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第二話 ビーストについて

2.a



「ー…」


 返事がない、そりゃそうだ。言葉も通じているのか分からない、ただこっちに敵対する気がないことは分かったのか、隣に動かなくなってしまったひと回り小さいビーストの顔を舐め始めた、心配しているようにも見える。

 こうして、攻撃することもなくただじっとビーストを見つめているのは不思議な気分だ。

 ビースト、やつら、色んな呼び方をするが結局のところ人間を襲う敵だ。私が生まれた時から周りの人達が武器を持ち、隊を組み戦ってきた相手である。襲う理由は分からない、メインシャフトのエリア内に住んでいた大昔の人達もビーストから逃げるように上層に向かい、今私達が住んでいる街を興したそうだ。その街でさえも時折ビーストが侵入してきて人間を襲うようになってきた、私が小さな頃に住んでいた町もビーストに襲われ何かも壊されてしまった。

 戦うしかなかった、戦い方を覚える以外に生きていく方法はなかった、憎むべき敵、だからこそやつらのことを詳しく知る者はいない。


「はっくしゅんっ!」


 寒い、そういえば泉の中に居たままだ、このままでは風邪をひいてしまう。あの二体が襲ってこないなら距離を開ける必要もないだろう。とくに警戒することもなく、私はフラフラと泉から歩み出た。適当な所に腰を下ろして使えないくせにやたらと重い相棒も草むらに放り投げた、緊張の糸が切れたと同時に蘇ってきた体中の痛みに耐え切れず、その場で横になる。草の匂いとうっすらと香る花の匂いに意識が飛びそうだった。


(そういえば…ここは何階層?どれぐらい落ちたんだろう…怪我の手当てに、何か食べる物も…)


 生きているのだから、怪我の手当てに食べる物を確保しなくてはならない。けれど、考えるのがとても億劫だ。めんどくさい。


(はぁ…、これからどうしよう…)


 回らない頭であれこれと考えているうちに、体の痛みと空腹と、草むらの匂いに包まれながら眠りについていった。



2.b



 アヤメが下層に落ちてから半日が経った、作戦行動中の行方不明は半日経過で死亡判定となる。捜索、救助活動は打ち切りとなり上層へ戻る準備をしなくてはならない。


「テッド、部隊の指揮はお前に預ける、お前たちはそのまま上層へと戻れ」


「アヤメさんですか?もう彼女は助からないと思いますが…」


「あいつなら無事さ、どうせ戦いたくないからどこかに隠れているのだろう」


 願望を込めて、何でもないように部下へ指示を出す。


「いくらアヤメさんでも、ビーストの巣の中で半日間も一人だけで生き残ることは不可能かと、隊長も危険です」


 分かっているさ、だがあいつの死体なり、もう生きていないという証拠を見つけるまでは、納得できそうにない。それにアヤメが最後に言ったどうでもいい、というセリフ。


(あいつ…)


「…アヤメさんのことが心配ですか?」


「いや、使える奴は見捨てない、ただそれだけのことだ」


「…なら僕が落ちた時にも…いえ、何でもありません」


 このクソ共の中でも飛び抜けて善良なやつが、副隊長のテッドだ。

 私より身長が少し低く、見た目も細身で遠くから見たら女と間違えてしまう程全体的に線が細い。正しく被った軍帽からはみ出た髪も、癖っ毛なのか外側にはねてどこか少女らしい印象もある。

 だが、不思議とこいつの言うことだけは皆が聞く、だから副隊長にした。何度か、他の隊員から男なのに夜這いされかけたと愚痴を聞いたことがあったが、どうでもよかったので聞こえていないフリをしたことがある。


「お前はそもそも落ちるような下手はうたないだろうに、馬鹿なことを聞くな」


「そ、そうですよねぇ、あははは」


 嬉しそうに手で顔を扇ぎながら他の隊員のところへ撤収指示を出しに行った、扉が開け放たれたエレベーター内には捜索する気がなかった隊員達が、早く上に返せと管を巻いていた。

 誰のおかげで今回の作戦が成功したと思っているのか、撃鉄を上げて撃ち抜きたいと気持ちがはやるがそうもいかない。


「おい、テッド!いつになったら帰してくれるんだこっちはくたくたなんだよ!」


「もう捜索活動は終わりですよ、今から撤収作業に入りますので手伝って下さい」


「いいぜぇ、お前が俺のムスコをその尻に撤収してくれるならいででで!」


「馬鹿なこと言ってないで早くして下さい、上に恋人を待たせているんでしょう?」


 テッドのお尻に回された馬鹿な隊員の手を、すんでのところで摘み上げた。いつもあの調子で隊員達を上手く扱い部隊を動かしている、私にはできない芸当だ。

 一度私も尻を触られたことがあったが、たまたま手にしていた大型自動拳銃でそいつの足を撃ち抜いてから口説かれることすらなくなった。


(爆弾によって破壊された階層は、調べた限りでは二階層下までだ…)


 私達がいるのが三階層、アヤメが落ちたとするなら六階層あたりだろうか、少なくともすぐ下の階層にはアヤメの痕跡はなく、ビースト達もまとめて下に落とされたので今なら幸いにも六階層まですぐに辿り着けそうだ。

 …少し雑に使いすぎたか?だが、こっちもあいつを気遣う余裕などなかった、クソ共を束ねて爆弾を守りながら戦わなければならなかったのだ。すぐに点火してくれれば橋を落として有利に戦えたというのに…。

 蒸し返してきた苛立ちを無理やり押し込め、捜索のための準備を始める。


「…本当に行くんですね?アヤメさんのところに」


 いつ間にかテッドが傍に立っていた。


「ああ、あいつはこの部隊に必要だ、いなければどうにもならない」


「そうですか…しばらくは作戦行動もないと思いますのでゆっくりと、と言うのも変な感じですが…」


「私もここに長居するつもりはない、六階層でも発見できなれば諦めるさ」


 自分で言っていて寒気がした。あいつがいなくなってしまうことなど考えられない。


「そんなに大切にされているなら、少しぐらい…その…」


「なんだ?」


「い、いえ、何でもありません」


 何か言いたそうに含みながら引き下がった、こいつのダメなところだ。前に出なければならないところでも躊躇し引っ込んでしまう、頭は良いが度胸がない。


「私に言いたいことがあるなら…」


「何をしているナツメ、早く撤収作業に入れ」


 捜索準備を終え、副隊長のテッドと言い合いになろうかという時にセルゲイ総司令に呼び止められた。


「捜索時間はとうに過ぎた、すぐ上に戻って次の作戦に備えろ」


「次の作戦って…今回の戦いでかなりの戦力を削がれてしまったんですよ、そう何度も戦える程余裕があるわけでは…」


「私の指示に従え、お前の意見など聞いていない」


「…!…了解、しました」


 …私も同じか。副隊長の視線から逃れるように総司令の後をついて行った。



2.c



 小さな手のひらに草のかんむりがある。一生懸命作った私からのプレゼントだ。何度も作って下手くそだと笑われたけど、今回は自信作、丸く綺麗な形に仕上がった。本当は花も添えたかったけど仕方がない、この町には小さな公園が一つだけ、花も滅多に咲かないからいつも近所の人達が取り合っている。

 草を抜くときにできたすり傷を気にしながら、町のほうへ駆けていく。沈む太陽を浴びた町が赤く染まり、大きく伸びた自分の影に少しドキドキしながら、早く喜ぶ顔が見たいからいつもまけてとねだっている、お菓子を売っているお店に目もくれずに走る。

 私の家が見えてきた、お父さんとお母さんが買った木と鉄でできた二階建ての私の家、けどあんまり好きじゃない。ドアノブは触ると鉄臭くなるし、私の部屋は歩くたびにギィギィとなってうるさい。

 玄関先に誰かが立っている、私が今一番会いたかった友達だ。


「じゃじゃーん!これ見て!よくできてるでしょ!今日のは自信作だから!」


「うわぁ、すごい!いつもみたいにブサイクじゃないね、これどうしたの?」


「プレゼントだよ!今日誕生日でしょ?本当はお花も付けたかったんだけど見つけられなくて…」


「いいの?やったぁ!ありがとう!うちにいても退屈だったからアヤメちゃん誘いに来たんだけど、まさかプレゼント貰えるなんて思わなかったよ!」


「退屈?どうして?今日は誕生日でしょ?」


「パパもママも仕事でいないから…そんなことよりお礼に顔を舐めてあげるね!」


 え今何て言ったの顔を舐める?


「ぺろぺろぺろぉ〜」


 いややめて!嬉しくないから友達に顔舐められるとか何それほんとやめて!


「やめ…やめてって言ってるでしよ!」


 そこで目が覚めた。何てひどい夢、大切なものを壊された気分だ。

 小さい頃の夢だった、多分私が一番幸せだった時、大好きな両親も友達もいて毎日が楽しかった。今となっては、ビーストに荒らされて誰もいなくなってしまったけれど。

 大切な、助けてあげられなかった友達、ビーストに襲われてはなれ離れになってしまった。


「wmjtt?」


 びっくりした、寝ぼけた頭で昔を思い出している時にビーストの声が聞こえた、しかも私の真上から。見上げてみれば、そこには大きな顔があって、草と同じ色をした瞳が私を見返していた。

 どうやら私が倒れるように眠った草むらの近くまで来ていたらしい、いつの間に動けるようになったのか、樹の下で縮こまっていたビーストも私のすぐ側で横になっている。


「え?」


 何で、どうしてこのビーストは私を庇うようにしているのだろう。


「うぇ」


 顔を舐められた、ビーストに。いつも戦っているやつらと違って大きな牙もない、不思議と恐怖はなかった。私も小さなビーストのように動かなくなったから心配してくれたのだろうか。

 あれこれ考えている間も顔を舐めてくる、あのヌルヌルのように暖かくもなく冷たい感触だ、気持ち悪さもない。


(けど、これ、なんか恥ずかしいな…)


 言葉は通じないけど、このビーストは私を気づかってくれているのは分かった。そうだと分かった時、顔が火照るのを感じた。


「いや、もう大丈夫だから、気にしないで、ね?」


 こうも全力で心配されたことがなかったために何だか居心地が悪くなってしまった。けれど、触れた感触はとても冷たかったが、体の中から暖かくなった。

 庇ってくれることをいいことに、もう一度私はそのままビーストの下に潜り込むように寝転んだ。見上げた天井は星空ではなく、薄く赤い空に変わっていた、さっき夢見た風景と被りまた眠たくなってしまった。


「もう少しこのままでもいい?」


 伝わらないだろうが、一応声をかけた。返事のつもりなのか、また私の顔を舐めてきた。

 私もお返しにと、冷たく硬いビーストの前足を撫でながら二度目の眠りについた。



2.d



 初めて遭遇した人間が彼女で良かったと、感謝しなければならない。

 私のマテリアル・コアの真下で眠ってしまった彼女は、安心しきった顔をしている。さっきまで起きていた時に、空色のように大きな瞳と少しつり上がった眉で見せてくれた表情はとても面白かった。驚きと、困惑と、安堵と、恥じらいと、次々と変わっていく彼女の表情はガイア・サーバーのデータログにあった人間とはかなり違うようだった。

 彼女の言葉は分かる、けれど彼女に答える言葉を持たない。このマテリアル・コアにコミュニケーションを取る手段はなく、ただ私が下層から逃げ出すために造ったものだ。中層にいるピューマに擬態できればよしと、必要最低限の機能しか付けていなかった。


[ねえ、その人も私と一緒?動かなくなっちやったの?]


[違うわ、ただ眠っているだけよ、人間は睡眠を取らないといけないの]


[なんかグガランナ偉そう、初めて会うくせに]


[アマンナ、あなたもそうでしょう?]


 私について行きたいとわがままを言ったアマンナがダイレクトに通信を行ってきた。私のマテリアルを造るのも一苦労だというのに、アマンナは連れてくれなきゃ暴れるぞと脅しまでつけてきたのだ。仕方なく、もう一機のマテリアルをこしらえアマンナと一緒に中層へ来てから、どれ程の時間が経ったのか分からない。

 少し前に、アマンナがもっと上へ行こうと言い出した。人間を見てみたいとはしゃぐ彼女を止められるはずもなく、いつの間に追加されたのか分からない上層へと向かう途中に爆発に巻き込まれてしまった。


[アマンナ、あなたの自業自得よ、反省なさい]


[グガランナほんと偉そう]


[あなた!最初に忠告したでしょう!ガイア・サーバーと接続されていない今の状態で、コアが損傷してしまえばリブートされてしまうと!]


[ごめんなさい…]


[まったく、あなたは考えなしの行動が多すぎるわ]


[でもおかげ人間と出会えてたでしょ]


[アマンナ!]


 怒った後は、マテリアルが損傷しているのをいいことに知らんふりだ。いつもこう、この子に何度振り回されてきたことか。


[でもいい人だよね]


 何の脈絡もなく突然そう言い出した、だがそれには私も同意する。上層にいる人間とメインシャフト内に発生した、異常なまでに攻撃行動を取るピューマは争っていたはずだ。つまり、彼女から見ればわたし達も敵のはずなのに声をかけてきた、怪我をしているの、と。手にしていた対物ライフルも下ろし、アマンナのことを気づかってくれたのだ。

 マテリアルが損傷していたため動けなかったが、あの時のアマンナは大変喜んでいて興奮していた、正直うるさかった。


[人間っていっても、色んな人がいるのかな?わたし、この人に心配された時は嬉しかったよ!]


 またあの興奮が始まりそうになったので通信を切った、束の間の静けさの後、狂ったようにダイレクト通信のコール音が鳴る。


「ううん…」


 聞こえるはずはないが、下で眠る彼女を起こしてしまったかと気づかう。

 人間は攻撃的、かつ残虐的にピューマを狩るとログにはあったが、穏やかに眠る彼女がとてもそうには見えなかった。牛の身体を形取った今のマテリアルに、すがるように、甘えるように眠る彼女は、どちらかというと守るべき対象のように思える。


 自己主張の激しいコール音を無視しながら、いつまでも彼女の寝顔を眺めていた。

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