第67話
.ノラリス
ノラリスとは『野良の特個体』という意味がある。
野良の特個体って何だと思うかもしれないが、実際そうなのだから仕方がない。機体を預かった空軍の整備士たちが「のら」と呼んでいたので、それはあんまりだろうと思い私が『ノラリス』と命名した。ちょっとはマシだと思う。
ちなみに北極星の『ポラリス』とは何ら関係がない、そういやそんな星があったな、ならこの機体もそんな感じで、という感じだ。
ただ、ノラリスには通常の特個体と大きく異なる点がある。私が搭乗しないと反応しないのは『ただの故障』で片付けられるとしても、ノラリスには大きな特徴があった。
「鋳型で作ったような機体だ。いつ見ても不思議だ」
と、評するのは空軍の整備士を務めている男性の言葉である。現に今もハンガーの強烈なライトに照らされたノラリスは外装板を剥がされて入念なチェックを受けていた。
私も機体構造については詳しくは知らないけれど、それでもやっぱり繋ぎ目が一つも存在しない機械というのは不思議なものだった。
傍らにいるライラもタブレットを見ながら唸っている。
「あの外装板だけが唯一取り外し可能…後から取って付けたようなオプション品ね…」
「…………」
「で、答えはもう用意できた?私のフィアンセ」
「…………」
「答えは式場でって?──って、やかましいわ!」
「寒いよライラ」
「ここはハンガーだもの、当たり前「いやそういう意味じゃなくて」
「どうしてあの時私に嘘を吐いたの?特個体なんて知らないって言ってたよね?」
「…………初めての夫婦喧嘩ってやつですかこれ」
おどけても駄目だった。
「そういう嬉しいコト言われても見逃すつもりはありまふぇんから「クリーンヒットしてるじゃん」──もう!」
「ナディ・ウォーカーさん、至急管制室まで起こしください。繰り返します──」
良いタイミングで呼び出しがかかってくれた。すたっと逃げ出した背後から「年末は覚悟しておいて!」と追撃がかかり、柄でもないけどお返しに投げキッスをしてあげた。またヒットしている。
やって来た管制室には同じ出身であるガーランド大将(アルテマとか使えそう)と空軍に在籍しているエンジニアの人たちがいた。皆、空と同じように曇った顔付きをしている。
「ウォーカー、すまないがやはり君に飛んでもらうことになったよ」
「そうですか……」
今日の今日まで私以外の人でも動かせるようにエンジニアの人たちが色んな手を打ってきた、それでもやはり駄目だったらしい。
ガーランド大将も私のような何の訓練も受けていない人に搭乗してもらうのは強い忌避感があったようで、それは私も同じ思いだった。
「ただ、自動操縦のプログラムコードは何とか組み込めた。君が起動した後はそのプログラムが船まで飛ばしてくれるはずだ」
「分かりました。あの、一ついいですか?」
「機体はここに残しておくべきではないかと言いたいんだろう?」
その通りである。けれど、移動させるのも理由があった。
「あの機体はおかしい、おかしいにも程がある、そしてあれは海の中で見つかった、もしかしたら別の機体も海底に存在しているかもしれない」
「──つまり撒き餌ってことですか?」
「言い方を悪くすれば。だが、有事の時は君にとって何よりの壁になるはずだ」
ちらりと、管制室の大窓から外を見やる。雨雲と綺麗な白い雲がまだらになった空、雲間から太陽の光りが差し込み柱を立てていた。
(不安だな〜〜〜でもやるしかないのか〜〜〜)
思案気に眉を曇らせる大将の前で遠慮なく溜め息を吐いてから、了承した。
「………分かりました、やってみます」
「すまない。では、パイロットスーツに着替えて準備をしたまえ、ノラリスのチェックももう間もなく終わるはずだ」
「はい」
大将の言葉を受けてエンジニアが、そして私も管制室を後にした。
◇
「ほんと頼みますよノラリスさ〜ん私素人だから優しくしてね〜」
チェックを終えたノラリスの前に立つ。外装板をセットされ、私が乗り込みやすいように移動式タラップも置かれていた。
そのタラップからノラリスを見上げる、あの日病院前で見た時と変わらず真っ白な瞳が私を捉えている。
試しに体を小刻みに動かす、反応しない、今度は大きく動かしてみると私に合わせて瞳も動いた。
手をグーパーとするとカメラレンズがきゅいきゅいと反応した。
「あれ何やってんの?」
「さあ。本人に聞いてみたら?」
「っ!」
タラップの下から、どこか馬鹿にするような声が聞こえてきたので思わず身を竦めてしまった。ちらっと見やると空軍から派遣されたあのパイロットたちがいた。
名前は確かイーグルという女性とハーケンという男性だ。──私は逃げるようにしてノラリスのコクピットに乗り込んだ。
(はあ……苦手だな〜あの人たち……)
それでも同年代だからとこっちから挨拶したのにあの対応である、今思い出してもうっと胸が苦しくなってしまう。
「はあ〜やりますか〜〜〜……ん?え?」
ガーランド大将が言っていた、オートパイロットのプログラムコードを後付けしているハードウェアで狭くなったコクピット、ケーブルやハブで埋め尽くされている。決して間違った操作はしていないというかシートに座っただけだ、それなのにハッチがぼふんと音を立てながら勝手に閉まってしまった。
「ええ〜〜〜………ま、いっか元から良く分かんないし」
けれど周りは良くないようで早速管制室から注意を受けてしまった。
[ウォーカーさん?こちらデリバリーです、機体を動かす前はまずこちらに一報ください、突然動かれたら皆んながびっくりするでしょう?]
「す、すみません!私は──」何もしていないと、言い訳にしかならない言い訳をしようとするとさらに機体が勝手に進み始めた。
「ちょちょ!あの!ちょっと機体が勝手に!」
[だから言ったじゃないですか、その機体はオートパイロットの設定になっているので起動すると後はもう船まで一直線なんです]
機体のコントロールレバーはエンジニアの皆さんが取り付けた固定器具でロックされている、それでも細かく動いているのでプログラムがきちんと作動しているのだろう。
(な、なら大丈夫?いやでもまだ人が──あああっ?!危ないっ!!」
「……っ?!」
「うっ──」
ハンガー内にいたあの二人、きちんと隅の方に移動していたはずなのにノラリスの脚があと一歩の所まで迫っていた。コクピット内のカメラ映像には驚愕に目を見開く二人が映し出されている。
「何やってんの!」
本当にあと少しのところで二人を踏み潰すところだ。つい手が出てしまい「無許可操作禁止!」とテプラシールが貼られたコンソールをポカリと殴ってしまった。
オートパイロットのはずなのにノラリスがぴたりと動きを止め、かと思いきやまたすぐに動き始めた、今度は危なげなく入り口へきちんと向かっている。
「いやいやいやいや……ねえ、皆んなには内緒にしているけどあの時病院で話しかけてきたのは君なんでしょ?今の分かっててやったんだよね?」
ノラリスは答えてくれない、本当にオートパイロットが有効になっているのか疑わしい。
(聞こえてる?!聞こえてるよね?!さっきのただの威嚇じゃんか!どうしてくれるの!)
やっぱり何も答えてくれない。
──と、思いきやノラリスが外に出る直前、再び立ち止まり上半身を捻ってあろうことか...二人に向かって親指を立ててみせた。
「いやもうそれ……今さらだよ……」
滑走路に向かうまでの間、デリバリーにいたガーランド大将から「何をやったんだ!」と問い詰められたのは言うまでもない。オートパイロットなのに、コードに無い動きをしたからエンジニアの方々も度肝を抜かれたらしい。
滑走路では既に空軍の機体が待機していた。単眼式のカメラアイに定規のような飛空ユニットを装着した機体だ、おそらくあの四人組のうちの残り二人だろう。
早速通信が入る。
[何かあったみたいだけど、あの二人が何か粗相でもしたのかな?]
この声はおそらくエミリアという人だろう、見た目通り喋りも舞台に立つ人っぽかった。
「い、いえ、ちょっとした誤作動があって…」
[誤作動?それなら技術者に文句を言わないとね、ボクの方から伝えておこう]
「あいや、そこまでしなくても…」
乾いた笑いしか出ない。
今度はオビエドという人が話しかけてきた。
[オートパイロットに問題は?あるなら今すぐ中止にすべきだと思いますよ]
この人は丁寧な言い方をしてくれる。が、
[後ろから撃たれたくありませんからね、まだ僕たちとあなたの間に何の信頼関係もありませんから分かるでしょう?]
丁寧なのは言い方で文句を包み隠さずはっきりと言う人だった。
「わ、分かります、はい…今エンジニアの方々がチェックしていますので…」
[それならいいです]
(やり難いな〜〜〜)
離陸位置に立つとノラリスに直接備え付けられているブースターに火が灯った。
通常の機体は全て外付けの飛行ユニットを使用する。確かエネルギー効率がどうとか交換式にした方が機体の回転率も上がるとか何とか教えられたけど、ノラリスはその点も異なっていた。
車が発進する時と同じくらいゆっくりと機体が上空に持ち上がり、低いタービン音がコクピットに満ちた。きっと護衛としてついてくれた前方の二機も白煙を撒き散らしながら空へと上っている。
「無事に終わりますように、これ以上のトラブルはごめんです」
こういうのを『フラグを立てる』と言うらしい。
◇
問題は即起こった。私ではない。
[ん?トリノ、一〇時方向]
それはハーケンさんの報告から始まった。
[ん?────こちらトリノ、デリバリーへ、海軍方面基地より西、沿岸域にIFF未設定の大型船舶を発見、指示願います]
「こんな近くに?」
[みたいだね。もしかしたらシルキーの個体かもしれない、そうでもなければこんな沿岸まで近づけやしないよ]
私も頑張って目をこらしてみやるがさっぱりだ、何も見えない。
「ハーケンさんは目が良いんですね」
[……………]
返事がない。一瞬だけ無視されたかなと思ったけどこの人たちは空で戦う軍人さんである、緊張状態に入っているなら寧ろ私が邪魔をしたことになる。
クリアランス・デリバリーに詰めていたガーランド大将から指示が下りた。
[オビエド少尉は引き続き護衛、ハーケン少尉は未確認船舶を領海の外へ誘導しろ]
[攻撃されたら?]
[対応しろ。そんな事いちいち訊くな]
私とオビエド機が予定航路を飛び、ハーケン機が袂を分けた、言われた通り領海内に侵入した大型船舶の対応に移るのだ。
[それでしたら残りの二人の出動を要請します]
オビエドさんの丁寧な要請にもガーランド大将は応えなかった。
[それを判断するのは私だ。通信以上]
[──ちっ。何だそれ、どうしろって──]
意外とアクシデントに弱いタイプかもしれない。
(派遣されるぐらいだからエースなのかと思ったけど……)
ノラリスのカメラ映像ぎりぎりまでハーケン機を目で追いかけた、確かに海の上で白い飛沫を上げている何かが見えていた。船舶らしいその何かにハーケンさんが領海の外へ出るよう警告しようとしたその刹那、海から空に向かって光る線が走った。
「──っ?!」
[今の何だ?!攻撃されたっ?!]
「──またっ!ハーケンさんっ?!」
見切れる瞬間にも光る線が走った。
[──プロイの船だ!デリバリー!プロイの戦闘集団!こいつらに警告は効かないぞ!]
[プロイの……戦闘集団?──ホシ・ヒイラギをここに呼べ!攻撃を受けているのは間違いないな?!]
[見て分からないのか!必死になって避けているこのボクの姿が!]
[見えないから訊いている!──残りの二人も現場に投入する!オビエド機は護衛を続行しろ!ハーケン機は二機と合流!]
[──ボクが離れてもいいのかい?!こいつらノラリスに照準を合わせたがっているようだけど!]
「え!」
[え?!]
私とオビエドさんが声を揃えた。
「何で?!」
[訊きたいのはこっちだ!]
オビエド機が位置を変え、ノラリスの後方に移動した時だった。ハーケン機を逸れた熱線がこちらにまで飛んできたのだ。
「あああーーー!!!」
[静かにしろ!うるさいんだよ!]
「民間人!こっちは民間人だから!」
オビエド機のラリアットシールドが防いでくれた、弾けた熱線が周囲に散らばり昼なのにさらに明るくなっていた。
基地を飛び立った後詰めの二機もなるはやで到着し戦線に加わった。
[面白いことになってんじゃーん!!]
[さっきの憂さ晴らしをプロイでしてやんよー!]
ヒャッホーイという声が聞こえてきそうな、そんな勢いを持っていた。
ノラリスの航路は変わらず、海軍方面基地から程近い海で突発的に戦闘が起こった。
偶然なのか、それともノラリスを狙ったものなのかは分からない。
ただただ無事を祈るばかりである。
✳︎
「何でじゃーーー!何でじゃーーー!おかしいじゃろーーー!何で余が攻撃を受けねばならんのだ何でじゃーーー!」
「うるさい」
「お前が悪い」
「脳筋にも程がありますよ」
「何でじゃーーー!あの変な機体に余の可愛い家臣が囚われているのだぞ?!それを助けようとしただけではないか!」
「囚われているんじゃなくて乗ってるんだよ」
「ナディがか?!あやつはパイロットではないだろう!──何か?!ハワイの連中は幼な子でも問答無用でパイロットシートに詰め込むとでもいうのか?!」
「ううん……そればっかり分からんがとにかく落ち着けって、ほんとうるさいから」
それ見たことか、だからあれ程事前に連絡を取ってからにしろと...
クラーケンに同乗したフロックもやれやれと困り顔だ。
「オーディン、あなたの不手際ですよ。何で出会い頭にぶっ放したんですか」
「あんなもんただの挨拶じゃ。──えっ?!余が悪かったの?!」
さらにやれやれとフロックが首を振った。
「おいディアボロス、ちゃんと教育しておけよ、お前の責任問題だぞ」
話を振られたディアボロスが心底嫌そうに顔を顰めた。
「ええ何で僕。マキナに教育なんて必要ないはずなのに」
「はん!ナツメに筆下ろしされ「─えっ?!」たディアボロスはいつもと言うことが違いますなあ余裕を感じるようわあああんっ!!」
「もううるさいうるさい!あとはこっちで何とかするから宥めてこいお兄ちゃん!」
「──っ?!僕はこいつの兄なんかじゃない!──もう!いいからこっちこいオーディン!僕まで怒られたじゃないか!」
「いや何でじゃ!クラーケンの主じゃぞ余!何で余が席を外さねばならんのだ確かに色んな人が乗ってくれてるからいつもよりテンション高い」けども、とか何とか言いながらブリッジから姿を消した。
そう、ここはブリッジである、紛うことなきブリッジ。コンソールもあるし─一つしかないが─シートもあるし─一席しかないが─きちんと外の様子を確認できるように円型のモニターもある─これは二つある─。
「で。どうするんですかナツメさん、あの二人を追い出して良かっ──何をするつもりなんですか?」
「何で言い直す?」
すぐ隣にいるフロックを見やれば、己の体を庇うようにして立っていた。
「何で隠すんだ」
「……リーシャさんといいスルーズといいディアボロスとかいうマキナといい……雑食にも程があります」
色々と言いたいことがあったし突っ込む気もあったのだが結局口から出た言葉は、
「────何でお前がリーシャのことを知っているんだ?会ったことないだろ」
「……………」
「え?ほんとに?お前、私の身辺まで─「あ、第二射が来ますよ」無視しないでくれる?」
二つのモニターはクラーケンの目を表しているのだろう、その映像から上空を飛び交う見たこともない機体がこちらに照準を合わせていた。
「あれはどこの飛行隊ですか?ウルフラグ空軍ですよね」
「ああ。だがあんな機体は見たことがない、カラーリングと機体構造は真似ているみたいだが」
「……ん?映像だけでそこまで分かるんですか?」
「空に焦がれた人間が今の今まで見てきたんだ、間違いようがない。あのパイロットはモグリだ、どっかの組織から派遣されてきたんだろ」
「──あ〜………ナツメさんも確かそういう所にいましたもんね」
「そうだ。騙し騙されの戦場だった」
「こっちに来られて良かったですね」
そうだな、と自分にしては珍しく歯に噛んだ笑顔を見せたと思ったのに、フロックがひょいと距離を空けた。
「筆下ろしされたくありませんのでこれ以上近寄らないでください」
「あのなあ〜、さっきのあれは冗談なんだから真に受けるなよ……」
フロックに伸ばした手が虚しく空を掴んだ。
「そんな事より、積荷の方は無事なんですよね、せっかくここまで届けに来たんですから藻屑になるのはさすがのボクでも嫌ですよ」
「仏様の遺体を積荷とか言うんじゃない」
「ガングニールの調整は?」
「今回の船出には間に合わなかった、と聞いている。プロイの港に預けてある」
「その方がいいでしょう、バレたらとんでもない事になりますよ」
「……楽しそうだな?」
ええ、と微笑んでからこう言った。
「もう皆んなの記憶が消されることもありませんから。これからはボクたちの思い出になるんです、どんなに嫌な事があったとしても」
✳︎
癇癪を起こした女はとかく不細工だ、その相手がたとえあのライラであったとしても。
[キング大佐!お願いですよお願いですからナディの事をよろしくお願いしますよ本当にっ!]
「分かった分かった」
あの日に得た高揚感も、燃料切れを起こした飛行機のように墜落している。──やはりこんなものさ、私が目をかけた女は悉く別の存在を愛していく、そういうものなんだ。
だから私は空を愛している、空だけは私を裏切らない。だから空にこの身を捧げたんだ、どうか素敵な鳥にしておくれ、と。
とは言っても、やはり"失恋"の痛さはいくつになっても慣れない。フォルトゥナのオートパイロットになすがまま、機体の揺れに任せて私の体もふらふらと揺れていた。
(──恋人いたのかよっ!!)
クリアランス・デリバリーから通信が入る、先程勝手に飛び出した二機の跡を追うようにと指示が下りた。
「────そんなにマズいのか?」
[──遊んでいる。訓練期間を終えたばかりのニュービーだ、このままではさらに深い所まで食い込まれてしまう]
「指導教官の名は?作戦が終わり次第抗議を入れろ」
[調べている最中だ。リー、分かっているな?滅多に飛べない空だからと言って「分かっているさいちいち五月蝿いぞ」
つい、感情に任せて吐き捨てるように言ってしまった。私の失態を見逃してくれる程ガーランドは優しくもないし優しくされたくもなかった。だからちょうど良かった。
[んんん?お前にしては珍しい──ははぁ、そういう事か。お前今年で歳はいくつになるんだ?そういうやさぐれは青年期に終えておくものだぞこの変態が。何なら気が長くなる育毛剤でも買ってきてやろうか?]
「生憎だが私はこの通り髪の毛だけは健在でね、それよりも気長で思い遣りを持っている上官を紹介してくれないか?そっちの方が助かる」
[なんだと貴様──いやいい、下らないやり取りは以上だすぐに発進しろ。一機堕とされた]
「何?──すぐに行こう」
[注意しろ]
珍しい、この男が私に注意を促すなど。
ちょうど良い口喧嘩を終え、気分もいくらか持ち直した私はフォルトゥナの機体制御をオートからブリムオーバーに切り替えた。
文字通り、五感からも"溢れる"全手動制御、フォルトゥナに搭載されている特個体用ジェットエンジン四基から得られる推進力を計一〇八個のフレキシブルブースターを使って制御する。
"神業"と言っても良い、私はここまで飛ぶ技を昇華させた。
「リー・キング、出よう」
推進用に四八個、制御用に二八個、残りのブースターはフリーにさせておく、突発的な事態に備えて余力を残しておくのは常であった。
"前三後一"という言葉がある。百獣の王は獲物を狩る時、足三本を使い残りの一本は使わず取っておくそうだ。それは何故か、冷静さを保つためである。狩りをしている最中は獲物に集中しておりどうしても無防備になってしまう、"危険はないか"という冷静な視点を持つため百獣の王も余力を残しているのだ。
空へ舞い、戦闘が開始されている海へと向かった。
◇
遊んでいた、文字通りニュービーたちは遊んでいた。威嚇と挑発を繰り返し決して止めはささず、海に浮かぶ船舶群を弄んでいた。そりゃ堕とされるのも無理はない。
戦闘海域に突入したと同時に通信を入れる。
「退け、邪魔にも程がある」
[──はあ?何か入ってきたんだけど、あれどうすんの?]
[どこの機体?]
どこの機体?フォルトゥナを見ても分からないというのか?いうのか、最近の子は何を考えているのか分からないから知らなくても不思議はない。
幼さが声に残る二人のやり取りを耳に入れながら、無理やり搭載したような船舶群の主砲に目を凝らした。細かく発射角度を調整しているあたり狙いをつけているのだろう。
敵が撃った。遠目でも分かる発射炎を見てからすいと避ける、敵の砲弾とフォルトゥナの差は僅か一メートル弱。
[わあお!今のヤバかったよ!ちょーギリギリだった!]
[──ふん!あれぐらいなら僕にだって──]
どうやら負けん気は持っているらしい。
「君たちのような二次元飛行では無理だ」
[──何だって?二次元飛行?そんなの当たり前じゃないか、ここは空なんだぞ?一般的なマニューバしかできないだろ!]
[やームキになってるー。あとで隊長に褒められたいからって……]
[うるさい!]
「その隊長ってのはどんな名前をしているんだ?良かったら教えてくれないか」
二射目、三射目も首の骨を鳴らす要領ですいすいと避けた。全神経とドッキングしたフォルトゥナはまさしく私の体であり、脳から発信される電気信号のアウトプット先は全てフォルトゥナだった。
[…………]
[…………]
「おや、黙りかね?なら自分たちが迷惑をかけていると自覚しているな?それならば早々に離脱しろ」
業を煮やした船舶の群れが一斉に狙いを付けた、全ての砲身はそれぞれ別の角度に向けられており私の回避航路を予測した弾道だった。
それならばと、敵のトリガーにタイミングを合わせた。
[はあ?一人で相手にするっての?そりゃいくらなんでも調子乗りすぎじゃない?]
一斉に火を吹いた、また発射炎を見てから進行方向に対して八〇度角にその場で上昇、そしてそのまま手前にいた船に狙いを付け、またその場で急降下し攻撃を仕掛けた。
「邪魔なだけだ」
腰部に搭載していたカミソリを抜き放ち、船のブリッジを叩く。激しい水飛沫が高く舞いフォルトゥナと食われた獲物の姿を隠した。
数瞬の間に敵陣に食い込み、暇を与えずそのまま一隻屠ってみせた。誰も何も仕掛けてこない。
[──なんじゃ今の動き……変態じゃんか、ヤバ……]
「ほほう、初めて見るお前たちでもそう思うのか、そりゃ光栄だ」
[そいつの正体を知ってもまだ同じ事が言えるんなら僕たちの隊長を紹介してやってもいいよ]
「──何?」
気が動転した、どうやらこれで終わりではないらしい。
茫然自失としていた──と、思っていた船舶の群れが驚いた事に海中に引き摺り込まれ、そして──ニュービーの言う正体を知ることとなった。
「──シルキーか!」
私が上げた水飛沫の倍、いやそれ以上の水の柱を立てながらソイツが現れた。
デカい目玉に後方へ伸びる長い外套膜、そして菱型の形をした鰭、それから触手を思わせる一〇数本の触腕があった。
どこからどう見ても超巨大なイカである、触腕の先端には先程の船が引っ付いていた。
「──そういう事か!擬態していたという事か!」
[……何かあの人テンション上がってなくない?ヤバくない?]
[ヤバい]
海面から見上げるイカの高さは約三〇メートル程、オフィスビル七、八階に相当する。今まで遭遇してきたシルキーの中で最大の個体だった。
俄然やる気が溢れてくる。──吹っ飛ばされたように真横に移動を開始、海の上を撫でるように滑空する。直前までいた地点から激しい水柱が上がっていた。
(ただの勘だがねっ……!)
イカを中心点として弧を描くように距離を取った、フォルトゥナに続くように水飛沫が上がり、さらにその跡を追うように先程水柱を上げた触腕が迫ってきた。
触腕の先端が船から鋭利な刃に変化している、差し渡って五メートル近くあった。触れたら一巻の終わりだ、容易くフォルトゥナを両断するだろう。
「──だが!当たらなければただの飾りだ!」
触腕のスピードが見る間に上がっていく、何なら水飛沫を切りながらこちらに迫っていた。
触腕が形成した刃の間合いに入る、あとは敵の呼吸次第────フォルトゥナを両断しようと踏み込んできたその刹那、間合いから逃れるため真上に飛び上がっ──
「──っ?!叩き潰すつもりだったのかっ!!」
刃が急転回、面になった触腕がスピードを殺さず眼前にまで迫る。刃なら逃れられた、しかし直径一〇メートルは下るまいただの面からは逃れられない。
「──ならば私に追いついてみせろ!」
間合いから逃れられないのなら、追いつけないスピードに到達するのみ!
「──んんぬうううあああっ!!」
二度の急転回に生身の体が悲鳴を上げた、真横から見えない力で押し付けられているようなこの不快感、それでもなお耐えて機体の速度を上げてみせた。
スピードで競り勝っていた触腕の動きが鈍り、すぐに勘づき、進行方向に視線を変えてみやればもう一つの触腕がこちらに迫っていた。まるでハエを叩くようにこの私を挟むつもりでいるらしい。
「リー・キングを舐めるなこのイカ風情が!」
二つの触腕がインパクトする瞬間はすぐにやって来た、今度こそタイミングを読み真上に三度上昇、義体化している両腕に電撃が流れたような感覚があり、さらに生身の体が血を吐いた。
それでも避けてみせた──
✳︎
「もらったあああああっ!!!!」
クラーケンの三本目の触腕が奴に迫った、手で挟み込むようにして退路を限定し、真上に逃げた直後であった。
しなるように触腕が振るわれ逃げたばかりの機体に襲いかかる、ブリッジにいる誰もがその結末を予想したがものの見事に外れてしまった。
「──何いっ?!」
触腕が機体を叩き落とすかに思われたが、白い粉を吹いているような火花が散っていた。
振り下ろされた触腕が海面を盛大に叩き、クラーケン本体よりなお高い水飛沫を上げた。にわかに降り出した雨のように、空から落ちてくる海水の中にリー・キングの機体があった。
健在だった、どこも破損した様子はない。
ディアボロスに説教されていたはずのオーディンがモニターに映された映像を見て奇声を上げていた。いや喜声か。
「──ぬぅっはああ〜〜〜っ!!!何じゃあいつ何じゃあいつ何じゃあいつぅぅ〜〜〜!!今の攻撃を捌くか?!あんな小太刀でクラーケンの大太刀を捌いたというのかっ?!!──ぬっふううう!余はこういう相手を待っていたのだ余は!こうしちゃおれん皆のものっおっほっ!げっほ!」
「静かにしなさい」
「無理無理!無理だから!あんな強い奴を前にして冷静にしている方がそれ無理案件だから!無理案件だからっーーー!」
「二度も言う必要が?──それより、あれはマリオネットですよね……あんな化け物みたいなマニューバを……スルーズはあれを本気で……?」
おかしな事を言う。前に一度ルカナウアで接敵したはずなのにまるで初めて見たかのような言い方だ。
「──ああそうか、あの時は遠隔操作か何かで飛んでいたんだったな」
「…………」
「何だ?どうして何も言わないんだ?」
「その話……止めませんか?いいえ、止めてくれませんか?」
「よわっ──?!」
弱味を見せるだなんて、と言おうとしたのだがブリッジに変化が起こった。
[チェンジングプラットフォ〜〜〜ム、コンフォートからパワープラスに移行しま〜〜〜す]
「何このやる気のない声……」
「コンフォートからパワープラスって。これ絶対省エネモードもあるだろ。どこの車メーカーからパクった「五月蝿い!余の邪魔をするな!──これ!もっとやる気を出さんか!いつも余のこのロリ美貌を堪能しておるだろう!」
[見飽きたって言葉……知ってますか〜〜〜?「何じゃと貴様!いいから早ようせぬかこの馬鹿タレが!折角の強者が─」エコモードに切り替えます、急な加減速は消費エネルギーに大きく影響しま「あ!止めて!そのモードだけは止めて!」
「自分が楽をする時はハキハキと喋るんですね……オーディン、これは一体何ですか?」
「クラーケンじゃよ!見れば分かるじゃろ!」
「……喋るのか」
「当たり前じゃ!」
何が当たり前なのか良く分からないが、大きく振動したブリッジの周りにも変化があった。というか一人分のコンソールと席しかなかったブリッジを囲うように柵が出てきた。
「何これ、何故に柵が……?」
「落ちたら危ないじゃろ?」
「落ちる……?──ええっ?!」
[三次元式可変型ブリッジ起動〜〜〜ダイナミクスジャイロセンサー稼働率良い感じ〜〜〜二重真円ボール保護率そこそこ〜〜〜]
「最後のそこそこが怖い!」
アトラクションか何かなのかここは?床から生えてきた柵に近づいた途端、壁だと思っていた壁がテレビの電源を切ったように消失し、一抱えはするような柱が現れた、それも沢山。おっかなびっくり柵を超えて覗き込んでみやれば、一〇メートルぐらいの高さがあった、下方向にも柱が伸びており細かく動いていた。
「クラーケンの主要区画からブリッジを切り離して激しい動きにも耐えられるようにしたんじゃよ。見れば分かるじゃろ?」
「説明の仕方も脳筋だな……あの青色と赤色に光っているのは?」
幾本の支柱が伸びた先、その根元には六角形のパネルが敷き詰められており、私たちを囲っているようだ。そのパネルの何枚かが青と赤、ランダムに光っていた。
「むっ!クラーケン!パワーアップしろと言うたはずじゃぞ!」
[え〜〜〜、もうクタクタなんですけど〜〜〜]
「何じゃとさっきから貴様はっ!」
きちんと言うことを利かないクラーケンとやらに腹を立てたオーディンがその場で地団駄を踏んでいる。
「千載一遇の好敵手!ここまで余を手こずらせたのは初めてなのじゃ!──それみろ!こんな馬鹿げたやり取りをしている合間に敵が立て直しているではないか!」
[知りませんよそんなの〜〜〜]
「こんのクラー「まあまあ、疲れてるって言ってんだからもうこの辺でいいだろ」
[ん〜〜〜?あなたは人間ですよね〜〜〜?ほえ〜〜〜珍しい事もあるんですね〜〜〜あのオーディンちゃん「ちゃん付けすんな!」が人を招くだなんて〜〜〜]
「まあその話はおいおいするとして……私たちはただ遺体をこの国に返しに来ただけなんだ。それなのにオーディンちゃんが……「ちゃん付けすんな!」
[はあ〜〜〜なるほど〜〜〜あなた方も振り回されているのですね〜〜〜ところでオーディン様、昔に一度聞いた話と随分違うようですが?]
「…………」
[人間は落ちている物でも遠慮なく口にする野蛮な「偏見にも程がある」生き物で、言語を司る脳の一部を蚊に吸われたから言葉は話せないと言ってましたよね?だから拳と拳で語り合う必要があるんだって私たちに言いましたよね?「色々と無理ありませんかその設定」
「………………」
急に饒舌になったクラーケンを前にし、オーディンが冷や汗を流し始めた。こいつ本当に脳筋過ぎないか?
詳しいことは知らんが、大方このクラーケンに嘘を吐いてこき使っていたのだろう。
「オーディン、部下を騙してこき使ってもろくな事にならないぞ」
額の汗を拭いながらオーディンが答えた。
「──ふん!貴様のような小童に言われる事ではない!そもそも戦は余の領分なり!身の程を弁えろ!」
「あのなあ〜……私も人の上に立って仕事をしていたんだ、組織の中でも高い役職に就いていた、けれど最終的にはその役職を失い人も失って、ご覧の通りだ。何故か分かるか?お前と同じように人を騙していたからだよ」
「……………」
「オーディン、お前が戦とやらに何を求めているのか知らんが、身近にいる相手は決して騙すな。最後の最後、本当にもう最後という時に頼れるのはその相手なんだから「余は唯我独そ「個人に出来る事には限りがある、だからお前もクラーケンを使役しているんだろ?」……………」
オーディンの反論をぴしゃり。唯我独尊と言いかけたオーディンは私を恨みがましく睨んでいる。
オーディンがちょんまげをぶるぶると震わせながら頭を抱え、大きく息を吐いた。
「はあ〜〜〜………分かった分かりました!ちょっと反省します、子機だからといって乱暴に扱っていましたすみません」
「私に言ってどうする、クラーケンに言え」
消失したモニターの辺りをオーディンがじっと見やり、また観念したように頭を下げてみせた。
「戦いたかったので嘘を吐いてこき使っていました、ごめんなさい」
「随分と素直ですね……」
「叱ってくれる奴が近くにいなかったんだろ、高飛車な奴はいたみたいだけど」
非難がましくディアボロスに視線を向ける。向こうは向こうで、ん?と問い返してきた。
「感謝する。僕が言ってもオーディンは聞かなかったからな」
「それじゃあ仕方がな──っ?!」
カッ!周囲の明かりが強くなった、まるで太陽の直射日光を浴びているような鮮烈な光りだ。
その光りが収まり視界が回復した時にまた驚かされた。
「──おっーーー!やってくれるかクラーケン!」
[あの傲慢で我が儘で謝罪の言葉を知らなかった主のつむじを見られる日が来るだなんて……胸が高鳴り過ぎて吐きそうです〜〜〜]
海が、目の前に広がっていた。先程まで六角形のパネルと伸縮する柱が見えていたはずなのに、その姿が綺麗さっぱり消えて海が広がっていた。本当に直接太陽の光りが当たっていたのだ。
「オーディン!これは何だ!次から次へと勝手な事をっ!」
代わりに答えたのはクラーケンだった。
[現在のプラットフォームはパワープラスよりさらに上のカスタムモードです〜〜〜、敬愛する主様の「あいつも現金な奴だな「さっきまで文句言ってたのに……」お好みに設定したリミテッドエディションなんですよ〜〜〜えへへへ〜〜〜]
そのオーディンはと言えば、部下が自分の思いに応えてくれたのがそんなに嬉しいのか、両手を戦慄かせながらガッツポーズをしていた。
そして、今すぐ止めろっつってんのにリー・キング第二戦が始められた。
「あの虫も良い休憩になったじゃろうて……────参るっ!!」
✳︎
動きを止めていたシルキーに変化があった。
「──っ!」
痛みが徐々に引きつつあった生身の体を疎ましく思いながら機体を上昇させ、海面から持ち上がった外套膜を注視する。菱型の鰭が中央から裂けたかと思えば、外套膜まで線が走り綺麗に分かれていた。
「──ふざけた機能をっ!──こいつは本当にシルキーなのかっ?!」
二つに分かれた外套膜の裏側にはそれはもうびっしりと、ブロック毎に分けられた丸型の射出口があった。どこからどう見ても──
[援護するよ!さすがにこれはマズいっしょ!]
[感謝しなよ!僕たちが助けに入るんだから!]
「ああ感謝しよう!貴様らの面倒は見切れんぞ!」
遠巻きに眺めていたニュービー二人も戦線に加わった、それと時を同じくしてミサイルの誘導レーザービームも照射され、何十本にも及ぶ赤い線が私に狙いを付けてきた。
外套膜の中には階段状になった、明らかな機械的構造物がありその外壁からレーザーが照射されていた。全身を使って回避行動に移るがさすがに無理があった。
「──ちっ」
その一本のレーザーに捉えられてしまい、外套膜の裏側からミサイルが発射された。
「当てられるものなら当ててみろ!」
数えるのも馬鹿らしいミサイルが白煙を引きながらこちらに殺到する。右方向へ弧を描きながら移動し対物距離を測る、ミサイル群も弧を描き始めた所で呑気に構えているシルキーへ接近した。
自爆を狙うがそう甘くはないらしい。
[──惜しいっ!]
きちんと防御機構も持っているようで、フォルトゥナに釣られて接近してきたミサイルを片っ端から撃ち落としていた。
近くにいたニュービーの一人が叫んだ。
[──マーブ!!]
どうやら敵はさらにミサイルの雨を降らせるらしい、外套膜の先端から一際大きなミサイルが空へ打ち出され、特個体一機分の白煙を残して雲の彼方へと飛翔した。
シルキーの動きにも変化があった。俊敏に動いていたのは触腕だけだったが、その本体が素早く転回しフォルトゥナを正面に捉えてみせた。
「速い!」
荒れる海、総トン数未知数の巨体がコマのように回転したのだ、その飛沫も激しさを増すというものだ。──目隠しにはちょうど良さそうだ。
「そう同じ手を何度も食らうと思うなっ!」
その水飛沫ごと突き破らんばかりに触腕がこちらに迫ってきた。槍のように尖った触腕だ、それを──
[掴んだ!──ええ?!あれ掴めるの?!]
「今すぐ斬れ!」
[任されたっ!]
触腕を掴んだ右腕が今にも千切れそうだ。
私の指示に応えたニュービーの一人が近接武器で安易と触腕を一刀両断、途端に力が失われるがコンソールから"神経切断"とアラートが表示されていた。生身の体へのフィードバックを危惧して機体側から接続を絶ったのだ。
これで機体の出力が四分の一失われたことになる、どう戦おうか、残していた一本を使うべきかと数瞬悩んでいる間に飛翔体が再突入してきた。
[ヤバいヤバいって!あんな高高度で複数に分かれたら逃げ場がないよ!]
[ヤバいヤバい言ってないで何とかしろ!僕は気持ち悪い触手を切ったんだぞ!]
[ウっ──キミリアの力じゃないでしょそれ!]
「馬鹿な事を言ってないで防御姿勢を取れ!運が良ければ生き残れるだろうさ!」
──方角にして南西、位置的にはマキナが潜んでいたとされている研究所方面からだった。雨雲と白い雲が入り乱れる綺麗ではない空に綺麗な一本の線が走った。
初めは飛翔体が放った攻撃かと勘違いをした、それ程までに角度も高度もぴったりだったからだ、しかし、研究所方面から飛来した一本の線が過たず再突入した飛翔体を捉え真昼の空にもう一つの太陽が昇ることとなった。
高高度で爆発四散した飛翔体、私もニュービーも、マーブを撃ったクラーケンでさえも動きを止めていた。
[爆発……した?何で?てか、今の何?]
[誰かが撃ち落としてくれたの?……え?どこから?ここにいるのって僕たちだけだよね?]
[離脱したエミリアじゃない?あいつにしか──]
[悪いけどボクじゃないよ。今の攻撃はユーサ第二港方面から、熱源も空軍が感知した。距離にして約一〇キロってところかな]
[はあ?!!]
[はあ?!!]
「はあ?!!」
一〇キロっ?!──超長距離射撃なんてものじゃない、そいつは間違いなく化け物の類いだ。
いや、エミリアと呼ばれた女の発言は信じないようにしよう、きっと何かの間違いだ。一〇キロ先から飛翔体を撃ち抜く術も武器もこの世には存在しない。
その代わりにあの世から私に通信が入った。
[リー・キング中佐、私は元陸軍所属のナツメ・シュタウトだ]
「────っ!!……どこから、いや……そうか、やはりそれは……」
[ほう、私の声を聞いて驚くのかキング中佐、その反応で概ね理解したよ。グリーン事務次官は元気にしているか?]
「……………」
喉が干上がる、今し方まで行われていた戦闘よりなお緊張してしまった。
[そちらに預けたい遺体がある、先日超深海に潜航した機体に乗っていた人間だ。それを届けるためにカウネナナイからこのイカに乗ってやって来たんだ]
「それは……どうかな、この状況で遺体を預けられてもウルフラグが喜ぶとは思えんぞ」
[知った事じゃない、私は人としての矜持を守っているだけに過ぎんからな。──で、どうするんだ?私の存在を自身の首と引き換えに認知するか?それともお前も事務次官との取引きを認めて人としての矜持を果たすか?]
「………………」
[どっちにしても、この遺体を預かった遺族は安心して冥福を祈れるはずだ]
「生きていたのか、ナツメ・シュタウト……死んだとばかり思っていたよ」
[だろうな、クラウンを私に差し向けたのも大方貴様だろう。奴は死んだよ、異国の海で]
「さあな、それは知らない。あの男はあちこちに手を伸ばしていた、何なら今から陸軍の大将でも紹介してやろうか?」
[──本当に腐っているなお前たちは……まあ、そのお陰で私も足を洗えたから多くは言わんが……で、受け取りは?]
「拒否する。さっきも言ったがシルキーが遺体を運んできたとなれば世論が傾いてしまう恐れがある、そうなってしまえば我々の存在意義も危ぶまれてしまう事になるだろう」
シュタウトが心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
[しるきーというのはお前たちが付けた呼び名か、そのしるきーの為に暗躍していたお前たちが今度は目の敵にしているというのか?どこまで道化を演じれば気が済むんだ]
「お前には関係の無い話しだ」
動きを止めていたクラーケンに三度変化があった、階段状の機械的構造物の一部が外側に開き、翼型の特個体が一機現れた。
[なら、無理やり届けるまでだ]
「お前……この私が誰だか知っててそれを言っているのか?今の会話の流れで私がお前を見過ごすと思うか?」
[それなら私を止めてみせろ、希代の天才パイロット、リー・キング。お安い御用だろう?]
その言葉を言い終えるより早く、シルキーの中から現れた機体が空を舞った。
──不覚にも、地上のしがらみから解放された彼女の機体を羨ましく思った。