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第66話

.内閣府特別臨時調査作戦室『セントエルモver.3』



「午前中は晴れ間が見えますが、午後から雨が降りやすくなるでしょう。お出かけの際は傘を忘れずに」と言ったお天気キャスターに一言文句を言ってやりたい、そんな気分だった。

 

(思いっきり朝から雨が降ってるじゃない)


 見ず知らずの他人にまで文句を言ってやりたくなるほど、私は怒っていたもうずううううっと怒っていた。もうほんとに怒ってる!傘を忘れてしまうほど怒ってる!まさかこんなに怒ることがあるだなんてこのジュディス・マイヤー、齢二六を前にして初めて知った。

 携帯の画面を確認する、始業時間にはまだ早い。というより今週末から年末の休みが始まるので仕事が忙しいということもない。何なら趣味でやっているコスプレのビッグイベントが間近に迫っているので、衣装作りの方が大変だった。

 もう!ほんとに!怒ってる!何で奴は私に一言もなく──

 と、一人で盛り上がっていると私と同じように傘を持っていなかった女性がバス停に駆け込んできた。安っぽいプラスチック製の屋根に激しく当たる雨の音、それから慣れない運動をしたからか小さく喘ぐ女性の声。


「─────あれ、あなたは……」


 私の呟きに反応して下を向いていた面を上げた。

 グガランナ・ガイアだった。


「あれ……あなたは確か以前うちに……マイヤーさんでしたよね?おはようございます」


「お、おはようございます……何ですか、マキナもついに労働に勤しむことにしたんですか?」


 そう、一瞬普通の女性に見えてしまったグガランナ・ガイアは、以前着ていたドレスではなく当たり前のようにスーツに身を包んでいた。


「労働って、まあそうなるんでしょうね。あのラハムですら今は民間の教育機関に通っているぐらいですから」


「え!あのラハムが学校に?!……そういえば最近姿を見せないと思ったら……」


「教育機関と言っても一般的な所ではなくて士官学校ですよ。だから今は学生寮で生活を送っているはずです」


「学生寮!そりゃ姿を見せないはずだわ──ってバス来ちゃった」


「乗りましょうか」


「え?──あ、ちょっ──」


 さっきまで胸に蟠っていた奴に対する怒りも、グガランナ・ガイアの驚く程に暖かい手に掴まれてどこかへ引っ込んでしまった。



 訊くところによると、グガランナさんはカマリイちゃんと二人暮らしを始めたらしい。しかも結構ご近所さんらしい、元々ジュヴキャッチが利用していた潜伏場所を半ば横取りした形で住み始めたとかなんとか...


(ヨルンさんがあれだけ警戒していたのも頷けるってものね……まさかこんな近くにテロリストがいたなんて……)


 年末を控えたバスの中は人もまばらだった。車内の広告には毎年行われている年越しナイトクルージングの案内も張り出されていた。

 道路に溜まった雨水を飛ばしながらバスがユーサへ向かう、隣に座っているグガランナさんへ話しかけた。


「グガランナさんもユーサですか?」


「いいえ、私は海軍の首都方面基地ですよ」


「──ああ、セントエルモに参加するんですね。あれ、でも時間が……」


 腕時計を確認しながらそう言うと、グガランナさんが乾いた笑い声を上げた。


「いえそれが寝坊してしまって、大事な日なのにやってしまいましたよ」


「あ、そうですか……何だか雰囲気が変わりましたね。前はもっととっつき難いイメージがありましたけど」


「面と向かってそれ言います?」


 くすくすと笑っている、本当に前と比べて喋りやすくなっていた。

 ──と、そこで携帯に着信が入った。鞄の中からバイブしている携帯を取り出し画面を確認する。引っ込んでいた怒りがすぐにぶり返し、私はグガランナさんに断りも入れずに通話ボタンをタップした。


「もしもし」


[あ、もしもし?先輩?今どこですか?]


「バス」


[バスぅ〜?こんな日に寝坊しちゃったんですか?もう少ししたら政府の人も来ちゃいますよ、どうすんすか]


 相手はナディである。この私に一言も挨拶せずユーサを辞めていったナディである!!


「どうもしないわよ、好きにすれば良いじゃない」


 何が何でも...そう!何が何でも!こいつの口から言わせないと気が済まない!誰が自分から言うもんですか!

 その怒りがすぐに伝わったのか、「え…」とナディが呟いてから、


[──まさか先輩……セントエルモに参加しないんですか?]


 バスの車内、それに隣にはグガランナさんもいる、まばらだけど知らない人も乗っている。しかしその言葉がゴングとなって無理やり抑えつけていた怒りが溢れ返り場所も弁えず怒鳴った!


「──あんたねえ!!この私に一言も相談もなく辞めていくだなんて良い度胸しているじゃない!!私があ?セントエルモに参加すると思ったあ?──残念でしたあ私は参加しません〜〜〜!!どこかの誰かと違ってこれだと決めたことは最後までやり抜くタイプなんですう〜〜〜!!」


 数少ない乗客が皆んな引いている、何ならバスの運転手から「お静かに」と注意を受けたぐらいである。

 電話口はしんと静まり、ナディの息遣いだけが聞こえる。

 ──いやでも待てよと思い至る。溜め込んだ怒りを発散したそばから違う事実が脳裏をよぎる。

 今日の今日までこいつが私に相談しなかったどころか連絡の一つも寄越さなかったのは、私がセントエルモに参加すると信じていたからではないのか、と。私の向上心の高さはこいつでも知っている事だ、セントエルモに参加すればそれなりの箔と技術や人脈が得られるだろう、だからナディは私も参加すると信じて──

 当たりだった。


[──そんな言い方しなくても良いじゃないですか!私は絶対ジュディさんも参加すると思っていたから!それにあれから色々と大変だったし時間も作れそうになかったんでそれならセントエルモで顔合わせて年末にゆっくりと思ってたのにもういいですう〜〜〜!!そんな意地悪発言する先輩なんか知りませんよ!!お達者で!!]


 プツンと電話が切れた。

 私の怒鳴り声が嫌だったのか、少しだけ体を引いていたグガランナさんが携帯をしまったタイミングで話しかけてきた。


「……随分と溜め込んでいたようで」


「……そうね、でも、いいの……もう終わった事だから──ふっ、可愛い後輩に嫌われてしまったわ……」


「いやいや、それは気にしなくても大丈夫かと。会った時にあなたの方からごめんなさいって言えばすぐに許してもらえますよ」


「……そう思う?本当にそう思う?」


「そんなに気にするぐらいなら今度から優しくしてあげたらどうですか?どう考えてもあなたの思い違いだったんですから」


 この後、ユーサに到着して別れるまでの間、私はグガランナさんに慰めてもらった。



✳︎



 全く何なんだ!電話に出るなり怒ってくるだなんて!


「全く!」


「まあまあ、ジュディ先輩もきっと寂しかったんだよ」


「だからってあんなに怒ることある?!」


「まあまあ」


 付き添いで来てもらったライラと並んで待ち合い室に座っていた。海軍の事務棟も年末モードに突入しており、事務棟にいる人たちもどこかのんびりとしている様子だった。

 ジュディさんの理不尽電話にぷんぷんしていると係の人が私を呼びに来た。


「そろそろ会議室の方へお願いします」


「あ、はい、分かりました」


 ライラとはここでお別れだ、空軍で特別顧問という立場にあるためそもそも声もかからなかった。

 というより、ジュディ先輩も不参加となった今、前回の調査メンバーから引き続きセントエルモに残ったのは私だけということになる。アキナミも再び遠洋漁業に赴いているので帰りはまだまだ先、船上で年明けできると喜んでいたけど私としてはこっちに残ってほしかった。

 後ろ髪どころか全身を引かれる思いでライラと離れ、一人心細い思いで係の人についていく。

 年末モードに突入した人たちをまるで別世界の住人のように思いながら眺める。去年の今頃はユーサから内定をもらえたと喜んで、実家でごろごろしまくっていた。それが今となってはどうだ、政府発足の特別作戦室に所属するわ臨時の特個体パイロットに任命されるわ。


(ほんと世の中どうなるか分からない)


 そら見てみろ、事務棟のメインロビーでスーツを着こなし堂々と立っているあの女性を、あんな人と肩を並べてこれから仕事をしなくちゃいけないのかと思うと胃が縮むし今すぐ「やっぱり止めたいです」と言いたくなってしまう。

 私と同じように入門許可証を首から下げたその女性がこっちに振り返った。ピメリアさんでした。


「えっ、ピメリアさん?」


「よお、思ってた通り辛気臭い顔してるじゃないか。一人だけの参加だから心細いんだろ」


「え〜……ピメリアさんめっちゃ様になってる……」


「そりゃどうも」


 何でそんなに余裕あるんですかと尋ねてみると、


「いや?これでも緊張はしてるぞ」


「全然そんな風に見えない」


「緊張に振り回されないだけの余裕を後から身に付けたって感じだな」


「何言っているのか分かんない」


 私たちの会話を耳に入れたのか、前を行く係の人がくすくすと笑っている。

 それからピメリアさんと二言三言会話をしていると、事務棟のメインロビーに新しい一団が現れた。屈強に見える男性に守られながら入ってきた人たちは政府関係者、前に一度だけ会ったことがある大統領や総理大臣、それから軍服に身を包んだ人たちもいた。


「うんわ〜〜〜………私あの人たちと仕事しなくちゃいけないんですよね」


「……まあ大丈夫だ、私がいるからあまり気にするな」


 オリーブ色の軍服に身を包んだうちの一人が私たちに気付き、でっぷりと太った人がこっちに駆け寄ってきた。


「やあやあ!君たちはセントエルモの方たちだね!前の調査は感服したよ!前人未踏の超潜航!」


 その人はピメリアさんの肩をばしばしと叩き、私の手を遠慮なく握ってきた。


「ありがとうございます。失礼ですがあなたは陸軍大将のアマノメさんですよね?」


「え!」


 大将?!

 そんな大将にすら平然と受け答えをしているピメリアさん、その余裕がほしい。


「君たちがここに来ると聞いていたものだから挨拶に来させてもらったんだよ!いや〜噂は本当だったみたいだね〜可憐なパイロットに美人なリーダー!そして私は愚鈍なリーダー……ってね!」


 場が一瞬で静かになった。きっと冗談を言ったんだろうけどピメリアさんはくすりとも笑わない、こういう時どうすれば良いのかさっぱりである。


「リーダ・アマノメさん、私が訊きたいのは何故陸軍がここにいるのかという事ですよ」


(──あ!名前がリーダだから、そういうことか……)


「何故ってそりゃ、国の存亡をかけた特別チームが一同に会するんだ、ここを狙う不届き者がいるかもしれないだろう?我々の手でここを護衛して─」「─私が何も知らないと「お二人とも時間ですよ」


 もう次から次へと、アマノメという人が残してきた一団の人たちもこっちに合流してきた。会話している二人に声をかけたのはクトウ総理大臣その人だった。

 私には目礼をしただけでとくに話しかけてくるわけでもなく、颯爽と歩いていった。


「ほら行くぞ」


「──え、あ、ちょ──」


 帰りたい!凄く帰りたくなってきた!私一人だけって!信じていたジュディ先輩も不参加だし!

 と、心の中で駄々をこねる私をよそに、ピメリアさんがずんずんと手を引っ張っていった。



「──年の瀬ではございますが、まずこの場に集まっていただけましたこと心より感謝申し上げます。それからこの基地の護衛をしてくださっている陸軍の方々にもどうかよろしくお願いしますとお伝えください」


 口火を切ったのはやっぱり総理大臣の人だった。海軍の大会議室に集まった様々な人たちが壇上に立つ総理大臣を見つめている。


(今年の夏は連合長の執務室にいるだけで緊張していたっていうのに……今度は総理大臣かよ)


 私も随分と出世したもんだと思いながら周りにちらりと視線を向ける。

 ...思っていたよりもざっくばらんの服装だった。こっちは慣れないスーツを着用しているというのに、席の端の方にいる人たちは私服だ、一体どこを担当するのか分からないがお出かけ前のように私服だった。

 壇上には政府の人たちがいる、総理大臣を始め『演説厨』とネットで馬鹿にされている大統領、それから各省庁の大臣たちだ。

 総理大臣のかしこまった挨拶が終わり、次の人にバトンタッチした。


「総務省のミヤウチと申します。今回発足されましたセントエルモのバックアップと人事マネジメントを担当することになりました。席に着かれている皆様方は今後船に乗って国外調査に赴かれるかと思いますが、壇上にいる我々は船に乗らず国内から支援をさせていただきたいと思いますのでよろしくお願い致します」


 余裕がある─らしい─ピメリアさんが小さな声で「そりゃそうだろ」と一人で相槌を打った。

 総務省のミヤウチと名乗った比較的若い人が今後の取り組みについて説明してくれた。


「セントエルモの大目的は昨今国民を脅かしているシルキーの回収、調査、善後策の立案となっています。前回から大して変わってないじゃんとセントエルモの皆様方は思うかもしれませんが、今と昔では状況が大きく異なっています」


 急に砕けた言い方をしたので何事かと思った、他に人たちもくすくすと笑っている。


「前回まではあくまでも民間の一組織として、また政府から依頼があっての調査活動だったかと思いますが、今回からは政府直々の調査活動に切り替わります。なのであなたたちのお給料は勿論税金から捻出されることになりますし、下手な事をしてネットでバズられないように注意してください。税金泥棒とアカウントに凸られることになりますので」


 さすがに今度は私も笑ってしまった、肩っ苦しい内容だけど喋り方がお茶目だった。


「さらに、回収した──色々な呼び名があってややこしいですねシルキーで統一します、回収した全てのシルキーの所有権はウルフラグ政府に帰属しますので、如何なる理由があっても勝手な判断を下して廃棄ないし破壊はしないように注意してください」


 私の隣に座っていたピメリアさんが堂々と手を挙げた。


「何でしょう?」


「この期に及んでまだ回収しようと言うのですか?首都の状況を鑑みれば破壊することが妥当かと思われますが」


 ピメリアさんの質問に何人かがうんうんと頷いた。


「勿論、これからの活動次第では破壊し無力化することも考えられます。しかし、現状は破壊するよりも回収し調査することが大事かと思われます。国内にはまだまだ不活性シルキーが眠ったままになっていますし、あの騒動を受けてもなお手放そうとしない民間企業がごまんといますから」


「ああ……危険性よりも利便性に頭が取られているのか……」


「そうです。なので政府としてもまずはシルキーを解明し安全か危険かを見極め、もし安全であると分かれば生産業に取り入れます。危険であると分かればその証明を持って国民の皆様方に改めてご説明するつもりです」


 別の人から質問があった。


「ユーサで保管していたシルキーの大元は?」


「前回の騒動で破壊されました、それもシルキーの手によってです」


 場が騒然とする。


「シルキーが、シルキーを破壊した……?それは本当なのですか?」


「意図的か偶然か、それは分かっていませんが襲撃したシルキーの群れは真っ先に保管場所を攻撃しました、これは事実です」


 思わず呟きが漏れる。


「だったら私たちも狙われるってことに……」


 ピメリアさんが総務省の人に食ってかかった。


「どうしてそんな大事な話を今まで伏せていたんだ?こっちには未成年だって─「だから海軍にも出動要請をかけたのです。ご理解ください、あなたたちに伏せておかなければならない話がある程政府も切羽詰まっているのです。──本音を言えば私たちだってマキナの方々には文句の一つでも「ミヤウチ君、話しが逸れていますよ」……失礼しました」


 総理大臣がやんわりと是正した、そのせいで誰も文句を言えなくなってしまった。

 独特な雰囲気を保ったまま、説明役のミヤウチという人が話しを続ける。皆んな何かしら言いたそうにしているがぐっと堪えている様子だ。


「では、話の流れで今回出動してくださる艦長をまずはご紹介しましょうか。どうぞこちらに」


「──はい!」


「ん?」

「おや?」


 少し離れた席に座っていた人が、良く通る声でそう返事をした。聞き覚えのある声だったのでその人を見やればアリーシュさんだった。

 いつもと同じに見える軍服、けれど胸に飾られている勲章の数が違った。

 壇上に立ったアリーシュさんが礼をし、男の子を思わせる低い声で自己紹介をした。


「本日付けで少佐を拝命しましたアリーシュ・スミスと申します!全身全霊を持って皆様方をお守りする所存ですのでよろしくお願い致します!」


「あの歳で左官か〜〜〜この先苦労するぞ〜〜〜」


 ピメリアさんが明後日の方向に心配している合間にも話しが続けられる。


「スミス少佐にはアッシリア艦隊所属の旗艦バハーの艦長を務めていただきます。艦は軽空母級、特個体総数一二機を搭載可能になっています。その他にも今回の特別仕様ということで揚収クレーンを一基、ドライ、ウェットの各種分析装置、それから皆様も記憶に新しい改修型オクトカーフも一基搭載されています」


 ちょっとだけだけど場がどよめいた、ミヤウチさんのどの話に興味を惹かれているのか分からないが、オクトカーフの名前が出た時は少しだけ誇らしかった。

 ──そういう事かと、続けられたミヤウチさんの言葉に今回の顔合わせがどういったものか理解した。


「では、続けてその特個体に搭乗していただくパイロットたちをご紹介しましょう。空軍、首都防衛航空飛行団第三飛行隊から派遣されましたそれぞれ若手の皆さん方です。こちらにどうぞ」


 そう促されて今度は会議室の隅にいたあの私服姿の四人組が壇上に登った。

 一人目はキミリア・ハーケンと名乗った男性だった。


「よろしくお願い致します」


 挨拶はそれだけ、遠目から見る限りショートボブの女性に見えなくもない。服装は一般的、黒のオーバーサイズダウンジャケットに黒のスキニー、それから白いスニーカーを履いている。インナーの淡い水色がお洒落だと思いました。


(私はいつの間に評論家に……)


 二人目の人がトリノ・オビエドと名乗り、優雅な仕草でぺこりと頭を下げた。その所作はあまりこちらで見かけない"貴族的"なものであり、もしかしたら私と同じカウネナナイ出身の人かもしれなかった。


「──以後お見知り置きを。皆様方と共に海へ出られることを光栄に思います」


 彼の言葉に海軍出身の人たちが渋面を晒した。きっと皮肉と受け止めたのだろう。

 そのトリノ・オビエドさんは、いつか見たあの俳優っぽい男性に似ていた。艶やかな黒髪を後ろで束ね、同じく艶のある黒いジャケットにハーケンさんと同じスキニーパンツ、けれどオビエドさんはブーツを履いて見事に着崩している。


(何かアイドルユニットみたい)


 続けて三人目からは女性だった。その女性は「む!」と発言してから慌てて言い直し、ウィスパー・イーグルと名乗った。


「ははは!すんませーん、人前に立つのが慣れていなくて……さーせんさーせん」


(何か、パンクっぽい)


 その人は一言で言えばミュージャンのような服装だった。革製のジャケットにハーフパンツ、さすがに寒いのかレギンスを履いている。髪はジュディさんと同じように襟足だけ緑色に染めている、それからごっついブレスレットも付けていた。

 最後の人はエミリア・ハーケンと名乗り、会議室にいる皆にゆっくりと視線を向けてからこう言った。


「これでもボクは婚約者がいる身なので下手な勧誘はしないでほしい。どうぞよろしく」


(凄い自信。いや確かに綺麗な人だけど)


 舞台女優のような喋り方だと思いました。抑揚をつけたその声は良く耳に届き、不思議と見つめてしまう魅力を持っていた。

 あれだな、きっとお母さんと同じタイプの人だ。

 エミリア・ハーケンさんは何というか、服装も舞台っぽかった。オビエドさんと同じようにジャケットを羽織り、キミリアさんと同じように(あれ、もしかして兄妹?)スキニーパンツ、けれど腰からフリルがついた...布?あれ何?とにかく普段着ではあまりお目にかかれない服装をしていた。

 髪は、灰に近い白い色をしておりおそらくセットに数時間はかけたに違いない、勇み立つ大鷲の翼のように広がり空調の風に靡いていた。一番目立っている。


「あれがパイロットなのか?とてもそうは見えんな」


「読モやってますって言った方が納得します。ライラも並ばせてやりたい」


 四人が紹介を終えると舞台袖に隠れていたミヤウチさんが再び登場し、胃に来るようなことを言った。


「──ありがとうございました。ではせっかくなのでそのままナディ・ウォーカーさんの紹介もしましょう。彼女はかのオクトカーフ、さらにノラリスの臨時パイロットも務めています、本作戦の重要人物だと言っても過言ではないでしょう。どうぞ壇上へ」


 ぴっ!と緊張が全身を駆け巡る、隣に座っているピメリアさんの袖を引っ張るがここに来ていきなり他人のふりをしてきた。


「……ちょっと!ピメリアさんも一緒に!」


「…紹介されたのはお前だけなんだから一人で行ってきなさい!」


 壇上からもアリーシュさんが「早くしなさい」と言ってきたので仕方なく一人で向かうことにした。恥ずかしいったらない。

 

(あばばばば………)


 アリーシュさんの後ろを通ると「そんなに緊張する必要はない」と何の為にもならない励ましの言葉をかけてもらい、キミリア・ハーケンさんから少し離れた位置に立つと、


「──ふっ」


(……えっ、今笑われた?)


 明らかこっちを馬鹿にするような、そんな笑い方だ。

 気が動転したまま席に向かったのがいけなかった。


「……っ!」


 思っていた以上に人が沢山いた、それも皆んなスーツ姿、あまり周りを見ないようにしていたのも悪かったかもしれない。


「は、初めまして!ユーサのっ────」


 後のことは何も覚えていない。



「お疲れさん」


 気が付いた時には席に座っていた。


「でもお前、ユーサを辞めているのにユーサはないだろ──痛い痛い」


 無言のパンチを見舞う。

 壇上では変わらず話しが続けられており、セントエルモの調査概要に沿って次から次へと人物紹介がなされていた。

 本当に何も覚えていない、頭の中が真っ白になって本当に気が付いたら席に座っていた!


(あ〜〜〜!……はあ〜あ、絶対変なコト言った、ピメリアさんに笑われたし)


 壇上では亡くなった友人の仇を取ると厳かに、けれど猛々しく決意をあらわにしている人がいた。


(あれ、あの人って確か探査技術団の……あの人も参加するんだ……)


 極度の緊張とその解放感から未だはっきりしない中でも、その人の決意みなぎる声は良く耳に届いた。

 私の赤っ恥の事など無視してどんどん話しが進んでいく。

 お次は艦上で各乗組員のバックアップを担当するという女性が壇上に立った。その姿はウィスパー...何だっけか、さっきのショックで抜け落ちてしまったけど、その人と似たパンク風の女性だった。両耳にはコネクト・ギアなのかピアスなのか分からないアクセサリーが沢山付いていた。


「キシュー・マルレーンです、どうぞよろしく。船の上で怪我をされた時は是非あたくしども厚生省を訪ねてください、ちょちょいのちょいで福利厚生をお約束しましょう」


 ささやかな笑いが起こった。


「…良いな〜私もあんな余裕がほしい」


「──そうだな」


 独りごちた呟きにピメリアさんがやや固い様子で答えた。んん?と思い顔を覗き込むと嫌そうに眉を顰めていた。


「知り合いなんですか?」


「な、何でそう思うんだ?」


「いやだって──」その時だった!まるでドラマのように大会議室の扉がばあん!と開かれた!


「──ちょっと待ちなさい!私はっ!──そんな女が副責任者になるなんて認めていないわ!」


 会議室にいた皆んなの視線がその人に集まった。結っていた金の髪は解けて頬に張り付いている、以前グガランナさんたちと一緒に出かけたモールで勧めた青いカーディガンと似た服も所々に泥が付いていたというかグガランナさんその人であった。


「え!」


 驚く、そりゃ驚いた。だってあの人ってあんなお転婆するような──

 ドラマチックな入場をしたグガランナさんはオープニングからクライマックスだった。


「ぽっと出のくせに!私の方がセントエルモは長いんだから!良い?!ピメリアに何を言われたのか知らないけれど─「やめなさいって!グガランナ!やめなさいっ!」


 いつの間に!隣にいたピメリアさんがグガランナさんに組み付きやめさせようとしている。顔は初めて見る程に真っ赤である。


「一体何が……」


 壇上に立つマルレーンさんという人は涼やかな顔をしている、渦中のはずなのに余裕だ。

 ミヤウチさんが、


「安心してください、あなたの紹介はまだですよ」


「──は?」


「以上が厚生省の紹介でした。では、続きまして今回の調査に特別アドバイザーとしてお越しいただきましたグガランナ・ガイアさんを紹介しようと思います。それではどうぞ」


「──え?」


「キシューは!副責任者じゃないんだよ!あいつはただのパックアップ要員!お前の方が立場は上!」


「え?」


「グガランナ・ガイアさん、お取り込み中のところ申し訳ありませんが時間が少々押していますのでこちらに。自己アピールの時間が減ってしまいますよ?」


 ミヤウチさんの言い方にどっとした笑いが起こった、つまりグガランナさんの奇行はそれぐらい目立っていた。

 ようやく状況を飲み込めたグガランナさんが、ぼっと頬を染めてから早足で壇上へ向かっていった。



✳︎



「いや、何、何なの、何でそんな嬉しそうに肩を叩くのかしら」


 散々である。


「自分より恥をかいた人がいて嬉しいんだろ」


「あなたって意外と狭量なのね、人の恥を喜ぶだなん──いい加減にしなさい!」


 肩だけでなく頬まで突いてきたので堪らず声を張り上げた。

 ナディ・ウォーカー、まさに()()の人物である。見た目は愛らしく目敏く耳聡く、全ての事柄に対して敏感に反応する感性を持ち合わせている。

 ──鬼門だと思った、()にとって。けれどこうして一緒になってしまったからには仕方がない。

 どうやら顔合わせというのは概要説明に沿って人物を紹介していくものらしく、最後の詰めでピメリアとまだ見ぬ副責任者が呼ばれた。


「──それでは最後に、皆様方を指揮し時にマネジメントをする責任者の方をお呼びしましょう。セントエルモを立ち上げ今日まで牽引されてきた元ユーサ第一港連合長のピメリア・レイヴンクローさんです。どうぞこちらに、話しも長くなってきましたので手短にお願いしますね」


 揶揄されてもピメリアは相貌を崩しもしない、涼やかな瞳のまま壇上に立ち、そしてそのまま何ら気負うことなく宣言した。


「私たちの手でシルキーを解明しましょう、それに必要な道具と人材を国が全て用意してくれました。皆様方はこの道のプロです、失敗という文字は早々にご自身の辞書から削除されているはずです、私もそうです。ですが責任は違います、何せこの国にシルキーをもたらしたのは他でもない私とアドバイザーのグガランナ・ガイアなのですから。今さらなかったことになどできません、また多くの人命も失われてしまいました、けれど国民はまだまだシルキーの未知なる技術に目が眩んでいます。よろしいですか?ウルフラグの未来はセントエルモの行動にかかっています、ご自身の一挙手一投足に命と金が乗っかっていることをお忘れなく、ふざけた人間を見かけたらチームから即座に外しますので何卒よろしくお願いします」


 滑らかな口調で語られたその内容には責任者としての"格"が確かにあった。

 二度目のセントエルモを立ち上げる時はあんなに迷っていたというのに、きっと彼女の中であの超潜航が自信となっているに違いない。それにナディたちパイロットも一時は生存も絶望視されていた、あの時間はピメリアにとっても耐え難い苦痛だったに違いない、それでも彼女は成功させたのだ。

 ──と、ここまで人の内面を読めるようになっていた。そんな自分が微笑ましい。

 心の中で"もっと、もっと、もっと"と欲しがる声が()()


「こっわ……相変わらずだな〜」


「あれぐらいがちょうど良いじゃない、ビシッと締める人も必要よ」


「それよりマルレーンさんと何かあったんですか?」


「しっ!まだ話が終わっていないわ」


「怪しい……」


 この子ってこんなに人懐っこいの?少し前までは他人行儀だったのに...

 壇上に立つプレゼンターが締め括りに入った。


「では最後にセントエルモの副責任者をご紹介しましょう、様々な事情で本日はお声のみとさせていただきます。それでは」


 少し疲れを見せているプレゼンターが頭を下げてそのまま舞台袖に姿を消した。その舞台袖ではヒルナンデス大統領がお付きの人に身嗜みを整えてもらっていた。

 その副責任者というのが、


[どうも初めまして、私はウルフラグ政府厚生労働省で大臣を務めている。今回の国外調査については陰から皆様方をバックアップするつもりなのでよろしく。では]


 簡潔、たったそれだけだった。


(マキナになった、というより自分の意識を電子に変えた男。ドゥクスの手引きかしら、それにしたってその理由が分からないわ)


 集まった皆も疲れているのか異質な男の挨拶に注意を向けていない、ナディも机の下に携帯を隠してイジっている始末だった。

 ピメリアがやんわりと注意したあたりで大統領が壇上に立ち、用意してきたであろう原稿を読み始めた。


「ここに集った皆んなは多かれ少なかれウルフラグの未来を憂えた人たちである。それは志しを共にした友であり、苦難を共に乗り越える同志であると私は信じている。……あー、勿論私もそうだ、私は君たちの味方のつもりだ、そこに決して裏切りがあってはならないしこれからもそのつもりでいる」


「……?」


 珍しい、あの演説好きの大統領が言い淀むなんて。

 こうして、実に様々な人たちを巻き込み結成された調査チームの顔合わせ会が終了した。

 セントエルモが立ち上がって一年も経っていない、それなのにもう政府から直々に声をかけられるほどチーム全体が存在感とともに大きくなっていた。

 惜しむらくはここにあの二人がいない事であろうか。チーム結成の立役者であるホシとヴォルター。


(──いや、あの女がチームに食い込んでいるぐらいだからもしかしたら……)


 ピメリアが総理大臣のクトウに呼ばれ席を外し、ナディもすっと立ち上がって部屋の隅の方へ移動した。ナディが向かっていく先には厚生省大臣と同じくらい異質な四人組がいた。


(知り合い?)


 ──と、いうわけでもないらしく、ナディが挨拶をしているのにあの四人は全員が無視している。誰も真面目に取り合おうとしなかった。

 トボトボと肩を落としてナディがこっちに戻ってくる。


「残念ね、相手にされていなかったじゃない」


「う〜ん………同年代かなって思って仲良くしようと思ったんだけど……」


「そう」


 大きく溜め息を吐きながらナディが席に座り、折良くピメリアも戻ってきた。


「お疲れさん。じゃ、悪いけど早速仕事に取り掛かってくれるかな」


「……ええ?私そんな気分じゃありません」


(思ったより元気そう)


 構うもんかとピメリアがナディの手を握って無理やり立たせていた。


「お前専用の特個体をアリーシュの船に移すんだ、いいな?それが終わったら年末の休みが待ってるぞ〜」


「いえ別に私専用ってわけじゃ──ああ!ちょちょちょ!鞄!」


「グガランナ、こいつの鞄を持ってやってくれ」


「はいはい」


 彼女たちは気付いていない。色んな人の色んな思惑が込められた視線を受けた二人が大会議室から出て行った。

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