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第73話

.親子ネットワーク



 大型シルキーとの戦闘を終えた軽空母バハーの格納庫には、引き取り手を失ったノヴァウイルスが鎮座ましましていた。


「今回は牡蠣っぽくないのですね」


「うん、どうしてなんだろうね」


 歴戦のパイロットに見事勝ったラハムがそう呟いた。

 格納庫の一角に置かれたノヴァウイルスは綺麗な丸、ではなく少しだけ歪であり薄らとしたピンク色をしていた。間違えて採取した?と思うがどうやらこれがそうらしい。

 高さはおよそ二メートルと半分くらい、直近で観察してみると結構な迫力があった。

 くまなく見てみようとノヴァウイルスを眺めているつもりが、知らず知らずのうちに視線が下がっていた。


 ──そんなものが無ければ俺たちだってっ!


 気持ちが安定しない、初めての戦闘らしい戦闘を経験し、しかもその相手がヴォルターさんなのだ。あの時あの瞬間、自分は間違った事はしていないと強く思っても、ヴォルターさんの言葉が胸を締め付けていた。


「……大丈夫ですかナディさん」


 気遣わしげにラハムが覗き込んできた。


「大丈夫、じゃないと思う……でも、何かじっとしていられないんだよね」

 

「無事に帰ってこられただけマシだと思ってほしいね」


 そう後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこにはさっき私を助け出してくれたキミリア・ハーケンとその姉?であるエミリア・ハーケンがパイロットスーツのまま立っていた。

 四人からあまり良く思われていないことはラハムも知っている。そのラハムがむっとした表情で私の前に立った。


「何か御用ですか?」


「そんな釣れない言い方は嬉しくないな〜ボクたちは戦友じゃないか。ま、用があるのはそっちなんだけどね」


 そっち呼ばわり。

 庇ってくれているラハムよりすっと前に出て、素直に頭を下げた。


「助けてくれてありがとう」


 格納庫の無機質な床から視線を上げる、相手は面食らったような表情をしていた。


「な、何だよお前、僕のこと嫌ってたんじゃないのか」


「お礼を言うのに好き嫌いは関係ない、だから言ったの」


「──いやそれってやっぱり嫌ってるってことなんだろ?」


「そっちだって私のことが好きじゃないんでしょ?」


「何でそうなるの?」


「何でそんなに突っかかってくるの?」


「はいはい。とにかく、仲直りってことでいい?キミリアはほんと態度に出るから作戦中もやり辛かったんだよ」


「まあ、助けてくれたことには変わりはありませんから……」


 キミリアがさらに突っかかってくる。


「ねえ、何でこいつには敬語で僕にはタメ口なわけ?おかしくない?」


「え、だってエミリアさんってお姉さんなんでしょ?私より明らか歳上じゃんか」


「………」

「………」


 ゆっくりと顔を見合わせる二人。そしてエミリアさんがにかっ!と笑顔になった。


「そう!そうなんだよいやあ〜ボクの弟ってまだまだお子ちゃまでね〜手が焼けるよね〜」


 ぐっと肩に手を回して引き寄せている、キミリアは対照的に渋面を貼り付けて嫌そうにしていた。


「あれ、もしかして姉弟じゃなかった?同性ってだけ?」


 すると今度はキミリアがエミリアさんをぐっと引き寄せて「…そういうことに…」とか「お前が適当に名前を…」とか小声で文句を言っている。


(何なんだこの二人……)


 面白くなさそうにしているラハムがむすっと膨れている。そんなに警戒する必要はないよと、脇腹を突いておちょくっているとノラリスを担当している整備の人に呼び出しを食らっていた。


「え、何でラハムだけなんですか」


「火器の担当はお前だろ?システムのルーチンに異常があるんだけどもしかしていじった?」


「いじったも何もあんなゴテゴテな承認段階を踏んでいたら敵に落とされてしまいますよ。ラハムが最適化しておきました」


「それをいじるって言うんだよ!現場が勝手なことするな!」


 ラハムが「ええ〜〜〜」と嫌そうにしながら整備の人に引っ張られていった。

 その様子を眺めていた二人がそっと尋ねてきた。


「ねえ、あの人って普通の人間じゃないんでしょ?」


 エミリアさんの気遣い無視の言葉にちょっとムスッとしながら答えた。


「そうですよ。それが何ですか?」


「……ああ〜なるほどね〜君もキミリアと似てるね。シンパシー?だから構ってたのか」


「──はあ?!違うんですけど!ボケっとしてるし弱そうだからおちょくってやろうとしただけだ!」


「民間人相手に何ムキになってんの?そりゃ弱くて当たり前じゃん」


 私の返しにエミリアさんがげらげらと笑い始めた。


「はあ〜〜〜おもしろ、君面白いね!ここまで棚上げする人間も珍しいよ」


(え、何なんだ急に……)


 私の何が気に入ったのか、肩をばしばしと叩いてきた。

 お前には負けない!とかお前の方が妹だからな!とか、良く分からない遠吠えを吐きながら二人が格納庫から去っていく。

 

(な、仲良くなれた……?今のが仲の良いやり取りなのか微妙だけど……)


 私の周囲だけが途端に静かになった。

 軽空母バハーは既に帰港している、それなのに下船許可が一向に下りないのは一重にこのウイルスのせいである。

 引き取り手がいないのだ、頼みの綱のユーサ港が「もう勘弁してくれ!」と断ってきたためだ。今はウイルスの保管場所を探している最中、そして私たちセントエルモはウイルスの警護?にあたっていた。

 一人になってしまうとどうしたって考え事をしてしまう、だからこうして艦内をうろうろとしていた。

 

「お?あれじゃない?ノヴァウイルスってやつは」


「…よせって、顔見せ厳禁…」


 また新しい人が現れた、格納庫の入り口でこっちを覗き込んでいるようだ。


「いや見ないと駄目でしょ、私ら一度も生で見てないんだよ?」


「誰かに見られたらどうすんだ…」


「ちょっとぐらい別に────あ」


 ノヴァウイルスと格納庫入り口の間には移動式タラップがあった、こっちからは入り口の二人が見えていたけどどうやら向こうは私が見えていなかったらしい。

 その二人は真っ白のパイロットスーツを着用し、そしてナツメさんのように真っ白な瞳をしていた。というかナツメさんだよね。


「…………」

「…………」


 私を見て固まる二人。何なんだ?


(顔バレがどうのこうのって言ってたな……お忍び?)


 とりあえず会釈でもしておけと頭を下げ、すすすと離れようとすると、何故だか呼び止められた。


「ねえ、「──ちょっ」君ってオクトカーフのパイロットだよね?」


(あれ、この声……)


「そ、そうですけど……」


 ピメリアさんのように金色で、そして作り物のように綺麗でとても長い髪をしている女の人。


「深海ってどんな所だった?」


「え、ええとそうですね……街がありましたよ」


「え、街?深海なのに街があったの?」


 急な話にドギマギしながらも答えた。


「はい、深海生物が集まっていて、そこから別の集まりまで道があって、その途中に海藻の森があって中央には神殿もありました」


 神殿とは、息絶えた生き物と(そういえば、さっき戦った生き物と似ていたけど何か関係が?)ひっそりと佇むノヴァウイルスがいた場所をそう呼んでいた。

 話を聞いた女の人がどこか子供っぽく顔を輝かせた。


「へえ〜〜〜!海ってそんな世界なんだね!いいね、行けるなら私も行ってみたい」


(子供っぽい)


 隣でそわそわとしているナツメさんに声をかけた。


「あの、今日はお忍びなんですか?」


「──えっ?!」


 声をかけただけなのにびくりと肩を震わせている。


「いやさっき、顔を見られたらヤバいとか何とか……それにナツメさんも空軍に転属したんですね」


「……………………いや、ちょっと待ってくれないか──その、ナツメっていうのは……?」


「ナツメ・シュタウト少佐……ですよね?前にユーサの港でお会いしたことがあると思うんですけど……」


 金髪の女性が突然、体をくの字にして小刻みに震え出した。本人は「じ、持病だから……」と目の端に涙を溜めて言い訳をしている。


(何なんだいったい……何がそんなに可笑しいの?)


 ナツメさん?っぽい人が全力で否定していた。


「違う、私はその人ではない。君からしてみれば確かに似ているかもしれないが、私は間違いなく君とは初めてだぞ」


「は、はあ……じゃあこっちの方は?前に車に乗せてもらったことがあるんですけど……」


「えっ」

「──えっ?」


 二人して固まる。以前、街が襲われた時にあなたの運転で基地まで行ったんですよと伝えると、「──ああっ!!」と大きな声を出していた。


「────いや、違う、多分それ私じゃない」


「え?いやいや、基地を出て行く時ヘルメットを脱いでましたよね、その時もぶわわとその髪が──」


「いやいや、いやいや……ち、違うよ?」


 パイロットスーツは普段着と比べていくらか暖かい、風を通さない仕様だからだ。それでも女性は汗をかいてゆっくりと離れていこうとしていた。

 何なの?ここには変な人しか来ないのか、そうなると私も必然的に変な人になってしまうけど。

 金髪の人が「じゃあね!」とやっぱり逃げ出し、黒髪でナツメさん似の人がすすとこっちに体を寄せてきた。


「この事は是非とも多言しないでほしい……とくにレイヴンクローさんには」


「ここでお二人と会ったことですか?」


「そ、そう……ちょっと訳アリで……私ってそんなに似てるのか?」


「はい、元々空軍を目指していてコネクト・ギアの手術に失敗してしまった人がそのナツメ・シュタウトさんなんです。あなたと同じように白い目をしていましたので……本当に違うんですか?私をからかっているとかではなく?」


「──いいや、違うよ。教えてくれてありがとう」


 ふわりと、何故だかふわりと頭を撫でられた。

 手がどかされた時にはもう踵を返しており、私のことなどちっとも見ていなかった。


(ああ──……なんか凄いドキッとした……)


 あんなにさりげなく、しかも初対面なのに頭を撫でてくるだなんて。それなのに決して嫌な感じはせず、寧ろ...


(……はっ!……いかんいかん、私には恋人がいるんだ、それにあの金髪の人とも仲が近そうだったし……)


 こうして、色んな人と会話をすることができたので私の胸の内もいくらか晴れていた。



 結局、回収したノヴァウイルスは政府が所有する空き施設に移されることが決まり、ようやく私たちに下船許可が下りた。

 ウルフラグに帰港して丸々二四時間経過した後のことだった。

 ちなみにだが、許可が下りなかったのはどちらかと言えば現場寄りの人たちだけであり、主に責任者の立場に就く人たちは帰港して早々船から下りていたらしい。

 その事を聞かされても誰も怒りもしなかった、理由は分かっているから。

 厚生労働省との話し合いのために、ピメリアさんやグガランナさん、それからアリーシュさんが船を下りていたのだ。



✳︎



[まず、話が長くなるだろうから先に言っておくが、とても残念だよ。君だけはと思っていたのだがね]


「今回の件に関しましては言い訳のしようもありません、この度はお騒がせしてしまったこと心から謝罪致します」


 律儀に椅子から立ち、粛々と頭を下げた。

 昨日、遠征調査に赴いていた臨時特別調査室と厚生労働省開発の海域監視端末が衝突した件について、良くあのならず共を束ねていたなと感心していたエミ・カツラギ局長より報告があった。

 彼女の─一応は─上司にあたる私の方から話を進ませてもらった。


[ではまず端的に、何が原因だったのか簡潔に述べてもらいたい]


 厚生省が入るビルの最上階、つまりは私たちが根城にしている会議室に各大臣が集まっていた。

 並み居るトップが眼光鋭く局長の話を待っている。


「不明です」


 場が騒つく。


「……報告会だと聞いてわざわざ足を運んだんだがね」


[カツラギ局長、それはあまりに端的にすぎやしないか?]


 おでこがピカリと光る総務省大臣が私に矛先を向けてきた。


「君こそ本当に何も聞いていなかったのかね?政府が主体となってシルキーに酷似した生体兵器を陰でコソコソと製造していた件について」


[いいえ何も、私も寝耳に水でしたとも]


「……………」


 お次は国交省だ。


「それで通る話じゃねえんだわ、厚生省の旦那。うちんトコの娘にもエラい迷惑をかけたそうじゃないか、ええ?」


 野太い声をビリビリと震わせ、私だけではなく他の大臣も威嚇しているようだ。


「ここで落とし前をつけられないんならそれぞれが自分んトコに持ち帰って対応策を考えなくちゃならねえ。そうなったらお次は国会でドンぱちだ。な?面倒臭いだろう?だからこうして皆んなが集まってやってんだ」


 彼の言う「自分んトコ」とは、それぞれの議員が属する派閥であったり党であったりする。意見が"党"ごとに分かれたら国会で議論し、多数決を取らないといけなくなる。それを面倒臭いと、議員としての仕事を面と向かって馬鹿にしてみせた。

 もしここで対応策を考えられるのであれば、今回の一件は全て厚生省にその責任があり、そしてその善後策についても既に議論済みであると国民に説明することができる。

 そう、議員が気に病む所は畢竟、国民の機嫌なのである。その為だけに議論を交え、民から怒られぬように策を考えさらに議論し可決し施行し、そしてまた問題が起こればこれの繰り返しなのである。


[君の娘については良く存ぜぬが、知らぬと言ったら知らぬとしか返せない。そもそも私はセントエルモの副責任者なんだぞ?それなのに今回の件について事後報告を受けた私の身にも─「─誰がそんな話をしているんだ。今回の一件はどう見たってハードではなくソフトの方に問題が起こったんだろうが。違うか?」


 .....................


「あのくじらだとか言うデカブツはシルキーから製造されたもの、それぐらいは報告を貰わなくても分かる。そうだろ?」


「ええ、仰る通りです」


「問題が起こると分かっているモンを現場に投入するはずがない。安全に物を作って安全に動かす方法まで考案して事故が起こったんだ、今回の事件は言うなれば車に問題はなくその車を運転していたドライバーに問題があった。でだ、厚生省の旦那、あんたは本当に何も知らないのか?」


 舌鋒も鋭すぎてまるで刃物のようである。彼が放つ一言一句はまさしく的のど真ん中に当たっていた。


(やり難いったらないな、こういう叩き上げの人間は地頭の良さに後から知恵も付くんだから……)


 私がアクセスしている端末を並み居るボンクラどもが睨んでいた。このまま無言を貫くわけにもいかなかったので、ちょっとしたナゾナゾを提供してあげることにした。


[今回の件について、暴走を起こし得るトリガーはいくつか存在していたと思う。まずは特個体のオリジナルであるダンタリオンとガングニール、それからハフアモア、産み落とされたシルキーに至るまで内蔵されているナノルーター、これらがカオス的な融合を果たした結果である、という事ぐらいは私も推察している。が、確証はまだない]


「そんなの俺らと対して変わらねえじゃねえか。いいか旦那、お前さんが脊髄に集中している全ての神経をコネクト・ギアの移植手術と同じ要領でネットに繋いでいるのは知ってんだ。俺は最初ソフトに問題があるって言ったよな?ん?そこんトコの意味がまだ分かってないのか?」


(お〜怖い怖い……)


 でもまあ、せっかく向こうから助け舟を出してくれたんだ、乗らない手はない。


[私に問題があったと言いたいのか?]


「他に何がある?さっさと白状してくんねえか、こっちは身内にも説明しねえんといけねえんだよ」


 含むような言い方である。「お前にはいないだろ?」と。


(クヴァイ・ロドリゲス……彼はいったいどこまで嗅ぎつけているのやら)


 孤立無縁に等しい私の立場から言える事はたった一つだけ。


[調査中のため詳しいことは語れない]


 国会審議と似たようにあちこちから野次が飛んできた。



✳︎



「で、どうだったんだよ親父、詳しい事は分かったのか?ん?こっちは次の調査を控えてんだよ」


「ああ………そうだな、厚生省も調査中らしい、詳しいことはまだ分からん」


「は?何の為に一日費やしたんだ?それならとっとと乗組員を下ろせば良かったじゃないか、文机で仕事してるお前らと違って皆んな疲れているんだぞ?」

 

 いや俺も疲れているんだがな...

 相変わらず、メアリーは現場の事になるとすぐ鬼になる。部下からすれば頼もしいが上司からしてみれば嫌で仕方がない。

 だが、メアリーのような存在も社会には必要だ。部下の為に喧嘩してくれる責任者がいなくなればいよいよこの世の終わりだ、利益主義の首脳陣を誰も止められなくなってしまう。


(だがそれも、ごまんと抱える社員全員に飯を食わせるために必要なことでもある……慈善事業だけじゃ生活はできん、金を稼がないとどのみち生きていけねえんだ)


 名にし負うメアリーの目に視線を合わせた。


「疲れているのは皆んな同じだ、そういう立場差別は止めろとあれ程─「そういう事言ってんじゃねえんだわ。なあ親父、あんなデカブツをどうやって厚生省の奴らは運んだんだろうな?二〇メートル近い生き物が二体、間違いなくウルフラグの沿岸から沖に移動してんだよ。で、責任のなすりつけ合いは終わったのかと聞いてんだ」


「……………」


 やはり駄目か、他の連中は騙せてもこいつだけは騙せそうにない。

 メアリーの見立ては当たっている、寧ろ監視端末に絡んでいない省庁は存在しない。だから開発元である厚生省を問い質し、あわよくば今回の責任を取ってもらおうと思っていたのだがものの見事にかわされてしまった。

 こうなったら事態解明のための第三者組織を立ち上げ、定期的な審議会を開かなければならない。金もかかるし時間もかかる、またぞろ税金の無駄使いだと労働組合から苦情(自分たちの所に金を落とせ!という意味)を言われて頭を下げねばならん。

 監視端末の本来の目的はシルキーの早期発見と早期対応が主である。国民に向けて発表するためにも信頼と実績を短期間で、と思ったのがそもそも間違いなのかもしれなかった(利権に塗れたオフィシャルグッズまで用意していたのに)。

 メアリーに答えた。


「審議中だ、まだ何とも言えん」


 怒声を上げながらメアリーが俺の胸ぐらを掴んできた。ああ懐かしい、ユーサにいた時もこうやって喧嘩をしていた。ただ、あの時とは違って俺も抱えるモンが多くなり過ぎたから腹を割れないということだ。

 腑抜け!日和やがって!このだるま!とか、子供染みた罵声を浴びせながら娘が部屋から出て行った。


「俺も全部うっちゃけて喧嘩がしたいぜ…海にいた頃が前世に思えてくる」


 俺と良く似た不器用な娘を思いながら、深い溜め息を一つだけ吐いた。



✳︎



「で、結局私はどうなるんですか?続投ですか?」


「いやうん、まあ……そうなるな。というか、そんなに睨むなよ……」


「だって気になるじゃないですか、いくらラハムが火器担当と言っても横っ面にシールドを叩きつけたのは私なんですよ?しかも相手は保証局の人なんですよ?何も言ってなかったんですか?」


「う、うん……その件についてはとくに触れていなかった……かな?」


「何を会議しに行ったんですか?」


 怖い怖いもう。自分の処遇が気になるナディが言葉端もキツくぐいぐいと問い質してきた。

 国会議事堂から返した踵を、今となっては懐かしいユーサ第一港に向けていた。

 海軍方面基地でバハーから下船したクルーたちがユーサ港経由でようやくご帰還したためだ。以前、民間チームとして乗船したターミナルの待合室で私はナディに捕まっていた。


「色々あんだよ。でも、今回の一件はセントエルモに責任があるとは誰も言ってなかったな」


「セントエルモにもある、じゃなくて?その話し合いをするためにピメリアさんたちが先に下りていったんでしょう?」


「怖いってお前。色々あるんだって、そう竹を割ったように決められる問題じゃないんだって、な?分かってくれよ」


「私は別にいいですけどラハムが可哀想じゃありませんか。せっかく私のためにあれこれ覚えて頑張ってくれているのに責任を取らされるようなことがあったら」


「大丈夫大丈夫!それをきちんと話し合ってくるか「だからそれを話し合うために先に──あ!ちょっとピメリアさん!話はまだ終わってないですよ!」


 クルーの安否確認と次回の乗船期間の打ち出しを各班長に行なってきたグガランナが折良く帰って来た。娘には悪いが情けない笑顔を貼り付けながら別れを告げ、すたっと離れた。


「カンカンに怒っているじゃない、どうするのよあの子」


「いいっていいって、次の調査までにはほとぼりも冷めているだろうさ」


 肩越しにナディの顔を見やれば確かに、私たち親娘には無い"クール"なキレ方をしていた。


(私ああいう静かにキレてくるのが苦手なんだよな……怒鳴られた方がまだマシ)


 ターミナルの待合室からまろび出た私たちを厳寒の風が出迎えてくれた。

 "冷たい"を通り越して"痛い"風が頬を撫でていく、お陰であったまった体も瞬時に冷えてしまった。


「寒いの?」


「見りゃ分かんだろ──ああそういうね、はいはい」


 グガランナがすっと私に近付き、コートの中に暖房器具でも隠してんの?と言わんばかりの暖かい腕が私の腕に組み付いた。


「便利に使ってちょうだいな」


「良く言うよ。この間はもっと私を構えって言ってたくせに」


 やっぱり背伸びしていたグガランナが、またむくれっ面を晒しながら私の腕ぱしぱしと叩いてきた。

 一回目の調査から問題ばかり起こってしまった。けれどまあ、お題目であるノヴァウイルスの回収には成功したから良しとしよう。

 人、組織、派閥。色んな思惑を乗せたセントエルモのデビュー戦が何とか無事に終わり、次回の調査に向けてそれぞれが休みに入っていった。



✳︎



 名前はアカネ・ハラヤシキという。学生時代から「名前と性格が合っていない」とイジられていた真面目な元クラスメイトである。

 そんな彼女からコンタクトがあったのはセントエルモの航海前日だった。曇り空のように私の心にも不安が立ち込め悶々と過ごしていたので、彼女からメッセージが入ってきた時のことを良く覚えている。というか最近だし。

 用件は簡潔に、そして再会は濃密に。たっぷりと一日を費やす羽目になった。


 ──コールダーさんに会ってほしい人がいる。


(一体誰なのかしらねえ〜〜〜)


 そして今日がその日である。今日だぜ今日。恋人が遠征から帰ってきた日に予定ぶち込む?いや帰ってきたのは昨日なんだけど、何か色々あって下船できないとメッセージ貰ったけども、一日予定が狂っただけなんだけども。

 向かうはビレッジコア大学のメインカレッジだ、そこで主に民俗学を専攻している先生がいるらしく、その人が是非私と会いたいとハラヤシキさんにお願いをしたらしい。

 バスの中から見上げる空は鼠色、いつ雪が降ってもおかしくはない、そんな天気。


「はあ〜〜〜」


「あの、コールダーさん?そう溜め息ばかり吐かれると……今日はまずかった?」


 そのハラヤシキご本人である。


「いいや別に」


 ちらりと見たハラヤシキは思案げに眉を曇らせていた。

 真っ直ぐ伸びた髪に、それこそ今から降りそうな雪のように白い肌を持つ相手だ。

 奥ゆかしいというか、あまりはしゃがないというか、とにかく男子が好みそうな、とにかくそんな感じのクラスメイト。元、だったな。

 それなりの客を乗せたバスがゆったりと目的地へ向かう。バスが揺れる度に自分の頭がコツコツと窓に当たる、力なくもたれかかっているせいだ。

 都心からベッドタウンへ、そして半端な繁華街を抜けて突然始まる山道を登り到着した場所がビレッジコア大学、私が結局進学しなかったカレッジへやって来た。


「どう?良い所だと思わない?」


 雪が溶けていくような儚い笑顔をしながらハラヤシキがそう言った。まさに絵になる人だ。

 

「……そうね、良い所ね」


 石造りの門扉の向こうは鬱蒼とした針葉樹が待ち構えていた。そして、細い針のような葉っぱの向こうにお城のような校舎が建っている。

 まさに冬景色を臆面もなく着飾るために作られたような大学だ、夏も夏できっと素晴らしいのだろう。


「ハフマン先生が君のことを待っているよ」


「別にその人だけでも良かったんだけどね」


 遠回しに「あなたは来なくても良かったよ」と伝えると、ハラヤシキがとても寂しそうに微笑んだ。



「ようこそ、こんな辺鄙(へんぴ)な所まで良く来てくれたね、歓迎するよ」


「初めまして、ライラ・コールダーと申します」


「ご丁寧にありがとう。私はロザリー・ハフマン、この子の先生をやっていてね、君と知り合いって言うものだから会わせてほしいとお願いをしたんだよ」


 外観もさることながら校舎の中も大変立派だった。石と木で建てられたはずの校舎なのにどこもかしこも汚れや傷みなどなく、まるで映画のワンシーンに使えそうな大広間も迫力があった。

 そして今はハフマンと名乗った大学教員の研究室にいる。赤い布地のソファに金縁のテーブル、部屋の奥から今にもローブを着込んだ魔女が出てきそうな雰囲気があった。

 そのハフマン先生は眼鏡をかけた知的な女性だった。ブラウンのボブカットにその赤い眼鏡が良く似合っていた。

 三人、金縁のテーブルを囲うように座っている。今から四方山話でも、という雰囲気が本物の暖炉から忍び寄ってきていたがそれを断ち切り、私の方から口火を切った。


「それで、私をお呼びになった理由をお聞かせください」


「おや?もしかして急ぎの用事でもあったのかな」


「いいえ、私のような未成年を呼ぶ理由というものに興味を強く惹かれていまして」


「──うん、まあいいだろう、その気持ちは私も良く嗜むものだからね。結果から論ずれば、シルキーの散布濃度に何かしらの意図が込められている」


「──────え、はい?今何と……」


「雑談というものは、初対面の相手であっても十全に議論するために必要な会話のストレッチなのさ。だからこうして紅茶やお菓子も用意してあるんだよ」


 何だかものすっごく恥ずかしくなってきた、ハフマン先生の言う通りかもしれない。

 いや私としてはこんな場所から早く帰りたかったし何ならずっと私にアピってくるハラヤシキから離れたかったしどうせろくでもない話だろうとたかを括っていたけども。

 ──何だって?散布濃度?意図?

 促されるまま形が不揃いなクッキーに手を伸ばし、一口噛んで紅茶で流し込む。思っていたより緊張していたらしい、味がまるで分からなかった。


「……なるほど、飲食も緊張緩和に繋がるのですね。味が全く分かりません」


 ハフマン先生が快活に笑い声を上げ、そして嫌味もないすっきりとした目を向けてきた。


「君はすこぶる頭の回転が速いようだね、そして素直、実に良い。若さ故の傲慢もないし謙虚だ」


 「それについては」とまず口にし、じっと私に視線を注いでいるハラヤシキに一瞥をくれてから答えた。


「私にとって最も大切な人のお陰かと思います。彼女はそれこそ鏡のような存在で、私という一個人を映し出してくれますから。下手な嘘や誤魔化しは通用しないんですよ」


「へえ〜、得難い人物を得られたようだね」


 ちょっとだけ頬が熱くなる。

 ハフマン先生が紅茶で唇を湿らせてから続きを話した。


「私も君のような相手を欲しているんだけどね、これがなかなかどうして上手くいかないんだ。それならまずは周りからと思って慣れない恋のキューピッド役をやったんだけどこれがまた失敗してしまってね」


「へえ〜そのお相手は?学校の方なんですか?」


「いやいや、君と同じ軍籍の友人だよ。この間左官に昇進したんじゃなかったかな」


「左官に昇進……」


 あれ、その人ってもしかして...

 ハフマン先生が自然な笑みを溢した。


「ストレッチはもう十分かな、互いの胸の内を話せるようになったし。続けてもいいかな?」


「あ、はい。散布濃度のお話でしたよね、それはどういう意味なのですか?」


「誰かが意図的に散布したのではないか、というのが私たちの見解さ。人の脳細胞の数は知ってる?」


「の、脳細胞?確か……数百億だったはず」


「そう、人の小脳はおよそ七〇〇億の神経細胞によって構成されている。では、銀河の数は分かるかな?」


 さすがに宇宙については...ずっと黙りを決めていたハラヤシキが発言した、出来の良い生徒のように。


「銀河はおよそ一〇〇〇億、そしてその一つ一つの銀河が結びついてコズミックウェブと呼ばれるネットワークを形成しています」


「その通り、まだ仮説の段階だけどね。今話したこの二つはとても良く似ている、神経細胞で構成されたニューロンネットワークと銀河で構成された宇宙のコズミックウェブはスケールこそ天文学的な開きがあるけど酷似している」


「──そのネットワークに近い形でシルキーが散布されていると?」


「う〜ん、やはり頭の回転が速い人間は良いね、話がし易い。その通りだよ、この写真を見てほしい」


 そう言ってハフマン先生が自前の携帯を取り出し、ある写真を見せてくれた。

 複雑に配置された光点、そしてその間を細い糸が結んでいる画像だった。光りの加減と色彩が異なるだけで殆ど同じ、どうやらこの二枚がニューロンネットワークとコズミックウェブと呼ばれるものらしい。

 そして三枚目はウルフラグの地図上に赤いシールが貼られた画像であり、確かにそのシールの配置とハフマン先生が引いた赤い線の集合体は先に見た二枚と似ていると言えた。


「これで自分たちで調べたんですか?」


「おや?意外とミクロの視点も持っているんだね。その通り、SNSや個人のブログでシルキーを紹介している人にコンタクトを取ったり、あとは政府にかけ合ったりして調べたのさ。この学校は度し難い変態がいてね、彼のお陰とも言える」


「はあ……凄い労力。あれ、先生の専攻は民俗学とお聞きしていたのですが、こんな事もやったりするのですか?」


「おやおや?もしかして興味が?何なら今からこっちに転学する?軍よりよっぽど刺激的な知的探求が待っているよ!──まあ、スカウトの件は置いておくとして、本題に入らせてもらうけど……」


 また一口だけ紅茶を含んでいる、意外と先生も緊張しているのかもしれない。


「空にもシルキーが散布されていないか調べてほしいんだ」


「──と、言いますと?」


「ちょっと話を戻すけど、小脳も神経細胞によってネットワークが構成されていると説明した、そしてさらに概ね三つの層に分かれていることも知られている事だ」


「はい」


「ここで話が飛躍するから頑張って付いて来てほしいんだけど、シルキーを意図的に散布した存在、ここではNと表現するけど、そのNは何を目的としてシルキーをウルフラグに散布したのか、それについても私たちの方で考察し一つの結論を導き出した」


 ハフマン先生が─ハラヤシキとは違った─熱い視線を私に送ってくる。「今の説明だけで分かる?」とこちらを試しているようだ。


「脳と同じ層を再現したがっているのは分かりますが……その結論というのは?」


 あ〜やっぱり分からないか〜とか、やっぱり子供染みているのかな〜とか、一人で盛り上がり始めた先生が急にばばっ!と腕を広げてこう言った。


「──空想世界の樹立だよ!」


「はあ?」


「シルキーの一つ一つが神経細胞の役割を果たしてネットワークを構築しているんだ!もうこれしかないよ!私はそう思うね、海の中、そして街の中、さらに空の中にもシルキーがあってごらんよ、まさしくウルフラグが脳の役割を果たすことになるんだ!」


「──はあ?」


「だから!Nの目的は私たち人類に壮大な夢を見せようとしているのさ!ん〜〜〜ロマンチックっ!!」


 ハラヤシキに救援を求めた、何を言っているのかさっぱり分からない。

 ハラヤシキはハフマン先生の暴走に慣れているのか小さく首を振るだけだった。

 いや言わんとしていることは分かる、けれどその仮説には一つ足りない物があった。


「質問いいですか先生「──何なりと!」入出力はどうするのですか「……え?何だって?」


 そんなに意外な質問をしたつもりはないんだけど。


「インプットとアウトプットですよ。ネットワークを構成しているのは分かりました、おそらくそこは先生の見立て通りなのでしょう。しかし、肝心のデバイスがありません。人で言えば五感を刺激する外的要素、ネットで言えばパソコンないし携帯電話、では、先生の言うNが目的としているシルキーネットワークのデバイスは?」


「シルキーネットワーク!いいねそのネーミングセンス!」


「デバイスは?」


「ううん…………盲点だったと言わざるを得ない…………」


「駄目じゃありませんか。人間のように魂が存在しているのなら外部入力がなくてもそのネットワークを使用できますけど、一般的なネットワークにしたって外部からのアクセスがあって初めて確立するものなんですから」


「その魂のくだりを詳しく聞きたいところではあるけれど……一旦精査し直そう、付き合ってくれるかな?」


 と、投げかけたのは私ではない。迂闊だった、つい熱弁してしまった。

 ハラヤシキが色良く「はい」と返事し、やっぱり最後にこっちにも振ってきた。


「コールダーさんも、外部協力者として大学側には私の方から申請しておくよ」


 しかし知った事ではない。


「お断りします」


「え、え?それはどうして?熱く語ってくれたじゃないか」


「士官校で指揮官としての勉学に勤しんでいますから」


「指揮官〜〜〜?君が〜〜〜?いやいやそんなの似合わないよ!君のような秀才は学び舎にいるべき存在だ!──そんな指揮官だなんて、油切った中年連中に任せておけばいいんだよ!」


(何その言い方)


 少しだけカチンときてしまった。


「油切ったって、私が自ら選んだ道なんです」


「いやいや!勿体無いって君なら間違いなく本校で優秀な成績をおさめられるはずだよ、それなのにそんな肩っ苦しい場所で青春を無為に過ごすだなんて勿体ない!」


「あのですね、私だってちゃんとした理由があって士官校で勉強をしているんです!先の騒動事件はご存知でしょう?私もあれに巻き込まれて大切な人を失いかけたんです!でもあの時はただのお客様扱いだったからまともに相手にしてもらえなくて悔しい思いをしたんです!というかあなただって私が臨時顧問をやっていると知ってこっちに呼んだんでしょうが!」


 さすがは会話のストレッチ、緊張も良く解れて初対面を相手に喧嘩が出来ていた。

 あちらもヒートアップしてきたのか、


「そりゃそうだけどね!だからと言って何も大切な時間をそんな所で無駄にしなくても良いのではないかと言っているんだよ!それに君のその大切な人だって何もそこまで求めていないのでは?君の独りよがりなのでは?」


「……何ですって──「もう!先生!」──っさい!今さら止めても遅いのよ!何も知らないくせに知った風な口を利くな!」


 「いいや利かせてもらうね!何せ君とハラヤシキさんのこれか、」と、そこでハラヤシキがばん!とテーブルを叩きながら立ち上がった。

 突然の事に口論真っ最中の私たちはハラヤシキを見つめた、そしてこう言い放っていた。


「──何が失敗を経験した恋のキューピッドにお任せあれよ!最悪じゃない!あなたはただ自分が言いたい事を気持ち良く言っているだけではありませんか!もう知りません!後はご自由にっ!!」


 ハラヤシキが手荷物を取り、あとはこちらを見ることもなく部屋から出て行った。

 退出者の機嫌を表すように荒々しく扉が閉まり、残された二人は束の間見つめ合った。


「…………」


「…………」


「…………」


「じゃ、私もこの辺で失礼しますね」


 ハフマン先生が年甲斐もなく、みっともなく私に縋りついてきたのは言うまでもないことだった。

 結局、何だかんだと先生の研究を手伝わされる羽目になってしまった。本当にやれやれなんだが、先生が立てた仮説もある程度は筋が通っているとも思っていた。

 正体不明の『N』、存在しているのかすら分からない。でも、国内に散らばったシルキーが、ある法則下に存在していることを見抜いたのはさすがと言う他になかった。

 ハラヤシキ?ああ別にそれはいい。どうせそうだろうと思っていたから、先生がご破算にしてくれて助かった。

 

 私と先生が政府内でもタッグを組むきっかけとなった日の話である。

※次回 2022/8/13 20:00更新予定


※一週間から二週間にペースを変更させていただきます。何卒よろしくお願い致しますみません。

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