第78話
78.視野狭窄
名はニクス・サーストンという。
とにかく目利きが優れた男で、また商いの才にも恵まれていた。見つけた物は何でも売れて、どんなに気難しい相手でも商談を成立させて次々と財を築いていった。
一見すると出来た男だがその実度し難い"変態"でもあった、とくに造形品には目がなくどんなに不出来な物でも(※女性限定)買い取り自身のコレクションとしていた。
ある日の事だった、ニクスが当時の研究室に現れて前口上もなくこう言った。
──カウネナナイに渡る気はないか?
──カウネナナイ?何故ですか?
──きっと気に入ると思うぞ。お前にうってつけの女がいるんだ。
その当時は女などに興味は一欠片も無く研究に没頭していた。そんな私を見兼ねたニクスが気を遣って声をかけてくれたのだ。しかし、若い時分という事もありつい口論になってしまい、それなら女の良さを語ってやろうと言われてしまった。
それが仇となって私も度し難い変態に進化したわけだが、それまあ良い、お陰で生きていく上で必要な娯楽を得られたわけなのだから。
カウネナナイに渡る為にはある条件があった、全ての財と知恵を捨てる事だった。
誰が行くものかとさらに口論になってニクスとはそれっきり、ウルフラグで会うことは二度となかった。
それから時を置かずして私はウルフラグ政府から招聘されてある相談を持ちかけられた。
──特個体の専属研究者になってもらえないだろうか?
──特個体とは?
──カウネナナイが占有していた機体の総称だよ。こちらにもそのプロトタイプが回ってくる事になった、しかしながら我々には何の知識も経験も無い。そこで人間工学とロボット工学を生業としている君にこの案件を預けようという話になった。
──何故私なのですか?
──ニクス・サーストンと懇意にしているのだろう?彼からの紹介だよ。
あのくそジジイがと、毒を吐いたことは今でもハッキリと覚えている。
それからまた日を置かずしてろくでもない男を紹介された。その男はとにかくだらしがなく、金に疎くて良く女に手を出しては問題ばかり起こしていた。ただ、身体能力が一際高く当時の国防軍の中でもトップクラスの実力を持っていた。それだけの男だった。
紹介された理由は明確で、軍内部でも扱いに困っていたその男を特個体のパイロットに仕立て上げてほしいというものだった。体よく厄介払いされたというのにその男もまたあんぽんたんで、選ばれた事を都合良く解釈しそれをネタにしてまた女を引っかけにいって...奴と言葉を交わしたのは二、三度ぐらいではなかろうか、あまり記憶に無い。
何度か奴の尻拭いをさせられたり、事前に渡された特個体の仕様書を眺めてはオーガズムを得たりと、遅々とした日々を過ごしてついにあの日を迎えたのだ。
カウネナナイから海を渡って到着した特個体はまさに神の如く、人体を模した述べ十数メートルの機体は私にとって人生の全てとなった。
並み居る他の研究者の追随を許さない程、私は特個体の解体に没頭し後に首席研究者に選ばれ一つの"答え"に辿り着いた。
無理だ、と。人の頭だけでは一から十まで解体出来ないと知った。絶望したものだ、私が望んだ物は手に入らぬと、この手で"人なるもの"を作り上げるのが夢だった私にとって特個体は大きな壁となって立ちはだかった。
その時だ、どうしようもないあのろくでなしが手を貸してくれたのだ。
二、三度のうちの会話だ、これだけは覚えていた。
──あんた、女が怖いと思った事はないか?
──何だいきなり。
──オレは怖いよ。いくら股を開かせても愛の言葉を囁かせても怖い、つまるところオレは女という生き物を信じ切れないんだよ。
──それとこれと何の関係がある?
──関係あるさ。この機体のブラックボックスに触れようってんだろ?オレみたいなろくでなしにピッタリじゃないか。女と寝る時はいつも命懸けだからよ。
──何故そうまでして求める?普通は逃げ出すぞ。
──気持ちが良いんだよ、未知に触れた時のあの快感はまさしく男の生き様だ。だから止められない、どんなに後悔してもまた求めてしまう。
男という生き物は刹那的な快楽の為に命を懸けられる、否、得てして男というものは普遍的なものに興味を抱かず常に自身を刺激してくれるものにこそ目を向けられるのだろう。
寝台に横たわった男が目蓋を閉じ、ただカウネナナイの真似事を実行した。これだ、この機械と人を繋ぐという行為に何ら信憑性を得られず、また安全性の確立も出来なかった。だからこそ研究が止まったと言えよう。しかしながら、後にオーディンと名乗るようになったろくでなしが実験に成功したからといって研究が進んだわけでもなかった。
私は悩みに悩んだ、あのろくでなしが特個体の秘部に触れられたんだ、自分にでも出来るのではないかと悩みに悩んだ。自身もブラックボックスに触れねばならぬと思い込み、捨て身に近い実験こそ願望成就の近道だと視野狭窄に陥った。
──そして、ニクスが言った条件を思い知る事となった。あの目利きが優れたド変態商人は私がこうなる事を予見してカウネナナイで女まで見つけていたのだ。股間が下がらない、いや、頭が上がらない。
(もうそろそろ息抜きもよいか……)
ルカナウア機人軍所属の強襲揚陸艦から望むルカナウアの島は今日も今日とて平穏だ、私が初めてカウネナナイに渡った時から何一つ変わりはしない。
甲板から船内へ足を向けると、ちょうどあの二人が表に出てきたところだった。
「──いやさっぶ!うぅ〜さみぃ〜」
「アマンナさんが外に出ようと言ったんですよ?」
アマンナとマリサ、元はデューク公爵の下にいたのだが国民投票の機運が絶頂に達するこのタイミングで鞍替えとなった。元よりあの男から次の投票までの間と言われていたらしい。
(いかんいかん、策略を巡らすのは私の本分ではない)
しかし、あれが本当に機械仕掛けの人形なのだろうか?未だに信じられない。仕草も言葉遣いもその思考の偏りも人間のそれである、とてもじゃないが人工物には一切見えなかった。
私の熱い視線に気付いたマリサがぽっと頬を染め上げた、照れたわけではない寒いからだろう。
「休憩中ですか?」
そう、気さくに声をかけてきた。
「ああ、調査に赴いても新型艦の開発は進んでおるからな、図面と格闘していたよ」
遅れて気付いたアマンナが頭の裏で手を組み「ありゃりゃ」と呟いた。その呟きの意味は分からんが、上腕二頭筋から大胸筋が引っ張られて持ち上がった二つの乳房から目が離せなくなった。完璧な造形だった、あれの体を開発した研究者は間違いなくおっぱい好きだ。
「……何が、ありゃりゃなのかな……?」
おっぱいから目を離さずそう尋ねると肝が冷えるような答えが返ってきた。
「グレムリンなら、ベッドの上でならいくらでも格闘できるのだがね、とか下ネタ挟んできそうなのにそれすら無かったからよっぽど疲れているんだろうって」
「そうですか?アマンナさんの胸ガン見してますよ」
「─っ?!」
「ああいやいや!目の保養にしておっただけだよ!「それ言い訳になってませんからね?」……おっほん。それでは失礼させてもらうよ」
本当はそっちから艦内に入りたかったんだが...別の入り口を目指してもう一度踵を返した時、いじらしくも自分の胸を隠していたアマンナが話しかけてきた。
「私たちについて何も聞かないの?」
「──それはどういう……」
──ああ、確かに怖いな、あのろくでなしの言う通りだ。
「マキナについて興味があるんでしょ?私たちは厳密に言えば違うけどそれと似た存在だし、ある程度なら開示しても良いかなって思ってるんだけど」
口調は柔らかい、言葉もこちらに対する歩み寄りを感じる。が──。
(何だその目は…………)
目元が異様だった。感情があるのかないのか、私を信用しているのかいないのか、探っているのか引き出そうとしているのか...
詮ずるところ何を考えているのかさっぱり分からない、そんな目つきをしていた。
「………事が終わってからにするさ。今は頭の中が他の事でいっぱいなんだ」
「ふ〜ん………」
値踏みするような視線から逃れ、今度こそ艦内を目指して歩き始めた。
あの男、よくあんな生き物を相手にやっていたものだ。
✳︎
ナディさんが隊長を務めた救難隊、あるいは捜索隊は無事に全員が戻ってきました。それこそ英雄のように皆さんが迎えられ、帰還した次の日には学校の多目的ホールにて表彰式も挙行されました。
吉報ばかりではありません。今回の事件で亡くなられた方は数十名に及び、中には候補生の親族もいらっしゃいました。ホールの壇上に立たれたガルー・ガーランド大将は日に日に険しくなっていく情勢を見据え、どうか在学中に国民を守る術と心構えをいや増して身に付けてほしいと、そう仰っていました。
そして、次の調査が決定しました。ラハムはまだまだカリキュラムを終えていませんが次回も同行するようにと指示が下り、今日の講義を中締めとして明日から出航する運びとなりました。
以前のラハムならナディさんを独り占め出来ると喜んでいたことでしょう。しかしながらラハムの胸と鞄は重たく、また足取りも重たかったです。
何故なら、今日までラハムのお弁当を楽しみにしてくれていたご友人が誰も受け取りに来なかったからです。いつものメンバーもラハムの傍にいません、多目的ホールから一人で講義室へ向かっています。
(あっ……)
前方のグループにナディさんを見つけました。来た当初と打って変わって色んな人に囲われています、傍にはあの怖い候補生の姿もありました。
声をかけようかと思いました、けれどやっぱり止めてラハムはひっそりとその跡を追いかけました。
(今さらどの口で……)
どうしてなのでしょうか?どうしてラハムのご友人は誰も傍にいてくれないのでしょうか?
教わった言葉を思い出します。「人の心ほど移ろいやすいものはない」、ええ、きっとそうなのでしょう、けれどラハムは別に心当たりがありました。
講義室に入っていつもの席に座ります、まるでラハムが来た時のように誰も視線を合わせてはくれませんでした。また振り出しです。
(お弁当なんかで釣っていたから……我が身可愛さに注意もしてあげられなかったから……ラハムが築いた関係はその程度だったという事です)
ちょうど良いではありませんか、また明日からラハムもここを離れるのです。そう言い聞かせて始まった講義に集中しました。
✳︎
今日でちょうど二週間、予定通り明日からまた調査が始まるので学校通いは今日で終わりだ。最初の頃は嫌だったけど、こうして終わりの時を迎えると人間不思議なもので名残惜しい気持ちになった。
初めての講義で私を庇い、そした捜索隊の副隊長を務めたシズクは朝から機嫌がすこぶる悪かった。でも、私の傍から離れようとしなかったので好意的に解釈するなら向こうも別れを惜しんでくれている──のかもしれない。
表彰式の折、ガーランドさんが言った事は胸に刺さっていた。「命を守るという事は命を懸けるということ、一度銃を握れば君たちはもうただの市民ではなく戦士になる。トリガーではない、戦士の本質はその想いにある」──だったと思う。
本質は武器を持つかではなく、その想いにこそあるとガーランドさんが言った。
(果たして私にそれだけの想いがあるんだろうか……どうせならって気持ちの方がまだ強い)
どうせ特個体に乗るんだったら戦う術も覚えておいた方が良い、それが私の動機だった。
◇
講義を終えて次の講義までの時間にその人たちはやって来た。ラハムが在籍している将校兵科の人たちだった。
どこの学校でも別の候補生がやって来れば目立つもので、私より先にシズクが気付いてオラオラと威嚇をしに行った。
「や、あの、用事があるのはウォーカーさんで……」
「だから何の用って聞いてんの。あんたあいつのこと馬鹿にしてなかった?色ボケピンクのグループにいたろ」
「ちょっとシズク。──私に用事って何ですか?」
ぐいと押し退けて割って入った。
「いやその……ラハムってウォーカーさんの……パートナー?的な立場だったんですよね」
「そうですけど……ラハムから聞いていなかったんですか?」
ふるふると小さく首を振った。
「私の友達から教えてもらって、ラズグリーズのパイロットを一緒にやっつけたって……」
「やっつけたというか……」
脳裏にヴォルターさんの顔が浮かび、胸がちくりと痛んだ。
ふむふむと話を聞いている間に時間が来てしまったので一旦お開きにし、お昼休みの時にもう一度会う約束をした。
(あんにゃろめ〜何を考えているんだ〜?)
友達を心配させる事に何か意味でもあるのだろうか?
✳︎
(あ、いたいた。想像通りの凄い不幸オーラ)
ま、放置安定だけど。
昨日の一件から抜けていた講義の穴埋めをし、ナディに誘われたので食堂に来てみれば案の定であった。
絶妙な位置に座っているラハムは一人だ、一人でこれ見よがしに食事をしている。そして少し離れた位置では初日と打って変わって結構な人数にたかられているナディがいた。
あれはあれで面白くないのだが仕方ない、私の恋人は魅力の塊なんだからその他大勢も惹きつけてしまうのだ。
芋女と話し中だったナディではなく別の芋女が私に気付き、気安くも手を振ってきた。
「コールダーさん!」
他のテーブルに着いていた候補生らが私を見やる、良いように使われたとイライラしながらもそのテーブルに向かった。
「あ、ごめんね急に。忙しい?」
「別に。それで話って何?」
ざっくばらんなやり取りをしている私たちを見て他の芋女たちが呆気に取られている。──まあ、こんな程度で優越感を得ている私も似たり寄ったりなのかもしれない。
尋ねた話の内容は意外にもラハムについてだった。さらに聞けばいつものグループメンバーからナディにその話を持ちかけたらしい。
ふむふむと聞いていくうちについラハムの事を睨んでしまい、向こうに気付かれる前についと戻した。
意見を求められたので正直に答えてあげた。
「そこまでしなくて良いんじゃない?」
「えっ……」
私の返答が意外だったらしい。少し離れた位置で耳打ちしている二人を見かけたので慌てて訂正した。いくら芋畑の連中とはいえ、快く思われないのはそれはそれで腹が立つものだ。
一通り算段を整えた後、一人の芋が尋ねてきた。
「もしかして二人って………」
主語は無いが訊きたい内容は分かる。正々堂々と答えてやりたいが...アカネと双子らしいシズクというナディの近衛兵のような奴もいたので言葉を濁すしかなかった。
「うんまあ……仲が良いのは確か、かな〜」
ちらりと見たナディはといえば...
「……………」
もうニヤニヤと、それはもう勝ち誇ったようにニヤニヤと笑っているだけだった。
...案外ここにいる皆んな、安っぽい優越感で満足してしまうような似た者同士だったらしい。
✳︎
午後の講義も終えて寮に戻ってきました。胸の内と鞄は依然重たいまま、これを一人で処理しないといけないと思うとさらにどんよりとしてしまいました。
──いいえ、ラハムは再起したのです!もう一度人間関係を構築していけば良いのです!
それでもやはり重たいものは重たい、力なくふんすふんすと鞄の中から手付かずのお弁当を出した時でした。
「──っ?!」
扉の外で何やら物音が...それに扉に何か悪戯をした様子です。
「……そんな、ラハムはそこまで嫌われてしまったという事ですか……」
静かになってからそろりと扉を開けました、誰もいない事を確認してから外に出て扉を見やれば...『食堂ニテ待ツ』と──。
「……果たし状ではありませんかこれ……ラハムが何をしたというのですかっ……」
脳裏にあの怖い候補生の方が過りました。
──そういう事ですか、ラハムの周囲が急変してしまったのはそういう事だったのですか。
自室に取って返し出したばかりのお弁当をもう一度鞄に詰め込みました!良い鈍器になる事でしょう!ラハムの悲しさと怒りも込められているわけなのですから!わけなのですから!
◇
頭がじんじんと痛みます。でも、お陰様で頭も冷えました。
「いや確かにね?!誘い方を捻った私たちも悪いけどこんなにお弁当が入った鞄を問答無用で振り回したラハムはもっと悪いよ?!誰かが怪我したらどうするつもりだったのさ!」
(あれ〜?ナディさんってこんなに怖い人でしたっけ……)
「……すみませんでした」
ナディさんの傍らで仁王立ちしていたライラさんが、
「ナディ、こいつ全然反省してない」
「──してますよっ!してますからっ!」
「ほんとにぃ〜?さっきのラハムってまさに鬼って感じだったよ?──ほら!皆んな怯えてるじゃんか!」
食堂の入り口ではあの怖い候補生を盾にして皆さんがこちらを覗き込んでいましたというか、
「あの方だって臨戦態勢だったではありませんか!今のライラさんみたいに仁王立ちして!」
「あ〜もう!だからそれは誤解なんだってば!シズクは元から人相が悪いの!」
「ほらやっぱり全然反省してない」
ナディさんがシズクさんと呼ばれた方をこっちに招きました。
「んっ!」
何やら促している様子、ラハムの前に立ったシズクさんはそれでも険しい顔付きをされています。
「……何ですかまた文句ですか。あなたに一人ぼっちになる寂しさが分かりますか?!お弁当で釣って何が悪いっていうんですか!ラハムの特技を生かして好かれることの何が悪いっていうんですか!」
何も言わないことを良いことに、ラハムが攻撃を仕掛けました。
対するシズクさんはこう答えました。
「………悪かったよ、あれこれ言い過ぎたみたいで」
「──んぇっ?はい?」
拍子抜けしました、まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったからです。険しい顔付きはどうやら本当のようでした。
シズクさんが入り口へ振り向いて皆さんに声をかけました、おっかなびっくり誰に怯えているのやら──いいえ分かっています、ラハムに怯えているのです、さっきは本当に取り乱しましたし鞄をこれでもかと振り回しましたから。
でも、怯えている理由は他にありました。
「ご、ごめんね…ウォーカーさんの悪口言っちゃって…そういう仲だって知らなかったからつい…」
──今度こそラハムは呆気に取られました。
ラハムがそうであったように皆さんも気にされていたのです、"嫌われてしまったのではないか"と。
お弁当なんて何も関係ありませんでした、シズクさんの入れ知恵だって一切関係が無かったのです。それなのにラハムときたら...
「その思い込み何とかした方がいいよ。じゃ、私は厨房で先に準備してくるから」
あの人は何か毒を吐かなければ気が済まないのでしょうか、ふわりとジュディさんの匂いを漂わせてラハムたちの元から離れていきました。
ナディさんの前で正座をしていたラハムをご友人が立たせてくれました。皆さん、じっとラハムのことを見つめています、あ!と気付いてラハムもラハムのことを伝えました。
「ラハムも突然皆さんがよそよそしくなったのでどうしたのかと気に病んでいました…そらから悪い方へ悪い方へ考えてしまって…」
「その、一応言っておくけど別にお弁当をくれるから仲良くしてたわけじゃないからね?」
「じゃあどうして…」
「ラハムが優しいからだよ。そりゃ最初は何だこいつって思ったけどね、喋ってみたらびっくりするぐらい話し易いし……ね?皆んなもそうだよね」
他の方が「私は最初っから優しそうって思ってたけどな〜」と冗談を言って、ようやくラハムたちの輪に笑顔が咲きました。
気が付けばナディさんもライラさんも席を外していて厨房の方にいらっしゃいます。
そうです、そうなんです、あのお二人が稀有なだけで他の方は(ラハムも含めて)怖いのです、相手の胸の内を聞くことが、そして伝えることが。
すっかり空気が元通りになったところで突然ラハムは脇腹をきゅいと抓られてしまいました。
「痛いっ?!」
「いやというかだよ、どうしてウォーカーさんとの仲を黙ってたの?」
「そうだよ、ラハムがちゃんと言ってくれないからこんな事になったんだよ」
少しは距離が縮まった皆さんから猛攻撃を受けました!
✳︎
「楽しそうにやってんね〜」
「仲直りできて良かったんじゃん」
「言っておくけどあんたも間接的には関わってるんだからね?」
「はいはい」
「ちっ」
「いやそんなあからさまに舌打ちするの止めてくれない?」
「いや邪魔だな〜っと思って」
「ライラ。何ならここにアカネさん呼んでもいいんだよ」
「……………」
「分かりやすっ」
腹の立つ...でもまあしょうがない、今日ぐらいナディの隣にいさせてやる。
色ボケピンク(笑)グループはまたいつものように賑やかしくなっていた、ラハムの瞳が薄らと潤んでいるのは...まあ気のせいだろう。
「いやというかだよ、あの人たちがラハムに料理を振る舞いたいって言ったんだよ、何で私らだけなの?」
「何ならほら、あいつのお弁当広げてるよ、もういいんじゃない」
「──ん?……ああほんとだ。え、でも私今日は食べてくるって言ったからどのみち何か作らないと」
「ほら近衛兵、主人の為に何か作りなさいよ」
「誰が近衛兵か……でもまあ、料理も良いかもしれないね」
折角厨房の人にキッチンと食材を使いたいと申し出たのに...
パーティー用ではなく自分たちの分を作り始めたシズクが手にしていた野菜をまじまじと見つめ始めた。
「何?料理人に鞍替えしようって?」
何気なく尋ねたつもりが真面目な答えが返ってきた。
「うん、とりあえずパイロットになるのはもう止めようと思う」
ナディと声を揃えて驚いてしまった。
「えええっ?!」
「えええっ?!」
「そんなに驚く事なの?」
「いやいやっ!あんた今日大将に表彰されたばっかりじゃん!」
「後できちんと返してきたよ、私には合いませんって言って」
「え〜〜〜………あんなに飛びたがってたのに………何があったの?」
「ん〜あんたの説教かな〜」
聞けば、シズクが預かることになった候補生の一人があわや大惨事の一歩手前までいったらしい。その件についてナディからこっ酷く叱られて帰投命令を言い渡された時、"ホッと"したそうだ。
「小さな頃にさ、親父に連れられて基地祭で戦闘機を見た時から憧れていたけど、私が憧れていたのはパイロットじゃなくて戦闘機だったって気付いたんだよね」
「……飛ぶ姿は格好良いけど、操縦しようとは思わないって感じ?」
「実際にやってみてね。自分が飛ぶより他人の心配しちゃったから、ああこれじゃ駄目だって思ったよ」
「……ガーランドさんは何て言ってた?」
「良く言ってくれたって褒められた。実戦形式の訓練直後に辞めていく候補生も多いんだって、後少しで人生の無駄使いになるところだったから私の英断を尊重するってそこまで言ってくれたよ。あんた、あんな格好良い人と良く喧嘩できるね」
「あんたはそれで納得してんの?今日までずっと頑張ってきたんでしょ?」
口角を上げてニヤリと笑ってみせた。
「へえ〜心配してくれんだ?……私さ、結構単純な性格してるからさ、もし本当に戦闘になって目の前で仲間が殺されるところなんか見ちゃったら、きっと自分の人生なんてまともに送れなくなっちゃうんだろうなって。だからこれで良いんだよ」
「…………………」
シズクの話を聞いたナディが深刻な顔付きになってしまった。
聞かなくても分かる。
(……………)
きっと、軍隊に入って戦っているあっちの友達の事を考えているのだろう。
その後、しんみりとしていた私たちの元へラハムのグループが加わり、何だかんだと結局大掛かりの食事を作ることになった。
名前をスルーズ、そして本名はマカナという。
ズルいと思ったのは私の人間性が低いからだろうか。ナディから、そしてママとパパからも心配されて...けど私はきっと、会えるような事があったら文句を言うのだろうと思った。ラハムのように視野狭窄に陥らずもっと周りを見ろ、と。
今度も無事に戻って来ますようにと想いを込めながら作った料理が見事に失敗し、ちょびっとだけナディと喧嘩をしつつもまた楽しい一日を過ごした。