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二度あることは三度ある

 二度起こった出来事は三度目も起こるという、読んで字のごとくの諺である。

 それが例えば、外の世界から持ち込まれた未知の生命体であったり、あるいはこの世界を覆う天井に穴が空いたり、一聞しただけでは耳を疑うような出来事であったとしても繰り返される傾向にある、という事である。

 それを今日、私は嫌というほど体感した。



 世界がその形を変えた。変えてしまった。

 突如としてもたらされた世界の真実を前にして、市民たちが取った行動は我々に対する"批判"だった。

 何処へ行くにしても報道陣らに囲まれ、無遠慮なフラッシュを焚かれるのが常になっていた。


「クトウ総理!国民は誠実な説明を求めています!いつまで逃げるおつもりですか──」

「何故このような事実を隠し続けていたのですか!早急な説明責任を──」


 もはや私にプライベートはなく、自宅前に停まっているハイヤーに乗り込むなり大きく息を吐いた。まだ朝だというのにどっと疲れが出てきてしまった。


「……セントエルモからの連絡は?」


「ありません。まだあちらは混乱しているようです」


「こちらも同じなのだが…。ヒルナンデスは?」


「同じく」


(全く…一体何をしているんだ…)


 車がようやく人垣を抜け、国会議事堂へ向けて走り出した。


「マキナを招集してくれ」


「分かりました」


 ハイヤーが滑らかに、しかし少し荒いハンドルで角を曲がり進んでいく。

 世界に穴が空いた──カウネナナイからもたらされたこの情報が国中に知れ渡るのには半日もかからなかった。



 国会議事堂の一角、主に各大臣を招いて開かれる会議室にマキナの面々が集まっていた。

 私から順にティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、それからお初お目にかかる双子のマキナ、それぞれポセイドン、ポセイドン・タンホイザーの計四人だった。

 セントエルモ・コクアに参加しているグガランナ・ガイアは旗艦バハーよりオンライン参加である。

 私から口火を切った。


「まず、カウネナナイから入った情報の真偽を確かめたいと思います。ガイアさん、あの情報に偽りは?」


[ありません。非常に残念ですが、何者かによる飛翔体の発射によってこのテンペスト・シリンダーに穴が空いてしまいました]


「前代未聞だわ」


「ありがとうございます。それに起因する事態はありますか?穴が空いたことによる何かしらのアクシデントと言いますか、国民にとっての不利益と申しますか」


(穴が空いたこと自体がもう既にアクシデントなんだが…)


 私の心情をよそにグガランナ・ガイアが淡々と答えた。


[想定される事態は高濃度酸性ガスの侵入による大気成分の変動ではないでしょうか。マグマの含有元素である鉄、アルミニウム、ケイ素、酸素などが流出事件を経て大気中にも大量に放出されてしまいましたから、およそ生物が生存できる環境下ではありません]


「その流出事件というのは?」


 それが本当の話なら一大事、国民の全員にガスマスクを配布しなければならず、またいつ元の状態に復元されるのか検討もつかない。

 グガランナ・ガイアから、何故この世界がテンペスト・シリンダーなる物を建造するに至ったのかを聞かされ、そして落胆と怒りが私の胸を支配した。


[──以上がマントリングポールから流出した経緯になります]


「……………」


 約三千年前の人類がしでかした"大事件"だって?それを聞かされた今の人類はじゃあ何をすれば良いというのか、荒唐無稽に聞こえるSF話が事実だと言われてもにわかには納得出来なかった。


「その高濃度酸性ガスは実際に検出されたのですか?」


[担当しているマキナと連絡が取れません。細かな情報が分かり次第すぐにご連絡差し上げます]


「実際に穴が空いた映像などはありますか?」


[こちらです]


 グガランナ・ガイアを映していたプロジェクターの画面が切り替わり、一枚の航空写真が映し出された。

 それは真昼に昇る月の写真であり、その月の斜め下辺りに同じくらいの大きさを持つ穴が確かにあった。


「マジじゃん……」

「ヤバいじゃんこれ……ラムウのやつカンカンだろうな……」


 双子のマキナがそれぞれ言葉を漏らした。


「拡大写真はありますか?」


 返事はなく穴を映している写真がズームアップしていく。


「あれは………信じられない……」


 その穴の向こうには明らかな"人工物"があった。まるで工事現場のような足場があり、その足元を照らすような誘導灯まであった。

 ──一旦は信じよう、この目で確かめるまではまだまだ疑わしい部分はある。だが今はこの問題に対処するのが先だ、有り体に言えばいかに国民を納得させられるか、果たしてそんな事ができるのか。

 集まった面々に視線を投げかける、皆が一様に私を見返して言葉を待っている。


「この場にお集まりの皆様方には、是非ともメディアに露出していただくことをお願いしたいと考えております」


「俺たちに説明させようって?」


 ハデス・ニエレが即座に噛み付いてきた。


「いいえ、あくまでも説明責任は政府、あなた方にはアドバイザーとしての立場で共に説明してほしいのです」


「信じるかな〜、嘘くせえって一蹴されるのがオチのような気がするんだけど」

「そもそも俺たちだって信じてもらえないんじゃない?余計に場が混乱するだけじゃ…」


「二人とも、コソコソ話し合っていないで意見があるならクトウに直接言いなさい」


「…………」

「…………」


(ひ、人見知り……?マキナでも内向的な者がいるのか……)


 途端に口を閉ざした二人が喋っていた内容は、まさに私が今考えていた内容だった。


「お二人から意見があったようににわかには信じられない話でしょう。しかし、国民は世界に穴が空いたと聞いて誰も笑うことなく真面目に受け止めた。これはどういう事か分かりますか?」


 答えたのはこの場にいるマキナではなかった。新たに入室してきた二人組みのうちの一人が答えた。


「──私の方から。ウルフラグに住まう国民は多かれ少なかれ、テンペスト・シリンダーという事実に気付き始め、そして私たちマキナという存在についても周知されるようになってきた、と、私は思います」


「あなたは確か……」


 何故かプロジェクターの画面から「げっ」という声が聞こえてきた。


「テンペスト・ガイアです。この子たちがいつもお世話になっています」


「あ、い、いえ…こちらこそ…」


 主に手前の二人がテンペスト・ガイアの挨拶に反論で応じていた。


「いつお前の子供になったんだよ!」

「ええそうよ!言うなればあなただって私の子供みたいな存在なんだからこまっしゃくれた事を言ったら駄目!」


「ただの社交辞令でしょうに、そんなに騒がないでください。ポセイドンのお二人を見習ったらどうなんですか?」


「…………」

「…………」


「え?マキナを相手にしても人見知りするの?」


「え、だって…会うの久しぶりだし…何を喋れば良いのか分からない…」


「随分と賑やかになったもんだ」


 と、ピメリア・レイヴンクローはマキナの相手に慣れているのか、マキナたちの急なお喋りにも動ずることなく席に着いた、そしてその隣にテンペスト・ガイアも着席した。

 話を戻す。


「──では、こちらの要望に応えてくださるということでよろしいですか?」


「お待ちを。今詳しい状況を調べていますので公表はもう暫くお待ちください」


「……期間は?」


「──少なくとも一週間以内にはお返事できると思います」


 一週間もこんな生活を...?さすがの私でも我慢の限界が先に来てしまいそうだ。

 こちらとしても、()()()()()関係各所に一報を入れらるだけの情報が欲しかった、でなければ内外から矛を向けられてしまう、そうなったら私もこの状況から逃げ出してしまうことだろう。


「その内容についてお聞きすることはできますか?」


「もち──「──私から答えよう。お前は下がっていろ」


「──っ!」


 ──いつの間に?私から見て左側の席に皆が座り、その反対側は全て空席だったはずなのに一人の男が座っていた。

 浅黒い肌に太い眉毛、およそウルフラグの人間には見えないが、かといってカウネナナイの人間でもないだろう。何せ唐突に現れたのだから。


「名前はラムウ・オリエントという、この世界の気候関係を主に担当しているマキナだ。以後お見知りおきを、ウルフラグの総理大臣」


「こ、こちらこそ……クトウと申します」


「私から調査状況を報告する前にだ──ポセイドン」


 そう呼ばれ、反応を返したのは双子の男の方だった。


「な、何だよ…」


「お前は退出しろ」


「は?何でこいつだけ──」


「余所者だからだ。これから話す内容はマリーンに関わる事柄、立派な越権行為に該当する。お前も星管連盟の連中に捕まりたくはないだろう?」


「……分かったよ」


 残った片割れは不服そうにしながらも、とくに反論を返すことはしなかった。


(せいかん連盟とは……彼らを管理している団体の名前だろうか……)


 ポセイドンが退出し、束の間しじまに支配された後、ラムウ・オリエントが口を開いた。


「懸念されていた外気の侵入は今のところない。だが、居住エリアから空気調節エリア、それから対外気感知エリアに至るまで穴が空いたせいでマリーンの機能がこれから段階的に二〇パーセント近く下がる見込みだ」


「それはどのような?」


「一〇〇パーセントで安全が保たれる、八〇パーセントに低下すればその分のエリアが失われるという事だ」


 私はすぐに理解できなかったが、マキナの面々が一様に顔を曇らせた。その反応を見る限りでは...

 ピメリア・レイヴンクローが詳しく話すように尋ねた。


「もっと分かりやすく言ってくれないか?」


「マリーンの人工の約二〇パーセントが死ぬという事だ」


「っ!」


「今はまだ外気が侵入していないだけでいずれマリーン内にも高濃度の酸性ガスが入ってくる。その時はエアーカーテンなどを使って充満しないよう手を打つが、それでも中に入ったガスは外へ排出することが出来ない造りになっている。その為、エリアの約二〇パーセントに住む人間がそのガスを吸入してしまうだろう」


「それは……その、空いた穴を塞ぐ手立ては?」


 そんな情報、口が裂けても公表なんてできやしない。一縷の望みをかけて尋ねてみるがすぐに断たれてしまった。


「復旧の目処は立っていない、何せ前代未聞だからだ。そもそも内部から破壊される事を想定した建造方式ではないんだ、このテンペスト・シリンダーの建造に関わった全てのタイタニスは既に朽ちているから期待もできない」


 それぞれ"東西南北"に振り分けられたタイタニスというマキナも過去には存在したらしい、彼の話を聞く限りでは。だが、そのマキナも役目を終えたと同時に稼働を停止し、この世界の外側で永い眠りについているようだった。

 修復する手も無ければ方法も無い、その材料も無い、まさに打つ手無しである。


「……一体誰がこんな真似を……」


 私の呟きにまた別のマキナが答えた。

 その老人はラムウ・オリエントの隣に忽然と姿を現し、顎に蓄えた白い髭を撫でていた。


「それについては私の方から答えよう」


「貴様っ……今の今まで何処にっ……」


 左手に座るマキナはとくに反応を示さなかった(それもどうかと思うが)。ただ、ラムウ・オリエントだけは太い眉を吊り上げてその老人を睨め付けていた。


「後で話す──それよりクトウ総理大臣、私の子機が常々世話になった。奴に代わって礼を言わせてもらう」


「こき、とは……」


「マクレーン・ヒルナンデス」


「──っ!……そんな、まさか……」


「奴も私たちと同じマキナだ。ただ、勘違いしないでほしいのは奴は自分の立場に疑問を抱いていた事だ」


「それはどういう意味なのですか?」


「本人に聞きたまえ、私がする話ではない。それから私の名前はデューク、とでも言っておこうか、その方がこの国にとって分かりやすかろう」


「その名は確か……では、やはり軍の創設にマキナが関わっていたのですね」


「ご明察、またの名前をドゥクス・コンキリオ、この場にいないマキナも含めて私が指示を出しこの世界をコントロールしていた者だ。我が師であるアッシリアの名を冠した軍を作り、そしてウルフラグに与えた」


「………それで、穴が空いた経緯がお分かりになったのですか?」


「セバスチャン・ダットサン、過去にウルフラグにおいて人間工学の研究を行なっていた研究者が、ルカナウア・カイより北方面にある廃棄された石油プラットフォームからロケットエンジンを搭載した装置を打ち上げた。これが今回の主な原因だ」


「何の為に?」


 間髪入れずにラムウ・オリエントが尋ねる。


「新型の航空艦を開発する為にだ。それに使われる試作エンジンを宇宙空間まで打ち上げ、そこで機能テストを行なう計画を立てていたようだ」


「──そんな馬鹿な話がっ──そんな事の為にマリーンに穴を空けたというのか?!」


「本人は未だ行方不明、計画に携わった者たちも心神喪失してまともな受け答えも出来ない状況下にある。それからティアマト・カマリイの子機であるラハムもこの計画に関与していた」


「はあっ!」


 と、変な声を上げた後、ティアマト・カマリイが椅子の上からずるずると崩れ落ち、やがては机の下に隠れてしまった。


「心神喪失というのは?」


「言った通りだ、石油プラットフォームで何かが発生し、そしてそれに酷く怯えている様子だった」


「集団幻覚?」


「不明だ。ただ、その場にいた全員のコネクト・ギアに異常が起こっているのも事実、カウネナナイの技術府以外、そしてウルフラグではない何者か、あるいは組織、団体もその場にいたと思われる」


「第三勢力…という事でしょうか」


「私はプロイが怪しいと考えて──」


 また会議室に新たな人が入って来た。

 それは──


「それは早計に過ぎると、言及させてもらいたい」


 マクレーンだ、彼は私をちらりと一瞥しただけですぐ席に着いた。机の下から「痛いじゃない!」とティアマト・カマリイが抗議の声を上げた。


「んん?何だってそんな所に隠れているんだ?隠れたいのは私の方だというのに」


 下に隠れていると知らずにマクレーンがティアマト・カマリイの席に着いたのだ。

 抗議の声を上げただけで姿を見せる様子がない、ドゥクス・コンキリオが先を促した。


「で、何が早計なんだ?」


「彼らは悪人ではない、君が悪人だと決めつけていたに過ぎないという事だ」


「お前にも情報は渡したはずだぞ、彼らプロイの人間は我々マキナと同等の知識を持っており外の世界を知っている。これが危険ではなくて何が危険だというのか」


「私の可愛い部下たちから─「─私の子機であるという事を忘れたのか?」─可愛い部下たちから要請があった、是が非でもプロイの人たちをこの国に招くべきだとね」


 あの陽気な男が決死の顔で話し続けている。一体どんな心境なのか、私には想像もつかない。


「ほう……その理由は?」


「シルキーの早期解明だ」ついにマクレーンが認めた。「──我々マキナでも解決出来なかった問題だ、ここは新しい知恵でも力でも招いて援助を願うべきではないかね?」


「誰に向かってものを言っている、お前の全てはこの私が掌握しているんだぞ、それを分かった上でなお─「─分かっているさドゥクス、だが、割り切るには少し遅過ぎた。それは君の失態でもあるんじゃないのかな?今から五年前、初めてノヴァウイルスが報告された時、君は何をしていた?」


「…………」


「カウネナナイの一貴族が起こした争いの援助をしていたではないか、これがカウネナナイのこれからの為になるんだと言って、ありもしない核弾頭を捏造して私に喋らせて、ありもしない脅威でウルフラグの民を釣って戦争へ向かわせていたではないか」


 ──なるほど、マクレーンが今日まで情報戦に長けていた理由が良く分かった。


「あの日、あの時、グガランナ・ガイアにノヴァウイルスの調査を命ずるのではなく自分の足を動かしていたらまた違った結果になっていたのかもしれない。そうすれば今の内閣府もここまで任期が延長することもなく、私は潔く彼と縁を切られたのかもしれない」


 一言ずつ喋る度に熱していくこの場で、私は気負うことなくぽんと言葉を挟んだ。


「それは無理だマクレーン、まだお前に貸した金を返してもらっていない」


「────」


 何をそんなに驚く事があるというのか、マキナと知ったところでお前に対する信頼は変わりはしない、まさかここまで言わなければいけないのだろうか。

 それに今の話はおよそ聞き捨てにできるものではない、案の定ピメリア・レイヴンクローも口を挟んだ。


「今のは本当の話なのか?」


 ドゥクス・コンキリオがしらを切った。


「借りた金の話か?生憎だが私はそこまで干渉─「ふざけるなっ!!!!……五年前の戦争と言えばセレン戦役しかない、私の娘が住んでいた島だ。もう一度聞くが、今のは本当の話なのか?それが事実だったらお前たちは何をやっても赦されない大罪人だぞ?」


「なら尋ねるが、二人の権力者の間で食糧や土地の奪い合いが続けられ、そして一向に終わる気配を見せない国の為に己が出来る事は何だと思う?時間がかかればかかるほどに無辜の民たちが次から次へと命を落としていく、悠長にはしていられない、君ならどうするね?」


「だからあんたは──あのガルディアに肩入れして争いを集結させてやったとでも言いたいのか?殺されたもう片方に何て釈明するつもりだったんだ」


「死んだ人間に頭を下げることなどできんさ。──我々マキナが人類をコントロールするというのはこういう事だ、机の下に隠れているティアマトからも話を聞いたことぐらいあるだろう?過不足なく見守り、人類の繁栄を手助けすると、それがマキナの役目だと」


「お前っ──」


 あまりの激情に駆られたのか、ピメリア・レイヴンクローが椅子を倒しながら立ち上がった。

 しかし、それをドゥクス・コンキリオが獣の咆哮に似た怒声で迎え撃った。


「お前にそこまでの覚悟があるというのかっ!!!!」


「……っ!」


「人の命は善悪の判断だけで救えるものではないっ!!!!時としてサタンに魂を売らねばならぬ時があるっ!!!!それを父親に守られてばかりだったお前に成せるというのかっ!!!!」


「お前も私の父親を知ってるっていうのかっ!!──ほんと何なんだお前たちはっ──「──最後の最後までお前の事を思っていたさ。娘には何があっても近付くなと我々に歯向かってきた」


「……………」


「グガランナ、説明はしたのか?」


[……概ねは………]


「テンペスト・ガイア」


「はい、私の方からもグロウ・レイヴンクローと敵対したと、彼女にそう伝えました」


「何故敵対したのか、その理由は?」


[…………]

「…………」


「な、何が言いたいんだよ…何だよその回りくどい言い方は──「お前が好きだと言ったからだ。あの男はたったそれだけの理由で我々と敵対し、そして命を散らした」


「は?……私が好きと、言った?」


「そうだと聞かされている、あの外来種をお前がいたく気に入っているから渡せないと、我々の説明も聞かずに再三に渡って拒み続けた。だが、だからと言って見過ごせる存在ではなかった」


「………そんなの、そんなの覚えているわけ…」


「親というものはそういうものだ。子が忘れてしまうようなどんな些細な事でも親はずっと覚えているものだ。外来種を初めて感知したのが今から二〇年前、おそらくこのマリーンに紛れ込んだのはもっとずっと前に違いない」


「………そんな生き物覚えているわけが──そんな事のためにあんたらと戦争したっていうのか、私の父親は「そうだ」


 ピメリア・レイヴンクローがその場にへたり込んでしまった、今の話がよほどショックだったらしい。彼女と共に入室してきたテンペスト・ガイアが蹴倒した椅子を元に戻して座らせている。

 丁々発止の会議はいつものことだ、だからやり易かった。


「では改めて、話を戻しましょうか」


 私の発言にマキナの面々が一斉に顔を向けてきた。皆、取り乱してしまったピメリア・レイヴンクローのことを痛ましく見つめていた。

 私の傍に座るラムウ・オリエントが口端を歪めて言った。


「……あの姿を見て良くそんな事が言えたな。驚嘆に値する」


「会議には慣れていますから。それに彼女の事は気の毒に思いますが、だからと言って私たち部外者がどうこうと言える立場ではありません。冷酷に聞こえるかもしれませんが彼女が立ち向かうべき問題ですから」


「確かに、理はある、だが情がない」


「国民を多く救うために必要なものは理と情と、そして判断力です。あなた方に私たちの苦労が分かりますか?画面越しではなく直に文句を言われ、謗られ、あれをやれと言われてやったのにそれじゃないとまた文句を言われ、それでも頭を下げ続け、礼も言わぬ人たちのために汗を流し続けなければならない」


 私なりに彼らを皮肉ったつもりだった、意味を分かってくれたかは分からない。


「何故私がここまで働き続けていると思いますか?」


 少しは気圧されたらしいラムウ・オリエントが、


「……後学の為に教えてもらおうか」


「この国が、私が生まれたこの国が好きだからですよ、それ以外にありません」


「…………」


「彼女も私が愛すべき国民の一人、ですが、国民は彼女だけではない、手を施すにも必ず限度と決まりがある。平等の愛とは限りなく公平に近いシーソーゲームのようなものです。だから先程のコンキリオさんのお話には共感めいたものを感じました」


「共感されたいと思ったことは一度もない」


「そうでしょうとも、だからこそ今日までこの繁栄があったのでしょう、私はそれを否定するつもりはありません」


「……………」


「ですが、」と語気を強めて皆の注目をさらに集めた。


「皆さんを集めたのは過去の話を聞くためではなく、これからの未来について協議したかったからなんです。一度休憩を挟みますのでその後はどうか建設的な会議をお願いします。よろしいですか、ここで方針を決めねば今日までの苦労が全て水泡に帰すとお考えてください、それ程までに世界に穴が空いたというのは一大事なんです、違いませんか?過去に同じ事で協議をしたことがあるという方がいらっしゃいましたら是非とも手を挙げてください」


 無論、誰も手を挙げなかった。



 各々が休憩を挟んだ後、再び会議室に集合した。

 私から見て左手にはマクレーン、ティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、ポセイドン・タンホイザー、テンペスト・ガイア、ピメリア・レイヴンクロー。

 右手はラムウ・オリエント、ドゥクス・コンキリオ...だけだったはずなのだが...


「………どうも初めまして、クトウと申します」


 休憩の間にさらに増員がなされていた。舞台役者のように仕草が洗練された男性、それからティアマト・カマリイと同年代(この言い方が適切かは分からない)に見える女性、そして学生服にしか見えない学生服を着ている男性の計三名。

 舞台役者のような男性が気さくに発言した。


「やあやあ、その節はお世話になったよ、こうして会うのは初めてになるね」


「え、ええ…」


「僕はゼウス。で、こっちがオーディン・ジュヴィ、そしてその隣がディアボロス……何だっけ?」


「──たわけ!ディアボロス・ツァラトゥストラ・リイーンカーネーション・再販版だ!名前ぐらい覚えてとけ!「お前それわざとだよな?」──知らぬわこのうつけ者!貴様みたいな薄情者など再販版で十分だわ!」


(せっかく良い感じで場を締めたのに……)


 オーディン・ジュヴィというマキナは子供、そして扇情的な水...着?あれは水着なのか?とにかく目のやり場に困る格好をしており、ディアボロスと呼ばれたマキナといきなり喧嘩を繰り広げていた。

 勿論私は説明を求めた。


「何故ここへいらしたのですか?」


「そろそろ全員が顔を合わせるべきだと思ってね。僕がこの二人を連れて来たのは他でもない、ドゥクス、君がひた隠しにしていた特別個体機についてさ」


「…………」


(また新しい単語が…とくべつこたいきとは一体…)


「正式な名前は特別独立個体総解決機。君が過去において掌握した二機、ガングニールとダンタリオンのオリジナルはこの国の地下施設に格納されているはずだよ」


「な、何ですかその話は……これ以上余計な火種は持ちたく──いいえ、知りたくないんですが……」


 つい本音が出てしまった。私の左隣に座っているマクレーンが肩を叩いてきた。


「諦めろクトウ、君が過去に受諾したカウネナナイからの機体だ、それが現在製造されている特個体の基になった物だ」


「それはそうだという理解はしているが、」


「ウルフラグだけではなくカウネナナイでも製造されている機体、と言うべきだったな」


「……………」


 絶句するしかない。


(何でそんな物がうちにあるんだ!)


 またしても私の心情をよそにゼウスたちが話を始めた。


「さあ、全部吐きなよ」


「何をかな?それに私が話をする前にまずはそこにいる二人が先に口を割るべきではないのかね」


「ほう、貴様…あれだけ余と余の臣下を騙くらかしといてまだそんな口が利けるというのか、大したものだ」


「大して役に立っていなかったのはどっちだ?お前たちはただ海で遊んでいただけだろう、少しぐらい役目を果たそうと考えた事はないのかね」


 早速これだ。

 人もマキナも会議の場となれば喧嘩を始めるものらしい。


「まあまあ二人とも。──ディアボロス、僕の方から説明するね、間違っている所があったら遠慮なく言ってくれ」


「お前そのものだよ」


「ええ〜そうくる〜?嫌だな〜これでも一所懸命なんだけどね。おっほん、この二人は現在ガングニール・オリジナルを所有している、しかもある程度修理を終えた状態でね、そして残りの二機を探している」


「それは何故だ?」


 間髪入れずにドゥクスが問うた。


「…………」

「…………」


 しかし二人は答えない。


「そして探索中につい先日、そうテンペスト・シリンダーに穴が空いた前夜、カウネナナイの海域でダンタオリン・オリジナルの反応を捉えたんだ」


 ディアボロスが言葉を挟む。何か訂正でもするのかと思ったが、さらに詳しく注釈を行なってくれた。


「エモートは船の上、そしてマテリアルは海中、先にエモートの反応を捉えて次にマテリアルがそれに応えた様子だった。ドゥクス、お前は一体人類に何をしたんだ?本来であればエモートとマテリアルは一体化していないといけない、それなのに別々に反応が出るのは些か不自然に思う」


 ドゥクスも答えない。


「それよりもそのダンタリオン・オリジナルはどうなった?きちんと鹵獲したのだろうな?」


「ディアボロスの質問に答えよ、愚鈍な指揮官よ」


「──逃したのだな?全くもって使えない…」


「何だと貴様っ──「まあ、待て待て。お前の言う通り、けれど僕たちに何ら不手際はなかったぞ、そこだけは自信がある」


 そもそも何故、ディアボロスとオーディンはそのオリジナルを探し回っているのか、その目的と理由が説明されていないのでこの会話に付いていくことができない。


「言ってみろ」


 ドゥクス・コンキリオが顎をしゃくって先を促した、余程この二人のことが気に入らないようだ。


「消えた」


「……は?」


「消えたんだよ、その時技術府の船を襲撃した集団と一緒に朝露となって消え失せたんだ」


「……襲撃者?何者かに襲われていたというのか?」


「ああ間違いない、露のように消える相手はいくら何でも探しようがない」


「……………」


 ディアボロスの発言に場がしんと静まる。

 視線を落として考え事をしていたラムウ・オリエントがにわかに顔を上げ、そして徐に口を開いた。


「これは仮説だが……おそらくその日、打ち上げを行なった技術府の者たちは集団催眠、というより電子的ハッキングを受けたのではないだろうか」


「電子的とは?他にハッキングが──」


 ドゥクス・コンキリオが何かを言いかけ、そしてすぐに口を閉じた。


「生体的ハッキング。カウネナナイの人間は全員がコネクト・ギアを装着している、つまり機械と体が繋がった状態にある、コネクト・ギアがハッキングを受け、視覚や聴覚にまで作用してしまうような攻撃を受けたと解釈すれば、今回の一連の一応の説明はできる」


「ふむ……」


「ドゥクス……やはりお前の失態という事になるが……」


「待て、その判断は早計だと言わざるを得ない。コネクト・ギアにはバックドアや神経系に電気パルスが逆流しないようにきちんと対策が施されている。どこの馬の骨だか分からない連中に突破できるとはとても思えん」


「あの連中であれば?」


「────」


 オーディン・ジュヴィが丁髷(ちょんまげ)を揺らしながら割って入った。


「あの連中とは何だ?もしや第三勢力がいるわけではあるまいな」


「お前は黙っていろ、口を挟むな」


「ふん、余程自分の事が露呈するのが恐ろしいと見える。──ガングニール、ちょっと出てまいれ」


「──っ!!」


 ドゥクス・コンキリオの劇的な反応を見るに、またぞろ手品のように人が現れるかと思ったがそうではなく、オンライン状態を維持していたプロジェクターの画面に一人の女の子が現れた、どうやら彼女がかのガングニールらしい。


[あんだよ、今忙しいんだけど]


「ガングニール、この男の頭の中身を探ってやれ」


「お前──自分が何をしているのか分かっているのかっ?!!」


[ええ〜何でそんなコト〜?……まあ良いけど別に。──え〜っとどれどれ……]


 ドゥクス・コンキリオの怒声に怯えることなく、少し垂れ目になっている女の子、ガングニールが画面の中でタイピング操作の真似事?を始めた。

 顔を真っ赤にして怒鳴ったドゥクス・コンキリオは微動だにしなくなり、やがてはびっしょりとした脂汗をかき始めた。


「あー…ジュヴィさん?コンキリオさんの様子が変なのですが、これ以上大事になるようでしたら…「待て待て」


[──お?何だこれ、こいつウルフラグでSNSのアカウントなんか作ってんぞ]


「っ!!」

(ティアマトが机から顔を出して)「え?」

「ドゥクス?お前何やってんの?」

「…やっば、ウケる……」


[えー……アカウント名がここは喫茶店マスター@猫飼い始めました……最後の更新が一年前だな……何だこれ、何でコーヒーの画像ばっかり?こんなの誰が見んの──ええ?!フォロワー数一万五千だって!!すっげえ!!]


「何故増えている?!──はっ」


(壮年が恥ずかしがるところは何かと迫力があるな……)


 これはさぞやかしマクレーンも...


「──ドゥクス、ドゥクス!良いじゃないか!うんうん、私は君の趣味を全力で肯定しよう!何ならその会社のCEOと会わせてやろうか?ここ最近従業員が一斉に辞めてしまったらしくて大層困っている「─お前は今すぐにその口を閉じろ!!」あっははは!そう照れるな照れるな、私もSNSのアカウントぐらい持っているさ!今時のマキナは持って当然と言えよう!」


 マクレーンの煽り耐性は絶壁もかくやと言わんばかりに高い、相手の弱点を知ったとなればこの場でマクレーンに口で勝てる奴はいないだろう。

 少し腫れぼったい目をしていたピメリア・レイヴンクローすら煽ってきた。


「…それなら前に聞いたことがあるな、なかなか洒落たテラ・アートの画像をアップするアカウントがあるって。あれ、あんたのことだったのか」


「……………」


「話がズレ過ぎている、総理大臣、修正を」


「え、あ、はい……」


 机に突っ伏した壮年というものを生まれて初めて見た。何というか、マキナはフリー過ぎる。

 マキナの指揮官が撃沈した様子を見てか、机の下に隠れていたティアマト・カマリイが復帰し「ここは私の席!」とマクレーンと喧嘩を始め、「なら私が椅子になろう!」とマクレーンの膝にティアマト・カマリイが遠慮なく座った。


「……マクレーン」


「ま、待て待て、お互いにマキナだ、これで何も問題は無い。いいか?決してこの様子をネットに上げるなよ?」


 マクレーンも随分と調子を取り戻したようだ。

 また話を戻す。


「えー…ジュヴィさんにディアボロスさん、何故あなたたちはオリジナルを探し回っていたのでしょうか?」


 オーディン・ジュヴィが徐に椅子から立ち、ディアボロスの手を借りながら机の上に立ったではないか。上もさることながら下もビキニスタイルの水着である、マクレーンではないが確かにこんな所を写真に撮られてバラ撒かれたら社会的信用が底を尽くことだろう。

 ティアマト・カマリイから「行儀が悪い!」と叱責を受けながらもようやく口を開いた。


「余は天下に轟くオーディン・ジュヴィなれば!願うはただ一つなりて!それは星と星を繋ぐ橋をかけること!……分かったか?」


「…………」


 きっと保護者役に違いないディアボロスに救援の視線を送るとすぐに答えてくれた。


「要するに、昔のような戦国時代に戻したいってことだよこいつは。その足がかりとなるのが特別個体機だ」


「………?」


 そもそも根本的な所を理解していないのにいきなり要されても分からない。


「こいつは根っからの戦闘狂で拳じゃないと理解し合えない度し難い変態なんだよ「お前が言うな!」今みたいに人と人との距離が離れて喧嘩もできない世の中がつまらないと言って、それで特別個体機を集めて人との壁を取っ払おうと考えているんだ、分かったか?」


 駄目だ、この二人は似た者同士、やっぱり理解ができない。

 ただまあ、その話した内容の一部分に対してだけは共感を示せる。確かに今の世の中は人との距離が開きがちであり、その肩代わりとしてネットの情報化社会があるように感じられる。

 本来であれば"人付き合い"は心労が絶えない地道な会話の繰り返しであり、その中で友情、恋、信頼といったポジティブなものから、喧嘩や憎しみといったネガティブな"関係"が築かれていくものだと思う。

 その"地道"な人付き合いが無くなり、そしてネットによる"楽な"人付き合いに変わりつつある。これが時代の変遷だと言われたらそれまでであるが、やはり昔を知る私からしてみれば、今の世の中は確かに"つまらない"と感じてしまう。


「……全てを理解することは難しい「─何が難しいのだ!この余が自ら話してやったのだぞ!」全てを理解することは難しいですが「あの人間すげえな、もうオーディンの扱いを覚えやがった「─ハデス!貴様も口を閉じよ!」…あなたのお話にも共感を覚えました、確かに今の世の中は全てネットを通じて関係が築かれていきますからつまらなく感じるでしょう」


 我が意を得たりとオーディン・ジュヴィが拳を突き上げた。


「そうなのだ!ネットでは喧嘩が出来ん!強い奴とも出会えない!それでは己を語る方法も相手を知る方法も皆無になってしまう!」


「その喧嘩脳を捨てたらいけると思うんだけど」


「それで、どうやってあなたは人と人を繋ぐおつもりですか?先程はそのようにお話をされていましたよね?」


「簡単な話だ!メラニンコントロールを発動すれば良い!そうすればどんな人間でも即座にアクセスすることが出来る!そうなれば仮想も現実も関係なく喧嘩が出来るようになる!」


 また新しい単語だ。私も慣れてきたのかとくに動揺することはなかった。


「メラニンコントロールというのは?」


 次はドゥクス・コンキリオが口を挟んできた。


「秘匿された技術──だがまあ、状況が状況だ、メラニンコントロールは体内に存在するメラニン色素を利用した仮想世界へのアクセス方法の事を差す」


「…………」


 無言で続きを促した。


「メラニンが持つ環状化合物を解き、炭素原子に視覚野から侵入した電気パルスを結合させてアクセスルートを構築するやり方だ、乱暴な解釈だがゼウス、今の説明で合っているか?」


「お見事」


「にわかには信じられませんが、一先ず信じましょう。それで?」


 その続きをオーディン・ジュヴィが引き継いだ。


「特別個体機の力を利用して全人類を掌握、そしてそのメラニンコントロールとやらで余が築いたオーディン・ジュヴィ・Let′sあなたと戦いナイト!に招待「何だそのふざけた名前は」しようと考えておる!──どうだ!」


「…………」


 再びの絶句。


「馬鹿か貴様、コネクト・ギアを装着しているのはカウネナナイの民だけだ!そんな馬鹿げた事の為に「何だ何だテラ・アートおじさんめが」ぐぬぅっ……!と、とにかく!ウルフラグの民は義体化などしていない!そんな夢は早々に捨て去ることだ!」


 本当にそんな夢は捨て去ってほしいものだ。

 だが、と枕言葉を置いてからディアボロスが話し始めた。


「二つに別れた人類を一つにまとめるのには有効な手だと考えている。このまま互いの国力を平衡に保つことは難しいと考えているが、お前はどう思っている、ドゥクス」


「…………」


「またありもしない事実をでっち上げて戦争をさせるか?軍需産業は確かにその国の経済を活性化させるために有効なテコ入れになるが、そう何度も同じ手が使えるはずもない。人が減れば元の木阿弥だ」


「お前の言い分には一理ある、それは認めよう。だからと言って特別個体機を利用するのは頷けない」


「だったら何の為にお主は特別個体機に執着していたのだ?余にもプロイの連中を監視しろと言ったほどではないか」


「いずれ抹消するためだ、あれはこの世に存在してはいけない代物だ」


[ひっでえねな、オレの存在全否定かよ]


「何とでも言え」


 それぞれの思惑、そして今日までの活動は概ね理解できた。

 話すべき内容は一つだけ。


「……煎ずるところ、皆さんは一枚岩にならず各々がそれこそ好き勝手我々に介入して、それぞれの役目をこなしていた、ということでよろしいですか」


 誰も返事はしない、肯定の無言だと捉えた。


「私も人のことは言えません、各大臣をまとめるのだって一苦労、足並みが揃ったことさえありませんとも。しかし、それでも今日まで我々は、それでも理解し合おうと努力をし、少しでも足並みを揃えるため言葉を交わして努力してきました、だからこそウルフラグの発展と安寧があると自負しております。ですが──皆さんはどうでしょうか」


「返す言葉もない」


 ラムウ・オリエントが、沈痛な面持ちをしているマキナたちを代表してそう答えた。


「であれば…ここは一つ、皆さん方に手を取り合っていただきたい。シルキーの問題、それから近い将来侵入してくるであろう高濃度の酸性ガス、一人一人がその場限りの対応をしたところで解決はできないでしょう。──私の方からもどうかよろしくお願いします、だから皆さん方もここに集ってくれたのでしょう?」


 ──そしてまた、新しい人影が二つ。

 この場にいる皆に向かって頭を下げ、そして面を上げた時にその二人が視界に入った。私の真正面、対極に位置する所でその二人は立っていた。


「よお、勢揃いじゃないか」


「…………」


 一人はスーツを着崩した男、もう一人は...


(あれは確か…陸軍に所属していたクルツ中尉……そうか、彼女もまたマキナだったのか)


 そばかすを頬に散らし、まだあどけなさが残る女性だった。一言も発しようとせず、ただ場にいる面々に視線を向けているだけだった。

 男の挨拶に応えたのはドゥクス・コンキリオだった。


「──何をしに来た」


「酷い言い草だな、一時は同じ釜の飯を食った仲だっていうのに。あん時の気弱な貴族様も随分と可哀想な立場に追いやったもんだな」


「必要な事だ、そしてそれをお前に語る義務はこちらには無い」


 男はドゥクス・コンキリオの言葉に応じず、私に視線を向けてきた。


「どうも、俺はバベル。で、こっちが──」


「マリサと申します」


「やはりそうでしたか。では、あなたの上官であるノア大尉も…」


「はい、私と同じ特別独立個体機です」


[──マリサ!]


 プロジェクターに映る彼女の瞳が大きく開かれている、が、当の本人は見向きもしない。

 何かしらの確執を今のやり取りだけで感じ取った、願わくばこの場に持ち出してほしくはない。


(せっかくまとまりかけていたところに…会議はいつもこうだ)


 バベルと名乗った男が手近にあった椅子に座り、マリサ・クルツにも座るよう促した。彼女は不承不承といった体でその隣に腰を下ろす。


「まさかこうしてマリーンのマキナたちが一同に会するだなんてな。封印──というより、己の権能を取り上げられたプログラム・ガイアも今頃ガイア・サーバーで喜んでいるんじゃないのか?ええ?」


「もう一度尋ねる、何をしに来た」


 男にしては線が細い手を持ち上げ、名前を読み上げながら指を折り始めた。


「ドゥクス・コンキリオ、ティアマト・カマリイ、ハデス・ニエレ、オーディン・ジュヴィ、ディアボロス…なんたら、ポセイドン・タンホイザー、グガランナ・ガイアにテンペスト・ガイア、ラムウ・オリエント、タイタニスはまあ居なくて当然として、プログラム・ガイアも現実に介入できない。あれ、おかしいな、それでもあと一人足りない……さあて、誰だろうね」


(古文書には一二の神と記述がある、つまりマキナは全員で一二名、確かにあと一人足りない…)


 場の空気というものは発言した者によって姿形をころころと変える、そして今現在が最も剣呑な雰囲気に包まれていた。

 ラムウ・オリエントが少し怒気を孕んだ声で発言した。


「貴様、まさか……」


「情報を取り扱う者は場に二人も必要無い」


「やはりそうか。──屠ったな、貴様」


 行儀悪く椅子に座っていたバベルが指を鳴らしながら姿勢を正した。


「──正解!!マリーンのバベルは永久凍結にした、リブートもしていない、だからバベルの名を冠するマキナは俺だけだ。そして俺はお前たちの基になったグラナトゥムだ」


(グラナトゥム……とは、確か種子という意味があった古代語だったはず……)


 ティアマト・カマリイが冷めた目つきでバベルを睨んでいる。


「何が言いたいのかしら。ここに来た目的を明確に答えなさい」


(架け橋を壊す者が現れた…星々を食われんがために神々と人々は手を取り合うが失敗した…)


「ネタバラしにはちと早い。ただまあ、俺がここに来た目的は──お前たちに決議をさせるためだ」


「……誰を決議にかけるというのか、かけるのなら真っ先に貴様だろう!!」


「お〜怖い怖い。意外と仲間思いのラムウ・オリエント、俺が期待しているのは特定の誰かではない。──テンペスト・シリンダーが内部から破損した責任は誰にあると思う?それをお前たちで協議しその一人を決めろ、そしてリブートするんだ」


 バベルの発言によって場が一気に騒がしくなった、誰も彼もが彼を謗り、そして罵倒している。

 隣にいるマクレーンに小声で尋ねた。


「…リブートとは何だ?」


「…マキナにとって事実上の死だ。得た記憶の全てをデリートして新しい人格を再形成する、それがリブート」


「…………」


 それは騒がしくもなるはずだ。

 皆から罵倒を受けたバベルがゆっくりとその場に立ち上がった。


「──マリサ、誰でもいい、拘束しろ」


「はい」


「何をふざけた事をっ────」


 ラムウ・オリエントが般若の面持ちで固まった、見事なフリーズだった。それで場がまた静かになった。


「見ての通り、マリサのハッキングで研究所の地下施設にあるお前たちのエモート・コアを掌握している。この俺が自らくまなく調べ上げたからな、お前たち全員逃げられないと思え」


「貴様っ──余たちのコアを人質に取ったという事かっ!!」


「だからさっきからそう言ってんだろ?さあ、さっさと始めろ、決議とやらを。俺は生憎不参加だったから知らねえんだよ」


「何の話を……バベル、悪い事は言わない、今すぐこんな事は止めた方がいい、マキナにとっても人類にとっても何のメリットにもならない」


 ディアボロスの説得は彼に届かなかったようだ。


「そうか?穴が空いたといって大騒ぎじゃないか、ここは誰の責任でああなりましたと処罰した結果を持って報告するのが筋ってもんだろ、でなくばここにいる人間が処罰されるかもしれない。可哀想にね〜何も知らなかったのにマキナの不手際で処罰されちまうなんてね〜」


「…………」


「マリサ、ラムウを解放しろ」


 彼女はバベルの言われるがまま、まるで操り人形のようであった。とくに何かをした様子はないが、フリーズしていたラムウ・オリエントに止まっていた時間が巻き戻っていた。


「この私に…何をした、バベル……答えろ!」


「エモート・コアを鷲掴みにされた気分はどうだ?ん?ちったあやる気になったか」


 ラムウ・オリエントがその発言に劇的な反応を示した。額から大粒の汗を流し、目もきょろきょろと挙動不審に動き続けている。

 そして、彼はこう言った。


「……決議の開催を要求する」


「血迷ったかラムウ!こんな男の言いなりになるなど!」


「知れた事か!貴様には分かるまい!自我が消失したあの一時の間を!永遠の時が流れたと言われても判別などできん!」


「だからと言って!─「貴様も今日まで何人もの人間を殺めてきただろう!今さら死を恐れるというのかオーディン・ジュヴィ!」


「…………」


 力なくオーディン・ジュヴィが項垂れ、そして誰も反論せずに少しばかり時間が過ぎた。

 良く見てきた光景だとも。ああ、こうなったら人はとことん醜くなる。何故かならば──。


「……プログラム・ガイアにこの責があると考える」


 そう、この場にいない人間に罪をなすりつける、それが自身の安寧を保つ最もやり易く最も確かなやり口だった。

 マクレーンも私と似た表情になっていた、こういった場面は数え切れないほど見てきた。

 プログラム・ガイア、この場にはいない、おそらく彼ら彼女らを束ねる存在なのだろう、誰もが反論せず"肯定"の無言だけが場を支配した。

 愉悦に満ちた笑みを作ったバベルが一言。


「ん〜〜〜予想通りの展開……ほんとクソみたいな連中だな……」


「てめえがそれを言うかよ余所者が…」


 ハデス・ニエレが渋面を晒し、それでもなおバベルを力強く睨む。


「ならお前が代わるか?それでもいいぞ」


「…………」


「──はっ!ちんけな正義心大いに結構!それが死を持つ生命体の限界ってね!……今回の一件は全てプログラム・ガイアにある、この決定に反対する者がいれば挙手しろ、なければ満場一致で当のマキナをリブート処置に同意したと見なす」


 全員が視線を下げた、そして誰も手を挙げなかった。

 ──私を除いて。


「あ?」

 

「一つよろしいですか」


「ああ?お前さん、自分の立場分かってる?」


「ええ、あなた方の問題です、私には口を挟む権利はありません」


「ならなんで口を挟む?」


「疑問があるからです。質問してもよろしいですか?」


 彼が一つだけ舌打ちをしてから、続きを促した。


「何だよ、とっと言え」


「あなたも彼らと同じマキナであれば、自分も同様にそのリブート処置にかけられると思わなかったのですか?」


 破顔一笑。余程私の質問が可笑しかったらしい。


「──はあ〜〜〜こんなに笑ったのは久しぶりだぜ……いいか?俺はこのマリーンのマキナじゃない、であればエモート・コアもこの場にはない、つまり俺がリブートにかけられる心配もない。分かったか?」


「ええ良く分かりました、つまりあなたはリングの外からただやじを飛ばしている観客だと」


「──あ゛?」


「あなたは巧みに心情を操り一つの結論を皆に強制させた、それは命と同等に大切なものを人質に取ることです、そうなれば人というものは必ず守ろうとします、そこで手放す人間はそうはいないでしょう」


「賢しらにもの言ってんじゃねえよ、何が言いたい?」


「あなたのやり口は我々でも良く取る常套手段だということです。つまり、あなたはプログラム・ガイアというマキナと接触するのが目的だった、違いますか?」


「……っ」


 私の読みが当たっているのか、バベルが少しだけたじろいだ。


[なあおい…マリサ、何でこんなヤツと一緒にいるんだよ…]


「…………」


(同感だ、彼女の真意が読めない)


 二人は協力関係にあるのではない?ただ利害が一致しているだけ、ということなのだろうか。

 ガングニールに呼びかけられても反応を示さない、この二人にも何かしらの溝があることを感じ取った。


[ダンタリオンもお前のコト心配してたぞ。……なあ、ちょっとぐらい顔を見せてくれたって……]


「……私を除け者にしていたくせに?今さら何を言ってるの?」


[……………]


「あなたたちがいつ私を必要としてくれたの?私なんかいなくても平気でしょう、ここは」


 それっきりガングニールは口を閉ざし、その間に態勢を立て直したバベルが再び口を開くがもう誰も相手にしようとしなかった。


「じゃあ決議の続きを再開─「知らねえよ、てめえ一人で会いに行ってこいよ」


「あ?随分と強気だな、エモート・コアを掌握されてるっていうのに、痛い目を見ないと分からないか?」


「やれるもんならやってみろ、決議は俺たちが揃っていないと始められない、もし一人でも凍結になっちまったら決議は開催できなくなってしまうぞ、グラナトゥム様」


「──ちっ」


 両手を頭の後ろで組み、ハデス・ニエレがそう言葉を返した。

 今度はマクレーンの膝に座っているティアマト・カマリイが彼を突き放した。


「そんなに会いたいのならお一人でどうぞ、マップにピンを打ってあげましょうか?」


「…お前でもそんな皮肉言うんだな」


「…当たり前よ!敵は敵!はっきりと区別しないと子供たちを守れないわ!」


 二人のささやかな会話の後、テンペスト・ガイアも口を開いた。その内容を聞いてなるほどと、バベルがこの場に現れた理由に検討をつけることができた。


「お一人では無理でしょう、何せあなたはこのテンペスト・シリンダーのマキナではありませんから。ガイア・サーバーにアクセスする権利はあってもその中を移動する権限は無い、つまりプログラム・ガイアをこの場に呼び出す必要があっ────」


 そして、四度目の来訪者。話し途中だったテンペスト・ガイアもある一点を食いるようにして見つめている。


(ああ…本当に私は映画の中に来てしまったようだ…)


 それは机の中央であり、光りの粒子のような物が集まりそれが次第に荒いホログラムを形成し始め、やがて一人の少女を構築してみせた。

 髪はテンペスト・ガイアと同様の黒、長さはセミロングだ。服装はワンピースの上から他所行きのコートを羽織った出立ち、そしてさらに胸に一体の動物を抱えていた。

 この場にいる誰もが口を開けて驚きの表情を作っていた。

 突如として召喚された少女が口を開く。


「わたしに何か用?」


「くぅー」


(あの生き物は…カワイの町の報告にあった…)


「………こ、これはこれは、プログラム・ガイアが自ら出張ってくれるとは…」


「あなたがわたしを呼んだんでしょう?」


「くぅ〜?」


「……………」


「見てたよ、皆んなわたしのせいにしようとしていたのを」


「ち、違う!あれは──この男に強要されただけだ!」


 ラムウ・オリエントが取り乱しながら弁明し、彼に振り返ったプログラム・ガイアを見て恐れ慄いた──ように見えた。額には汗が出ている。


「またわたしのせいにするつもりなの?」


「そ、それは……」


「マリーンの皆んなは元気にしてる?」


「お、概ねは……い、色々な問題はあれど平穏だ……」


「……ならいい。それで、あなたの用事は何?」


 またプログラム・ガイアがバベルに向き直った。心無しかこの数分でラムウ・オリエントが一気に老けたように見えた。


(責任転嫁…あるいは肩代わり…ラムウの怯えようを見るに過去にこの二人で何かしらの密約が交わされたと見ていい。そしてラムウは微細に報告せず誤魔化した…遅かれ早かれ彼は…)


「──何だと思う?」


 皆の視線を集めているなか、バベルも答えをはぐらかした。


「それが分からないから聞いているの」


「くぅ〜…」


 胸に抱かれている動物もまるで溜め息を吐くように鳴いている。


「そうだな……どうしてあんたは権能を剥奪されてサーバーの中に籠っていたんだ?」


「わたしと話がしたかったの?それだけ?」


「これも一環だと思ってくれたらいい」


「くぅ〜?」


「……まあいいけど、答えを聞いたら自分の家に帰ってね。わたしが籠っていたのは皆んなを困らせてしまうから」


 机の上に立っていたプログラム・ガイアがその場に座り込み、胸に抱いていた動物をリリースした。その動物は鼻先が長く体に黒い模様を持っていた、机の上を歩き回りマキナの面々に鼻を向けている。


「と、言うと?」


「奪い合い。わたしがこのテンペスト・シリンダーの王様だったから皆んながわたしに取り入ろうとした、喧嘩もあった、争いもあった」


「へえ〜…なら昔の人類はここが何なのか知っていたんだな、今と違って」


「そう。──最後は収拾がつかなくなって、そしてわたしは閉じ籠ることを選んだ」


(ラムウに政権を明け渡したわけではなく?)


「その時に──その子と一緒になったんだ。ね?」


「くぅー」


「……その時?いつの話なんだ?こいつが現れたのは二〇年前だって聞いたぞ」


 黙って話を聞き続けていたピメリア・レイヴンクローが遠慮なく言葉を挟んだ。


「覚えていない。少なくともおっきな船がこのマリーンに現れた後だと思う」


「…………………」


「その時からわたしはこの子と一緒にいた」


「そいつはまた……で、そん時はどうだった?やっぱり気持ち良かったか?」


「──は?」


 机の上をぐるりと回り、再び戻ってきた動物の頭を撫でていた彼女が素早く面を上げた。


「何が?」


「だから、色んな奴にたかられて求められて喧嘩までおっ始めて、そん時お前はその中心にいたんだろ?その状況はどうだったんだって聞いてんだ」


(この男…)


「そんな事、聞く?普通」


「気持ち良くなかったのか?……俺は気持ち良いと思うがな〜承認欲求の贅沢な満たし方じゃないか」


「狂ってる…あなたは狂っているわ」


「どっちが?──良い事教えてやるよ、常識と非常識、この二つはどうやって決まると思う?」


「質問の意味がわからない」


「多数決なんだよ残念な事に。この場では俺が非常識かもしれないが、それは人種やその時の環境、立場でころころと変わっていく、時代の移り変わりでも常識というものは否応なく変わっていくものなんだよ」


「自分がいずれ常識になると?」


「いいや、俺はその──」


 話の途中で会議室の扉がノックされた、私の秘書官ではない、会議が終わるまで入ってくるなと言いつけてあった。

 では、一体誰が?この場にはマキナの全員が揃っているはずだ。




第一〇〇話 一三人目のマキナ




 その人は全身を白い衣服で包んでいた、顔はおろか、年齢や性別すら分からない。

 ただ、場の空気が一変したことだけは分かった。ここまで映画の中でしか見たことがない超常現象の連発であったとしても、唐突に人が現れたりホログラムが少女を構築したりと十分過ぎるが()()は違った。

 一線を画している、間違いなく私のような人間が会って良い存在ではないと、本能の部分で悟った。──それ程の相手だった。


「まあ──可愛らしい」


 誰に向けて放った言葉なのか、受け取り手が分からない褒め言葉が宙を漂う。


「駄目ですよ、人様の所に迷惑をかけたら」


 バベル、それからドゥクス・コンキリオ、最後に動物の赤ちゃんがその言葉に反応を示した。


「くぅ〜〜〜っ…………」


 新しく入ってきた人物は威嚇している動物には目もくれず、プログラム・ガイアの傍に歩み寄った。

 手足を一切見せないその動作、足にキャタピラでも付いているのかと疑ってしまった。

 それに何よりこの声は...


(生まれて初めて聞く声だ。低いわけでも高いわけでもない、不真面目でもなければユーモアを知らないわけでもない…何なんだこの声は)


「そろそろ潮時ではありませんか?」


(……っ!)


 な、何なんだ?どうして私は今の言葉に反応したんだ?

 私だけではない、ラムウ・オリエント、それからプログラム・ガイア、次にマリサ・クルツが白い衣服を纏った人物を凝視していた。

 プログラム・ガイア、この場のマキナを統べる存在だけはこの人物の事を知っていたようだ。


「……自己紹介ぐらいしたら?皆んな驚いているよ」


「失礼しました。私はプロメテウス・ガイアと申します。以後、お見知り置きを」


 プロメテウス・ガイア、一三人目のマキナだ。


「黙っている事があるでしょう?それはここで話すべき内容です」


 彼、あるいは彼女が話す内容は主語が欠落している、誰に向かって発言しているのか分からない。

 次はティアマト・カマリイ、ポセイドン・タンホイザーが反応を示した。音声のみのグガランナ・ガイアがどのような様子なのか、ここからでは分からない。


「口にしなければ伝わらない事はあります。それはたとえ人であったとしてもマキナであったとしても、そこに違いはありません」


 マリサ・クルツ、画面越しのガングニール、そしてオーディン・ジュヴィ。


「他の存在を束ねる者であれば、取らねばならない責任もあるというものです」


(……っ)


 何なんだこの感覚は、何故私はこの人の言葉に反応する?


「私がここに来た理由は一つです。──お分かりですね?」


 場にいる全員がその言葉に反応した。まるで自分自身の内面を既に知られているような、不出来な生徒が教師に叱責を受ける時のような、否応なく身体を竦んでしまう感覚に囚われた。

 プログラム・ガイアが答えた。


「……あれはわたしたちのせいじゃない」


「では、一体誰のせいですか?私は連盟に何と報告すればよろしいでしょうか」


「……適当に報告しておいて」


「それはなりません、何せ成層圏を突破したのですから」


「…………」


「仕方がありませんね、言って聞かぬのなら時には躾も必要です──」


「危なっ──」


 プロメテウス・ガイア、初めて会うはずなのにもう私は彼、あるいは彼女の事を()()()()していると()()していた。場の全員に向けて行なう発言の仕方や、表情は隠れてこそいるが感情が乗ったその声音、それらを総合的に判断した私はプログラム・ガイアが()()()()()()()と思った。

 それは私だけではなかったようで、プロメテウス・ガイアから一番近かったテンペスト・ガイアが即座に二人の間に割って入っていた。

 プロメテウス・ガイアの伸ばされた手を掴んでいる。


「何をされるおつもりですか?」


「躾です。──まずはあなたから」


 ふっ、とテンペスト・ガイアの足の力が抜け、その場に倒れた。

 机の上にオーディン・ジュヴィが乗り出しプロメテウス・ガイアを糾弾した。


「貴様っ!一体何をしたっ!」


「言ったでしょう、これは躾です。失態を犯した者には罰を下さねばなりません」


「こいつは確かにいけ好かない奴だがなあ!問答無用で事切れて良い存在でもないっ!ガイアを庇っただけでその仕打ちっ──」


「では、これはどうでしょうか」


 プロメテウス・ガイアはとくに何もしていない、ただ立っているだけである、それなのにオーディン・ジュヴィと共に現れたディアボロスの姿が忽然と消えてしまった。


「あなたは自身が滅するより孤独を感じた方がお辛いのでは?」


「──あ、あ、あ、でぃ、ディアボロス…?」


 彼が座っていた椅子にオーディン・ジュヴィがしがみつく、元より映像だったため跡形も無く消えてしまったが、それ以上のショックを受けているようだった。


「これはどうやら…僕たちの弁明は元より聞くつもりがなかったみたいだね」


 飄々とした雰囲気を持つマキナ、名前は確かゼウス。彼はとくに取り乱す様子を見せず、ただ肩を竦めただけだった。


「ええ、一三基存在するあなたも何処の所属が存じ上げませんが……」


「基って、せめて人って単位を付けてくれない?傷つくな〜。それに僕はこのマリーンの所属だよ、嘘だと思うなら試してみるといい」


「ええ、ではそのように」


 ゼウスもまた姿を消し、そして目の焦点が合わなくなったオーディン・ジュヴィも何の余韻も残さず消え去った。

 ただ成り行きを見守っていたティアマト・カマリイに変化が訪れた。雷に打たれたように体を震わせ、マクレーンの膝から下りてプロメテウス・ガイアに縋った。


「も、もうこれ以上は!お、お願いだから皆んなを消さないで!」


「…………」


 彼、あるいは彼女が胡乱げにしながらティアマト・カマリイを見下ろした。


「わ、私が悪いの!私のせいなの!グラナトゥムのティアマトと連絡を取っていたせいなの!だからこんな事に──」


「ええそうですね、あなたも違反を犯して本来は許可無く利用してはならないプロメテウス・サーバーを使ってマキナ同士、それも他所様の所と連絡を取り合っていた、知っていますとも」


「だ、だから!私だけを処罰して!これ以上は、」


「はい、まずはあなたから、そして皆さんもあなたと同じ所に送ってあげますよ」


「そ──」


 彼女が抗議をする間もなく、テンペスト・ガイアと同様に事切れた。


「……結局消されるんじゃないか、俺たち」


 ハデス・ニエレの呟きは、場に残った皆の耳に届いた。


「仕方がありません、こうでもしなければ連盟の方たちが納得致しませんから」


「連盟って…あんたはただの言いなりなのか?」


「いいえ、私は全てのテンペスト・シリンダー、並びに全てのマキナを統べる存在です。例外があるとすればそれは一つだけ、あなたが人間を唆して搭乗したあの機体、特別独立個体総解決機とそれを管理する船です」


「管理する…船?」


「あなたが知る必要はありません」


 そしてハデス・ニエレもまた、座しながら事切れた。

 これで残るはラムウ・オリエント、ドゥクス・コンキリオ、それからマリサ・クルツに──


(ポセイドンが居なくなっている…さては逃げたか。無理もない……)


 だがプロメテウス・ガイアには関係がなかったようだ。「彼女も送った」と誰に聞かれたわけでもないのにそう発言し、ラムウ・オリエントに向き直った。


「………っ」


 彼は酷く怯えている、一度マリサ・クルツの何らかの手による行ないで自我を消失してしまったため、その時のことを思い出しているのだろう。


「ラムウ、あなたもまたとても勤勉で職務にも真面目に務めていた事を知っています。しかしながらあまりに他者を頼らなさすぎた、そのせいでマリーンのコントロールに失敗し今回の事件を引き起こしてしまいました」


「しゃ、謝罪はする、権能を返還しろと言うのなら返還しよう…だからどうかそれだけは…」


 彼はみっともなく恥もかなぐり捨てて潔くプロメテウス・ガイアに頭を下げた。

 そんな彼を誰も憐憫な眼差しで見つめてはいなかった、いるはずもない。


「なりません」


「────っ」


 ラムウ・オリエントが椅子を蹴倒しながら会議室の扉に向かって走り出した、彼もまた映像だけの存在のはずなのに己の立場を忘れ、プロメテウス・ガイアに背を向けて逃げ出した。

 そして、彼がつんのめるように足をもつれさせ、会議室の床に倒れることなくこの場から消え失せた。


「何故まとめて消そうとしない、何故時間をかけるんだ?」


 バベルだ、彼はこの状況になってもなお挑発的な態度を崩そうとしなかった。


「それを知る必要は─「またそれかよ、あんたも芸が無いな。これが舞台だったら観客はとっくに飽きて劇場から出てってるぜ」


 バベルがゆっくりと足を組み直した。


「────そうですか、あなたは隣にいる特別独立個体総解決機に取り入ったのですね」


「おうとも。やるんならまずはあいつからやんな」


 バベルがドゥクス・コンキリオに向かって顎をしゃくった。


「じゃ、そういう事だから俺たちはお暇させてもらうわ。終わりがグダる劇は総じてつまらない、見てらんないぜ」


「既にこのテンペスト・シリンダーには沖田きよみという管理士が赴任しています」


「────」


 椅子から立ったバベルが動きを止めた──のはほんの一時だけで、あとは何事も無かったように自分から消え失せた。

 マリサ・クルツも同様にして消え、そして最後に残されたのがマキナの司令官たる存在、ドゥクス・コンキリオだけであった。


「──さて、回りくどい事をしてあなただけ場に残ってもらいました。理由は分かっていますね?」


「ああ、先程の特別個体機についてであろう?」


「どこまで掌握していますか?包み隠さず報告してください」


「こちらにはその義務は無い」


「よろしいのですか?たとえあなたがヴァルヴエンドのマキナであろうとも関係ありません。同じを道を辿りたくなければ─「随分と必死なようだ、訳を尋ねても?」


(この期に及んで脅しとは…)


「──答えなさい、ドゥクス・コンキリオ」


「拒否する。特別個体機について知りたくば、法廷の場で彼らに直接尋ねてみたらどうだね?喧嘩ばかりせずに」


「──そうですか、実に残念です」


「ああ、聞いていた話ほど君は有能ではないようだ」


 ここに来て、初めてプロメテウス・ガイアに変化が起こった。──慌て出したのだ。


「そんな……どうして……何故……」


 ドゥクス・コンキリオがやおら立ち上がる、堂々とした佇まいで彼、あるいは彼女を見据えた。


「世の中には自分が想像もつかないような例外に溢れているものだよ。少しは勉強になったかな?」


「そんなはずは…だってあなたは確かにマキナ…」


「マギールという男を知っているだろう?何故彼だけだと判断したのかね」


「………───ま、待って!!!!」


 きんとした金切り声を上げ、一三人目のマキナであるプロメテウス・ガイアが会議室から姿を消した。


「──はあ〜〜〜…………」


 どっと疲れが溢れてきた、どうやら気付かぬうちに息を張り詰めていたようだ。

 それはマクレーンも同じなようで、彼もびっしょりと汗をかいていた。


「いやはや、今まで一番緊張した会議になったよ、もう懲り懲りだ…」


 そんな彼にドゥクス・コンキリオが指示を出した。


「状況が変わった、お前は引き続きウルフラグをサポートしろ。奴の介入がなければお前も即刻消していたが」


「そりゃ助かった、口は災いの元という諺を覚えていて命拾いしたよ」


 すぐに冗談を口にするのは相変わらずだ。


「クトウ」


「な、何でしょうか…」


「分かっていると思うが今回の事は決して口外するな、世界を敵に回すことになるぞ」


「そ、それは勿論……」


「レイヴンクローの娘にもそう伝えておけ」


 その言葉で彼女が会議室から居なくなっていることに初めて気付いた、もしかしたらポセイドン・タンホイザーの手助けをしたのかもしれない。


「それから今後は私と連絡が出来るように手筈を整えておく。プロメテウス絡みの事があれば遠慮なくメッセージを送るように」


「で、ではあなたのアカウントをフォローしておきましょう」


 ドゥクス・コンキリオがにいっと口角を上げた。


「それだけ言えれば心配は無さそうだ。──空いた天井は私が何とかしよう、それからウルフラグ政府内に私の居場所を用意してほしい」


「それはまたどうして……」


 結局何の方策も決まらなかった会議になってしまったが──


「私が直々に説明する」


 今まで私に向けられていた矛先を、マキナの司令官が貰ったことに関しては大きな収穫と言えるかもしれない。

※次回 2022/12/3 20:00 更新予定

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