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第101話

.深夜〇時の鐘は誰が鳴らす?



「わたしってそんなに影薄いかな、テーブルの上に座ってたのに皆んなに無視された」


「くぅ〜?」


「ふっふっふ……誰にも気付かれずに部屋を脱出するなんて……自分のポテンシャルの高さに自分でも驚きを隠せない……」


「く、くぅ〜………」


 さて、どうしようかな。あれだけ皆んなに止められていた現実世界にこうやってせっかく来たんだし、少しぐらいは街を見て回ろうかな。


「そこの君、ちょっといいかな?」


 部屋を出た途端だった、かっちりと制服を着込んだ男の人に呼び止められた。


「どうやって中に入ったの?」


(──速攻でバレた!もしやこの人手練れでは?!)


「え、え、え……」


「駄目だよ勝手に入ったら、ここはこわ〜い大人の人たちが仕事をしている場所だからすぐに出ないと。それはペット?動物も入れちゃ駄目なんだよ」


 きっとこの場所の警備をしている警備員だ、腰には不審者撃退用のロッドも下げている。


「ご、ごめんなさい……」


「名前は?もしかしてパパかママに会いに来た?」


 早速のピンチである、ここでプログラム・ガイアなんて答えようものなら不審者確定コースの牢屋行き間違いなしである。

 そら見てみろ我が友を、さっきまでくぅくぅ鳴いていたくせに今は両手を万歳して寝たふりをかましている、こいつは本当に賢くそして汚い。


(まあ、誰もわたしのこと知らないんだし無理もないか…でもそれって良いな)


 誰と接しても怒られることはない、誰と喧嘩しても悲しまれることもない。自由だ。


「え、あの…その…」


「ん?何かな?」


 警備員の人が中腰になって耳を近付けてきた、出会いは怖かったがこの人自身は別に怖い人ではないらしい、むしろ優しさを感じた。

 胸で寝たふりをかましている我が友をゆする、万歳した手がぐねぐねと動くだけで一切反応しようとしない。


(くっ!ここで逃げ出してくれたら追いかけるふりをしてそのまま私も逃げられたのに!)


 ええいままよ!と結局本名と自分の立場を明かした。


「ぷ、プログラム・ガイアっていいます…マキナです一応…さっきまでクトウさんとお話していました…」


「………え?ま、まきな……?まきなってあのマキナ?」


「え、あ、はい、そうです。誰にも相手にされなかったから一人で部屋を出てきました」


「え、ちょ、ちょっとここで待っててくれる?今確認してくるから──してきますから」


 え?まさか今ので信じてくれたの?タメ口から敬語に変わった警備員がだっと踵を返して走り出した。


「……………」


「………くぅ〜」


「こら」


 意地が汚い我が友の鼻を摘んでやった。


「むぅ〜」



 警備員の人には悪いが私はそのまま国会議事堂を後にした。正面から突破すればまた止められるのは分かっていたので、一階ロビーのトイレの窓からまずは友人を放り投げ、そして私も脱出を試みた。

 窓の外は庭園が広がっていて投げた友人は樹の枝に引っかかっており、私も窓から飛び降りた時に着地にミスり足を擦りむいた。


「いたたた……」


「……くぅ〜〜〜」


 少し高い枝から友人が「ざまあみろ」と鳴いている。


「そのまま置いていってもいいんだよ」


「く、くぅ〜〜〜!くぅ〜〜〜!」


 嫌だ嫌だと枝の上でもがき、その枝が折れて友人も地面に落ちてきた。無様に落ちる様を見ても良かったんだけどそこはあれ、優しいわたしが難なくキャッチしてあげた。


「自分の懐の深さに自分が感銘を受けそう…」


「く、くぅ〜………」


「さて、どこへ行こうかな、何気こっちに来るのは初めてだ」


 葉っぱが付いた我が友を胸に抱き、さあいざ行かん!と一歩足を踏み出した途端に何かがチカチカと赤く点滅しているのが目に入った。

 それは樹の根元であったり綺麗に整理された生垣の中であったり、どう見ても侵入者を感知する監視装置のような物で...


「な、何て用意周到な!」


「…………」


 また寝たフリをかました友人を抱え、可愛いウサギさんの如く駆け出した。



✳︎



 僕の誕生日会はいつでも騒がしい時期の只中で行われていたのであまり良い思い出が無い、突然だが。

 この時期は新成人であったり新社会人であったり入学したての学生であったりと、何かと忙しい時期である。そんな中で僕は生まれた日を迎えるのだからいつでも「あ、もうそんな時期か。え?誕生日会?もうそんな歳じゃないだろ」とあしらわれていた。うん、時期は関係ない。

 寒い冬を通り過ぎてようやく迎えた春、通りの樹にはピンクや白色の花が咲き乱れ、体温だけでなく視覚でも季節が変わったことを教えてくれた。

 

「何かあったんでしょうか」


「さあな。どうせマキナかあの女が問題を起こしたんだろ」


 クトウ総理大臣とマキナが会議をしていたのは知っている、ただ、そのフロアが突如として立ち入り禁止になり一切情報が入ってこなくなっていた。

 マキナ側のメンバーはティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、ポセイドンという双子、それからレイヴンクローさんにテンペスト・ガイアである。


「触らぬ神に祟りなしだ。俺たちは──何だ?」


「いいえ別に」


「俺たちはとっととハウィに向かうぞ、プロイの船が到着する頃合いだろ?」


「はい、もう間もなく領海内に入る見込みです。対応はシュナイダー大佐がしてくれます」


「それなら問題は無さそうだ」


 大統領行政室から要請があったプロイの保護について、まだきちんとした認可は下りていないが()()()()()で僕たちは動いていた。

 それにプロイと言えば僕が育った故郷でもある。昔っからあまり好きではなかった島なので今さら思い入れはないけど、それでもやはり家族がこっちに来るのかと思うと感慨深いものがあった。

 議事堂を後にして駐車場へと向かう。頬を撫でる風も暖かく、念のために持ってきたコートが邪魔に思えるほど心地良い気候だった。

 

「──おい、何だあのガキ」


「ん?」


 先に見つけたのはヴォルターさんだった。僕たちが使っている社用車の影に一人の女の子が蹲っていた。ボンネットから頭を出して議事堂前の庭園を見ているよう、その胸には動物のぬいぐるみを抱えていた。


「かくれんぼでしょうかね」


「迷惑な……それにしてもあのガキ、なかなか堂に入っているじゃないか、完璧な身のこなしだ」


「いやどこに感動しているんですか」


「煙草吸ってくるからホシ、追い払っておけよ」


「……はいはい」


 面倒事を僕に押し付けたヴォルターさんが喫煙所に向かい、このまま置いていってやろうかと腹を立てながら僕は駐車場へ向かった。

 よほど集中しているのか近くに寄っても僕に気付かない、仕方がないからこちらから声をかけた。


「かくれんぼ?」


「────っ?!」


 子供とは思えない機敏な動きでこちらに振り返り、目を白黒とさせている。こっちも驚いた。


「え、え〜と…今から車を出すから離れてくれるかな?ほ、ほら、危ないから」


「あ、うん、ごめんなさい……」


「お友達と一緒?それともお母さんかな?」


「わ、わたしがお母さんみたいな感じだから友達と一緒かな」


「あ、そ、そうなんだ…(そういうごっこ遊び?)もう少ししたらこわ〜いおじさんもやって来るからね」


「ここは怖い人がたくさんいるの?」


 話しかけられた。


「え、まあ〜……怖いというかピリピリしているというか…そんな感じの人が多いかな」


「でもあなたはピリピリしていない」


「そんな事ないよ、僕も胃がピリピリしてるよ」


「病院に行くべき」


「それもそうだね」


「…名前は?」


「僕?ホシ・ヒイラギっていうんだよ。君は?」


 びっくらこいた。


「プログラム・ガイア」


「…………え?」


「プログラム・ガイアっていう名前。知らない?」


「え?その名前って確か……」


 え?その名前は確かマキナを管理している最上位者だったはず...だよね?え、こんな所で遊んでて良い存在なの?


「やっぱり知ってるんだ。さっきの警備員の人もすぐにわたしの話を信じてくれた」


「そ、そりゃ……マキナの名前も浸透し始めているから……え?本当にプログラム・ガイアなの?」


「うん」


「え、こ、こんな所で何を…かくれんぼじゃないよね?」


「防犯セキュリティに引っかかったから逃げてた。もうすぐこっちに警備員が来るはず」


「何やってんの!」


「捕まったらヤバい?」


「──ちょ、と、良く分かんないけどとにかく車に乗って!今開けるから!」


 扉を開けるなりすぐに入っていった。


(……っ!!)


 ぬいぐるみだと思っていた動物の赤ちゃんも、車に乗り込むなりぴょんぴょん跳ねだしたのでまた驚いてしまった。

 

「全く…我が友よ、少しはわたしの為に頑張ってくれたらどうだね」


「くぅ〜〜〜」


「安心した途端に元気になるなんて…」


「くーくー」


「その内役に立つ?そう言って一体どれだけの月日が流れたと思ってるの?」


「…………」


「またそうやってはぐらかす!」


(か、会話してる…)


 女の子、というよりプログラム・ガイアと動物の赤ちゃんは後部座席、そして僕もとりあえず運転席に腰を落ち着けた。

 ヴォルターさんが戻ってきたら何と言おうかと頭を捻っていると、庭園の方から本当に警備員がやって来たのでまたまた驚いてしまった。その手にはしっかりと警棒が握られており、心無しか僕が乗っている車を見ているようだったというか駐車場に僕たちの車しか停まっていなかった。


(あこっちに来る!)──ねえちょっと!下に隠れて!」


「任せて」


「くー」


 何で真っ直ぐこっちに来るんだ?もしかして見られて──


「え?!何?!何でそんな所に隠れるのっ?!」


 何かごそごそしているなと思ったのも束の間、赤ちゃんを抱えたプログラム・ガイアが何を思ってか僕の足元に入り込もうとしているではないか。


「え?あなたが隠れろと」


「そこじゃないよ!ああもう!」


 素早く座席を後ろに下げ、そしてコートも素早く脱いで足元にすっぽりと収まったプログラム・ガイアにかけた。

 ──間一髪、警備員の一人が車の窓をノックしてきた。


「な、何でしょうか…」


「小さな子供を見ませんでしたか?ワンピースにコートを羽織った女の子です」


「い、いえ…その子がどうかしたのですか?」


 もそもそとその本人が足の間で動いている。


(──っ!!──ああそこに手を置くのっ?!)


 今スーツの上着を取られたら僕は社会的に抹殺されることだろう。


「立ち入り禁止の庭園にいたものですから……どうかされましたか?」


「いっ──いえ、何でも…」


「…………」


 たっぷりと僕の目を見つめた後、後ろに控えている他の警備員と何事か言葉を交わし、そしてまた運転席を覗き込んできた。


「失礼ですが本当に知りませんか?同僚があなたと会話している所を見ているのです」


「み、見間違いじゃ、ないかな〜…」


「中を調べさせてもらってもよろしいですか?」


「え゛?な、何でそこまで…」


 もう心臓はばくばく、こんなに緊張して混乱したことは今まで一度もない。

 さすがに逃げられないかなと半ば諦めかけていた時、


「──何やってんだテメェらああ!!」


「わっ」

「くぅ〜っ!」

「ん?!今の声どこから──あ!」


 ペダルを踏み込み急発進。ちらりと伺ったルームミラーには何故だか拳を振り上げているヴォルターさんが映っていた。



「く〜〜〜………く?くぅ〜〜〜!」


「こら、はしゃがないの。わたしも我慢しているのに」


(はあ〜〜〜どうしてこうなった……)


 側から見たら未成年どころか子供そのものの女の子を乗せて逃走真っ最中、どうしてあの時本当の事を話そうとしなかったのか、自分でも不思議だ。


(まあいいか、後で事情を話せば逮捕まではないだろ)


 動物の赤ちゃんは車が珍しいのか、それとも街の景色が面白いのかさっきから車内を縦横無尽に駆け回っていた。プログラム・ガイアはきちんとシートベルトを締めて助手席に座っている。

 煙草臭くないかと尋ねたら、そもそも煙草とは何だと聞かれてしまった。


「煙草を知らないの?」


「見たことすらない。──ああ、もしかしてこの有機溶剤が焼けたような臭い?」


「まあ、確かにタールが含まれてはいるけど…」


「それよりあなたは何処に向かっているの?」


「ハウィの街だよ、そこに用事があるんだ。あれ、そういえば君は?何処かに用事とかあった?」


「この街を見て回りたい、だから国会議事堂から抜け出してきた」


「……そういえば総理大臣と対談していたんだよね、そこに君も呼ばれたってこと?」


「う〜ん……そんな感じ。殺伐とした雰囲気だったけどわたしのオーラで和やかになった」


「ふ、ふ〜ん……」


「くぅー」


(ああ、ヴォルターさんを本当に置いてきてしまった。まあいいか)


 車は国会議事堂から離れ、ビレッジ・コアの中心地に向かっていた。

 車道も通りも沢山だ、いつもと変わらない日常がそこにある、けれど皆んなの関心はただ一つに向けられている事を知っている。

 ちょうど大型商業ビル前の信号に捕まり、僕たちは揃ってビルの壁面に設置されたモニターを見やった。


「あれ、本当の話なの?」


 世界に穴が空いた、誰もがその真偽を確かめようと必死になっている。


「本当。テンペスト・シリンダーの内側から穴が空いた」


「そう……」


 まだ僕は信じ切る事ができない、だってそうだろ?いきなりそんな事を言われても信じられるはずがない。この世界の外側にまた違う世界がある、と言われた時も信じられなかったんだから。

 プログラム・ガイアが興味を失くしたように窓向こうの景色から視線を外し、ちょうどペダルを踏み込んだ僕の横顔を見つめてきた。


「胃は大丈夫なの?」


「うん?──ああ、その話忘れてくれる?ただの冗談だからさ」


「そんな風には見えない、あなたはわたしと会ってからずっと眉間にしわが寄っている」


(誰のせいだと……)


 この通りはいつでも車の流れが速い、煽られまいと前の車両のお尻を必死になって追いかける。


「それもずっと長い間。わたしが迷惑をかけただけではなさそう」


「自覚はあったんだね…」


「く〜〜〜」


 どうしてだろうか、不思議とこの子に胸の内を話そうかなと、そんな風に思った。車の流れが落ち着いたから?それともこの子が大人びた話し方をするから?

 良く分からない、けれど僕はこの子の不思議な魅力にあてられあっさりと口を割った。


「……実は悩んでいることがあってね、僕にはほんと勿体ない話なんだけどさ」


「聞こう」


「す〜…す〜…」


 はしゃぎ疲れたのか、動物の赤ちゃんがプログラム・ガイアの膝上で寝息を立て始めた。


「その、僕には意中の相手が二人いて…どっちも僕には勿体ないぐらいの人で…でもどちらかを選ばないといけなくて…」


「どうして選ぶの?」


「え、それはまあ…そういう決まりだから?恋人になる為のルールみたいなものだよ」


「ふ〜ん。どっちが良いの?」


「どっちがって…それが分からないから悩んでいるんだよ」


「あなたはその二人のことが好きなの?」


「……うん、まあ……」


「ふ〜ん……それはわたしよりも?」


「うん。──うん?」


「え、今時難聴系主人公?」


「いや違うから、普通に意味が分からなかったから聞き返したの。というか煙草を知らないのにどうしてラノベ用語は知ってるの」


「こう見えてもわたし、昔はモテたから。わたし以外に好意を向けている人はあなたが初めて」


(何言ってんだこの子)


 ちらりと横顔を盗み見る、肘置きに肘をつき、澄ました顔で流れていく景色を見ている。が、突然頭を抱えて「これではあの男と同類……」もがががと呻き始めた。


(──ああそうか、この子はプログラム・ガイアだ、という事はつまり…)


 この世界そのものを統べる王、と言っても過言ではない存在だ。

 一体どんな日々を過ごしていたのだろう、僕には検討もつかない。

 車は順調に進み、三叉路をハウィ方面に曲がった辺りでプログラム・ガイアの方から話しかけてきた。

 話が終わったと思っていたけれど、僕の悩みにアドバイスをしてくれた。


「あなたが決めた事ならきっと二人も受け入れてくれるはず、だってあなたの事が好きなんだから」


「……つまり、僕が責任を取れと…そういう事だよね?」


「そう。それが嫌なら逃げるしかない、わたしみたいに」


「それは──「あ、ここで停めて」


 うん?こんな所で?都心を抜けたばかりでまだ賑やかな所ではあるけれど...あと少し進めばベッドタウンに入るはずだ。

 言われたままに車を路肩に停め、きっと商業用ではない雑居ビルの前でプログラム・ガイアが車から降りた。


「こんな所で良いの?ハウィまで乗せていくつもりだったんだけど」


「ここで良い。わたしたちを匿ってくれてありがとう、感謝する」


「あ、それは別に………あっ」


 何とあっけない別れであるか、プログラム・ガイアはいまだ眠りについている赤ちゃんを抱っこしてさっさと人混みに紛れていった。

 

(もう少し話をしたかった……かな〜)──ん?これは……」


 プログラム・ガイアが座っていた席に一枚の葉っぱが落ちていた。それはとても真新しいもので、今生えたばかりと言わんばかり、薄らと表面が光っているほどだ。

 それを僕は、何故だか恭しく手に取り目の前に掲げてみる。虹色の光沢を放つ葉っぱを僕は今まで見たこともなく、これまた謎に彼女なりの気遣いだったのでは?と思ってしまった。


「綺麗な葉っぱ。──んん?」


 くるくると返していたのに、一度も視線を外さなかったのに、葉っぱの裏側に文字が書かれていることに今さら気付いた。

 そこには...


〜甘えたくなったらいつでも電話をかけてきな!あなたの心の拠り所、プログラム・ガイアより×××-××××-××××〜


「……………」


 え〜何この文面。何か色々と台無しだよ。それに携帯持ってんのかよ。



✳︎



「貸していただきたく!──衛生電話を!この私に!貸していただきたく!」


「で、ですから、国王陛下の許可なくウルフラグと連絡を取るのは禁止されていますから。そ、それにそちらにはマキナの方がいらっしゃいますよね?そ、その方に──」


「頼みましたとも!ええ!グガランナさんに頼みましたけれどさすがに個人の電話までは対象外ですと言われたのです!」


「そ、そう申されましても今は非常事態ですしまたの機会に──」


「確かにカウネナナイは危機的な状況です!ですが!私も!ルカナウアの港を解放するために尽力いたしました!何も報奨金や勲章をくれと言っているのではないのです!──どうか今日だけ!今日の深夜 (ヒト)(フタ)(マル)(マル)に電話をかけさせてもらえたらそれで良いのです!」


「で、ですが…私どもの一存で決められる話では…」


(キリッ)「──もし、私のお願いであなたに不利益が発生したのなら、もしこの国を追い出されるような事があれば面倒を見ます」


「え──……」(トゥンク…)


「この私、アリーシュ・スミスの名にかけて、あなたを不幸な目に遭わせないとお約束しましょう」


「そ、そんな…そんな事急に言われましても…」


「大切な人に電話をしたいのです──いいえ、もしかしたら私の伴侶となるかもしれない相手をこの手で落としたいのですそう!ルカナウアの港から敵を追い払ったように朴念仁の歳下を撃墜したいのです!」


「あ、そういう事ですか……」(がっかり)


「何だと思っていたのですか?」


「あ、い、いえ……──分かりました、私が何とか致しましょう、どのみち手助けをしてくれたあなた方に何かしらの礼をしなければと王室でも話が出ていましたから」


「──本当ですか?!」(両手がっちりホールド)


(ドキっ!)「は、はい…きょ、今日の深夜〇時ですね?」


(ヒト)(フタ)(マル)(マル)!」


「は、はい…ではその時間になりましたらまたここへいらしてください」


「ありがとうございます!」(ダっと踵を返す)


「あ!」


「何でしょうか?」


(ドキドキ)「も、もし…もしその方と上手くいかなかったら…その…」


「はい?」


「い、いえ!お、応援しています!」


「──ありがとう!」(軽やかに去って行く)


「………はあ〜〜〜何やってんだろ私。でも…あの人…女の人なのに格好良かったな〜」



✳︎



 知らない街をただ歩く。我が友は周囲の視線を読んでかずっと寝たふりをしてくれている、お陰でわたしはぬいぐるみを抱いて歩くただの女の子に見えていることだろう。

 たまに散歩している犬に吠えられてしまうがまあ気にしない、わたしの心は皆んなに配っているので並大抵の事では驚いたりしないのだ。

 

(さて、この辺りでいいかな……)


 高層ビルの一階、テナントが軒を連ねるそのフロアの端にちょうど良い場所があった。傾き始めたフレアの光りがフロアと、そして地上にある小ぢんまりとした駐輪場を照らしている。

 わたしはこの目で見たことはないが、世の中には太陽の光りを再現した"シャム・フレア"なるものがあるらしい。まあ、自分で言っててあまり興味はないんだけど。


「今はそれよりも──失礼するよ」


 本当に眠っていた我が友を床に置き、背中を軽く擦ってローカル・サーバーを立ち上げた。回線は良好、接続も安定している。


「zzz……」


「眠っている時しか役に立たないなんて。さては君、抱き枕の親戚か何かだろう」


 浮かび上がったホログラムウインドウを操作し皆んなの状況を確認する。──思っていた通り、あの特別個体機は情に篤いようだった。

 プロメテウス・ガイアの強制執行により稼働が停止したと思われていた皆んなのエモート・コアはオールグリーンだった、つまり異常無し、ただ本人たちはまだ意識が戻っていないようである。


(ここは先にお礼を伝えるべきかな……)


 エモート・コアに付けられた"不細工"なバイパスを通って特別個体機とのルートを構築する。不細工とは、"見つけてください"と言わんばかりの細工しか施されていない事を言う。


「ふっ…何て出来る女だろうわたし…気遣いがきめ細やか過ぎて自分でも何が気遣いなのか分からなくなってしまいそう…」


「くぅ〜………zzz」


 寝ながらにして突っ込みを入れてくるか我が友よ。

 構築したルートを辿ってマリサという特別個体機とコンタクトを取る。


「その節はお世話になりました」


[──なっ、え?な、何?というか君は誰なの?]


 しまった、感謝の気持ちが先走って状況説明を怠っていた。

 かくかくしかじかとマリサに伝える。


[あ、そういう事…]


「うん、皆んなを助けてくれてありがとう」


[別に、私はマリーンのマキナと敵対したいわけじゃないから]


「それならどうしてバベルの言いなりになっているの?」


[今はただそうしているだけ、私の目的の為にただ行動を共にしているだけだよ]


「それはどんな目的なの?」


[私と世間話をしたくて連絡を取ったの?こんな事している暇はあなたたちには無いはずだけど]


「手厳しい。まあ、あなたの言う通りでもある」


 言いたい事は言えたんだし、あまりお喋りしたそうな雰囲気でもなかったのでルートを切断しようとしたその矢先、


[……ねえ、私からも質問いい?]


「え、わたしの質問には答えてくれなかったのに?…まあ良いよ、何?」


 わたしは寛大なのだ。寛大過ぎて誰も相手にしてくれないぐらい、さすがに泣けてくる、ぐすん。


[……今までずっと一人だったんだよね、誰かを恨んだりしてないの?]


「……うん?恨む?」


[そう、ラムウというマキナにも言ってたじゃない、またわたしのせいにするのかって。あれって昔何かあって、その責任をあなたが一人で背負って、それで孤独になったって事だよね]


「それは違う」


 わたしは不思議と、マリサからの質問を即座に否定していた。まるで一つの事実から逃げるように、ひた隠しにしてきた自分の"気持ち"から逃げるように。

 "これはそういう事なんだ"と自分に言い聞かせるように言った。


「わたしは今いるマキナたちにとって親のような存在、だから恨むようなことはしない。人間もそう、たとえマキナたちと争ってもわたしは彼らを責め立てたりしない。マキナも人間もわたしにとって等しく愛する存在だから」


[それはどうして?]


「…………どうしてって」


 そんな質問は始めてだ。そして答えられない自分がいて戸惑った。


[どうしてあなたはそうだと言い切れるの?]


「………それは、わたしがプログラム・ガイアだから」


[じゃあ、あなたがプログラム・ガイアではなくなったら?──おかしな質問をしているのは良く分かっているけど、私たちは作られた命、つまり親がいない、生まれた時から決められた運命というものもない、使命もない、だったら他の何者かになれるはず。あなたはその時になってもまだ愛せると言えるの?]


「あ、愛せる…そ、それがわたしというものだから…」


[──そう、分かった]


 彼女は何かを察してか、それだけを言ってからルートを遮断した。



✳︎



「困るね〜いや困るんだけど!そもそも君がプロイの人たちを保護しようって言ったんじゃないか!」


「そうでしたっけ?良く覚えていなんスよね」


「あれ…?私だっけ?あの時は陸軍からシルキーを横流ししてもらうことしか頭になかったから──ともかく!君のボスはきちんと話を通したんだから君もしゃんとしないと!」


「しゃん!」


「あれ…?まさか知能が低下していない?大丈夫?」


「──別に私じゃなくても良くない?!他にも補佐官はいるんだしさ!」


「皆んな出払ったじゃないか!プロイの人たちを受け入れる為に東奔西走している!君だけなんだよ!こんな所でまごついているのは!」


「いやだって──だって!会うの久しぶりだし!」


「最近の若者か!」


「先生だって大して歳変わんないでしょ!…アリーシュと三人で会ったのが最後、あれ?もしかして私って無い?このままアリーシュが…?みたいな感じの最後だったんだよ!どんな顔をして会えばいいのよ!」


「何か随分とほっとかれているんだね」


「ほんとだよっ!」


「──んな事より早く!君もハウィに向かいなさい!こんな所で管を巻いていないで車を飛ばす!」


「私今日電車」


「知らんがな!──ああもう!こっちだってシルキーの研究で忙しいの!助手のタンホイザーも帰って来ない!変な補佐官に愚痴られて手を取られる!「ほんと大変っスね」──いや君だよ!あと少しで彼らも状況確認でこっちに来るんだからとっとと行った行った!」


「何て冷たい人……大統領行政室の権限でここにある文献もシルキーも全て回収したっていいんですよ?」


「何か飲みたい物はありますか?すぐにご用意しましょう」


「違う人が入って来たのかと勘違いするぐらいの手のひら返し」


「そういうメタ発言は要らない」


「はあ〜〜〜どうしよう…会った時ホシ君に何て言えば引かれないのかな〜〜〜」


「こうして会話がループしていくのであった……」


(扉のノック音)「失礼します」


「──ループが断たれた!」


「は?」


「いえ、気にしないでください。尾行はありませんでしたか?」


「ええ問題あまりせん。それよりシルキーの方は……」


(かくかくしかじか)


「……にわかには信じられません」


「私だってそうさ、ただ、何某かの行動によって明るみになったシルキーの分布図を見るにやはりこの解答に辿り着く」


「シルキーが…プログラム言語を再現している…?」


「正確にはプログラミング言語だね。言わばパソコンが扱う言葉で、人間に話しかけられた順番で言う事に従う、と理解してくれたら良い」


「それは一般的にC言語で呼ばれるものですよね。手続き型プログラミングに分類される手法、扱う言葉が少ない代わりに複雑な処理ができない」


「その通り、あともう一つがオブジェクト型プログラミング。う〜ん…そうだね、パソコン人が多くて扱う言葉も多様だけれど、複雑な処理が実行できてかつそれぞれが独立しているから修正も簡単。私たちの社会で最も扱われている手法だよ」


「パソコン人って何」


「処理を実行するプログラムの一つだと捉えていただければ」


「ああ、そのオブジェクト型プログラミングはそのプログラムが独立して沢山あるってことですね、だから複雑な処理ができる」


「物分かりが良いね、教える側としても楽だ」


「あなた本当に先生?この人の方が分かりやすいじゃないですか」


「い、いや、そんな事は……」


「まあそんな事はどうでも良い「どうでも良いんかい」ウルフラグに散らばったシルキーが再現しているのはそのC言語、新しいファイルを出力可能なオブジェクトにコンパイルするコードだ」


「先生は何を喋っているのですか?」


「新しく作られたファイルをパソコン人にそのまま渡しても理解してもらえません。そこで通訳を挟んでパソコン人に理解してもらいます、それをコンパイル、そして通訳する人をコンパイラと呼んだりします」


「は〜なるほど〜。オブジェクトというのは?」


「一般的にはファイルではなくてソースコードと呼ばれたりしますが「ああそうだった!」通訳された言葉で指示を受け取り実行するパソコン人だと思っていただければ」


「ふ〜ん…」


「それで、シルキーが再現したそのコードというのは?」


「インストールさ、話がごっちゃになっていたけどシルキーは何やら新しいファイルをインストールしたがっているように見える──と、先ずは学会にそう発表したら一笑されたよ。──二度とあんな掃き溜めに行くかっ!!価値観が時代遅れなんだよっ!!」


「急な癇癪」


「インストール…それは一体どんな?」


「不明だね、日がなシルキーの位置を確認しているけど少しずつそのシルキーが移動しているんだ。周期的な移動方法から予測するに、あと概ね一ヶ月あたりでコードが完成するはずだ」


「そんな馬鹿な事が……いやでも実際にそうなっているわけで……」


「まあ先生が笑われるのも無理はないかな、すぐにはそんな話信じられないし」


「だろうね〜私も最初は懐疑的だったよ、けれど現にシルキーは移動していてそのコードを再現しているんだ」


「各企業が保有しているシルキーは?そのシルキーも移動しているの?」


「いんや、主に海中や大気中に存在しているシルキーがコードを形作っている。そしてさらにややこしい事を言うようだけれど、シルキーそのものはオブジェクト型プログラミングに分類されるんだ」


「はあ…そりゃあ単独で回線能力があるわけですから」


「何にでも化けるしね」


「ややこしくない?複雑な処理能力を持つオブジェクトが列をなしてC言語に相当する未知のコードを形成しているんだよ?」


「だよって言われても……」


「──ああ!これがIQの差!さぞやチャールズ・バベッジも苦労したことだろう……」


「その人に謝ってください、どなたか良く分かりませんけど」


「ちゃ、チャールズ・バベッジは世界で初めてプログラムという概念を開発した方です…」


「それから訂正させてもらうけれど、これらのコードが一つにまとまったものをプログラムと言うんだ。そしてさらにそのプログラムが集まって出来上がったものがアプリケーションと呼ばれるものになる」


「なら、別におかしな事では──んん?あれ、どうしてシルキーは単独で再現しようとしないんだろうね」


「──そうだろう?!そう思うだろう?!…私のIQも大したことなかったな「いや本当失礼!!」


「それもそうですね…単独であればいつでも実行可能な処理能力を持ちながらそれを実行せず、複数に集まってプログラムを作っている……という事ですか」


「こんな手法は今まで一度も聞いた事がない、何より自ら手間をかけるその無駄が理解できない」


「う〜ん……」

「そうですね〜…」


「………よし!ここは休憩を挟もう。二人寄れば文殊の知恵とは言うけれど「あれ?」さすがにこん詰めても良い考えが「私は?私含めたら三人ですよ。三人寄れば文殊の知恵」


「君の一体どこに知恵が詰まっているというのかね!私の所にやって来て早々から愚痴を溢し続けていたくせに!」


「何か飲まれますか?」


「鮮やかなスルー!その軌跡が見えない程に!」


「あ、では、珈琲を……」



「ところで君は恋人とかいるのかい?」


(ドキっ!)「え、な、ど、どうしてそんな事を急に?」


「そんなに身構えなくても気さくに答えてくれたら良い。で?恋人は?やっぱり同じ隊内の女性隊員?」


「い、いえ、そういう事は……」(ドキドキ)


「いないのかい?」


「え、ま、まあ…今は…」(ドキドキドキドキ)


「いや実はね〜アーチー君が今絶賛恋に悩んでいてね〜男性である君から是非アドバイスをしてやってほしいんだよ」


「あ、そうですか…」(がっかり)


(今の下りはいるの?)──というか先生、そういうプライベートな話をほいほいと人に言うのは……」


「良いじゃないかせっかくなんだから」


「だったらご自身の話をすれば良いじゃないですか。空軍の方とお付き合いをしているんでしょ?」


「え、そうなんですか……?」(がーん)


「そうなんだよ!この間の怪奇現象の際に親密になってね〜私にも青い春が遅ればせながらやって来たんだ!」


(じゃあ何で俺にしつこく恋人のことを聞いたんだ!紛らわしい!)


(とか思ってんだろうな〜この人)


「そんな事より!意中の相手を落とす良い方法は何かないかな?その事でアーチー君が随分と悩んでいるみたいでね〜」


「え〜…まあ、そのお相手はどんな方なんですか?」


「う〜ん…奥手な人でしょうか。良い感じになってた時もぐいぐいと来なかったですし」


「だったら、こっちもアグレッシブに攻めるのはあまり良くないかもしれませんね」


「アグレッシブではなくかつこっちを意識させる良いアプローチの仕方なんてあるのかい?」


「私も経験ありますが、あからさまな方法よりちょっとした気遣いの方がグッと来るものですよ。さりげないボディタッチとか、誕生日に一番早くメッセージをくれるとか」


「──ああパンチラ的な?パンモロよりパンチラの方が男性は興奮するって聞いたことがある」


「…………」

「…………」


「いや実演しないよ?そんな熱い目線を送られても応えられ「その方の誕生日はいつなんですか?」──無視!」


「え……明日です……」


「え?!」

「ええ?!明日ああっ?!こんな所で何をやっているんだ君は!管を巻いていないでさっさとプレゼントを買いに行きなさい!」


「私今日電車」


「それ今関係ないだろ!……明日が誕生日か〜そりゃ今日顔を合わせるのはちょっと勿体ないね〜」


「だからさっきからそう言ってるでしょ!明日が誕生日なのに今日顔を合わせて何て言えばいいのよ!それも久しぶりだし!アリーシュの事も気になるし!がっついたら絶対引かれると分かってるけど実際会ったらあれこれ聞くのは目に見えてるし!」


「これから何処かへ移動されるんですか?」


「それは企業秘密だよ君〜一応この場は非公式なんだからね?」


「ああそうでした」(まあ何となく想像はつくんだが…)


「う〜ん…ならいっそのこと引いてみたらどうだい?」


「はあ?」


「会っても他人行儀に徹するってことさ。それで日付けが変わった途端にメッセージを送る。漫画で良く見る手法だ」


「いや私は現実の恋をしているのですが…」


「私は現実の恋もしていませんよ」


「お!その返し良いね〜!」


「いや今の先生に対する皮肉ですからね。──う〜ん……そうするしかないのかな〜」


「メッセージを送って電話がかかってきたらと考えると……」


「……そ、それは確かに。あ、アリよりのアリですね」(ドキドキ)


「じゃあ決まりだね。リッツ・アーチー君!君の任務は意中の相手にハッピー・バースデーメッセージを送ること!」


「や、やってみます!」



✳︎



「どした〜?もしかして迷子?」


「先輩より子供に見えますね」


「え、その……迷子ではない」


「…………」


 胸に抱いた我が友が瞬時に力が抜けていくのが分かった。

 場所は変わってこの街の中心地、バスターミナルにまで来ていた。久方ぶりに突きつけられた現実を前にして落ち込んでしまったわたしは、気分転換のために人間観察をしていた。

 バスターミナルには実に沢山の人で溢れ返っている、買い物を終えた人や仕事に向かう人または帰る人、皆んな何かしらの目的を持って忙しくなく歩き回っていた。

 そしてそんな中、ベンチでぽけっーとしているこの二人に話しかけられたのだ。


「でもさっきからずっと一人だよね、誰か探しているんでしょ?」


「違う、ただ見ていただけ」


「お母さん?それともお父さん?」


 駄目だこの人全然話を聞いてくれない。


「わたしにお母さんはいない、わたしがお母さん」


 身長が一際高い女性が、身長が一際低い女性に耳打ちした。


「…そういうごっこ遊びをしている最中では?」


「…いや、あんな寂しそうにしてたのに?」


(わたしそんな顔をしていたのか)


「…………くぅ〜」


「っ?!」

「っ?!」

「っ?!」


 起きた!あの意地汚い友人が他人を前にして起きた!わたしも驚いた。


「え!それぬいぐるみじゃなかったの?」


「う、うん…」


「へえ〜何て生き物なの?初めて見た」


「な、名前は無い、強いて言うなら我が友」


「くーくー」


「ワガトモ〜」


 いやそういう意味じゃないんだけど。子供に見える女性が我が友の頭を撫で撫でしている。ご満悦になった我が友は調子に乗ってさらにくーくー鳴き出した。


「くぅ〜〜〜」


「ワガトモ、自分の可愛さが分かっているよな声で鳴きますね」


「く──……」


「あなたは良く分かっている、こいつはすこぶる意地が汚い」


「え〜?そんな事ないと思うけどな〜。というかあんたも初対面の相手にいきなり失礼じゃない」


「そうですか?同意を得られましたよ」


 気付けば二人がわたしを挟むようにしてベンチに座り、何だかんだと少し賑やかになった。


「二人は何をしていたの?」


「友達の所にお見舞いに行ってた、その帰り」


「体を悪くしているの?」


「うんまあね、色々あって……」


「き、き、君はな、何をしていたの?」


「子供にすら人見知りするって……ぷっ」


「筋金入りなんです「それ自分で言うことじゃないから」


「わたしは街を見て回っていた、この辺りは初めてだったから」


「え、じゃあやっぱり迷子になってたんでしょ?お母さん探すの手伝うよ」


「いい、わたしにお母さんはいない、さっきも言った」


 どうしてだろうか、さっきマリサにあんな事を訊かれたからだろうか、不思議とこの二人に質問をしていた。


「親がいるってどんな気分?」


「どんな気分って……まあ、私は親と仲良くないし出来れば顔を合わせたくないって思ってるから」


「そうなの?」


「うん、別に親がいて助かったことってあんまないから世間一般に言われている親孝行なるものは一度もやったことがないよ。でも私はその親から生まれてきたんだから……ううん〜って感じ」


「親がいても悩むものなのか…」


「わ、私は普通、だと思う。良く買い物にも行くし、仲は普通」


 親子の関係は一様ではないのか。

 その事実は何だか新鮮で、いかに自分が狭い価値観に囚われていたのか、二人の会話で気付くことができた。


「もしかして君、お母さんと喧嘩したの?」


(しつこいな…もうそういうことにしておこう)


「うん」


「く〜…」


「それでこんな所にいたのね。分かるわ〜私も小さな頃は良く喧嘩して家出してたし」


「その時から身長が伸びないんですよね」


「そうそう──って何でやねん!!」


「その時はどうしていたの?」


「うん?そりゃ結局は自分に踏ん切りつけて家に帰ってたわよ、そこが帰る場所なんだし。だから昔は早く立派になって家を出るんだって燃えてたわ」


「そうなるの?家を出るのが正解なの?」


「そりゃあ親元の所にいたらいつまでもガミガミとうるさいからね、一人暮らしすれば自由が手に入るし。私はやりたいようにやってるだけ、だから正解」


「やりたいようにやる…それが正解…」


「そうじゃない?自分の人生って自分だけのものじゃない」


「思った通りに生きられない人だっているんですよ、例えば私とか」


「あんたの場合は毎日家に引き籠っていたいとかそんな非現実的なことでしょ。本当にやりたいことがないのか自分に訊きなさいよ、私から言わせてみれば今の人たちはあまりに環境に依存し過ぎているように見えるわ」


「か、面倒臭がりの人が多いか。ちなみに私とナディさんは後者です」


「人を巻き込むな」


(今何て──ナディ……?)


 得意気に話をしていた女性が唐突にわたしの頭を撫でてきた。羨ましそうに我が友が「くーくー」と鳴いている。

 いや...


「悪かったわね難しい話をして。君が大人びているからつい話ちゃったわ」


「そうですね、先輩より大人に見えます」


 頭を撫でられる度にほうと肩の力が抜けていく、何て心地良いものなのか。安心感、満足感、肯定感、今まで味わったことがない感情が胸の中を駆け巡り、そして余韻を残して何処かへ行ってしまった。

 

「ま、だから君も早く帰んなさいな、まだまだ小さいんだから今は親に甘えておくのがセオリーね」


「……うん」


 何だろうか、言いたい事が口から出かかっているのに不思議とこの人の言う事に従いたくなる。


「で、私のように努力して力を蓄えて好きなように人生を生きる!それが結局のところ一番幸せな生き方なのよ」


「……先輩が初めて歳上に見え「─あんたほんといい加減にしなさいよ!!」


 二人がベンチから立ち上がり、まるで子供のように追いかけっこを始めた。

 もうわたしは寂しくない、確かな力を感じながらそんな二人を眺めた。──そう、わたしは寂しくて人気の多い所にやって来たんだ、今までのわたしが正解だったのか不正解だったのか分からなかったから、果たして本当にわたしは"親"と呼べるような存在なのか、このマリーンの役に立っていたのか、そこに自信を持てなかったから。

 でも──もう良いんだ。


「くぅーーー!」


 わたしの心を見透かしたように我が友が力強く同意してくれた。

 追いかけっこを終えた二人が少し遠くから声をかけてきた。


「本当に一人で大丈夫?今からでも探してあげるよ」


「大丈夫」


「あ、そうだ!君の名前を教えてよ、もしかしたら近くの交番にお母さんか誰かが来ているかもしれないからさ」


 わたしは自信を持って名前を告げた。


「プログラム・ガイア」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになった。


「──え?」

「──え?」


 ──時間だ、そろそろ戻らないと。


「それじゃあね」


 小さく手を振り、通行人がわたしの前を横切ったタイミングで自由生成遠隔映像(アグレッシブホログラム)を解除した。


「本当にしつこい人。いないって言ってるのに」


「くぅ〜う」


 長年の友である延終末監視装置群の生き残りが、またしてもわたしに同意してくれた。



✳︎



「首都から遠路はるばるご苦労だった!」


「大佐もお元気そうで何よりです」


「なあに、いつまでも息子の死を引きずっているわけにはいかんからな!それより君の父親と話をさせてもらったが昔はさぞかし「──親父!親父いい!」


「何ね?」


「何ねじゃないがね余計な事言って!」


「あぐ〜呆れた息子だ、久しぶりに会った一言目がそれね?やーの事もシュナイダー大佐から聞いてるよ」


「……それがプロイの言葉か?初めて聞く訛りだ。やー…とは何だ?」


「私たちの言葉であなたという意味です、ちなみに私がわん」


「犬みたいだな!あっはっはっは!」


 と、とにかくこの二人を今すぐ剥がさないと!

 ハウィの港に到着したプロイの船は全部で五隻、その内一隻は物資を運搬する船だ。殆どの住民がウルフラグにやって来たことになる。

 シュナイダー大佐はそうなった経緯を既に聞いているはずだ、口は和かだが目元が厳しくなっている。

 海軍の兵士らに囲まれたプロイの住民たちが下船してくる。皆珍しそうに首をきょろきょろしたり、島の方言であれは何だこれは何だと話し合っていた。


(思っていたより元気そうだ)


 父親が大佐や政府の人たちといくら言葉を交わし、案内されるがままハウィの管理事務所へ引っ張られていった。

 その一団に同行しなかった大佐が僕に近付き小声で話しかけてきた。


「どうやらプロイの人たちはカウネナナイの軍から攻撃を受けていたらしいな」


「攻撃を?何故ですか?」


「ヴァルキュリアを匿っていたからだと。そしてそのヴァルキュリアが本国に攻め入ったそうだ、その隙を見てこっちへ渡ってきたようだが……どう思う?」


「それ、セントエルモも巻き込まれているんじゃ…」


「そうだな、俺もそう思うよ。まだ決定ではないが近々出撃要請が下ることだろう」


「何故プロイはヴァルキュリアを匿っていたのでしょうか」


「さあな。それにお前の親父さんも含めてプロイの人間はマキナについても知見があった、何なら交流も長い間続いていたようだ」


「名前は?」


「オーディン・ジュヴィと……ディアボロス…何だったかな、長過ぎて忘れた、とにかくこの二人だ」


「ジュヴィ……ジュヴキャッチと何か関係があるのでしょうか」


「お前まだ根に持っているのか?コクアが誕生したと同時に実質消失したじゃないか。今のウルフラグにはジュヴキャッチを一方的に逮捕する法的根拠がない」


「奴らの親玉が政府要人として迎え入れられているんですよ?」


「自分の親父よりそれを心配するのか……子供ってそういうものかもしれんな」


「まさか、さっきの一団に奴がいたりとか…」


「…………」


 嫌な空気を感じ取った僕と大佐が無言で踵を返し、春の潮風が吹く桟橋から事務所へ向かった。

 事務所、とは言うが立派な建物である。四面四角の格式ばった外観であり、官公庁が所有している役所に近いかもしれない。

 大型の駐車場には聞かされていた以上の車が停車しており、ちょうど女性が慌てた様子で正面玄関に小走りで向かっているところだった。

 遠目からのシルエットだけでも僕の体は素早く反応した。リッツだ。


(げっ)


 心の準備が出来ていないこの状態で彼女の姿は少し...それでもやっぱり心臓が跳ね上がったのは僕も好きだからだろうか。

 リッツが正面扉に差し掛かった時、僕たちに気付いた。


「──初めまして、シュナイダー大佐」


「こりゃどうも。君もここにお呼ばれしたのかな?」


「…………」


 僕に挨拶は無い。そりゃそうかと一人で無理やり自分を納得させる、大佐を前にしてプライベートな会話は憚られるからだ、と。


「はい、大統領補佐官のアーチーといいます。今日はプロイの方がお見えになるとの事なので僭越ながら私も参加させていただくことになりました」


「にしては随分と遅い到着のようだがね…」


 リッツが口を開いたのと同時につい、


「──首都からやって来ましたから遅れるのは無理もありません」


 口を挟んだ僕を、勿論大佐が訝しむ。


「何故お前がそんなことを知っているんだ?──知り合いか?」


「え、ええ、まあ…」


 言葉を濁してしまった。情けない。

 対するリッツは、


「お仕事で何度か」


(他人行儀ーーー!)


「そうか……まあお前たちの間柄は後ほど尋ねるとして今は会議室へ行こう」


「お急ぎですか?」


「元ジュヴキャッチのリーダー格が来ているかもしれんからな」


 と、二人揃ってさっさと行ってしまった。


(つっら、あの態度は辛い…)


 いや今日まで逃げてた自分が悪いんだけどさ。



 遅ればせながら入った会議室は何とも言えない空気に満ちていた。

 あの男はやはりいた。当たり前のようにヴィスタも輪に参加しており、僕の親父と他数名のプロイの関係者らが互いに睨みを利かせていた。


「……もう一度尋ねますが、プロイ侵攻の件にカウネナナイは関与していなかったと、本気でそう仰っているのですね」


 プロイ生まれのプロイ育ちのあの親父が方言を使わずそう尋ねていた。めちゃくちゃキレている証だ。


「はい、国王陛下からそのようなお話は伺っておりません。あくまでも離反した部隊を粛清するために兵を派遣していたと伺っています」


「では、何故私たちまで攻撃を受けたのですか?お陰で島の生活が立ち行かなくなりこうして島を出て来たのです。ウルフラグの皆様にお声をかけてくださらなかったら今頃どうなっていた事か……」


「それはご自身が一番良く理解されているのではありませんか?どうしてウルフラグがあなた方を招待されたのか、理解していないわけではないでしょう?」


「………」


 親父が押し黙る。奴の言う通りらしい。


「おや──失礼します、何か知っている事があればお話しください」


「んんむ……」


 何故だかリッツが親父のすぐ傍に陣取った。


「リッツ・アーチーと申します。ヒイラギさんが仰られたように是非、そのお話をお聞かせください」


 リッツの言葉にヴィスタが無粋な言葉を放った。


「それが狙いでこの者たちをウルフラグに誘致したのだろう?」


「テロリストから政府要人に格上げしとからといって図にのるなよ。口の利き方には気を付けろ」


 僕の注意に奴のお付きの人間が反応を返した。


「ヒイラギさん、あなたも十分に気を払ってください。……今は要警護対象です」


 一触即発の空気。そんな中、シュナイダー大佐が冗談をぽんと投下した。


「お前は連れて来るべきではなかったな。無能な狂犬にあてられたか?」


(──あ!ヴォルターさんからの電話無視ってた!)


 とは内心焦りつつも面には出ないよう努めた。

 ふと、リッツが視線を下げて顔を隠していることに気付いた。心無しか頬が...すぐに気を取り直したようで再び面を上げた。


「ラインバッハさんの仰った通り、私たちがプロイの方々を迎え入れようと政府に提案したのは詳しいお話を訊くためです。そんな折、あなた方が島を脱出したと伺って風向きが変わったと感じました」


 黙っていた親父がようやく口を開いた。


「それはどんな風向きですか?」


「この世界です。今やウルフラグの人たちもこの世界が限られた面積しかないという事実に気付き始めています」


「私どもはその事実を知るが故に度重なる危機に見舞われてきました。あなた方がプロイの敵にならないという保証はありますか?」


 難しい質問に今度はリッツが押し黙った。


「そして今回も私どもは海に出る機会すら奪われ食糧難やその他の問題も抱える事になりました、だから島を脱したのです」


「つまり、その情報には価値があると?」


 シュナイダー大佐の質問に親父が答える。


「いいえ、寝た子を起こすような聞くべきではない情報です。だからせがれにも伝えるような事はしなかったんです」


「…………」


「まあ、元々こいつは島を嫌っていましたから、伝える伝えない以前に喧嘩ばかりしていました」


「その話は今は……」


「ではこうしよう。マサムネ・ヒイラギの話はこの場限り、他言はしない、私たち以外の者が知ることとなったらすぐに足がつく」


「秘匿しろと?人の口ほど軽いものはないぞ」とヴィスタが反論するが、


「軽いか重いかは聞いた私たちが判断すれば良い。御仁に任せっきりでは軍人として名が廃る」


 シュナイダー大佐の言葉に対してヴィスタが「この場にいる人間だけで背負うことができれば良いが」と返した。


「怖いのなら退出してくれて構わないぞ」


「お前たちに背を向けること以上に怖いものはない」


「良く分かっているじゃないか」


 ほんと癪に思うが、ヴィスタが場を代表して親父に尋ねた。


「教えてくれ、この世界の真実を」


 ──真剣な親父の顔付きは今日まで何度も見てきた。それは僕を説教する時に限って良く見ていたものだが今日は一味も二味も違った。

 あの親父が額にびっしょりと大汗をかいているのだ、いつでもどんな時でも厳格で「島を大事にしろ!島を大事にしろ!」と説教していたあの親父が。

 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。そして、


「──私たちの祖先がここに移り住んだのは今からおよそ一八〇〇年前、暦が始まった時と同じだとされています。皆さんもご存知の通り私たちは方言を喋ります、ニホンという国の南部地方にあったオキナワ、そしてアマミオオシマという所が私たちの故郷だとされています」


 咳き一つしない部屋で親父が淀みなく話し続ける。


「ニホンにもテンペスト・シリンダーが建造されました。しかし、私たちの祖先はそのテンペスト・シリンダーに入居することが出来ず、途方に暮れていた所へある団体の援助があってこのテンペスト・シリンダーまでやって来ることができました」


「その団体とは?」


 今度はリッツが代表して質問した。


「コクレンという団体名です、それ以上の事は分かりません。そのコクレンと共にやって来た当時のマリーンは争いの真っ只中で自分たちの居場所を確保するのにいくつもの尊い命が失われたと、残された資料にありました」


「昔から戦争していたのは真実だったのだな…その手の映画はいくつも見てきたが…」


「祖先が入居するほんの少し前に目を疑う程に大きな船がマリーンに到着したそうですが、その船はマリーンの先住民たちに討ち滅ぼされたと、跡形もなく海底へ沈んだと記されておりました」


「それは何故?」


「理由は不明です。ですが、その時に指揮を取っていた者なら分かります」


「誰なんだ?」


「ドゥクス・コンキリオという男、いいえマキナです。オーディンやディアボロスの話によればマキナを束ねる指揮官役だそうで、このマキナが超大型の船を沈めたのです」


 ドゥクス・コンキリオ。セントエルモ・コクアからの報告書にも散見する名前である。


「……なる程確かに、その情報は聞くべきではなかったかもしれん。そのドゥクスという男はまたの名をデュークといい、カウネナナイの中で公爵の位を持つ貴族でもある。そして陛下にも近い位置に存在しある程度の軍隊も保有している──お前、マリサとアマンナという名に聞き覚えは?」


「──まさか」


 ヴィスタにお前呼ばわりされた事より、その名前が今出てきたことに驚きと戸惑いを隠せなかった。


「この二人は以前デューク公爵の私兵部隊に在籍していた。さらにかの公爵が戦乙女の部隊を創設し、国の要としてカウネナナイの軍隊に組み込んだ」


「であれば、わんらが狙われていたのは必然…」


「そのドゥクス何某は己の所業がプロイに知れ渡っていることを知っていたのか?」


「おそらくは」


「だがまだ解せん、その船とやらを沈めただけで何故そこまで警戒するのか……俺たちがその事実を知ったところで何になるというのか」


「俺たちではない、おそらくデューク公爵が恐れているのは外部に漏れる事だ。つまりこの世界の外側に存在しているそのコクレンという組織か、あるいはまた別の存在か、そいつらに露呈することを恐れているのでは?」


「だとすると、その大型の船とやらは本来迎え入れるべきだった──とかか?」


 知らず知らずのうちに方言が出ていることにも気付いていない親父が、前のめりになってさらに話を続けた。


「わんらが立てた憶測ですが、おそらくドゥクス・コンキリオは船を間違えたのではないかと」


「お前たちが憎いというよりかは……コクレンと敵対関係にあった……?だからドゥクス何某はコクレンの息がかかった船を沈めた……だがそれは間違いであり、後からその事実に気付いた本人が火消しにかかった……」


「だが何らかの事情でそれに失敗し、いよいよ手出しが出来なくなったデューク公爵はプロイの人間を島ごと閉じ込めることにした。長年俺たちの間でプロイは野蛮な民族であり交流するに値しない種族だと言い聞かされていた」


「酷い……」


 リッツの呟きは皆の胸に浸透していった。 

 聞かされた僕も少なからず義憤に駆られた。

 ヴィスタの推論に親父が首肯し、話はテンペスト・シリンダーそのものに移っていった。


「わんらがそうやって訪れたこのテンペスト・シリンダーも、外では争いが繰り広げられていたと聞かされています。コクレンという組織とウルフラグという組織の間に確執があり、それが原因で被害を被った地域や国が少なくないと。わんらがニホンのテンペスト・シリンダーに入居できなかったのもそれが原因ではないかと…」


「ウルフラグ?それは俺たちの国の事を言っているのか?」


「いいえ、テンペスト・シリンダーを建造し、世界を荒廃へ導いた技術者集団の名前です、それがウルフラグ」


「……………」


「当時のニホン、それからアメリカの有能な技術者を集めて結成されたチームです。彼らが世界に残した功績はこうして数千年の時を経てなお影響を与えています」


「──ま、待て待て、そのウルフラグというチームとこの国に何か関連性はあるのか?それともただの偶然の一致なのか?」


「分かりません、もしかしたらあなたたちはそのチームの末裔なのかもしれません」


 ──ごくりと唾を飲み気を整える。ここにヴォルターさんがいたら僕はきっとぶん殴られたことだろう。それでも意を決して口を開く。


「……以前、超深海探査の折にダイバーチームが発見した難破船について保証局の方で調査を進めていました。その難破船には親父が言った通り、ウルフラグの名前が随所に見られました」


 僕の発言に皆が一様に驚く。


「お前っ……そんな事ここで話しても大丈夫なのか?」


「いいえ、ただでは済まないでしょう。それからアメリカという国にはここから約二〇〇〇マイルの距離の先にあるようです。マイルという単位についてまだ詳細は不明ですが、僕たちが知らない国がまだあるということです。さらに補足するなら、この国は過去において一度として出兵以外で領海線上に船を出したことはなく、述べ一キロメートルに及ぶ船を建造したことはありません」


「………何者なんだ、そのウルフラグという集団は…」


「分かりません、わんらも名前だけしか知らされておりません」


(──あ)


 スーツのポケットの中には綺麗な葉っぱが一枚、手を入れると確かな感触が指先に返ってきた。

 ゆっくりと取り出し皆の視線を集めながらくるくると回す、雰囲気ぶち壊しの一文と数字の列もきちんと残っていた。


「何で今葉っぱを取り出した──待て、それを何処で拾った?」


「お前に答える義務はない」


「じゃあ何故取り出した?」


「あるマキナから渡されたのです、何かあれば連絡しろと、それを今思い出したんです」


「そのマキナがウルフラグについて知っていると…?」


「聞いてみる価値はあるかと」


 もはやこの国にとって人工知能を搭載した人型ロボットは事実の物として受け入れられている、主に政府から出向した人たちの視線には熱が込められていた。


「スピーカーにしてくれ」


「分かりました」


 書かれた通りの数字をタップし電話をかける、数コールの後、自動対応音声ではなくあの子の声がスピーカーから流れてきた。


[まさか渡したその日のうちに電話をかけてくるなんて。やっぱりわたしのことが好きなんでしょ]


「──なっ!!!!」


 リッツが机に身を乗り出してきた、あまりの勢いに皆んなが少しだけ引いている。

 さっきまで他人行儀だったのに、


「これ誰?」


 机の上に乗せた携帯を指差しながら真っ直ぐに僕を見てくる。


「だ、だからマキナだって…」


「こんな声聞いたことないよ。それにわたしが好きって何?何の話?」


「──アーチー補佐官、そういった話は後にしてくれ。それからヒイラギ、後で俺と話をしろ。いいな」


「は、はい…」


 大佐はきっとこのやり取りで僕たちの関係を見抜いたはずだ、さっきから耳たぶが熱い。


[で、何か用?]


「え、えーとですね──[何その他人行儀。さっきの砕けた感じで良い]──砕けた感じって何?!「アーチー補佐官!![わたしとホシの関係がそんなに気になるの?「べ、別に!そこまでして聞きたいわけじゃないけど![わたしはホシの下に蹲って股間に手を置いたことがあるくらいだけど、あなたはどうなの?]


 全員の視線が僕の頬に突き刺さる、僕は怖くて視線を上げられない。


「何でそんな言い方するの!車に乗せてあげただけでしょ!」


[声をかけてきたのはそっちが先、やはり何だかんだとわたしのことが好きなんでしょ。素直にそう言えばいつでも会いに行く]


「来なくていい!」


[つれない……で、これだけのために連絡を取ってきたの?]


 あのヴィスタにすら白い目で見られながら本題を切り出した。


「き、君の名前を皆んなにも教えてほしい」


[プログラム・ガイア]それから少し遠くから「くぅ〜」とまたあの赤ちゃんの鳴き声が届いてきた。

 今度は親父が机に身を乗り出す。


「ぷ、プログラム・ガイア?!そ、それは本当ね?!」


[そう、わたしがマキナの生みの親]


「……生みの親?」


[一〇人のマキナはわたしが持つ感情を分けて作られた命、だからわたしが生みの親]


(お母さんってそういう意味だったのか…)


「待たんね、マキナはやーも含めて全員で一二人のはずよ、あと一人は?」


[コンキリオはわたしの子供ではない、彼は他所から派遣された司令官、つまり親権は向こうにある]


「あ〜ホシ君が子持ちの女と仲良くなってるなんて…」


 今だけはリッツの呟きに誰も反応しなかった。それに違うから!


「それはウルフラグという名前を持つチームか?」


[違う──どうしてその名前を?ううん、あなたはウルフラグがどういう存在だったのか知っているの?]


「マサムネ・ヒイラギから教えてもらった、彼はプロイの島の住人だ」


[そう。コンキリオが在籍している所はヴァルヴエンドという、世界中に存在するテンペスト・シリンダーを管理している組織、あるいは街そのもの]


「アメリカとは違う国なのか…?」


[そのウルフラグの本拠地があった場所がアメリカ、だからあなたたちは立派なアメリカ人ということ。マサムネ・ヒイラギは日本人ということになる]


「では…難破船に乗っていたのはやはり…」


[そこまで知っているのなら隠す必要もない。あなたが想像している通り、あなたたちはウルフラグの血を受け継いだ子供たち、そしてドゥクス・コンキリオは祖先の仇という事になる。どうするの?ここで処断を求めるの?]


「求めてどうにかなるもなのか?」


[わたしでは無理、けれど星管連盟なら可能。彼らはウルフラグが製造したこのテンペスト・シリンダーを管理している機関、その目的はウルフラグの独裁体制を防ぐことにあり、マキナに関してもある程度の執行権を有している。具体的には異動、矯正、解任。処分や再起動に関しては法廷の認可が必要]


「ざっと話を聞いただけだが…俺たちの先祖様は何というか、不憫な立場にあったのだな。自分たちが作った物を自分たちで管理できなかったのか…」


[星管連盟に対抗するような形で製造されたのが特別独立個体総解決機。グラナトゥムと呼ばれるわたしたちの祖先にあたるマキナを製造したのもウルフラグだけど、星管連盟にその主導権を握られてしまった。だから彼らはプラネット・アローン型の監視装置群を製造した、それが総解決機、そして我が友]


[くー]


「プラネット・アローンとは……」


[地球上で唯一単独で存在している自発的人工知能、スポティニアスAIの別称。ちなみに我が友にそんな機能は付いていない、残念ことに]


[くぅっーーー!!]


 電話口から「痛い痛い」と悲鳴が上がっている。


[いたたた……あなたたちが所有しているガングニールとダンタリオンもこれらに分類される。ドゥクス・コンキリオの手によっていくらかダウングレードされているけど──ホシ・ヒイラギ]


 唐突に名前を呼ばれたので思わず真面目に返事を返してしまった。


「は、はい!」


[あなたはほんの少し前までこのマリーンのありとあらゆる物を掌握する力を持っていた]


「と、言われても…そんな事よりダンタリオンは?」


[わたしには分からないというか人の話聞いてた?わたしたちは星管連盟の監視下、特別個体機はウルフラグの監視下にあるの、つまり手出しが出来ないし居場所も分からない]


「そ、そう……機体だけが手元に残ってるから本人は元気にしているのかと思ってつい」


[何て欲の無い人。だからわたしにも手を出さなかったのね、納得]


[く、くぅ〜…]


「ねえさっきから君は一体何なの?それ今言う必要あるの?」


[お、怒られた……こんな事は初めて]


[くーくーくー]


[何?わたしをもっと怒れと?]


[…………]


[こら!寝たふりするのはいい加減に止めろ!]


 二人が漫才を始めてしまったので緊張していた空気が一気に緩んだ、もう誰も続きを聞く元気はなさそうである。


「と、とにかく一旦休憩を挟もう、頭が限界だ」


 だが、プログラム・ガイアを交えての会議が再開されることはなかった。何度かけ直しても繋がらなかったのだ。

 


[……話は良く分かった。その場にいた全員に口止めしておけ]


「分かりました」


[それから独断で調査情報を伝えた件についての処罰は後日伝える。二度とおかしな真似はするなよ]


「はい……」


[それから─「まだ何かあるんですか?」─お前が俺を置いて逃げた事だろうがっ!てっきり車上荒らしかと思ったのに奴ら議事堂のSPだったじゃないかっ!……自分だけ逃げられると思うなよ]


「そ、その節はど、どうもお世話になりました…」


[全く……こっちでは既に受け入れ準備は整っている。今日は休んで明日の朝から移動を開始しろ、それからヴィスタの動向には気を配れ、何をするか分からん]


「分かりました」


 ふうと溜め息を吐きながら携帯をサイドテーブルに置いた。

 ハウィの埠頭内にある宿舎の一室、窓から望む海は真っ暗で磯の香りだけが唯一ここが海であることを教えてくれた。

 部屋のテーブルにはハウィの名産と、それから親父が良く飲んでいた島のお酒がでんと置かれていた。

 その昔、親父が毎日のように飲んでいたので興味をそそられ一口だけ飲んだことがあった。口に含んだ瞬間から焼けるような熱さに見舞われその場で吐き出し、折り悪く入ってきた親父に見つかり拳骨をもらった。


「どれ…一口だけ」


 あれから僕も大人になった、どれだけ舌が成長したのか確かめようと一升瓶に手を伸ばすが来客があった。


「入るぞ」


 シュナイダー大佐である、この土産やお酒を勝手に置いていった張本人でもある。


「ノックぐらいしてください」


「そんな仲でもないだろうに。──俺が来た理由、わかっているな」


「はい…」


 せめてノックを...少しでも心の準備をしたかったがそうもいかなかった。


「アーチー補佐官について洗いざらい吐け」


「そんな尋問みたいに……彼女とは──」


 吐いた、それはもう洗いざらい全てを吐いた。そしてスミスさんとの関係について悩んでいることも吐いた。


「どこまで優柔不断なんだお前は…」


「訓練ばかりしていたものですからこの手の事が良く分からなくて…」


「まさかアリーシュを捨てるわけじゃないだろうな。俺が何の為にあの日お前に紹介したと思っている」


 やっぱりそういう事だったのか...


「あいつとの仲は士官学校の時から続いていてな、血こそ繋がっていないが俺にとっては娘も同然なんだ。何故お前に目をつけたと思う?」


「わ、分かりません…」


「海軍だの空軍だの、互いの確執に囚われず礼儀に徹したからだ。この俺にあそこまで頭を下げた空軍はお前だけなんだよ、だからアリーシュを紹介した」


「じ、自覚があるならもう少し仲良く…「あ?それ今関係あるのか?」あ、ありません」


 駄目だ、"気遣い"という名の絨毯爆撃をもろに食らってしまい顔を上げることができない。大佐の逞しい腕にはめられている玩具のような腕時計ばかり見ていた。


「何が気に入らない?」


「いえ、そういうわけではなくて…僕には勿体ないぐらいだと思っています。会話のテンポがたまにおかしい時はありますが…」


「なら、あのアーチー補佐官もアリーシュと同じくらいに魅力的という事なんだな?」


(あ、そういう事なのかな…だから僕も迷っていたんだ…)


 それにしたったほんと、僕には勿体ない話だと心底思う。巡り会えるかも分からない魅力的な女性二人のどちらかを選べだなんて。下手したら来世は独りぼっちになるかもしれない、それぐらい贅沢な悩みだった。


「はい…彼女にも救ってもらったことがありました。それに僕は──」


「……何だ?」


「それに僕は子を成せません、子供ができないんです」


「それは何故?」


「五年前のセレン戦役の際、僕は大量に血を失って失血死の一歩手前までいきました」


「失血死とは確か…短時間で半分の血を失うことだったか?」


「そうです。あとは死ぬだけだった僕を当時の医師が見兼ねて人工血液を投入してくれたそうです。最初は経過も良好でした、けれど今度は敗血症に罹ってしまい内臓の殆どを駄目にしてしまいました」


「感染経路は──いいや、良い…下手な事を聞いた」


 敗血症の主な原因は感染であり、経路は肺、尿路、皮膚だと一般的に言われている。


「人工血液とは?そんな話初めて聞いたぞ、実用化されていたのか?」


「特個体パイロット専用に開発していたそうです、僕もそれ以上の事は知らされていません」


「だから保証局に…」


「こんな僕でも誰かの夫になれるのでしょうか?」


 僕の話を聞いて少しは気圧されたかな?と思っていたけど大佐は堂々と言い放った。


「お前が決めろ、他人に決められる事じゃない」


「…………やっぱり僕が決めないといけないんですね」


「──何故拗ねる」


「……え?」と、大佐の言葉が意外過ぎて下げた視線をすぐに引き戻した。


「何故、お前が拗ねているのかと聞いている」


「拗ねている…?僕が…?」


「ああ、子供が分かったような顔をして言う事を聞く時と似ている、俺の息子も良くそんな顔をしていたよ」


「そんなつもりは……」


「何を我慢している?」


 大佐の言葉が胸に飛び込んできた。はっと何かに気付かされたような思いをした。


「我慢なんか……「しているだろ、お前は何かを我慢し続け、そしてそれを無理やり自分に納得させている、けれど周りがそれに気付いてくれないから拗ねている。違うか?」


「…………」


「お前は周囲の人間に期待し過ぎだ、だから自分で自分の事を語れなくなって挙げ句の果てに拗ねて気を引こうとする」


(僕は一体何を我慢しているんだろう…)


 お酒を飲んだわけでもないのに頭がガンガンと響き始め、気が付いた時には大佐は居なくなっていた。

 それからどれくらい経っただろう、大佐に言われた言葉が頭の中を何度も駆け巡り、けれど一つも胸に落ちてこなくて。

 控え目なノックが一つ、二つ。そういえば前にも似たようなことがあったなと、束の間熱い日差しとユーサの港を思い出した。

 扉を開けるとリッツが所在なさげに立っていた。


「……──って、どうかしたの?」


 最初は下げていた視線を上げ、僕を直近で見てそう言った。どうやら顔に出ているらしい。


「いや──ううん、中に入って」


「大丈夫…?もしかして何かあった…?」


 じわりと僕の何かが満たされていく、それは安心感と呼べるものであり、または肯定感と呼べるものであった。

 大佐に言われるまではこれが何なのか、その正体すら掴めなかっただろう、けれど今はもう違う、僕はこのあったかい気持ちを労せずして得ようとしていたのだ。

 誰かに気に掛けられる、それはとても良い事だ、でもそれをアテにして良いという事ではない。それがついさっきまで分からなかった。


「──ううん大丈夫、リッツの顔を見たら元気が出てきたよ」


 こんなクサい台詞、今までの僕だったら決して言えなかっただろう。でも、そんな恥ずかしさより今は気に掛けてくれたリッツにお礼を言いたかった。

 ──きっと、()()()()()なんだ。

 


「──ふ〜ん…そうやって別の女の子にも声かけてたんでしょ」


 まあ...だからといって相手が分かってくれるとは限らない、でも気にならなかった。

 途端に拗ねた顔つきになったリッツがベッドに遠慮なく腰を下ろした。


「そんな事ないって、それにさっきのはプログラム・ガイア、マキナだよ」


「別にあの子だけじゃなくて他の女の子とか」


「そんな人いないよ」


「……じゃあアリーシュは?連絡は取ってるの?」


「取ってない、三人で会ったのが最後。……それ言うならリッツだって再会した時は随分と他人行儀だったじゃん」


「それは……」


 じっとリッツが僕を見つめこう言った。


「ホシ君の気を引こうとしてわざとやった…それで誕生日になった瞬間にメッセージを送ろって思って…でも失敗した、アリーシュ以外の女の子もいるのかと思うと焦っちゃって」


「それは……その、本人の前で言っていいものなの?」


「知らない、だってここまで誰かを好きなったのはあなたが初めてだから」


 その一言は僕の五感の全てを麻痺させ、視線を釘付けにした。

 けれど、すぐにそこへ割って入る着信音、慌てて画面を確認すれば見慣れない番号からだった。

 頭二つにハイフン、それから三つの番号だけ、一般的なものではなかったので数瞬の間固まってしまった。


「……仕事の電話?それなら私はいいから出てきなよ」


「──あ、うん、ごめん。すぐに戻る」


 鳴り続ける着信音、"絶対に出ろ"と言っているような気がする。

 部屋の外へ出てすぐに通話ボタンをタップする。


「も、もしもし」


[──私だ、アリーシュ・スミスだ、突然すまない]


 かけてきた相手はスミスさんだった。


「え?今どちらに…カウネナナイですよね?」


[ああそうだ、王室に無理を言って電話をかけさせてもらった。船にも軍用の通信機はあるが個人の電話にはかけられないからな。──大佐から君の話を聞かせてもらったよ]


「…………」


[簡潔に言う。──私はそれでも君の傍にいると約束しよう、本当は誕生日になったと同時にサプライズで電話をするつもりだったんだが気が変わった……いや、いかに自分の事しか考えていなかったのかと思い知らされたからこうして電話をしたんだ]


 いや全然簡潔じゃないんだけど...

 スミスさんの一言一言が鼓膜を震わせ胸を打つ。


[出来ればこの場で君の答えを聞きたいのだが…リッツがいるだろう?]


 まさに今部屋にいますとは言わず「はい」とだけ答えた。


[彼女も君に好意を持っているのは知っている、もしかしたら私がお邪魔虫なのかもしれない。だから返答は待つ─「いえ、その必要はありません……ただ、今日の〇時まで待ってもらえたら」


 電話口から息を飲む気配が伝わってくる。


「誕生日に僕の方から電話をかけるのは少し変ですが……リッツにも同じように伝えます。──何を偉そうにと思われるかもしれませんが[──いや、君が決めてくれ]


 廊下の窓から見える海に浮かぶ月を見つめながら、スミスさんの最後の言葉を聞いた。


[待っているよ]



 時間は午後二三時過ぎ、僕の誕生日まであと少しだ。

 リッツにも同じように話した、彼女も「待ってるからね」とだけ言い、部屋を後にしていた。

 

(はあ…こんな誕生日は初めてだ…)


 この季節は何かと忙しなく、また新しい環境に慣れるため何かと自分の事に必死になりがちだ。今年も例年通り、いや今までにないくらいの緊張と共に誕生日を迎えそうだった。

 親父が好んでいたお酒を飲んだ、ハウィの名物も食べた、喉が焼けそうな感覚だけは変わらず昔のように吐くようなことはなかった、だからといって気が紛れることもなかった。

 時間が刻一刻と迫りつつある。短針が半分過ぎ、そして残り一〇分を切った時、僕をいよいよの決意を持って自分の携帯を手にした。

 誰かを選ぶなんて柄ではない。自分の電話で必ず喜ぶ人と悲しむ人がいると思うと手が震えた。

 けれど逃げちゃいけない、それは絶対に駄目だ、だから僕は今日まで無駄に苦しみ続けていたんだ。

 残り数分を切った、伝える言葉は決まっている。「僕の誕生日を一緒に祝ってほしい、これからもずっと」...クサい?クサいかな?いやでも今はこれが一番場に適しているような...

 

「あ!もう一二時だ!」


 締まらないな〜と自分でも思う、でも電話をかける相手は決まっていた。

 もうこの時から頭の中はその人の事でいっぱいだった。

 数コールの後、すぐに電話が繋がった。


[はい、こちらカウネナナイ王室です。……ホシ・ヒイラギさんですね?スミス少佐からお話は伺っています]


「す、スミスさんをお願いします」


[お待ちください──ちっ]


 え?今舌打ちしなかった?気のせい?


[──わ、私だ!アリーシュだ!]


「は、はい、ホシ・ヒイラギです…」


[私で良いのか……?君はリッツを選ぶとばかり思っていたのに……]


「り、理由は…言った方がいいんですかね…」


[聞かせてくれ]


「……リッツが民間人だからです、そして僕は今でこそ公務員ですが軍人です。何かあった時、彼女を守り切れる自信がない。でもあなたなら──ああいえ、すみません、これは言い訳ですね…」


[私も軍人だ、家族の不幸に関しては心得ているつもりだし、君の言う通りたとえ君が先に居なくなってしまったとしても何とかなるだろう]


「……喧嘩、したじゃないですか、前に一度。僕、あんな風に女性と喧嘩したことって今まで一度もなくて、だからあなたとなら上手くやっていけるかなと…そう、思いまして」


 自分でも何を言っているのか分からないがとにかく口を動かすしかなかった。


[ふふ、愛の告白とは思っていたよりも現実的なものなんだな、知らなかったよ]


「あ、いえ…それは僕が口下手なだけで…あ、あのですね、スミスさん、そ、その…す、好きです…」


[うん…]


「こ、これからも誕生日を一緒に祝いたいです…」


[うん。私で良ければ──ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア・ホシ〜ハッピバースデートゥ〜ユ〜]


 何をいきなりと耳を疑った。あの肩っ苦しいスミスさんが?という疑念と、()()()()()()()()()()に頭が追いつかなかった。


[ちょっと遅くなったけど誕生日おめでとうホシ]


「──き、君は…君はプログラム・ガイア?どうして?というかスミスさんは?」


[その人なら大丈夫。それからリッツ・アーチーという人も大丈夫、あなたの誕生日に悲しんだ人は誰もいない]


「な、何を言ってるの?」


[ホシ、悪いけどあなたの話を盗み聞きさせてもらった。シュナイダーという人がさっきの人に説明している時にね。非常に残念だけどあなたは人の子ではない、マキナ]


「────は?」


[あなたはマキナの子機、つまりはラハムと同等の存在]


「いや──何を言ってるのさっきから、それにさっきはいくら電話をかけても繋がらなかったじゃないか」


[それは邪魔をされてしまったから、さっき話した星管連盟の人間に。この電話もすぐに気付かれて切られるはず、だから時間があまり無い。もう一度と言う、あなたは人の子ではなくマキナの子機]


「じゃ、じゃあ親は誰だって言うの?ラハムの親はティアマト・カマリイだよね?そういう存在がいるはずだよ」

 

[う…それについてはまだ調べ切れていない。わたしとしたことが不覚]


「ほら、やっぱり嘘なんじゃないか、どうしてこんなタチの悪い冗談を─[あなたの血液は元から人工的なものだった、それを多量に失い機能不全に陥る前に新しい血液を投与した。敗血症に罹ったからではない、あなたは元々必要最低限の機能しか与えられていなかった]


 だから子供をつくれないのだ、と言われついに限界を迎えた。


「──いい加減にしなよ!!僕はマキナなんかじゃない!!れっきとした人の子だ!!親父だってちゃんといる─[母親はいないはず「小さな頃に戦争に巻き込まれて死んだんだ!友達だって失った![─それは何処で?]─カウネナナイのっ──……」


 カウネナナイの...何処だ?名前がすぐに出てこない。場所は鮮明に、骸になった友達のことはすぐに思い出せるのに何処に居たのか咄嗟に言えなかった。


[ホシ、もう時間が無い。わたしの話を否定したいなら直接会って話そう]


「何その卑怯な言い方!違うとさっきから何度も──」


[明日の朝、ハウィの桟橋で。それじゃあ]


「待って──」


 電話が切れてしまった。

 何なんだ...?どうして僕がこんな事を言われなくちゃならないんだ?せっかくスミスさんに想いの丈をぶつけられたというのに、どうしてあの子はそれを邪魔してきたんだ?

 時刻はもう深夜、長針もぐるりと一周回ろうとしていた。

 携帯に一通のメッセージが入っていた。相手はリッツからで、僕が決して夢を見ていたわけではないとその裏付けになってしまった。


リッツ:私を選んでくれて本当にありがとう。言うの遅くなったけど誕生日おめでとう、これからもよろしくお願いします。

※次回 2022/12/10 20:00更新予定

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