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第十九話 男の意地

19.a



「じゃあ何かプエラ、お前は私を思ってサーバーを通じてあれこれやっていたと言うのか?!何故黙っていたんだ!分からないだろう!」


「だからそうだって言っているでしょう?!私の力を使うためにはサーバーにログインして、マテリアルに回しているエネルギーも使わないといけなかったのよ!」


「お前が黙っていたせいで恥をかいてしまっただろう!私だってお前にきちんと謝りたかったんだぞ?!」


「さっきも聞いたよ!泣きながら謝ってくれたじゃない!私嬉しかったよ?!それなのにほっぺは抓るわ知らない女の子ひっかけてくるわ何してるのよ!!」


 だから!とナツメが文句を言い返している。何なのだこいつらは、何故喧嘩をしながら仲直りができるんだ?

 頭が痛い...ナツメを呼びに行けと言って、戻ってきたら仮想投影された女の子は連れてくるわ、席に着くなり言い合いを始めるわ...


「おまえの周りに置かれていたあの花は一体何なんだ?!あれのせいでお前が死んだと勘違いしたんだぞ?!」


「ナツメと同じ匂いがするのよ悪い?!いいでしょうあれぐらい!個人の自由よ!!」


「あんな紛らわしい寝方をするぐらいなら私に言え!いつでも添い寝をしてやる!いいな?!」


「そんな簡単にお願いできたら苦労しないわよ!!だから花を摘んできたんでしょう?!そんな事も分からないの?!」


 なんだとう?と痴話喧嘩に変わりつつあるのでさすがに止めた。


「いい加減にせんか!!」


 儂の怒声に少しは怯んだ二人。


「す、すみません…」


「ふん」


 ナツメは軽く頭を下げて、プエラはそっぽを向く。何だ、マキナの方が礼儀がなっていないのは何か理由でもあるのか?


「話しを進めるぞ、良いな?!」


「は、はい」


「マギール、声が大きい」


 こいつ...段々とアマンナと姿が被ってきた。


「というか、マギールあなたどうやってこんな短時間でここまで来たのよ、確か家は離れていたわよね?」


「…心優しいピューマに乗せてもらったのだ、だが進軍していた人間に撃たれた」


 プエラが、ようやく儂の言葉を聞いて黙る。


「…そのピューマというのは、今は…」


「死んださ、生き物と同じように」


 ピューマの事など知らないはずのナツメが、深く傷ついたように下を向く。


「何故、お前さんがそんな顔をする?関係の無い話だろう?」


「いえ、マギールさんのお顔を見れば、よほど大事にされていたのだろうと思って…私が言えた義理ではありませんが、すみませんでした…」


 ナツメの言葉に驚いてしまった、そんなに顔に出ていたのか。それに、表情だけで相手の心情を理解するなど、こいつは情に篤いだけでなく頭も良いのか。


「…いいさ、気にするな、お前さんは頭が良いのだな、感服したよ」


「…は?」


「さて、そんな経緯もあってだな、お前さんらの資源の問題は、ここにおるピューマ達に任せてやってくれんか?」


「は?どうしてそうなるの?」


「ピューマには、汚染された環境を綺麗にしていく機能があってだな、その力を上層で奮ってもらおうと考えておるのだ」


 言うのは簡単だ、だが奴に頭を下げて許しを得た約束事だ。


「それは…しかしどうやって?」


「お前さんらは、使い終わった後のカリブンを薬品で溶かして街に放流しておるそうだな?それをピューマに綺麗にしてもらい、再利用できないかと考えておる」


 いくらかのプランは既にある。後はそれを実行するだけだ。


「それは、願ってもない話しですが、本当にできるのでしょうか?」


「無論、お前さんらの協力は必要だ、手伝ってくれるな」


「分かりました、私にできる事があれば」


「本当にいいの?ここにいるピューマ達を街に連れて行って」


「…撃たれたピューマがな、最後にお礼を言ったのだ、人助けをさせてくれてありがとうと」


 二人は何も言わない。


「ピューマ達はその与えられた役割を果たす事なく、作られた命を全うしておったのだ、だから、自分以外の仲間達にも役割を与えてほしいと、儂が罪滅ぼしをさせてくれと、懇願した時に教えてくれたのだ」


「…そっか、優しいね」


「あぁ、人の言葉は話せぬがあ奴らも、きちんとこの大地で生きておるのだ、どうか役割を与えてやってはくれぬか」


「…マギールもね、私はいいと思うよ、ナツメは?」


「…ぜひ、お願い致します、その前にそのピューマが眠っている所まで案内してくれませんか?私の方から弔いたいです」


 その目は、とても真摯だった。今度は、儂の方が何も言えなくなってしまった。



✳︎



 マギールさんの後をついて行き、そのピューマという生き物が息絶えた場所までやってきた。不思議と道中、あれだけ騒がしかったプエラは一言も喋らなかった...まぁ大声を出して喧嘩していた私もだが。

 初めて見るピューマと呼ばれる生き物は、確かに進軍していた奴らからすれば、ビーストと間違えて攻撃してしまうのは、仕方がないと思える程に似ていた。頭と胸に一発ずつ、驚く程に正確に射撃をしている。今、中層に降りている隊員でここまでの技量を持っているのは、サニア隊長とその部下であるミトンぐらいだ。恐らく、どちらかが正確に殺したのだろう。

 こいつを哀れとは思わない、仕方がなかった、ただそれだけだ。ただ、こいつの人助けをさせてくれてありがとう、という言葉、思いに応えないといけない気がした。いいや、例え分かってもらえなくても、応えなければ私は永遠に変わらないままだ。誰かの優しさに甘えて、当たって、子供のままに死んでいくことだろう。それだけは嫌だった。だから、弔いたかった。


「すまない、ナツメよ」


「いいえ、自分のためでもありますから」


「…」


 身を屈め、起きることはない体を優しく撫でる。手に伝わるのは、硬い金属と冷たい温度だけだ、だが、こいつが死際に自分のことではなく仲間のことを思った、私には無い、温かい心を持っていることは知っている。


(すまないが、お前の仲間に甘えさせてもらうぞ)


 そう、心の中で断りを入れた。小さな花を押し潰して眠るピューマは、気持ち良さそうに昼寝をしているよう、私の最期もこうありたいものだ。


「…」


「行きましょう、我儘に付き合っていただきありがとうございます」


「はっ!これが我儘と言うか、お前さんはどこまで気を使えばすむのだ、こちらこそ礼を言よう」


 マギールさんに返す言葉が無かったので、微笑みだけを返した。


「ところでプエラ、あの子はどうなったんだ?」


「…え、あぁうん、まぁ無事かな」


 どこか上の空だ、私が撫でている間も何も言わずにただ眺めていただけだった。


「本当か?それにあの子は何であんな状態だったんだ?」


「行けば分かるよ」


 そう不機嫌そうに返すプエラは、そのまま踵を返し、街の方へと歩いていった。


「何なんだあいつは…」


「嫉妬だ」


「は?」


「お前さんが、こいつを撫でている間、怒っておったぞ」


「はぁ?何故ですか、弔わないほうが良かったと?」


「本人に聞けばいいさ、マキナは優しさに飢えておるのかもしれんな」


 言っている意味が...それにまるで自分はマキナではないみたいな言い方だ。

 撫でて欲しいのか?プエラは。よく分からないまま私もプエラの後を追った。



19.b



「ねぇ、あれって…やっぱり!ナツメ隊長だよ!ミトン!やっぱり生きてたんだよ!」


「…ううん、死んでるよ、あのクマ」


「違うよ!どこ見てるの?!」


 ミトンがどうしても、狙撃をしたビーストを見に行きたいと私にお願いをしてきたので、嫌々ついて来てみれば...まさか、行方不明になっていたナツメ隊長が生きているだなんて、驚きだった。ミトンは全く関心を示さなかったけど。


「ほら!ナツメ隊長を追いかけようよ、それにあの二人、もしかして中層で暮らしている人かもしれないし、ね?」


 そう、ナツメ隊長はおじぃちゃんのような人と、髪が白くてびっくりするぐらい可愛い女の子と一緒だったのだ。まるでゲームのような登場人物にテンションが上がりっぱなしだった。


「…興味ない、カリンだけで行ってきて」


「ミトン!何言ってるの!そもそも私はミトンの我儘に付き合っているんだよ!」


 この子は...本当に生き物にしか興味を示さない。確かに暇があれば育成ゲームをしているぐらい、小さな生き物や動物が好きなのは分かるけど。


「…さっきのナツメ隊長、何してたのかな」


「あー…頭撫でてたね、もしかしてお祈りしてたのかな」


 でもどうして?ナツメ隊長が、あのクマにお祈りした意味が分からない。もしかして、知っていたとか...いやでも、ナツメ隊長も中層に来るのは初めてのはず。


「…あの二人の、大切なクマだったのかな」


「そうかもしれないね…」


「…私もせめてお祈りしたい、だめ?」


 本当に生き物の事になるとよく喋るミトン。そんな顔してお願いされたら、断るわけにもいかなくなる。


「いいよ、お祈りした後にナツメ隊長を追いかけようか」


「…それはカリンだけでやって」


「もう!ミトン怒るよ!」


 私の言葉も聞かずに、藪の中から出ていくミトンを追いかける。

 柔らかい草の上を駆け足で行く、目の前には横たわっているクマがいる、本当にビーストなの?疑問に思えてきた。

 先にクマのそばに着いたミトンが、スナイパー・ライフルを無造作に置く。そのまま座り込み、何の警戒も無く頭や体を撫で始める。


「… ごめんなさい、私のせいで」


 一生懸命に撫でる、何だかお祈りと違うような...ずっと触りたくてうずうずしていたみたい。すると、横たわっていたはずのクマがぬっと起きてきた。え?!


「み、ミトン!」


 まさかまだ生きていた?!でも確かに頭と心臓を撃ち抜いたはずなのに!


「ふわぁ!おっきいねー!平気なの?ごめんね、痛かったよね?!悪いのはあのお姉さんだからね!」


「こらぁ!」


「もう痛くないの?痛かったらうぺぇ」


 起きたクマは、ミトンの顔を舐めている。え、まさかの友好的な態度にびっくりしてしまう。全然怒っていない。


「くすぐったいよぅ、可愛いねぇ!君の名前は?何て言うの?」


「クマだってば」


「うぅ良かったよぉ、怒ってなくて良かったよぉ」


 好きな動物と触れ合えた喜びと、許してもらえた嬉しさでミトンの顔もテンションもおかしな事になっていた。でもまぁ、攻撃した後のミトンの落ち込みように比べたら、こっちの方が全然いい。

 すると、今度はクマが急に倒れてきた。さっきまであんなにミトンと戯れ合っていたのに。

 そのままミトンがクマの下敷きになってしまった。とても重そうなのに、ミトンは苦しそうにしていない。


「カリン!私はこのままクマと果てるから先に行ってて!」


「もう!行くわけないよ、いいからほら!」


 もがきもしないミトンを起こすのにとても苦労した、それにナツメ隊長も見失ってしまった。

 でも、何だったんだろう、ミトンを下敷きにしてからクマは動かなくなってしまった。あれかな?ミトンが一生懸命に撫でたから復活したのかな、いやでも、ここはゲームの世界ではないし。

 いくら考えても答えが出ないので、まだ触りたいとぐずるミトンを連れて、本隊へと戻って行った。



✳︎



「それは本当なの?!何故追いかけなかったの?!」


[す、すみません、見失ってしまって、街の方へ歩いていったみたいです]


 哨戒に出したカリンからの報告に驚きと安堵と共に、見失ったと言い訳をした事に腹を立てる。けれど、ナツメ隊長は生きているのだ。それに、あの街には人がいることも分かった。


「あの、サニア隊長、何て報告が上がったのですか?」

 

 私の声を聞きつけた副隊長が声をかけてくる。教えようか一瞬の間逡巡した後、


「カリンからの報告によれば、ナツメ隊長は生きているそうよ、街の方面へ老人と少女らしき二人組と一緒に、歩いていく姿が見えたと」


「そう…ですか、それは、良かったです…」


 意外な反応、もっと取り乱すかと思ったけど。つまらない反応に気を取られつつも、


「今すぐに、街へ捜索隊を出しましょう、副隊長、悪いけどあなたはここの守りをお願いするわ、私が街へ行く、いいわね?」


「わ、分かりました、ナツメ隊長をよろしくお願いします」


 いいの?大事な役目を私に取られて、すっかり腰が抜けてしまったようだ。案外、その程度だったかもしれない、つまらない男だ。


「なら、後はお願いね」


 そう言い残し、組み立てた仮説テントを出る、セルゲイ総司令が目の前に立っているのが見えた。珍しい、玩具から降りているなんて。さすがにこいつまでには、報告内容を教えるつもりはなかった。


「サニア、どこへ行く、私と共について来い」


「申し訳ありませんが、私は今から、」


「街へ行くのだろう?護衛ついでについて来いと言っている」


 何故それを?それに、今から街へ行くとは、


「分かりました、何か当てでもあるのですか?」


「あぁ、街にいる奴からコンタクトを求められた、それのために行くのだ、十分注意しておけ」


 まさか…さっきの報告で上がった二人組だろうか。あの、廃墟に見える街にそう多く人はいないだろう。



19.c



「ほら」


「?」


「お前さん、いつの間にこんな物を作ったのだ、渋い趣味をしておるな」


 連れて来られたのは、あの戦闘機が置かれている駐車場だった。あんなに眩しかった太陽は、大きな雲に隠れてしまっている。端が白く、陰になっているところが紺色になった雲のおかげで、眩しい思いはあまりしなかった。


「ちょっと!いるなら返事しなさい!」


「何をやっているんだ?」


 戦闘機に向かって出て来いと叫んでいる。


「まさか、戦闘機に乗っているのか?」


「違う、入れたの」


 変な言い方をする、余計に分からない。もしかしたら眠っているかもしれないと思い、心許ない備え付けられている梯子を登る。中を覗いてみるが、


「誰もいないじゃないか…」


 戦闘機は二つ座席があり、前が操縦席、そして後ろが以前私が乗った座席だ。何かのためにあるらしいが、あの時の事はよく覚えていないので、忘れてしまった。


「おい!誰もいないぞ!」


 下で少し不機嫌そうに待っているプエラに、大声で呼びかける。


「はぁ?もう何やってんのあの子ぉ」


 そう小声で言いながら、プエラも梯子を登ろうと手をかける。すると、


[ごめんなさい!少しお出かけしてました!]


「うわぁ?!あ、ちょ、ぐぇ」


 突然聞こえた女の子の声に驚いてしまい、座席の縁にもたれかかるように置いていた手を滑らせてしまった。そのまま頭から、座席に突っ込んでしまう。


「いったぁ…お、おい!プエラ、起こしてくれ!」


 頭から突っ込んでしまったので、なかなか起き上がれない。プエラに助けを求めるが、お尻をぺちぺちと叩かれてしまった。


「なぁにぃ?今の間抜けな声ー、それにこんな可愛いお尻も突き出しちゃってーぷふぅっ!ねぇ叩いてあげよっか?」


 そう言いながら既に叩かれている。きっと私の顔は、恥ずかしさと怒りでひどい事になっているだろう。


(後で…後で絶対に仕返ししてやるっ)


[プエラさん!ナツメさんが可哀想ですよ!]


 また女の子の声が聞こえた、どこからだ?どこから聞こえるんだ。


「お、おい!お前、いい加減にっそれに、あの子はどこにやったんだ!」


「えーなぁにー?もっと叩いて欲しいって?しょうがないなぁー、ほんとナツメは甘えん坊さんなんだからー」


 こいつ!さらにぺちぺちと叩くプエラの腕を掴んだ。


「ナツメを苛める機会なんてそうはないんだから、いまのぉぉお?!ちょ、やめ、ぐへぇ」


「いい加減にしろよお前ぇ!散々人の尻を叩きやがってこらぁ!!」


「痛い痛いいだだだだっ!!やめて!暴力反対ぃぃい!痛い!頭グリグリ痛いって!」


 掴んだ腕を引っ張り座席へと引きずり込む、今度は私の番だと言わんばかりに、小さい頭を両方から拳骨で挟み込む。


[あ、あのぉ、私のことは…]


 しばらくの間、戦闘機の座席から騒ぐ女の声が響き渡った。



「はぁ?戦闘機にデータを入れた?」


[そうです!]


「だから、さっきからそう言ってるでしょ」


 プエラとの寝技合戦も落ち着き、今は操縦席に座りながらこの子の成り行きを聞いている。何故かプエラは、私の膝の上からどこうとしない。二人仲良く同じ席に座っていた。


「…あぁまぁ、君がそれでいいなら…本当にいいのか?」


[はい!おかげ様で、私が消えずにすみましたので!]


「ほんと、ほっとけば良かったのに…」


 プエラがまだ愚痴を言っている、何がそんなに気に入らないのか。


「君は、何でこんな事になっていたんだ?あぁ何て言えばいいんだ、元からデータだったのか?」


[…よく分かりません、気づいた時にはショッピングモールの中を走っていたので…]


 何だそれは、そんな事があるのか?


「はぁ…いい?あんたはね、作られたデータなの、分かる?」


[作られた、ですか?]


「そう、誰かが作ったデータ、それであんたは途中で自我が芽生えたのよ、だから走っているところの記憶しかないの」


[…]


「あんたはね、誰かの子供でもなければ、誰かが待ってくれているわけでもない、あのまま消えた方が良かったかもしれないばぁぁ?!!!」


 言い終わらない内にプエラの太腿を抓る。そんなに強く抓ってはいないはずだが、それにしても、


「お前な、少しは言い方を考えたらどうなんだ、この子に厳しすぎるだろうが」


「じゃあどうするの?この子を救うの?どうやって?」


「それは…だがな、一緒に考えてあげることぐらいは出来るだろう?」


「…それ、問題の先延ばしじゃなくて?解決するとは思えないよ」


「そうは言うが、」


「何も出来なくて、結局消えてしまって悲しい思いをするなら、最初から関わらない方がいいに決まってるよ」


「なら、お前はどうして私の事を助けたんだ?」


「それは…」


 今度はプエラが押し黙る。


「同じ事が言えるだろ?あの時、私が起きていて助けようとしたお前に、どうせ無駄だから諦めてくれと言われたら、お前はそのまま帰っていたのか?」


「…」


 怒ったように、泣きそうなように下を向き、私の服を掴んでいる。嫌な事を言っている自覚はある。


「君はどうしたい?」


 戦闘機にデータを移された女の子に声をかける。思いがけない返答に腰を抜かしそうになった。


[結婚して下さい]


「…」

「…」


[決めました、私は優しいナツメさんと結婚して末永く幸せに暮らします、プエラさんは何度も追い返されましたし怖いですし]


「おい」


「…」


「お前この子に何度か会った事があるのか?まさか、助けてくれとお願いされているのに追い返していたのか?」


「…いや、ほら、ね?何かこの子も可愛いし、二人もいらないかなぁ、みたいな?可愛い私の嫉妬ぉ…みたいな?」


[そんな理由で…私はてっきりナノ・ジュエルが無いものとばかり…]


「君は、ナノ・ジュエルの事は知っているのか?」


[はい!あ、いえ、さっき調べて初めて知りました、すみません嘘をついてしまって…]


「いいさ、君は素直で良い子だな」


[はわぁ…褒められてしまいました…]


「どこが?!絶対今のわざとでしょ!いいナツメ!騙されたら駄目だからね!」


「静かにしろ」


「はわぁ…怒られてしまいました…」


[真似するのやめて下さい]


「こいつっ…あんたねぇ!誰のおかげで助かったと思ってるのよ!消すわよ!いい?!私の言う事聞かなかったら消すからね?!」


[消せるものなら消してみて下さい]


「はぁー!いい度胸してるわねお望み通りに消してあげるっ…は?ロック?何で私の入力受け付けないのよ…あんたまさか!」


「おい、もういいだろう?そろそろ街へ行く時間じゃないのか」


「ナツメまでっ…いいよ、分かったよ、ナツメの我儘も聞いてあげるよ、全くどんだけお人好しなの」


[…あの、本当にありがとうございます、消えそうな私を助けていただいて]


「いいさ、多い方が賑やかでいい」


[はい!]


「何がはいよ!」


 変わらず戦闘機からは、騒がしい女の声が、今度は新しく一人加わって続いている。太陽を隠していた雲も流れ、私達三人を照らしてくれていた。



19.d



 どうして、ナツメさんは戻って来てくれないのか。さっきからそのことばかり、考えてしまう。

 サニア隊長から、ナツメさんが二人組の民間人と一緒にいるところを、哨戒に出していた隊員から報告をもらったと聞いた時は、取り乱しそうになった。その場に崩れ落ちそうになるのを懸命に堪えて、何でもないように返事をするのにとても苦労した。バレたくなかった、情けない姿をサニア隊長に見られたくなかった、なけなしの男の意地だ。

 今、サニア隊長達はコンコルディアと共に街へ進軍している。いつの間に、街の人と連絡を取り合ったのか、総司令が人と会う約束をしたらしい。僕は、ここに居残りだ。どうしてかって?...怖かった...からだ。

 だって、ナツメさんが戻ってこないんだ。もしかしたら、もう僕達に見切りをつけてしまったのかもしれない。前々から、特殊部隊に不平や不満を積もらせていたのは、一緒にいて手に取るように分かっていたし、あのアヤメさんですら、中層で出会った人達と一緒になったんだ。ナツメさんも、同じように見切りをつけて中層の人と一緒になることを決めたのかもしれない。

 もう、お前達のところには戻らないと、言われるのが怖かった。情けない、けどこの足はどうしようもなく、ナツメさんの所へ行くことを拒否しているのだ。


(はぁ…僕はこれから、どうすれば…)


 ナツメさんのために戦ってきたのだ。そのナツメさんがいない、いや、自分から逃げてしまっている。戦う理由から、これではどうしようもない。

 仮説テントの中で、見るともなし地図を眺めながら考え事をしていると、第二部隊の副隊長が駆け込んできた、かなり慌てた様子だ。


「副隊長!後方から何か来ています!一緒に確認を!」


「わ、分かりました!」


 前の戦闘で、四本足のビーストと戦闘し重傷を負っている副隊長、名前は確かアリン、だったはず、生真面目そうな凛々しい少し太い眉毛に、大きな瞳は僕と同じ色の茶色だ。髪も同じ茶色で、肩で切り揃えられている。肩から腕にかけて包帯が巻かれているのに、当たり前のように自動小銃を待っているのは、彼女が生真面目だからか、怪我を顧みない向こう見ずだからかは、接した事があまりないので分からない。

 彼女に連れられて来てみた場所は、展開している本隊の最後尾、僕達が今まで進軍してきた跡が、遠くに見える地平線から汚い線として見る事ができた。辺りには、草や小さな花、藪などしかなく、エレベーター出口前の平原と少し似ている所がある。

 そして、あの大きく黒い塊のようなものは...


「あれは…まさか、ビースト?!」


 エレベーターの中で、確かにナツメさんが仕留めたはずだ、それなのに...

 どこか現実感のない敵の姿の周りには、小さな点がこれでもかとあった、どちらかと言うとあの巨大ビーストよりも、見慣れたビーストの方が驚異に思えた。


「急いで全部隊へ報告を!民間人を最優先にして避難指示を出して下さい!」


「でも何処へ?!何処に避難させればいいですか?!」


「とにかく街の方へ!まだ、ビーストの存在を確認しきれていませんが、あれに比べたらまだマシのはずです!」


「分かりました!」


 そう言い終わらない内に踵を返し、本隊へと急ぐアリン副隊長。何だってこんなタイミングで...

 僕も慌てて本隊へと戻り、あまり当てにならないがコンコルディアへと通信を取る。その矢先、


「おい!テッド!どうなってんだあれはぁ!!さっさとデカブツ呼び戻せ!!」


 異変に気づいたザナカルさんが僕をどやしつける。


「い、今から通信を取りますから!」


(どうして僕が!)


「さっさとしやがれ!」


 そう言い残し、テントを後にする。



✳︎



 くそが!何だあのビーストの数は!見たことがない!何だってこんな時に責めてきやがるんだ!やっぱりあれか?総司令がビーストを操っているって話は本当なのか?俺の女も、周りの奴らもあのデカブツが怪しいとほざいていやがったし、あぁもう最悪だ!


「おい!ザナカル!てめぇどこにいやがった!さっさと武器持って前に出ろ!」


「あぁ?!何で俺だけなんだよふざけるな!」


「てめぇが賭けに負けたんだろうが!さっさとしやがれ!」


 くそったれがそんな下らない理由で、全員にビーストが襲って来ていることが知れ渡ったのだろう、そこかしこで慌てただしく荷物を纏めたり、近くの隊員を怒鳴っている奴もいた。


「おい!ここの守りはどうなっているんだ!本当に大丈夫なんだろうな?!セルゲイに会わせろ!」


「そんなもん知らねぇよ!てめぇで何とかしやがれ!」


 挙句には俺のところにまで、野次馬が来やがった、総司令を呼び捨てにするなんて、ダチか何かかと相手を観察した時、そいつの足が綺麗さっぱりと切られてしまった。


「ぬぐぅぁぁあ?!!あ、足がぁ、ぐぅ」


「?!!」


 そいつの後ろを見れば、普段見慣れたビーストと比べて小さい奴が、爪を血で濡らして立っていやがった。その姿は、人に近いが人じゃない。こいつも今まで見たことがないビーストだった。


「ちっ!!」


 手にしていたアサルト・ライフルを、人混みの中でも構わず撃った。弾丸はビーストの頭や腹に当たってはいるが、まるで効いているように見えない。


(何だ何なんだこいつはぁ!)


 ろくに狙いも付けずに撃ったせいで、この距離でも弾丸が逸れてしまった。マガジンが空になり、慌てて交換しようとした時、あれだけ撃ったにも関わらずピンピンしているビーストが後ろを振り返り、倒れていた人間の方へと駆けて行く。


(助かった?何でもいい、今のうちにっ)


 新しいマガジンを装填し、さぁ行こうという時に、倒れていた人間の顔が視界に入った。そいつは、眉間に弾丸をもらい穴を開けた、俺の女だった。


(…悪く思わないでくれ)


 心の中で詫びを入れ、比較的騒ぎになっていない空いてる空間へと逃げる。

 逃げなきゃならない、逃げて生き残った奴が勝ちだ、そう教わった。教えた奴はそうそうにくたばったが。

 後ろから、人間を解体する音が聞こえてくる、負けた奴の成れの果てだ、あぁはなりたくないと、俺を好きだと言ってくれたヤンナを残して後にした。

※次回更新 2021/1/1 8:00 予定

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