第94話
.セントエルモ・コクアの日常
私がいない間に何かがあったのか、あれだけ落ち込んでいたナディをここ最近では王室で良く見かけるようになった。
"王室"と呼ばれる場所は王城の本殿内にその一角を構えており、様々な部門に分かれて日々業務をこなしている。
ナディが言うには「市役所みたいな所」らしい、けれどその市役所と違う所は一般の人が誰もいないことである。
その王室のトップに君臨しているのが言わずもがな、ガルディア国王その人であり各部門のトップと会議を行なったり打診された新しい政策の決裁を行なったり、その公務(または区別して"王務"と呼ばれたりしている)は多岐にわたる。
さて、私ことアネラ・リグレットの業務は何かと言えばその王務をサポートすることである。言い換えるなら"応援"あるいは"スポット外注"またの名を"雑用係"。
あれ、私の平穏な日々はどこへ行ったんだ?これならカルティアン家の替え玉をやっていた方がまだマシだ、と言わんばかりに毎日あっちへこっちへ飛ばされている。
一日の始まりは王の私室から、その日の仕事内容についてミーティングが行われる。そして今日も昨日と変わらず国王陛下の前から始まった。私一人で。
「コクアの回収状況をもう一度精査してくれ、こっちに上がってくる回収量とカルティアンが提出してくる報告量に違いがある」
「まさかくすねていると?」
「それを調べてこいと言っているんだ。回収したハフアモアは技術府が管理している、回収量の報告は流通府が担当しているから現場で食い違いが起こっているかもしれない」
「分かりました」
「それから──」てな具合でまあまあな仕事量を言われているのである。
◇
(回収量の精査にまだ出し渋っている貴族たちのリストアップにその訪問に……)
ぐるぐる。溜まっていく一方のタスクを頭の中で整理しながらまずは流通府(国内の販売ルートやウルフラグとの交易を管理している部門。ナディ曰く財務省みたいな所らしい)へ。
開放的なフロアの入り口が見え始めた時からキンキンと良く通る怒鳴り声が耳に届いた。
「──からっ!ちゃんと数は確認した上で報告しているってさっきから言ってるでしょっ?!」
「だからね〜実際に保管されているハフアモアと貴族から寄せられた事前の報告の数と合わないの。まさかくすねてない?」
「だあれがあんな物くすねると言うんですか!昔ならいざ知らず!今は何処でも取引きが禁止されているじゃないですか!」
「……それ、禁止されてなかったらくすねてたって事だよね?」
「──馬鹿っ!あんたが変な事言うからっ!」
「ま、まあまあ…もう一度技術府の方へ行って数を確認してきますから…」
「待ってくれる?監査役の人を上に言って──あ、来た来た、こっちに来て」
流通府の人とちょっとした言い合いをしていた三人組は、今朝別れたばかりのヒルド、カゲリ、それからナディたちだった。
手招きされるまま三人たちに近づいていく。
「──あ、アネラ」
「な、何をしてるの…?外まで筒抜けだったけど…」
「いやそれがね〜」と話し始めた内容はさっきガルディア王から聞かされた事とほぼ同じだった。
従者ではなくなっても毎日顔を合わせているので何だか別れた気がしないヒルドに話しかけられた。
「それであんたは?何しに来たの?」
答えたのは私ではなく流通府の人だった。
「君たちの仕事ぶりを見てもらうんだよ」
「──なっ!不真面目だと言いたいのですか?!」
「けれど現に数が合わない、それで第三者の人に立ち会ってもらおうと思ったんだけど…」
流通府の人が意味ありげな視線をこちらに投げかけてくる。きっと"身内が立ち合いしても意味がない"とでも言いたいのだろう。
それを言うなら王室にいる人たちだって皆ラインバッハ家に連なる"身内"だ。もし国民投票が行われていたら、今頃ここにいる人たちは皆んな職無しになって城を追い出されていたはずだ。
「──不正を働いていないかきちんと確認するつもりですから、ご心配なさらずに」
そう言い切ると、不思議と皆が一様に暗い顔をした。
◇
「や〜ね〜ほんと、王様の傍にいったどこかの誰かさんはすっかりと陰険になったみたいで」
と、これ見よがしに文句を言うのはヒルドである。流通府のフロアから離れて正門前の馬車乗り場に向かっている最中だった。
「ヒルド、そういう言い方は良くないよ、家に帰ったらきっと仕返しされるよ「いやそれフォローになってないからっ!」
すっかり元気を取り戻した親友の頭目がけて手を振るが、見事に避けられてしまった。
技術府行きの馬車に乗り込み、一応の体で三人に仕事の内容を聞き出した。
「どうして数が合わないのかな?」
対する三人は、
(しら〜)
(しら〜)
(しら〜)
ジト目でこっちを睨むだけだった。
(私だって好きでこんな事を聞いているんじゃないのにっ!)
真っ先に口を開いたのはカゲリという女の子だった。
国王陛下からシュピンネという語源不明の機体(どうやら"蜘蛛"という意味らしい)を預かり、ヴィスタの下に付いていたらしいカゲリたちは私と入れ替わるようにしてカルティアン家の従者になっていた。
歳はやっと一〇を超えたような外見、体格も細く子供のそれであるが、ヒルドと互角に打ち稽古ができるらしい。前にナターリアから涙ながらに教えてもらっていた。
そのカゲリの声にははっきりとした剣が含まれていた。
「私たちに不手際があると?そう仰りたいのですか」
「う、う〜ん…でも実際に数が合っていないんだし…現場の作業はやっぱり本人たちから聞くしかないからね」
「──どれだけ大変だと思っているのですか!私の部下だけではまず足りません!人手を募集してやっとなんです!」
「カゲリの言う通りでね、ハフアモアを持っている人から預かって移動させるだけでも結構骨が折れるんだよ。それでその後に数の確認に入るから……」
あーやだやだ、頑張っている人にダメ出しするのってほんとやだ。でも言わないといけない。
「移動させる前に数を調べないのはどうして?」
今度はヒルドが答える。
「手間の省略。こっちは報告してくれた数を信じようってことにしてるから」
「それは分かるんだけど…う〜ん…」
貴族であったり行商人であったりが所有しているハフアモアの大きさはまちまち、数もまちまち、最小で数個に対し最大は数百個にまで膨れ上がる。さらに大きさは米粒から今乗っている馬車の車輪、果ては特個体の頭部程の大きさにまでなる。
さらにややこいのが特個体の頭部大の大きさを持つハフアモアが百個近くも存在したりしている事だった。そりゃ骨が折れる。彼女たちセントエルモ・コクアのメンバーはその都度ハフアモアの大きさに合わせて回収方法を選定しているのだ。そりゃ骨が折れる。
今度はナディが尋ねてきた。
「数が合わないってどっち?増えてるの?それとも減ってるの?」
「減ってる、だから陛下も精査してこいって指示を出してきたの。まさか盗ってないよね?」
「盗っとらんわ!あんなの盗んでどうすんのさ」
「別の物と一緒にしていればそのまま複製できるんでしょ?」
「それがね〜カウネナナイのハフアモアはそうじゃないっぽいんだよ、だから持ってた人皆んながこぞって手放すの、こんなの持っててもしょうがないって」
「そうなの?」
「そうそう、聞いていた話と違うって、今となっては売買も禁止されてるから寧ろ邪魔だって言ってさ。向こうから連絡が来るぐらいだからね?」
「そりゃまた……」
馬車は王城前の坂道を通り過ぎ市街地に入った。季節はすっかり春を前にしており、道行く人たちも薄手のコートに衣替えをしていた。
セントエルモ・コクアの責任者であるピメリア・レイヴンクローさんが帰国して早一週間、季節の変わり目に入ったカウネナナイは水面下で起こっている出来事に目もくれず、皆が一様に解放的な空気感を堪能していた。
堪能していたのは市民だけだ。
✳︎
アネラと共にやって来たハフアモアの保管場所、技術府所有の造船所前で通せんぼをくらってしまった。
「また来たこのクソがき!今度は何だ!」
「クソがきとは失礼な!」
「お前が来るとろくな事にならないんだよ!──帰った帰った!今日は府長が不在だから中に通せんぞ!」
「あんた何やったの?」
「ハフアモアの保管場所の提供に渋ったので使われていない部屋の整理からゴミの片付け「あれはゴミじゃねえんだよ!故郷から持ってきた大事な釣り道具だったのにっ……」あなたがそうやってこちらの協力要請を断るからでしょう?!そもそも好きなようにしろと言ったのは「あ〜はいはい、分かった分かったから。ラハムにも用事があるのですが中に入れませんか?」
未だ嫌そうな視線をカゲリに向けている守衛の人が答えた。
「おたくらのパイロットも不在だ!──帰れ帰れ!今日は昼から休みなんだよ!──絶対入れさせないからなっ!諦めろ!」
造船所正門前に置かれた馬車の乗り場まで戻ってくる。どうやら私たちのやり取りが聞こえていたらしい御者の人が口角を上げてニヤリと笑っていた。
「何なんですかあの不届き者は!あいつがハフアモアをくすぬているのではありませんか?!─「カゲリ」─はい」
小さな頑張り屋さんがすっと姿勢を正して私を仰ぎ見た。
「何やったの?」
「とくにこれといった不祥事を起こしたつもりはありません。清廉潔白に公務を遂行し時に揉み消したりもしましたがそれだけです」
「揉み消してんじゃん。こいつだけ出禁にすれば中に入らせてもらえるんじゃない?」
「あのね〜誰彼構わず仲良くしろとは言わないけど喧嘩は良くないでしょ?」
「でもこうしてハフアモアの保管場所の確保ができています。あいつらみたいな貴族の端くれに気を遣っていたら進む仕事も進みません」
「それは分かる」
「はあ〜〜〜」
いつもこんな調子なのである。ヒルドとカゲリは仕事熱心なのだがとにかく周りを見ない、というか気にしない、自分のやりたい事を優先して何なら相手を蹴落とすぐらいの勢いを持っていた。
そして私がその間に入って文句を言われるのが役目になっていた。
(中間管理職になった気分)
カゲリにステイ!と指示を出し、残りの三人で再び守衛が詰めている正門前へ、あーだこーだと絶対に迷惑をかけないからどうか中に入れてほしいと懇願してようやく許可が下りた。
「もし問題が起こったとしてもこっちは対処しない。──いいなっ?!」
入門許可証である小ぶりな木札を人数分叩き渡され(めっちゃ痛い)馬車乗り場でステイしているカゲリに視線を向けると、
「あいつ速攻でいなくなってる。どうする?」
「ええ〜〜〜………」
確かに小さな影が無い、どこにも無い。
「ま、まあ、あれだけ注意した後だから大丈夫……じゃない?」
何の慰めにもならないアネラの言葉を受け、私とヒルドは問題が起こる前にさっさと終わらせようと息を巻いた。
◇
問題を起こしているのは何もカゲリだけではない。ヒルドもヒルドで何かとやんちゃして私の気を引こうといつも困った事ばかりしていた。
「…………」
チラチラとこっちを見ているヒルド。
(今日は大人しく!)
キっ!と睨んでヒルドを嗜める。果たして本当に分かっているのかニヤニヤと笑っているだけだ。
入場許可証を場内を警備している兵士の人たちに見せながらシルキーの保管場所へ、そこは使われていない乾式ドッグの一つだったた。
船を支える盤木が等間隔に並ぶその間に、所狭しと回収したシルキーが無造作に置かれていた。確かにこの光景を見るなら、造船所の人たちも厄介事を押し付けられたと思うだろう、それぐらい雑然としていた。
ある程度グループ分けされているはずだが...側から見たらさっぱりだ、監査に来たアネラも困っている様子。
「え、これ全部…?」
「そだよ。──ヒルド、どこからどこまでがグループなのか分かる?」
「あそこからあそこまでが──」と聞いても分からない仕分けの仕方を聞きながら確認作業に入った。
勿論全部ではない、監査なので抜き打ちでいくつかチェックするだけだ。けれど、
「足りないね」
「んん〜?そんなはずは…」
持ち込んだ時に数えた数量と今し方数えた数量が合わない、明らかに数が減っていた。ごっそりと、ではなくそれぞれのグループから少量ずつだ、ちょっとぐらいなら良いだろうと言わんばかりに。
さあてややこしくなってきたぞと身構えていると乾式ドッグに一人の兵士が血相を変えてやって来た。
「──いた!いたいたいた!──ちょっとこっち来い!あんたらの所のガキがまた暴れてるんだよさっさと何とかしろ!」
またって何だ。前にも暴れた事があるのか。
そんな兵士に構わずヒルドが、
「──あんたこそちょっとこっちに来なさいよ!預けたハフアモアの数が足りないじゃない!」
「ああっ?!てめえらが勝手に押し付けて置いていったんだろがそんなもん知らねえよ!」
「知らないで済む話じゃないからこうして王室から人がやって来たんでしょうが!やましい事がないならさっさとこっちに来て説明しなさい!」
広い乾式ドッグで言い合う二つの声がまるで剣戟のようにキンキンと響く。
「ま、まあまあ「あんたらがヘマするから私たちが疑われているじゃない!大人として恥ずかしくないのか!「──んだとこのクソがきっ──」
静止を呼びかけるもヒートアップしていくヒルド、眦を吊り上げ激昂した兵士が階段を駆け降りて来る、抜剣していないのが不思議なぐらいだった。
(こんな調子でいつも仕事してたのか……)
シルキーの回収は二人に任せていた、そして私は所持していた貴族たちの合間を行ったり来たりとしていたので日頃の仕事ぶりは知らなかったのだ。
親の仇と言わんばかりにヒルドを睨め付けている兵士が、
「──もう今日は絶対に容赦しねえっ!てめえの泣き脅しに付き合わねえからなっ!」
「え?泣き脅し……って何?」
ヒルドがぴたりと固まった。
「大好きな主様に嫌わ「あああーーー!」とか嫌われたら生きていけ「あああーーー!」とか散々泣いて喚いて好き勝手!ここはガキの託児所ねえんだよ!」
アネラも参戦して兵士の人を宥めにかかった。その間にヒルドから事情を聞き出そうにも、
「──あ!」
ヒルドが脇目も振らずに駆け出した。
「待っ──待てええ!」
「あ、コラっ──」
ヒルドを追いかけるふりをして私もそのまま乾式ドッグを後にする。すまん友人、面倒事を押し付けてと心の中で詫びるが速攻後悔した。
「ガキがなんぼのもんじゃああいっ!ハフアモアをくすねているこの盗っ人どもめ!星人様が見逃しても私は見逃さないぞっ!」とまあカゲリが...正門前から伸びる屋根付きの歩廊のその半ばで兵士たちと乱闘を繰り広げていた。そしてそこへヒルドも加勢し混迷の様相を呈していた。
「──ぐはあっ!」
「っ?!──何て卑怯な貴様それでも剣士か!背後から殴りやがって!」
「ただの八つ当たりに卑怯も正当もあるか!──カゲリ!こいつら全員叩きのめすわよ!」
「合点承知!」
「──責任者を呼べええ!だからこいつらを中に入れたくなかった──ぐわああっ!!」
(あ〜あ……)
兵士数人がかりを前に華麗な足捌きで避け、的確に殴打を打ち込み沈めていく二人。
あれでも私の従者なんですよ。
◇
「すまんすまん。王には一言入れておったのだがな、きちんと数を反映しておらなんだ」
「あの…グレムリン様、そういう事はきちんと造船所内でも周知徹底をですね…」
「それとこの惨状は別だろうに。きちんと躾けておけよカルティアンの娘よ、今回は無かった事にしてやるが次はそうはいかんぞ。──そうだな、次やったらお前さんのその無垢な身体を私に捧」げてもらうぐらいで聞かなかったことにした。
「…………」
「…………」
結局乱闘は造船所の所長でもあるグレムリン侯爵が戻ってくるまで続けられ、その間に打ちのめされた兵士は数十人を超える。ステ振り間違ってない?大丈夫?
場所は変わらず屋外の歩廊、しゅんとした様子─を見せているだけ─の二人は正座をして面を下げていた。
造船所に預けていたシルキーはどうやらグレムリン侯爵が王に進言してその一部を使用していたみたいだった。その連絡がきちんと行き渡っていなかったため今回の監査が行われたのだが...
(どうしてアネラにも言わなかったんだろ。もしかしてお爺ちゃんが嘘ついてる?)
同じ事を考えているのかアネラも浮かない顔をしている。
アネラがお爺ちゃんに尋ねた。
「何に使用していたのですか?」
「新型のエンジンにだよ。これの製造は国王から直々に下命されている、だからすんなりと許可が下りたのさ」
「まあ…そういう事でしたら…」
「それで?その製造にラハムも手伝ってたの?」
何故か一緒にいたラハムに私の方から尋ねるが、
「つ〜ん」
「いや普通それ口にしないからなラハムよ。念願のご主人様が帰ってきたんだからほれ、尻尾を振らんか」
「今日の今日までラハムを放ったらかしにしたご主人様だなんて知りませんよ!ちょっとぐらい「分かった分かったから!そんなに怒らないでよ」
拗ねた顔付きをしているラハムが一言。
「ノラリスだってナディさんに相手にしてもらえなくてきっと拗ねていますよ、ラハムとおんなじように!」
胸がちくり。
「それは何故なんだ?要らないのならこっちで引き受けてもいいのだぞ」
「い、いえ…そういうわけでは…」
「──まあ良い。この躾がいがあるメスガキ二人をさっさと引き取ってくれ「…何だとこのエロ爺い…「王に進言して素っ首刎ねさせるぞ」──やれるもんなら「もういい加減にしなさいっ!!」
やっぱり反省していなかった二人につい怒鳴り声を上げてしまった。意外に良く響き、撤収していく打ちのめされた可哀想な兵士たちが何事かとこっちを見てきた。
固まる二人。そして後は知らんぷりと言わんばかりにお爺ちゃんとラハムも造船所へ引き上げていく。
「な、ナディさん…お説教はほどほどに…」
「手が焼けるならこの二人も私が引き受けるぞ。中身はどうあれ見てくれは良いからな」
歩廊に残ったのは私たち四人だけ、まだ春になったばかりの夕焼けがどこか寂しく見えてしまった。
✳︎
(大変そうだなあ…)
ナディたちと別れて私だけ王城へ、今日の報告をガルディア王にするためだった。
街中の馬車乗り場で別れた三人の背中はどこかよそよそしく見えてしまった、あんな怒られ方をしたのだから二人も参っているのかもしれない。
(私の時はあんな感じじゃなかったんだけどな)
ヒルドもカゲリという子も何かとナディにアピールしているのが見て取れる、それが空回りして迷惑をかけているのだろう。ヒルドはどちらかというとクールな印象があったけど...
(馬が合うのかも)
他人事のように思いながら到着した王城前の馬車乗り場から王の私室へ足を向ける。──その途中でばったりとその王と出会した。
「ご苦労だった、話は概ね聞いている」
王は手に何かを持っていた、それを見られまいとしてかあけすけに後ろへと回した。
(何を隠したの?)
「先程グレムリンから使用したハフアモアの量の報告書が届いたよ。ただ──」
「……え?まさかそれでも足りないと?」
「ああ。そもそも俺がお前に指示を出したのは流通府とコクアの報告書が不一致を起こしていたからだ、グレムリンが使用していた数は元から含まれていない」
「では…流通府の報告に偽りがあった、と?」
「そうなるな。──すまんがまた明日俺の部屋に来てくれ、その時に詳しい話をする」
(ええーめんどくさあ!今度は身内ですかやり難い〜〜〜)
とは言わず、王が隠した物について尋ねた。
「…今何か隠されましたよね?それは何ですか?「─ん?何だ、俺の仕事を手伝ってくれる「ああ結構です!」
"そう言うと思った"とありありと顔に書いたガルディア王が側近たちを引き連れて離れていった。
(危ない、また仕事を押し付けられるところだった…)
最後に流通府のフロアへ、我ながら律儀だと思いながらも造船所の件を伝えに行こうとしたのだが...
「──だから──」
「──それは──分からないように──」
「──大丈夫──私たちが──」
「………」
フロアへ続くその廊下の角、漏れ聞こえてきた密談に背を向けるようにして私は結局引き返していた。
◇
(思っいきりくすねとるやんけ流通府…)
何かと変な言葉を使う我が友人の真似をしながら到着した我が館、気もそぞろに扉を開いて中へ入る。
(はあ〜〜〜今日の監査はただの裏取り、王は始めっから流通府だと睨んでたんだろうな)
ほわわんと暖かい空気に包まれ、春先とは言えまだまだ冷え込む夜の空気を洗い流した。
そんな私を出迎えてくれたのはナディでもヒルドでもカゲリでもアマンナさんでもない。
「──アネラ!帰ってきたら挨拶をしなさい!」
「た、ただいま戻りました…」
そしてその後ろから、
「グガランナさん、あの子の面倒は私が見ると言いましたよね?──さあさどうぞあなたはあの二人の面倒を見てやってください」
「あの子もこの子もないわ皆んな等しく私が見ると言ったでしょう?というかナターリア、私の方があなたより歳上だと「はいはい、はいはい、その話はしないと約束したでしょう?マキナの年齢を引き合いに出したら神様だって赤子になって──」
(まーた始まった、教育ママバトル)
ほっとけ。
二人が出て来た廊下からではなく、面倒臭いけど一旦中庭に出てからダイニングスペースへ向かった。
せっかくあったまった体もひゅんと冷え、庭からダイニングスペースに入るとぼっぼっと体が火照った。暑いからではない。
「…………」
あんなによそよそしい背中をしていたのに、仲直りできるかなと心配していたのにこの体たらく。
「ヒルドはこっちの方が似合いそう」
「え?どれどれ──ええこれ私の柄じゃないよ」
「とか言いつつすっかりキープしているあたりその意地汚さが垣間見えます」
「そんな事言うんだったらあんたの分は無し。ね?ナディ」
「ん〜…カゲリはこれじゃない?光りに当たると灰色っぽく見えるから原色に近い方が映えそう」
「あそれバエるってやつですよね、アマンナ師匠に教えてもらいました」
「いやちょっと違う」
「膝の治療は?」
「それは動画のネタだから」
「ね〜ね〜ナディ、これはどう?」
「髪留めって沢山あるんですね…人形にしか興味がなかったからついぞこの手の物は…」
「髪留めじゃなくてシュシュ。でもアマンナさんも良くこんな物買って来ましたね、どこに売ってたんですか?」
「──ん〜?」と、顔真っ白お化けがソファから顔を出して「市場。それもセントエルモ・コクアが誕生したお陰だね」
「その顔パックも?」
「顔パックって何──ああこれ?そだよ〜歳を取ると何かと気を遣うのだよ」
「さすが師匠!顔のシワにも余念がない!」
「それ褒めてるの?」
(くっそ和んどるやんけ!)
何だそれはあー心配して損した。がやがややっている三人へナターリアさんとグガランナさんが突撃してガミガミと怒っている。巻き込まれたくなかったのでそろりそろりと顔真っ白お化けことアマンナさんの隣へ向かった。
「あ、お帰り。アネラの分も買ってきたから後で適当に貰っといて」
「ありがとうございます…」
道理で暖炉が効いているわけだ、美容中だったアマンナさんは上も下も下着だった。
「元気ないね」
「聞きます?」
「結構です」
「アマンナさあ〜ん…」
「はいはい」
秒で断られたのでアマンナさんに縋り付いた。
「あの王様が絡むとろくな事にならないからね〜アネラに同情するよ」
「だったら少しぐらい手伝ってくださいよ〜」
「私、あの王様から出禁食らってっから、無理な相談だね」
「何でそんな自信たっぷりに…」
陶器なように滑らかな太腿、その組んだ足が視界に映る。そこへぬうっと人影が下りてきた。
「アマンナさん……服を着てください服を!年端もいかない子供だっているんですよ!教育に悪いです!」
教育ママの来訪だ。
「はいはーい」
お冠になっているナターリアにひらひらと手を振っている。というかナターリアも何故そこまで小うるさくなったのか、前まではそんな感じではなかったはずなのに。
また別の教育ママもやって来た。
「──アマンナ!はいは一回!何ですかそのふざけた返事は!」
「……うっへえ〜」とアマンナさんがやおら立ち上がり、「世のグガランナは皆んなこんな感じじゃないだろうな…」と呟きながら私室へ引き上げていった。
(どういう意味…?──ん?」
アマンナさんの背中を視線で追いかけているとナディがこっちを見ていることに気付いた。
ちょっとだけ不機嫌そうに眉が寄せられてるのは...気のせい?
「アネラってアマンナさんの前ではそんな感じなんだね。ふ〜ん」
いや気のせいではない、謎に拗ねていた。
(ええ〜)
食事の用意が出来たから今すぐ座れと軍隊のような指示が飛んできたので、私を残して三人がダイニングへ向かっていった。
どうして怒っているのか、それが分かったのは夕食を食べ終え友人の傍からなかなか離れようとしない二人が、食後の運動がてらに庭へ出た時だった。
「アネラさ、何か私のこと避けてない?」
「いや、避けてるわけじゃ…」
「仕事上でそうなるのは分かるけどここにいる時も素っ気ないよね」
「そ、そうかな…私は別にそんなつもりでは…」
「…………」
全然信じていない、拗ねたような目つきに何も変化がない。
──ああ、もしかしてあの事かなととくに捻ることなく素直に口にした。
「いやほら、ナディにも私にも立場ってものがあるじゃない?だから昔のように接するのはさすがにマズいのかな〜って」
劇的な反応が返ってきた。
「──止めて!ほんとそういうの止めて!そんな事考えるの仕事する相手だけで良いよ!昔っからの友達にそんな事考えながら接したくない!」
ぐわんぐわんと肩を揺さぶってくる。
「ちょちょっ──だったら、だったらどうしてあの時気を遣ったの?」
「あの時っていつ?」
「当主って面倒臭いねって話をしたでしょ?パーティーの前にさ。私あの時愚痴聞いてほしかったのにそっちが謝ってくるから何だか言うに言えなくなって」
段々と元気を失くしたように揺さぶる力が弱まり、寄せられていた眉もようやく元に戻った。
そしてナディが答えた。
「いやあの時はねもしかしたら私たちに恨みがあるかもしれないからとか考えてたから「──は?」
我ながらびっくり、まあまあ低い声が出た。
「いやだからさ、いくら似ているからって理由だけで当主の代わりをやってもらってたんだし、もしかしたらもう会わない方が良いのかなとかあれやこれやを……」
は?そんな事考えてたの?私がヨルンおばさんやナディを恨む?は?本気で言っているのか。
馬鹿ばかしいというかあまりに的外れな思い違いを前にして肩の力がごっそりと抜けてしまった。
「私が──そんな──恨むとか、はあーーー!馬鹿ばかしい!悩んで損したっ「ごめん、ごめんってば」何だそれーーー!何だそおれえ!「ほんとごめん、ごめんって」私もしっかりしないといけないとか思ってたのに何だそれ!「──ごめんって!怒らないで!」とか言っている割にナディアはにやにやと笑っている。怒っている私が面白いらしい。
「両親がいなかった私にとってカルティアン家は居場所になってたの!ナターリアにも面倒見られてたの!だからこうしてぴんぴんしてるの!分かった?!」
「はい!分かりました!」
真面目くさって敬礼なんかするものだからつい可笑しく笑ってしまった。
その後、稽古を終えた二人も交わり教育ママたちに叱られるまでお喋りを続けていた。
──明日から待ち受ける途轍もなく面倒臭い仕事の事も忘れて。