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第74話

.学校での出来事(あとオトコの娘)



 ──お前自分が民間人だって事忘れてないか?そんなに戦いなら士官校に行って付け焼き刃でもいいから操作技術を学んでこい!──もう知らん!


 扉の隙間から侵入してくる朝の冷たい空気で目を覚ます。あれ程暖房を付けておけと言ったのに、お母さんがリビングのエアコンを消したからだ。

 途轍もない怠さを感じながら─それは決して寝起きだからではなく─凍えるほどに寒いダイニングに出た。

 ダイニングの床に足の裏が引っ付くんじゃないかと思いながらよたよたと歩き、すっかりお母さんのプライベートスペースになったロフトの梯子を上る。


「……………」


 厚手の毛布に包まり、まるで護衛のように置いている三つのファンヒーターに暖められてお母さんが未だ眠りこけていた。

 ちょっとだけ毛布を捲る、お母さんのお尻が露わになり、そこへ遠慮なく平手打ちを見舞った。


「Zzz……──ああっ?!」


 変な叫び声を上げたお母さんを放置し、無言の仕返しをやった私は再び─エアコンを付けてから─自分の部屋に戻った。



「あんた、今日から学校なんでしょ?私服でいいの?」


「学校で貰えるってさ。というかさ、何でリビングのエアコン消すの?自分だけぬくぬくと……」


「電気代が勿体ないでしょ」


「ファンヒーター三つも付けるぐらいならエアコン付けてよ、というか一つぐらいこっちに貸してよ」


「自分で買いなさい」


 何じゃそりゃ。

 朝食とお母さんへの愚痴を済ませてから身支度を整えた。在宅ワークのお母さんは外出する必要が無いので寝巻きのまま仕事である、でも週に一回は会社に行かないといけないらしい。正直どうでも良い。


「行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい。それから次、お尻叩いたら容赦しないから、お陰で変な夢見ちゃったじゃない」


「どんな夢なの?」


「あんたたちから尻叩きにあう夢よ。あんなに屈辱的な夢は生まれて初めてだわ」


「何それ面白そう、今度本当にやってみる?」


 ぶわん!と振られた腕を華麗にかわし、玄関の外へまろび出た。

 つんと鼻から肺に冷たい空気が通ってくる。今日は久しぶりの晴れである、雲一つない青空は薄く爽やかだった。

 さて、どうして私が学校に通うことになったのか一言で説明しようと思う。それは前回の調査で保証局の特個体と戦闘を行なったからである。

 勿論大激怒された、とくにガーランド大将。空軍の基地にノラリスを預けたその帰りだった、「ちょっと来い」と呼ばれて向かった士官室で「お前は一体何を考えているんだこの大馬鹿者めが!」とゴングが鳴った。


(いやまあ……ガーランドさんは私の事を心配してくれているんだよね、それは分かるんだけどあの言い方が……)


 口論になった、軍の総責任者である大将と口論になってしまった。傍にいたライラも口を挟め無い程に私とガーランドさんは舌戦を繰り広げ、最終的には...


 ──お前自分が民間人だって事忘れてないか?そんなに戦いなら士官校に行って付け焼き刃でもいいから操作技術を学んでこい!──もう知らん!


 と、相なった。

 いやいや私は戦いたいんじゃないんです!と縋っても全く相手にしてもらえず、怒り肩で士官室を出て行ったガーランドさんの背中を見て初めて後悔した。「ああ…納得していなくても素直に頭を下げておいた方が良い時もある」と。後の祭りである。


「はあ〜〜〜………まさか一度卒業した学校にもう一度通うことになるなんて。いや全然違う学校なんだけどさ……」


 士官学校へ向かうバスの中、私が溢した愚痴も置き去りにしてずんずんと走って行った。



 私が放り込まれた場所は航空兵科と呼ばれる所で、主にパイロット候補生を育成するクラスであった。

 教育課程は前期と後期に分かれ、前期を座学、後半を教練(体験学習的な)とし操縦知識と技術を規定の在学期間で学ぶというものだった。

 私は次の出航までの間だけなのでこれらには当てはまらない。但し、私だけ専任の教官をつけるわけにもいかないから実際のクラスに入ってもらうと説明を受けていた。

 そしてそのクラスである。上下バッチリ制服に着替え、二週間だけお世話になるクラスメイトたちに頭を下げた。


「よろしくお願い致します」


 拍手などない。じっとこちらを観察する空気だけが私を出迎えくれた。


(あー帰りたい……)


 そこに座れと言われて座った席は壇上の真ん前である、ちらりと窺った外は曇ることなく晴れ渡っていた。

 何人かの視線を集めてしまったようだ、微かに動く頭を無視しながら再び壇上に向き直った。

 士官学校、そこはプロの中のプロを目指す人たちの集まりであり(そう思っている)、私が苦手とする人たちの集まりであった(ただの偏見である)。

 狭い我が身を思いながら、それでも皆んなを守れるようにと専門用語をマシンガンのように放ち始めた教官の言葉に耳を集中させた。



✳︎



 嗚呼...これ程までに満たされたことはあったでしょうか...思えば幾星霜、ラハムは常々他者からの"愛"に飢えておりました。

 ラハムもラハムの心情は好ましくないことは分かっています、ですがこの胸の高鳴りはどうやったって止めようがありません。

 だって──あのナディさんが──お昼ご飯を誘ってきたのですから!誘ってきたのですから!

 そしてラハムはこう言ったのです、「先約があるので……」と。


(贅沢……これこそ真の贅沢であるとラハムは明言します)


「何でニヤニヤしてんの?」


「いえいえ何でもありませんよ。あ、口元が汚れていますよ」


 いつものメンバーで囲うテーブル、ラハムたちのグループが最も華やかで最も人数も多いのです。所謂『カースト上位』に位置する所から、一人でお食事をとっているナディさんを眺める...いや確かに胸がチクリと痛みますけれど、それを上回る甘美なこの"優越感"が無視させてしまいます。

 ラハムと同じ将校兵科に通うクラスメイトたちがナディさんに気付き、途端に眉を顰めました。


「あの人じゃない?セントエルモからお試しで入ってきたのって」

「うわ〜ヤな感じ、こっちは真面目にやってんのにさ。それにあの人って向こうじゃお姫様なんでしょ?」

「え?そうなの?」

「らしいよ。どうせ親使ってこっちの学校も見てみたいとか言ったんじゃないの」

「うわ最悪何それ〜」

「だから一人ぼっちなんでしょ」

「あとで挨拶行ってみる?」


 あまり上品ではない笑いがラハムを囲いました。


(そんな事ないんですけど……)


 ナディさんがこっちに来た理由も、「せっかく乗っているんだから誰かを守れるようになりたい」なのです。とても真面目で優しい方なんです、そしてその優しさは人ならざるマキナすら包み込んでしまうのです。

 しかし、ラハムはせっかく得たご友人と疎遠になりたくなかったので、何も言わずに口を閉ざしてしまいました。



✳︎



(あ、いたいた。ナディって観葉植物が好きなのかな)


 実にラッキーである。どうせあのナディのことだから一人や二人ひっかけているんだろうと思っていたが今は一人で食事中である。

 食堂に足を踏み入れた途端だった、やたらと人数が多いグループから華やいだ声が上がり、続いて私の名前を口にしたような気がする。

 それに釣られて他のグループも私に気付き、あっという間に視線を集めてしまった。行きづらい。


(ちっ。面倒くさい)


 一番うるさいグループをキリッ!と睨みつける。すると、何を勘違いしたのか「クール!今のめっちゃクールだった!」とさらに盛り上がっていた。

 その奥でご満悦そうにニマニマしている知り合いが一人。


(──ラハムやんけ!あいつのグループか〜後で説教してやろう)


 何であんな所にいるの?ナディに気付いてないわけないよね?今日が初なんだから一緒にご飯ぐらい食べてあげればいいのに。

 観葉植物の近くでご飯を食べているナディへ再び視線を向けると、何故だか本当に何故だかついと顔を背けられてしまった。


(ええ〜〜〜何でなの──「あの、コールダーさん?良かったら一緒にどうですか?」──え?」


 知らぬ間に知らぬ人が傍に二、三人立っていた、そして食事に誘われてしまった。


「珍しいですね、コールダーさんがこっちに来るだなんて」


「ああ……いえ、知り合いが来ているものですから」


 やんわりと、先約があるんじゃボケ!と断ると、まるで聞こえていたかのようにナディがさささとテーブルから離れていった。


(ええ〜〜〜〜〜〜〜〜何で避けるの!)


 しかも誘ってきた二、三人を壁にして、わざと遠回りしている始末である。何かした私?避けられる意味が分か──。


「……お知り合いというのは?」


「──え?ああいえ……何でもありません」


 あとはされるがまま、捕まるがままにテーブルに誘導されてどうでも良い人たちと食事をとる羽目になってしまった。



✳︎



 士官学校は『予科』と『本科』の授業があり、この予科を修了した者から本科でさらに実践的な事を学ぶらしい。ハイスクールと大学みたいなものだろうか。

 そして私は本科からの参加になるので基本的な知識はさっぱりであり、だからこそ機体の座学を受けていてもちんぷんかんぷんなのである。


(わけわかめ)


 それでも必死になってタブレットに授業の内容を打ち込んでいく。

 壇上に立つ教官がつらつらと話しを続けていた。


「──我が国で特個体が実際的に運用され始めたのは君たちが生まれてくる直前の事である。従って特個体に対する知識は全てカウネナナイから輸入されたものであり、君たちはどうかこれに対して危機感を覚えてもらいたい。扱いに長けることは望ましいがそれ以上に我が国独自の知識を培ってもらいたい──」


 ライラのお爺さんの話しだ、きっとそう。


(ライラ………ラハムもそうだけどあの二人めっちゃ人気者……)


 とくにラハムがヤバい。私がいるクラスはパイロット候補生、そしてラハムは別のクラスなのにその話しで盛り上がっているのだ。別のクラスですら人気者になるのは相当ヤバい、きっとあのルックスと献身的な性格が皆んなから好かれているのだろう。

 お昼前にちょうど出会したので食事を誘ったんだけど、ものの見事に断られてしまった。


(あのラハムが……嬉しいやら寂しいやら……)


 そしてライラ。私が恋人なんですと、とても言える範囲気ではないし逆に恥をかかせてしまうのではないかと、それぐらいの隔たりを感じてしまった。

 ライラは"レアキャラ"扱いされていた。見かけたら幸運、話しが出来たら帰りに宝くじを買って帰れと言われるぐらい。私が知る"ライラ像"とは程遠いけれど、皆んな"とてもクールな人"というイメージを持っているらしい。

 とにかく感情を表に出さない、かといって冷たいわけではなく、話しをすればライラがとても真面目に、何かの使命に燃えて勉学に勤しんでいることが分かるらしい。そのギャップから人気者になったようだ。


(私の周りってどんだけ凄いんだよ「ウォーカー、君からも説明してやってくれないか?セントエルモに参加しているんだろう?」


 突然話しかけられたので心底驚いた、いや、授業中に考え事をしていた私が悪いのか。


「──え!あ、はい!な、何でしょうか?」


「聞いてなかったのか?この距離で?」


「す、すみません、書くのに集中していて……」


 何処からかくすくすと笑い声が聞こえてきた。


「今候補生からシルキーについて質問があってだな、お前の方から詳しい事を教えてやってほしいんだ。出来る範囲で」


 別に立てと言われたわけでもないのに席を立ち、何と言えば良いのかとうんうん頭を捻っているとさらに小さな笑い声がそこかしこから聞こえ始めた。

 ついに業を煮やした一人が良く通る声でこう言った。


「あのさあ、言いたい事があるんなら直接言ったらどうなの?陰でこそこそとみっともないよ」


 思わず私が「すみません!」と言いかけた。良く見やれば罰が悪そうに俯く人と、見るからに柄が悪そうな人がその人のことを睨んでいた。


(ジュディ先輩とヴォルターさんを足して水で薄めたような人だ)


「あー…摩擦はしょうがないと思うんだがな、もっとこう…オブラートに包んで喧嘩してくれないか?ここが戦場だったらお前らどうなっていると思う?」


 フォローなのか説教なのか良く分からない教官のフォローを聞き終えてから、ようやく言いたい事がまとまったので口を開いた。


「えっとですね……シルキーに関して言える事は多くありませんが、今後公開される情報に関して言えば、シルキーにも質量保存の法則が適用されるという事です」


 少し剣呑な雰囲気になっていたクラスがにわかに活気づいた、掴みはバッチリらしい。


「と、言うと?化学反応の話か?」


「は、はい。シルキーは複製する能力を持っていますが、複製する対象と同じだけの質量を持たないと変化しないという事が分かったそうです」


 前に貰ったメールにそんな事が書かれていた。そして「今後ともご助力願えたら幸いです」とやたら低姿勢の言葉が入っていた、ピメリアさんの言う通り皆んな私に怯えているらしい。

 話しを聞いた教官はしたり顔だ。


「ま、当然と言えば当然だな……あんなマメ粒一つで特個体が複製出来るんならそれこそ世は世界大戦だ。何なら異世界とだって戦争できるだろう」


「ですが、複製できてしまう物もあるんです」


 何が面白かったのか皆んながどっと笑い声を上げた。私ではなく、ドヤ顔で評論した教官を笑っているようだ。


「そんな知ったかで言うから」

「ダっさ」

「さっきの切り返しは上手いね」

「静かにしろ!──で、何が複製できるんだ?」


 ちょっぴり頬が赤くなっている教官。


「主に液体です。水でも燃料でも薬品でも、一つのシルキーである程度の量が複製できます」


 教官ではなく候補生から質問があった。


「それは飲んでも大丈夫なんですか?」


「分析上は。ただ、実際に飲んだ人が後に死亡してしまったので人体実験は見送られています」


 膨れ上がった活気があっという間に引いていった。


「ま、そう安い話は無いということだ。ウォーカー、皆んなの好奇心を満たしてくれてありがとう、席に着いてくれ」


 そして再び授業が始められ、また私は必死になってタブレットに打ち込んでいくのであった。

 ただ、教官が話を振ってくれたお陰で必要以上に緊張していた気持ちも解れたようだった。

 『機体構造応用基礎』というどっちやねん的な授業が終わってすぐ、私は席を立ちお礼を伝えに行った。


「さっきはありがとうございました」


「……………は?何が?」


 きっと私の悪口を言っていたグループがささっと席から離れて行った。別に他意はないが、まああんなものだろう。

 お礼を言われた候補生は不機嫌そうに口を歪めているだけだ。


「さっき怒ってくれましたよね」


 何の話か、合点がいった候補生がすぐに顔を背けた。


「いや別にあんた為じゃないし勘違いしないでくれる?」


「でも助かりました」


「………あんた変わってんね、普通そんな事でお礼言う?さっきの奴らも席外したじゃん」


「それは別にいいかなあと。誰が敵か味方かはこっちが決めることですので」


 ピメリアさんの真似だ。

 ただ、こういった場面に出会すようになってからピメリアさんの人付き合いの仕方がいかに"楽"か、分かるようになってきた。

 目付きも悪けりゃ口も悪い候補生が荷物をまとめて席を立った。


「だからつって私はあんたの味方になったつもりはないよ、そこんトコ勘違いしないで」


「分かってますよ。それじゃあまた明日」


「…………」


 軽く手を振ってから候補生と別れた。

 候補生─というかどっち?男の子にも女の子にも見えてしまう─の言う通りだろう、私が"優しく"したからと言って相手がそれに応えてくれるとは限らない。だが、優しくされたからには優しくしないとといった変な"縛り"も無いので気は楽だった。

 ライラの言っていた"自分なりの付き合い方"が少しは板についてきたかなと、ほんの少しの手応えを感じて一日目の学校生活を終えたのであった。



✳︎



 カウネナナイに"道路"というものは存在しない、あるのは馬車がゆっくりとした速度で走れる程度の無舗装の街道のみだ。

 これには理由がある、街から街への移動を"わざと"遅くする為だ。

 比較的に乗り心地が良い馬車に揺られながら、王都の造船所から王城へと向かう。冬特有の澄み渡った空気の向こうには、人の欲に塗れた世にも下らない城が見えていた。


「辟易するな、出来れば行きたくないのだが」


 お供している造船所の所長が口を尖らせた。


「府長、お願いですから王の前でそのような事は口にしないで下さい」


「女の乳房なら口にしても良いと?」


「毎晩しているでしょうが」


 ガルディアのみならず、この国の王になった者は必ず恐れる、民の反乱というものを。

 数こそ力である、いや質が力になる時もあるが、数が多いというのはそれだけで相手より優位に立ちやすいのだ。だから隣国と違っていつまでも舗装された道路を作らず、悪路の移動を常としていた。

 そして今は国民投票の機運が高まりつつある、殆どの貴族が「もう確実だろう」と口にする程だ、私もそう思う。


「ただ、良い事ばかりではないのだがな」


 頭の中身と口が直結している私の独り言に所長が反応した。本当に稀有な男である、主語など一切ないのに的確な答えを返してきた。


「ええ、強制退場させられた後が一番大変ですからね。もう既に候補者同士が潰し合っていると聞きました」


「可哀想な事に。民の暴動と見せかけてディリン家の当主が討たれたのだろう?」


「はい、懐刀が再起することは二度とないでしょう。だから我々が呼ばれたのですよ」


「お前さんはどう思っている」


「地盤固めと周りに対する牽制でしょう。既にルヘイの島から嘆願するために民が移動を開始したそうですし」


「いい加減舗装した道にしたいものだ、この振動が腰に来るんだ」


「私が女だったらきっと違う事を口にしていたんでしょうね」


「生憎だが男の物を咥えるつもりはない」


「いえ、世の中には(おとこ)(むすめ)と書いてオトコの()と呼ぶ存在が「詳しく」



 新しいジャンルを確立した私の興奮を他所に、目前に立つガルディアは憔悴し切った顔で話し始めた。

 

「良く来たグレムリン。もう面倒臭いから先んじて言うが、お前たちを呼んだ理由はとくにない」


「さようですか」


(なら帰らせてくれ。オトコの娘について調べたいんだ!)


 良く考えられているこの"オトコの娘"なる存在は。見た目は女でありながら体は男、勿論アレだってきっちりと付いているがそこがミソになっている。

 相手が絶頂に達したことがアレによって分かるのだ。女はそうもいかん、昨日だってあれだけしてやったというのに事が終わってみやれば涼しい顔をして去って行ったのだ。演技?今まで演技だったんですか?と問い詰めたくなった、あれ程虚しい瞬間はない。

 だが──オトコの娘は違う!アレだ!いくら演技しようがナニで一発で分かる!発射!!


「……良く考えたものだウルフラグ」


 さらに加えて見た目が"女性らしい"という事である。これにハマらない人間がいるのか?いるのだろうな、例えば目の前に立つ男のように。


「残念な男だよ、君は」


「………用は無いつったが人前で妄想に耽るの止めてくんない?というか何その憐憫の眼差し。──まあ良い、ところでバベルはそっちに来ているか?」


「うむ……うむ?ああ、バベルか、早く引き取って欲しいのですがね、邪魔でしょうがない」


「そう邪険にするな、あれはあれで使える奴だ、何を考えているのかサッパリだがな」


 ...本当にただの世間話のつもりか?話の方向性がまるで見えてこない。


「王よ、ただ話しがしたいだけなら─」「─もし、こっちに敵対するようなら始末しておいてくれ」


「………………」


「用件はそれだけだよ、探るような真似をして悪かった」


 ひっそりとした場所にある謁見の間、流れる水の音と互いの息遣い。

 ああ、なるほどと、こんな所に謁見の間を作った理由も今頃になって分かった、全ては"民を恐れるが故"であると。


「……疑心暗鬼に陥ってしまうのは理解できますが、そう卑屈になることもないでしょう」


「それがそれもいかん、俺はあの男の手を借りて実の姉を討ったんだから。因果応報という言葉が身に染みるようだ」


 珍しい、この男が弱気になっているなど。

 今ならオトコの娘について渾々と語っただけで陥落できそうだと思いながら別の事を口にした。


「バベルだけではありますまい。機人軍の中で打倒公爵の機運も高まりつつあります、繋がりがあるのでしょう?」


「……ヴァルキュリアを敵に回すとろくな事にならんな」


「お認めになるのですか?」


「ある程度は」


 ...止めてくれないか、洗いざらいぶち撒けるつもりではなかろうか。こっちは新型艦の製造とオトコの娘について深く研究したいというのに。

 この男、私を巻き込むつもりでいるらしい。


(──ああ、やはりバベルを放ったのはこの為か)


 ヴァルキュリアの動向は芳しくない。国内の至る所に神出鬼没に現れ、欲しい物資だけを奪ってトンズラをこきまくっていた。これではただのこそどろだ、最新鋭の空母と機体を使ってやるような事ではない。が、彼らの動きは民にとって追い風となり、国民投票に向けて着々と準備が進められていた、「あのヴァルキュリアですら王に背いた」と。


(針の(むしろ)か溺れる者が掴む藁なのか……バベルだけでは判別できん。……あのマリサという女はどうだろうか)


「……公爵の私兵部隊の一人がうちに来ていますが、それも何か関係が?」


「随分と直截(ちょくせつ)に尋ねるんだな」


「こちらも余裕がありませんので、新型艦の開発も滞っておりますゆえ」


 国王が答える。


「まず、新型艦についてだが何が何でも開発してくれ、足りない資源があればそっちに回す。ある程度なら国外に出ても構わん」


「それでしたら後ほど提出させていただきます。足りない物ばかりですから」


「よろしい。次に公爵の件についてだが、当面の間遊撃隊として出張らせることにした。奴にはヴァルキュリアの落とし前と代わりをやってもらわないといけない。だからその部隊の人間も放免されたんじゃないのか?何でバベルと一緒にいるのかは知らんが」


(何も知らぬはずがあるまいて。面と向かってこの世界から出て行きたいと抜かしたんだぞ)


 この王はとにかく人の顔色を読むのが上手かった。


「そんなに知りたいか?デュークが抱えている部隊について。世の中知らない方が良い事はいくらでもある」


「マリーン、というものに関係しているのですか?」


「どこで聞いたその言葉」


「マリサという部隊の人間が口にした事です、ここから脱出したいと。だから新型艦に一枚噛ませてくれと」


「………」


「バベルに然り、その女に然り、やや私たちとはいくらか気色が違うようですな」


「そりゃマキナだからな」


 ...ん?


「そうですか……マキナですか。そういえば王よ、この間も星人は実在するとか仰っていましたが……」


「そりゃ実在するからな。……ん?お前まさか……」


 発言が重なった。


「本当の話だったのですか?」

「信じていなかったのか?」


 疲れ切っていた王の顔に僅かな"好奇心"の色が浮かんだ。


「いやいやいやいや、超深海の話をした時にお前はマキナに潜らせろと言っていたじゃないか」


「あれはただの皮肉であって本意ではありません。……え?本当に存在するのですか?機械仕掛けの神なる者が」


「ああいるさ、所謂デウス・エクス・マキナってやつだよ」


「それは──ええ確かに、この世界が機械仕掛けの筒の中であれば確かに、その中から出てくる神としてその表現は的を得ているでしょう、しかし本当に?」


「何度も同じ事を言わせるな、広げ過ぎた風呂敷を一方的に畳める神は存在している」


 私は王の話を聞いて真っ先にこう思った、"ああ、何と勿体ない時間を過ごしていたのだろう"と。


「──こうしちゃおれん!「─っ?!」今すぐにでもあのマリサという女に会いに行かなければ!「待て待て!話はまだ終わっ「どうせこの私にヴァルキュリアを牽制しろと言うのでしょう!ええ確かにルカナウアの軍はカウネナナイで二番目の規模をもちますからね!「その件はもういい!カイの軍に任せている!もう直に粛正部隊が派遣されるはずだ!」


「では一体何だと言うのですか!」


 珍しく私に気圧された王がこう答えた。


「公爵の動きを見張れ、奴の下にいたアマンナというマキナをそっ「喜んでお引き受けしましょう!!──ここに運命の帰結あり!!……ああ、あの時から既にこうなる運命だったということか……」


 心底呆れたように被りを振る王がちらりと視界に入ったような気がした、しかし私の足は謁見の間から離れていた。だって早く会いたかったから。

 マキナ。機械仕掛けの人形。発射。この目で見られる。


(そうか──この頭の土産もマキナから生まれた物なのか……なればサーストンは初めから……)


 知っていたという事だ。ウルフラグからこっちに渡ってきた私を頼ったのも...

 ちなみにだがまだ王の話は終わっていなかったようで従者が血相を変えて私を追いかけてきた。

 新型艦の製造は所長に任せ、ルカナウアの軍を率いてハフアモアの採取に行ってこいと命ぜられてしまった。しかもマリサとアマンナの二人を付けてくれるらしい。


「──漲るというものだよ………ふっふっふっ………」


 私の笑い声を聞いた従者がまた血相を変えて離れていった。



✳︎



 ナディさんが陸海空合同の士官学校でデビューを果たしてから二日目の朝を迎えました。

 生憎ラハムは寮生活を送っていますのでナディさんと一緒に登校することはできません、しかし今のラハムには沢山のご友人がいますので寂しくはありません、寧ろ忙しくしています。


「えーと……これがこれで、これはあれで…」


 ラハムの料理の腕を買われて色んな人から「お弁当」を作ってほしいと頼まれています、なので朝も早くまだ陽は昇っておりません。

 一度、パイロット候補生の怖い方からお弁当作りを止めるように怒られた事がありました。「良いように使われているだけだ」と、だから今すぐそんな事は止めろと。

 

(そんな事分かっていますよ〜)


 きっとあの方は誰からも相手にされない寂しさを知らないのです。言う通り、ラハムがお弁当作りを止めてしまえば離れていく人もいることでしょう、でも、作り続けていれば皆んながラハムを頼ってくれます、一人ぼっちになりません。

 得てして人の輪というものはこういった事ではないでしょうか、無償の愛など存在せず、互いに気遣い気遣われて成り立つのが人間関係だとラハムは思います。

 翻って言えばナディさんが優しすぎるのです、あんな人そうそういません、ラハムも人の輪の中に飛び込んで最初は苦労しました。


(………………)

 

 束の間、料理の手が止まりました。ナディさんと一緒に過ごしていたあの小さな家のキッチンを思い出したからです。

 ガツガツと、それはもうガツガツとナディさんはいつも平らげていました。ラハムのご友人はたまに料理を残されたりしますがナディさんは残しませんでした。

 つんと、鼻の奥が湿っぽくなりました。


(……時間もあることですし、ナディさんの分も作ってあげましょう。そして今日はラハムの方からお昼に誘ってあげましょう)


 しかし世の中そんなに甘くはない、と思い知らされました。



(ぎょええ!!もう仲良くなってるぅ〜〜〜?!?!)


 いつものメンバーで正門を潜った時でした(寮から少し離れています)、ナディさんがあの怖い候補生と肩を並べているではありませんか。

 一緒に登校していたご友人も気付きました。


「え、あれ見て、あの異色の組み合わせ」

「ん?……うわあ、良くあんな人と一緒に登校できるね。案外怒られてんじゃない?」


 下品な笑い声再び。

 怒られているようには...というかナディさんほんと人と仲良くなるのが上手ですね!

 目付きも態度も悪い候補生の寝癖を直してあげているではありませんか。甲斐甲斐しく世話を焼かれている候補生を見てラハムは『カチン!』ときました。


「どうしたの?そんなに睨んで」

「前に弁当作るなって怒られたんでしょ?」

「え、そうなの?あんまり無理しなくていいからね」


 ご友人の言葉もあまり耳に入りません、嫌々している割には満更でもなさそうな候補生にムカついてしょうがありません。


(昨日はラハムを頼ってくれたというのに!ふんですよふん!)


「──行きましょう!」

「え?ああ、うん」

「何でそんなに怒ってるの?」


 不思議そうにしているご友人の手を引き、ちょっと目立つようにしながら昇降口を目指しました。

 ──実を言うと、ナディさんと─それこそ超深海一二〇〇〇メートルほどの!─深い間柄にあることを皆さんには黙っていたのです。

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