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第82話

.間の悪い戦い



 ──止めておけ、今の奴に自信というものは無い。触らぬ狂犬に怪我無しだ。


「お前まで俺を笑いに来たっていうのかっ!!──無能で悪かった人でなしで悪かったよ!!これでいいかっ!!ああっ?!気が済んだらとっと失せやがれええっ!!」


「──っ?!」


 弾丸のような拳をまともに食らってしまい、マンションの共用廊下に尻餅を付いてしまった。問答無用で殴った本人はこちらを見ることなく扉を荒々しく締めた。


(はあ…何で僕が…)


 それに部屋の臭いも酷い、きっと換気もろくにせず煙草を吸い続けていたのだろう。

 ヴォルターさんに殴られた僕はその部屋から離れ、古巣である空軍基地へと向かった。



「良く来た。招集に応じてくれて感謝する」


「ああ、いえ……ヴォルターさんですが、」


「その顔を見れば分かる、あの跳ねっ返りにやられたら俺でもそうなってしまうのだろうな。ブリーフィングルームに入ってくれ、今日中にここを発つ」


 皮肉が飛んでこない...?

 不思議に思いながら作戦会議室に入り、手近な椅子に腰を下ろした。

 保証局に鞍替えした僕ですら招集がかかったのは他でもない、セントエルモだ。


(カウネナナイの国王に招待されるって……一体何をすればそんな事になるんだ…?)


 調査中に何があったのか、僕を含めた他の隊員らもまだ知らされていない。おそらくその話から入るのだろうけど...

 案の定セントエルモの調査状況から入り、詳細を聞かされた皆が舌を巻いていた。


「ノラリスが…?そんな化け物を止めたっていうのか…?」

「信じられない…」

「ちょっとマズいんじゃないのかそれ、向こうが既にノラリスの事を把握していたら…」


 一人の隊員の呟きを、不思議と丸くなったガーランド大将が引き継いだ。


「その通り、どうやらあのノラリスもダンタリオンとガングニールに似た性質を持っているようだ。カウネナナイ側が知らぬはずはあるまいて、招待した折に何かしらの接触があると見て良い」


 その接触が穏便に済めば良いが、そうはならないと踏んで今回の遠征が決まったわけだ。


(それにだ、大将はウォーカーについて伏せている、それも込みでの話なんだろう)


「さらに聞くところによれば、あちらは国民投票を間近に控えているらしい。国政に巻き込まれるのも目に見えている」


 カウネナナイの内政について一人の隊員が質問した。


「その国民投票というのは?」


「現国王の執政が原因となって国民たちの生活に何れかの悪影響が出た場合のみに行える投票システムだ。一定数の投票があった場合、国王はその冠を下さなければならない。王政の中で唯一支配層に対して国民の意志を反映させることができる」


 他にも年間の死亡者が規定数に達したり、国内の流通が著しく下がった場合などの複数の条件がある。王はこれらに気を配りながら執政をしなければならず、却って国内が安定していれば王は何をしても許されるということでもあった。


「つまり今は混乱期ということ?」


「そうだ。まさか表立った接触はしないと思うが、あそこも複数の派閥に別れている。現国王を好ましく思わない連中が王の派閥を騙りセントエルモに接触するかもしれない」


 総理大臣、それから大統領から直々に要請が来たようだ。警戒するのも無理はない、あの船に乗っているのはその殆どが民間人であり、護衛艦は一隻だけだ。荒事になってしまったらひとたまりもないだろう。


「状況説明は以上だ。次に作戦の内容についてだが──」



 作戦会議を終え、一旦保証局に帰ってきた。これから局長に報告と船上生活の為に荷造りをしなければならない。

 自分のデスクに戻ってくると、出かける前にアドバイスをくれたイシカワさんがいた。


「そらみろ、遠征前に病院でも行ってきたらどうだ?」


 隣のデスクに腰をかけてニヤニヤと笑っている。


「そんな時間はありませんよ、今日中に出発するんですから」


「局長からの報告だがな、どうやらノラリスには特個体自体にハッキングする能力があるらしい。噂話が確定したってことだ」


「それは本当なんですか?」


「ああ、まだおねんねしているダンタリオンとガングニールにもその痕跡があった。ダウンしていたお陰でハッキングされずに済んだみたいだ。──気を付けろよホシ。ヴォルターの馬鹿たれがいない間はお前がやらなきゃならん」


「…………」


「最悪の事態になる前に落とせ、いいな」


「……それが保証局のやり方なんですか?」


「気に食わないならやらなくていい、他の奴がするだけだ」


「…………」


「俺はヴォルターみたいに優しくはないぞ、そんな目で見つめられても指示する内容は変わらん。仕事だと割り切れないなら他所を探せ、その方が良い」


 最もな事を言ったイシカワさんがデスクから腰を上げ、僕の返事も待たずに離れていった。



✳︎



 セレンの作戦に参加したガキ三人の雑居房を後にする。


(何に義理立てしているのか……)


 女で釣っても駄目、拷問しても駄目、その作戦に参加していたアネラ・リグレットという女について情報を引き出したかったが失敗してしまった。

 まあ、生殖は出来るんだからあの程度で良いだろう。

 腐った臭いから解放されて新鮮な風を肺に送り込む。ハリエから望むシケた海原を眺め、押し込められている館へ足を向けた。

 


 ハリエの住民どもをいなしながら館に入ると機人軍の指揮官が出迎えた。


「首尾は?」


「駄目だ、口を割りやしねえ。それに何だあそこは、臭過ぎるぞ」


 指揮官が他の者へ指示を出した、大方拷問の続きをやらせるつもりなのだろう。


「──行け。……人間の体でもどうしても臭くなる所があるだろう、それと同じだ」


「さいですか。で?ウルフラグの連中はこっちへ本当にやって来るんだろうな、奴らが動かないと計画が全部おじゃんだぞ」


「問題ない。付いて来い」


(館の主は俺なんだがな……)


 忸怩たる思いで指揮官の跡に続く。

 ハリエ島に限らず、どの島でも貴族というものは取っ替え引っ替えされてしまうが、機人軍は違う。誰がトップになろうともその場所から動かず島の防衛に徹しているのだ。だからこそ、赴任してきた俺たち貴族の連中と軋轢が生まれてしまう事が多々ある。今回は互いの利益が一致したから協力関係になったに過ぎない。

 主賓室に入るなり指揮官が言った。


「威神教会から連絡があった。王都にいるガルディアが被災したルヘイへ出発したそうだ」


「この時期に?」


「仕方あるまい。それに伴ってカイの港に入港したウルフラグの連中は暫く留まるそうだ。この空白期間を利用する手は無い、今日中に船を出す」


「あの王が無策で城を空けると思えんが。炙り出しじゃないのか?」


「ヴァルキュリアが健在だったら、な。カイの者には既に連絡を入れてある、容易く入港出来るだろう」


「それなら話が早い、さっさと行こう。カルティアンの娘をこの目で見てみたい」


「好きにしてくれ。ただし──」


「ああ分かってるさ、犯しはしても嫁にはしない。──玉座を潰そう、もう誰も座れないように」


「………こういうのは好かんのだが、まあ最後ぐらいは良いだろう」


 互いに、猜疑心に塗れた固い握手を交わした。



✳︎



「俺が何の警戒もせずに椅子を空けると思っているんだろうな奴らは。可哀想な頭だ…」


「はあ……」


「…………」


 ルカナウア、ルヘイ側に位置する港で合流したガルディア王は...何と言えば良いか、"普通"の出立ちをしていた。

 傍らにいるアネラはといえば...


(すこぶる調子が悪そうだ……いや、俺も人のことは言えんが……)


 妹を気にかけつつも王に尋ねた。


「そのようなお召し物でよろしかったのですか?フードを被ってしまうと最早ただの人ですよ」


「煌びやかな格好で弔問に行くやつがあるか」


「そうですか……」


「…………」


 アネラは会話には参加せず、ひたすらルカナウアの内湾を眺めているだけだ。

 連絡船に揺られること数時間あまり、まだまだ混乱から立ち直れていないルヘイの港町が見えてきた。ガルディア王は押し黙り、妹のアネラは溜め息を漏らしていた。


「酷い……」


「生き残ってくれただけで御の字だ。良くやったヴィスタ」


「……いいえ」


 町を押し流した波は既に引いている、だが、そのお陰で殆どの物が持って行かれてしまった。今の港町には瓦礫と更地しか残されていない、生き残った者たちは留守にしているノエール侯爵の館に滞在していた。

 哀れにも一つだけ残った桟橋に連絡船が寄せられ、王の出迎えを任せた者たちが不服そうな顔をしながらもその役目をこなしてくれた。

 桟橋に降り立った王が挨拶もせずに切り出した。


「亡くなった者たちの所へ案内してくれ」


 問答無用である。

 従者の用意も待たずに颯爽と歩き出し、俺たちも慌ててその跡に続いた。

 きちんとした居場所が出来るまではカゲリの部下たちが護っているはずだ。瓦礫を退かして片付け、比較的綺麗な所に彼ら彼女らが眠っている。簡易的な墓地の近くにはあの蜘蛛型の機体が待機していた。


「……ここです」


「ご苦労」


 王はそれだけを言ってから墓前に跪き頭を垂れてみせた。

 何と無防備な姿か、それに時間も長く、およそ十分にも及ぶ黙祷を捧げていた。

 黙祷を捧げる時間にも"上下"がある、目下なら数秒、親族などは数分、目上の者であれば五分以上が望ましいとされているが王は最も長く、そして最大限敬うように安寧の祈りを捧げた。

 王が立ち上がった。


「ヴィスタ、館へ連れて行け。そこで話がある、お前たちも付いて来い」


「は、はい……」


 傍らで待機し続けていた機体の足を叩き、中にいる者にも声をかけていた。


「良く守ってくれた、そのまま館まで来い」


 いや出るのが面倒臭いってから足を振るだけってどうなんだ。

 気にした様子も見せず、ガルディア王が先に行けと俺を促してきた。──と、武装した従者が王に近付き耳打ちをしている、どうやら王都で動きがあったようだ。

 その従者が離れた後、王がその内容を教えてくれた。


「…ハリエの軍が動いたらしい、カイの港を目指しているようだ」


「…手は打ってあるのですか?」


「…ああ、乾式ドックに入渠させている、分かったところで攻めもできんさ」



✳︎



「ダルシアン大佐、報告させていただきます!ウルフラグの船が先程技術府の造船所に入渠したと連絡がありました!以上です!」


「よろしい。引き続き監視を頼む」


「はっ!」


 元気の良い下士官がブリッジを後にした。

 ルカナウア・カイ最大の港はもう目前だ、十重二十重に伸びた桟橋には種々様々な船が並んでいる、俺はてっきり虱潰しに探すものと思っていたが...


「故障でもしたのか?技術府といえばあの爺さんの寝ぐらだろ?」


「まさか。ガルディアは初めから造船所で匿うつもりだったのだ、つまり我々を警戒をしているという事だ」


「ああ、なるほどね。で?どうやって入るんだ、流石に強硬突破は無理だろ」


「籠城戦で最も有効な事は何だと思う?ユーレット卿よ、分かるかね?」


 ハリエを指揮する男、ダルシアンがこちらを試すような視線を向けてきた。


「馬鹿にしてもらっちゃ困る──内部からの撹乱だろ?美魔女を中に放り込めばいくらでも敵を惑わせることが出来る」


「う、うむ…ヴァルキュリアの悪行を利用する、奴らに偽装した船を技術府に送り込むんだ」


「──ああ、どさくさに紛れるつもりか」


「そうだ、反旗を翻したヴァルキュリアが現れたとなれば向こうも対処せざるを得ない、それに我々は所属は違えど同じ軍、ウルフラグからしてみれば区別の付けようがない。その隙に接触してカルティアンの子女をこちらに招待するつもりだ」


 招待などと、綺麗な言葉を使っているが要はただの"誘拐"だ。そしてその後に俺たちがガルディアからの命だと宣えば両国間に決定的な亀裂が入る、それが狙いだった。


(そしてついでに未成年も抱ける……ん〜〜〜島流しにあった甲斐があるってもんだ)


 ルカナウア・カイの港に向けていた舳先を技術府へ変え、期待に膨らむ胸と股間を宥めながらその時を待った。

 技術府が所有するドックの入り口が見え始めた頃、既に展開していたルカナウア・カイの部隊からひっそりと一隻の船が姿を現した。

 ヴァルキュリアの所属を示すシンボルマークを携えたその船がドックへ真っ直ぐ進み、予定通りに盛大な警報音が鳴らされた。


「──作戦開始。以降は状況終了まで孤立無縁だ、落とされるなよ」


 偽装した船を預かる下士官へ檄を飛ばし、ダルシアン大佐が通信を切った。

 程なくして技術府に詰めていたカイの船舶が現れ状況に対応している。ここから数度の威嚇射撃が行われ、何も知らされていない船舶から本艦に対して協力要請が出されるはずだ。その後は──。


「──大佐!大佐!」


「何だ?!」


 ブリッジを後にしたはずの下士官が血相を変えて再び入ってきた。


「出て来てしまいましたっ……カルティアン家の娘が桟橋にまで姿を現しています!」


「何ぃっ?!──そんな馬鹿な話があるかっ!何で出て来たんだ?!」


「そ、それが…友達に会わせろとか…潜入させていた隊員も制止を求めたのですが突き飛ばされたと……」


「おいどうすんだよ爺さん!この後カイの船とスイッチするんだろ?!そんな所見られたらマズいだろうが!」


 ブリッジのデスクに置かれていた双眼鏡を手に取り技術府の桟橋を見やれば、確かに未成年らしき女の子を複数人で取り押さえているところだった。


(あれがカルティアンのっ──いや、あの女は何だ?……立派な胸を持っているじゃないか!)


 それに金髪、肌も白い、消えない痣を付けたくなる程白い肌をしていた。


「────…………落とせ」


「はい?」


「偽装させた船を落とせええっ!!ここで手を拱いたら我々の立場が危ぶまれる!!落とすんだああっ!!」


 ダルシアン大佐の雄叫びに幾ばくかの悲しみが込められていたのは言うまでもないことだった。



✳︎



 館に訪れたガルディア王はまたしても唐突に切り出していた。


「今からルカナウア・カイへ移動する、行きたい者は付いて来い。残りたい者は必要な生活物資を従者へ伝えるように」


 民たちの混乱など何のその、一方的に話を纏め上げていた。

 流石においそれと付いては行けないとある者が発言し、その理由も口にした。


「私の(せがれ)はあなた様を玉座から引き摺り下さんがためにカイへ行ったのです。どうして私があなた様の庇護を受けられるというのでしょう、道理に適っておりません」


 最もだった

 対するガルディア王は傲岸不遜に答えていた。


「明日をも知れぬ者たちを助けるという時に道理など構っていられない、俺は王としての務めを果たすだけ、お前たちは民としての務めを果たせ。これから町を復興するのは俺たちじゃない、お前たちだ。──立っている者は親でも使えという言葉があるだろう、今がその時だ」


 感銘を受けたのかは分からない、が、発言した者が身内と思しき人たちへ声をかけ始めた。

 だが、まだ猜疑心を拭えぬ者もいた。


「……私たちを助けるのも名誉の為じゃありませんか……どうせ利用されるのが目に見えている」


 聞こえよがしにいった暴言にも王は答えていた。


「利用するのは当たり前の事だ。ルヘイの町はウルフラグと貿易をする際に欠かせない所だ、そんな要所がいつまでもここのままというのは具合が悪い、だから助けるんだ。だからお前たちも遠慮なく俺たちを利用しろ、俺に直接言えぬのならこの二人に言え」


「……………」


「お前たちは知らなかったかもしれないが、人を束ねる立場にある者は常にこうして敵味方を分けてきたんだよ。俺がお前たちを庇えばルヘイの投票数は下がる、そしてお前たちも生きて行く上での糧を俺から受け取る事が出来る。実に分かりやすいだろう?星人様がこの状況に手を差し伸べてくれるか?──違う、どんなに困った時でも助けになるのは自分以外の他人だ、だから大切にしろ」


「…………っ」


「……すまない、もういないんだったな」


 ガルディア王がその者の肩にそっと手を置き、一つの嗚咽を聞き届けた後、静かに立ち上がった。

 


 ルヘイの者たちは概ね二手に分かれていた、今度こそ尊重されるその選択は何をもにも邪魔される事なく遂行され、来たばかりの道を戻るガルディア王の跡に続いていた。

 様々な話を聞き届けている間、やはりアネラは元気が無いように見えた。民と言葉を交わす時は微笑み、ふと視線を逸らすとみるみる覇気が無くなっていく。

 俺の補佐に付いてくれていたカゲリにその事を尋ねると、意外にも素早い返事が返ってきた。


「それは恋ですね、間違いありません」


 従者に守られながら先を行くガルディア王に「無視しないでくださーい」別の従者がそっと近付いていた。──して、あまりそぐわぬ素っ頓狂な声を王が上げた。


「ヴァルキュリアの船が落ちたあ?はあ?」

 

 ルヘイの者たちには聞かれなかったようだが俺は聞いてしまった。素早く王に近付き微細尋ねた。


「…何があったのですか?」


「…技術府のドックに現れたヴァルキュリアの船をハリエの機人軍が落としたらしい。意味が分からん」


「いや意味は分かるでしょう」


「馬鹿言え、あそこの士官共は俺に恨みがある。二〇年前の侵攻作戦に関わっていたからな」


「…………つまり、ヴァルキュリアの船というのは……」


「ただの陽動。中にいるウルフラグの連中を外に出すか、あるいはどさくさに紛れて接触するつもりだったんだ。俺もそこまで読めていたがまさか……味方を沈めることに何の意味がある?」


「いや意味なんか分かりませんよ」


「だからさっき言っただろ──ディリン家の連中を呼べ、動ける奴だけで構わない」


 あまりその命に従いたくなかったが...カゲリを呼びそのまま内容を伝えた。

 動ける者は機体に閉じ込められていた者を除いた三人、カゲリを含めると四人だった。

 王は歩きながら命を下した。


「ルカナウア・カイへ先行し、俺たちの到着が明日以降になると知らせてこい。それから技術府内にいるアマンナというパイロットに、もう必要ないから好きに飛べ、と伝えておいてくれ」


「それは何かの比喩ですか?」


「そのまま伝えろ、下手に言葉を変えるなよ」


「分かりました」


 気丈にも見え、妹のようにどこか無理をしているようにも見えるカゲリとその部下たちを見送った。

 ──いや、女性というものはこういう時こそ真価を発揮するものなのかもしれない。その背中が──考え過ぎだと自分を戒めついと目を逸らす。


(あの者たちは俺の母ではない、混同するのは流石に無礼だ)


 と、分かっていても心は言うことを聞いてくれなかった。

 カゲリ、それから何かと結婚を迫らせる部下の者が機体の装甲板に上がった時、ガルディア王がまるで思い出したかのように言葉をかけていた。


「──走行切り替え機能は使っているか?」


「──はい?走行切り替え機能?」


「パイロットに伝えろ、メインモニターの項目から切り替えを選んで好きなモードで走れると」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


「いや、俺が悪いのか?きちんとレクチャーしなかった技術府が悪いんだろ」


 すぐさま八本足が砂利の道の上で持ち上がり、中からオフロード用のタイヤが出現した。大きさはウルフラグの自動車と大差ない、それが八本も付けられているのだからさぞかし悪路も走れることだろう。


「……………」


 カゲリが無言のままガルディア王を見つめている、そしてオフロードモードになった機体が緩やかに速度を上げ、最後の最後までカゲリは王を睨んでいた。

 砂利の道を先行く二体の蜘蛛を見送り、ガルディア王が俺に向き直った。


「あいつ俺のことが好きなの?「いえ違うかと」



✳︎



(うるっさいな〜〜〜もう……)


 こちとら寒暖差で体調崩してるんだけど?


(こんな事初めてだ……というか私でも体調不良になったりするの……?気持ちが悪い……)


 あとついでにお腹も痛い、食欲もない、体も熱っぽいし寝返りをうつのですら億劫だ。

 というかさっきから何?海の方が何やら騒がしいけどいい加減大人しくしてくんないかな...

 技術府の詰所で寝込んでいた私はそっと体を起こし、小さな窓から外の様子を窺った。

 ハリエとルカナウア・カイの間に広がる海の上にはいくつかの船が出ており、さらに黒い煙も一つだけ上がっているようだった。


(そいや警報が鳴ってたな……人騒がせな……)


 もうほんとに何もする気が起きない、もう一度ベッドに横たわると遠慮がちなノックが一つ。


「また今度にしてくださーい」


 かちゃりと扉を開けて入ってきたのはマリサだった。マリサは何ともないようだ。


「大丈夫ですかアマンナさん」


「見りゃ分かんでしょ…最悪だよ」


「ああ、汗もびっしょりですね……タオルを持ってきたので拭きましょう──って何で丸裸なんですか!」


「下着すら鬱陶しい」


「いやっ──もう!」


 マリサも体調悪くなった?顔が赤い。

 手が届かない所を拭いたあと、そのタオルに私に渡してきた。


「あとは自分でやってください!」


「全部やって「──はあ?!」ほんとお願いだから全部やって、私そういうの気にしないから全部やって」


 マリサに体を拭いてもらっていると、私たちの面倒を見てくれているグレムリンが部屋に入ってきた。

 ノックという概念を知らないのだろうかこの爺さんは。


「失礼──いたたたっいたたたっ」



「ただの内輪揉めだよ、案ずる必要はない」


 外の騒ぎをグレムリンが説明してくれた。


「ハリエの軍は二〇年前の作戦で主力として参加し、その功績を認められずして配置転換を命ぜられている。当時は前王の政権下にあったが機人軍を指揮していたのは現王のガルディアだ」


「二〇年前って……まだ子供だったんじゃ……」


「ちょうど元服したばかりだ。前王シュガラスクは己が息子の台頭を恐れ、膝下の軍諸共遠方へ追いやったんだ、まさか作戦が成功するとは思っていなかったのだろうな」


「それただの逆恨みじゃん」


「まあ、そうかもしれん。だからこの騒ぎも直に収まるだろうさ。それより体の具合は?私の息子で確かめてやろうか?」


「色々と薬を処方していただいていますが一向に良くなる気配がありません」


「何と鮮やかなスルーであることか……あの不明機が関与しているのは間違いないのだな?」


「間違いないよ……あんにゃろうめが私に無理やりアクセスしてきたからこんな事になってんの」


 私もそう思うし、やっぱり疑問に思っていたらしいグレムリンがマリサに尋ねた。


「それならば何故お前さんは平気なのかね、アマンナと同じ特個体なのだろう?」


「…………さあ、私に訊かれても分かりません」


「…………」

「…………」


 束の間の静寂が流れ、また別の人が部屋の扉をノックした。部屋の外からグレムリンに呼びかけている。


「府長!セントエルモの責任者が話しがしたいと申しております!今一度ドックターミナルへお越しください!」


 返事も待たずにそのまま離れていった。


「やれやれ──あっ、そういえばそういう話だったな、忘れておったわ」


「忘れる普通?」


「ダウンしているお前さんを一目見ようと思うてな、弱っている女子はそれだけで興奮する」


「素直に様子を見に来たって言えないの?」


 歳不相応に照れた笑顔を浮かべながらグレムリンが退散した。

 根は良い奴なんだけどな...



✳︎



「──で、ダルシアンの馬鹿たれはどうしている?」


「はい、今もカイの沿岸で待機しています。偽装船の回収はいかがしましょう?」

 

「船は放っておけ、乗組員は近くに漂流しているはずだからすぐに救助隊を出せ」


「もう出しています。……あの二人は何と?」


「とくに気にした様子は無い、内政には興味が無いのだろう」


「分かりました」


「レイヴンクローにだけは気を付けろ、あいつだけは別格だと思え」


「注意します」


 それだけを言ってから離れていった。

 ドックターミナルで部下と別れた私は乾式ドックに()()しているセントエルモの所へ向かう、今から先程の騒動について説明せねばならない。


(あれは読めん。まさか目星の人間が表に出てくるなど誰が予測できる)


 作戦に遅滞はつきものだ、これから挽回すれば良い。

 ガルディアには悪いという思いはある、ここまで潤沢に資源や人材を使わせてもらっておきながらその寝首をかかせてもらうのだから。

 しかし、時というのは必ず移ろい行く。どの方向へ"投資"するかは自分で決める事だ。

 私もダルシアンの構想には概ね賛成だった。


(王政の撤廃、市民権の強化、貨幣制度の撤廃、無人政治組織の樹立…言わんや市民の一人一人が無意識の為政者に…か)


 良くもまあ無い頭で考えたものだ。

 まだまだ寒い屋外のドックからセントエルモの船へ、欄干を伝って船内に入る。手近にいた者を呼び止め責任者を集めるようにと伝えた。

 ──して、集まった者たちへ私はこう説明した。


「──演習?」


「さよう、昨今何かと海が騒がしいものだから我々も対応力強化の為に軍の懐を借りて演習しておったのだ。だから何も問題は無い、案ずるな」


「まあ……それなら。すまんがそういうのは先に言っておいてくれないか?こっちは荒事に慣れていない奴らばっかりなんだ、たださえ異国の土地で閉じ込められているってのに、もうちょい気を配ってくれないか?」


 意外とすんなりと理解してくれた、またぞろ文句を言うかと思ったが──簡単に引き下がったのには理由があった。


「あい分かった」


「あそう?なら外に出してくれ、息抜きがしたい」


「は?」


「カウネナナイの土地を踏ませてくれって言ってんだ」


 レイヴンクローの表情になんらおかしな所はない、純粋な興味を持っているようだ。


(うう〜〜〜ん……ガルディアから何があっても外に出すなと言われておったがそれはハリエを警戒しての事だし何なら私がその内通者だし……かといってこの女をこのまま閉じ込めておくのはさすがに怖い。猛獣の隣で奸計をめぐらせるのはちと度胸がいる)


 傍にいるのは初々しい女艦長と他の乗組員らだけ。つい──本当につい口を滑らせてしまった。


「ナディ・ウォーカーは何と言っておる?外に出たいと申しているか?」


「何でそこでうちの娘が出てくるんだ?」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「そりゃっ……先の騒動を鎮めた本人だからな、人目に触れるとなれば騒ぎにもなる。それに元はと言えばカルティアン家の一人娘だ、慎重にもなる」


「……ま、他に希望者がいないか聞いて回ってみるよ」


 あーーーっ!そう尋ねれば良かった...

 今の一言で何かしらに勘づいたレイヴンクローが言葉を重ねてきた。


「もし外に出ても良いってんなら、案内役はこっちで選ばせてくれ」


「………理由を尋ねても?」


「ゴタゴタはそっちでやれって意味だよ」


 背中からドバドバと、ここはサウナですか?と言わんばかりに汗が流れている。


「ま、そ、いや、そもそもお前さん、案内役を選べる程詳しくないだろう?まさか知り合いが──」


「ご明察。ブリッジから見えたんだよ、陸軍にいたあの女がな。ま、私も事情を抱えている身だ、そっちもやんごとなき事情があるだろう。ここはお互いに目を瞑るためにも、な?取引きしようぜ」


 気安く肩を叩いてきた。先程まで紅茶でも嗜んでいたのか薄らとその匂いが鼻をついた。

 情けなさで怒髪天だが私の息子も別の意味で怒髪天になりそうだった。本当に正直である。


(またしてやられたわっ!!)


「………好きにせい、案内役にはマリサを付かせる」


「心配すんなって、せっかくカウネナナイまで来たんだから観光をしたいだけなんだよ。下手すりゃ一生涯ここに来られなかったかもしれないんだから」


「──……まあ、それは確かにそうだ。好きなだけ見聞を広めてくるがよい」


「ああ、そうさせてもらうよ」



✳︎



「大佐……セントエルモが船から出て来ました……どうや王都へ繰り出すようです……」


「──何を考えているんだ本当にっ!!あの騒ぎの直後に外へ出るか普通っ?!信じられないっ!!」


「おい大佐、ここは一旦引き上げようぜ、どうにも雲行きが怪しい」


 偽装船に乗っていた連中も可哀想だ...だからといって見逃してしまうと後々ややこしくなってしまう。ダルシアン大佐の判断は非情だが最適解だった。

 

「──駄目だ、今日を逃せばこんな機会は二度と巡ってこない。カルティアンの行方は分かるか?」


「それが──」


 技術府のドック内でも警戒色が高まり、おいそれとウルフラグに接触するのが困難になっているようだ。

 グレムリン侯爵が人を選別し始め、潜入させていた連中を外へ追いやったらしい。

 じゃあ外出も規制しろよと思うが...


(向こうも陽動をかけてきた……?俺たちの企てに気付いたっていうのか……?──いや、それかもしくは内部からの裏切りか……)


 機人軍も一枚岩ではない、ダルシアン大佐の目論見通りに動くのが嫌になった連中もいるかもしれない、何せ目の前で味方が撃たれたんだから。

 それにあそこは技術府の中枢、媚を売るには良い所だ。


(俺も引き際を見極めないとな……要らぬとばっちりを食らう羽目になるぞ)


 進退を求められたダルシアン大佐が答えた。


「──我々も街へ入ろう、カルティアンが何処にいるのか突き止めないといけない」


 ゴー、だった。

 それにも理由があった。


「いずれカウネナナイの近海にウルフラグの軍が展開するはずだ。荒事になってしまえばいよいよ手出しがし難くなる。ここは何としても奴めを回収してガルディアの汚点を作るべきだ。それに幸い今は不在だ、王都に帰り着くのにもまだ時間がある」


「行くね〜そんなにガルディアが憎いのか?」


「ガルディアだけではない、今日まで冠を被った輩が憎い」


「さいですか。──確認なら俺にやらせてくれ、女を見る目には自信がある、わざわざ接触しなくても遠くから見抜いてやるさ」


「──英雄は色を好むと言うからな。信じよう」


「そうと決まれば俺たちも乗り込もう、教会の連中もスタンバってくれてんだろ?」


「言われなくても」



 大佐自ら、それと俺から複数の下士官を連れて入った王都はとんでもない騒ぎになっていた。


「カルティアン家の返り咲きの日は近い!まさしく不死鳥の如く蘇った!ラインバッハ家とカルティアン家の一騎討ち!さあさあ!どなたでも投資してください!掛け金はこのカイ商工が責任を持って──」


「何だあの騒ぎは……」


 まるで祭りだ、老いた若いのも関係なく街にいる人間が金を握りしめて行ったり来たりを繰り返していた。

 通りの看板には二人の顔が張り出されており、どちらが次の玉座につくか?!と見出しも書かれていた。


「いいねえ〜俺も賭けてみようかな」


「……それが目的ではない。行くぞ」


「はいはい」


 人混みに紛れ、技術府へと続く主要な道をひた歩く。ここで待ち構えていれば高い確率で奴らと鉢合わせるはずだ。

 この国で一番綺麗で豊かな街、ルカナウア・カイ。そしてこれらの景色を眼下に収めているのは王が住う城である。


(全くもって気に入らない)


 有象無象の人の頭の先、市民ですら権威を示すように拵えた急勾配の屋根の向こう、そこに王の城があった。

 堂々たる佇まいは何ら疑うことなく己が権力に傾倒している、そんな風に見えた。


(あの城がこれからただの集会所に成り果てるってんだ。胸が高鳴るね〜)


 いつの世も時代を動かすのは俺たちのようなろくでなしだ。この余りあるハングリー精神が先行き世間を困らせ、そして世間は俺たちに対応せざるを得ない。

 ダルシアン大佐の構想は話し半分も理解できなかったが、まあ、後のことは後の連中がするだろう。俺たちはただ道を作れば良い。

 ──そう、こんな風に。


(いた──あれだな、間違いない)


 お付きの人間に何やら説明を受けながら、おっかなびっくりの足取りで歩く一団。その先頭に立っているのはカルティアンの娘を抑えていたあの女だ。


(胸もそうだがあの歳の割には綺麗な首筋はなんだ──ああ、抱かれたことがないのか……)


 一団の数は少なくはない、ざっと見積もって十数人というところか。数の上では俺たちが負けているのでここで掻っ攫うのは無理そうだ。


(目星の人間は──)


「どこを見ている?」


(ぎりぎり間に合った)

 

 俺の様子に気付いた大佐が声をかけてきた。そして俺はこう答えた。


「…見ろ、あの中にいる」


「……っ!……本当に出ていたのか。まあいい、あの中にいるんだな?」


「間違いない。どうする?このまま突撃するのはさすがにマズいぞ」


「そんな事は分かっている。──最後に聞くがルイマン卿よ、あの中にカルティアンの娘が間違いなくいるのだな?」


「そうだと言っている」


「その言葉、何に誓う?」


「──カウネナナイの未来の為だ」


 ルカナウア・カイを観光している御一行に教会の信者が近付いていった。見る限り街に不慣れなので良ければ案内しましょうか、と丁寧に申し出ているはずだ。後は付近の教会に連れ込み──のはずだったが...

 先頭に立っていたあの女がそれを断っていた、信じられない。信者が何とか言い募っているがさらに信じられないことに...


(…あれは本当に人なのか?)


 奴は善意の申し出に対して何かを投げつけそれに応えていた。顔面に何かを投げつけられた信者は茫然と立ち尽くしている。


「……おい、今のは何だ?あれは本当に人なのか?」


 大佐も驚きを隠せないようだ。


「初めての土地であんな事するか普通、どっちが野蛮人なんだよ」


 それでも健気に落ちた何かを拾い上げ、不用心にもこちらへやって来た。見られたら厄介だが拾った物が何なのか気になった。


「おい、大丈夫か?」


 線が細い、いかにも幸が薄そうな女だ。この俺でもあそこまでの暴挙に出ることを躊躇うような、そんな相手だった。

 女は何も言わずに手のひらを見せてきた。それは過去に数度見かけたこたがあるウルフラグの貨幣だった。


「これは向こうの……何て言われたんだ?」


「……金が欲しけりゃタダでくれてやる、と」


「………」


 大佐は絶句している。


「いや、良くやった。すまんが今日の事は忘れてくれ……すまなかった」


 何の慰めにもならないが、そう言う他になかった。

 女は軽い礼をした後そのまま立ち去った。


「とんでもないトラウマを植え付けさせてしまったな……さすがの俺でも同情するよ」


「──良い、これで手心も無くなった。ルイマン卿、予定通り教会の礼拝堂で待機していてくれ、奴らめは私と部下で引っ張ってくる」


「出来るのか?」


「ああ、技術府のグレムリン侯爵から連絡を受けたと伝えて教会まで案内する。先の騒動も目の当たりにしている事だし、国防上の観点から身体検査させてほしいとでも言えば断れまい」


「だったら最初からそうしろよ」


「切り札は後から切るものだ。では、頼んだぞ」


「ああ」



 ダルシアン大佐らと別れ、通りの外れ、比較的に港から近い位置にある威神教会で待っていること半時間程、大佐が一人で帰って来た。


「──おおい!一人じゃねえかっ!!……何があったんだ?何をされたんだ?」


「……………」


 被りを振り続けているだけで何も答えない。それに良く見やれば、軍人にとって全てと言っても過言ではない星雲勲章が無くなっていた。


「──身包みまで剥がされているじゃないかっ!!あの女か?あの女にやられたのか?!」


「あれは悪魔だ……人でなしですらない、あれは悪魔の類いだ……」


 誰もいない礼拝堂に胡座をかき、大佐が何をされたのか語ってくれた。

 最初はこちらの意のままだったらしい、さすがに軍の人間に検査をさせろと言われたら向こうも断る術がなく、あと少しのところだったようだ。だが、あの女が唐突に大佐の手を掴み鼻を近づけて匂いを嗅いだそうだ。


「あの硬貨に香水がふられていたんだ……」


「────」


 確かに大佐は信者の手から硬貨を摘み上げていた──。

 後は怒涛の展開が待っていた。

 あの女がすぐさま教会の信者と結託していた事を見抜き、何が目的なのかと詰問してきた。それに答えるわけにもいかず大佐が黙っていると女が王に謁見した時にこの事を話すと言い出した。

 勿論大佐は言い返した、教会の信者から異国の人間に金を投げつけられたと相談を受けたと話し、身体検査の件も踏まえて事情を窺うつもりだったと。

 すると女が、だったら何で最初からそう言わないんだと反論し、背後に控えていたある女に話しを振ったそうだ。カウネナナイの軍は教会から相談を受けたり一方的な身体検査をするのか、と。その女が──。


「公爵の下にいたマリサという女だった……」


「────」


 マリサが、自分では答えられないので連絡を取って確認しましょうかと返してきたらしい。

 この時点で大佐はパニックに陥ってしまい、返す言葉を失ったそうだ。そして女が腕を伸ばし、大佐の位に就く人間にしか身に付けられない星雲勲章に手をかけこう言ったそうだ。


「……王に謁見するまで私たちの身に何も無ければ、この勲章を落としていった人に街で助けられたと言って返す。ただ、もし私たちの身に何かあればその時は……何もやましい事がなければお付きとしてお前の部下をこっちに付けろ、と。……それで良いとしか言えなかった………そのまま勲章も取られてしまった……」


「────…………悪魔そのものだ」


 物事を見抜く頭の回転の速さ、こちらの言い分に従わせる非情な交渉術とその度胸、そして何より他人を安易に信じないその慎重さ。

 

「──大佐、相手が悪かった、ここは引くべきだ」


 俺は一縷の望みをかけて()()をかけた。


「──いいや駄目だ、駄目だ駄目だ!ここまでやられて引き下がれるか!我々はもう崖の上に立っている!後は突き進むだけだ!」


(よ〜しよし……そうこなくっちゃ)


 礼拝堂で大佐が立ち上がった、見るからに血道を上げている。

 勲章も部下も取られた男が目的と手段を違え、声高に宣言した。


「──ガルディアの寝首をかかんとする不届き者として捕らえる!迅速に行えば露呈する事もないだろう!──ルイマン卿よ、船に戻るぞ!」


「はいはい」

 

 笑みを隠すのに苦労した。



✳︎



 たったの数時間、本来であればルヘイからルカナウア・カイには半日以上の時間を要するのにこの便利機能のお陰でたった数時間足らずで王都に到着してしまった。


「…………」


「あれ、外門が空いてるね」


「…………」


 部下の言う通り開けっぱなしになっている外門に向かい、詰所にいる門番に言伝を依頼した。


「ディリン家の者だ。国王陛下の帰りが明日になると王室へ伝えてほしい」


 やたらと酒の臭いがする門番が私、それから背後に控えているスパイダーへ胡乱げな視線を投げかけた後答えた。


「ディリン家は解体したと聞いたんだがな」


 信用されていないらしい。


「技術府にいるアマンナというパイロットにも言伝を預かっている、疑わしいのなら確認を取ってくれ」


 何で俺がと、ぶつくさ文句を言いながら古くさい受話器を取り上げ、もし嘘だったらこの場で取り押さえるとまで言ってきた。

 しかし、取り押さえられるような事もなく、それどころか今すぐ技術府に向かえと言ってきた。


「何かあったのか?」


「グレムリン府長がすぐに来いとさ。というかだな、何でさっきからタメ口なんだ?」


「敬う所がどこにある」


 痛恨の一撃を見舞い背後に控えていた部下たちを促した。机に突っ伏して呻き声を上げている門番の前を通り過ぎ、何日ぶりかになる王都へ入った。


「さっきの門番ちゃん可哀想、八つ当たりは良くないよ若頭」


「……──そもそもきちんと説明をしてくれていたらあんな事にはならなかったかもしれないのにあのクソ王のせいで「怖い怖い」

 

 一頻り文句をぶち撒け王都の街へ続く街道を走り切ると、お祭りの雰囲気に包まれている街が出迎えてくれた。


「何じゃこの騒ぎ」


「堂々と入って大丈夫?この機体に怯えたりしない?」


「大丈夫じゃない?誰も気付いてないっぽいし」


 と、言ったのも束の間、馬車の乗り場にいた人たちがスパイダーに気付いてそれこそ蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。ルヘイの人たちとは大違いである。

 パイロットを務める部下が今さらのように前足を持ち上げて挨拶している、今度は馬が逃げていった。


「よし、さっさと行こう」


「若頭がどんどん図太くなっていく。体は小さいくせに」


「その文句今言う必要あった?」


 ルカナウア側の外門から技術府側の外門までは街を突っ切る必要があった。歩く度に人の姿が消えていく様をスパイダーの上から眺める、段々怖くなってきた。


「これもしかして機人軍が来たりするのかな?」


「今さら」


 来た。王都の守備隊が早速やって来た。先頭の集団は"強化スーツ"とやらを着込み、人の手ではおよそ持てない大砲を構えていた。


「止まれっーーー!!」


 悪ノリし易い部下の一人がスパイダーの大砲を構えたものだからさらに向こうを驚かせてしまった。


「こ、この国賊めが!王が不在の時にっ!」


「ま、待って待って!──こら!今すぐ止めろっ!!」


 外からハッチの開閉ボタンを押して怒鳴った。スパイダーがしゅんとした様子で大砲を下げ、逆にこの一連の流れが良かったらしい。

 守備隊はまた機体が暴走するんじゃないかと怯えていたらしく、私たちの制御下にあると見てすぐに緊張の糸を解いてくれた。


「そういう事なら事前に連絡しておいてくれないか?今は街が人で賑わっているから俺たちも対応せざるを得ないんだ」


「す、すみませんでした……」


「ハリエ側の外門まで付き添ってやる」


「お、恩に着ります……」


 守備隊も同行してくれたお陰でその後の混乱も無く、遠巻きに眺めていた人たちも少しずつスパイダーに近付き観察を始めていた。

 特個体に次ぐ国防の要である、外観こそ蜘蛛の形をして威圧感が凄まじいが、味方となれば寧ろ頼もしく思えるのだろう。

 口々に誉めそやす街の人間を複雑な気持ちで眺める。ヒウワイ様は──。


(暴徒にやられてしまったというのに……)


 それが今度はどうだろうか、見事な掌返しで近寄って来るではないか。


(人ってこんなものか。私も案外そうかもしれない)


 ──リン様。


 それからは平坦な気持ちで人々を眺めた。

 太々しいお年寄りから立派な服を着ている子供たちまでスパイダーを見つめ、顔を曇らせたり輝かせたり、今すぐ追い出せと言ってきたり自分も機体に乗せてほしいとせがんできたり、実に様々な反応だった。


「若頭ーあそこー」

 

 二機目の外装板に乗っている部下が通りの向こうを指差してきた。王都で最も栄えている中心部であり、お店も人も馬車も一番多い所だ。

 その道の外れにフードを目深に被ったいかにもな集団がおり、何やら機人軍の指揮官と言い合いをしている様子だった。


「あれが何?」

 

「肌が白かった、もしかしてウルフラグの人たちじゃない?お忍び的な?」


「悠長な。遊ぶお金とか持ってるのかな」


「心配するところがそこなの?」


 言い合いを続けていた指揮官が騒ぎに気付いてこちらに視線を向け、途端に固まっていた。何故?しかもそのまま集団に背を向けて去ろうとしているではないか。先頭にいた人間が指揮官に対して何かを投げつけ、さらに集団の中にいた軍人二人の尻を蹴り上げて追いやっていた。


(あれは一体どういう状況なんだ?)


「………王都ってほんと色んな人がいるね」


「関わっちゃいけない人の方が多いけどね」


「確かに」


 悲しい人生観を互いに語り合ったところでさらなる騒動が発生した。

 背を向けて逃げ出したはずの機人軍の指揮官が強化スーツを着込んで現れたのだ。付近にいた人たちがただならぬ気配を感じにわかに慌て出す、誰かが「これだから祭りは嫌いなんだ!」と叫んだ声が印象的だった。

 同行していた守備隊の人も「またか!」と嫌そうにしながらその集団へ行こうとしたのでそれを止めた。


「私たちが対応しますので。──ぱららいずとやらで撃って」


 部下に指示を出す、間髪に入れずに大砲から小さな大砲がにょっきり生えてすぐさま発砲していた。


「何の躊躇いもない」


 被弾した指揮官が瀕死のカエルのようにひっくり返りそのまま動かなくなった。


「射殺したのか?!あれでも一応は軍の指揮官だぞ?!」


「いいえ、麻痺させて動けなくしただけです」


 そこかしこからおおっ!というどよめきが起こり、スパイダーの有用性をまた一つ証明できたようだった。

 そんなこんなでハリエ側の外門に到着する頃合いには大行列が作られており、実に無責任な人たちに見送られながら私たちは王都を後にした。

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