつはいつもお洒落をしている嫌な奴だ、今日も白くて長い髪を自慢げに晒し、胸元も少しだけ開けたブラウスを着ている。下はハーフパンツにニーソックスだ。

 マリサもプエラの美貌に目を奪われているようだった。


「は〜…お話は聞いていましたけど…プエラさんってほんとお綺麗なんですね」


「ありがと。あんたも愛嬌があって良いわ、男に放っておかれないんじゃない?」


「そ、それはどうでしょう、そもそも私男性が苦手なので」


「そうなんだ?ま、私も男にというか全人類に興味ないけど」


「……?」


「プエラはナツメっていう人にゾッコンなの。地球の質量より愛が重い」


「もう〜そんな言い方しないでよ…」


「え、今ので喜ぶんですか?」


 キッチンに立っていたアヤメが私の言い方を真似て嫌味を放ってきた。


「そういうアマンナの愛は?どれくらいの重たさなのかな」


「え、え〜…木星ぐらい?」


「へえーそんなに重たかったんだふーん」


 プエラが小声で私に尋ねてくる。


「…あんた何やったの?めちゃくちゃ機嫌悪そうじゃん」


「…いや、連絡無視ってたらああなって…」


 プエラが醜い顔をして「けっ」と言った。


「…贅沢な奴め、束縛されるだけ有り難いと思いなさい」


「…あ、アヤメさんってそんな感じの方なんですか?ぱっと見そうは見えませんけど…というか可愛らしい方ですよね」


「そうなの〜」とプエラが明るい声で応え、


「あれで三十路だかんね?「三十路って言わないでくれる?」まあハーフマキナだからもう見た目は変わらないんだろうけど。気が利いて優しくて〜とことん甘やかしてくれる感じ?ちょっと自分に自信が無いのが玉に瑕だけどね」


「何でそれをプエラが言うの?それ私の台詞だかんね?あと玉に瑕とか言うの止めてくんない?」


「そうね、あんたは傷だらけだもんね」


「あら〜プエラのくせに優しいこと言うじゃん。まだ傷って分かる程度の欠点ってことでしょ?」


「あん?何が言いたいの?」


「そういう自分は傷が入る玉すら持ってない欠陥品「誰が欠陥品じゃ!」


 私たちのやり取りを聞いていたマリサがころころと笑う。

 

「ねえちょっと、元気出たんならこっち手伝って」


「あいたた…生理痛でお腹が…」


「あ、私行ってきますね」


「私も行こう〜っと」


 アヤメのヘルプに二人が参戦し、冗談で言ったのにマジで気遣われた私はすごすごと寝室へ引っ込んだ。

 引き戸の向こうから姦しい三人の声が届く。


(一人暮らしってこんな感じか〜いいな〜)


 料理と賑やかな音を聞きながらそのまま寝落ちした。



「人が増えてる…」


「あ!……す、すいませんヒイラギさん…あの子はプエラと言って、その、私たちの友達なんです」


「ま、まあ…別に構いませんけど…」


「ヒイラギさんの分もありますから良ければ食べてください」


「ありがとうございます。マリサはどうですか?」


 お、真っ先にマリサを気にするあたり出来た男のようだ。

 気遣われたマリサもまんざらではない様子、口をへの字にしてもにょもにょさせていた。

 もう一人の主が帰ってきた、そして私たち四人は他人の家で食卓を囲み舌鼓をうっているところだった。

 私とマリサが視線を合わしすくっと立ち上がる、二人揃ってヒイラギさんの前でお辞儀した。


「昨日はすみませんでした」

「ごめん」


「別にいいよ、反省してるんなら。それよりご飯を食べよう」


 良い奴だな〜そんなあっさりと水に流してくれるなんて。

 お許しを得られたので私も食卓に戻り、五人で食事を再開した。

 物怖じというか、人見知りをしないプエラがさっそくヒイラギさんにちょっかいをかけていた。


「で、マリサとはどこまでいったの?」


 コップに口を付けていたヒイラギさんがぶっと飲み物を吹きかけた。


「──……僕とマリサはそういう関係ではありませんので、変な事訊いてこないでください」


「え〜?でもあんたって一人の女性を振ってまでマリサを選んだんでしょ?「し〜!し〜!」この子すっごい自慢してたわよ」


「マリサ…」


「ご、ごめん…つい…」


「ほら〜どこまでいったのか言いなさいよ〜「人の話聞いてます?」


「まあまあプエラもその辺で、ヒイラギさんに失礼だよ」


「とか言ってまた〜アヤメは。本当は気になるんでしょ?だからプエラが言うまで黙ってた「し〜!し〜!」


 アヤメが顔を真っ赤にして人差し指を立てている。この一瞬で二人が同じ仕草をしたので案外流行っているのかもしれない、私も取り入れよう。

 ヒイラギさんが一口だけ食べて「美味しいですね」と褒めた後、私に話を振ってきた。


「アマンナさんも平気なんですか?「し〜!し〜!「いやあんたが生理痛って皆んな知っとるわ」


「もう大丈夫、ご迷惑をおかけしました昨日から」


「本当に反省してますよね?昨日の二人、ほんと酷かったんですから」


「何やったの?」


 プエラの質問にヒイラギさんがほいほいと答えた。


「男の部分を見せろだとかどっちがその気にさせられるだとかもう騒ぎまくって、下着丸出しでリビングで寝るしマリサは千鳥足で出て行くし」


「止めてくれても良いじゃんか〜私あの後バス停のベンチまで行ってたんだよ〜」


「いや、お酒はいっぺん痛い目見ないと反省しないからね、良い薬になるだろうって思って放置した」


「ほんとすみません、アマンナが…」


「い、いえ…」


 変なタイミングでヒイラギさんがキョドった。ん?待てよと思い彼に尋ねる。


「私をベッドまで運んでくれたのはヒイラギさん?」


「えっ!あ、はい、そうですがそれが何か?」


 マリサも私の真意に気づいたようだ。さっきまでのもにょもにょ顔を止めてジト目で彼を睨んでいる。


「まさか変な事してないよね」


「す──するわけないじゃん何言ってんの「今の間!今の間は何?」そこでマリサが膝立ちになってヒイラギさんに詰め寄った。


「私のお風呂上がりにすら反応しないくせに!やっぱり胸ですか!そうですか胸ですか!」


「違うから!ちょっと下着が見えてたから服を正しただけで!」


「そん時にちょっと触ったとか?」


「当たったんです!」


 さすがのアヤメも「どこを?」と低い声で訊いている。


「あ、足とか…「他には?」お、お尻とか…「他には?」む、胸とか「それ確信犯やんけ!」とプエラが突っ込み、ヒイラギさんがぼっと顔を赤らめた。


「〜〜〜!だったら言わせてもらいますけどね!いくら酔っていたとは言えお二人から言い寄られる僕の身にもなってくださいよ!ずっと我慢してたんですから!」


「どっち?!どっちにぐらって来た?!」


「………あ、アマンナさ「そこは私って言ってよ〜〜〜!!」


「いや〜悪いね〜マリサ〜いや私って罪な女だからさ〜「ほんと見てくれだけは良い」何をうっ?!」


 失礼な!

 打ち解けたので私も名前呼びさせてもらった。


「そういうホシだってちょっと前までギャンブル三昧の呑んだくれだったんでしょ〜?」


「それが何ですか、もう真っ当に仕事してますよ」


「私のお陰でね」


 プエラの一言で宅飲み二回戦が始められることになった。


「お酒ってそんなに美味しいの?」



「私これ好きかも〜!フルーティーで飲み易い〜!」


 プエラの奴、すっかり出来上がっている。

 場の空気に飲まれて「僕は絶対呑まないからね!」と宣言していたホシも今は呑んでいた。


「僕は辛口の方が好み」


「誰もそんな事聞いてませ〜ん!うえ〜い!」


 と、見事なアップル顔になったプエラがホシにウザ絡みしている。

 テーブルの上にはスナック菓子から魚の干物、イカの干物、ピーナッツは散乱しておりマリサが「いきま〜す!」と言って上に投げ、口を空けて行儀悪く食べていた。

 どんちゃん騒ぎの中でもアヤメはキッチンで一人、寂しくジュースをちびちび飲んでいた。

 そんなに酔ってない私は彼女の元へ、「何しに来た」とツンケンされてしまった。


「寂しそうにしてたから。ほんとにアルコール苦手なんだね」


「うん嫌い。というかアマンナ、生理痛は?」


「いたたた…そういえばお腹が…」


「わざとらしい」


 パイプ椅子を並べて私もアヤメの隣りに座る、リビングでは三人がやいやいしながらお酒を飲んでいた。


「ナツメも来れば良かったのにね」


「グガランナとお留守番中だよ、今頃お風呂に入ってるんじゃない」


「良いね〜風呂、ウルフラグは湯船に浸かる習慣がないから入られないしね〜」


「そうなの?」


「そうだよ、こっちはシャワーしかないよ」


 ベロベロのプエラがホシに抱きつき、私のモノだと主張しているマリサが反対側から抱きついている。昨日の私だ。その二人がまた「お色気さくせ〜ん!」と言い出したからホシがこっちに逃げて来た。


「ああもう!……アヤメさんは呑まないんですか?」


「うん、私お酒苦手だから」


「そうなんですね。まああんな感じになられるぐらいなら素面の方がいいですよ」


 ホシが持っていたグラスをキッチンに置き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。


「マメだね〜」


「そりゃあね、お酒と同じ量の水を飲まないと悪酔いするし」


「そうなんですか?」


「水がないとアルコールを分解してくれませんから」と、ホシがもう一本のペットボトルを持ってリビングへ戻り、マリサに無理やり飲ませていた。


「明日は仕事でしょ!これ飲んで!」


「や〜!や〜!胸がおっきくなるんなら飲む〜!」


「残念でした〜!水を飲んでも胸はおっきくなりませ〜ん!うえ〜い!」


 あのプエラやべえ、せっかくの美貌が台無しになるほどウザい。

 ──と、隣に座っていたアヤメが突然咳き込んだ。


「げっほ!ぺ!ぺ!」


「どうしたの?」


 そのアヤメはグラスを片手にシンクに向かって何かを吐き出している。これはもしや...アヤメは間違えてホシが持ってきたグラスに口を付けてしまったようだ。定番と言えば定番イベントである。


「あ〜あ〜水飲んで水」


「うえ〜何これ〜何が美味しいのこれ…」


「慣れたら美味いけど慣れないと不味い」


「う〜ん…気持ち悪い…胸がムカムカする…」


「ほんとお酒弱いんだね、水飲んでたらマシになるよ」と言ったそばからまた同じグラスをグビリと飲んだ。これ私のせい?


「うえ〜!これお酒じゃ〜ん!アマンナの嘘つき〜!」


「いや自分で飲んだんでしょ何言ってんの…っていうかアヤメ顔真っ赤!プエラ病じゃん!」


 自分の名前を呼ばれたうえ〜いプエラがこっちにやって来た。


「なになに?!私の名前呼んだ──あっは何その顔〜真っ赤じゃ〜んアヤメ〜!リンゴ!リンゴ!可愛い〜!」


「可愛いプエラに可愛いって言われても嬉しくない!」


「な〜に〜拗ねてるの〜?や〜もっと可愛い〜!」

「ちょっと二人とも」

「そんなに可愛い可愛い言うんなら証明してみせてよ!どうせ嘘っ──」


 プエラがぐいとアヤメを抱き寄せそのまま熱いキスを私の目の前でやりやがった。


「──これでどう?満足した?「何やっとんねんこらあ!人様のもんに手を出すなっ!」


 今のでアヤメのスイッチが入ったらしい。そのアヤメが私をぐいと抱き寄せ──


「……っ!」


 今度は私がキスされた。


「……アマンナがしてくれないから、アマンナがいけないんだよ、私を寂しくさせるから……」


 リビングにいたホシは私たちの様子を迷惑そうにしながら見ている。これはマズい流れに...


「あの、そういう事するんなら追い出し─「ヒイラギさんも〜〜〜!」と飛び出したのはプエラではなくアヤメである。

 さすがのうえ〜いプエラも目が覚めたらしい。


「マズい!ナツメに殺される!」いや自分の心配しかしていない。

 マリサがアヤメをブロックする、しかしアヤメはそのマリサにキスをせがんだ。


「あ〜〜〜!ちょ!私ですからマリサですから!」


「可愛い後輩みたいで可愛いから全然アリ〜!」


「ええ?!何やって──アマンナさん!アマンナさあ〜ん!」


「私も浮気する〜!アマンナに負けてらんな〜い!「じゃあ私を選んで〜!」と目が覚めたはずのプエラがアヤメに飛び付いていった。

 そして、


「Zzz…」

「Zzz…」


 二人仲良くリビングのソファで撃沈した。



「この度は本当にご迷惑をおかけしました。こちらはそのお詫びです、どうかお受け取りください」


 翌日、アヤメとプエラと私の回収についにナツメがやって来た、その手に現金を携えて。


「は、はあ…では、お言葉に甘えて…」


 けれど、ホシは封筒の中見ではなくナツメのことを気にしているようだ。

 初めてのお酒で潰れたアヤメとプエラは二人仲良くベッドで寝ている、昨日の私とマリサのように。

 マリサは今日は出勤だ、二日酔いでしんどそうにしてたけど「二日連続はさすがにマズい」と社会人根性を見せて家を出ていた。


「今すぐに連れて行きますので」


「あ、い、いえ…起きてからで構いませんので…」


「いいえ構いません、アマンナの迎えに行った二人がこうしてご迷惑をかけていますから、引きずってでも連れて行きます」


「あの、本当に言い難いのですが今は出勤の時間帯でして、僕の家からこうぞろぞろと女の人が出て来るのは世間体的にマズいと言いますか…だから昼頃まででしたらこの家いてくださっても構いませんので…」


「分かりました。では、そのようにさせていただきます」


 後で聞いた話だけど、この時ホシは「礼儀正しい人だから大丈夫だろう」と思ったらしい。

 ホシも出勤し、私はナツメと二人っきりになった。寝室にはアヤメとプエラがいるけどダウン中だ、とてもじゃないけど話しはできないだろう。


「…………」


「…………」


 ナツメが無言で正座をする、リビングなのに正座する。正座って腰に良くないらしいよ?

 無言に耐えられるほど精神力は強くないのですっと立ち上がる、案の定即座に声をかけてきた。


「何処へ行く」


「お手洗い」と言いつつ私は玄関へ、今さら気付いたナツメが「待て!」と吠えるが今さらだった。

 気分は「あばよ!」と家を飛び出した。

 

(だ〜れが今からお説教する気まんまんの奴と一緒にいるか)


 顔にそう書いていた、めんどくさい。

 私は社員寮の敷地から市場へ向かった、朝も早い時間帯だというのにもう賑わいを見せている。

 獲れたての鮮魚コーナーにバーベキュー会場、それからお酒のお店におつまみ、お菓子のコーナーから何から何まで冷やかして回った。

 そこへ声をかける人が現れた。観光課の社員で私をマリサの自宅へ案内してくれた人である。


「やあやあ、マリサと仲良くやっているみたいだね。カズがかんかんに怒ってたよ」


「その節はどうも〜」


「また新しい友達がやって来たって?皆んなが白雪姫だって騒いでいたよ」


 何で知ってんねん、こわ。

 とは言わず、適当に世間話をしていると、


「そんなに大所帯ならうちでバーベキューでもどう?」


 そんな風に誘われたのである、しかも市場前ではなく砂浜で。


「いいんですか?あそこって有料ですよね」


「もうそろそろ海水浴シーズンだからね〜君たちみたいに見目麗しいお客さんがバーベキューしてくれたら良い宣伝になると思ってさ。勿論広告用に写真は撮らせてもらうけど、その代わりタダってことで」


「お主も悪よの〜」


 リョウ・マースというらしい社員の肩を突くとそれはもう嬉しそうにヘラヘラと笑った。


「じゃ!そういう事でバーベキューの日取りが決まったら僕に連絡ちょうだい。あ!これ僕の連絡先ね」


「どうもありがとう!」


 ナツメがいることも忘れてるんるん気分で帰り、扉を開けた瞬間にナツメの拳骨が飛んできてその時に思い出し、脱兎の如く逃げようにも羽交い締めにされてしまったので結局説教を食らってしまった。

 そしてお昼時、午後から漁に出かけるらしいマリサが寮に帰ってきた。その時に砂浜バーベキューの話をすると凄い勢いで食いついた。


「是非!是非やりましょう!皆んなでバーベキュー!」


「な、何でそんなにやる気なの?」


 アヤメとプエラはまだ撃沈中だ、もしかしたらナツメにビビって寝たふりをかましているのかもしれない。

 バーベキューに並々ならぬ熱意を見せているマリサが答えた。


「皆さん、一度仮想世界でバーベキューをされていましたよね?私はあの時既にここへ戻っていましたから不参加で…いいな〜ってゼウスさんが渡してきた記録映像を見ていまして…その…やりたいな〜って」


 これにはさすがのナツメも即座に「NO!」とは言えないようだ。


「でもな〜…ここの家主にこれだけ迷惑をかけているのに…」


「別にいいんじゃない?本人も割と楽しそうにしてたし。それにこれだけ美女揃いの中バーベキューできるんだよ?男冥利に尽きると思うけどな〜。役得?みたいな」


「しかしだな〜…あの二人があんな感じじゃさすがに無理じゃないか?」


 ナツメがそうわざとらしく言うと、撃沈していたはずの二人がそろそろとリビングに出てきた。やっぱり寝たふりだったらしい。


「………」


「………」


 けど下手に怒られたくないのか二人は無言だ。


「何か言うことは?」


 ナツメがそう言うと、二人はしおらしく、まるで練習していたかのように綺麗なお辞儀をしてごめんなさいした。


「反省しているならそれで「おかしくない?私鉄拳制裁なんだけど」


「で!どうですかナツメさん!お二人もお元気なようですし!」


「う〜ん…それ私が決める事か?」


「そうじゃない?一応この中でホシに迷惑かけてないし、ナツメが誘うのが筋だと思うけど」


 私の話、というよりマリサの熱意に負けたナツメが携帯を手に取った。


「なら聞いてみるが…本人が駄目だって言ったら諦めるんだぞ」


「はい!」


 そして数分後。


「いいってさ、明日は休みだから皆んなでやりましょうって言ってくれたよ」


 マリサが「いえ〜い!」と喜んだ。

 そして翌る日、何だかんだとマリサの家に三日間滞在した私たちは海に来ていた。


「海だ〜い!まだ泳げないけど〜!」


 プエラはハイテンションだ、ナツメと喧嘩した時以外は基本ハイテンションな女だ。

 マリサも今日はハイテンション。


「早くやりましょう!焼きましょう!焦げた肉は海に捨てるんですよね!」


「それやっちゃ駄目なやつだから!──あそうだ!ナツメはトング持ったら駄目だからね!全部ダメになるから!」


「何でだよ!バーベキューは私のお陰だろうが!」


 アヤメとナツメがトングの奪い合いをしている傍ら、プエラはどこから持って来たのかビーチパラソルを砂浜に刺している、そしてそれを嬉しそうにしながらマリサが手伝っていた。


「楽しそうにしてますね、マリサの奴」


「皆んなでやるのが夢だったみたいだよ」


「そうですか」


 こいつ、ほんと良い奴だな〜。自分の彼女の為に私たちに付き合うだなんて。

 まだ季節は春である、夏と呼ぶにはまだ暑くなく、薄着で過ごすにはまだ早いがしかし私はルールに縛られない女。

 羽織っていたパーカーをホシの目の前で脱ぎ捨てた!いや捨ててはない!脱いだ!


「──!」


「ふふん♪」


 パーカーの下は私たちのパーソナルカラーであるレッドのビキニ!このメンバーの中で唯一豊満な胸をホシに見せつけてやった!

 やはり男だ、私の谷間に釘付けになっている。


「どうよ、私の胸」


「…………」


「ふふん♪この三日間のお礼だ!とくと見るがいい!」


「ほんと馬鹿なんですねアマンナさんって、まだ春ですよ?」


「なっ!」


「ふん、アマンナの胸なんてそんなものよ。ただ脂肪が多いってだけでホシを魅了するには遠く及ばないわ!」


 ビーチパラソルの設営が終わったプエラが勝手に上着を脱ぎ、頼まれてもいないのにご自慢のバストをホシに披露していた。

 ──そう!私たちのメンバーには"男性"が存在していなかったこともあり!皆んな、異性からの自分の評価がとても気になっていたのだ!奥手なあのアヤメですらいつ上着を取ろうかチラチラとこちらを窺っている始末!

 プエラもビキニスタイル、そしてカラーはブルーである。


「お、おお…」


「ふん♪」


 ホシが感嘆の声を上げている、プエラの胸は完璧に近い形と大きさを持っており、そして何より肌が雪のように白く滑らかで綺麗であったまあ中見は雪山の頂上で吹き荒れる嵐のような性格をしているが。

 さらに、マリサまでもが上着のファスナーに手をかけていた。


「う、うう…は、恥ずかしい…」


「駄目よマリサ!ホシを釘付けにしないと!せっかく私が選んであげたんだから自信を持ちなさい!」


「は、はぃ〜………」


 マリサは耳まで赤らめながらゆっくりとゆっくりと...こちらを焦らすようにファスナーを下ろしていく。


「………っ!ま、マリサ…?」


(お?一番良い反応)


 まじまじと見ていたホシも顔を赤らめ、チラチラと目線を外したり見たりしている。

 あまりの恥ずかしさにマリサは前屈みになっている、ちらりと覗いた水着は案の定、パープルだった。しかもビキニ。やっぱりまな板、まるで子供の胸だ、でも。


「ま、マリサっ…み、見えてるから、そ、その…隙間からっ……見えてるから〜!」


「っ?!?!?!?!」


 どうやらホシの位置からマリサのあられもない胸が見えていたようだ。本人はだっと駆け出しもう既に肉を焼き始めていたアヤメに抱きついていた。


「ああ?!危ないでしょ!」


 我関せずとグラスを片手に持ったナツメが「真面目にバーベキューしろ」と注意してきた。



 そんなこんなで始まったバーベキュー。普通に美味いし普通に楽しい、けど、こう...もっとこうはしゃげる余力を残しながら楽しんでいるみたいな、歯の隙間に挟まった食べ物が取れないような、ある種の"もどかしさ"を感じるバーベキューになっていた。

 これは一重にナツメのせいでもある。


「アルコール禁止」


「ええ〜」

「えー絶対美味しいのに」

「ノンアルコールのバーベキューって…」

「うんうん、僕はナツメさんに賛成」


「あ、これ焼けてるから誰か食べて」


 そのナツメはビーチパラソルの下で優雅に過ごしていた。

 私はアヤメが焼いてくれた肉をはふはふ、ごっくんしてからきっと皆んなが思っていることであろう事を口にした。


「いやでもさ、ここでナツメも酔っぱらってホシに迷惑かけたら面白くない?」


「面白くない」

「面白くない」


 ナツメとホシから突っ込みを受ける。既に迷惑をかけている三人は静かにうんうんと頷いていた。そらみろ。


「ところで…ナツメさん、前にお会いしたことがありますよね?覚えてませんか?」


「私がか?君に?」


 プエラが紙皿を持ったまま、折りたたみチェアに座っていたナツメの膝の上に乗っかった。


「へえ〜?そうなんだ?」


 あれは甘えているわけではない、ナツメを逃さまいと押さえつけているのだ。そのナツメも若干顔を引き攣らせている。


「い、いやいや、そんなはずは……」


「街中でタガメ型シルキーが発生した時ですよ」


「──ああ!あの時か!思い出したよ、そういえばあの場に君もいたな!いやでも、あの時から既に私の名前を呼んでいなかったか?」


「それはあなたに似た人を知っていたからですよ。僕が士官学校に在籍していた時に、成績優秀で周りから期待を集めていた人がいたんです、その人の名前もナツメというんですよ」


「へえ〜そうだったのか…」とプエラを忘れて話し込むナツメがふっと意地悪な笑みをつくった。


「その人の胸は大きかったのか?」


「え、え?何でそんな事を訊くんですか」


「あの時、私の胸ばかり見ていただろ、君」


 マリサが「どんだけ胸好きなの!」とホシの背中を叩き、アヤメが「はいこれあげる」と焼け焦げた肉をホシの紙皿に追加していた。


「なっ…ご、誤解ですってそんな…いや、まあ確かに、ナツメさんにしては胸がとは思っていましたけど「やっぱり見てるやんけ」


「その人は今はどうしているんだ?」


 ナツメが羽織っていた上着のファスナーを少しだけ下ろした。


(こいつっ!プエラとお揃いの水着をっ!──皆んなかよ!)


 ナツメの行為にまだ気付いていないホシは少しだけ上に視線をやってから答えた。


「僕が聞いた限りではカウネナナイにいるそうですよ、色々事情があって陸軍ではKIA(※作戦中における戦死)認定されています」


「ふ〜ん…そんなに似ているなら一度くらいは顔を合わせてみたいもんだな」


「大丈夫なのそれ」


「どういう意味だ?」


「ナツメに似て、ナツメと違って胸がデカいんでしょ?アヤメもプエラもその人にいっちゃうかもしれないよ」


 冗談で言ったのに、プエラを押し退け立ち上がったナツメにマジで追いかけられ、捕まり羽交い締めにされてそのまま海に投げ入れられてしまった。



 そして──事件が起こった。

 食べ飽きた私たちが砂浜でビーチボールを楽しんでいた時、鬼の形相をしたナツメが一人の男性をずるずると引きずってきたのだ。

 どんな時でもナツメにいち早く気付くプエラがぎょっとした声を上げた。


「ナツメ?!その人誰?!」


「こいつはな〜…おい!自分の口から言え!」


「ちょっ…だから撮影をっ…」


「何が撮影だこの盗撮犯め!私たちの写真を無断で撮っていただろ!」


 何だ何だと砂浜でお城を作っていたアヤメとマリサも合流する、そしてマリサが「あ!」と声を上げた。


「マースさん!マースさんじゃないですか…」


「ま、マリサ!……あ!アマンナさん!いるじゃないですか!」


「え?」


「え?じゃないですよ!ここを無料で貸し出す代わりに広告用の写真を撮らせてもらう約束だったじゃないですか!」


 皆んなの視線が私に集まる。


「──あ、そうだった、ごめん言うの忘れてた」


 まず私にナツメから拳骨、そしてすぐにマースへ謝罪していた。


「こ、この度は本当に…」


 そしてある事を思い付いた私はこう言った。


「お詫びに一気飲みします、私とナツメでお酒を一気飲みします」


 勿論ナツメがそんな事を許すはずがなく、けれど私はナツメのガンギレを無視してマースにアイコンタクトを送った。


「ね?でも今お酒が無いから…人数分以上を持って来てくれてもいいから…余ったお酒は他の人にお裾分け〜…ね?」


 意味が通じたらしいマースがぴっ!と立ち上がり、


「二人の一気飲みが見たいです!それも撮影してアルコール飲料の広告に回します!」


 勝った。迷惑をかけた相手が見たいと言うのだからナツメも無視するわけにもいかず、ついに折れた。


「あ、あなたがそれで良いというのなら、き、協力させていただきます…」


 そして、一旦引き返したマースが大量のお酒と女性社員、他にはオラついた男性社員も連れて戻って来た。昼っ間から大宴会だ。

 ナツメに乱暴されたことも忘れてマースが皆んなに向かって声を張り上げる。


「今から夏に向けて広告用の撮影会を行いま〜す!連合長にも許可取ってま〜す!好きなだけ飲んで食べて楽しんでくださ〜い!それがユーサの利益に繋がりますから遠慮せずによろしくお願いしま〜す!」


 皆んな揃って「いえ〜い!」である。

 私はマースに近付き、また「悪よの〜」をしてやった。


「上手いことやるね〜感心したよ」


「いえいえ。あなたもさっきの人にお酒を呑ませたかったんでしょ?バーベキューなのにアルコールが無いってそれバーベキューって言わないから!みたいな」


「そうそう!良く分かってる!」


「じゃあはいこれ!お二人で飲んでください!あ、別に一気飲みはしなくていいですからね」


 と、渡された瓶ビールをナツメに渡し、二人揃ってマースの前で飲み──。

 そこからの記憶が無い。お酒怖い。

 断片的に覚えているのは「私の方が大きい!」「いや私の方が大きい!」「小振りだけど格好良いって褒められた!」「じゃあ見せ合いっこだ!」「アマ姉何やっているんですか!敵だと思ったのに!」「そらみろ私のバルバトスが一番大きい!」「胸の話ちゃうんか〜い!」げーらげら!

 そして、夕焼けに染まるウルフラグのビーチには四機の特別独立個体機が砂浜に駐機されていた。お酒怖い。

 青、赤、緑、紫。綺麗な色合いをした機体が夕焼けに染められ、全部赤色に見える。

 

「………頭痛い」


 バーベキュー会場は呑んだくれの死体で溢れ返っていた、ものの見事に参加者全員が潰れていた。

 後ろから突然水をかけられた。


「──あ冷たっ!」


「アマンナ」


 グガランナの声だ。だいたいの事情は察した。


「パイロットを全員起こして、すぐに撤収するわよ、いいわね」


「はい……」


 並んだ私たちの機体をもう一度視界に焼き付け、潰れたパイロットたちに水をかけて回った。

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