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第58話

.ヘイムスクリングラ



 あっぶねえ...あと少しでヨトゥルたちと下着パーティーを繰り広げるところだった。いやだって暇だし、前に寄港した町でこっそり酒を買い込んでいたのでそろそろ良いだろうと思っていた。勿論ヨトゥルとフロックは飲酒に反対していた。反対したのは飲酒であって下着パーティーではない。ここ大事。

 ボトルを片手に各自室を襲撃している時に司令官から呼び出しがかかった、それも結構お冠のようでありいつもの渋い声ではなくイライラしている様子だった。


「と、とにかく参りましょうスルーズ様。これは待たせるとさらなる雷パンチが来るかと」


「ボール持った?」


「いやそっちの雷パンチではないと思いますよ。ヨトゥルも変なネタ挟まないでください」


「へ、変……?何の話を……」


 部屋の中に取っ散らかっていたそれぞれの服を回収して急いで着込む。私が間違えてヨトゥルのカッターシャツに袖を通してしまい、その胸の違いに愕然としながらも三人揃って司令室を目指す。

 艦内放送から一〇分と経っていない、結構良いタイムで到着したはずなんだけど司令官が、


「遅いっ!!何をやっていたんだっ!!」


「………すみません」


「──ボタンの位置が違うぞスルーズ!お前は本当に何をやっていたんだ!待機命令を出していたはずだぞ!!」


「すみません」と言いつつ掛け違ったボタンを直す。

 今日の司令官は激おこだ、耳が上下にびょんびょんと動いている。一体何があったというのか...それにレギンレイヴだけがパイロットスーツなのも気になる。

 びょんびょん動いていた耳がぴたっ!と止まり、少しだけ迷う様子を見せてから点呼を取った。


「────これで全員だな?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「はい、全員揃いました」


「…………良い。お前たちを集めたのは他でもない、長年争いを続けていたプロイについて情報を共有するため、それから不毛な争いに終止符を打つためだ」


「はい」


 司令官が手だけで座れと指示を出し、()()()()()()()()()()()()()ソファに腰を下ろした。


「まず、数ヶ月近く前にヨトゥルを単独でプロイへ向かわせたことがあった」


「──え?」


「黙って聞け。結果的に言えば、プロイの者たちが争いを仕掛けていた訳ではないことが分かった。彼らもまた我々と同じ戦闘集団に悩まされていた民だったのだ」


「司令官………?何故そのような話を私たちに………」


 そもそも、そもそもだ、私たちは任務をこなす度に記憶整理が行われるはずだ。こうやって司令官がそれを口にしてしまったら、一体何のために私たちが記憶を消してきたというのか。


「覚えていないか?覚えていないだろう。スルーズ、お前もプロイの者と通信で言葉を交わしているんだ」


「────いえ、ちょっと待ってください、話が見えません。どうしてそんな事をするんですか?」


「そんな事とは?」


「消したはずの記憶をそうして語ることです。我々戦乙女はそれを納得した上であなたからコネクトギアを授かったんです。それでは──」


「この私が愚弄していると?お前はそう言いたいのか?」


「……………」


 何なんだ今日の司令官は...いつもの冷静さも思慮深さもない。

 これ以上言い返せないと判断した私は口を閉ざし、代わりにレギンレイヴが開いた。


「司令官、きちんとした説明を求めます。手前はまだ記憶整理を行なっていません、これに意味があるのですか?」


「大いにある。レギンレイヴ、先程の作戦中に見たものをこの場で報告せよ。それから本日よりお前たちには一切記憶整理を行わないものとする」


 この言葉に皆が面食らった。何気にこの()人の中で一番落ち着いているフロックも目を大きく見開いていた。

 話を促されたレギンレイヴが落ち着かない様子ながらもつらつらと答えた。


「……先程の作戦はウルフラグの領海線近くで、ある特個体が深海域に潜航しそのままロスト、その機体の回収作業を行なっていた作業船の監視が主な目的だった。──しかし、ああ……信じられないかもしれないが、体長一〇〇メートルは優に超す……その、イカが現れたんだ」


「イカ?ダイオウイカってことですか?」


「違う、そんなものではない。プロイの戦闘集団だと思っていた船舶群を触手で操っていた、いや、触手を船に変化させて人を襲っていたんだ」


「はあ?」

「はい?」

「………」


 三者三様の反応を受けてもレギンレイヴが説明を続け──られなかった。


「以前も一度手前たちは会敵しているはずだ、その時は────ぁぁああっ?!……んんんっ……くそ、頭がっ……」


「レギンレイヴ!」


 話の途中で何を思い出そうとしたのか、急に呻き声を上げながら頭を抱え始めた。余程の痛みだったのか、口の端がぬらりと光り戦乙女を象徴するカーペットまで糸を引いていた。

 見ていられなかったのは私だけではない、あのフロックがレギンレイヴを庇った。


「司令官、これはあまりに酷すぎます」


「だが、戦乙女であるレギンレイヴに語らせた方が信憑性があるだろう?」 


「……………」


「オーディン司令官、レギンレイヴを医務室へ」


「後にしろ。こいつは精神鍛錬も積んでいる、並の事で壊れたりしない」


「────っ!!」スルーズ!よせ!……手前のことは良いからさっさと話を終わらせるぞ……」


 顔を青白くさせた本人にそう言われてしまったらこれ以上何もできない。

 この人は本当に私たちが知る司令官だろうか?中身を入れ替えた別人なのでは?そう疑いたくなるほど言動が支離滅裂だった。


「話を戻すが、プロイの者たちはカウネナナイ、ウルフラグと交流を持つことなく今日まで独自の文化圏を築いていた。何人か人の出入りはあったみたいだがそれだけだ、つまり彼らは他者との交流を絶っていたんだ。何故だか分かるか?」


「知りません」


「マキナに関する情報を持っていたからだ、そしてそれはカウネナナイにとって毒となるものだった」


「それがどうかしたのですか?それがレギンレイヴを傷つけるに足る理由だと言うのですか?」


 無言で司令官が椅子を蹴倒しながら立ち上がり、一言も発することなく私の頬を叩いた。力強い平手打ちだ、頬ではなく首がとても痛かった。


「──黙って聞け!どうせあと数回で入れ替わる消耗品が!」


「……………………」


「…………明日、ヘイムスクリングラはプロイに進路を取る。良いか?これは命令だ、その脆い戦乙女の命を空で散らせ」


 仲間の為に、と。司令官がそう締め括り、このクソみたいな作戦会議が終わった。



 翌る日、まだ青い顔をしているレギンレイヴがハンガーに姿を見せ、そして私に尋ねてきた。


「あと一人いた……って、この部隊に?」


「ああ……確かにあと一人いたはずなんだ。フロック、覚えているか?」


 傍にいたフロックが顔色を変えずに答えた。


「いいえ、ボクたち四人だけのはずですよ。何かの記憶違いでは?」


「いや………そんなはずは………ヨトゥルは?」


 細かく首を振った、ヨトゥルも覚えていないらしい。

 ヘイムスクリングラの中に設けられた特個体ハンガーにも四つの機体が並び──確かに一つだけ空いているが、ここ最近新しく設置されたように真新しさが目立った。

 そこへちらりと視線をやってから私も抱いていた疑問を口にした。


「レギンレイヴが嘘を吐いているとは思えないけど……それってあのクソ司令官の態度が急変したことと何か関係しているのかな?」


「スルーズ、さすがに言葉が過ぎますよ。──ですが、そうですね、昨夜の司令官は確かに様子が変でした」


「ええ……レギンレイヴ様を庇われたスルーズ様をまさか平手打ちするだなんて……」


「いまだに首が痛い。それに過去の任務についていきなりペラペラと喋り出すし……一体何なの?」


「それについてだがな……」


 と、レギンレイヴが昨夜の経緯について教えてくれた。何でもウルフラグが回収した機体の識別番号を読み上げた途端、何処からか公爵様が通信に割って入ってきたらしいのだ。それから司令官の様子もおかしくなり、最終的には私のように好きにさせてもらうと...


「何でやねん。そんな時に名前を持ち出されてもちっとも嬉しくない」


「司令官と公爵様との間で何かしらの確執があったと見て良いでしょう、そしてそれに僕たちが巻き込まれていると」


「ふ〜〜〜ん………大人の喧嘩に私たちを巻き込まないでほしいものね」


「それは無理でしょうね」


 フロックがそう締め括ったと同時に搭乗するようアナウンスがなされた。それぞれが機体に歩みを進めていく中、私はフロックに尋ねた。


「──ねえ、最後にもう一度だけ聞くけど、本当に私たちは四人だけだったのよね?」


「──ええ、そうですよ。ボクたちは四人だけです、五人目はいません」


 とくに返事をせず、私も自分の機体に歩みを進めて乗り込んだ。 

 閉じていくハッチを眺めながら頭をフル回転させ、今日までの記憶を洗いざらい思い出そうとした。

 フロックが嘘を吐いた、あの子だけが唯一記憶整理を免れている。その代わり厳しい規約に縛られているけど...それでもフロックは「いない」と嘘を吐いた。一瞬だけ視線を逸らしたのを見逃さなかった。


(いたんだ、五人目の子が……)


 どれだけ過去を振り返ってみてもその五人目の顔が浮かんでこない、レギンレイヴ、フロック、ヨトゥル──それから司令官に私の妹や親友、知らない顔もあるにはあるがその殆どはヘイムスクリングラのクルーたちである──いや、その中に紛れているのか。

 コンソールから通信員が作戦コードを読み上げている声が流れてくる、それを耳に通さず私はひたすら考えた。


(もし、本当にその子がいたとしたらそう簡単に記憶なんて消せないはず。だったらその他大勢の顔の中に紛れさせた方が...)


 でも、何故?そこが気になる。どうしてその子を私たちの中から消さなければいけなかったのか。

 ──プロイと関係している?けれど昨日の事は突発的な事態のように思える...振った湧いたような話にその子が消されてしまう理由が...


(う〜ん、分からない……)


[──聞こえているのか、スルーズ!]


 必死に考え事をしていたせいで司令官の声までもシャットアウトしていた。強く呼ばれた声にようやく気付き、慌てて返事を返す。


「──あ、はい!聞こえています!」


[もう一度説明する。これからプロイに赴きその島に住んでいるヨシムネ・ヒイラギという男性とコンタクトを取れ、前回ヨトゥルの相手をしてくれた人間だ]


「でも、ヨトゥルは当日のことを覚えていないんでしょう?会わせても大丈夫なんですか?」


[構わん、疑われたら戦乙女の規則を話してやれ]


「いやいや……あの司令官?本当にこの任務は大丈夫なんですか?ちゃんと許可下りてます?」


[下りていると思うか?私の独断だ]


「あのですね……私たちは母国の為に戦乙女になったのであってあなたの兵士になった覚えはありません」


[だったらどうした、今日までお前たちを貴族や機人軍の輩から守ってやったのは誰だと思っている?最後の最後ぐらい私の我が儘に付き合ってくれても良いだろう]


 腹わたが煮えくり返りそうになった、何と罵倒しようか言葉を選んでいると司令官が続きを話した。


[お前たちの任期がもう間もなく終わる、だからこれは最後の抵抗なんだ、お前たちでなければ駄目なんだよ]


「………消耗品だから?」


[────良く分かっているじゃないか。プロイに到着したらヨシムネ・ヒイラギと話をしろ、そしてマキナについて荒いざらい調べてこい]


「…………曲がりなりにも今日まで戦い続けてきた私たちを消耗品呼ばわりするあなたの方が消耗品よっ!!!声でいくらか操作されていると言っても皆んな少なからずあなたの事を信頼していたのにっ!!!」


[──っ!]


「──命令を受諾しました。スルーズならびに以下三機、これよりプロイに向かいます」


 返事も待たずに通信を切った。



 啖呵を切ってヘイムスクリングラを後にした私たちを、何処までも澄み渡る青空が待っていた。地平線の彼方に薄らと雲が揺蕩っているだけだ、それ以外本当に何も無い、綺麗な空と違って私の心はどんよりとしていた。

 頭の中は疑問符ばかり、どうして?何故?急に性悪になってしまった司令官も、いなくなってしまった五人目の子も、私の心をかき混ぜてばかりだった。

 曇り空に覆われたのは私だけではなかった、以前プロイに赴いたことがあるらしいヨトゥルも苦悶に満ちた声を漏らしていた。


[本当に私がプロイへ……そうだと言われたらそのような気もするのですが……]


「司令官が適当こいただけじゃない?気にしなくても良いよ」


[いえですが……プロイと聞くと何故だか男の子の顔が頭に思い浮かぶのです。気難しい様子の男の子が……うう〜ん……]


 視程にプロイの島がおさまった時、レギンレイヴが口を開いた。


[昨日言いかけたことなんだが、確かに以前手前たちはプロイの戦闘集団と一戦交えたことがあった。その時の指揮はスルーズ、それから手前が後衛、あともう一人が前衛を務めていた]


「……それは間違いないの?」


[間違いない。ただ、どうしても名前が思い出せない……]


[昨日、司令官がボクたちを消耗品だと揶揄した理由、皆さんももうお気づきではありませんか?──記憶整理が間に合わなくなってきているんですよ。情報漏洩防止の観点からボクたちは逐一記憶を消されてしまいますが、こうして一部が残るようになってきています]


 さらにプロイの島が近くなってきた。私を含めた三人がフロックの話に聞き入っている、それはつまり──


「……私たちもさよならする、ってことだよね」


[ええそうです。ボクはどうなるか分かりませんが、少なくとも皆さんはそれぞれの顔と名前を忘れて第二の人生を歩んでいくはずです]


 ──分かっていた事ではあった。けれど改めてその現実を突きつけられると、どうしたって忌避感が先に来てしまう。

 ──忘れたくない、と。

 その時だった、どこかしんみりとしていた私たちをロックオンする機体が現れた。けたたましく鳴るアラート音が現実へと引き戻し、即座に散開して警戒態勢を取る。


「──報告するのが嫌でしょうがないんですけど司令官!ロックオンされています!」


[できれば受け答えしたくなかったんだが仕方ない。こちらでも確認した、IFFは公爵の私兵部隊だ。数は一、やり過ごせ]


[──単機?大した根性だな!]


 コンソールに出現した光点は真っ直ぐこちらに向かってくる。

 フロックの読みが当たっているなら、確かに司令官と公爵様との間に()()()()あるのだろう、だからこうして邪魔が入ったのだ。

 出現した機体はカラス型、主翼の先端が足の指のように別れているものだった。目に見えた兵装はバルカン、主翼の下に並ぶ空対空ミサイル四基、それからコクピットの後方に取り付けられた半円型の物体だった。


「フロック!コクピットの後ろが見える?!あれは何?!」


[──分かりません!レーダーのようにも見えますが──ヨトゥル!]


 後方に位置していたヨトゥルが狙われた、無駄のない動きで追従していく。そこへレギンレイヴのレールガンが火を吹いた、澄み渡る青空に紫電の光りが走り、公爵機がそれを右方向のロールのみでかわしてみせた。


[──ちっ!]


「ただの威嚇だってバレてる!フロック!私と挟み込むよ!レギンレイヴは支援!」


[[了解!]]


「ヨトゥルはなるべく引き付けて!無理ならドロップアウト!」


[了解しました、皆様にお任せします]


 機首を上向け反転、フロックと対角線上に飛行しながら公爵機の横っ腹に陣取り距離を縮めていく。先行くヨトゥル機はレギンレイヴの射線上から離れないよう上手く誘導してくれている、このまま前後を挟んでしまえばあとは──

 ──公爵機の後方に位置した時だった。


「──なんっ?!」

[──はあっ?!]


 公爵機の機首が上を向いたかと思えば急減速、風の抵抗に機体が負けて一瞬だけふわりと宙を舞った。この動きは──!


「──ナツメさんっ?!」


 そう叫んだ時にはもう位置が入れ替わり、たったの数瞬で後ろを取られてしまっていた。

 何処かの馬鹿たれが『コブラツイスト』と言っていたがあのマニューバは間違いなくコブラ!またの名をクルビットと言う!あんな事が出来る人は私の知る限り一人しかいない!

 その名前を思い出した瞬間ぶわわと記憶が蘇ってきた、変態司令官に童貞三人衆、そして──ズキン、ズキン!と頭痛、それから空対空ミサイルが襲ってきた。


「──何だってこんな時にいいいっ!!思い出した思い出したあああっ!!」


[馬鹿なこと言ってないで早く距離を空けろっ!遠慮なくミサイルを──]


 頭上から幾筋もの紫電が光る、その昼間の雷光を見やりながら声高に叫んだ。


「──ヒルドおおおっ!!!!何であなたが傍にいないのよおおおっ!!!」


 叫ぶだけ叫んだあとは、それはもう必死になってミサイルの追従から逃れた。



✳︎



「──ん?」


「どうかされましたか?」


「ああ、いえ……何でもありません」


 この世界で最も北に位置しているからか、プロイの島ではもう雪が降っていた。先を歩く男性が踏みならされて茶色に濁った雪道を行き、その跡に私が続いた。


「いや〜こうして外から誰かが来るなんて滅多にないもんですから、皆んな怯えてしまって……あまり気にしないでください」

 

「はあ……それを言うなら私も急で申し訳ありません。町を出る時はとにかく気を付けろと脅されてきましたから正直驚いています」


「こんなに優しくされることが?」


「ええまあ…ぶっちゃけて言うと」


 私よりいくらか背の低い壮年の男性、所々に白髪が混じったヨシムネ・ヒイラギが快活な笑い声を上げた。


「あっはっはっは!そうでしょうね〜わんらがカウネナナイの皆さんに何て言われているか、何となくですけど聞いていましたから」


 ヨシムネ・ヒイラギ(え、まさかあいつの父親じゃないよな?)が「ここです」とある建物の前で立ち止まった。

 そこは機体を停泊させた桟橋から長らく続いていた道の途中にあり、他の民家に紛れるようにしてひっそりと建っていた。あまり見かけない植物が植えられた庭園に、風化が酷くもはや顔の区別も付けられない銅像が置かれた場所だった。


「以前もカウネナナイの方がここに訪れたのですが、何分──」


 カラカラと小気味良い音を立て開かれた引き戸の先にそれは立っていた。


「来るのが遅いぞ人間。どれだけ僕を待たせたら気が済むんだ」


「……これなもんでして、ろくに話もできずに帰ってもらったんですよ」


 ディア──何だっけか、とにかくそいつは偉そうに腕を組み仁王立ちで待ち構えていた。


「これとは何だ失礼な、一体誰がお前たち人間の面倒を見ていると思っている。昔は目の敵にしていたくせに」


 ディア何たらはぱっと見て学生のような出立ちをしていた。上下お揃いのぴっちりとした制服、それから几帳面に切り揃えられた黒い髪、神経質そうな目は私を馬鹿正直に捉えていた。


「……ああ、あの時会話をしたナツメ・シュタウトだ。お呼ばれされたから来たんだが……」


「見れば分かる。さっさとこいつを上げてやってくれ──あ!その前にきちんと雪を落としていけよ!それからタオルで拭いてやってくれ!」


「はいはい若旦那様」


「その呼び名は止めろと言ったよな?!」


 口は悪いわ態度はデカいが気配りは出来るらしい、もしくは自分の縄張りを汚されたくないだけかもしれない。

 私より頭半分程低いディ何たらがエントランスから奥へと進んでいった。代わりに大柄で頼もしそうな女性がタオルを持ってパタパタとこちらに走ってきた。


「はいさい!良くきたさ〜!なーんもない所だけどゆっくりしてってね〜!」


「あ、ど、どうも……」


 何というか、"圧"が凄い。パワフルというか、一気に温度が高くなったような...

 女性からタオルを受け取り、デ何たらの言う通りある程度綺麗にしてから私も上がらせてもらった。

 ヨシムネ・ヒイラギに続いて何たらが消えていった部屋へ足を踏み入れる、そこは数々の展示物が並ぶちょっとした博物館のような所だった。


「ここは?」


 尋ねたのはヨシムネ・ヒイラギだったんだが、何処からか何たらの声が届いてきた。


「ここはマリーンの歴史的遺産を保管している場所だ。見れば分かるだろう」


「いや見ても分からんから訊いているんだろ」


「全くこれだから……でもまあ、価値も分かっていないのに無闇やたらと褒めてこないだけまだマシだ、語り甲斐がある」


「……お前面倒臭いって言われたことないか?あるだろ」


 思い当たる節があるのか、ヨシムネ・ヒイラギがうんうんとしきりに頷いている。


「前に来てくれた女の人も若旦那の難しい話に付き合ってくれたというのに、態度が気にいならないっち言って追い出しましたからね〜」


「うわぁ……」


 L字の構造をしていた部屋の奥から「うるさい!」と聞こてきた、どうやらそっちにいるらしい。

 独特な話し方をするヨシムネ・ヒイラギと共に向かってみやれば、大型の模型があった。それは海の中に建てられたある円形状の建物を再現しており、胡麻よりさらに小さな船が周りに何隻も浮かんでいた。

 模型の傍らに立っていた何たらが前口上もなく語り始めた。


「マリーンが建設されたのは今からおよそ二〇〇〇年前、地球上で二番目に稼働歴が短い。竣工を終えたマリーンに移り住むためアメリカ本土から移民団がやって来た、しかし当時から住んでいた現地人と争いになり、破れ、その時の勝者がカウネナナイとなり敗者がウルフラグとなった。ここまでは良いか?」


 たっぷりと間を含んでからこう答えた。


「──いや、その前にまず名前を教えてくれないか?忘れた」


 みるみる顔を赤くした何たらが癇癪を起こしながらも教えてくれた。


「──ディアボロス!ツァラトゥストラ!リイーンカーネーション!原典だ!信じられない!前に一度名乗ってやったのに!」


「だから忘れたって言ってるだろ。で、どれが本物なんだ?」


「全部だ!僕の本質を表すのならディアボロスがそれにあたる!」


「で?この模型は何なんだ?」


「だ・か・ら!」と、またぞろ声を荒げながら一度受けた説明を二度受け、その続きに耳を傾けた。


「このままではマリーンがまずいことになる!早くノヴァウイルスを摘出しないとナノ・ジュエルが食い尽くされて資源が底を尽いてしまう!ここはカウネナナイもウルフラグもマキナも過去の遺恨を水に流して協力すべきだ!」


 "なのじゅえる"とやらが何なのか理解できないが、基本的な質問をさせてもらうことにした。


「なあ、ちょっといいか「質問をする時はきちんと手を挙げろ!子供たちの方がよっぽど行儀が良いわ!」


 一緒に話を聞いていたヨシムネ・ヒイラギへ振り向くと、「あれで子供好きなんですよ」と教えてくれた。


(見るからに神経質そうなのに……)


 言われた通り、嫌々ながら手を挙げると「はいどうぞ!」と促された。


「お前の言う通りここがその円形状の建物の中だとして、どうして今まで誰も疑問に思わなかったんだ?」


「質問の意味が良く分からない」


 真顔でそう返されたので腹が立った、模型を回り込んでその初心(うぶ)そうな頭に腕を回してぐい!と胸に引き寄せた。


「──こ、この痴女めっ!今す「うるさいっ!船にしたって特個体にしたって建物内の端に到着することがあるだろう?!それなのに今日までどうしてバレなかったのかと訊いている!」


 やはり初心らしく、胸に顔を押し付けられているディアボロスは真っ赤になっていた。パイロットスーツ越しなので胸の柔らかさが直に触れていることだろう、茹でダコのようになったディアボロスが私から離れた。


「建物内の端って何だ!!壁と天井の事を言っているのか?!「そうそうそれ」──くぅ〜〜〜この痴女め……あんな事をしておきながら何故そう平然と……ラムウだ!」


「は?らむう?誰だそれ」


「ラムウ・オリエント!お前たち人間がテンペスト・シリンダーの外へ出ないよう仮想展開型風景を調整していたんだ!今お前たちが見ている風景は全て擬似的な物なんだよ!」


「……はあ?それ本気で言っているのか?風景を調整したって意味はないだろ?」


「他にもGPSを調整したり、ドゥクスの奴が一定以上の高度に上がれないよう機体に制限をかけたり!……とにかくそんな感じだ」


「……………」


 傍らに立つヨシムネ・ヒイラギに視線を向ける、彼はしたり顔でただ頷くだけだった。


「知っていたのか?この事を?」


「ええ、プロイの人間は皆知っています、だからこうして閉じ込められているのです」


「………誰に?」


 ディアボロスとヨシムネ・ヒイラギの声が重なった。


「「ドゥクス」」──「そう、奴こそがこの世界を根底から支配している。他所のテンペスト・シリンダーからしょうもない物が流失しなければわざわざお前たちを呼ぶようなこともなかった、けれど呼ばざるを得なかった」


 こいつは本当に...喋るのが下手だな、自分が持つ知識を"常識"と履き違えている。一から説明してもらわなければこっちは分からないってのに...

 でもまあ、今が異常事態である事は十分理解できた。


「ノヴァウイルスとやらが悪さをしているんだな?」


「お、理解が早いじゃないか。そうさ、ノヴァウイルスが現界している時に用いているエネルギーは全てナノ・ジュエルなんだ、このままのペースではリサイクル量と消費量のバランスが崩れてしまう」


「──ああ、で、そのバランスが崩れるとプロイの島が破綻するって事か?」


「おお!良く分かっているじゃないか!ここの土地は一次産業に全く不向きでな、獲れるのはせいぜい魚ぐらい、だからナノ・ジュルで必要な食糧を生産していたんだ」


「そういう事か……」


 ヨシムネ・ヒイラギが「あんな難しい話で良くそこまで……」と薄らと涙を流して感動している。


「苦労されてきたんですね、こいつのせいで」


「ええはい、唐突に現れたかと思えばいきなりこの公民館に居座り次から次へとパワハラを「パワハラって言うな!」……お陰で何とか生活を持ち直すことが出来ました。それに良く子供たちの相手もしてくれますけど、やはりパワハラが「だからパワハラって言うな!」


「私はここへ来る時にプロイの船には気を付けろと言われたのですが、それは一体何なのですか?」


「ああそれなら──あ、ちょうどいい」


「?」


 何かを言いかけたディアボロスが部屋の入り口に視線を向け、ついで誰かが荒々しく扉を開け放って入ってきた。その足取りは軽やか、子供のように聞こえる。


「今帰ったぞ〜い」


「?!」


 L字の向こうから姿を見せたのはやっぱり子供だった、けれどその服装が何ともいかがわしい。ビキニだった。


「ほれ町長さん、今日の取り分。受け取れい!」


「あ、はあ…どうも」


 ずしりとした袋を渡している、その中身が気になるが何より子供の方が気になった。

 その子供は長い銀髪をしており、揉み上げを頭の上で結んでちょんまげのようにしていた。


「ん?何じゃ何じゃ〜?余の生着替えを早く見たいと申すかディアボロスよ〜ふっふ〜ん」


 三度、町長だったヨシムネ・ヒイラギに非難を込めた視線を向けると「あれもマキナの方です」と全力で手を振っていた。

 腕を上げたりビキニを引っ張って子供の胸をチラチラと見せつけている。いつものやり取りなのか、ディアボロスがふんと生意気そうに鼻を鳴らしていた。


「もう僕は大人の階段を上ったんだ、今さらそんな安い挑発で動じることはない」


「ふん!余こそふんだふん!誰がお主のような気難しくて付き合い難い相手にそこまですると言うのか!ここまで連れてまいれ!」


「後ろを見ろ後ろを、客人が見えないのか?」


「──え?」と、そこでようやく銀髪の女の子が振り向いてきた。私と目が合った途端、眉をハの字にしてみせた。


「……そんな、まさか、余のディアボロスに筆下ろしをする人が「いやそこまでやってない」ああ!大人の女!余の完敗だあ〜〜〜!うわあ〜〜〜ん!捨てられるぅ〜〜〜!」


 うぇうぇ泣きながら女の子がディアボロスにしがみついてしまったので、この場が一旦お開きとなった。

 マキナってのはどいつもこいつも自由なんだな。



「あいすまぬ、先程は取り乱してしまった。余の名は天下に轟く「一度も聞いたことありませんでしたよ?」やかましい!余の名はオーディン・ジュヴィ!どうぞよろしく人間の娘よ」


「……ナツメ・シュタウトだ、こちらこそよろしく」


 場所は変わって公民館の二階、私もこれまで数回しかお目にかかれたことがない"畳み"なる物が敷かれた部屋に移っていた。

 深い茶色にコーティングされた低い机(座卓と言うらしい)を挟んで私と町長、それからディアボロスとその膝の上に座っているオーディンと対面していた。

 窓の向こうは抜けるような青空が広がっている、葉が落ちた木の枝の隙間から鳥が飛んでいるのも見えていた。

 視線を下ろしてもう一度オーディンというマキナを見やる、向こうは歳相応(あるいはお気に入りの場所に座っているからか)に「ん?」と小首を傾げてきた。


「さっきのやり取りは?何か町長に渡していただろう」


「まずそれなのか?他に訊くべきことがあるだろ」


 口を挟んできたディアボロスの膝をオーディンがぺちんと叩いている。


「良い。あれは迷惑をかけた詫びの品じゃ。我が配下であるクラーケンがホノルル──じゃなかった、カウネナナイだけではなくプロイの者たちにもちょっかいをかけておったからな」


 話を要約するに、今日の今日までカウネナナイ領のハリエの島に迷惑行為を働いていたのがオーディンの言うクラーケンという奴らしい。


「ふ〜ん……ま、私は話しか聞いてなかったしとくに思う所はないんだが……さっきの袋の中身は何だ?」


「サザエとウニ」─何て庶民的な……「良いのじゃ!ここの者たちに金銀財宝を渡しても取引きする相手がおらん!それなら食べ物の方がまだマシじゃろう?!──そうだよね?!」


 話を振られた町長が、


「ええまあ…わんの食卓で二日保てば良い方ですが……「全然足りていないじゃないか」


 うぐぅと言いながらオーディンが項垂れた。

 その後を引き取ったのがディアボロスだった、どうやら見た目通りこの二人は仲良しらしい。


「まあこんな奴放っておいて……でだ、人間よ、お前をここに呼んだのは他でもない、頼まれてほしい事があるからだ」


「──達成不可能な業務内容を押し付けるのはハラスメ「パワハラじゃないって言ってんだろ?!しつこいぞ!!」


「で、その頼まれてほしいことってのは?」


 またぞろ何を言い出すのかと思えば──


「グガランナ・ガイアの素行調査をしてほしいんだ。奴は僕たちマキナを問答無用で二分し「余と一緒になれて良かったの」あまつさえ、自分はガイアの監視が届かない「え、嬉しくないの?」ウルフラグへと逃げたんだ「……ぐすん」


「おい、構ってやれよ」


「全くお前という奴は……」


 乱暴に頭をぐりぐりと撫でている。撫でられたオーディンはふへへとだらしない笑みを浮かべている。


「どうして私がそんな事をしなければならない、何のメリットがある?」


「何故この世界にノヴァウイルスが流出したのか、疑問に思わないのか?いくら超技術とは言えどもガイア・サーバーに感染した時点で奴はとっくに気付いていたはずだ。だが、それでも奴は何もしなかった」


「生憎だが私は探偵なんて一度もやったことがない、他を当たってくれないか」


「グガランナ・ガイアは明らかに何かを隠している、あるいは企んでいる。本来であれば何事にも平等に公平に、冷徹に判断を下すべき奴が自分たちに有利になるように働いている節がある。五年前の戦役だってウルフラグの虚偽を見抜いていたくせに、二〇年前の進行作戦もカウネナナイを誘導していたんだ」


「…………」


「奴は明らかにウルフラグを疲弊させている、避けられたいざこざをあえて迎え入れている、それはマキナが取る行為ではない」


「と、言っても何からすれば良いのか……」


「お、やる気になったんだな?」


「一応は……その進行作戦で家族を失っている、無視はできないよ」


「………」

「………」


 マキナ二人が沈痛な面持ちになった。いくら自由人といっても空気ぐらいは読めるらしい。

 ヨシムネ・ヒイラギが頭を深く下げて「ご冥福を祈らせていただきます」と述べてくれた。


「別に良いさ、もう二〇年も前の話だ。今頃は生まれ変わって新しい人生を送っているだろう」


 今度は歳不相応に、オーディンが真面目くさった顔をしてこう言った。


「──本当に……人の子は強いの、余たちには無い強さを持っている」


「ああ……全くだ」


 さて、と、膝を叩いて立ち上がろうとしたその矢先、外から騒がしい一団が公民館に入ってくるのが見えた。そのままドタドタと階段を駆け上がる音、そして"襖"なる木製の薄いドアを引いた。

 防寒着を着込んだ子供たちと中年に差し掛かろうとしている男性だった。


「親父っ!ほら!なんちど言った?!前に来た部隊の人たちがこっちに来てるよ!」


「何?!またかい?!粗相を働いたから怒りに来たのかい?!あぐう〜こうしちゃおれん!早く出迎えんば!」


(急な方言だな。何が何やら……)


 少し小皺が目立つ男性が私を捉えてぴたりと固まった。


「あ!」


「い、いえいえ、私はその部隊の者ではありませんので……」


 先んじてそう答えると、あからさまにほっと胸を撫で下ろしていた。


「そ、そうですか、お客さまが来ているとは知りませんで……ほら!挨拶せんば!」


 男性の後ろに隠れていた子供たちがそれぞれ顔を出して「こんにちは!」と元気良く挨拶をしてくれた。そんな良い挨拶をされるような立場ではなかったんだが、私も精一杯の笑顔を作って「こんにちは」と返してあげた。

 方言を連発した町長が慌てて部屋から出て行き、代わるようにして子供たちが部屋の中にぞろぞろと入ってきた。あったか〜いとはしゃぎながら防寒着を脱ぎ散らかし、何の抵抗もなくディアボロスたちの傍へと寄っていった。


「こんにちは!今日はオーディンちゃんと一緒なの?」


「ああそうだよ。お前たちは今日も海辺で遊んできたのか?」


「うん!そう!あ!ちょっと待ってて──」


 ディアボロスと話をしていた女の子が脱いだばかりのジャケットのポケットに手を突っ込み何やら取り出した。


「ほらこれ見て!すっこぐ綺麗!これ何か分かる?」


 その女の子の手のひらには、確かに綺麗な貝殻のような物が乗せられていた。

 虹色に──光沢などではなく、光りを放っている物だった。とても貝殻には見えない。

 女の子に差し出された二人は目をこれでもかと丸くして驚いているようだった。


「──お前さん、これをどこで?」


「ん?近くの海辺だよ!オーディンちゃんも一緒に来る?他にもたくさんあったんだよ!」


「沢山だって?それは本当か?!」


「う、うん……どうしたの?もしかして拾ったらマズかった?」


「いいやそんな事はない!でかした!ほら、あそこに座っている寂しそうなおばちゃんに「寂しそうって言うな」突っ込む所そこなのか?」あのおばちゃんにも見せてやってくれ」


 そう言われた女の子がトトトとこっちに駆けてくる。子供の相手なんてまるでしたことがなかったのでどぎまぎしていると、遠慮なく手を差し出して見せてくれた。


「はいどうぞ!」


「あ、ありがとう……綺麗だね」


「でしょ!」


 貝殻を褒めたんだが、女の子が嬉しそうにニコっと微笑んだ。

 近くで見てみると、やはり貝殻には見えない、何かの破片のようだった。


(──ん?これをわざわざ私に見せるということは………)


「おい、これってもしかして──」


 ディアボロスがしたり顔で頷いた時と、さらに新たな一団が登場したのが同時だった。


「ああ、それこそがナノ・ジュエルと呼ばれる」──失礼します!私たちはヴァルキュリア部隊です!オーディン司令官から命令があってプロイの島にやって来ましたああああああっ!!!!!」


 と、先頭に立っていたパイロットスーツ姿の女性が私を指さしながら吠え、周りにいた子供たちがカッコいい!と歓声を上げ、「やかましい!!」と一喝したディアボロスの声が響き渡った。

 後で聞いた話なのだが、後にも先にもこの日が一番賑やかだったそうだ。



✳︎



「ナツメさん!!──ナツメさん?!何でこんな所にいるんですか?!」


「──いや、人違いでは?」


「はあ?!ふっざけんじゃないですよ!私のお尻を撫でておきながらしらばっくれるんですか?!」


 背後に立っていたレギンレイヴとヨトゥルがにわかに殺気立つ。


「──ほぅ…あの中年女性が……」

「ヘカトンケイルは沢山ありますよ……?」


「いやちょっと待って!誰も殺せだなんて──いやというかナツメさんですよね?正真正銘ナツメさんですよね?本当に何でこんな所にいるんですか?ようやく逃げ切れたと思っていたのに!」


 そうだよ!空対空ミサイルをかわしてその後も交戦して!ほうほうの体でプロイの島に到着してみればそのパイロットがいるだなんて夢にも思わなかった!

 どうして私たちの邪魔を──と、尋ねる前に窓際に腰を下ろしていた学生っぽい男の子が怒ってきた。


「話の収集がつかなくなるから今は静かにしていろ!!良いな?!」


「……あ、はい、すみませんでした。──ってなるかいっ!!「あれがノリ突っ込みというやつか」こっちは死にかけたのよ?!どういう事なんですかナツメさん!さっきはどうして邪魔をしてきたんですか?!」


「は?邪魔?何の話だ?」


 床に胡座をかいて座っていたナツメさんがきょとんと私たちを見上げている。レギンレイヴが背後からずずいと前に出てナツメさんを見下ろすように堂々と立った。


「プロイの上空で手前たちを攻撃「…手前ってどういう意味じゃ?」「古い言い方で私って意味」─うるさい!自分ではないというのなら証明しろ!殺されかけた相手と共にいられるか!」


 そう剣幕を立てられたナツメさんがすくっと立ち上がり、一度だけ私に視線を寄越してからレギンレイヴを見据えた。身長はぴったり同じ──いや、ナツメさんの方が少しだけ高かった。


「──勝手に入ってきて一緒にいられないから証明しろ、だ?お前、自分がどれだけ身勝手な事を言っているのか自覚はあるのか?」


「……………」


「そんなに私といるのが嫌なら席を外せば良いじゃないか。先客はこっちなんだよ」


「いやあの……本当にナツメさんは私たちと戦っていないんですよね?」


「──ああ。今のお前がアネラ・リグレットなのかスルーズなのかは知らんがな」


「……そういう物言いが疑わしいと─」「─ん?お前があのアネラ・リグレットという奴なのか?」


 (ちょっと押され気味だった)レギンレイヴとナツメさんの睨み合いに、学生っぽい男の子が割って入ってきた。それに私の友達の名前を知っているようだった。


「えーと、違うと言いますか、私の友達の名前といいますか……それが何か?」


 一触即発なのか和やかなのか、立って睨み合う二人から離れた場所ではあのフロックが島の子供たちと一緒になって遊んでいる、そんな良く分からない空気が満ちていた。

 その中でも学生っぽい男の子が続きを話し始めた。


「話を戻すがこのナノ・ジュエルと呼ばれる物はプログラム・ガイア、お前たちが星人と呼ぶマキナ、それから国王の座についた人間が管理している。けれどノヴァウイルスの無茶な使い方が祟ってその数が著しく減少しているんだよ。そして、そのアネラ・リグレットというのが管理者の末席に名を連ねている」


「──────は?アネラが──いやいやあの子はただの………それにその言い方は……」


「ただの何だ?王位についた人間がガイア・サーバーにアクセス出来るのだろう?アネラという人間はガルディアの妹だ。前王シュガラスクが産んだ最後の子供だ」


 その言葉は弾丸の如く私の胸を貫いていった。

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