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第86話

.ポセイドン



 それぞれのテンペスト・シリンダーは外観こそ異なれど、共通した項目が一つだけある。それは作られた人工の大地を支える柱の数である(一部例外有り)。

 地球史を瀕死に追いやったはずの鋼鉄の死神、それが『マントリングポール』と呼ばれる物であり、今となっては皮肉ながらも生き残った人類が生活する基盤を支える柱となった。

 その数は全部で八本。マントリングポールに使われている素材は意外にも金属ではなくセラミックである。『高密度高柔軟性セラミックス』が正式名称であり、一本のポールに使われている次世代型セラミックの数は述べ数千から一万本と言われている。

 一本一本のセラミックが集合し結束し、摂氏一五〇〇から二〇〇〇度近くの上部マントルに耐え得る構造を獲得している。さらに日々流動しているマントルプルームの流れにさらわれないよう、金属が持つ"硬さ"ではなくしなるような"柔軟性"で対応した。これが功を奏した形となり、今日まで各テンペスト・シリンダーを根底から支えている"鋼鉄の死神"が倒れずに済んでいた。

 そのマントリングポールを管理している俺ですら、解消できない疑問がいくつか残されていた。

 その製造方法は?何処で作られたのか?ということである。

 地表から上部マントルまでの長さは優に数十キロメートルを超す。後述するので日本の地域で例えさせてもらうならば、西暦時代の近畿地方、滋賀県から兵庫県(約七〇キロ)に匹敵する長さのセラミックが当時の地球上で製造されたことになる。

 こんな馬鹿げた長さを持つ焼結体(セラミック)を作ったこともさることながら、マントリングポール一つあたり一万本という、莫大な数を一体どうやって用意したのか。

 地球でないとすれば──。


「宇宙だね。私はそう思う」


「人の思考を読まないでくれる?普通にびっくりするんだけど」


「その当時、地球は貧困化が進む資源に対策を講じていた傍ら、人々の住処を新しく用意するため宇宙に進出していた。世界をリードをしていたのは二大強国のアメリカとロシアであり、世界を股にかけた大問題に対して両者を手を取り合った」


「そうだね」


「つまり、人類はマントリングポールを完成させる前から宇宙においてその版図を広げ、着々とテラフォーミングの準備を進めていた事になる。だから、未だに国連と一企業であるウルフラグが争いの真っ只中にある」


「それはマグマの噴出が故意に起こされた事故であったと?──おっと、誰かやって来たようだ」


 俺と同じ名前を持つポセイドン・タンホイザー(名前が長すぎる!)が扉に向き直った。

 タンホイザーというのはドイツの作曲家が作成した全三幕のオペラだったはず。ドイツに縁がある外見かと思えばそうでもない、どちらかという情熱の国イタリアに近い面差しをしていた。俺も似たようなもんだけど。

 管理室に入ってきたのは複数名。入ってくるなり先頭にいた女性が一言。


「──今すぐにあの珍妙な機械を止めろーーー!!「──ひぃぃっ?!×2」私の友人の友人がっ「──どうどう!ハフマンさん落ち着いて!!」ち着いてなどいられるかーーー!こっちは招待されたからこんな所までやって来たというのに何だこの二人は素っ裸でイチャイチャイチャイチャとっ!」


 いやそっちが驚かせるからっ──。

 俺とタンホイザーは確かに裸のまま抱き合っていた。

 ひんやりとした腕が俺の首に回され、従ってタンホイザーの顔が真横にあった。カチカチと鳴る他人の歯を聞くことになるとは夢にも思わなかった。


「そ、そそそ、それは、ふ、服を着る必要が、な、無いと言いますか……「──はあっ?!!まだ仲良しアピールをするつもり「ひいいっ?!?!」ハフマンさん!落ち着いて!それじゃろくに話し合いもできないよ!」


 何だあの大男!こっちの司令官よりさらに一回り大きい人間が怒声を張るものだからさらにすくみ上がってしまった。

 俺たち人見知りにこの状況はあまりに酷過ぎる、ラムウ・オリエントというマキナはこんな奴らを連れて来て何がしたいというのか。

 タンホイザーの胴体に回した腕をさらに引き寄せ、今度は俺が頑張って口を開いた。


「ら、ららラムウはっ?す、姿が、み、みみ見えないようだけ──どっひいいっ?!?!「落ち着いて!僕たちを案内してくれたのはハデスという男の子とおぶっているこの子だけだよ!」


 ああ怖い!無言で近づくのは本当に止めてほしい!

 確かに大男の言う通り岸壁のように聳え立つ背中には、一人の女の子がこんな状況なのにも関わらず静かに寝息を立てていた。

 小声で尋ねる俺。


「…あの子誰?!」


 小声で返す彼女。


「…ティアマト・カマリイ!「──何をコソコソと喋っているんだ君たちはああっ「あああっーーー!!×2」



✳︎



[と、とにかく!じ、事情は分かったから!そ、そのライフル銃は下げてく、くれない?!]


 失態だ。あと一歩の所で()が届かなかった。

 視界を埋め尽くすどのマキナの目にもあの小さな女の子が映っていない。連れ去られたポイントはキラ山内部の採取弁管理区域の手前、ロザリー・ハフマンが「珍妙」と揶揄した自律起動兵器『アビス・グロテスク』が向かった先は奴らのハンガーだった。

 その説明を素っ裸から研究員のような服装に変わったポセイドンたちが行なっている。


[そ、それは間違いないのか?あの兵器は確かに対侵入者用のものだけど…ステータス画面は…]


[間違いない!この目で見たさ!顔なしの頭にひょろ長い胴体!犬猫のようにしなやかな逆関節の手足!その一体に私たちの仲間が連れ去られた!]


[ま、待ってくれ!い、今調べるから!]


 ポセイドン(男)がキーボードタイプのデバイスを操作し確認している。その情報はこちらにも表示されているが全て出鱈目だ、あの男の仕業だった。

 ポセイドン(女)もそれにいち早く気付いた。


[──待って、もしかして外部からハッキングされた?]


[誰がそんな──待ってろ……──ああ、そうだ、バベルだよあのクソ野郎が勝手な事をっ]


 苛立ち紛れにポセイドン(男)がデバイスを叩き、剣呑な雰囲気を放っているハフマンたちへ向き直った。


[そ、その…俺の仲間がというか…た、多大な迷惑をかけてしまったみたい─[─誰が謝罪しろと言ったんだ!助ける方法はあるのかい?!]


 ポセイドン二人が生唾をごくりと飲み込んだ。


[わ、分からない…アビス・グロテスクは一度起動すると対象を排除するまでベッドに戻ることはないし…な、何よりた、戦ったことがない…]


 訪れた者たちの落胆は大きかった。採取弁管理区域で皆を叱咤したハフマンという大学教授が最も精神的ダメージを負ったようだ。

 彼女の選択は正しい、「人助けはプロに頼る」、しかしながら頼る相手を間違えていた。

 ポセイドン(女)が、暗く翳った空気に差し込むよう口を挟んだ。


[あ〜え〜…わ、私たちの用件を…つ、伝えても、い、いかな?]


[………何だい]


[ら、ラムウから何も聞かされていないみたいだから手短に言うけど、わ、私たちをマントリングポールの内部に連れて行ってほしい……です]


[それは何故?]


[し、調べたい事があ、あるから…でも、わ、私たちでは入ることができないから…です]


 ()()()()()()()()()、私の娘の恋人らしいコールダー家の一人娘がけんもほろろに突き放した。


[そんな事に付き合う暇が私たちにあると思うの?それにその喋り方は何?まともに話しもできないの?]


 後半はただの八つ当たりだ、その怒りが眉と目に表れている。


[ひ、人見知りだから…わ、私たち…き、気に障ったのなら…ご、ごめん…]


[…………]


 静まり返る管理室、マキナの目から覗いているこっちにもその緊張感が伝わってきそうだ。

 ヴィシャス家の末の子が動いた。


[そのアビスという兵器の居場所を突き止めることは?]


 ポセイドン(男)が素早く動いた。


[──ま、待ってくれ!………可能だ。で、でもどうするんだ?]


[助けに行くんだよ。その途中で君たちの行きたい所の近くに寄ったら手伝う。人助け優先で動いてもいいというのなら僕はそれで良いよ]


[いやでも、弾はもう無いんですよね?]


[た、たま…ライフルの弾?そ、それなら備品庫にあったと──あったよね?]


 コールダーの指摘にポセイドン(女)が答え、ついで小声で確認を取っていた。

 どうやら奴らと戦うつもりらしい。確かに備品庫には非常事態における携行武器がいくらかあった。


[──ある。き、君はアビスと戦うんだな?]


[そのつもりだよ。彼女の死体を見つけるまで諦めない]


[………良いよな?俺たちも手伝おう]


[うん、それで良い]


(こんなにあっさりと人とマキナが手を組むのか……いよいよ私の選択が間違っていたことに──いや、ここから出来ることはあるはずだ)


 私の知る限りでは──と、言うとまるで懐古的な物言いになってしまうが、過去において人類はマキナと相争う間柄であった。その時の記録はガイア・サーバー内にも散見し当時の状況を、主観的な見方を一切含まず恐ろしいまでに客観的にまとめていた。

 ほんの一瞬でマキナと人のグループを形成した彼ら彼女らが作戦会議を始めた。


[では、君たちは私たちの救助活動を優先しながら目的地へ向かうという解釈でよろしいかな?できることならこの施設の案内役をお願いしたい]


[そ、それは勿論!も、元はと言えば私からラムウに依頼してあ、あなたたちを連れて来てもらったんだし…ま、まさかそんな事になっているなんて知らなくて…]


 [君たちが我々を招聘した理由については道すがらで尋ねるとしよう今は時間が惜しい]と一言で言い切ったハフマンがポセイドン(男)に視線を変えこう言った。


[先程君はアビス何某という兵器にはアルゴリズムが存在すると言ったね?その具体的なルーチンを尋ねたい]


[こ、この施設内──ああ、マップを見てもらった方が早い──ひいいっ?!]


[君が見ろと言ったんだろ!距離を近づけただけで悲鳴を上げるのは止めてもらいたい!]


 ポセイドン(男)が「良い匂いがした」とごにょごにょ口にし、コールダーの一人娘がポセイドン(女)に近寄り何事か言葉を交わしている。

 ポセイドン(男)がコンソールに表示させたのは施設内のマップだ。

 キラの山の内部に設けられたこの大型施設、見た目より通路はさほど多くはない。先述した通り四つのフロアが存在し、その行き来に使われるだけの通路が長く延びているだけだ。

 その事をポセイドン(男)がハフマンらに説明し、厄介なのはアビス・グロテスクの『専用通路』であると言った。


[後付けなんだよ、奴らが使っている通路は全部マキナの手によって設けられているから網目のように延びているんだ。一応マップは持って行くけどあまりに頼りにしないでほしい]


 ようやく他人との会話に慣れてきたポセイドンが滑らかに言い、どこか頬を染めているタンホイザー(こっちの方が楽だ)が口を挟む。


[おそらくだけど、あなたたちの仲間はベッドに連れて行かれたんだと思う。そのベッドの場所はマップにも明記されているから、付近まで通路を使って後は忍び込むのが一番時間がかからないと思う]


[そのベッドというのは?]


[簡単に言えば巣だよ、奴らが待機している格納庫と言っても良い]


(それならば、私の役目は先んじてあの女の子を見つければ良いか…)


 ──ただし、奴らの数が問題だ。同様にその懸念をポセイドンが口にした。


[ただちょっと数が…物凄く多いんだよ。この人数で立ち向かうのは厳しいかもしれない]


[念のために尋ねるがその数というのは?数百?]


[いいや、総数は二〇〇〇ジャスト]


 管理室にいる皆が声を揃えて慄いた。


[──二〇〇〇っ?!……何でそこまでして…ただのセキュリティマシンなんだろ?]


[ここはマキナにとって死守対象の施設、君たちが遭遇したアビス・グロテスクは斥候隊の役目を持つ。他にも攻撃、防御、陽動なんかの役目を持つ機体がベッドで常時待機状態でいるんだよ]


[……何の為に?]


 ポセイドンとタンホイザーが一度視線を合わせ、言うか言うまいか悩んだ素振りを見せた後、結局彼ら彼女らに告げていた。


[あなたたち人間から守るためだよ。大昔、それこそカウネナナイと呼ばれる国がこの土地にいた頃は戦争をしていたんだよ、私たちマキナとあなたたち人間が。だから当時の兵器がこの施設に残されているの]



✳︎



 雛型として完成を望まれた第一テンペスト・シリンダーの総面積は述べ七万平方キロメートル。これは当時の日本、中部地方に匹敵する広さがあり、およそ二千万人近く収容することが可能であった。

 雛型として、また"人類の希望"としてその役目を完遂した第一テンペスト・シリンダーを皮切りに、世界各国で角逐するように建設が始まり、現在では一二基の作られた大地が日々人類の営みを支えている。

 そして、私たちが管理しているここ、マリーンは一番歳が"若い"テンペスト・シリンダーであった。総面積は二八三一〇平方キロメートル、総人口はおよそ二〇〇万人である。

 ただ、マリーン内に存在する、あるいはしていた国の名前は時の移ろいと共に変遷し現在では『カウネナナイ』と『ウルフラグ』の二つの国が存在している。過去においては最大で八つの国が互いに武器を向け合い、また手を取り合い限られた大地で営みを継続していた。

 転機はマリーンが完成して間もない頃(と、言ってもマキナの時間軸になってしまうが)に起こった。

 テンペスト・シリンダーとプログラム・ガイアをデザインした技術者集団『ウルフラグ』が、本国であるアメリカ合衆国から強アルカリ性の海を越え、マリーンへ渡航して来たのだ。──以前の超潜航の際、ティアマトの子機が見たという難破船はこれである。

 大陸間総移動輸送超船。人も家も工場も知識も知恵も文献も文化もエクスタシーもジェラシーさえも乗せることが出来る移動船、しかしながら彼らはマリーンの大地に足を下ろすことなく海の藻屑となってこの世を去っている。

 ──ドゥクス・コンキリオ。リ・テラフォーミング隊に所属していたマキナが、もはや死体を埋める所すらなくなった土地から新天地を夢見て命からがら渡ってきた人類を"皆殺し"にしてしまったのだ。その理由は不明である。

 つまり、今日(こんにち)の『ウルフラグ』はその技術者集団とその親類たちの子孫であり、私たちと手を組むことになった人間たちも、無念の死を遂げてしまった先祖を持つその子供たちであった。

 もう二千年近くも前の話である。けれど、私にとっては"生まれたばかりの頃"の記憶であり、彼女たちにとって何ら継続性はないがこちらにはあった。だから、いくら白い髪を持つ─このマリーンにとって─珍しい女の子に謝ってもらったからといっておいそれと信じることができなかった。つまり怖い。

 主制御管理室から出た私たちは、ウィゴー・ヴィシャスと名乗った大男を先頭にして備品庫へ向かっている。その体格はさながらファイターベアーのようであり、手元に刺突剣が無いことに不安を拭えなかった。


(あの時の仮想世界は楽しかったな〜……いやいや、今は人命救助が先)


 リリルト山嶺に突き刺さった大魔王の天地剣を、私たち三人で引き抜こうと躍起になっていた時が面白さの絶頂期だった。国境線を越え、世界中の王国から有能な騎士団を集め、天地剣の柄に縄をかけるだけで数十年を費やした。さらに、成長した騎士の子供たちと一緒になってまた数十年を費やし天地剣を引き抜き、リリルト山嶺周辺の街々を巻き込み魔界へ天地剣を輸送するのにさらに百年は費やした。

 返還された天地剣を見て大魔王がほほろと涙を流し、「これの何のゲームやねーん!」と魔城で三人お腹を抱えて笑い合った。

 やって来た時はニュービーだった私たちも仮想世界を離れる時は『大賢者』などという称号も賜った。天地剣に関わった国々に返礼として、所持していた武器や宝石の類いなどを送っている。もしかしたら今頃は国宝として崇められているのかもしれない。

 どうしてこんな事ばかり考えているのかというと──。


(囚われた仲間を助けに行く──まんまクエストやんけ!)


 懐かしい。アマンナさんの物言いを真似て、一人でくすくすと笑みを溢す。

 そら見てみろ、もう一人の私も腰に差していた獲物がなくなって寂しそうに手をぶらぶらとさせている。目が合った。ハフマンと名乗った女性の傍からすっと離れてこちらに寄ってくる。


「……何をニヤニヤと笑っているんだ」


「……そっちこそ。まるでクエストみたいじゃない?」


「……他の皆んなにバレたら餌にされるぞ。良く分かるけども」


「でしょ?」


 つい、周りに気を遣わず声を上げてしまった。彼がこっちにやって来るまでの間ずっと一人だったので、共感してくれる事が嬉しくその得難い存在に感謝した。

 ──けど、やはり周りはそうもいかず、耳敏く聞き付け何事かと尋ねてきた。


「い、いえ、何でもないです……」

 

「あまりヒソヒソ話は心地良くないな。君たちと私たちの間にはまだ何の信頼関係も─」「ハフマン先生、だからといってキツく当たっても意味はないでしょう?」


 小言を言い始めたハフマンをコールダーが制した。それだけで追求の空気感は去り、マントリングポールの内部へ続く採取弁を横切った、その先には別のフロアへ続く扉があった。


「あの先にあるのかな?」


「う、うん、そう。あそこは備品庫とか電算室とかがあるだけで袋小路になってるから気を付けないと」


 今度は少年のような面差しをした女性が尋ねてきた。


「それは逃げ場が無いということですか?」


 敬語口調である。少しだけ緊張してしまった。


「は、はい、取る物取ったらなるたけ出て行くことをお、おすすめします」


「zzz………」


(ティアマトーーー!何寝てんのーーー!)


 唯一の顔見知りは未だ夢の中。というかマキナが睡眠を取るってどういうことなんだ。

 お次はコールダーから質問があった──こんなにいっぺんに話しかけられるとテンパってしまうのでそろそろ勘弁してほしい!


「なるたけってどういう意味?マキナ語?」


 コールダーはタメ口だった。


「な、なるべく早くっていう意味…あ、アマンナさんという人が使ってた言葉だからつい…」


「「アマンナ?」」


 アーチーとコールダーが声を揃えた、何か変な事でも言っただろうか。


「な、何?もしかして知り合いとか?」


 アーチーが答えた。


「前に勤めていた会社にその人がやって来たことがあったんですよ。……つまりその人もマキナだったってことですか?」


「え、えーと、はい……そうなります」


 備品庫へ続く扉前に到着した、ゲートキーはポセイドンが所持しているので私の元から離れ、少しだけ肩身を狭くしながら向かっていった。──離れ際にこちらを振り向いた時、何故だか羨ましそうにしていた。何故?


「何でそう口調をころころと変えるの?」


「い、いや、別にそういうつもりは…そういうあなたもタメ口だよね」


 扉がすんなりと開き、崖のような背中を向けている男性が颯爽と中へ入っていった。余程大切な人らしい、その足取りに何ら迷いがなく恐れも感じられなかった。

 こんな状況なのにアーチーがくすりと笑みを溢し、一言だけ告げてから顔を引き締めていた。


「あなたはどこか私の妹に似ています。…行きましょう」


「は、はあ…」


 ここは仮想世界ではない、現実である。"ヴァーチャル"ではなく"リアル"、全ての行動原理においてランダム設定されたNPC、と自ら定義してもそれだけでは片付けられない"何か"を皆んなから感じていた。

 ──それを"魂"と呼ぶのか"命"と呼ぶのか、今の私には分からない事だった。



✳︎



 さっきの部屋は安全な場所なのだろうか、未だに僕の背中で眠りこけているティアマトちゃんを下ろしてくれば良かった。さすがにこれから戦うという時に誰かをおぶっている状況は好ましくない。

 来た時と何ら変わりがない廊下を進み、備品庫の前までやって来た。相変わらず扉は頑丈そうで、けれどとくにゲートキーは無いとのことなので僕にでも開けられるらしい。

 プッシュ式の開閉ボタンを片手で押し、逸る気持ちを抑えて中に入った。自動で灯るライトの明かりが入り口側から順次点灯し、埃っぽい倉庫が露わになった。

 僕と同じ高さがあるスチール製の棚がずらりと等間隔で並んでいる、この棚をどかせばスポーツができそうな広さだった。


「武器というのはどこに─」「─あっ!」


 案内してくれたマキナの二人が声を揃え、一つの棚に一目散で向かっていった。その機敏な動きに他の皆んなも付いて行く、何かを見つけたらしい。

 二人が見つけたものは金属製の剣だった。


「何それ、え、まさか本物の剣?」

 

 ライラちゃんの問いかけにも答えない、二人は子供のように目を輝かせながら剣に見入っていた。

 

「これがあれば……」


「私たちも戦える!」


「剣の扱いに慣れてるの?」


 僕の国にでは未だに剣が使われている。それは決して騎士の矜持とか、そういう大それた理由ではなく「銃を買うお金も無いからこれで戦う」といったようなものだった。

 今度は返事があった。


「慣れてるさ!俺たちこう見えてもある国では大賢者って言われているんだ!」


 出会った時からどこかよそよそしい態度が目立っていた彼が、人が打って変わったように答えていた。不釣り合いに見える顎ひげを撫で、刃を見つめながらうんうんと頷いている、余程腕に自信があるようだ。

 またまたライラちゃんが尋ねた。


「ある国って?少なくとも私たちの所であなたたちの名前を聞いたことがないわ」


「リリルト円環王国だよ!こんな所にあるはずがない!」


「な、何?り、りりると?」


「その話の前に私たちにも武器を渡してくれ」


「オーキードーキー!」


 顔が良く似ているもう一人のポセイドンちゃんがライラちゃんの手を取ってさらに奥にある棚へと向かっていった。

 二人のテンションが高くなっている、武器を見て高揚するのは戦士の証だ。これは思っていたよりも強力な仲間が加わってくれたかもしれない。


(ジュディスちゃん……)


 あの時の顔が網膜に焼き付いてしまっている。無抵抗に連れ去られて行く瞬間、普段の強気なんて微塵もなかった、まるで子供のように泣き出しそうになっていた。

 案内された棚は一般的な物ではなく、銃を収納するガンラックだった。


「好きなの使っていいよ!弾なら向こうにあるから、お兄さんの猟銃の分もあるんじゃない?」


「ヴィシャス君、君は散弾銃を持ちたまえ、そのライフルは私が預かる」


「撃てるんですか?」


「それの所有者は私だ、撃つことなら問題ない。コールダー君とアーチーさんはハンドガンを」


 ハフマンさんから指示を受けた二人が別のガンラックに向かいかけ、寸前でその足を止めた。


「──来た!」


 確かに来た、あの足音が再び僕たちを囲い始めた。それに先程よりも音が良く響く、備品庫の壁が薄いのかもしれない。

 主だった音は僕たちより後方、入り口側だった。運良く手近にあったポンプアクション式の散弾銃を手に取り構える。剣を担いだ二人が僕たちより突出した位置についていた。


「俺たちが相手にするから君たちは準備を!」

 

 自信に裏打ちされたその力強い声、彼らは戦いの時だけ己を解放するよう訓練を受けているようだ。

 備品庫の扉が蹴破られ、さらに壁や床、天井の至る所から奴らが侵入してきた。


「──っ!」


 僕と同じ高さがある棚から奴らの頭が覗いている、つまり僕より上背があるということだ。最初に遭遇した個体は僕より低かったはずだ、その変わりに手足が長く、ポセイドンくんの言う通り"索敵"や"斥候"に向いていそうな体格だった。

 だけど、目の前に姿を現した個体は違う、がっしりとした体格はライオンか、あるいはゴリラのように筋骨隆々としたものであり、確かに"攻撃型"の体格だった。

 音が良く響いたのは壁が薄いからではない、相手を殲滅することに特化した個体だったからだ。

 ポセイドンくんが中段の構えを取った、右足をほんの少し下げ重心も落としている、いつでも間合いを詰められるようにしていた。その立ち姿は堂に入ったものであり、幼少期に剣の稽古を付けさせられた立場としては感服に値するものだった。


(兄さん、元気にしてるのかな。体格ばっかり褒めて剣の腕はちっとも褒めてくれなかった)


 ポセイドンくんが床を蹴った、奴らとの距離は十メートル近くあったがたった数歩で間合いを詰めている。驚きの瞬発力を前にしてアビス・グロテスクも一瞬だけたじろいだように見えた。

 

「──我が名はネプチューン!剣聖にして大賢者なり!とくと味わ──」え?振り上げた剣に引っ張られるようにしてポセイドンくんが態勢を崩してしまった。

 

「何をやっているんだ!今すぐに──」


 遅かった、剣に振られてしまったポセイドンくんが攻撃型のアビス・グロテスクの腕を真横からもろに食らい、ボール球のように吹っ飛んでいった。少し離れた位置から嫌な音が耳に届いた、きっと即死だ。

 

「君たちは剣の腕が立つんじゃないのか!」


「いや!な、何でかな?!向こうでは──ああ!筋力不足!ちょ、ちょっと待って物理が駄目なら私には──」


 臨戦態勢に入ったアビス・グロテスクの集団の前にポセイドンちゃんが走って行った、危ないったらない。彼女は剣をゆっくりと掲げ、まさかと思ったけどそのまさかが起こった。──詠唱を始めてしまった。


「リリルト・アルケミアよ!炎の使い手はここに──「──BooWooooooッ!!」──ひいいっ?!」


 アビス・グロテスクの咆哮を前に竦み上がり、もう駄目だと思った時には足が動いていた。彼女の手を引き後ろへ、床を凹ませながら走って来たアビス・グロテスクに銃口を向ける。迷わずトリガーを引くも、


「そんなっ?!」


 金属製の表面に傷はおろか、至近距離からのスラグ弾を全て弾いていた。


「──くっ」


 まるで車に跳ねられたような衝撃が襲った。背中におぶっていたティアマトちゃん諸共吹っ飛ばされ、何かが乗せられていた棚に突っ込む。激しい衝突音に棚が倒されていく雑音、その中に皆んなの悲鳴も混じっていた。

 早く立たなければ、しかし足に力が入らず意識もはっきりとしない。頭は沸騰したように熱いのに体が冷え切っていた。

 僕の腕が何かに掴まれた、その感触は恐ろしく冷たく人のものではない、九〇キロ近くはあるこの体を意図も容易く引き摺っていく。


「……ま、待って……」


 最後に見た光景は、小さな女の子と知り合ったばかりの女の子が頭から食われる瞬間だった。

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