第二十四話 グガランナ・マテリアル、発進!
24.a
オレンジ色の光に照らされて、ティアマトさんがゲート前に立っていた。その顔は、真上に設置された蛍光灯の光りによって暗い影を落とし、表情がまるで分からない。二車線の道路に私達以外は誰もいない、警官隊が使っているであろう車も詰所の近くには無かった。
「あの、ティアマトさん…」
「…待ちなさいなアヤメ、私のマテリアルまで案内するわ」
いつものように何かを探るような話し方で、マギリについて聞こうとした私を止める。そのまま振り返り街の方へと歩いていく。
「あー…私はここで待ってるよ、アヤメ、端末は持ってきているよな?」
「あぁうん、ありがとうアオラ、警官隊の人が来たら…」
「いいさ、適当に言い訳しておくから、何かあったら連絡してくれ」
「分かった」
ゲート前でアオラと別れて私も街の方へ向かおうとした時、
「アヤメ、私は反対だわ」
後ろからグガランナに声をかけられた、街へ行くことなのか、それともティアマトさんに会うことなのか、反対されてしまった。振り返ってグガランナを見る、ティアマトさんと同じように暗い影を落としているせいで表情が分からない。何故、今になって反対してきたのか、その理由も今まで黙っていたのも、どうしてなのか分からない。
「どうして?」
「時間の無駄だからよ、貴女には今の時間を大切にしてほしいわ」
無駄?...グガランナは無駄だと言ったの?この私の気持ちを、大切な友達を探すことが無駄?
「な…にを言っているの、いくらグガランナでも怒るよ」
「探してどうするのかしら」
...痛い事を聞いてくる。考えなかった訳ではないが、今まで考えないようにしていた事だった。
「…それは」
「どうしてあなたはそうまでして、その友達に拘るのかしら」
「それはっ!」
「グガランナ!確かに今日お前に言ったはずだよな!無理に詮索するなと!」
私が理由を答えようとした時、アオラが怒ってくれた。不思議とアオラは影を落とさずに、怒っている顔が見えていた。
そのアオラに見向きもせず、私を睨むようにグガランナが質問を繰り返した。
「アヤメ、教えてちょうだい」
「…私のせいなの、その友達は…私が見捨ててしまったから、だから今、ここにいないの」
道路に書かれた古い白線を見ながら答える、グガランナにどう思われるか不安だったから、ちゃんと前を見て答えることが出来ない。いつの間にか隣にアマンナが立っていてくれていた。励ますように私を見てくれている。けど、私はとても申し訳なくなってしまった。きっとこの二人は、私のいないところで同じような会話をしたんだろう、アマンナの励ましで何となくだけど、二人が喧嘩をしていたことも察してしまった。
「何故、あなたのせいなのかしら、誰かに問い詰められたの?」
「…違う」
「なら、あなたが気に病む必要は無いじゃない、それとも何かやましい理由でもあるの?」
「違う!」
「ならどうして!もういないその人に拘るの!」
「…っ!」
いない...いないんだ、違う、まだそうだと決まった訳では...
グガランナの発した言葉に、頭に血が上ってしまった。
「アヤメ!!もう亡くなってしまった人に縛られるのはやめなさい!!」
「じゃあ私はどうすればいいの?!いつになったら許してくれるの?!グガランナに分かる?!自分のせいで死んでしまった友達がいる人の気持ちが!!!」
「…っ」
「私の!私のせいでマギリは死んでしまったんだ!あの時怖くて逃げた!大好きだった友達を置いて逃げても助かりたいって思ってしまったの!!」
「…あなたは悪くないわ」
「何を言ってっ…何も知らないくせに!」
「知らなくても言えるわよ!あなたは何も悪くない!」
聞こえてくるのは私の荒い鼻息だけ、まさかこんなに言われるなんて思いもしなかった。目も少し熱い、鼻の奥も詰まったようになっている。少し鼻をすすりながら、
「…グガランナに言われたくない」
「…あなたを許してくれるのは、あなただけよ、いい加減に自覚なさい」
✳︎
私の視界には喧嘩をしている二人組と、それを少し遠巻きに見ている人間が一人、さらには...アマンナか?アヤメと呼ばれた、テンペスト・ガイアが興味を示している人間の隣に立っていた。
[本当にいいのか?]
[ええ]
テンペスト・ガイアからタイタニスの権能を使用する許可が下りた。私の使い道はこんなものだ、誰かの代わりにしかなれない哀れなマキナだ。
第三区の空間保護システムにアクセスし、循環している空気の中に水素を混ぜる。後は少しの火花でも散らせたら第三区内は爆発し火の海となるだろう。ログにある爆発事故と同じように。
[ここまでする必要があるのか?]
[あら、貴女はあの人間を気づかっているのかしら]
[違う、そうではない、やり過ぎだと言いたいんだ]
[こうでもしなければ、グガランナからあの人間を引き離せないでしょう]
[引き離してどうするつもりなんだ]
ややあって返答があった。今の間は何だ?
[興味が湧いたの、だから会いたいのよ]
それだけのためにここを火の海に変えるというのか、神経が理解出来ない。
[貴女は私の言われた通りにすればいいのよ、ハデス]
[…あぁ分かった]
✳︎
二人が睨み合ってしまい、わたしはどうすることも出来ない。車の中でも同じ会話をしたのに、どうしてグガランナはアヤメと喧嘩してしまったのか。わたしの言った言葉に理解していなかったのか、だからと言って自分から喧嘩をするだなんて...わたしには無い考えだし、何よりグガランナが何を思っているのか検討もつかなかった。
(グガランナ…)
グガランナの言葉も分かる。わたしもアヤメが悪いとは思わない。けど、あの時公園で泣きながら、苦しみながら教えてくれた話しを聞いて、とてもじゃないが言えなかった。アヤメだって分かっているはずなんだ、それでも自分だけではどうすることも出来ない苦しみを、友達探しという行為によって和らげていただけにすぎない。
(あぁ…そっかグガランナは…初めて聞いた時から分かっていたんだ…)
ようやくグガランナが喧嘩した理由に合点がいった。改めて凄いなと思った、面と向かってあなたは間違っていると、あなたは何も悪くないと、言えるその強さに。わたしには無いものだ。
(きっとこれが、グガランナの優しさの在り方…なんだろうな…)
エレベーターシャフト内の休憩室で言っていた、厳しい言葉もためになるなら遠慮なく言うといったその決意を、目の当たりにした。
[アマンナ、第三区にいるな、今すぐそこから逃げろ]
いきなり通信が入り、何を言われているのか理解が出来なかった。どうやら相手はタイタニスのようだが、こっちのことはお構いなしに話を進める。
[誰かが空間保護システムにアクセスして、空気中に水素を混入させたようだ、危険だ、今すぐに逃げろ]
[ちょ、ちょっと待って急に何?すいそ?誰がそんな事やったのさ]
[ハデスだ、奴なら私の代わりにアクセスすることもできよう、アクセス履歴には私の名前が載っているが、そんな馬鹿な真似をした覚えは一切ない]
[本当なんだね?ここにいたら危ないのは]
[あ]
通信が強制的に遮断されたようだ、異常事態に頭がパニックになりかけるが、何とか声を出すことが出来た。
「皆んな!今すぐここから出て行こう!タイタニスが…」
近くから爆発音が聞こえた、すぐに足元が揺れて立っていられなくなる。
「なんっ、」
「うわぁっ?!!」
「アヤメ!」
爆発音で耳鳴りがしている中でも、グガランナが叫ぶ声が聞こえた。やっぱり、グガランナはアヤメのことを思って喧嘩したんだ、さっきまであんなに険しい顔をしていたのに今は泣きそうな顔をして、アヤメを守ろうとしている。
「おい!不味いぞここが崩れそうだ!早くこっちに!」
上を見るとさっきの爆発の影響か、トンネルの天井にひびが入っている。不味い、次もし爆発が起きたら、
「アヤメ!早くこっちに!」
アオラの車へアヤメを引っ張っていこうとするが再び爆発音が鳴った。今度は真上!そんな!アヤメに振り返る前に私は吹っ飛ばされていた、急に回転した視界に困惑し何が起きたのか確認する前に、わたしの後ろに瓦礫が落ちてくる盛大な音が鳴り、身を竦めた。
「アヤメぇ!!」
立ち上がる砂埃で、瓦礫の向こうが見えない。血の気が引く中、アヤメが無事を知らせるように大声を出したので安心した。アヤメがわたしを突き飛ばして助けてくれたのだ。
「私は大丈夫!皆んなは?!」
「こっちは全員無事だ!早くこっちに!」
アオラが言いかける前にまた爆発音、本当に水素が混入されていたんだ、こんなぽんぽんと爆発するはずがない。誰かが爆弾を仕掛けもしない限りは。それもどうしてこのトンネルばかり!
さらに天井が崩れてしまい、ここにいる全員が危なくなってきた。
「一旦ここから離れるぞ!いいなアヤメ!お前は街の方へ逃げろ!」
「嫌よ!!アヤメを置いて離れるなんて出来る訳がないわ!!」
「言う事を聞け!私らも危ないんだよ!!」
「知ったことっ!アヤメ!今からそっちに行くわ!アオラ!貴女こそ逃げなさい!」
アオラの言う事を聞かず、瓦礫の山へと近づくグガランナ。アヤメに買ってもらったコートも脱ぎ捨て、瓦礫を一つ一つどかしていく。埒が明かないと思ったのか瓦礫の山を素手で殴りつけて吹っ飛ばし始めた。
「アマンナ!そんな所で見てないで手伝いなさい!」
「あぁうん!」
「あぁあぁ何て馬鹿力、マキナってのは皆んなこんななのか?!」
わたしとグガランナが瓦礫の山を吹っ飛ばしているのを、アオラは信じられないものを見るように遠くから見守っていた。
✳︎
「アヤメ!大丈夫かしら!今すぐそっちに行くわ!」
グガランナがこっちに来ようとしている、瓦礫の山をどかしている音が、近くにいるはずなのに遠くから聞こえるようだ。
(あ、頭が…)
最後に起こった爆発で、瓦礫の破片が私の頭に当たってしまったようだ。それこそ、頭を取られたんじゃないかと思えるぐらいの衝撃があった。片目は流れてくる血で開けることが出来ない。痛みは無いのに、まるで心臓が頭の中に入ってしまったかのようにドクンドクンと脈を打っている。
「アヤメ!アヤメぇ!!返事をしてぇ!!」
私の返事がないことに、焦ったように悲鳴を上げている。大丈夫だと言いたい、今すぐにでも言いたい。けど、声が、出てこない、我慢して、いたのに、地面に倒れて、、しまった、、、。
あぁ、、グガランナの声、、、段々と、遠くに、それに、、嫌いな、、オレンジの光もなくなって、、、がんばって、上を、見上げると、、、、そこには、、、大きなつばさをひろげた、、、、、、、。
「今、助けてあげるわ、アヤメ」
24.b
「ふぅん、まぁまぁね、グガランナの乗り心地」
[言い方…気をつけてください]
「ここって、グガランナの体内にあたる場所よね?何でブリッジがあるのよ」
おかしくないか?これではまるで誰かが操縦できるように作られているみたいではないか。バウムクーヘンのような形をしたブリッジには、中央に大きな席が一つだけ。後はモニターばっかりだ、面白味もない。
「もちろん緊急時に第三者が動かせるように設計してあるからだ」
偉そうにマギールがブリッジに入ってきた。艦内をくまなくチェックしていたのか、鼻の形をした搭乗口からマギールとは別れて、私は真っ先にブリッジへと向かっていた。エレベーターシャフト前に置いてきた戦闘機が艦内に収納されたのか、やかましい女の子が、ついさっき声をかけてきたのだ。
「お前さんの名前は何と言うのだ?」
[あー、私ですよね?名前は、ありません…]
そろそろ名前を決めないと、会話がやりにくくて仕方ない。スホーイは?
「じゃあ、あんたの名前はスホーイね」
「何と安易な…もう少し考えてあげたらどうなんだ…」
嘘でしょマギールなんかに呆れられてしまった...
「それならマギールは何かあるの?さぞかし良い名前があるんでしょうね」
[あ、あのぉ…]
「あぁあるとも、この子の名前はフォーティーセブンだ」
[…]
「…」
私とスホーイが黙ってしまった。何だその名前、仮にも女の子につける名前ではないだろう。
[あ、あの、私名無しで大丈夫です、二人ともろくな名前ではないので…]
「はぁ?何が気に入らないのよ、スホーイ可愛いでしょうが」
[私これから、名前を聞かれたらスホーイフォーティーセブンって答えないといけないんですよ?分かりますか、私の気持ち]
「いいじゃない、名は体を表すっていうし、今のあんたにぴったりじゃない、周りのことなんて気にしたら負けよ」
[これが毒親理論…]
「誰が毒親よ!!」
「ふむ、この子の名前は一旦保留にするか、プエラ・コンキリオよ、メイン・コンソールに座ってくれ」
「は?何言ってんの?コンソールは見るためのもんでしょう?座るって何?」
「お前さんのナビウス・ネットからアクセスして操縦権を掌握しろと言っておるんだ!ナツメを迎えにいかなくても良いのか!!」
「良いわけないでしょ!座るわよ!」
あの中央にあるのは艦長席ではないのか、少し残念な気持ちになりながらも言われた通りにメイン・コンソールに腰を下ろした。すると自動接続された私のネットに、グガランナ・マテリアルの情報が勝手に流れ込んでくる。次から次へと網膜に表示されてしまい、視界が埋め尽くされてしまった。何とか情報を処理しながら、表示されたタグを閉じていく。
「どうだ?」
マギールの声も、艦内に設置された集音マイクから拾っているようだ。
ー問題無いみたいね、さすがは変態マギールと言ったところかしらー
[うわぁ、びっくりしたぁ]
ーあんたも似たようなもんでしょうが、何を驚いているのよー
お気に入りの少女のマテリアルから、グガランナ・マテリアルへとエモート・コアを載せ替えていたので、ブリッジに設置されたスピーカーから発言する。というかエモート・コアも強制的に接続されてしまったから載せ替えもくそもなかったけど。
「プエラよ、周囲を視覚化してくれ、既に地上へ上がるためのハッチは開けておる」
言われた通りに重いにも程がある目蓋を開ける...感覚で制御すればいいのよね?こんなでかいマテリアルを動かした経験が無いので手探り状態だが、思った通りに外部カメラが起動してくれたようだ。
マギールの言う通り、ハッチは開放されてドックの中を頼りない月明かりが照らしている、艦の後部にもカメラが付いているのか三百六十度の視界を確保出来るが...頭が痛い。そんな情報量に耐えられるようなマテリアルにしていないため、右脳部からエラー音が鳴っている。
ーマギール、後方の視界はあなたに任せるわ、頭が痛いし気分も悪いー
「仕方ないか、あぁ任された」
バウムクーヘンのブリッジにある、沈黙していたコンソールの一つに後方視界の操作権を移す。これで少しは楽になった。
ーそれでマギール、これからどこへ向かうの、ナツメの居場所は分かっているの?ー
「お前さんの目で探すんだ」
ーいいわよ、このマテリアル好き勝手させてもらうわー
心臓部にあたる核融合エンジンを起動させる。戦闘機の液体エンジンとは違い、静かに動き始めたので少し物足りなく感じる。出力が安定したところで、艦外に設置されているこれまた静かな排気ノズルと、艦体制御に使われている主翼にエネルギーを回す。そして、地下ドックから脱出するために重い体を持ち上げる...ような感覚で制御する。すると、今まで静かに稼動していた核融合エンジンが耳触りの良い高音を立て、艦の全てにエネルギーを回し始めた。
(いいわねこのエンジン、まるで体の内側から力が溢れてくるような感覚、気に入ったわ)
難なく艦体を持ち上げる。戦闘機とは違って重力操作でもしているのだろう、お尻から力が抜けるような感覚にならなかった。とてもスムーズ。これも気に入った。
ーそうそう言い忘れていたけど、戦闘機の操縦に慣れるまでに二回墜落しているから、そのあたりよろしくね二人ともー
「今?!今それを言うのかプエラ・コンキリオよ!今すぐにエンジンを止めろ!!」
[短い生でした…名前も貰えずに…名無しとして朽ちていくのですね…]
ー辞世の句として登録しておくわねー
ブリッジで喚く二人を乗せたまま、中層の空へと飛び立った。
✳︎
「これから、どうしますか」
「私はナツメ隊長について行きます、何でもご指示を」
「…少し待っていろ、今考えている」
サニアの頑張りもあって今の今まで無事にやってこれたが、場当たり的な戦闘を繰り返している訳にもいかない。サニアの話しでは一体のマキナに前線基地を壊滅させられてしまい、補給や休憩が出来る状況ではないらしい。
民間人の救助もやらなければいけないが、どこにいるのか検討もつかない。
「サニア、民間人の居場所は分かるか?」
「それでしたら、ホテルに似た建物に避難していますわ、それと民間人を護衛している部隊もいます」
立て篭もっていたということか、どおりで街中で見かけない訳だ。
「テッド、お前の判断は正しかったようだな」
「…いえ、最後まで護衛につくことが出来なかったので、反省しています」
「反省は戦場を出てからでいい、気後れして動きが鈍るくらいなら、いつかのサニアみたいに見栄でも張っていろ」
「あら、意地悪なことを言うのですねナツメ隊長は」
全く気にしていないサニアの言葉を聞きながら、周囲を見やる。
通りを何本か挟んだ向こうにプエラ達と別れた大型ドームが見え、後ろには私が助けられた病院へと続く道がある。この街は植物と一体化しているだけではなく、通りによって建物の趣きもどうやら異なっているようだった。
街の入り口近くは無機質な印象を受けたが、川沿いの道から離れて私とテッドが再会した階段ばかりの区画の建物は、どれも一階建てで屋根に木材を使っているらしかった。玄関横に設えてある窓は丸く、十字を切るように木材がはめ込まれており、どこか風情を感じさせた。
そして今、私達がいる通りは風情ある建物とは打って変わって、カーボン・リベラにある博物館と同じ様式をしており見た目も華やかであった。
(こんな時でなければ、ゆっくりと散歩でもしたいんだがな…)
サニアと合流して幾分余裕が出てきたのだろう、場違いな感想を持ってしまった。
「ナツメ隊長?」
テッドに声をかけられ我に帰る。
「すまない、他に民間人がいないか捜索をするぞ」
「分かりました」
艶やかに笑いながら頷くサニア、こいつもまた、戦場に出て人が変わってしまったようだ。
火事場の馬鹿力、今の戦場であったり、危険な状況に身を置かれた時に思ってもみない力を出すことが出来る。稀にいるのだ、戦場に出る前と後で全く異なってしまう奴が。かく言う私もそうだ、戦場に出ると無意識にテンションが上がってしまい、普段では言わないことも平気で口走る。何度、テッドに注意を受けたことか。
サニアは私の上位互換とでも言うべきか、態度はそこまで変わらないが、発揮する力量が普段と桁違いだ、さらに今日の今日まで訓練をし続けた甲斐もあった、土壇場でも射撃精度は落ちていないどころかむしろ上がってさえいる。
(危険だ…)
このまま好きなようにさせていたら、サニアは遠からず死ぬ。弱いからではない、引くことを覚えないからだ。死への恐怖心があるからこそ、私達は危険な場所を避け、知恵を出して戦い、生き残ることが出来るのだ。その恐怖心が無くなってしまえば、後は死ぬまで戦い続けるだけだ。
「サニア、一つ忠告をしておく」
「はい?何でしょうか」
私とサニアで武器を持っていないテッドを挟みながら、ドーム方面へと足を向けている。街の入り口から捜索して、街の中央にあるホテルへと引き返すつもりだ。
「過度な戦闘は控えろ」
「?いえ、ですが…お言葉ですが私の戦闘があればこそ、今無事でいられるのですよね?それを控えろと言われましても…」
会話をしている私達の顔を、テッドが交互に見ているので気が散ってしょうがない。小動物みたいな動きはやめてほしい。
「なら聞くが、お前は何のために戦っているんだ」
「自分のためですわ」
即答だった、そうだなろうなと思ってはいたが。
「それで満足か?」
「………は?」
「自分のために戦って、楽しんで、それでお前は満足できるのか?まだまだだな」
「………仰っている意味が分かりませんわ」
「ならば考えろ、お前の戦い方は浅い、まるで子供が遊び回っているように見える」
「…」
私を睨むように、何事か考えているようだ。華やかな通りを抜けて、ドーム方面へと向かう道へと差し掛かる。そこは分岐した川が流れており並木通りとなっていた。太陽が昇っている時に通ればさぞかし気持ちが良いことだろうが今は、月明かりに照らされ地面には濃い影を落としているだけだった。綺麗に立ち並ぶ木が月の明かりで幻想的に見え、これはこれで悪くはないなと思った時に、サニアが口を開いた。
「一つお聞きしても?」
「何だ」
「ナツメ隊長は何のために戦っているのですか?」
「人に聞いてどうする」
「そんな意地悪…教えください、考えても答えが出てきません」
「それは当たり前だ、今からお前が見つけることだからな」
少し立ち止まる。私の顔を見ていたテッドがつられてたたらを踏んだ。
「いいか、お前に言いたいことは一つだけだ」
私の顔を見つめているサニアに向かい、
「これから戦う理由を見つけるまで何があっても死ぬなよ、お前の戦い方は身を滅ぼすものだ、見ていられない」
「…」
私の言葉に目を見張っている。今ので私の言わんとしていることを理解したようだ。頭が良ければ度胸もある、戦場で一番早くに命を落とす者の特徴だった。
「…言いたいことが分かったみたいだな」
「そんなことまで…」
「頼んだぞ、これでも私はお前を頼りにしているだ」
「分かりました」
その目はとても真摯だった、暴走する前に私の言うことが届いて何よりだと思った矢先、
「な、何ですかこの音は?!」
突然、並木通りを挟んだ建物に何かが落ちてくる音が聞こえた。かなりの重量物だったようで建物が倒壊する音も聞こえてきた。さらには、
ー見つけたぜぇ!!!あん時のくそ野郎がぁ!!!ー
スピーカーを通して聞こえてくる、音割れした叫び声には聞き覚えがあった。エレベーターシャフト出口の近くで戦った奴の声だった。
(この声は、ウロボロス!)
「ナツメ隊長!前へ!」
後ろから来ているのか、地響きと共に黒く巨大な影が見えてきた。
胴体は膨れ上がり両腕は歪で不釣り合いに長く、足はコンコルディアと同じように前に屈んでいるように見えた巨大は、確かに私がエレベーターシャフト内で仕留めたはずだった。
「何故?!あいつは仕留めたはずだぞ!」
「そ、それが分かりません!」
「いいから前へ!追いつかれます!」
並木通りをひたすら走る、こっちは全速力だというのに向こうは少し歩いただけでみるみる距離を縮めてくる。
ーはっはぁ!!逃げろ逃げろ!!俺に恐れをなして逃げるがいいさぁ!!ー
その不釣り合いな手には建物の一部が握られていて、そのまま投げつけてきた。
「注意!!」
目の前の木が数本、引き裂くような音を立てて倒れていく。注意のしようがあるのか甚だ疑問だ、これではいつ当たるか分かったものではない。
ー逃さねぇぜ!!あん時俺の眉間に弾丸ぶち込みやがってぇ!!今度はこっちが犯す番だぜぇ!!ー
奴の叫び声で合点がいった、あの時の森でも奴は同じ事を言っていたが分からなかったが、今なら意味を理解出来る。
(そうか、今のあの巨体が奴のマテリアルということか!)
並木通りを抜けてさらにドームが見えたところで、ウロボロスが歩くスピードを上げたのだろう。さらに地響きを増して私達に追い縋ろうとしていた。
「ど、どうするんですか?!もう手持ちの武器はありませんよ?!」
「分かっている!」
「はぁ、せっかく戦う理由を見つけようと思っていたのに、こんな所でおじゃんだなんて」
こいつ...さては余裕だな?こんな状況でもまだそんなことが言えるのか。
「おい!サニア!お前の馬鹿力で何とかしてこい!」
「な?!今さっき自重しろと言ったばかりでしょう?!」
「二人とも!早く走ってください!」
再び街の入り口へと戻ってきた時、大型ドームよりさらに上、そこに異物を見つけてしまい足を止めてしまった。
「ナツメ隊長?!」
「何してるんですか?!」
立ち止まった私を諫めるように二人も足を止めた時、何かが飛翔してくる音が聞こえてきた。この音は携行型ロケットランチャーに似ているが、それよりも大きな音だ。後少しの距離まで近づいていたウロボロスの体に直撃し、暗い夜の街に盛大な爆炎が上がった。
ーぬぐぅああああ?!!!!ー
✳︎
[命中!命中しまたしよ!プエラさん!]
[見れば分かる!いいからナツメ達に呼びかけて!]
私の眼下で今、小さな火柱が上がった。いつの間にあの子に自動操縦を組み込んだのか、マギールのおかげで間一髪ナツメ達を助けることが出来た、挙句には空対地ミサイルまで準備していたのだ。ナツメ達が並木通りを走っているのをカメラで捉えて、慌ててスホーイを飛ばしたのが功を奏した。
「プエラ・コンキリオ!ドームの広場に艦を降ろせ!」
ー馬鹿言わないで!あんなでかぶつが転がってたら降ろせないわよ!何のためにあの子を飛ばしたと思っているのよ!ー
「何であんな所に寝転がっているんだ!セルゲイは何をしておったのだ!」
あれですか?想定外のことが起こると取り乱すタイプですか?さっきからマギールが喚いて仕方がない。すると、眼下にいた巨大な駆除機体が動き出すのが見え、
[なっ?!動きましたよ?!プエラさん!あの気持ち悪い奴が動きましたよ?!]
スホーイの叫び声と、
[何が気持ち悪いだ!!俺の最高傑作にケチをつけるなぁ!!グガランナ!!何故ここにいる!!そのオリジナル・マテリアルはどうした!!]
ディアボロスの喚き声と、
[マギール!!今すぐに上層の街まで私のマテリアルを飛ばしなさい!!これは命令よ!!いいわね!!]
グガランナの怒鳴り声が同時に聞こえてきたので、思わず通信回線をシャットダウンしていた。
「…」
ー…ー
束の間の静けさの後、
[もう!どうして回線を切るんですか?!びっくりしたじゃないですか!!]
まずはスホーイの回線だけ繋げて、この子から片付ける。
[あんたは早くナツメ達を回収して!三人いるみたいだけど無理やり座席に詰め込みなさい!いいわね!!]
[まっ!]
何か言いかけたがすぐに切る。そして次はディアボロスだ。
[貴様グガランナ!!私の通信を切るとはどこまで嫌っているんだ!!]
何だそれは二人の間に何があったのか、気になるがそれどころではない。
[残念でしたぁ!私ですぅ!あなた達の可愛い司令官よ!]
[なっ?!この声はプエラ・コンキリオ?!何をしているんだそんなところで!それにそのマテリアルはグガランナの物だろう!!]
[あなたと同じように人助けよ!あなたの機体を攻撃したことは謝るけど私達の邪魔するなぁ!]
[何だと貴様ぁ!今さらのこのこと介入してきやがって!俺の事情を知っているならそっちこそ邪魔するなぁ!]
[残念でしたぁ!私達のアプローチはあなたとは別方向なので邪魔させてもらいますぅ!下にいる三人だけ回収したらとんずらするわよ!]
[それが邪魔だとっ!]
また切る。こいつと言い合いしても無駄なだけだ、最後は一番厄介なグガランナに繋ぐ。
[マギール?今すぐにマテリアルの操縦権を剥奪してもいいのよ?]
怖っ、クールな切れ方が一番堪える。恐る恐る声を出す。
[あぁ…久しぶりねグガランナ、私よ、プエラ・コンキリオよ]
ディアボロスと同じノリでいきたかったが、さすがに可愛い司令官と言った後が怖かったので我慢した。
[そう、今操縦しているのはプエラなのね?事情は分からないけど、今すぐに上層の街まで来て…いいえ!来なさい!アヤメが大怪我をしてティアマトに取られたのよ!]
情緒不安定、嫌だぁ。
[ま、待ってグガランナ!私達も今、助けたい人がいるのよ!だからもう少し待って!]
「何だと?!アヤメが?!無事なのかグガランナ!」
[それが分からないから急いでマテリアルを持ってこいって言ってるでしょおお!!]
金切声で叫ぶグガランナ、下にいる駆除機体よりも驚異に思えた。ちょっと待って、
[グガランナ?ティアマトがアヤメを回収したんなら大丈夫じゃないの?何をそんなに慌てて…]
[あなたに分かる?せっかく出会えた大切な人が、目の前で違うマキナに連れて行かれるのを、黙って見るしかなかった私の気持ちが…お願いだからこっちに飛ばしてちょうだい…]
分かる。わかりみが深すぎて思わず私も泣きそうになってしまった。グガランナもアヤメのことを大切に思っているのだ、その気持ちは私と同じだった。
[あなたの気持ちは良く分かるわグガランナ、だからもう少し待ってもらえないかしら、私も今、大切な人を助けようとしているの、それまであなたのマテリアルを貸してちょうだい]
[…えぇ分かったわプエラ、無事に助けてね、その人もきっと喜んでくれると思うわ]
こいつ...本当に優しい奴だな、そんな状況で私を励ましてくれるのか。相手がナツメであることは言わなかったがまぁいいだろう、情緒不安定なので詳しくは言いたくはなかった。
ーマギール、いいわね?ナツメ達を回収したら上へ行くわー
「あぁ構わん」
マギールの返事と共に艦体の高度を下げて、スホーイに乗り込んでいるナツメ達を迎えに行く。だが、
✳︎
「なっ?!隊長!あいつ動いていますよ!」
「はぁ?!あんな火柱が上がっといてまだ動くのか?!」
ナツメ隊長と再会したドーム前の広場で、中層で使われていたであろう細長い機体に乗り込んでいる時に、副隊長が悲鳴を上げた。崩れ落ちたはずの巨大な敵が再び前進しているではないか、腕の力だけで這いずりながらこっちへ向かってきている。
それにこの機体には二つの席しかなく、前にナツメ隊長、後ろには副隊長が乗っただけで満席だった。私が入り込める隙間は無かった。
(けれどもいいわ)
登ったばかりの梯子を今度は降りていく、目ざとくナツメ隊長が怒鳴りつけてきた。
「サニア!何をしている!早く乗り込め!」
「いいえナツメ隊長、ここは私にお任せください」
地面に足をつけた時、上から何かをぶつけられてしまった。頭に当たり乾いた音を立てながら地面に落ちたのは、ナツメ隊長の認識票だった。
「いいからさっさと登ってこいばかたれぇ!死にたいのかぁ!」
顔を真っ赤にして怒っている、それだけで良かった。
「本気で私を心配して、怒ってくれたのは貴女だけですよ、ナツメ隊長」
「そんな事をさせるためにお前をここまで連れてきたんじゃない!」
身を乗り出し手を私に差し出してくれる。今、その手を握ったらきっと、私は私のままでいられなくなってしまう。どこまでも彼女に甘えて、顔色を伺って、何も為せずに死んでいくことだろう。それはとても幸せな人生のようにも思えた。
「ナツメ隊長、死ぬつもりはありません、また中層に戻ってきてくださいね、その時までこの認識票は預かっておきます」
「それをフラグと言うんだよこのばかたれぇ!おい!今すぐにっ」
[駄目です!これ以上は待てません!発進します!]
どこからか女の子の声が聞こえたと同時に機体が爆音を立てて、空へと上がっていくではないか。地上から機体の底を見上げながら、戦う理由を与えてくれたことに感謝する。
ーごんnoォ!にGaすかa!!ー
汚い声を出しながら尚も追い縋ろうとしている。あとはこいつだけだ、こいつさえ始末してしまえばこの中層は安全地帯になるだろう。
広場に倒れ伏していたコンコルディアへと近づき、背中にマウントされている破壊されずに生き残った砲門の隣に立つ。私と比べるのが馬鹿げている程に大きく、冷たい砲身に抱きつき、そして。
「うぅぅごぉおきぃぃなさぁぁあい!!!!」
力の限りに砲身を敵へと向ける、台座がイカれているおかげか、ほんの少し、動いているような...砲身が傾いているのか、私の腕か、ミシミシという音を聞きながらも、私は場違いにも感動していた。この状況に、突発的にとはいえ、私にしか出来ない戦いをしていることに。
(隊長の言う通りだわ、こんな状況でも恐れるよりも感謝しているもの、いくらでも戦える!)
私にしか出来ないんだ、あの瞬間、機体に乗らないと決めた私だけが戦える。他の誰でもない、この世に代わりなんかいやしない、私だからこそ選んで立った戦場なんだ。力が湧いてくる。否応なく、心も体も歓喜して咽び泣いてしまう程に。
飛び立った隊長達に瓦礫やら何やらを投げつけている敵に、ようやく砲身を向けることが出来た。腕の感覚は既にない、とくに左腕だ。
だらんとしてしまったまま、ハッチが壊れて開きっぱなしになっていたコクピットへ身を投げ入れる。中は思っていた以上に綺麗だった、どうやらまだこの機体は生きているようで画面も表示されたままになっている。
(総司令は?)
頭の片隅に留めながらも今は目の前の敵だ、すると見計らったようにインカムから通信が入った。今までどこにいたのか。
[右側の操縦桿の赤いボタンが、背中の電磁砲だ]
「これはご丁寧に、そこで見ていてくださいな」
まだ使える右手を言われた通りに操縦桿へと持っていく、そして赤いボタンに触れて何の躊躇いもなく押した。
ーなっ?!ー
敵が何事か喚く前に砲弾が炸裂し、上半身を見事に吹き飛ばしていた。
[よくやった]
返事をする気力も無い。あるのは安堵感、ただそれだけ。無事に為すべきことを為せた安堵感のみ、それだけで私の初陣には十分だった。
24.c
[テンペスト・ガイア、中層で何が起こっているのだ、報告せよ]
[さぁ、彼らに聞いてくださいな、私はただ管理をしているだけですので]
[そんな詭弁が通用すると思うのか、ハデスに我の権能を貸し与えていたな、おかげで第三区は酷い有様だ、事情を説明せよ]
[タイタニス、貴方の方こそ私達に報告する事があるのではななくて?誰も追加建造を許可した覚えはないわ]
[何故お前に許可を求めなければならない、プログラム・ガイアからは決裁は下りている]
[そうね貴方の言う通り、なら私にも彼らの行動に関与する義務は無いわ]
[それを詭弁だと言っているだろう!責任を取れと言っているのではない!知っている事を詳らかにせよと言っている!]
[プログラム・ガイアにアクセスして調べなさい、私の言う事なんて信用していないでしょうに]
[役割を全うせよテンペスト・ガイア、お前が見下している人間以下だぞ]
[…]
[何故黙るのだ?良いかここまで事が大きくなったのは初めてのことだ、このままでは事態の収集がつかなくなりいずれは、]
[俺の方から報告しようお三方]
[オーディンか?今までどこにいたんだ?]
[中層で人間共の駆除を行なっていた、ディアボロスと共同でな、いずれ奴もここに来るだろう]
[駆除?保護対象を駆除しているのか?正気かお前は?]
[あぁ、このままではテンペスト・シリンダー内の生態系が著しく悪化して、保護対象の生存自体が不可能になってしまう、そのための対処だ]
[それでは建造前の地球と何ら変わりがないではないか、他に対処法は無いのか?]
[無い、数を減らす以外に道はない、それなのにタイタニス、お前は余計な事をしてくれたよ]
[いくらでも言え、我の興した街に悔いなどありはしない]
[それが困るんだよタイタニス、何故あの時俺の言う事を聞かなかったんだ?]
[ディアボロス、首尾はどうだ?]
[後で報告する、それよりもタイタニス、あの街の空間保護システムだろうが何だろうがいいから止めろ、これ以上増えると厄介になるんだよ]
[断る、我らの行動理念に反する行為だ]
[なら何故俺の行為が許されているんだ?教えてやろうか、プログラム・ガイアも同じ判断を下しているんだよ、だから人間達を駆除していても咎められないんだ]
[…]
[いいか?俺は人間を根絶やしにしたいんじゃないんだよ、数さえ守るならこんな事はしない!俺の決めた範囲で生きるなら、その生活圏を守ってやると言っているんだ!]
[それは出来ないと、あの時人間達に言われたではないか、だから我は新しく街を興したのだ]
[どのみち!資源が足りなくなると説明をしただろう!見てみろ今の現状を!昔に捨てた街にのこのこと戻ってきているではないか!こんな馬鹿げた事を繰り返すのか!]
[それを貴様が言うのかディアボロス!お前が放った駆除機体とやらに悩まされているから、我がさらに上層に街を築いたのだぞ!]
[俺の言う事を守らない人間共が悪いんだろうが!俺のせいにするな!]
[貴様…それでもマキナか…まともな判断も出来ぬのに、己の役割を論ずるな!]
[やめなさいな二人共、見苦しいわ]
[テンペスト・ガイア、ディアボロスより聞いている、お前が立てた計画をこの場で説明しろ]
[…そう貴方も、けど断るわ]
[何故だ?お前に与えられた役割を忘れたのか?]
[この中できちんと役割を果たしているマキナはいるのかしら、私だけ咎められるのは筋違いではなくて?]
[…]
[…]
[…]
[…説明を求める、計画とは何だ?]
[ラムウ、貴方も自分の役割に専念なさいな]
[ディアボロス、説明せよ、てんぺ]
[貴様?!決議の場でラムウを追い出したのか?!じぶ]
[もうよい、我は街へ帰らせてもらう]
[貴方はどうするのかしら、ディアボロス]
[…俺が人間を駆除しているのは、お前の計画を辞めさせるためだ、ここの生存圏さえ守れるなら、あの計画は不要のはずだ]
[ふふ…ふっふっ、あっはっはっはっは!そう、それが貴方の!はっはっは!おかしいわね!そう貴方が、どこまで人間の事が好きなのよ、その思い、誰が受けとめてくれるの?これだけ殺しておきながら]
[勘違いするなよ、人間のためだけじゃない、俺達のためでもあるんだ、お前はいずれここにいるマキナも巻き込むつもりだろう]
[ええそうよ、だって不要だもの、今の会話で貴方もそう思わなかったかしら、同じマキナ同士ですら対立して何一つとして事を為せないもの]
[それが意思というものだろうが]
[…]
[お前は少し周りの話しに耳をかたむけ]
[…今さらすぎて反吐が出るわ、さよなら、ちっとも楽しくなかったわ]
24.d
お、恐る恐る乗った機体から降りる。み、耳も痛いしお尻も痛いし...本当に空を飛ぶ乗り物があったなんて...
それに女の子の声もずっと聞こえていたので、怖かった。怖いなんてものじゃない、助かっているのか、今から何かされてしまうんじゃないかと不安だった。
「どうしたそんな顔をして、怖かったのか?」
まだ少し顔が赤いナツメさんが、梯子を降りてすぐにちょっかいをかけてくる。生きた心地はしなかったけど、初めて見た空からの景色は頭に焼き付いている。
この、空を飛ぶ大きな船?のような機体の中に入り暫く惚けていた。船内の様子は、明るいようで眩しくない蛍光灯に照らされて、さっきまで乗っていた機体を鮮明に映し出していた。
「こ、この機体は…」
[は、初めまして!]
「うわぁ!ま、また聞こえた!な、ナツメさん?!」
[うぅ…そんなに怖がらなくても…]
あ、あれ、傷ついている?どうして?そんなに怖くないのかな。思わずナツメさんに抱きついてしまったが、あまり気にしていないようだったのでそのまま抱きついておく。すると、ナツメさんが女の子と会話を始めてしまったではないか。
「助かったよ、礼を言う」
車輪がついた長い支柱のような物を撫でながら、ナツメさんがお礼を言っている。
[や、あ、あの、あまり変なところを撫でられると、いえ!嫌とかではなく!]
「そうか、お前も無事で何よりだ、あー…そういえばお前の名前は…」
[す、スホーイフォーティーセブン…です]
「何だその名前、本当なのか?」
[いえ…プエラさんとマギールさんに…有り難くも付けてもらいました…]
「あの二人…スイはどうだ?嫌か?まだ女の子らしいと思うんだが」
[スイ、私の名前はスイ!はい!良いです!ありがとうございますナツメさん!私の名前はスイにします!]
い、いいのかな、適当に省略したようにも思えるけど...喜んでいるのか機体がギシギシと揺れている。
「あ、あの、ナツメさん?こちらの方は…?」
[スイといいます!よろしくお願いします!]
「あぁはい!こちらこそよろしくお願いします、テッドといいます!」
「仲良くなれたみたいだな、何よりだ」
いやいや、そんなはずないでしょうに。
「スイ、すまないがまた後でな、あの二人と話しがしたい」
[いいえそんな!それにスピーカー越しならどこでも会話できますので、いつでも声をかけてください!それとお二人ならブリッジにいますよ!]
スイさんに元気に見送られて、軍事基地の格納庫と同じ大きさの部屋?やっぱり格納庫かな、をナツメさんの後ろにつきながら出て行く。通路は壁も床も淡い白色で、所々に緑色や茶色の装飾が施された、落ち着く船内の通路を黙って歩く。ブリッジってことは、やっぱり一番前にあるのかな、ナツメさんは知っているんだろうか。
「あの、ナツメさん?ブリッジの場所は分かるんですか?」
「…………スイ、聞こえているか?」
知らなかったんですか、よく堂々と格納庫を出ていくことが出来ましたね。
[はい!ポイントを付けますのでそれに従って歩いてください、すぐに着きますよ]
すると、足元に小さな青い点が点灯して真っ直ぐ前へと伸びていた。
「ほぉー、これは便利だなぁ」
[いやぁ、そんな事は、ないですよ]
照れているスイさん、この人もナツメさんのことが好きなのかな。
おっかなびっくりの体でナツメさんと一緒に、示してくれた青い点に従って船内を歩く。青い点がT字路で右に曲がっていたのでそのまま追いかけていくと...言葉を失った。
「…」
「…」
二人揃って目の前に広がる景色に心を奪われてしまった、ガラス貼りの向こうに中層の大地が月の明かりに照らされていたからだ。大きな山脈も、その近くにある街も、遠くに見えるエレベーターシャフトも、広大に広がる草原地帯も、何もかもが一枚の絵画のようにそこに存在し、全て平等に月の光を浴びていた。綺麗だった、それに何だかわくわくしてしまった。
「凄い…景色ですね…」
「あぁ…ここに来て何回、驚いたことか…」
ちょうど雲に月が隠れたしまったタイミングで、ナツメさんが再び歩き出した。進む前にはエレベーターがあり、どうやらそこからブリッジへと行けるようだった。
✳︎
テッドと連れ立って入ったブリッジにはマギールさんと、中央に設置された船長席?だろうかそこにプエラが腰をかけていた。マギールさんは私達に振り向いてくれたが、プエラをこちらを向こうともしない。
「無事で何よりだナツメよ、安心しろ、下で別れた人間も無事だ」
サニアの事だ、その言葉を聞いて涙が流れそうになった。
「そう…ですか、教えてくれてありがとうございます」
あいつ...よく無事でいられたな、思わず投げつけてしまった認識票を取りに行かないと。
ブリッジと呼ばれた場所は、コの字型と言えばいいのか、少し湾曲した空間だった。中央に席が一つだけ、後はモニターの類いで壁が埋め尽くされ、正面にはどんなからくりかこの船の周りを映している大きなモニターもあった。どうやら移動しているようで少しずつ風景が移動しているのが見える。
「君の名前を教えてもらおうか、人形のような人よ」
「………あ、ええと、テッドと申します、助けていただいて本当に、ありがとうございます」
引きつりながらも礼を言う。大した男だ。
「マギールさん、言っておきますがテッドは男ですよ」
「…………これは失礼した」
「い、いえ、よく間違えられますので、ははは…」
愛想笑いをしながらもきちんと距離を取っているテッド。それは怖いだろうな、初対面の人間に人形呼ばわりされながら見つめられるんだ。いや、彼は人間ではなかったな。
「あぁそうだ、テッド、彼らの説明をしないといけないな、忘れていたよ」
「大事な事ですよ…忘れないでください」
「ならば儂から説明しておこう、テッドよ、場所を変えるぞ」
「え、あぁはい!」
「ここでも構いませんよ?どうしてわざわざ…」
「儂らがおると話しがしにくいだろうて、泣き虫の司令官をよろしく頼むぞ」
そう言ってテッドを連れてブリッジを出て行ってしまった。
ブリッジには、私と物言わないプエラだけだ。ゆっくりと船長席に回り込みプエラの様子を伺う。その姿はまるで眠っているよう、長い睫毛に守られた瞳は、閉じられた目蓋で見ることが出来ない。病院でも同じように眠っていたのでおそらくプエラは、サーバーに繋がれているのだろう。それともサーバーから私を見ているのだろうか。
「プエラ、帰ってきたぞ」
何も言わない、反応もないので本当に眠っているのかもしれない。
「泣き虫とは何だ?お前まさか、泣いていたのか?」
綺麗な髪を撫でながら声をかけ続ける。
「私、言ったよな?また会おうって」
今度は細い少女の手を取る。温かく小さいくせに、一度私のお尻を遠慮なく叩いた手だ。
「プエラ、声を聞かせてくれないか」
その手を離し、血まめだらけの汚い手で、傷つけないようにプエラの頬に触れる。そして両手で挟み顔を近づけていく。
「…」
キスしてやろうかと思ったが、何だかそれは釈然としなかったので、プエラのおもちゃのような鼻と口を遠慮なく押さえつけた。
「むぐぅ?!!むぅー!!」
「やっぱりお前起きてるじゃないか!!」
「ぷはぁ!殺す気?!信じられない!」
「お前はマキナなんだろう?死ぬのか?」
「ものの例えよ!いきなりこんな事されるなんて思いもしなかったわ!」
涙目になりながら私を睨む、そもそも私の呼びかけを無視したのが悪い。
「何で無視するんだ?」
すると今度はその目に大粒の涙が溢れてきた。
「べ、別に、何でも、」
「お前の元から離れるつもりは無いよ、まだ恩返しもしていないんだ、だから、うぐぅ」
...下を向いたままのプエラにタックルされてしまった。いや、抱きついてきたのか。
私の胸にしがみつき、声も出さずに泣いている。マギールさんの話しは本当のようだ。
「好きなだけ泣いてくれ、ちゃんと説明せずに離れたことは謝るよ」
「もぅ、もぅ、どこにも、いかないで、」
「あぁ、分かってるよ」
プエラの細い体を抱きしめて、泣き止むまでずっと頭を撫で続けていた。
「お、おがえり、なづめ、」
途中、見せてくれた顔はひどいものだった。綺麗な顔を、涙と鼻水で台無しにして私を見上げたプエラを、愛おしく思った。