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第69話

.ナディ・ウォーカー:萌芽



 めっっっっっっちゃ怒られた。人ってこんなに怒られるんだっていうぐらい怒られた。それもまだ続く、今は休憩中だ。


「あ〜〜〜………もう嫌」


「しょうがないでしょうが、あんたが色々と大事な事を黙っていたんだから」


 年末はすぐそこ、というか今日。大晦日なのに私は海軍基地に呼び出しを受けていた。

 そして隣には付き添いを買って出てくれたジュディさんがいる。あの日口喧嘩をして啖呵を切ったはずなのに、わざわざジュディさんの方から「付いて行ってあげる」と言われ、別に目の前にいるわけでもないのに私は土下座をしたのであった(勿論会った時も深々と頭を下げた)。


「ざっす」


「は?」


「いやありがとうございますって」


「ありがとうもちゃんと言えないの?」


 と、いつも通りのやり取りをしていると怒り肩になっているアリーシュさんがこっちに向かってきた。これからバハーの格納庫でノラリスを交えての検証会兼お説教会である。嫌です。

 桟橋から私たちがいる事務棟まで迎えに来てくれたアリーシュさんの肩が濡れていた、雪が降っているのだ。


「では、今から格納庫に向かう」


「………はい」


「ちょっとアリーシュ、こいつが民間人だってこと忘れたら駄目─」「─部外者は口を挟まないようにっ!!!」


 ビリビリと空気が震えた、野太い声で叱られたジュディさんもびっくりしていた。けれど慣れっこなのかすぐに気を取り直していた。


「はいはい。じゃ、私はここまで待ってるから、あと一息よ」


「はい……途中で帰ったりしないでくださいね?」


「あんたが素直に受け答えすればね。あまりに長くかかるようなら私は先に行ってるから」


「……この裏切りも「早くしなさいっ!!」


 駄目だ。今日のアリーシュさんはお怒りモードだ、大人しくしよう。

 先輩と別れてアリーシュさんの跡に続く、事務棟を出て窓越しに先輩を見やれば心配そうにこっちを見てくれていた。心強い。大丈夫ですと手を振ろうとすると、


「いたたたたっ!」


「君は本当に状況を理解していないようだ!軍も政府も君の為に対応しているというのに!」


 ぐいぐいと耳を引っ張られてしまった。千切れるかと思った。



 結局、あの日のノラリスを再現することは出来なかった。そして私はまたしこたま怒られてしまった。


「どうしてそう大事な事を黙っていたんだ!!」と、私を見下ろしながら怒鳴っているのはガーランドさん、こめかみには本物の青筋が立っている。


「……信じてもらえるとは思っていなかったので。すみません」


「信じる信じないは報告を受け取った側が判断することであって君が勝手に判断する事ではないっ!!!!」

 

「すみません」


「自意識会話は保証局の専属パイロットにだけ許された特権だ!!それを君のような(いち)民間人が行えるとなれば「まあまあまあまあ、彼女だって戸惑っているんですから、そう剣幕を立てなくても」


 割って入ってくれたのはマルレーンさんだ。

 パンク風の装いは変わらず、けれど服装はパンツスーツのフォーマルなものになっていた。

 勢いを殺されても怒りは収まらないようで、ガーランドさんが言下にこう言った。


「すぐに検査に入りなさい!!」


 あとは私の返事も待たずに外装をひん剥かれたノラリスの元へ大股で歩いていった。

 一方的に怒鳴られ続けてさすがに腹を立てていたので聞こえそうな微妙な声で「うっす」と返事を返すと、親の仇を見るような目つきでこちらをぐりん!と振り返ってきた。


「っ!」


「────」


 無言でこちらに歩いてくるガーランドさんから再びマルレーンさんに守ってもらい、逃げるようにして格納庫を後にした。

 大晦日の冷たい空気に晒された途端、マルレーンさんが声を上げて笑い、こちらを見透かすような目を向けてきた。


「あんた、全然反省していないでしょ」


 いや、ちゃんと見透かされていた。


「……いえ、これでも反省はしているつもりなんですけど」


「そう?態度に出てるわよ、私は何も悪くありませんって。大人って生き物は子供相手でも確かな証拠が欲しいのよ、きちんと反省していますのでこれ以上は勘弁してくださいって」


「何ですかそれ、あんなに怒っておいて私を気遣っているとでも言いたいんですか?」


 そらみろやっぱりと、マルレーンさんがニヤッと笑った。


「そうよ、あたしたちだってただ歳を取った子供なんだから。それに今回の事は誰も経験に無いことなの、その分も余裕もなくなっているしね、仕方のない事なのよ」


 バハーから降りて桟橋を渡ると、だだっ広い海軍の敷地と空が視界に入ってきた。白とグレーの絵の具を一緒くたに塗ったような空からは今もちらほらと雪が降っていた。

 マルレーンさんのブーツがアスファルトを叩き、基地内にある医療センターへと向かっている。今からそこで私のコネクト・ギアを検査するのだ。

 

「あの、検査時間は「──カウネナナイの精鋭部隊と知り合いだった事を黙ってたんでしょ?こってり搾られたんじゃない?」


 質問が被ってしまった、それにその話は休憩前のお説教第一回戦みたいなものでうっと言葉を詰まらせる。


「それは……まあ……」


「お上はやり難いでしょうね〜」


「どういう意味ですか?」


 また説教かと身構える。ちょうどバハーの艦体を通り過ぎた時だった。


「元王族、さらに現国王の膝下にいる精鋭部隊の隊長とは昔馴染み。あたしだったら即メンバーから外すわね、どうしてか分かる?」


 基地内専用車両が何台か通り過ぎていった、ちらりと見えた限りでは防寒着を着込んだ技術者っぽい人が乗っていた。

 車が残していったガソリンの臭いを嗅ぎながら、私は少しだけマルレーンさんのことを睨んだ。


(別にこの人も優しいってわけじゃない……)


 さっきガーランドさんとの間に割って入ったのは私を医療センターに連れて行きたかったからだろう。


「……やり難いってそういう意味ですか」


「そうよ。あなたの身に何かあったら誰もリカバリー出来ないもの。下手すりゃ戸籍から抹消して私たちは何も知りませんってシラを切るかもしれないしね。──さ、着いたわ、さっさと検査を受けましょうか」


「ありがとうございます」


「………」


 曖昧な笑みを浮かべただけで何も言わず、さっさと中に入れと私を促した。

 センターのエントランスで待機していたらしいお医者さんやスーツ姿の人がこっちに向かってきた。私の名前を尋ねられ、そのまま検査室に向かうことになった。

 別れ際にマルレーンさんが思い出したように「そうそう」と言ってから、


「検査時間だけどそんなにかからないと思うわ。クルージングには間に合うと思うから心配しないように」


 ──ちゃんと返事ができたか分からない、きっと曖昧な笑みを浮かべたまま会釈しただけだ。

 先を行く人たちも嫌味を言ってくるわけではないが、だからといって気を遣ってくれるわけでもない。ただ粛々と指示に従っているように見えた。

 これが大人の世界。そう思った。



✳︎



 やや緊張した()()()で話しかけた。


[気分は?あー……優れない所があったら言ってほしい]


 答えは簡潔、そして表情は淡白だった。


「問題ありません」


(は〜……緊張するな……)

 

 海軍基地内の医療センター、その一室で彼女、ナディ・ウォーカーの検査が行われていた。

 検査機器から伸びる、電気伝導率が高い銅線(ケーブルとも言う)を経由して彼女の身体情報が送られてくる。そのデータのどれもが無機質なもので情緒あるものではなかった、カメラ越しに見える彼女は視線を下向けており誰の顔も見ようとしていなかった。願わくば──と、思うが外見的なデータを要求するには些か動機が不純過ぎた。


[あー…ナディ・ウォーカーさん?詳しい話をしようと思うのだがいいかな?]


「はい」


 室内で待機していた大臣政務官が何事かと、私の視覚情報を反映している端末に視線を向けてきた。

 特個体について話すからではない、私が人を"さん付け"したことに驚いているのだ。


[君がノラリスと呼ばれる機体と自意識会話が可能な件について、政府はまだ明確な答えに辿り着けていないんだ]


「…………」


 じっと私の声に耳を傾けている。端末から失礼するよと言った時から彼女は早々に"見る"ことを諦めたように、"聞く"ことに集中していた。


[特個体についてまずは説明しようと思う、ここから先は機密事項に関する事だからおいそれと他言しないように。いいね?]


「はい」


[特個体はウルフラグ、それからカウネナナイが所有している全ての機体の基になった存在だ。現存する全ての機体は特個体のコピーであり、ガングニールとダンタリオンがそのオリジナルになる]


 出来の良い生徒のように質問してきた。


「コールダーの人たちが特個体の技術をウルフラグにもたらしたと聞いていましたけど、それとはまた違うのですか?」


[いいや合っているよ。正確にはコールダーではなく、その親にあたるサーストン家がカウネナナイから二つの機体をウルフラグへ持ち帰ったんだ]


「……婿入り?」


[うん?何かな?]


「いえ、何でもありません」


 小さな声で「あれ、じゃあ何で苗字を変えたんだろう……」と呟いている。


[まあ、この件についてカウネナナイは快く思っていないみたいだね、こちらに渡った機体はコピー機だと思い込んでレプリカなどと呼称している。……話が逸れた、次にパイロットについて話しをしよう]


 二進法で構築された電気信号が声に変換されてスピーカーから流れていく。その声をどこか他人事のように感じながら話を続けた。


[まず結論から言うと、特個体を操縦するパイロットは任期を設けることが義務付けられている。それは何故か、特個体と融合してしまうからだ]


「……融合?合体ではなく融合ですか?」


[そう、意識が混濁し次第に溶け合ってしまうんだ、だから融合。これの原理については未だ未解明、一説には大脳皮質に埋め込んだインプラント型ルーターが脳内プロテアーゼによって分解されてしまう事が原因ではないか、とされている]


「はあ……」


 気のない返事だ、私はそれだけでちくりと()()()()()

 いや、説明が簡単過ぎたと反省し、さらに詳しく話してあげることにした。


[体内に埋め込むインプラント型ルーターには体への身体的負担を軽減するため外表面にタンパク質が使われている。タンパク質を構成する分子結合、これをペプチドと呼ぶが、そのペプチドの結合を解くのが分解酵素であるプロテアーゼであり、「大臣、そういった話ではないかと」


 邪魔をするな!と、言いたいがよくよく考えてみればグランムール政務官にも家族はいた。()より先輩だ。

 それになんだ、見てみろ彼女を、もうこの一瞬で船を漕いでいるではないか。余程つまらない話をしてしまったらしい。

 情けない咳払いをして彼女を起こした。


「す、すみません……」


[いやいい、気にしないでくれたまえ。結論を先に述べておきながら後から脇道に逸れてしまったんだ──ああこういう話しでもないな、うん、すまない。要するに、君もノラリスと融合しないかと心配しているんだ]


 検査室の床に注がれていた瞳がすっと上向き、険しい顔つきになった。


「だから皆んなあんなに厳しいことを言っていたんですか?ここに来るまで何度も怒られました」


 混乱。戸惑い。最適解など検討もつかない、こんな事は初めてだ。

 何を言えば良いのかまるで分からなかった。でも、何とか言葉を継いだ。


[あー…そんなに嫌な事を言われた?どんな風に?]


「自分だったら私みたいな人はメンバーから外すとか、勝手な判断をするなとか。友達にしたって何かやましい事があるから今まで黙っていたんじゃないのかとか、ほんと色々言われましたよ。全部約束を守るために黙っていたことなのに」


 彼女が堰を切ったように文句を言い始めた、きっとここに来てからずっと我慢していたのだろう。


[あー…それはどんな約束?周りの人たちに迷惑をかけてまで果たさなければならないことなのかな]


「それは……違うかもしれませんけど……でも、友達が……そうしてほしいって……」


[君は──────]言えやしない、言えるはずがない。この私が「たった一人の為に周りを犠牲にしても良いのか」と。

 この子の生き方は全くの逆、私は"周りの人たちを救う為にたった一人の愛する人を犠牲"にする生き方を選んだのだから。その犠牲にしてしまった一人に彼女を重ねてしまい...問うことができなかった。

 

「……何ですか?」


 彼女が続きを促してきた。


[あー…いや、うん、ただね?君が思っている以上に周りの人は心配しているんだ、っていう事は理解してほしい、納得はいいから]


「そうですか」


 それっきり興味を失ったように再び視線を床に注ぎ始めた。

 ...難しい、さっきの言い方は適当ではなかったのかもしれない。この子が一体何を考えているのかさっぱりだ、でも、私の言葉に一切納得していないことだけは手に取るように分かる。


(私のゲノムも仕事をしておくれよ……)


 怒っているのか集中しているのか、判別がつかないその涼しげな横顔がヨルンにそっくりだった。



✳︎



 私が生まれた頃に付けられたコネクト・ギアはカウネナナイ製であり、今検査を受けているギアはウルフラグ製である。そのためギアと体の神経を繋ぐ繊維に微妙な齟齬があるらしく、パルス信号がきちんと行き届いていない、と説明を受けた。

 何のこっちゃである。とにかく医療センターにある機器だけでは検査を続行できないと言われてしまったので延期になった。中止ではない、延期である、ここ大事。


(また来なくちゃいけないのか〜〜〜面倒臭い……いや、やってくれた人に失礼かな)


 別に名前を教えてくれない大臣さんに言われたからではない、そう思いたい。


「ありがとうございました」


 一番近くにいた白衣姿の男性にそう声をかけて椅子から立ち上がった。


「いや……こっちこそ悪いね、今日で済ませてあげられなくて。カウネナナイとウルフラグで使われている第一級銅置換アミン繊維(※コネクト・ギアと体の神経を繋ぐ有機物由来の人工神経繊維。神経信号の受け渡しを容易に行えるようアミン基に含まれる炭化水素基の一部が銅原子に置き換えられている)に微妙な──ああいやいや、とにかく違いがあるって知らなかったんだよ」


「すみません。前の事件で耳に大怪我を負ったのでその時に……」


「君が謝ることじゃないよ。ギアから発せられる信号が樹状突起に弾かれてしまってね、上手く精査することができなかったんだ」


 思っていたよりも良く喋る人だった、まるで聞かれるのを待っていたかのように。生憎と専門用語が多すぎで何のこっちゃ状態が続いているけど、マルレーンさんのような嫌な感じが一つもなかった。

 ただ、と男性が眉を寄せていた。


「弾かれた信号の行き先が不明だったんだよね、そこだけが謎かな」


「は?」


 ちょっと威圧的に言ってしまった、説明をしてくれていた男性も「これは言い過ぎたぞ」と後悔の色を顔に貼り付けながらわちゃわちゃし出した。


「いやいや!君の体に異常はないよ!そこだけは保証する、だからこうして無事に終わったんだしね、そこは安心していいよ」


「弾かれた信号って本来はどうなるんですか?」


 男性が言葉を詰まらせた、付近にいた人たちに救援の視線を送るがものの見事に無視されている。

 観念した男性が教えてくれた。


「……脅かすようで悪いけど、最悪の症例で言えば脳障害が起こる。他にはまだ原因が解明されていないけど、メラニンが異様に減少して体の一部が白色に変わってしまうんだ」


「────」


 絶句とはまさにこの事である。

 また男性が慌てながら注釈してくれた。


「きちんと!検査する前に問題無いか調べているからね?!だからやったんだからね?!」


 声をかけた男性がそう締め括った。



「怖すぎるやんけ!────どう思いますか先輩、ギア怖すぎません?」


「え?別に、私は付けてないから何とも」


「もうちょっと心配してくれても……私あともう少しで脳に障害が出るところだったんですよ……」


「付き添いまでしてやってんのにまだ心配しろって?スペシャリストが大丈夫だって言ってんだから信用しなさいよ」


 医療センターを出て先輩と合流し、マルレーンさんの申し出を断ってからバスに乗った直後であった。何となくマルレーンさんに甘えるのは良くないと私のシックスセンスが働いたので行きも帰りもバスである。

 隣に座る先輩に先程男性から受けた説明をしてあげるとこれである。どうやら先輩はユーサ発の年越しナイトクルージングに心を奪われているようだ。


(何でマルレーンさんが知ってたの……?)


 もこもこダウンジャケットにふわふわ帽子を被った先輩の手にはナイトクルージングのパンフレットが握られている。先の襲撃で今年は中止になるかもと、メディアが散々脅していた割には今年もあっさりと開催が決まっていた。


「そんなに楽しみだったんですか?」


 そう尋ねると虚を突かれたように瞳を大きくしていた。


「え?!別に!そうでもないけど」


「ふ〜〜〜ん………?」


 その泳ぐ視線をしっかりと捉えながら顔を近付けていくとあっさりと観念していた。


「……あんたってほんとヨルンおばさんにそっくりね。──楽しみにしてたわよ!毎年毎年!でも一緒に行ってくれる友達がいなかったから指を咥えて眺めていたのよ悪いっ?!!」


「いっそ清々しい」


「っせえ!ほんと私の周りにいる後輩は口がエグいんだから……」


「また来年も行きましょうね、先輩」


 パンフレットで口を隠し、恥ずかしそうに瞳を潤ませている先輩が小さな声で「……行く」と答えた。そのいじらしい可愛さに胸を打たれたので抱き付くと秒でビンタされてしまった。


「何でっ?!」


 いやきっとそういう所が人を遠ざけているんですよと言って喧嘩になり、賑やかしくしながらユーサの港へ向かう。

 到着したユーサの港は思っていたよりも閑散としていた。ナイトクルージングって割と人気だし、さぞかし人で賑わっているんだろうと思っていたけど案外そうでもなかった。

 バスから降りると停留所にライラ、それからカマリイちゃんが待ってくれていた。


「カマリイ〜〜〜!」


「全く、あなたはいつでも子供っぽいわね」


 と、言いつつも抱きついてきた先輩をしっかりと抱きしめ返している。私もカマリイちゃんを抱きしめたかったけどそうもいかなかった。


「お帰りなさいナディ、席の用意はしっかりとしてあるからね」


「………はい。ただいま戻りました」


 ライラである。真冬の夜空のように冷たい視線を放ちながらそう言った。

 今日はやたらとテンションが高い先輩がカマリイちゃんを抱きかかえぐるぐると回っている。──そしてそのまま回転力をともなったカマリイちゃんをライラにぶつけてきた!


「あっぶ?!馬鹿じゃないんですか?!」


「せっかくのクルー「目が回るう〜…」ジングだってのに喧嘩してんじゃないわよっ!言っておくけど今日の私は家庭裁判所の裁判長より強いんだからねっ!目の前で喧嘩すんなっ!」


「いや別に喧嘩って程では……」

「ただの夫婦喧嘩ですから……」


 くりんとライラがこっちに視線を向けてきた。


「ねえ、いい加減その手を使うのを止めたらどうなの?そんな遠回し的愛情表現が私にそう何度も効くと思ってんにょ?「秒で効いてるじゃん」


 冷たい夜空の下でもポっと頬を染めたライラが私に頭突きをかましてきた。その愛情表現何とかなりませんかね。私たちを置いて先輩ら二人が先に行ってしまった。


「あ〜〜〜楽しみだわ〜〜〜!ナイトクルージング!あんなバカップルは放っておいて先に行きましょう!」


「ふふふ、今日のジュディスはご機嫌ね」


「そりゃあね!楽しみにしてたもの!」


 どっちが子供なのか分からない、そんな二人組の背中を追いかけるように私たちも手を繋ぎながら桟橋の方へ歩いて行った。



「とんでもねえぜぇナイトクルージングっ!ひゃっほうっ!!」

「ひゃっほうっ!!」

「た〜まや〜〜〜っ!!!」

「いやまだ花火上がってないからっ!」

「た〜まや〜〜〜っ!!」

「上がってないって言ってんでしょっ!」

「た〜まや〜〜〜っ!!」

「……た〜まや〜〜〜っ!!」

「いや先輩まだ花火上がってませんけど──

ああ無言パンチ!!」


 とんでもねぇぜナイトクルージング!最高っ!

 正直バカにしてました、はい。どうせ寒さに震えながら赤の他人とオープンデッキで夜景を眺めるぐらいだろうと思っていた。

 全部逆でした!

 私とライラ、それからジュディ先輩の三人で気が済むまで海に向かって吠えたあと、ふかふかのラグの上を走って皆んなの元へと向かう。そう!オープンデッキなのに土足厳禁!雨が降ったら即終了だけど屋外なのに床は全面ラグになっていた。

 デッキの中央にはバイキング形式の各種料理が並べられ、程近い場所にソファとローテーブルが置かれていた、皆んなそこで舌鼓をうちながらウルフラグの夜景を堪能している。


「どうだ?ユーサのナイトクルージングは良いだろう」


 そう余裕たっぷりに声をかけてきたのはピメリアさんである。b!と親指を立てて応えた。


「ヤバみが深過ぎますね!良くこんな所貸し切りにできましたね!」


 そう!そうなのだ!こんなに広いのに(テニスコート四面分ぐらい?)私たちしかいない!

 船自体は大型客船に分類されており、段状になった他のデッキには勿論他の人たちも利用している。けれどここには私たちしかいない!

 

「そうだろ〜そうだろ〜これも元連合長の特権ってね」


 グラスの縁が七色に光っているパーリィなお酒をくいっと呑んでいる、そんなピメリアさんに退院したばかりのリッツさんが突っ込みを入れていた。


「いや何言ってんスか私が無理やり予約を捩じ込んだんスよ?ピメリアさんは何もしていないでしょう」


 すっかり元気そうである。

 その隣に座っているのがまさかのヒイラギさん、リッツさんに代わって歩行用の杖を預かっていた。


「で、どうなんすかそこんとこ!やっぱり二人は的な?」


 知らない間に姿を消した先輩のテンションにあてられていた私はお調子者っぽく二人にふっかけていた。たまにはこういうのも悪くない。

 乗ってくるかな?と思っていたピメリアさんが案の定すぐ乗ってきてくれた。


「おーおー!そこんとこどうなんだよ!すっかり夫婦みたいになっているじゃないええ?」


 リッツさんがパッと頬を染め、ヒイラギさんは鬱陶しいそうに眉を顰めた。ここまで予想通りである。


「いや何かいつもとテンション違くない?ウォーカーさんってそんな子じゃなかったよね?」


「私のことはどうでもいいんすよ!今日までの事は全部水に流しますから!「僕何かした?」で?やっぱりリッツさんとお付き合いしているんですか?」


 二人揃ってうっと言葉を詰まらせた。


「いや何というか……その、ね?」


「うんまあ……少なくともここで言うことじゃないよね」


 何だか二人だけの空気を放っている。

 要領を得ない返事をした二人にピメリアさんがこう言った。


「ふふん、この場に呼んだのはお前たちだけではない。──何とあのアリーシュとヴォルターも呼んでいる!最高の修羅場を私に見せてくれーーー!」と悪役っぽくピメリアさんが叫んだ。けれど二人の反応は何だか素っ気無い。


「──あれ、驚かないのか?」


「いや驚いてはいますけど、もう既に修羅場を経験しているんですよね「ちょっとホシ君、あれを修羅場呼ばわりするのはちょっと……」


「え!」

「マジでか?!」


 盛り上がってきたところでぐい!と首根っこを掴まれてしまった。ヒートテックのTシャツとキャミソールも一緒に引っ張られてしまったので痛い。

 あ!そうそう!私たちは皆んな上着を脱いでいる外なのに!それなのに全然寒くない!


「ああ!せっかく盛り上がってきたところなのに!私にも痴情のもつれを─」「あんたそんなの興味ないでしょうが!こっち来なさい!」


 姿を消していた先輩だ、掴んだ首根っこをそのままにデッキの端の方へと連れて行かれた。


「もう何ですか急に!」


「今のうちにあのエアーカーテンなるものを調べるわよ!私の船にも搭載するんだから!」


「え?ここに来てそれ?ほんと何やってんすかそんなのどうでもいいでしょう」


「どうでも良くないわ!私のエンジニアとしての血が騒ぐのよ!」


 いやほんとどうでもいい。

 掴んでいた手を首根っこから私の手に変えて引っ張っていく先輩、ダウンジャケットの下に隠れていた白いワンピースの裾が暖かい風に翻っていた。

 嬉しそうに跳ねているツートンカラーの頭の向こうにはウルフラグの夜景が、そしてあれだけ曇りが続いていたのに澄み渡ったように夜空が広がっていた。

 ピメリアさんたちとは違うテーブルにはライラたちが座っていた。皆んな夜景を見ながらお喋りに興じている、カマリイちゃんにグガランナさん、それからラハムにクランちゃんがいる。


「さあ今から暴いてみせるんだから!」


「はいはい」


 到着したデッキの端の方には残念なことに安全柵が設けられていた。『熱風注意!』と張り出された忠告文の下には火傷をして涙目になっている子の絵もあった。

 エアーカーテンなる空調設備のせいで視界いっぱいの夜景を堪能できないのは残念だが、これはこれで素晴らしいものだ。


「先輩ならこの隙間から入り込めるんじゃないすか?手伝いましょうか?」


 隙間と言っても三〇センチもない。


「────いや無理でしょどう見ても!乗り越えた方が早いわ!」


 とか言いつつ、既に上半身だけ乗り越えている。


「あの穴の配置に何か秘密がありそうね……」


「………お?こっちの風は冷たいんですね、全部熱風かと思ったんですけど」


「え?そうなの?……あれ、こっちは生温いわ」


 どうやらこの幾何学的に配置された吹き出し口が、暖かい空気を閉じ込めるようになっているらしい。

 その事を先輩に伝えると何故だか驚かれた。


「あんた……幾何学って言葉を知っていたの──ああ!嘘ウソ!あああーーー!」

「馬鹿にすんじゃないですよ!次席卒舐めんな!」


 柵にもたれかかっていた先輩を柔らかいラグの上に引き倒し、逃げられないように覆い被さってからこちょこちょの刑にしてやった。


「あ!あ!止め!止めてーーー!」


 こちょばされて笑い声を上げる先輩にライラたちも気付き、何だ何だと近付き面白そうじゃないかとそのまま参加してきた。


「日頃の恨み!」

「頭を叩かれた恨み!」

「止めなさいって、ジュディスが可哀想でしょ!」

「けれど楽しそうにしているわよ?」


 一通りこちょばした後、大の字になって寝転ぶ先輩のそばに皆んなが腰を下ろした。


「は〜……」


 先輩が大きく息を吸って吐き出したあと、私の服をちょんちょんと引っ張ってきた。


「ん?何ですか?」


 いつもはムッとして不機嫌な顔をしている先輩が、自然な笑みを湛えてこう言った。


「ありがとね、あんたのお陰よ」


「……はい?」


「私ってさあ、この歳になっても他人と喧嘩ばっかりしてたから友達も少なくてね。でもあんたのお陰でちょっとだけ生き方を変えられそう」


 何だ突然。周りにいる皆んなも茶化すことなく耳を傾けている。


「……どんな風に?」


「あんたみたいに」


 空に瞬く星よりも真っ直ぐに、何のてらいもない光りを私に投げかけていた。


「今すっごく楽しいわ、人生で一番楽しいかもしれない──ううん、一番楽しい。それもこれもあんたが私を先輩だって呼び始めたあの日から始まってるの」


「あ、そっすか……」


 何なんだ今日の先輩は...めちゃくちゃ良い人になっているじゃないか。やり難いったらない。

 どこかしんみりとした空気の中でもラハムだけは違った、さすが私の専属パイロットである。


「ジュディさん。ナディさんばっかりにお礼を言っていないでラハムにも言ってください!「嫌よ」──何でですか!ラハムだって頑張ってるのに!」


 先輩がさっきまでの、天使すら天国に追い返す程の笑顔をすぱっと止めていつも通りの顔つきに戻った。


「お礼ってねだられてするものじゃないでしょ。というか私あんたに結構迷惑をかけられ─「あ!お料理を取ってきますね!」

 

 分が悪いと判断したラハムが早々に逃げ出した。


「あ〜やっぱ先輩はそんな感じでいいですよ〜。プレゼントのお返しだって言ってビンタするような「私そこまで人でなしじゃないわよ」先輩はツンツンしてる方が様になってます」


 ふん!といつも通り鼻を鳴らしてから体を起こした。


「あんな事二度も言わないんだからね!」


「一回で十分ですよ」


 不敬罪!不敬ざ〜い!とか訳の分からないことを叫びながら今度は先輩が私を引き通した。


「ちょっとは照れろ!」


「いや何でですか!」


 関係無いのに周りにいた皆んなも何故かジュディさんに加勢し、腹が捩れるぐらい笑い声を上げた。



「嫉妬で吐きそうになった」


「ほんとライラっていつもそんな感じだよね」


「何か二人だけの空気?みたいな、私たちだっているのに二人だけで通じ合ってる?みたいな。私ああゆうのほんと駄目なの、お願いだからやるなら陰でやってくれない?」


「分かった分かった、分かったから、ね?」


 オープンデッキの端、階段を少し上がった先にプライベートエリアがあった。

 ここにも大人しめパーリィソファ(足が光ってる)とガラス製のローテーブルが置かれている。私の前にはゆっくりと移動していく街の景色、そして横にはつんと拗ねた顔をしているライラがいた。

 エアーカーテンを通り抜けた真冬の夜風がオープンデッキに入り込む、それでもまだまだ暖かいので私もライラも薄着のままだ。


「はいこれ」


「何これ」


 何のてらいもなくライラが小さな箱を取り出した。肌触りの良い布地にリボンが付いた物である。開けてみやれば中に二つの指輪が入っていた。


「何これ」


「何故二度も言う。見れば分かるでしょ、ペアリング」


 素っ気なく言ってるけど手に持った指輪はとても高価そうな物だ。宝石の類いは付いていないけれど薄ら虹色に輝いている。


「え〜……こんなの貰っていいの?高かったんじゃない?」


「値段は聞かないように。私の気持ちの表れだと思ってください」


 指輪の裏には名前が刻印されている、一つは私の名前、もう一つはライラだ。ファーストネームだけがない。


「………そういえばさ「─うん?」厚生省の大臣の人に教えてもらったんだけどね「…うん」ライラのお母さんの元の名前はサーストンって言うんだよね?」


 そうだよ、と。呟くようにライラが言った。視線はこっちに向けられていない。


「つまりお父さんはお婿さんってことだよね?」


「……どうしてそう思うの?」


「サーストン家が特個体をウルフラグに持ち帰ったって聞いたからさ。どうして名前を変えちゃったの?」


 私がはめてあげた指輪をライラが眺めている。自分が買ってきた物なのに、とても嬉しそうに眺めていた。


「……嫌だったんだってさ、だから名前をサーストンからパパのコールダーに変えた、って聞いたことがある」


「何が嫌なの?」と、そう尋ねた時に今度はライラが私の指にはめてくれた。とても冷んやりとしている。

 目の前に座る、白髪の恋人の愛を表すようにちょっぴり重たかった。


「特個体は戦争を助長させる道具だから、だからママはとても嫌がっていたわ。まあ…政府がそれを許してくれなかったんだと思うけど」


「ふ〜ん……」


 私もライラの顔を見ずに話しをしていた。指にはめた恋人の証を、ゆっくりと過ぎていく夜景の明かりを頼りにじっと眺めていた。


「じゃ、次は私の番だね」


「はい」


 ぴっと居住まいを正す。何を訊かれるか分かっていた。


「どうして特個体について何も知らないって嘘を吐いたの?」


 一度だけ視線を逸らす。デッキフロアでは何故だか、誰かの手袋を丸めてドッジボールをやっていた。最後まで生き残ったらしいピメリアさんがパーリィグラスを片手にケタケタ笑いながら手袋を避けていた。

 また視線を戻してライラを見やる。


「バレたくなかったからだよ、私がヴァルキュリアのパイロットと知り合いだって事を」


「……それだけ?」


「うん、それだけ。結局バレちゃったけどね」


「誰かに嘘を吐いてまでその人を守りたかった、って事なんじゃないの?……そんなに大切な人って事なのかな」


 自信なさげに私を見つめるライラ、その視線から逃げずに真っ直ぐ答えた。


「うん、私にとってマカナは大切な友達だよ。小さな頃からずっと一緒だったから」


「………」


 傷付いたようにふっと視線を下げた。

 でもね、と言ってから切り出した。


「家族を失って家も無くなって、たった一人の妹を私たちに預けたマカナに私は何もしてあげられなかった。それでちょっと自信を失くしたんだよね、好きな友達にすら何もできないのかって。結局それがユーサに入るまで続いて、だから学生時代はアキナミ以外とは殆ど付き合ってなかったんだ」


「……うん」


「あの日のこと覚えてる?二人で港を回った時のこと」


「覚えてるよ」


「あの日に私に言ったよね、自分が先に見つけたんだって。多分ね、あの時から私もライラのことを好きになってたんだと思う」


 初めて自分の胸の内を晒した。好きになった理由、そのきっかけを。

 喜んでくれるかな、ちょっとは機嫌を直してくれるかなと期待したけど、違った。

 ライラはとても神妙な顔つきになっていた。


「……ライラ?どうかしたの?」


「……ううん何でもない。これから先もあなたにそう思ってもらえるよう努力するよ」


「う、うん……」


 あれ?そういう話だったっけ...というかさらに努力するというのかライラは、これ以上愛が重たくなったらどうしよう。

 お手柔らかにねと言うと、それはどういう意味だとライラが怒ってきた。


「もう!すっごく真面目に言ったのに!」


「ごめんごめん。あ!そうだ、一緒に写真撮らない?」


「全くもう……はいどうぞ!」


 ぎゅっとライラがしがみついてくる、そのまま携帯を取り出しインカメラに設定してから構えた。


「アキナミがまた遠洋に行っちゃったからさ〜写真撮って自慢してやろうと思って──はいちーず!」


 ぱしゃりと撮った写真を確認する。何故だかライラの表情が固かった。


「……ん?あれ、もしかして嫌だった?」


「──え!え?な、何が?べ、別に普通だけど?」


「何で急にキョどるの?」


「──────」


 にわかに慌て出した、視線をあっちこっちに向けている。


「ライラ?ほんとにどうしたの?」


 セットしてある髪を鷲掴みにしたり、顔を覆って頭を振り続けたり、とにかく変なことばかりしている。

 やっと顔を上げたかと思えば、


「──した」


「え?何?」


「……キスした、いやされた」


「………………………え?誰──は?え、もしかしてアキナミと………?」


 無言でこくり。


「どういう事なの……?何でキスしたの?」


「違う、したんじゃなくてされたの……って言い訳にしかならないけど……」


「何で黙ってたの?──まさか二人は「違う違う!それは絶対にない!信じて!」


 もう一度同じ事を尋ねた。


「何で黙ってたの?」


 可憐に笑ったり歳不相応に神妙になったり、ころころと表情を変えていたライラがまた表情を変えた。

 罰が悪そうに、私を見ずにこう言った。


「──私の中では無かった事にしていたから。言う必要ないと……思ってました」


 意味が分からない!

 初めて抱く気持ちを自覚しながら、私はしっかりとライラを睨めつけた。


「私、ファーストキスまだなんだけど」


「……………」


「今日、二人っきりになれるならしてほしいって思ってたんだけど」


「……………」


「何とか言ったらどうなの?」


 遠慮なくキツい言い方をした。それなのにライラときたら...


「せ、セカンドでもいいなら今すぐにで「──ふざけるなああっ!!」


 せっかく良い雰囲気だったのに。いやでも我慢なんかできなかったので自分からご破算にしました、はい。



「お前、どうやったらあんな雰囲気が良い所で喧嘩できるんだよ」


「ふん!」


「ん?そんな指輪付けてたか?──お前!さっきライラにプレゼントされたんだろ!」


「ライラも同じ物付けてますよ」


 お前、と笑いながらピメリアさんが言っている。


「ペアリング貰ったその場でどうやったら喧嘩できるんだよ!面白いことになってるじゃないか!……あんなによそよそしかった二人がね〜〜〜」


「ピメリアさん、ナディちゃんまでオモチャにしたらダメっスよ」


 ライラはまた別のテーブルにいる、向こうも向こうでふん!と怒っている様子だ。大方、私だって嘘を吐かれたのに!と周りに言っているのだろう。ふん!

 それにピメリアさんとリッツさんが一緒に揃うのは久しぶりな感じがする、その事を二人にも伝えると照れ臭そうにしていた。

 そんなこんなで私たちが乗っている船がキラの山の前までやって来た。これから年越し前のた〜まや〜をするためである。さらに後発組みの皆んなも合流した。


「お姉ちゃーん!」


 と、嬉しそうに駆けて来るのは妹のフレアである。厳密に言えば私の妹ではないが、セレンに住んでいた時は"皆姉妹"の精神だったので違和感はなかった。


「先に言っておくけどごめんね、マカナの事はもう皆んなに喋ったから」


「………あっそ、別にいいんじゃない?」


 太陽のように明るいフレアも翳る時はある、実の姉であるマカナの話になると決まって顔を曇らせていた。

 戦役の後、一度だけマカナと再会した時にフレアは独りぼっちにしないでと泣きついていた。それでもマカナはフレアを私たちに預けてヴァルキュリアの育成機関に行ってしまったのだ。

 きっとフレアはその事を恨んでいる、だからいつも顔を曇らせるのだ。

 オープンデッキに姿を見せたのはフレアだけではない。昼間散々私を叱ったアリーシュさん、パーティーに滅多に参加しないというヴォルターさん、それから──


「ええ……何で来るの?」


 お母さんである。


「何よその顔」


「普通来る?子供のパーティーに来る?」


「お母さんも誘われたのよ」


「断ってよ〜恥ずかしいじゃ〜ん」


「フレアを一人で行かせるわけには行かないでしょ、諦めなさい」


「……めっちゃお召かししてるくせに」


「──ナディ!」


 ぶわん!と振られた手をひょいと避け、そのままお母さんから離れた。オープンデッキに集まったメンバーの中でも一際ドレスアップしている。それが恥ずかしい。

 逃げ出した先にはヴォルターさんがいた。


「うっ、煙草臭い!」


 わざとらしく鼻を摘んで手を振ると、向こうも冗談っぽく鼻を摘んで、


「しょんべん臭い!」


「──何だって?!」


 鉄の塊りみたいな腕をばしばしと叩いてやった。


「お前が馬鹿にしてくるからだろ。ピメリア、ここに喫煙所はあるか?」


「ああ?もう煙草か?向こうにある階段を上がった先だよ」


 私とライラが使っていたプライベートエリアの反対側にも似たような階段があり、どうやらあそこが喫煙所になっているらしい。後で悪戯しに行こう。


「ほう、良い所じゃないか、入り浸らせてもらうぞ」


「お前は何しに来たんだ」


「お前には関係ない。ホシ!」


 名前を呼ばれたヒイラギさんが素早く反応した、何ならちょっとだけリッツさんに隠れていたっぽい。


「こっち来い、話がある」


「……分かりました」


 観念したようにヒイラギさんがヴォルターさんの跡に続き、二人してプライベートエリアに消えていった。


「また、ふざけるなあっ!って聞こえてきたら爆笑もんだな」


 無言パンチをピメリアさんの腕に叩きつけ、ここにいたらイジられるだけだとまたぞろ逃げ出した。

 あれだけはしゃぎ回っていた先輩の姿が見えないので渡り鳥のように探し回ってみやれば、オープンデッキの入り口辺りにある小ぢんまりとしたソファに一人で座っていた、それも膝を抱えて。

 何事かと思いすぐに駆け寄り声をかけた。


「何やってんすかこんな所で」


「ナディ、このクルージングって明日の朝まで続くのよね」


「そうですけど……初日の出を見たら帰港するはずですよ」


「起きていられる自信がない、今体力温存中」


 抱えた膝頭に顔を突っ込んでいる。その手をぐい!っと掴んだ。


「──ちょ!」

 

「こんな所に一人でいるだなんて勿体なさすぎるでしょ!皆んなと一緒にすれば良いんですよ!」


「止めて!ほんと止めて!皆んなと一緒にいたらはしゃぐ自信しかない!何ならちょっと疲れて眠いぐらいなんだから!」


「眠ればいいでしょ!」


「嫌よ勿体ない!朝まで起きていたいのに!」


 ぎゃあぎゃあと二人騒ぎながらピメリアさんテーブルを通り過ぎ、カマリイちゃんテーブルにやって来た。

 ちょっとだけライラに視線を送る、拗ね半分悲しみ半分の微妙な顔をしていた。

 ジュディさんがラハムやクランちゃんに捕えられ、またこちょばされそうになった時だった。

 ぼん!と、唐突に花火が一つ。シルエットとして夜空に浮かんでいたキラの山の前に上がった。

 それから数えられない程の花火が上がり続けた。色とりどりの花が空に咲き乱れ、オープンデッキにいる皆んなの言葉を奪った。あれだけたまやと叫んでいたのに誰も何も言わなかった。

 そっと、隣に誰かが立つ気配があった。


「……昼間はすまなかった」


 アリーシュさんだ、申し訳なさそうに眉が下がっている。

 花火の音に負けないよう、でもあまり皆んなの邪魔にならないよう顔を近づけて返事をした。


「……別にいいですよ、ちょっとへこんだぐらいですから」


「……そうか?私は悪くないって怒っていたように見えたんだけどな。だから言葉もキツくなってしまった」


 マルレーンさんにも同じ事を言われた。


(そういえば……)


 花火の照り返しを受けて虹色に輝くオープンデッキに視線を向けた。ピメリアさんが色んな人を誘ったと言っていたのでもしかしてと思ってみやれば...


(──!いた!いつの間に……)


 いた、ピメリアさんの隣にマルレーンさんが立っていた。パンツスーツ姿ではなく今からライブしますと言わんばかりの装いである。

 というかグガランナさんもそっちに移動していた、見えない火花が散っているように見えるのは気のせいではあるまい、ピメリアさんがちょっとだけ困ったような顔つきになっていた。


(因果応報)


 再び夜空を見上げる。視界の隅で私と同じように動いた人がいたけど、構うもんかと上がり続ける花火に集中した。

 まさか私も喧嘩するとは思っていなかったので物足りなさは否めない...でも、こんなに"嫉妬"したのは初めてだったので自分でもどうすれば良いのか分からなかった。



 目玉の花火ショーが終わってからは緩やかに時間が流れていった。

 結局先輩は年が明ける前から眠ってしまったし(カマリイちゃんと一緒に眠っていたのは本当にヤバかった)、アダルト組みは何やら深刻な顔をしながら話し合いをしていたし、手持ち無沙汰になった私たち未成年組みはラグの上に寝転がったりもした。

 うつらうつらと船を漕いでいた私たちにピメリアさんが驚きのものを見せてくれた。

 オープンデッキのライトを全て消し、そして夜空が満天の星空に様変わりした。

 今でもはっきりと覚えている、あの満天の星空を。大きな星、小さな星、数珠繋ぎになった瞬き、川のように流れていく星の光り。

 近くにいたフレアと手を繋ぎながら眺めた、今度はマカナと一緒にと言うと、フレアが小さくうん、と応えた。

 年が変わる瞬間だったと思う、ヴォルターさんとヒイラギさんがいるプライベートエリアから「ふざけるなっ!」と怒鳴り声が上がり、皆んな起き出して、それが合図になったようにエアーカーテンの吹き出し口から"お餅"が吹き出してきたのだ。

 何が何やら、玩具のお餅が空から降ってくるわプライベートエリアでは二人が喧嘩しているわ年は明けているわ元気になった先輩がお餅を持って襲撃してくるわ、本当におかしな空間で、誰もがじっとしていられないある種の興奮に満ちていた。

 本当に楽しかった、真夜中なのに皆んな起きて笑い声を上げていて。結局その後は疲れて皆んな眠ってしまい、誰も初日の出を見ていないというのも──……


 ……──今となっては笑い話である。

 あの時の笑い声が何光年も先にある星々にまで届いていたと信じたい。

 それぐらいあの時は満ち足りていたんだ。

※次回 2022/7/30 20:00 更新予定

三度お時間をいただきます、重ね重ね重ね申し訳ありません。


※作中、台詞の途中に(※)を挟み解説させていただきました。第一級銅置換アミン繊維はフィクションです、これから解説を挟む機会が増えるかと思います、読み難いかもしれませんがもう暫くお付き合いしていただけると幸いです。

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