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第59話

.Almost over



 迂闊だった──そう、言わざるを得ない。


(どうしてあの人がっ──)


 ディアボロス、オーディンという兄妹がボクたちにした話は確かに衝撃的だった。

 万物を司るという超素材"ナノ・ジュエル"を現国王であるガルディアが"そう"だと知りながら乱用していた事や、その管理者としてスルーズの友達であるアネラ・リグレットという人が登録されていた事。そして、如何にしてガルディアがあの新兵装をこの短期間で製造、配置させたのかその理由を──確かに衝撃的な事実を告げられた。

 けれど、そんな事は今やどうでも良い。だって、あの日、確かに撃ち殺したはずのあの人が──


「──待て!」


 潮騒に紛れて声が届く。必死だった、勿論ボクも必死だった。折角子供たちと戯れるふりをして隠れていたのにスルーズが乱暴にボクの肩を引くから、それで呆気なくバレてしまった。

 皆んなの驚く顔や止まれと言う切羽詰まった声も置き去りにして部屋を去った。そしてボクはがむしゃらになって知らない町の中を逃げ回っていた。


「フロック!!ラクス!!お前だろう?!」


 あの時の偽名まで使ってボクを呼び止めようとする、それが分からない、復讐したいのならこの無防備な背中を撃ち抜けば良いのに。

 プロイの町は思っていた以上に栄えていた。石や木などは使わず、コンクリートの家や舗装された道路、それからカタツムリに似ている小さな車が町中を走っている、ガソリンスタンドだってある。ちょうど車にケーブルを挿している人が、全速力で駆けるボクとナツメさんに奇異な視線を向けているところだった。


「──止まれって!私は──」


 諦めることなくなおも追いかけてくるナツメさんの声がボクを通り越していった。フェイントをかけて曲がった路地裏に突っ込み、「沖縄・奄美特産!」と書かれた看板を排水で汚れている地面に引き倒した。凄く古ぼけた看板だ、倒した弾みでバラバラになり、案の定フェイントに騙されることなく付いて来たナツメさんの邪魔をしてくれた。


「──うわっ?!」


 確認することなくそのまま表通りへと駆けて行く。けれどボクは今すぐにでも振り返りたい衝動に駆られていた。


(どうして?!どうして追いかけてくるの?!あんなに酷い事をしたのにっ!)


 表通りには、これも予想外だったけど沢山の人が歩いていた。急に現れたボクの姿に目を丸くしながらも、関わりたくないのかさっと道を空けてくれる。ボクは表通りを左に曲がって機体を停泊させている港へ足を向けた。


「──おい!誰かあいつを!──あのつくりめが大事な看板を──」


 ナツメさんではなく野太い声がボクを追いかけた。


(だったらあんな所に置いているんじゃないよ!)


 あとは一心不乱になった逃げた。だって、合わせる顔なんてなかったから。

 いくら任務の為とはいえ、ボクは潜入した部隊の殆どの人たちを撃ち殺したんだ。

 こんな人間に誰が優しくしてくれるの?ヴァルキュリアの皆んなだけだ、そこだけがボクの居場所なんだ。けれど、それももう──

 

 迂闊だった。本当にボクは迂闊だったと言わざるを得ない。ナツメさんから逃げて、下を向いて走っていて、周囲の光景が目に入らなくて...道路を挟んだ向い側の道で、色んな人に突き飛ばされながら泣いている子供を見かけて...ようやく気付いた。

 皆んな慌てながら逃げている、港がある方向から山手へと、色んな人がボクと同じように必死になって走っていた。


「──一体何が……」


 また、子供が大人に邪魔だと言わんばかりに突き飛ばされていた。カッと頭に血が上ったボクは道路を越えて反対側に辿り着いて──先に確認しておけば良かったといたく後悔した。


「あれは………」


 子供の手を引いた時だった、ボクたちに大きな影が降り注いできた。上向けばそこにはガルディアが製造したあの歪な機体が建物の屋上からこっちを見下ろしていたのだ。

 爛々と輝く八つの目、ぎょろりぎょろりと周囲を見渡しているよう。その目がすっと動きを止めて、背筋に冷たい汗が流れた。


「……逃げて、君だけでも……」


 視線を外すことができない、外せば命を狩られると瞬時に理解していたから。そして、歪な機体がボクたちに狙いを定めたその刹那、背中から激しい衝撃を受けた。

 ボクの手を離そうとしなかった子供もろとも前にあった花屋へと突っ込んだ、花瓶が割れ、水に濡れ、その直後に激しい鉄の雨が地面に降り注いだ。


「うわあああんっ!!お母さあああんっ!!」


 ずっと泣くのを我慢していたのだろう、すっぽりと帽子を被って砂だらけになっていた子供が決壊したように泣き出してしまった。

 その子の手を取り店の奥へ。ボクたちを救ってくれた人がボクの手を取ってさらに奥へと導いていった。

 ナツメさんだった。


「──どうして、助けたんですか……」


 険しい顔つきをしたナツメさんは何も答えず、花屋のバックヤードに入っていく。


「どうしてボクのことを助けたんですか?!──この子供ですか?!ボクじゃなくてこの子供を助けたかったんですよね?!」


 答えは明快かつ酷く苛ついているものだった。


「そう思いたければ好きにしろっ!!」


 その怒鳴り声にまた子供の泣き声が大きくなった。

 バックヤードに泣き声が響く中でも、奴らの足音が耳に届いてきた。建物を壊しながら舗装された道路を抉りながら近付いてきている。

 様々な花が保管されている部屋にボクと子供が押し込められそうになり、さすがに抗議した。


「こんな所で避難していろとでも?!袋のネズミじゃありませんか!」


「じゃあどうしろってんだよ!!──何なんだよあれは?!何であんな化け物が町を襲っているんだ!」


「あれはガルディアが製造した新兵装です!前に見た時と様子が違うのでおそらく暴走しているのではないかと──ちょちょちょちょ!押し込まないで!」


「うわあああんっ!お母さあああんっ!!」


「ほら!あなたに怯えて子供が泣いているでしょ?!」


「私じゃないだろ!!アレだよアレ!!なっ?!私じゃないよな?!」


「お姉ちゃんもこわあああいい!!やだあああっ!!」


 子供の泣き声にヤツが反応した、してしまった。


「っ?!──ナツメさん!!」


「なっ?!」


 咄嗟の判断が功を奏し、立場を逆転させることができた。子供と一緒にナツメさんを部屋の中に押し込むことができた。勿論、中からナツメさんが抗議してくる。


「お前ふざけるな─」「─ふざけているのはそっちでしょ!どうしてボクを赦せるんですかあり得ないでしょう?!」


 獲物を見つけたヤツがそのデカい図体を無理やり店内に押し込み、長い前脚をボクたちの方へ伸ばしてくる。その弾みで店内の至る所が瓦礫と化し、一度も飾られることなく花々が散っていった。

 手持ちの武器は護身用の銃が一つのみ、だからボクはショーケース横に置かれた冷却用のボンベを撃ち抜いた。


「今の音は何だ?!」


 扉の向こうからそう叫ぶナツメさんの声に、


「これはさっきのお返しです!金輪際ボクに関わらないでください!」


 返事も待たずに駆け出した。破裂したボンベから液体窒素が噴き出し、ヤツの動きをいくらか鈍らせていた。

 これで良い、ボクが引きつけて外に出てしまえば二人は無事に、と、思ったのだが詰めが甘かった。


「──っ?!!くそっ」


 思っていたより復帰が早かった、通り抜け様にヤツが別の脚を払いボクの体を子供のように突き飛ばしてきた。

 それこそボールのように飛ばされたボクは表通りの電信柱にぶち当たってしまった。


「………あぁっ……」


 意識が飛びそうだ、でも、ヤツの注意を引くことができた。店に突っ込んでいた体を引き抜きボクへと振り返っている。


「Gwpwwww………Gpwtmgg………」


 その唸り声は獣のよう、けれど耳に障る電子音のようでもあった。

 

(はあ……最後ぐらいは格好良く……今さらかな……)


 けれど、ボクの最後はやって来なかった。

 ヤツよりさらに一回り大きな影が落ちてきたからだ。ヤツもその大きさに身の危険を感じたのか、素早く頭を上げて八つの目を使い索敵するその前に──上空からの一本の剣によって首を落とされていた。


[──間に合ったああ!!セーフ!!フロック!平気?!いや全然平気そうじゃないね!立てる?!]


 見上げたそこには、頼もしい一番機がボクのことを見下ろしていた。

 スルーズ、それからレギンレイヴにヨトゥルのヘカトンケイルが颯爽と町中に現れた。


「……立てない、立てないよ。でもまあ…平気でしょ……いや全然平気じゃない!今すぐここから連れ出してお願い早く!!」


[お、おう!わ、分かった!]


 安心しちゃいけない、ボクは死ぬつもりでナツメさんと別れたんだ、この場にいたらまた顔を合わせてしまう。

 この後、ヘカトンケイルに護衛されながら何とか離れることができた。

 突如として発生した新兵装の襲撃は、ボクたちヴァルキュリア部隊の働きによって沈静化することができた。

 

 けれど──これで終わりではなかった。新兵装の暴走も、ナツメさんとの関係も──



✳︎



 私と歳が近い女の子は何というか...見た目通りの相手ではなかった。


「悪く思わないでくださいアネラ・リグレット、これも陛下の命令なんです」


「……………何故と、質問してもよろしいですか?」


「それは本名の方ですか?それとも狙われていた理由ですか?」


 部屋の入り口では今にも斬りかかりそうになっているナターリアがいた、その目は刃の如く鋭い。


「……二つとも答えてくださいませんか?」


 突然の事だった。この子が王都にいる間私の世話をすると言ってやって来たのも、今こうして左足を斬りつけられて身動きを封じられてしまったことも。

 いつかはこんな日が来るのではないかと思っていた、カルティアン家の生き残りにして当主であるナディ・ゼー・カルティアンの身を害そうとする輩が現れるこの日を。

 でも、予想が外れてしまった。私が偽物であることを暴いただけではなく、セレンの島でマカナのお父さんから頂戴した名前まで言い当ててくるなんて。リグレットという姓は当時大好きだった菓子屋の店主から貰ったものだ、私みたいな子がセレンには数多く存在していた。

 アミキスと名乗った女の子、その立ち姿には隙が無く、歴戦の剣士を思わせる。つまり、小手先の技は通用しない、私が持つ護身術なんざ赤子の張り手と同じだろう。

 口調はお淑やか、所作も洗練されて貴族を思わせるアミキス、しかしその胸の内にあるのは血が滾るような"それ"だった。その感情がありありと瞳に表れていた。

 アップツインにした髪の毛がふわりと舞い、ようやくアミキスが口を開いた。


「その質問ならば陛下に直接されてはどうですか?ここでお答えする必要はありません、どのみちあなた様を連れて行くだけですから。ですので従者の方に剣を収めるよう言いつけてください、無用な怪我人まで増やすつもりはありませんから」


「………凄い自信ですね、私の従者があなたに遅れを取るとでも?」


「では、お試しになりますか?私の首を落とせば良いだけですからね。ですが、陛下はそれであなた方を見逃すはずがありません」


「……………」


 ──何で私やねん!心の中でそれはそれはもう叫びまくった。違うでしょ!狙うんなら私じゃなくてナディでしょって自分の友達を売るようで大変心苦しいけどやっぱりそう思ってしまう!


(ここまでやって来たのにい〜?この仕打ちですかあ〜?痛いなあー足が痛いなちくしょう!)


 肝心な時にあの男はいない、いつもそうだ。カルティアン家に現れた時からバベルはいつも好き放題、今だって主の窮地だというのに影すら見せない。


(──────もういいや、好きにさせよ)


 幼い頃は良くヨルンおばさんに怒られていた、何もうちの子の怠け癖まで真似しなくて良いと。いやこれは生まれつきですからと反論してナディと一緒にぶたれたことを思い出す。


「………何がおかしいのですか?」


 アミキスが訝しげにそう尋ねてきた、どうやら笑みが溢れてしまったらしい。


「……いえ、あなたのお好きになさってください」


「…………………」


 何をそんなに悩む必要があるのか、降参だと言っているのにアミキスがその手に持つ剣を下ろそうとしない。

 そっちが動かないのなら私が動かしてしまえとナターリアに命じた。


「手当てをお願いできますか?」


「─っ?!勝手な真似は、」と言い出したアミキスを手で制した。


「では、客人を負傷させたままガルディア王の前に連れて行くおつもりですか?それは王の顔に泥を塗るのと同じ行為ですよアミキス、こちらは従うと言っているのですから状況を考えなさい」


「……っ」


 瞬時に頬を染めたあたり、やはりこの子は人と接することに慣れていないらしい。大方、その剣の腕を買われて王の子飼いに抜擢されてしまったのだろう。


(かわいそ、私と同じ)


 アミキスに見張られながらナターリアに手当てをしてもらい、その間何度も気遣わしげな視線を私に送ってくれた。私はその度に大丈夫だと伝えるため、じっとナターリアの実直な瞳を見つめてあげた。

 手当てを終えた時にようやくアミキスが剣を収め、私たちを先導するように部屋の出口へと向かった。

 滑らかなドアノブに手をかけた時、私は彼女に話しかけていた。


「アミキスは元々どちらにいらしたのですか?」


「──は?」

「ナディ様?」


 アミキスが間抜けにも口をぽかんと開け、ナターリアは「この状況で何を呑気に世間話を?」と非難している。


「いえだって、あなたは剣士の方がお似合いだと思っていましたから」


「………お答えする必要は無いかと」


「そればっかり。どうせもう二度と会えないのですから最後ぐらいお喋りをしましょうよ」


「………変な人」


「あ、そうそう、そんな感じですね。あなたはぶっきらぼうな喋り方の方が良く合っていますよ」


「そういう言われ方をして喜ぶ人がいると思いますか?」


「あなたは外面より大事なものを知っているのではなくて?だからそんな喋り方をしているのでしょう」


「ほんと変な人、斬られた相手にそこまで言う普通」


「アミキスとやら、ナディ様が従ったのは陛下であって貴様ではない。口の利き方に注意を払え」


「………失礼いたしました。では、陛下の元へご案内いたします」


 それだけを言ってからアミキスが部屋を後にした。



 私の歩幅に合わせてそろそろ歩く中、黙っているのも暇だったのでアミキスの渾名を考えていた。「アミキスって呼び難いですよね」と言っても無視され、「アっちゃんはどうですか?」「アーミー……いえアミィなどどうでしょうか?」と立て続けに言うと「被るので止めてください」とようやく返事をしてくれた。誰と被るの?

 王城の中は数日続いた宴のせいもあって皆んなが気を緩めていた。見張りの兵士も緊張した面持ちではなく柔和な笑みを浮かべながら談笑している。私たちが通っても挨拶無しってそれはどうなの?と思うが、状況が状況なので咎めるようなこともしなかった。

 それから城の中にはガルディアが新しく配置した虫の外観をした機体があった。そのどれもが禍々しく、また生理的嫌悪感を誘発させたので見るに耐えなかった。それでも新しい機体は陸地においては従来の特個体より機能性が高く、どんな悪路でもものともせず踏破することができるらしい。そりゃそうだと、客室が並ぶ廊下から見下ろせる庭に配置された機体を見ながら思った。


(あの八本の足があればどんな所だって行けるでしょうよ。乗る人の気が知れないけど)


 長い廊下を時間をかけて渡り切り、メインエントランスへと続く螺旋階段に差しかかった。その壁には歴代の王の肖像画が掛けられ、魂を抜かれたように虚な瞳を私たちに投げかけていた。

 シュガラスク・ゼー・ラインバッハ王、ガルディアの父親にあたり前王だったこの男は、とにかく凡庸でそつなく(まつりごと)を執り行っていたらしい。その肖像画を眺めている時だった──

 ──負傷し血だらけになった兵士がエントランスに駆け込んできたのが。


「──お逃げください皆様方!今この城は襲われております!」


「っ?!」


 他にもいた兵士や貴族のお歴々方がにわかに騒がしくなった。襲われたとなれば相手は敵国だったウルフラグ以外にない、しかし、と疑問に思う。それは皆も同じだった。ぐっと距離を縮めて私の警護に就いたナターリアがそっと言葉を漏らした。


「警報の一つも鳴らさずに侵入してきたの……?」

「ね、私もそう思う……」


 比較的その兵士の近くにいた他の貴族も同様の事を尋ねていた──この僅かな時間、初動が遅れてしまうのは無理らしからぬ事ではあった。


「そうは言うがね君、ウルフラグが攻めてきたにしては随分と静かな……何かの演習中だったのでは、」


 その初老の貴族は最後まで言葉を告げることができず、唐突に降ってきた一本の棘に頭から刺し貫かれてしまった。


「──っ?!!!」


「何処から?!」


 天井だった、一拍遅れて石造りの天井がパラパラと、そして立て続けに鉄の棘がエントランスに降り注いでいた。

 

「ナディ様──」

「そっちは駄目──」


 足の痛みも忘れて私は手を引かれるままに走った。エントランスに木霊する悲痛な叫び声や悲鳴、鋼鉄の何かが着地する音、それらが一瞬にして周囲を支配しあの日の思い出を呼び覚ましていた。


(ああ!ああ!マカナ!ナディ!フレア!ヨルンおばさん!ルイフェスおじさん!)


 あの日と同じだった。ほんの瞬きの間に変わってしまう環境、他者の暴力によってどん底の恐怖に陥れられてしまうこの理不尽さ。何もかもが同じだった。

 ただ、あの時も今も幸運だったのは頼れる人が傍にいてくれたこと。

 あの時もそうだった、あの時もそうだったあの時もそうだった、あの時もそうだった!私に名前をくれたホトルおじさんがいてくれたから助かったんだ!

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ何でこんな目に遭わなければいけないの!)


 どこを走っているのか分からない、窓の外から次々と鋼鉄の何かが走り回る音が聞こえてくる。

 あの時もそうだった、ただ怖くて目を閉じていた私は今みたいに肩を掴まれて部屋の中に──


「あなたはここから逃げて!私とナターリアさんで何とかするから!」


 ──開け放たれた扉の向こうは中庭へと続く外階段があった。ちらりと見えたその向こう、他の場所でも同様に襲撃されているのか火の手まで上がっていた。

 もう嫌だった、私を助けてくれた相手が──


「嫌っ!絶対に嫌!あなたもこっちに来てよ!ナターリアも!私を一人ぼっちにしないで!」─しかしっ!「しかしもかかしもない!誰にも死んでほしくないのっ!お願いだから一緒に逃げてよ!」


 ──死体となった二人を見たくなかった、だから否が応でもこっちに引っ張りたかった。

 それなのにアミキスは、獰猛な笑みを浮かべながらむずがる私とナターリアを突き飛ばしてみせた。


「──何をっ?!」


「死ぬ?この私が?そんなのあり得ないわ。──二番機の実力を見せてあげる」


「何を言って──アミキス!!」


 アミキスが駆け出した後だった、窓の外から虫型の機体がその脚を伸ばしてきたのだ。ナターリアが私を庇い、そのまま階段を転げ落ちてしまった。

 柔らかい草の上に身を投げ出した、全身くまなく全てが痛む。何とか見上げた先では、寸前まで私たちが立っていた場所に鋭利な脚が突き刺さっていた。

 ぞわりと背筋に恐怖が走ったのも束の間、私を助けてくれたナターリアを見やると脂汗をかいて呻いていた。


「ナターリア!しっかり!大丈夫?!」


「ええ……何とか、ですが足が……」


 酷い、見ていられない、あられもない方向に捻じ曲がっている。


「ああそんなっ……どうすれば……」


「……アネラは早く逃げなさい……」


 言うと思った、絶対言うと思った!


「逃げるか馬鹿たれ!あなたを置いていくぐらい「アネラ!!お願いだから逃げな「逃げるかあああっ!!」


 幸か不幸か、身動きが取れなくなってしまった場所は建物に挟まれて袋小路になってはいる、けれど見晴らしは悪く発見され難くもあった。

 ナターリアの体を起こし、壁に背中を預けるように座らせてあげた。その額にはびっしょりと汗がうかんでいる。


「お願い、だから、あなたは安全な場所へ……」


「まだ言うか。どこにそんな場所があるの?」


「さっきは、あんなに取り乱していたくせに……普段からその、強気を出していれば……」


「もういいから、落ち着くまでゆっくり休んで」


 それを機にナターリアはこくりと頭を下げ、後はひたすら痛みに耐えていた。


(一体何が……いや間違いなくガルディアの機体が暴走しているんだ、だから警報だって鳴ることなく城の至る所を襲われてしまった……どうやって止めるの?)


 機体を止める方法があるとすれば、それはやはりガルディアにしか分からない。

 

(ガルディア、ガルディア……あなたは一体何がしたいの……?何の罪もない人たちに迷惑をかけてまであなたは一体何がしたかったの……?)


 落ち着くと、待っていたのはやり場のない"怒り"だった。

 何故?どうして?それだけが頭の中を支配し、胸の内は激しい怒りで一杯だった。

 止める方法があるのならそれを早く行使しろ、どうしていつまで経っても騒がしいこの足音が鳴り止まないの!今だってほら──


「っ?!」

「ああっ……そんなっ……」


 比較的高い位置に建てられたこの建屋からソイツは見えていた。背が低い木々に覆われた坂道を優雅に歩くソイツの姿が。

 八つ目、それから突き出た歯をがちり、がちりと打ち鳴らしやがらこっちに歩いてくる。鋭い前脚が木々を裂き地面を抉り、そしてついに私たちのすぐ前までやって来た。


「Dwptpwp……Dptgmp……」


 既に何人かその歯の餌食にしたのか、瞳と同じ色に濡らしていた。

 ナターリアが足を庇いながら、剣を杖にして無理やり立ち上がろうとした──でも駄目だった。


「ナターリア!」


 無防備にもソイツの前に転んでしまい、喘ぐその背中を晒してしまった。遠慮なく持ち上げられた前脚が──振り下ろされることなくその場で固まってしまった。

 特個体に首を()ねられたからだ。


「……………」


 綺麗な放物線を描き、ソイツの頭が空へと舞う。その軌跡を眺め、首を刎ねた特個体に視線を向けた。それは何処にでも配備されている一般的な機体だった、特別な所は何も無い。でも、両の手に握られた近接武器が"異質さ"を物語っていた。


「──アミキス……アミキスなの?」


 そうだ、そうに違いない。やはりあの子はここにいるような人間ではない。あの血が滾るような思いは特個体に乗ってもなお外に溢れていた。

 ゆっくりと機体が坂を下りていく、無心になってその跡を追いかけ、彼女の戦いぶりを目の当たりにしてしまった。

 次から次へと押し寄せる虫どもを彼女はもつれた麻を断つかの如く、鮮やかに斬り伏せていった。その姿はまるで踊るよう、水を得た魚のように生き生きとしていた。

 刎ねられた首は水揚げされた魚であり、飛び散る機体の潤滑液は水飛沫、次にどの個体が襲いかかってくるのか先読みし足捌きだけで立ち位置を変えている。

 まさに鬼神、あるはいヤツらにとっての死神そのものだった。

 揺らめく炎の照り返しを受けた機体、まだ暴れ足りないのか次なる獲物を求めて私たちの元から離れていった。



「ここにいたか。ついて来い、お前にしか出来ない事がある」


 奴が現れたのはそれから少し経ってからだった。

 アミキスのお陰か、それとも城内に配備された全ての特個体がヤツらを駆逐してくれたのか、騒動が落ち着いてからガルディアが私たちの前に姿を現した。

 他の人たちにナターリアを担いでもらい、鉄の棘だらけになったエントランスの端に座っていた。私たちはこんなにもボロボロだというのに、一国を預かる我らの王はどこも怪我をした様子もなければ一つの汚れもない綺麗な服に身を包んでいた。

 勿論断った、誰がついて行くかと。


「結構です。私は従者を診ておりますので陛下お一人で」


 奴の傍らにいた臣下どもが目の色を変えた、「不敬だ!」と唾を飛ばす前にガルディアがそれを制していた。


「俺に文句があるのは理解している。だが、それを理解した上でお前に頭を下げているのだ。ここでは出来ない話がある、それを理解しろ」


「…………ナディ様、これ以上の不敬はあなただけではなく皆に迷惑が……」


 応急処置を受けただけでまだ顔色は悪い、それでもナターリアが忠告してきたので彼女の顔を立ててやることにした。


「……良いでしょう。あなたの命令ではなく、従者の為に聞き入れます」


「構わん、元からお前たちの忠義など当てにしていない」


 くるりと踵を返した。その背中を蹴飛ばしてやろうか!と憤るが我慢した。


(こなくそ!)


 私だって怪我をしているんだぞ!

 ぶり返してきた痛みを何とか堪え、こちらに一切気を払わない奴の背中を追いかけた。

 ガルディアは建物を出て外の渡り廊下を歩き、謁見の間がある建物へと入っていった。その間にも城の至る所が傷をつけられ、赤く濡れた場所があった、それらに一瞥をくれることなくガルディアは進んでいったものだから自然と怒りが湧いてきた。


(自分のせいだというの何その態度……)


 ガルディアは屋内に引かれた水の流れを辿るように歩き、ひっそりとした場所にある謁見の間も通り過ぎようとしていた。

 さすがに私から声をかけた、謁見の間より奥は王族にしか進めない場所だったからだ。


「陛下、これより先へは進むことができません。お話はこちらで─」「─気にするな、お前も王の血を引いている」


 きめ細やかな布を持ち上げたガルディア、そして奴が放った言葉が頭の中に浸透し、その意味を理解しても私は理解することができなかった。

 王の血を引いている...?


「………は?誰が、何を……」


「いいからついて来い、やった方が早い」


 他の家臣たちはここで待機だ、私と同様に入れないからだ。けれど、ガルディアは持ち上げた布を下ろすことなくじっと私のことを待っている。


「は……本当に……?でも私の父も母も……」


 ずっと冷めた表情をしていたガルディアが、ここでにっと人間らしい笑みを見せた。


「なら、自分が偽物だと認めるんだな?王である俺の前で?随分な度胸だな」


「あ、いえ………いえ、ですが──本当に私は両親のことを何も知らないのです。小さな頃は人付き合いの悪い兄がいたそうですが私を捨てて他所へ行ったそうですし……」


「──その兄について心当たりがあるにはあるが今はよそう。お前の父は俺と同じシュガラスク、けれど母が違う。れっきとした兄妹ではないが、それでも同じだ、俺はそう思っている」


「………でしたら、」


 その一言が決め手になってしまった。血は違えど同じ家族だと、そう言う奴の言葉には不思議と暖かみがあった。

 そろりと入った奥の間にも水路があった、その先はかくっと曲がっており長い廊下を思わせた。

 明かり取りの窓から暮れなずむ空が見える、音も立てずに歩く兄と名乗ったガルディアの跡に続いた。

 絶賛混乱中だ、仕方ない。


(は?は?はあ〜〜〜?ガルディアが私の兄?ってことは………マカナとは親戚ってことなの?!いやいやいやいやいやそれならナディとも親戚になっちゃう!!ただの友達だと思ってたのにぃ!)


 自分でもそこかよと、悩む所がそこなのかと思ってしまう。

 かくっと曲がった先の端、そこで続いていた水路が途切れ、代わりに厳かな装飾が施された扉が待ち構えていた。それは威神協会のシンボルマークでもある一つの大きな星と小さな星が六つ、そして二人の人間だ。

 扉の前でガルディアが立ち止まり、こう宣言した。


「ここに入れるのは王になった者だけだ。言わばここが真の玉座とも言える」


「──何が言いたいのですか?」


「逃げることだけは許さない、ここに入ったが最後、俺とお前は共犯者だということだ」


(めっちゃ嫌なんですけど!ナターリアの元に帰りたい!)


 顔に出ていたのか、ガルディアがふっと相貌を崩した。


「──と、言うのは冗談だ、まあ本音でもあるんだが「どっちなんですか」協力しろと言っているんだ。先程の暴走で俺はもうアクセスすることができない」


「──は?」「─いいか?開けるぞ「いやちょっと待って!」


 ガチャリと開いたその先には──


「は?」


「何回言えば気が済むんだ?」


 ──一人の女の子が、見たこともない生き物を抱えて立っていた。そして、その後ろには一本の捻じ曲がった大きな樹も立っていた。暮れなずむ空を背景にして、この季節だと言うのに葉を茂らせているのが見えた。


「これは……一体……というよりあの子は……」


「星人よ、代わりの者を連れて来た、アクセスしてやってくれないか」


「……………」


 その子は真っ黒な髪をしていた、それと対比するように肌は白い。長さは私と同じくらいだろうか、つまり背中にかかる程度。

 星人と呼ばれた女の子が──?!


「星人っ?!え!この子星人様なんですか?!」


「そうだ、星人は実在しているんだ」


「ええーーー!いやちょっとほんと待って私の日常が戻ってくる気配が………」


 急に大声を出したせいか、星人様がびくりと肩を震わせ何歩か後ろに下がった。


「そう怯える必要はない」


「…………」


 また何も言わずにこくりと頷いた星人様が私にそろりと近付き、抱えていた生き物をそっと向けてきた。

 その生き物は鼻先が長く円な瞳をしている、そして背中からお腹にかけて黒い模様があった。


「え、何これどうすれば……」


「くぅー」


「あ、鳴き声可愛い……」


 その生き物が長い鼻先を私に向けてきた、そして手の先をちょんちょんと触れると辺りに異変が起こった。


「──っ?!」


「上手くいったようだ、やはりお前には王の血が流れている」


「やはりって何ですか?!あなたも信じていなかったんですか?!」


「そりゃそうだろ、妹があと一人いるって言われてすぐに信じられる奴がいるか?」


 間抜けな会話をしている間にも起こった異変が周囲を変え続けていた。

 淡い光りが満ちて沢山の草を生やし、それらが一本にまとまり無数の枠を形成していた。それはガラスがはめられていない窓枠のよう、大小様々な窓が生まれていた。

 その内の一つにガルディアが近付き、よしよしと頷きながら何やら操作している様子だった。


「もう帰っていいぞ、ご苦労だった」


「──は?え?これだけ?これだけの為に呼ばれたんですか?」


 ふざけんなよ!良く分からんけど体良く使われたことだけは分かる!


「そうだ。──ん?何だその不服そうな顔は……何ならお前がやるか?王としての執務をこなしながら星人の願いを叶えるのがどれだけ大変「いや結構です、私は帰ります」


 そう言ってさっさと踵を返そうとすると、星人様がそのちっちゃなお手てで服の裾を掴んできた。いやいやと首を振っている。


「ええ〜……」


「あっははは!お前に去ってほしくないそうだな!それもそうか、歴代の王は皆んな男だったから同性のお前が来てくれて嬉しいんだろう」


 星人様がうんうんと無言で頷いている。


「いや私はそういう役回りでは……」


「くぅーくぅー」


「あ…この子めっちゃ可愛い……」


 良く分からん生き物も去ってほしくないのか、星人様の胸でじたばたとしている。


「…………」


 褒められたのが自分ではなく胸に抱いている生き物だったからなのか、星人様がむっと私を睨んできた。可愛い。


「いやあのね……君も十分可愛いよ──可愛いですよ?」


「気にするな、マキナってのは基本的に構ってちゃんだから構いだすとキリがないぞ」


「………!」


 ガルディアの失礼な物言いに怒った星人様が眉間にしわを寄せて、あろうことか胸に抱いていた生き物を奴に向かって投げつけたではないか!


「くぁーっ!!」──うぶぇっ?!こら!何をしやがる!!」


 そして次の瞬間、無数の窓がバチリ!と嫌な音を立てて消失してしまった。ガルディアも初めての事らしく驚いている。


「これは?!」


「あなたが失礼なことを言ったからでは?」


「そんな訳があるか!一度アクセスしたらこっちが切らない限りシャットダウンするような事はない!星人よ!これはどういう事だ?!」


 投げられたのにとてとてと主の元に向かう生き物、それを抱え上げた星人様が天に向かって指をさした。

 梢に付いていた葉が、ぱらぱらと落ちてきているところだった。私は見ても良く分からないが星人様もガルディアも険しい顔つきをしている。

 

(何をそんなに…樹が葉を落とすのは当たり前のことでは…?)


 これが本物の樹であれば──だが、この樹が本物であるはずがない。それにだ、白い床はまっさらでゴミの一つ、枯れた葉っぱなど一枚たりとて落ちていなかった。

 

「………あの、帰ってもいいですか?いいですよね?」


「………この状況で帰すと思うか?この樹はお前の見立て通り普通の樹ではない。そして、カウネナナイが成立してから今日までずっと葉の一枚も落とさずここに在り続けていたんだ。どういう意味か分かるだろ?」


 私の兄だった男の、ガルディアのその切羽詰まった声は不吉な色を含んでいた。

※次回 2022/6/25 20:00 更新予定

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