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第77話

.次の山へ向かって



 段ボールに詰め込まれた白菜を半分にカットにして袋詰めし、バーコードシールを貼って売り場に並べた時だった。主任に声をかけられて普段は滅多に出ない外へ納品された次の白菜を受け取りに行った。

 とても忙しかった、少なくとも私が働くようになって一番慌ただしい一日だったと思う。

 ところで、"ファフロッキー現象"というものを知っているだろうか?

 ここではない遥かな昔、まだ地球が地球であった頃の話、一番の最初の観測は古代日本八九三年のことである。日本の東北地方、西暦時代でいうところの秋田県のあるお城に雷雨と共に石で作られた(やじり)が二三枚降ってきたそうだ。

 それから世界各地で空から降ってくるはずの無い物(魚、蛙、肉片など)が降ってくるという怪奇現象が思い出したかのように発生していた。

 これには色々な仮説があり、そのどれもが"おそらくそうだろう"というある程度の立証もされていた。

 そしてその日である、正確には今日の午後一番、まるで照明が落とされたように突然夜になってしまったのだ。──いや、"ように"ではない、テンペスト・シリンダー内の照明が落ちてしまったのだ。

 目撃したのは勿論私だけではない、その時屋内にいた人たちは「気のせいだろう」と事の重大さに気付いていなかったが、屋外にいた人たちは皆んなが見ていた。ニュースやSNSなどではその話題で持ち切りだ、その殆どが「シルキーのせい」と言っているが、ノヴァウイルスだってテンペスト・シリンダー内の照明を落とすことは不可能である。

 一大事、まさに一大事である。あってはならない事がいとも簡単に起こってしまった。


(グガランナは何をやっているのかしら、大変な時だというのにこっちに帰って来られないだなんて……)


「まあ、ラムウが何とかしてるんだからそう気に病まなくても良いんじゃね」


「ハデス!言っておくけどもしラムウに何かあったらあなたがテンペスト・シリンダー内の調整を行なうのよ?もっと危機感を持ちなさい!」


「ええ〜やだあ〜俺もう何もしたくない……どうせ失敗するしきっと色んな人に迷惑かけちまうしあの男の顔が未だに忘れられないし………」


 可哀想に。

 ハデスは前の潜航事件(そう呼ばれている)で酷い精神的ダメージを負っていた。いくら相手があの人間とはいえ...これ以上は止めておこう。

 リビングのテーブルに突っ伏したハデスから視線を変え、絶賛報道中のテレビを見やる。画面の中では大統領が発生した怪奇現象について憶測を語っており、やはりシルキーの仕業ではないかと結論付けていた。

 何でもかんでもシルキーのせいにするのはどうかと思うが、彼ら人間にとって得体の知れない物は不始末を押し付けるのに都合が良いのだろう。

 呼び鈴が一つ、時刻は陽が落ちようかという時間帯だ。


「あら、誰か来たみたいね」


「また何か頼んだの?」


「いつも通販を利用しているのはあなたでしょうに」


 大統領のライブ中継されているテレビから離れて来客を迎えに行く、リビングを出て玄関までの廊下にはハデスが頼んだ宅配便の段ボールが積まれていた。仕事場で覚えた癖でつい片付けたくなったがぐっと堪えて扉を開けた。


「どうも。失礼させてもらうよ」


「あら………あなたは確か──!」


 さっき見た人である、いいや、テレビに映っていた人である。


「君たちに用事があってね。……随分と良い所じゃないか、お使いじゃなければゆっくりとしたい所だ」


「あなっ、あなたはっ……ヒルナンデス大統領!ど、どうして……今は演説中のはずなのに……」


「良い反応だ、マテリアル・コアをわざわざ複製した甲斐があるというものだ」


 背後からごそごそと物音がする。


「つまりあなたは……」


「ドゥクスから伝言だ、暫くガイア・サーバーに引き上げてほしいと。先に言っておくがある程度の実力行使を認められている、ここは互いに穏便にいこうではないか」


「──伏せろっ!」


 いや伏せるまでもないんだけどっ!

 私の頭上を飛び越えた段ボールが大統領にヒット、その隙にだっと駆け出しリビングに逃げ込んだ。


「絶対怪しい!あの男は間違いなく怪しいわ!」


「言わなくても分かるわ!」


 玄関から男が荒々しく入ってくる、扉の鍵は閉めてあるのでまだ何とか──がきん!とドアノブが壊れていとも簡単に開いた。


「あああーーー!」

「あああーーー!」


 その後、ハデスと一緒に家中を逃げ回ったがあえなく捕まってしまい、怪しい男の言う通りにサーバーへ強制送還されてしまった。

 あの扉...弁償してくれるのよね?



✳︎



「これは一大事だぞラムウ、全てのテンペスト・シリンダーの中でもここが一番一大事ではないかね」


 ラムウ・オリエントは取り乱している、無理もない、何せ仮想展開型風景がダウンしてしまったのだから。

 雛型として完成したアジア第一方面のテンペスト・シリンダーですら数千年に渡って維持し続けてきた人類を騙す照明が、たった数秒間とはいえこのマリーンでは落ちてしまった。今頃星管連盟はてんやわんやだろう、私の知った事ではないが間違いなく歴史にこの事実が刻まれたに違いない。

 怒りを通り越してもはや悟りの境地を開いたラムウが発言した、今すぐに処理しろと。


「良いのかね?」


「この現状を見てまだそんな事が言えるのか?貴様はマキナの指揮官だろう、時に懲罰を与えるのも役目のはずだ」


「生憎身内殺しは経験が無い」


「ダウンしたのはタイタニスのせいだ。あいつが無理に現界しようとしたからこんな末代まで恥ずべき事が起こってしまった」


 君に子孫は残せんだろうに...

 正確な名称は『タイタニス・四番号機南部』、彼がノヴァウイルスを利用して己がマテリアルを擬似生成した事が原因だった。

 その空域に存在したウルフラグ空軍の訓練機計一七機を利用し原子結合を行ない、それを核としてノヴァウイルス経由でガイア・サーバーにアクセスした結果、膨大なエネルギー消費を伴い仮想展開型風景のリソースも奪ってしまう形となった。

 その目的は不明、現在もタイタニスとはコミニュケーションが取れない。


「状況から察するにタイタニスは人間を守ろうとしていたのではないか?」


「それも真偽不明の憶測に過ぎん。その逆もまた然りでノヴァウイルスを手中に収めてサーバーを乗っ取ろうとしていたのかもしれない」


「それも真偽不明だがね」


「調停者というものは敵ではないという根拠が無ければ手は貸さないものだ。味方かもしれないという憶測は仮想敵と同意義である」


 なかなか...その自論も随分と歪んでいるように思えるが彼にとってそれだけ深手を負ったという事だろう。

 タイタニスが放っていたあの馬もチャリオットもノヴァウイルスを攻撃する為に生成した──と、思いたいがいかんせん話が出来ないのでやはり憶測の域を出ない。


「向こうのマキナはどうなっている?」


「私の子機に任せてある。先程サーバーに引き上げさせたと報告があった」


「あちら側に渡ったマキナはどちらかと言えばお人好しだ、タイタニスの排除と聞けば必ず邪魔をしてくる」


「言ってしまえばグガランナの判断に間違いは無かったという事になる。頭の一つでも下げに行ったらどうかね」


「それも事が終わってからの話だ」


「何を言うのかね、我々の役目に終わりなど存在せんよ」


「そんな哲学的な話はどうでも良い。ドゥクス、お前にも手伝ってもらうぞ、いいな?」


「──まあ、仕方ない。タイタニスを捕らえよう」


 余裕が無いと思っていたが、話を終えるとラムウが意味ありげな笑みを湛えた。


「──その方が良い、このテンペスト・シリンダーにとっても貴様にとってもな」


「…………?」


 私宛にスパムメールのように二人から連絡が入るが、事が終わるまでこちらもコミュニケーションは取らないことになっている。

 私も似たようなものだ、否、知的生命体にとって意思疎通が出来ない他者は誰でも敵に見えてしまうのかもしれない。



✳︎



「私が民の混乱を鎮めてまいりますので、国王陛下におかれましては何卒ご準備を進めていただければと思います」


「……………」


「ご安心を。この通り星人様の下に帰依し心身共に清浄なれば、今さら復権など望んでおりません。私の手と足は民の為に、この口と言葉は国の為に枯れるまで使われることでしょう」


「………行け」


 不機嫌に眉を寄せたガルディアに背を向けて、実の姉であるリゼラ・ゼー・ラインバッハが教主たちと共に私室を後にした。

 私室、と言っても私用の部屋ではない。()の謁見をする際に良く使われる部屋だった。

 五年前に居場所を奪われて威神教会に匿われていたマカナのお母さん、私には一瞥すらくれず実の弟と未曾有の怪奇に対処するため話し合いを続けていた。

 唐突に夜になってしまった、それこそ明かりをふっと消したように。ルヘイを経った投票を求める市民団が王都に到着した直後の事だった。

 すっかりガルディアの付き人のようになってしまった私と自称兄を名乗るヴィスタと目を合わした。


(いやちょっと待てよ……私がガルディアの妹になるならマカナのお母さんは姉──つまりマカナは私の姪ってこと?!)


「何を考えている」


「前王シュガラスクはとんでもない種馬だったんだと……戦々恐々としていました」


「──おおいっ!良くそんな言葉がこの状況で出てきたな!お前の頭の中身はどうなってんだ?──そんな事よりあれだよあれ!あの女をどうするかだろうが!……このタイミングで出家するとは「使い方間違えています、ただ表に出ただけです」──んな事どうでも良いんだよ!」


 各方面に様々な手(賄賂とも言う。しかしこの賄賂が実に良く利く)を打って足場を固めていたガルディアはもうギリギリだ、とくに顔色がヤバい。そのガルディアですらリゼラの登場は予期できないものだったのだろう、疲れも相まって雑な言葉がぽんぽんと出てきた。


「けれど、リゼラにとっては今がまさに好機かと。国王に不満を持つ民を抱えることができれば一つの勢力として成り立ちます」


「口でああ言ってはいましたが……」


「だな。お前が懇意にしているエノールと似たようなものだ」


「…………」


「先に言っておくがナディ、お前を俺の手元に置いているのはただの保険だ」


「でしょうね。良く理解していますとも」


「様子を見て来てくれ。こっちはエノールが派遣した軍の動きを……ああ、後は公爵の船も……」


 政に囚われた王を放置して私も私室を後にした。背後からねちっこい─あるいは気遣う様子の─視線を受けるが、返す言葉も見当たらないのでそっと扉を開けた。



 巷は大いに嫌な賑わいを見せていた。


「星人様のお怒りに触れたからこそ太陽が落ちた!今こそかの王ガルディアを玉座から引きずり下ろす時がやって来た!」


 街の至る所で修道服を着込んだ男や女が民に対して演説を行なっていた。威神教会の教えを引用し、いかにガルディアが国土を乱しているかと声を張り上げ高説を撒き散らしていた。

 度々こうして威神教会の者が街で演説を行なう事がある、ヒートアップして時に騒擾(そうじょう)まで発展し機人軍が出動するのもしばしば、しかし今回は教主とリゼラが一緒だ。二人が姿を曝け出したことによって彼らの高説に信憑性が増し、道行く人の足を止めていた。


「嫌なのよね〜ああいった連中。お前の為に説いているんだからって何かと上から目線なのが気に入らない」


 ヒルドがそう吐き捨てた。


「良いかヒルド、今から会うのはナディ様も良く知る相手なんだ、だからその剣は何があっても─「分かってるわよ、いちいちうるさい」


 私の従者二人は今日も平常運転。

 リゼラが利用しているという館にやって来た、門前では剣を構えた人が二人、鋭い視線をこちらに放ってきた。


「失礼します、こちらにリゼラ様が滞在しているとお聞きしてご挨拶に伺いました、名を─「ナディ・ゼー・カルティアン様ですね?教主様よりお話は窺っています」


 眼光の鋭さは変わらない。


(私が来ることは想定済みってことか…これならヴィスタも連れて来た方が良かったかもしれない)


 剣呑な雰囲気を放つ二人の前を横切り、いつものようにナターリアが入り口前で待機、本当に珍しく言う事を聞いたヒルドが彼女に剣を預けた。


「………気持ちが悪いな、そう素直になられる──っ?!」


 無言の殴打を鳩尾に放ったヒルドが私に続いた。

 ヴァルキュリアにいたマカナがあの調子だったんだ、まるで私は赤の他人ですと言わんばかり。その母親であるリゼラさんも...それに顔を合わせたのは数える程度、私の事を覚えていなくても不思議はない。

 それなりの態度を覚悟していたのだが、思いの外丁寧に出迎えてくれた。


「随分と大きくなりましたね。あの日を懐かしく思います」


「あっ……ええと、その、はい……お久しぶりです」


「気になさらずとも、教主様にはあなたの事も話してあります。どうかアネラとして接してください」


「はい」


 優しい笑顔。滅多に会えない人だ、マカナもリゼラさんがセレンにやって来るのをいつも楽しみにして待っていた。


「皆んなは元気にしていますか?いつも一緒だったでしょう」


 その言葉にちくりと胸が痛み、そして不謹慎にも"苛立ち"を覚えた。


「いえ、あれから会っていません」


「そうですか……セレンの庭で駆け回っていた日を今でも鮮明に思い出せます、あなたちちはセレンの宝でしたから」


「……ありがとうございます」


 会話が途切れたタイミングで威神教会の教主が口を挟んできた。


「国王陛下の命でこちらに?」


「そうです、単刀直入に申し上げますが王はあなた方の来訪を好ましく思っていないようです。良ければ王都に来られた理由を教えていただきたいのです」


「これはまた、いつになく手厳しい。王の御前で語った内容は真実ですよ」


「ですが、今街中で王を引きずり下ろせとあなた方の配下の者が演説を行なっています」


「それについて私どもは関与しておりません。信徒が何を学び何をするかは任せておりますので」


 やり取りをしている間、リゼラさんはずっと笑顔のままだ、何も言ってこない。


(それは無責任にも程があるというものでは……)


「それに、私どもがいくら騒いだところで王都の民は揺るがぬでしょう。確かに私どもは国の安寧の為にここへやって来たのです」


「…………」


 会話しているようでその実中身は無い。互いに平行線を、あるいは腹の探り合いをしているところにあのヒルドが口を挟んできた。


「セレンを襲われて権威も失墜した前王の第一子女を引き連れて?いくらなんでもあからさま過ぎない?」


 不快そうに教主が反応した、リゼラさんはそれでも相貌を崩していない。

 誰も何も言わないことを良い事にヒルドがさらに続けた。


「誰がどう見たって復権を目的とした来訪じゃないの。陽が落ちた怪奇現象を利用して教会の教えを広める、渡りに船だったんじゃないかしら」


 そろそろ口を止めようかという時、ようやくリゼラさんが反応を示した。


「──見ない間に随分と知恵を付けたようですね、ディリン家の子飼いのあなた」


「──っ!」


 ナターリアに剣を預けたのは正解だった、抜剣してもおかしくない程の殺気をヒルドが放っていた。

 

「それはどういう意味ですか……?」


 私の質問にリゼラさんが答えた。


「セレンの混乱を招いたのはディリン家だという事です。当時の島に回し者を紛れ込ませて内側から情報をガルディアに流していたのですよ、そして私はその阻止に失敗して嫌疑をかけられ教会に身を置くことになりました」


「……………」


 驚いているのは私だけだった。


「その回し者の中に当時のあの子がいたのです、今のように教養を身につけておらずそれこそ獣のような女の子でしたけれど。そしてその筆頭が──」


 リン・ディリン。と、リゼラさんが言った。

 生唾をごくりと飲み込む、私の意志とは関係なく私のよるべが着々と壊れていく。


「何故、そのような事を……」


「当時のセレンはまさに理想郷でした。隣国のウルフラグともそつなく付き合い国内の貴族たちからも尊重されて入居希望者が後を絶たなかったのですよ、それこそ貧富の差を問わず皆がセレンに夢見ていました。ですが──」


 柔和な笑みを崩してヒルドを睨め付けた。


「まさかあなたまでここにやって来るだなんて計算違いだったわ。自ら苦しめた相手の従者になって剣を持つあなたはどれ程卑しいのでしょうか」


「……………」


 ヒルドは歯噛みをしているだけで何も言わない。


「アネラ、私の下に来なさい。今こそガルディアに一矢報いる時です、共にルイフェスの無念を晴らして上げましょう」


 ついと出た言葉はこれだった。


「──マカナは?」


「…………」


「どうしてあなたの下にマカナがいないのですか?彼女だってあなたと同じように戦っているのですよ?」


 ──似た者親子、そう思った。


「娘の事は知りません。彼女がそうすべきだと判断してそうしているのでしょう」


 スルーズと一緒で他人行儀だった。


「──そうですか。国王には実に良い語らいが出来たと報告しておきます」


「──アネラ?まさか戻るというのですか?」


「ええ、情愛を忘れた者に組みする理由もありませんから」


「………っ」


「邪魔立ても致しません。どうかごゆるりと政権争いをなさってください」


「…………」

「…………」


 本当に良い語らいだった、子供の時分だからと知らされなかった事実を教えてもらうことができたのだから。

 皮肉を別れの挨拶と受け止めた教主が配下の者を呼び、私とヒルドは肩を並べて部屋から退出した。

 ──廊下を渡ってエントランスに差しかかった時だ、何かを言いたそうにしていたヒルドが再び殺気を纏いながらくるりと後ろへ振り返った。


「無手だからといって勝てると思った?」


「……………」

 

「言っても分からないのならその剣を抜けば?」


 背後に控えていた者がすっと視線を逸らした、荒事に慣れていない私でもその意味を十全に理解する事ができた。

 初めから教会側は私たちを帰すつもりはなかったらしい。

 ──ただ、呼び方がまずかった。


「ナターリアっ!!へールプっ!!」


 秒で扉が開き血相を変えたナターリアが飛び込んでくる、その怒りに燃えた瞳は教会側の人間ではなくヒルドのことを真っ直ぐに捉えていた。


「あっ!違──」


 私たちを囲おうとしていた人も通り抜け、真っ先にヒルドの頭を叩きに来た。


「──っ!私じゃねえわっ!周り見ろ周り!!」


 思い込みが半端ない、ヒルドの抗議も耳に入れず抜剣しようとしていた配下の者たちに頭を下げていた。


「──本当にうちの不出来の従者が失礼をしました!どうか処罰は穏便にしていただきたくっ!」


 逆にそれが良かったのかもしれない、呆気に取られて身動きが取れない者たちにまず私から捨て身のタックルを敢行した。


「──うわわわっ?!」


 まさか刃にかけようとした本人が飛び込んでくると思わなかったのか、たたらを踏んですいと後ろに下がってくれた。


「ヒルド!ナターリア!」


「──え?……え?これはどういう状況……」

「見りゃ分かんでしょうが!早く逃げるのよ!」


 開けた囲いを三人が抜け出し、後から怒号が飛び交い始めた館を逃げるようにして後にした。



「実に良い語らいでした」


「……………」


「実に良い語らいでした「何故二度も言う」


 ガルディアの私室にとんぼ返りした私はそう報告した。──ヒルドの手をしっかりと握りながら。


「で、何でそいつまで入れたんだ?」


「リゼラ・ゼー・ラインバッハより聞かせてもらいました、セレンの過去について、そしてあなたの行ないについても」


「だろうな、だからこうして戻ってきた事自体が驚きだよ。で?そいつは?」


「きちんと答えてください。ヒルドを寄越したのはあなたの指示ですか?」


「知らん、その時の人間は皆ヒウワイに任せてあった」


「だったら結構です。それからお暇をいただきますね」


「好きにしろ。寧ろ良くここまで俺に付いてくれたもんだ、何処にでも寝返るが良い」


「それでしたら私たちの居所を用意してください、事が落ち着くまでの間で構いませんので」


「──そういう事か。ちっ、怠ける時だけ知恵を働かせやがって。……ああ、最後に」


「何ですか?」


「直にカルティアン家の当主を呼ぼうと考えている、同席したいなら声をかけるがどうする?」


「当主を呼ぶ──それってまさか……」


 面倒臭そうに王がこう言った。


「ただの地盤固めさ、お前の為じゃない。ただ、何かしらの褒美も与えんとな」


 良く分からない事を宣った王を無視してさっさと出て行く。部屋から出た途端、ヒルドが力なく手を振り解こうとした。


「何で?」


「何が?」


「何で私に何も言わないの」


「さっきそれを尋ねたでしょ?」


「あんな奴の言う事を信じるんだ?」


「どうせヒルドの事だから命令とか自分の意志とか関係ないとか言ってふらっと何処かへ消えようと思ってたんでしょ?駄目だから」


「だから何で?」


 扉の近くで意気消沈していたナターリアには悪いけど、私なりの言い訳を口にした。


「いやほら、ナターリアってもう歳でしょ?同年代の相手ってほんと貴重なのよ」


 教主の館で失敗をやらかしたナターリアがさらに肩を落とした。


「アネラ……その言い方はさすがにあんまりだよ……」


 ずっと泣きそうな顔になっていたヒルドがようやく笑顔になってくれた。


「──ぷふっ。何それ、そんな理由で目を瞑るっていうの?言っておくけど全部事実なんだからね」


「でも、あなたがスルーズやヴァルキュリアを思う気持ちは良く分かっているつもりだから」


「…………そう、ならいい。あんたも立場だとか力とかよりも……何でもないわ、さっさと行きましょう」


 ヒルドが私の手から離れ、項垂れているナターリアの尻を叩いて先を促した。

※次回 2022/8/27 20:00 更新予定

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