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第65話

.マキナとすれ違いに関する考察



「あ〜……何か飲む?」


「いらない」


「僕も別にいいよ」


「……それならとりあえず座ったら?立ったままだと話し難いしさ」


「…………(※乱暴に座るアリーシュ)」


「…………(※少し離れて座るホシ)」


「足もね、だいぶ良くなってきたよ。昔みたいにはいかないけど、一人で歩くには困らないかな。退院したら三人で何処かへ行こうよ」


「それはできない。もう、できないんだ」


「うん、残念だけど僕も賛成できない。三人一緒はまずいよ」


「………どうだった?前にアリーシュの友達の所へ行ったんだよね」


「期待外れも良いところだったよ。僕はてっきりマキナについて新しい情報が入ると思っていた─」「─まだ言うのか?」


「…………」

「…………」

「…………」


「リッツさ──…………あ、また都合が良い時にコールしてくださいね今日の検診がまだ済んでいませんので失礼しました」


「…………」

「…………」

「…………」


「あ〜……ね、私喉が渇いたんだけどやっぱり何か飲みに行かない?」


「検診がまだ済んでいないんだろ?勝手に出て行って大丈夫なのか?」


「……ほんと人の事になると口うるさくなるね、自分の事はそっちのけってこと?」


「……何が言いたい?」


「アリーシュのそういう無自覚な所が周りの人たちに迷惑をかけているってこと」


「アリーシュ……?いつの間に呼び捨てに……」ボソリ


「じゃあ何か君は自分の事がきちんと分かっているとでもいうのか?君だって無自覚な行動を取って私を「あーはいはい!ね?そういうあからさまな喧嘩は止めようよ。私ミルクティーが飲みたいからさ、悪いけどアリーシュ買ってきてくれない?」


「………ああ、お安い御用だ」


「アリーシュも好きな物を買ってきていいからね」


「私に気を遣わなくて良いよ。それより隣にいる無自覚系装う思わせぶり主人公の分はどうする?」


「は?」


「それ誰のことを言ってるの?──いやそれ絶対僕のことだよね」


「そらみたことか、どうして初めっからすっと文句を言わないんだ?」


「コミュニケーションの取り方にまで文句言わないでくれる?それを言うなら君なんか頭でっかちじゃないか。僕が代わりに買ってきてあげるよ、君は間違えてプロテインとか買ってきそう(※立ち上がる)」


「(※乱暴に立つ)はあ?そんなわけないんだけど?ちゃんとコーラぐらい買ってこれるさ「いやミルクティーなんだけど……二人いっぺ「ほら、ソッコーで間違えてるじゃん。ほんとに僕より歳上なの?」


「今歳関係ないだろ!「はいはい、分かった分かった」「気安く触るな!」そんなに高くもないくせに」「私の胸を堪能したのは「まだそんな事言ってるの?(※病室から二人が揃って出て行く)」


「──ええ〜〜〜………何でそうなるの?二人は喧嘩してるんじゃなかったの……?……マズいな、アレはマズいぞ……何とかしないと」



✳︎



「ロザリー先生、学校長がお呼びですよ。──どうかされたんですか?いつにも増して暗いですよ?」


「うるさい余計なお世話だわ。……はあ、思い込みって程々にしておかないと痛い目に遭うわね」


「分かるー」


「適当こくんじゃない」


「分かりみー」


「度合いを含ませたからといって駄目」


 私に言伝をした院生が「めんどくせえ」と言いながら研究室を後にした。

 最近の院生は人との距離感が家族のそれだ。悪く言えば馴れ馴れしい、良く言えばフレンドリー、頭が固い教育委員会の連中と比べたら遥かに付き合い易いのは間違いないけれど。

 

(さて、お呼ばれされたのなら行かないとね)


 マキナに関する論文を表示していたタブレットを閉じ、どうせまたこの話だろうとそのまま持って行くことにした。

 私に当てがわれた研究室は有り難いことにレストルームの近くにある、さらに大学の入り口から直線距離にあり階段を上がればすぐフードエリアがあった。

 階段を上がって遅めの朝食をとっている学生らを見やりながら学校長が寝ぐらにしている応接室へ歩みを進める。途中、見知った学生とすれ違い、「先生がついに恋のキューピッド。自分のことはほったらかしのくせに」と揶揄われた。やはりあの日の事が噂になっているようだ。

 フードエリアを過ぎて職員室も通り過ぎると役員らが雁首を並べているエリアに着く、その廊下からは学生たちの遊び場に成り下がった大学ご自慢の庭が見え、さらにその向こうには国会議事堂の建物と首都のビル群もあった。

 役員エリアの反対側、つまり私の研究室からは自然公園群を擁する山並みが見える。前回のフィールドワークを兼ねた登山サークルと合同のお泊まり会は散々だった。宿泊施設を管理している市役所から外出するなと言われるわ、その直後から携帯が使えなくなるわ、「直近でシルキーちょー見てみてえ!」と学生らが飛び出すわ、人の面倒を見るのが苦手な私もサークル長に責任押し付けて「なら私も!」と結局飛び出したけれど。

 全然散々ではない、結構楽しめた。

 到着した応接室の扉をノックする、間髪入れずに「入れ」と返事があった。


「失礼します」


「あー良く来た。適当な所に座ってくれ」


「何ですか、学校長の膝の上に座れとでも?」


「──ん?ああ、すまんがそのまま立っていろ、散らかっている」


「で、お話は何でしょう」


 学校長の応接室はとても散らかっている。この男が学校の長のくせに前線に出て未だに研究者としての仕事をこなしているからだ。

 それにここはいつも薄暗い、せっかく陽当たりが良い部屋なのにカーテンを閉め切っているせいだ。

 床に散乱したレポートの紙を踏み付けながら学校長の元へ向かう。


「面白い文を見つけた、これを読んでくれ」


 タブレットの画面から目を離さずこちらに一枚のレポートを渡してきた、それを引ったくるようにして受け取り素早く文面を舐めていく。


「──これ小説ではありませんか、フィクションですよ?」


「小説は事実より奇なり、この発想に辿り着いたことがある種の見解を示しているように思う。お前はどう思う?」


「部屋が臭いです、いい加減シャワーを浴びてきてください」


「いやそっちじゃなくて──そんなに臭い?冬なのに?」


「冬なのに加齢臭がするってヤバいですよ」


「いやそれはさっきまで委員会のお偉いさんが来てたからで──俺は悪くないいや臭くない」


 くだらない。

 学校長は役職の割に大変若く、中年に差しかかる一歩手前の年齢なので学生らに大変人気があった。無精髭に怠そうな目、それなのに頭の中は知識だらけなので学生らから「喋る広辞苑」と呼ばれていた。試験が近くなると学校長が連れ去られるとか何とか。

 渡されたレポートには小説の一部が抜粋されており、目を通した限りでは歴史物のようであった。

 一二の国に分かれていた古代、世界の覇権を握らんとし各国が軍備に力を入れていた時代、という設定で綴られているこの手の創作物は良くお目にかかるものであり、何ら特別性は感じられない。


「何故これを?」


「いいから続きを読め」


 一二の国が現在の二つになるまで実に様々なストーリーを繰り広げながら展開──いや、収束していく。例えば一国の王女に視点を当てて悲劇に綴られたり、また例えば弱小国の王子が並み居る敵国を撃破していくサクセスストーリーで綴られたり、最近の流行りで言えば異世界からやってきた"ワールドエクシード"なる転移者が未知の知識と技術で無双したりと、本当に読み手を飽きさせないジャンルで溢れ返っている。

 今思うに──この転移者の辺りから今の状況がある程度予測されていたのかもしれない。

 文面を舐めるように進めていた目がようやく止まった、ある一文の中にはっきりと『マキナ』という単語が出てきたからだ。


「マキナ。もう創作物の中に組み込まれているのですね」


「そうだ、お前も薄々気付いていると思うがシルキーとカテゴライズされる前から彼ら作者はその本質を見抜いて取り入れていた」


「なら、やっぱりワールドエクシードの本体はシルキーだったと?」


「そういう事になるな。さらに文化人類学の見地から言わせてもらえばこの異常に対する対応力が異常だ」


「駄洒落?」


「違うわ。人ってもんは未知に対して鈍感ではいられない、怖がって逃げるか興味を持って近付くかの二択だと思ってい「それは学校長の見解であって「─黙って聞け。何故今の今まで俺たち人類はシルキーを放置していたんだ?疑問に思ったことはないか?」


「それは政府が取捨選択した情報操作によるものでしょう?そもそも政府はシルキーを公に認めていなかったんですから」


「認めていなくとも手元にはそれらしい物があった、それなのに誰も取り合おうとせず放置し続けた、皆んなだ全員だ、これはあり得ない事が起こっているぞ。一〇〇人全員の行動が一つになる瞬間が来てしまったんだ」


「──それはどっちかというと文化人類学というより統計学の「うるせえ、今はそういう細かい事は良いんだ。民俗学を専門にしているお前からも意見を聞いてみたい、だから呼んだんだ」


 怠そうな目は変わらず、けれどいつにも増してやる気があるように見える。学会の発表でもそれぐらいの気焔を吐いてほしいものだ。


「この小説と民俗学に何の関係が?」


「小説に取り入れられる程今の人類に未知の物体が馴染んでいるという現実に、何かしらの信仰的な考えは当てはまらないのかと訊いている。これだけ大勢の人間が疑問に思わず排他的にもならないのはそういった要素が織り込まれていると考えた方がまだ説明がつく」


「まさか集団─」「─催眠か暗示か、それに近いものを受けていた恐れがある、と、俺は考えている。けれどそれはあまりに非現実的だから信仰の方から潰していこうと思ったんだ」


 床に散乱したレポートの群れ、それから薄暗い部屋の中で太陽の光りを受けようと賢明に伸びている植物の(つた)、そして全てを見越したかのように目を光らせる学校長。


「シルキーに威神教会が関わっていると、そう言いたいんですか?」


「その元締めは誰だった?確か星人とかいう名前だっただろ。大昔に一二の神を束ねていたっていう考察をしていたよな?」


 ううっと、蓋をした記憶が蘇ってきたので呻いた。呻いた、大事なことだからもう一回言うけど目の前で呻いてみせた、これ以上突っ込まないでと遠回しにアピールした。それなのにこのボンクラときたら──


「前に軍の関係者を呼んで考察会をしただろ?その時の話も訊きたかった─「はあ……」─何で溜め息?」


「忘れようとしていたのに……そういうデリカシーの無さが独り身に拍車をかけているんですよ?いい加減気付いたらどうなんですか」──ううっ……お前、人の傷口抉るなよ胸に響くだろ……」


 この男、このなりとこの仕事ぶりでありながらパートナーを求めているのだ。

 互いに傷を抉り合ったところで一旦お開きとなった。何故って?それは互いの精神が平衡ではいられなくなったからだ。



✳︎



「………」

「………」

「………」


「くぅー」


「………」

「………」

「………」


「くう〜う、くぅ〜〜〜(※アネラに擦り寄る)」


「──このアリクイの赤ちゃんは?」


「星人の私物だ」


「私物……?はあ……そうですか」


「…………」

「…………」

「…………」


「くぅーくぅー」


「──あの、国王陛下、私は席を外しても良いでしょうか?」


「──駄目だここにいろ。気持ちは分からんでもないが大事な話があるんだ」


「私は「くぅー」知っての通りただの「くぅー」影武者でございます「くぅー?」いくらカルティアン家を「くぅあ〜……」……カルティアン家を預かる身であっても勝手な真似は許されないと思いま「すぅ〜……zzz」


「誰がカルティアン家と言った、お前はラインバッハの子、俺たちの妹になる。つまりは王位継承権を持つに相応しい人間だということだ、ここで俺の首を刎ねれば即座に入れ替わることもできるだろう」


「この期に及んでアネ──彼女を王族に加えるということですか?周りの者たちは何があっても賛成しないでしょう」


「何故俺がわざわざ迎えの部隊を用意したと思う?」


「失礼ながら陛下、前回の失態はおいそれと挽回できるものではありません。反旗を翻される前に我々身内を手元に置いて固めようとされているように見受けられます」


「分かっているじゃないか。前回の暴走事件はハッキリと言って俺に原因がある、このままいけば国民投票も免れないだろう。そうなったらどうなると思う?」


「……?ご質問の意味が……陛下の崩冠(ほうかん)式(※国王の位を国民に"お返し"することをいう。"奉還"になぞらえてカウネナナイでは"崩れる冠"と読む)が挙行されてしまう以外に何が……」


「次の王は誰になる?」


「誰になる?誰がなるではなく?」


「そうだ、この国には王を任せられる奴が一人も存在しない、これは誇大広告でも「使い方間違えています」……誇張した表現ではない。適任者が存在しない中でただ国民感情に任せて挙行された崩冠式はろくな歴史を作らない。と、なるとここにいるお前たち二人になるだろう、しかしお前たちは腹違いの子だ」


「………」

「……仰りたい事を明瞭にしていただきたく」


「うむ。周りの連中に利用されてしまうのが目に見えている、それなら多少反感を買ってでもこの立場を維持した方がまだマシだ。次世代の王が誕生するまでの間、これから俺は悪足掻きをするつもりだ」


「誰に反感を売るかによってお立場も変わられるかと思いますが?」


「無論、この世界の全てにだ。俺の信念は俺が理解していればいい、そしてお前たちは俺に付いて来てくれるだけでいい。──来てくれるか?」


「Zzz──くぁっ?!」れが行くもんですかこのナルシスト王め!出来る風を装ってその実全然出来てません系じゃない!「それそのまんまじゃない?」自信過剰だわ人の話聞かないわ!「いや聞いてますよ?」それに!この男は一体何なんですか!どうしてさっきから私のことをねちっこい視線でねろねろとっ……」


「お前の兄、そして俺の弟、ヴィスタ・ゼー・マルレーンだ。マルレーンはお前たち二人を捨てた色の名前だ、良く覚えておけ」


「──っ!!人の母親を良くも色だなんて下品なっ……「子を養うために体を売る娼婦の方がまだ清らかだ」


「──その、マルレーンという人はどちらに?」


「会いたいのか?」


「……分かりません。ですが、私も陛下の考えに賛成です。俺たちを見捨てていなければと思うと……「一人称何とかしてくんない?私なの俺なのどっち?」……じゃあ俺で「ふざけないでください!真面目な話なのか冗談なのかどっちなんですか!」


「──アネラって昔からこうだったのか?」


「いえ、昔はもっと物静かで虫にも怯えるような薄幸系妹でし「普通自分の妹に薄幸なんて言葉は使わないからな?」た」


「あそう……お前は?ヴィスタのことは覚えているか?」


「──ええ良く覚えていますよぎこちない笑みを称えながら優しく頭を撫でてくれた人のことを!その人を兄と呼ぶならそうなのでしょうがしかし!こんな物を愛でるような汚い視線を送ってくる人が私の兄であるはずがありません!」く、くぅ〜〜〜(※ガルディアの方へ逃げ出す)」


「兄……大ダメージ……「──ふざけないでくださいってさっき言いましたよね?!私の大切なたった一人の家族を愚弄するおつもりですか?!」い、いや、すまない……ただ、ちょっとでも君に笑ってもらおうと「こんな訳の分からない!いきなり呼び出されてこいつがお前の兄だと紹介されて挙げ句の果てにはナルシスト王「それ俺のこと?」から勧誘を受けたんですよ?!!──笑えるかあーーー!「くぁっーーー!!」─うべっ?!」


「マジで落ち着けって色々と混乱し過ぎている。それから良くやった星人」


「………っ(※ガルディアに向けてサムズアップ)」


「はあ……もういいですよ……私はくうちゃんと一緒に生きていきますから「くぅ〜〜〜」


「でもちょっとはスッキリしたんじゃないのか?」


「──え?」


「言いたい事は言って訊きたい事は訊いて、そうやって互いの齟齬を解消していくのが上手い人付き合いだと言えるだろう。相手を慮って何も言わないのは時として不誠実にも繋がる」


「え?」


「あれ、俺って声が小さいのか……?」いえ、良く聞こえているかと。アネラは何で私にそれを言うんだという疑問のえ?かと」


「この場で一番キレているのはお前だけじゃないか、だからスッキリしただろって言ったんだぞ?」


「──誰のせいでここまで怒っていると思ってるんですか!!いきなり過ぎるんですよ!!仮にこの男が本当に私の兄だったとしてもうちょっと紹介の仕方とか考えられなかったんですか?!そういう周りが見えていない所にも腹がたつって言ってんですよ「くぁっーーー!」──っ?!……お前らアリクイの赤ちゃん投げ過ぎだろ!!」


「…………(※アネラと星人のどちらに行こうか迷っている)」


「はあ〜〜〜スッキリした「だからさっき言ったじゃん………」で、陛下はこれからどうされるおつもりですか?見かけの上では敵対していたカルティアン家を膝下に加えた事になりますが、皆の不満を解消した事にはなりません」


「アネ──君はそれで良いのか?五年前の件を水に流せると?「言うね〜」


「国の安寧が先です。私怨など後回しで構いません、これ以上国が傾いてしまうような憂いを放置するわけにはまいりませんから」


「………」

「………」


「何か?」「くぅー」「………」


「──いや、頼もしい限りだと思ってな。ヴィスタ、お前はディリン家に行って来い」


「仰せのままに」


「それからアネラ、お前はヴァルキュリアに接触しろ。公爵から謀反の動きありと報告を貰っている」


「ヴァルキュリアがですか?」


「ああ。何が起こっているのか見極めてきてほしい」


「……分かりました」


「以上だ。今日はご苦労だった──ああ最後に、この事は公爵に気取られるなよ、いいな」



✳︎



「これが例の?」


「そうですミスタープレジデント。ビレッジコア大学で主に民俗学を専攻している助教授のロザリー・ハフマンの論文です。前回の学会でこの論文を提出し、マキナに関する独自の考察を展開していました」


 使い古された官公庁用のタブレットを手に取る。そこには四角四面の字体で『威神教会と一二の神に関する共通点』と表示されていた。

 ──()()()と、冷たい汗が一筋。ほんの一瞬だけクトウを盗み見るが、とくに何かに気付いた様子はなかった。


(やれやれ…)


 指をスライドさせて画面をなぞっていく。

 概要は『古文書の内容が真実性を帯びており、威神教会の発足と同時期に一二の神が分たれたと考察する』と書かれていた。

 気が気ではない。


「……面白そうな内容じゃないか。それでミスタークトウ、これをどうしようと?」


「彼女を特別作戦室に招聘しようと考えています」


「招くのか?我々が追いかけているのはシルキーであってマキナではなかったと思うが」


「この論文には元々一二の神がこの世界を支配し、星人を中心として分たれたとあります。神イコールマキナとするならば、星人と呼ばれる存在はマキナを支配していた上位種ではないか、とハフマン教授は推察しています」


「うむ、それは分かるが──」


「以前、グガランナ・ガイアとティアマト・カマリイをここへ招いてシルキーに関する事で話し合いの場を設けました。結果的に言えば、かの二人もシルキーに関して我々以上に知らないと返答したのです」


「…………」


「話を戻しますが、威神教会内で配布されている経典によれば、星人という存在は過去の戦において世界を支配していた神々を封印したとあるのです。今の世の安寧は星人の献身的な行動にあり、だからこそ威神教会では星人を崇拝しているのです」


「これは驚いたよクトウ、いつの間にか立派な信者になっているじゃないか」


 私の合いの手にも反応しない、彼が真剣に議論している証拠だった。


「この戦は別の言葉で表すのならそれは内輪揉め、ハフマン助教授も当時の神イコールマキナは人々に対して圧政を強いていたのではないかと推察しており、これを抑えるために星人はマキナたちを封印したのではないでしょうか」


「──それで?」


「そして、ここから先は公にしていない情報を交えますが、我々が住むこの地球は実はテンペスト・シリンダーと呼ばれる筒の中であり、さらに他にも十一個存在していると聞いています。──つまり、我々の歴史は二千年足らずですがそれよりもずっと長い歴史が外では続いており、シルキーもといノヴァウイルスと彼女らが呼ぶ未知の生命体はもっとずっと前から存在していたのではないかと考えています」


「………………」


 言葉を挟むのも憚れる。


「オリジン・ベースと刻印されたマキナの名前はプログラム・ガイア、それと同じ名を冠しているのがグガランナ・ガイア。おそらくガイアという名前が人で言うところの王位を示すものでしょう。──しかし、グガランナ・ガイアはノヴァウイルスについて詳しくないと返答しました。これはどういう事なのか、ハフマン助教授の論文に誤りがあるのか、それとも──「良く分かったよ、君がマキナの何かしらを解くこととノヴァウイルスの解明に紐づけている事を。好きにしたまえ、私は今まで通り君を客観的な立場から支援し、時には国民の機嫌を取るために君を非難しよう」


 目の前に座る男が緊張の糸を緩めてからこう言った。


「──ありがとう友よ。君にはいつも支えてもらっている」


「気にするな、私と君の仲じゃないか」



「────もう無理だ」


[何がだね?]


「私には荷が重い。これなら二〇年前の方がまだやり易かった、政府内にも敵、国民も敵の四面楚歌が懐かしく思える」


[──友を得たのか]


「そうだ。敵を欺くことは容易だが私を友と呼ぶ味方を裏切るのは堪える。いつまで続くんだ?私の任期はとっくに終えているのだがね」


[我々に任期など存在せんよ、幾万幾億の人生が無事に終えるのを見届けるのみだ]


「…………」


[もう少しの辛抱だ]


「………そうあってほしいものだ。──一つ訊くが、友はいるか?」


[師ならいる]


「良い事を教えてやろう。かの有名なナポレオンはその人生において何度も革命を果たし世に名を轟かせた。彼が終生で学んだことは革命を果たす力ではなく──何だと思う?」


[……………]


「同じ理想を抱く友だよ、彼はその事が分からず戦いの中で何度も味方に裏切られてきた。──師の教えがどのようなものか知らないし訊くつもりもない、だが──友は必要だこれは絶対だ、支えがなければどんな巨木もいずれ倒れるように人も倒れてしまう」


[………生憎だが、私は人ではないものでね、その理は適用されない]


「──そうだったな」


[では。恙無く]



✳︎



 二人が帰ってきたタイミングでこちらから訊き出した。

 ちなみにアリーシュが買ってきてくれたのはミルクティーでもコーラでもなく、エネルギードリンクだった。病院に売ってた?


「何故にエネルギードリンクなの?」


「あれ、違った?リハビリに精を出したいと思っていたんだけど」


 何と答えようか、せっかく買ってきてくれたのに文句を言うのも躊躇われたので悩んでいると先にホシ君が言ってくれた。


「思い込みハンパなくない?類友ってやつ?」


「何それ。──いやいや、ちょっといい?何で二人は喧嘩してるの?」


 示し合わせたように二人が視線をぶつけ合い──ホシ君の方から教えてくれた。



 ロザリー・ハフマンという女性はアリーシュの古くからの友達らしく、今は大学で古文書の研究を行ないながら教鞭をとっているらしい。

 以前、アリーシュは古文書について詳しい友人をホシ君に会わせると言っていた。その約束を遅まきながら果たした形になる、そこで最新の研究結果と現状の情勢を鑑みて海軍、厚生省というそれぞれの立場から意見を交えての考察会を行なう"つもり"だったらしい。

 しかし──


「その友達に……お節介を焼かれたって……」


「その、男っ気がなかった私が男性を連れてくるってだけでそうだと思ったらしく……三人で顔を合わせた時から、その色々と……」


 食い気味で問い質した。


「色々って何」


「何かと二人っきりにさせようとしたり、機材にトラブルがあったから近くの庭園に行ってきてと言われたりした。──いや私もおかしいとは思っていたんだけど……せっかくの好意を無下にするのも「いやだからそれがおかしいって話をしたよね?」──ああん?またその話を蒸し返すのか?」


(そういう事か……)


「アリーシュがきちんと訂正しないからあの人が大恥かいたんだよ?見てられなかったよ、あんなに取り乱してあんなに頭下げてさ」


「だからそれは君の言い方が悪かったからだと言っているだろ。どうしてロザリーが壇上に立った時に、その前にいいですか、僕はスミスさんとそういう仲ではありませんので誤解しないでください、って言ったんだ!タイミングが悪過ぎるだろ!」


「だからそれは─「はいはいはいはい!もういいから!」


 アリーシュのモノマネがそこはかとなく似ていた。いやそんな事はどうでも良く。


「で、結局その考察会っていうのは無事に終わったの?」


「終わったと思う?ほんとあの後はもうグダグダで最悪だったんだから、あんなに落ち込んだロザリーは初めてだ」


「ホシ君」「何ですか」「君も悪いよ」「僕が?だったらあのままアリーシュとの仲を誤解させたままにしておけば良かったと?」「そうじゃないけど確かに言うタイミングが悪い。それからアリーシュも」「私が?」「違うなら違うってはっきり言ってあげないと」「言えるわけないじゃないか!あんなに一生懸命になって世話を焼いてくれていた相手に何て言えば良かったんだ!」


「失礼しま────リッツさんそろそろ検診のお時間ですので終わったらすぐにコールしてくださいすみません失礼しました」


「…………」

「…………」

「…………」


 何なんだあのナースさんはタイミング悪く二度も...絶対ナースセンターで話のネタにされている。

 

(訊くべきなのか訊かざるべきなのか…ここで釘を刺しておくべきなのか放置して自然消滅を期待すべきなのか────分からない!恋の駆け引きなんてやったことないから分からない!)


 そのロザリーという人は二人のキューピッドになろうとしていたに違いない。アリーシュもホシ君に気がある、間違いなくある。けれどホシ君は今私の事を一番に考えてくれている、それが大怪我をしたからなのかは分からない。

 二人の些細な思い違いがキューピッドの対応に差が出たのだ。アリーシュはそれを少なからず歓迎し、ホシ君はそれを少なからず邪険に思い...そして喧嘩に至った、と。そしてここまで長引いた、と。

 悶々と悩む私をよそに──アリーシュが打って出た!


「……何故君はそこまでロザリーのことを嫌う?」


「本人に怒っているんじゃないよ、彼女がやった事に対して怒っているの」


「私と二人っきりにさせようとしたことか?……君は私と一緒にいるのが嫌なのか?」


「いいや別に「─あっ!」……何?どうかしたの?」……何でもない」


「………なら、何に怒っていたんだ?」


 ごくりと生唾を飲み込む、ホシ君が何と答えるのか見守った。


「……ハフマンさんに注意したあと、僕にはお付き合いしたい相手がいるんですって言おうと思ってたんだよ」


「!」


「子供ができないと分かっても離れるどころかなおさら優しくしてくれた人がいるから、でも今は色々と大変だから……」


 ちらりとアリーシュの顔を見やる。向こうも私の顔をちらりと見てきた。


「……そうか、それなら怒るのも無理はないな、うん、君の気持ちが良く分かったよ」


 緊張と不安が溶け、喜びに似た優越感が手足の先まで満たされていく──かに思われたが...アリーシュの攻めはまだ終わっていなかった。


「──ところで…君もいい加減気付いていると思うけど、あと一人好意を寄せている人間がいる」


「何がところでなのか良く分からないんだけど……」


「私は軍人だ、男共に遅れを取らないよう訓練に励んでいるしまた勉学にも精を出している。それでも一度男に笑われたことがあってな、女だからとか力が弱いとか頭が悪いとか、そういった理由ではなく、でも未だに何故笑ったのか分からない」


「…………」


「確かにあの時は大佐の命令だったさ、君に乗せてもらえと言われたから乗っただけに過ぎない。けれど、君にくすりと笑われた時から興味を持っていたのは間違いない」


(ああ……アリーシュも本気なんだ)


 頬を染め、でも目は真剣で、真正面からその話をされているホシ君も真剣に耳を傾けている。

 止められるはずがなかった。


「単刀直入に言うが、リッツが元気になって退院したら私の恋人になってほしい」


 ──すぐに止めておけばと後悔した。私は関係ないはずなのに、アリーシュの言葉は衝撃がともなっていた。

 

「……どうしてそこでリッツが出てくるの?」


「今の君はリッツに対して何かしらの引け目があるように感じられる、ここで私を好きになってくれと言っても無理な話だろ?だからさ」


「…………」


「だから、リッツが退院した時で良いから、また私のことを笑ってくれないか?君の笑顔は女の子のような愛らしさがある、それをもう一度私に向けてほしい」


「……っ」


 アリーシュの告白を耳にして、前にピメリアさんに言われた「遠慮なく奪いに行け」という言葉がまざまざと蘇ってきた。

 アリーシュは私たちの関係性を見抜いている。きっとアリーシュの言う通り、ホシ君が私を一番にしてくれているのは入院しているからだ、だから退院したあとでと言った。

 周りのことなんか気にせず遠慮なく好きな人に手を伸ばしたアリーシュは...とても格好良かった。

 だから──せめて、その恋敵と認めてくれたアリーシュに応えるため、私はこう言った。


「──ホシ君に任せるよ」


「……え?」


「私もね、退院したあとに改めて付き合ってほしいと言うつもりだったけど……うん、任せる」


「…………」


 ──いや、やっぱり不安だ、物凄く悩んでいるホシ君を見て不安になった。

 ここに来て一番嫌な釘の刺し方をしてしまった。


「──ホシ君が引け目から大切にしてくれているわけじゃないって、私知ってるから」


 もう──それはそれはもうホシ君を困らせてしまった。

※次回 2022/7/16 20:00 更新予定

またお時間頂きたいと思います。二話のみの更新で申し訳ありません、色々と重なり思うように書けませんでした(腰痛と酷暑)。

読んでくださっている皆様方もお体にお気をつけ下さい。

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