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幕間

ゞマザー・シューティングスター



 こんな事になるなら喧嘩なんかするんじゃなかった。


(ミーティアたち怒ってるだろうな……)


 背もたれに背中を預け、ふうとわざとらしく息を吐く。緊張と後悔、申し訳なさと恐怖心がないまぜになって私の心を掻きむした。

 成層圏脱出用ハンガーが赤道上エレベーターに乗せられた、その弾みで機体が激しく揺れ、出頭前に叔父さんから貰ったキーホルダーがかけられたストラップを起点にして揺れている。

 最近若い子の間で流行っているらしいこのキーホルダーにはどうやら幸運が付いて回るみたいだ。私もその"若い子"に含まれているはずだけど、流れ星を象ったキーホルダーが流行っているなんて一言も耳にしたことがなかった。


(リーカル叔父さん、泣いてたな……居候を始めた時はあんなに意地悪してきたくせに。どうせ流行っているなんて嘘なんだろうけど…)


 順調に赤道上エレベーターが上昇していく、速度は既に亜音速を超えている、この分ならあと数分もしないうちに出撃高度(エア・カタパルト)に達することだろう。赤い誘導灯がまるで溶けるようにして上から下へ流れていく、けれど遠くに望むアルプス山脈の峰々はひどくゆっくりとした速度で動いていた。

 積乱雲にエレベーターが隠れた。まるでこれからの道を示しているかのように視界が遮られ、そして死刑宣告と同義の通信が入った。


[うら若き乙女たちよ、そして実りを未だ知らぬ青年たちよ──恨め、不甲斐ない私たちを未来永劫に渡り恨み続けてくれ、救済など必要ない、断罪こそ我らに相応しい]


(──ああ……やっぱり駄目だったんだ……)


 そっか、だからミーティアたちはあんなに焦っていたんだ。そうとは知らず、私は何て無神経な話を持ち出してしまったんだろう。


[ステージは既に用意した。後は君たちレガリアンがステージに立てば完成する。──どうか晴れやかで華やかな舞台である事を、微塵の後悔も残さず踊り切ってほしい]


 最高司令官の声は重い、きっと誰よりも今回の作戦を嘆いているはずだ。そうならない為にここまで幾度となく苦労してきた、その甲斐も虚しく私たちは全面戦争する形になってしまった。

 レガリアンである私はまだ良い、けれどターシャは人の子だ、まだ静電基盤手術も受けていなかったはずだ。

 そのターシャから通信が入った。思っていたよりも声が明るかった、けれどすぐに無理をしているんだと聞かずして理解した。


[大変な事になっちゃったね。でもしょうがないね]


「うん。ターシャは平気?」


[分かんない、今も実は訓練なんじゃないかって思ってるぐらいだから]


「そうだね、訓練だったら良いのにね」

 

[でも、違うんだよね。──ほら、あれ見て、ポラリスの方角、ステージが上がってるよ]


 本当だ、ターシャの言う通りだ。"宇宙の灯台"と呼ばれているセファイド変光星のうちの一つ、過去において北極星と定義付けられていたポラリスの下、そこに私たちの舞台があった。

 立ったら最後、二度と下りられない舞台。それが並列化擬似中性子投射核砲台(ステージ)だった。

 それはまるでアイドルたちが歌う舞台のように華やかだった。機体が収まるソケットはスポットライト、延べ百メートル近く延びる砲身は舞台へ続くシルクロード、そして中央には放射性物質であるアクチノイド元素群が納められたタンクがあった。

 再び通信が入る、それは救済を請うものではなくひどく事務的なものだった。


[アルファ、デルタ、ブラボー、チャーリーはステージへ。それ以外の部隊は準備が整うまで援護、ケェーサーの作戦行動を阻止してください]


 回線を開いたままになっているキューブスピーカーから、あからさまに安堵している息が漏れてきた。でも、それで良いと私は思った。ステージに上がるパイロットはレガリアンだけで良い、ターシャたちはソケット(棺桶)に入る必要はどこにもない。

 出撃高度に達し、機体が順次発進していく。地上付近からの発進と比べて恐ろしくエネルギーを消費しない機体がスムーズに上がって行く、ついで私の番になった。


[忠告しておきます。最高司令官はあなたたちを黄泉の国へ追いやるつもりはありません。ただ、その可能性が極めて高いということを示唆しているだけで──ああ、どうか強く…ああ、本当にここまでしなければいけないのかしら…どうか戻って来て]


 その声を聞いて、私は思わず発進シークエンスを中断しかけた。常に冷たく常に合理的に人と接していたあのレガリアン総帥が、声を震わせ懊悩に翻弄されている様子を臆面なく晒していた、その事実に困惑し決意が鈍ってしまった。

 けど──駄目だろう、駄目だった、私たちレガリアンはケェーサーとは相容れない、だからこんな形になってしまった。それに人間も巻き込んでしまったのだから、元凶たる私たち(レガリアンズ)が"メインスポット"を浴びなければならない。

 機体がするりとハンガーから離れ、薄い空気の中を緩やかに昇っていく。地上から見たのならば天使のように、成層圏を越えデブリスペースに到達した。

 地球は青い、()()()()青い。お世話になった街が見えるかなと目を凝らすが、その片鱗はどこにも見つけることができず、諦めて私はステージに向かった。

 アルファチームの皆んなが寄ってくる、他にも"お騒がせ"デルタに"推し一択"のブラボー、"懐古主義"のチャーリーもやって来た。

 ブラボーチームのリーダー、ミーティアの恋人でもあるドンドンが通信越しに話しかけてきた。


[おい、てめえこの野郎、良くも俺の可愛いミーティアを泣かせやがって]


「しょうがないじゃんか、たるみっちの誕生日だったんだもん。皆んなでお祝いするのが普通でしょ?」


[状況を考えろ!ステージを用意していた相手に向かって言う事じゃないだろ!]


「ご、ごめん……」とは言ったものの、何で私が怒られなければいけないんだと少しだけ腹がたった。


[お前まさか、聞いていなかったのか?]


「私その日お墓参りに行ってたから欠席してたの。叔父さんって普段は意地悪ばっかりしてくるけど、ご先祖様を敬うと不思議と優しくなるからさ」


[知らんがな!今言うことか!]


「何をうっ?!」


 ドンドンは口が悪い、けれどその分下手な言い回しもしないので何かと口が聞きやすい。それからドンドンはミーティアの大ファンでもあった、その一途な恋心があの居丈高なリーダーの心を射止めたのである。

 全レガリアンが一同に介して自分たちだけのステージへ向かう、人類が宇宙へ飛び出してから汚し続けたごみ(デブリ)を躱しながら最後の逢瀬を惜しむように会話を続けた。

 "リング・スターこそ至高"と謳って止まないチャーリーのリーダー、新垣 友希人(たいよう)も加わってきた。チャーリー部隊は月軌道へ遠征していたはずなのに元気なものだった。


[リン!リンリンリリンリリン!リング・スター!私と〜貴方〜!目指すは宇宙の蜜月〜アンドロメダ〜……ぅぅうううウルトラ[うるっせえんだよ!この懐古厨がっ!]


 リング・スターの伝統的な掛け声を遮ったのはお騒がせブラボーのリーダー、フライングマン・オールアウトだ。この両者は犬猿の仲として私たちレガリアンズでは共通認識されている。

 新垣友希人が即座に吠えた。


[お前らが余計な事をしたからやろっ!ほんまこのろくでなしどもめがっ!ただの様子見で何でケェーサー部隊が反応すんねん!]


[あー知らない知らない、月面基地の確認に飛んだだけで俺たちは何も知ら─[─知らんで済むかボケぇ!向こうの索敵範囲に思っきり入っとったやないか!そのせいで俺たち[─あーあー!知らない知らない!]リンリンリリンリリン!リング・スター!……ぅぅううウルトラ[─てめえこらそれ仕返しのつもりかっ!うるさいって言ってんだよ!!]


 ほんと賑やか。

 いつもなら総帥が割って入ってくるのに、今日は何のお咎めもなかった。その事実がまた私の胸を締め付け、きっと皆んなの口を大いに動かす要因となったはずだ。

 ──ここにいる皆んな、私と同じように静電基盤手術を受けたレガリアンばかり。

 この日の為に、と言っても過言ではない。できることならこの日を迎えたくなかった。

 スピーカーから流れ続けてくる皆んなの話し声がまるで鎮魂歌(レクイエム)のように聞こえ、人の輪の中にいてもより一層の孤独を感じさせられてしまった。──"死"は孤独だ、忘れていた事実を思い出し、一人震える。

 アルファチームのリーダー、またレガリアンの専属グループに所属しているミーティアの妹、そして私の恋人でもあるホクレレが声をかけてくれた。


[大丈夫?]


「ううん……今すぐここから離れたい、行きたくないよ」


[でも、私たちがやらないと街の皆んなが……最高司令官も言っていたけど協定を結べなかったんだ。このままじゃ皆んな殺されてしまう]


「うん……それは分かってるんだけど……」


[それにまだ死ぬって決まったわけじゃない、あのステージが敵を凌駕すれば力を出し切る前に状況が終了するかもしれない。それに賭けようよ]


「……うん、そうだね。もしかしたら一発撃っただけで逃げていくかもしれない」


 そんなはずはないと知りながらも、気休めの言葉を口にしただけで心が少し軽くなった。

 軽くなったのは心だけではない、地球の重力圏を突破した機体も軽くなっていた。ステージは目前だ、私たちレガリアンズの人数分のソケットが用意されている、後はあそこに収まるだけ、たったそれだけの事で皆んなに恩返しができる。

 ソケットから誘導ビーコンが射出され、まるで黄泉の国へ渡る架け橋のように揺らぎながら私を導いた。機体が逆らうことなく従い、やがてお喋りを続けていた皆んなの声も静まり、そして歌が聞こえ始めてきた。


(──やだっ!嫌だ!)


 ミーティアたち『ブリッジホープ』の歌だ、底抜けに明るい皆んなの声がアップテンポの曲調に乗って届き、機体のコクピットを満たしていく。


(どうして私たちなの?!どうして親がいないってだけでレガリアンにならなければいけなかったの?!)


 所詮は戦う道具に過ぎない。あの街で親がいないという事は、外からやって来た"避難民"という事である。住処も無い、食べ物も満足に無い、そんなギリギリの環境下でも私たちを家族として迎え入れてくれ、その恩義に応える唯一の方法が()()だった。

 所詮は戦う道具に過ぎない。だったら始めから最後まで意地悪を続けてほしかった、いっそのこと「死ね」と言ってほしかった、冷たく出撃命令を下してほしかった。どうして私たちに情を示したの?

 ブリッジホープの歌に混じり、最高司令官が最終宣告を行なった。


[─ケェーサーの攻撃部隊を確認。即時武装放棄と蓋の解放を条件とし、降伏勧告がなされた。我々はこれを棄却し、生活圏を死守すべく反撃行動を開始すると宣言した。──もう後戻りはできない、各員放電を開始せよ]


 その言葉が合図となってみるみる体の力が抜けていく、でも、私はそれに反抗してまだ力が宿っていた己の口を開いた。


「──嫌だっ!ミーティア!ミーティア!あなたの妹を奪ってごめんなさい!無神経な事を言ってごめんなさい!────」


 声が──出なくなってしまった。分子崩壊が始まったのだ。

 私たちレガリアンは生身の人間より多くのポリマー体を有している、外科手術によって埋め込まれた静電基盤(ソウルマップ)から多量のヒドロキシ基が放出され、私の全てを構成している分子から電子を引き抜こうとする。結果、分子崩壊が始まり並列化擬似中性子投射核砲台のトリガーである中性子が放出される。──私たちの命そのものが引き金になる、それが対戦艦核融合砲だった────クソ食らえだっ!


(ああ──歌が……聞こえる……)


 緩やかな死を辿る。既に四肢の感覚が失われているが視覚と聴覚はまだ生きていた。

 難を逃れたと浅ましく安堵の息を吐いたターシャ、彼女たちの部隊がケェーサーの機体と戦っているようだ。彼我の実力差は明らかであり、私たちと違って生き残れると喜んでいた彼女だが、部隊諸共スペースデブリに加わっていた。

 意識が朦朧とし、なおもミーティアたちの歌が耳に届く。力強く、決して弛まず、レガリアンズの為に歌を歌い続けてくれている。何処までも突き抜ける、宇宙の端にすら届きそうな彼女たちの歌声に翳りが生まれた。嗚咽だ、泣くのを必死に堪えているよう、そう感じ時、再び力が戻ってきた。


「────ありが…とう………」


 ステージの中央、タンクが盛大に光り始めた、まるで自分が恒星だと言わんばかり。それ見たことか、分不相応な輝きを放つから地球に隠れていた正真正銘の太陽が顔を覗かせてきた。これが最後の景色かと目蓋を閉じるが、最後の最後にミーティアたちの歌が耳に飛び込んできた。


[〜あなたたちの命は暗闇を引き裂く力に溢れている〜]


 死んだはずの涙腺から涙が一筋。


[〜行って!飛んで!あなたたちは自由!誰もが羨むシューティングスター!]


 ステージが臨界点を突破した。もう開くことはないと思っていた目蓋が開き、私はその光景を目の当たりにした。


「……──ぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


 トリガー()が引かれた。アクチノイド元素群が私たちの中性子により崩壊を起こし、星をも砕くエネルギーを敵艦隊へ向けて放出した。地球の重力圏に巻き込まれることなく真っ直ぐ、真っ直ぐ、極太のレーザーとなってケェーサーへ殺到した。

 ふと──地球へ目を向けた。


(────綺麗…………)


 もう歌も届いてこない、輪廻のサークルに片足が入っているようだ。

 流れ星だ。地球に(マザー・)流れる星(シューティングスター)があった、目の前で放たれているレーザーの光りよりもなお美しく、細かく軌道を変えながら七色の光りを地上へばら撒いていた。

 ──羨ましいと思った、私もあんな光りに追いかけられてみたいと思った。

 意識が遠のき、やがて全てが宇宙に包まれた。



 仮想世界のものなのか、現実世界のものなのかは分からない、けれどこれが二四回目の私の記録(メモリー)だった。

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