第89.5話
本編でもなければ幕間でもない、そんな狭間にある話。
「さあ、どちらが勝つのでしょう?」
.最強 VS 最強
──お前はイカれた男だよ。俺も空は好きだがお前ほどじゃない、程々にしておけ、身を滅ぼすぞ。
もう滅ぼしている。奴の忠告は今さらだった。
天気は晴れ、風も穏やか、視程は四〇キロオーバーで空気も澄んでいる、絶好のフライト日和と言えるだろう。
どうやら本国で大きな事件が起こったらしい。今の今まで『金の成る木』だからとひた隠しにし続けていた全てのシルキーが白日の下に晒され、そしてその殆どを陸軍が所有していた事も露呈してしまったらしいが興味がなかったので耳を塞いだ。どうでも良い。もしかしたら法廷で陸軍と顔を合わせるかもしれない。その程度の事だ。
しかし、あのライラがその事件に巻き込まれ重症を負ったと聞かされた時はさすがに肝を冷やした。両目の完全失明、今の彼女の視力は皆無であり光りすら感知することはない、人生が閉ざされたも同然だった。
だからガーランドは私に向かって「イカれた男」だと罵倒した、そんな状態になっているにも関わらず私は未だ空に思いを馳せていた──いいや奪われていた──いいやいいや、空じゃない。
「あの機体だよ、あの機体が全て悪い」
あのマニューバは神がかっていた、あのフレアスカートだ、あのスカート型のブースターに秘密があった。
録画した映像から不明機の運動性能を割り出し検証した結果、滑空しているのではないか、という一つの結論を得られた。揚力を得たスカートのお陰で速度を殺さず全てのブースターをフリーにできる、だからあんな直角運動を可能とし分度器のような飛行機雲を残してみせたのだ。
ただ、中に乗っているのは『人間じゃない』という絶対条件が付随する。シミュレーションした結果、マッハ一を超えた時点であの運動を行なえば全ての人類が必ず死ぬ、私ですらGに耐え切れず頭の天辺から盛大な血飛沫を上げることだろう。しかし、あの不明機はマッハ四の速度でそれをやってみせた、人間じゃない。
「君は何だと思う?巡航速度マッハ四からの直角運動を可能にする生き物というものは」
[ええ、それはおそらくマキナでしょう。彼らの体は無機物です、厳密に言えばマキナでも重力の軛に絡め取られて破壊されてしまいますが、いくらでもチューニングは可能なので。例えばあなたのように]
名前はキヨミ・オキタ。カウネナナイの海に残り続けることを選択したこの私に接触してきた人物だった。船を提供しようと宣ってきたが私はそれを快く受け入れていた。
「その私ですら無理だよ、つまり全人類に不可能だ」
[随分と自信があるのですね。一体どちらがお強いのでしょう?]
◇
どこのパブにも一人はいるニューハーフのような男からの支援を受け、私はもう何度目になるのか分からない他国の空へ舞い上がっていた。
この空に化け物がいる。その事実が私を震わせ狂わせ空を飛ばせようとする、もう一度あの機体と出会したい、それが私の今の願いだった。
信じられない、今でも信じられない。信じられないものが網膜に焼き付き脳にこびりつき夢にまで出てきた。
あんなものではないはずだ、あの不明機の性能は。もっとずっとおかしな挙動をしてみせるはず、興味があったし嫉妬もした、この空を飛ぶに相応しいのはこの世で私だけだと思っていたのに見事に砕かれてしまった。
体が水の中に浸かっているように冷たく、けれど頭と胸は沸騰する熱水のように熱かった。
[こちらブリッジ、周辺に反応なし。お目当ての恋人はまだ遠いようですね]
「なあに、すぐに見つかるさ」
雲一つない青い世界を一人飛ぶ。奴との出会いがなければこの空でも堪能できたろうに、やはり私の心は不明機に囚われていた。ちっとも面白くない。
遠くに望むカウネナナイの島々、その間を模型のように小さく見える船が白い筋を作り海を渡っていた。視程が良いので何処までも見渡せる、今日で駄目なら明日からはいよいよ見つけられないだろう。
──ふと、船に一人残った男のことが気になった。何故私に協力しているのか?今さらのような疑問だった。
遠く望んでいたはずの島々があっという間に近づき、港町の営みを見やったあと直截に尋ねた。
[今さらそれを?ファーストコンタクトの時に何も聞かれなかったので興味がないものとばかり思っていましたよ]
「それは今も変わらん。本国に引き上げた空軍の代わりをやってもらえるだけで私は十分だ、ただの興味本位だよ」
[そうですね……言うなれば私も我慢ができなくなった、と言いましょうか?]
「私はノーマルだぞ」
[ご安心を、私もそうですから]
どこか軸がズレている会話をそのまま続けた。
[本来であれば接触して良い間柄ではないのですが、私も興味がありましたし客観的なデータが一つもなかったのでこの機会に得ておこうと思いまして]
「そうか、良いデータが取れるといいな」
何言っているんだこいつ、さっぱり分からん。
[ふふふっ…あなた良い人ですね。そんなあなたに素敵なヒントを一つ──うんと高度を上げてください、こちらでもあなたの高度を管理していますのでご心配なさらず]
「見つけたのか?」
[──そうですね、これだけ視界が晴れていれば高い所に上って目視で見つけた方が早いかもしれません]
古典的なやり方だが確かに一理ある。言われた通りフォルトゥナを高高度へ向けた。
機体が滑らかに上昇していく、見る間に機体の限界高度に達しアラート音がそれを知らせてくれた。さて──[まだいけますよ?]
「──何だって?」
オキタの声が索敵を中断させた。
[ですから、まだいけますよ。高度はやっと二万フィートを超えた辺りですから]
「な、何だって、ふぃ、ふぃーと?何の単位なんだそれは」
[ああ、古い長さの単位です。メートル換算すればあなたの現在の高度は約六〇〇〇メートル]
六〇〇〇?そんな馬鹿な話があるか、高度計にはきっちりと一五〇〇〇と数字が出ている。機体が飛べる概ねの限界高度を差していた。
私の無言を否定と捉えたのか、オキタがさらに煽ってきた。
[私の話が嘘だと思うならさらに高度を上げてみてください。──もしかして怖いのですか?そのように教育を受けてきたから、あるいは機体に制限がかけられているから飛べないと?]
「前者については否定するが後者については肯定する。この機体のみならず世界中の機体は限界高度を越えられないよう設定されているんだ」
[ご安心を]と沖田が言い、さらに信じられないことを言ってきた。
[あなたの機体だけ制限を解除をしておきましたのでこの世界の天井に到達できるはずですよ。あとはあなたの勇気次第]
「何を世迷言を──」
耳障りなアラートが消失し、ふっとコクピット内が静寂になった。
「……………」
この世界の...天井だと?大気圏を突き抜けた先は宇宙が広がっているのではないのか?
試しにスロットルを上げてみる、スムーズな回転音と共に機体がさらに重力に逆らった。
──信じられない事に機体に制限がかからない、奴は本当に弄ってしまったようだ。
「これは一体何だ、何故君はこんな事を知っている、君は何者なんだ?」
[ふふふ…それは秘密ですよキングさん、ただ私はこの世界の真実に目を向けてほしかっただけです]
「世界の真実……なら、天井があるということは我々人類は閉じ込められているとでもいうのか?」
[ええ、まさしくその通り。天井を突き破った先にあるのは約一兆八三三億一九七八万立方メートルの体積を持つ星の大空があります]
「……………それは何というか、途方もない世界だな」
[それがこの世界の真実ですよキングさん。ここは井戸の中、大海を知らない蛙たちの集いです]
数字を言われても想像できん──私はそんな事よりも目の前の事に意識を切り替えた。
まだ何か言いたそうにしていたオキタの言葉を遮り礼を伝えた。
[あなたが望むのなら─「─オキタ、フォルトゥナの回線を確保しておけ、今から戦闘に入る。良くやった、今なら私のアヌスを捧げてやってもいい」
はあ、と大きく溜め息。
[──ですから私もノーマルです。……一先ず頑張ってくださいキングさん、どちらが最強なのか、私はそれも知りたかったのですよ]
◇
ようやく出会えた不明機は私より一段低い高度を北方面に向けて飛行していた。
機体から排出されている空気は通常、前に目撃した白いアフターバーナーではない。現在の相対速度はマッハ二、これも通常の数値だ。
つまり今の奴はまだ本気を出していないということ、まるで一人っきりのフライトを楽しむように飛んでいるかのようであった。
──腹が立った、一方的な劣情なのは理解しているがそれでも私は腹を立てた。
(今に見ていろフレッシュスカート、必ず墜としてやる)
ぴたりと背後に付ける、相対距離は約二〇キロ、機体にコーティングされたステルス塗料のお陰であといくらか接近できることだろう。
本当はステルスガチ装備にもできた、けれどそれだといざという時は足枷にしかならなかったので見送った。純粋な力量で奴と勝負をしたかったからだ。
フレッシュスカートのスカート型ブースターが細かく稼働しているのが見え、ふっとアフターバナーが消失する。
「──やはりそうかっ!!」
やはりフレッシュスカートは滑空状態に移行し巡航速度を維持していた!
以前会敵した際、奴は理論限界速度であるマッハ六.七を出した後約二分間に及ぶ滑空飛行を行ない、あの直角運動で私を撒いてみせた。──二分間もの間あの機体はマッハ速度を維持することができる、パイロットもさることながら機体も十分化け物だった。あり得ない。
相対距離一〇キロを切った、フレッシュスカートは変わらず北方面へ直進し──かと思いきや見えない壁にぶつかったように進路を北東方面へ変え見る間に速度を上げていく。その角度はきっかり四五度、白いアフターバーナーを青天に刻みながらマッハ四を軽く超えてみせた。気付かれた!
「──さあて第二章の始まりだ!!次こそフィナーレまで付き合ってもらうぞ!!」
私の得意とする戦いはドッグファイトではなく静運動下における白兵戦だ、つまりホバリング状態に持ち込めばこちらの勝確だ。
それまで何としても奴の尻を追いかける必要がある、今度こそ逃しはしない。
「逃してしまえば私のアヌスを無駄に捧げたことになるからなあ!!」
[貰うだなんて一言も言ってませんからね?!]
北東方面へ逃走を図った不明機の跡を追いかける、現在の速度はマッハ二を超えたばかり、通常のスロットルであればまず追いつけない。
「──だからこうして私も追加のパッケージを持ってきたのだよ!」
パージ可能なブースターも稼働させ、一気に速度を上げた。明らかに壁をぶち破った衝撃が全身を襲いそれだけで意識が遠のきかけた。
GではないEだ!
(マッハ二.五……三……三.五……これなら!)
不明機と同等の加速スピード、消えかけていた赤い機体が徐々に近づき始める。
視界の隅に映る青い世界が瞬く間に溶け、私の視線が全て不明機に固定された。だからこそ良く見えたというもの、再び不明機が滑空飛行に移行したのを見届けフォルトゥナもフレキシブルブースターを停止させた。
テニスで言うところのスプリットステップに似ている、相手選手のインパクトに合わせて両足をほんの少し浮かせ、打球の方向に応じた足から着地させて瞬発力を高めるテクニック。
あとは動体視力が物を言う。奴が何処へ舵を切るか──。
「──右っ!!」
まあ殆ど勘なんだが不明機がさらに東方面へ直角運動を行ない、それに合わせてフォルトゥナもフレキシブルブースターを稼働させ私もその進路を真似てみせた。
危うく死にかけた、EではないGのせいだ、マッハ四の速度を維持しながら頭の位置がほんの数秒の内に変わってしまうんだ。
それでも私は食らいついてみせた。レッドアウト寸前の視界の真ん中に不明機を捉え続ける。
その不明機のスカート型ブースターが細かく稼働を始め、またぞろ滑空飛行に移るのかと目を凝らすが──
「──隠しやがった!!」
[キングさんは独り言が激しいですね]
スカート型ブースターのカナードが排気ノズルを隠している!あれではいつ滑空飛行に移るのか分からない!
たったの一回だけだぞ?!それだけでこちらが動きを読んでいることが露呈してしまったというのか良く考えたらその通りだ!
(いやしかしだ!カナードが下向きであれば!)
奴の動きを先読みして上を取ってしまえとスプリットステップを踏み上昇してみるが、物の見事に動きがシンクロした。不明機も同様に真上方向へ直角運動をしたのだ!
「息が合って嬉しいよフレッシュスカート──っ?!」
馬鹿な!二連続だと?!ジグザグに飛行し今度は西方面へ舵を切っていた。
「ふざけるなよ!!そんな運動性能があってたまるかっ!!」
だが、奴の動きに機敏さというものがなくなっている。さすがに二連続の直角運動が堪えたのか緩やかなカーブを描き、さらに速度もいくらか落ちている。
──さて、私は今日まで銃という物を持たずに戦場に立ち続けてきたわけだがそれには明確な理由があった。それは、自分の手だけで相手を上回りたかったからだ。ナイフ一本で相手を制する、それこそ"戦士の証"であると思っていたしそれは今後も変わらない。
だが!今日は違う!自分のプライドを捨ててでも奴を足止めする必要があった!だからこうしてロングレンジのライフルを持参してきた!私の物ではないが!
慣れない照準を合わせてトリガーを引く、弾丸が酷いカーブを描きながら飛んでいくが勿論当たることはなく、青い世界に吸い込まれていった。
しかしこの射撃が良かったのか不明機の動きがさらに鈍り、さらに距離を縮めることに成功──?!
「それは武器だったのか!!」
背部ユニットの一部が展開して長い砲身が露わになり、マッハ速度を維持しながらそのスカートを翻してみせた。
アラート音と同時に走る閃光、その小さな光りが正面からズレることなくこちらへ向かってくる。回避の為の下方向へスプリットステップ──しかし。
「──っ?!」
何も持っていなかったはずの不明機の手には一丁のライフル、その銃口がぴたりと私に向けられている──
「──男の潮吹きをとくとご覧じろおおおっ!!!」
連続スプリットステップ。バグる視界に弾ける意識、オーバーフローした機体の感覚制御がフィードバックし二度も立て続けに果ててしまった。にも関わらず、私も直角運動に似たマニューバで回避したというのに、不明機の弾丸は大きく外れることなく鼻先を掠めていった、とんでもない射撃能力だ、付け焼き刃の私とはまるで違う。
しかして!二連続絶頂を迎えたお陰でようやく不明機の間合いに入れた!
「そろそろ赤玉が出るんじゃないのか〜?!ん〜?!私の精力もそうは保たんぞ!」
[例えが下品過ぎません?]
直近で見た不明機は全体的にスリムだった。頭部、肩部、腰部にそれぞれスカートと同型のブースターが備えられており(何故頭まで?)高機動マニューバを思わせるシルエットだった。
カラーリングは赤と白、装甲板の溶接部には茶色のラインが入っている。
「シャレ乙大いに結構!!──ここからは私の戦場だ!!」
カミソリを抜き放ちスプリットステップ、段々癖になってきたこのマニューバ。
不明機は大事な獲物でカミソリを防ぐ、束の間の邂逅、ぶつかる視線、フォルトゥナを見つめるフレッシュスカートの目は白。フレキシブルブースターを五〇パーセント、つまり五四個のブースターを使って押し破ろうにも、
「──ぬんっ?!受け流された──っ?!」
激しい鍔迫り合いをしていたカミソリとライフルが宙を舞い、力のやり場がなくなったフォルトゥナの態勢が崩れ、ついで真下から鉄の塊が襲ってきた。
「何処に隠していたんだそんな物をっ!!」
ハンマーだ、特個体サイズのハンマーがまたフォルトゥナの鼻先を掠めていった。良く避けた私、そろそろ勘が外れそうだ。
あちらも逃げるつもりはないのか、距離を取った私を注意深く観察するようにただ佇んでいる、その両手にハンマーを抱えて。
心臓が壊れたように脈打つ、高機動かつトリッキーなその戦法に頭がくらくらする思いだった。──こんな戦い方を出来る奴はこの世界にはいない。つまり、
「読めたよオキタ!このパイロットは外の世界からやって来たのだなっ?!そしてこの私と戦わせるために接触してきたのだろう!」
[いやそれさっきも言いましたよ]
先に動いたのはあちらだった。ハンマーの柄を逆手に持って水平に構えている、大方広範囲を目的とした薙ぎ払いを仕掛けるつもりだろう。
当たりだった。音もなく近づいてきた不明機がスイング、インパクトの瞬間にいつも通り真上方向へ回避するが、
「っ?!──ふっざけんなっ──」
ハンマーヘッドが軌道を変えて私の跡を追いかけてきた。ヘッドからアフターバーナーが出ている、そんなのアリか?!温存していたブースターを使って何とか逃れる。
まだ敵の攻撃は終わらない。空振りに終わったハンマーヘッドのブースターを機体方面へ向けて噴射、何がしたいんだこいつ!自分の武器に押し潰されるつもりか!
──いや違う!
「こいつっ──」
オーバーワークをしたせいでフォルトゥナの態勢がまだ整っていない、その合間に不明機が持ち上がっているハンマーヘッドへ向けて機体のブースターも噴射させていた。同等の力がぶつかり合えば拮抗する、つまりハンマーヘッドを宙に固定させていた。
そのハンマーヘッドを起点にして機体がくるりと半回転、瞬時にフォルトゥナと同じ高度に合わせただけでなく次なる一手の態勢を整えていた。
弾けた、こんな戦い方を出来ること自体が羨ましく、そしてそんな相手と戦えている自分に感激した。
フォルトゥナがようやく回避態勢に移るがあちらはもうハンマーを構えていた、こちらが一歩遅かった──
「──ここが男の正念場ああああっ!!!」
──回避が間に合わなければ一歩前に出れば良い!!
刺し違えるつもりでカミソリの柄を両手で握り突進、敗れ被れにも程があるがこれが最善手だった。
ハンマーヘッドが先がカミソリが先か──そのどちらでもなくカミソリの手応えもなかった。──奴の方から逃げた!!
ハンマーヘッドのブースターも使ってフォルトゥナから距離を取ろうとしていた。
「──甘いわっ!!」
借り物のライフルを構え無防備な不明機を真正面から撃つが今度は奴がスプリットステップを踏んで真下方向へ回避した。
そのまま戦線離脱を図ろうものなら地獄の果てまで追いかけるつもりだったがそんな事はなく、いつの間にハンマーを格納したのかお次は無手で距離を縮めてきた。
──読めん!奴の動きがまるで読めん!一体どんな攻撃を仕掛けてくるのかまるで読めない!牽制射撃を見舞うが勿論当たることはなく、不明機はぴたりとフォルトゥナに狙いを付けていた。──え?と思った時にはもう不明機がすぐ目の前にいた。
「しまっ──」
敵方向へのスプリットステップ。今し方私が取ったマニューバだ!こんな秒で真似されるとは夢にも思わなかった!
だが!スプリットステップは元来私の十八番だ!この距離でも避けることなど容易い──重い。いつもの速度と滑らかさが出てこない。
(──追加パッケージ!!!)
忘れていたよ君の事を!都合の良い装備だからすぐに捨てるつもりでいたさ!
でも、それでも不明機の間合いから離れられる、フォルトゥナの重たさに驚いただけで問題はない──
「──いやある!どれだけトリッキーなんだこいつっ!!」
手のひらショットガンなんて聞いた事ないわ!いや確かに良く見やれば手の甲にシェルが装填されているが!
フォルトゥナを掴もうと伸ばしていた不明機の手からショットシェルがばら撒かれた、この距離だ、さすがに避けられない!
コクピットの保護シールドと頭部の一部が被弾し、ガーランドとの訓練以外で聞くことはなかったアラート音が耳を襲う。不明機のハンド・ショットガンの間合いから逃れるためカミソリを構えるが、不明機のスリムな右脚が襲ってくる。
「どうせ脚にも仕込み銃があるんだろう!!」
私は逃げることなく構えていたカミソリを奴の右脚に叩き込んでやった、そしてインパクトの瞬間にやはり仕込まれていた弾丸の起爆薬が誘爆を起こし、ここに来てようやく見るからなダメージを与えてやった。
これでおあいこ、私のフォルトゥナも被弾し、不明機の脚部からも燻る煙が上がっている。
ここで通信が入る。何かと私の独り言に突っ込みを入れてくるオキタからではなかった。
[名をアイリス。常勝不敗のアイリス]
良い声だ、涼やかでありながら凛とし甘さがあった。女だった。
名乗れという事らしい、良い趣味をしている。
「リー・キング。この世界で唯一空に愛された男だ」
[良い腕をしてるね、三回も攻撃が通らなかったのはあなたが初めてだ]
「君こそ良い体をしている、ここまで夢中になれたのは君が初めてだ」
「うわぁ」と聞こえたような気がしたが気がしただけだ。
[ねえ、この辺でお暇させてくれない?このままいくと殺し合いになっちゃうよ]
「望むところだ。命のやり取りこそ最高のセックス[うわぁ……引く……」だからな」
引かれようが構わず態勢を整えた。
[なら一発勝負ってところで、それでいいよね?]
「その前に一つ聞きたいことがある。お前は何処からやって来た?」
腰部に備え付けられていたブースターをパージし、私の目の前でハンマーに変形させていた。なるほど、全身くまなく武器に変化させられるようだ。
[そりゃ勿論、この世界だよ]
「それは天井の先にある世界か?」
数瞬の間沈黙が訪れる。二人だけの世界と空気、震えた。
[──そう、私たちは天井の先にある世界からやって来た。ここはその一つに過ぎない]
「そうか。そこには私より強い相手がいるのか?」
カミソリを構える。相手もハンマーを構えた。
[あなたより強い?私たちより強いじゃなくて?]
「それは今から決める事だ」
お互い呼吸が合っていた、同時にスプリットステップで踏み込み間合いを詰める。刺突の構えのまま私はさらに踏み込みあちらはハンマーを上段に構えた。
ハンマーヘッドのブースターが点火、一瞬のうちに迫り来る、振り下ろすタイミングが完璧だった。──しかし!
「──甘いわああーーー!!!!」
こちらにはまだブースターが五四個もっ──?!
「ガスっ……欠!!」
ガス欠!!燃料不足!!追加パッケージいいいいいい!!!!
あと一歩──あと一歩踏み込みが足りなかった、カミソリは確かに不明機のコクピットに食い込んだ、しかし足りなかった!
「──っ!!」
背中から衝撃、凄まじいの一言、あまりのEに全身の骨が砕けてしまいそう。ガーランド以外から一太刀浴びたのはこの女が初めてだった。
「……気持ち……良かった……」
ついに意識がブラックアウト。最後に聞いた言葉は「こいつマジもんの変態だ」だった。
✳︎
「アヤメーーーーーー!!!!っていうテンションじゃないね、何かあったの?」
「ああプエラ…やっぱ男の人って怖いね…」
「私別に汚されたわけじゃないけど今すぐシャワー浴びたい」
「浴びれば良いじゃない、ほら、目の前に海があるんだからさっさと飛び込みなさいよ」
「んだとこのひねくれら、久しぶりの挨拶がそれ?相変わらず捻くれてんな〜」
「はいはい、お子様のあんたはどうでも良いの。それより久しぶりだねアヤメ、元気だった?ナツメはどうしてる?まさか変なことになってないよね?今からちょっと場所移して二人っきりになろっか?」
「こっわ」
「いや、ごめんちょっと待ってプエラ、私たちさっき殺されかけたから休憩したいんだけど」
「──は?誰?」
「リー・キングっていうこの世界で一番の変態、イカれたパイロットだったよ」
「そんな奴に殺されかけたの?」
「そう、コクピットに穴が空いた、あんな事初めてだったよ」
「──え゛……あのアヤメが?アマンナと組んでそこまでやられたの?」
約一〇年ぶりに顔を合わせたプエラに向かって、私は自信を持って答えた。
「そう、間違いなく今まで戦った相手で一番最強だったよ。二度と戦いたくない」
※次回 2022/10/22 20:00 更新予定