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第91話

.恩恵を受けた者たち、授けた者たち



「きっとラハムは見捨てられてしまったのです…所詮都合の良い女…用事がなければ会いにすら来てくれません…」


「…………」


(早く帰ってくれんかのうこの女、いやマキナか)


 私が黙っていたことを良いことに、またぞろ愚痴を溢し始めた。


「どうせ〜?ラハムは美味しいご飯を作ってくまなく掃除をしてたまにはパイロットになったりしちゃって〜?こんな何でもござれなのに都合が良い時だけ頼ってどうでも──」


 技術府所有の造船所、その建物内の一室で私はラハムというピンク頭のマキナと向かい合っていた。

 最初は良かったさそりゃ、見た目は良いしスタイルも良いしとにかく『ムチっ』としているので見る分には問題なかった。

 ただまあ、このマキナと他の乗組員だけはウルフラグの戦艦内で待機命令が出されていたので降りることはなく、このマキナに限っては自身の立場を『見捨てられた』と勘違いして延々愚痴を溢し続けていた。何で私が相手にせねばならんのだ。

 「そんな事はない、皆んなお前さんを信用しているから放ったらかしにしているのだ」と説明しても聞く耳持たず、いい加減うんざりしてきたが目の保養にはなるから離れづらかった。情けない我が性癖。

 適当に相槌を打ちながらまだまだ課題が山積している航空艦の図面を広げ、とくに問題が多い(何も片付いていないとも言う)メインエンジンルームと睨めっこする。

 愚痴に飽きたラハムもずいと覗き込んできたのでその豊満な胸をちらり。


「何を見ているのですか?」


「極秘裏に開発している新しい船さ」


「え?そんな大事な物をラハムに見せても良かったのですか?」


「ああ、セントエルモ・コクアの約定で包み隠さずがあるからな、見せても問題ない。──というより、ウルフラグの連中にこれが製造出来るはずがない、だから見せているんだ」


「むっ」


「何だ?」


「……いいえ別に。それよりその図面はエンジンルームだと推察しますが」


「そうさ、ここが一番厄介、他はどうにでもなるがここだけはどうにもならん」


「何が問題なのですか?」


「振動さ」


 新型航空艦の推定排水量は一〇万トン、この数字は概ね一般的であり機人軍が所有する空母にもこれと似た船がある。

 ただ、この一〇万トンにも及ぶ船を空へ持ち上げようとするならばそれだけの力が必要になってくる。


「ちなみにその数値は?」


「翼型の戦闘機一機あたり約六五kN(※F15のターボファンエンジンの数値を参考)、機体重量は概ね三〇トンとするならば新型航空艦の必要推力は戦闘機の約三三三倍、数値にして二億近い推力が必要になってくる」


「どっひゃー」


「その超大型エンジンの設計図は既に完成している「どっひゃー」後は製造して試運転するだけなのだが……」


 ああ、とラハムが言葉を漏らした。


「その場所の確保が難しい、と?」


「そうだ。その為の船を作ろうにも試運転に耐え得るだけの強靭さがなければいかん、しかしそれが作れんのだ」


「エンジンローターによる強制振動が問題なのでしょうか。その特性上、ローターは必ず不釣り合いになってしまうので」


「それもあるがローター間の隙間だったり他にも振動が発生し得る構造になっている。これをいくら削減したところで既存の船ではまず耐え切れん、計算上ではものの数分でエンジンルームが瓦解してしまう、これでは空を飛ぶどころか持ち上げることすら困難だ」


「ありゃ〜〜〜………」


「何か知恵はあるか?あるならお前さんの名前も船に刻むぞ?」


 ラハムがその豊満な胸を持ち上げるように腕組みをし首を傾げた。


「う〜〜〜ん………」


「はっ、マキナも大したことないの」


「むっ──こういうのはどうでしょうか」と艶やかで細い指をピンと立て、ラハムが何か口にする前に私が言葉を挟んだ。


「先に言っておくが船の排水量は一〇万トンから変えられんぞ。大方ショックアブソーバーを追加するとか振動吸収装置を設置するとか言うつもりなのだろう?それで重量がかさめば元の木網だ」


「う〜〜〜ん結構難しい問題を抱えているのですね〜〜〜」


 ぱっと開いた口がまたぱっと閉じた、図星だったらしい。


「ではこういうのはどうでしょう。無重力空間で試運転する」


「──は?」


「ですから、その新型エンジンを製造して組み上げ、宇宙空間に打ち上げるのですよ。そこで試運転を行ない実際の振動数を検知してその数値を元に航空艦の躯体を組み上げる、実に堅実的でしょう?」


「────」


 はっ!と鼻で笑いたくなったがしかし私の口は固く閉ざされたままだ。

 何故、そこに着想しなかったのか?というのがまず一つ、次にラハムの案を全否定しようと思ったのだが案外いけそうな気がしたから口を開けなかった、つまり混乱している。

 何故、私は大気圏を超えられないと思い込んでいたのか?それには明確な理由がある。


「……この世に存在している全ての機体は大気圏を超えることができない」


「それは何故ですか?」


「──そう聞かされていたからだ。これは刷り込みに近い」


「それならばGPSはどのようにして使用しているのですか?通信衛生がなければ成り立たないシステムですよ」


「ううむ……これはどういう──(ああ、マキナの仕業か……こやつらが人類を筒の中に閉じ込めておきたいがための嘘)


 昇華した頭の熱も瞬時に冷え、私は一つの質問をラハムに行なった。


「聞くが、この世界はテンペスト・シリンダーという筒の中で間違いないな?」


 返事はあっさり。


「はいそうですよ」


「では、お前さんがその話を私にするのは些かマズいのではないのか?」


「どうしてそうなるんですか、ラハムは純粋にあなたの研究の手助けをしようと案を言ったまでですよ」


(詮ずるところマキナも一枚岩ではない──という事か。今のところは邪魔をされそうな心配もなさそうだし………)……──やるか!」


 自分の案が通って嬉しいのか、ラハムがその豊満な胸に気を払うことなく手を上げながら椅子の上で跳ねた。


「いえーい!そうこなくっちゃですよ!いよいよ人類が宇宙へ船出するのですね!」


 ぽよよん、ぽよよん。眼福とはまさにこれ。


「まずはこの筒を突き破らねばならんな。どれだけの力が必要なのか知らんが二GNのエンジンがあればいけるだろ!」


「余裕余裕!」


「──こうしちゃおれん!今からでも早速取り掛からねば──」


 その時、場内警報が鳴り響いた。


「な、何ですかこれ!アラート?!」


「……領海内に侵入した者がいるようだな」


 最後に警報が鳴ったのはダルシアン率いる機人軍がルカナウア・カイに接近した時だ、あの時はヴァルキュリアの船に偽装していたから...


(またヴァルキュリアなのか?一体何の用事があって……)


 応接室の入り口に設置された造船所専用の内線電話が鳴り、腰を上げていた私はすぐに受話器を手にした。

 報告は簡潔であった。


[カイに接近する機影二つ、一つはレギンレイヴ、もう一つは未確認機です。いかがなさいますか?]


「カイの軍に要請をかけろ、シューミットは鼻持ちならんが腕は確かだ。それから念のためウルフラグにも一報を入れろ、もしかしたら──」とそこでラハムに振り返るが、そのラハムは手をバッテンにして首をぶんぶん振っていた。

 手短に指示を伝え受話器を置く、こちらの要請を半ば断ったラハムが言い訳を口にした。


「すみませんお爺ちゃん「誰がお爺ちゃんだ!」ラハム一人では機体に搭乗できないことになっているのです。ナディさんがいなければノラリスは起動できません」


「使えん連中だ。──まあ良い、折角の機会だから私に付いて来い、最先端の管制室をお前さんに見せてやろう」


 わあーいと能天気な声を上げてラハムが立ち上がった。

 こんな奴に国防を任せても大丈夫なのか?



「ええ……ここだけ時代がおかしくないですか?」


「褒め言葉として受け取っておこう」


 造船所の敷地内にある埠頭では、民間船は勿論のこと軍の戦艦も管理していた。その為管理する数が膨大であり既存の管理システムはまず人手が足りなかった。


「それにやっぱりここの港は広いですね〜街一つが丸々入りそうです」


 大きく陸地に入り込んだ湾には迷路のように桟橋が延び、今日も今日とて様々な船が入出港を繰り返している。この後付け桟橋を何のガイドもなく抜けるのは至難の技だ、ちなみにウルフラグの船は最も奥まった位置に停泊()()()()()

 して、その管理システムというのが──


「トゥルダからカマンタのゲート解放、道を空けよ。それからその間に停泊している船をルルーフ桟橋まで逃がせ」


「了解」


「ホログラム投影による手動管理とは……」


 管制官が私の指示に従い、ラハムの言う通り空間に小さな点として投影されている各船舶を指ですいと動かした。それだけで港に停泊している船は自動で動き、機人軍の船の通り道を作っていた。


「昔はタッチパネルで操作していたのだが、いちいち船の名前とゲートの名前を照合せねばならんかったから何かと手違いもあった。それから視線の動きがヒューマンエラーの原因になるという進言もあったからこの形に変えたのさ。──どうだ!これがカウネナナイの技術力だ!」


 わあーとラハムが拍手している。こういうあからさまな"よいしょ"もたまには良い。


「ゲートと船を可視化して位置を連動させれば確かに管理が楽ですもんね、これは良いシステムです」


 (私が作ったのに)管制官もラハムの言葉を聞いて嬉しそうにニコニコとしていた。


「トゥルダやカマンタというゲートの名前には何か由来があるのですか?」


「私が作った名前だ。いちとしち、いちじとしちじを聞き間違えたらここでは大惨事だからな」


「へえ〜そこまで考えていられるのですね、ラハムは感服しました」


「なあに、私もいつも君に眼福させてもらっているよ」


「???」


 ああそういうあどけなさもたまには良い!ムチっとした体付きをしているのにえっちい事にとんと疎いとは!

 ラハムのボディラインを目で楽しんでいると別の管制官から声をかけられた。


「府長、シューミット少佐から通信です」


「ちっ──繋げ」


 管制室に設置されたスピーカーから()愛に溢れた声が流れてきた、ルカナウア・カイの防衛を務めているシューミットだ。歳は若くパイロットとしての腕も確か、今日まで失敗した任務は─表向き─ゼロという猛者でもある。


[ああ…今日は上手く髪をセットできたな、うんうん、実に良い「──切るぞこのナルシスト!自分から通信をかけておきながら何で鏡を見ているんだ!」──失敬。グレムリン侯爵、自軍の展開がもう間もなく完了します、確認された敵機は二つ、いかがなさいますか?二つとも私の虜にしますか?]


 ──ああ気持ち悪い...素でそれを言うこいつの神経が理解できない。


「そうしろ」


[ルヘイの軍に要請は?エノール侯爵が討伐の任に就いていたと存じ上げますが…]


「放っておけ、たかが二機だ、少しぐらい横取りしても問題なかろう」


[分かりました。では、これよりルカナウア・カイ機人軍は侵入した機体の迎撃にあたります]


「さっさと行け」


[相も変わらずグレムリン侯爵は私たちに手厳しいですね]


 たちって何だお前だけだ!

 シューミット率いるルカナウア・カイ軍の編成は空母一隻に護衛艦一隻、飛行小隊二つに海中隊一つというオーバーキル布陣だった。まあ相手はあのヴァルキュリアだ、これぐらいが丁度良いのかもしれん。

 カイ軍の編成隊が港を出発しその後ろ姿を見送った後、私はラハムも連れて新型エンジンの製作に取り掛かろうと────思っていた。

 むにむにして柔らかいラハムの手を引きながら管制室を出ようとすると、鳴り響くアラート音がそれを止めてしまった。


「今度は何だ!まさか本艦が出てきたわけではあるまい──」


 ホログラム投影された点が次から次へと消失していく、それだけでなく出航したばかりの編成隊も同じようにレーダーからロストしていた。


「──府長!!」


「──慌てるな!直ちに警報を発令せよ!それから屋内に避難するよう湾内にいる市民へ指示を出せ!」


 真っ先に疑ったのが大量殺戮兵器の使用だ、それ以外に考えられなかった。

 しかし──


「お爺ちゃん?その割には様子が変ですが…」


 管制室から望む港には何ら変化はなく、なんなら出航した編成隊の船も小さいながらもしっかりと確認できた。

 それなのにシグナルロスト。先にウルフラグの連中が経験したという通信障害の類いかと思うが、管制室の遠赤外線センサーには何も反応がない。

 つまり...?これは一体何だ...?


(マキナの仕業なのか…?やはりラハムが内通して新型エンジンが露呈した──いやそれにしてもこの介入の仕方は何なのだ…?何故直接手を下さな────「──はっ」


「お、お爺ちゃん?どうかしましたか?」


「──すぐに全ての電子機器をシャットダウンしろ!!──早くっ!!」


 幸運だった。この場にいた管制官が理由も聞かずに私の指示に従ってくれた。

 ほのかなライトに照らされまるでホテルの一室のような雰囲気があった管制室が、窓から入り込む陽の光りを残して暗闇に閉ざされた。


「──オーディンだ、あのろくでなしがついに動いた」



✳︎



「ちっ、あと少しだったのに」


[それはとんでもない兵器のようだ、あれだけの艦隊をたった数秒の内に支配下に置くなど前代未聞だぞ]


「だからアンノウンテクノロジーって言われているんだろ。何でそれを厚生省が管理しているのかは知らんが、確かにこれはやり過ぎだ」


[ルカナウア・カイの総合管制室を掌握しようとした奴の台詞とは思えんな]


「掌握すれば帰りも楽できると思ったんだけどな」


 危なっかしいことには変わりないこの機体、内蔵されている電子兵器がとんでもない威力を持っていた。

 コンソールに表示された点をタップまたはスライドするだけで全てをダウンさせることができる。さらに、支配下に置いた点をダブルタップすれば──


「お、本当に動いた」


[──本当に?本当にあな──貴様が操作しているのか?]


「何だってこのなんちゃって武人が、本当はお淑やかな性格だってのを知ってるんだぞ」


[何の事だか。それより質問に答えろ、あの蛇行している護衛艦は貴様の仕業なのか?]


「ああそうさ」

 

 さすがに指の速度と連動はしていないが、私が点をホールドしたまま右に左に振るだけで護衛艦がその動きを真似ていた。信じられない、だが現実だ。


「これがあればいくらでも世の中を支配できるな、恐れいったよ特個体─[─なら、その特個体の有用な使い方についてこれから共に協議をしようではないか]


「!」

「!」


[ご機嫌よう、特個体のパイロットの君、それからヴァルキュリアのレギンレイヴ。私はドゥクス・コンキリオだ、今から指定するポイントに来たまえ、歓迎しよう]



 ドゥクスと名乗った男が招待した場所、そこは何の変哲もない海岸線だった。緩やかに弧を描く砂浜、それから生命を拒絶せんばかりに聳え立つ崖の連なり、そして長閑な平原だった。

 いや、さすがに『変哲もない』は誤謬だ、この世の果てにあるような場所だった。

 レギンレイヴ機が砂浜よりいくらか離れて着陸し、そのすぐ背後に私も着陸した。ドゥクスという男は足跡一つない、潮風に平された砂の上に屹立していた。

 

「とんだ偉丈夫だな。コンキリオの名に相応しい、ってところか?」


[マキナの指揮官を務めている存在だ、用心しろ]


「言われなくても」


 砂浜に打ち付ける波のように白い髪を持つ男が口を開くことなく話しかけてきた、その眼光は鋭く一寸たりとも私の機体から視線を外そうとしない。


[その機体が何か分かるか?今日まで私が苦心して扱ってきたこの世の異物だよ。それを良くもまあ……何のてらいもなく持ち出すだなんて……]


 冷静なのか鬱憤を溜め込んでいるのか、実に複雑で実に奥深い内心を私たちの前で吐露した。


「これに頼った理由は一つだけ、プロイにちょっかいをかけるのを止めてもらいたい、それだけだよ」


[──たったそれだけの事の為にオリジナルを持ち出したというのか?正気か?]


「オリジナル……?これが何のオリジナルだって?」


 潮風に靡く髪を撫でながらドゥクスが答えた。


[このマリーン内に存在する全ての機体の、だよ。その機体は人類の希望と絶望を根っこから奪っていく、あってはならない願望製造機。君は今、この世界の頂点に立っている]


 馬鹿ばかしい──だが、続けられたドゥクスの言葉を聞いて戦慄が走った。


[その機体は文字通り全ての電子機器にアクセス出来る。君が持っていない銀行口座のアクセス権、他人の携帯電話、政府所管のデータベースから国防軍、機人軍の管理サーバー、カウネナナイに存在するガイア・サーバー、そしてこの私だ。君が望むのならいつでも好きなだけ戦争を起こすことができる、一〇秒とかからず大富豪になり、気になる異性の行動を朝起きてから夜眠るまで監視する事だってできる。──そして、この土地において君はガイアでありハデスでありゼウスでもある]


 鳥肌が止まらない、恐怖か興奮か、今の私に分別というものはない。


[カウネナナイの民は私の言い付けにより全ての人間が体内に電子機器を埋め込んでいる、君が望むのなら隣にいるレギンレイヴの命を容易く奪えることだろう。君は人の命すら手に入れたのだよ]


「──………っ」


 胃の中にあった不快感が口をついと出てきた。


「──……はあ〜〜〜冗談じゃ─[─私も何度そう思ったことか、しかし現実だ、それに乗るというのなら事実から目を逸らすべきではない]


 レギンレイヴは何も喋らない。私と同じようにこのとんでもない話に聞き入っているのか、あるいは知ってて黙りを決め込んでいるのか、それは分からない。


[だから私はその機体が人の目に触れぬよう監視し、人の手に渡ってもすぐ感知できるようにカウネナナイの国民にコネクト・ギアの装着を義務付けたのだ。──それがどうだ、長年の私の苦労を嘲笑うように人の子である君がいとも容易く乗っているじゃないか!君だからその機体に乗れたんだよ!分かるか?!ギアの移植手術に失敗したままであればどれだけ良かったことか!!]


(私の存在全否定かよ……)


 激情に駆られた男は、しかして微動だにせず私が乗っている機体を睨み続けている。


[──君の用件を聞こう、これが対等の立場であるというのなら]


(──ああ、力づくで言う事を聞かせられるのか。これは確かに、たまらないものだな)


 機体のコンソールには3Dでマッピングされた海岸線が再現されており、その中に一つだけ─厳密に言えばレギンレイヴの分を含めて二つ─の光点があった、これが他者の──命。命そのもの。

 また胃に不快感が起こり、喉の奥から何かが込み上げてきそうになった。


「……さっきも言ったぞ、プロイの島にちょっかいをかけるな。それだけだ」


[──声が震えているぞ。それだけではあるまい、その機体の本質を知った今となってはそれだけで済むはずがない、違うか?]


「…………────ぬぅぅぅうああああっ!!!![─っ?![おい!ナツメ!!]


 不快感につづいて私を苛んだのは激しい『欲求』だった。やってみたい、実際にこの力を色んな事に使ってみたい、この男が言っていた通り私の口座にちょっとでいいから他人の金を振り込んでみようか、ヴァルキュリアを付け狙う軍にウルフラグの軍をぶつけてみようか──。

 『ちょっとぐらいなら』という思いがどうしても拭えない、そこへドゥクスが止めを刺しにきた。


[……錯乱しているようだな。ならば、私が君たちの故郷を奪ったと言ったら?君はどうするかね]


「──何だって?故郷を奪った?」


[ハウィに程近い町、君が幼少の頃に住んでいたカワイという所は過去にカウネナナイから侵攻を受けて壊滅状態に陥った。その時の指揮官はダルシアン、参謀は現国王であるガルディア、そして私とグガランナ・ガイアがその手引きを行なった。──私はマキナでありながら人の命を滅ばさんと画策したことが何度も何度も何度も何度もある]


 この世の果てにありそうな海岸線にゆったりとした時間が流れている、それは波の満ち引きであったり風に揺れる草木であったり雲の流れであったり、それらを通して感じることが出来た。

 今、この男が世に放った言葉もまた同様に流れていき、鋭く私の胸に飛び込んできた。


「……矛盾しているじゃないか、お前たちマキナは人類の繁栄を手助けするように作られた存在なんだろ?ディアボロスから学んだよ」


 男もまた、世界の流れに沿うようにゆっくりと両腕を広げた、まるで世界そのものを抱き締めるように。


[──しているじゃないか、この通り人類はこの限られた世界の中で繁栄しているではないか。現在の人口がマリーンの歴史の中で最も多い]


「ふざけた事をっ──私の家族や友達はそれの犠牲になったとでも言いたいのか!」


[言い方が違う。その恩恵を授かったのが今の人類だ]


 そして私は世界の流れに逆らうように、何の躊躇いもなくコンソールに表示されている点をタップした。──タップした、壊れたようにタップし続けた、その度に男が電極を突っ込まれたカエルのように仰け反り手足をバタつかせていた。


[──ナツメ!!無意味な事は「黙れっ!!今の今までこれが自分の人生だと思っていたのにっ!!そうだと言い聞かせて色んな事を諦めて新しい夢を掴んで絶望してやっと立ち上がったっていうのに!!全部こいつのせいだったんだぞ!!許せる訳がないだろ!人の命を何だと──」


 男はもはや立ってなどいない、綺麗な砂浜の上でのたうち回った跡を残して絶命していた。

 そして私が乗っているこのオリジナルも突如として動かなくなった。コンソールの明かりは消え、代わりにたった一文だけ表示された。


《操縦権剥奪》



✳︎



 痛む体で何とかやって来れたドゥクス・コンキリオの館には、当の主人はおらず代わりに一人の老人が私のことを待っていた。


「どうも」


「…………」


 死にかけだった、死にかけにしか見えない。車椅子に預けている体は延命装置に繋がれ今にも枯れてしまいそうな印象があった。

 それなのに目には強い光りを湛えていた。


「……どちら様で?私はコンキリオというマキナに会いに来たのですが……」


 何度か咳き込んだ後、老人が答えた。


「私は彼にとっての古い友人さ、ポンテアック・サーストン、昔はしがない商人をしていた」


「ポンテアック…サーストン…」


「私の孫が世話になっているよ──」サーストンと名乗った老人がまた大きく咳き込んだ、無理をして口を開いているのだろう。


「……すまない、もう長くはない、それでもどうか頼むからカワイの人間の相手をしてやってくれと彼に頼まれたんだ。君の聞きたい事は私でも全て答えられるはずだよ」


 いや、そもそもこの状況が...何なんだこの老人は?どうしてそう私の胸ばかり見ている?それにこの老人が本当にサーストンであればライラの祖父にあたる人物だ。

 それにだ、カワイの名前は久しぶりに耳にした。ウルフラグでは半ば封印されつつあった事件だから誰も口にしようとすらしていなかった。

 何を聞けば良いのか分からない。だが、意外にも自分の胸の内が詰まっている事に気付いた。


「……本当なのですね、あなたがライラの祖父であるというのは」


「ほほう、真っ先にそれを聞くか、もう二〇年若ければ君を後妻として迎えていたかもしれないな」


 いやそれでも十分爺いじゃないか。

 長い長い時を生きた人間が持つ特有の目をこちらに向けながらサーストンが尋ねた。


「ライラの容体は?」


「私も話を聞いただけなのですが、どうやら目が見えなくなったようです」


 サーストンが冷静に質問を重ねてきた。


「明暗の区別は?」


「ないそうです」


「眼前の動きも分からない?指の数も分からない?」


「はい、外傷による全盲です、指数弁も認められないので失明と診断されました。角膜から硝子体まで切り裂かれ全損してしまったようです。目蓋や周囲の皮膚は治療で切創の痕が残らないようですが…」


「肝心の目が治らない、そうだね?」


「はい」


 失明と言ってもある程度のステージのようなものがある。

 視覚障害が起こっても、例えば光りの明暗を認識できる『光覚弁』、眼前の動きなら認識できる『動作弁』、そして自身の指なら数えられる『指数弁』というそれぞれの指標がある。この指数弁を認識できなくなった段階で患者は『失明』したと診断される。

 それから目玉と言ってもただそれだけで周囲の景色を認識できるものではなく、角膜、前房、虹彩、水晶体、硝子体、網膜というパーツが全て揃ってその役割を果たす。ライラの場合、網膜を残した全てのパーツが外的要因、つまり鋭利な刃物による切創で欠損してしまった。

 私も告げられた事実をただ淡々とサーストンに話した。


「そうか……絶望的だ。糖尿病や緑内障による内的原因ではなく物理攻撃による眼球そのものの損失」


「はい……」


 館の近くを馬車が走っているようだ。車輪が道をならす音と馬の鳴き声が室内にも届き、しじまに包まれた部屋の空気をいくらか和らげた。

 サーストンが口を開いた。


「手はある。だが私一人だけでは到底無理だ」


「──手がある、とは…ライラの目を治せるということですか?!」


「君、ところで名前は?カワイの人間としか紹介を受けていなかったからね」


「し、失礼しました。私はピメリア・レイヴンクローといいます」


 今さら?


「──ああ、君がグロウの娘か。彼には世話になったよ」


 ライラの事でいっぱいだった頭に冷や水をかけられたような気分になった。


「……私の父をご存知なのですか?──そういえば、この国の貴族にも似たような事を言われましたが……」


「ああ、それはセバスチャンだ、私の可愛い弟子のような男でね、今はグレムリンと名乗っているがあれでも昔は立派な工学博士だったんだ──さて」


 サーストンが車椅子を動かし、部屋の入り口で突っ立ったままの私の前にやって来る。


「ライラの眼球を復元するにあたって君には真実を話さないといけない、恐ろしく不服に思うだろうしもしかしたら君の人生を一変させてしまうかもしれない。聞くかね?嫌なら他の者に託す」


「何の真実ですか?」


 気負うことなく奥に宿した深い光りを放ちながらサーストンが答える。


「マリーンについて。君には聞く権利がある」

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