第二十三話 アマンナとグガランナ
23.a
「あー…えー…何と言えばいいのか…グガランナは…あまり外に出ないタイプ、だったのか?」
アオラさんが言葉を選んでくれているのが分かる、見た目や言動とは違い、根っこは相手を思いやる人なのかもしれない。
「ええそうです、昔の私は…そうですね、自分の家に引きこもっていました」
「そんな風には見えないけどな」
助手席、初めてこの車に乗った時はアヤメが座っていた席に、今は私が座っていた。窓から見える景色は、車のスピードもあって次から次へと後ろに流れていく。勿体ないな、と思ってしまう、せっかく初めて見る街中の風景なのだからゆっくりと見てみたい。アマンナと昔に探検した廃墟の街と違って、沢山の人が歩き、様々な趣きをしている建物はどれを見ても面白い。
(アヤメは普段、どんな建物に入っているのかしら…)
気になる。アオラさんと出かける前に聞いておけば良かった、私なりに調べてアヤメと二人っきりで出かけるのも悪くないいいや、是非ともやってみたい。
「かそう…そこにはグガランナのようなマキナが他にもいるのか?」
「ええ、下層には私を除いて全部で十一体のマキナがいますよ」
「すっごくどうでもいいんだけどさ、グガランナは体?になるのか、人、じゃなくて」
「それはどういう…」
「人と同じ姿をしているのに、まるで人形みたいな呼び方が気になってさ、マキナが十二人じゃなくて、十二体、なんだろ?」
「アオラさんは優しい方なんですね、私達は人間ではないのに、同じように扱っていただこうとしているのですよね?」
「あー…いやぁ、迷惑か?何か私らの方が上から目線?みたいな感じになるのか…」
「いいえ、そんな事はありません、アヤメも私達を人として扱ってくれているので」
「そうか、まぁそれならいいのかな…さっきの昔話しはどう聞いても単なるひきこもっ」
何かを言いかけて急に黙ってしまった、いや何を言いたいかは分かっている。
高くそびえるように建っているビルや、マンションに囲まれた大きな交差点に差し掛かり、すでに止まっていた車の後ろに停車する。
「いやっ!ちょ、やめろって!びっくりするだろ!」
「ふふ、さっきは何て仰るつもりだったんですか?」
車の操縦から解放されたアオラさんの脇腹をつつき、少し冗談めかして言う。アオラさんの顔は面白いぐらいに真っ赤になっている。アヤメとは違う反応が、少し新鮮だ。いつもは私が粗相をしてしまっているので、他人に悪戯をして、会話の主導権を握るのは心地が良かった。
「な、何でも…というかグガランナが自分で言ったんだろ!何で私が悪いみたいな言い方!」
「ふふ、ごめんなさい、ほらアオラさん、前の車が進みましたよ」
「あ、あぁ…って!絶対運転中につついてくるなよ!」
また車の操縦に戻る前にアオラさんの脇腹は少しつつく。服装は、前に一度だけ見たナツメと同じようなあまり女性らしくない服装だが、体つきは女性そのものだった。
(今日は思いきって、来て良かったかもしれないわ…)
昼前にアオラさんがアヤメの家まで遊びに来たのだ。そこでは、仲良く二人でご飯を食べて昔話しに花を咲かせているのを、アマンナと二人で眺めていた。
まぁ、黙って見ているだけがアマンナではない。それはそれは我儘を言ってアヤメを困らせ、挙句に外へ遊びに行く約束までさせたのだ。注意しようとした時にアオラさんからドライブへ行かないかと、誘われた。一番近くにある隣の区までドライブして、綺麗な夕日を眺めに行こうと言われた時は、とても興味が湧いてしまい思わず了承してしまったのだ。
車の数が多くなってきた、皆んな急いでいるのかアオラさんの車をどんどん抜かしていく。それに、前の車と距離があるわけでもないのに一台の車が無理やり入ってきた、それを少し落ち着かない気持ちで眺める。
「あの、アオラさん?どうして他の車はこんなに慌てているのですか?」
少しだけ私を見て、再び前を向く。その横顔は笑っているように見えた。
すると周りの車に負けないよう、まるで競争しているかのように車のスピードを上げた。
「いや!あの!アオラさん?!私は遅いって言ってるわけじゃありませんよっ?!」
思わずダッシュボードを掴んで踏ん張ってしまう。いやいや、他の車をすれすれで走っていくのだ、怖くないはずがない。
「あ、アオラさん!こわ、怖いですよ!す、スピードをっ、きゃあああ?!!」
前の車を抜いたかと思えば別の車と衝突しそうになり、今まで一度も出したことがない声が出てしまった。
私の乙女みたいな悲鳴を聞いてか、さすがにやり過ぎたと思ったのか、アオラさんがようやく車のスピードを落とした。
「いやぁー今のは危なかったなぁー」
脇腹つついたお返しだ、と子供のように無邪気に笑ってくる。
「はぁーもう…アオラ!生きた心地がしませんでしたよ!」
思わず呼び捨てにしてまったが、気にしていないようだ。
「マキナのくせにかぁ?本当は人間なんじゃないのか?」
「もう!怒りますよ!それにマキナだろうが怖いものは怖いんです!」
車線を変更するウィンカーと呼ばれる音が聞こえてくる、前を見ると登り坂になっており、大きな柱に支えられた道路へと向かっているようだった。
「さいですか、本当はゆっくり走りたかったんだがなぁ、どこかのマキナさんが悪戯ばっかりしてくるから」
「私のことですか?」
「さぁねぇ」
飄々と答えるアオラさんを少し睨む。本当に怖かったんだから!
私達が目指している場所は第八区と呼ばれる街で、アヤメが住んでいる街よりも小さな所らしい。ただ、第八区の方が高い位置に作られているため、ここの街全体を見下ろすことが出来て有名な絶景スポットになっていると、出かける前に教えてもらった。
さらに、アヤメが目指している第三区もこの高速道路から第八区の手前で降りると行けるらしい。
「なぁ、アヤメは本当に第三区へ向かうと言っているのか?」
一般道よりもいくらか早いスピードで走っている、道路脇に設置された高い位置にある電光掲示板には、第八区までの到着時間と第三区は立入禁止と表示されているのを、見たと同時に後ろへと流れていった。
「はい、私は…出来ることなら彼女には行ってほしくないと思っているのですが…」
少し不思議そうに横目で私を見るアオラ、ちゃんと前を見てください。
「…意外だな、アヤメにはとことん甘いお前が反対しているなんて」
「いえ、彼女にきちんと話しをした訳ではありませんが…」
「理由を聞いてもいいかい?」
「時間の無駄だからです」
「…はっきり言うねぇ、ま、私も反対なんだけどさ」
道路を見下ろすように建っていたビル群も抜けて、少し見晴らしのいい場所へと出た。遠くには、太陽の光を浴びて眩しく光っている、トンネルになっている大きな橋が見えてきた。あれが価橋と呼ばれる街と街を繋いでいる橋だそうだ。
「…理由を聞いてもいいですか?」
「似たようなもんさ、いつまでも昔に縛られているのはよくないからな」
「私には、彼女のように会いたい人がいる、という感覚が理解出来ないんです」
「あいつの場合は…まぁ、そうなるのか…」
歯切れの悪い言い方が気になってしまい、つい詮索してしまった。
「彼女に何があったのですか?ただ、別れてしまった友達を探しているようには見えないのですが」
「それは本人から聞いてくれ、私の口からは言えない」
「そう…ですか、では第三区に何が起こったのですか?アヤメからは爆発事故があったと…」
...今までのアオラは私達と出会ってから、疑うような視線を向けたり、子供のような無邪気な笑顔を見せたり、さっきのように拗ねたりと、アヤメにも負けないぐらい面白い表情を見せてくれていたが、私のした質問には、はっきりとした拒絶があった。その顔はとても嫌そうにしていたのが、少しだけ傷ついてしまった自分がいた。
「…教えるがこの話題はこれっきりにしてくれ」
そう言いながらも教えてくれた内容は...
昔アオラ達が小さかった頃、エレベーターシャフトを通じてビーストが侵入してきたそうだ。侵入自体は珍しいことではないが、その時は運悪く、防護壁内で倒すことが出来ずに街へと逃してしまったらしい。そして、当時アヤメが住んでいた第三区まで侵入を許してしまい、第三区内の至る所をビーストに破壊されてしまったようだ。その際に...
(爆発事故も併発してしまった、ということかしら…)
「……その…ありがとう、アオラ」
「いいさ、それと親切心で忠告しておくが、人の過去は本人が言わない限りあれこれ聞かない方がいいぞ、一発で嫌われる」
「…はい、そうします」
今さら、しおらしく言っても遅いだろうか。きっと、アオラも大切な人を亡くしてしまったのだろう、軍事基地から第三区まではかなりの距離がある。それだけ、大きな被害と亡くなった人達が沢山いるという事だ。
私はアオラに嫌われていないのかとても気にしながら、少し重い空気のまま第八区へと向かった。
23.b
グガランナとアオラを見送ってから、アマンナと二人で街の散歩をしている。今さらな気もするがアマンナは来たばかりなのだ、少しぐらいは我儘に付き合おうということで手を繋ぎながら、あれこれと質問してくるアマンナに答えていた。
「ほんと、よくそんな面白そうに街を見て回れるね」
何が面白いのか私にはさっぱりだ。散歩するならもう一度中層の森へ行きたいぐらいだ。
「えへぇーだってぇー、アヤメと一緒に散歩出来るんだもーん、何を見たって楽しいよぉー」
手をぶんぶん振りながら歩くアマンナ。その顔はずっと笑っている、何だかこっちも楽しくなってしまいそうな笑顔だ。
「でも、よくアマンナとは手を繋いで歩くことが多いよね、そんな気しない?」
「言われてみればそうかもね、中層の廃墟に行く時も手を繋いでいたし」
そこでふと、真顔になるアマンナ。どうしたんだろう?
「…アヤメは第三区へ向かうんだよね?行ってどうするの?」
「…どう…しよっか、私もよく分かんないんだ」
「よく分からないのに行くの?どうして?」
楽しそうな笑顔とは打って変わって、今はとても真剣な顔をしている。
近くに誰も遊んでいない公園があったので、答える前にアマンナを連れてベンチへと向かう。二人仲良く手を繋ぎながら、お互い向かい合って座る。するとアマンナが今にも泣きそうな顔に変わっていた。
「もしかして…言いにくいこと?言いたくかったら…無理に言わなくてもいいよ」
...知らずにアマンナの手を強く握っていたみたいだ、慌てて力を緩める。アマンナは心配してくれているのだ、そう思うと伝える決心がついた。
中層のおんせん街と呼ばれる所でも、同じ話しをしたことがあった。けどあの時は、アマンナ達に嘘をついていたのだ。本当のことを言って嫌われたくなかったから、それぐらいに私は、ひどい事をしてしまった。
「…ううん大丈夫だよ、アマンナも私の話し、聞いてくれる?」
「…うん、わたしも大丈夫だよ」
そう言いながら、今度はアマンナが私の手を強く握ってくれた。
「私ね…私…………大好きな友達を…見捨てた事があるんだ」
「うん」
「昔、私が住んでいた街にビーストが襲ってきて、その時も友達と遊んでいて…気がついた時には周りはビーストが沢山いて…」
「うん」
「それで…逃げている途中に、友達が足に怪我をしてしまったの、血だらけで、もう走れないからって…先に行ってほしいって、私は大丈夫だからって…」
「…うん」
アマンナが私の顔に優しく触れてきて...私の代わりに涙を拭いてくれた。
「それでね、遠くにビーストが見えて、怖くなって…私、わたし、ごめんねって言いながら…に、逃げちゃったの…だ、だいじな友達を、置いてけぼりにして…そ、それで」
「もういいよアヤメ…分かったら、もう大丈夫だよ」
「ほ、ほんとは…事故、なんかじゃなくて…わ、わたしが、わたしが見捨てたから、だから、」
だからもう一度行きたいと、言う前にアマンナに抱きしめられた。この間も抱きしめてくれたばかりなのに。けど、今は甘えていい時ではない。きちんとお願いをしないと。
無理やり体を引き離す、少し悲しそうに私を伺うアマンナ。
「い、嫌だった?わたし、余計なことした?」
「ううん、違うよ、凄く嬉しいし甘えたい、けど…これは、私の我儘だから、だからちゃんとお願いしたいと思って…」
涙を拭きながら、ぐちゃぐちゃになっているだろう泣き顔をきちんとアマンナに向けた時、何だか少し偉そうに胸を張りながらアマンナが励ましてくれた。
「いいよー!このお姉さんに何でも言って!いつでもどこでもアヤメの助けになるからね!遠慮なんかしないでアヤメ!」
「うううっ、アマンナのぐぜにぃ!!」
せっかく堪えていた涙が溢れてしまいそうになったので、今度は遠慮なく私からアマンナに抱きついた。
◇
「え、えーと、アヤメ?その、爆発事故っていうのは…本当にあったの?」
少し落ち着いてから、私とアマンナは近くのスーパーに向かいまた二人仲良く、ご飯を食べることが出来るスペースに並んで座っている。私の手元にはコーヒーが置かれている、お姉さんになったアマンナが買ってきてくれた。いつの間に買い方を覚えたんだろう。
「…うん、事故はあったよ、街全体がビーストに壊された影響でね」
「そっか…ごめんね、嫌な事聞いちゃって…」
喧嘩したあの日から、アマンナはとても気を使ってくれるようになった。いつものように元気いっぱいにあれこれ聞いてくる時もあるけど、迷惑かどうかを気にしているようだ。
「どうして?」
「えっと、爆発事故があった場所に向かっても大丈夫かなって、もちろんわたしは行くけどさ!アヤメは、マキナじゃないからもし何かあったらって思うと…」
「本当にアマンナはお姉さんみたいだね、心配してくれてありがとう」
「え?!あ、ううん!お、お姉さんだもん!心配して当然だよ!」
「だからね、アマンナが気づかってくれているのは分かってるから、私には何でも聞いてね、迷惑だなんて思っていないから」
「………………うん、ありがとうアヤメ」
私の目を真っ直ぐに見つめながらお礼を言ってくれる。おかしいな、私がお礼を言わなくちゃいけないのに先に言われてしまった。
少し冷めたコーヒーを啜りながら、第三区へ向かう方法を考える。
「第三区は立ち入り禁止になっているけど、とくに問題はないよ、あちこち焼けてしまってるらしいけど」
「そっか、どうやって第三区へ行くの?ここから遠いんだよね、アオラとグガランナが車で向かうぐらいだから」
そこが問題だ。行く手段が無い、アオラに出してくれとお願いは出来るけど、なにせ向かう場所は立ち入りが制限されているのだ。警官隊に説明しても無駄だろう。私が中層に行く前ならもしかしたら、なんだけど...
「いやーまさか軍事基地が破棄されてるなんて…私まさかの無職じゃん」
「隊の任務は嫌だって言ってたから、ちょうど良かったんじゃない?」
「うー、そうなんだけどさ、第三区へ向かう口実も作れなくなっちゃったし…どうしよ」
警官隊に何て説明したら通してくれるのか、特殊部隊の任務があるからと言えば通してくれたかもしれないが、今となって特殊部隊は解散扱いになっているのだ。さすがに嘘はつけない。
机に顎を乗せてだらんとしていると、アマンナも私の真似をしてだらんとしていた。少しやりにくそうだ。
「アマンナ、何か良い方法ない、っていうかアマンナは行き方が分かるって言ってなかった?」
そうだ、カリブン受取所の前でアマンナは確かにそう言っていた。入り方がどうって...
「車がいるよ、アヤメは運転できる?」
「乗りたい?私の運転する車に」
「何その言い方、そんなに危ないの?」
「あ、危なくはないよ?ただちょっと運転が下手なだけで、何度か事故を起こしかけた事があるくらいで…」
「それを危ないって言うんだよ!だめ、お姉さんが許しません」
「それじゃあどうするのさ、歩いて向かう?」
「わたしはいいよ、ずっと手を繋いでいられるからね」
「えぇ私が嫌だよ、アマンナの質問に答えてたら喉が潰れちゃう」
「今さっき!何でも聞いてねって言ったのどこのどいつだ!」
「あははっ、ごめんごめん、冗談だから、た、叩かないでアマンナ、痛いよ」
むきー!と言いながらポカポカ殴ってくるアマンナ。良かった、元気が出たみたいで少し安心した。
すると、アマンナが素っ頓狂な声を上げたので、何事かと顎を机から離す。
「うぇ?!………はぁ?何それ、本当に言ってるの?」
どうやら私に向かって言ってるわけではないらしい。目は遠くを見つめているので、もしかしたらグガランナと通信しているのかもしれない。
「アマンナ?グガランナと話してるの?」
「あぁうんごめん、つい声に出ちゃってた」
「何かあったの?」
「グガランナの、オリジナルのマテリアルが稼動しているって、プログラム・ガイアから連絡が来たらしい…」
情報量の多いアマンナの言葉を理解するのに時間がかかった。
23.c
[久しいわねグガランナ、いえ初めましてかしら]
[…私に何のご用でしょうか、テンペスト・ガイア]
[あなたも惚けるの?]
[…私のオリジナル・マテリアルのことでしょうか]
[そうよ、プログラム・ガイアから私の所にも通知が来たわ、あなたは何をしようとしているのかしら]
[いえ…私は何も…]
[エレベーターシャフトの地下に忍ばせていたみたいね、緊急のために持ち出したのでしょう?]
[どうしてそんな所に…ま、待って下さいテンペスト・ガイア!私は本当に何も知らないのです!]
[…]
[そもそも私は、ピューマに擬態して中層へ逃げたのですよ?オリジナル・マテリアルを稼働させていれば、その時既に貴女には通知がいったはずです]
[それもそうね…では誰かが動かしたということかしら、グガランナ調べてちょうだい]
[はい…………マギール?は?何故あの老いぼれが…]
[マギール?あのマキナに身を変えた男が………あぁそういうこと]
[いつの間に、まさか私が中層へ行っている間に黙って…]
[いいえ、それなら貴方がメインシャフト内でティアマトが作ったマテリアル・ポッドにアクセスした時に、通知がいくはずよ]
[…………]
[グガランナ?]
[いえ、何でもありません]
[まぁいいわ、貴方は中層での戦闘行為には関与していないということね]
[何の話しでしょうか?]
[ディアボロスが製造した駆除機体と上層に住んでいる人間達が争っているのよ、貴方はそれが分かってて逃げたのではなくて?]
[ま、まさか、そんなはずはありません、私が上層へ来たのは同行している彼女の頼み事を聞くためです]
[誰かしら?]
[…]
[グガランナ答えなさい、その彼女というのは誰かしら?]
[………アヤメ、という名前の優しい人です]
[そう…グガランナ、私に会わせなさい]
[い、嫌です…]
[何故?]
[い、嫌だからです]
[理由になっていないわ]
[て、テンペスト・ガイアの方こそ何故、彼女に会いたがるのですか?]
[とても興味が湧いたからよ、貴女はマキナの中でもとくに臆病者だったわ、ティアマト以外と交流を持とうともしなかった貴女が、頼み事を聞くぐらいだもの]
[…なら、尚のこと会わせたくありません、あの時声をかけてくれたのは誰でもない、アマンナだけでしたから]
[…そう]
[もうよろしいでしょうか、オリジナル・マテリアルについては私の方で対処致します]
[………そう、貴女も私を拒絶するのね、いいわ]
そう言って、テンペスト・ガイアからの通信が終わった。最後の言葉はどこか悲しそうにしているのが気になった。
(臆病者って…)
私はマキナの中でも新参者だった。一番最後に覚醒した事もあり、誰と何を話していいのかも分からずに、いきなり与えられた時間をナビウス・ネットに引きこもって無為に過ごしていた。そんな時にわざわざ声をかけてくれたのがティアマトと、振り回されてばかりのアマンナだった。
私からしてみれば、マキナも人間も大した差は無いように思う。何も知らない、役割も知らされていない私を放置したマキナ達を冷たく感じたし、ガイア・サーバーにあった人間に関するデータには、残虐に他者を殺して欲望のままに生きた人もいれば、身を呈してでも他者を守ろうとした過去の偉人達が沢山いたことも知っていた。
だから私は賭けたのだ、マキナではなく人間に。中層へ赴き優しい温かい人と出会うために...まぁアマンナに目をつけられて一緒になって旅をする羽目になったけど。それでも私は彼女と出会えたのだ。冷たい人間ではなく、マキナよりもおそらく誰よりも温かい人間である彼女と。
(それを…簡単に会わせろなんて…誰が会わせるもんですか)
掴んでいた手摺りを強く握りしめる。眼下には、アヤメが住む街が視界に収まり、沈む太陽の光を独り占めしているように赤く反射していた。
「どうだ?ここの景色は」
アオラが風でなびく髪を押さえながら、私に感想を求めてきた。
確かに絶景だ、アヤメが住む街は第一区、もしくは主要都市と呼ばれていて、私達がいる第八区と比べて幾分下に作られている。
価橋を越えてから分かったことなのだが、驚いたことにこの街はメインシャフトの天井に当たる個所に合計で二十二本もの柱を立て、その上に街を築いているのだ。その柱は特大で、雲の切れ目から覗いた鋼色の柱がとても印象的だった。さらにその柱は一つ一つ高低差が違い、眼下に広がる絶景が生まれていた。
「…えぇとても素晴らしいと思います」
素直に感想を述べたつもりなのに、アオラが首を傾げてしまった、その仕草はどこか少女のように見えてしまった。
「気に入らなかったか?あんまり嬉しそうじゃないが…」
「いえ、そんなことは…」
「何か浮かない顔してるぜ、グガランナ」
雲の切れ目から見えた柱に心を奪われている時に、テンペスト・ガイアから通信が入りここに到着するまで、ずっと会話をしていたのだ。沈んだ心が顔に出てしまったのだろう、それに黙り込んでしまった私をアオラは時折気づかってくれていた、何だか悪い事をしてしまった。
「…ごめんなさい、少し気分が優れないわ、どこか休憩が出来る場所はないかしら?」
「あ、あぁ!あるさもちろん!ついて来てくれ」
少し慌てたアオラの後について行く。
展望デッキには、二人連れの男女が多くどこか近寄りがたい雰囲気があった。展望デッキから下へと降りるエレベーターに乗り込み、すぐ近くにある街へと向かう。街と言っても数えられる程の建物しかなく、アオラ曰くここは観光地なので人は住んでいないらしい。
エレベーターから降りて、強い風に顔をしかめながら小さな街へと向かう。ここは第一区よりさらに高い位置にあるためか、雲を間近で見ることが出来る、雲と同じ位置にある建物もあの柱と同じように見え隠れしているので、ついて見入ってしまい通行人にぶつかりそうになってしまった。
「す、すみません」
笑顔で会釈してくれたのは男の人だった。優しい人で助かった。
「こら、珍しいのは分かるけど、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないだろ」
少し拗ねたように注意をしてくる。
「それならアオラ、私をリードしてくれないかしら?きっと休憩所に着くまで周りを見てばかりだから」
今度は照れ臭そうに腕を差し出してくる、掴まれということかしら。
「ば、違うよ腕を組むんだよ」
そう言われ、アオラの腕に自分の腕を絡ませる。
「それじゃあよろしくね、アオラ」
「はいはい」
アオラと腕を組み、珍しい風景を眺めながら歩く。
少し顔が赤くなったアオラに悪戯しようかと思ったが、さすがにやりすぎかなと思い、大人しくアオラのリードに任せていた。
✳︎
こ、こんな簡単でいいのか?こんなスムーズに事が運んだのは初めてなので少し疑ってしまう。
私の車に乗り込んだ時はあんなに他人行儀だったのに、いつの間にか呼び捨てにしているし、敬語でもなくなってきてるし、なんなら今なんか腕まで組んでるし...いいや、気にするなアオラ!もう目前なんだ!こんな所で怖気付くぐらいならそもそもドライブになんか誘っていない!やれば出来る子だ私は!
少し的外れな自分への励ましと共に、らぶ...ではなく休憩出来る場所へと向かう。そう!休憩出来る場所だ!グガランナが自分から言ったんだ!そういう事だよな?いいんだよな?私が誰だかアヤメから聞いてそこに行きたいって言ったんだよな?据え膳食うは男の恥とは言うが残念、私は女だから気にしない。意味は違ったっけか、まぁいい。
店の軒先に並ぶお土産にも目もくれず、真っ直ぐにホテル街へと足を向ける。数軒しかないらぶ...ではなかった、少し大人の雰囲気があるホテルだが、運良く部屋は空いているようだ。
「あら?アオラ、ここに人は住んでいないって言ってなかったかしら、アヤメのマンションと似ているようだけど」
「ここはホテルだよ、人目につかない方がゆっくり休めると思ってさ」
「そう」
ここまで来たんだ、相手の言動にいちいち気後れなんかしていられるか。
雰囲気の良さそうな角部屋が空いていたので、迷わず利用するためにボタンを押す。その部屋まで到着しないと無効になってしまう時間が表示され、急いでエレベーターへと向かう。このシステムはよく出来ていると改めて思う、男も女も後戻りしにくいようにわざと作っているとしか思えない。まぁ、私らはどっちも女なんだが。
「…」
「…」
ここに来るまであんなにキョロキョロとしていたグガランナが一言も話さず、ただ下を向いている...あ、あれかそれは覚悟を決めているのか?嫌なのか?どっちなんだ。
吹き始めた臆病風に負けそうになりながら、扉の上が点滅しているお目当ての部屋へ入る。
(これたぜ…)
後はこっちのもんさ、いくらでも好きなように...グガランナの一言にほんの一瞬、頭が真っ白になってしまった。
「アオラは本当にアヤメの事が好きなのね、あの子と同じ髪の色をしている私まで、ホテルに連れ込むなんて」
「…なっ、そんなはず…」
何でだ?何で今その話しをするんだ、アヤメとナツメしか知らなかったはずなのに...それに、
「ここへ来たいって言ったのはグガランナだろう」
「違うわ、私は休憩出来る場所と言っただけよ、ホテルがいいなんて一言も言っていないわ」
「そんなへりくつ…」
グガランナが徐に上着を脱ぎ出したので、また頭が真っ白になってしまった。着ていたコートは茶色で、その下には少し暗めの赤いセーターと、スラリと長い足を魅せてくれる白色のパンツだった。
「な、何で脱ぐんだよ…嫌…なんだろ」
「いいえ、別に嫌ではないわ」
薄らと微笑みながら私を見つめてくるグガランナ、鼓動が早くなりどうすればいいか分からなくなってしまった。
「私の髪、どうして金色にしているか、教えてあげましょうか、私もアヤメの事が好きだからよ」
「そ、そうなのか…は?自由に髪の色を選べるのか」
「ええそうよ、瞳の色もあの子と同じ空色にしているのも同じ理由よ」
わ、訳が分からない。そんな事人間に出来るはずが...それに私もって...
今度はセーターまで脱ぎだした、両手で服の裾を掴みばんざいするように脱いだ拍子に、青い下着に覆われた胸が露わになった、かなり揺れながら...あんなに揺れるのは初めて見た。
「ふぅ、アヤメに選んでもらった服だけど、少し窮屈ね」
「…」
何も言えない、子供のように固まってしまった私は、ただ成り行きを見守るしかなかい、だが、心は期待で溢れかえっていた。
「わ」
「ふふ、初めてではないでしょうに…どうしてそんなに緊張しているのかしら」
ぽけーとしていたら、グガランナが私の服を脱がしにかかった。
「お、お前こそ、何でそんなに、手慣れているんだよ…」
すると脱がしていた服から手を離し、私の手を掴んで自分の胸へと...え
「…そんな事ないわ、分かる?」
その柔らかく大きな胸へ私の手を押し当てた。
(や、柔らけぇ…それにすごくあったかい…)
子供か!自分でも馬鹿みたいな感想に呆れてしまったが、そんな気持ちを吹き飛ばす程にグガランナの胸は魅力に包まれていた。
「わ、分かる…?何が…分かるんだ…」
「…そう、ならいいわ、自分で服を脱ぐ?それとも、私が脱がしてあげましょうか?」
また微笑みながら、甘い声で囁くように...まるで身を預けろと言わんばかりだ、私は何も言えない。
「…ええっと、その…」
「運転していた時はあんなに頼もしかったのに、今はまるで子供みたいだわ」
私が着ているコートのボタンを一つずつゆっくりと外していく。その綺麗な手を黙って見つめ、もう完全に甘えてしまっていた自分に驚く。
(あぁでも…甘えるのも…)
悪くないなと思った時、また私の手を取り今度は自分のパンツへと持っていく。
「ほら、アオラも、黙って見ていないで私のも脱がしてちょうだい」
「あ、あぁ、うんごめん」
言われた通りにボタンを外す、すると黒いリボンが青い下着が見えて...何も考えられなくなってしまった。感じるのはグガランナの匂いと、息づかいと、私の荒い息だけだ。
「ベッドに」
されるがままに優しく押し倒されて、私が下になり妖艶に微笑むグガランナが覆いかぶさってくる。
「…っ」
グガランナが私の胸に触れた、熱い。何が熱いのか分からないがとにかく熱かった、体温か、それともグガランナの手か、それとも...
「アオラ…」
自分も触って欲しいと目で訴えかけてくる。私は触りたかった胸に手を伸ばし、そして自分で脱がしたグガランナのパンツの中へと手を入れて............え、無い。...は?え、固い…はぁ???
驚いているであろう私の顔を、近くで覗き込んでいるグガランナの目が、カメラのレンズのように細かく動いているのが見えた。
「分かったかしら?これが、マキナの体よ、まだ触りたいなら好きになさいな」
赤く濡れた唇は笑っているように口角が上がっているが、カメラレンズの目は一切笑っていない。まるで、笑い方を真似しているようだ、その目が怖かった。
「ご、ご、ご、」
「何かしら?なんならここに、私達の好きなあの子も呼んでみる?きっと上手に抱いてくれると思うわ」
ひたすら私は謝った。
...そう言えば、グガランナは自分の事をマキナだと言っているのを服を正しながら思い出した。人じゃなかったんだ、グガランナの体に触れて思い知らされた...あの目は何なんだ、怖いにも程があるだろう...
23.d
「どうだった?アオラとえっちしたんでしよ?楽しかった?」
「…」
「アヤメー、えっち楽しかったってー」
「こらぁ!そんな訳ないでしょう!!」
何も言わないのをいいことにあることないことアヤメに吹き込んでやろうと思ったが、失敗した、まぁいいか。
それにしたってあのアオラの怯えようといったら...よくここまで帰ってこれたものだ。
「ねぇグガランナ、アオラに何したの?怯えてアヤメの部屋に引っこんじゃったじゃん」
「私はただアヤメに頼まれただけよ!アオラを懲らしめてほしいって!」
「いやそれは分かるけどさ、怯え方が普通じゃないじゃん、アヤメが慰めてるぐらいだよ?」
「……私の体を触って驚いているアオラに、アヤメも呼んでみるって聞いたの…あの子の方がきっと上手に抱けるだろうって…そう言っただけよ!」
「オーバーキル!それは言い過ぎ」
何と恐ろしい...グガランナ達の様子が気になるからと、わたしを介して連絡したいとアヤメが言ってきたのだ。通信が出来る小型の端末を使ってわたしのネットに繋ぎ、耳に直接アヤメの声が響いた時は、とても...まぁこの話しはいい。
(また…後でやってもらおうかな…)
「アマンナ?」
癖になりそうな感覚を頭から追い出す。と、とにかくアヤメが連絡をした時、ちょうどグガランナ達が大人のホテルに行くところだったのだ。それを聞いたアヤメのあのしかめっ面といったら...もう二度と変な事をしないように懲らしめてほしいとグガランナにお願いをして、今に至る。
「そ、それよりもオリジナル・マテリアルのことだけど、何か分かったの?」
「………まぁいいわ、そうねテンペスト・ガイアにも通知が入ったそうよ」
「そうなんだ、それで?」
「搭乗しているのが誰か調べたのだけど、マギールだったわ、それとプエラ・コンキリオ、後は…よく分からないのが一人かしら」
「はぁ?マギール?それにひねくれプエラも一緒なの?」
「そうみたいね、帰ってくる途中に連絡したのだけど、今は緊急事態だからまた後できちんと連絡するって」
何だそれは、勝手に人のマテリアルを使っておいて後で連絡するって。
すると、グガランナがアヤメの寝室を伺っている、何やら気にしているようだ。
「何?アヤメに用事?」
「いえ…ねぇアマンナ、私のマテリアルについて何て説明したのかしら」
「二百メートル級のでか女」
「ばっ!それもう悪口じゃない!あぁー…知られたくなかったぁ…」
わたしの前で崩れ落ちた、おいおいと泣いている。
「ちゃんと説明したよ、私達マキナには専用のマテリアルが下層にあるって、それでグガランナは二番目にでかい牛おんなって痛い痛い痛い!!何するの!!」
崩れ落ちて地面に伏していたグガランナが、わたしの足を見ずに抓ってきた。
「もう馬鹿ぁ!!牛女って何よぉ!!やめて本当に私はあのマテリアルが嫌なのよ!!」
「いったぁ…牛型のマテリアル造ったくせに何言ってんのさ」
本気で抓りやがって...じんじんと痛む足をさすりながら、今度はわたしがグガランナにオーバーキルしてあげる。
「でも、アヤメは一度は見てみたいって言ってたよ、グガランナのマテリアル」
「 」
まさかの白目だよ、何て器用な。
少し騒がしかったのか、アヤメがひょこりと寝室から顔を出してきた。
「こらーうるさいよ、何話してるのさっきから」
「グガランナがね、」
「あ、アヤメ!いい?!私の本当の姿はこのマテリアルだから!勘違いしないでね!でか女のことは忘れて!」
「グガランナ!めっ!」
また騒ぎ始めたグガランナを、まるで子供のように叱るアヤメ。いいなあの怒り方、わたしも今度マネしてみよう。
「ご、ごめんなさい…」
「お、おいアヤメ、あんまりグガランナにキツく言うなよ…」
今度はおっかなびっくりの体でアオラが顔を出してきた。
...ん?あんまり落ち込んでいるようには見えないのは何故?
「ねぇアオラ、アヤメに似た人が好きなんだよね?それならわたしにもえっちな事したいって思ってるの?」
疑問に思っていた事を率直にぶつけたのだが、それはそれは元気にアオラが言い返してきた。
「馬鹿言うなよこのませガキが!誰がお前なんかに手を出すか!そんな暇があるならアヤメを口説いてっ、あ」
あ、って言ったよこの人。やっぱりグガランナにひどい事を言われたのを口実にして、今までアヤメに甘えていたんだなけしからん。
「アオラ?ちょっといい?」
「いや!もう大丈夫だから!元気出てきたよ、あははは…」
「もう!元気が出たなら早く言って、心配してたんだから」
「そ、そんなことにより第三区へはいつ向かうんだ?」
「あー、ねぇアマンナ、いつ向かった方がいいの?」
「んー、今から?だね、見張りの人が交代するタイミングは誰も見ていないみたいだから、その隙に入る感じかな」
カリブン受取所のシステムにログインした時に、第三区への入り方もデータとして残っていた。今となってはどうでもいいことだけど、あの時の強盗を計画していた人達も何度か第三区へ足を運んでいたのだろう。
「なら、今からさくっと行ってくるか、皆んなついて来るのか?アヤメ一人だけか?」
「もちろん私達もついて行くわ、アオラ運転よろしくね」
「ハ、ハイ、頑張リマス」
「いつの間に呼び捨て…」
あの人見知り全開のグガランナが呼び捨てにしているのが気になったけど、アヤメが出かける前にグガランナのマテリアルを見てみたいと言い出した。
「なっ!べ、別に見ても意味はないでしょう?アヤメ、そんな我儘は言わないでちょうだい」
「ねぇアマンナ、さっきみたいにネットに繋いで私の端末で見れないかな?」
「うんいいよー」
「アマンナ!」
わたしは気にしていないので、アヤメの言う通りにする。わたしのナビウス・ネットにびびびとアヤメの端末が接続した。さっきみたいに何か話してほしいが我慢する。グガランナの前だし。
「ちょっと待っててね、今表示させるから」
「あぁ…アマンナ…何てことを…」
わたしに泣きすがるグガランナを無視して、アヤメの端末に表示してあげる。アオラとアヤメが同じ端末を、顔をくっ付けて見ている。すると、思ってもみない反応が返ってきた。
「………え、これがグガランナのマテリアル?ってことはこの姿が本物ってことなの?…カッコいいね」
「え」
「え?!」
「はぇー、これがグガランナの…確かに戦艦みたいでカッコいいな」
「えぇ…」
「そ、そうかしら?そんなこと…あるかしら」
わたしとしては引いてほしかったのだが、アオラとアヤメはグガランナのオリジナル・マテリアルを気に入ったようだ...カッコいい?どこが?
さっきまであんなに死にそうな顔をしていたグガランナが、今度は勝ち誇ったようにわたしを見てきた。何だその顔!
「このマテリアルって今はどこにあるの?この戦艦みたいな船に乗れるのかな」
「あー…それが今、何て言えばいいのかしら、中層で…そうね緊急出動しているから、今すぐには…」
「緊急?!」
「出動?!」
息を合わせて驚く二人。
さらにかっこいい...と目を輝かせている。
気に入らないので黙って画像を閉じた。
「あ、こら!アマンナ私まだ見たいよ!」
「いいから!早く準備しなよ!」
「ふふ、もうアマンナったら嫉妬してぐぇえ!痛いわよ!」
さっきのお返しでグガランナの胸に頭突きをしてやった。
◇
アオラの車に乗り、暫くしてからグガランナが通信をしてきた。すぐ隣に座っているのに?
[何さ]
[あら、まだ拗ねてるのかしら、お子様ねアマンナは]
ほんのひと時、抓りたいわたしの手と抓らせないために守っているグガランナの手が、無言で激しく攻防戦を繰り広げる。
[ちょっかいをかけたい訳じゃないの、聞いてアマンナ]
[そっちが先だろう!]
グガランナの目が真剣になっていたので、慌てて口を閉じた。その後に続いた言葉の意味が分からなかった。
[アヤメに嘘の時間帯を教えて、見張りの警官隊に捕まるようにしてほしいの]
[は?何でそんなことしないといけないのさ]
[アヤメには、第三区へ行ってほしくないの]
グガランナが、第三区へ行くことを反対しているのは知っていた。
街頭に照らされたグガランナの顔は、今まで見たことがなかった。捕まってほしいと言うその言葉が本気なのは伝わった、けどわたしにだってアヤメの手助けをしたいという、紛れもない気持ちがあるので断った。
[嫌だ、アヤメに嘘はつけない]
走り出した車に少し揺れた、前髪が顔にかかったグガランナの表情は見えない。どうしてそこまで反対するのか分からない。下層から抜け出して、初めてグガランナと対立した。
グガランナが顔にかかった前髪を払いながら、
[彼女には、今の時間を大切にしてほしいのよ]
[それだけ?それだけのために嘘をつけって言ってるの?]
[…それと、ティアマトに会わせたくない、私達の役割が取られかねないわ]
[それが何?]
まるで信じられないものを見るように、顔を見張っている。
[あなたは取られてもいいの?マギリという友達をよく知っているのは私達ではなくティアマトなのよ?]
[だからそれが何さ]
[…それと、テンペスト・ガイアがアヤメに興味を持っているわ]
[そんなに誰かに取られるのが怖いの?]
[あなたは怖くないっていうの?]
[ちっとも、アヤメがそれを望むなら、わたしは手助けしたい]
無言でグガランナを見つめる、グガランナもわたしを見返している。
あの朝に、店員の人に教えてもらった高速道路に乗ったようだ、車がさらにスピードを上げた。前に座る二人は何でもない世間話しをしている、他愛のない会話も今ではまるで、別の世界のように思えた。
[…わたしはね、自分で決めたやり方でアヤメに優しくしたい、手助けをしたい]
伝えないといけないと思った。あの時わたしが学んだことを、優しさの在り方を。
[…それがたとえ、アヤメと離れ離れになってしまうとしても、あなたは手助けをすると言うの?]
グガランナの言葉に胸が、ぎゅうううと苦しくなる。それでもだ。
[うん、だってアヤメは好きだったナツメと別れてまで、わたし達と一緒にいてくれたんだよ?わたしはアヤメの優しさに応えたい]
[…]
もう何も言うことがなくなったのか、それっきり黙ってしまった。
見上げるようなビルも抜けて、遠くにトンネルみたいな橋が見えてきた、あともう少しで第三区へ着く。
トンネルに入り道路に書かれて分岐を第三区方面へとアオラがハンドルを切る。徐々にスピードを落として、体が持っていかれそうになるぐらいのカーブを走る。オレンジ色の蛍光灯に照らされた室内は、色調も変えてしまうのか少しだけ見えているアオラの髪も、同じオレンジ色に変わっていたのが不思議だった。
そして...
「ん?あれは…誰か立っているのか?不味くないか…」
アオラの声に前を見てみると、そこにはゲート前にティアマトが一人でぽつんと立っていた。
「ようやくねアヤメ、待ちくたびれてしまったわ」
車を降りて開口一番にそう、ティアマトが呟いた。