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第103話

.10 days war 前編



 マリーンで発生した問題解決に対し、マキナの総参加が決まった初日、プログラム・ガイアを筆頭に計九名の老若男女が突如として国会答弁に登場した。

 その突然の参加に中継を担当していた放送局もさることながら、数少ない視聴者も大いに混乱し、そして瞬く間に人民へ報せが届くこととなった。

 

(ふ〜ん…あれだけ仲違いをしていたマキナがこうも…)


 別に一枚岩になれないのはここのマキナだけではない、他所のテンペスト・シリンダーでは人を巻き込んで争いを繰り広げるのも珍しくない話だった。

 星監士として世界津々浦々見て回ってきたが、こうも簡単にマキナが手を取り合うのは非常に珍しい。必ず己の担当区分、あるいはポリシーないしプライドがぶつかり合い口論、果ては派閥争いに発展するものなのだ。

 テレビ中継では彼らマキナを招聘したクトウ総理大臣が議員らに説明し、その場で許可を求めている。参加しているマキナは皆、借りてきた猫のように大人しく座っていた。


[──以上のように、彼らマキナの皆様方にも参加していただき、今回発生した未曾有の問題に対し早期解決を図るのが主な目的です]


 三々五々の反対意見はあれど、最終的にはマキナの参加を認め、どちらかと言えば「本当にマキナなのか?」という懐疑的な意見が目立った。中には子供と見紛うマキナもいる、疑いたくなるのは無理もない。

 議員の一人がその事を直裁に尋ねた。


[見るからに子供に見えますが、彼女たちは本当にマキナなのですか?もし違うのであればただ場を混乱させるだけなので退出を、あるいはマキナであるという証明をお願いします]


 対するマキナはティアマト・カマリイが登壇を果たした。

 はてさて何と答えるのかと議事堂のみならず、中継の向こうにいる一般市民も固唾を飲んで見守ってるよう、かく言う私もそうだった。


[ティアマト・カマリイよ。クトウが言った通り私はマキナ、そしてこの場にいる他の皆んなも私と同様にプログラム・ガイアから生まれて人々を安寧と平和に導く存在]


 淀みなく気負うことなく、けれどたっぷりの威厳を持った言葉が放たれた。


[では、古文書にある一二の神はあなた方であると?]


[そうよ。その昔、このマリーンはプログラム・ガイアが一人で束ねていた。けれど、彼女が持つ力に魅了された人々が争いを始めてしまったの。どうにもならなくなった彼女は一〇の神を生み、そして託した──]


(これはマズい…全て話すつもりだわ…)


 ──案の定であった。


[一〇の神…?あなたを合わせても全部で一一にしかなりませんが]


[あと一人は他所からやってきたマキナ、名前はドゥクス・コンキリオという司令官よ]


 議事堂がざわつき、そしてSNSではティアマト・カマリイの発言がものの数秒でトレンド入りを果たしてしまった。

 やはり外には世界があった、あるいは政府が催した大掛かりな余興である、とか。発言は様々だが、ティアマト・カマリイがヴァルヴエンドの存在をこのマリーンに仄めかしてしまった。


(──こうなったら仕方がありません)


[……まあ、そういう事にしておきましょう。続きをお願いします]


[一〇のマキナを生み、人類のサポートを私たちに託すもプログラム・ガイアの存在を知っていた当時の人類がそれに納得するはずもなく、結局争いは続けられたわ。それでも私たちは人類を束ねるため何度も交渉を行ない、己が架け橋になるよう務めた。──けれど失敗した、何度繋ぎ合わせても人々は争いを止めることはなかった。本来、私たちは一時的な措置に過ぎず、問題が収束に向かえばいずれプログラム・ガイアと同化するつもりでいたの。でも駄目だった、だからせめて隣国同士、身内同士で血が流れないようその袂を無理やり分けたの]


 "こうして神々は神となった"の言わば解答なようなものだろう、星々を繋ぐとは和平を差し、架け橋とはマキナ自身の事を差していたのだ。

 マリーンの稼働当初の問題は私もアーカイブを通して知っている、ティアマト・カマリイの発言は概ね()当たっている。

 では何故そうなったのか、という部分については知らないようだ。──あるいは...


(喋らないだけでもう把握していると見た方が良さそう…介入は避けられそうにないわ)


 滔々と語ったティアマト・カマリイが席に戻り、また別のマキナが登壇した。

 今度はアラサーのような男だ。私の好み。

 名前をラムウ・オリエントと名乗ったマキナが良く通る、そして威圧感を伴った声で発言した。


[ティアマトが語った内容は我々の歴史に過ぎず、マキナであるという証拠の一側面に過ぎない。──窓の外を見よ、現在は茜さす夕暮れであるが……]


「……まあ力技。このご時世に珍しい感性ね、ますます私の好み」


 確かに空は赤色だった、だが天候を司るラムウの操作によって瞬きもしないうちに青い空に一変していた。

 議事堂に参列している議員も慌て、SNSでも言葉になっていない投稿が相次ぎ、まるで混乱する人々を弄ぶかのようにラムウが次から次へと空模様を変えていった。


[以上が私の権能である。これで我らがマキナであると少しでも信じてもらえたら幸いである]


 誰人も異を唱えなかった。



 こうして電撃的なデビューを果たし、迅速に人類への介入を果たしたマキナたちは二日目から行動を開始していた。

 ──の、前に哀れなマキナが一人。


[──酷いよ酷すぎるよ皆んな!どうして僕だけ仲間外れなんだ!]


 ゼウス、あるいはサーティーン・ゼウスの一人。かのマキナは全てのテンペスト・シリンダーを自由に行き来できる唯一の存在であり、また、そのテンペスト・シリンダーで混乱を招かないよう外見から性格まで()()統一された無個性なマキナである。

 その彼が議事堂内の一角、マキナ専用に設てもらった会議室の中で叫んでいる。

 そんな彼に言葉を返したのはマキナの母、プログラム・ガイアだった。


[──ああ、いたの]


 何と素気ない言葉。


[いたよ!というか僕きちんと君に外出するって連絡したよね?!どうして僕抜きで昨日の答弁に参加したんだ!]


[うるさい放蕩息子、いいから席に着きなさい]


[僕だって皆んなと呼吸を合わせたかったのにい〜!あんなに息が合う場面早々ないよ?!というかラムウも僕が抜け出したことをティアマトたちと同じタイミングで告げてくれていたらっ──]


[すっかり失念していた。本当にすまない]


[マジな謝罪〜〜〜!──え……僕ってそんなに影薄い……?]


[薄いとか濃いとか関係ない。それに何処へ行っていたのか尋ねても答えてくれないんでしょ?君の秘密主義はいつものこと、だから誰も気にかけない]


 ゼウスが見るからに「ガーン」と肩を落として机に突っ伏している、身から出た錆だ。

 

[そんな僕だって皆んなの事を思って……──まあしょうがない。で?これから何を討議するんだい]


[立ち直りの早さは一級品だな…]


[それが僕の唯一の取り柄だからね──そんな事ないよもっと沢山あるよ!ほら!ちゃんと僕を見て!]


[一人ノリ突っ込み承認欲求モンスター]


[雰囲気ぶち壊せるくらいのギターを演奏できたら褒めてあげる]


[生憎と僕はヒーローじゃないからね!]


 和気藹々と雑談の花を咲かせ、そして本題に入っていった。


[まずはノヴァウイルスの回収、どうやら陸軍がせしめているようだけどそこら辺何か分かる人いる?]


[それなら私だ。陸軍の首都方面基地内にノヴァウイルスを保管している、時期を見てこちらから回収するつもりでいたから心配はない]


[じゃ、それやってくれる?出来れば今日中に]


[了解した]


[一般市民が持っているノヴァウイルスは…ディアボロス、君に任せる]


[分かった、僕の権能とノヴァウイルスの位置情報をドッキングさせれば必ず居場所が割れるだろう。回収した後は?]


[陸軍が持っている数も相当なものだぞ]


[焚べりゃいいんじゃない?]


 "燃やす"ってこと?まさかの焼却処分?

 "破棄"と下された決定に異を唱えたのはゼウスだった。


[勿体なくない?それを使って天井の補修に使えるかもしれないよ]


[ナノ・ジュエルがある。それにノヴァウイルスは全てに通信機能が備わっているからあんまり使いたくない。とくにテンペスト・シリンダーの機能そのものに関わることには]


[分かった]


[大気と海中に散布されている野生のノヴァウイルスに関しては…とりあえずポセイドンとバベルで調べて欲しい。ポセイドンは海中、バベルは大気、気象庁の観測データをこっちに渡してもらうようわたしから話を通しておくから]


[わ、分かった]


[任して!よろしくなタンホイザー!]


[い、いや、別行動だから…]


[判明した事実でも不審に思った点でも、何でもいいからラムウに報告するように。実作業は彼に一任する]


[私だけ随分と忙しいな、誰かの手を借りても?]


[構わない。──もしくはお友達に声をかけてくれてもいいよ]


[………]


[ラムウにお友達?そんなんおるわけないやろ、下手すりゃタンホイザーより人付き合い悪いのに]


[たった一言で二人を敵に回した君の喋りも大したものだよ]


(抜け目の無いマキナ。ラムウもヴァルヴエンドの使者と会っていたことを知っていたのね…)


 一丸といってもやはりそう簡単にはいかない、マキナと言えども腹に抱えているものが違うのだから。

 この国一番のホテルの最上階、スウィートルームを借りて(職権乱用)マキナたちの会議をモニター越しに監視していた私の所へ来客があった。

 ホテルマンではない、そもそも何も頼んでいない。


「首尾は?」


 そう、主語も挨拶もなく一人の男が入室してきた。

 

「今のところ報告するような事は何も。せめてノックぐらいしてもらえませんか?」


「すまない、また案件処理になりそうな事件だったから気が()いていたよ」


「向こうは何と?」


「私と沖田君に任せるとさ。それから修理班についても調査しろと指示を出されている」


「あれは…あの時の班長が強行手段を取っただけで─」


「そっちじゃない、ここの特別独立個体機が接触してきたんだろう?」


(──ちっ、カマをかけられた)


「──と、あとは君のその話かな、その強行手段とやらについてもレポートを出してくれ」


「分かりました」


 やはり動いた星察官(せいさつかん)、私たち星監士が集めた情報、証拠を元にテンペスト・シリンダーで発生した事件を起訴するか否かを決定する人間、とでも言えばいいか。

 その実体は限りなくグレー寄りの黒、聞いた話によればウルフラグ本社の人間と内通しているとかいないとか。

 所詮は金だ、いつの世も人は周囲の幸福より自分の利益を優先する、きっとこの事件もウルフラグ本社に買い取られてこの男の懐だけが潤うのだろう。

 星察官の男も私の隣に腰を下ろしてモニターを見やっている。


「どうしてこう、マキナというものは仮想世界からこっちに干渉する時はそれぞれの姿で現れるのだろうな。外見に個性を求めるその心理が理解できない」


「アイデンティティの表れでしょう、彼らの行動原理をデザインした研究者たちも一昔前の人間たちですし」


「自分が自分らしくあるためにまずは外見から、ね〜。経年劣化していく外見にそんなものを求めてどうするのか、昔の人間は随分と刹那的な生き方をしていたようだ」


「あるいは単に見分け易くするためなのでは?ゼウスやプロメテウスのように外見を統一してしまうと周囲との齟齬が発生してしまうでしょう」


「まあ、そういう見方もあるか」


 男がテーブルの上に乗せられていたミネラルウォーターを手に取った。私が飲もうと買ってきた物だ。


(確かにあなたのその傲慢さは外見では表せないものね〜)


 モニターでは順次討議が進み、一番の問題であるテンペスト・シリンダーの修復に話が移っていた。


[──では最後、空いた穴の修復についてなんだけれど…タイタニスがいないから修復作業に必要な資材の量すら分からないしそもそも直す方法すら分からない…これは困った]


 男が私に尋ねる。


「あの時の現地人は?」


「生きていますよ、目下捜索中です」


「修理班へ要請は?」


「もう既に現着済みです」


 男が興味を失ったようにモニターへ再び視線を戻した。


[ドゥクスに要請をかけてマリーン内の高度制限を解除、その後は現地人も交えて現場を視察するしかない]


[それが一番現実的なのかな]


[そうであれば余の出番であるな!クラーケンなら何でも乗せられるぞい!]


[うん、そうしよう。ティアマトとハデスはオーディンと政府の間を取り持ってくれる?]


[分かったわ[─待たぬか!何故此奴が!]


[あなた、口を開けば喧嘩ばかりじゃない。私とハデスならある程度顔も知れているし、何より安全に交渉ができる]


[うんうん]


[ぬぅ〜〜〜!それならディアボロス[僕は駄目だぞ、やる事があるんだから]


[ぬぅ…分かった]


[あ〜俺もそっちに交ざりたいわ〜天使のようなロリっ子が二人もおるなんて…ハデスが羨ましい!]


[こいつリブートしたの間違いだったんじゃない?]


[実はわたしもそう思っていた]


[そ、そんな冗談やんか…]


[ドゥクスへの要請はグガランナとテンペスト、二人に任せる]


[私一人で十分です、グガランナにはセントエルモ・コクアのサポートがありますから。それから政府との交渉役にピメリアを推薦します、彼女ほど有能な人材はいません[ぐぬぬっ……!]プログラム・ガイア、拗ねないでください]


 彼女たちの様子を見ていた星察官の男が鼻で笑い、「まるでおままごとのようだ」と吐き捨てた。


[──では、それぞれの役目に従い行動を開始して。何か問題が発生した時は即一報するように、昨今は何かとコンプライアンスに厳しい時代だから報告を受けなかったというだけで注意されてしまう。嫌な世の中だ──と、それから…]


「……っ」

「まあ…バレてたのね」


 私も男も驚いた、プログラム・ガイアが監視カメラにすっと視線を合わせてきたからだ。


[どうせ見ているんでしょう?ヴァルヴエンドの人たち。見ての通りわたしたちだけで大丈夫だから今すぐこの場から退去することをお勧めする]


「…こっちの音声は?」

「…さあね、どうでしょう」


[あなたたちが絡むとほんとロクな事にならない、わたしたちマキナからしてみれば良い迷惑。ここまでして自分たちの立場とプライドを守りたいの?それなら新しい土地を見つけるなり何なりして次の指導者になろうと思わないのかな?……まあどちらでも良いけど]


 プログラム・ガイアの外見は年端もいかない少女、その少女がゆっくりと片手を上げ、カメラに向かって中指を立ててこう言った。──所謂"マザー・ファッカー"、下品にも程がある。


[バイバイ]


 その言葉を合図にして部屋の明かりが全て消灯、モニターも空調設備も何もかもが一瞬でダウンしてしまった。非常灯の明かりすら点かない。

 これは明確な挑発行為、それも星察官に向かって。


「──こちらの方針が決まったよ、君も頃合いを見て向こうに戻るといい」


「今ので頭に来ましたか?随分と純粋な心をお持ちのようで」


「…………」


 男は何も言わず私の傍から離れ、そして少し荒々しく歩きながら部屋の出口へ向かった。

 さて、私としてはどちらの味方でもないしだからと言ってプログラム・ガイアの敵に回るつもりもない。ただ、少しばかり面倒な事になってしまった。

 本来であればテンペスト・シリンダーのマキナたちは私たちの存在について知らされることはない、それでもこのマリーンのマキナが星管連盟の事を知っているのはドゥクスの教養の賜物である。

 プログラム・ガイアの"マザー・ファッカー"が明確な敵対行動と見做され修理班の追加投入がなされる事だろう、その決定の是非を監視するのもまた、私の仕事と言えば仕事である。


(まあ良いでしょう。このマリーンはやはり他所と比べて少し毛色が違うようだし…長居できる理由が増えたわ)


 薄暗い部屋の中、最も新しく歴史が短いテンペスト・シリンダーの行く末を想う。



 三日目。

 マリーンのマキナたちは決定事項に従い、何ら蛇行することなく真っ直ぐに突き進み、そしてたった一日でウルフラグ国内に存在するノヴァウイルスの約四〇パーセントを回収することに成功した。

 ディアボロスの権能─国民一人一人のバイタルチェックという、正気の沙汰とは思えない仕事─を駆使し、"何処の誰がいくつノヴァウイルスを所有をしているのか"という事実を明るみにした後、ウルフラグ国内の企業約六万社に対して電子メール一斉送信、それに応じたのが約一万社足らずで残りは"無視"という対応を取った。

 まあ無理もない、何せノヴァウイルスはナノ・ジュエルと同じ効果を持っているのだからその真実を理解出来なくとも金の成る木を手放したくなかったのだ。

 だが、ディアボロスはティアマトが生成した子機"ラハム"を使い返答をしなかった企業に対して"絨毯爆撃訪問"を行ない、「対応に応じなければこの場で爆発してやる」と宣言した。ただの脅しである。

 しかし、各企業はこの暴動に屈して潔くノヴァウイルスを手放すことを選択した。「こんな下らない事で社屋を傷付けられたとなったら末代までの恥」だそうだ。

 これに対しディアボロスは(今さらだと思うけど)きっちりと礼を述べ、「事態が収束した暁にはナノ・ジュエルの優先的使用権を譲渡する」と約束して帰った。

 所謂"アメとムチ"というものだ。

 次に陸軍の回収に向かったラムウ・オリエントは一波乱が起こった、陸軍幹部が彼の来訪に対し抗戦した為である。

 だがしかし、ラムウ・オリエントは以前から密偵を放っていたようであり、内部からあっさりと切り崩された陸軍方面基地は戦闘が開始してからものの一時間で陥落、他のウルフラグ国防軍にあえなく占拠されてしまった。

 半ば"無血開城"を果たしたラムウ・オリエントは一躍時の人となり、今見ているモーニングショーでも彼の勇姿が映し出されていた。

 密偵に関しては何も情報は入って来ない、どうやら直前まで首都圏内にある国内有数の大学に居たようである、その訪問目的も不明。


(いいわ〜ああいう男らしい男の人って男でも憧れるのよね〜マキナだけど)


 私は別に外見に個性を求めるのも悪くはないと思っている、何なら"外見"こそ多様に変えられるのだからその時の気分によっていくらでもいじれば良い。

 あの男、星察官は外見に拘らず中身こそ重要であると発言したが...それは自分に自信が持てない裏返しとも取れる。"鏡の逆法則"だ。

 自分の内面を他人に悟られないため、あるいは隠したい時はあえて興味があるもの、大事にしている事を他人の前で傷付け、あたかも執着していないように見せる人の心理状態の一つ。高すぎるプライドと子鹿のような臆病さが成せる技でもある。


「──あの男の事はどうでも良い。私も自分の仕事をしなければ…」


 あ、そうそう、プログラム・ガイアのせいで私は晴れて一般のビジネスホテルにランクダウンである。何も晴れていない。

 固いベッドに着心地が悪いガウン、生温いミネラルウォーターになんだったら部屋全体が臭い、モニターも小さい、良い所なんか一つもないホテルだ、でも昨日は逃げ出さなければならずあのまま滞在することは許されなかった。何せ不法侵入した事に変わりはないんだし。

 疲れ切っていた昨日はさして気にすることもなかったけれど、こうして元気を取り戻してみれば途端に嫌な所ばかりが目について...


「こんな臭い部屋はさっさとおさらばして仕事場に向かいましょう」


 これまさか...煙草?あの万病を招くと言われていた古代の嗜好品の臭い?


「最悪ね…この臭い…」


 自分の肺が汚れていなければ良いが。



 四日目。

 最悪なビジネスホテルから中堅クラスのホテルに鞍替えした私の元に、修理班の別働隊がやって来ていた。

 

「かくかくしかじかまるまるうまうま」

 

 一通り報告した後は素早く退去──するかに思われたが何を考えているのか私の部屋で寛ぎ始めた。


「いや〜ちょっと見たいアニメがありまして…これ消化したらすぐ帰りますんで」

 

「何を見ているのよ」


「一人ぼっちの女の子がロックスターになるアニメです」


「それのどこが面白いの?」


 これがまた...勧められるがまま見たこのアニメが面白くてつい...所々実写が混じえられて手が込んでいたり、主人公は暗い性格なのに周りのキャラクターがそれをカバーしたり、とくに感動したのが女性的な部分を強調して演出しない所だった。

 胸やお尻、脚など殆どが"平ら"に描かれており、性的な興奮を覚えることなく、それでいてキャラクターに対して好感を覚える事ができた。これほど純粋な好感を与えられるアニメは稀ではないだろうか。

 ──などと別働隊の人とアニメの品評会を始めてしまい、仕事どころではなくなってしまった。


「いや〜あなたは分かってる、あなたはアニメの良さをほんと分かってる」


「娯楽的消耗品に飢えているだけよ」


「あ〜向こうでは購入するのも制限がありますからね〜」


「あれ何?こっちはそんな規制全然無いのにただ個人の性格に多大な影響を与えるからっていう理由だけであそこまで規制するもなの?」


「そりゃするんじゃないですか?適性外の職業に夢見て後悔するのはその人なんですから」


「身も蓋もない…」


「だからこうして遠征した時に──」


 さらに盛り上がりかけた所へ新しい人影が現れた、星察官の男だ。私のプライベートはどこへ?


「何をしているのかと思えば…」


「──あっヤっべ…」


 マキナ周辺を調べていた修理班、どうやら別に仕事があったらしい。いつまで経っても現れない修理班の班長を探しに星察官の男が探しに来たのだろう。だから私のプライベートはどこへ?

 苛立ちながら男が私へ視線を寄越した。


「沖田君、君は確かオリジンの人間とパイプがあったね?」


「それが何か?」


 "オリジン"とはアジア方面にある第一テンペスト・シリンダーの事である。全ての始まりにしてその原点、だから皆は"オリジン"と呼んでいる。


「彼女たちにも要請をかけて現地人の接触を阻止しろ。やっている事は立派だが、立派な規約違反だ」


「──ああ、プロメテウスが更迭されたから慎重になっているのですね。確かに現地人がテンペスト・シリンダーの─「─いいからコンタクトを取れ!」


 問題無用でピシャリと一喝、これが直属の上司なら即刻パワハラでチクっていたところだ。

 今からこき使われるであろう可哀想な班長を見送り私も自分の仕事に取り掛かる。班長から預かった報告内容を簡潔にまとめ、次にティアマトとハデス、それからクラーケンという化け物みたいな子機を従えているオーディンの動向を探った。

 ガイア・サーバーにアクセスしてマキナたちの"目"を使い監視しようとしたのだが...


(……?安定しないのは何故……?)


 だがそれも一瞬のこと、すぐにティアマト、ハデス、それからオーディンの三人がウルフラグ国内の港にいる所に画面が変わり、さらに数隻の軍艦も海に浮かべられている所が映し出された。


(修理班が何かやった…?通信プロトコルをいじったのかしら…)

 

 "プロトコル"とは言わば手順の事を差す。これこれこのようにという手順を踏んでこことあそこを結んでいるのだが...ガイアの回線が乱れるだなんて前代未聞である。


(後で確認を取りましょう。今はそれよりも…)


 桟橋で三人が円になり難しい顔をしながら何やら相談事をしている。


[──テンペストからの返事はまだか!折角こうして舞台が整ったというのに!]


[分かってると思うけど戦いに行くんじゃないんだからな?そこんとこ履き違えるなよ]


[分かっておらん、貴様は何も分かっておらん!あのヴァルヴなんたらの連中が邪魔してくるに違いない!だから余は軍に増援を頼んだのだ!]


(さすがは軍の将…勘が良い…)


 ティアマトが付近を通りかかった軍の人間を呼び止めた。


[──ちょっと良いかし──ああ?!ちょ、何をするのよ!]


 呼ばれた軍人が凄い勢いで傅き、ティアマトの細い体を抱きしめていた。


[噂に聞いたお母さん天使…光栄です!]


[だからって何で抱きしめる?]


[お母さん天使に呼ばれた人はその日一日幸運が舞い降りるという噂が隊内で持ちきりなのです!]


 ちなみこの軍人は女性である。


[──ティアマトめ〜そうやって息を吐くように人間を虜にしおってからに……ほら!余は?!余はどうなのだ?!此奴に負けじ劣らず可憐であろう?!]


[オーディンさんはどっちかと言うと男性に人気が…その格好は今すぐに止めた方がいいですよ]


[お姉さん、こんな奴ら無視していいから[─こんな奴って言うな!]×2


[うるさいなあ…それよりちょっといい?応援をお願いした空軍ってどうなってる?]


[す、少しお待ちください、今確認を取りますので──[そんな事よりこの格好を止めよというのはどういう事なのだ?]


[オーディン!邪魔しちゃ駄目!今電話をしているんだから!]


[良いではないか少しぐらい教えてくれても!──そういう貴様もその者の手を握っておるではないか!]


[だって冷んやりしてて気持ちが良いもの]


[え、マジで?]

[え、じゃあ余も]


 と、大人一人にたかる三人の子供の場面がここから暫く続き、私は一体何を監視しているんだと疑問に思い始めたところで事態が動いた。


[ようやくテンペストから返事があったぞい!今すぐ出陣じゃ〜〜〜!]


 際どい水着姿のオーディンがそう音頭を取り、慌ただしく出港の準備に入っていく。だが──。


(ドゥクス・コンキリオとコンタクトが取れた…?彼はまだ調整中のはずよ──まさかあの男…)


 先程会った修理班の班長からそう聞かされている、彼らがここにやって来たのはドゥクス・コンキリオのマテリアル・コアの調整の為だ。

 彼のマテリアル・コアは今なお沈黙、彼の素性を知らなかった当のプロメテウス・ガイアは今ごろ処罰されているだろう、その報告も受けた。


(星察官が当事者に成り代わって事件に関与するのは法律違反ではないのかしら…法律は詳しくないけど絶対面倒事になる…)


 どっちに転んでも良いように手は打とう。



 煙たがられた。

 オリジン出身のあの二人とマキナの二人に経緯をかくかくうまうまと説明し、ヴァルヴエンドと現地人が衝突しないよう頃合いを見て介入してほしいと依頼すると、「そもそもあなたはマリーンの味方ではなかったのですか?」と。

 そりゃ疑われるのも無理はない、こちらだって一枚岩ではないし現場を指揮する人間の私情によっていくらでもコントロールされてしまう。かと言って、こんな事情までしかじかまるまると説明するわけにはいかず、中途半端な物言いに終わってしまっていた。

 それでも彼女たちは依頼を引き受けてくれた。いつの世も、管理者同士の不和による不始末は現場の人間が尻拭いをする。

 個々人の精神的道徳観念は大昔と比べて飛躍的に進化し多様化を遂げたが、組織的人間関係論はいつまで経っても昔のまま。結局上司から部下に対する"押し付け"で仕事が成り立っていた。

 こちらで手を打っている間にマリーンのマキナ三名とウルフラグ国防軍の混成部隊は無事に出港を遂げ、明日の夕方頃に当該海域に到着する予定で船の帆を広げた。──かに思われたが早速アクシデント。


[そんな悠長なことは言っておれん!一刻も早く天井の調査に赴くのだ!良いな!]


[よ、良いなと言われても…マキナっ子は元気だな]


[クラーケン!必要な船と人員だけ収容した後、スピードプラスで先行するぞ!]


[かしこまり〜]


[──な、なんだっ?!あ、あの化け物はっ?!お前の配下だったのかっ!!]


 海軍大佐を名乗る男が船の進行方向に現れた大型のイカを見て目玉を剥いている。確かにあれは以前、ウルフラグの近海に現れあの変態パイロットと相対したオーディン・ジュヴィの子機であった。

 クラーケンと呼ばれた子機がそのしなるような触腕を伸ばし、混成部隊の旗艦を務める船の甲板にタッチした。


[さあ乗るが良い!あやつなら今日中にカウネナナイに行けるぞ!]


 オーディン・ジュヴィが問答無用で大佐を引き摺り、そして後は言われるがままに部隊を分けて搭乗(?)を済ませた。


「これ、あの男は間に合うのかしら…一応連絡だけ入れておきましょうか後で文句を言われるのも嫌だし」

 

 クラーケンは述べ二〇〇メートルに及ぶ柔軟軽合金素材で作られた"船"である、あれで分類は"船"である。

 体積の約七〇パーセントが主推進機関で埋められているという、とんでもないイロモノだがその速度はやはり凄まじく、本人が言っていた通りあっと言う間に海を渡ることができる。

 内部機関にはオリジンでもその名を轟かせた人型機にも使用されているパノラマ型仮想表示式コクピットが採用されており、さらに搭乗者を保護するためヘキサゴン防護フィールドが使われている。五角形だった?どっちか忘れた。

 あのクラーケンが誕生できたのは一重にヴァルヴエンドが持つ工業生産能力とその技術力にあり、それらをマリーンに譲渡したのが...ドゥクス・コンキリオだ。

 今回の事件の重要参考人ではあるが未だコンタクトが取れていない。以前、特別独立個体機のガングニールからハッキングを受けた際の傷がたたっているらしく、物理的な接触が不可能な状態が続いている。マキナたちがこの国の総理大臣と会した時に確保出来なかったのは大きな痛手であった。


「プロメテウスとは名ばかりの存在ね」


 独りごちた後も彼らはクラーケンを駆って海を渡り、ものの数時間足らずで目的の海域に到着していた。

 私はその間暇だったので班長に教えてもらったアニメの原作コミックを大人買いして一気に読んでいた。あと少しで対バンの結果発表だというのに、連絡が入ってしまったので対応せざるを得なかった。


(気になる気になる気になる気になる…ネット投票の結果を遊園地で待つってどんな神経しているのよ)


 お相手はやはり星察官だった。


[あのクラーケンの製造元を調べておけ]


「私のオールハッキングはテンペスト・シリンダー内のみですよ。自国でそれやったら一発で首が飛ぶんですが」


[──ちっ。まあいい、どうせあの男だ、余計な知恵を与えやがって……デビラリティを恐れていたのはお前だったろうに]


「それで、どうかされましたか?こちらから出来る事は何もありませんよ」


[指定するカメラの映像を切れ、それだけで良い]


(ほんと屑)


 ええ、とか、はあ、とか適当に返事をしながら通話を切る。

 それみろ案の定だ。あの男、現場にまで足を踏み入れて邪魔をするつもりらしい。


(いやまあ確かに現地人がテンペスト・シリンダーの内部構造に触れないよう配慮したって言えば法廷では通るんでしょうけど)


 目標海域に到着したクラーケンは即座に海面へ浮上、その巨体に積み込んだ特個体を順次発進させた。

 ウルフラグ空軍籍の特個体にはパイロットの他に一般市民も乗り合わせている、このままま天井まで高度を上げていけば、穴が空いた箇所を視認できるはず。

 ──ドゥクス・コンキリオとコンタクトが取れていれば、の話だ。


[上限高度に到達…え、本当にここからさらに上昇できるんですか?エンジンパラメーターはいつもと変わりありませんが…]


 パイロットの一人がそう報告し、その報告を聞いた船では大慌てである。


[どうなっているんだオーディン・ジュヴィ、いつもと変わらないじゃないか]


[そんなはずはなかろう!確かにテンペストから高度制限は解除できたと…]


[今さらお前たちが嘘を吐いているとは思えんが、高度を上げられないんなら作戦は続行できないぞ]


[うう〜ん…?どうなっておるのだ…]


 オーディン・ジュヴィが首を大きく捻った時、高高度にいたパイロットが悲鳴を上げた。


[ロックオンロックオン!位置確認されたし!ロックオンロックオン!]


(あの男ね…)


 事実を知らない彼らはさらに大慌て、中にはカウネナナイの裏切りにあったと吠える士官さえいた。


[ちゃんと入国許可を取ったんだろうなあ?!]


[取りましたとも!]


[だったら何で攻撃されるんだ!──艦よりパイロットへ!応戦せずに戻って来い!仕切り直しだ!]


 発射されたのは自動追尾式の飛翔体、所謂ミサイルであった。あの男の息がかかったミサイルはぐんぐんと高度を上げ、一般市民を乗せた特個体を目がけて名の通り飛翔していく。

 待機命令を出していたオリジンのマキナ、グガランナから通信が入る。


[私たちはどうすれば良いのかしら?このまま見過ごせばいいの?]


「…彼らが自力で回避出来ないようであれば援護を」


[随分と難しい注文だこと──あ]


「……あ?あって何ですか、あって──」


 こちらとしては彼女たちの存在を星察官に知られたくはなかった、後々面倒だし。だから極力介入は避け、命に関わるような事があればその時にお願いしようと思っていたのだが...どうしてグガランナが「あ」と間抜けに言ったのかすぐに分かった。

 別方向からさらにミサイルが発射されたからだ、追加の攻撃ではない、迎撃用に。


「あいた〜〜〜〜〜〜〜」


 発射された迎撃用ミサイルはぐんぐんと高度を上げて無事に撃ち落とし、真っ青の空に三つの花火を上げた。

 ウルフラグの船では三度大騒ぎである。


[な、何だ今のは何処からだ?!誰が我々の援護をしたんだっ!!何なんだここはっ?!]


 パニックになるのも無理はない、今の援護はオリジンのパイロットからされたものだ。

 案の定、通信が入る、お相手は今しがた邪魔をされてご立腹になっているはずの星察官である。

 

(面倒な事になったわね〜あのタイミングで邪魔に入れるのは私だけって奴も知っているんだわ、だから電話を…いやそもそも彼女たちに依頼を出した時点で私も自分の職務から逸脱しているんだし…)


 現場の勝手な判断はいつもの事。そのケツ持ちをするのも私たち管理者であるのもいつもの事である。


「──敵に回りましょう。けれど証拠は残さず鮮やかに、艶やかに」


 鳴り続けていた端末を半分に割ってゴミ箱へ、気分を切り替えてオリジンのグガランナへ次の指示を出した。


「グガランナさん、お二人に伝えてください。この海域にマリーン籍ではない、あるいはIFFを偽装している特個体がいるはずです、その機体を墜としてくださいと」


[──ウルフラグの船から三〇キロ圏内にカウネナナイと思われる機体が四、もしかしてこれかしら?]


「おそらくは、念のため救難信号を出させてください。IFFは偽装できてもチャンネルまでは合わせられないはずですから」


[…………解答無し。これと見て間違いなさそうね、攻撃指示を出すわよ、本当にいいのね?]


「あれ、もしかして私の心配を?」


[当たり前でしょう、あの機体に乗っているのはあなたと同じ所から来た人なんでしょう?]


「同じ国同士でも殺し合いはしますよ」


[…分かったわ]


 それから程なくしてIFFを偽装していた機体が海に沈み、大事になる前に何とか事態を終息させることができた。

 だが、彼らの目的は何も達せられていない。高度制限が解除されていないので天井に到達することができないのだ。おそらくオーディン・ジュヴィが受け取った連絡は偽物、あの男がデマを流したのだろう。

 となれば、私の出番である。

 本部へかくかくしかじかと状況を説明し、同時に赴任したあの男の越権行為も報告、現地人との一時的なコンタクトの許可を求め、そして意外にもすんなりと下りた。


[承認しました。報告外の行動を厳禁とし、文化保護法に抵触しないよう努めてください]


 手を打つのは早い方が良い、別の端末を胸ポケットにしまい次の行動に移った。


(あの男、もしかしたら連盟からも嫌われているのかもしれないわね。くわばらくわばら…)


 ガイア・サーバー経由でオーディン・ジュヴィとコンタクト、モニター越しにびくりと体を震わせる小さな体が映った。


[──何奴?!]


 彼女の突然の誰何に場にいた人間が何事かと驚いている。これはいきなり失敗したかもしれない。


(内密に済ませたかったんだけど…)


「どうも初めまして、私は星監士の沖田きよみと申します。あなた方の行動は初日から監視していました」


[……貴様か、先程のミサイルは貴様がやった事なのか?!]


「違いますよ、私はあなたたちの味方のつもりです」


[信じられるかこのたわけ!顔も見せぬ相手の戯言など誰が信じるか!]


「私は信用してほしくてあなたとコンタクトを取ったのではありません。こちらで機体の高度制限を解除しておきますので作戦を続行してください」


[それで貴様にとって何の得がある?手助けをする理由を答えよ!]


「それが私の仕事だからですよ。星の監視者たる星監士はそのテンペスト・シリンダーが平和であれば無用な存在、だから手を貸しているのです」


[…………]


 オーディン・ジュヴィは明後日の方向を睨み続けている、私の言葉を吟味しているのだろう。


[……一先ずは信じよう。しかし、下手な真似をすればただではおかん、覚えておけ]


「ここはありがとうと言うところでは?手を貸してくれた相手に失礼ではありませんか?」


[あ、ご、ごめんなさい…ありがとうございました]


 随分と素直な。

 私が行なったオールハッキングのお陰で機体が再び離陸し、今度こそテンペスト・シリンダーの天井へ飛翔を開始した。

 ドゥクス・コンキリオが仕掛けた制限を突破し、さらに上がっていく高度を前にしてパイロットたちは少々興奮気味である。

 そしてついに、二〇〇〇年に渡って閉じ込められていたマリーンの現地人がその天井に到達した。同乗している調査員も興奮気味に解説している。


[こ、これは…本当に空の裏側に…信じられない、夢を見ているようだ…]


[調査隊からブリッジへ、このまま天井の裏側に突入しても?一緒に乗っている研究者があそこで降ろせとうるさいんですが]


[現高度にて待機せよ。見える限りで構わないから調査しろ]


 オーディン・ジュヴィが再び沈黙、おそらく別のマキナに人を突入させても良いか確認を取っているのだろう。

 仮想展開型風景を真近で観察している調査員はしきりに唸っていた。


[あんなに薄いモニターがあったなんて…それでいて解像度も高い…柔軟性もあるのか…?あれを採取するのは?]


 パイロットが苦言を呈する。


[そんなの無理に決まっているでしょ、まさかコクピットを開けろと?冗談じゃない]


[見る限りでは穴の崩落が始まっている、最初に空いた穴の直径はせいぜい五〇メートル規模、その証拠が天井裏の穴の大きさだ]


 海軍大佐が尋ねる。


[現在の穴の大きさは?地上からでも見えるぐらいだから聞かずとも分かるが…]


[少なく見積もっても数百メートル以上…もしかしたらキロを超えているか──あ!落ちてきた落ちてきた!拾って拾って!]


[んな無茶な──ああ拾ってやるよ!]


 調査員が叫んだ通り、仮想展開型風景を映し出していたモニターの一部が破片となって落ちてきた。パイロットの腕が余程良いのか、その一部を破損させることなくキャッチしてみせた。

 これは良くない...んだけど、どうしようもない。この瞬間から彼らは独自の技術体系から外れた事になる、きっとこれから採取したモニターを復元するためマリーン中の技術者が躍起になることだろう。

 こうして技術的逸脱点、所謂デビラリティが発生した事になる。

 実を言えばデビラリティが発生したテンペスト・シリンダーはここだけではない、だが、その道を辿った全てテンペスト・シリンダーが平和になったかと言えばその限りでもない。醜い最後を遂げた所もある、まだ一基だけだが...

 遅ればせながら確認を終えたオーディン・ジュヴィが通信機に向かって指示を出していた。


[聞こえておるか人の子よ!内部に突入してはならん!それから破片の一つたりとて採取はするな!]


[もう遅い]


[え?──ああ…もう既に…]


 最新技術どころか未知が詰まったモニターの一部を手に入れた調査隊はもう興奮状態。あの状態から手に入れた物を手放すことは困難だと、オーディン・ジュヴィも悟ったのだろう。

 こうして四日目の作戦が終わり、酷い温度差を持ったクラーケンがウルフラグへと帰港を果たした。

 この時、ウルフラグ国防軍がカウネナナイに残った民間人を回収しなかったのは政治的な取引きがあったからだ。事前の入国審査の際、「国土に入らない事」と条件を突きつけられている。

 その理由は不明だ。



 五日目。

 無事に傍観者から当時者化を果たした私はプログラム・ガイアから呼び出しを受けていた。


(嫌なんだけど…嫌なんだけど今さら昨日の事を無かったことには出来ない…嫌なんだけど)


 呼び出されたのは昨日回収したモニターを収容している海軍の方面基地だ。昨日の作戦指揮を取っていたアーセット・シュナイダー大佐の根城でもある埠頭に到着して早々、マキナから歓待を受けてしまった。

 どうやら私を逃すつもりはないらしい。


「昨日はオーディン・ジュヴィ並びに調査隊がお世話になりました。本人に代わって御礼申し上げます」


 そう、丁寧な謝辞を述べたのはテンペスト・ガイアだった。初々しさが残る面差しに手入れが行き届いた黒い髪、ノースリーブのブラウスに薄い桃色のロングパンツを履いている、春先らしい爽やかな出立ちだった。

 勿論私も負けていない。


「ご丁寧な挨拶痛み入ります。こちらとしては多分に私情が絡んだ結果の行動ゆえ、そうお礼を申されてしまったら申し訳なさの方が募りますね」


「……お気になさらず。昨日、私に化けてオーディンと連絡を取った人物にも心当たりがあるのでしょう?」


「さあ、それに関しては私の方からは何とも。そもそもこうして会うこと自体が禁止されている身ですので、何かと穏便に済ませたいと考えています」


「穏便に済まないと判断したから私たちの申し出を受けたのではなくて?きっとマリーンの生活もお気に召すと思いますよ」


「あらやだ、もう私のクビが確定したみたいな言い方をして」


 テンペスト・ガイアがくすくすと笑い、そして先に歩き出した。

 こうしてマリーンの土地に足を踏み入れるのは初めてである。私が生まれた育った場所とは似ても似つかず、空気の濃さに眩暈がした覚えだった。


(呼吸する度に胸が殴られるような…それでいて吐き出した後は胸が軽くなるような…)


 海の香りにはもう慣れた、髪がパサついてお手入れがとんでもなく大変になるが海のあの壮大な景色も気に入り始めている。

 そしてマリーンのこの大自然を表した空気も、躍動するように靡く梢枝も、肌にまとわりつく湿気も、段々と気に入り始めていた。


(星監士として失格ね。確かにあの先輩の言う通りだわ)


 テンペスト・ガイアに案内された場所は会議室などではなく、何故だか屋外だった。

 船を管理しているコントロール塔の真ん前、湾曲した桟橋に遠くに見えるウルフラグの街並み、それから堂々たる佇まいを見せる戦艦の群れ、それらが一度に堪能できる高台だった。

 きっとここに勤める人たちの憩いの場なのだろう、そこにマキナのお歴々、それからシュナイダー大佐も同席していた。

 中心にプログラム・ガイアが立っており、そこから左右にマキナたちが並んで円になっていた。

 その輪に私も加わった途端、プログラム・ガイアが一言。


「何その格好」


「見ての通りですよ、今日の為におめかしをしてきたのです。野暮ったい格好は皆様に失礼でしょう?」


「そ、それが正装だということ…?服のセンスが良く分からない」


 やはり中性的過ぎただろうか...?

 生意気そうな瞳を向け、ディアボロスが私の服装を評した。


「闇鍋みたいだな…お前のその格好。男物のジャケットにフレアスカート、そしてさらにその下にはスラックスって…それにその髪の色は何だ?目がチカチカする」


「まあ酷い言われよう…テンペスト・ガイアさんには何も言われませんでしたけど」


 彼女に視線を送ると、秒で逸らされた。


「…すみません、どう反応すれば良いのか分からなくてスルーしました」


「まあ酷い!──向こうではこのスタイルが流行りなんだけどね〜」


「うん、わたしはその話を聞きたくて君を呼んだんだ。君には悪いけれどこちらに加担してもらうよ、いいね?ヴァルブエンドからの来訪者」


「ええ勿論、私も私の為に皆様方とお仕事をさせていただきます」


「昨日、オーディンたちを守ってくれたのは君の部下?」


 秒で本題に入った。


「いいえ、オリジン出身の協力者です。紹介は出来ません、ご了承ください」


「構わない、その人たちにお礼を伝えておいて。それから君がここを監視することになった理由を教えて」


「そのオリジンからノヴァウイルスなるものが感染したからです」


「本当に?」


「と、申しますと?」


「──何でもない、君がここに来た理由はさほど重要ではない」


「出ていく条件が重要だと?」


「その通り、わたしたちの目的はあくまでもマリーンの平和であって君たちと敵対することではない。星管連盟のお目付けを手元に置いた方がこちらとしてもやり易い、君の仕事が終わるということはすなわちマリーンの平和を差す、だから呼んだ」


 全くもってその通り、プログラム・ガイアの言う通りである。

 ただ、この時私のような存在を"監視"するか彼女のように"手元に置きたがる"かはマキナそれぞれ、と言っておこう。


(それに微妙に釘を刺されたわ…状況によっては私とも敵対すると…まあ当然ね)


「互いの立場が明確になったところで…これからどうされるおつもりですか?何かプランでも?」


「ある。ノヴァウイルスをかき集めるだけ集めて最後はマイクロ波で廃棄処分にする、名付けてウイルスレンチン作戦」


「あれ、火葬するのではなかったのですか?」


「皆んなから反対された、そんな大量に焼ける場所は無いって。だから海軍に頼み込んで船を貸してもらって、海の上でレンチンすることになった。それをあと五日間でやる」


「あと五日?期限があるのですか?」


「わたしは今回の介入を十日間戦争と名付けている。過去においてスロベニア独立戦争も十日間で終結したことからそれにならわせてもらった」


「なるほど…私たちがクロアチアだと言いたいのですね」


「良く知ってるね」


 西暦時代、中央ヨーロッパに位置するスロベニアは独立を宣言し、その直後から隣国のクロアチアから軍事進行を受けた。独立を止めさせる為にである。

 それから様々な国が介入し、裏切りや合併などを経て独立戦争は終結を迎えている、ざっくりとした説明だけど。


(クロアチアというよりEUかしらね…まあどっちでもいいわ)


「ノヴァウイルスの件は了解しました。空いた天井の補修作業は?」


「それを今から協議する」


「こんな所で?というかどうして屋外なんですか?」


 答えたのはシュナイダー大佐だった。潮風にびくともしない、強そうな髪をツンツンに立てている。


「それは君が良く知っているのではないか?」


「と、申しますと?」


「埠頭の管理センターが何者かにハッキングされた、朝から全員が締め出しを食らっているんだ」


「ああ…外に出てきたのではなくて中に入れない…」


 今度は今をときめくラムウ・オリエントが口を開いた。


「惚けても無駄だ。オーディンの口添えがあったから貴様をこの場に─「あらやだ良い男!!」──っ?!」


「ああごめんなさい、あなたを一目見た時からファンだったものですから。その大胸筋に触れても?」


「な、何なんだこいつは…ヴァルブエンドの連中はオカマだったのか?──あと絶対に触るなよ!」


「オカマだなんてそんな、性差別を無くした究極の人類ですよ私は。勿論女性と交際したことだってあります。今はあなたのような男らしい男が好みかな〜」


「…………「ラムウ、逃げたら駄目」


 無言で踵を返しかけたラムウの手をプログラム・ガイアが引っ張った。

 いや別に他意はなかったんだけど結果的にイニシアティブを握れたようである。皆んなドン引きしている、これが文明の差、悲しい。


「ハッキングを仕掛けた相手は間違いなく昨日調査隊を邪魔してきた男でしょう、私と同じ出身ですが目的と立場が違いますので今回は敵対することを選びました」


「その男の素性は?」


「私が見た外見をお伝えしても意味はないかと。それから彼にまつわる情報はこちらに伝えられることはありません、ま、向こうは私の事知っているんですが」


「それは何故?」


 まるで尋問だ。


「本来私と彼は協力関係にあります、立場はあちらの方が上。あなたも部下にまつわる情報を持っていても自分の情報を部下に伝えることはないでしょう?」


「確かに。では質問を変える、この状況を君の手で解決することは?」


「可能です」


 プログラム・ガイアが後を継いだ。


「君は何を望む?」


 話が早くて助かる。


「私がこうして当時者化してしまった経緯を証言していただければ。決して私情だけで違反を犯したわけではないと理解してもらえたら、まあ多少は罰も軽くなるでしょう」


「分かった。彼──彼女?とにかく沖田の意見に反対の者がいたら今すぐ海に飛び込んで」


 な、何なんだその採決の取り方は...これがマリーン流なのだろうか。

 無論、誰も海に飛び込もうとしなかった。ただのパワハラでは?


「君を歓迎する。残り五日間、マリーンの為に奮闘しようではないか」


「ええ、微力なら力添えをさせていただきます」


 この後、ハッキングされていた管理センターを奪還し、中に入って再び作戦会議を行なった。



「ほら、あなたも食べなさい、まだまだ会議が続くんだから」

「だから沖田は男なんだって。もっと肉肉しい物を食べさせてやれよ」

「ふん!これだからお子ちゃまは分かっておらぬ!果物は栄養価も高くて水分補給も出来る便利な食べ物なのだぞ!」

「ディアボロスがいなかったら何も出来ないくせに。沖田も言ってやれよ、お前の方がお子ちゃまだって」

「い、いや、私はとくには…」

「そ〜れ見たことか!きよみはもう既に余の偉大さが分かっておるのだ!な〜きよみ〜」


 何この状況、というか距離感おかしくない?

 私の周りにはティアマト、ハデス、そしてオーディンという、マリーンの中でも子供体型に属するマキナが集結していた、いやお昼の休憩をとっていた。


(え、私って実は子供に人気だった…?そんなはずはないんだけどいかんせん子供と出会ったことがないから…)


 賑やかしく三人が私にあれやこれやと食べ物を勧めてくる。昨日は敵愾心を隠そうとしなかったオーディンに至っては私の膝の上に着席していた。

 

「ところできよみよ、ナディがどうしているか分からぬか?」

 

「な、ナディ?それは一体誰なんですか?」


「余の可愛い家臣なり!そして貴様は二号だ!」


「そ、それはどうも…」


 こう懐かれるのはあまり好ましくない。対立関係が解消していざ離れようとしても離れられなくなってしまうからだ。そうやって第三者が当時者化し、その地域で新しい派閥を作り新しい争いを呼んでしまいかねない。

 だが、子供の扱いに慣れていなかった私は結局オーディン・ジュヴィの言う通りに調べてあげることにした。


「むむ?もしや貴様もマキナだったのか?」


 こめかみにあるセンサーをタッチし、電脳を立ち上げた。


「まさか、私の国ではこれが一般的ですよ。アナログ式の端末を使う時もありますがそれは仕事用です」


 自前の電脳からガイア・サーバーにアクセスし、そのナディとやらの人物のログを漁る。検索結果が出てくるまでの間、オーディン・ジュヴィにその人物は何奴と尋ねた。


「人の子でありながらこの余に頭を垂れた可愛い女子(おなご)だ。それから星を持っておる」


「その星とは?」


「星は星だ、スターじゃよスター!」


 意味が分からない。何か特別な思い入れでもあるのだろうか。


(──ん?)


 検索結果が網膜モニターに表示されるが、そこにお目当ての名前は無く、代わりに「ホシ・ヒイラギ」とあった。どうやらここ数日内に録画された記録映像のようである。

 

(バグ…?あのガイア・サーバーが?)


 これは...先日の通信プロトコルと合わせてプログラム・ガイアに報告した方が良いかもしれない。


「で?ナディはどうしておる?」

「オーディン、きよみに甘え過ぎよ、節度を弁えなさい」

「そうそう、お前の方が子供に見えるぞ」

「喧しい!余と大して変わらない貴様らが言うでないわ!」


 私の膝上でオーディン・ジュヴィが暴れ出した。小振りなお尻がぐりぐりと、こう、ぐりぐりと、子供に慣れていない私はいちいち反応してしまった。


「あ、ちょ、も、い、いい加減に降りなさい!」


 言われた通りぴょんと飛び降りたオーディン・ジュヴィがティアマト・カマリイに突っかかり、ハデスも巻き込んで基地の食堂からだっと駆けて行った。


「はあ〜〜〜………」


「子守りご苦労様」

「くぅー」


 いつの間にかプログラム・ガイアが背後に立っていたので驚いてしまった。

 食堂の窓向こうに昇る太陽を背にしているので本人の顔色は窺えない。


「と、突然現れるのですね…」


「見た?」


 その一言だけで肝を冷やした。


「み、見たとは?」


「ガイア・サーバーのログ。というかわたしを覗き見したでしょ」

「くぅ〜?」


 そんなはずはない、ガイア・サーバー内の記録映像を漁りはしたがプログラム・ガイアに直接アクセスした覚えはない、それにそんな権限は一介の星監士なんかが持っているはずがなかった。


(やはり…ガイア・サーバーに異常が起こっているわ…きちんと精査してから報告すべきね)


「…ん?どうかしたの?」


「いえ、オーディン・ジュヴィの知り合いを調べていたつもりがホシ・ヒイラギという人物の名前が出てきたものですから」


「ああ、彼か…で?その記録は再生したの?」


「いいえ、お目当ての物ではなかったのでとくには」


「そう。ならこちらから尋ねても良い?」


 そう言って動物の赤ちゃんを抱えたプログラム・ガイアが私の隣に腰を下ろした。

 食堂内は節電でもしているのかどこか薄暗く、そして外から入り込む陽の光りによってプログラム・ガイアの長い影がテーブルに落ちていた。


「そのホシ・ヒイラギという青年について尋ねたい。彼もヴァルブエンドの関係者?」


「そう思った経緯を訊いても?」


「彼は人の子ではない、マキナ。けれど誰の子機なのか分からない」


「出生したのはいつですか?」


「今から約二五年前、カウネナナイ領のルカナウア・カイという街の外れ。そこで初めてディアボロスに認知されて、そして即座にデータが改竄された」


「そのディアボロスの子機なのでは?」


 無言でふるふると首を振ってから、


「彼ではない。ディアボロスが認知したのが改竄されたデータだったから」


「……で、あれば確かに私たちを疑いたくなるのも理解できますが…その本人に子機としての自覚は?」


「無い。彼に事実を打ち明けたその日は大喧嘩になった。自分は人の子だ!って」

「くぅ〜…」


「──考えられるのはアンドルフの二機目を作ることが狙いかもしれません」


「アンドルフ?あのウルフラグ特別技術団の団長だった人物?」


「はい、そして世界で初めて電脳化手術を成功させた人物でもあります」


 彼の経歴は悲惨だった、その一言に尽きる。

 彼が電脳化に至った理由は生物学上の"死"の恐怖から逃れる為でもあったが、彼はテンペスト・シリンダーの行く末を"記憶"として"記録"していくことにあった──と、私たちは聞かされている。

 しかし、オリジンのプログラム・ガイアに難なく捕まってしまった彼は体の良い"後付けメモリーディスク"として利用され、己の使命も役目も全て奪われ、挙げ句の果てには数千年に渡って特別独立個体機の"信者"として生きていくことを強制されていた。いや、この場合"強制"という言い方は好ましくない、"洗脳"である。


「ヴァルブエンド側から、子機に子機としての自覚を与えずリリースするのはそれぐらいしか考えられません、一重に実験のため、と申しましょうか」

 

「仮にそれが事実だったとして本人に伝えるのは良いことだろうか」


「いや良くはないでしょう、簡単にアイデンティティが崩壊しますよ。そうなったら電子生物学上の死を意味します」


「その手の実験も君たちの故郷ではやっているんだね、実に悍ましい」


「だからあなたたちのように自我がきちんと確立したマキナが誕生しているのです──ま、今のは向こうの一般論で私もどうかと思いますけどね」


「ふんふん、君のその思考の方向性は服装にも良く表れていると言ってもいい」


「あらやだ褒められた!」


 ──何処かで見ていたらしい、あの星察官の男。


「く、く、くぅ〜〜〜!」


 私の悪ふざけの言葉を合図にしてか、食堂のシャッターが一人でに締まり始めた。

 窓、それから二つある入り口がシャッターによって完全に閉じられ、非常灯すら点かない暗闇の中に私たちが閉じ込められてしまった。


「これは君の言う男の仕業かな」


「そうでしょうね」


 この基地が戦闘になった時を考慮して作られた防御機能の一つだろう。幸い通信機能は落ちていないのですぐさま他のマキナ、それから基地を預かるシュナイダー大佐に連絡を入れた。

 向こうも似たような状況に陥っていた。


[閉じ込められたよ、基地にいる職員や士官も皆似たような状況だ。これは君を招いたからなのか、それとも元々目をつけられていたのか…]


「おそらく後者でしょうね、プログラム・ガイアはその男に中指を突き立てていましたから」


「お、大人気ないことをしてしまった…けど挑発した事に後悔はない」

「く、くぅ〜…」


「それ反省してるって言いませんよ?」


 段々と暗闇に目が慣れてきた、良く見やればプログラム・ガイアが私の袖口をちょんと掴んでいるではないか。やっぱり私には人気者の素質が?


[状況を改善できるか?]


「出来ますけれど…どうせまた邪魔が入ると思いますのでこのまま会議を続けましょう。終わる頃合いに解除すれば問題は無いかと」


[う、うむ…君がそう言うのであれば…]


 本当に会議を続けた。

 真っ暗闇の中、数時間に及ぶ対策会議は何とか実を結び、「高濃度酸性ガスの侵入の防止処置対策」という結論に至った。

 完全修復は不可能と判断し、であればある程度穴が空いた状態であってもガスの侵入させ防げれば生活環境に支障は無いとし、後日改めてカウネナナイ領に赴き特個体を用いた防止処置作業に取り掛かることとなった。


[でも本当に良いのか?その修復作業にシルキーを使っても。最初は反対だったじゃないか]と、苦言を呈するのはハデスだ。


[仕方がない、というのが素直な言い訳だ。この短時間で述べ数百メートルに及ぶ柔軟軽合金素材を用意することができない。オーディンがクラーケンを差し出してくれたら話は別だがな[さっきも言ったけど無理!!]


 あまりに大きい声だったので思わず端末から耳を遠ざけ、私のすぐ横にいたプログラム・ガイアにぶつかってしまった。やっぱ距離感おかしいわこの子ら。


[使用するノヴァウイルスはティアマトとテンペスト・ガイア、二人が用意してくれ。生成場所は──シュナイダー大佐、あなたが見繕ってくれ、我々では適当な場所が分からない]


[数百メートルに及ぶ金属を生成できる場所…だろう?明日中には解答しよう]


[それが決まり次第生成開始、それから再びカウネナナイに渡って作業、何とか残りの期間で終われなくもない。どうかなプログラム・ガイア、この日程で満足だろうか]


「申し分ない。それでは皆んな、マリーンの為によろしく頼む。露払いはわたしと沖田で行なっておく、何かあればすぐ連絡するように」


 それぞれから返事を受けて通話を切った。

 それと時を同じくして、基地に違法ハッキングを仕掛けたあの男の居場所が分かった。


「プログラム・ガイア、星察官の居場所が分かりました。どうしますか?」


「お灸を据えてあげてちょうだい。どうせ見逃そうが攻撃しようがまた邪魔をしてくるだろうし、こっちもやり返さないと気が済まない」


「どうやら彼は閉鎖された工場の事務棟にいるようですね、悪役にぴったりの居場所です」


「それならその工場にある設備を一斉稼働させてあげて。周りの人たちが不審がって通報するはずだから」


「それは面白そうですね、何なら私たちと同じように閉じ込めてあげましょう」


「あなたのアドレスをわたしに書き換えておいて、後々ややこしくならないように」


「気が効きますね」


「わたしのこと好きになった?」


「………」


 褒めた途端その返し?もしかしてプログラム・ガイアって結構ヤバい子...?

 その後、奴からのハッキングを解除し、今度はこっちが仕返しをしてストレスも解消し、ぼっちな女の子と似たシンパシーを感じた私はプログラム・ガイアに絶賛ドハマり中のコミック本を貸してあげた。

※次回 2022/12/24 20:00 更新予定

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