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第51話

.フラグ・フラッグ・フラッガー



 物事には『順序』というものがある、あるいは『順番』、またあるいは『フローチャート』。

 必ずスタート地点があって中継点があってゴール地点がある。このスタート地点に立ちやすい人を『フラッガー』と呼ぶ、そして中継点には迷わないように『フラッグ』が待ち構えており、最後のゴール地点に『フラグ』が立っている。

 そういう決まりだ、誰にも逆らえないルールだ。



✳︎


 

「…………」


「本当にごめんなさい……お騒がせしてしまって……」


「いえ、別に構いませんが……」


 ナツメさんの恋人(?)である女性が寄り添うように(あるいは逃さないように)、そのお相手の隣に座っていた。名前はリーシャ、利発そうな目は今なお警戒しており、ナツメさんに負けず劣らず立派な胸をしておりました。丸。はいはいって感じ。

 

(けっ!私だって将来はきっと──きっと〜!)


 リーシャさんはナツメさんを心配してやって来たそうな、魚を捌くナイフを持って。そこが全く意味分からないんだけどとにかく鬼の形相の彼女に恐れをなした基地の方たちが入門許可証を与えて追いやったんだとか。


「おい、なあ……そろそろ……」


「まさか……ここに残るつもりなの?あれだけ私のことを──そんなことしないわよね……?」


 痴情のもつれ。どちらも女性だけど。

 何故?どうしてこの人はナツメさんの居場所が分かったんだろうか、そして何故臨戦態勢を整えてやって来たのだろうか。

 謎は深まるばかりだがこっちはいい迷惑なので帰ってもらうことにした。


「すみませんが、私とナツメさんは深い間柄ではありません。単に泊めてほしいと言われたから家に招いただけなんです」


 ぬらりと顔が動いて無感動な目を向けてきた。


「どうしてあなたにそんな事を……?」


「どうして?どうしてと言いましたか?それはあなたが一番詳しいのではありませんか?ナツメさんは帰るに帰れないと言っていました、基地へ来る前に何かあったのではありませんか?」


「……………」


 またゆっくりと視線を変えた彼女に、ナツメさんが目を合わせてゆっくりと語り出した。


「なあおい、私はお前が知るナツメじゃないんだよ。デューク公爵の人間じゃない、私はただそれを利用してお前の傍に──」


「──そんな事ぐらいとっくに気付いていたわよ、まさかバレていないと思っていたの?」


「………え?」


「そう……だからあの時は……無理して嫌な事を言ったのね……そのまま出ていくつもりだったのね」


「──ああ、実はそう「はいはいはいはい!そういうのは自分たちの家に帰ってからしてください!め・い・わ・くです!」



 危ない、昨夜は安っぽい純愛ドラマを見せられるところだった。それに、ナツメさんに触られたお尻も変な感じがして珍しく寝付きも悪かった。


「最悪。でもい〜な〜、あそこまで慕ってくれる相手がいて……慕っているというのか、あれ」


 もし、フレアやナディがナイフを持って「私のこと……忘れたの……?」と迫ってきたらどうしよう、うん、刺される覚悟で抱きしめてしまいそう。

 今日の天気は晴れ、昨日の間に溜まっていた雨を全部落とし切ったようだ、何よりである。

 宿舎からブリーフィングが行われる事務棟へと足を運ぶ。なんの景観もない基地周辺の林を見やりながら歩いていると声をかけられた。


「アネラ!」


 私のもう一人の友達の名前だ、昔は三人一緒だった、早くあの頃に戻りたい。この基地に同じ名前の人がいるようだ。


「おいアネラ!無視すんじゃねえよ!」


「──え?あ、はい!」


 宿舎から歩いて事務棟の前だ、今回の作戦で一緒になったエリマキトカゲの一味がぐいと肩を掴んできたので慌ててしまった。

 今の私の名前は『アネラ』だった、自分で決めた名前を忘れていた。


「昨日はどうだった?」


「は?何がですか?」


「基地の周りを女がうろうろしていたからな、俺たちが声をかけてやったんだよ。そしたらその女がナツメを知りませんかって聞いてきたから、今頃アネラの部屋でしっぽりやっているんじゃないかって教えてやったんだ。修羅場になったんじゃないのか〜?」


 てめえかこの野郎!こんな所にいたよ犯人が!私の視線に気付かずツーブロックにしているトカゲがけらけらと笑っている。


「で、どうだったんだ?あの女何かを取りに家に帰ったみたいだが、相当ヤバかったんじゃないのか?」


「そんなんだから女の子にモテないんですよ」


「モテっ?!?!」


 間違いなくレールガンより効き目がある言葉を食らったトカゲがその場でフリーズした、ざまあみろってんだ。

 ツーブロトカゲを放置して私だけ事務棟に入る、すると待ち侘びていたかのように女性がばばっ!と近寄ってきたではないか。


「あの!アネラさん!」


「っ?!……あれ、あなたは昨日の……リーシャさんですよね」


 昨夜見せた鬼の形相ではなく、優しい顔つきをしたリーシャさんだった。


「昨日は本当にお騒がせしてしまいました!放浪癖のあるナツメを泊めてくださったのに私ときたら思い込んでしまってあんな酷い事を………」


(あ、それでか……つまり昨日みたいな事は一度や二度じゃないんだな……)


 そんなことありませんよと月並みな言葉を返した。


「あなたが泊めてくれたお陰でナツメと仲直りすることができました、本当に感謝しています」


「好きなんですね、ナツメさんのことが」


 それぐらい舞い上がるんだからと、ある種の皮肉も交えて言った。けれどリーシャさんは額面通りに受け止めて答えくれた。


「はい、私のような身寄りのない女でもあの人だけは特別に接してくれましたから」


(……………いいな、それ)


 ちょっとだけリーシャさんと打ち解けた私は、任務から帰ってきたらさっさと婚姻届を役所に出すようにと進言した。リーシャさんはそれは嬉しそうに「はい」と返してくれた。

 リーシャさんと別れた私は復帰したツーブロトカゲと連れ立ってブリーフィングルームに足を踏み入れた、そこで工場にもいた子供丸出しの煽りを受けてしまった。


「おいおいおいおい!アネラがグンダと一緒に入ってきたぞ!まさかお前ら朝帰りか〜?いつの間にケツを振るようになったんだよ〜!」


「ばっ!よ、よせよ!そんなんじゃねえから!」


(この人の名前グンダっていうのか、ツーブロトカゲじゃないんだな)


 無視してツーブロトカゲの元から離れ、私の定位置である壇上前の席に腰を下ろした。

 昨夜はさぞかし()()()()したのだろうナツメさんが、子供丸出しのエリマキトカゲたちに声をかけていた。そしてすぐにその頭を叩いた。


「知ってるか?こいつの尻って筋肉の塊みたいでちっとも柔らかくいだあっ?!」


「──ふざけんじゃないですよ!言って良いことと悪いことの区別もつけられないのか!それに筋肉の塊じゃない!脂肪の塊!二つも付いてる!」


 エリマキトカゲたちが「え……?」とか「何でそんなこと知ってるんだ……?」とか「早くリーシャにチクらないと……」と言っている。

 がやがややっているとルヘイ島を預かる指揮官がブーツの踵を鳴らしながら入ってきた。腐っても一応は軍人らしい、すぐに口を閉じて真面目くさった顔つきに戻していた。

 

「随分と活気づいているじゃないか。もしやナツメがあいつらの相手をしてやったのか?」


「いいや、私が相手をしたのはアネラだけだ」


 無視だ、無視。これ以上構っていられない。


「ほう……未成熟な体を弄ぶ三十路の女か……確かそういう読み物があったな……」


 後で借りてこようといったこの指揮官とこの部隊は本当に大丈夫なのだろうか。どこから借りてくるんだ!変態侯爵のスケベ坂と一緒に爆破してやろうか!


(それが良い!そうしよう!)


 馬鹿な話はここまでで、あとは作戦の概要説明に入った。


「昨日説明した通り、本日の九〇〇よりヘカトンケイル奪還作戦が開始される。部隊の指揮はアネラ・リグレット、それから臨時で入ってもらったナツメには二番機を務めてもらう。他三名はそれぞれの指揮下に入るように」


 とくに異論はないようだ、私だけが反対しかけた。


(大丈夫なの……?だって飛んだことすらないんだよね……?)


 今さらあの人の素性をバラしてもこっちには何の得もない、そう思い報告はしなかったけど裏目に出てしまった。

 私の不安をよそに説明が続けられた。


「まずこちらからミンプリーに対して再度返還要求を行なう、これに従わない場合はお前たちがセレンに先行し駐在軍を威嚇しろ、多少の発砲は許可する。それでも従わない場合はヘカトンケイルを破壊するように」


「破壊ですか?それは何故?」


「内容については機密だ。敵の手に渡ってしまうのなら人目に触れる前に破壊しろとのお達しだ」


「荒っぽいやり方だな〜…だからセレンの軍が反旗を翻そうとするんだろ」


「ご尤もだが他に案はあるかね?あるならそれに従おう、カウネナナイ一の頭脳を持つ公爵家の者よ、君の真価を見せてもらいたい」


「遠慮しておくよ、口が滑っただけだ」


「ならば良い。それから付随する作戦内容だがヘカトンケイルの回収または破壊にともない、カウネナナイとウルフラグの橋渡しをしている人間も洗い出してほしい」


「橋渡しですか?つまり誰かが仲介人をやっていると?」


「そうだ、しかしながら一度もその姿を確認したことがない非常に厄介な人物である、下手をすれば今この場も盗み見られている恐れがある、心してかかれ。説明は以上だ、各機体の装備は部隊長に一任する、だが最低一機は早期警戒レーダーを搭載するように」



 機人軍の特個体に乗り込み、ナツメさんに個別通信で話しかけた。


「大丈夫ですか?いけますか?」


 アイドリング状態のエンジン音に紛れて返答があった、もう間もなく私たちの部隊が離陸する。


[──ああ、問題ない]


 たったの一言だけだ。ほんとかよと訝しんでいるとさらに返事があった。


[君は優しい人間だな、私みたいな者にでも気遣ってくれるとは]


「人として当たり前のことをしただけですよ、あなたが特別ではありません」


[世の中その当たり前が出来ない人間が多いんだよ]


「する義理もありませんからね」


[ああそうだな、だからそうやってどんどん世の中がギスギスしてくるのさ。君の周りにいる人間は違うようだが]


 格納庫から私を先頭にして五つの機体が滑走路に移動した、初めて乗るはずのナツメさんも列から乱れるようなことはなかった。


「私の何を知っているんですか、適当な事は言わないでください」


[そう謙遜するな、君の周りにいる人間は間違いなく居心地の良さを感じているはずだ]


 管制室から通信が入る、お喋りもここまでだ。


[管制室より隊長機へ、機人軍本部より作戦が発令されました。作戦コードE-090Gd、本作戦の総指揮はルダッド・クインター、部隊指揮はアネラ・リグレット、後見人はナツメ。空は晴れ、風向き南東、風速一〇メートル、以上です]


「了解しました」


[お気をつけて]


 各機に離陸指示を出し、問題ないと言ったんだから遠慮なくとエンジンスロットルを上げていく。車輪が滑走路を舐めたあと機首を持ち上げ晴れ渡る空へと飛び出した。

 後方を確認する、後にした大地を背景にして二番機もしっかりと付いてきている。機体を細かく調整しているが及第点、おかしな所は何も無かった。


(嘘を吐かれた?)


 それ程に綺麗な──うん、確かに初めてなんだろうと思わせる声が響き渡ってきた。


[──飛んでる!飛んでるぞ!飛べるんだっ!いやっほうっ!やったーーー!ざまあみろクソ教官!カウネナナイの空で飛んでやったぞ!]


 注意しようかと思ったけど、感情の発露に任せることにした。

 よっぽど嬉しいんだろう。昨日身の上話を聞いた分、ナツメさんの気持ちが手に取るように分かってしまった。

 浮かれ過ぎている二番機を引き連れセレンへ進路を取った。



✳︎



 『事象』というものは三つの要素に分けられる。

 一つ目は『起源』。外的、内的要因にかかわらず第三者に露呈した時点で既に終わりを迎えているということ。

 二つ目は『観測者』。その事象を観測する人やアクター(組織、団体、広義で言うところの人の集まり)を差し、事象の中で比較的自由を有している事柄である。しかしこの『観測者』のせいで、古今東西のありとあらゆる歴史の真実が紙束の中に埋もれてしまったことは言うまでもない事実である。

 最後は『結実』、あるいは『起源の終わり』。その事象が露呈したことにより、何が生まれるのかという結果の項目に値する事柄である。

 これを運命論だと断定する()()がいる。またあるいは絶対論だと評する()()もいる。だが、概ね()()たちの中で共通した認識があり、それは二つ目の要素である『観測者』は『起源』と『結実』に関与できない、ということだ。

 観測者はあくまでも観測することに意義があり、第三者の視点がなければそもそも事象は事象足り得ないという矛盾を補填する役目がある。

 必要無いのだ、観測者が起源と結実に手を出す必要は無い。ただ、それを観測し様々な人間たちへ伝え広めてくれるだけでいい。

 だからこそ『バベル』の名前が世に広まり、争いを繰り返す人類の根幹を表す逸話となったのだ。



✳︎



 セレンの島は視界に収まってしまうほど小ぢんまりとした所だった。

 港もウルフラグとカウネナナイ側に一つずつ、今なお両軍が睨みを利かせている場所──そのはずだ。


(一人で飛び回りたい)


 念願の初飛行は楽しいなんてものではない、色んな感情が爆発して凝縮したように自分でも扱いに困るほどだった。

 けれど昨日のリーシャほどではない、時計の針が天辺を回るまでなかなか解放してくれなかったが、それでもだ。

 VR訓練と違った大気の抵抗を受けながら隊長機を追従する、早期警戒レーダーを装着した一機が隊列から離れて高高度へと向かった。馬鹿みたいに呼び難い名前をした指揮官の話通りなら、今頃命令違反を犯した男に返還要求がなされているはずだ。

 その答えがアラート音だった。


[全機一時空域を離脱せよ。様子見します]


 アネラの指示通り、私たちも隊長機が残した飛行機雲を追いかけて離脱した。あちらさんはこっちの要求に応えるつもりはないらしい。

 (見る限り)セレンの島は山間部が多いように思われる。背の高い山が二つ島の中心地にあり、その合間を縫うようにして町があった。その町から伸びた道が島沿いへと向かい、ぐるりと囲っている。カウネナナイ側の港の近くには比較的広い平原部もあった。そして、その平原部に駐在軍が居を構えていた。

 隊長機から通信が入る。


[見えますか?あの平原に密集しているのが機人軍の拠点です、既に何機か滑走路で待機しているようですね]


「みたいだな。ウルフラグは反対側の港にいるのか」


[あなたが一番くわ──いえ、そうですね、そうなります]


 おいおい頼むぞ、身分を明かしたのはお前だけなんだから。

 高高度に上がったグンダを除き、残りの二人も会話に加わった。アッシュとリンカールだ。


[おお?意味深な事言ってるじゃないか、俺たちも混ぜろよ]


[そうだそうだ、体力には自信があるぞ。何せ一度もヤったことがないからあり余ってるぜ!]


[だったらあの滑走路に突っ込んできてくださいよ。突っ込む練習もしているんでしょ?]


 童貞であることを逆手に取って冗談を言う二人、それに対して下品な物言いでアネラが返した。


[え……アネラってそういう奴なの?ショックだわ……下品な冗談を言う女って魅力が途端に下がるんだよな]


「分かる」


[真面目系清楚美少女だと思っていたのに残念だよ]


「おい言われてるぞ」


 こなくそとか今に見てろとか悔しそうな声が小さく聞こえてきた。

 その後も暫くの間、睨み合いが続けられたが新たな動きがあった。セレンの島を中心に線引きされていた互いの領空を─自分で言うのも何だが─あろうことかウルフラグの機体がこちら側にやって来たのだ。

 すぐさま警告がなされた。


[ウルフラグの機体へ、そちら側の行動は明らかな領空侵犯です。誤った侵入なら直ちに引き返してください]


 返事は無い。私がいない間に新型機でも量産したのか、デザインが全く異なる三機編隊の特個体が砲門を構えた。

 そして、晴れ渡った薄い青空の中に閃光が走る。無警告射撃、立派な協定違反だった。


[──っ!散開せよっ!]


 危うく機体をぶつけそうになりながら何とか射線から逃れる、後方の二機は基地側へ、隊長機と私はウルフラグ側へと機体を飛ばした。

 あっさりと後ろにつかれた、生まれて初めてのドッグファイトは開幕から雲行きが怪しくなる。前を行くアネラが吠えた。

 

[私の島で──好き勝手な事をっ!]


(私の島……?そうか、セレンがアネラの故郷なのか……)


 震える手を押さえながらレバーを倒して体側に引き上げた。


「アネラ!一機は私がもらう!後は何とかしろ!」


[何を馬鹿なっ──あなたは初めてでしょう?!リーシャさんを泣かせるつもりですか!]


 案の定、後ろについていた二機の片割れが私に食いついた。進路を曲げて追従してきたかと思いきやまたしてもアラート音。


「…っ!!」


 素早くレバーを反転、また引き上げて強引なローリングで発射されたレールガンを躱した。あちらさんはとことん堕とすつもりのようだ。

 

[管制室より各機へ。未確認機の所在をウルフラグが否定した、あちら側からも対応部隊を出すと言っている。これは明らかな陽動だ、現地の状況を見極めつつ拠点基地に突入しろ]


「馬鹿言え!こっちはケツに食いつかれているんだぞ!発砲許可ぐらい出せってんだ!」


[今言っただろうが、何とかしろ]


 こなくそ!いざとなったら煙に巻くため明言を避けやがって!


(訓練生一番手の実力を舐めんなよ〜〜〜!)


 機首と主翼を水平に固定、進路真っ直ぐ、背後に不明機が離れないことを確認、エンジン出力をダウンさせ死に物狂いでレバーを引く!


「──ぐぶぅはっ!!」


 鳩尾から脳天にめがけて何かが突き抜けた、堪らず汚い声を出す。ブラックアウト寸前の中で不明機が前を駆けていくのがちらりと見えた、また死に物狂いで機首を戻してろくに狙いも付けずにトリガーを引いた。

 不明機の背後を取れたんだ、まあ当たるだろうと思っていたがあっさり当たった。不明機の主翼、それから異様に長い尾翼にも被弾した。

 

[ナイスキルっ!]


[初めて見たぜコブラツイストっ!さっすが公爵家のパイロット!]


(ぎりぎりだっけどな……)


 機体のコントロールを失った不明機が戦線を離脱、それをカバーするように残り二機も追従しセレンの領空から姿を消した。



✳︎



 本当に可哀想だと思う。いつの時代になっても大人たちの都合に巻き込まれてしまう子供たちがいる。

 この世に誕生した時から無限の可能性を秘めている子供たちの未来、けれど親の影響を無視することができずどうしたって選択肢が狭くなってしまう。

 その一端を担った罰が当たったのか、ケツに熱い鉛玉を食らっちまった。


(Jesus……あんな動き見たことねえぜ……)



✳︎



 セレンの制空権を握った私たちはルヘイに応援を要請し、クインター指揮から指示があった通り拠点基地に突入するため滑走路に降り立った。

 曲芸飛行を披露したナツメさんはシートでぐったりしている。本人は嫌がるかもしれないがエリマキトカゲの一人、リンカールを傍に置いてあげた。

 滑走路には拠点軍の特個体がアイドリング状態で三機並んでおり、不気味な程に動きがなかった。

 もう一人のエリマキトカゲ、アッシュも気味悪そうに機体を注視していた。


「どういう事なんだ、何であいつら俺たちに何もしてこないんだ?」


「私たちの着陸も邪魔をしなかったですし……」


 並ぶ機体まで距離はせいぜい一〇〇メートルそこら、機銃が火を吹けばひとたまりもない。

 アッシュが何も言わずに先行し、それならばと甘えて私は後ろについた。歩みを進めている間、くまなく視線を配り辺りを伺った。

 ──こんな形で故郷に帰ってくるとは思わなかった。工場でコネクトギアの移植手術を受け、その影響で部分的記憶喪失に陥る恐れがあると言われても、セレンの島だけは忘れなかった。

 ルイフェスお父様...誰よりもお強く聡明で、一緒に暮らしていた他の子供たちも平たく愛していた自慢のお父様だった──そう、だった、もうこの世にはいない。

 五年前のあの日、セレンの島を襲撃してきたウルフラグ軍を前にお父様は子供たちを庇うため前線に立たれたのだ。

 

(ちょうどこの辺りは市場だった……そうね、間違いない、あの山を背景にして菓子屋があったんだわ……)


 菓子屋は子供たちの間で大変人気だった。だって美味しいから、何度もお父様やしつ爺(執事をしているお爺さんだから)にねだって小遣いを勝ち取り皆んなを連れてここまでやって来たのだ。

 後ろを振り向けば王都に続く海があり、その海を眺めながら良く親友は愚痴っていたものだ。「あんな所に行きたくない、でもお母さんが行けってうるさい」と、面倒臭そうにしていたあの顔は今でもきちんと覚えている。


(何だっけ──あ、そうそう、やる気はお母さんのお腹に置いてきたんだっけ……そりゃ平手打ちもされるわよ)


 溢れてきた懐かしい思い出を前に、場違いにも私はくすりと笑みをこぼしてしまった。

 そんな私が...親友や妹、他にも沢山の友達に囲まれていた私が今こうして銃を握っている。

 黒光りする銃を慣れた手つきで持っている、この重たさがしっくりとくる、ここでお菓子と妹の手を引いていたあの時の自分がまさかこんな事になるなんて夢にも思わなかった。

 けれどこれが現実だ。ウルフラグの侵攻で──たったの一日でがらりと変わってしまった。


(そうよ……忘れるな、ウルフラグは敵なんだ……私の大切な故郷を蹂躙したのはマリオネットなんだ!)


 そう強く意識した途端、視界と思考がクリアになった、これもコネクトギアのお陰だ。

 拠点軍の機体はもう目の前だ、ここまで来てさすがに私たちも異常さに気付き始めた。

 何もしてこないのだ、おかしい、ミンプリーという大尉に従っているのなら何かしら敵対行動に出るはずなのに。


「俺がハッチを開ける、お前は下から援護してくれ」


「隊長は私ですよ?誰に命令しているんですか」


「歳下の女は庇うもんだ、隊長とか関係ねえ」


「……今のはポイント高いですよ、プラス1です」


 険しい顔つきになっていたアッシュがぐるりと振り返った。


「そういうことは言わなくていいんだよ──さてはあれだな、お前もモテたためしがねえんだろ」


「……………」


「……………」


 無言に無言で返されてしまったのが一番恥ずかしい、何も言わずにアッシュが機体によじ登りハッチの開閉ボタンに指をかけ、こっちに目配せをしてから押した。

 すると──中から現れたパイロットは半狂乱になっていた。


「──なっ?!何だこいつっ!」


 そのパイロットがアッシュに抱きつき、みっともなしく懇願している、異様な光景だ。


「助けてくれっ!こっから出してくれっ!頼む、もう嫌だ!帰してくれっ!!」


 出てきたパイロットは頬がげっそりとしており生気がまるでない。他の機体から顔を出したパイロットも似たようなものだった。

 敵か味方か分からなかったらしい、だから機体の中に隠れていたようだ。


「……監禁されていた?……どう思いますか」


「ぱっと見はな………おい!他に仲間はいるのか?」


 機体から降ろして地面に座らせていたパイロットたちがそれぞれ壊れたように首を振っている。その弾みでバイザーの位置がズレ、パイロットの耳が露出した。


「──おい!何だその耳!誰にやられたんだ?!」


 機人軍のパイロットは見えやすい位置にコネクトギアを装着する風習があった、このパイロットもその例に漏れずあったみたいだが...どす黒く変色した血痕があった、耳も抉れたように凹んでいる。

 男の金切り声ほど怖いものはない、そう思った。


「──自分で千切ったんだよっ!!!そうでもしなきゃ生きていられなかったっ!!!」


「……………」

「……………」


 私もアッシュもあまりの事態に声すら出せなくなった。

 一体何が...この拠点基地で一体何があったんだ...?

 尋常ではない様子のパイロットたちを目の当たりにして薄ら寒いのもを感じながら指揮官に報告した。


「──以上です。いかがなさいますか?」


 クインター指揮官が今までにない動揺を見せた。


[うう〜ん……うう〜ん……何だその話は……にわかには信じられん、しかし嘘を吐く必要性も……となると、ミンプリーが反旗を翻すという情報も信憑性が──大尉は?大尉はどこにいる?]


「滑走路周辺に人影はありません、おそらく基地内かと………」


[…………すまん、突入してくれるか?様子見だけでも良い。聞いた限りではコネクトギアを経由して何らかの精神汚染がなされているように思われる、身の危険を感じたらすぐに引き返せ、それだけで証拠は十分だ]


「………分かりました」


[頼んだ──]


 通信を切る前から指揮官が矢継ぎ早に指示を出している声が聞こえ、私の方から通信を切った。

 悩んだ。二人同時に突入すべきかと、しかし拠点基地に対してマインドアタックをしかけた犯人、あるいは敵軍が周囲に潜んでいないとも限らないので錯乱状態にあるパイロットの護衛を命じた。

 勿論彼は反対してきた。


「馬鹿言え!そういう役目は男に任せるんだよ!俺が行く、お前がここに残れ」


 その目はとても真剣だった、頭の中身は軽いが心はどしんと構えた人だった。


「結構です。それに私はセレンの出身ですから地理にも明るいので、任せましたよアッシュ」


「……………ああ、気をつけろよ」


 その目は明らかに従っていない、きっと応援部隊が到着したら自分も突入する気でいるのだろう。

 その頼もしさを背中に感じながら拠点基地へと足を向けた。



 頭が痛い、ナディやフレアと遊び過ぎて寝不足が祟ったようだ。

 この五年間で実家も随分と様変わりを果たした、同じ間取りの家屋が等間隔に並んでいる。造りが全く同じなので扉を開けてみないと何が何やら分からない、自分の部屋に戻ってくるまで場所を間違えてしまい全裸のしつ爺を見てしまった。入浴中だったらしい。


(しつ爺も歳なんだから……新しい執事を雇い入れてもらようお父様に言わないと……)


 駄目だ、()()()()。ガンガンとハンマーで殴られているような不快感もあった。

 自分の部屋に入りベッドに仰向けで寝転んだ、すると待っていたように閉めたばかり扉が開いて親友が入ってきた。


「────」


「え?また?昨日夜遅くまで遊んだじゃない、今は寝かせて」


「────」


「そんな……そういう言い方は好きじゃない、今はほんとに体調が優れないの」


 私のことが嫌いになったのかって...そんなはずはないのによく言えたものだ。

 親友が──ナディがベッドの傍らに立って私を見下ろしている、逆光のせいで顔が良く見えない。


「ナディ……顔が良く見えないわ。見せて……久しぶりにあなたの顔が見たい」


 何を言っているのだろう、毎日見ているのに──ナディがその手を伸ばして──顔を覆うようにして掴み、これでもかと揺さぶってきた。痛い、痛すぎる、顔も頭も割れるようだ。


「やめ──」


 信じれない行動を取った親友を見上げると...いつの間にか親友ではなくなっていた。

 全身を銀色にした機械人形だったのだ、ナディに化けて私に近づき乱暴を働いている。親友じゃなくて良かったと思うと同時に激しい憎悪が胸中に()()()()


「はな──離せっ!」


 ドン!と突き飛ばすとまさしく人形のように吹っ飛び、関節のあちこちを曲げながら床に倒れ伏した。


「あんたなんかに負けるかっ!このマキナがっ!私の親友に化けたその罪をここで──ここで………」


 違う。人形ではなかった、やっぱり親友だった。頭から血を流してナディが──



✳︎



「いやああああああっ!!!!ナディーーーーっ!!!!」


 使われなくなって随分と経つ簡易宿舎に入ったと同時だった。士官が使っていたであろう個室の中で、アネラがゴミだらけの床を凝視しながら叫び声を上げていた。


「アネラっ!!おいアネラっ!!」


 これで三人目だ、拠点基地に突入したアッシュとリンカールも錯乱状態に陥っていた。


「いやあああっ!!ナディ!!ナディ!!違うの私のせいじゃないの!!あなたに化けていたから!!」


「おい!しっかりしろっ!アネラっ!!」


 一体何が見えているのか、ゴミだらけの床に跪き倒れたデスクの縁を掴んで揺さぶっている。

 悪いとは思いつつ、デスクにしがみついているアネラを引き寄せ何度か頬を力任せに叩いた。


「……あ……あ?…え?な、ナツメさん…?」


 錯乱し強張っていた体の力が抜け始め、焦点が合っていなかった目に光りが戻った。


「は……どうして、いや待って……ここって……」


「拠点基地の宿舎の中だ、ようやく気付いたか?」


「……………」


 戻った光りが宙を漂い辺りを呆然と見回している、するとアネラが唐突に立ち上がり後頭部から無理やり何かを剥ぎ取った。


「──っつううっ!!──こんたれえっ!!」


 円形のカバーを床に叩きつけ、さらにもう一つ剥ぎ取り同じように捨てていた。


「………最悪っ!最悪さいあくっ!あんなもん見せやがって!……道理で頭痛が酷いと思ったら……」


「何を見せら──いやいい。アネラ、動けるか?」


「……もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないですか、こっちは親友の死体を見せられたんですよ……」


「……ナディ、という親友か?」


 アネラが少しだけ狼狽えた。


「何で──いや、私が口走ったんですね、そうですよ、私の一番の親友です」


「……そうか」


 どっちだ?いや普通に考えたらカルティアン家当主の方だろうが...

 言われた通りに肩を貸してやろうとすると手を払われてしまった。


「どっちなんだ。元気ならこのまま奥へ向かうぞ」

 

「……ふん。どうしてナツメさんは平気なんですか?」


「さあな、私がウルフラグ人だからじゃないのか?」


「何ですかそれ……他の二人は?」


「滑走路で休ませている、お前と同じように錯乱してしまったから昏倒させて無理やり引きずっていったさ。お前も少しは私のことを気遣ってくれてもいいんじゃないのか?」


「あんな平手打ちするんだから大丈夫なんでしょ?」


 少しは気分が落ち着いたのか、アネラもしゃんと自分の足で立っていた。


「今でもぶっ倒れそうだけどな」


「なら、今度は私が駄目なナツメさんを守ってあげますよ」


「そいつはいい、当てにしてるぞ」


 アネラが小さな声でまったくとか、お礼を言われたら調子が狂うとか、ぼやきながら宿舎を後にした。

 


✳︎



A.D.(アッシリアドミニ)一八四三年、観測者ゼウスによる非公開音声データ】

ガイア・サーバー、シャムガイア・サーバー間の相互通信による初めての音声記録。


[………うん?誰だ?どうやってコンタクトを取った、ここが何処だか分かっているのか?]


[……こいつは驚いた、本当に喋るだなんて……お前さんはイカれた人間だよ]


[君の方こそ──いや……そうか君は……マキナだな?私に何のようだ]


[驚かないのか……こりゃ参ったな、イニシアティブを握ろうと思ったのに]


[どうせ予想の範囲内だろう?君の声音を聞けばそれぐらいは分かる]


[はっ!声の質まで電子が再現してくれるってのか?笑わせてくれるぜ]


[君が母なる大地からの使者であることは分かる。そしてダンタリオンが残したバイパスを利用しているのも分かる、目的は何だ?]


[念願のガイア・サーバーへ連れていってやる、その代わりにこっちの願いを叶えてもらうぞ]


[内容によるな、試しに聞いてやろう]


※以後、権能により音声が削除


[…………君こそ十分にイカれていると思うが、カタルシスを得る為だけにそこまでやるかね?]


[やるさ、せっかく生き延びたんだから好きなように生きて好きなように死ぬ、作られた命でも自然発生した命でもそこは変わらねえだろ]


[コールダー夫妻では駄目かね、彼らも十分な航路を確保しているが……]


[駄目だ、こういうのは水面下でやらないと意味がない。シコシコ溜めて後はどかあんっ!てな、そっちの方が気持ちいい]


[耳が痛くなる言葉だが……まあいい、君の話に乗ってやろう]


[ん?何だお前さん、まさか男なのに男の快楽も知らずにこっちへやって来たのか?]


[性的快楽なら堪能したさ、子孫も残せたから何の未練もない。耳が痛いと言ったのは、全知全能に近いマキナが下品な事を口走ったからだ]


[そいつはすまない。じゃ、よろしく頼むぜ]


[その前に一つだけ良いか?何故君たちマキナは二分されるような事になったんだ、五年前の戦役にも絡んでいるのは私だけの事実だが、それにしたって別れる必要はなかったはずだぞ]


[そういうことは現地のマキナに聞きな、生憎俺はよそ者だからよ]


[何?それはどういう──確かに君は──]


※以後、権能により削除。



✳︎



 セレンの拠点基地を俯瞰して見るならば、過去において島を統治していた貴族の館を中心として扇型に展開している。要の部分に館、そして両隣に半壊した塔が並んでいる。私たちが突入した位置は中骨の先端だ、そこから中心に向かって進むにつれ、この基地の異常さが際立ってきた。


「………何ですか、これ」


 要に集約していく宿舎の壁、扉、室内のいたる所に「機神」と書かれていた、あるいは「マキナ」。夥しい字の羅列、見ている者を不安と不快に陥れる呪文のようであった。


「お前の故郷は………こんな感じだったのか?」


 アネラが吐き捨てるように答えた。


「まさか。ここはお父様のお庭だった所よ、皆んなで良く駆けっこをして遊んだ………場所なのに……」


「良かったじゃないか」


「────は?」


 とても低い声だった。宿舎同士を繋ぐ幌の下、破れた隙間から降る光りの柱の中に立っていたアネラは微動だにせずこちらを振り返っていた。


「ここはもうお前の知る故郷じゃない、お前の思い出の中にしか綺麗だった故郷は存在していないんだ。それが一番綺麗だと思わないか?もう誰にも蹂躙されることはないんだから」


「…………紛らわしい言い方はしないでください。ただまあ……ミンプリー大尉は明らかに、」


 その言葉の先を私が続けた。


「ああ、明らかに攻撃を受けていた。ここは異常だ、大尉が反旗を翻そうとしているのも誤った情報だ」


「一体誰がそんな事を?」


「ここを攻撃した奴に決まっているだろ、そいつが誤った情報を流して通信も全て絶っていたんだ」


「………一体いつから?この状況は少なくとも数ヶ月か……下手をすれば年単位よ……」


「それにもしこれがウルフラグによるものなら大問題だ、停戦協定が一発でひっくり返ってしまう」


 けれど、精神に働きかける兵器なんざ聞いたことはない。人道に反するものだからうちではないと思いたいが...

 アネラと共に宿舎の群れを突っ切り、館の前に到着した。以前は機能していたのか、半円状の館の前には何も立てかけられていないラックが整然と並んでいた。あるはずの銃器はどこにもなく、代わりにすっかり傷んで腐臭を放っている魚が吊るされていた。

 意味が分からない光景に戸惑っていると館の正面玄関の扉が内側から開き、中年の男性が出てきた。機人軍の制服に身を包んでいるあたり、あの男がミンプリー大尉のようだ。

 

「……………」


「……………」


 ここまで続いた異常を目の当たりにしていた私たちは声をかけるべきか逡巡した、しかし向こうの方から声をかけられた。


「こっちに来てくれ、待っていた」


 抑揚はなくただ淡々と、異常と正常の狭間に立っているような男が背中を向けて館へと戻っていった。



✳︎



(ナツメさんは良いことを言う……確かにここは私の故郷じゃない、記憶の中にしかないんだ……)


 それ程までにお父様の──いや、この館は大きく変わっていた。メインエントランスにあった私たちの遊び場は無くなり即席のブリーイングルームがいくつか作られていた。間仕切りの板には過去の作戦時に使われていた書類や写真が貼られている。

 前を行く男が階段を上っている。お父様としつ爺が何度も喧嘩をしてようやく取り付けた手すりを、何も知らずに男が雑に握っている。胸に沸き起こる苛立ちとやるせなさを持て余しながら男に続いた。

 二階は他と比べて綺麗なものだった、来客した人たちを寝泊りさせる部屋が並び、その奥には────あぁ...?え?


「どうした」


「…………」


「……おい、どうしたんだ?」


「……いえ、何でも、ありません」


 と、口にしたが足が動かない、ナツメさんに手を引かれてようやく歩き出せた。

 男が、子供たちの大人気スポットになっていた塔への渡り廊下を曲がってさらに奥へと進み、当時はしつ爺が使っていた部屋に入っていった。

 私とナツメさんもそれに続いて中に入ってみやれば、中はがらんどうだった。


「……お前に確認したいことがある。名前はミンプリーで間違いないな?」


 ナツメさんの質問に男が答える。


「ミンプリー・ヴィシャス大尉、セレン駐在軍現地指揮官、一ヶ月前に部下がハフアモアを見つけた、そこから我々の悪夢が始まった」


「………悪夢とは?」


 やはりこの人も既に壊れていた、人が変わったように眦を吊り上げ涎を飛ばしながらこう言った。


「──この状況がだよくそったれええええっ!!!何度も何度も何度も何度も応援を要請したのにお前たち本土の人間は俺たちや部下を見捨てたんだ!!!今頃のこのことっ────いい、隣の部屋に入ってくれ」


 口の端から涎を垂らしながら平然と言った、精神状態がガタガタだ、見ていられない。

 言い訳を言える雰囲気ではなかったので言われた通りに従い、何もない執務室の隣にある寝室へと足を向ける。少なくとも五年近くは経っているのに、滑らかに回ったドアノブを押し開けた先には──


「………何だあれは……」


「………………」


 マットやシーツを剥ぎ取られた寝台があった、その周りは蝋燭の火が焚かれている。様々な食べ物やお酒、花もあった、祭壇だ、しつ爺の寝室だった部屋は祭壇に成り果てていた。

 そしてその寝台の中央には──


「見覚えは?あるのだろう、マカナ・ゼー・ラインバッハよ」


「…っ?!」

「…………」


「ここの庭園で見つかったものだ、農具庫の奥に仕舞われていた。あれだ、あれが全ての元凶だ、我々はあれの機嫌を取るしか方法がなかった」


 私の本名を口にした大尉、ナツメさんは寝台に置かれた物よりこっちを凝視していた。

 ゆっくりと寝台に向かい、祀られていた正方形の塊を無造作に掴んだ。

 今でも変わらない、五年前に見つけた時と何も変わっていない。角のビーコンが今も点滅を繰り返していた。

 ──全てを思い出せた。けれど、これは人を惑わすような物ではなかったはずだ。


「これはただの通信機だったはずですよ」


「……通信機?……ただの通信機?……そんなはずはないっ!!!そいつのせいで俺たちは皆んな壊されちまったんだ!!!全てマキナのせいだ!!!それはマキナがお前に寄越した道具なんだろう?!!!」


「ならこの場で試してみますか?」


「っ!!!いやっ………やめて、やめてくれないか……」


「何が聞こえたんだ?」


 ナツメさんの質問は私とミンプリー大尉の両方に向けられていた。まずは私から答えた。


「私の場合は女性でした、妹も傍にいましたけどとくに何ともありませんでしたよ」


「その人の名前は?」


「さあ。ただ、自分の傍に銀色の虫がいると言っていました」


「銀色の──虫……?いや、というかお前は──」


「今はそんな事どうでも良いでしょう?それに私がヴァルキュリアの人間だって気付いていたではありませんか。今すぐにでも海へ飛び込みたいですよ」


「…………」


 手に取った通信機──みたいな物、これも同じように銀色だった。光沢がないこの通信機を見つけたのは確か...フレアだったはずだ。「お父様のしょさいで面白いものを見つけた」と言って私の部屋に来て...


(そのあと、皆んなにバレないよう庭に出て遊んでいたら──)


 攻めてきたのだ、ウルフラグ軍がセレンを。

 通信機を眺めながら物思いに耽っているとミンプリー大尉が話しかけてきた、どこか恭しく、また壊れたのかと思ってしまった。


「ああ……その伏せられたお顔は確かに……マカナお嬢様、お姿がお見えになられた時は我が目を疑いました……故郷を捨てて他国に渡った同胞たちに見せてやりたい……」


「なら、他の奴らは国境線を越えてまで助けを求めたんだな……」


 きっと、ここにいた人たちは昔からセレンに仕えていた軍人なのだろう、生憎私は覚えていないが本名を口にしたので大尉は覚えていたのだ。

 その大尉がまた吠え立てた。


「──当たり前だっ!!!助けてくれない味方から助けてくれる敵に寝返るのは間違いだとでも言うのかっ?!!!何人の部下がそいつに食われたと思っているんだっ!!!」


「またその話か………次はお前の番だミンプリー、何が聞こえた?」


 すると、沈黙していた通信機から唐突に声が流れてきた。

 聞こえてはならない声が。


[平伏せよ、平伏せよ、王の言の葉である]


「!」


[戦の果てに何を望む、それは即ち我らがセレンの万代に渡る幸福以外に何があろうか!集え!勇猛な戦士達よ!蒼穹の彼方へ出陣しマキナどもを屠ってまいれ!]


「これはっ────」


「あなた様のお父上、セレンを束ねし王であるルイフェス様のお言葉です。聞かずにはいられまい、身を呈して魂まで我らの為に捧げてくださったお方の声をどうして無視できましょうか」


 この声は確かにお父様もの...何でこんな──こんな非道を安易と行なえるというのか!


「──この不届き者っ!!お父様の魂まで愚弄するというのかっ!!」


 思わず叩きつけたい衝動に駆られた──いいや、いっそのこと壊してしまおうかと振り上げたその瞬間、どこかで聞き覚えのある声が耳に届いた。


[おおん?俺の声が効かないのか……何だお前さんは、もしかしてウルフラグの人間か?]


「!!」

「…………っ!!………貴様っ」


 土気色だったミンプリー大尉の頬に血が戻った、怒りを露わにしているのだ。


「ウルフラグ人なら私だが、お前は一体誰なんだ?」


[言うと思うか?職権濫用がバレちまう。ま、マキナに法律が適用されるのかは知らんがな]


「……マキナ?お前はマキナだって言うのか?それならばどうして──」


[んな事よりウルフラグ人のお前、向こうに帰ったら気をつけるこった。五年前の戦争にマキナも絡んでいる、名前は──]


 グガランナ・ガイア、それからティアマト・カマリイと言った。


「──それは本当なのか?」


[ああ、嘘じゃねえぜ、何せこの通信機に履歴が残っていたからな]


「何故戦争に介入したんだ。それに奴らはそんな事一言も……」


[知らねえよ、本人に聞くしかねえだろ。それからてめえらが預かっていたヘカトンケイルはこっちで回収させてもらった。悪く思わないでくれよ]


「ああそんな事……それならこっちこそ悪いわね、あなたの企ては頓挫しているはずよ」


[ああん?何言ってんだお前──いや……その目は確か……ああ!うちの当主様の!そういう事か、はいはい、なるほどね…へえ〜〜〜そうかい]


 不快だった、こちらを見ているような物言いも気になったが何よりその無遠慮なしたり()が勘に障った。


[お前さんが今期のスルーズってわけか。王族の位を捨てて復讐心に燃える悲劇の王女様、良いねえ〜そういう経歴は華があって良い、お涙頂戴にはうってつけだ]


 ミンプリー大尉が通信機を奪い取り、私に代わって叩きつけようとした時、外から騒がしい警報音が鳴り響いてきた。


「これは何だ?!」


「こっちに向かってくる船が──マカナ様?」


「だから言ったでしょう、ヘカトンケイルはこっちに戻ってくるって。今度は成功させたようね」


[──ちっ!マジじゃねえか……せっかく時間稼ぎまでしてやったっていうのに……]


 やはりこいつは何かしらの()を持っている、セレンに戻ってくる船が見えているのだろう。


[まあいい、所属不明の特個体が目的ではない。最後にいいかお姫様、せいぜい足元には気をつけな]


「何が言いたいの?」


[お仲間だと思っていた奴らが実は全員敵、ってのは良くあるパターンだ、マキナですら例外じゃない]


「……………」


「下らない。耳を傾けるな」


 後ろからナツメさんがそう言ってくれた。

 しかし──


[お前だってもう気付いているんだろ?俺たちマキナが目を持っていることを。たあんと見てきたさ、一〇年前からこそこそと暗躍しているガルディアからその取り巻きにいたるまで。信じる信じないは任せるさ]


 それじゃあと言ってから──三度割り込む存在がいた。軽薄な男は通信を切らずに驚いていた。


[ようやく見つけたぞ、下らない真似ばかりしやがって]


[──何だてめえ、どうやって──]


[どうやっても何も、お前が勝手に僕のデータベースを閲覧したんだろう。足跡がくっきりと残っていたぞこのマヌケ]


[──ちっ、ああそういうことか、お前がディアボロスだな?]


[いかにも、僕はディアボロス・ツァラトゥストラ・リイーンカーネション・原典である。テンペスト・シリンダー内のありとあらゆる生命を管理している超常者だ。勝手な真似はよしてくれるかな]


[何だそのふざけた名前、たかがコピー品のくせして偉そうに……]


「あなたと比べたらマシだと思うけどね」


 ディアボロス何たらと名乗った相手はまだ幼い声をしていた、こまっしゃくれた男の子のようである。


[君、良く分かっているじゃないか。うんうん、たまには人間とコミュニケーションを取ってみるのもいいかもしれない。前にアンバランスな女が僕の所に来て追い返したことがあったけど………プロイは分かる?]


 まるで遊びに来いよと誘っている気軽さだった、状況も忘れてつい答えてしまった。


「知ってるけど」


[ならうちに来るといい、この僕が歓迎しよう。色々と解いておきたい誤解もあるからね、全ては司令官のせいなんだけどそれは良い。じゃあね、余所者も二度と変な事をするなよ]


 勝手に割って入ってきてもう通信を切ろうとしている、確かに子供のような身軽さだった。


[けっ、てめえこそ二度と話しかけてくるんじゃねえぞ]


[君が自分の持ち場に戻るのならね]


 その言葉を最後に騒がしかった通信機が静まり、点滅を続けていたビーコンも消灯した。

 

「何だったんだ一体………だが、とにかくヘカトンケイルは無事なんだな?」


「……………」


 ...本当にこの人は変わっている。私がスルーズだと知りながら、自分を騙した相手の仲間だと知りながら態度を変えないのだから。


「あなたにはヴァルキュリアに仕返す権利があると思います。違いますか?フロックに撃たれたのでしょう?」


「任務の為に、だろ?私だって任務の為に人を撃ってきたんだ、そんなことでいちいち恨んだりしない」


「……そうですか、分かりました。ひとまずあなたの言葉を信じます。それから先程の答えですが、先に潜入していたフロックが上手くやってくれたはずです」


「そうか、それなら良い。それじゃあ──」


「──え?」


 通信機を持っていた手を掴まれ、そのままナツメさんが肩の上に担いだ。

 何をされたのか理解した時にはもう、背中から床にこれでもかと叩きつけられていた。一瞬で肺の空気が押し出されてしまう。


「──かはっ!!」


 意識が途切れるその間際、酷い事をやったのにどこか優しく微笑んでいるナツメさんの顔が──


「悪く思うな。お前はもうスルーズじゃない………自由な──」


 鳥だ、と。言われたような気がした。



✳︎



 きっと──そうね、ええきっと、私()()が生を得た時からこうなることは決まっていたのよ。

 子が親を選べないように、私()()も親を選ぶことができない。

 最初の仕事だと言われて赴任させられたのがここ、セレン島だった。背丈が似ている『双子山』の裾野に築かれた町々は質素でありながら逞しく、自然と調和したまさしく理想の住処だった。


(ああ──……)


 山を挟んだ向かい側には他国の町も存在し、本土で行われていた戦争とは無縁のように上手く共存していた。

 セレンを預かっていたカウネナナイのルイフェスという男は本当に良く統治をしていたと思う。ウルフラグの民にも分け隔てなく、カウネナナイの民を贔屓することなくセレンの島を支配し、そして安寧に導いていた。


(辛いわ……どうしてこんな目に……)


 けれど──五年前のあの日、私()()がセレンを変えてしまった。

 これは贖罪なのだ、人々から恨まれても仕方がない事をやった。確かにルイフェスが失脚し、ガルディアが即位した際はカウネナナイ全体が大きく発展して豊かになり、年間死亡者数も減少した。

 これで良いのだ、どうしたってどちらかは見捨てなければならない。そうやって合理的に判断してこの世界を守り続けていた、その片棒を運悪く担がされてしまっただけなのだ。

 けれど──今日は"運命"というものを強く感じた。あの子が再びセレンに戻ってきたからだ。やはり起点は必ず決まった所に帰結する。

 もし──もし、観測者ではなくその実行者であれば──見ている側ではなく辿る側だったら...待ち構えている何をもへし折り自らが望む場所へ──


(ああ────)


 テッド。愛しのあなた──



✳︎



 ──お父さーん!お父さーん!!フレアが!フレアがはぐれちゃったよ!!


 ──早くしなさい!お前だけでも登りなさい!後のことは──!


 ──やだよお父さんまで行かないで!!


 そうだ。大好きな妹とはぐれてしまった私はお父様に無理やり塔まで連れて行かれたのだ。優しいはずなのに、握るその手が強すぎて外が騒がしいことより怖かった。

 塔の覗き窓から奴らの機体が見えていた、空から一方的に攻撃を仕掛ける奴らの機体が──マリオネットが無慈悲に菓子店を破壊したのもこの目で見たのだ。


 ──会いたい!会いたいよ!どうしていなくなっちゃったの?!さっきまで────!お父さーん!フレアを返してよ!こんな所に閉じ込め────!


 声は...お父様に届くことはなかった。冷たい──滅多に会えない母親と同じように冷たい背中を向けて、私の瞳と同じ色をした鮮やかな髪を靡かせて──あの時は嫌われたんだと思った。書斎にあった物を勝手に持ち出したことを怒っているんだと──

 けれど違った、お父様は死ぬ覚悟で前線に立たれたのだ。そして、文字通り命を散らしてまで私たちを護ってくれた。

 自慢の父だ、もう永遠に会えないとしても自慢の父だ。

 だから私は嘘を吐いた。戦闘が落ち着き本土からやって来た人間に、自分はラインバッハの子ではないと嘘を吐いた。

 塔の中から外に出されて独りぼっちになったことを実感して──仇を取ると誓った。子供の時分だ、"仇"という考えが分からなくとも"仕返し"してやらねば気が済まないと、強く思った。

 そして私はオーディン司令官という存在を知った。


「…………起きたか、具合は?」

 

「────え、は……え?」


 目覚めた場所はヘイムスクリングラの医務室だった。波に揺蕩っている感覚が背中に伝わってくる。

 見上げた視界にオーディン司令官が立っていた、全身を義体化し素顔を永遠に隠した相手だ。

 鋼鉄の手が伸ばされてそっと私の頭に乗せられた。思っていた冷たさは無く、あったのは──


(………お父様)



 いやちょっと待ってくんない?どうして私は当たり前のように帰還しているの?確かにあの時ナツメさんに問答無用の背負い投げを受けて気絶したはずだ。

 気を失う直前、色んな事を考えた。このままナツメさんに連れ去られるんだとか、そこで私は三十路の女の慰み者になるんだとか、リーシャさんとの三角関係が始まるんだとかそれはもう逞しく妄想したはずなのに──

 

「何がどうなって──あれ、ちょっと待って……」


 はたと気付いたことがあった、けれど医務室に荒々しく誰かが突撃してきたので思考が中断されてしまった。

 パーソナルカラーと同じように目元を腫らしたヒルドといつも以上に眉が曇っているヨトゥルだった。


「──スルーズ!!」


「………え?」


 あ、そうだ、私の名前はスルーズだ。マカナでもアネラでもない、大切な名前を忘れていたのでヒルドに呼ばれても一瞬だけ分からなかった。

 ヒルドがベッドの上で体を起こしていた私にしがみついてきた。


「──ああ良かったあ!!担架で運ばれているところを見た時はどうなることかとっ………ああ、本当に良かった……」


「……スルーズ様、お体の方は?」


 ヒルドが私の無い胸に頭を寄せてぎゅっと手を回していた、まるで子供のようである。


「……ヒルドのせいで胸が苦しいぐらい、他はとくに何ともなさそう」


 ヒルドの頭を撫でてやる、本人の過激な性格とは裏腹に柔らかい感触だった。


「そうですか………本当にご無事で良かったです」


「何があったの?」


「セレンの島でスルーズ様が倒れたと聞いた以外は………その報告を受けた時は地獄に落とされた気分でした。とくにヒルド様が……」


 いや、私が聞きたいのはどうしてこっちに戻ってきたのかっていう──やはりそうだ。

 

(記憶整理がされていない……どうして?決まりのはずだ)


 今回の一件は全て覚えている。エリマキトカゲ...と、言うのはもう止めよう、グンダ、アッシュ、リンカール、それからクインター指揮官にミンプリー大尉。

 そしてあの三十路女、ナツメさんだ。


(何故………)


 胸にしがみついていたヒルドが上目遣いでこちらを見たきたので再び思考が中断された。


「何?もっと胸に脂肪をつけろって?」


「──ち、違っ……今までごめんなさい、偉そうなことを言ったりして、あんたが戻ってこないって知って……」


「そんな、そんな事でひ弱にならないでヒルド、私は強気のあなたが好きなんだから、ね?空でも船でもどこでもあなたの強気は頼りだもの」


 ヒルドがそれはもう声を張り上げて泣き始めた。

 

「よしよし、そんなに泣くぐらいなら普段から素直にしていなさい」


「──う、うん……そ、そうする……」


 皆んなには相当心配をかけさせてしまったようだ。ヨトゥルも潤んだを瞳を向けながらそっと「本当にご無事で何よりです」と言った。

 けれどフロックだけは様子が違った。

 任務の後片付けと調整を受けてから顔を見せに来てくれたフロックが入室するなり一言。


「ほんと、スルーズは見境がありませんね」


「入ってくるなり何?もう少し優しくしてくれても良いんじゃない?」


「そうよ!あと少しでスルーズが──」


「……フロック様、そのようなお言葉はさすがに……」


「そう?言っておくけどスルーズって見知らぬ女性と一緒にシャワーを浴びてお尻を触らせていたんだから」


「──ちょちょちょちょっフロックっ?!何でそんな事っ──」


「……え?」

「……え?」


 瞬間冷却。先程の暖かい眼差しは何処へやら。腹の底から出したような二つの声が耳に突き刺さった。

 元気になったら私たちも、と約束をさせられてようやく二人が解放してくれた。

 ...確かに私は故郷を壊され奪われた、けれどそれに値するほどの居場所と仲間を得られることができたのもまた事実。

 あの男に言われた最後の言葉──「足元には気をつけろ」、それを振り払うように私はヒルドたちと病室で過ごした。



✳︎



(何故、(わたくし)がこのような事を…もううんざりだというのに…)


 名をレギンレイヴ、他の者たちが"工場"と揶揄する教育機関で得た名前、誇りに思った事は一度もない。

 一つの任務が終了すればヴァルキュリアの戦乙女は()()任務の内容を消去することが義務付けられている。脳の海馬からではなく、コネクトギアの保存領域からだ。

 けれど、今回のスルーズはその義務を免れていた。

 セレンに来ることは良い、ただ──ああ、運命というものはどうしたって絶対的なものらしい、私の手ではどうすることもできなかった。


(スルーズ……ああ、こんな思いになるならあの時断っておけば……)


 名をリン・ディリンという。

 レギンレイヴになる前の元の名だ。

 ディリン家は長年国王に仕えてきた由緒ある家柄だ、私も昔は誇りに思っていた。

 思っていた──ただ、それだけの話だ。


 ヘイムスクリングラで支給されて()()()端末をポケットに忍ばせ、心身を凍て付かせる海風から逃れるように船内へと移動した。

※重ねて、期間を空けさせていただきたいと思います。

次回 2022/6/11 20:00 更新予定

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