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第88話

.人との付き合い方



 雪解けの季節。それはしんしんと冷える朝にほのかな暖かみを与え、まだもうちょっと先にある春を感じさせてくれる季節だ。

 もうちょっと具体的に言うと起きる時がどうしても辛くなる朝にほんの少しだけ後押しをしてくれる、そんな感じ。着ていく服も少なくなるし、そうなると必然的に身支度の時間も少なくなる。

 だからといって活動的になるのかと言われたら私たちはその限りではない。

 ウルフラグとカウネナナイの合同対策チーム、その名も『セントエルモ・コクア』、このチームにおいて一二を争うぐうたら者である私とアネラは時計の針が朝の時間帯を抜けようとしている今でもベッドの上で寝転んでいた。

 ちなみに私は四度寝から起きたところである。


(最高だぜ……)


 寝過ぎて重たい体をカウネナナイでも屈指の寝具が包み込んでくれる。この体の重たさがまた眠気を誘い、五度寝の入眠が始まろうとしていた。


「ううん……」


 すぐ隣で寝息を立てていたアネラが寝返りをうった。五年前に別れた旧友である彼女の顔が目の前にある、見ない間に随分と大人っぽくなったようだ。

 まつ毛も長いし鼻もちょっぴり高い。ふっくらの唇は大人のそれを思わせるし、昔に私とどんぐりの背比べをしていた相手とは思えなかった。

 ──ふと、ここにいない恋人を思った。


(ライラどうしてるかな…まさかまたアカネさんと遊びに行ったりしてないよね…)


 むくむくと嫉妬心が芽生え、体を包み込んでいた眠気も─今さらだけど─朝露のように消え失せた。

 さて、眠気もなくなったことだしいい加減起きようか。


「よっこいしょ」


 思っていたよりも声がすんなりと出てくれた、体を持ち上げ安眠を支えてくれたシーツをどける、下着一丁のままベッドから下りて寝室を後にする。


「裸やないかーい」


 と、私を出迎えてくれたのはちょうど廊下ですれ違ったオリーブ改めアマンナさんだった。


「おはようございます」


「おはようございます」


 礼儀正しく挨拶を交わしたあとまたアマンナさんが「裸やないかーい!」と言いながらエントランスの方へ歩いていった、どうやらお出かけするようだ、いつもよりポニーテールが輝いているように見えた。

 下着姿のままダイニングに足を踏み入れると今度はナターリアさんとヒルドちゃんが出迎えてくれた。


「服着ろよ!」


「おはようございます」


「あの…ナディ様…それはさすがにないです。主に向かって文句を言ったヒルドの頭を叩かなかったのは今日が初めてです。それからおはようございます」


「おはようございます」


「何で二回も言ったの?」


 昼を前にしたダイニングテーブルの上には勿論料理なんか無く、王室から資料として渡されたシルキー(こっちではハフアモアと呼ばれている。そろそろ名前の統一をしないとややこしくて仕方がない)が入った小瓶と、それを所有している貴族や一般人の名前が記載されたリストがあった。

 二人は休日だというのに仕事をしているようだ。


「どうして私の周りにはこう仕事熱心な人が多いのか」


 そのリストはたんまりとある、ここ数日の間である程度回収作業を終えてレ点を打っているがまだまだあった。

 『確認済み』と判を押されたリストを束ねていたヒルドちゃんがツンツンしながら答えた。ちな歳下である。


「それを言うなら私の周りもぐうたらな人が多い──服着ろって言ってんのよ!裸のまま椅子に座るな!」



 セントエルモ・コクアの主な活動内容は、両国に散らばっているシルキーならびにハフアモアの回収作業、である。

 また、それらに関する上での技術提供であったり情報共有であったりを遅滞することなく行なうよう約束が結ばれており、五年前に締結された停戦協定の延長線上として()()にカウネナナイから喜ばれていた。

 その新チームの中で私はカウネナナイに残って国内のシルキー回収に努めており、その補佐役としてナターリアさん、ヒルドちゃん、それからさっきお出かけしたアマンナさんが護衛の役目として共に行動することになっていた。

 アネラ?彼女はただの居候だ、一人は寂しいと言って私たちに割り当てられた客人用の館(客人用の館って、貸し出す規模がデカすぎる)に入り浸っている。まあ、皆んなそれぞれ知った仲だし今さら邪険にする理由も必要もないので一緒に過ごしていた。

 そして今日は活動を始めてから初めての休みである。それなのにこの二人ときたら...


「ワーカーホリックなの?」


「何急に。明日に備えて準備してるだけじゃん」


「ヒルドちゃんって普段何やってるの?」


 ちゃん付けで呼ぶと少しだけ頬を染める。そのキツそうな目元とは裏腹に大変素直そうなところがまた可愛い。


「……稽古」


「何の稽古?」


 長くて豊かな髪を二つに結わえ、その髪を弄りながら答えた。


「……剣」


 失礼だという自覚は持ちつつも、私はあからさまに溜め息を吐いた。


「はあ〜〜〜」


「何その溜め息」


「もったいない……何てもったいない!この世の中には沢山の娯楽で溢れ返っているのに!」


「……向こうはどんな感じなの?」


 私のために間に合わせのブランチセットを作ってくれていたナターリアさんも席に加わった。テーブルの上にはとても間に合わせには見えない豪勢な料理が乗せられていく、この分ならお昼はとらなくても良さそうだ。


「それに関しては私も興味があります。ウルフラグの情報は殆ど耳にしませんから」


 これである。王室の人たちや機人軍、言わんやお偉いさんたちはウルフラグの内情についてある程度の知識はあるが、一般層にまで浸透していなかったのだ。だからカウネナナイはセントエルモ・コクアの誕生を喜んでいたのだ。

 おほん、と一つ咳払い。向こう(ウルフラグ)こっち(カウネナナイ)と違って就業の自由がある事(どこに就職するか)、支配層と被支配層に分かれていない事、お金さえあれば何でも手に入る(ここは力説した)事を説明してあげた。

 二人の反応は──予想に反してあまり浮かない顔をしていた。


「ふ〜ん……何か難しそう」


 作ってくれた焼き魚の切り身をほぐしながら続きを促した。


「何が難しそうなの?」


「それって要は一人一人の人生に責任は持たないってことなんでしょ?全てが自由ってちょっと無責任過ぎない?」


「あ〜…」


 そういう意見もあるのかと、深く考えることなく相槌をうった。


「私はそういう生活はちょっと困るな〜、何をすれば良いのか分かんないし、こっちみたいに何の規制もないから。結局何もせずにダラダラと過ごしそう」


 四角四面の面差しでナターリアさんもヒルドちゃんに同意した。


「ヒルドと同意見というのは末代までの恥ですが「─そこまで言うのか!」私もウルフラグの社会に馴染めそうにはありませんね。こうして主の傍に仕えて世話をする、という役目があるから今まで精進してこれましたし、私も今の自分には誇りと自負があります」


 格好良い。そう言い切ったナターリアさんの顔には確かな自信があった。

 『どんな仕事も一〇年やれ』という言葉がある、それだけ長い時間を積み重ねないとどんな仕事でも大成しない、とかだったはず。


「何だっけ、一〇年一剣を磨く、だっけ」


「それは少し違うかと…でもまあ、それに近い意味合いはありますね。人は誰もが自分の適性を見抜けるわけではありません、何の囲いもない自由は時としてその人を惑わせてしまうことでしょう──何だ?」


 ん?とお皿から顔を上げるとヒルドちゃんが席を立っており、ナターリアさんの傍に移っていた。そしてしたり顔でナターリアさんの肩を手で払い一言。


「埃まみれだったから拭いといてあげたわ」


 「──それはどうもありがとう!!」と怒りながら立ち上がりヒルドちゃんの頭を全力で叩いていた。


(仲良いな二人)


 埃が立つから止めろと注意をし、それなら庭で続きをやると言って二人揃ってダイニングから出て行った。



✳︎



 ルカナウア・カイ王都の街外れ、そこには街の人間はおろか別の島から渡り歩いてくる行商人も滅多に使わない寂れたお店が建っていた。


「いらっしゃい」


「いらっしゃいました」


 愛想なんか欠片もない店主が声をかけてくる、それに対しておうむ返しのように返事をし、奥まった場所にある一席に腰を落ち着けた私自身は落ち着かないけども。


 ──褒美だこの馬鹿たれ。少しは息抜きしてこい。


 ガルディアに紹介されたこのお店は何でも密談に使われるお店のようで、カウネナナイの中でもあまり知られていない。

 長い年月を感じさせる窓の向こうには小さな王城が見えていた。季節の変わり目であるこの時期特有の風が店内に入り込み、そわそわしっぱなしの私の頬を撫でていく。


(…………)


 何も頼んでいないのに無愛想な店主が良い匂いがする紅茶を一つ、ぽんとテーブルに置いてくれた。


「気の利いたサービスをありがとう」


「いや金は払ってもらうからな」


 お金取るのかよ。

 一口だけ啜り、そしてお店の扉が開く音がした。


(──来たっ!)


 素早く後ろを振り向く。そこに望んだ人影はなく、代わりに二人組みの男女が立っていた。どちらも似た顔立ちだ、恋人同士というより兄妹のような雰囲気を纏っていた。


「──ちっ」


 何だよ、私以外にもこの店使う奴がいるのかよ...どこの貴族様だろうか。


「わーすっかり見ない間に行儀悪くなっちゃって」


「──っ?!──げっほ、ごっほ」


 小さなお城を望める窓から人の声がした──いいや、待ち人の、今私が最も会いたい愛する人の声だ。口に含みかけていた紅茶を吹き出してしまい、何だか格好悪い所を見られてしまった。


「全く、あなたはどんな時でも変わらないわね」


「ちっ」


 余計なもんまで連れて来やがって...

 けれど、私の心はさっきまでのそわそわと反比例するようにゆったりと満たされていくのであった。



 約一年ぶりの再会である。


「どうだった?やっぱり大変だった?」


 そう微笑むアヤメの笑顔に何ら変わりがなく、私の心が秒単位で緩んでいく。


「…………」


「ん?どうかしたの?」


 歳を取った、あのアヤメも。約一〇年前に知り合ったばかりの頃はそれこそ人形のような愛らしさと繊細と優しさとその他諸々の色んな要素を含んでいたのに、歳を取ってからそこに『寛容さ』も加わっていた。無敵過ぎない?

 何から話せば良いのか、どんな風に甘えたら良いのかまるで分からず、言葉が胸と口を行ったり来たりするばかりだった。

 それでもアヤメは決して急かさず待ってくれている。

 困りに困った私は何故だか元相棒に視線を逃してから答えた。


「グガランナと旅してた時より大変だった」


「何で私の方を見て言うのよ」


 ...ああ駄目だ、やっぱり恥ずかしい。そうだと自覚してしまうといよいよアヤメの顔を見られなくなってしまった。

 そのアヤメは何が面白いのかふふふと吐息を漏らし、私の頬っぺたをぐりぐりしている。あーーー!こういうのほんと久しぶり!

 ──ぽんと私の頭に手が乗せられた、恥ずかしいと言った舌の根も乾かないうちについと視線を向ける。


「頑張ったね〜あのアマンナがお姉さんになるだなんてね〜」


「アヤメ……──っ?!」


 優しく撫でていた手に力が込められた、気のせい?いや気のせいではない、アヤメの笑顔が段々と怖くなってきた。


「──さて、アマンナの傍にいたマリサという女の子について詳しく教えてもらおうかな」──の前にちょっとおトイレいいかな?!「─あ!こらっ!」すぐに戻ってくるから!」


 何で知ってんねん!つい条件反射で逃げてしまった。

 テーブルから離れて入り口前のカウンターをぐるり、中であの無愛想な店主が咥え煙草をしながらあまり綺麗ではない猫をあやしていた。

 さらにぐるりと回って反対側のフロアへ、この辺にお手洗いがあったはずだと視線を彷徨わせると、


(あー……何そういう関係なの?)


 こっちのフロアは長閑な平原を望む大パノラマを楽しめるようになっていた。その一面ガラス張りの前の席にあの二人組みが並んで座っており、人目を忍ぶようにして互いに身を寄せ合っている。きっとあの二人も長い間蜜月を隠し続けていたに違いない、ぎこちなくも親しい二つの背中が物語っていた。


(応援する──ぜ!)


 変にテンションが高かったので二人の背中に向かって何故だかサムズアップしてあげた。

 トイレに入って言い訳を捻り出し、無理のないように緻密な話筋を考えあと手を洗って気持ちを落ち着かせ、アヤメの機嫌を取った後は何処へ行こうかどうやってグガランナを撒こうかと思案しながらトイレから出ると、


「──ありゃ?」


 先程までいたはずの二人の姿がどこにもなかった。カウンターにぐるりと回って店主に話を聞こうにも、


「ありゃりゃ?」


 煙草の臭いを残して店主も姿を消していた。明かり取りの窓もないのでカウンターの中は薄暗い、そのお陰で奥から外の明かりが薄らと見えており、その勝手口の近くにはさっきの野良猫が丸まって眠っていた。

 再びぐるりと回って自分の席に戻る、テーブルの上には私と同じカップが二つ追加されており、どうやらあの店主は自分の仕事をこなしてから何処かへ行ったようだ。


「ただいま戻りました」


「お待ちしておりましたアマンナさん。良い言い訳は考えつきましたか?」


 互いにふざけ合ったところで、それはもう地球の歴史をこんこんと語るぐらいの勢いと丁寧さでマリサとの関係を教えた。決して他意はなかった事(向こうの気持ちは伏せておいた)、彼女も等しく自分の部下であった事(他の皆んなと一緒に寝たことも伏せておいた)、そして仮想で訓練を受けたあの時から知り合いだった事(ここは力説した)を話した。

 殆ど真実ではないが、私が口を割らなければバレない真実は限りなく事実に近い。

 

(あれ、この息苦しさは何だろう)


 変な処世術を覚えてしまったもんだ。

 話を聞き終えた二人は「ふうん」と一言。


「そうだったんだ。そういえばいたねそんな子、アマンナに可愛い妹ができたと思って見てたけどあの子も特個体だったんだ」


「そうそう」


 グガランナが口を挟む。


「もしかしてそのマリサという特個体のパーソナルカラーは紫?」


「ん?何で?」


「あの時あなたたちが仮想にいる間にね、ちょうど中層からアヤメたちの街に向かう途中で紫色の機体が何処かへ飛んで行くのを見たのよ」


「へえ〜〜〜じゃあそれじゃない?私はマリサのオリジナルを見たこと──ないけど…」


 ちりり。ちりり。脳裏に親友を守った人の影が過ぎった。それはアヤメも同じらしい、ほんの一瞬だけ暗い影を落としていた。

 その暗い影を自分から吹き飛ばすようにアヤメが悪戯っぽく笑みを作ってこう言った。


「──じゃ、その話が本当か今から機体を立ち上げよっか?この間一人で空を飛んだらしいね」


 ごくりと生唾を飲み込み、


「ほんとそれだけは勘弁してください、何でも言う事を聞きますから……」


 恥も外聞もなく私はみっともなく頭を下げ、頭上から乾いた笑い声が降り注いだ。


「全く……ほんとあなたって子は……」


「何だっけ、その罰として一時踊り子みたいな格好をさせられていたんだよね?ラインバッハさんに教えてもらったよ」


「意味分かんなくない?何で罰としてあんな格好させたんだろうね」


「いやアマンナが悪いんでしょうが」


「ぐっふぅ……」


 わざとらしく仰け反る。こういう会話も久しぶりだ、他所の子たちといる時はどうしたって示しをつける必要があったのでここまでふざけることができなかった。

 またアヤメが悪戯っぽく笑みを溢す、今度は自然だった。


「居た堪れないカチューシャ」


「は?」


「だから、居た堪れないカチューシャ」


 ──何だ急に。いや、そういう事か。


「いやいやさすがにそれは…お灸据えられたばっかりなのに…」


 一緒に飛べという事だ。


「私も一緒に踊り子の格好をしてあげるからさ。バニー姿に比べたらそこまで恥ずかしくもないし」


「う〜〜〜〜〜〜ん………──まいっか!」


 悩んだのはほんの数秒、私もまたアヤメと一緒に空を飛びたかった。

 グガランナがやれやれと息を吐き、一人さっと席を立った。


「準備してくるわ。そのまま私の艦体に降りて来なさいな、プエラも喜ぶはずよ」


 アヤメが小さく「げっ」と呻いたのを聞き逃さなかった。

 何だかんだとあの時と一緒、地球のあちこちを旅していた時と変わりない。変わりないことに安堵し、ようやく私の心も解れてきた。


「さーて相棒、あの時の続きでもしようか」


「お、いいね。あの時のアヤメは途中で逃げちゃったからね〜今度は逃げられないよ〜」


 結局お金を払わずに私たちは店を後にしていた。払いたくても店主がいないのだ、店を空ける方が悪い。



✳︎



 お昼になってようやく起きてきたアネラがもそもそと昼ごはんを食べている傍ら、私たちは出かける準備をしていた。


「……どっか行くの?」


「ヒルドちゃんとお出かけ。この街をちゃんと見てみたいからさ」


 返事は無い。まるで興味が無いように食事を再開していた。

 ヒルドちゃんが丈夫そうなパンツの上からゴッツいベルトを回してその帯びに鞘を取り付けていた。向こうではまず見かけないので思わずギョッとする。


「それ本物だよね?」


「ん?当たり前でしょ、私これがないと落ち着かないの」


 カウネナナイには銃刀法違反という罪が無い。一般市民が銃刀を所持して武装する事が当たり前なのだ、それだけ警察的な組織が十分に機能していない事とそれだけ危険に逢う可能性がウルフラグと比べて高い事を意味していた。

 

(だ、大丈夫だよね……)


 五年近くも向こうで暮らしていたせいでカウネナナイの文化が『暴力的』に見えてしまう。

 ヒルドちゃんは何でもないようにエントランスへと向かい、私もその跡に続いた。

 何はともあれ今から街へ繰り出す、ピメリアさんたちは先に堪能したようだが私はまだである。

 そういえばピメリアさん、今日は姿を見せないが何処へ行ったんだろう?



 何か思てたんと違う。

 

「──ああ!カルティアン様!ようこそ私のお店へ!さあさあ、他所の野暮ったいお店には無い良い物がここには──」

「災難でしたね〜あそこの店主変でしょ〜?カルティアン様のように高貴なお方には当店に並ぶ装飾品が──」

「で、実際のところラインバッハ王とは仲良いの?ウルフラグを抱え込んだのもルヘイから来た一団を黙らせるためとか──」


 三店舗目から逃げるようにして後にし、あまり人目がつかない路地裏へと逃げ込んだ。

 路地裏と言ってもウルフラグの繁華街と違ってどこも汚れた様子がない、何なら休憩用の子綺麗なベンチが置かれているぐらいである。ここは何処でも観光地らしい。

 ほのかに薫る花の匂いと通りの喧騒が届いてきた。「はふう〜」と大きく息を吐いて気持ちを整えた、やっぱり出てきた言葉は、


「思てたんと違う」


「……何語?──まあ、あんなものじゃない?むしろ丁寧な歓迎のされ方だと思うわ」


「それってやっぱり……」ヒルドちゃんがその先を言ってくれた。


「あんたのその冴えない顔が皆んなにバレてるってこと」


「──はあ〜〜〜ヒルドちゃんがそんな感じで毒舌だからてっきり一般人扱いなのかと勘違いしてたよ「人のせいにしないでくれる?あとこれ素だから」


 隣が空いているので手でぽんぽんと叩き座るよう促すが、やんわりと断れてしまった。

 私より高い位置にあるキツ目が真っ直ぐにこちらを捉えている。


「殆どの人が合同チームを受けて入れているけど、喜んでいない連中だっているんだからね?もしそのお店に入ろうものならどうなることやら。だからほれ」ぽんぽんと鞘を叩き、「これが肝心になってくるのよ」


「う〜ん……私はもっとのんびりとお店を見て回れると思っていたんだけど……」


「それは無理ね。諦めなさい」


「いやだったら出かける前に言ってよ」


 ふんと一つ。


「私は街中じゃなくて物見の山に行くと思ってたから」


「物見の山?──ああ、あのお城の手前にあった所かな」


「そうそう。あそこって結構良い眺めだから人気あるのよ」


 確かにあるにはあった。王城へ続く長い坂の途中で道がぽっきりと折れ、きっとその先にヒルドちゃんの言う展望が素晴らしい場所があるのだろう。


「歩ける?」


「誰に向かって言ってんのよ、余裕よ余裕」


 ふふんとまた一つ。生意気そうだし口も悪いしフレアとは大違いだけど、これはこれでまた新しい妹ができたと内心喜んでいた。


「じゃ、行こっか。そこ見て帰ろう」


 今度は口に出さずよっこいしょとやりベンチから立ち上がった。ヒルドちゃんの脇を抜けて表通りへ──「ねえ」


 さっきとはまるで違う声音で呼び止められた。


「聞かないの?私に」


「何を?」


「ヴァルキュリアの元一員だってこと。アネラから聞いているんでしょ?」


 表の通りは沢山の人が歩いている。皆んな何処へ行こうか何を買おうか、その明るい表情を見やれば声を聞かずとも何を喋っているのかすぐに分かる。

 そして、背後へ振り返り彼女の顔を見やる。表の通りと打って変わって殺伐とした雰囲気を放っていた。──やはりこの人は剣士、そう思った。


「そっちだって私に何も聞かないじゃん。私がマカナの友達だって知ってるんでしょ?」


「…………」


「何も聞かないんなら何も聞かない、それだけだよ」


「──そう、ならいい」


 ヒルドちゃんが私を追い越し先に表の通りへ歩いて行く。こちらを見ずに、


「さっさと行かないと良い場所取られるわよ」


「──分かった」


 また、すぐにいつも通りの声音に戻った。



 本当は手の一つでも握ってあげたいところだけど、彼女はずっと従者としての立場を守っていた。付かず離れず必ず数歩後ろを歩いている。

 たまに声をかけて話しをするんだけど、あまり長くは続かない。

 街の通りを抜けて王城へ続く坂道を手前にした辺りで私も話しかけることを諦め、ただ後ろから案内される通りに足を動かし続けた。

 今日は快晴である、良く空も晴れている。高い樹の隙間を縫うようにして吹き付けてくる風はまだまだ冷たいが、それでも太陽の暖かみが私たちの元まで届いていた。

 煉瓦で舗装された坂道を上り、途中で展望台から引き返してくる人たちとすれ違ったりウルフラグにはない自然を目の当たりにしながら進み、歩いて半時間程だろうか、お目当ての場所に到着した。


「へえ〜〜〜………凄い大自然」


「何それ。語彙力足りなすぎ」


 と、相変わらず文句を言っているがヒルドちゃんも満更ではなさそう、目を細そめて私と一緒に景色を眺めていた。

 ルカナウア・カイの街は山と高原に囲われた盆地にあり、峻嶺な山々と険しくも長閑そうな高原も一望することができた。

 その中にある街はまるで作り物のようであり、こんな険しい自然の中でも街を作り上げた人々の逞しさも垣間見えた思いだった。


「良い所だね、ここ」

 

「でしょ。向こうにはこういう所ないの?」


「う〜ん……あるにはあるんだけどね〜ここまでの大自然はないかな〜何かとビルが建ってるし」


「へえ〜〜〜………」


 今は従者としての立場を忘れているのか、私と並んで景色を眺めている。そんな彼女が風に負けてしまいそうな程小さく「私も行ってみたいな」と漏らした。


「──行って……ん?」


 テニスコート二つ分ぐらいの展望台にいた人たちが一斉に空を見上げ、「わあ」と声を上げている。何事かと私たちも見上げると一機の特個体が空を飛んでいた。徐々に上げていく高度、きっと雲を突き破るつもりなのだろう。


「あれどこの機体なんだろうね」


 その機体は赤く、太陽光を反射しているのか元からその色なのか、白色も混じっていた。

 何も返事がないので隣を見やる、ヒルドはまるで信じられないものを見るように目を開いていた。普通の反応ではない。


「……どうかしたの?」


「今の機体ってまさか──」


 ──赤い機体。そのパーソナルカラーはカウネナナイにおいて一つだけのはず...『鮮烈なる赤』は()()()の色だ。

 周囲にいた人たちは珍しいものを見られたと喜び、そしてすぐに興味を失ったように再び大自然の景色に目を向けている。けれどヒルドだけは未だに食いるようにして空を見上げていた。


「まさか…さっきの機体って……」


「そんなはずないそんなはずない──でも……ちょっと待ってて!」


 「あ!」と声を上げた時にはもうヒルドは駆け出していた。展望台を管理している詰所か、あるいは少し走った先にある王城へ通報しに行ったのかもしれない。

 今日は良く晴れている。雲一つない空は抜けるように青く、そのお陰でさっきの機体も良く見ることができた。

 そして春を前にした風に混じって──ほんの少しだけ異臭が漂ってきた。


「よろしいでしょうか」


「…っ」


 傍に誰もいない、いやいるにはいるが観光客は皆遠くにいる。そのちょっとした隙を縫うようにして一人の男性が私に話しかけてきた。


「な、何でしょうか……」


 薄汚れた外套を羽織りフードを目深に被っている男性、態勢を低く落として何かに身構えているような立ち方をしていた。


「カルティアン様とお見受け致します。ご同行願えますか?」


 街中のお店で話しかけられた時は随分と毛色が違う、その様子に私も身構えた。


「ここで良ければお話を聞きますが……」


「ここではできない話があるのです。できることなら手荒は真似はしたくありません、これでも礼儀を尽くしているつもりです」


 雰囲気がほんとヤバい、きっとラインバッハ家と敵対している派閥かその人物なのだろうが...

 最後の抵抗を試みた。


「……従者が戻ってくるまで待っていただけませんか?」


 死んだ魚のような目をした男性がにたり。


「──あの従者ならもう戻って来ませんよ、残念ですが」



 詰所だった。展望台に訪れる人たちから入場料を徴収したり記念品を売っている詰所に連れて行かれた。

 彼女はどこにいるのだろう?ここにいないとしたら向かった先は王城だ、でも男性が──。

 

(……売られた?)


 私に話しかけ、詰所まで案内した男性は木板の床に跪き小さなロザリオを取り出して祈りの言葉を捧げている。通された部屋は薄暗く、また窓の外は生い茂る森がすぐそこにあるので光りも入りにくい。埃とカビに混じって酷い体臭も鼻をついたので気分が悪かった。

 祈りの言葉を捧げ終えた男性がゆっくりと立ち上がり、私の目の前に移動してきた。先程嗅いだ異臭はこの人のものだ、風呂に入っていないのだろうか。


「簡潔に申し上げますが、早々にカウネナナイから退去していただきたく思います。ガルディアがあなた方と手を組んだことにより国内の機運が下りつつあります」


 主語が抜けている、あるいは狙ってその言い方をしたのか。


「……何の機運ですか?」


「国民投票でございますよカルティアン様、我々はその嘆願を届ける為だけに生まれ故郷を離れてきました」


 ──ルヘイだ、そう思った。そして私の勘は当たっていた。

 男性は何かに取り憑かれたように話し始める。


「私が発ってすぐに生まれ故郷が大波に飲まれたと聞きました。これはやはり罰なのでしょうか…人を憎むが故に自分たちも──皆で励まし合いながら王都をそれでも目指しました、待っていたのは痛烈な無関心と心地良い刺客たちでした。命のやり取りは初めて、それでも我々は運に恵まれこうして難を逃れました──それだというのに!」


 そうだろうなとは思っていた。見るからに情緒不安定そうだし突然吠えたりするんだろうと身構えていた、それでもびっくりした。


(──何で私がこんな目にばっかり……)


 やれカウネナナイにやって来た私たちが悪いだの、やれガルディアの策略に乗せられた私たちが悪いだの。

 正直に言って目の前で喚く男性をどこか冷めた目で見ている自分がいた。それは通り過ぎた冬のように、早朝の窓際のように、私の心は冷めていた。

 一頻り言い終えた男性が私の傍から離れ、手近にあった椅子に腰を下ろした。この人の話が全て真実なら誰かしら手にかけている、つまり殺人だ。ルヘイを発った一団は殺人を犯してまで嘆願を届け国民投票を実現したかったらしい。


「……何故そこまでするのですか?」


 答えは簡単だった。


「こうするしかこの国を救う方法がなかったからです。──ええそうでしょう、あなたが糾弾したくなる気持ちは理解できます、ですが必ず星人様が我々を──」聞いていられない。


「私は何をすれば良いのでしょうか」


「────っ」


 自分たちの不幸を環境のせい他人のせいハフアモアを乱用した王のせいだと宣い続けていた男性がはたと口を閉じ、ようやく私の顔を真正面に捉えていた。


「出て行けと言われましてもそれは些か無理があります。では、私は何をすればあなた方は満足するのですか?」


「……私たちが滞在している館へ、薄汚れて今にも崩れ落ちてしまいそうですが希望が溢れています。どうかあなたのそのお姿を皆に……我こそが王であると宣言していただきますれば」


 それで納得するの?──まあいい。


「案内してください」


「喜んで」



✳︎



「…………────おいおいおいおい誰だ誰だ部屋ん中に獣を入れた奴!そっ首刎ねるぞさっさと追い出せ!」


「──っと!──せろって言って──」


 すげー殺気。どうやら女のようだが色香など欠片もない声で側近とやり合っている、余程の手練れらしい。

 春を前にした昼下がり、国民投票の峠を越えた俺に久方ぶりの休暇が──と、思っていたのだが私室に乱入者が現れた。名前はヒルド、ヴァルキュリアの部隊から離脱した裏切り者だ。

 国内でも屈指の剣の腕前を持つ側近を跳ね除けヒルドが俺の前に姿を現した。


「──「何の用だ。まさか今さらヴァルキュリアに戻してくれなんて言わないよな?」


 相手が何かを口にする前にこちらから言葉を重ねた、いくらか気勢を削いだがそれでも勢いは変わらなかった。


「話と違うでしょ!!ヒルドの名前は永久欠番にするって言ったじゃないっ!!」


「はあ?」


 空いた口が塞がらないとはまさにこの事。この城の近くにある展望台から赤い機体が空を飛んでいるところを目撃したとヒルドがヒステリックを起こしながら教えてくれた。

 軽い頭痛が俺を襲う。


(──あんの……何も反省していないじゃないか!!それにアヤメとかいう余所者も何やってんだ!!)


 それはヒルド機ではない、他所の機体だ──とは言わない。

 また余計な仕事が増えたと青筋を宥めながら口を開く。


「──それよりも何か弁明はあるか?」


「はあ?何の弁明よ!言われた通りきっちりと仕事をこなしているじゃない!」


「どこがだ?お前が仕えている主はどこにいる?」


「さっきの展望台の所にっ──「ルヘイの一団と思しき男に連行されたと聞いた。大した女だよ、お前は、早速主の寝首をかこうってか?」

 

「──……は?」


「連れて行け。話は刑吏の者が聞く、今のうちに減刑してもらえるような言い訳を考えておくんだな」


「──待ちなさいよ何で私がっ!!」


 剣の柄に手を伸ばし、囲いを作っていた側近たちに獣のような睨みを利かせている。


「それがお前の十八番だろうに。家族諸共威神教会に売り飛ばして自分だけ生き残ったそうじゃないか。分が悪くなったら自分の主を売る、当たり前過ぎて反吐が出る処世術だよ」


「──ち、違う!私はっ──」


 ──?


「ヴァルキュリアから離れたのもオーディンの離反を自分だけ前もって察知していたからだろう?現に今お前だけのうのうと生き延びているじゃないか。カルティアン家の子女を国民投票側の派閥に売ったのもそういう事なんだろ?」


「──違う!私はそんなんじゃない!そんなんじゃないっ!!」


 見るからに動揺している、目線も定まっていない。

 俺が止めを刺してやった。


「──仲間を切り売りして生き延びるこの裏切り者め、俺の下から簡単に離れられると思うなよ」


 剣で捌いてもいないのに切り刻まれたような顔つきになり、自ら剣の柄から手を離した。その一瞬の隙を突いて側近たちがヒルドを取り押さえた、来た時は飢えた獣のようだったのに連れて行かれる時は借りてきた猫のように大人しくなっていた。


(まさか違うのか?動機なら奴に十分あると思ったんだが……)


 ルヘイの流れ者がそう易々とカルティアン家に近づけるとは思えない、俺が放った伏兵の目を掻い潜れたのもヒルドが内通していたからだと踏んでいたが──別にいるのか...誰だ?


(──身内か)


「どうなさいますかガルディア様、今からでも兵を放ちますか?」


「ほっとけ。身内の小競り合いに俺たちまで付き合う義理はない」


「はい」


「セントエルモの責任者にも黙っておけ、事が終わるまで知らぬ存ぜぬでいくぞ」


「はい」


 荒々しい雰囲気も一緒に引き連れて側近たちが私室から出て行く、この場に残ったのは俺と今さらのように満たされていく静けさだった。


(こんな程度で生き残れないならどのみちあいつもそう長くは持ちはすまい。ドゥクスの見当違いか、あるいはエノールが台頭してくるか…)


 そもそもだ、やる気の無い者に何を任せても大成などしない。ましてや私利私欲で周りが見えていない民を束ねることなど不可能だ。


「一人勝ちはつまらんな。まだもう暫く俺に付き合ってもらうぞ、ガイア」


 部屋の隅、陽が当たらない陰の中、アリクイの赤ちゃんと戯れていた小さな女の子にそう声をかけ、そして何も返事をもらえなかった。

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