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第90話

.決闘



 ナディ様、大丈夫だろうか...


「このちんちくりん!」

「このぶりっ子!」


 不甲斐ない私では彼女の悲しみを癒やしてあげることができない、時折王室からアネラも戻って様子を見てくれているが、空を覆う曇天のように晴れることはなく元気をなくしたままだった。

 

「私の方が歳上だって言ってんでしょ!」

「だったら少しぐらい歳上らしく振る舞ってみせろ!──お姉ちゃ〜んお姉ちゃ〜んって!」

「〜〜〜っ!!」

「見てるこっちが羨ましい!!」


(あれは喧嘩しているのかしら)

 

 名前はカゲリ。ディリン家において屋内の警護を務めていた近衛隊の元隊長だ、歳は随分と若い。

 他にもクナイ、シュリ、ショート、それから療養中のショウという娘もいる。全員歳が近くおよそ戦場に出るような年頃ではないが、それらをまとめてカルティアン家に移しナディ様の身辺警護に付かせていた。

 

(ウルフラグからも二人ほど付いていたはずだけど、姿を見せないわね……本国に戻ったのかしら)


 その辺りについてもいずれナディ様に尋ねなければいけないが今は無理だ、ウルフラグにいる大事な人が大怪我を負ったらしく、さらに身体に著しい欠損も出てしまったらしい。

 "日にち薬"どころか日に日に元気をなくしていくナディ様、何とかしてあげられたらと思うが...


(剣と給仕しか知らない私に何が出来るというのか……)


 館の庭で打ち稽古に励む二人。昨日までの暖かさはなく、冬が戻って来たように今日は寒かった。それなのにテンポ良く剣を振るう二人は汗をかいており──え?あのヒルドが汗を?私との稽古では一滴も流さなかったのに...


(頼もしいやら情けないやら)


 寒空の下で稽古に励む二人に背を向けて館に戻る。扉を潜って廊下を渡り、エントランスを経由してナディ様の部屋へ向かおうとしたのだが、そこにはセントエルモ・コクアのウルフラグ代表責任者であるピメリア・レイヴンクローが立っていた。

 我が主と違ってこの人は既にいくらか立ち直れたようだ、さすがは責任者。事情を聞かされた当初はかなり荒んでいたが今はその影はない。


「よう。誰も出迎えてくれなかったから勝手に入らせてもらった」


「いいえお構いなく。こちらこそ申し訳ありませんでした」


「外から随分と姦しい声が聞こえてくるな。ナディも庭の方にいるのか?」


「いいえ、今日も寝室でお休みになられています」


「そうか……無理もない、重症を負った相手はあいつにとっても私にとっても大事な奴だからな」


「お部屋に行かれますか?」


「そのつもりだよ、今日ここを発つ」


 もう少しここを堪能したかったと、どこか名残り惜しそうに語りながらも足は迷うことなくナディ様の部屋に向かっている。


「………!」


 庭へ続く廊下の角で二人がこちらを覗き込んでいることに気付いた。いつの間に入ってきたのか、二人揃って心配そうにこちらを見ている。

 私もレイヴンクロー様の跡に続きナディ様の元へ向かった、明かり取りの窓から望む空は変わらず曇天で、かといって雨が降っているわけではなかった。

 口は悪いし喧嘩っ早い二人だが、何だかんだと新しい主を気遣っているみたいだった。


「ナディ、いいか?部屋に入るぞ」


 部屋の前に到着するなりレイヴンクロー様が扉をノックした、何と豪胆な、私だったらノックするのに数分はかかる。


「今日でここを発つことになった、別れる前に顔を見せろ。それから──」何か言いかけようとしたが、部屋の中から荒々しい足音が届きその言葉を遮った。

 ナディ様が扉を開け放ち中から出てきた、そして私には目もくれずレイヴンクロー様に抱きついた。


(私には──だなんて……何とおこがましいことか……)


「お、おいおい……走る元気はあるみたいだな」


 少しやつれた面差しをレイヴンクロー様に向けてナディ様が声を上げた。


「──置いてかないで!私も連れてって!」


「……っ」


 胸にいくらか痛みが走った。


「それは無理だ、お前にはこっちでの役目があるだろ?それに元から私だけ向こうに帰る予定だったんだよ、長いこと期間が空いているし報告に帰国しなきゃならない」


「嫌っ!ライラを放って私だけ残るだなんて嫌っ!お願いだからっ──「どうどう、部屋に入るぞ。──二人っきりにさせてくれ」


「は、はい……」


 まるで子供のよう。むずがるナディ様を宥めながらレイヴンクロー様が部屋に入り、そして静かに扉が閉められた。


「──ふぅ………」


 ある程度予想はしていた。いくら私が長年カルティアン家に仕えていたとはいえ、今のように甘えられる程の信頼はなく、おそらくその役目はレイヴンクロー様であることだろう、と。

 けれどさすがに堪えた、私も私なりに今日まで気を遣い手を尽くしてきたつもりだったが、ああもあからさまな態度を取られるとは──。


「………そんな所で何をしている」


 気にしているのは私だけではないようだ。階段に隠れ頭だけ覗かせている二人も似たような顔つきになっていた。



「決闘を申し入れましょう」


「は?」

「誰に?」

 

 そう発言したのはカゲリだ。

 稽古を終えた二人に飲み物を入れてやり、食堂のテーブルにつかせた直後のことだった。

 カゲリがこくりと一口飲んだあと、また同じ事を口にした。


「あのレイヴンクローという大女に決闘を申し入れましょう」


「大女じゃなくて総責任者だ。私は別に止めはせんが一発で牢屋行きだぞ」


「その時はナターリア様ももれなく一緒に牢屋に入ることになるのでその脅しは無効かと」

「それもそうね」

「いや止めてくれる?それならお前も牢屋に入ることになるんだぞ」


 何でそんな事をするんだと尋ねるとすぐに答えが返ってきた。──まるで私の心を代弁するかのように。


「だって悔しいじゃないですか。いくらカルティアン家に鞍替えした私たちとはいえ、今日まで真面目にやってきた「あれのどこが?」のに、まるで私たちのこと信用していないみたいですし何なら妹扱いしてくる始末ですし。ここはあの大女にギャフン!と言わせて私たちの方が頼りになる所をナディ様に見せつけてやりましょうよ!」


「──本音は?」


 この子は愚直だが別に頭の回転が遅いわけではない。純粋にナディ様の信頼を得たいわけではないだろうと踏んで質問したが、またしてもすぐに返事が返ってきた。


「──私たちの居場所がなくなってしまうからです。もし、ナディ様も向こうに帰るとなったら私たち五人でヴィスタ様の妻争奪戦が始まってしまいます。せめて皆んなの拠り所が出来るまではカルティアン家に仕えさせてほしいのです」


 妻争奪戦の下りは耳からシャットアウトしたが、詮ずるところは自分の部下たちが離ればなれにならないようにと危惧しての事らしい。確かにカゲリの言う通り、ナディ様がいなくなったらカルティアン家は解体されたも同然だ、この二人だけでなく私も居場所を失ってしまう。

 結構まともな理由だった。


「ヒルドは?お前はどう思う?」


「私?──末代までの恥だけど「そもそもお前は結婚なんかできんだろ」「そのセリフは子供が産まれてからにした方が良いですよ」


 私の言い回しを真似たヒルドにカゲリと揃って突っ込みを入れた。うん、突っ込み過多だな。

 突っ込まれたヒルドはそれもう顔を真っ赤にして歯を食いしばっていた。

 二人の顔を見比べ、そして私はほんの少しだけ考えたあとこう答えた。


「──よし、やるか」


 ちなみにだがヒルドも同じ思いをしていたらしい。

 この場にいる三人、主から頼られなくて悔しい思いをしていたのだった。



✳︎



 『緊急事態宣言』が発令されてから今日で一週間を迎えようとしていた。その間、プロイの人たちは度重なる"節約"を強いられ何とかやってきたがそろそろ限界だった。主に食べ物、そして次に消耗品、最後に電力、全て生活必需品であり皆んなで分け合おうにも限度というものがあった。

 緊急事態に陥った原因はプロイの島ではなく、私が産まれ育った故郷であるウルフラグにあった。

 『キラの山』、そこはただの観光地などではなく万物を模倣する素材『ナノ・ジュエル』の生産地だった。

 ──だがまあ、こっち(カウネナナイ)の人間は実に逞しいもので、たとえ戦乙女であったとしても自分で食べる分ぐらいなら獲ってこれるのが当たり前だった。


「そろそろ……」


「それは考え直せと言ったはずだ。この島の守りはどうなる?」


「…………」


 プロイの島は、ウルフラグの首都ビレッジ・コアと同程度の土地面積を持っていた。通称『カタツムリ』という電気自動車(最高速度は四〇キロ)でも数時間あったら島をぐるりと一周できる。

 そのプロイの中心地、以前銀色のタガメに襲われたフラワーショップから歩くこと一〇分少しの所に複合ビルが建っている。その建物内の一室で私とマサムネは額を合わせて話し合いをしていた。プロイの今後について。


「エノール軍もここ最近は間隔を空けずに襲撃してきます、はっきりと皆んな疲れています」


「そこはほら、持ちつ持たれつで乗り切っていくしかない。オーディンを向こうに差し出せばいくらか平穏になるが、その後はどうなる?」


「それはなんちど言いますか……わんらではどうにもならん話じゃが……」


「エノール軍だけじゃなくて他の連中にも狙われている。向こうの情勢が落ち着くまでは現状維持を貫くしかない」


「…………」


 マサムネは不服そうだ。


(こういう交渉事は私の領分じゃないんだがな……)


 ドゥクスと呼ばれるマキナはプロイのことを快く思っていない節がある、そのせいで今日までいくらか()()()()()をかけられていた。

 また、プロイの人間を表に出すことも嫌っている節がある。それは何故か、カウネナナイとウルフラグに伝えられていない歴史を彼らのみが知っていたからだ。それらの情報は全てディアボロスから聞かされている。

 これらの事情を抱えたプロイと私たち──というよりここ最近行動を共にしているヴァルキュリアは協力関係にあった。だが、度重なる()()()()()と突如として起こったナノ・ジュエルの供給停止がプロイの島を日に日に疲弊させていった。

 

「邪魔するぞーーーい!!」


 バン!と開らかれた扉から現れたのはオーディンちゃんだ、その能天気な挨拶に沈んでいた部屋の空気がいくらか明るくなる。


「何しに来た、今大事な話をしているんだぞ」

 

「見れば分かる。──そろそろ余のふあん倶楽部とやらの創設を打診しに来たのだ!ほれ!今日もたんまりとふあん手紙をもらったぞ!」


「ファンレターって言えよ」


 確かにその小さなお手手に沢山の手紙を持っていた。

 ヴァルキュリアと関係を結ぶようになってからこいつ自身人前に露出する機会が増えていた。そのせいで老若男女(主に大きな子供)問わず人気者になり、日々人々との交流に勤しんでいた。

 ドゥクスと袂を分け、自分もやりたいようにやると言ってやり始めたのがこれらしい。


(人が好きなんだろうな…)


 オーディンちゃんがその束の中から徐に一枚の手紙を取り出した。可愛らしい便箋だ。


「何だそれは」


 私の質問に答えたのはオーディンちゃんではなく、保護者として付き添うことが多いディアボロスだった。


「ナツメ、お前にひとっ飛びしてもらう事になった」


「はあ?」


「ドゥクスに会いに行け。ここももう限界だ」



 プロイの市街地から離れ、戦乙女の釣り堀になっている桟橋にやって来た。今日も釣り竿が数本堤防にかけられており、その一本の釣り竿が鈴を鳴らしていた。


「誰もいないじゃないか」


 鈴が鳴る釣り竿を手にしリールを巻き上げる、程なくして立派な魚が一匹、確か生で頂くと大変美味しい種類のはずだ。


「これ食ってから向かう「──あーーー!」


 釣り針から獲物を外していると背後から大きな叫び声が聞こえた、まるで私が泥棒だと言わんばかりの。相手はスルーズだった。


「ちょっと目を離した隙に何て事を!マサムネさんと話し合いしてたんじゃないんですか?!」


「目を離したお前が悪い。それから話し合いはもう終わったよ、またオーディンを差し出せと暗に言われた」


 今から素潜りでもするのか、ダイバースーツに身を包んでいたスルーズが眉を曇らせた。

 凹凸は少ないが素晴らしいボディラインをしている、戦乙女の中でも屈指ではなかろうか。


「……それで?ナツメさんは何て言ったんですか?」


「言葉を濁した、それだけだ。ただ、現状が続くならそれも考えないといけない」


「オーディン司令官を差し出せば全て解決すると?」


「全てとまではいかないが、お前たちとここにいる連中にいくらかの平穏は訪れる。詮ずるところ人との争いはこの繰り返しさ、だから相手を黙らせるだけの力を付ける必要がある。──そう、この魚をいただくようにな」


「………」


 スルーズが不安そうな面差しで刺身が一番美味い魚を見つめている。


(ほんと、私ってこういう役柄じゃないんだけどな……)


 もう片方の手でスルーズの頭を少し乱暴に撫でる。


「──心配するな、小競り合いが長引かないよう私も手を打つつもりだから」


「……どうするんですか?」


「今からドゥクスというマキナに会って直談判してくるつもりだ。さすがに子供から陳情されちゃあな、肚の一つでも括らんと」


 いつもどんな時でも曇らないその金色の瞳が真っ直ぐに私を捉えた。


「そういうやれやれ系、私は好きですよ」


 オーディンちゃんが持ってきた手紙の一つに、子供が書いたような拙い文字で「一緒にがんばろうね」的な文があった。それを見せられた私は忸怩たる思いに駆られ、ディアボロスからの話を二つ返事で受けていた。

 ダサいにも程がある。一言で言えばそれだった。


「だったらまた捌いてくれないか?魚は美味いが手が臭くなるのは嫌なんだ」

 

 スルーズがむっと眉を吊り上げる。


「そういう人使いはいただけませんけどね」


「だったらこの魚の代わりにお前を食べてやろうか?」


 頭に乗せていた手が打ち払われた。昔はこの手の冗談を口にすると頬を赤らめていたが、今となっては慣れてしまったのか体良くあしらわれるようになった。


「はいはい、私は脂も少なくてさっぱりしてますよ」


「その点ヨトゥルは赤身だな、間違いなく」


「脂が乗ってるって言いたいんですか?」


「あいつ凄いだろ、体付き」


「はあ〜〜〜」


「それからフロックはしらすだな、物は小さいが味がありそう。レギンレイヴはうなぎだ、高級魚扱いなのに食う所少ないみたいな」


「戦乙女の発育を魚に例えるの止めてもらえません?それに食べる所が少ないから高級魚なんでしょ?」


「──ほう、スルーズは手前のことをそう思っていたのか」


「っ?!」

「私は何も言っていないからな」

「いやあんたが先でしょ!!」


 話に夢中になっていた二人の背後にいつの間にかうなぎ(レギンレイヴ)が立っていた。その出立ちは"甲板菜園"の時と違ってきちんとしたパイロットスーツ姿である。


「何だ、お前も出るのか?」


「ディアボロスから要請があった、ナツメ一人は心配だからと」


「はいはい。私はこれ食べてから向かうから──「いやさりげなく私の肩に手を置かないで!!」


 結局頬を染めたスルーズが私の手から魚をひったくっていった。

 捌いてくれるのかと期待したが「返してもらっただけ!」と怒られてしまった。



「しらすのボクが通りますよ〜」


「…………」


 甲板に作られた菜園前で出動前の食事を取っている時にフロックが後ろを通りかかった。その手にはくわや雑草が入ったバケツが握られている。


「おや、高級魚のレギンレイヴじゃありませんか。今から蒲焼きにされるんですか?」


「そういう貴様は釜揚げか?」


「分かった分かったから、そろそろ止めてくれない?」

 

 フロックがそれはもう怒った顔で「ふん!」と鼻を鳴らして去って行った。

 リニアカタパルトのレール一つを潰して作られた畑では、一年を通して育つ"コマツナ"という葉物野菜と"スプラウト"という発芽野菜を育てていた。どちらも栄養価が高く、今私が食べている食べ物にも入っていた。味はもうとっくの昔に飽きている。

 先に食べ終えたレギンレイヴ(うなぎ)がひっそりと私の元から離れようとしていたので呼び止めた。


「──待て待て、もう食い終わるから」


 プロイの人たちの主食は米だ、その米を炊いて実に色んな物を具材として米と一緒に食べる。魚とコマツナとスプラウトが入った『オニギリ』を口の中に放り込み、レギンレイヴの跡を追いかけた。

 甲板には既に私たちの機体が駐機されている。一つは蒼い機体『レギンレイヴ』、そしてもう一つはオーディンちゃんが鹵獲したというガングニールのオリジナルだ。

 無理やり稼働させているだけの代物だ、躯体は所々見えているし装備も貧弱である。ただ、こいつにはある能力があった。──全ての電子機器に対するハッキング能力、その力は未だ試していない。

 これからだった。


「で、どうしてお前も出張るんだ?」


「それは貴様だけでは心配だからだろう。ディアボロスとオーディンちゃんに依頼された」


「さいですか」


「皆は貴様を信用しているようだが手前はそうではない、あの機体を勝手に持ち出されたりしたら洒落にならないからな」


「それならヨトゥルの方が適役じゃないのか?」


「まだ脂が乗っていないから食べられても困ると断ったらしいぞ」


「最近の魚は自意識会話もできるみたいだな。私の監視、しっかり頼むぞ」


 それ自分で言うことじゃないだろと突っ込みを受けながら自分の機体に向かった。

 コンソールを立ち上げ出動準備を進めているとオーディンから通信が入った。


[すまない、他の戦乙女はオンリーワンの設定になっているから別の機体に搭乗できないんだ]


「さいですか。まあ、私も現状は変えないといけないと思っていたからちょうど良かったさ。それにドゥクスというマキナと話もしたかったし」


[寝返るなよ]


「お前まで私を疑うのか?」


[お前はただの協力者、運命共同体ではない、言うなれば雇われ軍人のようなものだと認識している。それなら今より好条件を出されたらそっちに鞍替えしたっておかしくはないだろう?]


「そりゃ確かに。ただなあ、ここまで迷惑をかけてきた相手に寝返ると思うか?」


[そういう男なんだよ、ドゥクスという奴は]


「さいですか。──ところで好きな魚ってあるか?」


[は?何だ急に]


 今となってはすっかり慣れた起動シークエンスを終え、エンジンの振動を抑え切れていない躯体の震えを少しだけ恐ろしく思いながら離陸態勢に入った。


「今食べたい魚でもいい、私は甘辛く煮込んだ白身を食べたいかな。脂が乗ってない分いくらでも調理のしようがあるからこっちの好みに変えられるところが良い」


[それなら俺はしらすだな、あれは美味いぞ。この辺りだったら釜揚げせずに生でも食べられる、薬味と醤油が舌先で溶け合ってしらすの味を引き立たせてくれるから絶品なんだ]


「──だとさフロック、後で相手にしてやれ、どうせ聞いてるんだろ?」


[は?]


 おお、おお、出てきた出てきた。くわを片手にフロックが鬼の形相でこちらに走ってきた、なんならその後ろにはスルーズもいた。

 ぎゃいぎゃいと何事か喚く二人を甲板に残して飛び立った。



✳︎



「は?決闘をしてほしい?」


 (語気を強めて)そう言うと、あの時のパーティーでナディに手を引かれていた女の子がささとヒルドの背後に隠れた。


「──と、ヒルド様が申し上げていました「あんたほんと好き勝手やってるわね」


 カゲリにヒルド。ナディがカウネナナイに滞在している間、身辺警護を買って出てくれた二人だ。

 そしてその二人の近くには年長者であるナターリアという女もいた。強い髪はセミロングで、本人の強い意志を表すように眉毛も凛々しい、いかにも"軍人気質"な女だ、アリーシュと気が合いそうだ。

 だが、年長者でありながらそのナターリアはカゲリのことを止めようとしなかった。


「ふざけるのなら勘弁してくれないか?今日中にここを発たなきゃならん、その前にドゥクスというマキナとも面会しないといけないしお前たちの戯言に付き合っている暇はないんだが」


 割と本気でそう伝えるがナターリアは眉一つ動かさなかった。


「私の方からも是非お願いしていただきたく。身勝手な事だと重々理解していますが、ここにいる三人あなたに勝たなければ納得できないのです」


「理由は?」


 すぐに、そして力強い言葉が返ってきた。


「ナディ様の信頼を勝ち取るためです。あなた様がいずとも平気だと私たちは示さなければなりません」


「…………」


 いやもうその心構えで十分過ぎるぐらいなんだが。今日日こんな奴いるか?ウルフラグではまずお目にかかれない、立派な人のようだ。

 時計の針を気にしながら言葉を継いだ、ふざけているわけではないと分かってしまったのでさすがに無下にもできなかった。


「決闘とは?」


「文字通りです。私たち三人とあなた様お一人で。カゲリから聞いた飛び道具を使うあなた様と勝負したいのです」


「いくらなんでもそれは暴力的過ぎないか?お前たちの言う信頼とはそんな勝った負けたで得られるものなのか?」


「はい。最も分かりやすく最も早く得られる信頼の一つですから」


「────はあ〜〜〜………」


 私の溜め息に何を感じ取ったのか、いかにも生意気そうなヒルドが言葉を挟んできた。


「手加減はしないでちょうだい」


(──ちっ。わざと負けてやろうと思ったのに)


 階段の先にあるナディの部屋の方を見やり、そして再び視線を戻して答えた。


「──良いだろう。勝てると思うなよ」



 その前にだ...


「ショットガンとやらの威力をお前たちに見せてやるよ。何でも良いから的はないか?」


 庭に移ってもう臨戦態勢に入っている三人に向かってそう声をかけた。

 年少者のカゲリが母家の近くにある小屋から一本の丸太を持ち出してきた。


「どうぞ」


「──誰でもいいからこれ切ってみろ、切れるものなら」


 安い挑発にヒルドがむっと顔を強張らせ、そのヒルドを制してナターリアが前に出てきた。


「私が」


「どうぞ」


 立てかけられた丸太は一メートル弱(良くこんなの持てたな)、その前にナターリアがすっと姿勢を正して剣を構える。──斜め上から振り下ろされた剣が滑らかに丸太を切り裂いた。


(すげーーー!──え?剣ってあんなに強いのか?マジもんの戦士じゃねえか!)


 無駄の無い動作に目にも止まらぬスピード、面と向かい合ったらまず間違いなく殺される。

 内心を三人に悟られないよう私も顔を強張らせながら、その丸太を地面に二つ並べた。


「見ていろ」


 ショットシェルを込めてトリガーを引く、腕から肩、腰にまで響く反動と鼓膜を直接震わせるような射撃音と共に二つの丸太が木っ端微塵になり、軽く数メートル以上は吹っ飛んでいった。


「…………」

「…………」

「…………」


 あからさまに絶句する三人。期待通りの反応だ。


「本当にこれとやり合おうって?正気の沙汰じゃないぞ」


 ナターリアがすっと手を挙げる。


「そ、それの武器の…その、距離みたいなのは…」


「最大射程は数百メートル「数百?!×3」だが、実際の使用距離は三〇メートル以内が一般的だ、つまり私の間合いはそれだけあるという事だ。本気でやるのか?」


 ごくりと唾を飲み込む三人。


(よし、そのまま戦意消失してくれよ、こっちは戦わなくたってお前たちで十分なんだから)


 だが──。


「る、ルールを設けましょう!こ、こちらは練習用の木剣で!あ、あなた様は実際に武器を使わずその距離に入った時点で何か掛け声をなさるとか!──なさるとか!それでこちらの負けということで!」


 どんだけ必死なんだよ。


「はあ〜〜〜………いいよ、それでいいよ。こっちは一つでも致命打をもらったら負け。そっちは三人が私の間合いに入ってフリーズ!と言われたら負け。これでいいか?」


 今度はカゲリが素早く挙手した。


「作戦タイムを要求します!」


「好きにしろ」


 身長がそれぞれ違う三人が私の元から離れ地面に何やら書きながら会議を開いている。

 時間にして一〇分ちょっと、再び戻ってきた。


「いきます」


「その前に練習用の剣に持ち替えてくれない?」

 

 グダグダじゃないか...

 今度は三人揃って小屋に突撃し、それぞれの身長に見合った木製の剣を持ち出してきた。何?カウネナナイでは各家庭に剣が常備されているのか?

 (今さらのように)真剣な眼差しでこちらを見つめる三人、それに応えるよう私もバハーから持ち出した艦載傾向武器を構える。

 時計の針を確認しようと目線を外した隙にあちらが勝負を仕掛けてきた!


(ちっ──!マジでやる気じゃねえか!)


 互いの距離はショットガンの射程ギリギリの外側、足が早そうなカゲリが木製の剣を逆手に構えて走ってくる、早い早い。小動物を狙う感覚で銃口を向けるがいとも簡単に射線から外れていた。

 そのカゲリの背後には──誰もいない!


(──波状攻撃!)


 残りの二人に左右、あるいは背後を取られた終わりだ、いくら飛び道具とは言え一度に狙える人数には限りがある。

 私は迷うことなく前進し、逆にこちらからカゲリに近付いていく。


「──なっ?!予定と違う!」とか何とか叫びながらカゲリが距離を取る。

 背後から二つの気配、鉄の剣を扱う人間は脚も頑健のようだ。カゲリに負けず劣らず素早い身のこなしで近付いてくる。


(──やっばっ!たったこれだけの距離でもう肺が痛い!)


 この調子なら長期戦は無理そうだ。

 カゲリを狙うと見せかけ、十分引き付けてから背後へ振り返った、


「──っ?!」

「しまっ──」


「フリー──ちっ!!」


 言うか言うまいかのタイミングで二人が射線から外れた。だがこれでまた距離を稼げた、その隙に逃したカゲリを狙う──「もらったああっ!!」


「っ?!」


 急に気配を感じたかと思えば、背中に鈍くて重い痛みが走った。──コイツらマジか。


(ああ痛ってぇちくしょう!!ジンジンしやがる!)


 マジで私を倒す(ルール上)つもりらしい、頃合いを見て「お前たちの真剣な思いに完敗した。私の娘を頼むよカウネナナイ一の戦士たち!」と綺麗に締めるつもりでいたのに!

 一撃をくれやがったカゲリが何処ぞへ逃げ、代わりに近くで構えていた二人へ視線を向ける。それだけでさっと間合いから離れようとした。


「──気を付けて!雰囲気が変わった!」


(……へえ、戦士ってのはそう簡単に見抜けるものなのか)


 正面にヒルドとナターリア、そしてやや右手にカゲリがいる。同時に攻められたら終わりなので私はショットガンを腰に構えて足を開き──連呼!


「フリーズフリーズフリーズ「なっ!何だあの人!」フリーズフリーズ「あれじゃ近づけない!乱射しているものじゃない!」「何て卑怯な!」フリーズフリーズ!!」


 体を左右に振りながら連呼!これで奴らも近づけまい!

 息継ぎのタイミングでナターリアが一歩前に出てこう言った。


「それ、そんなに撃てるものなのですか?」


「──あ」


 フリーズ一回で弾一発消費するなら確かに...その事実に皆んなが気付き、動きを止めた隙にヒルドが瞬時に間合いを詰めてきた。そして逆の方向からはカゲリも、逃げ場がない!

 ヒルドが剣を構える。


「もらっ──え?」


 私は構えを解いて万歳してみせた。


「それはさすがに勘弁してくれ」


 ()()したと解釈したヒルドはみるみる顔を輝かせ、剣の構えを解いて背後にいるナターリアへ振り返った。


「──やってやったわ私たちの勝ちよ!へへん!ウルフラグの戦士も大したこと「フリーズ」


「──なっ?!」

「ヒルド!!」


 ヒルドの後頭部に銃口を合わせて宣告した。つい今し方まで喜んでいたヒルドが信じられないものを見るような目つきでこちらに振り返った。


「……な、何言ってんのよだってさっき…「降参なんて一言も言ってないぞ、お前が勝手に勘違いしただけだ」


 愕然とした様子から顔を真っ赤にし始め叫んだ。


「──卑怯よ!そんなの!!卑怯卑怯卑怯!!」

「大人として恥ずかしくないのか!!」


「は!勝負に卑怯もクソもあるか!勝てば官軍負ければ死体なんだよ!」


「カゲリ!私と一緒に畳み掛けるぞ!」


 ヒルドの悔しがる「ムキーーー!」という声が二回戦目のゴングになった。


「──やれ!こんな卑怯な奴懲らしめろ!」


 元々距離が近かったカゲリが射線や間合いなど気にせず接近し速攻をしかけてきた。


「膝!膝!膝!治療!治療!治療!」


「──いだだだだっ!!このガキ足ばっかり!!」


 銃口を向けてもどうやって確認しているのかすぐに避けられてしまう、頭の天辺に目ん玉でも付いているのか?しまいには奴の襟首を引っ掴んで無理やり銃口を突きつけるも、


「──うわっ?!──おまっ砂っ!!目に入ったじゃないかっ!!この卑怯者!!」


「戦に卑怯も無い!勝てば官軍負ければ恥晒しだ!」


 してやられた!視界を塞がれてしまえば何もできない!

 二人を近付けないよう目の痛みがなくなるまで銃を振り回し続ける。──ふと、辺りが静かになっていることに気付き、さらに新しい人影の気配を察知した。


(ほお、人は戦いになると感覚が敏感になるんだな)


 そして、


「フリーズ」


 誰かが背後に立ち、背中に何かを押し付けながらそう宣言した。いや、『誰か』ではない。


「…………」


 恐る恐る振り向いた先で、ナディが絶対零度の面差しで立っていた。



「──信じられない信じられない!!どうしてピメリアさんは私が落ち込む度にそうやって遊びほうけるんですか!!」


「いや、別に遊んでいたわけじゃ……」


「私が落ち込んでいたのは知ってますよね?!「はい」というかピメリアさんがライラのことを教えてくれたんでしょ?!「そうです」関係ないって言うんですか?!私が落ち込もうがライラが大怪我しようが関係ないって?!「いえ違います」


 私と並んで─地べた─に座っている三人に救援を送る。が、三人揃って面を下げていたのでまるで気付かない。


(お前たちが初めたんだろ!!何とか言えよ!!)


「聞いてますか?!」


「き、聞いてます……」


 大激怒。

 途端に元気になったナディにバレないよう時計の針を確認する、予定より一時間近くもオーバーしていた、そろそろ向かわないと本気でヤバい。


(いやでも、こっちの人間はそこまで時間にうるさくないから……約束の時間ちょうどに行ったらせっかちな人ですねって笑われたぐらいだし)


「──で、どうして皆んなで遊んでたの?」


 ようやく追求の手が別の人に回った。ナターリアたちは肩を縮めてさらに小さくなっていた。


「──そろそろ時間だから私はお暇させてもらうぞ。あたたた……「──話はまだっ「その三人から聞け、その方が良い、決闘を申し込んできたのはそいつらだ」


「は?決闘?あれが?」


「様式はともかくとしてその決闘の理由は大事じゃないのか?──お前もいい加減周りに目を向けろ、ちょっと子供過ぎるぞ」


 今頃になって痛み始めた関節、立つのもやっとだ。


「……何でこんなことやったの?遊んでいたんじゃなかったの?」


「そ、それはですね……」と俯けていた顔を上げてナターリアが代表して答えた。


「な、ナディ様に頼ってもらいたくてですね、一番信頼なさっているレイヴンクロー様に力で上回れば私たちのことも見直してくださるかと……」


 対するナディはかっ!と目を見開き、


「主を放ったらかしにして遊ぶ奴に誰が頼るかあああっ!!!」


 と、情け容赦なく説教していた。


(ちょっとぐらい可愛がってやればいいのに)


 あいつも怒る時は遠慮なく怒るからな、恐い恐い。

 ( `д´)ノシと怒っているナディに別れを告げた。


「じゃあな」


 柳眉を吊り上げたまま娘が振り返った。


「とっととウルフラグに帰れ!!」


 随分と元気を取り戻したようだ。

 まあ、ライラも今のままにはしないとあいつにも喋ったんだ、そのお陰もあるかもしれない。

 ナディたちが滞在している館を後にし、私はドゥクスというマキナがいる場所へ向かった。

 まだ肌寒いが爽やかな青空が広がっていた。

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